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関連審決 異議2003-71088
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成18行ケ10470審決取消請求事件 判例 特許
平成15行ケ235審決取消請求事件 判例 特許
平成19行ケ10098審決取消請求事件 判例 特許
平成19行ケ10213審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  周知技術 /  技術的手段 /  発明の詳細な説明 /  数値限定 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  設定登録 /  請求の範囲 /  取消決定 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 479号 特許取消決定取消請求事件
原告 日産化学工業株式会社
訴訟代理人弁理士 萼経夫
同 中村壽夫
同 加藤勉
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 田中弘満
同 山口由木
同 高橋泰史
同 涌井幸一
同 宮下正之
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/09/02
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求める裁判
1 原告 (1) 特許庁が異議2003-71088号事件について平成15年9月17日にした決定中「特許第3339085号の請求項1に係る特許を取り消す。」との部分を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告は,発明の名称を「シリカ系グラウト材による砂地盤の耐震性向上方法」とする特許第3339085号の特許(平成4年11月9日出願,平成14年8月16日設定登録。以下「本件特許」という。請求項の数は1である。)の特許権者である。
(2) 本件特許に対して特許異議の申立てがされ,特許庁は,これを異議2003-71088号事件として審理した。その過程において,原告は,特許庁から取消理由通知を受け,平成15年9月1日,願書に添付した明細書及び図面の訂正(請求項の文言の訂正を含む。以下「本件訂正」という。)の請求をした(以下,この訂正後の明細書及び図面を「本件明細書」という。)。
(3) 特許庁は,平成15年9月17日,「訂正を認める。特許第3339085号の請求項1に係る特許を取り消す。」との決定をし,この決定の謄本は,同年10月6日,原告に送達された。
2 本件明細書の特許請求の範囲 「【請求項1】シリカゾルと硬化剤からなり,且つシリカゾル中のシリカl重量部に対して硬化剤の固形分として0.05〜3.0重量部の割合からなる3〜11のpHを有する薬液を,lショット混合方法によりl〜10kg/cm2の注入圧とl〜50リットル/分の注入速度で,砂地盤にその地表面から,深さ1.5mの地点から下方に層厚1m以上になるように注入し,固化せしめる事を特徴とする液状化し易い砂地盤の耐震性向上方法。」(以下「本件発明」という。) 3 決定の理由 別紙決定書の写しのとおりである。要するに,本件訂正を認めた上で,本件発明は,その出願日前に頒布された特公昭64-8677号公報(以下,決定と同じく「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。)並びに特開昭62-79286号公報(以下,決定と同じく「刊行物2」という。)に記載された発明(以下「引用発明2」という。)及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである,とするものである。
決定が上記結論を導くに当たり認定した本件発明と引用発明1との一致点・相違点は,次のとおりである。
(一致点) シリカゾルと硬化剤からなり,3〜11のpHを有する薬液を,l〜50リットル/分の注入速度で,砂地盤に注入し,固化せしめる砂地盤の固化方法。
(相違点) (1) シリカゾルと硬化剤の割合に関して,本件発明が,シリカゾル中のシリカl重量部に対して硬化剤の固形分として0.05〜3.0重量部の割合からなるのに対し,引用発明1は,割合について明記されていない点 (以下「相違点(1)」という。)。
(2) 本件発明が,液状化し易い砂地盤の耐震性向上方法であって,lショット混合方法によりl〜10kg/cm2の注入圧で,砂地盤にその地表面から,深さ1.5mの地点から下方に層厚1m以上になるように注入するのに対し,引用発明1は,耐震性を向上するものであるか否か,混合方法,注入圧が明らかでなく,如何なる層に注入するか明らかでない点(以下「相違点(2)」という。)。
原告主張の取消事由の要点
1 取消事由1(一致点及び相違点の認定の誤り) (1) 本件発明は,液状化し易い砂地盤の表面層の地震による液状化を防止し,広い範囲にわたって耐震性を向上させることを目的とした発明である。これに対し,引用発明1は,刊行物1の記載から明らかなように,透水係数の大きな地盤あるいは特に地下水が流動している地盤を,直径ほぼ2mの範囲で固結することで地盤の安定を図ろうとする地盤注入工法に関するものであって,液状化し易い砂地盤の表面層の地震による液状化を防止し,広い範囲にわたって耐震性を向上させることを目的とするものではない。
したがって,本件発明と引用発明1とは,発明の目的及び効果が相違しており,単に「砂地盤固化方法」という点で一致するということはできない。
(2) また,「混合方法の種類」,「注入圧の範囲」及び「注入速度の範囲」は,すべて薬液の砂地盤への注入の条件を定めるものであり,これらは,薬液注入効果の程度,状況に関して相互に関連し合う要素であるから,これらの3要素は,薬液の注入条件を定めるものとして一纏めに把握されるべきものであって,それらを個々独立に考察するのは妥当でない。したがって,刊行物1に,注入速度値(10リットル/分)について記載されているからといって,本件発明と引用発明1とが「10リットル/分の注入速度」の点で一致するということはできない。
(3) したがって,本件発明と引用発明1との一致点は,「シリカゾルと硬化剤からなり,特定のpHを有する薬液を,砂地盤に注入し,固化せしめる方法。」と認定されるべきであり,相違点(2)は,「本件発明は,液状化し易い砂地盤の耐震性向上方法であって,1ショット混合方法により1〜10kg/cm2の注入圧と1〜50リットル/分の注入速度で(即ち,特定の注入条件に従い),地震により液状化し易い砂地盤に,その地表面から深さ1.5mの地点より下方に層厚1m以上になるように(即ち,特定の施工条件にて)注入し,固化せしめるものであるのに対して,引用発明1は,砂地盤の耐震性を向上させることに直接関連しないものであり,かつ,薬液の注入条件(混合方法の種類,注入圧の範囲,注入速度の範囲)並びに施工条件(地盤中の薬液が注入される部位層)が明らかでない点。」と認定されるべきであり,これと異なる決定の認定は誤りである。
2 取消事由2(相違点(1)についての判断の誤り) (1) 決定は,刊行物1に記載されているシリカの割合は,「本件発明の硬化剤の固形分としての重量部割合である0.05〜3.0重量部の範囲内であり,本件発明の該上・下限値に臨界的効果も認められないから,本件発明の上記相違点1に係る構成とすることは,当業者が容易に想到し得るものであ」り,また,刊行物1,2には,「いずれもアルカリ金属中性塩の量によりゲル化時間が変化することが記載されており,刊行物2には,SiO2(本件発明の「シリカゾル中のシリカ」に相当。)l重量部に対してアルカリ金属中性塩(同「硬化剤の固形分」)として0.1〜0.4重量部の割合とすることが記載されているから,該事項からも本件発明の上記相違点1に係る構成とすることは,当業者が容易に想到し得るものである」と判断した。しかしながら,この決定の判断は,誤りである。
(2) 本件発明における耐震性向上効果は,シリカゾル中のシリカ1重量部に対して硬化剤の固形分が0.05〜3.0重量部という混合割合をもつ特定の薬液を採用したことによって達成されるものであり,シリカゾルと硬化剤からなる薬液を注入しさえすれば,砂地盤の表面層の液状化が防止され,所望の耐震性が得られるというものではない。本件発明の発明者は,地震が発生した場合の地盤振動と関係付けられる動的過剰間隙水圧係数(rud)の値に着目し,上記混合割合からなる薬液とすることにより,振動試験において動的過剰間隙水圧係数(rud)が,砂地盤の液状化が起きないといわれる0.5以下の値になることを見出したものである。
(3) 刊行物1には,シリカゾル中のシリカと硬化剤の固形分との割合と,砂地盤の液状化の目安となる動的過剰間隙水圧係数(rud)との関係について何ら記載されておらず,示唆もされていない。また,刊行物2には,SiO2(シリカ)1重量部に対してアルカリ金属中性塩0.1〜0.4重量部の割合とすることが記載されているが,刊行物1と同様に,シリカゾル中のシリカと硬化剤の固形分との割合と動的過剰間隙水圧係数(rud)との関係について何ら記載も示唆もなされていない。
したがって,本件発明におけるような特定の薬液構成は,刊行物1及び刊行物2の記載事項に基づいて,当業者が容易に想到できるものではない。
3 取消事由3(相違点(2)についての判断の誤り) (1) 決定は,相違点(2)に関し,「刊行物1記載の発明は,薬液を注入し,地中に拡散させた後ゲル化させ,広い地盤を固結するものであるから,刊行物1記載の発明の対象地盤を液状化し易い砂地盤とし,耐震性向上を図ることは,当業者が容易に想到し得るものである。」とし,混合方法について,「刊行物1には,・・・・珪酸のコロイド溶液と酸と塩を充分混合してから注入,つまり,1ショット混合方法を用いることが示唆されている。また,・・・・1ショット混合方法は周知技術であり,刊行物1記載の発明の配合液のゲル化時間は,55分(配合液No.20の例)であるから,1ショット混合方法を採用することは十分可能なことである。」,注入圧について,「日本国有鉄道建設局注入の設計施工に関する研究委員会編「注入の設計施工指針(案)」昭和45年9月20日発行,社団法人日本鉄道施設協会,第37頁(甲第4号証-判決注・本訴甲第6号証,以下,この文献を「文献1」という。)に示すように,注入圧は,地盤条件,環境条件等に応じて決定され,砂地盤への注入圧を経験的に2〜5kg/cm2とすることが示されており,注入対象の層について,坪井直道著「薬液注入工法の実際」昭和55年5月25日発行,鹿島出版会,第102頁(甲第5号証-判決注・本訴甲第7号証,以下,この文献を「文献2」という。)に示すように,表層より下層に注入すること,砂層の厚さ地盤条件等に応じて注入範囲を決めることは周知技術である。」として,相違点(2)は,「刊行物1に示唆されているか,あるいは周知技術であるか,または,地盤条件に応じて当業者が適宜決定する事項であり,数値限定に臨界的意義も認められないから,いずれも当業者が容易に想到し得るものである。」と判断している。
しかし,この決定の判断は誤りである。
(2)ア 目的の相違について 引用発明1は,透水係数の大きな地盤あるいは特に地下水が流動している地盤について,直径ほぼ2mの狭く限定された範囲の地盤を固結することにより,地盤の安定を図ろうとする地盤注入工法に関するものである。刊行物1には,液状化し易い砂地盤の耐震性を向上させる方法の一般的な説明はもとより,液状化し易い砂地盤に対して,その地表面から深さ1.5mより下方の地盤に層厚1m以上となるように,広い範囲にわたって薬液を注入することにより,液状化し易い砂地盤の表面層の地震による液状化を防止して耐震性を向上させるという手法について,一切の記載も示唆もなされていないから,引用発明1の対象とする地盤を,液状化し易い砂地盤とし,耐震性を向上させることは,当業者といえども容易に思い付く事項ではない。
イ 混合方法について 刊行物1には,混合方法が明らかにされておらず,1ショット混合方法を用いることが示唆されていない。刊行物1の表-3に,配合液No.20のゲル化時間は55分であると記載されているとしても,その配合液を地盤に注入するに際して,必ず,1ショット混合方法が採用されるというものではないから,1ショット混合方法を採用することは十分可能なことであるとはいえない。
ウ 注入圧,注入速度について 決定が引用した文献1には,注入圧は地盤条件,環境条件,施工目的等の関係で一概に決めにくい,経験的な数値は砂地盤では2〜5kg/cm2であるが,他の要因で10kg/cm2以上になることもあると記載されているし(37頁),文献1の施工目的が,引用発明1のような,地盤内に注入物それ自体で作られた塊(直径ほぼ2mの球状の固結体)を構築することにあるのか,それとも,本件発明のような,薬液と砂,土が混ざり合うゲル化物を液状化し易い砂地盤の全体に形成して該砂地盤の耐震性を向上させるという地盤改良にあるのかは不明である。したがって,たとえ文献1の技術を,引用発明1に結びつけることが可能であるとしても,本件発明のように,1ショット混合方法において特定の注入圧を特定の注入速度とともに採用することにより,高い耐水性と止水性をもつゲル化物が形成されることは,当業者が容易に想到し得るものではない。
エ 施工条件について 決定が引用した文献2には,A現場では薬液が地盤の表面層(埋立砂層)に注入されたことが,B現場では砂層(砂質ローム層を含む)の厚さが5mである(地表面から1.5m深さ〜6m深さ)が,その層全体に薬液が注入されたことが,F現場では砂層の厚さが8.5mである(地表面から7.5m深さ〜16m深さ)が,その層の一部に薬液が注入されたこと(薬夜の厚さ5m)が(102頁),また,注入工事では,注入薬液の種類・濃度・ゲル化時間,注入圧,注入量,注入方式,その他多種多様な要因によって,注入効果は非常に異なることが(98頁)記載されている。
したがって,砂層の厚さ等に応じて注入範囲を決めることは周知技術であるとの決定の判断は誤りである。本件発明は,そもそも地盤改良の目的が引用発明1とは異なっており,しかも,注入薬液の種類・濃度(例えば,シリカに対する硬化剤の割合),注入圧,注入方式に関しても,引用発明1とは異なっているから,注入対象の層を適宜設定するだけで本件発明のような効果を奏することを予測することは,当業者といえども困難なことであり,文献2から,本件発明で限定する薬液を用い,それを砂地盤にその地表面から,深さ1.5mの地点から下方に層厚1m以上になるように注入するという技術的手段がただちに示唆されるものではない。
文献2には,薬液の注入対象となる層は,地表面近くから地盤の深部まで様々であること(102頁)が記載され,さらに,注入工事では注入薬液の種類・濃度のほか,薬液注入対象の層などの要因によっても,注入効果が非常に異なる点(98頁5〜9行)が示唆されているが,これらの記載や示唆が存在するとしても,本件発明で用いる特定の薬液を特定の注入条件に従い砂地盤に注入する場合において,当業者が,砂地盤の表面層の液状化を防止するためには,その地表面から,深さ1・5mの地点から下方に層厚1m以上になるように注入し固化せしめるという施工条件を採用することが必要である点を予測することは,容易なことであるとはいえない。
オ 各条件の組み合せについて 本件発明は,@特定の薬液(シリカゾルと硬化剤からなり,且つシリカゾル中のシリカl重量部に対して硬化剤の固形分として0.05〜3.0重量部の割合からなる3〜11のpHを有する薬液)を,A特定の注入条件(lショット混合方法によりl〜10kg/cm2 の注入圧とl〜50リットル/分の注入速度)で,B特定の施工条件(地表面から,深さ1.5mの地点から下方に層厚1m以上になるように注入し,固化せしめる)に従って適用することにより,C具体的な目的と効果(液状化し易い砂地盤の耐震性向上)をもたらすというものである。
しかし,刊行物1は,本件発明で規定される上記「特定の薬液」,「特定の注入条件」及び「特定の施行条件」から成る組み合わせについて,何ら示唆を与えるものでないし,刊行物2や決定が引用する文献にもこれを示唆するような記載はないのであるから,それらはいずれも本件発明に対して十分な動機付けとなり得るものではないというべきである。
(3) 以上のとおり,引用発明1を踏まえ,刊行物2の記載や周知技術を組み合わせたとしても,相違点(2)に係る本件発明の構成は,当業者が容易に想到し得るものであるとはいえない。
4 取消事由4(顕著な作用効果の看過) 本件発明は,シリカゾルと硬化剤からなる特定の薬液を,1ショット混合方法という特定の注入条件にて,地震により液状化し易い砂地盤に,その地表面から,深さ1.5mの地点から下方に層厚1m以上になるように注入するという特定の施工条件に従い適用することにより,液状化し易い砂地盤を広い範囲にわたって,基準振動試験において計測される動的過剰間隙水圧係数(rud)が0.5以下の値となる程に固化せしめ,よって,砂地盤の表面層の地震による液状化を防止し,耐震性を向上させるという効果を奏するものである。
引用発明1は,液状化し易い砂地盤の耐震性の向上に直接関連しない地盤注入工法を提案するものであり,引用発明2もまた同様である。その上,前記のとおり,刊行物1は,本件発明の特定の薬液,特定の注入条件及び特定の施工条件の組み合わせについて示唆・暗示を特に与えるものでなく,刊行物2及び決定が周知技術として示す文献についても同様である。
したがって,当業者といえども,引用発明1及び2並びに決定のいう周知技術から,本件発明の構成によってもたらされる効果を容易に予測することができるものではない。
被告の反論の要点
1 取消事由1(一致点及び相違点の認定の誤り)に対して 原告は,本件発明と引用発明1とは目的・効果が異なる旨主張するが,両発明は,発明の構成で対比されるべきであって,目的・効果で対比されるべきものではない。そして,本件発明も引用発明1も,薬液の注入対象を砂地盤とし,薬液により砂地盤を固化させる方法であるから,「砂地盤固化方法」として一致するものである。なお,決定は,本件発明が,液状化し易い砂地盤の耐震性向上方法である点について,相違点(2)として認定している。
注入速度については,引用発明1の注入速度は,本件発明の注入速度の範囲内であるから,これを一致点と認定することに誤りはない。そして,薬液の注入条件(混合方法,注入圧)並びに施工条件(地盤中の薬液が注入される部位層)については,決定が相違点(2)として認定したとおりである。
したがって,決定には一致点の認定の誤りや相違点の看過はなく,原告の主張は理由がない。
2 取消事由2(相違点(1)についての判断の誤り)に対して 原告は,本件発明は,動的過剰間隙水圧係数(rud)の値に着目し,シリカゾル中のシリカ1重量部に対して硬化剤の固形分として0.05〜3.0重量部の割合からなる薬液とすることにより,振動試験において動的過剰間隙水圧(rud)が,砂地盤の液状化が起きないと云われる0.5以下の値になることを見出したものであると主張する。
しかしながら,本件明細書には,硬化剤の固形分として0.05〜3.0重量部とした点と動的過剰間隙水圧係数(rud)の関係については何ら記載されていない。さらに,本件明細書中の動的過剰間隙水圧係数(rud)についての振動試験の記載は,実施例【0016】,【図2】及び【図3】にあるだけであり,この振動試験を行った薬液は,本件明細書の【0013】に記載の1例のみである。つまり,シリカゾル中のシリカ1重量部に対して特定の硬化剤を用い,その固形分としての割合が特定の数値の場合,振動試験において動的過剰間隙水圧係数(rud)が,砂地盤の液状化が起きないと云われる0.5以下の値になったという例が本件明細書に示されているだけであって,本件発明の0.05〜3.0重量部の割合という上下限値の臨界的効果については何ら示されていない。結局,原告の主張は,本件明細書や特許請求の範囲の記載に基づかないものであって,失当である。
そして,刊行物1,2には,シリカと硬化剤の固形分の割合を0.05〜3.0重量部の範囲としたものが記載されているのであるから,相違点1についての決定の判断に誤りはない。
3 取消事由3(相違点(2)についての判断の誤り)に対して (1)ア 目的の相違について 砂質土が飽和していると液状化を起こしやすく,地盤の液状化強度を増強させる工法として固結,特に薬液注入工法は,周知技術である。したがって,刊行物1に液状化し易い砂地盤の耐震性の向上を目的とするという直接の記載がなくとも,引用発明1に接した当業者が液状化し易い砂地盤の耐震性を向上させることを認識することは当然のことである。
イ 混合方法について 「1ショット混合方法」は周知技術である(乙第2号証(柴崎光弘外1名共著「最新・薬液注入工法の設計と施工」昭和60年9月20日発行,株式会社山海堂,第184,185頁参照)。
1ショット混合方法であれば,薬液注入管は,単管で良く,比較的簡単な注入管で施工できるから,ゲル化時間が充分に長い薬液の場合,1ショット混合方法を採用しようとすることは,当然のことである。したがって,引用発明1において,1ショット混合方法を採用することは当業者が当然思い至ることであり,決定の判断に誤りはない。
ウ 注入圧,注入速度について 注入圧に関し,本件明細書には,「本発明の薬液の砂地盤への注入は,圧力が1kg/cm2未満では,薬液の地盤内での到達距離が延びず,また,注入する地盤と注入深さによっては10kg/cm2を越える圧力でも構わないが,通常1〜10kg/cm2で使用される。」(段落【0012】)と記載されているだけであり,注入圧を数値限定したことについて格別の技術的意義があることを窺わせるような記載はない。また,文献1には,「ひんぱんに注入の対象となる砂地盤やシルト質地盤における経験的な数値は,砂地盤において2〜5kg/cm2程度であり,」(第37頁下から第4〜3行)と記載されており,この記載からすると,本件発明における注入圧は,地盤中に薬液を注入するために通常採用されている程度の数値でしかない。
そして,本件明細書中に1ショット混合方法,特定の注入圧,特定の注入速度がいかに関連しているのかといったことを示す記載はなく,本件発明が,1ショット混合方法において特定の注入圧を特定の注入速度とともに採用することに,格別の技術的意義を有しているとはいえない。
エ 施工条件について 本件明細書には,注入対象の層を地表面から,深さ1.5mの地点から下方に層厚1m以上になるように注入する点の技術的意義については記載されていない。また,実験例は,50cmの深さの試験用地層を用いており(【図1】),深さ1.5mの地点から下方に層厚1m以上になるように注入したものではない。
したがって,本件発明において,注入対象の層を特定した点に格別の技術的意義はない。
オ 各条件の組み合わせについて 原告が主張する特定の薬液,特定の注入条件(混合方法,注入圧,注入速度)及び特定の施工条件からなる組み合わせについて,本件明細書には,各条件の組合せに対する技術的意義は明記されていない。本件発明の唯一の実施例として【0013】〜【0019】に記載のものは,特定の薬液に限られたものであり,注入条件は明記されておらず,本件発明の施工条件(地表面から,深さ1.5mの地点から下方に層厚1m以上)を満たすものではないから,各条件の組合せに格別な技術的意義があるものとはいえない。そして,決定で示したように,各条件は薬液注入工法として,いずれも刊行物1,2あるいは周知技術に示されたように公知或いは周知のものであって,当業者が適宜採用する程度のものであるから,この点においても決定のした判断に誤りはない 4 取消事由4(顕著な作用効果の看過)に対して 前記のとおり,刊行物1に液状化し易い砂地盤の耐震性の向上を目的とするという直接の記載がなくとも,引用発明1に接した当業者が液状化し易い砂地盤の耐震性を向上させることを認識することは当然のことである。そして,本件発明の構成によってもたらされる効果も,引用発明1,2及び周知技術から当業者が容易に予測しうる程度のものといえる。
当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点及び相違点の認定の誤り)について (1) 原告は,本件発明と引用発明1とは発明の目的及び効果が相違しており,決定が「砂地盤固化方法」という点で一致すると認定したのは誤りである旨主張する。
しかしながら,本件発明と引用発明1との一致点,相違点を抽出するにあたっては,特許請求の範囲に記載された本件発明の構成と引用発明1の構成とを客観的に対比することによって行うべきものであり,発明の目的及び効果の相異は,構成の相違点に関する容易想到性の判断において,考慮の対象にするべき性質のものというべきである。
そして,本件発明も引用発明1も,薬液の注入対象を砂地盤とし,薬液により砂地盤を固化させる方法であるから,両者の構成は「砂地盤固化方法」という点で一致するものであり,この点に関する決定の認定に誤りはない(決定は,本件発明が,液状化し易い砂地盤の耐震性向上方法である点について,相違点(2)として認定しており,このことを容易想到性の判断において考慮していることが明らかである。)。
(2) 原告は,薬液の注入条件は互いに関連しているのであるから,そのうち,注入速度についてのみ一致するとした決定の認定は誤りである旨主張する。
しかし,後に検討するように,本件発明において,薬液の注入条件である混合方法,注入圧及び注入速度の各項目が,相互に関連するものであると認めることはできないから,原告の主張はその前提を欠くものであって,失当である。
(3) したがって,本件発明と引用発明1との一致点及び相違点に関する決定の認定に誤りはない。
2 取消事由2(相違点(1)についての判断の誤り)について (1) 原告は,本件発明は,地震が発生した場合の地盤振動と関係付けられる動的過剰間隙水圧係数(rud)の値に着目し,シリカゾル中のシリカ1重量部に対して硬化剤の固形分として0.05〜3.0重量部の割合からなる薬液とすることにより,振動試験において動的過剰間隙水圧係数(rud)が,砂地盤の液状化が起きないといわれる0.5以下の値になることを見出したものであり,動的過剰間隙水圧係数(rud)との関係について記載も示唆もない刊行物1,2に基づいて,当業者が本件発明の薬液構成を容易に想到できるものではないと主張する。
(2) しかしながら,本件明細書(甲第3号証)の特許請求の範囲には,動的過剰間隙水圧係数(rud)については何の記載もない。
また,本件明細書(甲第3号証)の発明の詳細な説明中には,「これら硬化剤は,単独でも2種以上の混合物としても用いる事ができる。また,これらシリカゾルと硬化剤の混合は,あらかじめシリカゾルと硬化剤を混合した薬液を調製して注入する場合は,硬化剤中にシリカゾルを混合する事も可能であるが,シリカゾル中に硬化剤を混合する事が好ましい。その場合,硬化剤は固体で添加する事もできるが,水溶液にして添加する事が好ましい。混合方法は,温度0〜60℃で,攪拌下に行う事が好ましい。攪拌は,シリカゾルと硬化剤が混じり合う様な条件であれば良い。この好ましい硬化剤水溶液の濃度としては,0.01〜60重量%である。これら硬化剤は,シリカゾル中のシリカ1重量部に対して硬化剤の固形分として0.05〜3.0重量部含有せしめる。」(【0008】)と記載されている。
この記載からは,シリカゾル中のシリカ1重量部に対して硬化剤の固形分を0.05〜3.0重量部含有させることが示されているだけで,硬化剤固形分の含有割合と動的過剰間隙水圧係数(rud)との関係については何らの説明もないのである。したがって,上記硬化剤固形分の含有割合が,動的過剰間隙水圧係数(rud)を0.5以下にするために選択されたものと認めることはできない。
ところで,本件明細書(甲第3号証)には,本件発明の実施例の説明として,「SiO2として20重量%を含み,比重1.14,SiO 2/Na 2Oのモル比90からなる水を分散媒とするシリカゾル90リットルと,スルファミン酸0.89kgと50重量%濃度のスルファミン酸マグネシウムを2.24kg含んでいる比重1.13の硬化剤水溶液10リットルを混合して均一になる様1分間攪拌した。」(【0013】),「・・・・飽和砂地盤を作成し,槽の半分に前記硬化剤を添加し均一に攪拌したシリカゾルを注入率50%の割合で注入し」(【0014】),「・・・・一般的に液状化の目安とされる動的過剰間隙水圧係数rudは0.5より大きい数値である。間隙水圧の測定結果を見ると,注入浸透固結体内の間隙水圧計No.1では,計器埋没時の埋め戻し砂の水分が振動により一時的に水圧として記録されたもので,動的過剰間隙水圧係数の最大値がrud約0.24となっている。また,固結体と固結体の中間に埋設した間隙水圧計No.2では,最大でrud約0.39を示し液状化は生じていない。しかし,未処理地盤内の間隙水圧計No.3,No.4では,加振約5秒後にrud約1.02,1.41の最大値を示し完全に液状化が発生している。」(【0016】)と記載されているが,これらの記載からは,硬化剤固形分の含有割合を,上記試料のような特定の割合とした場合に,動的過剰間隙水圧係数rudが,一般的な液状化の目安とされる数値である0.5より小さくなったという結果が認められるだけであり,これらの記載から,シリカゾル中のシリカ1重量部に対して硬化剤の固形分を0.05〜3.0重量部の範囲で含有させることが,動的過剰間隙水圧係数(rud)を0.5以下にするために選択されていると認めることはできない。
さらに,本件明細書(甲第3号証)の発明の詳細な説明中には,「本発明に使用される硬化剤は,シリカゾルと混合して数分〜数時間でシリカゾルをゲル化させる化合物であれば良い。」(【0007】)と記載されているし,刊行物1(甲第4号証)の表-3には,硬化剤の添加量に応じてゲル化時間が変化すること(例えば,配合液17〜20)が記載され,刊行物2(甲第5号証)には,「塩の添加量があまりに多くなると硬化物からのSiO2溶出が促進されることになり,又,少なすぎると硬化に時間がかかりすぎ注入剤が流出し目的を達成しない恐れがある上,初期強度が小さく,SiO2溶脱率も増加するためである。」(2頁右下欄12〜16行)と記載されているように,硬化剤の量がゲル化時間に影響を及ぼすことは,よく知られたことであることからすれば,本件発明における硬化剤固形分の含有割合は,むしろゲル化時間を考慮して定められていると解することも可能である。
(3) そうすると,本件発明においては,特定の混合割合からなる薬液を使用することにより,動的過剰間隙水圧係数(rud)の値を0.5以下とするものである旨の原告の主張は,本件明細書の記載に基づかないものといわなければならない。そして,刊行物1(甲第4号証)には,決定が説示するようにシリカと硬化剤の固形分の割合を0.05〜3.0重量部の範囲内としたものが記載されており,また,刊行物2(甲第5号証)にも,その範囲内のものとする記載(2頁右下欄10〜11行)があるのであるから,これらに基づいて,本件発明の相違点(1)に係る構成とすることは,当業者が容易に想到し得るものということができ,決定の相違点(1)についての判断に誤りはない。
3 取消事由3(相違点(2)についての判断の誤り)について (1)ア 目的の相違について 刊行物1(甲第4号証)には,「本発明は珪酸のコロイド溶液を用いた地盤注入工法に関するものである。」(1欄9行〜10行),「このようなゲル化時間を大巾に短縮出来るグラウトは透水係数の大きな地盤或いは特に地下水が流動している地盤において流失する事なく固結せしめるのに特に有用である。」(4欄41行〜5欄1行),「〔実施例〕東京都内の砂地盤に珪酸コロイドを用いた配合液を1200l 注入して,透水試験を行ってのち掘削して固結状況と供試体の一軸圧縮強度を調べた。その結果を表-6に示す。ゲル化時間が20時間以内の配合液の場合比較的球状の固結体が得られかつ強度も高く透水係数も大巾に改善される事が判る。」(12欄23行〜31行)と記載されている。
これらの記載によれば,引用発明1は,透水係数の高い砂地盤を対象として,珪酸コロイド配合液を注入することにより,砂地盤を固結させるものと認められる。
また,乙第3号証(「軟弱地盤対策工法」軟弱地盤対策工法編集委員会編,社団法人土質工学会平成2年1月31日発行)によれば,飽和している砂質土は地震時に液状化し易いことが周知であり,また,地盤の液状化強度を増加させるための工法として,薬液を注入して地盤を固結させる薬液注入工法は周知であることが認められる。
そうすると,刊行物1には,液状化防止のために使用することが直接には記載されていないけれども,引用発明1は,砂地盤に薬液を注入して地盤を固結させるものであり,液状化防止のための上記周知の薬液注入工法と手法を同じくするものであるから,引用発明1を,液状化防止のために採用し耐震性の向上を図ることは,当業者ならば容易に想到できることというべきである。
イ 混合方法について 原告は,刊行物1には,混合方法が記載されておらず,1ショット混合方法を用いることが示唆されていないと主張する。
1ショット混合方法とは,2種類以上の薬液を地上で混合し,それを挿入管を通して地盤に注入する方法のことであり,周知技術である(乙第2号証)ところ,刊行物1(甲第4号証)には,「珪酸のコロイド溶液を用いて酸と塩によって地盤注入液に適した配合液を調整して地盤に注入する」(3欄4〜6行),「〔実施例〕東京都内の砂地盤に珪酸コロイドを用いた配合液を1200l 注入して,透水試験を行なってのち掘削して固結状況と供試体の一軸圧縮強度を調べた。
その結果を表-6に示す。ゲル化時間が20時間以内の配合液の場合比較的球状の固結体が得られかつ強度も高く透水係数も大巾に改善される事が判る。」(12欄23〜31行)と記載されており,これらの記載からすると,引用発明1のシリカゾルは,配合液の形で,すなわち1ショット方式により地盤に注入されるものであることが窺われる。
したがって,引用発明1において,1ショット混合方法を採用することは当業者が容易に思い至ることということができる(なお,本件明細書には,「また,本発明ではシリカゾルと硬化剤とを砂地盤に注入する地点付近でY字管などで2液を混合して砂地盤に注入する方法や,注入管の突出孔付近で合流混合し砂地盤に注入する方法も利用できる。」【0009】と記載されており,同じ注入圧,注入速度で,1ショット方式のほかに,1.5ショット方式,2ショット方式も使用され得ることが示されていることからすれば,本件発明において,1ショット方式を採用したことによる格別の積極的意義は認められない。)。
ウ 注入圧,注入速度について 注入速度については前記のとおり一致点に含まれる項目であるけれども,原告の主張にかんがみ,注入圧とともにここで検討することとする。
原告は,本件発明のように,1ショット混合方法において特定の注入圧を特定の注入速度とともに採用することにより,高い耐水性と止水性をもつゲル化物が形成されることは,当業者が容易に想到し得るものではないと主張する。
文献1(甲第6号証)には「注入圧は,地盤条件,環境条件,施工目的等の関係で一概に決めにくいので,似たような条件下の成功例を参考にして決定するのがよいと思われる。ひんぱんに注入の対象となる砂地盤・・・・における経験的な数値は,砂地盤において2〜5kg/cm2程度であり,・・・・しかし他の要因があって10kg/cm2以上になることもある。」(37頁)と記載されており,注入圧は,地盤条件などに応じ経験等に基づいて定められるものであること,砂地盤における経験的な数値は2〜5kg/cm2であることが開示されている。
ところで,本件明細書(甲第3号証)には,注入方法に関して,「本発明の薬液の注入方法としては,一般的に用いられる単管ストレーナー工法,二重管単相工法,二重管ダブルパッカー工法等が利用できる。混合方法としては1ショット混合方法を用いる。注入圧としては,1〜10Kg/cm2 である。注入速度は毎分1〜50リットルで,1段階の注入が5〜30分で行われ,少なくとも2段階以上の注入によって行われる。注入は,地表面から深さ1.5mの地点から下方の地中で行われ,注入層の厚さとしては1m以上,1〜50mが好ましい。」(【0010】),「本発明の薬液の砂地盤への注入は,圧力が1kg/cm2 未満では,薬液の地盤内での到達距離が延びず,また,注入する地盤と注入深さによっては10kg/cm2 を越える圧力でも構わないが,通常1〜10kg/cm2 で使用される。」(【0012】)と記載されている。
これらの記載からすると,本件発明において,注入圧を数値限定したことに格別の技術的意義を見出すことはできず,また,注入方法,注入圧及び注入速度が,互いに,密接に関連していると認めることもできないのであって,注入圧や注入速度は,注入地盤などに応じて適宜定められるものと解するほかない。また,本件明細書中には,1ショット混合方法において「特定の注入圧」を「特定の注入速度」とともに採用することにより,高い耐水性と止水性をもつゲル化物が形成されるとの記載は見当たらない。
そうすると,本件発明における注入圧,注入速度の数値範囲に臨界的意義を認めることはできず,注入圧,注入速度については,文献1及び刊行物1の記載に従って,当業者が現場の地盤状況等に応じて,適宜決定し得る事項であるというべきである。
エ 施工条件について 原告は,文献2から,本件発明で限定する薬液を用い,それを砂地盤にその地表面から,深さ1.5mの地点から下方に層厚1m以上になるように注入するという技術的手段が直ちに示唆されるものではない,と主張する。
しかしながら,文献2(甲第7号証)には,薬液注入範囲を1.5〜6.5mとすることが記載されており(B現場での施工データ。102頁),深さ1.5mの地点から下方に層厚1m以上になるように注入することは,薬液注入工法において普通に行われていることと認められる。
本件明細書中(甲第3号証)には,地盤中の薬液注入の部位層を深さ1.5mの地点から下方に層厚1m以上と特定したことの技術的意義について何ら記載されていない。むしろ,深さ1.5mの地点から注入する点については,必ず,砂地盤が地表面から一定の深さに位置するというものではなく,また,砂地盤における砂質,地下水位等も場所により異なるのが常識であることからすれば,すべての砂地盤に適用すれば必ず初期の効果を得られるという条件であると考えることは困難である。このことに加え,本件明細書に,「注入は,地表面から深さ1.5mの地点から下方の地中で行われ,注入層の厚さとしては1m以上,1〜50mが好ましい。」(【0010】)と記載されていることからすると,深さ1.5mの地点から下方に層厚1m以上になるように注入するという施工条件は,単に好ましい範囲で定められているに過ぎないものと解するのが相当である。
したがって,引用発明1において,文献2に基づき,地盤状況等に応じて薬液の注入範囲を定めることは,当業者が容易になし得ることということができる。
オ 各条件の組み合わせについて 本件明細書(甲第3号証)を検討しても,本件発明において,特定の薬液,特定の注入条件(混合方法,注入圧,注入速度)及び特定の施工条件を組み合わせた点に格別の技術的意義があるものとは認められない。実施例においても(本件明細書【0013】〜【0019】),本件発明における薬液条件に合致する薬液を用いてはいるが,注入条件は明記されておらず,施工条件は本件発明のものを用いたものではなく,この実施例の記載からみても,各条件の組合せに格別な技術的意義があるということはできない。
前記のとおり,これらの条件は,薬液注入工法として,いずれも刊行物1,2あるいは周知技術に示されたように公知あるいは周知のものであって,当業者が適宜採用し得る程度のものというべきである。
(2) 以上のとおり,相違点(2)についての決定の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由3には理由がない。
4 取消事由4(顕著な作用効果の看過)について 本件発明において,特定の薬液,特定の注入条件及び特定の施工条件を組み合わせた点に格別の技術的意義が認められないことは前記のとおりである。そして,本件発明の目的である、液状化し易い砂地盤の耐震性の向上は、引用発明1から容易に予測できるものであり,本件発明の構成も当業者が引用発明1に引用発明2及び周知技術を用いることによって容易に想到できるものであることは前述したとおりであって,本件発明の効果は、当業者がかかる構成から予測し得ないものであるということはできず,これをもって本件発明の特許性を根拠づけることはできないというべきである。
5 結論 以上のとおりであるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,その他,決定の認定判断にはこれを取り消すべき誤りはない。
したがって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 佐藤久夫
裁判官 設樂驤
裁判官 若林辰繁