運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連ワード 特許を受ける権利 /  承継 /  協議 /  黙示の合意 /  共同研究 /  先願主義 /  出願公開 /  優先権 /  共同出願 /  共有 /  債務不履行 /  援用権(援用) /  存続期間 /  優先日 /  製造承認 /  不存在 /  実施 /  業として /  実施料 /  同意 /  移転登録 /  対価 /  拡張 /  変更 /  期間の延長 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 15年 (ネ) 3177号 特許権持分移転登録手続等請求控訴事件
平成 16年 (ネ) 471号 承継参加事件

控訴人(1審原告) A
同訴訟代理人弁護士 山本忠雄
同 安部朋美
同 酒井一
同 中島和雄 (以下「原告」という。) 脱退前被控訴人承継参加人 旭化成ファーマ株式会社 (以下「参加人」という。) 脱退前被控訴人(1審被告) 旭化成株式会社 (以下「旭化成株式会社」という。)
上記両名訴訟代理人弁護士 三宅雄一郎
同 苅野浩
同 西舘勇雄
裁判所 大阪高等裁判所
判決言渡日 2004/09/01
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 本件控訴を棄却する。
ただし、当審における参加人の訴訟参加に伴う旭化成株式会社の脱退及び原告の訴えの変更(請求の相手方の変更)により、原判決は、「原告の参加人に対する請求をいずれも棄却する。」と変更された。
2 参加人の原告に対する訴えをいずれも却下する。
3 控訴費用及び参加費用は、全部原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 原判決を取り消す。
(2) 参加人は、原告に対し、別紙特許権目録記載2の特許権について、持分2分の1の特許権持分移転登録手続をせよ。
(3) 原告と参加人との間において、別紙特許権目録記載2の特許権について、
別紙製品目録記載2の医薬製剤の販売に関し、原告・旭化成株式会社間の昭和54年4月1日付け契約の補足として締結された昭和61年12月1日付け契約に基づく、参加人の原告に対する実施対価支払義務が同特許権の存続期間満了日まで存続することを確認する。
(4) 訴訟費用は、第1、2審とも参加人の負担とする。
(5) 仮執行宣言 2 参加人 (1) 原告は、参加人に対し、別紙特許権目録記載2の特許権について、持分2分の1の権利を有していないことを確認する。
(2) 原告と参加人との間において、別紙特許権目録記載2の特許権について、
別紙製品目録記載2の医薬製剤の販売に関し、原告・旭化成株式会社間の昭和54年4月1日付け契約の補足として締結された昭和61年12月1日付け契約に基づく、参加人の原告に対する実施対価支払義務のないことを確認する。
(3) 当審における訴訟費用は、全部原告の負担とする。
事案の概要
1 事案の要旨 (1) 本件は、原審において、原告が、旭化成株式会社との間で締結した昭和54年4月1日付け研究委託契約及びこれを補足する昭和61年12月1日付け対価契約に基づき、旭化成株式会社に対し、@別紙特許権目録記載1及び2の各発明は、いずれも同研究委託契約の成果であるにもかかわらず、同目録記載2の特許権につき旭化成株式会社のみが特許権者として登録されているとして、その持分2分の1の特許権持分移転登録手続を、A上記各契約に基づき、別紙特許権目録記載2の特許権について、別紙製品目録記載2の医薬製剤の販売に関し、旭化成株式会社の原告に対する実施対価支払義務が同特許権の存続期間満了日まで存続するにもかかわらず、旭化成株式会社がこれを争っているとして、同支払義務の存続確認をそれぞれ求めた事案である。
(2) 原審は、原告の前記(1)@、Aの各請求をいずれも棄却し、これに対して、
原告が本件控訴を提起した。
(3) 当審において、参加人が、旭化成株式会社から原告・旭化成株式会社間の権利義務関係一切を承継したとして、本件訴訟への参加申出をするとともに、原告に対し、原告が別紙特許権目録記載2の特許権について持分2分の1の権利を有していないことの確認と、前記各契約に基づく参加人の原告に対する実施対価支払義務のないことの確認をそれぞれ求め、旭化成株式会社が、本件訴訟から脱退し、原告が、前記(1)@、Aの各請求の相手方をいずれも旭化成株式会社から参加人に変更した。
2 基本的事実(証拠等を掲記した事実以外は争いがない。) 次のとおり訂正等するほかは、原判決2頁9行目から5頁9行目までに記載のとおりであるから、これを引用する(以下、原判決を引用するにあたり、特に断らない限り、原判決中「被告」とあるのを「旭化成株式会社」と読み替える。)。
【原判決の訂正等】 (1) 2頁14行目末尾の次に改行して、次のとおり加える。
「(3) 参加人(平成14年10月9日変更前の商号「株式会社サンホープ」)は、医薬品事業等を行っている株式会社である(弁論の全趣旨)。」 (2) 4頁21行目の「別紙特許権目録(裁判所注:原判決添付のもの)1及び2記載の各特許権」を「別紙特許権目録(裁判所注:本判決添付のもの)記載1及び2の各特許権」と、同24行目の「別紙被告製品目録(裁判所注:原判決添付のもの)」を「別紙製品目録(裁判所注:本判決添付のもの)」とそれぞれ改める。
(3) 5頁9行目末尾の次に改行して、次のとおり加える。
「5 参加人は、平成15年10月1日に旭化成株式会社から、同社の医薬・医療カンパニー及び大仁支社に関する一切の営業を商法374条の16の吸収分割により承継した。これにより、参加人は、旭化成株式会社から、原告・旭化成株式会社間の権利義務関係一切を承継した。」 3 争点及び当事者の主張 (1) 原契約の終了時期は、平成8年3月31日(原告の主張)か、昭和62年3月31日(参加人の主張)か。
(原告の主張) 争点(1)に関する原告の主張は、次のとおり訂正するほかは、原判決5頁12行目から8頁2行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。
【原判決の訂正】 ア 7頁7行目、同12行目及び同20行目の各「被告の主張」をいずれも「参加人の主張」と改める。
イ 7頁22行目冒頭から8頁2行目末尾までを、次のとおり改める。
「2(1) したがって、本件特許権2(出願年月日平成8年6月10日)の発明も、原契約の委託期間終了(平成8年3月31日)後1年以内に取得される本件研究に関する発明であるから、原契約5条1項に基づき、原告と旭化成株式会社の承継人である参加人との共有とされるべきである。
(2) 仮に、原契約5条1項は、特許を受ける権利限りの規定にとどまり、当該特許を受ける権利の延長線上に成立した特許権の処理についてまでも規定したものと解されないとすれば、原告は、旭化成株式会社の債務不履行による履行不能に基づく代償請求権により、参加人に対し、本件特許権2について、2分の1の特許権持分移転登録手続を請求し得ると解すべきである。すなわち、本件は、旭化成株式会社が原契約5条1項に違反して、本件特許権2の特許を受ける権利の持分を原告に譲渡せず、自己単独で特許出願をして既に特許を得たことにより、今となっては、同条項の特許を受ける権利共有義務や共同出願義務の履行を不能ならしめ、その履行を不能ならしめたのと同一の原因によって、履行の目的物(特許を受ける権利の2分の1の持分)の代償と考えられる利益(本件特許権2の2分の1の持分)を取得した場合に該当するから、原告は、上記履行不能により受けた損害(本件特許権2の2分の1の持分)を限度として、旭化成株式会社の承継人である参加人に対し、参加人が取得した上記利益(本件特許権2の2分の1の持分)の償還を請求し得ると解すべきである。
(3) 本件特許権2の実施品であるエリル注Sの販売に関しても、原契約7条2項及びこれを補足する対価契約に基づき、本件特許権2の存続期間満了日まで、旭化成株式会社の承継人である参加人の原告に対する実施対価支払義務が存続するというべきである。 」 (参加人の主張) 争点(1)に関する参加人の主張は、次のとおり訂正等するほかは、原判決8頁12行目から11頁5行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。
【原判決の訂正等】 ア 8頁14行目の「上記」を「前記」と改める。
イ 10頁9行目の「原告」を「A元教授(裁判所注:原告のこと。以下、
同じ。)」、同10行目及び同11行目の各「原告」を「A元教授」とそれぞれ改める。
ウ 11頁2行目の「2(1)」を「2」と改め、同4行目の「原告」の前に「旭化成株式会社の承継人である参加人と」を加え、同5行目の「被告の原告に対する対価支払義務」を「旭化成株式会社の承継人である参加人の原告に対する実施対価支払義務」と改める。
(2) 本件特許権2の発明時期は、昭和61年(原告の主張)か、平成7年(参加人の主張)か。
(原告の主張) 仮に、参加人の主張する時期(昭和62年3月31日)に原契約が終了したとしても、エリル注S(本件特許権2の実施品)は、エリル注(本件特許権1の実施品)とは1/2水和物であるという違いがあるのみで、その製品情報概要の効能等の記載は全く同一であるから、本件特許権2は、本件特許権1と全く同一の化学物質で薬効も全く同じ物質特許であるところ、本件特許権1の発明について特許出願がなされた翌年である昭和61年には、同特許明細書記載の製法によりメタノール再結晶品として得られる塩酸ファスジル無水物が、40℃湿度70%の環境下で1/2水和物に変化することが既に確認され、温度安定性も良好であることも同時に判明しており、本件特許権2の発明物質である1-(5-イソキノリンスルホニル)ホモピペラジン塩酸塩1/2水和物は、原契約に基づくエリル注の研究開発が臨床試験に入った段階である昭和61年中には既に作られ、その存在は、原告を含む同研究開発の従事者にとっては周知になっていた。
したがって、本件特許権2の基礎となった発明も、原契約終了(昭和62年3月31日)以前に原告の関与の下になされたというべきであるから、その特許を受ける権利は、原契約5条1項により、原告と旭化成株式会社の承継人である参加人との共有となる。
(参加人の主張) 本件特許権2は、その成分や薬効に関して特許性が与えられたのではなく、その物性としての温度安定性と打錠性が著しく優れている点にその特徴点が認められて、特許権が与えられたものである。したがって、本件特許権2の発明時期は、これらの物性が特許出願を行うことに耐えられる程度まで確定的に明らかになった時点、すなわち、出願直前の平成7年6月である。このように、本件特許権2の発明時期は、原契約が終了した昭和62年3月31日から8年以上が経過した平成7年6月のことであるから、その特許を受ける権利が旭化成株式会社の承継人である参加人と原告との共有になるはずがない。
また、エリル注とエリル注Sとは、製薬原体の規格が異なっているものの、医薬品製剤としては同一性の認められるものであるから、製品情報概要における効能等の記載が一致することは当然である。しかし、上記のとおり、本件特許権2は、効能等に関する特許ではなく、全く別の観点(1/2水和物とすることによる温度安定性と打錠性)から与えられた特許であるから、その意味において、エリル注とエリル注Sとは同一の物ではない。
(3) 参加人の原告に対する前記第1の2(1)、(2)の各確認請求に係る訴えは、
確認の利益があるか。
(原告の主張) 原告は、本来有し得べき本件特許権2の持分権を旭化成株式会社に奪われた立場にあり、それ故、本件訴訟によりその正当な回復を求めて、旭化成株式会社の承継人である参加人に対し、上記持分権の移転登録手続を求めている。これに対して、参加人は、単に、原告が上記持分権を現在有していないことの確認を求めているにすぎず、そのようなことを確認しても本件紛争の解決には何ら役に立たないことは明らかである。
したがって、参加人の原告に対する訴えのうち、原告が本件特許権2について持分2分の1の権利を有していないことの確認請求に係る訴えは、確認の利益を欠く不適法な訴えとして却下されるべきである。
(なお、原告は、前記第1の2(2)の確認請求に係る訴えの適否については特に言及していない。) (参加人の主張) 争う。
当裁判所の判断
1 争点(1)(原契約の終了時期)について 争点(1)についての判断は、次のとおり訂正等するほかは、原判決11頁16行目から19頁4行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。
【原判決の訂正等】 (1) 12頁17行目の「上記」から同18行目の「後記信用しない部分を除く。))」までを「前記基本的事実、乙9(Dの陳述書)のほか後掲各書証、証人D(以下「証人D」という。)の証言、原告本人の供述(ただし、後記信用しない部分を除く。)」と改める。
(2) 13頁4行目の「原告の関与する会社」を「国庫である三重大学医学部薬理学教室から、金銭の出し入れがもう少し原告の自由になる原告の関与する会社に変更すること」と改める。
(3) 13頁13行目末尾の次に改行して、次のとおり加える。
「 こうして、旭化成株式会社は、昭和54年4月1日から昭和62年3月31日までの間、毎年、原契約及び契約延長に関する覚書(甲2、乙4の1〜5)に基づく『研究委託費』(昭和54年度ないし昭和56年度分は各500万円、昭和57年度ないし昭和61年度分は各800万円)を、三重大学医学部薬理学教室(ただし、あて先は同大学学長名)に『奨学寄付金』の名目で、国庫納付手続により入金していた。」 (4) 13頁23行目の「昭和57年度については」の次に「、研究委託費が500万円から800万円に増額され、」を加える。
(5) 14頁22行目の「考えて、」の次に「対価契約を締結した直後ころ、」を加え、15頁15行目冒頭から16頁2行目末尾までを、次のとおり改める。
「 原告に譲歩案を拒絶され、上層部への直談判まで行われた旭化成株式会社としては、折しもエリル注の臨床試験が開始されたことであり、原告との間で本件研究、エリル注の開発を巡る紛争が発生する等して、以後の開発作業が円滑に進まなくなる事態を回避するために、結局、原契約の延長に関する覚書を取り交わすことも、譲歩案として示した新たな研究委託契約を締結することもしないまま、名古屋大学医学部薬理学研究室への研究助成としての奨学寄付金という名目で、従前と同額の800万円を支払うことを決定した。(以上の認定に対し、原告は、旭化成株式会社による対価契約の締結が高額の医療機器の購入斡旋の便宜を図ったことに基づくかのように主張するが、本件全証拠によっても、これを認めるに足りない。
また、原告本人は、旭化成株式会社から、昭和62年3月31日をもって原契約を終了し、それ以降は原契約の延長をしない旨の申入れを受けたことはなかった旨の供述をする。しかしながら、証人Dは、原告に対し、対価契約締結直後の昭和61年12月ころ、E専務取締役とともにその旨を伝えたほか、その後、昭和62年9月末ころ、F研究開発本部部長とともに名古屋大学に赴いた際、再度、そのことを伝えた旨、原告本人の上記供述とは反対趣旨の証言をし、Dの陳述書(乙9)にも同趣旨の記載がある。そして、当時の交渉状況を示す書面のうち、まず、旭化成株式会社の原告あて昭和62年10月27日付け書面(乙10)には、@原契約の関係で、支払額を800万円から300万円に減額すること、その支払方法を名古屋大学へ奨学寄付金として納入する分と原告個人へ支払う分の半々とすること、支払期間を厚生省へ最初の製造承認申請を行った日の属する年度末までとすること、A今後、両者が協議して決める新規テーマ、例えば、循環器領域といった広い範囲で設定したテーマの関係で、昭和63年4月から2年間、各200万円を奨学寄付金として名古屋大学に納入すること、B上記昭和63年度以降の旭化成株式会社の提案に、原告が同意すれば、昭和62年度分に限り、特に契約なしで奨学寄付金として800万円を名古屋大学に納入することを提案する旨が記載されている。この記載内容にかんがみると、旭化成株式会社には、契約の延長に関する覚書を取り交わして原契約を更新するという従前の方式を踏む意図はなく、上記書面は、原契約の更新(原契約の有効期間ないし研究委託期間の延長)を申し入れたものとは、到底解しがたい。次に、原告のG(当時の旭化成株式会社代表取締役副社長)あて昭和62年11月14日付け書面(乙11)には、原告は、覚書に基づき指導料の支払を受けることについては原則的に了解するが、金額は従前と同額か又は少し増額すること、年額300万円にしようとする旭化成株式会社の提案に対しては全面的に拒否すること、どうしても同社が原告に不利な要求をするなら、原告は弁護士を通じて交渉する所存であることが記載されている。この記載内容にかんがみると、原告が、旭化成株式会社から上記提案を受けて、従前、同社との間で行ってきた原契約を更新するための交渉とは様子が違うことに少なからぬ危機感を抱いていたことがうかがえる。したがって、上記証人Dの証言や当時の交渉状況を示す各書面(乙10、11)の記載内容に照らし、原告本人の上記供述は信用することができない。)」 (6) 16頁3行目の「被告」から同4行目の「続けてきた。」までを「旭化成株式会社は、昭和62年4月1日から平成8年3月31日までの間、前記(2)の奨学寄付金(昭和62年度ないし平成7年度分)として、名古屋大学医学部薬理学教室(ただし、あて先は同大学学長名)に、毎年800万円の国庫納付手続による入金を続けた。」と改め、同行目の「しかし、」の次に「その間、」を加える。
(7) 16頁11行目末尾の次に改行して、次のとおり加える。
「(上記平成8年度の200万円について、原告は、原告が旭化成株式会社に日本生化学会大会の運営資金を援助するように依頼したところ、旭化成株式会社がこれに応じて寄付したものであって、平成7年度以前の金員とは全く性質の異なるものである旨主張し、その裏付証拠として、同大会の大会賛助リスト(甲19の1、2)を提出し、これに沿う原告本人の供述もある。しかしながら、@参加人が、旭化成株式会社は、日本生化学会大会に200万円を寄付したことはなく、旭化成株式会社が原告担当窓口を含めて原告から上記200万円が同学会の寄付に充てられたとの話を聞かされたことはない旨主張していること、A旭化成株式会社は、平成8年以前から日本生化学会に毎年10万円を寄付しており、そのため毎年のように旭化成株式会社の名前が同学会の冊子に賛助企業として掲載されていること(乙12の1〜7、弁論の全趣旨)、B原告提出の大会賛助リスト(甲19の1、2)は、参加人が援用する上記冊子(乙12の1〜7)に掲載された賛助企業名のみを記載したリストと同じ体裁のものにすぎないこと、Cそもそも、民間企業が学会に寄付をする場合、当該学会に直接寄付するのが簡明かつ通常であって、これをわざわざ手続が面倒で煩瑣な国立大学を経由した方法で行うとは考えがたいことに照らし、原告本人の上記供述は信用することができない。他に、原告の上記主張事実を認めるに足りる証拠はない。)」 (8) 17頁12行目の「上記」を「前記」と改め、同15行目の「確かに」から18頁1行目末尾までを、次のとおり改める。
「確かに、原告の要求を受け、旭化成株式会社が、従前と同額の金員(800万円)を、昭和62年4月1日以降も原告に支払ってきた事実は認められるが、
旭化成株式会社は、支払金額の増額等を求める原告の交渉態度や、新たな研究委託契約の締結という研究者にとって相応の価値を有するとも思われる譲歩案を拒否された交渉経緯等から、本件研究、エリル注の開発を巡る原告との紛争を回避し、以後の開発作業を円滑に進める趣旨から、従前、原告・旭化成株式会社間で取り交わしてきた原契約の延長に関する覚書を交わさないことにした上で、名実ともに奨学寄付金という費目により、原告の要求に応じたものにすぎないと推認される。したがって、このように、従来の原契約の延長に関する覚書を取り交わした上で、実質は研究委託費、形式上は奨学寄付金であるとされていた金員から、原契約の延長に関する覚書を取り交わさずに、名実(実質、形式)ともに奨学寄付金とされた金員が、旭化成株式会社から原告に支払われ続けたからといって、黙示にせよ、原契約の延長があったと推認することはできない。」 (9) 18頁3行目の「上記」を「前記」と改め、同11行目冒頭から同16行目の「できない。」までを、次のとおり改める。
「(3) 原告は、原告と旭化成株式会社研究者との共著論文の存在を原契約延長の根拠の一つとして主張し、上記共著論文の存在自体は認められる(甲13、17、22)。しかしながら、各論文の記載内容が本件に関連するものか否か、当該論文発表時における原告の関与がどのようなものであったのかを具体的かつ明解に説明する資料は見当たらない。」 (10) 18頁23行目の「他に」から同末行末尾までを改行した上で、次のとおり改める。
「(4) また、原告は、@原契約は、その契約目的からみて延長を予定した契約であるから、約定の期間が到来しても自動的に終了せず、これを終了させるためには、一方当事者から契約延長をしない旨の意思表示が相手方当事者に対してなされることが必要である、A仮に、昭和61年ないし62年ころ、旭化成株式会社から原告に対して原契約を終了したい旨の意思表示が表明されていたとしても、それは、あくまでも、研究委託費の減額を主たる内容とする原契約6条の『別途契約』の締結を停止条件とするものであり、結局、『別途契約』は締結されなかったから、原契約終了の条件は成就することはなく、原契約終了の法的効果は生じていない、B旭化成株式会社は、原告との交渉の経過を通じて終始一貫、原告に対し、原契約の本件研究の範囲に属する臨床指導の依頼をしており、その対価としての昭和62年度以降の奨学寄付金の額については、双方交渉の結果、従前と同額の800万円とすることで口頭合意されたから、そのことにより原契約の延長が黙示的に合意されたことになる、C昭和62年度以降平成7年度までは、毎年、契約の延長に関する覚書は作成されていないが、旭化成株式会社は、上記口頭合意に基づき、それ以前と同様に、原告の薬理学教室の研究費に使用されるとの認識の下に、毎年800万円の奨学寄付金を支払い続け、原告も、原契約に基づく研究協力を続けたから、昭和62年度以降平成7年度までは、黙示の合意による原契約の延長がされ続けたことになるとして、原告・旭化成株式会社間に原契約の延長に関する上記黙示の合意が存在したことを理由に、原契約は平成7年度(平成8年3月31日)まで継続していたと主張する。
しかしながら、前記基本的事実及び前記2の認定事実によって認められる次の事実や経緯等、すなわち、@原契約は、原告への研究委託期間を同契約締結日である昭和54年4月1日から2年間と約定し、同契約を自動更新する旨の契約条項を設けていないから、約定の期間が到来すれば終了することを前提としているものと解されること、A実際、旭化成株式会社は、昭和56年度ないし昭和61年度については、毎年、原契約の研究委託期間が終了するころに、原告との間で、原契約を更新する趣旨で、契約延長に関する覚書を作成してきたこと、Bその後、旭化成株式会社は、昭和60年4月2日、本件特許権1の発明について原告と共同で特許出願をし、昭和61年10月9日には、出願公開がされるに至り、原告と旭化成株式会社は、同年12月1日付けで原契約7条2項対価支払に関する対価契約を締結したこと、C対価契約が締結された段階で、旭化成株式会社は、原告に対し、昭和62年3月31日をもって(昭和62年度以降)原契約の延長をしない旨を申し入れており、この申入れが、原契約6条の『別途契約』の締結を停止条件とする趣旨でなされたものであるとは解しがたいこと、Dその後、原告と旭化成株式会社の間で、昭和62年度以降の契約の枠組み(将来における両者の契約関係の在り方)について交渉がなされており、交渉の内容は研究委託費800万円の減額にとどまるものではなかったこと、Eところが、原告が、800万円ないしその増額を要求し、旭化成株式会社がこれを拒否する場合は、弁護士による交渉も辞さないとの強硬な姿勢を示したため、旭化成株式会社は、妥協策として、原契約の延長に関する覚書を取り交わすことも、原告に譲歩案として示した新たな研究委託契約を締結することもしないまま、原告の移籍先である名古屋大学医学部薬理学研究室への研究助成としての奨学寄付金という名目で、従前と同額の800万円を支払うことにしたこと、Fそして、旭化成株式会社は、昭和62年度以降、毎年、原告と原契約の延長に関する覚書を取り交わさないまま、上記奨学寄付金800万円の支払を続けていたが、平成5年10月28日に本件特許権1が登録され、平成7年6月30日にその実施品であるエリル注について製造承認がされ、同年9月18日に発売が開始されるに至り、対価契約に基づく旭化成株式会社の原告に対する実施料の支払を開始することになったため、上記奨学寄付金の支払を平成7年度をもって中止する旨を原告に申し入れたこと、Gこの段階に至っても、原告は、上記奨学寄付金の支払の継続を要求したため、旭化成株式会社は、大幅に減額した200万円を平成8年度に限って支払うこととし、平成9年度以降については、上記奨学寄付金を支払っていないことを総合すると、昭和62年度以降平成7年度まで黙示の合意による原契約の延長がされ続けていたとは到底認めがたく、むしろ、原契約は昭和62年3月31日の経過をもって終了したとみるのが相当である。そして、他に、
原告主張の上記黙示の合意の存在を認めるに足りる証拠はないから、原告の上記主張も採用することができない。
(5) さらに、原告は、原契約が昭和62年3月31日をもって終了していないことの理由として、仮に、旭化成株式会社が原告に対して、原契約を一方的に解消することを申し入れていたとするならば、原告は、旭化成株式会社の支出した研究開発費を同社に支払い、全ての技術的データを買い受け、他の企業にそれを提供して、目的医薬品の開発を進めていたはずであると主張する。しかしながら、前記2で認定したところによれば、旭化成株式会社は、昭和62年3月31日以降も、
それまでに原契約に基づく本件研究によって得られた成果の商業化を推進していたのであるから、それ以前である原契約の延長をしない旨を原告に申し入れた段階で、旭化成株式会社が上記成果の商業化を行わないことを決定していたとは認めがたい。したがって、上記申入れがなされた段階で、原告が旭化成株式会社から上記成果を買い受ける余地があったとは到底いえないから、原告の上記主張は採用することができない。
そして、他に、原契約が延長されることなく昭和62年3月31日をもって終了したことと相いれない事情は見出せないから、結局、本件全証拠によっても、原契約が延長されたと認めるに足りない。」 (11) 19頁1行目冒頭の「(4)」を「(6)」と改め、同4行目末尾の次に「そうすると、本件特許権2(出願年月日平成8年6月10日)の発明は、原契約が終了した昭和62年3月31日から1年が経過した後に取得されたものであるから、原告と旭化成株式会社の承継人である参加人の共有とはならず、また、この点について、参加人の原告に対する実施対価支払義務も生じない。」を加える。
2 争点(2)(本件特許権2の発明時期)について 争点(2)についての判断は、次のとおり訂正するほかは、原判決19頁5行目から21頁7行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。
【原判決の訂正】 (1) 19頁5行目冒頭の「4(1)」を「1」と、同10行目の「被告」を「旭化成株式会社の承継人である参加人」と、同15行目冒頭の「(2)」を「2」とそれぞれ改める。
(2) 20頁5行目の「31行」を「32行」と改め、同16行目冒頭から同25行目末尾までを次のとおり改める。
「3 前記のとおり、本件特許権2は、成分や薬効に関して特許性が与えられたのではなく、その物性としての温度安定性と打錠性が著しく優れている点に特徴点が認められて、特許権が与えられたものである。そうすると、本件特許権2の発明時期は、これらの物性が特許出願を行うことに耐えられる程度まで確定的に明らかになった時点とみるのが相当である。また、本件特許権2の従来技術の一つに位置づけられた塩酸ファスジル・3水和物(特願平7-163341号明細書)は、
この点に関する参加人の主張も斟酌すれば、平成7年6月ころに特許出願されたものと認められ、先願主義の下では、一般に特許出願に近接した時点に発明されたものと推認される。そして、本件全証拠によっても、本件特許権2の発明について、
特許出願をことさら遅らせる特段の事情の存在を認めるに足りないことを合わせ考慮すると、本件特許権2の発明(優先日は平成7年7月3日)は、その特許出願手続に要する期間を考慮しても、遅くとも平成7年6月、7月ころまでに発明されたと推認するのが相当である。
4 この点について、原告は、本件特許権1の発明について特許出願がなされた翌年である昭和61年には、同特許明細書記載の製法によりメタノール再結晶品として得られる塩酸ファスジル無水物が、40℃湿度70%の環境下で1/2水和物に変化することが既に確認されており、温度安定性も良好であることも同時に判明していたから、本件特許権2の発明は本件特許権1の発明と同時期に発明された旨主張し、これに沿うかのような原告本人の供述や原告の陳述書(甲11)、H(以下『H』という。)の各陳述書(甲12、20)がある。
そこで検討するに、原告本人(速記録20〜21頁)は、『これ(本件特許権2の1/2水和物)は、もうエリル注を見付けた段階で、我々は見付けておりました。』、『(昭和60年ころには)分かっておりました。』と供述し、原告の陳述書(甲11)には、『当時の開発上の最も大きな出来事の一つに、現在のエリル……の結晶の処理についての決断がありました。つまり、特許(裁判所注:本件特許権1の明細書)に記載されている普通の方法でエリルを合成すると、いろんな形の結晶が得られることが分かった。つまり、同じエリルという物質であるにもかかわらず、結晶の大きさや形が異なっていることがわかったわけである。このような結晶多形という現象は、他の薬剤でもよく観察されることであって、当時(1987〜88年頃)……プロジェクトのリーダーであったH氏(裁判所注:Hのこと)……などが、私が考えていた通り、結晶多形はエリルの結晶中の水含量が異なることによることを確かめていた。つまり、1/2から3分子の水加物に至るまで、数種類の水の含量が異なる結晶が混在していたわけである。このような場合、本体であるエリルの安定した基準(規格)を作るためには、水の含量を一定にすることが必須であると考えられた。そこで、一番単純な方法として水分を完全に除去した無水物を作り、それをエリル注用として用いることにしたわけである。それを用いたのが発売当初のエリル注であります。しかし、後年現在使用されている1/2水加物であるエリル注Sに取って代わったのは、錠剤用と同じ原薬を使うという利便性からであり、1/2分子の水を含むエリル注Sが市販されることになった。つまりエリル注Sは、1987年(裁判所注:昭和62年)当時原告を含む研究開発に従事していた責任者にとっては、周知の事実であったわけであります。』との記載がある。また、Hの陳述書には、『エリル注とエリル注Sとが基本的には同一化合物であり、
薬理学的には相同であること、および、エリル注S特許(裁判所注:本件特許権2の発明)を構成する要件が、A―旭化成共同研究の中ですでに判っていた……。』(甲12)、『過酷試験において、本原体(裁判所注:塩酸ファスジル原体)の……熱安定性については担保されました。……我々は、データの不安定性が、原体の『結晶多型』に起因すると仮定し、原体の単一化を図った。製造最終工程『メタノール晶析』に出てくる標品を室温(常温、常湿)に放置しておくと、主として1/2水和物が出現してくることを突き止めた。そのため、この多型化を防ぐため、水再結晶標品を摂氏100度以上にさらし、無水物を得、原体の単一化をはかり、果たして品質規格を設定することができた。この『結晶多型』については、A先生……にも周知して頂いていたと記憶しております。……つまり、塩酸ファスジル原体には、無水物、1/2水和物、3水和物(後に判った)が含まれ、高温化にて放水の後、
無水物になると結論つけた、と記憶している。……また、この塩酸ファスジル原体の結晶多型について、製造承認のための厚生省の事前審査の際、原体に含まれる類縁化合物と水和物に関し指摘され、基礎研究サイトで対応したことは今も記憶に新しい。以上のことより、塩酸ファスジル1/2水和物は、1986年(裁判所注:昭和61年)には確認され、A先生をはじめ、関係者には周知が諮られていたと記憶する。』(甲20)との記載がある。
しかしながら、Hの陳述書(甲20)に記載された『熱安定性』は、
『無水物』に関することであって、『1/2水和物』に関することではないと考えられ、結局、原告がプロジェクトのリーダーであったとしているHの各陳述書(甲12、20)は、いずれも本件特許権2の発明が特許性を認められた特徴点である物性としての温度安定性と打錠性について何ら触れていない。そして、上記原告本人の供述や原告及びHの各陳述書(甲11、12、20)の記載によっても、いつ、
どのような経緯で、誰が本件特許権2の発明物質である1-(5-イソキノリンスルホニル)ホモピペラジン塩酸塩1/2水和物を発見又は作り出し、特許性が認められた上記特徴点(温度安定性と打錠性)を確知し、しかも、その過程において原告がどのように関与したかは明らかではなく、むしろ、原告は関与していないのではないかとの疑問すら生じるから、本件特許権2の発明は本件特許権1の発明と同時期に発明された旨の上記原告本人の供述や各陳述書の記載はいずれも信用することができない。
そして、他に、原告の上記主張事実を認めるに足りる証拠はなく、結局、前記3の本件特許権2の発明時期に関する推認は左右されない。」 (3) 20頁末行冒頭の「(3)」を「5」と、21頁6行目の「被告」を「旭化成株式会社の承継人である参加人」とそれぞれ改める。
3 争点(3)(参加人の原告に対する訴えの適否)について 訴訟の係属中に当該訴訟の目的である義務を承継した第三者(承継人)が当該訴訟に参加する場合(民事訴訟法51条)、承継人は、参加申出とともに、被承継人の相手方当事者に対して義務の不存在を内容とする消極的確認請求を定立することが必要であるとされている。
参加人(承継人)は、当審において、上記の趣旨に沿って、本件訴訟への参加申出とともに、原告(相手方当事者)に対する各請求(原告が本件特許権2について持分権を有していないことの確認請求と、原契約及び対価契約に基づく参加人の原告に対する実施対価支払義務のないことの確認請求)を定立した。ところが、
旭化成株式会社(被承継人)は、本件訴訟から脱退し、これに対応して、原告は、
原審以来の原告の各請求(本件特許権2の特許権持分移転登録手続請求と、原契約及び対価契約に基づく実施対価支払義務の存続確認請求)の相手方をいずれも旭化成株式会社から参加人に変更した。したがって、本件訴訟は、結局、原告、旭化成株式会社及び参加人の三当事者訴訟から、原告・参加人間の二当事者対立訴訟に帰着した。
ところで、確認の訴えの利益(確認の利益)は、確認の訴えを提起した者の権利又は法律的地位に危険・不安定が現存し、かつ、その危険・不安定を除去する方法として当該訴えの提起者・その相手方間に当該確認請求について判決をすることが有効適切である場合に認められる。
これを本件についてみるに、原告の参加人に対する本件特許権2の特許権持分移転登録手続請求と、参加人の原告に対する原告が本件特許権2の持分権を有していないことの確認請求とは、後者の確認の対象が前者の登録手続請求権の基本となる権利であるという関係にあり、また、原告の参加人に対する原契約及び対価契約に基づく参加人の原告に対する実施対価支払義務の存続確認請求と、参加人の原告に対する原契約及び対価契約に基づく参加人の原告に対する実施対価支払義務のないことの確認請求とは裏腹の関係にある。そうすると、原告の参加人に対する上記各請求について本案判決をすれば、参加人の原告に対する上記各確認請求について本案判決をするまでもなく、本件特許権2についての持分権と、原契約及び対価契約に基づく実施対価支払義務に係わる参加人の権利又は法律的地位の危険・不安定はいずれも除去される。
したがって、参加人の原告に対する上記各確認請求に係る訴えは、いずれも確認の利益がない。
4 その他、原審及び当審において当事者が提出、援用した各準備書面等に記載の主張に照らし、原審及び当審で提出、援用された全証拠を改めて精査しても、当審及び当審の引用する原審の認定判断を覆すに足りるものはない。
5 結論 以上によれば、原告の参加人に対する各請求は、いずれも理由がないから、
これを棄却すべきであり、参加人の原告に対する各訴えは、いずれも確認の利益がないから、これを却下すべきである。
よって、原告の本件控訴は理由がないからこれを棄却し(ただし、参加人の訴訟参加に伴う旭化成株式会社の脱退及び原告の請求の相手方の変更により、原判決は、「原告の参加人に対する請求をいずれも棄却する。」と変更された。)、参加人の原告に対する訴えはいずれも却下することとし、主文のとおり判決する。
(当審口頭弁論終結日 平成16年6月2日)
追加
(別紙)特許権目録1特許番号第1795364号発明の名称血管拡張剤出願年月日昭和60年4月2日登録年月日平成5年10月28日登録名義人旭化成株式会社A2特許番号第2899953号発明の名称1-(5-イソキノリンスルホニル)ホモピペラジン塩酸塩1/2水和物出願年月日平成8年6月10日優先権主張国名日本出願年月日平成7年7月3日(優先日)登録年月日平成11年3月19日登録名義人旭化成株式会社・(別紙)製品目録1商品名エリル注一般名塩酸ファスジル承認番号(07AM)0541承認年月日平成7年6月30日2商品名エリル注S一般名塩酸ファスジル水和物承認番号21100AMZ00380000承認年月日1999年(平成11年)3月15日
裁判長裁判官 竹原俊一
裁判官 小野洋一
裁判官 長井浩一