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審判番号(事件番号) データベース 権利
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事件 平成 22年 (ワ) 42637号 特許権侵害差止等請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京地方裁判所 
判決言渡日 2013/08/30
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
判例全文
判例全文
平成25年8月30日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官

平成22年(ワ)第42637号 特許権侵害差止等請求事件

口頭弁論終結日 平成25年5月20日

判 決

英国 グロスタシャー州 <以下略>

原 告 レニショウ パブリック

リミテッド カンパニー

(以下「原告レニショウ」という。)

英国 グロスタシャー州 <以下略>

原 告 レニショウ トランスデューサ

システムズ リミテッド

(以下「原告RTS」という。)

上記2名訴訟代理人弁護士 上 山 浩

同 中 川 直 政

同 訴 訟 代 理 人 弁 理 士 谷 義 一

同 新 開 正 史

同訴訟復代理人弁理士 窪 田 郁 大

同 補 佐 人 弁 理 士 梅 田 幸 秀

大阪市北区<以下略>

被 告 ナ ノ フ ォ ト ン 株 式 会 社

同 訴 訟 代 理 人 弁 護 士 生 田 哲 郎

同 森 本 晋

同 佐 野 辰 巳

同 中 所 昌 司

同 訴 訟 代 理 人 弁 理 士 小 野 尚 純

同 奥 貫 佐 知 子

1
同 補 佐 人 弁 理 士 松 本 雅 利




2
目 次

主 文 .................................................. 5

事 実 及 び 理 由 .................................................. 5

第1 請求 .............................................................. 5

第2 事案の概要 ........................................................ 5

1 前提事実(証拠等を掲記した事実以外は当事者間に争いがない。) ........ 5

2 争点 ............................................................... 12

3 争点に関する当事者の主張 ........................................... 13

A 被告製品(ライン照明モード)が本件発明7の技術的範囲に属するか(争点

1) ................................................................... 13

ア 「光」(構成要件A)の意義(争点1−1) ......................... 13

イ ライン照明における「第二の次元」の「共焦点作用」(構成要件G−2)の

有無(争点1−2) ................................................... 15

ウ 被告製品(ライン照明モード)の構成要件充足性(争点1−3) ....... 29

B 被告製品(スポット照明モード)が本件発明7の技術的範囲に属するか(争点

2) ................................................................... 33

C 被告製品が本件発明8〜10及び13の技術的範囲に属するか(争点3) . 39

D 本件発明7に係る特許が特許無効審判により無効にされるべきものであるか

(争点4) ............................................................. 42

ア 乙30号証を主引例とする進歩性欠如の有無(争点4−1) ........... 42

イ 乙31号証を主引例とする進歩性欠如の有無(争点4−2) ........... 49

ウ 乙18号証を主引例とする進歩性欠如の有無(争点4−3) ........... 55

エ 乙7号証を主引例とする進歩性欠如の有無(争点4−4) ............. 65

オ 乙16号証を主引例とする進歩性欠如の有無(争点4−5) ........... 75

明確性要件違反の有無(争点4−6) ............................... 99

E 本件発明8〜10及び13に係る特許が特許無効審判により無効にされるべき

3
ものであるか(争点5) ................................................ 100

F 損害額(争点6) .................................................. 102

第3 当裁判所の判断 .................................................. 103

1 被告製品(ライン照明モード)が本件発明7の技術的範囲に属するか(争点

1)について .......................................................... 103

A 「光」(構成要件A)の意義(争点1−1)について ................ 103

B ライン照明における「第二の次元」の「共焦点作用」の有無(争点1−2)

について ............................................................ 112

C 被告製品(ライン照明モード)の構成要件充足性(争点1−3)について112

2 被告製品(スポット照明モード)が本件発明7の技術的範囲に属するか(争点

2)について .......................................................... 113

3 被告製品が本件発明8〜10及び13の技術的範囲に属するか(争点3)につ

いて .................................................................. 118

4 本件発明7に係る特許が特許無効審判により無効にされるべきものであるか

(争点4)について .................................................... 119

A 乙30号証を主引例とする進歩性欠如の有無(争点4−1)について .. 119

B 乙31号証を主引例とする進歩性欠如の有無(争点4−2)について .. 124

C 乙18号証を主引例とする進歩性欠如の有無(争点4−3)について .. 127

D 乙7号証を主引例とする進歩性欠如の有無(争点4−4)について .... 132

E 乙16号証を主引例とする進歩性欠如の有無(争点4−5)について .. 136

F 明確性要件違反の有無(争点4−6)について ...................... 146

G 小括 ............................................................ 147

5 本件発明8〜10及び13に係る特許が特許無効審判により無効にされるべき

ものであるか(争点5)について ........................................ 147

6 まとめ ............................................................ 149

7 結論 .............................................................. 149

4
主 文

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

3 この判決に対する控訴のための付加期間を30日と定める。

事 実 及 び 理 由

第1 請求

1 被告は,原告レニショウに対し,金3億3600万円及びこれに対する平成

22年12月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 被告は,原告RTSに対し,金8000万円及びこれに対する平成22年1

2月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

発明の名称を「共焦点分光分析」とする特許権(以下「本件特許権」とい

う。)の特許権者及び前特許権者である原告らが,被告に対し,被告の製造販

売に係る別紙物件目録記載の製品(以下,併せて「被告製品」という。)が本

件特許権を侵害する旨主張して,不法行為に基づく損害賠償請求として,原告

レニショウにつき3億3600万円及び原告RTSにつき8000万円(いず

れも附帯請求として訴状送達の日の翌日である平成22年12月9日から支払

済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金)の支払を求めた事案であ

る。

1 前提事実(証拠等を掲記した事実以外は当事者間に争いがない。)

(1) 当事者

原告レニショウは,ラマン分光測定装置,計測装置,ヘルスケア製品等の

製造販売を業として行う株式会社(英国法人)である。原告RTSは,原告

レニショウの子会社(英国法人)である。

被告は,理化学機器の製造及び販売を業として行う株式会社である。被告

は,業として被告製品を製造販売している。

5
(2) 本件特許権

原告RTSは,平成22年10月26日,原告レニショウに対し,本件特

許権を譲渡した。本件特許権は,次のとおりである(本件特許権に係る特許

公報〔甲2〕を末尾に添付し,これを「本件明細書」という。)。

発 明 の 名 称 共焦点分光分析

出 願 番 号 特願平4−511305

出 願 日 平成4年6月8日

優先権主張番号 9112343.0

優 先 日 平成3年6月8日

優先権主張番号 9124397.2

優 先 日 平成3年11月16日

登 録 日 平成14年12月6日

特 許 番 号 特許第3377209号

(3) 本件明細書の訂正

原告レニショウは,平成24年7月3日,下記の訂正事項1及び2のとお

り,本件明細書の訂正を求める訂正審判を請求し,特許庁は,同年9月11

日,上記訂正を認める旨の審決をした。



(訂正事項1)

特許請求の範囲の請求項7において「…形成されていることを特徴とする

分光分析装置。」とあるのを,

「形成されており,

前記サンプルの前記所与の面の焦点からの散乱光は,前記スリットにおい

てスポットとしての焦点に絞り込まれて前記スリットを通過し,前記サンプ

ルの前記所与の面の前記焦点の前または後で散乱される光は,前記スリット

において焦点を結ばず,

6
前記サンプルに光を照射するのと,前記サンプルからの散乱光を集光する

のとに同一のレンズが用いられ,

前記光検出器は電荷結合素子であることを特徴とする分光分析装置。」と

訂正する(請求項7の記載を引用する請求項8〜13も同様に訂正する)。

(訂正事項2)

本件明細書の「本発明,また,この方法を実施する装置を提供する。」

(5欄5〜6行)を,「また,本発明は,サンプルに光を照射して散乱光の

スペクトルを得る手段と,前記スペクトルを分析する手段と,光検出器と,

前記分析されたスペクトルの少なくとも一つの成分を前記光検出器に通し,

前記サンプルの所与の面から散乱された光を前記光検出器の所与の領域に合

焦させ前記サンプルの他の面から散乱された光を前記光検出器に合焦させな

い手段とを具備する分光分析装置であって,前記光はスリットを備えた一次

元空間フィルタを通過して第一の次元で共焦点作用をもたらし,前記光検出

器の前記所与の領域で受ける光が,前記所与の領域外で受ける光を含まずに,

またはこの光と分離して検出され,前記所与の領域は前記第一の次元を横切

る第二の次元で共焦点作用をもたらすように形成されており,前記サンプル

の前記所与の面の焦点からの散乱光は,前記スリットにおいてスポットとし

ての焦点に絞り込まれて前記スリットを通過し,前記サンプルの前記所与の

面の前記焦点の前または後で散乱される光は,前記スリットにおいて焦点を

結ばず,前記サンプルに光を照射するのと,前記サンプルからの散乱光を集

光するのとに同一のレンズが用いられ,前記光検出器は電荷結合素子である

ことを特徴とする分光分析装置を提供する。」と訂正する。

(4) 本件に関する特許請求の範囲

本件に関する特許請求の範囲は,請求項7〜10及び13(訂正後のもの

である。以下同じ。)であり,その記載は以下のとおりである(以下,請求

項7〜10及び13に係る特許発明をそれぞれ「本件発明7」などといい,

7
併せて「本件発明」という。)。

「【請求項7】サンプルに光を照射して散乱光のスペクトルを得る手段と,

前記スペクトルを分析する手段と,

光検出器と,

前記分析されたスペクトルの少なくとも一つの成分を前記光検出器に通し,

前記サンプルの所与の面から散乱された光を前記光検出器の所与の領域に合

焦させ前記サンプルの他の面から散乱された光を前記光検出器に合焦させな

い手段と

を具備する分光分析装置であって,

前記光はスリットを備えた一次元空間フィルタを通過して第一の次元で共

焦点作用をもたらし,

前記光検出器の前記所与の領域で受ける光が,前記所与の領域外で受ける

光を含まずに,またはこの光と分離して検出され,前記所与の領域は前記第

一の次元を横切る第二の次元で共焦点作用をもたらすように形成されており,

前記サンプルの前記所与の面の焦点からの散乱光は,前記スリットにおい

てスポットとしての焦点に絞り込まれて前記スリットを通過し,前記サンプ

ルの前記所与の面の前記焦点の前または後で散乱される光は,前記スリット

において焦点を結ばず,

前記サンプルに光を照射するのと,前記サンプルからの散乱光を集光する

のとに同一のレンズが用いられ,

前記光検出器は電荷結合素子であることを特徴とする分光分析装置。」

「【請求項8】前記光検出器の前記所与の領域が細長いことを特徴とする請

求項7に記載の分光分析装置。」

「【請求項9】前記光検出器の前記所与の領域が前記スリットを横切る方向

に延在していることを特徴とする請求項7または請求項8に記載の分光分析

装置。」

8
「【請求項10】前記光検出器はピクセルのアレイを備えたことを特徴とす

る請求項7から請求項9の何れかに記載の分光分析装置。」

「【請求項13】前記スペクトルがラマン散乱光のスペクトルであることを

特徴とする請求項7から請求項12の何れかに記載の分光分析装置。」

(5) 本件発明の構成要件の分説

本件発明を構成要件に分説すると,以下のとおりである(以下「構成要件

A」などという。)。

ア 本件発明7

A サンプルに光を照射して散乱光のスペクトルを得る手段と,

B 前記スペクトルを分析する手段と,

C 光検出器と,

D 前記分析されたスペクトルの少なくとも一つの成分を前記光検出器に

通し,前記サンプルの所与の面から散乱された光を前記光検出器の所与

の領域に合焦させ前記サンプルの他の面から散乱された光を前記光検出

器に合焦させない手段と

E を具備する分光分析装置であって,

F 前記光はスリットを備えた一次元空間フィルタを通過して第一の次元

で共焦点作用をもたらし,

G−1 前記光検出器の前記所与の領域で受ける光が,前記所与の領域外

で受ける光を含まずに,またはこの光と分離して検出され,

G−2 前記所与の領域は前記第一の次元を横切る第二の次元で共焦点作

用をもたらすように形成されており,

@ 前記サンプルの前記所与の面の焦点からの散乱光は,前記スリット

においてスポットとしての焦点に絞り込まれて前記スリットを通過し,

前記サンプルの前記所与の面の前記焦点の前または後で散乱される光

は,前記スリットにおいて焦点を結ばず,

9
A 前記サンプルに光を照射するのと,前記サンプルからの散乱光を集

光するのとに同一のレンズが用いられ,

B 前記光検出器は電荷結合素子であること

H を特徴とする分光分析装置。

イ 本件発明8

I 前記光検出器の前記所与の領域が細長いこと

J を特徴とする請求項7に記載の分光分析装置。

ウ 本件発明9

K 前記光検出器の前記所与の領域が前記スリットを横切る方向に延在し

ていること

L を特徴とする請求項7または請求項8に記載の分光分析装置。

エ 本件発明10

M 前記光検出器はピクセルのアレイを備えたこと

N を特徴とする請求項7から請求項9の何れかに記載の分光分析装置。

オ 本件発明13

O 前記スペクトルがラマン散乱光のスペクトルであること

P を特徴とする請求項7から請求項12の何れかに記載の分光分析装置。

(6) 本件発明の技術分野

本件発明の技術分野は,「例えばラマン効果を利用してサンプルを分析す

るのに分光分析が使用される装置および方法に関する」(本件明細書3欄4

4〜46行)ものである。

ラマン効果(ラマン散乱)とは,物質に光を照射すると観測される散乱光

のうち,照射した光とは異なる波長(色)の散乱光が含まれる現象をいう。

ラマン散乱光は,このような異なる波長の散乱光をいい,特定の分子構造か

ら決まった波長の光が散乱されるため,ラマン散乱光を調べると物質の分子

構造が分かる(乙6,12)。

10
(7) 被告製品の概要

ア 被告製品は,ラマン分光分析装置(ラマン顕微鏡)であり,サンプルに

対してライン照明(ライン状のレーザ光)又はスポット照明(スポット状

のレーザ光)を照射する(以下,照射するレーザ光に応じて「ライン照明

モード」「スポット照明モード」という。)。被告製品のうち,「RAM

AN plus」(別紙物件目録記載2の製品)は,「RAMAN−1

1」(同目録記載1の製品)に表面形状測定機能を追加したものであり,

本件発明との関係では両製品の構成に異なるところはない。

イ 被告製品は,概略,@サンプルの測定しようとする面(所与の面)に光

を照射して散乱光を得る手段,A前記散乱光を分光する回折格子,B13

40行×400列の画素を有する冷却CCD(電荷結合素子)光検出器,

C前記回折格子により分光された前記散乱光を前記光検出器に合焦させる

手段をそれぞれ有し,前記サンプルの所与の面からの前記散乱光は,スリ

ットを通過し,前記光検出器に合焦させられ,前記サンプルの所与の面以

外からの前記散乱光は,前記光検出器上には合焦せず,D光検出器はピク

セルのアレイを備え,E散乱光のスペクトルはラマン散乱光のスペクトル

である。

ウ ライン照明モードにおける被告製品の構成は,別紙被告製品の構成(ラ

イン照明モード)記載のとおりである(甲7,乙6)。

(8) 本件発明7と被告製品との対比

構成要件A及びBの「スペクトル」は,「ある波長範囲をもった散乱

光」を意味し,他方,構成要件Dの「スペクトル」は,「分析されたスペ

クトルの少なくとも一つの成分」との記載があることから,「波長成分ご

とに(分析ないし)分光された後の光」を意味する。また,構成要件B及

びDの「分析」は,光を波長成分ごとに分ける「分光」と同義である。

イ 被告製品は,「ある波長範囲をもった散乱光」の意味での「スペクト

11
ル」を400本のスペクトルに分光して周波数成分ごとに分ける手段を備

えるから,構成要件Bを充足する。

被告製品は,冷却CCD(電荷結合素子)光検出器を備えるから,構成

要件C及びG−2Bを充足する。

被告製品は,サンプルに光を照射する対物レンズは,当該サンプルから

の散乱光の集光も行うから,構成要件G−2Aを充足する。

ウ 被告製品(スポット照明モード)では,サンプルの所与の面の焦点から

の散乱光は,スリットにおいてスポットとしての焦点に絞り込まれてスリ

ットを通過し,他の面の散乱光は,スリットにおいて焦点を結んでいない

から,構成要件G−2@を充足する。

エ 被告製品は,構成要件Hの分光分析装置である。

2 争点

(1) 被告製品(ライン照明モード)が本件発明7の技術的範囲に属 する か

(争点1)

ア 「光」(構成要件A)の意義(争点1−1)

イ ライン照明における「第二の次元」の「共焦点作用」(構成要件G−

2)の有無(争点1−2)

ウ 被告製品(ライン照明モード)の構成要件充足性(争点1−3)

(2) 被告製品(スポット照明モード)が本件発明7の技術的範囲に属するか

(争点2)

(3) 被告製品が本件発明8〜10及び13の技術的範囲に属するか(争 点

3)

(4) 本件発明7に係る特許が特許無効審判により無効にされるべきものであ

るか(争点4)

ア 乙30号証を主引例とする進歩性欠如の有無(争点4−1)

イ 乙31号証を主引例とする進歩性欠如の有無(争点4−2)

12
ウ 乙18号証を主引例とする進歩性欠如の有無(争点4−3)

エ 乙7号証を主引例とする進歩性欠如の有無(争点4−4)

オ 乙16号証を主引例とする進歩性欠如の有無(争点4−5)

明確性要件違反の有無(争点4−6)

(5) 本件発明8〜10及び13に係る特許が特許無効審判により無効にされ

るべきものであるか(争点5)

(6) 損害額(争点6)

3 争点に関する当事者の主張

(1) 被告製品(ライン照明モード)が本件発明7の技術的範囲に属 する か

(争点1)

ア 「光」(構成要件A)の意義(争点1−1)

(原告らの主張)

本件明細書には,構成要件Aの「サンプルに光を照射して」の「光」を

「スポット照明」に限定する趣旨の記載はなく,後記イのとおり,本件発

明の技術的思想はスポット照明のみならずライン照明も含んでいる。

(被告の主張)

(ア) 本件明細書では,以下のとおり,スポット照明を前提とした記載,

ないしスポット照明を前提とすることによって初めて技術的に意味が通

じる記載があるから,構成要件Aの「サンプルに光を照射して」の

「光」は,スポット照明と解すべきである。

(イ) 本件明細書5欄25〜30行には,第1の実施例について,「この

レンズはこのレーザビームをサンプル18上の焦点19におけるスポッ

トに焦点を結ばせる。光はこの照射されたスポットでサンプルにより散

乱され,」とある。これは,サンプルに対してスポット照明により光を

照射することを意味する。そして,第2の実施例(6欄49行〜8欄2

9行)の構成は,空間フィルタ14以外は,基本的には第1の実施例の

13
構成と同様であるから,第2の実施例についてもスポット照明が前提と

されている。そして,本件発明をサポートする実施態様は第2の実施

しかないから,構成要件Aの「サンプルに光を照射して」の「光」は,

第2の実施態様と同じスポット照明に限定されると解される。

本件明細書7欄34〜36行には,第2の実施例でスリットを用いる

構成の,ピンホールを用いる場合に対する利点として,整列が容易であ

る点が記載されている。確かに,スポット照明の場合には,サンプル上

の測定すべき所与の面のスポット照明の当てられた点と,ピンホールと

を合焦させなければならないため,光学的な「整列」(配置設定,アラ

イメント)が困難であるのに対して,スリットを用いた場合には,サン

プル上の点と,スリット上のいずれかの点を合焦させればよいため,光

学的な「整列」がより容易となる。しかし,ライン照明においては,サ

ンプル上のライン状の領域と,スリットのラインを合焦させなくてはな

らないため,本件明細書で記載されるような「整列が容易になる」とい

う利点は生じない。スリットの利点に関する記載は,スポット照明を前

提として初めて意味が通じるものである。

本件明細書7欄25〜33行等に記載されるとおり,第2の実施例で

は,コンピュータのプログラムにより,CCDの読取領域を一部(「所

与の領域」)に限定することで,第二の次元の共焦点作用が得られると

されている(構成要件G−2)。しかしながら,後記イのとおり,ライ

ン照明を用いた場合には,サンプル上の所与の面以外の「他の面」から

のラマン散乱光も,スポットではなくライン状の領域から同時に発生し,

重畳的にCCDに到達する。そのため,CCDの読取領域を「所与の領

域」に限定したとしても,他の面からの光を排除することはできず,第

二の次元の共焦点作用(構成要件G−2)は得られない。二次元共焦点

作用に関する記載もスポット照明を前提として初めて意味が通じるもの

14
である。

イ ライン照明における「第二の次元」の「共焦点作用」(構成要件G−

2)の有無(争点1−2)

(原告らの主張)

(ア) ライン照明は,共焦点系においては従前から広く採用されている技

法であり,共焦点作用が得られることは周知である。

例えば,特開2000−275027公報(甲8)は,スリット光源

すなわちライン照明を用いた共焦点光学系に関する発明であるが,「ス

リット共焦点はスポットでなくスリットを物体に投影してスリットで受

ける形の共焦点光学系であり,スリットの長手方向は共焦点の効果は弱

いが高速検出が可能な特徴をもつ」(【0006】),「スリット共焦

点画像を得ることができる」(【0007】)と記載されている。

また,特開平5−332733公報(甲9)も,線状照明すなわちラ

イン照明を用いた共焦点光学系に関する発明であるが,「物体上の線状

照明とリニアセンサは,共焦点系を形成する。正式な共焦点系は照明,

検出ともに点であるので,この系は,厳密な共焦点系ではないが,この

形式でも,十分に共焦点系としての効果がある」(【0041】)と記

載されている。

ライン照明と共焦点用スリットを用いた共焦点光学系においては,ピ

ンホールを用いた場合に比べれば共焦点の効果は相対的に弱いものの,

十分な共焦点系としての効果が得られるのである。

(イ) 別紙被告参考図5(b)に図示されているように,CCD面での光の

強度は,中心部分からずれるにしたがって減少する。そのため,CCD

の特定の1列(CCD面上の横に延びる細長い領域)で読み出される信

号は,サンプルの特定の位置からの反射光の強度が最も大きく,サンプ

ルのその他の位置からの反射光も含まれるもののその強度は相対的にか

15
なり小さい。

したがって,ピンホールを用いた場合に比較すれば,サンプルの他の

位置からの反射光の分量が相対的に大きくなり,共焦点の効果は多少弱

くなるものの(甲8【0006】),サンプルの他の位置からの反射光

の強度は中心からずれるにしたがって急速に減少することから,実用上

十分に共焦点系としての効果が得られ(甲9【0041】),スリット

共焦点画像を得ることができる(甲8【0007】)。

(ウ) 本件明細書においては,「完全な(二次元)共焦点作用」には2つ

の場合がある。

第1は,本件明細書6欄29〜30行の「完全な共焦点作用」である。

これは,6欄18〜26行の「CCDをコンピュータと組み合わせると,

このように,従来の空間フィルタにおけるピンホールと同じ効果を与え

る。レンズ16がサンプルの表面に焦点を結ぶと,サンプル内の表面の

背後から散乱された光をフィルタリングして取り除くことができ,表面

自体の分析も行うことができる。あるいは,レンズ16を故意にサンプ

ル内の点に焦点を結ばせて表面から散乱された光をフィルタリングして

取り除くことができる。このように,余分の空間フィルタを使用しない

でも共焦点作用が達成されていた。」を受けての記載である。6欄18

〜26行の部分は,非分散性エレメントを用いる場合には,ピンホール

を用いる代わりに,第2図のCCD面の読取範囲を横方向と縦方向の両

方で限定し,影を付けられたピクセル42のみを読み取ることで,ピン

ホールと同様の効果が得られることを述べている。

したがって,この文脈から,本件明細書6欄29〜30行の「完全な

共焦点作用」とは,非分散性エレメントを用いる場合について,ピンホ

ール(及びスリット)を用いることなく,第2図のCCDの読取範囲を

横方向と縦方向の両方で限定することにより得られる作用を指している

16
ことが明らかである。

第2は,本件明細書7欄32〜33行及び8欄31〜32行の「完全

な(二次元)共焦点作用」である。7欄32〜33行の「完全な二次元

共焦点作用」は,7欄15行以下の記載を受けてのものであり,分散性

エレメントを用いる場合について,スリット30による一次元空間フィ

ルタリングと,第5図のCCDの読取範囲を線44間に制限することに

より得られる作用を指していることが明らかである。8欄31〜32行

の「完全な共焦点作用」もこれと同義で用いられている。

なお,特許請求の範囲の記載においては,スリット30による一次元

空間フィルタリングに関して「第一の次元」と呼んでおり(構成要件

F),CCDの読取範囲を線44間に制限することに関して「第二の次

元」と呼んでいる(構成要件G−2)。

次に,「部分的共焦点作用」は,本件明細書6欄32,39及び46

行の3か所に記載がある。これらはいずれも,分散性エレメントを用い

る場合において,スリット30は用いず,第5図のCCDの読取範囲を

線44間に制限することにより得られる作用のことを指している。つま

り,上記の「第一の次元」の空間フィルタリングは用いず,「第二の次

元」の空間フィルタリングのみを用いた場合の作用を「部分的共焦点作

用」と呼んでいるのである。

(エ) 共焦点作用とは,サンプルの所与の面の特定の点からの光を取得す

る際に,レンズを利用して,サンプルの所与の面の特定の点からの光を

ある領域に集中させる一方,サンプルの他の面からの光を拡散させ,前

記領域の辺りのみを読み取ることにより,読取領域外に存在する拡散さ

れたサンプルの他の面からの光を排除する(読み取らないようにする)

ことである。

ここで,サンプルの所与の面の特定の点からの光が集中している領域

17
は,エアリーディスク(より正確には,エアリーディスクのイメージ)

と呼ばれる領域である。すなわち,レンズでサンプルに光を集中させた

としても,実際には,サンプルにおけるその光の集中された領域は完全

な点にはならず,一定の広がりをもった領域となる(回折により制限さ

れるため)。この領域(エアリーディスク)は,光軸(光が進む方向)

に垂直な方向に半径r=0.61λ/NAの広がりを有している(λは

光の波長,NAはレンズの開口数)。

ピンホール面においても,エアリーディスク(より正確には,エアリ

ーディスクのイメージ)が形成される。このエアリーディスクは,半径

R=r×M=(0.61λ/NA)×Mの広がりを有する(rはサンプ

ルにおけるエアリーディスクの半径,Mはレンズの倍率)。

ピンホールの大きさを,エアリーディスクの直径(R×2)を超えて

さらに大きくしていった場合,ピンホールを通過するサンプルの他の面

からの光が増えることはあっても,ピンホールを通過するサンプルの所

与の面の特定の点からの光が増えることはほとんどない(当該光の大部

分がエアリーディスクに集中しているため)。

よって,ピンホールの大きさをエアリーディスクの大きさ(直径)よ

りも遥かに大きくした場合には,サンプルの所与の面の特定の点からの

光を集中させた意味がなくなってしまうのであり,もはや共焦点作用が

もたらされるとはいえない。また,共焦点作用を意識した当業者がピン

ホールの大きさをエアリーディスクの大きさよりも遥かに大きくするこ

とは考えられない。

以上のように,共焦点作用を意識した当業者であれば,ピンホールの

大きさを,エアリーディスクの大きさを考慮して設計するはずであるが,

ピンホールの大きさは,必ずしもエアリーディスクの大きさまたはその

値未満に設計されるわけではない。なぜなら,例えば,ピンホールの大

18
きさを小さくすると,光検出器で受光する光の量がその分小さくなるの

で,場合によっては,光軸方向(Z軸方向)の分解能をある程度犠牲に

して,ピンホールの大きさをエアリーディスクの大きさよりも大きくし,

光検出器で受光する光の量を増大させることもあるからである。

例えば,甲13(特開2007−133419公報)の【0005】

【0038】には,ピンホールサイズによって分解能や検出光量が変化

すること,実施形態ではエアリーディスクサイズをもって最適のピンホ

ールサイズとする旨の記載がある。甲14(特開2006−15385

1公報)の【0015】【0016】【0040】には,分解能等の観

点から,ピンホールの直径はエアリーディスク径の3倍以下にすること

が好ましく,1倍以下にすることがさらに好ましい旨の記載がある。甲

15(特開2006−153763公報)の【0038】〜【004

2】【0052】には,解像力が高い状態で使用するには,ピンホール

の大きさをエアリーディスク径の0.5〜1倍にすることが望ましく,

信号光が特に微弱なときには,ピンホールの大きさをエアリーディスク

径の1〜5倍もしくは10倍にすることが望ましい旨の記載がある。甲

16(特開2002−150592公報)の【0005】【0025】

【0034】【0036】には,媒体厚さ方向のセクショニング性能を

考慮して,通常,ピンホール径やスリット幅は,エアリーディスク領域

のみを検出するように設定すること,実施形態では,スリット幅や光検

出器の一辺をエアリーディスク径の2倍以下に設定することが記載され

ている。

以上の説明は,ピンホールを用いて共焦点作用をもたらす場合のピン

ホールの大きさについて説明したが,スリットや光検出器(CCD等)

の所与の領域を用いて共焦点作用をもたらす場合のスリットの幅や所与

の領域の幅についても同様である。

19
被告製品について検討すると,乙6号証では,図3−2を用いて共焦

点作用を説明し,図3−10でピンホールをスリットやCCDの所与の

領域で置換できることを説明し,図4−1から図4−3において,被告

製品がスリット及びCCDの所与の領域を用いていることを説明してい

る。図3−2では,ほぼエアリーディスクのみを読み出すようにピンホ

ールの大きさが設定されている。

これらのことから考えて,被告製品のスリットの幅及びCCDの所与

の領域の幅は,上記のエアリーディスクを考慮して,第一及び第二の次

元での共焦点作用をもたらすように設計されていることが明らかである。

(オ) 別紙被告参考図5(a)は,ライン照明を用いた場合に,サンプルに

おいて,合焦している所与の面の5点(青色の5つの頂点の部分)と,

合焦していない他の面の5点(赤色の5つの頂点の部分)に注目したも

のである。そして,別紙被告参考図7の右図は,CCD面での光の強度

を示している。

これに対して,スポット照明を用いた場合には,別紙被告参考図5

(a)において,所与の面及び他の面のそれぞれにつき,5つの点のうち

の真中の1つ(「3」の点)のみが照明されることになる。よって,C

CD面での光の強度は,別紙原告参考図1のようになる。

本件明細書にはスポット照明を用いた場合の実施例が記載されている

が,本件明細書の第2図,第3図及び第5図を参照して説明されている

第二の次元での共焦点作用とは,以下の内容である。すなわち,別紙原

告参考図2において,線PP間の領域で光を読み取ると,所望の光(青

色の線内の光)のほかに,不要な光(赤色の線内の光)も読み取ってし

まうことになる。そこで,別紙原告参考図3に示すように,より狭い領

域である線QQ間の領域(所望の光が集まっている領域)で光を読み取

るようにして,不要な光の一部であるL1及びL2を読み取らないよう

20
にし,Z方向(光の進む方向)の空間分解能を向上させている。これが

本件明細書で説明している第二の次元での共焦点作用である。

ここで,ライン照明の場合に戻って考えると,別紙原告参考図4のよ

うに,線PP間の領域で光を読み取れば,やはり不要な光の一部である

L1及びL2を読み取ってしまう。これに対し,別紙原告参考図5のよ

うに,線QQ間の領域で光を読み取れば,不要な光の一部であるL1及

びL2を読み取らない。

よって,ライン照明の場合でも,スポット照明の場合と同様に,不要

な光の一部であるL1及びL2を読み取らないという効果,すなわち,

第二の次元での共焦点作用を奏している。

この点について,被告は,ライン照明の場合,別紙原告参考図6に示

すように,不要な光の一部であるL3〜L6を読み取ってしまうから,

第二の次元での共焦点作用を奏しないと主張している。しかしながら,

L3〜L6を読み取ってしまうとしても,L1及びL2を読み取らない

ようにして,Z方向の空間分解能を向上させていることには変わりはな

く,第二の次元での共焦点作用を奏しているといえる。

また,被告は,不要な光L3〜L6が加わるから,第二の次元の共焦

点作用が打ち消されると主張しているようにも思われる。すなわち,不

要な光L3〜L6が,排除された光L1及びL2に置き換わり,L1及

びL2を排除した利益が打ち消されると主張しているようにも思われる。

しかしながら,被告は,(a)スポット照明であって,スリットを用い,

線QQ間のみを読み取る場合と,(b)ライン照明であって,スリットを

用い,線QQ間のみを読み取る場合とを比較している。スポット照明で

ある(a)の場合,点3のみが照明され,光L1及びL2のみが排除され

る。ライン照明である(b)の場合,光L1及びL2が排除されるが,光

L3〜L6が加わる。よって,ライン照明の場合の共焦点作用は,スポ

21
ット照明の場合の共焦点作用よりも弱い。

しかしながら,これは正しい比較ではない。これはスポット照明とラ

イン照明を比較しているのであって,本来比較すべきもの同士を比較し

ていない。ライン照明において線QQ間のみを読み取ることによって第

二の次元の共焦点作用を奏するか否かを決定するためには,(b)の場合

と次の(c)の場合とを比較しなければならない。(b)の場合とは,上述

のとおりライン照明であって,スリットを用い,線QQ間のみを読み取

る場合であり,(c)の場合とは,ライン照明であって,スリットを用い,

より間隔の広い線PP間を読み取る場合である。この比較が,ライン照

明に関して,本件発明を用いた場合と用いなかった場合との比較である。

別紙原告参考図7がこれを表している。

(c)のライン照明の場合,線PP間の光がすべて読み取られる。これ

には,光L1〜L6が含まれる(別紙原告参考図6参照)。ただし,こ

れには,別紙原告参考図7において赤の斜線領域で示した光L7〜L1

2も含まれる。これに対し,(b)のライン照明の場合,CCDの読取範

囲を線QQ間に制限することによって,光L1及びL2のみならず,光

L7〜L12も排除される。

このように,不要な光L1及びL2並びにL7〜L12が排除される

のであるから,線PP間ではなく,線QQ間のみを読み取ることは,共

焦点作用をもたらすといえる。すなわち,読み取られる光にL3〜L6

が含まれるとしても,第二の次元の共焦点作用がもたらされる。

(カ) ライン照明の焦点はサンプルの所与の面に合わされているが,その

前後(左右)ではライン照明は放射状に広がっている。そのため,ライ

ン照明の軸以外の点からも散乱光が発生する。これが斜方寄与である。

斜方寄与による散乱光もスリットの開口部を通過するから,スリットを

通過してCCDに届いた散乱光は,斜方寄与による散乱光もかなりの程

22
度含まれている。そのため,斜方寄与による散乱光を効果的に排除しな

いと,十分な共焦点効果が得られない。被告の主張は,この斜方寄与を

考慮せず,実際の物理現象を単純化しすぎている。

(キ) 被告の主張は,サンプルの組成が,所与の面上の点1〜5,さらに

はZ軸方向の他の面の対応する点のすべてが「完全に均一」な場合を前

提とするものである。このような場合にのみ,各点から生ずるラマン散

乱光は同様となるからである。

しかしながら,実際のサンプルにおいては,このような状況はあり得

ない。細胞やシリコンウェハのように,現実世界のサンプルは,それぞ

れの位置の組成が異なる。それは,所与の面上の異なる点だけで な く ,

深度方向の異なる点の組成も同様である。このことは,被告製品のブロ

ーシャである甲3号証5〜7頁に掲載されている実際のサンプルの画像

に具体例が示されている。完全に均質なサンプルは現実には存在せず,

観念上の産物にすぎない。

また,そもそもラマン共焦点顕微鏡は,サンプルのそれぞれの部分が

どのような組成からなるかを分析するために用いられるのだから,完全

に均質なサンプルを前提とする議論は無意味である。

(被告の主張)

(ア) 本件明細書には,構成要件D及びGの「所与の領域」の直接かつ具

体的な定義はなく,「所与の領域」を設定する具体的な方法は記載され

ていない。

他方で,構成要件G−2には「前記所与の領域は前記第一の次元を横

切る第二の次元で共焦点作用をもたらすように形成されている」と記載

されており,「第二の次元で共焦点作用をもたらすように形成されてい

る」との抽象的・機能的な表現で「所与の領域」が定義されている。

また,本件発明に対応する実施態様は,第2の実施例のみであり,第

23
2の実施例では,「所与の領域」を確定するための方法又は条件を何ら

記載することなく,2本の線44の間の細長い領域を所与の領域として

いる。

以上から,構成要件D及びGにおける「所与の領域」とは,「第二の

次元で共焦点作用をもたらすように形成されている」領域のことであっ

て,具体的には,スポット照明を前提として散乱光を受光する検出器の

全画素列のうちの第二の次元で共焦点作用がもたらされるように形成さ

れた少数列の画素列,例えば,本件明細書の実施例の2本の線44の間

の細長い領域に相当する部分をいうものと解される。

(イ) 構成要件G−2の「第二の次元の共焦点作用」とは,別紙被告参考

図1のようなCCD面上に到達したラマン散乱光のうち,別紙被告参考

図2のように,一部の領域のピクセルのデータのみを検出することによ

って,他の面からのラマン散乱光の一部を検出処理の上でカットする作

用と解される。

そして,本件発明7の「第二の次元の共焦点作用」についての説明図

が別紙被告参考図3であり,スポット照明においては,他の面からの光

もスポットからしか発生しないため,CCD面に到達する当該他の面か

らの光も当該他の面上の当該スポットから発生した光に限られる(別紙

被告参考図3(c)「断面図(B面)」の右端の「CCD面上の光強度」

の部分の赤い点線の緩やかなピーク)。そのため,コンピュータのプロ

グラムにより,CCDの読取領域を一部(「所与の領域」)に限定する

ことで,他の面からの光の一部をカットすることができる(第二の次元

の共焦点作用)。

(ウ) しかしながら,サンプルの照射にライン照明を用いた場合には,サ

ンプルの他の面からの散乱光は,ライン状の領域から発生する(別紙被

告参考図4(c)「断面図(B面)」)。そして,CCD面に到達する当

24
該他の面からの光も,当該他の面上の当該ライン状の領域から発生した

光となる。このことは,別紙被告参考図4(c)「断面図(B面)」では,

一番右の赤い緩やかな2つ受光強度のピークで表わされている(別紙被

告参考図4(c)では,見やすさの点からCCD上の2つの受光強度ピー

クしか描かれていないが,実際はY方向に無数の受光強度ピークが重な

ることになる。)。

このように,ライン照明の場合には,CCD面上に,他の面からの光

が重畳的に到達する。そのため,CCDの読取領域を一部(「所与の領

域」)に限定したとしても,他の面からの光はカットされず,したがっ

て,第二の次元の共焦点作用は得られない。このことを説明した図が別

紙被告参考図5であり,CCD面上の光の強度を付加した図が別紙被告

参考図6〜9である。

(エ) 「共焦点」とは,光源と光検出器が対物レンズに対して光学的に共

役の位置関係にあることをいう。共焦点作用は,光源のXY平面での広

がりを制限するとともに,光検出器側でもXY平面での広がりを制限す

ることによって,主としてZ方向の分解能が向上する作用である。

典型的な共焦点レーザー顕微鏡では,レーザー光源をスポット照明と

し,光検出器の前にピンホールを置くことによって,Z方向の分解能を

向上させている(乙6・12頁図3−2参照)。すなわち,光源側でス

ポット照明によってX方向とY方向の双方で狭く制限し,光検出器側で

ピンホールによってX方向とY方向の双方で狭く制限することによって,

Z方向の分解能を向上させ,共焦点作用を得ている。

本件明細書では,光源がスポット照明であることを前提としているた

め,光源側でX方向のみならずY方向でも制限されていることが自明で

あり,光源側の制限は格別に論ぜられず,光検出器側の制限のみを議論

されている。また,本件明細書では,ピンホールにより光検出器側でX

25
方向及びY方向の双方で光をカットしている場合を「完全な共焦点作

用」,「完全な二次元共焦点作用」と称し,Y方向に延びたスリットに

より光検出器側でX方向のみで光をカットしている場合を「部分的な共

焦点作用」又は「第一の次元の共焦点作用」と称している(乙6・17

〜22頁参照)。

光源と光検出器が共役であることを考慮して,光源側と検出器側を一

方向,または二方向で制限する場合に区分けして得られる共焦点作用を,

表にまとめると,次のようになる。

光源 二方向とも制限 一方向のみ制限 制限なし

光検出器 (スポット照明) (ライン照明) (全面照明)


二方向とも制限 完全な二次元共焦点作 部分的な
部分的 な 共焦点作用 共焦点作用なし

(ピンホール) 用 (第一の次元の共焦

(スリット+所与の領域) 点作用と
点作用 と 同等 )

(スリット+制限された領

域)

一方向のみ制限 部分的な
部分的 な 共焦点作用 画像が得られない 画像が得られない

(スリットのみ) (第一の次元の共焦点

(所与の領域のみ) 作用)
作用 )

制限なし 共焦点作用なし 画像が得られない 画像が得られない




本件発明7,被告製品,甲8,9,乙7,11号証に記載の発明にお

いて得られる「共焦点作用」を,それぞれ上記の表に当てはめると,次

のようになる。

光源 二方向とも制限 一方向のみ制限 制限なし

光検出器 (スポット照明) (ライン照明) (全面照明)




26
二方向とも制限 本件発明7
・ 本件発明 7 ・被告製品(ライン照

(ピンホール)又は ・乙7 モード)
明 モード )

(スリット+所与の領域) ・ 乙 11

(スリット+制限された領 ・甲8

域) ・甲9

一方向のみ制限 ・ 被告製品 ( スポッ

(スリットのみ) 照明モード
ト 照明 モード )



制限なし




以上のとおり,被告製品,甲8,9,乙7,11号証に記載の発明は,

いずれも部分的な「共焦点作用」が得られるが,これらは本件発明7に

おける「完全な共焦点作用」とは異なるものである。

(オ) 原告らは,特許公開公報(甲8,9)の記載を挙げて,ライン照明

と共焦点用スリットを用いた共焦点光学系においては,ピンホールを用

いた場合に比べれば共焦点の効果は相対的に弱いものの,十分な共焦点

系としての効果が得られると主張している。

しかしながら,原告らの主張は,ライン照明を用いた場合に「第一の

次元の共焦点作用と同等な作用」が生じることを論じたものにすぎない。

「スリットの長手方向の共焦点の効果は弱い」(甲8【0006】)と

の記載や,「この系は,厳密な共焦点系ではない」(甲9【004

1】)との記載から明らかなとおり,甲8,9に記載されている共焦点

作用は,本件明細書にいう「完全な共焦点作用」や,第一の次元の共焦

点作用に加えて,更に「第二の次元の共焦点作用」を有する場合ではな

く,「第一の次元の共焦点作用」と同等な作用であるにすぎない。

したがって,「第一の次元の共焦点作用」しか有さない構成と,これ

27
に加えて「第二の次元の共焦点作用」とを有する構成を混同している原

告らの主張は誤りである。

(カ) 原告らは,別紙原告参考図7に関し,線PP間と線QQ間を読み出

す場合には,例えば線QQを読み出した場合にはL1とL2が排除され

るので,Z方向の空間分解能を向上させているため,第二の次元の共焦

点作用も奏していると主張している。

しかし,ライン照明の場合に線PP間を読み出してしまうと,Y方向

に拡がった領域を空間分解せずに測定することになる。すなわち,読み

出し幅を変えるとXY面内の分解能が変化してしまうから,線PP間の

読み出しと線QQ間の読み出しとの比較自体が無意味である。

また,仮に線PP間の読み取りと線QQ間の読み取りを比較しても,

線QQ間の読み取りの方がZ方向の分解能が向上しているとはいえない。

共焦点作用によって,サンプルの深さ方向(Z方向)の分解能が向上す

るか否かは,サンプルの所与の面からの散乱光の光検出器の出力量(強

度)と,サンプルの他の面からの散乱光の光検出器の出力量(強度)と

の比率を考えると,理解しやすい。別紙被告参考図10で,線PP間を

読み取ると,検出される光の量は,右上の四角で囲んだ部分のように,

サンプルの所与の面の5点からの光と,サンプルの他の面の5点からの

光の全部の合計量となる。これに対して,線QQ間を読み取ると,ライ

ン照明ではサンプルのライン状の領域(別紙被告参考図10の例ではサ

ンプルの5点)からの光が重なって到達するため,検出される光の合計

量は,参考図の左下の四角で囲んだ部分のように,サンプルの所与の面

の1点からの光と,サンプルの他の面の1点からの光の合計量に等しく

なる。したがって,線PP間と線QQ間とを検出する場合,所与の面か

らの光の強度と他の面からの光の強度との比率は,変わりがない。

(キ) 原告らは,均質なサンプルを前提とした議論は誤りであると主張し

28
ている。しかしながら,XY方向に均質な平面状のサンプルに対して,

奥行き方向の位置を分解できるかどうかが,共焦点でない通常の光学系

と共焦点光学系を区別する重要な特徴である。すなわち,薄膜や板など

の,XY面方向に均質なサンプルであっても,その深さ方向の分布を観

察することができることが,共焦点顕微鏡のメリットである。

この点について,「超解像の光学」(乙13)の4行目以下にも,

「これは,従来の顕微鏡では,たとえば,光軸方向(注:Z方向)のみ

に構造の変化をもつ試料に対してはまったく分解をもたないことを意味

しており,面内方向に構造を有さない蛍光膜を一様照明落射蛍光顕微鏡

で観察した場合,試料の位置(Z方向)も厚みも知ることはできない.

それに対して共焦点光学系は,光軸方向のみに構造の変化をもつ試料に

対しても分解をもつことを示している。」と記載されている(本件特許

権の優先日前の文献として乙21〜23)。

したがって,共焦点作用の有無を議論する以上,XY面方向で均質な

サンプルを用いることは当然の前提とされ,一般的である。実際に,例

え ば , 技 術 説 明 書 ( 乙 6 ) の 2 9 頁 に 引 用 し た 論 文 ( Sheppard,

Journal of Modern Optics, 1988 ) の 図 1 2 で は , 面 リ フ レ ク タ ー

(plane reflector),すなわち,XY方向に分布を持たない平面状の

反射体の測定結果に基づいて,Z方向の分解能の議論がされている。原

告らの主張とは異なり,共焦点光学系のZ方向の分解能の議論をする場

合に,XY方向に均質なサンプルを使用することは,広く行われている

手法である。

ウ 被告製品(ライン照明モード)の構成要件充足性(争点1−3)

(原告らの主張)

(ア) 上記ア(原告らの主張)のとおり,構成要件Aの「サンプルに光を

照射して」の「光」には,スポット照明のみならずライン照明も含まれ

29
る。そして,被告製品(ライン照明モード)は,ライン照明を用いてサ

ンプルに光を照射しているから,構成要件Aを充足する。

(イ) 上記イ(原告らの主張)のとおり,ライン照明においても第二の次

元の共焦点作用は生じるのであり,被告製品も,サンプルの所与の面か

ら散乱された光を,光検出器の第二の次元で共焦点作用がもたらされる

ように形成された少数列の画素列に合焦させるようになっている。

被告製品においては,「短辺の400画素の方向がサンプル上のライ

ン照明された400地点の位置座標に対応し,長辺の1340画素の方

向は分光された光の各周波数に対応する」(答弁書5頁)の記載から明

らかなとおり,サンプルの個々の点(すなわち位置座標)は冷却CCD

の特定の1列の画素(ピクセル)に対応付けられている。したがって,

サンプルの所与の面上の個々の点は,それぞれの点に対応付けられてい

る特定の画素列(1列1340画素からなる)に合焦させられている。

以上のとおり,被告製品(ライン照明モード)は,構成要件Dを充足

する。

(ウ) 被告製品(ライン照明モード)では,サンプルから散乱された光が

スリットを通過して検出器に入力される。当該スリットは,「スリット

を備えた一次元空間フィルタ」に相当し,「第一の次元で共焦点作用」

をもたらすから,被告製品(ライン照明モード)は,構成要件Fを充足

する。

(エ) 上記イ(原告らの主張)のとおり,被告製品(ライン照明モード)

は,十分な共焦点作用が得られているから,構成要件G−1及びG−2

を充足する。

(オ) 被告製品(ライン照明モード)では,サンプルの所与の面において,

光がライン状に照射される。このライン状の光(別紙被告参考図5(a)

では緑色の線で示されている)は,スポット(点)状の光の集合という

30
ことができる。ここで,スポット状の光の各々は合焦されている。別紙

被告参考図5(a)では,これらのスポット状の光のうちの5つが示され

ている。そして,当該5つのスポット状の光の箇所(焦点1〜5)から

発せられる散乱光は,別紙被告参考図5(b)に示すスリット(面)にお

いて,スポットとしての焦点1〜5にそれぞれ絞り込まれて,当該スリ

ットを通過する。

よって,被告製品(ライン照明モード)において,サンプルの所与の

面の焦点(別紙被告参考図5(a)の焦点3)からの散乱光は,スリット

においてスポットとしての焦点(別紙被告参考図5(b)の焦点3)に絞

り込まれて当該スリットを通過するということができる。一方,サンプ

ルの所与の面の焦点の前または後で散乱される光は,スリットにおいて

焦点を結ばない(別紙被告参考図5(a)及び(b)ではこの様子が赤色の

点線で示されている。)。

したがって,被告製品(ライン照明モード)は,構成要件G−2@を

充足する。

(カ) 被告製品においては,顕微鏡の対物レンズを照射及び集光の双方に

使用しているおり,「前記サンプルに光を照射するのと,前記サンプル

からの散乱光を集光するのとに同一のレンズが用いられ」ているから,

被告製品(ライン照明モード)は,構成要件G−2Aを充足する。

(キ) 被告製品のブローシャ(甲3)の12頁には,「RAMAN−11

主な仕様」という表が記載されており,その中には「電子冷却CCD検

出器」と記載されている。乙6号証25頁図4−2(a)を見ても,「C

CD面」と記載されており,CCDが使用されていることが分かる。

したがって,被告製品の「光検出器」は電化結合素子(CCD)であ

り,被告製品(ライン照明モード)は構成要件G−2Bを充足する。

(ク) 原告らは,分光器の回折格子の直前に配置されているスリットであ

31
っても,その幅によって共焦点作用(本件発明7にいう「第一の次元の

共焦点作用」)をもたらす場合ともたらさない場合があると主張し,乙

7号証にはスリットの幅が共焦点作用をもたらすような幅であることの

記載がないから,構成要件Fが開示されているとはいえないと主張する

ものである。

被告も,被告製品のスリットにより「第一の次元の共焦点作用」がも

たらされることを認めており,スリットの幅は共焦点作用をもたらす幅

であることに争いはない。

したがって,被告の構成要件Fについての予備的主張は理由がない。

(被告の主張)

(ア) 上記ア(被告の主張)のとおり,構成要件Aの「サンプルに光を照

射して」の「光」は,スポット照明に解すべきであるから,被告製品

(ライン照明モード)は構成要件Aを充足しない。

(イ) 上記イ(被告の主張)のとおり,ライン照明では,原理的に第二の

次元の共焦点作用はもたらされない。被告製品(ライン照明モード)は,

第二の次元の共焦点作用がもたらされるような「所与の領域」が存在し

ないから,構成要件D及びGを充足しない。

(ウ) 上記(ア)及び(イ)のとおり,被告製品は,構成要件A及びDを充足

しないので,構成要件Eを充足しない。

(エ) 原告らの主張(ウ)は認める。

被告は,分光器の回折格子の直前に配置されている「入口スリット」

も,構成要件Fの「スリット」に含まれ得ると解し,被告製品には「入

口スリット」と空間フィルターとを兼ねたスリットが分光器の回折格子

の直前に1つ設けられていることから,被告製品の構成要件Fの充足性

を認めたものである。

しかし,原告らは,分光器の回折格子の直前に配置されているスリッ

32
トは,「入口スリット」であって,構成要件Fの「スリット」ではない

旨主張している。仮に,原告らの主張のとおりであれば,被告製品には

「入口スリット」しか設けられておらず,構成要件Fの「スリット」は

存在しないから,構成要件Fの充足性について「認める」とした主張は,

真実に反しかつ錯誤による主張であり,これを撤回する。

(オ) 被告製品(ライン照明モード)では,スリット面でもスポットでは

なくライン状の光であるため,「前記スリットにおいてスポットとして

の焦点に絞り込まれて前記スリットを通過」するとはいえない。よって,

被告製品のライン照明モードは,構成要件G−2@を充足しない。

別紙被告参考図5は,ライン照明では第二の次元の共焦点作用が原理

的に生じ得ないことを,数式を使わずに直感的に理解できるように説明

するために作成した模式図にすぎず,当該文脈を無視して,あたかも被

告が自白をしたかのように図面を流用することは許されない。実際には,

ライン照明がライン状に連続したものであって,上記模式図のように断

続的なスポットで表わされるものではない。

(カ) 上記とおり,被告製品は,構成要件A,D,(F)及びGを充足し

ないので,構成要件Hを充足しない。

(2) 被告製品(スポット照明モード)が本件発明7の技術的範囲に属するか

(争点2)

(原告らの主張)

ア 被告製品は,スポット照明を用いる場合にも,ライン照明の場合と同様,

ピンホールではなくスリットを使用していることが明らかである。したが

って,被告製品は,スポット照明を用いる場合にも,本件発明7の構成要

件のすべてを充足する。

イ 被告は,本件明細書の実施例の記載から,第5図の線46同士の間の領

域は176μm以下であり,読取領域の幅が220μmである被告製品は,

33
構成要件G―2を充足しないと主張する。しかし,本件明細書の記載は,

あくまで一実施例に関する記載にすぎず,第二の次元の共焦点作用がもた

らされるか否かの一般的な閾値が176μmであることを述べたものでは

ない。

CCDの読み取り幅が共焦点作用をもたらすといえるか否かは,当該読

み取り幅とエアリーディスクの大きさ(直径)との関係に依存する。被告

製品のレンズの開口数,倍率等の情報は開示されていないが,それらの値

を適宜設定すれば,CCDの読み取り幅が220μmの場合でも第二の次

元の共焦点作用をもたらすことができる。単にCCDの所与の領域の幅だ

けで共焦点作用の有無が決定されるわけではない。

ウ エアリーディスクの読取領域の幅の領域の0.5〜10倍の範囲にあれ

ば,共焦点作用がもたらされるといえる(甲13〜甲16)。

エアリーディスクの直径の典型値が「30μm程度」であることは被告

も自認しているところ(乙12のスライド46頁),220μmと30μ

mの比は約7倍であるから,上記の数値範囲に含まれている。

エ 被告製品において選択可能な対物レンズの種類やレーザー光の波長の組

み合わせによって,エアリーディスクのサイズが220μmにより近い数

値となる場合もある。

被告は,λ=532nm,NA=0.45,M=20の場合を前提に,

エアリーディスクの直径dを以下の計算式により計算している(乙12・

46頁)。

d=1.22λ/NA×M

λ:波長,NA:開口数,M:対物レンズの倍率

しかし,甲3号証(被告製品説明書)の最終頁にレーザーの標準波長と

して,532nmの他に785nmも選択可能であることが記載されてい

る。また,「レーザー波長は各種搭載可能。ユーザーの要望に対応」と記

34
載されていることから明らかなように,より長波長のレーザーも選択可能

である。甲3号証8頁の画面には,対物レンズの倍率100倍で,開口数

0.9のものが表示されている。

この数値の組み合わせでエアリーディスクの直径を計算すると約106

μmであり,CCDの読取領域の幅220μmはその2倍に当たる。した

がって,甲13〜16号証の記載に照らせば,この場合に被告製品におい

て第二の次元の共焦点作用がもたらされていることは明らかである。

また,NAが0.45でその他の条件は上記と同様の場合には,エアリ

ーディスクの直径は212μmであり,CCDの読取領域の幅220μm

とほぼ等しくなるから,この場合にも第二の次元の共焦点作用がもたらさ

れていることは明らかである。

(被告の主張)

ア 被告製品(スポット照明モード)において,入口スリットを兼ねたスリ

ットが用いられていることは認める。この入口スリットを兼ねたスリット

構成要件Fを充足するか否かは,ライン照明モードの主張と同様である。

イ 被告製品(スポット照明モード)では,CCD面上の垂直方向の幅22

0μmの領域で検出を行うように設計されている。具体的には,スポット

照明モードでは,垂直方向の幅220μm,水平方向の長さ約26.8m

mの範囲でCCDからの信号を採取している。このように,被告製品にお

いては,CCDの読取領域の幅が220μmと大きいため,第二の次元の

共焦点作用が生じない。

第二の次元の共焦点作用を生じさせるためには,「サンプルの他の面か

ら散乱する光」を検出しないようにするために,CCDの読取領域の幅を

狭くすることが必要である。このCCDの読取領域に関して,本件明細書

には一切定義はなく,次の7欄21〜33行に記載されているのみである。

「スリット30は一次元空間フィルタリングのみを提供し,ラマンバンド

35
28のそれぞれが第5図の水平方向に空間的にフィルタリングされるよう

にしていることが認められるであろう。しかしながら,焦点19の外側か

らの若干の光が依然としてスリット30を通過し第3図の影を付けた領域

に対応する第5図の領域において受領されることがある。これを克服する

には,コンピュータ25を第3図の実施例におけると同様にプログラムし

て,線44同士の間にあるピクセルからのデータだけを処理し,線46同

士の間にある他のピクセルを排除する。これにより,垂直方向における空

間フィルタリングが得られ,スリット30により与えられる水平空間フィ

ルタリングと一緒に,完全な二次元共焦点作用が達成される。」

本件明細書におけるCCDの読取領域の幅に関する唯一の記載である実

施例においては,第5図の線44同士の間にある,CCD上の幅2ピクセ

ルからのデータだけを処理することとされている。そして,本件明細書6

欄7〜8行には,「ピクセルのピッチは典型的には22μm以下でよ

い。」と記載されている。

このように,本件明細書の唯一の記載である実施例においては,第二の

次元の共焦点作用を生じさせるためのCCDの読取領域として,22μm

以下×2ピクセル=44μm以下の幅の領域が記載されている。そして,

本件明細書において,排除するべきサンプルの他の面からの光は,第5図

の線46同士の間の領域に入射するとされており,当該線46同士の間の

領域は,22μm以下×8ピクセル=176μm以下の幅の領域である。

これに対して,被告製品の読取領域の幅は,220μmであり,サンプ

ルの他の面からの散乱光が入射するとされる線46同士の間の領域の幅

(176μm以下)よりも大きいことになる。

よって,本件明細書の実施例等の記載に鑑みても,CCDの読取領域の

幅が220μmと大きい被告製品においては,サンプルの所与の面から散

乱された光のみならず,サンプルの他の面から散乱された光をも検出して

36
いるから,第二の次元の共焦点作用は生じない。被告製品では,幅220

μmでデータを検出する場合,垂直方向(第二の次元)における空間フィ

ルタリングがもたらされず,本件明細書7欄30〜33行にいう完全な二

次元共焦点作用が達成されない。

したがって,被告製品(スポット照明)では,「第二の次元の共焦点作

用」がもたらされないから,構成要件G−2を充足しない。

ウ 本件発明7における「第一の次元の共焦点作用」及び「第二の次元の共

焦点作用」が得られるというのは,「何らかの」共焦点作用が得られれば

良いのではなく,実用的な分解能が得られる程度の共焦点作用を奏するこ

とを意味している。

なぜならば,本件明細書8欄7−13行には「空間フィルタとして動作

するためには,スリット30の幅は非常に小さく,典型的には10μm以

下でなければならない。最大値は50μmになろう。このように,スリッ

ト30は,十分量の光を集めるために例えば最低200μmのようにずっ

と大きな従来のモノクロメータに普通に設けられている入口スリット,出

口スリットと混同されるべきでない。」と記載され,200μmのスリッ

トでは空間フィルタとして動作しないとしているが,200μmのスリッ

トでも,理論的には「何らかの」共焦点作用が得られるからである。すな

わち,本件発明7において,「第一の次元の共焦点作用」,「第二の次元

の共焦点作用」が得られるというのは,200μmのスリットによって生

じる共焦点作用よりも十分に大きい作用が得られることを意味している。

本件発明7の特徴は,「従来技術のピンホール」をスリットと検出器の読

出領域の二つの次元の制限で代替することにあるから,「200μmのス

リット幅」と「200μmの読出領域幅」では,本件発明の効果を議論す

る上で区別する必要はない。

被告製品(スポット照明モード)では,220μmの読出領域幅を有し

37
ており,そのような幅広い読出領域では,本件明細書で「空間フィルタと

して動作しない」とされている200μmのスリットによる共焦点作用と

同程度しか得られないから,「第二の次元の共焦点作用」は奏さない。

なお,甲15号証で,「エアリーディスク径の1〜5倍もしくは10倍

にすることが好ましい」という記載がある。しかし,この意味は,エアリ

ーディスク径の10倍でも「何らかの」共焦点作用が得られるという意味

でしかなく,本件発明7における点光源とピンホールの構成の代替とする

「完全な二次元共焦点作用」が得られるという意味とは,全く異なるもの

である。

エ ピンホールを採用した場合と同様な実用的な分解能が得られる程度の共

焦点作用は,読取領域の幅(ないしピンホール径)が,エアリーディスク

の直径以下でなければ生じない。

被告製品(スポット照明モード)におけるCCDの読取領域の幅は,2

20μmに固定されている。他方,被告製品におけるエアリーディスクの

直径は,原告の計算(対物レンズの倍率100倍,開口数0.9)を前提

としても最大でも約106μmである。

また,被告製品において検出し得るラマン散乱光の波長は,光検出器の

制約により,最も大きい場合でも1075nmである(乙27)。仮に,

被告製品において検出し得るラマン散乱光の波長の最大値を用いて計算し

た場合であっても,エアリーディスクの直径(スリット位置におけるエア

リーディスク)は,最大でも約146μmである。

d=1.22λ/NA×M

=1.22×1.075(μm)/0.9×100

=約146(μm)

よって,被告製品におけるCCDの読取領域の幅(220μm)は,エ

アリーディスクの直径の最大値(146μm)よりも大きく,その約1.

38
5倍である。

したがって,被告製品(スポット照明モード)においては,第二の次元

の共焦点作用が生じていない。

オ 原告らは,被告製品において,波長λ=785nm,倍率M=100倍,

開口数NA=0.45の場合に,エアリーディスク径dは,212μmと

計算される旨主張する。

しかし,NA(開口数)が0.45で倍率が100倍のレンズは,被告

製品の仕様として想定されていない。被告は,このようなレンズを販売し

ていないし,ユーザーに対してその使用を推奨するようなことも一切して

いない。原告らの主張するNAの小さなレンズは,集光効率が低く,感度

の低下をもたらし,実用的でないためである。

したがって,被告製品において,原告らが主張するような条件のレンズ

が使用されることはないため,原告らの計算のようにエアリーディスク径

dが212μmとなることはない。

(3) 被告製品が本件発明8〜10及び13の技術的範囲に属するか(争 点

3)

(原告らの主張)

ア 本件発明8

(ア) 別紙原告参考図8は,被告製品の「RAMAN−11」(別紙物件

目録記載1の製品)の英語版ブローシャである甲7号証11頁中段の図

の一部を拡大したものである。

別紙原告参考図8の青線で囲った部分が,400本のスペクトルのう

ちの1本のスペクトルを検出する領域,すなわち「前記光検出器の前記

所与の領域」に当たる。当該領域の形状は,別紙原告参考図8から明ら

かなように細長い形状をしている。

よって,被告製品は構成要件Iを充足する。

39
(イ) 被告製品は,本件発明7(請求項7)の構成要件をすべて充足して

いるから,構成要件Jを充足する。

(ウ) 以上のとおり,被告製品は,本件発明8の構成要件のすべてを充足

する。

イ 本件発明9

(ア) 別紙原告参考図8のとおり,青線で囲まれた領域すなわち「前記光

検出器の前記所与の領域」は,スリットと直交する方向に細長く延びて

いるから,「前記スリットを横切る方向に延在している」。

よって,被告製品は構成要件Kを充足する。

(イ) 被告製品は,本件発明7及び8(請求項7及び8)のいずれについ

ても構成要件をすべて充足しているから,構成要件Lを充足する。

(ウ) 以上のとおり,被告製品は,本件発明9の構成要件のすべてを充足

する。

ウ 本件発明10

(ア) 別紙原告参考図8には複数の縦・横の白線が描かれている。この白

線で囲まれた長方形の領域の個々が冷却CCDの個々のピクセルを表し

ている。そして,同図から明らかなように,当該ピクセルは所定の位置

に配列して備えられているから,当該構造は「ピクセルのアレイ」に該

当する。

よって,被告製品は構成要件Mを充足する。

(イ) 被告製品は,本件発明7〜9(請求項7〜9)のいずれについても

構成要件をすべて充足しているから,構成要件Nを充足する。

(ウ) 以上のとおり,被告製品は,本件発明10の構成要件のすべてを充

足する。

エ 本件発明13

(ア) 被告製品のスペクトルはラマン散乱光のスペクトルであるから,被

40
告製品は構成要件Oを充足する。

(イ) 被告製品は,本件発明7〜10(請求項7〜10)のいずれについ

ても構成要件をすべて充足しているから,構成要件Pを充足する。

(ウ) 以上のとおり,被告製品は,本件発明13の構成要件のすべてを充

足する。

(被告の主張)

ア 本件発明8について

(ア) 原告らの主張ア(ア)のうち,別紙原告参考図8は,被告製品の「R

AMAN−11」(別紙物件目録記載1の製品)の英語版ブローシャで

ある甲7号証11頁中段の図の一部を拡大したものであること,図の青

線で囲った部分が細長い形状をしていることは認め,その余は否認ない

し争う。同ア(イ)及び(ウ)は否認ないし争う。

(イ) 本件発明における「所与の領域」とは,構成要件G−2の「前記所

与の領域」と「前記」なる文言が使用されていることにより,第二の次

元で共焦点作用をもたらすように形成されている領域のことをいう。し

かるに,被告製品(ライン照明モード)においては,図の青線で囲った

部分で,第二の次元の共焦点作用はもたらされないから,図の青線で囲

った部分は,「所与の領域」に当たらない。

イ 本件発明9について

原告らの主張イ(ア)のうち,図の青線で囲まれた領域がスリットと直交

する方向に細長く延びていることは認めるが,その余は否認ないし争う。

同イ(イ)及び(ウ)は否認ないし争う。

ウ 本件発明10について

原告らの主張ウ(ア)は認める。同ウ(イ)及び(ウ)は否認ないし争う。

エ 本件発明13について

原告らの主張エ(ア)は認める。同ウ(イ)及び(ウ)は否認ないし争う。

41
(4) 本件発明7に係る特許が特許無効審判により無効にされるべきものであ

るか(争点4)

ア 乙30号証を主引例とする進歩性欠如の有無(争点4−1)

(被告の主張)

(ア) 本件発明7は,乙30号証(NATURE Vol.347 20 SEPTEMBER 1990)

に記載された発明(以下「乙30発明」という。)に,乙18号証に記

載された発明(以下「乙18発明」という。)を適用することによって,

当業者が容易に発明できたものである。

(イ) 本件発明7と乙30発明とを構成要件ごとに対比すると,次のとお

りである。

a 乙30号証(302頁)の図(別紙乙30号証の図参照)には,サ

ンプル(左下の平板)にレーザー光を照射して,散乱光を得る手段が

記載されているから,構成要件Aと同一である。

b 乙30号証の図には,右端に「Grating」(回折格子)があり,ス

ペクトルを分析する手段が記載されているから,構成要件Bと同一で

ある。

c 乙30号証の図には,右下に「Charge-coupled-device camera」

(CCDカメラ)が記載されているから,構成要件Cと同一である。

d 乙 3 0 号 証 の 図 に は , 右 端 の Grating ( 回 折 格 子 ) か ら の 光 を

M(concave)(凹面鏡)によって,CCDカメラに合焦させている。サ

ンプルの所与の面からの散乱光が光検出器に焦点が合っているならば,

必然的にサンプルの他の面からの散乱光は焦点が合っていないことに

なるから,「前記分析されたスペクトルの少なくとも一つの成分を前

記光検出器に通し,前記サンプルの所与の面から散乱された光を前記

光検出器に合焦させ前記サンプルの他の面から散乱された光を前記光

検出器に合焦させない手段」である点では,構成要件Dと同一である。

42
他方で,乙30号証の図では,「所与の領域」に合焦させることが明

記されていない点で,構成要件Dと相違する。

e 乙30号証の図には,分光分析装置が記載されているから,構成要

件Eと同一である。

f 本件発明7は,スリットを備えた一次元空間フィルタを通過させる

のに対し,乙30発明ではピンホールを通過させる点で,構成要件

と相違する。

g 乙30号証の図では,「所与の領域」が明記されていない点で,構

成要件G−1及びG−2と相違する。

乙30号証の図では,サンプルの所与の面の焦点からの散乱光は,

空間フィルタにおいてスポットとしての焦点に絞り込まれて前記空間

フィルタを通過し,サンプルの所与の面の焦点の前または後で散乱さ

れる光は,前記空間フィルタにおいて焦点を結ばない点では,構成要

件G−2@と同一である。他方で,本件発明7は空間フィルタがスリ

ットであるのに対し,乙30発明は空間フィルタがピンホールである

点で相違する。

乙30号証の図では,サンプルに光を照射するのと,サンプルから

の散乱光を集光するのとに同一のレンズが用いられているから,構成

要件G−2Aと同一である。

乙30号証の図では,光検出器としてCCDカメラが記載されてお

り,構成要件G−2Bと同一である。

h 乙30号証の図には,分光分析装置が記載されているから,構成要

件Hと同一である。

(ウ)a 本件発明7と乙30発明は,構成要件D,F,G−1,G−2及

びG−2@で相違点があるが,いずれも共焦点作用をピンホールで実

現するか,スリットとそれと直交する光検出器の所与の領域(の読み

43
取り)とで実現するかの相違によって生じた相違点である。そして,

前記相違点は,乙18発明に基づいて当業者が容易に想到できたもの

である。

b 乙18号証には,本件発明7と全く同様に,スポット照明とピンホ

ールの位置合わせの調整作業の困難性を解決すべき発明の課題として

明示し,これをスポット照明と直交する2つのスリットの構成で置き

換えた発明が記載されている。

乙18号証の第2図(別紙乙18号証の第2図参照)から明らかな

ように,乙18号証にはスポット照明とピンホールに代えて,スポッ

ト照明と2つの直交するスリットで2次元の共焦点作用を奏すること

が記載されている。

また,乙18号証2頁左上欄5〜9行には,「位置合わせをして,

この微小なピンホールに光を入射させるのが難しい。本発明の目的は,

微小なピンホールに替わる,位置合わせ容易な機構を具備した共焦点

タイプの走査レーザ顕微鏡を提供することにある。」と記載されてお

り,本件発明7によって解決される課題は,乙18号証によって解決

できることが記載されている。

そして,本件発明7は,乙18号証の2つめのスリットを「光検出

器の所与の領域」に置き換えたものにすぎない。光検出器で検出する

光を,スリットすなわちハードウェアによって限定するか,「所与の

領域(の読み取り)」すなわちソフトウェアによって限定するかは,構

成上,本質的な違いではないし,第一の次元を横切る第二の次元で共

焦点作用をもたらすという作用効果も同じであるから,2つめのスリ

ットを「所与の領域」に置き換えることには,何ら創作性を要せず,

当業者が容易に想到できたものである。

したがって,当業者は,乙30発明に,乙18発明を組み合わせる

44
ことにより,乙30発明のピンホールを2つの直交するスリットに置

き換え,さらに,2つ目のスリットを光検出器の所与の領域に置き換

えることは,容易に想到できたといえる。

構成要件D,G−1及びG−2に関する相違点の容易想到性と同様

に,構成要件F及びG−2@についても,当業者は,乙30発明に乙

18発明を組み合わせることにより,乙30発明のピンホールを2つ

の直交するスリットに置き換えることを容易に想到できたといえる。

(エ) 原告らは,乙30号証の図を簡略化すると別紙原告参考図9−1に

なるとした上で,乙18発明を乙30発明に適用しても,別紙原告参考

図9−2のように,第2のスリット82とCCDカメラとが離れて配置

されることになるから,本件発明7のように,スリット82をCCDカ

メラの所与の領域(共焦点作用をもたらすような制限された読取領域)

置き換えることが容易に想到できたとはいえない旨主張する。

しかしながら,乙30号証の図には,ピンホールからの光をCCDカ

メラに集光するために,レンズ及び凹面鏡が配置されている。Chevron-

type band pass filterとビーム径を調整している2枚のレンズを省略

して,乙30号証の図を模式図化すると,別紙被告参考図11−1のと

おりになる。ここで,回折格子は共焦点作用とは無関係であるから,共

焦点作用に関与する要素に着目して乙30号証の図をブロック図で簡略

化すると別紙被告参考図11−2のようになる。これに,乙18発明を

組み合わせると,別紙被告参考図11−3のようになる。

別紙原告参考図9−2では,回折格子からの光をCCDカメラに集光

するために,更にレンズを設ける必要が生じるから,原告ら主張の光学

系を,共焦点作用と関係のある要素(光を屈折させる要素)のブロック

図で表すと,別紙被告参考図11−4のようになる。このように,原告

らの主張のとおり光学系を設置すると,別紙被告参考図11−3と比べ

45
て,レンズを余分に設ける必要がある。しかし,レンズを余分に設ける

ことは,光の損失の原因になる。また,現実のレンズでは,観念上のレ

ンズとは異なり,どれほど精密に加工しても必ず収差があるから,レン

ズを余分に設けることは分解能低下の原因になる。そのため,当業者で

あれば,余分なレンズを含むような光学系を組むことは考えない。した

がって,当業者が乙30発明に乙18発明を組み合わせるときには,原

告らの主張するような別紙被告参考図11−4の光学系は想到せず,別

紙被告参考図11−3の光学系を想到することになる。

そして,別紙被告参考図11−5のように,スリットをCCDカメラ

の読取領域の制限に置き換えることは当業者が容易に想到できたことで

ある。

(原告らの主張)

(ア) 第一に,当業者が乙18発明を乙30発明に適用する動機付けはな

く,かかる適用は当業者が容易に想到し得たことではない。

乙30発明は,分光分析を行うことを前提とした発明であるのに対し,

乙18発明は,分光分析を行うことを前提としない発明である。実際,

乙18号証をみても,分光に関しては記載も示唆もない。このように,

乙30発明と乙18発明とは,その前提が大きく異なり,当業者が乙1

8発明を乙30発明に適用する動機付けはない。

また,かかる前提の相違があるため,仮に,乙18発明を乙30発明

に適用しようとしても,乙18発明の構成要素(例えば,乙18の第1

図及び第2図に示されたスリット81,レンズ34及びスリット82)

を乙30発明のいずれの箇所に配置すべきかが不明である。よって,こ

の観点からも,当業者が乙18発明を乙30発明に適用する動機付けは

ない。

被告は,乙18号証には,本件発明7が解決する課題と同様な課題が

46
記載されていると指摘している。しかし,問題は,乙18発明を乙30

発明に適用することが容易に想到し得たかであるから,本件発明7と乙

18発明との関係を指摘しても意味はない。仮に,乙18号証に,本件

発明7が解決する課題と同様な課題が記載されていたとしても,乙18

発明を乙30発明に適用する動機付けにはならない。

(イ) 第二に,仮に,乙18発明を乙30発明に適用する動機付けがあり,

かかる適用が容易に想到し得たことであったとしても,最終的に得られ

る発明は,少なくとも本件発明7の構成要件D,G−1及びG−2を満

たさない。

乙30発明では,別紙原告参考図9−1(乙30号証の図を簡略化し

て図示したもの)に示すように,物体からの散乱光は,ピンホールを通

過し,回折格子で反射され,CCDカメラで検出される。一方,乙18

発明は,ピンホールの代わりに,2個のスリット及びレンズ,つまり乙

18号証の第1図(別紙乙18号証の第1図参照)及び第2図に示され

たスリット81,レンズ34及びスリット82のセットを用いる発明で

ある。

したがって,乙18発明を乙30発明に適用したとすれば,別紙原告

参考図9−1のピンホールの部分に,スリット81,レンズ34及びス

リット82のセットを当てはめた構成になると考えるのが自然である。

かかる適用により当業者が想到し得た構成が仮にあるとしても,それは

せいぜい別紙原告参考図9−2に示すような構成である。

このように,スリット82とCCDカメラとは離れて配置されるので

あるから,スリット82をCCDカメラの所与の領域(共焦点作用をも

たらすような制限された読取領域)に置き換えることが容易に想到でき

たとは考えられない。

(ウ) 第三に,仮に,当業者が乙18発明を乙30発明に適用して別紙原

47
告参考図9−3に示すような構成を容易に想到し得たとしても,最終的

に得られる発明は,少なくとも本件発明7の構成要件D,G−1及びG

−2を満たさない。

被告は,別紙原告参考図9−3において,スリット82をCCDカメ

ラの所与の領域に置き換えることは当業者が容易に想到し得たことであ

ると主張している。

しかしながら,CCDカメラ等の光検出器にかかる領域を設けること

や,スリットを光検出器のかかる領域に置き換えることについては,乙

30号証及び乙18号証のいずれにも記載も示唆もない。乙18発明の

2つのスリットのうちの1つを光検出器の所与の領域に置き換えて,光

検出器のかかる領域と残ったもう1つのスリットとを使用すること,す

なわち,2つの異なる原理に基づく手段の組み合わせにより二次元の共

焦点作用をもたらすことが公知であることを示す証拠は示されていない

し,自明の事項ではない。

被告は,「光検出器で検出する光を,スリットすなわちハードウェア

によって限定するか,『所与の領域(の読み取り)』すなわちソフトウ

ェアによって限定するかは,構成上,本質的な違いではないし,第一の

次元を横切る第二の次元で共焦点作用をもたらすという作用効果も同じ

であるから,2つめのスリットを『所与の領域』に置き換えることには,

何ら創作性を要せず,当業者が容易に想到できたものである。」と主張

しているが,これは後知恵そのものである。また,乙18発明は,ピン

ホールの代わりに,2個のスリット及びレンズ,つまり乙18号証の第

1図及び第2図に示されたスリット81,レンズ34及びスリット82

のセットを用いる発明であり,スリット81,レンズ34及びスリット

82を必須の構成とするものである。よって,スリット81を残して,

スリット82を除去したり,他の手段に変更したりすることについては

48
阻害要因があるというべきである。また,スリット82を除去したり,

他の手段に変更したりすることについては,乙18号証には記載も示唆

もないのであるから,かかる除去や変更を行う動機付けはない。

(エ) 被告は,乙30号証の図をブロック図で簡略化すると,別紙被告参

考図11−2のようになり,乙30発明に乙18発明を組み合わせると,

別紙被告参考図11−4に示すような構成ではなく,別紙被告参考図1

1−3に示すような構成になると主張している。

しかしながら,乙18号証の〔問題点を解決するための手段〕には,

「2個のスリットとレンズとを使用して,ピンホールの役割をする光学

系を構成する」と記載されている(2頁左上欄11〜13行)から,乙

30発明に乙18発明を組み合わせたとすれば,乙18発明の2個のス

リット及びレンズは,乙30発明のピンホールの位置に配置されると考

えるのが自然である。

また,別紙被告参考図11−3には,「(乙30に元からある)レン

ズ(レンズ+凹面鏡)」と記載されたレンズがあるが,これは,乙30

発明に元からあるレンズと,乙18発明のレンズとを1つにまとめたも

のである。しかし,乙30発明に元からあるレンズと,乙18発明のレ

ンズという別個のレンズを1つにまとめるなどという発想は,乙30号

証及び乙18号証をみても記載も示唆もない。

したがって,乙30発明に乙18発明を組み合わせることにより当業

者が想到し得た構成があるとしても,それはせいぜい別紙被告参考図1

1−4に示したような構成である。

イ 乙31号証を主引例とする進歩性欠如の有無(争点4−2)

(被告の主張)

(ア) 本 件 発 明 7 は , 乙 3 1 号 証 ( JOURNAL OF RAMAN SPECTROSCOPY,

Vol.22 217-225(1991))に記載された発明(以下「乙31発明」と い

49
う。)に,乙18発明を適用することによって,当業者が容易に発明

きたものであり,進歩性を欠如する。

乙 3 1 号 証 は , そ の 出 版 社 の ウ ェ ブ サ イ ト ( 乙 3 2 ) に 「 April

1991」(1991年4月),「Issue 4」と記載があることから明らか

なとおり,本件特許権の優先日前の1991年4月に発行された文献で

ある。また,乙33号証は,1991年5月22日に,科学技術振興機

構が乙31号証を受け入れたことの証明書であり,乙31号証が優先日

前に発行された文献であることは明らかである。

(イ) そして,乙31号証の219頁下には,乙30号証の図と同様な図

が記載されている(別紙乙31号証の図参照)。本件発明7と乙31発

明とを構成要件毎に対比すると,次のとおりである。

a 乙31号証の図には,サンプル(左下の平板)にレーザー光を照射

して,散乱光を得る手段が記載されているから,構成要件Aと同一で

ある。

b 乙31号証の図には,右端に「grating」(回折格子)があり,ス

ペクトルを分析する手段が記載されているから,構成要件Bと同一で

ある。

c 乙31号証の図には,右下に「CCD-camera」(CCDカメラ)が記

載されているから,構成要件Cと同一である。

d 乙 3 1 号 証 の 図 に は , 右 端 の grating ( 回 折 格 子 ) か ら の 光 を

M(concave)(凹面鏡)によって,CCDカメラに合焦させている。サ

ンプルの所与の面からの散乱光が光検出器に焦点が合っているならば,

必然的にサンプルの他の面からの散乱光は焦点が合っていないことに

なるから,「前記分析されたスペクトルの少なくとも一つの成分を前

記光検出器に通し,前記サンプルの所与の面から散乱された光を前記

光検出器に合焦させ前記サンプルの他の面から散乱された光を前記光

50
検出器に合焦させない手段」である点では,構成要件Dと同一である。

他方で,乙31号証の図では,「所与の領域」に合焦させることが明

記されていない点で相違する。

e 乙31号証の図には,分光分析装置が記載されているから,構成要

件Eと同一である。

f 本件発明7は,スリットを備えた一次元空間フィルタを通過させる

のに対し,乙31発明ではピンホールを通過させる点で,構成要件

と相違する。

g 乙31号証の図では,「所与の領域」が明記されていない点で,構

成要件G−1及びG−2と相違する。

乙31号証の図では,サンプルの所与の面の焦点からの散乱光は,

空間フィルタにおいてスポットとしての焦点に絞り込まれて前記空間

フィルタを通過し,サンプルの所与の面の焦点の前または後で散乱さ

れる光は,前記空間フィルタにおいて焦点を結ばない点では,構成要

件G−2@と同一である。他方で,本件発明7は空間フィルタがスリ

ットであるのに対し,乙31発明は空間フィルタがピンホールである

点で相違する。

乙31号証の図では,サンプルに光を照射するのと,サンプルから

の散乱光を集光するのとに同一のレンズが用いられているから,構成

要件G−2Aと同一である。

乙31号証の図では,光検出器としてCCDカメラが記載されてい

るから,構成要件G−2Bと同一である。

h 乙31号証の図には,分光分析装置が記載されているから,構成要

件Hと同一である。

(ウ) 本件発明7と乙31発明は,構成要件D,F,G−1,G−2及び

G−2@で相違点があるが,いずれも共焦点作用をピンホールで実現す

51
るか,スリットとそれと直交する光検出器の所与の領域(の読み取り)と

で実現するかの相違によって生じた相違点である。そして,前記相違点

は,乙18発明に基づいて当業者が容易に想到できたものである。

乙30号証を主引例とする場合について述べたとおり,乙18号証に

は,本件発明7と全く同様に,スポット照明とピンホールの位置合わせ

の調整作業の困難性を解決すべき発明の課題として明示し,これをスポ

ット照明と直交する2つのスリットの構成で置き換えた発明が記載され

ている。また,乙31号証には,更なる改良の可能性として,ピンホー

ルを(1つの)スリットに置き換えることが記載されている(抄訳2頁

26〜30行)。

そして,本件発明7では,乙18発明の2つめのスリットを「光検出

器の所与の領域」に置き換えたものにすぎない。光検出器で検出する光

を,スリットすなわちハードウェアによって限定するか,「所与の領域

(の読み取り)」すなわちソフトウェアによって限定するかは,構成上,

本質的な違いではないし,第一の次元を横切る第二の次元で共焦点作用

をもたらすという作用効果も同じである。

しかも,乙31号証には,「宇宙線事象検出(cosmic ray event)の

可能性を最小化するため,分光方向に対して垂直方向には,最小限のピ

クセルだけを使うべきである。凹面鏡で光軸外に集光されることにより

生じる非点収差を補正するために,CCDカメラの前に円柱レンズ(図

1に図示されない)が用いられた。この方法により,すべてのラマン信

号が10ピクセル(分光方向に対して垂直方向,90%の信号は5ピク

セル)以内に含まれる。これらの(ビニングされた)ピクセルのみが読

みだされるので,宇宙線事象はほとんど検出されない。」と記載されて

いる(抄訳2頁6〜11行)。乙31発明で光検出器として用いられて

いる液体窒素冷却低速走査CCDカメラは,Wright Instruments, EEV

52
P 8603 CCD chipであり(抄訳1頁26〜27行),この1ピクセルの

サイズは22μmであるから(乙34〜36),乙31号証には,CC

Dの読取領域の幅を220μmに制限することが開示されているといえ

る。この220μmの幅は,「光検出器の読取領域の幅がスポット径な

いしエアリーディスク径の10倍でも共焦点作用が生じる」という原告

らの主張を仮に前提とすると,第二の次元の共焦点作用が生じ得る幅で

あるといえる。

したがって,2つめのスリットを「所与の領域」に置き換えることに

は,何ら創作性を要せず,当業者が容易に想到できたものである。

(エ) 上記ア(被告の主張)(エ)と同じ(ただし,「乙30号証」「乙3

0発明」はそれぞれ「乙31号証」「乙31発明」に読み替える。)。

(原告らの主張)

(ア) 第一に,当業者が乙18発明を乙31発明に適用する動機付けはな

く,かかる適用は当業者が容易に想到し得たことではない。

その内容は,「乙30発明」を「乙31発明」と読み替えるほかは,

上記ア(原告らの主張)(ア)と同様である。

(イ) 第二に,仮に,乙18発明を乙31発明に適用する動機付けがあり,

かかる適用が容易に想到し得たことであったとしても,最終的に得られ

る発明は,少なくとも本件発明7の構成要件D,G−1及びG−2を満

たさない。

その内容は,「乙30号証」「乙30発明」をそれぞれ「乙31号

証」「乙31発明」と読み替えるほかは,上記ア(原告らの主張)(イ)

と同様である。

(ウ) 第三に,仮に,当業者が乙18発明を乙31発明に適用して別紙原

告参考図9−3に示すような構成を容易に想到し得たとしても,最終的

に得られる発明は,少なくとも本件発明7の構成要件D,G−1及びG

53
−2を満たさない。

その内容は,「乙30発明」を「乙31発明」と読み替えるほかは,

上記ア(原告らの主張)(ウ)と同様である。

(エ) 被告は,乙31号証抄訳2頁26〜30行には,更なる改良の可能

性として,ピンホールを(1つの)スリットに置き換えることが記載さ

れており,上記記載が乙18発明を乙31発明に適用する動機付けにな

ると主張している。

上記記載では,ライン照明を用いることを前提として,1つのスリッ

トを用いている。これに対し,乙18発明では,ライン照明ではなく,

スポット照明を用いており,また,ピンホールの代わりに,1つのスリ

ットを用いるのではなく,2つのスリットを用いている。

このように,上記記載と乙18発明とでは,その構成が大きく異なる

から,上記記載があるからといって,それが乙18発明を乙31発明に

適用する動機付けになるわけではない。

(オ) 被告は,乙31号証抄訳2頁6〜11行の記載に基づき,乙31号

証には,CCDの読取領域の幅を220μmに制限することが開示され

ており,光検出器の読取領域の幅がスポット径ないしエアリーディスク

径の10倍でも共焦点作用が生じるという原告らの主張を仮に前提とす

ると,第二の次元の共焦点作用が生じ得る幅であるといえると主張して

いる。

しかしながら,仮に,乙31発明のCCDの読取領域の幅が220μ

mであったとしても,当該幅により共焦点作用が生じるか否かは,当該

幅とエアリーディスク径との関係に依存するのであるから,当該幅が2

20μmであることのみから,共焦点作用が生じるということはできな

い。

また,乙31号証には,CCDの読取領域の幅の制限によりノイズ

54
(宇宙線事象のノイズ)を低減することについては記載があるが,CC

Dの読取領域の幅(の制限)により第二の次元の共焦点作用をもたらす

ことについては記載も示唆もない。

さらに,乙31発明では,ピンホールが第一及び第二の次元の共焦点

作用をもたらしている。乙31号証225頁左欄7〜9行(抄訳2頁2

8〜29行)には,「ピンホールはこの場合スリットに置き換えられる。

しかし深さ方向分解能は低下する。」と記載されている。これは,ピン

ホールをスリットに置き換えると,第一の次元の共焦点作用のみとなっ

てしまうからである。このことは,CCDの読取領域の幅によっては第

二の次元の共焦点作用がもたらされていないことを意味する。

よって,乙31発明において,CCDの読取領域の幅(の制限)によ

り第二の次元の共焦点作用がもたらされるとはいえないし,当業者は,

CCDの読取領域の幅(の制限)により第二の次元の共焦点作用がもた

らされるとは認識しない。

したがって,仮に,乙31発明のCCDの読取領域の幅が220μm

であったとしても,乙18号証の2つめのスリットを光検出器の「所与

の領域」(共焦点作用をもたらすような制限された読取領域)に置き換

えることの動機付けにはならない。

ウ 乙18号証を主引例とする進歩性欠如の有無(争点4−3)

(被告の主張)

(ア) 乙18発明は,スポット照明とピンホールで実現される共焦点顕微

鏡において,スポット照明とピンホールの位置合わせの調整作業の困難

性を解決すべき発明の課題として明示し,これをスポット照明と直交す

る2つのスリットの構成で置き換えた発明である。

(イ) 乙18発明と本件発明7を対比すると,以下のとおりとなる。

構成要件Aに対応する記載

55
乙18号証2頁右上欄13行目以下には,「レーザ1から出射した

レーザ光2をレンズ31で絞りポイントソースとする。…試料4は,

レンズ32によるポイントソースの像面に置く。試料4を透過したレ

ーザ光をレンズ33で集光し,スリット81上へ絞り込む。」とある

から,サンプルに光を照射して散乱光のスペクトルを得る手段が記載

されている。

構成要件Bに対応する記載

乙18号証には,前記スペクトルを分析する手段は,記載されてい

ない。

構成要件Cに対応する記載

乙18号証の第1図及び第2図には,光検出器6が記載されている。

構成要件Dに対応する記載

構成要件D及びGにおける「所与の領域」とは,「第二の次元の共

焦点作用をもたらすように形成されている」領域であると解される。

そして,乙18発明では,後記のとおり,第2のスリット82によ

り,第二の次元の共焦点作用が生じている。また,乙18号証2頁右

上欄16行目以下には,「試料4は,レンズ32によるポイントソー

スの像面に置く。」と記載されている。さらに,2頁左下欄10行目

以下には,「スリット82も光検出器6の出力が最大になる位置に合

わせられるように,ステージ73により移動できる。」記載されてい

る。また,乙18号証の第1図では,レーザ光が,試料4及びスリッ

ト82において合焦していることが記載されている。

よって,乙18号証には,前記スペクトルの少なくとも一つの成分

をスリット82に通し,前記サンプルの所与の面から散乱された光を

前記スリット82の所与の領域に合焦させ前記サンプルの他の面から

散乱された光を前記光検出器に合焦させない手段が記載されている。

56
ただし,乙18号証では,第2のスリット82によって第二の次元

の共焦点作用が生じているため,光検出器上ではなく,スリット82

上に所与の領域が存在する。

構成要件Eに対応する記載

乙18号証1頁右下欄1行目には,共焦点タイプの走査レーザ顕微

鏡が記載されている。

構成要件Fに対応する記載

乙18号証2頁左上欄2行目には,「共焦点タイプの走査レーザ顕

微鏡におけるピンホール5の役割は分解能を挙げることであり」と記

載されている。また,2頁左下欄7行目以下には,「スリット81の

調整は,スリット82をはずした状態で行い,光検出器6の出力が最

大になるようにする。」と記載されている。さらに,第1図には,試

料4とスリット81が合焦していることが記載されている。

よって,乙18号証には,前記光はスリット81を備えた一次元空

間フィルタを通過して第一の次元で共焦点作用をもたらすことが記載

されている。

構成要件G−1及びG−2に対応する記載

乙18号証には,第2のスリット82の前記所与の領域で受ける光

が,前記所与の領域外で受ける光を含まずに,またはこの光と分離し

て通過され,前記光検出器で検出されることが記載されている。

乙18号証2頁右上欄4行目以下には,「スリット81の方向と交

差するように,スリット82を光検出器6の前に置き,光検出器6の

出力が最大になるように,スリット82を調整する」と記載されてい

る。また,第1図には,試料4とスリット82が合焦していることが

記載されている。さらに,第2図には,第1のスリット81と第2の

スリット82が,直交するように配置されることが記載されている。

57
また,乙18号証2頁左下欄19行目以下には,発明の効果として,

「本発明によれば,共焦点タイプの走査レーザ顕微鏡におけるピンホ

ールの位置合わせを必要とせず,その代わりに,2個のスリットの位

置合せをすることになる。スリットの位置合せは一次元方向だけなの

で,ピンホールの位置合せと比べて非常に容易になる。」と記載され

ている。すなわち,乙18号証には,ピンホールによる共焦点作用と

同様の作用が,2つのスリットによってもたらされることが記載され

ている。

よって,乙18号証には,前記所与の領域が,前記第一の次元を横

切る第二の次元で共焦点作用をもたらすように形成されていることが

記載されている。

構成要件Hに対応する記載

乙18号証には,共焦点タイプの走査レーザ顕微鏡が記載されてい

る。

(ウ) 本件発明7と乙18発明との相違点は,次の4点である。

(相違点1)

本件発明7は,スペクトルを分析する手段を有する分光分析装置であ

る(構成要件B,E,H)のに対して,乙18発明は,その構成を有し

ていない点。

(相違点2)

本件発明7は,光検出器の所与の領域のみの読出しによって第二の次

元の共焦点作用を生じさせている(構成要件D,G−1)のに対して,

乙18発明は,第2のスリット82によって第二の次元の共焦点作用を

生じさせている点。

(相違点3)

本件発明7は,サンプルに光を照射するのと,サンプルからの散乱光

58
を集光するのとに同一のレンズが用いられているのに対し,乙18発明

は異なるレンズが用いられている点。

(相違点4)

本件発明7は,光検出器がCCDに限定されているのに対し,乙18

発明では限定されていない点。

(エ)(相違点1について)

レーザー顕微鏡において,光を波長成分ごとに分ける分光を行い,ス

ペクトルを分析することは,乙7,11号証等に記載のとおり,周知な

技術であり,本件明細書の「背景技術」の欄にも記載のとおりである。

したがって,当業者にとって,引用発明に,スペクトルを分析する分

光手段を付加することは,その測定の目的に応じて,容易に想到し得る

ものであった。

(相違点2について)

乙18号証の第1図,第2図では,光検出器上に,又は光検出器に非

常に近接して,第2のスリットが描かれている。これは,スリットを,

光検出器の読取領域の制限に置き換えることを示す,又は少なくとも示

唆するものである。そして,本件発明7では,乙18発明の2つめのス

リットを「光検出器の所与の領域(の読み取り)」に置き換えたものにす

ぎない。光検出器で検出する光を,スリットすなわちハードウェアによ

って限定するか,「所与の領域(の読み取り)」すなわちソフトウェア

で限定するかは本質的な違いではないから(乙8〜10によれば,従来

のピンホールを光検出器の微小領域に置き換えることは周知技術であっ

た。),スリットを「所与の領域」に置き換えることは,何ら創作性

要せず,当業者が容易に想到できたものである。

したがって,相違点2は当業者が容易に想到できたものである。

(相違点3及び4について)

59
相違点3,4は乙30号証に記載されており,乙18発明に乙30発

明を適用することにより当業者が容易に想到できたものである。

よって,本件発明7は,乙18発明に,乙30発明を適用することに

よって,当業者が容易に発明できたものである。

(オ) 原告らは,相違点1について,乙7号証や乙11号証の分光手段に

よって分光されたスペクトルを,光検出器を用いて処理するためには,

受光面が複数の領域に分かれており,各領域における受光量を別個に出

力するタイプの光検出器を用いる必要があるにもかかわらず,乙18発

明の光検出器は,受光面の全領域の受光量を一括して出力するタイプの

ものであると主張する。

しかし,乙18発明の光検出器は,必ずしも受光面の全領域の受光量

を一括して出力するタイプに限定されているわけではない。また,共焦

点作用を生じさせるために複数の画素が1列に並んだ検出器を,スリッ

トを兼ねた検出器として用いることが既に知られていた。例えば,甲8

号証には,CCDラインセンサーを用いた共焦点光学系が開示されてお

り,その【0035】には「1次元配列型検出器10はそれ自体がスリ

ット開口である」との記載がある。

したがって,乙18発明の光検出器が,複数の画素が1列に並んだ検

出器である可能性が十分にある。

また,仮に乙18発明の光検出器が受光面の全領域の受光量を一括し

て出力するタイプであったとしても,一般的な分光手段であるポリクロ

メータは,「スリット」−「レンズ(凹面鏡)」−「回折格子」−「レ

ンズ(凹面鏡)」−「分割された検出器」で構成されているのであるか

ら,乙18発明に分光手段を付加するに当たって,光検出器を受光面が

複数の領域に分かれており,各領域における受光量を別個に出力するタ

イプに変更することは,当業者が当然にすべきことである。

60
(原告らの主張)

(ア) 被告は,相違点1について,スペクトルを分析する分光手段が周知

であったことのみを理由として,かかる手段を乙18発明に付加するこ

とが容易に想到できたと主張する。

しかしながら,ある手段が周知であったとしても,そのことのみを理

由として,その手段を他の発明に付加することが容易に想到できたとは

いえない。かかる付加が容易に想到できたといえるためには,それなり

の動機付けが必要である。ところが,乙18号証,乙7号証,乙11号

証等をみても,スペクトルを分析する分光手段を乙18発明に付加する

ことを動機付ける記載は見当たらない。

したがって,スペクトルを分析する分光手段を乙18発明に付加する

ことは,当業者が容易に想到できたとはいえない。

また,乙18発明は,2つのスリット(乙18の第1図や第2図に示

されたスリット81及び82)を用いて共焦点作用をもたらすものであ

る。これに対し,被告がスペクトルを分析する分光手段が周知であった

根拠として指摘する乙7号証や乙11号証に記載された発明は,いずれ

も2つのスリットを用いて共焦点作用をもたらすものではない。

さらに,乙7号証や乙11号証の分光手段によって分光されたスペク

トルを,光検出器を用いて処理するためには,受光面が複数の領域に分

かれており,各領域における受光量を別個に出力するタイプの光検出器

を用いる必要があるにもかかわらず,乙18発明の光検出器は,受光面

の全領域の受光量を一括して出力するタイプのものである。乙18発明

の光検出器では,乙7号証や乙11号証の分光手段を付加したとしても,

分光されたスペクトルを,光検出器を用いて処理することができない。

したがって,これらの観点からも,乙18発明において,スペクトル

を分析する分光手段を付加する動機付けはなく,かかる付加は当業者が

61
容易に想到できたとはいえない。

(イ) 被告は,相違点2について,乙18発明において,2つ目のスリッ

トを光検出器の所与の領域(共焦点作用をもたらすような制限された読

取領域)に置き換えることは容易に想到できたと主張する。

しかしながら,光検出器にかかる領域を設けることや,スリットを光

検出器のかかる領域に置き換えることについては,乙18号証には記載

も示唆もない。乙18発明の2つのスリットのうちの1つを光検出器の

所与の領域に置き換えて,光検出器のかかる領域と残ったもう1つのス

リットとを使用すること,すなわち,2つの異なる原理に基づく手段の

組み合わせにより二次元の共焦点作用をもたらすことが公知であること

を示す証拠は示されていないし,自明の事項ではない。

したがって,乙18発明において,2つ目のスリットを光検出器の所

与の領域に置き換えることは,当業者が容易に想到できたとはいえない。

また,乙8〜10号証は,ピンホールを光検出器の微小領域に置き換

える技術は開示しているかもしれないが,2つのスリットのうちの1つ

のみを光検出器の所与の領域に置き換えることを開示していないことは

もちろん,スリットを光検出器のかかる領域に置き換えることすら開示

していない。上記技術は,二次元の共焦点作用をもたらすピンホールの

代替技術であって,一次元の共焦点作用をもたらすスリットの代替技術

ではないから,乙18発明の2つ目のスリット(一次元の共焦点作用を

もたらすスリット)に対して,上記技術を適用する動機付けはない。

したがって,乙8〜10号証を考慮したとしても,乙18発明におい

て,2つ目のスリットを光検出器の所与の領域に置き換えることは,当

業者が容易に想到できたとはいえない。

さらに,乙18発明は,ピンホールの代わりに,2個のスリット及び

レンズを用いる発明であり,スリット81,レンズ34及びスリット8

62
2を必須の構成とするものであるから,スリット81を残して,スリッ

ト82を除去したり,他の手段に変更したりすることについては阻害要

因があるというべきである。スリット82を除去したり,他の手段に変

更したりすることについては,乙18号証には記載も示唆もないのであ

るから,かかる除去や変更を行う動機付けはない。乙18発明において,

2つ目のスリットを光検出器の所与の領域に置き換えるには,乙18発

明の複雑な改変が必要となるのであって,かかる複雑な改変を行うこと

が当業者にとって容易に想到できたこととは考えられない。

したがって,この観点からも,乙18発明において,2つ目のスリッ

トを光検出器の所与の領域に置き換えることは,当業者が容易に想到

きたとはいえない。

仮に,乙18発明において,相違点1に係る構成,すなわちスペクト

ルを分析する分光手段を付加した場合,当該分光手段は,2つのスリッ

ト(スリット81及び82)と,光検出器6との間に配置されることに

なる。このように,スリット82と光検出器6とは離れて配置される。

この配置からみて,スリット82を光検出器6の所与の領域に置き換え

ることが当業者にとって容易に想到できたこととは考えられない。

したがって,この観点からも,乙18発明において,2つ目のスリッ

ト(スリット82)を光検出器(光検出器6)の所与の領域に置き換え

ることは,当業者が容易に想到できたとはいえない。

(ウ) 被告は,相違点3及び4について,乙30号証に記載されており,

乙18発明に乙30発明を適用することにより当業者が容易に想到でき

たと主張する。

しかしながら,相違点3及び4に係る構成が文献に記載されていたと

しても,そのことのみを理由として,その構成を他の発明に適用するこ

とが容易に想到できたとはいえない。かかる適用が容易に想到できたと

63
いえるためには,それなりの動機付けが必要である。ところが,乙18

号証及び乙30号証をみても,かかる構成を乙18発明に適用すること

を動機付ける記載は見当たらない。

したがって,相違点3及び4に係る構成を乙18発明に適用すること

は,当業者が容易に想到できたこととはいえない。

(エ) 被告は,相違点1について,乙18発明の光検出器は,複数の画素

が1列に並んだ検出器である可能性が十分にあると主張している。

しかしながら,乙18発明において,複数の画素が1列に並んだ検出

器を使用する必要性は全くなく,かかる検出器が使用されている可能性

があると考えるのは不自然である。また,乙18発明において,スリッ

ト82を調整する前の段階では,光が光検出器6の受光面のどの部分に

到達するのかはわからないのであり,スリット82を調整する際には,

光検出器6は,受光面の全領域の受光量を一括して出力しているものと

考えられる。仮に,乙18発明において,複数の画素が1列に並んだ検

出器を使用しているのであれば,各画素での受光量をすべて足し合わせ

た上で出力を行うという余計な処理を行うことになる。

また,被告は,仮に乙18発明の光検出器が受光面の全領域の受光量

を一括して出力するタイプであったとしても,乙18発明に分光手段を

付加するに当たって,光検出器を受光面が複数の領域に分かれており,

各領域における受光量を別個に出力するタイプに変更することは,当業

者が当然にすべきことであると主張している。

乙18発明に分光手段を付加し,かつ,光検出器を受光面が複数の領

域に分かれており,各領域における受光量を別個に出力するタイプに変

更した場合に,スリット82の調整処理と分光処理とを両立させるため

には,スリット82の調整処理の際には,各画素での受光量をすべて足

し合わせた上で出力を行い,分光処理の際には,各画素での受光量を

64
別々に出力しなければならない。しかしながら,処理ごとに各画素の受

光量の出力の仕方をこのように変えることは,乙18号証及び被告が分

光出段が記載されていると指摘する文献(乙7,11)のいずれにも記

載されておらず,当業者が容易に想到し得たことではない。

エ 乙7号証を主引例とする進歩性欠如の有無(争点4−4)

(被告の主張)

(ア) 本件発明は,乙7号証に記載された発明(以下「乙7発明とい

う。)と乙8〜10号証に記載された発明に基づいて,当業者が容易に

発明することができたものである。

乙7号証(赤外・ラマン・振動[U])は,本件特許権の優先日前であ

る昭和58年8月31日に頒布された刊行物である。

(イ) 乙7発明を本件発明7と対比すると,以下のとおりである。

構成要件Aに対応する記載

乙7号証134頁左欄9〜15行には「試料は光学顕微鏡の水平な

試料台上に置き,白色光でスコープ上に投影される像(最高×100

0)を観察し,分析個所を中央の定位置へX−Y可動ステージを用い

て移動し,レーザー光に切り換えて照射する。同じ対物レンズを用い

てレーザービームは1μm(×100)まで絞ることができる。ラマ

ン散乱もこの対物レンズで180°の方向に集光され,」と記載され

ているから,「サンプルに光を照射して散乱光(のスペクトル)を得

る手段」が記載されている。また,「レーザービームは1μm(×1

00)まで絞る」のごとくレーザービームの大きさが1つの数値で表

現されていることから,この光照射はスポット照明であることを示唆

している。

また,乙7号証(136頁)の図3(別紙乙7号証の図3参照)に

は,図の上方中央付近から,レーザ光(LASER)が入射し,ミラーに

65
より左上方のサンプル(SAMPLE)に当該光が照射されることが記載さ

れている。そして,当該サンプルの左側には,横軸をνとし,縦軸を

Iとするラマン散乱スペクトルを示唆するグラフが描かれているから,

「サンプルにスポット光を照射して散乱光(のスペクトル)を得る手

段」が記載されている。

構成要件Bに対応する記載

乙7号証134頁左欄14〜16行に「ラマン散乱もこの対物レン

ズで180°の方向に集光され,ビームスプリッタを通して分光器に

導かれる。」と記載されているから,「ラマン散乱光を分光する手

段」が記載されている。

また,乙7号証の図3には,右上に,回折格子を示唆する,多数の

刻みが描かれた格子が描かれている。回折格子は分光手段の代表例で

あるから,「ラマン散乱光を分光する手段」が記載されている。

構成要件Cに対応する記載

乙7号証134頁右欄6〜7行に「分光された光は普通は光電子増

倍管あるいは光子計数方式を用いて検出する。」と記載され,同欄第

16〜17行に「マルチチャンネル検出器もMOLEでは用いられて

いる。」と記載されているから,「光検出器」が記載されている。

また,乙7号証135頁右欄13〜17行に,「図3にダイオー

ド・マトリックス…を用いて,試料視野を少なくとも100×100

の部分に分割した10 4 個のユニットのスペクトルおよび位置の情報

を比較的速い時間で得る方法を示した。」と記載され,図3の中央付

近にダイオード・マトリックス(DIODE MATRIX)が描かれているから,

「光検出器」が記載されている。

構成要件Dに対応する記載

乙7号証の図3には,サンプル(SAMPLE:上段左)からのラマン散

66
乱光が,スリット(SLIT:上段右から2番目),回折格子(上段右)

を経て,ダイオードマトリックス(DIODE MATRIX:2段目左)又は横

一列又は縦一列のリニアダイオードアレイ(LINEAR DIODE ARRAYS:

中央及び右下)に通っているから,「分光されたラマン散乱光が光検

出器に通っている」構成が記載されている。

また,乙7号証135頁右欄28〜29行に「図4にこのアイデア

を製品化したMicrodil 28の概念図を示した」と記載されていること

から,136頁の図4は,同頁の図3に記載のアイデアを製品化した

装置の概念図であることが明らかである。そして,図4から,サンプ

ルの所与の面(左端中央付近の平行四辺形で描かれている面)と光検

出器の検出面(右端中央付近の「IMAGE INTENSIFIER」の面)とが合

焦していることが明らかである。

さらに,光検出器の検出面とサンプルの所与の面とが合焦している

ということは,必然的に,光検出器の当該面とサンプルの他の面とは

合焦していないことになる。

したがって,乙7号証の記載は,「前記サンプルの他の面から散乱

された光を前記光検出器に合焦させない手段を有する」ことを示唆し

ている。

構成要件Eに対応する記載

乙7号証には,分光分析装置が記載されている。

構成要件Fに対応する記載

乙7号証137頁右欄10〜15行には,「図6にその方法を示し

た。これは光路中の試料の像が焦点を結ぶ適当な位置にアパーチャー

を置くことで,図のa,bに示したように焦点からずれた場所からの

光を除くことができる。モノチャンネルモードの場合スリットもこの

アパーチャーと同じ役割をするが,この場合には分解能に異方性を生

67
じてしまう。」と記載されている。かかる記載は,アパーチャー(す

なわちピンホール)を用いた場合には,一次の次元の共焦点作用と共

に二次の次元の共焦点作用がもたらされるが,スリットを用いた場合

には異方性,すなわち第一の次元の共焦点作用しかもたらされないこ

とを意味する。そして,図3には,サンプルからのラマン散乱光が,

Y方向に開口部が延びるスリットを経て回折格子に通る構成の装置が

記載されている。

したがって,乙7号証137頁右欄10〜15行の記載を考慮すれ

ば,図3には,「スリットを備えた1次元空間フィルタを通過して第

一の次元で共焦点作用をもたらす」ことが記載されている。

構成要件G−1及びG−2に対応する記載

上記dのとおり,乙7号証には「サンプルの所与の面と光検出器の

細長い領域とが合焦していること」,すなわち,(サンプルの)所与

の面からのラマン散乱光は「光検出器の細長い領域」で受けており,

当該散乱光は「光検出器の細長い領域」以外では受けていないことが

示唆されている。しかし,光検出器の細長い領域が,本件発明7の

「(光検出器の)所与の領域」すなわち「第二の次元の共焦点作用を

もたらすように形成された領域」であることは明示されていない。

上記dのとおり,同証は「サンプルの所与の面と光検出器の横方向

(=スリットを横切る方向)に細長い領域とが合焦していること」を

示唆しているが,当該細長い領域によって第二の次元の共焦点作用が

もたらすことまでは明示されていない。

構成要件Hに対応する記載

乙7号証には,分光分析装置が記載されている。

(ウ) 本件発明7と乙7発明とは,上記(イ)a〜f及びhで一致する。他

方で,本件発明7と乙7発明とは,次の点で形式的に相違する。

68
構成要件G−1では,「前記所与の領域で受ける光が,前記所与の領

域外で受ける光を含まずに,またはこの光と分離して検出され」と規定

されているのに対し,乙7号証では「光検出器の細長い領域」が本件発

明7における「所与の領域」(=第二の次元で共焦点作用をもたらすよ

うに形成されている領域)であることが明示されていないこと。

構成要件G−2では,「第二の次元で共焦点作用をもたらすように形

成されている」と規定されているのに対し,乙7号証には第二の次元で

共焦点作用をもたらすことが明示されていないこと。

(エ) 上記相違点は,優先日前の周知技術(例えば乙8〜10)に照らせ

ば,実質的な相違ではない又は当業者が容易に想到できたものにすぎな

い。

a 乙8号証(特開昭61−272714号公報)には,ピーク値型の

光検出器で一番明るい時の光量のみを検出することによって,従来の

ピンホールを用いた場合のように,共焦点光学系を構成できることが

記載されている。

b 乙9号証(特開平2−267512号公報)には,従来のピンホー

ルを用いた共焦点走査型顕微鏡では,「形成された反射光像等及びピ

ンホールは小さいので,両者の位置合わせ非常に困難なものとなる。

本発明の目的は,このような位置合わせの困難さを解消することにあ

る。」と記載され,従来のピンホールに代えて,撮影素子(本件発明

7の光検出器に相当する)の光強度の強い中心部の信号のみを使用す

ることによって共焦点光学系を構成できることが記載されている。

c 乙10号証(特開平3−33711号公報)には,従来のピンホー

ルに代えて,集光された光ビームのスポットサイズ以下の大きさの画

素を面上に有した前記受光部により,対応する試料上の走査点の情報

のみを得るように,前記光電変換アレイを駆動する駆動手段を有する

69
光検出器によって,共焦点光学系を構成できることが記載されている。

d 乙7号証の図3では,横一列(=スリットを横切る方向)のリニア

ダイオードアレイでサンプルからのラマン散乱光を受けることが記載

されている。そして,上記周知技術に照らせば,図3における横一列

のリニアダイオードアレイの領域は,第二の次元で共焦点作用をもた

らすように形成された領域と実質的に同じと考えられる。

仮に同一ではないとしても,乙8〜10号証に記載された「光検出

器の単一ピクセルまたは微小領域のみを使用することによって,共焦

点作用が実現される」ことに鑑みて,乙7号証のリニアダイオードア

レイの領域を適宜設定することは,当業者が容易に行うことができた

ことである。

(オ) そして,構成要件G−2@〜Bについては,以下のとおり,乙7号

証に記載されているか,又は乙7号証及び周知技術に基づいて当業者が

容易に想到できたものである。

a 乙7号証134頁左欄第9〜15行には「試料は光学顕微鏡の水平

な試料台上に置き,白色光でスコープ上に投影される像(最高×10

00)を観察し,分析個所を中央の定位置へX−Y可動ステージを用

いて移動し,レーザー光に切り換えて照射する。同じ対物レンズを用

いてレーザービームは1μm(×100)まで絞ることができる。ラ

マン散乱もこの対物レンズで180°の方向に集光され,」と記載さ

れている。ここで,「レーザービームは1μm(×100)まで絞

る」のごとくレーザービームの大きさが1つの数値で表現されている

ことから,この光照射はスポット照明であることが判る。そして,図

3には,図の上方中央付近から,レーザー光(LASER)が入射し,ミ

ラーにより左上方のサンプル(SAMPLE)に当該光が照射され,サンプ

ルから散乱された光がミラーを透過し,レンズで集光されて,スリッ

70
ト(SLIT)を通過している。すなわち,乙7号証では,サンプルにス

ポット照明して得られた散乱光を集光してスリットを通過している。

また,乙7号証には,スリットにおいて焦点を結んでいることが明記

されていないが,レンズで集光してスリットを通過させる光学系で,

スリットに焦点を合わせるのは当業者が当然に用いる手法である。

したがって,構成要件G−2@は,乙7号証に基づいて当業者が容

易に想到できたものである。

b 乙7号証の図3では,サンプルに光を照射するのと,サンプルから

の散乱光を集光するのとに同一のレンズが用いられているから,構成

要件G−2Aが記載されている。

c 乙7号証の図3では,検出器としてダイオード・マトリックスある

いはリニア・ダイオード・アレイが用いられているが,光検出器とし

て電荷結合素子(CCD)を用いることは単なる設計事項にすぎない

(例えば乙30)。

したがって,乙7号証のダイオード・マトリックスあるいはダイオ

ード・アレイをCCDとすることは当業者が容易に行うことができた

ものである。

(原告らの主張)

(ア) 乙7発明(135頁右欄10行〜末行並びに図3及び4に記載され

たDelhayeの発表した装置及びそれに関連する製品“Microdil 28”のも

の)を主引用発明とした場合,少なくとも構成要件F,G−1及びG−

2が乙7発明に備わっているということはできない。また,乙7発明以

外に関する記載や他の先行技術を考慮しても,それらの構成要件を乙7

発明に取り入れることが当業者にとって容易であるとはいえない。

(イ)a 被告は,乙7号証の図3のスリット(SLIT)が構成要件Fの「ス

リット」に該当すると主張している。

71
しかしながら,乙7号証の図3のスリットは,分光器の回折格子

(乙7の図3の右上に描かれている物体)の直前に配置されているこ

とから,分光器の従来の入口スリットにすぎないと考えられる。分光

器に入口スリットが用いられることは周知であり,構成要件Fの「ス

リット」をモノクロメータの入口スリットと混同すべきでないことに

ついては,本件明細書8欄7〜13行で指摘しているとおりである。

また,乙7号証には,図3のスリットが共焦点作用をもたらすこと

について記載も示唆もない。さらに,スリットが共焦点作用をもたら

すためには,当該スリットの幅が重要であるところ,乙7号証には幅

に関する記載も示唆もない。共焦点作用をもたらすためには,スリッ

トの幅が適切な範囲にあることが必要である。

したがって,スリットが乙7号証の図3に記載されているからとい

って,構成要件Fが記載されているということはできない。

b 被告は,乙7号証137頁右欄10〜15行の記載を考慮すれば,

図3には,スリットを備えた1次元空間フィルタを通過して第一の次

元で共焦点作用をもたらすことが記載されていると主張する。

しかし,上記記載は,乙7号証の異なる発明(137頁左欄13行

〜右欄22行に記載の発明)に関するものである。

また,乙7号証137頁右欄10〜15行には,「モノチャンネル

モードの場合スリットもこのアパーチャーと同じ役割をするが,この

場合には分解能に異方性を生じてしまう。」と記載されている。この

記載の解釈としては,「モノチャンネルモードの場合にはスリットは

アパーチャーと同じ役割をするが,マルチチャンネルモードの場合に

はスリットはアパーチャーと同じ役割をしない」と解釈するのが自然

である。ここで,モノチャンネルモードとは,一時に一つの波長のみ

を検出するモードをいい,マルチチャンネルモードとは,一時に複数

72
の波長を検出するモードをいう。

乙7発明(図3及び図4に記載された装置ないし製品)は,マルチ

チャンネル(モード)に関するものである。このことは,図3及び図

4の題目に「マルチチャンネル検出器」と記載されていることから明

らかである。

したがって,乙7号証137頁右欄10〜15行に記載されたスリ

ット技術を,乙7発明に適用する(取り入れる)動機付けはない。

また,上記のように,乙7号証137頁右欄10〜15行の記載か

らは,マルチチャンネルモードの場合にはスリットはアパーチャーと

同じ役割をしないと考えられ,上記スリット技術を,マルチチャンネ

ル(モード)に関する乙7発明に適用してもうまくいかないと考えら

れるから,かかる適用には阻害事由もある。

(ウ)a 被告は,構成要件G−1,G−2に関し,周知技術に照らせば,

乙7号証の図3における横一列のリニアダイオードアレイの領域は,

第二の次元で共焦点作用をもたらすように形成された領域と実質的に

同じと考えられると主張する。

しかしながら,「乙7号証の図3における横一列のリニアダイオー

ドアレイの領域」と,乙8〜10号証の領域とは別物であるから,仮

に後者が第二の次元で共焦点作用をもたらすように形成された領域で

あったとしても,前者が第二の次元で共焦点作用をもたらすように形

成された領域であるとはいえない。

また,被告は,乙8〜10号証の領域が「乙7号証の図3における

横一列のリニアダイオードアレイの領域」に対応すると考えているも

のと思われる。しかしながら,乙8〜10号証の領域は,二次元の縦

横に並べられた素子のうちの1つであり,「乙7号証の図3における

横一列のリニアダイオードアレイの領域」のような横一列のものとは

73
大きく異なる。

以上のように,「乙7号証の図3における横一列のリニアダイオー

ドアレイの領域」が,第二の次元で共焦点作用をもたらすように形成

された領域と実質的に同じであるということはできない。

b 被告は,乙8〜10号証に記載された「光検出器の単一ピクセルま

たは微小領域のみを使用することによって,共焦点作用が実現され

る」ことに鑑みて,乙7号証のリニアダイオードアレイの領域を適宜

設定することは,当業者が容易に行うことができたことであると主張

する。

ここで被告が指摘する乙8〜10号証に記載された「光検出器の単

一ピクセルまたは微小領域」とは,上記の乙8号証の「光検出器エレ

メント32」,乙9号証の「撮像素子の光強度の強い中心部」及び乙

10号証の「2次元光電変換素子(アレイ)の画素」を指すものと考

えられる。

乙8〜10号証に記載された発明は,これらの領域を用いることに

より,従来のピンホールに代えて,共焦点光学系を構成するものであ

る。しかしながら,乙7発明では,ピンホールは用いられていないか

ら,ピンホールの代替技術である乙8〜10号証の技術を,ピンホー

ルを用いない乙7発明に適用する(取り入れる)動機付けはないとい

える。

また,乙8〜10号証の領域は,二次元の縦横に並べられた素子の

うちの1つであり,「乙第7号証の図3における横一列のリニアダイ

オードアレイの領域」のような横一列のものとは大きく異なる。

よって,乙8〜10号証の技術を乙7発明に適用して,乙7発明が

構成要件G−1及びG−2を備えるようにすることが容易であるとい

うことはできない。

74
(エ) 被告は,構成要件G−2Bについて,電荷結合素子(CCD)が乙

30号証に記載されていると指摘している。

しかしながら,電荷結合素子が文献(乙30)に記載されていたとし

ても,そのことのみを理由として,電荷結合素子を乙7発明に適用する

ことが容易に想到できたとはいえない。かかる適用が容易に想到できた

といえるためには,それなりの動機付けが必要である。ところが,乙7

号証及び乙30号証をみても,電荷結合素子を乙7発明に適用すること

を動機付ける記載は見当たらない。

したがって,電荷結合素子を乙7発明に適用することは,当業者が容

易に想到できたとはいえない。

オ 乙16号証を主引例とする進歩性欠如の有無(争点4−5)

(被告の主張)

(ア) 乙16号証(高感度ラマン分光法の最近の動向と半導体超薄膜への

応用)は,本件特許権の優先日前である平成2年に発行された論文であ

る(乙17)。

(イ) 本件発明7と乙16号証に記載された発明(以下「乙16発明」と

いう。)を対比すると,以下のとおりである。

構成要件Aに対応する記載

乙16号証6頁31行目以下には,「図2の(a)と(b)は,Ar+

レーザの515nm線による励起で,シリコン(100)ウェーハの

520cm−1付近のピーク測定を行った時の,PS−PMTの二次

元画像である。」と記載されている(図2につき別紙乙16号証の図

2参照)。

したがって,乙16号証には,「サンプルに光を照射して散乱光の

スペクトルを得る手段」が記載されている。

構成要件Bに対応する記載

75
乙16号証5頁24行目以下には,「図1に我々の使用している分

光光学系の概略を示す。トリプル・ポリクロメータ分光器としてはD

ilor社のモデルXYを使用した。」と記載されている。また,7

頁には,図1(別紙乙16号証の図1参照)が掲載されている。

したがって,乙16号証には,「前記スペクトルを分析する手段」

が記載されている。

構成要件Cに対応する記載

乙16号証5頁31行目以下には,「検出器としては,ストレート

側にIPDA検出器(Dilor社のゴールドモデル)を,サイド側

に切り換え用の反射鏡を使ってPS−PMT(ITT社のモデルF4

146M)を設置した。」と記載されている。

したがって,乙16号証には,「光検出器」が記載されている。

構成要件Dに対応する記載

光検出器の画像である,図2(a)及び(b)において,散乱光は,微

小なスポットになっている。

よって,乙16号証には,「前記分析されたスペクトルの少なくと

も一つの成分を前記光検出器に通し,前記サンプルの所与の面から散

乱された光を前記光検出器に合焦させ前記サンプルの他の面から散乱

された光を前記光検出器に合焦させない手段」が記載されている。

構成要件Eに対応する記載

乙16号証の図1のように,乙16発明は「分光分析装置」である。

構成要件Fに対応する記載

乙16号証6頁36行目には,「入射スリットの幅100μm」と

記載されている。また,6頁35行目には,「Y方向への信号の広が

りは3−4ピクセル」とあり,6ページの9行目には「検出器のピク

セル・サイズ25μm」と記載されている。

76
よって,散乱光の広がり(スポットサイズ)は,75μmから10

0μmである。

g−1 構成要件G−1に対応する記載

乙16号証6頁37行目以下には,「図2の(c)は,(b)のデータ

を用いてY方向に5ピクセルずつ加算して得たラマン・スペクトルで

ある。」と記載されている。また,図2の下の説明文にも,「(c)は

5ピクセルを加算して得られたスペクトル。」と記載されている。

よって,乙16号証には,前記光検出器の前記5ピクセルで受ける

光が,前記5ピクセル外で受ける光を含まずに,またはこの光と分離

して検出されることが記載されている。

g−2 構成要件G−2に対応する記載

乙16号証6頁35行目には,「Y方向への信号の広がりは3−4

ピクセル」とあり,また,6頁9行目には「検出器のピクセル・サイ

ズ25μm」と記載されている。

よって,散乱光の広がり(スポットサイズ)は,75μmから10

0μmである。

また,図2(c)の5ピクセルの幅は,125μmである。

g−2@ 構成要件G−2@に対応する記載

乙16号証6頁36行目には,「入射スリットの幅100μm」と

記載されている。また,6頁35行目には,「Y方向への信号の広が

りは3−4ピクセル」とあり,6頁9行目には「検出器のピクセル・

サイズ25μm」と記載されている。

よって,散乱光の広がり(スポットサイズ)は,75μmから10

0μmである。

g−2B 構成要件G−2Bに対応する記載

乙16号証5頁31行目以下には,「検出器としては,ストレート

77
側にIPDA検出器(Dilor社のゴールドモデル)を,サイド側

に切り換え用の反射鏡を使ってPS−PMT(ITT社のモデルF4

146M)を設置した。」と記載されている。

こ こ で , 「 P S − P M T 」 は , Position Sensitive Photo-

Multiplier Tubesの略で,すなわち位置検出型光電子増倍管である。

構成要件Hに対応する記載

乙16号証の図1のように,乙16発明は「分光分析装置」である。

(ウ) 本件発明7と乙16発明の一致点及び相違点は,以下のとおりであ

る。

(一致点)

「サンプルに光を照射して散乱光のスペクトルを得る手段と,

前記スペクトルを分析する手段と,

光検出器と,

前記分析されたスペクトルの少なくとも一つの成分を前記光検出器に

通し,前記サンプルの所与の面から散乱された光を前記光検出器の所与

の領域に合焦させ前記サンプルの他の面から散乱された光を前記光検出

器に合焦させない手段と

を具備する分光分析装置。」

(相違点1)

本件発明7では「前記光はスリット30を備えた一次元空間フィルタ

31を通過して第一の次元で共焦点作用をもたらし」(構成要件F),

「前記サンプルの前記所与の面の焦点からの散乱光は,前記スリットに

おいてスポットとしての焦点に絞り込まれて前記スリット30を通過し,

前記サンプルの前記所与の面の前記焦点の前または後で散乱される光は,

前記スリットにおいて焦点を結ばず」(構成要件G−2@)であるのに

対して,乙16発明ではそのような構成が明記されていない点。

78
(相違点2)

本件発明7では「前記所与の領域は前記第一の次元を横切る第二の次

元で共焦点作用をもたらすように形成されて」(構成要件G−2)いる

のに対し,乙16発明ではそのような構成か否か不明である点。

(相違点3)

本件発明7では「サンプルに光を照射するのと,前記サンプルからの

散乱光を集光するのとに同一のレンズが用いられ」(構成要件G−2

A)ているのに対し,乙16発明では「単色レーザから集光レンズとビ

ーム入射用小ミラー(または小プリズム)を経て試料に至る照射光学

系」である点。

(相違点4)

「光検出器」について,本件発明7では「電荷結合素子である」(構

成要件G−2B)のに対し,乙16発明では「マイクロ・チャンネルプ

レートおよびその後段の二次元の位置検出機構を有し,高エネルギー粒

子線などによるパルス・ノイズの影響をうけないフォトン・カウンティ

ング用の低雑音光電子増倍管」としての「位置検出型光電子増倍管」で

ある点。

(エ) 本件発明7は,乙16発明に基づいて当業者が容易に想到できたも

のである。

a 相違点1について

(a) 乙16発明は,文献に記載された数値から,エアリーディスク

径の最小値を計算することができる。乙16号証7頁8行以下には,

サンプルからスリットまでの倍率Mは100倍であること,6頁3

1行には,光源の波長は515nmであることが記載されている。

よって,入射スリットの位置における,エアリーディスク径の最

小値d min は,以下のとおりである。

79
d m i n =(1.22λ/NA)×M=(1.22×0.51

5/1)×100=63[μm]

乙16発明の入射スリット位置におけるエアリーディスク径は,

63μm以上である。ここで,入射スリットの幅は100μmなの

で(6頁36行),入射スリット幅は,エアリーディスク径の1.

6倍以下である。

したがって,「ピンホール径,スリット幅又は検出器の読取幅が

エアリーディスク径の10倍以下であれば共焦点作用が生じ得る」

という原告の主張を前提とすれば,乙16発明においても,入射ス

リット位置において第一の次元の共焦点作用(構成要件F)が生じ

ている。

(b) 乙38号証(「赤外・ラマン・顕微分光法講習会」のテキス

ト)は,遅くとも,本件特許権の優先日前である平成3年1月22

日に刊行された刊行物である。

乙38号証76頁6〜9行には,「共焦点顕微鏡は検出器に微小

なピンホールかスリットを必要とし,回折格子分光器もまた微細な

スリットを入射部に必要とするのであるから,この2つの光学系は

そのまま結合してメリットを相乗してくれる」と記載されている。

乙38号証には,共焦点作用を生じさせるためのスリットと回折格

子分光器の入射部に設ける入射スリットとを「結合」し,1つのス

リットによって兼用させること,すなわち入射スリットによって第

一の次元の共焦点作用を生じさせることを開示ないし示唆している。

しかも,乙38号証のテキストが使用された「赤外・ラマン・顕

微分光法講習会」は,ラマン顕微鏡についての初心者をも対象とし

たものであり,そのテキストに記載された事項は,当時において,

既に当該技術分野では基礎的な事項であり,周知技術であった。

80
したがって,当業者には,「入射スリット」と「一次元空間フィ

ルタ」を兼用させる合理的な動機があり,相違点1の前段の「前記

光はスリット30を備えた一次元空間フィルタ31を通過して第一

の次元で共焦点作用をもたらし」(構成要件F)という構成を容易

に想到し得たものである。

(c) また,入射スリットであれ,第一の次元の共焦点作用をもたら

すためのスリットであれ,分光分析装置に用いられるものであれば,

観測したい面と当該スリットとが焦点が合うように位置合わせをす

るのは当然である。

したがって,当業者は,相違点1の後段の「前記サンプルの前記

所与の面の焦点からの散乱光は,前記スリットにおいてスポットと

しての焦点に絞り込まれて前記スリット30を通過し,前記サンプ

ルの前記所与の面の前記焦点の前または後で散乱される光は,前記

スリットにおいて焦点を結ばず」(構成要件G−2@)という構成

容易に想到し得たものである。

b 相違点2について

(a) 乙16発明において,入射スリットの位置から検出器の位置ま

での倍率は1.2倍であるから,検出器の位置でのエアリーディス

ク径の最小値d min は,以下のとおりである。

d min =63[μm]×1.2=76[μm]

乙16発明の検出器の位置におけるエアリーディスク径は,76

μm以上である。ここで,検出器の読取領域の幅は,5ピクセルす

なわち125μmなので(6頁9行目,7頁1行目),エアリーデ

ィスク径の1.7倍以下である。

したがって,「ピンホール径,スリット幅又は検出器の読取幅が

エアリーディスク径の10倍以下であれば共焦点作用が生じ得る」

81
という原告の主張を前提とすれば,乙16発明においても,検出器

の位置において第二の次元の共焦点作用(構成要件G−2)が生じ

ている。

(b) 相違点1について述べたように,乙16発明に乙38号証を組

み合わせることにより,入射スリットの幅を十分に狭くして第一の

次元の共焦点作用を生じさせることは,当業者が容易に想到し得た

ことである。さらに,乙18号証において開示されているように,

第1スリットと直交する第2スリットを設けることで,第1スリッ

トによる第一の次元の共焦点作用と直交する方向からの,第二の次

元の共焦点作用を得ることも,当業者が容易に想到し得たことであ

る。

そして,乙10号証5頁左下欄6行〜右下欄4行記載のとおり,

スリットに代えて,光検出器の読取領域の制限によって,共焦点作

用を得るということは,周知技術であった。また,乙8〜10号証

には,ピンホールに代えて,光検出器の読取領域の制限によって,

共焦点作用が得られるという周知技術が記載されているから,直交

する2つのスリットの内,第2スリットによる共焦点作用を,光検

出器の読取領域の制限に置き換えることは,当業者にとって容易で

あった。

したがって,乙16発明に,乙38号証,乙18号証,乙8〜1

0号証を組み合わせて,相違点2を想到することは容易であった。

c 相違点3について

ラマン分光装置において,「サンプルに光を照射するのと,前記サ

ンプルからの散乱光を集光するのとに同一のレンズが用いられている

照射系」を採用することは,本件特許権の優先日前に周知の事項であ

るといえる。

82
そして,乙16発明において,その「単色レーザから集光レンズと

ビーム入射用小ミラー(または小プリズム)を経て試料に至る照射光

学系」を上記周知の「サンプルに光を照射するのと,前記サンプルか

らの散乱光を集光するのとに同一のレンズが用いられている照射系」

置換することには,何ら阻害要因がなく,構成を簡単化するという

十分なる動機付けが存在するといえる。

そうすると,乙16発明において,相違点3の構成とすることは,

当業者が容易に想到し得たものといえる。

d 相違点4について

乙16号証4頁5〜8行には,「今回我々は超微弱信号の検出を目

的としているので,以上の理由によりPS−PMTを採用することに

した。但し,量子効率の絶対値や赤外域の感度などを重んじるならば

CCD検出器の方が優れているなど,目的によって選択はことなって

くることを注意しておく。」と記載されている。

このことから,乙16発明において,その「位置検出光電子倍増

管」の替わりに「CCD検出器」を採用することには,十分な動機付

けが存在しているといえ,また置換に何ら困難性もない。

そうすると,乙16発明において,相違点4の構成とすることは,

当業者が容易に想到し得たものといえる。

(オ) 原告らの構成要件Dに係る主張について

原告らは,構成要件Dの「サンプルの他の面から散乱された光」及び

「サンプルの他の面から散乱された光を光検出器に合焦させない」こと

が,乙16号証に開示されていない旨主張する。

しかし,乙16発明は,ラマン顕微鏡に関するものであるから,「サ

ンプルの所与の面からの散乱された光」のみならず,「サンプルの他の

面から散乱された光」も生じ得ることは技術常識であるので,当業者に

83
とっては記載されているに等しい事項である。さらに,光学系において

は,原則として,ある1つの面に対しては,1つの合焦面が対応するこ

とは技術常識であるから,「サンプルの所与の面から散乱された光

(が)前記光検出器の所与の領域に合焦」している場合には,「サンプ

ルの他の面から散乱された光(が)前記光検出器に合焦」しないことは,

当然のことにすぎない。

したがって,構成要件Dは,乙16号証に,少なくとも記載されてい

るに等しい事項である。

(カ) 原告らの相違点1(構成要件F)に係る主張について

a 原告らは,被告のエアリーディスク径の計算について,入射スリッ

トの位置におけるエアリーディスク径(別紙原告参考図10−1及び

2のAD2)の大きさを求めるものではない旨主張する。

被告が算出したのは,光源の波長(原告のいうλ1)を用いて計算

した,入射スリットの位置におけるエアリーディスク径(原告のいう

AD2)の最小値d m i n である。サンプルから発生するラマン散乱光

の波長λ2がλ1と異なることを考慮しても,乙16発明のエアリー

ディスクの直径(AD2)の最小値は63μmであるため,入射スリ

ット(100μm)の位置において,第一の次元の共焦点作用が生じ

ている。

被告の計算においては,波長λとして,光源の波長515nm(原

告のいうλ1)を用いた。ラマン散乱においては,入射光よりも波長

が長いラマン散乱光(ストークス散乱)と,入射光よりも波長が短い

ラマン散乱光(アンチストークス散乱)とが発生する(乙6・5頁)。

そして,通常は,ストークス散乱光の方がアンチストークス散乱光よ

りも強度が強いため,ラマン分光分析の実験においては,強度の強い

ストークス散乱光のみを用いる。実際に,乙16発明において検出さ

84
れているラマン散乱光もストークス散乱光である。

乙16発明のように,ラマン散乱光がストークス散乱光である場合

には,散乱光の波長λ2は,光源の波長λ1よりも長い(λ2>λ

1)。

したがって,被告の計算式において,λ2を用いてAD2を計算し

たとしても,その最小値d m i n が63μmである,という結論は変わ

らない。

b レンズの開口数NAには,正確には,レンズの物体側(サンプル

側)の開口数NA 物 体 側 と,レンズの像側(光検出器側)の開口数NA

像側 がある。NA 物 体 側 ,NA 像 側 及びレンズの倍率Mは,以下のような

関係にある(乙28。甲20・97頁4−28式と4−29式からも

容易に導くことができる。)

NA 物体側 =NA 像 側 ×M

したがって,エアリーディスク径AD2は,NA 物 体 側 又はNA 像 側

を用いて,以下のように記載される。

AD2=1.22×λ/NA 像側

=(1.22×λ/NA 物体側 )×M

すなわち,レンズの開口数として,レンズの物体側の開口数NA 物

体側 を用いて表記するか,レンズの像側の開口数NA 像 側 を用いて表記

するかによって,計算式中の「×M」の有無が定まる。甲20号証9

6頁13行に,「像側の開口数を(NA) i m g とすると,」と記載さ

れているのも,この趣旨である。

また,被告は,エアリーディスク径の最小値d m i n の計算において,

上記のNA 物 体 側 を用いた計算式を使い,かつ,NA 物 体 側 として,空気

中での最大値1を用いて計算した。その理由は,乙16発明のレンズ

の倍率Mは100倍であるから,NA 物体 側 =NA 像側 ×100であり,

85
NA 物 体 側 の方がNA 像 側 よりも大きい。そして,NA 物 体 側 及びNA 像 側

は,空気中ではいずれも1を超えないが,NA 像 側 は,大きい方のN

A 物 体 側 が1を超えないという条件に制約されるため,NA 物 体 側 が1の

場合の次式がスリットにおけるエアリーディスク径(AD2)の最小

値である。

d min =(1.22×λ/NA 物体側 (最大値))×M

=(1.22×λ/1)×M

被告は,上式を用いて,エアリーディスク径(AD2)の最小値d

min が63μmであるという計算を行ったのである。

c 原告らは,乙38号証のスリットの位置における,試料の所与の面

の焦点からの光が一点に集光されているのに対し,乙16号証のスリ

ットの位置における,試料の所与の面の焦点からの光は線状になって

いるため,これらを組み合わせることができない旨主張する。

まず,乙16発明においては,スリットで,光は線状にはなってい

ない。この点,シリンドリカルレンズの焦点距離が短い場合には,光

の形状は,若干楕円状になりうる。しかしながら,乙16発明におい

てシリンドリカルレンズは,非点収差を補正するためのものであるた

め,対物レンズからの光をスリットに集光している凸レンズと比べる

と,焦点距離が長く光を屈折させる力が弱いレンズが用いられたはず

である。このような場合,スリットにおける光の形状は,シリンドリ

カルレンズの有無によってほとんど変形せず,線状ないし楕円状とい

うよりは点状とみなせるものであったと考えられる。

さらに,乙16発明において,シリンドリカルレンズは,焦点であ

るスリットの真近に置かれている。そして,このように焦点に近い位

置に置かれたレンズは,焦点の形状をほとんど変化させない。この点

からも,スリットにおける光の形状は点状であったといえる。

86
仮に,乙16号証において焦点距離の短いシリンドリカルレンズが

使われており,スリットにおける光のスポットが,若干楕円状になっ

ていたとしても,スリットの幅方向(短辺方向)には焦点を結んでい

るので,スリットによる第一の次元の共焦点作用は生じることになる。

スリットで生じる第一の次元の共焦点作用(構成要件F)は,スリッ

トの幅方向(短辺方向)に生じるものであって,この方向には,シリ

ンドリカルレンズによる光の広がりはない。

したがって,仮に,乙16号証において焦点距離の短いシリンドリ

カルレンズが使われており,スリットにおける光のスポットが,若干

楕円状になっていたとしても,第一の次元の共焦点作用(構成要件

F)は奏することになるので,乙16発明と乙38号証に記載の発明

を組み合わせて構成要件Fを想到することは,当業者にとって容易に

行うことができたものである。

(キ) 原告らの相違点1(構成要件G−2@)に係る主張について

原告らは,乙16発明においては,シリンドリカルレンズが用いられ

ているため,散乱光は,入射スリットの位置において線状になっている

から,当業者は構成要件G−2@を想到できなかった旨主張する。

しかしながら,そもそも,上記(カ)で述べたとおり,乙16発明にお

いては,スリットで,光は線状にはなっていない。

確かに,乙16号証では,非点収差補正をするために,シリンドリカ

ルレンズを,スリットの手前に配置している。しかしながら,非点収差

補正をするという目的のためには,シリンドリカルレンズは,必ずしも

スリットの手前に配置する必要はなく,例えば,スリットの後ろの光検

出器の手前に配置しても同様の効果が得られる。

このことは,例えば,乙31号証に,「凹面鏡で光軸外に集光される

ことにより生じる非点収差を補正するために,CCDカメラの前に円柱

87
レンズ(図1に図示されない)が用いられた。」(「円柱レンズ」は

cylindrical lensの訳で,シリンドリカルレンズのこと)と記載されて

いるとおりである(乙31訳文2頁7〜9行,英文220頁左欄の31

〜34行)。

以上のとおり,乙16発明から,構成要件G−2@を想到することは,

当業者にとって容易に行うことができたものである。

(ク) 原告らの相違点2に係る主張について

a 原告らは,乙10号証に記載された発明(以下「乙10発明」とい

う。)の2次元マトリックススイッチは,いずれも主走査方向におい

て異なる位置に到達した光を区別することができないのであるから,

当業者が乙10発明を乙16発明に適用する動機付けはないと主張す

る。

しかしながら,2次元アレイの光検出器は,当時の当業者にとって

周知であったのであるから,これを用いて「主走査方向において異な

る位置に到達した光を区別すること」は容易であった。

したがって,原告らの主張する事由は,何ら阻害要因にならない。

b 原告らは,乙16発明と乙18発明とを組み合わせることには,阻

害要因が存在するか,あるいは動機付けがない旨主張する。

しかしながら,上述した以外に,次のように,動機付けがあるとい

える。乙16発明には,スリットの前にシリンドリカルレンズが配置

されている。この点,当時の顕微ラマン分光装置では,分光器の非点

収差を補正しないままの装置が多く,このような装置では,光検出器

における第二の次元の方向については焦点が合っていないため,乙1

8号証と組み合わせようとしても,第二の次元の共焦点作用を生じさ

せることが困難であった。

これに対し,乙16発明においては,シリンドリカルレンズによっ

88
て非点収差が補正されているために,光検出器における第二の次元の

方向についても焦点が合っていることから,乙18発明と組み合わせ

て,より効果的に第二の次元の共焦点作用を生じさせることが容易な

構成となっている。

(ケ) 原告らの相違点3に係る主張について

原告らは,乙16発明について,「サンプルに光を照射するのと,前

記サンプルからの散乱光を集光するのとに同一のレンズを用い」る構成

構成要件G−2A)とするならば,ミラーによって散乱光がブロック

されてしまうため,微弱なラマン散乱光を検出する,ラマン顕微鏡おい

ては,組合せの動機付けがないか,あるいは阻害要因が存在する旨主張

する。

しかしながら,照明と散乱光の集光に同じレンズを用いることで,か

えって顕微鏡をより高感度にできるため,このような変更には十分な動

機付けがある。すなわち,同じレンズを用いる場合には,レンズと試料

の間にミラーが必要ないため,レンズと試料との間の距離を近づけて,

NA(開口数)を大きくすることができるので,より効率良く試料から

の光を集めることができる。

また,同じレンズを用いる場合には,ミラーへの入射光は平行光にす

ることができる。ダイクロイックミラー(試料に照射されるレーザーの

波長と同一波長であるレイリー散乱光を反射し,ラマン散乱光を透過す

る)を用いる場合を考えると,平行光に対しては,収束(発散)光に対

するよりも,散乱光の透過率をより高くすることができるため,高感度

化が可能である。

さらに,微弱なラマン散乱光を高感度に検出しようとした場合,信号

となるラマン散乱光を効率良く検出することに加えて,ノイズとなる試

料からのレイリー散乱光を遮断することが重要である。ダイクロイック

89
ミラーを用いる場合,レイリー散乱光はダイクロイックミラーによって

反射されるため検出器に到達せず,より高感度なラマン測定が可能であ

る。

以上のとおり,構成要件G−2Aの構成であっても,実用的なラマン

顕微鏡の構成として何ら問題はなく,このことは,当業者にとって明ら

かであった。実際,乙30発明や乙31発明には,構成要件G−2Aの

構成が採用されている。

(原告らの主張)

(ア) 構成要件Dについて,

被告は,構成要件Dが本件発明7と乙16発明との一致点であると主

張している。

しかしながら,乙16発明は共焦点作用に関するものではなく,乙1

6号証にはサンプルの他の面から散乱された光についての記載はない。

図1をみても,試料(サンプル)の表面からの散乱光がレンズを通って

トリプル・ポリクロメータに到達することが記載されているのみである。

乙16号証には,共焦点作用によって区別すべき他の面からの光(奥行

方向の別の面からの光)が存在しないのである。

したがって,乙16号証は,「サンプルの他の面から散乱された光」

を開示していないし,「サンプルの他の面から散乱された光を光検出器

に合焦させない」ことも開示していない。

(イ) 相違点1(構成要件F)について

a 乙16発明における光の進行は,別紙原告参考図10−1及び2に

示すような進行となる。

被告は,乙16発明の入射スリットの位置におけるエアリーディス

ク径の最小値d m i n を,以下の計算式により算出し,この値が入射ス

リットの幅に近いから,入射スリットの位置において第一の次元の共

90
焦点作用が生じていると主張している。

d m i n =(1.22λ/NA)×M=(1.22×0.51

5/1)×100=63[μm]

ここで,λ=0.515は光源の波長であるから,別紙原告参考図

10−1及び2のAD1の計算式のλ1に相当する。よって,上記d

min の計算式の(1.22λ/NA)は,別紙原告参考図10−1及

び2におけるAD1に相当すると考えられる。

以上から明らかなように,本来は入射スリットの位置におけるエア

リーディスク径すなわち別紙原告参考図10−1及び2のAD2の大

きさを求めなければならないのに,被告が計算しているのはAD1で

あってAD2ではない。

また,被告の計算式では,倍率Mも用いられている。倍率Mは,サ

ンプルからスリットまでの倍率であるから,別紙原告参考図10−1

及び2におけるレンズ2の倍率に相当すると考えられる。

したがって,上記d m i n の計算式の(1.22λ/NA)×Mは,

別紙原告参考図10−1及び2における明るい領域2の大きさを意味

するものであると考えられる。

したがって,被告の計算式にいうd m in =63μmという数値は,

エアリーディスクAD2ではなく,明るい領域2の大きさの最小値を

表していることになる。

しかしながら,入射スリットが共焦点作用をもたらすか否かは,入

射スリットの幅とAD2との大小関係に依存するのであって,入射ス

リットの幅と明るい領域2の大きさとの大小関係に依存するのではな

い。入射スリットの幅がAD2よりもはるかに大きい場合には,当該

入射スリットが共焦点作用をもたらすとはいえない。

b 乙38号証をみると,共焦点走査顕微鏡について説明する図1(b)

91
や図3では,点光源から発せられた光が試料の一点に集光され,さら

に当該試料の一点から発せられた光が検出器の一点に集光されている

から,試料の所与の面の焦点からの光は,スリットが配置される位置

(検出器の位置)において,一点に集光されている。

これに対し,乙16発明では,試料の所与の面の焦点からの光(散

乱光)は,分光器(トリプル・ポリクロメータ)の入射スリットの位

置において,点状にはならず,線状になっている。これは,乙16発

明が分光器によって生じる非点収差を補正するために,入射スリット

の手前にシリンドリカル・レンズを意図的に導入しているからである。

したがって,乙38号証のスリットの位置における,試料の所与の

面の焦点からの光(一点に集光されているもの)を,乙16発明のス

リットの位置における,試料の所与の面の焦点からの光(線状になっ

ているもの)と組み合わせることはできない。よって,乙16発明と

乙38号証の記載とを組み合わせて,乙16発明において,分光器の

入射スリットによって共焦点作用を生じさせることが,当業者にとっ

容易に想到し得たことであるとはいえない。

c なお,被告は,乙38号証の記載事項について,当時において,既

に当該技術分野では基礎的な事項であり,周知技術であったと主張し

ている。

しかしながら,ある1つの講習会のテキストにある事項が記載され

ているからといって,その事項が周知技術であったとはいえない。ま

た,被告は,当該講習会に「基礎」,「平易」等の用語が使用されて

いることを指摘しているが,仮に当該講習会がそのようなものであっ

たとしても,そのテキストに記載されている事項のすべてが周知技術

であったとはいえない。さらに,上記記載事項の前後を見ると,「現

在でもなお,レーザー走査顕微鏡に分光器を付けた”製品”を,筆者

92
は知らない。共焦点走査顕微鏡は検出器に微小なピンホールかスリッ

トを必要とし,回折格子分光器もまた微細なスリットを入射部に必要

とするのであるから,この2つの光学系はそのまま結合してメリット

を相乗してくれるのに,まだ,理解がそこまで進んでいないようであ

る。」と記載されている(乙38・76頁5〜9行)。この記載から

は,上記記載事項が周知技術ではなかったことがうかがわれる。

(ウ) 相違点1(構成要件G−2@)について

a 乙16発明では,分光器(トリプル・ポリクロメータ)によって生

じる非点収差を補正するために,入射スリットの手前にシリンドリカ

ル・レンズを意図的に導入しており,試料の所与の面の焦点からの散

乱光は,分光器の入射スリットの位置において,点状にはならず,線

状になっている。

仮に,乙16発明において,試料の所与の面の焦点からの散乱光を

入射スリットにおいてスポットとしての焦点に絞り込むように変更

た場合(これはシリンドリカル・レンズを除去ないし無効化すること

を意味する)には,分光器によって生じる非点収差を補正するという

乙16発明の目的が達成できなくなってしまう。

よって,かかる変更には,動機付けがないか,あるいは阻害要因が

存在すると考えられ,乙16発明において,試料の所与の面の焦点か

らの散乱光を入射スリットにおいてスポットとしての焦点に絞り込む

ようにすることが,当業者にとって容易に想到し得たことであるとは

いえない。

b 被告は,乙31号証の記載を考慮すると,乙16発明において,シ

リドリカル・レンズ(非点収差補正光学系)は,必ずしもスリットの

手前に配置する必要はなく,例えば,スリットの後ろの光検出器の手

前に配置しても,同様の効果が得られるのであり,このことは自明で

93
あったと主張する。

しかしながら,@被告の指摘するような配置を行った場合には,非

点収差補正光学系の調整ができなくなる,A被告の指摘する位置はト

リプル・ポリクロメータの内部であるが,当業者がトリプル・ポリク

ロメータの内部に非点収差補正光学系を配置しようとは考えられない,

B乙31号証の技術は宇宙線事象検出の可能性を最小化するための技

術であるが,乙16発明が用いるPS−PMTでは宇宙線事象検出の

可能性を最小化する必要はなく,乙16発明に対して上記技術を適用

する動機付けはない,C乙16発明では,非点収差補正光学系を検出

器の前に配置する必要性はなく,乙16発明に対して乙31号証の技

術を適用する動機付けはないから,乙31号証の記載を考慮したとし

ても,乙16発明において,被告の指摘する位置に非点収差補正光学

系を配置することが当業者にとって容易に想到し得ることであったと

はいえない。

(エ) 相違点2について

a 被告は,乙18発明の第2スリット(スリット82)に注目して,

これを取り出し,乙16発明において,当該スリットを入射スリット

とは直交する方向に設けることは当業者が容易に想到し得たことであ

ると主張しているものと思われる。

しかしながら,第一に,当業者が乙18発明を乙16発明に適用す

る動機付けはない。

乙16号証には,共焦点に関しては記載も示唆もないから,当業者

が,乙16発明と共焦点に関する乙18発明とを結び付ける動機付け

はなく,乙18発明を乙16発明に適用する動機付けはない。

また,乙18発明は,乙18号証の〔問題点を解決するための手

段〕に,「2個のスリットとレンズとを使用して,ピンホールの役割

94
をする光学系を構成する」と記載されている(2頁左上欄11〜13

行)ことから分かるように,ピンホールの代わりに,2個のスリット

及びレンズ(乙18の第1図及び第2図に示されたスリット81,レ

ンズ34,及びスリット82のセット)を用いる発明,すなわち,ピ

ンホールの代替手段を提供する発明である。しかしながら,乙16発

明では,ピンホールは用いられていないから,この観点からも,当業

者が乙18発明を乙16発明に適用する動機付けはない。

さらに,乙16発明は,分光分析を行うことを前提とした発明であ

るのに対し,乙18発明は,分光分析を行うことを前提としない発明

である。実際,乙18号証をみても,分光に関しては記載も示唆もな

い。また,上述のように,乙16発明では,試料の所与の面の焦点か

らの光は,分光器の入射スリットの位置において,点状にはならず,

線状になっている。これに対し,乙18発明では,乙18号証の第2

図を見て分かるように,被告が乙16発明の入射スリットに対応する

と主張する第1スリット(スリット81)の位置において,試料の所

与の面の焦点からの光は一点に集光されている。このように,乙16

発明と乙18発明とでは,その状況が大きく異なり,この観点からも,

当業者が乙18発明を乙16発明に適用する動機付けはない。

第二に,乙18発明からスリット82のみを取り出して,これを乙

16発明に適用することについては,阻害要因が存在するか,あるい

は動機付けがないと考えられる。

上述のように,乙18発明は,ピンホールの代わりに,2個のスリ

ット及びレンズ(スリット81,レンズ34及びスリット82のセッ

ト)を用いる発明である。つまりスリット81,レンズ34及びスリ

ット82を必須の構成とするものであるから,この中からスリット8

2のみを取り出して,乙16発明に適用することについては阻害要因

95
があるというべきである。また,スリット82のみを取り出すことに

ついては,乙18号証には記載も示唆もないのであるから,かかる取

り出しを行う動機付けはない。

また,スリット82は光検出器6(乙18の第1図及び第2図参

照)とも協働しているから,スリット82を光検出器6から分離する

ことについても,阻害要因が存在するか,あるいは動機付けがないと

考えられる。

b 被告は,乙18発明を乙16発明に適用することにより,乙16発

明において,入射スリットとは直交する方向にスリットを設けること

は当業者が容易に想到し得たと主張し,これに加えて,次に,乙10

発明を乙16発明に適用することにより,そのスリットに代えて,光

検出器の読取領域の制限によって共焦点作用を得ることも当業者が容

易に想到し得たと主張していると思われる。

しかしながら,第一に,当業者が乙10発明を乙16発明に適用す

る動機付けはない。

乙16号証には,共焦点に関しては記載も示唆もないから,当業者

が,乙16発明と共焦点に関する乙10発明とを結び付ける動機付け

はなく,乙10発明を乙16発明に適用する動機付けはない。また,

乙16発明は,分光分析を行うことを前提とした発明であるのに対し,

乙10発明は,分光分析を行うことを前提としない発明である。実際,

乙10号証をみても,分光に関しては記載も示唆もない。このように,

乙16発明と乙10発明とでは,その状況が大きく異なり,この観点

からも,当業者が乙10発明を乙16発明に適用する動機付けはない。

また,乙10発明の2次元マトリックススイッチは,いずれも主走

査方向において異なる位置に到達した光を区別することができない。

よって,乙16発明において,位置検出型光電子増倍管の代わりに,

96
これらの2次元マトリックススイッチを採用すれば,せっかく分光器

(トリプル・ポリクロメータ)で分光した光を区別することができな

くなってしまう。したがって,この観点からも,当業者が乙10発明

を乙16発明に適用する動機付けはない。

第二に,被告の示す証拠からは,被告の主張が成り立つとは考えら

れない。2つのスリットのうちの1つを光検出器の所与の領域(共焦

点作用をもたらすような制限された読取領域)に置き換えて,光検出

器のかかる領域と残ったもう1つのスリットとを使用すること,すな

わち,2つの異なる原理に基づく手段の組み合わせにより二次元の共

焦点作用をもたらすことが公知であることを示す証拠は示されていな

いし,自明の事項ではない。

c 被告は,乙18発明を乙16発明に適用することにより,乙16発

明において,入射スリットとは直交する方向にスリットを設けること

は当業者が容易に想到し得たと主張しているので,次に,乙8〜10

の技術(ピンホールに代えて,光検出器の読取領域の制限によって,

共焦点作用が得られるという技術)を乙16発明に適用することによ

り,そのスリットに代えて,光検出器の読取領域の制限によって共焦

点作用を得ることも当業者が容易に想到し得たと主張していると思わ

れる。

しかしながら,第一に,当業者が乙8〜10号証の技術を乙16発

明に適用する動機付けはない。

乙16号証には,共焦点に関しては記載も示唆もないから,当業者

が,乙16発明と共焦点に関する乙8〜10号証の技術とを結び付け

る動機付けはなく,上記技術を乙16発明に適用する動機付けはない。

上記技術はピンホールの代替技術であるが,乙16発明ではピンホー

ルは用いられていないから,この観点からも,当業者が上記技術を乙

97
16発明に適用する動機付けはない。

また,乙16発明は,分光分析を行うことを前提とした発明である

のに対し,乙8〜10号証の技術は,分光分析を行うことを前提とし

ない技術である。実際,乙8〜乙10号証をみても,分光に関しては

記載も示唆もない。このように,乙16発明と上記技術とでは,その

状況が大きく異なり,この観点からも,当業者が上記技術を乙16発

明に適用する動機付けはない。

さらに,乙8〜10号証の技術は,ピンホールに代えて,二次元の

縦横に並べられた素子のうちの1つを用いるものである。この1つの

素子によって,分光された光を区別することはできないから,仮に,

乙16発明において,位置検出型光電子増倍管の代わりに,乙8〜1

0号証の光検出器を採用すれば,せっかく分光器(トリプル・ポリク

ロメータ)で分光した光を区別することができなくなってしまう。し

たがって,この観点からも,当業者が上記技術を乙16発明に適用す

る動機付けはない。

第二に,被告の示す証拠からは,被告の上記主張が成り立つとは考

えられない。

2つのスリットのうちの1つを光検出器の所与の領域(共焦点作用

をもたらすような制限された読取領域)に置き換えて,光検出器のか

かる領域と残ったもう1つのスリットとを使用すること,すなわち,

2つの異なる原理に基づく手段の組み合わせにより二次元の共焦点作

用をもたらすことが公知であることを示す証拠は示されていないし,

自明の事項ではない。

(オ) 相違点3について

乙16発明は,極限的な微弱光の高感度ラマン分光を実現するための

装置であるから(乙16・5頁22行参照),当業者であれば,乙16

98
号証の図1の試料にレーザを照射するミラーを,ハーフミラー,ダイク

ロイックフィルタ,ビームスプリッタ等にして,試料からの散乱光をな

るべくブロックしないようにすることは考えつくかもしれない。しかし,

ハーフミラー等であっても,散乱光をすべて透過させることができるわ

けではない。

ここで,仮に,試料にレーザを照射するのと,当該試料からの散乱光

を集光するのとに同一のレンズを用いるようにしたとすると,散乱光が

ミラーによってある程度ブロックされることになるから,乙16発明の

目的(極限的な微弱光の高感度ラマン分光の実現)を考慮すれば,この

ような変形を行うことについては,動機付けがないか,あるいは阻害要

因が存在すると考えられる。

したがって,乙16発明において,相違点3に係る構成にすることは,

当業者にとって容易に想到し得たことであるとはいえない。

(カ) 相違点4について

超微弱信号の検出以外の目的でCCD検出器を用いることがあるとし

ても,かかる目的の場合には乙16発明を用いる必要はないのであるか

ら,乙16発明においてCCD検出器を用いる動機付けはない。

したがって,乙16発明において,相違点4に係る構成にすることは,

当業者にとって容易に想到し得たことであるとはいえない。

明確性要件違反の有無(争点4−6)

(被告の主張)

本件発明7(請求項7)には,構成要件D,G−1及びG−2において,

「所与の領域」との記載がある。この「所与の領域」はサンプルの所与の

面から散乱された光が合焦される領域であり(構成要件D),当該「所与

の領域」で受ける光が,「所与の領域」外で受ける光を含まずに,または

この光と分離して検出され(構成要件G−1),かつ,「所与の領域」は,

99
第一の次元を横切る第二の次元で共焦点作用をもたらすように形成されて

いる。しかしながら,このような「所与の領域」が具体的にどのような範

囲であるかについては,特許請求の範囲の記載において明確ではない。

この点,原告RTSは,拒絶理由通知書に対する意見書(乙2)3頁2

4〜25行において「光検出器の細長い領域(実施例における2本の線4

4の間の部分)」,同頁26行目において「光検出器の所与の領域,つま

り細長い領域」と主張している。そして,本件明細書の「実施例における

2本の線44の間の部分」とは,本件明細書の本件発明7に対応する実施

例(第2の実施例)においては幅が2ピクセルの細長い領域であるが,そ

の位置及び幅をどのように定めるかについては何ら記載がない。

以上のように,第二の次元で共焦点作用をもたらす領域は,一義的に確

定できるものではない。「所与の領域」は,サンプルの他の面からの光を

カットする程度(第二の次元の共焦点作用をもたらす程度),検出する受

光量の程度,暗電流によるノイズの程度等の条件によって異なってしかる

べきであるが,「所与の領域」は,本件明細書の記載及び出願当時の当業

者の技術常識参酌しても,不明確であるといわざるを得ない。

したがって,本件発明7(請求項7)は,平成6年改正前特許法36条

5項2号の要件を具備しない。

(原告らの主張)

本件明細書6欄2〜45行及び第2図,並びに7欄24〜33行,第3

図及び第5図等には,「所与の領域」の決定に関連する具体的な記載があ

る。本件発明7を実施する場合,当業者であれば,当該記載を参照して,

「所与の領域」を適宜決定することができるから,明確性要件違反はない。

(5) 本件発明8〜10及び13に係る特許が特許無効審判により無効にされ

るべきものであるか(争点5)

(被告の主張)

100
進歩性欠如

本件発明8〜10及び13は,以下のとおり,進歩性が欠如する。

(ア) 本件発明7は,乙30号証,乙31号証,乙18号証,乙7号証又

は乙16号証に基づいて,容易に発明することができたから,進歩性

欠如する。

(イ) 乙7号証の図3には,リニアダイオードアレイを光検出器として用

いる発明が記載されており,これは細長い領域に該当する。また,乙1

6発明の前記光検出器の前記所与の領域(幅5ピクセルの領域)は細長

い(本件発明8の構成要件I)。

乙7号証の図3には,横方向(スリットを横切る方向)に延在したリ

ニアダイオードアレイが記載されている。また,乙16発明の前記光検

出器の前記所与の領域(幅5ピクセルの領域)は,図2(a)及び(b)の

左右方向(X方向)に延在している。これに対して,乙16号証4頁1

9行には,スリットの長さ方向は,Y方向であるとされている。よって,

乙16号証には,「前記光検出器の前記所与の領域が前記スリットを横

切る方向に延在していること」が記載されている(本件発明9の構成要

件K)。

乙7号証の図3には,横一列に並んだリニアダイオードアレイが記載

されており,これはピクセルのアレイと実質的な相違はない。また,乙

16号証6頁1行には,「25μm角の各ピクセルあたりで」と記載さ

れているから,乙16号証には「前記光検出器は,ピクセルのアレイを

備えたこと」が記載されている(本件発明10の構成要件M)。

乙7号証の主題はラマンマイクロプローブである。また,乙16号証

7頁の図2の説明文には,「515nm励起によるシリコン(100)

のラマン信号とAr+プラズマ発光。」と記載されているから,乙16

号証には,「前記スペクトルがラマン散乱光のスペクトルであること」

101
が記載されている(本件発明13の構成要件O)。

以上のとおり,本件発明8〜10及び13の構成は格別の技術的意義

を有さない,単なる設計事項の構成である。本件発明7が上記(ア)のと

おり進歩性を欠如する以上,これに単なる設計事項を加えたにすぎない

本件発明8〜10及び13も進歩性を欠如する。

明確性要件違反

本件発明7と同様に,「所与の領域」は,本件明細書の記載及び出願当

時の当業者の技術常識参酌しても,不明確であるといわざるを得ない。

したがって,本件発明8〜10及び13は,平成6年改正前特許法36

条5項2号の要件を具備しない。

(原告らの主張)

進歩性欠如について

本件発明7は当業者が容易に想到し得たものとはいえないから,本件発

明8〜10及び13も当業者が容易に想到し得たものとはいえない。

明確性要件違反について

本件発明7の「所与の領域」は不明確であるとはいえず,平成6年改正

前特許法36条5項2号の要件を具備する。

したがって,本件発明8〜10及び13も,平成6年改正前特許法36

条5項2号の要件を具備する。

(6) 損害額(争点6)

(原告らの主張)

被告は,遅くとも平成20年1月以降,被告製品の製造・販売を行っており,

本件訴訟提起までの被告製品の売上げは8億円を下らない。

本件発明の実施料相当額の料率は10%を下回らないから,原告RTSは,

被告による本件特許権の侵害により,少なくとも8000万円の損害を被った。

また,原告RTSは,平成22年10月26日の本件特許権の譲渡の前後を

102
通じて,原告レニショウの子会社である。原告RTSは本件発明を実施してお

らず,当該譲渡日以前において本件発明を適法に実施できたのは原告レニショ

ウのみであった。したがって,被告の侵害行為がなければ,原告レニショウは,

被告が譲渡した侵害品の数量と同じ数量を販売することができたというべきで

あるから,被告による本件特許権の侵害により,少なくとも3億3600万円

の損害を被った。

(被告の主張)

原告らの主張は否認ないし争う。

第3 当裁判所の判断

1 被告製品(ライン照明モード)が本件発明7の技術的範囲に属するか(争点

1)について

(1) 「光」(構成要件A)の意義(争点1−1)について

構成要件Aにおける「光」の意義については,これをスポット照明に限

定せずライン照明も含まれるとする原告らの主張と,スポット照明に限定

されるとする被告の主張が対立している。すなわち,構成要件Aの「光」

にスポット照明が含まれることは原告,被告間に争いはなく,ライン照明

が含まれるか否かが,構成要件Aの「光」の意義についての争点である。

構成要件Aの「光」の意義については,本件発明の特許請求の範囲や明

細書の発明の詳細な説明の記載をみても,それを直接に明らかにする記載

はない。

被告は,本件発明7における唯一の実施例である第2の実施例が従来技

術における第1の実施例についてのスポット照明についての記載を前提と

しているから,構成要件Aの「光」はスポット照明に限定されると主張す

るが,実施例においてスポット照明についての説明があるからといって,

そこから直ちに構成要件Aの「光」がスポット照明であることを導き出す

ことはできないものというべきである。

103
イ そこで,本件発明7の技術的意義について検討する。

(ア) 本件発明7は,例えば,ラマン効果を利用してサンプルを分析する

のに分光分析が使用される装置に関するものである(本件明細書の「技

術分野」3欄44〜46行)。物質をある波長の励起光で照明したとき

に散乱される光のほとんどは,励起光と同じ波長の光である(レイリー

散乱光)。しかし,一部の散乱光は,その物質を構成する分子の振動に

応じて,波長が変化する。ラマン散乱光とは,このように物質に励起光

が照射されたときに発生する,励起光とは異なる波長をもった散乱光を

いう(乙6)。分子種が異なると特徴的ラマンスペクトルが異なるため,

サンプル中に存在する分子種の分析に使用することができる(本件明細

書の「背景技術」4欄1〜3行)。

分光分析に係る従来技術では,サンプルの一定の面(要求された面)

から散乱された光はピンホールにおいて緊密に焦点を絞られて通過し,

他の面からの光は焦点がそれほど緊密に絞られず遮断されることにより,

一段階の共焦点作用でラマン分光分析を行っていたが,散乱された光を

非常に小さなピンホール上に緊密に焦点合わせすることが難しかった

(本件明細書の「背景技術」4欄19〜34行)。

そこで,本件発明7では,共焦点作用を二段階に分け,第一の次元の

共焦点作用は,ピンホールの代わりにスリットを用いることにより焦点

合わせを容易にし,サンプルの所与の面から散乱された光を光検出器の

所与の領域に合焦させ,他の面から散乱された光を光検出器に合焦させ

ないようにした。そして,第一の次元の共焦点作用が不十分な点につい

て,光検出器の所与の領域で受ける光が,所与の領域外で受ける光を含

まずに,又はこの光と分離して検出され,所与の領域は,第一の次元を

横切るように形成することにより,第二の次元で共焦点作用をもたらす

ようにして,共焦点作用が十分に生じるようにしたものである(本件明

104
細書の「発明の開示」4欄44行〜5欄4行)。

(イ) ここで,上記共焦点作用について検討する。

原告らは,共焦点作用とは,サンプルの所与の面の特定の点からの光

を取得する際に,レンズを利用して,サンプルの所与の面の特定の点か

らの光をある領域に集中させる一方,サンプルの他の面からの光を拡散

させ,前記領域の辺りのみを読み取ることにより,読取領域外に存在す

る拡散されたサンプルの他の面からの光を排除することで,Z軸方向

(光軸方向)での分解能を向上させる作用である旨主張する。

他方で,被告は,共焦点作用は,光源のXY平面での広がりを制限す

るとともに,光検出器側でもXY平面での広がりを制限することによっ

て,主としてZ方向の分解能が向上する作用である旨主張する。

このように,両者の共焦点作用の意義を比較すると,光源側の制約

構成要件Aの「光」の意義)については争いがあるものの,光検出器

側においてXY両方向の広がりを制限することによってZ軸方向(光軸

方向)の分解能が向上するという点では当事者間に争いがないものと解

される。そして,これは,本件明細書の「そのような技術を共焦点法で

使用してサンプルの一定の面から散乱された光のみを分析することも可

能である。」(4欄22〜24行),「CCDをコンピュータと組み合

わせると,このように,従来の空間フィルタにおけるピンホールと同じ

効果を与える。レンズ16がサンプルの表面に焦点を結ぶと,サンプル

内の表面の背後から散乱された光をフィルタリングして取り除くことが

でき,表面自体の分析も行うことができる。あるいは,レンズ16を故

意にサンプル内の点に焦点を結ばせて表面から散乱された光をフィルタ

リングして取り除くことができる。このように,余分の空間フィルタを

使用しないでも共焦点作用が達成されていた。」(6欄18〜26行)

等の記載にも沿うものである。

105
そうすると,共焦点作用は,少なくともZ軸方向(光軸方向)の分解

能が向上する作用であるといえる。

(ウ) ところで,本件明細書においては,共焦点作用について,「第一の

次元での共焦点作用」又は「部分的共焦点作用」と「第一及び第二の次

元での共焦点作用」又は「完全な共焦点作用」とを区別している。

この点について,発明の詳細な説明においては,「発明の開示」にお

いて,「前記光はスリットを備えた一次元空間フィルタを通過して第一

の次元で共焦点作用をもたらし,前記光検出器の前記所与の領域で受け

る光が,前記所与の領域外で受ける光を含まずに,またはこの光と分離

して検出され,前記所与の領域は前記第一の次元を横切る第二の次元で

共焦点作用をもたらすように形成されていることを特徴とする」(4欄

47行〜5欄3行)とされ,実施例に関する記載においては,「第3図

の構成が部分的共焦点作用のみを発揮する理由は,CCDとコンピュー

タにより提供される空間フィルタリングが一次元でのみ起こり,二次元

では起きないからである。これは,第1図のものと同じエレメントに空

間フィルタ14を加えた第4図の実施例を使用することにより克服でき

る。…スリット30は一次元空間フィルタリングのみを提供し,ラマン

バンド28のそれぞれが第5図の水平方向に空間的にフィルタリングさ

れるようにしていることが認められるであろう。しかしながら,焦点1

9の外側からの若干の光が依然としてスリット30を通過し第3図の影

を付けた領域に対応する第5図の領域において受領されることがある。

これを克服するには,コンピュータ25を第3図の実施例におけると同

様にプログラムして,線44同士の間にあるピクセルからのデータだけ

を処理し,線46同士の間にある他のピクセルを排除する。これにより,

垂直方向における空間フィルタリングが得られ,スリット30により与

えられる水平空間フィルタリングと一緒に,完全な二次元共焦点作用が

106
達成される。」(6欄46行〜7欄33行)とされている。

以上によれば,本件発明7は,焦点合わせの困難なピンホールを使用

しない共焦点作用の技術において,Z軸方向の分解能向上のために,単

にCCDとコンピュータの組合せによる一次元空間フィルタリングを行

うのみ(例えば,第1図の従来技術による部分的共焦点作用)ではなく,

これにスリットによる空間フィルタリングを組み合わせることにより二

次元の空間フィルタリングを行い,これによって完全な共焦点作用を達

成しようとするものである。

原告らは,完全な共焦点作用については,非分散性エレメントを用い

る場合と分散性エレメントを用いる場合の2つに分け,部分的共焦点作

用は分散性エレメントを用いる場合であるとするが,本件明細書におい

て,そのような明確な区別をしているとみるだけの根拠に乏しく,いず

れのエレメントを用いる場合においても,完全な共焦点作用と部分的な

共焦点作用が生じるものと解するのが相当である。

このような,本件発明7の技術的意義及び他に特許請求の範囲や発明

の詳細な説明において「光」の意義を明らかにするような記載がないこ

とに照らせば,構成要件Aの「光」の意義については,本件発明7の技

術的意義を達成できるような光であるか否か,言い換えれば,本件発明

7の構成を備えた装置において,第一及び第二の次元での共焦点作用を

もたらす光といえるか否かという観点から検討するのが相当である。

ウ そこで,ライン照明が第一及び第二の次元での共焦点作用をもたらす光

といえるか否かについて検討する。

(ア) 原告らは,ライン照明の場合に,別紙原告参考図4のように,線P

P間の領域で光を読み取れば,不要な光の一部であるL1及びL2を読

み取ってしまうのに対し,別紙原告参考図5のように,線QQ間の領域

で光を読み取れば,不要な光の一部であるL1及びL2を読み取らない

107
のであって,L3〜L6を読み取ってしまうとしても,L1及びL2を

読み取らないようにして,Z方向の空間分解能を向上させているから,

第二の次元での共焦点作用を奏している旨主張する。

これに対し,被告は,読み出し幅を変えるとXY面内の分解能が変化

してしまうから,線PP間の読み出しと線QQ間の読み出しとの比較自

体が無意味であり,仮に線PP間の読み取りと線QQ間の読み取りを比

較しても,線QQ間の読み取りの方がZ方向の分解能が向上していると

はいえない旨主張する。

(イ) そこで検討するに,原告らの主張は,本件明細書の第5図の場合の

ように線44間の領域を読み取ることにより,第二の次元の共焦点作用

が生じるのと同様であるとするものと解される。確かに,本件明細書に

は,「第5図は,CCDを第4図の実施例で使用したときの第2図およ

び第3図に対応する平面図である。…線44同士の間にあるピクセルか

らのデータだけを処理し,線46同士の間にある他のピクセルを排除す

る。これにより,垂直方向における空間フィルタリングが得られ,スリ

ット30により与えられる水平空間フィルタリングと一緒に,完全な二

次元共焦点作用が達成される。」(7欄15〜33行)と記載されてい

る。しかし,第4図の実施例は,「このレンズはこのレーザービームを

サンプル18上の焦点19におけるスポットに焦点を結ばせる。」(5

欄25〜27行)とする従来技術についての第1の実施例を前提として

いるものと解される。したがって,このようなスポット照明の場合には,

線44間と線46間の読み取りの際にXY面内分解能は変化していない

と解される。

スポット照明の場合には試料のスポット光が照射された点から出たラ

マン散乱光のみがCCDに到達するのであるから,線44間の領域を読

み取ることにより,Z軸方向の分解能が高くなり,第二の次元の共焦点

108
作用が生じるものと解される。

しかし,ライン照明の場合には,これと同様ということはできない。

線PP間を読み取るということは,線PP間に到達した光全てを一括し

て1データとして読み取るということであって,線PP間に到達した光

を検出器の各画素位置ごとに分解してデータを読み取るのではないこと

を意味し,これは線QQについても同様であると解される(原告らの実

験である甲18別紙2の1頁14〜16行参照)。そうすると,ライン

照明の場合には,たとえ線QQ間を読み取ったとしても,原告参考図6

のように,他の点からの光が含まれており,Z軸方向の分解能が高まる

とはいえない。

以上のとおり,原理的にみて,ライン照明の場合においては,QQ間

のデータを読み取ったとしても,第二の次元の共焦点作用は生じないも

のというべきである。

原告らは,被告の主張は斜方寄与を考慮せず,実際の物理現象を単純

化しすぎていると主張する。しかし,斜方寄与による散乱光は,他の面

上の位置からの散乱光発生の要因となってZ軸方向の分解能の低下をも

たらすとともに,他方,所与の面上の位置からの散乱光発生の要因とも

なってZ軸方向の分解能向上をもたらすと考えられる。両者の関係は一

概に決定することはできず,この主張によって上記の判断を覆すに足り

るものとはいえない。

エ さらに,念のため,現実にライン照明とスポット照明を比較した実験結

果についても参照する。

(ア) 実験の前提としてのサンプルの態様について,原告らは,共焦点作

用の有無の判定に使用するサンプルについて,完全に均質なサンプルは

現実には存在せず,観念上の産物にすぎない旨主張するのに対し,被告

は,XY方向に均質な平面状のサンプルに対して,奥行き方向の位置を

109
分解できるかどうかが,共焦点でない通常の光学系と共焦点光学系を区

別する重要な特徴である旨主張する。

本件明細書の特許請求の範囲発明の詳細な説明にはサンプルの態様

について特に記載はないから,一般的な技術的見地から検討すべきもの

と解される。

そこで検討するに,乙21号証(光学第18巻8号〔1989年8

月〕)には,「これまでの蛍光顕微鏡では,上方から観察している限り

その存在が見えなかった,薄膜や板など,面方向に構造を持たない蛍光

資料も,共焦点走査顕微鏡では,その存在及び奥行き方向の分布が観察

できる。」(8頁右欄下から4〜8行)と記載されている。また,乙2

2号証(第4回レーザ顕微鏡研究会1989・10・16)には,「本

研究では,平面状のフォトレジストからの蛍光を検出する実験を行う。

したがって,インコヒーレントな光学系における計算を,平面状の蛍光

膜について行う。」(14頁左欄11〜13行)と記載され,「光軸に

対して垂直な面内の無限小の薄さの蛍光膜を観測物体としたとき,その

物体は o(x-x S ’ , y-yS ’ , z-zS)=I Cδ(z-zS )(4)と表わされる,δ及

びI Cはデルタ関数及び定数を表わす。」(14頁右欄9〜12行)と記

載されており,x,y及びzの関数であった式(4)の左辺を,zのみ

の関数である右辺に置き換えているから,XY方向に均質なサンプルを

前提として議論しているものと解される。さらに,乙23号証

(JOURNAL OF MODERN OPTICS,1988,VOL.35,NO.7)には,「図12のと

おり,合焦面から外れたピンボケの位置に配置した平面反射板からの信

号の変化を測定することによって,光学的な断面分解能の検討を行っ

た。」(1180頁「7.実験結果」第2段落)と記載されており,X

Y方向に均質なサンプルである平面反射板を使用した検討を行っている。

以上に照らすと,XY方向(XY面内)に均質(一様)なサンプルに

110
対してZ軸方向の分解能を有することが共焦点作用の重要な特徴である

と認められるから,共焦点作用の有無を判定するには,XY方向に均質

なサンプルを使用した実験結果を採用するのが相当である。

(イ) そこで,当事者の実験結果(甲18,乙20)をみるに,その結果

をまとめると,以下のとおりである。FWHM(Full Width at Half

Maximum 半値全幅)は,Z軸方向の解像度を示す指標であり,値が小さ

いほど解像度が大きいことを示すものである。

原告ら(甲18) 被告(乙20)

実験2 実験3 実験4 実験5 実験5の追試

サンプル 非一様 一様 一様 一様 一様

フォーカス ライン スポット スポット ライン ライン

波長 633nm 633nm 633nm 633nm 532nm

共焦点配置 スリット+検 スリット+検 スリット+検 スリット+検 スリット+検出器

出器領域 出器領域 出器領域 出器領域 領域

スリット幅 20μm 20μm 20μm 20μm 20μm

対物レンズ x100(NA 不明) x100(NA 不明) x50(NA 不明) x50(NA 不明) x50(NA0.8)

ピクセル 不明 不明 不明 不明 20μm

結果 列数 FWHM 列数 FWHM 列数 FWHM 列数 FWHM 列数 FWHM

1 2.33 1 1.39 1 4.09 1 5.39 1 2.06-2.09

3 2.73 3 1.65 3 4.40 3 5.80 3 2.08

5 3.04 5 2 5 4.72 5 5.90 5 2.08

7 3.84 7 2.12 7 5.09 7 5.80 7 2.08

1 4.12 1 5.46

原告らの実験3及び4によれば,スポット照明では,検出器の列数が

少なくなると,FWHMの数値が小さくなり解像度が上がっている。他

方で,原告らの実験5によれば,一様なサンプルを用いたライン照明で

111
は,検出器の列数を3から1にするとFWHMが小さくなっているが,

列数を7から5及び5から3にする過程ではFWHMが小さくなってい

るとはいえないから,原告らの実験によっても,一様なサンプルを用い

たライン照明において共焦点作用が生じるとはいい難い。

オ 以上のとおり,原理的には,ライン照明では,光検出器における所与の

領域は,サンプルの所与の面からの光だけでなく,他の面からの光も相当

量受光するから,「第二の次元」の「共焦点作用」が生じないものと解さ

れるし,実験の結果からみても,ライン照明において「第二の次元」の

「共焦点作用」が生じるとは認められない。そして,その他ライン照明に

おいて共焦点作用が生じることを認めるに足りる証拠はない。

カ 以上を踏まえて,構成要件Aの「光」の意義について検討するに,上記

オのとおり,ライン照明において「第二の次元」の「共焦点作用」が生じ

るとは認められない。

そうすると,構成要件Aの「光」は,スポット照明を意味すると解する

のが相当である。

(2) ライン照明における「第二の次元」の「共焦点作用」の有無(争点1−

2)について

上記(1)の検討結果によれば,ライン照明において,「第二の次元」の「共

焦点作用」は生じない。

(3) 被告製品(ライン照明モード)の構成要件充足性(争点1−3)につい



上記(1)のとおり,構成要件Aの「光」は,スポット照明を意味するから,

被告製品(ライン照明モード)は,構成要件Aを充足しない。

また,ライン照明においては「第二の次元」の「共焦点作用」が生じない。

そして,本件発明7の「所与の領域」は,「第一の次元を横切る第二の次元

で共焦点作用をもたらすように形成されていることを特徴とする」(本件明

112
細書5欄1〜3行)ところ,被告製品(ライン照明モード)は,「第二の次

元」の「共焦点作用」が生じないから,そのような作用をもたらすように形

成される「所与の領域」が存在せず,構成要件D,G−1及びG−2を充足

しない。

したがって,被告製品(ライン照明モード)は,本件発明7の技術的範囲

に属しない。

2 被告製品(スポット照明モード)が本件発明7の技術的範囲に属するか(争

点2)について

(1) まず,被告製品(スポット照明モード)において「第二の次元」の「共

焦点作用」(構成要件G−2)が生じるか否かを検討する。

ア 被告は,被告製品(スポット照明モード)では,CCDの読取領域の幅

は,220μmであり,これは本件明細書の実施例におけるCCDの読取

領域44μm以下よりも大きく,また,本件明細書の実施例の記載におい

て,200μmのスリットは空間フィルタとして動作しないと記載されて

いるから,読出領域幅についても同様に200μmの幅では本件発明7の

効果を奏しないと主張する。しかし,被告が主張するのはいずれも実施

についての記載であって,本件発明7の技術的意義から被告が主張するよ

うな数値が導かれるものではない。Z軸方向の分解能を向上させるという

本件発明7の共焦点作用の技術的意義に基づいて検討されるべきである。

被告は,CCDの読取領域の幅(220μm)は,エアリーディスクの

直径(スリット位置におけるもの)の最大値(146μm)よりも大きく,

約1.5倍であるから,「第二の次元」の「共焦点作用」が生じないと主

張する(ただし,上記最大値の主張は,被告製品に搭載されていない10

75nmの光源を前提とする主張である〔乙27参照〕。)。

そこで検討するに,甲21号証(公開特許公報〔平2−247605〕

平成2年10月3日公開)には,「第6図より,検出器の面積を,その半

113
径がエアリディスクと同じ,または,エアリディスクの2倍まで広げた場

合,…3次元分解能をもっていることがわかる。このような光学系は,一

様照明落射型蛍光顕微鏡が全く分解をもたなかったz方向のみに構造の変

化をもつ試料に対しても分解をもつ。」(5頁左上欄6〜12行),甲2

2号証(Vol.8,No1/January 1991/J.Opt.Soc.Am.A)には,「エアリーデ

ィスクより2倍広い検出器を有する顕微鏡も,2μmの分解能で長さ方向

の構造を分解することができる。」(172頁右欄下から12〜10行)

と記載されている。

ま た , 甲 2 4 号 証 ( HANDBOOK OF BIOLOGICAL CONFOCAL MICROSCOPY

REVISED EDITION〔「<C>1990,1989 Plenum Press」の記載に照らすと,

本件特許権の優先日前に頒布された刊行物と認められる。〕)には,図4

「ピンホールの大きさの関数としての反射における軸方向の共焦点応答」

において(別紙甲24号証の図4参照),検出ピンホールの大きさが回折

限界エアリー分布のFWHMの単位で示されている。そして,甲20号証

には,エアリーディスクの直径1.22λ/NA 像 側 と記載され(96頁

4−27式),NA 物 体側 =NA 像 側 ×Mであることも認められるから(97

頁4−28式と4−29式から求められる。),エアリーディスクの直径

d=(1.22×λ/NA 物 体 側 )×Mである(λ:波長,NA:開口数,

M:対物レンズの倍率)。乙29号証には,△x(FWHM)=0.51

×λ/NAと記載され,このNAはNA 像 側 であると解されるから,エア

リーディスクのFWHMの大きさは(0.51×λ/NA 物 体 側 )×Mであ

る。これをエアリーディスクの直径と比較すると,エアリーディスクの直

径は,そのFWHMの大きさの約2.4倍(1.22/0.51=2.3

92)であると認められる。甲24号証の図4では,ピンホール直径6は,

FWHMを1とした場合の関数として表現されているから,ピンホールの

大きさがエアリーディスクの直径の2.5倍(6/2.4=2.5)まで

114
は,共焦点作用を有するものとして示されていると認めるのが相当である。

以上に照らすと,読取領域の幅がエアリーディスクの直径の2.5倍ま

でであれば,「第二の次元」の「共焦点作用」が生じると認めるのが相当

である。

イ そして,証拠(甲3)及び弁論の全趣旨によれば,被告製品(スポット

照明モード)は,波長785nm,開口数0.9,対物レンズの倍率10

0倍が選択可能であることが認められる。

上記の数値を,エアリーディスクの直径d=(1.22×λ/NA 物 体

側 )×Mに当てはめると,エアリーディスクの直径は106μmであるか

ら,CCDの読取領域の幅220μmはエアリーディスクの直径の2.5

倍以内の約2.08倍となる。

そうすると,被告製品(スポット照明モード)では,波長785nm,

開口数0.9,対物レンズの倍率100倍の設定(以下「本件設定」とい

う。)の場合において,「第二の次元」の「共焦点作用」が生じると認め

られる。

原告らは,被告製品(スポット照明モード)では,波長785nm,開

口数0.45,対物レンズの倍率100倍の設定も可能である旨主張する

が,これを認めるに足りる証拠はない。

(2) 以上に基づいて,被告製品(スポット照明モード)が本件発明7の技術

的範囲に属するかを検討する。

構成要件Aの「光」は,スポット照明を意味し(前記1(1)),被告製

品(スポット照明モード)は,サンプルの測定しようとする面(所与の

面)に光を照射して散乱光を得る手段を有するから(前提事実(7)イ),

構成要件Aを充足する。

イ 被告製品(スポット照明モード)は,「ある波長範囲をもった散乱光」

の意味での「スペクトル」を400本のスペクトルに分光して周波数成分

115
ごとに分け る手段を 備えるから ,構成要 件Bを充足 する(前 提事 実 (8)

イ)。

ウ 被告製品(スポット照明モード)は,冷却CCD(電荷結合素子)光検

出器を備え るから, 構成要件C 及びG− 2Bを充足 する(前 提事 実 (8)

イ)。

エ 被告製品(スポット照明モード)は,回折格子により分光された散乱光

を光検出器に合焦させる手段をそれぞれ有し,サンプルの所与の面からの

散乱光は,スリットを通過し,光検出器に合焦させられ,サンプルの所与

の面以外からの散乱光は,光検出器上には合焦しない(前提事実(7)イ)。

そして,上記(1)のとおり,被告製品(スポット照明モード)は,本件設

定の場合において,「第二の次元」の「共焦点作用」が生じるから,第二

の次元で共焦点作用をもたらすように形成されている「所与の領域」を有

すると認められる。

以上のとおり,被告製品(スポット照明モード)は,本件設定の場合に

おいて,構成要件Dを充足する。

オ 上記ア〜エのとおり,被告製品(スポット照明モード)は,本件設定の

場合において,構成要件A〜Dを充足する分光分析装置である(甲3,

4)から,構成要件Eを充足する。

カ 被告製品(スポット照明モード)では,サンプルの所与の面からの散乱

光は,スリットを通過し(前提事実(8)ウ),当該スリットが「第一の次

元で共焦点作用」をもたらしているものであることは争いがない。

そうすると,被告製品(スポット照明モード)は,本件設定の場合にお

いて,構成要件Fを充足する。

キ 被告製品(スポット照明モード)は,上記エのとおり,本件設定の場合

において,「所与の領域」を有しており,また,光検出器が所与の領域外

で受ける光を含まずに,または分離して検出できるものと認められるから,

116
構成要件G−1を充足する。

ク 被告製品(スポット照明モード)は,上記エのとおり,本件設定の場合

において,「第二の次元」の「共焦点作用」が生じ,「所与の領域」を有

している。また,被告製品(スポット照明モード)のCCDの読取領域は,

スリットと直交する方向に細長く延びているから(乙12のスライド44,

弁論の全趣旨),被告製品(スポット照明モード)の「所与の領域」は

「第一の次元を横切る第二の次元で共焦点作用をもたらすように形成され

ている」と認められる。

したがって,被告製品(スポット照明モード)は,構成要件G−2を充

足する。

ケ 被告製品(スポット照明モード)では,サンプルの所与の面の焦点から

の散乱光は,スリットにおいてスポットとしての焦点に絞り込まれてスリ

ットを通過し,他の面の散乱光は,スリットにおいて焦点を結んでいない

から,構成要件G−2@を充足する(前提事実(8)ウ)。

コ 被告製品(スポット照明モード)は,サンプルに光を照射する対物レン

ズは,当該サンプルからの散乱光の集光も行うから,構成要件G−2Aを

充足する(前提事実(8)イ)。

サ 被告製品(スポット照明モード)は,分光分析装置であり(前提事実

(8)エ),構成要件A〜G−2の特徴を備えるから,構成要件Hを充足す

る。

シ したがって,被告製品(スポット照明モード)は,本件設定の場合にお

いて,本件発明7に係る構成要件をすべて充足する。

(3) 以上のとおり,被告製品(スポット照明モード)は,本件設定の場合に

おいて,本件発明7の技術的範囲に属する。




117
3 被告製品が本件発明8〜10及び13の技術的範囲に属するか(争点3)に

ついて

(1) 被告製品について

前記1のとおり,被告製品(ライン照明モード)は,本件発明7の技術的

範囲に属しないから,本件発明7の従属項である本件発明8〜10及び13

技術的範囲に属しない。

他方で,被告製品(スポット照明モード)は,前記2のとおり,本件設定

の場合において,本件発明7の技術的範囲に属するから,以下では,これを

前提として検討する。

(2) 本件発明8の技術的範囲に属するかについて

弁論の全趣旨によれば,被告製品(スポット照明モード)では,垂直方向

の幅220μm,水平方向の長さ約26.8mmの範囲でCCDからの信号

を採取していることが認められるから,被告製品(スポット照明モード)は,

構成要件Iを充足する。そして,被告製品(スポット照明モード)は,本件

設定の場合において,本件発明7の技術的範囲に属するから,その限度で,

構成要件Jを充足する。

したがって,被告製品(スポット照明モード)は,本件設定の場合におい

て,本件発明8の技術的範囲に属する。

(3) 本件発明9の技術的範囲に属するかについて

上記(2)及び前記2(2)クのとおり,被告製品(スポット照明モード)では,

垂直方向の幅220μm,水平方向の長さ約26.8mmの範囲でCCDか

らの信号を採取していること,CCDの読取領域は,スリットと直交する方

向に細長く延びていることが認められるから,被告製品(スポット照明モー

ド)は,構成要件Kを充足する。そして,被告製品(スポット照明モード)

は,本件設定の場合において,本件発明7の技術的範囲に属するから,その

限度で,構成要件Lを充足する。

118
したがって,被告製品(スポット照明モード)は,本件設定の場合におい

て,本件発明9の技術的範囲に属する。

(4) 本件発明10の技術的範囲に属するかについて

被告製品(スポット照明モード)が構成要件Mを充足することは当事者間

に争いがない。そして,被告製品(スポット照明モード)は,本件設定の場

合において,本件発明7の技術的範囲に属するから,その限度で,構成要件

Nを充足する。

したがって,被告製品(スポット照明モード)は,本件設定の場合におい

て,本件発明10の技術的範囲に属する。

(5) 本件発明13の技術的範囲に属するかについて

被告製品(スポット照明モード)が構成要件Oを充足することは当事者間

に争いがない。そして,被告製品(スポット照明モード)は,本件設定の場

合において,本件発明7及び10の技術的範囲に属するから,その限度で,

構成要件Pを充足する。

したがって,被告製品(スポット照明モード)は,本件設定の場合におい

て,本件発明13の技術的範囲に属する。

(6) 小括

以上のとおり,被告製品(スポット照明モード)は,本件設定の場合にお

いて,本件発明8〜10及び13の技術的範囲に属する。

4 本件発明7に係る特許が特許無効審判により無効にされるべきものであるか

(争点4)について

(1) 乙30号証を主引例とする進歩性欠如の有無(争点4−1)について

ア 乙30号証(NATURE Vol.347 20 SEPTEMBER 1990)は,本件特許権の優

先日前である平成2年(1990年)9月ころ頒布された刊行物であると

認められる。

乙30号証には,以下の発明(乙30発明)が記載されていると認めら

119
れる。

「DCM色素レーザーからの波長660nmのレーザー光を,高開口数の

顕微鏡対物レンズを用いて分析対象の物体に集光し,物体により散乱され

た光が同じ対物レンズにより集められ,共焦点検出を可能とするピンホー

ルを通して,分光器に導入され,レーザーの集光サイズは0.5μmより

も小さく,直径100μmのピンホールにより深さ分解能は1.3μmと

なり,前記分光器は,シェブロン型誘導体バンドパスフィルタセットと,

波長分散ステージからなり,信号の検出には液体窒素冷却CCDカメラが

用いられる共焦点ラマン顕微鏡。」

イ 本件発明7は,前提事実(5)アのとおりであるから,これを乙30発明

と対比すると,本件発明7と乙30発明は,以下の点で一致する。

「A サンプルに光を照射して散乱光のスペクトルを得る手段(乙30発明

の「DCM色素レーザーからの…同じ対物レンズにより集められ」)と,

B 前記スペクトルを分析する手段(乙30発明の「分光器」)と,

C 光検出器(乙30発明の「液体窒素冷却CCDカメラ」)と,

D’前記分析されたスペクトルの少なくとも一つの成分を前記光検出器に

通し,前記サンプルの所与の面から散乱された光を前記光検出器に合焦

させ(本件発明7は,光検出器の「所与の領域」に合焦させるものであ

るが,乙30発明とは光検出器に合焦させるという点では一致する。)

前記サンプルの他の面から散乱された光を前記光検出器に合焦させない

手段(乙30発明の「ピンホール」は共焦点検出を可能とするから,光

検出器に合焦させない手段が存在することは自明である。)と

E を具備する分光分析装置(乙30発明の「共焦点ラマン顕微鏡」)で

あって,

F’前記光は空間フィルタ(乙30発明の「共焦点検出を可能とするピン

ホール」)を通過して共焦点作用をもたらし,

120
G−2

@’前記サンプルの前記所与の面の焦点からの散乱光は,前記空間フィ

ルタにおいてスポットとしての焦点に絞り込まれて前記空間フィルタ

を通過し,前記サンプルの前記所与の面の前記焦点の前又は後で散乱

される光は,前記空間フィルタにおいて焦点を結ばず(乙30発明の

「ピンホール」は共焦点検出を可能とするから,サンプルの所与の面

の焦点の前又は後で散乱される光は空間フィルタにおいて焦点を結ば

ないことは自明である。また,乙30号証には,あえて収差をつける

ような記載がないから,サンプルの所与の面からの散乱光が「スポッ

トとしての焦点」に絞り込まれることが認められる。),

A 前記サンプルに光を照射するのと,前記サンプルからの散乱光を集

光するのとに同一のレンズ(乙30発明の「顕微鏡対物レンズ」)が

用いられ,

B 前記光検出器は電荷結合素子(乙30発明の「液体窒素冷却CCD

カメラ」)である

H 分光分析装置。」

他方で,以下の点で相違する。

【相違点1】

「空間フィルタ」が,本件発明7では「第一の次元で共焦点作用をもた

ら」すための「スリットを備えた一次元空間フィルタ」である(構成要件

F及びG−2@)のに対して,乙30発明では「共焦点検出を可能とする

ピンホール」である点。

【相違点2】

サンプルの所与の面から散乱された光が光検出器上で合焦される領域が,

本件発明7では「所与の領域」であって,「前記所与の領域で受ける光が,

前記所与の領域外で受ける光を含まずに,またはこの光と分離して検出さ

121
れ,」,「前記所与の領域は前記第一の次元を横切る第二の次元で共焦点

作用をもたらすように形成されて」いる(構成要件D,G−1及びG−

2)のに対し,乙30発明ではそのような構成になっていない点。

ウ 副引例である乙18号証について検討するに,乙18号証は,本件特許

権の優先日前である昭和63年6月3日に公開された公開特許公報(昭6

3−131115)であると認められる。

乙18号証には,共焦点タイプの走査レーザ顕微鏡におけるピンホール

の位置合わせが困難であるとの課題を解決するために,微小なピンホール

に替わる位置合わせの容易な機構を具備した共焦点タイプの走査レーザ顕

微鏡を提供することを目的とするものであって(2頁左上欄2〜9行),

互いに交叉する2個のスリットとレンズとを使用してピンホールの役割を

する光学系を構成し(特許請求の範囲,2頁左上欄11〜13行),スリ

ットの位置調整は,一方向の動きだけで済むのでピンホールの位置調整よ

りも容易であり,2個のスリットを調整することで目的が達成されること

(2頁左上欄13〜16行)が記載されている。

そこで,乙30発明に乙18号証を組み合わせることができるかを検討

するに,乙30発明は,共焦点ピンホールが用いられているものであるか

ら,乙18号証と同様に,ピンホールの位置調整の困難さという課題が存

在すると認められる。そして,乙30発明と乙18号証は,共焦点光学系

の技術分野において一致するから,当該技術分野の当業者であれば,乙3

0発明において,ピンホールの位置調整の困難さという課題を認識できる

といえるのであって,上記課題を解決するために,乙18号証を採用する

動機付けはあったと認められる。

しかしながら,乙18号証は,互いに交叉する2個のスリットとレンズ

とを使用してピンホールの役割をする光学系を構成するものであるから,

乙30発明に乙18号証を組み合わせた場合には,乙30発明のピンホー

122
ルを,互いに交叉する2個のスリットとレンズに置換することが容易想到

であったことは認められる。しかし,乙30発明にも乙18発明にも,光

検出器の読取領域を制限することによって共焦点作用を生じさせることを

課題とする旨の記載はなく,光検出器の読取領域の制限によって第二の次

元の共焦点作用を得ることの動機付けも示唆もなく,乙30発明と乙18

発明を組み合わせることによって,光検出器の読取領域の制限によって第

二の次元の共焦点作用を得ることまでもが容易想到であったとは認められ

ない。

したがって,相違点1に係る構成が当業者にとって容易想到であったこ

とは認められるが,相違点2に係る構成が当業者にとって容易想到であっ

たとは認められない。

エ これに対し,被告は,乙30発明と乙18号証を組み合わせることによ

り得られる構成について,乙30発明の「ピンホール」を乙18号証の

「スリット−レンズ−スリット」に置き換えるとすれば,「スリット−レ

ンズ−スリット−レンズ(=レンズ+凹面鏡)−CCDカメラ」となるが,

当業者はレンズを余分に設けることを考えないから,乙18号証の両スリ

ット間のレンズの代わりに,乙30のレンズ(=レンズ+凹面鏡)を用い

ることとして,「スリット−レンズ(=レンズ+凹面鏡)−スリット−C

CDカメラ」という構成を想到するなどと主張する。

しかしながら,乙18号証の両スリットの間に設けられたレンズは,ピ

ンホールの役割をする光学系を構成するために必要なものであると解され

るから,乙18号証の両スリットの間に設けられたレンズの代わりに,乙

18号証の第1のスリットと第2のスリットとの間に乙30発明のレンズ

(=レンズ+凹面鏡)を設けることが当業者にとって容易想到であったと

は認められない。

したがって,被告の主張は理由がない。

123
オ 以上のとおり,乙30号証を主引例とする進歩性欠如は認められない。

(2) 乙31号証を主引例とする進歩性欠如の有無(争点4−2)について

ア 乙 3 1 号 証 ( JOURNAL OF RAMAN SPECTROSCOPY, Vol.22 217-225

(1991))は,本件特許権の優先日前の平成3年(1991年)4月ころ頒

布された刊行物であることが認められる(乙32,33)。また,乙31

号証と乙30号証の著作者は同じであり,乙31号証と乙30号証の記載

内容はほぼ同じである。

乙31号証には,以下の発明(乙31発明)が記載されていると認めら

れる。

「DCM色素レーザーからの波長660nmのレーザー光を,高倍率の対

物レンズを用いて分析対象の物体に集光し,物体により散乱された光が同

じ対物レンズにより集められ,共焦点検出を可能とするピンホールを通し

て,分光器に導入され,レーザーの焦点における強度の半値幅は0.5μ

mよりも小さく,前記分光器は,シェブロン型バンドパスフィルタセット

と,ルールドグレーティング からなり,信号の検出には液体窒素冷却低

速走査CCDカメラが用いられ,宇宙線事象検出の可能性を最小化するた

め,分光方向に対して垂直方向には,最小限のピクセルだけを使う共焦点

ラマン顕微分光器。」

イ 本件発明7は,前提事実(5)アのとおりであるから,これを乙31発明

と対比すると,本件発明7と乙30発明は,以下の点で一致する。

「A サンプルに光を照射して散乱光のスペクトルを得る手段(乙31発

明の「DCM色素レーザーからの…同じ対物レンズにより集めら

れ」)と,

B 前記スペクトルを分析する手段(乙31発明の「分光器」)と,

C 光検出器(乙31発明の「液体窒素冷却低速走査CCDカメラ」)

と,

124
D’前記分析されたスペクトルの少なくとも一つの成分を前記光検出器

に通し,前記サンプルの所与の面から散乱された光を前記光検出器に

合焦させ(本件発明7は,光検出器の「所与の領域」であるが,乙3

1発明とは光検出器に合焦させるという点では一致する。)前記サン

プルの他の面から散乱された光を前記光検出器に合焦させない手段

(乙31発明の「ピンホール」は共焦点検出を可能とするから,光検

出器に合焦させない手段が存在することは自明である。)と

E を具備する分光分析装置(乙31発明の「共焦点ラマン顕微分光

器」)であって,

F’前記光は空間フィルタ(乙31発明の「共焦点検出を可能とするピ

ンホール」)を通過して共焦点作用をもたらし,

G−2

@’前記サンプルの前記所与の面の焦点からの散乱光は,前記空間フ

ィルタにおいてスポットとしての焦点に絞り込まれて前記空間フィ

ルタを通過し,前記サンプルの前記所与の面の前記焦点の前または

後で散乱される光は,前記空間フィルタにおいて焦点を結ばず(乙

31発明の「ピンホール」は共焦点検出を可能とするから,サンプ

ルの所与の面の焦点の前又は後で散乱される光は空間フィルタにお

いて焦点を結ばないことは自明である。また,乙31号証には,あ

えて収差をつけるような記載がないから,サンプルの所与の面から

の散乱光が「スポットとしての焦点」に絞り込まれることが認めら

れる。),

A 前記サンプルに光を照射するのと,前記サンプルからの散乱光を

集光するのとに同一のレンズ(乙31発明の「対物レンズ」)が用

いられ,

B 前記光検出器は電荷結合素子(乙31発明の「液体窒素冷却低速

125
走査CCDカメラ」)である

H 分光分析装置。」

他方で,以下の点で相違する。

【相違点1】

「空間フィルタ」が,本件発明7では「第一の次元で共焦点作用をもた

ら」すための「スリットを備えた一次元空間フィルタ」である(構成要件

F及びG−2@)のに対して,乙31発明では「共焦点検出を可能とする

ピンホール」である点。

【相違点2】

サンプルの所与の面から散乱された光が光検出器上で合焦される領域が,

本件発明7では「所与の領域」であって,「前記所与の領域で受ける光が,

前記所与の領域外で受ける光を含まずに,またはこの光と分離して検出さ

れ,」,「前記所与の領域は前記第一の次元を横切る第二の次元で共焦点

作用をもたらすように形成されて」いる(構成要件D,G−1及びG−

2)のに対し,乙31発明ではそのような構成になっていない点。

ウ 以上のとおり,本件発明7と乙31発明の相違点は,本件発明7と乙3

0発明の相違点と同じである。

そして,上記(1)ウと同様に,相違点1に係る構成が当業者にとって容

易想到であったことは認められるが,相違点2に係る構成が当業者にとっ

て容易想到であったとは認められないし,上記(1)エと同様に,被告の主

張は理由がない(ただし,「乙30発明」は「乙31発明」と読み替え

る。)。

エ 被告は,乙31号証には,更なる改良の可能性としてピンホールを(1

つの)スリットに置き換えることが記載されていることを挙げて,上記各

相違点は,乙18号証に基づいて容易想到である旨主張する。しかしなが

ら,乙31号証には,ピンホールをスリットに置き換えた形態ではライン

126
照明が用いられることが記載されており,ライン照明について記載のない

乙18号証を組み合わせることの動機付けとはならないし,上記ウのとお

り,乙18号証を組み合わせても,相違点2に係る構成が当業者にとって

容易想到であったとは認められない。

また,被告は,乙31号証のCCDの読み取り幅が220μmであると

して,エアリーディスク径の10倍でも共焦点作用が生じるとの原告らの

主張を前提とすると,第二の次元の共焦点作用が生じ得る幅といえる旨主

張する。しかしながら,乙31号証のCCD上に形成されるエアリーディ

スク径は不明であるから,被告の主張は理由がない。

オ 以上のとおり,乙31号証を主引例とする進歩性欠如は認められない。

(3) 乙18号証を主引例とする進歩性欠如の有無(争点4−3)について

ア 乙18号証は,本件特許権の優先日前である昭和63年6月3日に公開

された公開特許公報(昭63−131115)であると認められる。

乙18号証には,以下の発明(乙18発明)が記載されていることが認

められる。

「レーザと,該レーザにより出射されたレーザ光を収束させポイントソー

スとするための第1のレンズと,このレーザ光を再び収束し,試料をポイ

ントソースの像面に置くための第2のレンズと,試料を透過したレーザ光

を収束するための第3のレンズと,該第3のレンズによる試料4の像面に

位置し移動可能とした第1のスリットと,該第1のスリットを通過したレ

ーザ光を収束するための第4のレンズと,該第4のレンズによる上記第1

のスリットの像面に位置し,上記第1のスリットの方向と交叉しかつ移動

可能とした第2のスリットと,該第2のスリットを透過したレーザ光を検

出する光検出器からなる共焦点タイプの走査レーザ顕微鏡。」

イ 本件発明7は,前提事実(5)アのとおりであるから,これを乙18発明

と対比すると,本件発明7と乙18発明は,以下の点で一致する。

127
「A’サンプルに光を照射して散乱光を得る手段と(乙18発明の「レー

ザ」「第1のレンズ」「第2のレンズ」「サンプル」等),

C 光検出器と(乙18発明の「光検出器6」),

D’前記散乱光を前記光検出器に通し,前記サンプルの所与の面から散

乱された光を所与の領域(乙18発明の「第2のスリット」上の領

域)に合焦させ前記サンプルの他の面から散乱された光を前記光検出

器に合焦させない手段と(乙18発明の「第3のレンズ」「第1のス

リット」「第4のレンズ」「第2のスリット」)

E’を具備する装置であって,

F 前記光はスリットを備えた一次元空間フィルタを通過して第一の次

元で共焦点作用をもたらし(乙18発明の「第1のスリット」),

G−2

前記所与の領域は前記第一の次元を横切る第二の次元で共焦点作用

をもたらすように形成され(乙18発明の「第2のスリット」上の領

域),

@ 前記サンプルの前記所与の面の焦点からの散乱光は,前記スリッ

ト(乙18発明の「第1のスリット」)においてスポットとしての

焦点に絞り込まれて前記スリットを通過し,前記サンプルの前記所

与の面の前記焦点の前または後で散乱される光は,前記スリットに

おいて焦点を結ばない,

H’光学装置。」

他方,以下の点で相違する。

【相違点1】

本件発明7が,スペクトルを分析する手段(構成要件B)を有する分

光分析装置(構成要件E及びH)であって,得られた散乱光が散乱光の

スペクトル(構成要件A)であり,光検出器に通される光が分析された

128
スペクトルの少なくとも一つの成分である(構成要件D)のに対し,乙

18発明は走査レーザ顕微鏡である点。

【相違点2】

本件発明7は,「所与の領域」が光検出器の「所与の領域」であって

構成要件D及びG−1),光検出器の所与の領域外で受ける光が存在

構成要件G−1)して,光検出器の所与の領域で受ける光が,前記所

与の領域外で受ける光を含まずに,またはこの光と分離して検出される

のに対し,乙18発明は,「所与の領域」が第2のスリットの「所与の

領域」であって,光検出器の所与の領域外で受ける光が存在しない点

(本件発明7は,光検出器の所与の領域の読み出し制限によって第二の

次元の共焦点作用を生じさせているのに対して,乙18発明は,第2の

スリット82によって第二の次元の共焦点作用を生じさせている点)。

【相違点3】

本件発明7は,前記サンプルに光を照射するのと前記サンプルからの

散乱光を集光するのとに同一のレンズが用いられている(構成要件G−

2A)のに対し,乙18発明は,そのような構成になっていない点。

【相違点4】

本件発明の光検出器は電荷結合素子である(構成要件G−2B)のに

対し,乙18発明の光検出器はそのような構成であるかが不明である点。

ウ そこで,相違点について検討する。

(ア) 被告は,相違点1について,乙7,11号証をもって,レーザ顕微

鏡において分光を行いスペクトルを分析することは周知であると主張す

る。

乙7号証は,「赤外・ラマン・振動[U]と題する昭和58年8月3

1日発行の書籍である。同書中の「ラマンマイクロプローブ」と題する

項目には,「マイクロアナリシスの最も伝統的なものは光学顕微鏡,電

129
子顕微鏡による形態観察である。1960年代に入ってこれに加えて元

素分析を行うEPMA,SAM,SIMSが行われようになった。…市

販の代表的なラマンマイクロプローブであり筆者らが現在使用している

MOLE(Molecular Optical Laser Examiner)を例にして説明する。

…試料は光学顕微鏡の水平な試料台上に置き,白色光でスコープ上に投

影される像(最高×100)を観察し,分析箇所を中央の定位置へX−

Y可動ステージを用いて移動し,レーザー光に切り替えて照射する。…

ラマン散乱もこの対物レンズで180°の方向に集光され,ビームスプ

リッターを通して分光器に導かれる。…分光された光は普通は電子増倍

管あるいは光子計数方式を用いて検出する。ルーチン的なμmオーダー

の超微粒子のスペクトルのダイナミックレンジは10〜104

counts/secのオーダーである。」(133頁左欄〜134頁右欄)との

記載がある。これによれば,レーザ顕微鏡において分光分析をすること

周知技術であったことが認められる。もっとも,乙18発明は共焦点

タイプのレーザ顕微鏡であるから,これに上記周知技術を組み合わせる

ことが容易であったというためには,その共焦点機能を維持しつつ組み

合わせることが容易でなければならない。しかしながら,乙7,11号

証をみても,共焦点系であるとの明記がない(スリットが共焦点作用を

有することが明らかではない。)から,共焦点機能を維持しながら,乙

18号証に上記周知技術を組み合わせる態様は明らかではないというべ

きである。

そうすると,相違点1に係る構成が当業者にとって容易想到であった

とは認められない。

仮に,乙18発明の共焦点機能を維持しながら,乙18発明に上記周

知技術を組み合わせることを検討すると,第2のスリット82の後ろに

分光手段を配置することが想定される。

130
しかしながら,このような態様を想定すると,被告の主張において,

「所与の領域」を形成する第2のスリットの位置が光検出器から離れる

ことになるから,第2のスリットによる第二の次元での共焦点作用を光

検出器に代替させるという考え方が一層想定しづらくなり,相違点2に

係る構成が容易想到であったとは認められないことになると解される。

(イ) また,相違点2については,乙18号証には,光検出器に共焦点作

用をもたらすような制限された読取領域を設けることや,スリットを光

検出器のかかる領域に置き換えることについては記載も示唆もないから,

相違点2に係る構成が当業者にとって容易想到であったとは認められな

い。

これに対し,被告は,乙18号証の第1図,第2図では,光検出器上

に,又は光検出器に非常に近接して,第2のスリットが描かれているか

ら,スリットを光検出器の読取領域の制限に置き換えることを示す,又

は少なくとも示唆するものである旨主張するが,それを裏付ける根拠は

見当たらないから,被告の主張は理由がない。

(ウ) 相違点3については,共焦点光学系において,乙18発明のような

透過型の光学系(2頁右上欄18〜19行「試料4を透過したレーザ

光」)と,乙30号証のような反射型の光学系とは適宜選択することが

できるといえるから,乙18号証を反射型の光学系として構成し,相違

点3の構成にすることは当業者にとって容易想到であったと認められる。

また,相違点4については,乙30号証に照らせば,光学装置(走査

レーザ顕微鏡)である乙18発明に光検出器としてCCDを用いること

は,当業者にとって容易想到であったと認められる。

(エ) 以上のとおり,相違点3及び4に係る構成は当業者にとって容易想

到であったと認められるが,相違点1及び2に係る構成は当業者にとっ

て容易想到であったとは認められないから,乙18号証を主引例とする

131
進歩性欠如は認められない。

(4) 乙7号証を主引例とする進歩性欠如の有無(争点4−4)について

ア 乙7号証(赤外・ラマン・振動[U])は,上記(3)ウ(ア)のとおり,本

件特許権の優先日前の昭和58年8月31日ころ頒布された刊行物である

と認められる。

(ア) 乙7号証には,次の記載がある。

「試料は光学顕微鏡の水平な試料台上に置き,白色光でスコープ上に投

影される像(最高×100)を観察し,分析箇所を中央の定位置へX−

Y可動ステージを用いて移動し,レーザー光に切替えて照射する。同じ

対物レンズを用いてレーザービームは1μm(×100)まで絞ること

ができる。ラマン散乱もこの対物レンズで180°の方向に集光され,

ビームスプリッタを通して分光器に導かれる。」(134頁左欄9〜1

6頁)

136頁の図3(別紙乙7号証の図3参照)には,レーザー光が照射

されたサンプルの左側に,横軸をv,縦軸をIとするラマン散乱スペク

トルとみられるグラフが描かれている。

「図3にダイオード・マトリックスあるいはリニア・ダイオード・ア

レイを用いて,試料視野を少なくとも100×100の部分に分割した

10 4 個のユニットのスペクトルおよび位置の情報を比較的速い時間で

得る方法を示した。」(135頁右欄13〜17行)

136頁の図3には,サンプルからのラマン散乱光が,スリット,回

折格子を経て,ダイオードマトリックス又はリニアマトリックスに達す

ることが記載されている。

136頁の図では,サンプルにレーザー光を照射するのと,サンプル

からの散乱光を集光するのに同一のレンズが用いられている。

(イ) 以上によれば,乙7号証には,以下の発明(乙7発明)が記載され

132
ていると認められる。

「サンプルにスポット光を照射して散乱光のスペクトルを得る手段と,

前記スペクトルを分析する手段と,ダイオードマトリックス又はリニア

ダイオードアレイからなる光検出器と,前記分析されたスペクトルの少

なくとも一つの成分を前記光検出器に通し,前記サンプルの所与の面か

ら散乱された光を前記光検出器に合焦させ前記サンプルの他の面から散

乱された光を前記光検出器に合焦させない手段とを具備するラマンスペ

クトル測定装置であって,前記光はスリットを通過し,前記サンプルに

光を照射するのと,前記サンプルからの散乱光を集光するのとに同一の

レンズが用いられる,ラマンスペクトル測定装置。」

イ 本件発明7は,前提事実(5)アのとおりであるから,これを乙7発明と

対比すると,本件発明7と乙7発明は,以下の点で一致する。

「A サンプルにスポット光を照射して散乱光のスペクトルを得る手段と,

B 前記スペクトルを分析する手段と,

C 光検出器と(乙7発明の「ダイオードマトリックス又はリニアダイ

オードアレイからなる光検出器」),

D’前記分析されたスペクトルの少なくとも一つの成分を前記光検出器

に通し,前記サンプルの所与の面から散乱された光を前記光検出器に

合焦させ前記サンプルの他の面から散乱された光を前記光検出器に合

焦させない手段と

E を具備する分光分析装置(乙7発明の「ラマンスペクトル測定装

置」)であって,

F’前記光はスリットを通過し,

G−2

A 前記サンプルに光を照射するのと,前記サンプルからの散乱光を

集光するのとに同一のレンズが用いられる,

133
H 分光分析装置(乙7発明の「ラマンスペクトル測定装置」)。」

他方で,以下の点で相違する。

【相違点1】

本件発明7においては,前記光はスリットを備えた一次元空間フィルタ

を通過して第一の次元で共焦点作用をもたらし(構成要件F),前記サン

プルの前記所与の面の焦点からの散乱光は,前記スリットにおいてスポッ

トとしての焦点に絞り込まれて前記スリットを通過し,前記サンプルの前

記所与の面の前記焦点の前または後で散乱される光は,前記スリットにお

いて焦点を結ばない(構成要件G−2@)のに対し,乙7発明では,前記

光はスリットを通過しているにすぎない点。

【相違点2】

本件発明7においては,前記光検出器の前記所与の領域で受ける光が,

前記所与の領域外で受ける光を含まずに,またはこの光と分離して検出さ

れ(構成要件G−1),前記所与の領域は前記第一の次元を横切る第二の

次元で共焦点作用をもたらすように形成されており(構成要件G−2),

前記光検出器の「所与の領域」に所与の面から散乱された光を合焦させて

いる(構成要件D)のに対し,乙7発明では,そのように構成されていな

い点。

【相違点3】

本件発明7においては,前記光検出器は電荷結合素子である(構成要

件)のに対し,乙7発明では,ダイオードマトリックス又はリニアダイオ

ードアレイからなる光検出器である点。

ウ そこで,相違点について検討する。

(ア) 被告は,相違点1について,乙7号証に記載されているとして一致

点である旨主張するが,乙7号証には,乙7発明におけるスリットが共

焦点作用と関連付けて記載されている箇所は存在しないから,当該スリ

134
ットが第一の次元の共焦点作用をもたらすものとは認められない。

また,乙7号証137頁右欄13〜15行には,「モノチャンネルモ

ードの場合スリットもアパーチャーと同じ役割をするが,この場合は分

解能に異方性を生じてしまう。」との記載があるが,乙7発明のスリッ

トは,マルチチャンネルモード(特定の波長の光だけを取り出す用途に

は使用できない)で用いられており(図3,4の表題において「マルチ

チャンネル検出器」とされている。),当該スリットへの適用可能性を

肯定した記載であるとはいえない。

したがって,乙7号証に相違点1に係る構成が記載されているとは認

められないし,また,相違点1に係る構成が当業者にとって容易想到で

あったことを認めるに足りる証拠もない。

(イ) また,相違点2については,上記(ア)のとおり,乙7発明における

スリットが第一の次元の共焦点作用をもたらすものとは認められないか

ら,第二の次元の共焦点作用が不足しているとの課題を当業者が認識で

きたとはいい難い。そうすると,乙8〜10号証によって,従来のピン

ホールを光検出器に置き換えることによって同様な共焦点作用を生じさ

せることができるという周知技術が認められても,これを乙7発明に適

用する動機付けがあるとは認められない。

そうすると,相違点2に係る構成が当業者にとって容易想到であった

とは認められない。

(ウ) 他方で,相違点3については,乙30号証には,検出器は電荷結合

素子である分光分析装置(乙30発明)が開示されており,これを分光

分析装置である乙7発明に組み合わせることは当業者にとって容易想到

であったと認められる。

(エ) 以上のとおり,相違点3に係る構成は当業者にとって容易想到であ

ったと認められるが,相違点1及び2に係る構成は当業者にとって容易

135
想到であったとは認められないから,乙7号証を主引例とする進歩性

如は認められない。

(5) 乙16号証を主引例とする進歩性欠如の有無(争点4−5)について

ア 乙16号証(高感度ラマン分光法の最近の動向と半導体超薄膜への応

用)は,本件特許権の優先日前である平成2年に発行された論文であると

認められる(乙17)。

乙16号証には,図1記載の高感度ラマン分光光学系を用いて,Ar+

レーザの515nm線による励起で,シリコン(100)ウェーハの52

0cm − 1 付近のピークの測定を行った例(図2)が記載されている。こ

れを乙16発明として特定すると,乙16発明は,以下のとおりであると

認められる。

「a 試料にAr+レーザの515nm線のスポット光(図2で検出光がス

ポット状になっていることから明らかである。)を照射して散乱光を得

る手段(図1,6頁23行,6頁下から7行)と,

b 前記散乱光を分光するトリプル・ポリクロメータ分光器を含む分光光

学系(図1,5頁下から14〜13行)と,

c 25μm角の各ピクセルを有するPS−PMT(5頁下から7〜5行,

6頁1行,6頁下から6行)と,

d 前記分光されたスペクトルの少なくとも一つの成分を前記PS−PM

Tに通し(図1,図2,5頁8〜9行),前記試料からの散乱光を前記

PS−PMTに合焦させる手段と(5頁1行の「Y方向での像の広がり

を抑える」の記載からPS−PMT上で散乱光の像が形成されているこ

とが前提となっていることや,図2では微小スポット光になっているこ

とから,合焦関係が認められる。),

e を具備する超高感度ラマン分光装置(図1のタイトル)であって,

f 試料からの散乱光は100μm(検出器位置では125μmに相当)

136
の幅の入射スリットを通過し(6頁下から2行〜1行),前記PS−P

MTのY方向への信号の広がりが3〜4ピクセルすなわち100μm以

下であって(6頁下から3〜2行),

g−1

前記PS−PMTのY方向の5ピクセルの領域で受ける光が,前記領

域外で受ける光と分離して検出され(6頁末行〜7頁2行,図2の説明

文),

g−2

前記PS−PMTの前記領域が前記入射スリットを横切る方向に延在

しており(4頁19行,図2)

@ 前記試料に照射されたスポット光からの散乱光は,前記入射スリッ

トにおいて,入射スリットの手前に導入されたシリンドリカル・レン

ズの光学系を介して入射スリットの幅方向において焦点に絞り込まれ

て前記入射スリットを通過するものであって,前記シリンドリカル・

レンズの光学系の働きにより,回折格子(グレーティング)を使用し

た分光器で使われている球面鏡のような反射型光学素子により生じる,

前記PS−PMT上での非点収差の補正が行われるものであり(図1,

4頁10〜12行,6頁3〜9行),

A 前記試料からの散乱光を集光するレンズは,前記試料にスポット光

を照射するのに用いられておらず(図1),

B 前記PS−PMTが光検出器として用いられている,

h 超高感度ラマン分光装置。」

イ 本件発明7と乙16発明とを対比すると,乙16発明の「試料」は本件

発明7の「サンプル」に相当し,以下同様に,「スポット光」は「光」に,

「散乱光」は「散乱光のスペクトル」に,「前記散乱光を分光する…分光

光学系」は「前記スペクトルを分析する手段」に,「25μm角の…PS

137
−PMT」は「光検出器」に,「超高感度ラマン分光装置」は「分光分析

装置」に,「入射スリット」は「スリット」にそれぞれ相当する。

乙16発明のd,f及びg−1に照らすと,乙16発明は,前記試料か

らの散乱光を前記PS−PMTのY方向の5ピクセルの領域に合焦させて

いるから,構成要件Dの「前記サンプルの所与の面から散乱された光を前

記光検出器の所与の領域に合焦させ」とは,「前記サンプルの所与の面か

ら散乱された光を前記光検出器の所定の領域に合焦させ」ている点で一致

し,構成要件G−1の「前記光検出器の前記所与の領域で受ける光が,前

記所与の領域外で受ける光を含まずに,またはこの光と分離して検出さ

れ」とは,「前記光検出器の前記所定の領域で受ける光が,前記所定の領

域外で受ける光と分離して検出され」る点で一致する(ここでは「所与の

領域」と「所定の領域」は区別して用いている。以下同じ。)。

そうすると,本件発明7と乙16発明は,以下の点で一致する。

「A サンプルに光を照射して散乱光のスペクトルを得る手段と,

B 前記スペクトルを分析する手段と,

C 光検出器と,

D’前記分析されたスペクトルの少なくとも一つの成分を前記光検出器

に通し,前記サンプルの所与の面から散乱された光を前記光検出器の

所定の領域に合焦させる手段と

E を具備する分光分析装置であって,

F’前記光はスリットを通過し,

G−1’

前記光検出器の前記所定の領域で受ける光が,前記所定の領域外で

受ける光と分離して検出される,

H 分光分析装置。」

他方で,以下の点で相違する。

138
【相違点1】

構成要件Dについて,上記のD’の手段が,本件発明7では「前記サン

プルの他の面から散乱された光を前記光検出器に合焦させない手段」でも

あるのに対し,乙16発明ではその旨の明記がない点。

【相違点2】

構成要件Fについて,上記のF’のスリットが,本件発明7では一次元

空間フィルタであって,第一の次元で共焦点作用をもたらすのに対し,乙

16発明ではそうであるのか不明である点。

【相違点3】

構成要件G−1及びG−2について,本件発明7では,「所定の領域」

が前記第一の次元を横切る第二の次元で共焦点作用をもたらすように形成

され,それによって「所与の領域」と評価されているのに対し,乙16発

明ではその旨の明記がない点。

【相違点4】

構成要件G−2@について,本件発明7では,前記サンプルの前記所与

の面の焦点からの散乱光は,前記スリットにおいてスポットとしての焦点

に絞り込まれて前記スリットを通過し,前記サンプルの前記所与の面の前

記焦点の前または後で散乱される光は,前記スリットにおいて焦点を結ば

ないのに対し,乙16発明ではそのような構成であるかが不明である点。

【相違点5】

構成要件G−2Aについて,本件発明7では,前記サンプルに照射する

のと,前記サンプルからの散乱光を集光するのとに同一のレンズが用いら

れているのに対し,乙16発明ではそのような構成ではない点。

【相違点6】

構成要件G−2Bについて,本件発明7では光検出器が電荷結合素子で

あるのに対し,乙16発明ではPS−PMTである点。

139
ウ そこで,相違点について検討する。

(ア) 相違点1について

原告らは,乙16発明は共焦点作用に関するものではなく,乙16号

証にはサンプルの他の面から散乱された光についての記載はないなどと

主張する。

しかしながら,乙16号証1頁11〜12行(表題行を含めて算出)

には,「固体・液体・気体など形状や大きさを問わない。」と記載され

ているから,厚さのある試料(「他の面」が観念できる試料)をも測定

対象としていることが明らかである。

また,本件発明7においても,サンプルとして超薄膜を用いた場合は,

上記のD’の手段が「前記サンプルの他の面から散乱された光を前記光

検出器に合焦させない手段」であるとはいえなくなるから,相違点1は,

分光分析装置の構成としての相違ではなく,分光分析装置に用いられる

サンプルによって生じる相違であるにすぎない。

したがって,相違点1は,実質的な相違点ではない。

(イ) 相違点2について

前記2(1)のとおり,エアリーディスク径(直径)d=(1.22×

λ/NA 物 体 側 )×M(λ:波長,NA:開口数,M:対物レンズの倍

率)である。

乙16号証7頁8行以下には,サンプルからスリットまでの倍率Mは

100倍であることが記載されているから,Ar+レーザの515nm

線のスリット上でのエアリーディスク径の最小値d m i n は,以下のとお

り,63μmである(NA 物体側 は空気中では1を超えない。)。

d mi n =(1.22×λ/NA 物体側 〔最大値〕)×M

=(1.22×0.515/1)×100

=63[μm]

140
また,ラマン散乱光(ストーク散乱光)の波長は光源光の波長よりも

長いから(弁論の全趣旨。被告第8準備書面4頁),ラマン散乱光によ

って形成されるスリット上でのエアリーディスク径の最小値はd m i n よ

りも大きくなる。他方,乙16発明のスリット幅は100μmであるか

ら,スリット幅とラマン散乱光によってスリット上で形成されるエアリ

ーディスク径との比は1.59(100/63)よりも大きくなること

はない。

そして,前記2(1)に照らすと,スリット幅がエアリーディスクの大

きさの2.5倍までの場合は共焦点作用を有すると認められる。そうす

ると,乙16発明の「スリット」は第一の次元での共焦点作用をもたら

すものと認められるから,相違点2は実質的な相違点ではない。

原告らは,λ=0.515は光源の波長であるから,上記計算式のう

ちの(1.22λ/NA)は,別紙原告参考図10−1及び2のAD1

を求めたものであり,また,倍率Mはサンプルからスリットまでの倍率

であるから,上記計算式の(1.22λ/NA)×Mは,スリット上の

エアリーディスク径AD2ではなく,明るい領域2の大きさを求めたも

のであると主張する。

確かに,上記計算式は光源の波長から算出しているものであるが,算

出の目的はエアリーディスクの最小値を求めるものであり,ラマン散乱

光の波長が光源光の波長よりも長い以上,光源光の波長により算出する

値がラマン散乱光の波長により算出した値よりも大きいということはな

く,最小値を求めるという目的は達することができる。

また,倍率Mは乙16号証に開示された数値に基づいて100とした

ものである。原告らは,(1.22λ/NA)×Mは明るい領域2の大

きさを求めたものであると主張する。しかし,前記2(1)のとおり,レ

ンズの物体側の開口数NA 物 体 側 と像側の開口数NA 像 側 との間には,N

141
A 物 体 側 =NA 像 側 ×Mの関係があることに照らせば,(1.22λ/N

A)×MによりAD2を求めることができるから,原告らの主張は採用

できない。

(ウ) 相違点3について

乙16発明において,入射スリットの位置から検出器の位置までの倍

率は1.2倍であるから(弁論の全趣旨。被告第5準備書面9,10

頁),Ar+レーザの515nm線の検出器上でのエアリーディスク径

の最小値d min は63μm×1.2=76μmである。

また,前記(イ)のとおり,ラマン散乱光(ストーク散乱光)の波長は

光源光の波長よりも長いから,ラマン散乱光によって形成される検出器

上でのエアリーディスク径の最小値はd m i n よりも大きくなる。他方,

乙16発明の読み取り幅は25μm×5ピクセル=125μmであるか

ら,読み取り幅とラマン散乱光によって検出器上で形成されるエアリー

ディスク径との比は1.64(125/76)よりも大きくなることは

ない。

そして,前記2(1)に照らすと,光検出器の読み取り幅がエアリーデ

ィスクの大きさの2.5倍までの場合は共焦点作用を有すると認められ

る。

そうすると,乙16発明は,第二の次元での共焦点作用を有している

と認められる。

そして,PS−PMTのY方向の5ピクセルの領域は入射スリットを

横切る方向に延在しているから(上記アの乙16発明の認定参照),乙

16発明の「所与の領域」は「第一の次元を横切る第二の次元で共焦点

作用をもたらすように形成されて」いると認められる。

そうすると,相違点3は実質的な相違点ではない。

以上のとおり,相違点1〜3は実質的相違点ではないのであって,実

142
質的な相違点として検討されるべきは,以下の相違点4〜6である。

(エ) 相違点4について

乙16発明では,前記試料に照射されたスポット光からの散乱光は,

前記入射スリットにおいて,入射スリットの手前に導入されたシリンド

リカル・レンズの光学系を介して入射スリットの幅方向において焦点に

絞り込まれて前記入射スリットを通過するものである。これは,回折格

子(グレーティング)を使用した分光器で使われている球面鏡のような

反射型光学素子により生じる前記PS−PMT上での非点収差を,シリ

ンドリカル・レンズにより補正するものである(上記アの乙16発明の

認定を参照)。すなわち,「シリンドリカル・レンズ」の光学系によっ

て,入射スリットにおいて,あえて非点収差を与え,この非点収差によ

って分光器により生じる非点収差を解消するものであると解される。

このように,入射スリットの手前にシリンドリカル・レンズが存在す

る限りは,それによって非点収差が与えられることにより,サンプルの

所与の面の焦点からの散乱光がスリットにおいてスポットとして焦点に

絞り込まれることにはならないものと考えられる。

しかし,乙31号証には,「凹面鏡で光軸外に集光されることにより

生じる非点収差を補正するために,CCDカメラの前に円柱レンズ(図

1に図示されない)が用いられた。」(訳文2頁7〜9行)と記載され

ている(「円柱レンズ」はcylindrical lensの訳)。そして,乙16発

明において設けられた「シリンドリカル・レンズ」は,球面鏡のような

反射型光学素子により発生する非点収差の補正を行うものであるから,

乙31号証の「円柱レンズ」は,乙16発明の「シリンドリカル・レン

ズ」と機能が同一であると認められる。

そうすると,乙16発明の「シリンドリカル・レンズ」の位置を,乙

31号証のように単に光検出器の前に移動させることは当業者にとって

143
設計的事項というべきものであり,そのように構成したことによる格別

の効果も存在しない。

そして,「シリンドリカル・レンズ」の位置を乙31号証のように光

検出器の前に移動させることによって,乙16発明において,サンプル

の所与の面の焦点からの散乱光は,入射スリットにおいてスポットとし

ての焦点に絞り込まれて入射スリットを通過し,サンプルの所与の面の

焦点の前または後で散乱される光は,入射スリットにおいて焦点を結ば

ないことになる。

なお,シリンドリカル・レンズが光検出器の前に置かれ,そこで非点

収差が与えられるとしても,これはそれによって分光器によって生じた

非点収差を解消するためのものであるから,「前記サンプルの所与の面

から散乱された光を前記光検出器の所与の領域に合焦させ前記サンプル

の他の面から散乱された光を前記光検出器に合焦させない手段」という

構成要件Dの構成が阻害されるものではない。

したがって,相違点4に係る構成は,当業者にとって容易想到であっ

たと認められる。

(オ) 相違点5について

乙30,31号証によれば,ラマン分光装置において,サンプルに光

を照射するのと,サンプルからの散乱光を集光するのとに同一のレンズ

を用いることは,周知技術であったと認められるから,相違点5に係る

構成は当業者にとって容易想到であったと認められる。

これに対し,原告らは,乙16発明は,極限的な微弱光の高感度ラマ

ン分光を実現するための装置であり,試料にレーザを照射するのと,当

該試料からの散乱光を集光するのとに同一のレンズを用いるようにした

とすると,散乱光がミラーによってある程度ブロックされることになる

などとして,構成要件G−2Aの構成は容易想到ではない旨主張する。

144
しかしながら,ラマン分光装置は,乙16発明に限らず,一般に微弱

光を対象としているが,乙30,31号証において,ミラーを用いた構

成は採用されていないから,ミラーが極限的な微弱光の高感度ラマン分

光を実現するために必須の構成であるとはいえない。原告らの主張は,

乙16号証の図1に記載があるミラーを前提とするが,上記のとおり,

ラマン分光装置においてミラーが必須の構成ではないから,当該主張は

採用できない。

(カ) 相違点6について

乙16発明では,光検出器としてPS−PMT検出器が用いられてい

るが,これは,CCDのようなアナログ検出器とは異なり,PS−PM

Tがデジタル検出器であり,宇宙線ノイズが入ったとしても,そのエネ

ルギーに比例した応答がされるわけではなく,1カウントと数えられる

だけであるため,超微弱信号の検出の目的に沿っているからである(乙

16・3頁下から9行〜4頁6行)。

回折格子(グレーティング)を使用した分光器では反射型光学素子を

使わざるを得ないので非点収差が発生し,二次元検出器上でY方向への

像の広がりが大きくなってしまうので,Y方向に信号を積算して(ビン

ニング),X方向の一次元検出器に変換して使用する。乙16発明では,

ビンニングによりノイズを大量に取り込んでしまうと感度が低下すると

いう問題が発生するために,非点収差を補正して,ビンニングされる素

子の数をできるだけ減らすことによりノイズの取り込みを抑えるもので

ある(乙16・4頁10行〜5頁2行)。ビンニングされる素子の数を

できるだけ減らすことによりノイズの取り込みを抑えるという効果は,

「PS−PMT検出器の場合により顕著である。」(乙16・4頁下か

ら4〜3行)とされているが,CCDの場合にこの効果が生じないとさ

れているわけではない。

145
そして,乙16号証には,量子効率の絶対値や赤外域の感度などを重

んじるならばCCD検出器の方が優れているなど,目的によって選択は

異なってくることが記載されている(4頁6〜8行)。

以上に照らすと,乙16発明において,PS−PMTに代えて,CC

D検出器を採用することは当業者にとって容易に想到できることであっ

たと認められる。

これに対し,原告らは,超微弱信号の検出以外の目的でCCD検出器

を用いることがあるとしても,かかる目的の場合は乙16発明を用いる

必要はないから,乙16発明においてCCD検出器を用いる動機付けは

ないなどと主張する。しかしながら,PS−PMTを用いた乙16発明

が超微弱信号の検出で有利であるとしても,上記のとおりCCD検出器

の方が優れている部分もあるのであるから,他の目的のために,検出器

をCCDに置換することが考えられるのであって,原告らの主張は採用

できない。

(キ) 以上のとおり,相違点1〜3は実質的な相違点ではなく,相違点4

〜6に係る構成は当業者にとって容易想到であったと認められるから,

本件発明7は進歩性が欠如する。

(6) 明確性要件違反の有無(争点4−6)について

被告は,本件発明7(請求項7)の「所与の領域」(構成要件D,G−1

及びG−2)について,不明確である旨主張する。

しかしながら,「所与の領域」とは,サンプルの所与の面から散乱された

光が合焦される領域であり(構成要件D),当該「所与の領域」で受ける光

が,「所与の領域」外で受ける光を含まずに,またはこの光と分離して検出

され(構成要件G−1),かつ,「所与の領域」は,第一の次元を横切る第

二の次元で共焦点作用をもたらすように形成されている(構成要件G−2)

ものと解される。

146
以上のとおり,「所与の領域」について,不明確な点は存在しないから,

被告の主張は理由がない。

(7) 小括

本件発明7は,乙16号証に基づいて,進歩性が欠如するから,本件発明

7に係る特許は特許無効審判により無効にされるべきものである。

5 本件発明8〜10及び13に係る特許が特許無効審判により無効にされるべ

きものであるか(争点5)について

(1) 進歩性欠如について

ア 被告は,本件発明8〜10及び13の構成は格別の技術的意義を有さな

い,単なる設計事項の構成であるとして,本件発明7の進歩性に関する主

引用発明である乙30発明,乙31発明,乙18発明,乙7発明に,これ

らの限定を付加することは,当業者が容易に想到し得るものであったと主

張する。

しかしながら,前記4のとおり,本件発明7について,乙30号証,乙

31号証,乙18号証又は乙7号証を主引例とする進歩性欠如は認められ

ないから,被告の主張は理由がない。

イ そこで,乙16号証を主引例とする進歩性欠如について検討する。

(ア) 本件発明8について

乙16発明におけるPS−PMTのY方向の5ピクセルの領域は細長

いことが明らかであるから,乙16号証には構成要件Iが開示されてい

ると認められる。

そして,前記4(5)のとおり,本件発明7は,乙16号証に基づいて,

容易想到であったと認められるから,構成要件Jも同様である。

そうすると,本件発明8は,乙16号証に基づいて,容易想到であっ

たから,進歩性が欠如する。

(イ) 本件発明9について,

147
乙16号証4頁18〜20行では,スリットの長さ方向がY方向とさ

れるとともに,光の分散方向(=回折方向)がX方向とされることが記

載されており,このX方向が,PS−PMTのY方向の5ピクセルの細

長い領域の長手方向であることが明らかであるから,乙16号証には構

成要件Kが開示されていると認められる。

そして,前記4(5)及び上記(ア)のとおり,本件発明7及び8は,乙

16号証に基づいて,容易想到であったと認められるから,構成要件

も同様である。

そうすると,本件発明9は,乙16号証に基づいて,容易想到であっ

たから,進歩性が欠如する。

(ウ) 本件発明10について

乙16発明におけるPS−PMTはピクセルのアレイを備えたもので

あることが明らかであるから,乙16号証には構成要件Mが開示されて

いると認められる。

そして,前記4(5),上記(ア)及び(イ)のとおり,本件発明7〜9は,

乙16号証に基づいて,容易想到であったと認められるから,構成要件

Nも同様である。

そうすると,本件発明10は,乙16号証に基づいて,容易想到であ

ったから,進歩性が欠如する。

(エ) 本件発明13について

乙16発明は超高感度ラマン分光装置に係るものであるから,乙16

号証には構成要件Oが開示されていると認められる。

そして,前記4(5)及び上記(ア)〜(ウ)のとおり,本件発明7〜10

は,乙16号証に基づいて,容易想到であったと認められるから,構成

要件Pも同様である(本件発明13のうち請求項11及び12を引用す

る部分は,原告が請求項11,12に基づく請求をしていない以上,判

148
断の対象とならないものである。)。

そうすると,本件発明13は,乙16号証に基づいて,容易想到であ

ったから,進歩性が欠如する。

(2) 明確性要件違反について

被告は,本件発明7と同様に,「所与の領域」は,本件明細書の記載及び

出願当時の当業者の技術常識参酌しても,不明確であるといわざるを得な

いと主張するが,前記4(6)のとおり,「所与の領域」について,不明確な

点は存在しないから,被告の主張は理由がない。

(3) 小括

本件発明8〜10及び13は,乙16号証に基づいて,進歩性が欠如する

から,本件発明8〜10及び13に係る特許は特許無効審判により無効にさ

れるべきものである。

6 まとめ

以上のとおり,被告製品(ライン照明モード)は,本件発明の技術的範囲

属さず,被告製品(スポット照明モード)は,本件設定の場合において,本件

発明の技術的範囲に属するが,本件発明に係る特許は特許無効審判により無効

にされるべきものであるから,原告らの請求はいずれも理由がない。

7 結論

よって,主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部




裁判長裁判官 大 須 賀 滋




149
裁判官 小 川 雅 敏




裁判官 西 村 康 夫




150