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事件 平成 24年 (行ケ) 10158号 審決取消請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2012/12/26
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成24年12月26日判決言渡 同日原本受領 裁判所書記官

平成24年(行ケ)第10158号 審決取消請求事件

口頭弁論終結日 平成24年12月12日

判 決

原 告 フィリップス ルミレッズ ライティング カンパニー

リミテッド ライアビリティ カンパニー

同訴訟代理人弁理士 津 軽 進

笛 田 秀 仙

被 告 特 許 庁 長 官

同指定代理人 服 部 秀 男

田 部 元 史

守 屋 友 宏

主 文

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 こ の判決に対する上告及び上告受理の申立ての

ための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1 請求

特許庁が不服2010−25080号事件について平成23年12月20日にし

た審決を取り消す。

第2 事案の概要

本件は,原告が,後記1のとおりの手続において,特許請求の範囲の記載を後記

2とする本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が同請求は成

り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は後記3のとお

り)には,後記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。
1 特許庁における手続の経緯

原告は,平成9年3月18日,発明の名称を「発光素子」とする特許を出願

した(特願平9−64003号。パリ条約による優先権主張日:平成8年3月22

日(米国))ものであるが,平成19年3月6日,その一部を分割して新たな特許出

願とした(甲3。特願2007−55867号)上で,平成21年6月19日付け

で手続補正を行った(甲4) 平成22年7月6日付けで拒絶査定を受けたので,
が,

同年11月8日,これに対する不服の審判を請求した。

特許庁は,前記請求を不服2010−25080号事件として審理し,平成

23年4月5日付けで拒絶理由通知を行った(甲5)ところ,原告は,同年10月

6日,手続補正を行った(甲6)が,特許庁は,同年12月20日,
「本件審判の請

求は,成り立たない。」との本件審決をし,その謄本は,平成24年1月5日,原告

に送達された。

2 特許請求の範囲の記載

本件審決が審理の対象とした特許請求の範囲の請求項1及び9ないし11は,平

成21年6月19日付け(甲4)及び平成23年10月6日付け(甲6)の各手続

補正後の次のとおりのものである。以下,そこに記載の発明を請求項の番号に応じ

て「本願発明1」などといい,これらを併せて「本願発明」というほか,本願発明

に係る明細書(甲3,6)を,
「本願明細書」という。なお,以下の「/」は,原文

中の改行箇所を示す。

【請求項1】
(a)素子,該素子は,以下(a―1)ないし(a−4)を含む,/(a

−1)基板,/(a−2)p−n接合領域,該p−n接合領域は複数の層を備え,

その部分組をなす複数層の極性が,p−n接合を形成するように逆極性になってお

り,層の1つが基板に隣接している,/(a−3)透過性ウインドウ層,該透過性

ウインドウ層は前記p−n接合領域に隣接して配置され,及び,/(a−4)電気

接点,該電気接点は前記p−n接合領域に接続し,前記p−n接合に順バイアスを

かける働きをする,/(b)主界面であって,該主界面は,前記素子の表面に配置
され,少なくとも1つの選択された方向において繰り返される特徴によってテクス

チャが形成されており,前記選択された方向のそれぞれにおいて関連する周期性を

備えて,光の抽出を増すようになっており,1つの周期内において,前記繰り返さ

れる特徴として少なくとも1つの山と少なくとも1つの谷を有する断面プロフィー

ルを備える主界面/を備え,/前記繰り返される特徴としての少なくとも1つの山

と少なくとも1つの谷のうち少なくともいずれか1つは,円錐状又は三角型の断面

プロフィールを備えるように構成される,/ことを特徴とする発光素子

【請求項9】さらに次のものを含むことを特徴とする,/素子に配置されるN個の

2次界面(ここで,N>1),該2次界面は,それぞれに少なくとも1つの選択方向

において繰り返される特徴によってテクスチャが形成され,それぞれの選択された

方法において周期性を備えて光の抽出を増すようになっており,任意の周期内にお

いて少なくとも1つの山と少なくとも1つの谷を有する断面プロフィールを備える

請求項1に記載の発光素子

【請求項10】前記N層の2次界面の少なくとも1つの界面及び前記主界面が,異

なる断面プロフィールを備えていることを特徴とする請求項9に記載の発光素子

【請求項11】前記N層の2次界面の少なくとも1つの界面及び前記主界面が,異

なる周期性でテクスチャが形成されることを特徴とする請求項9に記載の発光素子

3 本件審決の理由の要旨

本件審決の理由は,要するに,@本願発明9ないし11が明確であるとはい

えず,特許法36条6項2号に規定する要件を充たしておらず,A本願発明1が,

特開平7−202257号公報(甲1。以下「引用例」という。)に記載された発明

に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,同法29条

項の規定により特許を受けることができない,というものである。

本 件審決が認定した引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。 ,


本願発明1と引用発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。

ア 引用発明:光を発生する発光層を有し,該発光層から発生した光を光取出面
を通して外部へ放射させる形式の発光ダイオードにおいて,該光取出面に多数の凹

凸を設け,該凹部と該凸部との高さの差の光学的長さを,前記光の1/4波長の奇

数倍とし,光取出面での反射を低減して高い発光効率を備えた発光ダイオードであ

って,該発光ダイオードは,n−GaAs単結晶から成る基板,この基板の上に結

晶成長により順次積層されたn−Al0.45Ga0.55Asから成る第1クラ

ッド層,p−GaAsから成る発光層,p−Al0.45Ga0.55Asから成

る第2クラッド層,p−GaAsから成るキャップ層を備え,基板の底面及び第2

クラッド層の上面には,電流を供給するための下部電極及び上部電極が設けられ,

上部電極から下部電極へ駆動電流が流されると,上記発光層から光が放射され,基

板と反対側へ向かう光は,第2クラッド層の光取出面から外部へ取り出されるよう

になっており,光取出面には,平面形状が矩形である多数の凸部が,矩形の凹穴を

隔てて等間隔で規則正しく配列され,上記凸部及び凹穴は,断面形状も略矩形とさ

れている発光ダイオード

イ 一致点:
(a)素子,該素子は,以下(a−1)ないし(a−4)を含む,
(a

−1)基板,
(a−2)p−n接合領域,該p−n接合領域は複数の層を備え,その

部分組をなす複数層の極性が,p−n接合を形成するように逆極性になっており,

層の1つが基板に隣接している,
(a−3)透過性ウインドウ層,該透過性ウインド

ウ層は前記p−n接合領域に隣接して配置され,及び,
(a−4)電気接点,該電気

接点は前記p−n接合領域に接続し,前記p−n接合に順バイアスをかける働きを

する,
(b)主界面であって,該主界面は,前記素子の表面に配置され,少なくとも

1つの選択された方向において繰り返される特徴によってテクスチャが形成されて

おり,前記選択された方向のそれぞれにおいて関連する周期性を備えて,光の抽出

を増すようになっており,1つの周期内において,前記繰り返される特徴として少

なくとも1つの山と少なくとも1つの谷を有する断面プロフィールを備える主界面

を備える,発光素子(なお,本件審決は,本願発明1と引用発明との一致点として

上記のとおり(a−3)の構成を挙げているが,本願明細書,引用例及び本件審決
の記載に照らすと,この部分を一致点として記載したことは,明らかな誤記である

と認める。)

ウ 相違点1:本願発明1は,前記p−n接合領域に隣接して透過性ウインドウ

層が配置されるものであるのに対して,引用発明は,透過性ウインドウ層が配置さ

れないものである点

エ 相違点2:本願発明1は,前記繰り返される特徴としての少なくとも1つの

山と少なくとも1つの谷のうちの少なくともいずれか1つは,円錐状又は三角形の

断面プロフィールを備えるように構成されるものであるのに対して,引用発明は,

凸部及び凹穴は,断面形状も略矩形とされているものである点

4 取消事由

本 願発明9ないし11に関する明確性の要件に係る判断の誤り(取消事由

1)

本願発明1に関する容易想到性に係る判断の誤り(取消事由2)

引用発明の認定の誤り

イ 相違点2に係る判断の誤り

第3 当事者の主張

1 取消事由1(本願発明9ないし11に関する明確性の要件に係る判断の誤り)

について

〔原告の主張〕

本件審決は,本願発明9ないし11について,そこにいうN個の2次界面な

いしN層の2次界面がどのような界面を意味するのか明確に理解することができな

いとする。

しかしながら,本願発明の請求項における「主界面」とは,例えば,本願明

細書の図11における界面7,8又は10のいずれかを示す一方,本願発明9ない

し11にいう「2次界面」とは,例えば,当該主界面以外の界面を示す。すなわち,

ここでいう「2次界面」とは,発光素子において光が発せられる界面が複数存在す
ることを示すために便宜的に用いた用語であり,複数の界面のうちのいずれかを示

す呼び名にすぎないのであって,
「主界面」及び「2次界面」は,いずれも例えば「第

1の界面」及び「第2の界面」などと言い換えることができるものである。

したがって,上記「2次界面」が意味するところは明確であり,それとともに備

えられる「主界面」がどのような界面を意味するのかも明確に理解することができ

るのであって,特許を受けようとする発明は,明確であり(特許法36条6項2号),

この点の判断を誤る本件審決は,取り消されるべきである。

〔被告の主張〕

本願発明9ないし11は,その特許請求の範囲の記載によれば,主界面のほ

かに,素子に配置されるN個の2次界面ないしN層の2次界面を含むものとされる

から,複数の界面を備えるものである。

そして,本願発明1の特許請求の範囲の記載によれば,主界面は,
「素子の表面に

配置され,少なくとも1つの選択された方向において繰り返される特徴によってテ

クスチャが形成されており,前記選択された方向のそれぞれにおいて関連する周期

性を備えて,光の抽出を増すようになっており,1つの周期内において,前記繰り

返される特徴として少なくとも1つの山と少なくとも1つの谷を有する断面プロフ

ィールを備える」とされている一方,本願発明9の特許請求の範囲の記載によれば,

2次界面は,主界面と同様に,
「それぞれに少なくとも1つの選択方向において繰り

返される特徴によってテクスチャが形成され,それぞれの選択された方法において

周期性を備えて光の抽出を増すようになっており,任意の周期内において少なくと

も1つの山と少なくとも1つの谷を有する断面プロフィールを備える」ものとされ

ているため,本願発明9ないし11の複数の界面のいずれが主界面であり,いずれ

が2次界面であるのかが明らかでない。

そして,本願明細書には,
「主界面」【0039】
( )及び「2次界面」【00


51】〜【0053】)についての記載があるが,これは,特許請求の範囲とほぼ同

一の内容が示されるにとどまるから,本願明細書を見ても,本願発明9ないし11
の複数の界面のいずれが主界面であり,いずれが2次界面であるのかが明らかでは

なく,N個の2次界面ないしN層の2次界面がどのようなことを意味するのか,ま

た,これらとともに備えられる主界面がどのような界面を意味するのか,明確に理

解することができない。

また,本願発明9ないし11の特許請求の範囲及び本願明細書の各記載のいずれ

にも,原告が主張するように,
「2次界面」が複数の界面のうちのいずれかを示す呼

び名にすぎず,
「主界面」及び「2次界面」がそれぞれ「第1の界面」及び「第2の

界面」等と言い換えられ得るものであることを見いだすことはできず,原告の主張

は,特許請求の範囲及び明細書の各記載に基づくものではない。

したがって,本願発明9ないし11が特許法36条6項2号の要件を満たし

ていないとした本件審決の判断に誤りはない。

2 取消事由2(本願発明1に関する容易想到性に係る判断の誤り)について

〔原告の主張〕

引用発明の認定の誤りについて

ア 本件審決は,引用発明として前記第2の3 アに記載の発明を認定し,そこ

で,
「光取出面での反射を低減して」高い発光効率を備えた発光ダイオードである旨

を認定した。

イ しかしながら,引用例(【0005】)の記載によれば,引用発明は,
「光取出

面において光が反射される場合には,その凹部と凸部とでそれぞれ反射される光が,

互いの位相が1/2波長だけ異なって打ち消しあうことになる」という作用によっ

て,発光素子からの光の反射を利用することを前提としているものであり,反射自

体を低減させるという技術的思想はない。

しかるところ,本件審決は,以上のような引用発明の技術的思想の本質を看過し

たものであり,その誤りは,本件審決の結論に影響を及ぼすものである。

相違点2に係る判断の誤りについて

ア 本件審決は,相違点2について,引用例には引用発明の「凸部」及び「凹穴」
の断面形状が適宜変更され,メサ形状あるいは逆メサ形状等にされていたり,凸部

の上面あるいは凹穴の底面が完全な平面とされていなくとも発明の効果が一応得ら

れることが記載されていると認められる(【0016】)から,引用発明の「凸部」

及び「凹穴」の断面形状を「少なくとも1つの山と少なくとも1つの谷のうちの少

なくともいずれか1つは,円錐状又は三角型の断面プロフィールを備える」と適宜

定めることに格別の困難を要するとまではいえないし,本願明細書には,当該断面

プロフィールに関する構成について,
「特徴形状は,円錐状の隆起及び窪みとするこ

とが可能である」【0026】
( )との記載があるにとどまり,当該構成の技術的意義

を明らかにする記載が見当たらず,当該構成とすることには格別の技術的意義があ

るものとは認められないから,引用発明において相違点2に係る本願発明1の構成

を採用することが,当業者が適宜なし得る形状の変更にとどまるものと解するのが

相当であるとする。

イ しかしながら,本願発明の課題及び特徴的な構成の技術的意義は,発光素子

からの光の抽出量を改善させることであり,特に,発光層からの光が,界面に対し

て臨界角より大きい入射角で入射する場合に,この光が全内部反射(TIR)され

て界面から外部へ脱出することができないという課題(本願明細書【0003】)を

解決するため,繰り返される特徴としての少なくとも1つの山と少なくとも1つの


谷のうちの少なくともいずれか1つは,円錐状又は三角型の断面プロフィールを備

えるように構成されている」界面における繰り返される特徴へ入射させることによ

り,当該光が全反射されることなく外部へ脱出できるように構成するという点にあ

る(【0012】【0013】【0019】【0020】【0026】 。


他方で,引用例に記載の発明は,光取出面における光の反射を利用して凹部と凸

部において反射される光を打ち消し合わせる発明であり【0004】0005】,
( 【 )

光取出面において光を反射させる構成を必須のものとしているのであって,発光素

子からの光の反射を利用することを前提としているものであり,反射自体を低減さ

せるという技術的思想はない。
このように,本願発明1は,引用例に記載の発明とは異なり,反射して戻る光を

利用するのではなく,むしろ,界面において光が反射することを回避するために,

上記断面プロフィールの構成を採用しているのである。したがって,本願発明1は,

引用例に記載の発明とは技術的思想を全く異にしているだけではなく,当該発明か

ら本願発明1を想到するについて阻害事由が存在するといい得るものである。

ウ 仮に,引用例に記載の発明を出発点としても,引用例の「メサ形状あるいは

逆メサ形状等とされていたり」【0016】
( )との記載から理解すべきは,引用例に

記載の発明の断面形状がメサ形状又は逆メサ形状等であるから,その凸部の上面又

は凹穴の底面が光を反射させるための平面を有する形状でなければならないという

ことである。加えて,引用例の「凸部の上面あるいは凹穴の底面が完全な平面とさ

れていなくとも,本発明の効果は一応得られる」
(【0016】 との記載は,
) 例えば,

製造時において完全な平面を求めることが酷であるから多少の製造上の誤差が許容

可能であること,又は製造時における加工容易性のための設計を考慮に入れられ得

ること等を示しているにすぎないと理解すべきものであるから,当該記載にかかわ

らず,引用例に記載の発明では,凸部の上面又は凹穴の底面において平面性が必要

とされているのであって,断面形状を円錐状又は三角型の断面プロフィールに変更

することは,その技術的思想に鑑みればあり得ないことである。

このように,引用例に記載の発明では,凸部及び凹穴が光を反射するための平坦

な平面を有することを必要としているため,当該発明には本願発明1の相違点2に

係る構成を採用する動機付けがなく,当該構成は,容易に想到することができたも

のではない。

エ したがって,以上に反する本件審決は,取り消されるべきである。

〔被告の主張〕

引用発明の認定の誤りについて

引用例(【0004】【0005】)の記載によれば,引用発明の前記作用は,「光

取出面に多数の凹凸を設け,その凹部と凸部との高さの差の工学的長さを,前記光
の1/4波長の奇数倍」との構成によるものといえる。そして,本件審決は,上記

構成を含めて引用発明を認定しているから,原告の主張に理由はない。

相違点2に係る判断の誤りについて

ア 本願明細書の記載によれば,本願発明は,
「半導体発光素子において,半導体

界面の反射及び透過特性を有利に変更して,半導体から光を抽出する効率のよい方

法が,極めて望まれている」【0011】
( )という課題を解決するために,「規則的

な制御された界面テキスチャ」【0012】
( 【0013】)を形成する手段を採用し

たものとされているが,本願明細書には,本願発明の相違点2に係る構成である円

錐状又は三角型の断面プロフィールに関して,
「特徴形状は,円錐状の隆起及び窪み

とすることが可能である。(
」【0026】)との記載があるにすぎず, 当該構成に特

有の技術的意義を明らかにする記載は見当たらない。すなわち,本願明細書には,

課題を解決するために「規則的な制御された界面テキスチャ」を形成すること以上

の記載がない。

他方,引用発明は,
「少なくとも1つの選択された方向において繰り返される特徴

によってテクスチャが形成されており,前記選択された方向のそれぞれにおいて関

連する周期性を備えて,光の抽出を増すようになっており,1つの周期内において,

前記繰り返される特徴として少なくとも1つの山と少なくとも1つの谷を有する断

面プロフィールを備える主界面」を備える点において本願発明1と一致するもので

あるから,
「規則的な制御された界面テキスチャ」を形成するものであり,本願発明

1と同じく,
「半導体発光素子において,半導体界面の反射及び透過特性を有利に変

更して,半導体から光を抽出する効率のよい方法」を得るための手段を備えるもの

といえる。

したがって,本願発明1の進歩性を判断するに当たって,引用発明は,先行技術

となり得るものである。

イ 他方で,引用例には,
「凸部の上面あるいは凹穴の底面が完全な平面とされて

いなくとも,本発明の効果は一応得られる」【0016】
( )として,引用発明におけ
る凸部の上面ないし凹穴の底面は,完全な平面とされている必要がないことが明記

されているから,引用発明における凸部ないし凹穴の断面形状をメサ形状(頂上が

平坦で,周囲が急傾斜した卓状地形のこと。メサ形状の断面形状とは,断面が台形

状であること。乙1)あるいは逆メサ形状としたり,さらには,凸部の上面ないし

凹穴の底面が完全な平面とされないものとして,三角型の断面プロフィールを備え

るようにすることは,当業者が適宜なし得る程度のことというべきである。なお,

引用例の上記記載に関する原告の主張は,引用例の記載に基づかないものであって,

根拠を欠くものである。

したがって,引用発明には,本願発明1の相違点2に係る構成である円錐状又は

三角型の断面プロフィールを備えるようにする動機付けがないとする原告の主張に

は理由がない。

ウ むしろ,本願明細書には「円錐状又は三角型の断面プロフィール」特有の技

術的意義を明らかにする記載が見当たらないことに照らせば,引用発明において本

願発明1の相違点2に係る構成を採用することは,当業者が設計上適宜なし得る単

なる形状の変更にとどまるものというべきであり,これと同旨の本件審決の判断に

誤りはない。

第4 当裁判所の判断

1 本願発明について

本 願発明は,前記第2の2に記載のとおりであるところ,本願明細書には,

本願発明についておおむね次の記載がある。

ア 本発明は,半導体発光素子の製造に関するものである。とりわけ,本発明は,

こうした素子からの光の抽出の改良を目指したものである(【0001】。


イ 半導体発光素子(LED)からの光抽出は,一般に空気(n≒1)又は透過

性エポキシ(n≒1.5)等の周囲環境に対する半導体材料の光屈折率が大きい(n

≒2.2〜3.8)ために制限されるのが普通であり,抽出量は,LEDのマクロ

形状寸法及び活性領域で発生した光の3次元放出分布にかなり左右される【000

2】。半導体から光を抽出する問題は,基本電磁気学の一例を利用することによっ


て理解することが可能である。すなわち,1つの媒質(T)からもう1つの媒質(U)

に入射する電磁平面波は,透過のために2つの媒質間の界面における位相整合条件

を満たさなければならない。この条件を満たさない波は,TIR(

。全内部反射)を生じ,媒質Uには伝搬しない。従来のLEDの場合,

媒質Iにおける光の速度が媒質Uにおけるよりも大幅に遅くなり,これらの媒質間

のインターフェイスが,平面又はテクスチャ形成されていない場合,位相整合条件

によって,透過が垂直入射角を中心とする狭い角度範囲で媒質Iから入射する光線

に制限される(【0003】。このような効果によって,LEDの抽出効率は,厳し


く制限される。典型的な素子は,p−n接合において広い範囲の方向に放出される

光子を発生するが,結果として,放出される光線のかなりの部分が,大きい斜角で

素子/周囲界面に入射する可能性がある。界面が平面又はテクスチャ形成されてい

ない場合,これらの光線は,TIRを生じることになり,第1のパスで脱出するこ

とはなく,素子内に吸収されやすい(【0005】。LEDからの光の抽出を改良す


るための従来技術であるLEDのマクロ形状寸法を変更する方法は,コストが高く

なるなどの問題を抱えており 【0006】,
( ) 素子の上部表面における反射防止コー

ティングを用いる方法は,半導体表面に対する平面性が維持されるので,素子/周

囲界面における有効脱出円錐が拡大することにはならず,光抽出の改善が制限され

る【0007】。
( )半導体LEDの表面のランダムなテキスチャ形成又は粗仕上げは,

実用的な電気的ポンプ素子の場合,素子内の損失性等によって,小規模な改善しか

得られず(【0008】 ,光子を表面プラズモン・モードに結合する方法は,変換メ


カニズムの効率が悪いので,全外部量子効率が低くなる 【0009】
( 【0010】。


ウ 光半導体発光素子において,半導体界面の反射及び透過特性を有利に変更

て,半導体から光を抽出する効率のよい方法が,極めて望まれている【0011】。
( )

エ LEDの任意の又は全ての界面における少なくとも1つの次元において周期

的な規則的界面テキスチャを備えるLEDによって,第1のパス光の抽出が改善さ
れる。界面のパターン形成は,脱出のために素子による多重パスを必要とせずに,

より多くの光を周囲に送り込めるように制御される。さらに,規則的なテキスチャ

界面によって,光線が周囲に脱出する場合のフレネル損失を減少させることが可能

になる。規則的にパターン化されたテキスチャ形成界面は,素子内における光の単

一波長に相当する特徴間隔を備えることが可能である。テキスチャ特徴の形状及び

寸法は,光の抽出が問題となる用途に採って最適になるように選択される 【001


2】。規則的な制御された界面テキスチャ形成の結果,素子/周囲界面における有


効脱出円錐の変化又は拡大によって光抽出の利得を向上させることが可能になる。

マクロ整形技法に比べると,規則的テキスチャ形成が必要とする製作プロセスは,

より単純である。ほぼ反射防止コーティングによって反射を最小限に抑えるやり方

で,フレネル損失を減少させることが可能である。最後に,第1のパス光に関して,

光抽出の利得がすぐに得られ,光は素子内から放出する前に素子構造内において多

重パスを繰り返さなくてよい(【0013】 。


オ 本発明において,界面は,異なる媒質間の領域又はこうした領域の隣接する

組合せと定義されるものとする。さらに,界面は,これら異なる媒質だけではなく,

素子の幾何学的構造の残りの部分に対するその位置及び配向によっても指定される

ものとする(【0018】。


カ 図4(活性層を挟む上下2層の断面図が描かれ,下層の最下面は,水平に描

かれているが,上層の最上面は,多数の均等な大きさの山と谷からなる波として描

かれている図。活性層との間で直角に近い角を形成する方向に出発したγ′の矢印

は,上層の最上面の外に向かって出ているが,活性層との間でより鋭い角を形成す

る方向に出発したγの矢印は,上層の最上面で,活性層に向かう1本の矢印及び上

層の最上面から放射状に外に向かう4本の矢印に分かれている。 には,
) 規則的テキ

スチャが形成された上部表面を備えるLEDが示されている。垂直にTIRを生じ

る光線γが,この上部表面に達すると,周囲にパワーを伝搬する。このパワー伝達

は,第1のパス時に生じ,素子内又は素子のエッジの吸収領域における光学損失の
確率を低下させる。テキスチャ形成されていない表面の臨界角によって形成される

角帯域幅内の光線(γ′)は,脱出が可能になる。規則的なテキスチャ形成の総合

的効果は,活性層の発行と素子の形状寸法及び周囲を整合させて,全抽出効率が大

幅に増す結果が得られるのが望ましい 【0019】。
( ) 界面における規則的なテキス

チャ形成によって,素子から周囲に透過する光線の反射損失も大幅に低下する。規

則的テキスチャは,広い角帯域幅にわたって良好な反射防止特性を示す。素子と周

囲との間における屈折率の急なステップが緩和され,有効屈折率値は,素子材料の

有効屈折率値と周囲の有効屈折率値との間で徐々に変化する中間領域が形成される

(【0020】。
) 最適性能に必要な規則的テキスチャ形成の特定の形状,寸法及び構

成は,用途によって決まる。特徴形状は,円錐状の隆起及び窪みとすることが可能

である。典型的な規則的構成は,方形,矩形又は六角形アレイとすることが可能で

ある。周期的間隔は,おそらく,素子内の光の波長と同じか又はそれより短い。テ

キスチャ形成界面の断面プロフィールは,隆起又は窪みによる山と谷を示し,高さ

又は深さによって決まるFWHM幅(最大値の1/2における全幅)のように界面

の平面に沿った個々の特徴の範囲も,素子内における光の波長の数倍以下と同等に

することが可能である。規則的パターンの間隔は,波長によって決まる。したがっ

て,界面における電磁位相整合条件を最適に変更して,周囲に伝搬する全パワーを

増大させるのは,重要である。パターンの局部的特徴の範囲及び深さは,光を透過

するための位相条件の変更効率に影響を及ぼす(【0026】。


キ 規則的界面テキスチャ形成とチップ整形を組み合わせた実施例もあり,角錐

台形状は,半球形との類似性によって選択されている。テキスチャ形成は,少なく

とも露出表面の1つに対して施される。フレネル損失を減少させ,抽出効率を高め

るためには,上部及び底部だけではなく,素子の面取りされた側部にもテキスチャ

形成を施すことが望ましい。面取りされた表面のパターン化は,レーザを利用した

光化学エッチングのような非接触パターン化技法によって実施するのが最も有効で

ある。さらに変形として,素子の端部エッジにも何らかのタイプの規則的テキスチ
ャを形成して,放出パターンの変更及び/又は抽出効率の一層の強化をはかること

も可能である(【0034】。


テキスチャが形成された界面には,透明なウィンドウ層が取り付けられている。

このウィンドウ層を設けることによって,活性層へ均一に電流を注入することがで

きるために,接点から拡散する電流を増加させることが可能である(【0035】。


実施態様1

(a)素子,該素子は,以下(a―1)ないし(a−4)を含む,
(a−1)基板,

(a−2)p−n接合領域,該p−n接合領域は複数の層を備え,その部分組をな

す複数層の極性が,p−n接合を形成するように逆極性になっており,層の1つが

基板に隣接している,
(a−3)透過性ウインドウ層,該透過性ウインドウ層は前記

p−n接合領域に隣接して配置され,及び,
(a−4)電気接点,該電気接点は前記

p−n接合領域に接続し,前記p−nに順バイアスをかける働きをする,
(b)主界

面であって,該主界面は,前記素子内に配置され,少なくとも1つの選択された方

向において繰り返される特徴によってテクスチャが形成されており,選択された方

向のそれぞれにおいて関連する周期性を備えて,光の抽出を増すようになっており,

1つの周期内において,少なくとも1つの山と少なくとも1つの谷を有する断面プ

ロフィールを備える主界面(【0039】)

実施態様13

実施態様1に記載の発光素子であって,該発光素子は,さらに次のものを含むこ

とを特徴とする,素子内に配置されるN層の2次界面(ここでN>1),該2次界面

は,それぞれに少なくとも1つの選択方向において繰り返される特徴によってテク

スチャが形成され,それぞれの選択された方法において周期性を備えて光の抽出を

増すようになっており,任意の周期内において少なくとも1つの山と少なくとも1

つの谷を有する断面プロフィールを備える(【0051】)

実施態様14

実施態様13に記載の発光素子であって,前記N層の2次界面の少なくとも1つ
の界面及び前記主界面が,異なる断面プロフィールを備えていることを特徴とする

発光素子(【0052】)

実施態様15

実施態様13に記載の発光素子であって,前記N層の2次界面の少なくとも1つ

の界面及び前記主界面が,異なる周期性でテクスチャが形成されることを特徴とす

る発光素子(【0053】)

本願発明の技術的意義について

以上の本願明細書の記載によれば,本願発明は,半導体発光素子(LED)から

の光が,空気等の周囲環境と半導体材料という2つの媒質間の界面が平面又はテク

スチャ形成されていない場合,界面における位相整合条件を満たさないと全内部反

射(TIR)が生じて素子内に吸収されることにより光抽出が制限されるという課

題を解決するため(前記 イ),媒質間の界面が,用途にとって最適になるように

選択される周期的な規則的界面テクスチャ(例えば,円錐状の隆起及び窪み,方形,

矩形又は六角形アレイ等)を備えるという手段を採用することで(前記 エ及びカ)

光取出面に対して臨界角より大きい入射角で入射する発光層からの光がTIRを起

こさないように界面の反射及び透過特性を有利に変更し,これにより,LEDから

の光抽出効率を向上させるという作用効果を有するもの(前記 ウ)であり,ここ

にいう「界面」について,本願発明1は,特定の形状ないし特徴を有する「主界面」

を備えていることを特徴とするものである(前記 ク)が,本願発明9ないし11

は,これに加えて,さらに特定の形状ないし特徴を有する「素子に配置されるN個

の2次界面(ここで,N>1)」を備えているものである(前記 ケないしサ)と

いえる。

2 取消事由1(本願発明9ないし11に関する明確性の要件に係る判断の誤り)

について

本願発明にいう「主界面」及び「2次界面」について

ア 本願発明に係る特許請求の範囲の記載によれば,本願発明1は,(a)基板,
p−n接合領域,透過性ウインドウ層及び電気接点からなる素子に加えて(b)特

定の形状ないし特徴を有する「主界面」を備えていることを特徴とする発光素子で

あるが,本願発明9ないし11は,これに加えて,さらに特定の形状ないし特徴を

有する「素子に配置されるN個の2次界面(ここで,N>1)」を備えているもので

ある。

そして,本願発明1に係る特許請求の範囲の記載は,主界面について,
「前記素子

の表面に配置され,少なくとも1つの選択された方向において繰り返される特徴に

よってテクスチャが形成されており,前記選択された方向のそれぞれにおいて関連

する周期性を備えて,光の抽出を増すようになっており,1つの周期内において,

前記繰り返される特徴として少なくとも1つの山と少なくとも1つの谷を有する断

面プロフィールを備える」ものとしており,本願発明が備える「主界面」について,

他の構成である「素子」との位置関係及びそれ自体の形状について明確に特定して

いるものといえる。したがって,本願発明における「主界面」の構成は,本願発明

1の特許請求の範囲の記載において明確にされているということができる。

また,本願発明9に係る特許請求の範囲の記載は,2次界面について,
「それぞれ

に少なくとも1つの選択方向において繰り返される特徴によってテクスチャが形成

され,それぞれの選択された方法において周期性を備えて光の抽出を増すようにな

っており,任意の周期内において少なくとも1つの山と少なくとも1つの谷を有す

る断面プロフィールを備える」ものとしており,本願発明9ないし11が備える「2

次界面」について,それ自体の形状について明確に特定しているものといえる。

イ しかしながら,本願発明の特許請求の範囲の記載によれば,
「主界面」と「2

次界面」とは,同一の形状で特定されているばかりか,本願発明9ないし11に係

る特許請求の範囲の記載には,
「主界面」と「2次界面」との位置関係が記載されて

いないため,両者を区別することができず,また,本願発明の属する技術分野にお

ける技術常識参酌しても,
「主界面」と「2次界面」との相違及び位置関係は,一

義的に明らかであるとはいえない。
そこで,本願明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌すると,そこには,本願発

明における「界面」について,異なる媒質間の領域又はこうした領域の隣接する組

合せと定義されるほか,素子の幾何学的構造の残りの部分に対するその位置及び配

向によっても指定されるものとする旨の記載がある 【0018】
( 前記1 オ)が,

当該記載は,
「主界面」と「2次界面」との相違及び位置関係を説明するものではな

い。

また,本願明細書の発明の詳細な説明には,素子の面取りされた側部や素子の端

部エッジにもテクスチャ形成を施すことが望ましいとの記載がある(【0034】。

前記1 キ) これらのテクスチャ形成が施される箇所が,
が, 本願発明における「主

界面」と「2次界面」のいずれに相当するかを特定する記載はない。

さらに,本願明細書の発明の詳細な説明には,本願発明9ないし11について記

載した箇所もある(【0051】〜【0053】。前記1 ケないしサ)が,ここに

は,本願発明9ないし11の特許請求の範囲の記載と同じ内容が記載されているに

すぎず,本願発明の「主界面」と「2次界面」との相違及び位置関係を明らかにす

るものとはいえない。

ウ 以上によれば,本願発明にいう「主界面」と「2次界面」との相違及び位置

関係は,本願明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌しても明らかではなく,両者

を区別することはできないというほかない。

原告の主張について

この点について,原告は,
「2次界面」とは発光素子において光が発せられる界面

が複数存在することを示すために便宜的に用いた用語であり,
「主界面」及び「2次

界面」の意味が明確であると主張する。

しかしながら,本願発明の特許請求の範囲の記載及び発明の詳細な説明には,原

告の上記主張を裏付けるに足りる記載はないから,当該主張は,本願明細書に基づ

かないものであるというほかない。また,本願発明の属する技術分野における技術

常識に照らしても,
「主」界面と「2次」界面との用語によって,直ちに原告の上記
主張のような意味が生じるとは認められない。

よって,原告の上記主張は,採用できない。

小括

以上によれば,本願発明における「主界面」と「2次界面」との相違及び位置関

係は,不明であり,両者を区別することはできないから,本願発明9ないし11に

係る特許請求の範囲の記載には,本願発明9ないし11の構成が明確に記載されて

いないというほかない。

よって,本件出願は,特許法36条6項2号に規定する要件を満たしておらず,

これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。

3 結論

以上の次第であるから,その余の取消事由について判断するまでもなく,原告の

請求は棄却されるべきものである。

知的財産高等裁判所第4部



裁判長裁判官 土 肥 章 大




裁判官 井 上 泰 人




裁判官 荒 井 章 光