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関連ワード 反復(反復可能性) /  方法の発明 /  周知技術 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  分割出願 /  共有 /  薬事法 /  存続期間 /  優先日 /  延長登録 /  製造承認 /  均等 /  置換 /  特許発明 /  実施 /  設定登録 /  発明の範囲 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  変更 /  国際出願 /  期間の延長 / 
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事件 平成 21年 (行ケ) 10092号 審決取消請求事件
原告イミュネックス・コーポレーション
訴訟代理人弁護 士城山康文
同 岩瀬吉和
同 山本健策
訴訟代理人弁理 士山本秀策
同 森下夏樹
同 谷剛志 ?
同 長谷部真久
被告特許庁長官
指定代理人穴吹智子
同 塚中哲雄
同 中田とし子
同 酒井福造
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2009/12/03
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1特許庁が不服2007−34676号事件について平成20年11月25日にした審決を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
全容
第1請求主文同旨第2事案の概要1本件は,後記特許権について原告が存続期間の延長登録出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これに対する不服の審判請求をしたが,特許庁が請求不成立の審決をしたことから,その取消しを求めた事案である。
2争点は,上記特許権に係る特許発明実施に後記行政処分(本件処分)が必要であったか(特許法67条の3第1項1号),である。
第3当事者の主張1請求の原因(1) 特許庁における手続の経緯ア原告は,1989年(平成元年)9月5日米国・1989年(平成元年)9月11日米国・1989年(平成元年)10月13日米国・1990年(平成2年)5月10日米国の優先権を主張して平成2年9月5日に出願した原出願(特願平2-235502号,特許第2721745号[特許公報は,乙1])からの分割出願として,平成9年8月21日に,新たな特許出願をし(発明の名称「腫瘍壊死因子-αおよび-βレセプター」,特願平9-225286号),平成11年7月30日に特許第2960039号として設定登録を受けた(請求項の数5,甲6。以下「本件特許権」という。)。
イその後,原告は,平成17年4月18日に,本件特許権について,下記のとおり,その特許発明実施に後記内容の本件処分を受けることが必要であったとして「5年0月0日」につき存続期間の延長登録の出願(特許権存続期間延長登録願2005-700041号,甲7)をし,平成19年1月11日付けでその補正(甲8)をしたが,拒絶査定を受けたので,平成19年12月25日付けで不服の審判請求をした。
記・政令で定める処分を受けるに至った経緯?治験の開始日(治験計画届出日) 平成11年12月17日?承認日 平成17年1月19日・特許発明実施をすることができなかった期間特許権の設定登録の日が平成11年7月30日であり,治験の開始日が平成11年12月17日であるから,特許発明実施をすることができなかった期間は,治験の開始日から承認日の前日までの5年01月01日である。
ウ特許庁は,上記請求を不服2007-34676号事件として審理した上,平成20年11月25日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(出訴期間として90日附加)をし,その謄本は平成20年12月5日原告に送達された。
(2) 発明の内容本件特許の請求項の数は上記のとおり5であるが,ヒトに関する本件処分に関連する請求項1及び請求項2の内容は,次のとおりである(以下,請求項1記載発明を「本件発明」という。)。
・【請求項1】以下の(a),(b)または(c)から選択される哺乳類組換えTNF-Rタンパク質であって,哺乳動物由来の他のタンパク質を実質的に含まない前記哺乳類組換えTNF-Rタンパク質:(a)以下のアミノ酸配列:【化1】Leu Pro Ala Gln Val Ala Phe Thr 8Pro Tyr Ala Pro Glu Pro Gly Ser Thr Cys Arg Leu Arg Glu Tyr 23Tyr Asp Gln Thr Ala Gln Met Cys Cys Ser Lys Cys Ser Pro Gly 38Gln His Ala Lys Val Phe Cys Thr Lys Thr Ser Asp Thr Val Cys 53Asp Ser Cys Glu Asp Ser Thr Tyr Thr Gln Leu Trp Asn Trp Val 68Pro Glu Cys Leu Ser Cys Gly Ser Arg Cys Ser Ser Asp Gln Val 83Glu Thr Gln Ala Cys Thr Arg Glu Gln Asn Arg Ile Cys Thr Cys 98Arg Pro Gly Trp Tyr Cys Ala Leu Ser Lys Gln Glu Gly Cys Arg 113Leu Cys Ala Pro Leu Arg Lys Cys Arg Pro Gly Phe Gly Val Ala 128Arg Pro Gly Thr Glu Thr Ser Asp Val Val Cys Lys Pro Cys Ala 143Pro Gly Thr Phe Ser Asn Thr Thr Ser Ser Thr Asp Ile Cys Arg 158Pro His Gln Ile Cysを有するタンパク質;(b)以下のアミノ酸配列:【化2】Val Pro Ala Gln Val Val Leu Thr Pro Tyr Lys Pro Glu Pro Gly 15Tyr Glu Cys Gln Ile Ser Gln Glu Tyr Tyr Asp Arg Lys Ala Gln 30Met Cys Cys Ala Lys Cys Pro Pro Gly Gln Tyr Val Lys His Phe 45Cys Asn Lys Thr Ser Asp Thr Val Cys Ala Asp Cys Glu Ala Ser 60Met Tyr Thr Gln Val Trp Asn Gln Phe Arg Thr Cys Leu Ser Cys 75Ser Ser Ser Cys Thr Thr Asp Gln Val Glu Ile Arg Ala Cys Thr 90Lys Gln Gln Asn Arg Val Cys Ala Cys Glu Ala Gly Arg Tyr Cys 105Ala Leu Lys Thr His Ser Gly Ser Cys Arg Gln Cys Met Arg Leu 120Ser Lys Cys Gly Pro Gly Phe Gly Val Ala Ser Ser Arg Ala Pro 135Asn Gly Asn Val Leu Cys Lys Ala Cys Ala Pro Gly Thr Phe Ser 150Asp Thr Thr Ser Ser Thr Asp Val Cys Arg Pro His Arg Ile Cys 165Ser Ile Leu Ala Ile Pro Gly Asn Ala Ser Thr Asp Ala Val Cys 180Ala Pro Glu Ser Pro Thr Leu Ser Ala Ile Pro Arg Thr Leu Tyr 195Val Ser Gln Pro Glu Pro Thr Arg Ser Gln Pro Leu Asp Gln Glu 210Pro Gly Pro Ser Gln Thr Pro Ser Ile Leu Thr Ser Leu Gly Ser 225Thr Pro Ile Ile Glu Gln Ser Thrを有するタンパク質;および(c)(a)または(b)のアミノ酸配列から1つまたはそれ以上のアミノ酸残基が削除,追加もしくは置換によって変化したアミノ酸配列を有し,かつ,TNF結合活性を有するタンパク質。
・【請求項2】上記タンパク質が(a)または(b)から選択される,請求項1に記載の哺乳類組換えTNF-Rタンパク質。
(3) 延長登録出願の理由となる処分の内容薬事法第14条1項に規定する医薬品に係る同法23条において準用する同法14条1項に基づく下記承認処分(以下「本件処分」という。甲30)記ア 承認番号 21700AMY00005000イ 処分の対象となった物エタネルセプトウ 処分対象となった物について特定された用途関節リウマチ(既存治療で効果不十分な場合に限る)エ 処分を受けた日平成17年1月19日(4) 審決の内容ア審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その理由の要点は,延長が認められるためには,政令で定める処分の範囲(物と用途)と延長登録出願の対象である特許発明の範囲(物と用途)とが重複していることが必要であるとした上,本件処分の対象となった物である「エタネルセプト」は本件発明(請求項1)に含まれないから,本件発明の実施に本件処分が必要であったとは認められない(特許法67条の3第1項1号),というものである。
イなお,審決は,本件発明と「エタネルセプト」には,次の相違点があるとした。
【相違点1】請求項1記載の配列におけるアミノ酸配列番号55のアミノ酸が「セリン」であるのに対して,エタネルセプトのそれに対応するアミノ酸配列番号77のアミノ酸は「アラニン」である点。
【相違点2】エタネルセプトのヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドに相当するアミノ酸配列番号258〜489のペプチドが請求項1に明示的に記載されていない点。
【相違点3】エタネルセプトのアミノ酸配列番号186〜257のペプチドが請求項1に明示的に記載されていない点。
(5) 審決の取消事由しかしながら,審決が,「エタネルセプトのヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドに対応するポリペプチドに相当するアミノ酸配列番号258〜489のペプチドが請求項1に明示的に記載されていない点」を【相違点2】とした上で,「…本件特許の請求項1に係る発明は上記相違点2においてエタネルセプトに関連するものではないといえる。」(10頁12行〜13行)とした審決の判断は,次のとおり誤りである。
ア本件特許明細書(甲6)には「…欠失変異体の特定指示がない場合には,用語TNF-RはTNF-Rの生物学的活性を有する変異体および類縁体を含めて,あらゆる形態のTNF-Rを意味する。」(段落【0014】)と記載されており,TNF-Rタンパク質にはその類縁体も含まれ得る。すなわち,本件特許の請求項1に記載される「TNF-Rタンパク質」には,TNF-R活性を有するタンパク質に加え,それ以外のポリペプチド等の化学成分が含まれていてもよいことになる。この点は審決も認めており(5頁30行〜33行),当事者間に争いはない。
問題は,「TNF-R活性を有するタンパク質以外のポリペプチド等の化学成分」に,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドが含まれるか否かである。
そこで,以下,「TNF-R活性を有するタンパク質以外のポリペプチド等の化学成分」の意義について検討し(下記イ及びウ),ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドがこれに含まれること(下記エ),エタネルセプトは,本件特許の請求項1の「TNF結合活性を有するTNF-Rタンパク質」に該当すること(下記オ)を述べる。
イ「TNF-R活性を有するタンパク質以外のポリペプチド等の化学成分」にいう「化学成分」とは,TNF-R活性を有するタンパク質の生物学的活性を保持することができる化学成分を意味する。
(ア)本件特許の請求項1の「TNF-Rタンパク質」は「TNF結合活性を有する」ものでなければならない。この「TNF結合活性」の意義について,本件特許明細書(甲6)には,以下のように「生物学的に活性」との関係で記載されており,「生物学的に活性」の一つとして定義されている。なお,「生物学的に活性」とTNF-R活性とは同義である。
「TNFレセプターの特性として明細書全体を通して用いられる"生物学的に活性"とは,特定の分子が検出可能な量のTNFを結合でき,TNF刺激を例えばハイブリッドレセプター構築物の一成分として細胞に伝達でき,または天然(つまり非組換え体)源からのTNF-Rに対して誘導された抗TNF-Rと交差反応できるように,ここに開示した本発明の具体例と十分なアミノ酸配列類似性を共有することを意味する。」(段落【0019】)(イ)してみると,請求項1の「TNF結合活性を有するTNF-Rタンパク質」とは,TNF-R活性を有するポリペプチド及びこのポリペプチドに付加される「化学成分」からなるのであるから,「化学成分」とは,TNF-R活性を有するポリペプチドに付加されても,そのTNF-R活性を阻害しない機能を有する化学成分を意味すると解される。
ウ「TNF-R活性を有するタンパク質以外のポリペプチド等の化学成分」にいう「化学成分」は「低分子量」のものに限られない。
(ア)「TNF-R活性」を有するタンパク質に付加することができる化学成分の意義に関し,審決は,「…本発明の範囲内のTNF-R誘導体として記載されているものは,いずれも,TNF-RタンパクまたはTNF-R活性を有するその断片ペプチドを所望の構造形態(酸性,塩基性塩あるいは中性の形)としたり,TNF-Rポリペプチド自体の精製,同定やアッセイを容易にするために標識となるTNF-Rポリペプチドに比して相対的に低分子量の化学成分(グリコシル基,脂質,ホスフェート,アセチル基,ポリ-His,ペプチドAsp-Tyr-Lys-Asp-Asp-Asp-Asp-Lys等)を付加する,あるいはTNF-Rポリペプチドをイムノアッセイ用の試薬やアフィニティ精製用の結合剤として使用するために,TNF-Rポリペプチドに支持体との架橋のための低分子量の化学成分(M-マレイミドベンゾイルスクシンイミドエステル等)を付加するものである。」(9頁16行〜26行)と述べて,「TNF-R活性」を有するタンパク質に付加することができる化学成分は「低分子量」のものに限定されると認定した。
しかし,以下に述べるとおり,この審決の認定は誤りである。
(イ)本件特許請求の範囲の記載には「化学成分」の意義を分子量により限定する記載はない。
本件特許請求の範囲請求項1,2の記載は,前記第3,1(2)のとおりであり,その記載からは,TNF-R活性を有するポリペプチドに付加することができる「化学成分」の意義を分子量により限定解釈することはできない。
(ウ)本件特許明細書の「発明の詳細な説明」にも「化学成分」の意義を分子量により限定する記載はない。
a本件特許明細書(甲6)には,TNF-R活性を有するタンパク質に付加することができる「化学成分」を分子量により限定する記載はない。
bこの点に関し,上記(ア)のとおり,審決は,本件特許明細書に記載された具体的な化学成分(グリコシル基,脂質,ホスフェート,アセチル基,ポリ-His,ペプチドAsp-Tyr-Lys-Asp-Asp-Asp-Asp-Lys等,及びM-マレイミドベンゾイルスクシンイミドエステル等)は,いずれも低分子量の化学成分であるとして,TNF-R活性を有するタンパク質に付加することができる「化学成分」として許容されるのは「低分子量」の化学成分のみであると認定している。
cしかし,審決が指摘する箇所(審決7頁7行〜8頁12行)は,以下のとおり,いずれも例示に過ぎない(例示であることを示す部分に下線を付した)。
・ 「(イー1)本発明の範囲内のTNF-R誘導体には,生物学的活性を保持するいろいろな構造形態の一次蛋白が含まれる。イオン化可能なアミノ基およびカルボキシル基が存在するために,例えば,TNF-R蛋白は酸性または塩基性塩の形をとることができ,また中性の形であってもよい。さらに,個々のアミノ酸残基は酸化または還元によって修飾されてもよい。
一次アミノ酸構造は,他の化学成分(例えば,グリコシル基,脂質,ホスフェート,アセチル基)との共有結合複合体または集合複合体を形成するか,あるいはアミノ酸配列変異体を形成することにより修飾される。共有結合誘導体は特定の官能基をTNF-Rアミノ酸側鎖に,あるいはNまたはC末端に結合させることによって作られる。(段落0030,0031)」・ 「(イ-2)本発明の範囲内の他のTNF-R誘導体には,N末端またはC末端融合体として組換え体の培養により合成されるような,TNF-Rまたはその断片と他の蛋白またはポリペプチドとの共有結合もしくは集合複合体が含まれる。例えば,結合されるペプチドは翻訳と同時にまたは翻訳後に蛋白をその合成部位から細胞膜または細胞壁の内側もしくは外側の機能部位へ移動させる蛋白のN末端領域にあるシグナル(またはリーダー)ポリペプチド配列(例.酵母α-因子リーダー)でありうる。
TNF-R蛋白融合体はTNF-Rの精製または同定を容易にするために付加されたペプチド(例.ポリ-His)を含むことができる。また,TNFレセプターのアミノ酸配列はペプチドAsp-Tyr-Lys-Asp-Asp-Asp-Asp-Lys(DYKDDDDK)に結合させてもよい(Hopp et al., Bio/Technology 6:1204,1988)。後者の配列は高度に抗原性があり,特異的モノクローナル抗体が可逆的に結合するエピトープを提供して,発現された組換え蛋白の迅速なアッセイおよび容易な精製を可能にする。この配列またはAsp-Lys対のすぐ後の残基でウシ粘膜エンテロキナーゼにより特異的に切断される。このペプチドでキャップされた融合蛋白は,E.Coliによる細胞内分解に抵抗するだろう。(段落0031)」・ 「(イ-3)また,TNF-R誘導体は免疫原,レセプターに基づくイムノアッセイ用の試薬,またはTNFや他の結合リガンドのアフィニティー精製用の結合剤として使用される。TNF-R誘導体はシステインおよびリシン残基にM-マレイミドベンゾイルスクシンイミドエステルおよびN-ヒドロキシスクシンイミドのような作用物質を架橋することによっても得られる。また,TNF-R蛋白は反応性側基を介して臭化シアン活性化,ビスオキシラン活性化,カルボニルジイミダゾール活性化またはトシル活性化アガロース構造物のような種々の不溶性支持体へ共有結合で結合させることができ,あるいはポリオレフィン表面(グルタルアルデヒド架橋を含むまたは含まない)へ吸着させることもできる。ひとたび支持体に結合されると,TNF-Rは抗TNF-R抗体またはTNFを(アッセイや精製の目的で)選択的に結合させるべく用いられる。(段落0032)」dしたがって,審決は,本件特許明細書に例示として記載されているに過ぎない具体的な化学成分をもって,TNF-R活性を有するタンパク質に付加することができる「化学成分」の意義を限定して解釈しているに過ぎず,このような解釈は誤りである。
(エ)本件特許明細書(甲6)には,「化学成分」としてエタネルセプトよりも大きな化学成分を付加できることが明記されている。
a本件特許明細書には,「本発明の範囲内のTNF-R誘導体には,生物学的活性を保持するいろいろな構造形態の一次蛋白が含まれる」(段落【0030】)と明記されており,TNF-R活性を有するタンパク質に付加することができる「化学成分」は,分子量により限定されるものではないとするのが明細書の素直な解釈である。
b加えて,本件特許明細書には,以下のような記載もある。
「また,TNF-R誘導体は免疫原,レセプターに基づくイムノアッセイ用の試薬,またはTNFや他の結合リガンドのアフィニティー精製用の結合剤として使用される。TNF-R誘導体はシステインおよびリシン残基にM-マレイミドベンゾイルスクシンイミドエステルおよびN-ヒドロキシスクシンイミドのような作用物質を架橋することによっても得られる。また,TNF-R蛋白は反応性側基を介して臭化シアン活性化,ビスオキシラン活性化,カルボニルジイミダゾール活性化またはトシル活性化アガロース構造物のような種々の不溶性支持体へ共有結合で結合させることができ,あるいはポリオレフィン表面(グルタルアルデヒド架橋を含むまたは含まない)へ吸着させることもできる。」(段落【0032】)c上記bの記載は,本件特許明細書における「蛋白および類縁体」(本件特許明細書の段落【0028】〜【0042】),すなわち本件特許発明の範囲に含まれるTNF-R誘導体について説明された箇所における記載であることから,ここであげられたTNF-R誘導体も本件特許発明の範囲内に含まれると解される。
しかるところ,ポリオレフィンは分子量が数万程度のものから約100万のものも汎用されている(特公平1-18100号公報[甲18]5欄11行〜17行)から,本件特許明細書の上記記載は,TNF-R活性を有するタンパク質に付加することができる「化学成分」には,エタネルセプトよりも大きな化学成分が含まれることを示している。
dまた,本件特許明細書には,以下のような記載もある。
「TNF-Rの1価形態および多価形態は両方とも本発明の組成物および方法において有用である。多価形態はTNFリガンドの結合部位を複数もっている。例えば,2価の可溶性TNF-Rはリンカー領域によって隔てられた第2A図のアミノ酸1-235の直列反復から成っている。また,別の多価形態は,例えば,TNF-Rを臨床的に許容しうる担体分子(フィコール,ポリエチレングリコールまたはデキストランより成る群から選ばれるポリマー)に通常のカップリング技術を使って化学的にカップリングすることにより構築できる。別法として,TNF-Rはビオチンに化学的にカップリングすることができ,その後ビオチン-TNF-R複合体をアビジンに結合させて,4価のアビジン-ビオチン-TNF-R分子を得ることができる。TNF-Rはさらにジニトロフェノール(DNP)またはトリニトロフェノール(TNP)に共有結合でカップリングさせ,生成した複合体を抗DNPまたは抗TNF-IgMで沈澱させて,10価のTNF-R結合部位をもつデカマー複合体を形成することができる。」(段落【0041】)e上記dの記載も,本件特許明細書における「蛋白および類縁体」(本件特許明細書の段落【0028】〜【0042】),すなわち本件特許発明の範囲に含まれるTNF-R誘導体について説明された箇所における記載であることから,TNF-Rの多価形態も本件特許発明の範囲内のTNF-R誘導体と解される。
したがって,多価形態を構築するために用いられる担体分子も,TNF-R活性を有するタンパク質に付加される「化学成分」に含まれると解されるが,本件特許明細書では,上記のとおり,このような「化学成分」として,フィコール,ポリエチレングリコール,デキストラン及びアビジンが挙げられている。
フィコールは分子量が約40万(特公平1-17111号公報[甲16]1欄22行〜23行),ポリエチレングリコールの分子量は2万から200万以上(特公昭61-21151号公報[甲17]3欄40行〜4欄4行),デキストランは分子量が数十万(特公平1-17111号公報[甲16]8欄11行〜13行),アビジンは分子量が約6.8万(「岩波生物学辞典第3版」1984年[昭和59年]4月20日株式会社岩波書店発行[甲13]18頁)である。これに対し,エタネルセプトは単量体が467アミノ酸である二量体(分子量:約15万)からなり,その単量体の分子量は約7.5万であるから,本件特許明細書の上記記載は,TNF-R活性を有するポリペプチドに付加することができる「化学成分」には,エタネルセプトよりも大きな化学成分が含まれることを具体的に示している。
また,「TNF-Rの多価形態」とは,TNF-Rポリペプチドが二つ以上結合したものであるから,この記載も「化学成分」にはTNF-R活性を有するポリペプチドよりも大きな分子が含まれることを示すものである。
fさらに,本件特許明細書には,TNF-R活性を有するタンパク質に付加される「化学成分」たるポリペプチドについても,以下のような記載がある。
・「…本発明の範囲内の他のTNF-R誘導体には,N末端またはC末端融合体として組換え体の培養により合成されるような,TNF-Rまたはその断片と他の蛋白またはポリペプチドとの共有結合もしくは集合複合体が含まれる。」(段落【0031】)・「…免疫グロブリン分子重鎖および軽鎖のいずれか一方または両方の可変部ドメインの代わりにTNF-R配列を有しかつ未修飾不変部ドメインを有する組換えキメラ抗体分子を作ることができる。
例えば,キメラTNF-R/IgG1は,2つのキメラ遺伝子--TNF-R/ヒトκ軽鎖キメラ(TNF-R/Cκ)およびTNF-R/ヒトγ 重鎖キメラ(TNF-R/Cγ )から作られる。21 -1つのキメラ遺伝子の転写・翻訳後に,これらの遺伝子産物は2価のTNF-Rをもつ単一のキメラ抗体分子に組み立てる。(段落【0042】)g上記fの記載のように,TNF-R活性を有するタンパク質に付加することができる「化学成分」にはポリペプチドも含まれ,本件特許明細書の記載によれば,この「化学成分」として付加され得るポリペプチドも,以下に述べるとおり低分子量のものには限定されていない。
(a)本件特許の分割後の原特許(特許第2721745号,乙1。
発明の詳細な説明の記載は本件特許と同じである。)における延長登録出願不服審判事件(不服2007-34678号)の審決(甲21,8頁14行〜20行)も述べるように,本件特許明細書における「ポリペプチド」と「タンパク質」との表現の差異により,実質的な差異が生じるものではない。
(b)もっとも,本件特許明細書には「低分子量(約10残基以下)ポリペプチド」との記載がある(段落【0070】)。このように,本件特許明細書において低分子量のポリペプチドが意図される場合には,特に「低分子量(約10残基以下)」との限定が付されているのであるから,ポリペプチドについてそのような限定がない場合には,分子量による限定は意図されていないと解される。
(c)してみれば,TNF-R活性を有するタンパク質に付加することができる「化学成分」たるポリペプチドに関し,本件特許明細書にはこのような限定が付されていないことから,当該ポリペプチドは「低分子量」のものには限られないことになる。
h以上の本件特許明細書の記載に照らすと,本件特許において,TNF-R活性を有するタンパク質に付加される「化学成分」は分子量によって限定されるものではない。これを「低分子量」に限られるとした審決の認定は誤りである。
エ「TNF-R活性を有するタンパク質以外のポリペプチド等の化学成分」にいう「化学成分」にはヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドも含まれる。
(ア)エタネルセプトそのものが生物学的に活性であり,Fc領域がTNF-R活性を阻害するものではないことはエタネルセプトの存在自体から明らかである。
そして,前記ウのとおり,TNF-R活性を有するタンパク質に付加される「化学成分」たるポリペプチドは分子量によって限定されるものではなく,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドがTNF-Rポリペプチドと同程度の大きさであったとしても,これを理由に「化学成分」から排除されることはない。
したがって,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドは,「化学成分」に含まれる。
(イ)また,本件特許明細書(甲6)では,TNF-R活性を有するタンパク質に付加されうる「化学成分」として,「臨床的に許容しうる担体分子」が挙げられている(段落【0041】)。
ヒト免疫グロブリンG1のFc領域は,通常でも人体に豊富に存在する物質であり,ヒト免疫グロブリンは臨床応用されていたことから,本件特許優先日前の当業者は,ヒト免疫グロブリンのFc領域が「臨床的に許容しうる」ことを理解していた(A作成の鑑定意見書[甲9]7頁6行〜12行)。そして,本件優先日前において,ヒト免疫グロブリンのFc領域は,多価形態の形成を媒介しうること,すなわち担体分子として機能することが知られていた(上記鑑定意見書[甲9]6頁,William E. Paul「FUNDAMENTAL IMMUNOLOGY SECOND EDITION」1989年[平成元年]発行[甲19]211頁27行〜40行)。してみると,ヒト免疫グロブリンのFc領域は,TNF-Rの多価形態の形成を媒介する「臨床的に許容しうる担体分子」に該当するといえる。
したがって,本件優先日前の当業者は,ヒト免疫グロブリンのFc領域はTNF-R活性を有するタンパク質に付加しうる「化学成分」に含まれると理解する。
(ウ)本件特許明細書(甲6)では,TNF-R活性を有するポリペプチドに付加される「化学成分」を含むポリペプチドには,「N末端またはC末端融合体として組換え体の培養により合成されるような,TNF-Rまたはその断片と他の蛋白またはポリペプチドとの共有結合もしくは集合複合体が含まれる」ことが明記されている(段落【0031】)。
このような融合タンパク質の製造に関する周知技術として,本件優先日当時,例えば,中嶋暉躬ほか編「新基礎生化学実験法7遺伝子工学」昭和63年1月30日丸善株式会社発行(甲14)が一般的教科書として知られていた。この教科書の128頁〜129頁に「6発現プラスミドによる生産,6.1.3直接発現生産と融合タンパク質発現生産」との項があり,そこでは,β-ガラクトシダーゼタンパク質との融合タンパク質等を製造する方法が記載されている。ここで例示されているβ-ガラクトシダーゼは,分子量が約11万6000という大きなものである(今堀和友・山川民夫監修「生化学辞典」1986年[昭和61年]3月1日株式会社東京化学同人第5刷発行[甲15]270頁。
なお,甲15には四量体の分子量が46万5400とあるため,これを4で割ると約11万6000になるものである)。このような融合タンパク質の製造において目的とするタンパク質に付加される1成分の例として,分子量が約4.1万のマルトース結合タンパク質(特開昭64-20094号公報[甲11]8頁左上欄12行〜14行)及び分子量が約5万のTy-VLP(Michael H.Malimほか「The production ofhybrid Ty:IFN virus-like particles in yeast」1987年[昭和62年][甲12]7571頁下11行〜下10行)といった巨大なポリペプチドも知られていた。そして,Andre Trauneckerほか「Highlyefficient neutralization of HIV with recombinant CD4-immunoglobuiin molecules」1989年(平成元年)5月4日(甲3)68頁FIG.1,69頁左欄1行〜28行の記載を考慮すると,Fc領域は,融合タンパク質を製造するためのペプチドとして可能な代替物として使用されうるものであり,本件特許明細書のTNF-R誘導体に付加されうるポリペプチドの範囲にあるというべきである。
したがって,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドは,TNF-R活性を有するタンパク質に付加することができるポリペプチド等の「化学成分」の範囲に包含されるといえる。
(エ)前記ウ(エ)d,eのとおり,TNF-Rの多価形態も本件特許発明の範囲内のTNF-R誘導体と解され,多価形態を構築するために用いられる抗体分子も,TNF-R活性を有するタンパク質に付加される「化学成分」に含まれると解される。
そして,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドは,多価形態を構築するために用いられる担体分子として利用することが可能である(上記甲3,甲11,甲12,A作成の鑑定意見書[甲9]6頁)。実際,エタネルセプトは,「医薬品インタビューホーム『エンブレル』」平成20年7月(甲20)の5枚目「3.構造式又は示性式」欄に「ヒトIgG1のFc領域と分子量75kDa(p75)のヒト腫瘍壊死因子?型受容体(TNFR-?)の細胞外ドメインのサブユニット二量体からなる糖蛋白質」とあるように,TNF-Rタンパク質の二量体(二価体)である。これは,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域を介して二価体が形成されているものと解される。
したがって,エタネルセプトにおいては,本件特許明細書に開示されたキメラ抗体を製造する場合と同様に,多価形態を構築する目的で,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドが使用されているといえる。
してみると,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドと融合したTNF-Rは,「TNF-Rポリペプチドに包含される多価形態」に該当するから,本件特許明細書における「化学成分」には,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドが包含されているといえる。
オエタネルセプトは,本件特許の請求項1の「TNF結合活性を有するTNF-Rタンパク質」に該当する。
以上のとおり,本件特許において,TNF-R活性を有するタンパク質に付加することができるポリペプチド等の「化学成分」は分子量による限定を受けることはなく,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドも含まれる。
そして,エタネルセプトは,?TNF-Rの一つであるp75の細胞外ドメイン領域に対応するタンパク質及び?ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドの共有結合複合体であることから,本件特許の請求項1の「TNF-Rタンパク質」に該当する。
さらに,エタネルセプトには,TNF-Rの細胞外ドメイン領域に対応するタンパク質が含まれていることから,TNF-Rの結合機能を保持する。そして,エタネルセプトは,このTNF-Rの結合機能により,関節リウマチに対する治療薬としての薬効を有し,医薬品としての承認を受けている。すなわち,TNF-Rの結合機能は,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドによって阻害されておらず,エタネルセプトは「TNF結合活性」を有する。
したがって,エタネルセプトは,本件特許の請求項1の「TNF結合活性を有するTNF-Rタンパク質」に該当するため,「エタネルセプトのヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドに対応するポリペプチドに相当するアミノ酸配列番号258〜489のペプチドが請求項1に明示的に記載されていない点」を【相違点2】とした上で,「…本件特許の請求項1に係る発明は上記相違点2においてエタネルセプトに関連するものではないといえる。」(10頁12行〜13行)とした審決の判断は誤りである。
2請求原因に対する認否請求原因(1)〜(4)の各事実は認めるが,(5)は争う。
3被告の反論(1) 取消事由イの主張に対し本件特許の請求項1の「TNF結合活性を有するTNF-Rタンパク質」という要件は,TNF-R活性を有するポリペプチドに付加されたとき,そのTNF-R活性を阻害するようなものは,「TNF結合活性を有するTNF-Rタンパク質」を構成する「化学成分」には相当しないということを意味するものではあるが,TNF-R活性を阻害しない機能を有する化学的な成分であれば直ちに,上記の請求項1の「TNF結合活性を有するTNF-Rタンパク質」を構成する「化学成分」に該当するということを意味するものではない。
当該「化学成分」に相当するというためには,TNF-R活性を有するポリペプチドに付加されたとき,そのTNF-R活性を阻害しない機能を有するとともに,当該「化学成分」が満たすべき他の要件,すなわち,以下の(2)〜(4)において反論するとおり,TNF-Rポリペプチドに比して相対的に低分子量の化学成分であるものでなければならない。
したがって,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドが,「TNF-R活性を阻害しない機能を有する」ものであるとしても,このことをもって,直ちに,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドが,「ポリペプチドに付加される『化学成分』」であるとはいえない。
(2) 取消事由ウの主張に対しア「本発明の範囲内のTNF-R誘導体」として本件特許明細書に記載されているものは,いずれも,TNF-RタンパクまたはTNF-R活性を有するその断片ペプチドを所望の構造形態(酸性,塩基性塩あるいは中性の形)としたり,TNF-Rポリペプチド自体の精製,同定やアッセイを容易にするために標識となるTNF-Rポリペプチドに比して相対的に低分子量の化学成分(グリコシル基,脂質,ホスフェート,アセチル基,ポリ-His,ペプチドAsp-Tyr-Lys-Asp-Asp-Asp-Asp-Lys等)を付加する,あるいはTNF-Rポリペプチドをイムノアッセイ用の試薬やアフィニティ精製用の結合剤として使用するために,TNF-Rポリペプチドに支持体との架橋のための低分子量の化学成分(M-マレイミドベンゾイルスクシンイミドエステル等)を付加するものであり,審決の「本発明の範囲内のTNF-R誘導体として記載されているものは,…TNF-Rポリペプチドに比して相対的に低分子量の化学成分…を付加するものである。」(9頁16行〜26行)との認定に誤りはない。
イ原告は,審決が指摘する箇所(審決7頁7行〜8頁12行)は,いずれも例示であり,本件特許請求の範囲にも,「発明の詳細な説明」にも,「化学成分」の意義を分子量により限定解釈する記載はないと主張しているが,「発明の詳細な説明」に開示されている種々の例示が,すべてTNF-Rポリペプチドに比して相対的に低分子量の化学成分であるのであるから,「化学成分」は「TNF-Rポリペプチドに比して相対的に低分子量の化学成分」を想定していると理解することは自然である。
ウ原告は,本件特許明細書(甲6)の段落【0032】の記載を根拠として,あたかも,本件特許明細書には,TNF-Rタンパク質が表面に吸着したポリオレフィンがTNF-R誘導体の例として記載されているように主張している。
しかし,本件特許明細書は,TNF-Rタンパク質が表面に吸着したポリオレフィンをTNF-R誘導体の例として記載するものではなく,TNF-R誘導体の使用形態の一つとして記載するものである。すなわち,原告の指摘した上記記載(段落【0032】)には「TNF-R誘導体は免疫原,レセプターに基づくイムノアッセイ用の試薬,またはTNFや他の結合リガンドのアフィニティー精製用の結合剤として使用される。」と記載されているように,TNF-R誘導体は免疫原,イムノアッセイ用の試薬,アフィニティー精製用の結合剤として使用されるものであり,「TNF-R蛋白は反応性側基を介して…種々の不溶性支持体へ共有結合で結合させることができ,あるいはポリオレフィン表面へ吸着させることもできる。」とあるように,TNF-R蛋白(TNF-R誘導体)を各種の不溶性の支持体に共有結合あるいは吸着により結合して不溶性とすることにより,免疫原,イムノアッセイ用の試薬,アフィニティー精製用の結合剤としての使用における操作性等を向上させるというものである。したがって,不溶性支持体であるポリオレフィンとして分子量が数万程度のものから約100万のものも汎用されていることをもって,本件特許明細書に「化学成分」としてエタネルセプトより大きな化学成分が記載されているということはできない。
エ原告は,「化学成分」としてエタネルセプトよりも大きな化学成分を付加できることが明記されているとして,本件特許明細書(甲6)の段落【0041】の記載を挙げている。
本件特許明細書は,「蛋白および類縁体」の前半(段落【0028】〜段落【0040】)にTNF-Rポリペプチドに「化学成分」を付加したTNF-R誘導体について記載されており,TNF-R誘導体とは別の範疇に属する物として「蛋白および類縁体」の後半(段落【0041】〜段落【0042】)にTNF-Rの多価形態について記載されている。本件特許の請求項1の発明は,上記前半の記載に基づくものである。上記後半の記載に基づいて,原特許出願の請求項7〜9には,生物学的に活性なTNF-RポリペプチドにIgG 分子の定常領域を機能的に結合させたも1のを含むキメラ分子をコードする単離された核酸配列の発明,請求項10には,キメラ分子をコードする核酸配列を有する組換えベクターの発明,請求項11には,そのベクターで形質転換または感染させた宿主細胞の発明,請求項12には,キメラ分子を製造する方法の発明,請求項13〜15には,キメラ抗体に関する発明が記載されている。このうち,原特許出願の請求項13(乙1,9欄)は,163個のアミノ酸配列を有する生物学的に活性な溶解性TNF-RポリペプチドとIgG 分子の定常領域は1別のもの,すなわち,「TNF-Rポリペプチド」は,TNF-Rの多価形態を含まないものとの前提で記載されている。そして,本件特許の請求項1の発明は,哺乳類組換えTNF-Rタンパク質であり,原特許の請求項13の「TNF-Rポリペプチド」とは末尾の表現が異なるが,タンパク質とは生物体の主要構成成分であり,約20種のL-α-アミノ酸(グリシンを含む)がペプチド結合により連結したポリペプチド鎖であり(今堀和友・山川民夫監修「生化学辞典(第2版)」1996年[平成8年]10月1日株式会社東京化学同人第7刷発行[乙2]810頁),ポリペプチド鎖の一種であるから,原特許出願の請求項13の「TNF-Rポリペプチド」が,TNF-Rの多価形態を含まない以上,同じ「発明の詳細な説明」の記載に基づく,同じ163個のアミノ酸配列を有する哺乳類組換えTNF-Rタンパク質の発明である本件特許の請求項1の「TNF-Rタンパク質」も,TNF-Rの多価形態を含まないことは明らかである。
なお,本件特許明細書の「発明の詳細な説明」には,TNF-Rポリペプチドとヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドとが結合したキメラ分子(エタネルセプトが含まれる)については,何ら記載されていない。
したがって,TNF-Rの多価形態が,本件特許の請求項1の「TNF-R誘導体」と解されるという原告の主張は誤りである。
TNF-Rの多価形態を構築するために用いられる担体分子は,TNF-R誘導体の構成成分,すなわち,TNF-Rポリペプチドに付加された「化学成分」には当たらず,フィコールの分子量が約40万,ポリエチレングリコールの分子量が2万から200万以上,デキストランの分子量が数十万,アビジンの分子量が約6.8万であることをもって,「化学成分」としてエタネルセプトよりも大きな化学成分を付加できることが明記されているということはできない。
オ原告は,TNF-R活性を有するタンパク質に付加される「化学成分」たるポリペプチドは低分子量のものに限定されないとして,本件特許明細書(甲6)の段落【0031】,【0042】の記載を挙げている。
上記エで述べたとおり,本件特許明細書の「蛋白および類縁体」には,TNF-R誘導体とTNF-Rの多価形態とは別の範疇に属する物として記載されているのであり,TNF-R誘導体であるTNF-Rと他の蛋白またはポリペプチドとの共有結合もしくは集合複合体の例示として,TNF-Rの多価形態である2価のTNF-Rをもつ単一のキメラ抗体分子が記載されているという原告の主張は誤りである。
本件特許明細書には,TNF-R誘導体であるTNF-Rと他の蛋白またはポリペプチドとの共有結合もしくは集合複合体について,原告の上記引用部分に続いて,「…例えば,結合されるペプチドは翻訳と同時にまたは翻訳後に蛋白をその合成部位から細胞膜または細胞壁の内側もしくは外側の機能部位へ移動させる蛋白のN末端領域にあるシグナル(またはリーダー)ポリペプチド配列(例.酵母α-因子リーダー)でありうる。TNF-R蛋白融合体はTNF-Rの精製または同定を容易にするために付加されたペプチド(例.ポリ-His)を含むことができる。また,TNF-Rレセプターのアミノ酸配列はペプチドAsp-Tyr-Lys-Asp-Asp-Asp-Asp-Lys(DYKDDDDK)に結合させてもよい(Hopp et al., Bio/Technology 6:1204, 1988)。後者の配列は高度に抗原性があり,特異的モノクローナル抗体が可逆的に結合するエピトープを提供して,発現された組換え蛋白の迅速なアッセイおよび容易な精製を可能にする。この配列はまたAsp-Lys対のすぐ後の残基でウシ粘膜エンテロキナーゼにより特異的に切断される。このペプチドでキャップされた融合蛋白は,E.coliによる細胞内分解に抵抗するだろう。」(段落【0031】)と記載されている。ここに例示されているものは,いずれもTNF-Rポリペプチドに比して相対的に低分子量のポリペプチドであり,2価のTNF-Rをもつ単一のキメラ抗体分子等は想定されていない。
カ原告は,本件特許明細書において低分子量のポリペプチドが意図される場合には,特に「低分子量(約10残基以下)」との限定が付されているのであるから,ポリペプチドについてそのような限定がない場合には,分子量による限定は意図されていないと解されると主張している。
本件特許明細書(甲6)には,「治療用途の場合,精製した可溶性TNF-R蛋白は,症状に適したやり方で処置するために患者(好ましくはヒト)に投与される。…通常,この種の組成物の調製はTNF-Rと緩衝剤,酸化防止剤(例.アスコルビン酸),低分子量(約10残基以下)ポリペプチド,蛋白,アミノ酸,炭水化物(グルコース,スクロース,デキストリンを含む),キレート剤(例.EDTA),グルタチオン,他の安定剤または賦形剤とを組み合わせることを必要とする。」(段落【0070】)と記載されているとおり,「低分子量(約10残基以下)ポリペプチド」という記載は,医療用途の場合に患者に投与される組成物の調製において,TNF-Rと組み合わされるポリペプチドに関する記載であり,TNF-Rに関する記載ではなく,この記載をもって,TNF-Rに関する記載において「低分子量」との限定がなければ,分子量による限定は意図されないと解されるということはできない。
(3) 取消事由エの主張に対しアヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドが,「TNF-R活性を阻害しない機能を有する」ものであるとしても,このことをもって,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドが,「ポリペプチドに付加される『化学成分』」であるとはいえないことは,前記(1)で反論したとおりである。
また,本件特許明細書(甲6)に「化学成分」として記載されているものは,「TNF-Rポリペプチドに比して相対的に低分子量の化学成分」であることは,前記(2)アで反論したとおりである。
イ前記(2)エで述べたとおり,本件特許明細書には,TNF-R誘導体とは別の範疇に属する物として「蛋白および類縁体」の後半(段落【0041】〜段落【0042】)にTNF-Rの多価形態について記載されている。
したがって,本件特許明細書に接した本件優先日前の当業者は,ヒト免疫グロブリンのFc領域は,多価形態の形成を媒介する「臨床的に許容しうる担体分子」に関連するものであると考えることはあるとしても,TNF-R活性を有するタンパク質に付加しうる「化学成分」に含まれるとは理解しない。
ウ本件特許明細書では,TNF-R活性を有するポリペプチドに付加される「化学成分」を含むポリペプチドについて,「…N末端またはC末端融合体として組換え体の培養により合成されるような,TNF-Rまたはその断片と他の蛋白またはポリペプチドとの共有結合もしくは集合複合体が含まれる」(段落【0031】)と記載されているが,この部分に続いて,具体的に記載されている他の蛋白またはポリペプチドは,前記(2)オのとおり,いずれもTNF-Rポリペプチドに比して相対的に低分子量のポリペプチドである。したがって,TNF-Rポリペプチドと同程度の大きさであるヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドは,TNF-R活性を有するタンパク質に付加することができるポリペプチド等の「化学成分」の範囲に包含されるといえない。
そして,この認定は,本件特許明細書の「本発明の範囲内のTNF-R誘導体」に関する「化学成分」という用語の意味についての本件特許明細書の記載に基づく認定であり,原告が主張するように「甲11,甲12,甲3を考慮すると,Fc領域は,融合タンパク質を製造するためのペプチドとして可能な代替物として使用されうるものである」かどうかにより,影響を受けるものではない。
エ上記ウと同じ理由により,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドは,TNF-R活性を有するタンパク質に付加することができるポリペプチド等の「化学成分」の範囲に包含されるといえない。
そして,この認定は,本件特許明細書の「本発明の範囲内のTNF-R誘導体」に関する「化学成分」という用語の意味についての本件特許明細書の記載に基づく認定であり,ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドが多価形態を構築するために用いられる担体分子として利用することが可能であるかどうかにより,影響を受けるものではない。
(4) 取消事由オの主張に対しエタネルセプトは,?TNF-Rの一つであるp75の細胞外ドメイン領域に対応するタンパク質及び?ヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドの共有結合複合体であるが,既に述べたとおり,本件特許の請求項1の「TNF-Rタンパク質」に該当するものでないことは明らかであるから,原告の主張は失当である。
第4当裁判所の判断1請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(延長登録出願の理由となる処分の内容),(4)(審決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。
2処分対象物「エタネルセプト」が本件発明(請求項1)に含まれないとした審決の判断の適否(1)前記第3,1(4)のとおり,審決は,平成17年1月19日になされた本件処分の対象となった物である「エタネルセプト」は本件発明(請求項1)に含まれないから,本件発明の実施に本件処分が必要であったとは認められない(特許法67条の3第1項1号)としたものであるが,原告はこれを争うので,以下検討する。
(2) 「エタネルセプト」の意義証拠(甲20)及び弁論の全趣旨によれば,本件処分の対象となった物である「エタネルセプト」は,次のような内容を有する医薬品であることが認められる。
ア・剤形エンブレル皮下注用25mg:凍結乾燥注射剤エンブレル皮下注25mgシリンジ0.5mL:水性注射剤・規格・含量エンブレル皮下注用25mg1バイアル中エタネルセプト(遺伝子組換え)25mg含有エンブレル皮下注25mgシリンジ0.5mL1シリンジ0.5mL中エタネルセプト(遺伝子組換え)25mg含有・一般名和名:エタネルセプト(遺伝子組換え)洋名:Etanercept(genetical recombination)[JAN]・製造・輸入製造承認年月日:エンブレル皮下注用25mg:2005承認年月日年1月19日薬価基準収載・エンブレル皮下注25mgシリンジ発売年月日0.5mL:2008年3月14日薬価基準収載年月日:エンブレル皮下注用25mg:2005年3月18日エンブレル皮下注25mgシリンジ0.5mL:2008年6月20日発売年月日:エンブレル皮下注用25mg:2005年3月30日エンブレル皮下注25mgシリンジ0.5mL:2008年6月30日・開発・製造・輸入・発売・製造販売元:ワイス株式会社提携・販売会社名販売:武田薬品工業株式会社イ開発の経緯についてみると,エンブレル(一般名:エタネルセプト)は,腫瘍壊死因子(Tumor Necrosis Factor:TNF)の可溶性レセプターが生体内でTNFの作用を抑制する役割を果たしていることに着目し,原告によって開発された完全ヒト型可溶性TNFα/LTαレセプター製剤である。
米国では1998年に,欧州では2000年以降抗リウマチ薬として順次承認され,2008年3月現在,凍結乾燥製剤として世界77の国又は地域で承認又は発売されている。また,25mgシリンジ製剤は,欧州(EU)では2006年9月26日に,米国では2007年2月1日に承認されている。
わが国においては,1999年より凍結乾燥製剤の開発を開始し,第?相試験で,わが国と米国での薬物動態が類似することを確認した。また,米国での第?相二重盲検比較試験と同様のプロトコールで実施したわが国での第?相用量反応試験で,米国での第?相二重盲検比較試験と有効性・安全性が類似したことから,わが国では第?相二重盲検比較試験を実施せず,既存治療で効果不十分な関節リウマチに対し,エタネルセプトとして10〜25mgを1日1回,週2回の皮下注射の用法・用量で,2005年1月に承認された。また,溶解操作が不要なキット製剤であるエンブレル皮下注25mgシリンジ0.5mLが2008年3月に承認された。
ウエタネルセプト「遺伝子組換え」[JAN]の構造式又は示性式は,ヒトIgG1のFc領域と分子量75kDa(p75)のヒト腫瘍壊死因子?型受容体(TNFR-?)の細胞外ドメインのサブユニット二量体からなる糖蛋白質である。
(3) 本件発明の意義本件発明(請求項1)の内容は,前記第3,1(2)のとおりであり,また,その特許明細書(甲6)の「発明の詳細な説明」には,次の記載がある。
ア 発明の属する技術分野「本発明は一般にサイトカインレセプターに関し,より詳細には腫瘍壊死因子レセプターに関する。」(段落【0001】)イ 課題を解決するための手段(ア) 定義・「本明細書中で用いる“TNFレセプター”および“TNF-R”なる用語は,天然哺乳類TNFレセプターアミノ酸配列に実質的に類似したアミノ酸配列を有し,かつTNF分子を結合することができる;細胞へのTNF分子の結合により開始される生物学的信号を伝達することができる;または天然(すなわち,非組換え)源由来のTNF-Rに対して誘導された抗TNF-R抗体と交差反応することができるという点で,以下で定義するように,生物学的に活性である蛋白を意味する。成熟全長ヒトTNF-Rは約80キロダルトン(kDa)の分子量をもつ糖蛋白である。本明細書全体を通して用いられる“成熟”なる用語は,天然遺伝子の全長転写物に存在しうるリーダー配列を欠いた形態で発現される蛋白を意味する。全長ヒトTNF-RをコードするcDNAでトランスフェクトしたCOS細胞を用いた実験により,TNF-Rは約5×10 M の見掛けKaで I-TNFαを9-1 125結合し,また約2×10 M の見掛けKaで I-TNFβを結合す9-1 125ることが判明した。“TNFレセプター”または“TNF-R”なる用語には,限定するものではないが,少なくとも20個のアミノ酸を有する天然蛋白の類縁体またはサブユニットであって,少なくともいくらかのTNF-Rと共通した生物学的活性を示すもの,例えばトランスメンブラン領域を欠く(従って細胞から分泌される)がTNFを結合する能力を保持する可溶性TNF-R構築物が含まれる。種々の生物学的に均等な蛋白およびアミノ酸類縁体は以下で詳しく述べることにする。」(段落【0013】)・「本明細書中で用いるTNF-R類縁体の命名法は,hu(ヒト)またはmu(マウス)が先行し,Δ(欠失を表す)とC末端アミノ酸の番号が後に続く蛋白(例.TNF-R)の慣例的な命名法に従う。
例えば,huTNF-RΔ235はC末端アミノ酸としてAsp を235もつヒトTNF-R(つまり,第2A図のアミノ酸1-235の配列をもつポリペプチド)を表す。ヒトまたはマウスの種指示がない場合には,TNF-Rは総称的に哺乳類TNF-Rを意味する。同様に,欠失変異体の特定指示がない場合には,用語TNF-RはTNF-Rの生物学的活性を有する変異体および類縁体を含めて,あらゆる形態のTNF-Rを意味する。」(段落【0014】)(イ) 蛋白および類縁体・「本発明は,単離された組換え哺乳類TNF-Rポリペプチドを提供する。本発明の単離TNF-Rポリペプチドは実質的に天然または内因性起源の他の汚染物質を含まず,生産プロセスの残留蛋白汚染を約1%より少ない量で含む。天然ヒトTNF-R分子はSDS-PAGEにより約80キロダルトン(kDa)の見掛け分子量をもつ糖蛋白として細胞リゼイトから回収される。本発明のTNF-Rポリペプチドには,天然パターンのグリコシル化結合が存在しなくてもよい。」(段落【0028】)・「本発明の哺乳類TNF-Rには,例えば霊長類,ヒト,マウス,イヌ,ネコ,ウシ,ヒツジ,ウマ,およびブタTNF-Rが含まれる。哺乳類TNF-Rは,哺乳類cDNAライブラリーからTNF-R cDNAを単離するためのハイブリダイゼーションプローブとしてヒトTNF-RDNA配列から誘導された一本鎖cDNAを使って,交差種ハイブリダイゼーションにより得ることができる。」(段落【0029】)・「本発明の範囲内のTNF-R誘導体には,生物学的活性を保持するいろいろな構造形態の一次蛋白が含まれる。イオン化可能なアミノ基およびカルボキシル基が存在するために,例えば,TNF-R蛋白は酸性または塩基性塩の形をとることができ,また中性の形であってもよい。さらに,個々のアミノ酸残基は酸化または還元によって修飾されてもよい。」(段落【0030】)・「一次アミノ酸構造は,他の化学成分(例えば,グリコシル基,脂質,ホスフェート,アセチル基)との共有結合複合体または集合複合体を形成するか,あるいはアミノ酸配列変異体を形成することにより修飾される。共有結合誘導体は特定の官能基をTNF-Rアミノ酸側鎖に,あるいはNまたはC末端に結合させることによって作られる。
発明の範囲内の他のTNF-R誘導体には,N末端またはC末端融合体として組換え体の培養により合成されるような,TNF-Rまたはその断片と他の蛋白またはポリペプチドとの共有結合もしくは集合複合体が含まれる。例えば,結合されるペプチドは翻訳と同時にまたは翻訳後に蛋白をその合成部位から細胞膜または細胞壁の内側もしくは外側の機能部位へ移動させる蛋白のN末端領域にあるシグナル(またはリーダー)ポリペプチド配列(例.酵母α-因子リーダー)でありうる。TNF-R蛋白融合体はTNF-Rの精製または同定を容易にするために付加されたペプチド(例.ポリ-His)を含むことができる。また,TNF-Rレセプターのアミノ酸配列はペプチドAsp-Tyr-Lys-Asp-Asp-Asp-Asp-Lys(DYKDDDDK)に結合させてもよい(Hopp et al., Bio/Technology6:1204, 1988)。後者の配列は高度に抗原性があり,特異的モノクローナル抗体が可逆的に結合するエピトープを提供して,発現された組換え蛋白の迅速なアッセイおよび容易な精製を可能にする。この配列はまたAsp-Lys対のすぐ後の残基でウシ粘膜エンテロキナーゼにより特異的に切断される。このペプチドでキャップされた融合蛋白は,E.coli による細胞内分解に抵抗するだろう。」(段落【0031】)・「また,TNF-R誘導体は免疫原,レセプターに基づくイムノアッセイ用の試薬,またはTNFや他の結合リガンドのアフィニティー精製用の結合剤として使用される。TNF-R誘導体はシステインおよびリシン残基にM-マレイミドベンゾイルスクシンイミドエステルおよびN-ヒドロキシスクシンイミドのような作用物質を架橋することによっても得られる。また,TNF-R蛋白は反応性側基を介して臭化シアン活性化,ビスオキシラン活性化,カルボニルジイミダゾール活性化またはトシル活性化アガロース構造物のような種々の不溶性支持体へ共有結合で結合させることができ,あるいはポリオレフィン表面(グルタルアルデヒド架橋を含むまたは含まない)へ吸着させることもできる。ひとたび支持体に結合されると,TNF-Rは抗TNF-R抗体またはTNFを(アッセイや精製の目的で)選択的に結合させるべく用いられる。」(段落【0032】)・「本発明はまた,天然パターンのグリコシル化結合を含むまたは含まないTNF-Rを包含する。酵母または哺乳類発現系(例.COS-7細胞)により発現されたTNF-Rは,発現系に応じて,天然分子と類似しているか,あるいは分子量およびグリコシル化パターンがわずかに異なる。E.coli のような細菌によるTNF-R DNAの発現は非グリコシル化分子をもたらす。不活性化Nグリコシル化部位をもつ哺乳類TNF-Rの機能的な変異類縁体は,オリゴヌクレオチドの合成および連結により,または特定部位の突然変異誘発法により作ることができる。これらの蛋白類縁体は,酵母発現系を使って,良好な収量で均質な還元炭水化物形態として生産される。真核生物蛋白のNグリコシル化部位はアミノ酸トリプレット:Asn-A -Z(こ1こで,A はPro以外のアミノ酸で,ZはSerまたはThrであ1る)により特徴づけられる。この配列において,アスパラギンは炭水化物の共有結合のための側鎖アミノ基を提供する。このような部位はAsnまたは残基Zを他のアミノ酸で置換するか,AsnまたはZを欠失させるか,あるいはA とZの間にZ以外のアミノ酸を,または1AsnとA の間にAsn以外のアミノ酸を挿入することにより排除1しうる。」(段落【0033】)・「さらに,TNF-R誘導体はTNF-Rまたはそのサブユニットの突然変異によっても得られる。本明細書中で述べるTNF-R変異体はTNF-Rに相同であるが,欠失,挿入または置換のために天然TNF-Rと相違するアミノ酸配列をもつポリペプチドである。」(段落【0034】)・「TNF-R蛋白の生物学的均等類縁体は,例えば残基または配列の各種置換をつくるか,あるいは末端残基,内部残基もしくは生物学的活性に必要でない配列を欠失させることにより構築できる。例えば,システイン残基を欠失させたり(例.Cys ),再生の際の不178必要なまたは不正確な分子内ジスルフィド橋の形成を防ぐために他のアミノ酸と置換させたりすることができる。その他の突然変異誘発法には,KEX2プロテアーゼ活性が存在する酵母系での発現を高めるための隣接二塩基性アミノ酸残基の修飾が含まれる。一般に,置換は保存的に行われるべきである;すなわち,最適な代替アミノ酸は置換しようとする残基の物理化学的特性と似通った特性をもつものである。同様に,欠失または挿入戦略を採用する場合,欠失または挿入が生物学的活性に与える影響を考慮すべきである。先に定義した実質的に類似したポリペプチド配列は,一般に同数のアミノ酸配列から成るが,可溶性TNF-Rを構築するためのC末端切断はより少ないアミノ酸配列を含むであろう。TNF-Rの生物学的活性を保持するために,欠失および置換は好ましくは相同なまたは保存的に置換された配列(すなわち,所定の残基が生物学的に類似した残基によって置換されることを意味する)をもたらすだろう。保存的置換の例には,ある細胞族残基の他の細胞族残基との置換(例えば,Ile,Val,Leu,またはAlaの互いとの置換),あるいはある極性残基の別の極性残基との置換(例えば,LysとArg;GluとAsp;またはGlnとAsn間の置換)が含まれる。その他のこのような保存的置換,例えば類似の疎水特性をもつ全領域の置換もよく知られている。さらに,ヒト,マウスおよび他の哺乳類TNF-R間の特定のアミノ酸の差異は,TNF-Rの本質的な生物学的活性を変えずに行うことのできる別の保存的置換を示唆している。」(段落【0035】)・「TNF-Rのサブユニットは末端または内部の残基もしくは配列を欠失させることにより構築される。特に好適な配列には,TNF-Rのトランスメンブラン領域および細胞内ドメインが培地へのレセプターの分泌を促すために欠失されたか,または親水性残基で置換されたものが含まれる。生成した蛋白はTNF結合能を保持する可溶性TNF-R分子と呼ばれる。特に好適な可溶性TNF-R構築物はTNF-RΔ235(第2A図のアミノ酸1-235の配列)であり,これはトランスメンブラン領域に隣接したAsp で終わるTNF-R235の全細胞外領域を含んでいる。追加のアミノ酸がTNF結合活性を保持しつつトランスメンブラン領域から欠失される。例えば,第2A図のアミノ酸1-183の配列から成るhuTNF-RΔ183,および第2A図のアミノ酸1-163の配列から成るTNF-RΔ163は,以下の実施例1で述べる結合検定を使って調べたとき,TNFリガンド結合能を保持している。しかし,TNF-RΔ142はTNFリガンド結合能をもっていない。これはCys とCys の一方ま157 163たは両方がTNF-Rの適切な折りたたみ(folding)のための分子内ジスルフィド橋の形成に必要であることを暗示している。可溶性TNF-RのTNF結合能に対して明らかな悪影響を及ぼすことなく欠失されたCys は,TNF-Rの適切な折りたたみに必要ではないら178しい。従って,C末端からCys までのいずれの欠失も生物学的に163活性な可溶性TNF-Rをもたらすことが期待される。本発明はCys 以後のアミノ酸で終わるTNF-Rの細胞外領域の全部または一163部に相当するこの種の可溶性TNF-R構築物を包含するものである。TNF-RΔ157のような他のC末端欠失物は,便宜上,TNF-R cDNAを適当な制限酵素で切断し,必要に応じて,合成オリゴヌクレオチドリンカーを用いて特定配列を再構築することにより作られる。その後,得られた可溶性TNF-R構築物は適当な発現ベクターに挿入して発現させ,実施例1に記載するようにTNF結合能を検定する。このような構築から得られた生物学的に活性な可溶性TNF-Rも本発明の範囲内に含まれるものである。」(段落【0036】)・「TNF-R類縁体の発現のために構築されたヌクレオチド配列中の突然変異は,もちろん,コード配列のリーディング・フレームを保持しなければならず,好ましくはレセプターmRNAの翻訳に悪影響を及ぼすループやヘアピンのような二次mRNA構造をもたらすようにハイブリダイズする相補領域を形成しないであろう。変異部位は前以て特定しうるが,突然変異の性質それ自体を予め決定することは必要でない。例えば,特定部位の突然変異体の最適性質を選ぶために,標的コドンでランダムな突然変異誘発を行い,発現されたTNF-R変異体を目的の活性についてスクリーニングすることができる。」(段落【0037】)・「TNF-Rをコードするヌクレオチド配列中のすべての変異が最終産物において発現されるわけではなく,例えば,発現を高めるために,主として転写されたmRNA中の二次構造ループを避けるために(欧州特許公開第75444A号参照),あるいは所定の宿主によって翻訳されやすいコドン(例.E.coli 発現の場合はよく知られたE.coli 優先コドン)を与えるために,ヌクレオチド置換が行われる。」(段落【0038】)・「突然変異は,天然配列の断片への連結を可能にする制限部位が両末端に存在する変異配列を含むオリゴヌクレオチドを合成することにより,特定の箇所に導入することができる。連結後に得られる再構築配列は目的のアミノ酸の挿入,置換または欠失を含む類縁体をコードする。」(段落【0039】)・「また,オリゴヌクレオチドにより誘導される特定部位の突然変異誘発法は,必要な置換,欠失,または挿入により変更された特定のコドンをもつ変異遺伝子を与えるために使用される。上記の変異を作る方法は,例えば,Walder et al.,(Gene 42:133, 1986);Bauer et al.,(Gene 37:73, 1985);Craik(BioTechniques,January 1985,12-19);Smith et al.,(Genetic Engineering: Principles andMethods,PlenumPress,1981);米国特許第4518584号および同第4737462号に記載されている。これらの文献は適切な技術を開示しており,参照によりここに引用される。」(段落【0040】)・「TNF-Rの1価形態および多価形態は両方とも本発明の組成物および方法において有用である。多価形態はTNFリガンドの結合部位を複数もっている。例えば,2価の可溶性TNF-Rはリンカー領域によって隔てられた第2A図のアミノ酸1-235の直列反復から成っている。また,別の多価形態は,例えば,TNF-Rを臨床的に許容しうる担体分子(フィコール,ポリエチレングリコールまたはデキストランより成る群から選ばれるポリマー)の通常のカップリング技術を使って化学的にカップリングすることにより構築できる。別法として,TNF-Rはビオチンに化学的にカップリングすることができ,その後ビオチン-TNF-R複合体をアビジンに結合させて,4価のアビジン-ビオチン-TNF-R分子を得ることができる。TNF-Rはさらにジニトロフェノール(DNP)またはトリニトロフェノール(TNP)に共有結合でカップリングさせ,生成した複合体を抗DNPまたは抗TNP-IgMで沈澱させて,10価のTNF-R結合部位をもつデカマー複合体を形成することができる。」(段落【0041】)・「また,免疫グロブリン分子重鎖および軽鎖のいずれか一方または両方の可変部ドメインの代わりにTNF-R配列を有しかつ未修飾不変部ドメインを有する組換えキメラ抗体分子を作ることができる。例えば,キメラTNF-R/IgG1は,2つのキメラ遺伝子--TNF-R/ヒトκ軽鎖キメラ(TNF-R/Cκ)およびTNF-R/ヒトγ 重鎖キメラ(TNF-R/Cγ)から作られる。2つのキ1 -1メラ遺伝子の転写・翻訳後に,これらの遺伝子産物は2価のTNF-Rをもつ単一のキメラ抗体分子に組み立てる。このようなTNF-Rの多価形態はTNFリガンドに対する結合親和性が増強される。この種のキメラ抗体分子の構築に関する細部は,国際出願WO89/09622および欧州特許第315062号に記載されている。」(段落【0042】)(4) 検討ア審決は,本件処分の対象となった物である「エタネルセプト」と本件発明との前記「相違点2」について,本件特許明細書(甲6)の段落【0013】・【0030】〜【0033】等を引用(6頁下4行〜8頁下9行)した上,「…本発明の範囲内のTNF-R誘導体として記載されているものは,いずれも,TNF-RタンパクまたはTNF-R活性を有するその断片ペプチドを所望の構造形態(酸性,塩基性塩あるいは中性の形)としたり,TNF-Rポリペプチド自体の精製,同定やアッセイを容易にするために標識となるTNF-Rポリペプチドに比して相対的に低分子量の化学成分(グリコシル基,脂質,ホスフェート,アセチル基,ポリ-His,ペプチドAsp-Tyr-Lys-Asp-Asp-Asp-Asp-Lys等)を付加する,あるいはTNF-Rポリペプチドをイムノアッセイ用の試薬やアフィニティ精製用の結合剤として使用するために,TNF-Rポリペプチドに支持体との架橋のための低分子量の化学成分(M-マレイミドベンゾイルスクシンイミドエステル等)を付加するものである。そうすると,TNF-Rポリペプチドと,232のアミノ酸からなり,TNF-Rポリペプチドをコードタンパク質-Rポリペプチドと同程度の大きさであるヒト免疫グロブリンG1のFc領域に対応するポリペプチドとの複合体であって,医薬の有効成分として機能するエタネルセプトが,上記の『本発明の範囲内のTNF-R誘導体』として開示されているものということはできない。」(9頁16行〜下7行)と判断している。
イしかしながら,審決の上記判断は,以下に述べる理由により,是認することができない。
(ア)本件特許請求の範囲「請求項1」は,前記第3,1(2)のとおりであって,ここでは,「TNF-Rタンパク質」について,審決が上記で判断しているような「TNF-RタンパクまたはTNF-R活性を有するその断片ペプチドを所望の構造形態としたり,TNF-Rポリペプチド自体の精製,同定やアッセイを容易にするために標識となるTNF-Rポリペプチドに比して相対的に低分子量の化学成分を付加する,あるいはTNF-Rポリペプチドをイムノアッセイ用の試薬やアフィニティ精製用の結合剤として使用するために,TNF-Rポリペプチドに支持体との架橋のための低分子量の化学成分を付加するもの」に限定する文言はない。
(イ)また,本件特許明細書(甲6)の「発明の詳細な説明」段落【0013】〜【0014】には,「定義」として,「…欠失変異体の特定指示がない場合には,用語TNF-RはTNF-Rの生物学的活性を有する変異体および類縁体を含めて,あらゆる形態のTNF-Rを意味する。」と記載されている上,審決が引用する段落【0030】〜【0033】の記載は,その記載内容からすると,例示であることは明らかである。
(ウ)さらに,本件特許明細書(甲6)の「発明の詳細な説明」段落【0041】には,「TNF-Rの1価形態および多価形態は両方とも本発明の組成物および方法において有用である。」,「別の多価形態は,例えば,TNF-Rを臨床的に許容しうる担体分子…の通常のカップリング技術を使って化学的にカップリングすることにより構築できる。」と記載され,段落【0042】には,「免疫グロブリン分子重鎖および軽鎖のいずれか一方または両方の可変部ドメインの代わりにTNF-R配列を有しかつ未修飾不変部ドメインを有する組換えキメラ抗体分子を作ることができる。」,「2つのキメラ遺伝子の転写・翻訳後に,これらの遺伝子産物は2価のTNF-Rをもつ単一のキメラ抗体分子に組み立てる。」と記載されているから,本件発明には,臨床的に許容しうる担体分子を含むTNF-Rタンパク質の二量体も含まれ,その担体分子として免疫グロブリン分子の未修飾不変部ドメインも含まれる。しかるところ,前記(2)のとおり,本件処分の対象となった物である「エタネルセプト」は,「ヒトIgG のFc領域と分子量75kDa(p75)1のヒト腫瘍壊死因子?型受容体(TNFR-?)の細胞外ドメインのサブユニット二量体からなる糖タンパク質」であり,甲9(東京大学大学院薬学系研究科教授 A作成の鑑定意見書)によれば,本件優先日当時(平成元年9月5日,平成元年9月11日,平成元年10月13日,平成2年5月10日),ヒトIgG のFc領域は,免疫グロブリン分子1の未修飾不変部ドメインに含まれるものであって,二量体を形成する役割を担い,臨床的に許容しうる担体分子であることが広く知られていたと認められることからすると,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)は,「エタネルセプト」について,前述した相違点2において本件発明と相違するものと理解するとは解されない。
(エ)そうすると,審決の上記判断は是認することができず,「エタネルセプト」は,相違点2において本件発明と相違するものということはできない。
ウ 被告の主張に対する補足的判断(ア)被告は,本件特許明細書(甲6)は,「蛋白および類縁体」の前半(段落【0028】〜段落【0040】)にTNF-Rポリペプチドに「化学成分」を付加したTNF-R誘導体について記載されており,TNF-R誘導体とは別の範疇に属する物として「蛋白および類縁体」の後半(段落【0041】〜段落【0042】)にTNF-Rの多価形態について記載されているところ,本件特許の請求項1の発明は,上記前半の記載に基づくものであると主張するが,本件特許明細書(甲6)の「発明の詳細な説明」では,段落【0028】〜段落【0040】と段落【0041】〜段落【0042】は,「蛋白および類縁体」の表題の下に連続して記載されており,段落【0041】にも「TNF-Rの1価形態および多価形態は両方とも本発明の組成物および方法において有用である。」と記載されている上,被告の主張を裏付ける技術常識が存するとも認められないから,段落【0041】〜段落【0042】も,本件発明に関する記載であるというべきである。
(イ)次に,被告は,原特許出願の請求項13(乙1,9欄)は,163個のアミノ酸配列を有する生物学的に活性な溶解性TNF-RポリペプチドとIgG 分子の定常領域は別のもの,すなわち,「TNF-Rポ1リペプチド」はTNF-Rの多価形態を含まないものとの前提で記載されている,と主張する。
しかし,原出願の明細書は,本件特許の明細書ではないのであるから,それから直ちに本件発明について解釈することができるものではない。
また,原特許出願の特許公報(乙1)によれば,特許請求の範囲「請求項1」には,163個のアミノ酸配列を有するTNF受容体(TNF-R)ポリペプチドが記載されており,「請求項13」には,163個のアミノ酸配列を有する生物学的に活性な溶解性TNF-RポリペプチドにIgG 分子の定常領域を機能的に結合させたものが記載されてい1るが,「請求項1」には,その「TNF-Rポリペプチド」に「163個のアミノ酸配列を有する生物学的に活性な溶解性TNF-RポリペプチドにIgG 分子の定常領域を機能的に結合させたもの」が含まれな1い旨の記載はない上,上記イ(イ)及び上記(ア)で述べたところは,原特許出願についても当てはまるから,「請求項1」の「TNF-Rポリペプチド」に「163個のアミノ酸配列を有する生物学的に活性な溶解性TNF-RポリペプチドにIgG 分子の定常領域を機能的に結合させ1たもの」が含まれないと解することはできない(この場合,「請求項1」と「請求項13」とでは「TNF-Rポリペプチド」の意味が一見異なることになるが,文言にとらわれることなく,発明の意義から理解すべきである。)。したがって,本件発明についても「TNF-Rタンパク質」にTNF-Rの多価形態を含まないと解することはできない。
(ウ)したがって,被告の上記主張を採用することはできない。
3結論以上によれば,原告主張の取消事由は理由がある。
よって,原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 森義之
裁判官 澁谷勝海