審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成12ネ159特許権侵害差止等請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成15ネ1223特許権侵害差止請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成20行ケ10478審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成12ネ2645各損害賠償請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成16ワ11060職務発明の対価請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 発明者 / 共同発明 / 上位概念 / 技術的範囲 / 発明の詳細な説明 / 化学構造 / 存続期間 / 対象製品 / 出願経過 / 参酌 / 置換 / 実施 / 加工 / 構成要件 / 具体的態様 / 差止請求(差止) / 侵害 / 損害額 / 逸失利益 / 販売数量(販売数) / 不法行為(民法709条) / 共同発明者 / 混同 / 請求の範囲 / 拡張 / 変更 / |
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事件 |
平成
12年
(ネ)
3624号
特許権侵害差止等請求控訴事件
平成 12年 (ネ) 4895号 同附帯控訴事件 |
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控訴人(附帯被控訴人、被告) バイエルメディカル株式会社 訴訟代理人弁護士 大場正成 同 尾崎英男 同 嶋末和秀 被控訴人(附帯控訴人、原告) テルモ株式会社 訴訟代理人弁護士 吉原省三 同 小松勉 同 三輪拓也 同 竹田吉孝 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2002/03/28 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 原判決中控訴人(附帯被控訴人)の敗訴部分を取り消す。 2 被控訴人(附帯控訴人)の本訴請求(当審で拡張したものを含む。)を棄却する。 3 訴訟費用は、第1、2審を通じ被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 控訴人(附帯被控訴人) 主文と同旨 2 附帯控訴人(被控訴人) (1) 原判決の主文第3項を次のとおり変更する。 控訴人(附帯被控訴人)は、被控訴人(附帯控訴人)に対し、金7億8397万8547円、及び 内金1億3700万円に対しては平成8年9月20日から、 内金4億2385万7771円に対しては平成11年8月30日から、 内金2億2312万0776円に対しては平成13年1月24日から、 各完済まで年5分の割合による金員を支払え。 (2) 仮執行宣言 |
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事案の概要
1 被控訴人(附帯控訴人、原告)は、発明の名称を「空気の除去および遮断機構付血液採取器」とする登録第1379423号の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許請求の範囲第1項記載の発明を「本件発明」という。)に基づき、控訴人(附帯被控訴人、被告)に対し、控訴人が輸入し販売する別紙目録記載の「血液ガス分析用動脈血採血器」(以下「被告製品」という。)が本件特許権を侵害すると主張して、被告製品の輸入及び販売の差止め、被告製品の廃棄並びに特許権侵害による損害賠償を請求した。 原判決は、被告製品が本件特許権を侵害するものであると判断して、被告製品の輸入及び販売の差止め請求並びに被告製品の廃棄請求を認容し、損害賠償請求につき被控訴人の請求を一部認容した。 これに対して、控訴人及び被控訴人からそれぞれ控訴及び附帯控訴がなされ、附帯控訴人は附帯控訴において、損害賠償請求につき附帯控訴の趣旨(1)項(前記第1の2(1))のとおり請求を拡張した。なお、本件特許権は、平成13年1月23日の経過をもって特許権存続期間の満了により消滅し、これに伴い、被控訴人は、被告製品の輸入、 販売の差止め及び廃棄請求につき訴えを取り下げたので、原判決の主文第1項及び第2項は失効した。したがって、当審においては損害賠償請求のみが審理の対象となる。 2 本件において前提となる事実は、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」の「一 争いのない事実等」に記載のとおり(ただし、原判決5頁1行の「有している。」を「有していた。」と改め、その後に「本件特許権は平成13年1月23日の経過をもって存続期間満了により消滅した。」を加入する。)であるから、これを引用する。 |
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当事者の主張
当事者の主張の要点は、当審における主張を以下に付加するほかは、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」欄及び「第三 争点及びこれに関する当事者の主張」欄に記載されたとおりである(ただし、原判決17頁8行の「血液の粘性を著しく高め」を「血液の粘性を高め」と改める。)から、これを引用する。 なお、当裁判所も、「本件明細書」、「被告製品」、「本件フィルター」、「CMC-Na」及び「被告CMC-Na」の語を、原判決の用法に従って用いる。「CMC-Na」は「カルボキシメチルセルロースナトリウム」の略称であり、「被告CMC-Na」とは「被告製品中のCMC-Na」である。 本件の主たる争点は、(1)被告製品中の本件フィルターが、本件発明の構成要件(三)「水膨潤性高分子材料を含有するフィルター部材であって、水膨潤性高分子材料の乾燥時には空気透過性を有し、水膨潤性高分子材料の膨潤時には気密性を有する部材を設け、」における「水膨潤性高分子材料の膨潤時には気密性を有する」の要件を充足するか否か、及び(2)被控訴人(附帯控訴人)の被った損害の額である。 1 構成要件(三)の充足性 【控訴人(附帯被控訴人)の主張】 (1) 「膨潤」の意味 「膨潤」は、原判決が認定したとおり(原判決28頁1、2行)、「固体が液体を吸収し、その構造組織を変化することなく、容積が増大すること」を意味する。 原判決は、「膨潤」の語を上記のとおり正しく定義しながら、一方で、「膨潤」には「水溶性高分子材料」が溶解に至る過程でその体積を増加させる現象が含まれると認定したが、これは、被控訴人が証拠として提出した文献中で用いられた「膨潤」の語の不正確な用例に依拠したことによるもので、原判決の認定した「膨潤」の定義に照らしても首尾一貫せず、誤った認定である。 水溶性高分子固体が溶解に至るまでの過程に関して「膨潤」という表現を用いた文献が多くあることは事実であるが、その時の物理的現象は、原判決の前記定義による「膨潤」と同じではなく、水溶性高分子鎖が固体粒子から離脱し、溶媒中に拡散する溶解の一過程に過ぎない。このような水溶性高分子物質の溶解の過程で起こる物理的現象(以下、便宜上「過渡的膨潤」と呼ぶことがある。)は、原判決の認定した「膨潤」の定義のうち、「固体が・・・その組織構造を変化することなく、容積が増大する」という定義に該当しない。 原判決は、水溶性高分子が溶解していく過程で高分子の表面層に生ずる膨潤類似の現象(溶媒の浸透により高分子鎖の絡みが緩む現象)と、語の真の意味における膨潤とを混同している。水溶性高分子の溶解時に高分子粒子の表面に形成される「膨潤」層は、溶媒の浸透層であり、高分子が表面から溶けていく過程を通じて「膨潤」層は同じ厚みのまま固体粒子の内側へと移動していくのである。その結果生じるのは、固体粒子の縮小であり、その逆(固体粒子の膨張)ではない。 (2) 「水膨潤性高分子材料」 本件発明の「水膨潤性高分子材料」は、「水溶性高分子材料」を含まない。 ア 「水膨潤性高分子材料」という語は、高分子材料が「水膨潤性」すなわち「非水溶性」であることを示すものであり、「水溶性」と「非水溶性」とは相排斥する概念であるから、語それ自体により「水溶性」高分子は除外されている。すなわち、親水性高分子には、水と接触すると高分子鎖の絡みが解けて水の中に分子鎖単位で拡散する(溶解する)ものと、逆にその高分子物質の網目構造の中に水分子を吸収し高分子物質の固体状態(形状と容積を有する)を維持したまま水を含んで膨張するものとがあり、後者が水膨潤性高分子である。もし、この区別をせずに、水溶性高分子は溶解過程で「膨潤」類似の現象を呈し、この段階を経てから溶解に至るという理由でこれらの水溶性高分子も水膨潤性高分子に含まれるとするなら、水溶性高分子はすべて水膨潤性高分子に含まれることになり、特許請求の範囲においてわざわざ「水膨潤性高分子」と特定した意味がなくなる(もともと両者を包含する「親水性高分子」等の上位概念で規定したのと同じことになり、結果として拡張解釈となる。)。 物質が水膨潤性高分子に属するかどうかは、その物質が水に接触して変化したときの最終的状態で決まるのであり、このことは物質の化学構造に由来する。水に溶解するまでの過渡的な現象(膨潤類似の現象)をとらえて「水膨潤性高分子」か否かを論ずることは誤りである。 本件発明は、フィルター部材の連通気孔を膨潤により閉塞するために、高い膨潤倍率を有する高吸水性樹脂を用いたものである(本件公報(甲2)12欄8行ないし14行参照)。このような高吸水性樹脂は、水溶性高分子の分子鎖間に架橋を施し、高分子鎖間が三次元的に相互に結合されて巨大分子を形成したもので、架橋によって水溶性物質が非水溶性となっている。「水膨潤性高分子材料」とは、水を巨大分子中に吸収して固体状態を維持したまま 体積を増大することのできる材料であり、必ず水不溶性である。 イ 「水膨潤性高分子材料」が「水溶性高分子材料」を含まないことは、以下の事実からも明らかである。 @ 本件発明と同じ共同発明者が発明し、被控訴人が出願した関連発明に係る米国特許第4617941号明細書(乙13の2、9欄43〜53行)では、本件明細書中の「フィルター部材9に含有される水膨潤性高分子材料」という記載に対応する記載が「The water insoluble but water-swellable polymeric material contained in the element 9(フィルター部材9に含有される、水不溶性であるが、水膨潤性の高分子材料)」という表現になっている。このように、発明者自身が水溶性のものを除く意味で「水膨潤性高分子材料」の語を使用しているのであるから、「水膨潤性高分子材料」が水溶性高分子を含まないことは明らかである。 A 本件発明の「水膨潤性高分子材料」は、血液(水分)と接触したときの膨潤によってフィルター部材内での「空気の遮断」、「気密性」を実現しなければならない。 本件明細書は、水膨潤性高分子材料について、「フィルター部材9に含有される水膨潤性高分子材料の膨潤度としては、常温〜体感温度にて、水と接触して、10分以内に自重の100〜1000倍に膨潤するものであることが望ましい。このような水膨潤性高分子材料としては、高吸水性樹脂として知られる種々のものを用いることができる。」(12欄8行ないし14行)と記載した上、好ましい具体的材料を例示している。高分子物質は分子鎖を架橋したものとそうでないものとでは水と接触したときの物性が全く違うところ、 例示された具体的材料は、膨潤度100〜1000倍のものの具体例として、しかも、高吸水性樹脂として挙げられているのであり、当然、上記のような高倍率の膨潤をする高吸水性樹脂は、すべて架橋されたものであり、水不溶性である。 B 文献には「膨潤」の定義はあっても、「水膨潤性高分子材料」を定義したものはない。意味が明確でない用語は、明細書の記載を参酌してその意味を確定すべきであり、 その場合、明細書に「水膨潤性高分子材料」として具体的に開示されたものに共通する物性に着目して、何が「水膨潤性高分子材料」かを定めるべきである。本件明細書を検討すると、「水膨潤性高分子材料」として例示されているのは「高吸水性樹脂」(水不溶性)であり、実施例で使用されているものも膨潤度が200倍、400倍、1000倍の水不溶性高分子であって、水溶性高分子や水溶性高分子の膨潤現象については一言の説明も示唆もない。したがって、「水膨潤性高分子」が「水溶性高分子」を含まないことは明らかである。 ウ 被控訴人は、本件明細書に例示された「好ましい具体的材料」には、高吸水性高分子だけでなく水溶性高分子があり、例えば例示物質のポリエチレンオキサイドは水溶性であるから、「水膨潤性高分子」は水溶性高分子も含むと主張する。しかし、水溶性高分子であっても、架橋させて網目構造を形成したものは水不溶性となるのであり、例示されたポリエチレンオキサイドは、その記載された文脈(高吸水性高分子と同列のものとして挙げられている。)からみて、架橋により網目構造を形成した水不溶性のものであることは明らかである。先に指摘した本件特許の関連米国出願の明細書(乙13の2)においても、ポリエチレンオキサイドは、文脈からみて明らかに「水不溶性であるが、水膨潤性高分子材料(The water insoluble but water-swellable polimeric material)」の一例として挙げられている。 また、被控訴人は、本件明細書に「水膨潤性高分子」を水不溶性のものに限定する記載はないから、「水膨潤性高分子」は水溶性高分子を含むと主張するが、限定がないから含むというのは、逆立ちした論理である。かえって、本件明細書中に水溶性高分子の膨潤について触れた記載がないことは、「水膨潤性高分子」が元々「水溶性高分子」を含まないことを示している。 (3) 被告CMC-Naは「水膨潤性高分子材料」か ア 本件フィルターに含有されているCMC-Na(被告CMC-Na)は、水溶性高分子であるから、「水膨潤性高分子材料」ではない(前記(2))。 イ 仮に、被控訴人が主張するようにフィルターの空孔内で「膨潤」してフィルターの気密を実現するものを「水膨潤性高分子」と呼ぶとしても、被告CMC-Naは、水と接触したときに原判決摘示の定義における「膨潤」(固体状態を維持したままの体積膨張)をするものではないし、膨潤によってフィルターの気密性を実現するものでもないから、「水膨潤性高分子材料」ではない。 (ア) 被告CMC-Naは、架橋しておらず、置換度が平均0.84であり分子量はCMC-Naの中では低いから、完全な水溶性であり、水に速やかに溶解する(乙1の1ないし4)。 被控訴人の指摘する文献(甲4の1ないし3、9ないし14、21、44、45、49、50)は、 水溶性高分子の溶解過程における粒子表面の現象(溶媒の浸透)を説明しているにすぎず、空孔の閉塞を可能とするような実質的な体積膨張が水溶性高分子の粒子や被告CMC-Na粒子に起こり得ることを示す文献はない。 (イ) 被告CMC-Naが水と接触して有意な程度に「膨潤」(固体状態を維持したままの体積増加)をすることを実証する証拠は皆無である。 かえって、被告CMC-Naにピペットにより溶媒(乳酸リンゲル液)を滴下させた、ガラス上に置いた被告CMC-Na粒子に微量の溶媒を低速で流したりした実験(乙42ないし44,検乙5等)では、被告CMC-Naは速やかに溶解し、粒子が小さくなる現象(膨張の逆)が観察されている。 被控訴人は、控訴人の前記実験は、フィルターの空孔内とは条件が異なる(開放空間で粒子に大過剰の溶媒を接触させている)から意味がないと主張するが、フィルター内でも開放空間での実験でも溶解という現象そのものに変わりはなく、溶解が速くても遅くても、存在するのは未溶解の固体粒子と溶液である。その間に表面に膨潤層が存在したとしても、それは「膨潤によって連通気孔を閉塞する」という作用との関係において実際上無視し得る程度のものでしかない。 また、前記実験結果は、水溶性高分子の溶解過程を説明するモデル(甲12、高分子事典309〜311頁)ともよく合致する。実際のフィルター内では、最初に流動する血液に接したCMC-Na粒子の一部は速やかに溶解するが、流れが停滞ないし静止に近いとほとんど溶解せず、血流が浸透した地点で実際に溶解したCMC-Naはその範囲に存在するCMC-Naのごく一部であり、他は未溶解又は部分溶解で固体のまま残っていると考えられる(被告CMC-Naの血中濃度は、濃度勾配があるがせいぜい2ないし4%程度と推測される。)。 (ウ) 被告CMC-Naが本件フィルター内で膨張していないことは、被告CMC-Naが血流とともにフィルター内を移動したことを示す証拠からも裏付けられる。すなわち、検甲1及び甲23のフィルター割断面の電子顕微鏡写真上でCMC-Naの存在する位置を見ると、CMC-Naはフィルターの先端(血流の入口側)には殆ど存在せず、フィルターの中程に多く存在することが分かる。これは、入り口に近いところではCMC-Na粒子が溶けて血液と共に移動したことを示している。また、控訴人の実験(乙7、29、31)でも、ナトリウムマッピングにより溶媒流入後の本件フィルター内における被告CMC-Naの存在位置を確認すると、CMC-Naはフィルターの入り口から一定程度入った位置に多く存在しており、乾燥後に撮影した電子顕微鏡写真では溶解したCMC-Naがポリエチレン粒子の表面に薄膜状になって付着していることが確認されている。このように被告CMC-Naがフィルターの空孔を通り抜けて移動したことは、CMC-Na粒子が膨張したとすると、説明がつかない。 (エ) 原判決は被告CMC-Naが膨潤することを、「膨潤」の定義に基づいて直接認定するのでなく、濃度16重量%の被告CMC-Naと水との混合物(乙28、検乙3のビデオに示されたもの、以下「濃度16重量%の被告CMC-Na」と略す。)は「ゲル又はゲルに近い状態」であると認定し(原判決35頁)、これをもって被告CMC-Naの「膨潤」を認定している。しかし、濃度16重量%の被告CMC-Naは、粘度は高くても溶液(液体)であり、ゲルではない。 また、原判決は置換度が0.72であるガンマ線照射をしたCMC-Naを乳酸リンゲル液に溶解する実験をすると(甲23、検甲1)、CMC-Naは濃度が15重量%以上になると、乳酸リンゲル液を吸収して、「吸収した乳酸リンゲル液とほぼ同体積のゲル状態となり、少なくとも約1時間右状態を持続した」(原判決37頁)と述べており、これがCMC-Naの過渡的な「膨潤状態」であると考えているようである。しかし、この濃度15重量%のCMC-Naは、それ以上変化することのない最終的な状態であり、これは溶液であって膨潤した固体ではない。濃度15重量%以上のCMC-Naは、CMC-Na粉末が水に「溶解」して生成されるのであり、溶解して生成される濃度15重量%のCMC-Naを溶解に至る前の「膨潤」状態であると認定した判決は、論理矛盾に陥っている。 さらに重要なことには、血液がフィルター部材に浸入してから停止するまでの時間は2〜5秒程度であり、このような短い時間内に、甲23の実験のような濃度15%重量以上のCMC-Naがフィルターの空孔内で生成するということはあり得ない。 したがって、濃度15重量%の被告CMC-Naはゲル状態となるものであるからフィルター内の被告CMC-Naは膨潤しているという原判決の認定は、二重の意味で誤っている。 (4) 「膨潤時には気密性を有する」の解釈 「水膨潤性高分子材料の膨潤時には気密性を有する」とは、フィルターの気密性を水溶性高分子材料の膨潤によって実現することを意味する。すなわち、水分を吸収して膨張するが固体としての形状は維持するという水膨潤性高分子の性質を利用し、高分子の「膨潤(体積の増加)」によってフィルターの連通気孔を閉塞するということが本件発明における「膨潤時には気密性を有する」の意味である。 (5) 被告製品は「膨潤時には気密性を有する」の要件を充足するか 被告製品のフィルター(本件フィルター)は、「膨潤時には気密性を有する」の要件を充足しない。 ア 被告CMC-Naは、前記(3)アで述べたとおりフィルター内において膨潤(膨張)しておらず、また、膨潤によってフィルター部材内での「空気の遮断」、「気密性」という作用効果を奏するものでもない。 前述のとおり、被告CMC-Naは完全な水溶性であり、フィルター空孔内に存在する個々の微細粒子として存在しているから、血液(水分)と接触すると速やかに溶解していく。そして、被告製品においては、被告CMC-Naの溶解により、血液の粘性が高くなり、これによって連通気孔内を通過する血液の流速が急速に低下して、フィルター部材の他端から流出することが一定時間阻止される。つまり、採取した血液の流出を止めるという課題を、本件発明は、水膨潤性高分子物質が水を吸収して膨張することによりフィルター部材の連通気孔を閉塞する(固体による連通気孔の閉塞)という原理によって解決しているのに対し、被告製品はこれを全く別の解決手段、すなわちCMC-Naの溶解によって高粘度となった血液は流動性が鈍化して空孔内を流れにくくなること(液体の挙動)を利用して解決しているのである。 本件フィルターにおける気密が固体(ゲル)による連通気孔の閉塞というメカニズムによるものではなく、CMC-Naが溶解して粘性の高まった血液の流速低下によるものであることは、動脈血程度の圧力を継続的にかけたり、少し高い圧力をかけると、フィルター部材の後端(出口側)から血液が滲み出してくることに端的に示されている(乙21の実験A、乙45)。 フィルター部材内の血液の流動は、CMC-Naの溶解によって血液の粘度がフィルターからの血液流出を一定時間止める程度にまで達したとき(本件フィルターについていえば、CMC-Na濃度は数%以下で十分である。)に止まるのであり、それ以降のCMC-Na濃度の増加は血液の流れを止める「気密性」の実現には寄与しない。 イ 原判決は、被告CMC-Naは、被控訴人の主張するようにフィルターの空孔内で相当時間膨潤状態を維持(ゲル状態で存在)して、フィルターの空孔を閉塞すると認定した。その前提となっているのは、被告CMC-Naは濃度が15重量%以上ではゲルになる(原判決によればこのゲルが被告CMC-Naの溶解の過程で生ずる「膨潤」した高分子とされる。)という認識であるが、この認識自体が誤りである(前記(3)イ(エ)も参照)。 そもそも、架橋構造を持たない被告CMC-Naは、完全な水溶性であって、ゲルとはなり得ない。また、実際のフィルター内で、甲23の実験におけるような濃度が15重量%以上のCMC-Naができるということはあり得ない。 さらに、原判決は、濃度16重量%の被告CMC-Naと水の混合物の入ったバイアル瓶を横転させると、内容物は十数秒間流動しない(甲39、乙28、検乙3)から、これは、 ゲル又はゲルに近い状態である(原判決35頁)と認定したが、ゲル(固体)は流動することがないものであるから、容器を横にして放置すると、十数秒間は流動しなくとも15分経過後には内容物が流動したという事実(乙28、検乙3、原判決36頁の認定)は、このものがゲルではなく、粘度の高い溶液であったことを示している。なお、被控訴人の実験(甲23、検甲1)における濃度15重量%のCMC-Naは、用いられたCMC-Naの粒子サイズ及び置換度が被告CMC-Naと異なり被告CMC-Naと同等のものとはいえないが、この実験における15重量%のCMC-Naもゲルではなく、粘性の高い溶液である。 以上のように、本件フィルター内部で原判決の認定するような被告CMC-Naのゲル(膨潤体)ができることはないのであるから、本件フィルターの気密性が被告CMC-Naの膨潤によって実現しているということはできない。 【被控訴人(附帯控訴人)の反論】 (1)「膨潤」の意味 本件明細書に記載された「膨潤」は、水溶性高分子の溶解過程で生ずるような「過渡的膨潤」とは異なる、という控訴人の主張には科学的根拠がない。「膨潤」に関する原判決の認定は正しい。 (2)「水膨潤性高分子材料」の解釈 ア 本件発明における「水膨潤性高分子材料」とは、膨潤によりフィルターの気密性を実現するという作用効果を有する高分子材料を意味する。この点に関する原判決の「水溶性高分子材料は、水に溶解するものであっても、溶解する過程で膨潤し、膨潤によってフィルターの気密性が実現され得る高分子材料を含む」という説示は正当である。 「水膨潤性」とは、ある物質が一定の条件下で水と接触したときに膨潤する性質を意味するのであり、一定の条件下で膨潤すれば、その物質は「水膨潤性」である。控訴人は、一定限度で膨潤が停止する「有限膨潤」のみを膨潤ととらえ、膨潤が停止せずに究極において溶解する「無限膨潤」は膨潤でないという前提に立脚して、「水溶性」高分子材料は「水膨潤性」でないというが、明らかな誤りである。 イ たしかに、控訴人の指摘するように、本件明細書の実施例に記載されているのは有限膨潤する高分子材料であり、無限膨潤の実施例はない。しかし、本件明細書にも、出願経過にも、有限膨潤するものに限定する記載はないし、本件明細書に水膨潤性高分子材料の1つとして例示されたポリエチレンオキサイド(12欄22、23行)は水溶性である。したがって、水に接触して膨潤する高分子であれば、有限膨潤、無限膨潤を問わず、「水膨潤性高分子材料」に含まれるというのが正当な解釈である。 本件発明では、高分子材料の膨潤によってフィルターの気密性が実現するのであるから、フィルター内で生ずる条件の下で膨潤するか否かが問題なのであり、高分子が究極的に溶解するか否かは問題とならない。 (3)被告CMC-Naは「水膨潤性高分子材料」か ア 被告CMC-Naが水溶性高分子であることは控訴人主張のとおりであるが、水溶性高分子でも膨潤するものは、本件発明の「水膨潤性高分子」である。 イ 被告CMC-Naは、「膨潤」するから、「水膨潤性高分子材料」に含まれる。 (ア) 水溶性高分子が溶解の過程で「膨潤」することは多くの文献が示している。 被告CMC-Naも溶解過程で「膨潤」する高分子の例外ではない。 (イ) 控訴人は、実験では、被告CMC-Na粒子は速やかに溶解しており、膨潤現象は確認することができないと主張するが、一見、溶解したように見えるのは、水と接触したCMC-Na粒子が膨潤してゲルとなり、透明になったために粒子が観察できなくなったというだけのことである(実際は水を吸収して膨潤したゲルとなっている。)。 本件発明の「水膨潤性高分子」に当たるか否かを決めるのは、気密性の実現が問題になるようなフィルター内部の条件の下で高分子が膨潤するか否かであるところ、被告CMC-Naが膨潤しないという控訴人の主張の基礎となっている実験は、被告CMC-Naに大過剰の水(乳酸リンゲル液)を接触させるという、フィルター内部の実際とはかけはなれた条件の下に実施されているのであり(フィルターの空孔内で被告CMC-Naに接触する血液ははるかに少ない量である。)、そのような実験結果に意味はない。 また、控訴人は、原判決における被告CMC-Naが膨潤するとの認定が、CMC-Naは濃度15重量%以上でゲル状又はゲルに近い状態であるとの認定を理由とするものであることをとらえ、濃度を云々すること自体、それは溶液である(溶解している)ことを意味するもので、原判決は論理矛盾に陥っていると主張するが、原判決の説示は、フィルター内において水と接触した被告CMC-Naが「溶液」であることを認めたものではなく、控訴人の非難は失当である。 (ウ) 検甲1及び甲23の写真でCMC-Naがフィルターの先端部(入口付近)にはほとんど確認されず、先端部から一定程度入ったフィルターの中心付近に多く存在することは、被告CMC-Naが膨潤していることと何ら矛盾しない。控訴人の主張に従っていえば、多量の水分に接したCMC-Naは瞬時に溶解し、濃度が上昇するにつれて移動することができなくなる。そのため、血液に接触するフィルターの先端部(入口)は、CMC-Naが溶解してしまっていて溶液となってフィルターの中心部に移動しているので、 フィルターの先端部ではCMC-Naの存在が確認されないのであろう。しかし、接する水分の少ないところでは、必ず、溶解にまで至らない状態の膨潤した被告CMC-Naが存在し、これがフィルターの連通気孔を閉塞する役目を果たしていると考えられる。 (エ) 本件フィルターの場合、フィルターの空孔内に浸入してくる血液の量に対する被告CMC-Naの量は計算上23.4重量%となる。このことと、濃度15重量%以上のCMC-Naはゲル状態である(甲23)ことから考えると、本件フィルターの空孔内では、相対的に少ない量の血液に接触した被告CMC-Naが膨潤し、ゲルとなって存在していると考えられる。 控訴人は、甲23、検甲1の実験のようにMC-Na粒子を乳酸リンゲル液に投入して濃度15%重量以上のCMC-Na溶液を生成するには、激しい撹拌と長時間を要するものであるから、被告製品においてフィルターの気密性が実現される2〜5秒程度の短い時間で濃度15重量%以上のCMC-Naが生成することはあり得ないと主張するが、フィルター内では個々の被告CMC-Na粒子が空孔に分散した状態で存在しており、CMC-Naの粉末を乳酸リンゲル液に投入したときのような接触の仕方は、フィルター内の被告CMC-Na粒子と血液との間では起こらないから、被告製品のフィルター内で濃度15重量%以上のCMC-Na(ゲル状)が生成し得ないという控訴人の主張には根拠がない。 (4)「膨潤時には気密性を有する」の解釈 本件発明の「水膨潤性高分子材料の膨潤時には気密性を有する」という構成要件は、 水分(血液)と接触して水膨潤性高分子材料が膨潤することによって気密性を実現することを意味する。膨潤によって気密性を実現すれば足り、その具体的態様は問わない。 (5)「膨潤時には気密性を有する」の要件充足性 ア 本件フィルターの気密性は、被告CMC-Naがフィルター内で膨潤することにより実現されている。すなわち、被告CMC-Naは、極めて強い親水性を有し、しかも本件フィルターの空孔内で粒子状態で孤立して存在しているから、侵入してきた血液と接触すると、急速に血液中の水分を吸収してゲルとなる。このゲルの生成が、溶解に至る前の「膨潤」である。 このゲル状物は、水が多量に存在すれば徐々に溶解に向かうが、現実のフィルター内では、侵入してくる血液(水)とCMC-Na粒子の量的関係が平均して濃度23.4重量%に相当し、フィルター内の水分量は極めて限られた量であるから、このような少ない水分量でCMC-Naが短い時間(2〜5秒)で溶解して均一な溶液にまで達することはない。 イ 控訴人は、濃度15%のCMC-Naが生成するには長い時間がかかり、CMC-Naの膨潤によって気密性が実現することはあり得ず、原判決の認定は誤っていると主張するが、原判決に控訴人主張のような誤りはない。 粉末のCMC-Naを水に溶解する際、水と直接接触した粉末(微粒子の集合体)の外側に位置する粒子は、直ちに水を吸収してゲル状物を形成して、内部に存在するCMC-Na粒子を取り囲んでしまうので、このゲル状物の層を通過して水分が内部のCMC-Naに到達するには相当の時間がかかる状態が出現する。この状態では、内部にCMC-Na粒子がもとのままの状態で存在し、膨潤したゲル状物の層を介して外側の水と接触していることになる。これは、本件フィルター空孔内の状況と類似している。すなわち、 フィルター空孔の血液浸入側には、血液の侵入によって膨潤し、ゲル状物となったCMC-Naの層が存在しており、一方出口側には上記のゲル状層でブロックされて血液が侵入してこないために、もとのままの状態に止まっているCMC-Na粒子が存在している。 つまり、フィルター内部に濃度勾配が生じていて、ほとんど動かない高濃度のゲル状部分が必ず存在し、そこで気密が実現されることになるのである。 フィルター空孔内での膨潤は、空孔内に浸み込んできた血液(水分)が空孔内に個々に独立して存在している「水膨潤性高分子」の粒子に吸収されて空孔容積にほぼ等しいゲル状物を形成し、これによってフィルター全体の気密が実現されることに他ならない。 「水膨潤性高分子」が架橋型(有限膨潤)であれ、非架橋型(無限膨潤・水溶性)であれ、 フィルター内で起こる膨潤による気密化のメカニズムは本質的に何ら異ならないし、その一方を本件特許の技術的範囲から排除するとの明確な根拠も存在しないのである。 2 損害額 【被控訴人(附帯控訴人)の主張】 被控訴人は、原審において、平成11年3月31日までの、控訴人の侵害行為についての損害賠償として7億5076万2885円及び遅延損害金の支払を求めていたが、原判決は、そのうち3億3687万2689円及び遅延損害金の支払についてのみ認容し、その余の請求を棄却した。控訴人は、次のとおり、請求を棄却された部分の一部について不服を申し立てるとともに、平成11年4月1日以降平成13年1月23日(本件特許権の存続期間満了の日)までの損害賠償を求めるものである。 すなわち、被告製品に対応する被控訴人の製品プレザパックの一本当たりの売上原価について、原判決は85.34円としているが、正当な原価は31.149円であり、これにより計算すると、被控訴人の得べかりし利益相当額の損害は、5億3675万4103円であり、原判決の認定した3億1276万円と2億2398万5082円の差がある。 また、平成11年4月1日から平成13年1月23日までの被告製品の販売本数は230万4000本であり、この期間中の被告製品の平均販売価格は1本当たり200円である。被控訴人の製品プレザパック1本当たりの卸売平均単価は原判決と同じく178.91円とするが、原価は31.149円として原判決の算式に従い損害額を計算すると、2億2312万0776円となる。 よって、控訴人に対し、7億8397万8547円及び内金1億3700万0000円に対しては平成8年9月20日から、内金4億2385万7771円に対しては平成11年8月30日から、内金2億2312万0776円に対しては平成13年1月24日から、各完済まで年5分の割合による金員の支払を求める。 なお、原判決が、特許法102条1項と同条3項とを適用したことは正しく、両者は重複しているわけではない。本件の場合、控訴人による特許権の侵害は継続的な不法行為であり、輸入販売ごとの不法行為の積み重ねである。したがって、控訴人の販売数量のうち、被控訴人の販売機会を奪い売上減少を招いたと認定した部分(販売数量の71.5%)と残りの部分(28.5%)とは異なる不法行為であると評価することができるのであり、それぞれの行為による損害額も、別個に算定されるべきものである。 【控訴人(附帯被控訴人)の反論】 原告製品の1本当たりの売上原価、変動費用、及び原告が原告製品を販売することができなかった事情に関する原判決の認定を否認する。 原判決は、原告製品を販売することができないという事情があったと認められる部分について特許法102条3項による損害を認定したが、法の解釈適用を誤っている。特許法102条1項は、ただし書きの適用を含めて、被告の全対象製品の販売により生じた原告の逸失利益の額を算出する規定であるから、ただし書きが適用された部分について同条3項を適用することは損害の算定を二重に行うことになり、誤りである。 被控訴人(附帯控訴人)の拡張した損害賠償請求については、これを争う。 |
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当裁判所の判断
1 本件発明の構成等 本件特許に係る明細書(「本件明細書」)の特許請求の範囲第1項の記載に基づいて、本件発明の構成が以下の(一)ないし(五)のとおり分説されることは、当事者間に争いがない。 「(一) 管体からなる採取容器と、当該管体内に管体後端開口を閉鎖する閉鎖体とからなり、当該管体先端から血液が導入可能とされた血液採取器において、 (二) 上記閉鎖体の少なくとも採取血液接触部に連通気孔を有し、 (三) 水膨潤性高分子材料を含有するフィルター部材であって、水膨潤性高分子材料の乾燥時には空気透過性を有し、水膨潤性高分子材料の膨潤時には気密 性を有するフィルター部材を設け、 (四) 該フィルター部材を介して上記採取容器内部がその外部と連通する (五) ことを特徴とする遮断機構付血液採取器。」 そして、被告製品が構成要件(一)、(二)、(四)及び(五)を充足するものであることも当事者間に争いがない。 原判決は、被告CMC-Naは水を吸収して膨潤するものであり、本件フィルターの気密性は被告CMC-Naの膨潤によって実現されているから、被告製品は構成要件(三)を充足する旨判断したのに対し、控訴人は、被告製品のフィルター部材(本件フィルター)に用いられている被告CMC-Naは、「膨潤」することによってフィルターの連通気孔を閉塞してフィルター部材に気密性を与えるものではないから、本件発明の「膨潤時には気密性を有する」という要件(構成要件(三))を充足するものではないと主張するので、以下、この点について判断する。 2 「水膨潤性高分子材料の膨潤時には気密性を有する」の解釈 (1)甲第2号証(本件特許公告公報、以下「公報」という。)によれば、本件明細書の発明の詳細な説明欄には、本件発明の目的、構成及び作用効果等に関して、次のとおり記載されていることが認められる。 ア 「U 発明の目的」: 「本発明は、・・・採取容器や採血針内等に予め存在する空気の採取血液への混入を防止できる空気の除去および遮断機構付血液採取器を提供することをその主たる目的とする。・・・本発明の第3の目的は、採取容器や採血針内等に予め存在する空気の除去と、空気除去後の外気からの遮断が自動的に行われ、採血手技が容易に行える空気の除去および遮断機構付血採取器を提供することにある。」(公報5欄21行ないし34行)。 イ 「V 発明の具体的構成」:「このような前提の下で、本発明においては、閉鎖体の少なくとも採取血液接触部に、採取容器内部がその外部と連通するように、フィルター部材を設け、このフィルター部材に水膨潤性高分子材料を乾燥状態で含有させて、採取血液からの空気の除去および遮断機構とする。 すなわち、本発明における空気の除去および遮断機構では閉鎖体、すなわち操作体2または封栓2’の少なくとも血液接触部に設けた水膨潤性高分子材料を含有するフィルター部材により、採血前のフィルター部材の血液との接触前には、採取容器1管体後端の一部または全部が外部に開放導通するように構成している。」(公報8欄7行ないし19行) 「以上詳細(「詳説」の誤記と認める。)してきたように配置されるフィルター部材9は、種々の材質からなるものであってよい。ただ、成形加工が容易に行えるという点では、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリアクリルニトリル等の熱可塑性ポリマーからなる焼結フィルターから構成されることが好ましい。 又、フィルター部材9は、連通気孔を有し、空気が透過するものであればよい。そして、 水膨潤性高分子材料を乾燥状態で含有した状態で、一般に、気孔率は15〜60%、好ましくは20〜40%であることが好ましい。又、その気孔サイズとしては、1〜20μ、より好ましくは、5〜10μ程度の平均空孔径であることが好ましい。」(公報11欄32行ないし44行)「これに対し、フィルター部材9に含有される水膨潤性高分子材料の膨潤度としては、常温〜体温程度にて、水と接触して、10分以内に自重の100〜1000倍に膨潤するものであることが好ましい。 このような水膨潤性高分子材料としては、高吸水性樹脂として知られている種々のものを用いることができる。ただ、採取血液に対して悪影響を及ぼさないという観点から、 その好ましい具体的材料としては、でんぷん-アクリルニトリル、でんぷん-アクリル酸、でんぷん-アクリルアミド、でんぷん-ナトリウムアクリレート等の、その加水分解物を含む意での、アクリレート系のでんぷんグラフト化物:例えば部分けん化したポリビニルアルコール;ポリアクリル酸塩系やアクリル酸-ビニルアルコール系重合体;更にはポリエチレンオキサイド;セルロース系重合体などを挙げることができる。 そして、このような水膨潤性高分子材料は、乾燥状態で、通常粒状にてフィルター部材中に含有される。この場合、水膨潤性高分子材料のフィルター部材中の含有量は、10〜60重量%、より好ましくは20〜40重量%であることが好ましい。・・・(中略)・・・ このようなフィルター部材9は、含有する水膨潤性高分子材料が乾燥状態にあるときは、空気が連通気孔を透過することが可能となり、空気透過性を有するものである。また、含有する水膨潤性高分子材料が膨潤した状態にあるときは、連通気孔が膨潤した水膨潤性高分子材料で完全に閉塞され、気密性を有するものである。」(公報12欄8行ないし42行) ウ 「W 発明の具体的作用」:「次いで、採血針を動脈に穿刺する。これにより、血液が採血針7を通り、採取容器1内に流入する。血液流入とともに採血針7、7’および採取容器1内に存在していた空気は、フィルター部材9の連続気孔を通り、採取容器1外に排出される。血液がすべての空気を排除して、フィルター部材9と接触すると、フィルター部材9中に含有されている水膨潤性高分子材料は膨潤し、フィルター部材9の連続気孔は遮断される。 この後、採血針7を血管より抜く。このとき針先から血液がこぼれることはない。又、フィルター部材9から血液がしみだすこともない。」(公報13欄17行ないし36行) エ 「実施例」: 「第1図に示されるような採取器を作成し、本発明の効果を確認した。この場合、ガスケット4は第7図に示される構造とした。 より詳細に説明するならば、フィルター部材9は、ポリエチレン製の焼結フィルターであり、その気孔率は40%、平均気孔径は5μとした。・・・なお、水膨潤性高分子材料としては、アクリル系重合体〔製鉄化学工業叶サ、アクアキープ10SH〕を用い、これをポリエチレンとブレンドして焼結することにより、乾燥状態で上記フィルターに20重量%含有させた。この水膨潤性高分子材料の膨潤度としては、常温にて、水により10分で自重の400倍に膨潤するものである。」(公報15欄2行ないし16行) 「又、水膨潤性高分子材料をそれぞれ、でんぷん-アクリルニトリルグラフト化合物〔ヘンケル且ミ製SPG、膨潤度1000倍/10分〕、およびポリビニルアルコール系重合体〔日本合成化学且ミ製GP、膨潤度200倍/10分〕にかえて、上記と同様の採取器を構成したところ、上記とほぼ同等の効果を得た。」(公報16欄30行ないし36行) (2)本件明細書における上記アないしエの記載に徴すると、本件発明は、「採取容器や採血針内に予め存在する空気の除去と、空気除去後の外気からの遮断が自動的に行われ・・・る空気の除去及び遮断機構付血採取器を提供する」ことを課題とし、この課題解決のためにフィルター部材の気孔(空孔)に乾燥状態の「水膨潤性高分子」を存在させたものであって、フィルター部材における空気の遮断は、動脈血が採取容器に設けたフィルター内に流入したときに、これとの接触によって水膨潤性高分子材料が膨潤し、 この膨潤した水膨潤性高分子材料がフィルターの連通気孔を閉塞することにより、実現されるものと認められる。 本件発明におけるフィルターの気密性が膨潤した高分子によるフィルター連通気孔の閉塞という作用により実現されるものであることは、本件明細書中の「水膨潤性高分子材料が膨潤した状態にあるときは、連通気孔が膨潤した水膨潤性高分子材料で完全に閉塞され、気密性を有するものである。」(公報12欄39行ないし42行、「V 発明の具体的構成」の項の説明)、「血液がすべての空気を排除して、フィルター部材9に接触すると、フィルター部材9中に含有されている水膨潤性高分子材料は膨潤し、フィルター部材の連通気孔は遮断される。」(13欄30行ないし33行、「W 発明の具体的作用」の項の説明)と説明されていることに照らして明らかである。 そうすると、本件発明の構成要件(三)の「水膨潤性高分子材料の膨潤時には気密性を有する フィルター部材を設け」は、血液中の水分と接触した水膨潤性高分子材料の「膨潤によって 気密性を実現する」ということを、フィルター部材の構成という形をとって表現したものということができる。 (3) ところで、「膨潤」とは、「固体が液体を吸収し、その構造組織を変化することなく、 容積が増大すること」(原判決28頁1、2行参照)を意味するところ(この定義自体については当事者間に争いがない。)、「閉塞」とは「閉じてふさぐこと、ある部分をふさいで他の部分との連絡を絶つこと」(大辞林第2版)、「とじふさぐこと。とざされふさがること」(広辞苑第5版)を意味するから、膨潤によって気密性を実現するとは、結局、フィルターの空孔部に存在する高分子材料の膨張(体積の増加)によって、連通気孔を閉じ塞ぐということに他ならない。 「膨潤時に気密性を有する」を上記のとおり解することは、「膨潤」という語について一般に認められた前記定義、本件明細書中に説明されたフィルターの気孔サイズと水膨潤性高分子材料の膨潤度との関係及び実施例に照らして合理的であると考えられる。 そして、本件明細書に、フィルターの気孔サイズについて「1〜20μ、より好ましくは、5〜10μ程度の平均空孔径であることが好ましい。」(公報11欄42行ないし44行)、水膨潤性高分子材料の膨潤度について「水と接触して、10分以内に自重の100〜1000倍に膨潤するものであることが好ましい」(公報12欄10〜12行)と記載され、実施例では、平均気孔径5μの気孔を有するフィルターに、水膨潤性高分子材料として膨潤度が10分で400倍、1000倍、200倍のものが使用されていることからすると、本件発明のフィルターにおける気密のメカニズムは、フィルターの空孔内に存在する高分子材料の粒子が血液中の水分を吸収して空孔容積にほぼ等しい大きさにまで膨張し(体積が増加し)、この膨張した高分子が空孔連通部(連通気孔)を閉塞するというものであると解される。 なお、本件発明のフィルターにおける気密のメカニズムについては、被控訴人も、「フィルター空孔内での膨潤は、空孔内に浸みこんできた血液(水分)が空孔内に個々に独立して存在している「水膨潤性高分子」の粒子に吸収されて空孔容積にほぼ等しいゲル状物を形成し、これによってフィルター全体の気密が実現されることに他ならない」(被控訴人準備書面(二)9頁、同(三)9頁)と主張し、また、フィルター内での膨潤の様子を説明する模式図の4(被控訴人準備書面(三)10頁)について「CMC-Na粒子は空孔の内径まで水分を吸収して膨潤し、ゲル状物になって(計算上は23.4重量%の濃度になる)、 血液の浸入は停止する。」と説明している。したがって、本件発明におけるフィルターの気密性の実現が膨張した高分子材料による空孔の閉塞というメカニズムによるものであることは、被控訴人自身も認めているということができる(もっとも、被控訴人は、被告製品における気密のメカニズムについて、本件フィルターの入口付近に存在する被告CMC-Naが血液と共にフィルターの途中まで移動するとした場合、本件フィルターの気密地点(血流が止まる地点)において、その位置にもともと存在する被告CMC-Naの膨潤と入口付近から移動してきた膨潤した被告CMC-Naとが相俟って空孔を閉塞するという趣旨に解される主張もしており、このことからすると、被控訴人は、本件発明における気密性の実現は、高分子粒子が空孔容積に匹敵する体積膨張を起こすというメカニズムによるものに限られる訳ではなく、高分子の「膨潤」が空孔連通部の閉塞に寄与していれば足りると主張する趣旨であるとも解される。この主張の当否及び被告製品における気密のメカニズムが被控訴人主張のようなものであるかについては、後に検討する。)。 3 被告製品は「膨潤時には気密性を有する」の要件を充足するか (1)被告製品の構成等 ア 被告製品が別紙目録に記載のとおりの構造であること、被告製品のフィルター部材(本件フィルター)がポリエチレン(PE)粒子の焼結体であり、ポリエチレン粒子間の空孔(空洞連通部)には置換度約0.4以上の不規則な形状のカルボキシメチルセルロースナトリウム(CMC-Na)粒子が存在していること、置換度約0.4以上のCMC-Naは水溶性であること、被告製品は、採血後、フィルターの内部まで血液が浸入するが、 途中で血液の浸入が止まるようになっていること、以上の事実は当事者間に争いがない。 したがって、被告製品は、水溶性高分子材料である被告CMC-Naを含有するフィルターを備えたものであって、このフィルターは、採血前には空気透過性を有し、採血時には、流入してきた血液がフィルターの途中で止まって、気密性を有するものであると認められる。 イ 証拠及び弁論の全趣旨によると、本件フィルターに関して、次の事実が認められる。 @ 本件フィルター切断面の走査型電子顕微鏡写真上で観察されるフィルターの空孔は、焼結したポリエチレン粒子の間に形成され、写真上で観察される差し渡し径が数十ミクロンから数百ミクロン程度のものであり、これらの空孔内に、長径10ミクロン程度から数十ミクロン程度の不規則な形状の被告CMC-Naが微粒子として個々に分散して存在している(甲6、乙7、弁論の全趣旨)。 A 被告CMC-Naの置換度は約0.84、密度は1.59g/cm3である(乙1の2、14の1、2、弁論の全趣旨)。 B 本件フィルターの空孔の全容積は、約0.0158立方センチメートル、本件フィルターに含まれる被告CMC-Naの重量は、控訴人の測定によると0.0042g、被控訴人の測定によると0.0037gである(乙9、14の1及び2、甲19、弁論の全趣旨)。 C 本件フィルターに含まれる被告CMC-Naの重量(前記B)と密度(前記A)から被告CMC-Naの体積を求めると、0.0023〜0.0026cm3となり、これは本件フィルターの空孔容積の約1/7から1/6(約14.6%から16.5%)に当たる。 (2) 血液に接触したときの被告CMC-Na粒子の挙動(膨張の有無) ア 本件フィルターにおいて、気密性が高分子の「膨潤」により実現されているとするためには、フィルター内で、被告CMC-Na粒子にフィルターの連通気孔を閉塞し得る程度の「膨潤」(固体が液体を吸収し、その構造組織を変化することなく、容積が増大すること)が起こっていることが不可欠の前提であるところ、本件フィルター内の被告CMC-Na粒子の挙動について、両当事者の間には次のような見解の対立がある。 【被控訴人】 被告CMC-Na粒子が水と直接接触したときの水分の吸収と膨潤は極めて急速であるから、本件フィルターの空孔内には、血液中の水分を吸収して被告CMC-Na粒子が膨潤したゲル状物が生成している。このゲル状物が空孔を閉塞して血流をせき止める。 【控訴人】 フィルターの空孔内に微細な個々の粒子としてフィルター基材に付着した状態で存在する被告CMC-Na微粒子は、血液(水分)と接触すると、表面から速やかに溶解していき、粒子は縮小する(血液の通過により表面から溶けて削りとられていく形になる)。本件フィルター内では、水を吸って膨張(膨潤)したゲル状物が空孔を閉塞する現象は生じていない。 よって、以下に、被告CMC-Naがフィルター内で血液との接触によって膨張するか否を検討する。 イ 文献等の記載 (ア) 一般論として、文献の中には、高分子物質の溶解の過程で起こる現象について、「高分子物質が溶媒に溶解する場合は、・・まず高分子の溶媒による膨潤が起こり、ついで溶液中に高分子が拡散していく」(甲12:「高分子事典」1971年)、「ポリマーが溶剤にとけるときには、まず(5)のような状態に膨潤し、・・」(甲21:「高分子概論〔改訂版〕」1997年)、「高分子試料を溶媒中に入れると、・・・溶媒分子は高分子試料中に浸入し、まず膨潤したゲルが形成され、ついでこのゲルは漸次溶解してついには真の溶液が形成される」(甲44:「高分子化学序論(第2版)」1998年)、「ポリマーはおおむね2段階で溶けてゆくのがわかる。第1段階:溶媒がポリマーの中に吸い込まれてゆき、ポリマー粉は大きくふくれあがり、だんだん透明になり、かつさらに大きくなる。これを膨潤という。」(甲45:「高分子化学の基礎」1999)、「高分子が溶解するには、まず溶媒分子を吸込んで膨潤し、徐々に溶媒中に分散していく過程をとる」(甲49:「現代物理化学講座」1968)、「高分子試料を溶媒中に入れると、・・・溶媒分子は高分子試料中に浸入し、まず膨潤したゲルが形成され、ついでこのゲルは漸次溶解してついには真の溶液が形成される。」(甲50:「高分子化学序論第8刷」1975)、「溶媒中に放置されたポリ塩化ビニルは溶媒を吸収して次第にふくれ、透明なゼリー状となる。・・・このように高分子と溶媒をいっしょにしたときに、一度膨潤体ができてから分散するという現象はポリ塩化ビニルにかぎったことではなく、多くの高分子-溶媒系について起こることで、これも高分子の溶解に特有の現象である。」(甲56:「高分子の本質」1993年)などのように、高分子物質の溶解の過程で「膨潤」が起こると説明しているものがある。 (イ) また、カルボキシメチルセルロース(CMC)及びそのナトリウム塩(CMC-Na)の溶解について、文献の中には、「CMC-Naが水に溶ける場合には、初め粒子の外面が膨潤し、それから徐々に内部に水が浸透して溶けるので、均一に溶けるまでに相当の時間を要する」(甲4:「第9改正日本薬局方解説書」1986年)、「カルボキシメチルセルロース ナトリウム塩 置換度0.4以上では水に膨潤、可溶である。」(甲9:「化学大辞典2」1989)、「Na・CMCが水に溶ける場合は、Na・CMCのコロイド性の故に、 はじめその粒子の外面が膨潤してそれから徐々に中の方に水が浸透してとけるので、 多少その溶かし方にコツが必要であって」(甲10:「薬学研究」1951)、「高分子物質を溶媒に浸漬すると・・・溶媒は高分子の内部に浸入し、系は均一性を保ちながら膨潤する。・・・貧溶媒の場合には、溶解は膨潤過程で止まり、糸状高分子のゲル相と、ほとんど溶媒のみからなる液相が平衡を保つこととなる。糸状高分子であるCMCの溶解も、 上述のような過程により、水を溶媒として均一な溶液となる。・・・(CMCの)溶解にさきだって膨潤現象があるため、最初水に濡らされると塊状になりやすい。」(甲11:「セロゲン物語」1968)、「乾燥樹脂粒子は、水に接触するとき、溶解の最初の段階の個々の粒子の膨潤を促進するために、分散させるべきであって固まらせるべきではない。」(甲13:「INDUSTRIAL GUMS」1973)などとして、CMC-Naが「膨潤」することを述べたものがある。 (ウ) しかし、前記(ア)の文献中の記述は、いずれも、水溶性高分子の溶解の過程で「膨潤」という現象が起こる場合のあることを一般的に説明しているにすぎず、それらの説明にいう「膨潤」が高分子物質の実質的な膨張(体積増加)を伴うようなものであるのか、又は単に高分子物質の表層部分に生ずる変化(表層部分の高分子鎖の間に溶媒が浸入して高分子鎖の絡み合いが緩む現象)を指しているのかが不明であることに加えて、「膨潤」によってどの程度の体積膨張が生ずるのか(あるいは生じないのか)を明らかにするものではない。これら(ア)掲記の文献の中では、甲44が「ポリマー粉は大きくふくれあがり」と記述し、同じく甲56が「溶媒中に放置されたポリ塩化ビニルは溶媒を吸収して次第にふくれ」と記述して、高分子物質が肉眼で見て「膨れる」ように見える現象に言及している。しかし、そこに記述されているのは、粒子の集合体である粉末が溶媒の中で膨れる現象であるから、上記各文献の記述のみをもってしては、水溶性高分子の溶解過程において個々の粒子のレベルでの膨張(体積増加)が生ずるものとはにわかに認め難く、また、フィルター内に分散した状態で存在する被告CMC-Naの粒子に実質的な膨張(体積増加)が生ずるものとも断定し難い。 また、前記(イ)の文献は、CMC-Naが溶解の過程で膨潤することに触れているが、それらの文献中に指摘された「膨潤」現象についても、前記(ア)の文献について指摘したのと同様の問題がある。特に、CMC-Naの溶解性は、置換度、分子量等によって大きく異なり得るものであるから、前記(イ)の文献中の記述が直ちに被告CMC-Na粒子に当てはまると考えることはできない。 したがって、前記(イ)の文献中の記述のみをもってしては、血液との接触によってフィルター内に分散した状態で存在する被告CMC-Naの個々の粒子に実質的な体積増加が生ずるものと認めることはできない。 (エ) 前出甲12(高分子事典)は、水溶性高分子の溶解過程で起こる膨潤現象を、「高分子の溶解時に形成される膨潤層」の図解(溶媒の側から液状層、ゴム状層、 固体膨張層、浸透層からなる膨潤層を図示)を交えて詳しく記述し、 「高分子物質が溶媒に溶解する場合には、低分子物質と異なり、まず高分子の溶媒による膨潤が起こり、ついで液中に高分子が拡散していく。・・・・高分子が溶媒と接触すると、まず溶媒分子が高分子中に拡散していき、それと同時に高分子の表面層は膨潤し、 ついで高分子は液中に溶解していく。高分子の溶解速度Sは、溶媒分子の高分子中への浸透速度で表わされ、・・・溶媒分子の高分子中への拡散はM(注、高分子の分子量)には無関係なので、結局溶解速度の分子量依存性は、表1に示した膨潤層の厚さのみによって決定されることになる。」と説明している。 これによると、高分子物質の溶解過程で起こる「膨潤」は、高分子物質の表面層の現象(溶媒分子が高分子物質の中に拡散していく現象)として説明されていることが明らかであり、同号証の図及び「高分子の溶解速度Sは溶媒分子の高分子中への浸透速度で表される」との記述から、溶解は、高分子が液中に溶解(拡散)していくと同時に膨潤層がほぼ同じ厚みを保ちながら固体内部に移動していく現象であるとされていることが理解される。つまり、この文献の記述するところによれば、水溶性高分子の溶解の過程で起こる膨潤は、高分子物質(粒子)の表面において生ずるものであって、粒子サイズの実質的な増大を伴うというよりは、むしろ膨潤の進行に伴って進行する表面層の溶解によって個々の粒子を全体としてみると粒子サイズの縮小として観察される現象であるということができる。 (オ) 以上検討したところを総合すると、本件で証拠として提出された文献をもってしては、水溶性高分子である被告CMC-Na粒子が本件フィルターの空孔に流入してきた血液(水分)に接して膨張する(体積を増加させる)ものと推認することはできない。 ウ 実験結果等 (ア) 当審で提出された乙43、44(いずれもスライドガラス上の被告CMC-Naに微量の乳酸リンゲル液を流して接触させる溶解実験)によると、次の事実が認められる。 @ ガラス上に被告CMC-Na粒子を分散させて置き、微量の溶媒(乳酸リンゲル液)を流すと、流れてきた溶媒に接した被告CMC-Na粒子は、瞬時に溶解を始めて粒子サイズが縮小し、数秒以内に完全溶解(粒子が消失)する。粒子が膨張する状態は観察されなかった(乙43の場面D、乙44の場面B)。 A 上記@と同様の実験で、被告CMC-Na粒子が密集した状態のところに溶媒を流すと、密集状態の粒子の溶解は緩慢になるが、この場合も粒子の膨張は見られず、粒子は縮小して最終的に消失することが観察された(乙44の場面C)。 B 被告CMC-Naよりも溶解性の良いものと劣るものの2種類のCMC-Naを試料として用いて上記@(乙44の場面B)と同様の実験をすると、いずれの試料についても、 粒子は溶媒との接触によって溶解(粒子サイズ縮小)し、粒子が膨張する現象は観察されない(乙44の場面DないしF)。 (イ) 当審で提出された乙42、検乙5(被告CMC-Naの溶解実験及びCMC-Na濃厚液の流動性実験)によれば、次の事実が認められる。 @ スライドガラス上に置かれた被告CMC-Na粉末にピペットにより液体(乳酸リンゲル液)を滴下すると、液滴に直接接触した微粒子は瞬時に溶解した。粉末の液滴とうまく接触せず未溶解のものは、その後の静止状態では溶解は緩やかになるが、緩やかな溶解時にも膨潤部分が膨張する状態は観察されなかった(実験2)。 A 被告CMC-Naを乳酸リンゲル液に溶解したもの(濃度5%、15%、27%、以下、 実験報告書中の用語に従い「濃度○%のCMC-Na溶液」ということがある。なお、濃度は乳酸リンゲル液100mlに対するCMC-Naの重量で表記)をそれぞれガラス板上に載せ、カバーガラスをかぶせて上から押さえると、いずれの濃度の溶液も流動して拡がり、弾性はない(実験5)。 B 濃度2%、5%、15%のCMC-Na溶液が100メッシュ、150ミクロン目開きの網状フィルターを通過するか否かを試験すると、濃度2%のものは吸引なしでフィルターを通過し、濃度5%、15%のものも血圧に近い150oHgの圧力で吸引すると、フィルターを通過する(実験7)。 C 濃度2%、5%、15%の各被告CMC-Naをオストワルド粘度計の500ミクロン径のガラス細管を通過させる実験では、血圧に近い150oHgの圧力で吸引すると、濃度2%、5%の溶液及び濃度15%溶液はいずれも細管を通過する(通過速度は粘度によって大きく異なる。) (ウ) 乙18、19、21、22(米国のハウザー・ケミカル・リサーチ・インクの実験報告書及びハウザー・ラボラトリー・インクの実験報告書)によると、液体と接触した被告CMC-Naの粒子は液体に吸収されて消失し、粒子サイズが増加(膨張)する現象は観察されない(乙18、21、22)。また、ガンマー線照射により殺菌されたCMC-Naの粉末を単層で存在するように上下2枚のスライドガラスに挟み、乾燥状態とスライドガラスの間に毛管現象で水を浸透させた状態の各々について、スライドガラス間の間隔を測定することによってCMC-Na粒子の厚みを測定すると、厚みは水を加えても増加することはなく、むしろ、水を加えた状態ではスライドガラス間の間隔が減少した(乙19)。 (エ) 上記(ア)ないし(ウ)の複数の実験結果を検討したところによれば、被告CMC-Naの溶解過程で被控訴人が主張するような溶解の初期現象としての粒子の膨張(体積増加)が生じることは、実験上確認することができず、他に被告CMC-Na粒子が膨張することを実証する証拠は提出されていない。 被控訴人は、前記実験結果、特に乙42ないし44及び検乙5について、被告CMC-Naは乳酸リンゲル液に接して溶解したのではなく、溶解したように見えるのは被告CMC-Naが瞬時にゲル(膨潤体)となって肉眼で透明に見えるようになったためであると主張する。しかし、被告CMC-Na粒子が乳酸リンゲル液に接触して透明になったのは、 CMC-Naが溶解したためであると認められる(乙30、尾見新三作成の鑑定意見書)。 また、被告CMC-Naを乳酸リンゲル液に混合して生成した透明な物質は、溶液であってゲルではないと認められるのであって(後記エ(ア)のとおり)、この点からも、溶解したように見えるのはゲルが生成したためである(粒子は溶解していない)という被控訴人の主張事実を認めることはできない。 エ 被控訴人の主張(ゲルの生成)について 被控訴人は、本件フィルターの空孔内では、浸入してきた血液を吸収した被告CMC-Naがゲル状態となって気密を実現していると主張し、(1) 本件フィルターの空孔容積(0.0158cm3)と本件フィルターに含有されている被告CMC-Naの重量0.0042g(乙14の1)又は0.0037g(甲19)から計算すると、フィルターの空孔が血液で満たされたときの空孔内における被告CMC-Naの血液に対する重量は少なくとも23.4%となるから、フィルターの空孔内のCMC-Naの濃度は20数重量%となっていると考えられるところ、実験によれば、CMC-Naを溶媒(乳酸リンゲル液)に混合していって得られる濃度約15重量%のCMC-Na(甲23、検甲1に示されたバイヤル瓶内の透明状態の内容物)や濃度16重量パーセントの被告CMC-Na(後記(イ)で検討する乙28のバイヤル瓶内の透明状態の内容物)は、ゲルか又はゲルに近い状態であり、これらが本件発明にいう高分子物質の「膨潤」したものである、(2) 控訴人の実験(乙42ないし44、検乙5)は、被告CMC-Naに過剰な量の溶媒を接触させているから、本件フィルターの内部とは条件が異なるのであって、水分(血液)の相対量がはるかに少ない本件フィルター内部の現象をこれらの実験結果から推測することはできない(控訴人の実験では膨潤したCMC-Naが多量の水によって短時間のうちに溶解したために膨潤状態を観察することができなかった可能性がある。)、濃度15重量パーセント以上のCMC-Naがゲルであることからすると、フィルター内部では、被告CMC-Naは溶解に至る前のゲル(膨潤体)の状態で存在していると考えられる、などの理由を挙げている。 しかし、以下に述べる理由により、被控訴人の上記主張は採用することができない。 (ア) まず、被控訴人が本件フィルター内部の被告CMC-Naの濃度は15重量%を優に超えていると主張している点について検討すると、被控訴人の実験(甲23、検甲1)では水等の溶媒にCMC-Naを少量ずつ加えて長時間撹拌することにより濃度15%以上のCMC-Naを調製しているところ、本件フィルター内の状況を考えると、流入してきた血液と被告CMC-Naとが短い採血時間(数秒)の間に空孔内で均一に混じり合って甲23の実験における濃度15%のCMC-Naと同様のものとなっているかどうかは甚だ疑問といわざるを得ない。少なくとも濃度15%のCMC-Naが生成していることを積極的に認め得るだけの証拠はない。 (イ) その点を措くとしても、CMC-Naと水又は乳酸リンゲル液を混合して得られる濃度15%以上のCMC-Na(甲23の実験におけるバイヤル瓶の内容物、乙28及び検乙3号証の実験におけるバイヤル瓶の内容物、及び検乙5及び乙42の実験に用いたCMC-Na溶液)の性質について検討すると、次の@、Aのとおり、これらのものがゲルであると認めることはできない。 @ 甲23によると、乳酸リンゲル液にCMC-Na粒子(第一工業製薬社製「セロゲンF-815A」、このものが被告CMC-Naと同等の性質を有するCMC-Naかどうかについては争いがある。)を濃度15%に達するまで少量ずつ撹拌しながら加えていくと、全体が透明な状態の物質が得られる(撹拌条件、透明な状態になるまでの時間経過は不明)。そして、この透明状態のものは、撹拌子をほとんど回転させられないほど粘度が高いこと、適量の乳酸リンゲル液を注ぎ、約一時間経過した後も、乳酸リンゲル液の状態に変化はなく両者は2層に分かれた状態のままであったことが認められる。 しかし、甲23号証の実験で得られた透明状態のもの(濃度約15重量%のCMC-Na)が撹拌子を回転させられないほど粘度が高いことは、これがゲルであることを直ちに意味するわけではない。また、このものが乳酸リンゲル液と約一時間混じり合うことがなくても、同じことは粘度の高い液体と乳酸リンゲル液との間でも起こり得ることであるから、そのことのみをもってゲル(CMC-Naの分子鎖が絡まり自由に動けない状態)であると認めることはできない。 A 他方、乙28、検乙3及び弁論の全趣旨によると、被告CMC-Naを水に混合して調製した濃度16%のCMC-Naが入ったバイアル瓶を横転させて観察すると、内容物(16%CMC-Na)は、十数秒間は流動しないが、15分経過後には容器の中で左右方向に流れていることが認められる。また、先に認定したとおり、濃度15%の被告CMC-Naは、流動性があり、弾性はなく、動脈血に近い圧力で吸引するとフィルターの目の細かい網目及びオストワルド粘度計の直径500ミクロン程度の屈曲した細管を通り抜ける(乙42,検乙5)。 これらの事実からすると、濃度16%の被告CMC-Na濃厚液は、流動性があり、また、濃度15%の被告CMC-Naはフィルター等の微細な網目を通過するのであるから、いずれもゲルではないと考えられる(岩波理化学辞典によれば、ゲルとは、「ゾル(コロイド溶液)がゼリー状に固化したもの」、「系全体にわたる支持構造をもち、その形状を保つ」もので、流動性はない。)。 なお、ゲルの中には、チキ(ク)ソトロピー性を有するものがあり(乙25)、文献の中にはCMC-Naについて「溶液粘度はチクソトロピー性を示すから、一定の条件下で回転粘度計で測定される」と記載しているものがあるが(乙1の3、大有機化学)、チキソトロピー性とは、「単にかきまぜたり振りまぜたりすることによってゲルが流動性のゾルに変わり、これを放置しておくとふたたびゲルに戻る性質」(岩波理化学辞典)であるから、バイヤル瓶を横転させて放置しただけの状態で濃度16%のCMC-Naに流動が見られたという事実(乙28、検乙3)は、同程度の濃度の被告CMC-Naが粘性の高い液体であって、ゲルではないことを示しているというべきである。 (ウ) 被控訴人は、控訴人の実験(乙42ないし44、検乙5)は、被告CMC-Na粒子に過剰な量の溶媒を接触させているものであるから、本件フィルターの内部とは条件が異なり、被告CMC-Naに接する水分(血液)の量がはるかに少ない本件フィルター内部の現象をこれらの実験結果から推測することはできないという。しかし、粒子に接触する水分量の大小によって粒子の溶解速度に差異があるとしても、起こっている溶解現象そのものは同じであって、その性質に差異があるものではないと考えられる。その上、フィルターの内部と同様の条件の下で、濃度15%を超える被告CMC-Naと血液の均一な混合物が生成すること、及びこれがゲル状態であることのいずれについても、 これを認めるに足りる証拠はないから、この点に関する被控訴人の主張は採用することができない。 (3)膨潤による閉塞の有無 ア 以上検討したところによれば、本件フィルターの空孔内に存在する被告CMC-Naの粒子が流入してきた血液中の水分に接して本件フィルターの空孔内で実質的な体積膨張を伴う「膨潤」をしているという事実は認めることができず、したがって、本件フィルターの気密性が被告CMC-Naの膨潤によって実現されているといるとも認め難い。 イ 被控訴人は、本件フィルターにおいて、流入してきた血液がフィルターの途中で止まっているということは、被告CMC-Naの膨潤によって気密が実現されていることを意味するとして、フィルター内部で起こっている現象について、 @ 空孔が血液で満たされると、被告CMC-Naは23.4重量%もあるために膨潤したゲルの状態となり、空孔が閉塞され、CMC-Naは血液を吸い込んで膨潤したままの状態を保つ(空孔容積にほぼ等しいゲルの形成による空孔連通部の閉塞)、A 血液に接した被告CMC-Naは膨潤状態で血液と共にフィルター空孔内を通って移動し、血液の到達地点に元々存在するCMC-Na粒子が膨潤したものと移動してきた膨潤CMC-Na粒子とが相俟って、フィルターの空孔連通部を閉塞する(甲23の7項のモデル図。膨潤したCMC-Naの堆積による空孔連通部の閉塞)、という2通りの説明(モデル)を提示している。 しかし、これらのモデルは、以下の理由により、いずれも本件フィルター内で起こっている気密化のメカニズムを合理的に説明するものとは認め難い。 (ア) すなわち、前記@のモデル(空孔容積にほぼ等しいゲルの形成による空孔連通部の閉塞)は、本件明細書中に開示された自重の100〜1000倍に膨潤する高級水性樹脂についてはよく当てはまるものであるが、既に述べたとおり、被告CMC-Na粒子が血液中の水分を吸収して実質的な体積増加(膨張)を起こすとは認められないから、本件フィルターについて前記@のモデルは成り立たない。 (イ) 前記Aのモデルは、高分子の膨潤がフィルター内の連通気孔の閉塞に寄与しているという点では共通するものの、気密化のメカニズムという点では前記@のモデルとは異なるものであると考えられる。そして、本件明細書の記載から当業者が直感的に理解するのは@のモデルであり、Aのモデルについては、明細書中にこれを示唆する記載が存在しないので、本件発明の膨潤による気密化がAのような場合を包含するか否かは疑問の多いところである。そのことを措き、本件発明がAのモデルも包含すると一応仮定したうえで検討すると、このモデルが成立するためには、まず、被告CMC-Na粒子が体積増加を伴う「膨潤」(ゲル化)をすることが必要と考えられる。 ところが、前示のとおり、被告CMC-Na粒子は、血液に接したときに実質的な体積増加(膨張)が生じるものとは認め難い。また、被控訴人自身、「甲6号証の写真をみると、 ポリエチレン粒子は何段にも積み重なり、粒子間の空間は立体的に迷路状に形成され、間隔の非常に狭い部分が必ず存在している。この狭い間隙は高々10ミクロン程度であり、CMC-Naが膨潤して体積を増せば、十分に閉塞できるものである。」(原告準備書面(二)9頁)と主張していたことに照らすと、ゲルとなって膨潤(膨張)した被告CMC-Naが複雑に重なりあった空孔連通部を通過し、フィルターの中程まで移動したところで膨潤した状態で堆積し、空孔連通部を閉塞していると考えることには無理がある。 (ウ) @、Aのモデルに共通する難点として、もし、フィルターの入り口付近に存在する被告CMC-Na粒子が膨張(膨潤)したとするなら、フィルターの空孔径と被告CMC-Naの粒径(甲6、フィルター断面の電子顕微鏡写真)から考えて、フィルターの入り口付近には、当然、空孔連通部を通り抜けることができずに残ったものが相当量存在するはずであると推測されるところ、本件フィルターに乳酸リンゲル液を浸透させた後のCMC-Naの所在位置をナトリウムマッピングにより確認した写真(甲23,乙28)及びフィルター内の各領域におけるナトリウム濃度の測定結果(乙31)によれば、本件フィルターの入口付近にはCMC-Naがほとんど残っていないことが認められる。 そうすると、本件フィルターの中央部方向に向かって移動した被告CMC-Naの粒子は、膨潤(膨張)ではなく、むしろ溶解(縮小)して移動したものと考える方が合理的である。 なお、被控訴人は、フィルターの入口付近の被告CMC-Naが溶解して移動しても、フィルターの中程部分では少量の血液を吸収しただけで未だ溶解に至らない膨潤した被告CMC-Na(ゲル)が存在しており、このものが空孔連通部を閉塞するとの意味にとれる説明も提示しているが、到底首尾一貫した説明とは認め難く、その説明を採用することはできない。 (エ) さらに、膨潤した被告CMC-Na粒子が空孔連通部を埋めることによって空孔連通部を閉塞し、気密性が実現している場合には、血液の移動は閉塞部で阻止され、時間の経過に伴って動脈血程度の圧力でフィルター端から血液がしみ出すという現象は生じないはずであるが、既に認定したとおり、動脈血と同じ程度の圧力が継続した場合、本件フィルターの場合は、時間の経過により、血液が徐々に漏れ出すようになる。そうすると、本件フィルターにおいて、空孔連通部が被告CMC-Naが膨潤してゲル化したもの(固体)によって閉塞されているものとは認め難い。 (オ) 以上のとおり、被控訴人提示のモデルは、いずれも、本件フィルターにおいて生じている気密化のメカニズムを合理的に説明するものとはいえず、採用し難いといわざるを得ない。 ウ 他方、控訴人は、本件フィルターにおいて血液の流れが阻止されるのは、被告CMC-Naの溶解によって生じる血液の粘性の増加により、粘性の高い液体(CMC-Naの溶解した血液)は血液が曲がりくねったフィルターの空孔連通部を移動する速度が低下することによるものであると説明し、被告製品は、粘性の増加による流速の低下という原理を利用して、フィルターの気密化を実現していると主張する。 控訴人の上記説明は、細孔を通過する液体の流速と粘度との関係についての一般的に認められた法則、CMC-Naが増粘剤としての用途を有すること、被告CMC-Naの分散微細粒子は短時間で水に溶解する性質を有し、その水溶液は濃度3%程度で本件フィルターの連通気孔を流れる血液の速度を十分に低下させる程度の粘性を有すると認められること(乙22)、及び本件フィルターは動脈血程度の圧力が継続した場合に血液がフィルターの端から徐々に漏れ出すようになるとの実験結果を総合すると、本件フィルターにおける気密の実現のメカニズムとして十分な説得力を有するものであると認められる。 エ 以上検討したところによれば、本件フィルターは、被告CMC-Naの膨潤(体積増加)によって血液の流れを止めているものではなく、控訴人が主張するとおり、被告CMC-Naの溶解により粘性を増加した血液の細孔内における流速低下を利用して、必要な時間、フィルター内に流入した血液が外に流出することを止めているものと推認することができる。 したがって、本件フィルターは、膨潤により気密を実現する(「膨潤時には気密性を有する」)という本件発明の要件を充足しない。 4 「水膨潤性高分子」について なお、被告CMC-Naは、以上に認定したとおり、「膨潤によって気密性を実現し得る」という意味における「膨潤」をするものではないと認められるから、「水膨潤性高分子」を水溶性高分子を含む意味に解するか否かにかかわりなく、本件発明にいう「水膨潤性高分子」ではないというべきである。 |
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結論
以上認定のとおり、本件フィルターは、被告CMC-Naの膨潤により気密を実現しているものとは認められないから、被告製品は、本件発明の構成要件(三)を充足しない。したがって、被告製品が本件発明の技術的範囲に属するものということはできず、被控訴人の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。 よって、本件控訴は理由があるから、控訴に基づき原判決中控訴人の敗訴部分(損害賠償を命じた部分)を取消し、附帯控訴で拡張された請求を含む被控訴人(原告)の本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法67条2項、61条を適用して、主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 永井紀昭 |
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裁判官 | 塩月秀平 |
裁判官 | 古城春実 |