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事件 平成 23年 (行ケ) 10443号 審決取消請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2012/12/11
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成24年12月11日判決言渡

平成23年(行ケ)第10443号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成24年10月9日

判 決




原 告 エ フ シ ー ア イ



訴訟代理人弁理士 渡 辺 隆

同 阿 部 達 彦

同 黒 田 晋 平



被 告 特 許 庁 長 官



指定代理人 平 上 悦 司

同 松 下 聡

主 文

1 特許庁が不服2010−19648号事件について平成23年8月16

日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。

事 実 及 び 理 由

第1 請求

主文同旨

第2 争いのない事実

1 特許庁における手続の経緯
原告は,発明の名称を「電気コネクタのための改良されたグロメットタイプジョ


1
イントおよびそのジョイントを備えたコネクタ」とする発明について,平成17年

4月11日を国際出願日とする国際出願(PCT/EP2005/005204。
以下「本願」という。
)をした。

本願について,平成22年4月22日付けで拒絶査定がされ,原告は,同年8月

31日,上記査定に対し拒絶査定不服審判(不服2010−19648号事件)を

請求したが,平成23年3月29日付けで拒絶理由が通知され,同年6月14日付

けで意見書及び手続補正書(以下,この補正を「本件補正」という。)を提出した。
特許庁は,平成23年8月16日,
「本件審判の請求は,成り立たない。」との審

決(以下「審決」という。
)をし,その謄本は同月30日に原告に送達された。

2 特許請求の範囲

本件補正後の特許請求の範囲の請求項1は,次のとおりである。

「絶縁ハウジング(3)と,

該絶縁ハウジング(3)に係合して(
「径都合して」とあるのは誤記)配置された
グロメットタイプジョイント(5)と,

グリッド(7)と,を具備した電気コネクタであって,前記グロメットタイプジ

ョイント(5)は,

前側(47)および後側(45)とワイヤのための複数の通路(54)とを備え

たプラグ部材(41)であって,前記通路は,軸方向(X)において前記後側(4

5)から前記前側(47)へと延在しているプラグ部材(41)と,
少なくとも1つの周囲フランジ(43)であって,該フランジは,コネクタハウ

ジング(3)の内周面(27)に密封的に係合するために設けられている周囲フラ

ンジ(43)と,を含み,

前記フランジ(43)は,前記プラグ部材(41)から外側に且つ前記プラグ部

材(41)の前記後側(45)から後方に軸方向において突出し,前記内面(27)

との前記フランジ(43)の接触領域は,前記軸方向(X)において前記後側(4
5)に関して少なくとも部分的にオフセットされており,


2
前記グリッド(7)は前記グロメットタイプジョイント(5)の前記通路(54)

に一致した軸通路(34)を備え,前記グリッド(7)は前記絶縁ハウジング(3)
内の所定の位置において固定され,当該位置において前記フランジ(43)を支持

し,これによって該フランジ(43)は前記絶縁ハウジング(3)内において軸方

向に圧縮されていることを特徴とする電気コネクタ。(以下「本願発明」といい,


本件補正後の明細書及び図面を併せて「本願明細書」という。)

3 審決の理由
審決の理由は,別紙審決書写しのとおりであり,その要旨は,次のとおりである。

(1) 本願発明は,本願の出願前に頒布された特開2002−289292号公報

(甲1)に記載された発明(以下「引用発明」という。
)及び周知の事項に基づいて

当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定

により特許を受けることができない。

(2) 審決が,上記判断を導く過程において認定した引用発明,本願発明と引用発
明との一致点及び相違点は,次のとおりである。

ア 引用発明

「コネクタハウジング20に備えられた防水栓収容室25に防水栓60を配設し,

前記コネクタハウジング20と該コネクタハウジング20の防水栓収容室25に装

着されるリヤホルダ70との係合によって,電線30と前記コネクタハウジング2

0との間を防水する防水コネクタ10であって,
前記防水栓60が,一体化された複数の円筒形状の第1のシール部61と,スカ

ート形状の第2のシール部62と,前記第1のシール部61の後方の端面66から

第2のシール部62の後方部分にわたって電線30の軸方向に形成された複数の電

線引き出し孔63とを備え,第2のシール部62のスカート部分であるリブ部67

が第2のシール部62のうち後方部分であるリブ部67以外の部分から外側に且つ

前記第1のシール部61から前方へ電線30の軸方向に突出し,リブ収容溝26の
内壁と密着当接するリップ部68を前記第2のシール部62のリブ部67に備え,


3
突出したリブ部67は前記軸方向において第2のシール部62の後方部分に対して

部分的にオフセットしており,
前記コネクタハウジング20が,前記第2のシール部62を収容するリブ収容溝

26を備え,

前記リヤホルダ70が,電線30の軸方向で連続するように前記電線引き出し孔

63と一致している電線引き出し孔73を備え,前記第1のシール部61の外周リ

ップ部64と密着当接することで防水機能を発揮する外周密着部75と,前記第2
のシール部62をリブ収容溝26の内壁に押圧することで,防水栓60の潰し代と

してリヤホルダ70の挿入方向に付加されたリブ部67の前方の端面69とリブ収

容溝26とを密着させて防水機能を発揮する筒部72の前方の端にある圧接部76

とから成る筒部72を備えている防水コネクタ10。」

イ 本願発明と引用発明との一致点

「ハウジングと,
該ハウジングに係合して配置されたグロメットタイプジョイントと,

グリッドと,を具備した電気コネクタであって,前記グロメットタイプジョイン

トは,

前側および後側とワイヤのための複数の通路とを備えたプラグ部材であって,前

記通路は,軸方向において前記後側から前記前側へと延在しているプラグ部材と,

少なくとも1つの周囲フランジであって,該フランジは,コネクタハウジングの
内周面に密封的に係合するために設けられている周囲フランジと,を含み,

前記フランジは,前記プラグ部材から外側に且つ前記プラグ部材の軸方向におい

て突出し,前記内面との前記フランジの接触領域は,前記軸方向において少なくと

も部分的にオフセットされており,

前記グリッドは前記グロメットタイプジョイントの前記通路に一致した軸通路を

備え,前記グリッドは前記ハウジング内の所定の位置において固定され,当該位置
において前記フランジを支持し,これによって該フランジは前記ハウジング内にお


4
いて軸方向に圧縮されている電気コネクタ。」

ウ 本願発明と引用発明との相違点
(ア) 相違点1

「本願発明における絶縁ハウジングは絶縁性であるのに対して,引用発明におけ

るコネクタハウジング20は絶縁性か否か不明である点。」

(イ) 相違点2

「本願発明では,フランジがプラグ部材の後側から後方に軸方向において突出し,
前記内面と前記フランジの接触領域は,前記軸方向において前記後側に関して少な

くとも部分的にオフセットされているのに対して,引用発明では,フランジがプラ

グ部材の前側から前方に軸方向において突出し,
前記内面とフランジの接触領域は,

前記軸方向において前記前側に関して少なくとも部分的にオフセットされており,

フランジの位置と突出する向きが異なる点。」

第3 当事者の主張
1 取消事由に関する原告の主張

審決は,本願発明と引用発明との相違点2についての判断を誤ったものであり,

結論に影響を及ぼすから,違法として取り消されるべきである。その理由は,以下

のとおりである。

(1) 仮想構成1(リブ部67の後側配置)の容易想到性

ア 審決は,相違点2の判断において,
「第2のシール部62のリブ部67の位置
を第1のシール部61の後側とすること(下線は判決において付加。以下「仮想構

成1」という。
)は,当業者にとって格別のことではない」
(審決9頁24行〜25

行)と判断したが,誤りである。

イ 審決は,上記判断の前提として,甲1には,
「第2のシール部62のリブ部6

7を第1のシール部61の前側以外の位置に配設できることが示唆されている」審


決9頁10行〜12行)と即断しているが,そのような記載はなく,示唆もない。
甲1には,
「本実施形態では,第1のシール部61の端部にスカート形状の第2の


5
シール部62を配設しているが,第1のシール部61の中央付近に配設しても構わ

ない」【0021】
( )と記載されている以上,文字どおり「第1のシール部61の中
央付近」と理解すべきであり,第1のシール部61の後端に配置することまでが示

唆されているとはいえない。

ウ 甲1の請求項1の記載によれば,リヤホルダ70の外周密着部及び筒部は,

引用発明の必須的特定事項となっており,したがって,引用発明において,必須的

特定事項が削除されるような,第2のシール部62のリブ部67を第1のシール部
61の前側に替えて後側に配設することを仮想することは,甲1の記載事項を明ら

かに逸脱して認定したものであるばかりか,このようなあり得ない仮想構成1を設

定することには阻害要因がある。

また,甲2(実公昭58−29576号公報)及び甲3(特開2000−307

96号公報)の記載を参酌したとしても,引用発明のリブ部67を第1のシール部

61の後側に配設する仮想構成1とすることが,想到困難であることは明らかであ
る。

エ 引用発明は,第2のシール部62をリブ収容溝26に密着させるために軸方

向に離れてオフセットしているのであり,周囲シール特性と個別シール特性とが互

いに影響しないようにするためではない。引用発明において,第2のシール部62

を第1のシール部61の中央付近に配設した場合,第2のシール部62の突出方向

が前方又は後方のいずれであっても,軸方向に離れたオフセット状態で設けられな
いことになる。

また,引用発明では,第2のシール部62のうち圧接部76によって押圧された

部分は,リブ収容溝26近傍の空間に逃げようとし,当該逃げた部分によって第1

のシール部61が弾性変形するため,第2のシール部62による気密性は第1のシ

ール部61による気密性に影響を及ぼすことになる。

オ 甲3の大形部50Aには,大形部から外側にかつ後方に軸方向に突出するフ
ランジが設けられていない。甲3には,引用発明におけるリヤホルダ70の相当部


6
材を設けることなく,シール部材50が挿入されている以上,引用発明のリヤホル

ダ70の挿入が容易になることまでは全く考慮されていない。
(2) 仮想構成2(リブ部67の後方突出)の容易想到性

ア 審決は,相違点2の判断において,仮想構成1を容易想到とした上で,
「第2

のシール部62のリブ部67を第1のシール部61の後側に配設する際に,第2シ

ール部62のリブ部67を第1のシール部61から離れる向き,すなわち後方に突

出させる(下線は判決において付加。以下「仮想構成2」という。
)ものとなる」
(審
決9頁26行〜28行)としたが,誤りである。

イ 第2のシール部のリブ部を第1のシール部の後方に配設し得たとしても,甲

2,3には,必然的に「後方に突出する周囲フランジ」が記載されていないから,

甲1〜3に記載の発明を組み合わせても,リブ部は前方に向けて突出するものであ

り,後方に向けて突出するものとはならない。

ウ ハウジングにリブ収容溝を設けることは,甲1の請求項1に係る発明の必須
的特定事項であり,リップ部をこのリブ収容溝に収容することは,甲1の請求項2

に係る発明の必須的特定事項となっている。引用発明においてリブ部67が第1の

シール部61の後側から後方に軸方向において突出させる構成を適用すると,リブ

収容溝26にリブ部67を収容させる構成とはならない。

したがって,甲1には,リブ67を後方に向けて突出する構成とする動機づけは

全く存在しない。
エ 防水栓60の外周リップ部64と外周密着部75とにより防水機能を付与す

ることが引用発明の趣旨であることを鑑みると,甲1の記載に基づいて外周リップ

部64と外周密着部75とによる防水機能を排除することは,当業者が全く想到す

るところではなく,そもそも第2のシール部62を第1のシール部61の後側に配

設するとともにリブ部67を後方に突出させる構成とする仮想自体が,前述のとお

り引用発明の必須的特定事項を排除している。
したがって,リブ部67を前方に向けて突出させる構成とすることは,当業者が


7
容易になし得るものではない。

(3) 本願発明の顕著な作用効果
ア 本願発明は,本願明細書の【0006】に記載された,
「グロメットの周囲の

シール特性と個別のシール特性との双方を最適化することは,非常に困難なことで

ある」という課題を解決し, 個別のシールを提供するプラグ部と,周囲のシールを


提供するフランジ部と,に分割することによって,相互の影響を減少させ」るとい

う特有の作用効果を奏するものであり,この効果は,甲1〜3に記載の事項から予
測し得る程度のものではない。

イ 本願発明に特定された事項によれば,プラグ部材(41)が個別のシールを

提供し,周囲シールは,フランジ(43)が行うことが理解される。しかしながら,

審決は,
「本願発明におけるプラグ部が個別のシールを提供しておらず,周囲シール

をしないものでもないので,請求人の上記主張は本願発明に基づくものではない」

(10頁24行〜26行)としており,プラグ部材が個別のシールを提供し,周囲
シールをしないことを看過した点に誤りがある。

本願明細書には,
「外周フランジは外周リップによって形成されており,その外周

リップはプラグの外面から径方向に突出している。したがって,ハウジングの内面

を伴った外周のシール接触は,ワイヤ上で個別にシールされる通路の領域内に含ま

れる軸方向領域において形成されている」 0004】と記載されていることから,

【 )

本願発明の「通路」がワイヤに対して個別のシールを提供するためのものであるこ
と,及び,
「外周フランジ」が周囲シールを提供していることが自明である。さらに,

本願発明では,周囲シールを提供する「外周フランジ」が「プラグ部材」から外側

にかつ後方に突出することを特定している。このため,
「プラグ部材」が周囲シール

を提供しないことが分かる。

したがって,本願発明では,プラグ部材が個別のシールを提供し,周囲シールを

しないこと,及び,周囲フランジが周囲シールを提供し,個別シールをしないこと
が明確である。


8
2 被告の反論

本願発明と引用発明との相違点2についての審決の判断に誤りはなく,原告主張
の取消事由は理由がない。

(1) 仮想構成1(リブ部67の後側配置)の容易想到性の主張に対し

ア 甲1の【0021】,【0022】には,「また,本実施形態では,第1の

シール部61の端部にスカート形状の第2のシール部62を配設しているが,第1

のシール部61の中央付近に配設しても構わない。/つまり,リヤホルダ70をイ

ンナ20aに係合することで,スカート形状の第2のシール部62が,インナ20

aと,リヤホルダ70とに密着して,気密性を保持するように設計されていれば,

上記実施形態に何ら限定されるものではない」(「/」は改行を示す。以下同様)

と記載されており,図示された実施形態以外に,第2のシール部のリブ部の位置に

ついて,第1のシール部前側以外の位置に配置した防水栓とすることが示唆されて

いる。

イ 甲2は,コネクタ用防水栓においてパッキン及び電線の密着とパッキン及び

ハウジングの密着が互いの影響を及ぼすことが望ましくないことが周知の事項であ

ることを示す文献であるが,それは,本願発明の解決課題,すなわち,相互に影響

する周囲シール特性と個別シール特性との双方を最適化すること(本願明細書【0

005】〜【0006】)が周知の課題であることを示したものである。引用発明

は,第2のシール部62のリブ部67が軸方向において部分的にオフセットされて

おり,その構造に照らして,周囲シール特性と個別シール特性とが互いに影響しな

い構成であることが明らかであるから,そのようにリブ部67をオフセットして配

設することと,リヤホルダ70の外周密着部及び筒部を設けることとは,別個の技

術思想として把握され得るものである。したがって,リヤホルダ70の外周密着部

及び筒部を削除することは阻害要因となるものではなく,上記周知の課題を参酌し,

オフセットされたリブ部67の構造を,前側以外の後側に設けることが容易想到で


9
あるとした審決の判断に誤りはない。
また,甲3は,防水栓のフランジを防水栓の後側に設けることが周知の事項であ

ることを示す文献である。甲3には,図13や図18とともに, 0025】に「そ


こで,取付凹部29にシール部材50を押し込むと,小凹部29Bには小形部50

Bが弾性的に嵌まり込むとともに,大凹部29Aには大形部50Aが嵌まり込む。

このとき,大形部50Aのリップ51が弾性的に変形しつつ,大凹部29Aの内周
面に押し付けられた状態とされている」と記載されているように,後方に大形部を

有するシール部材はよく知られており,引用発明の第2のシール部のリブ部とは一

端において径方向に大きくなっている点で共通しているから,引用発明の径方向に

大きい第2のシール部62のリブ部67を,第1のシール部61の前方以外の位置

のものとするに当たり,上記甲3記載の周知の事項に倣って構成しても,第2のシ

ール部62のスカート部分であるリブ部67を後方に配設した防水栓とすることが
でき,当業者にとって困難であるとはいえない。また,一般に,一端に大形部を有

する防水栓を設けるとき,防水栓を容易に挿入できるように,その大形部を後方に

設けることは当業者が適宜なし得たことにすぎない。

(2) 仮想構成2(リブ部67の後方突出)の容易想到性の主張に対し

ア 甲1に記載された発明は, 防水コネクタは, 電線の端子ごとに端子収容室
「 各

とゴム栓収容室を備え,ここにゴム栓を圧入することで,各電線とコネクタハウジ
ングとの気密性を保持して,個室防水を実現し,さらに各ゴム栓を1つにまとめて

一体型のゴム栓とすることにより, み付け作業性を向上させている」 0002】
組 (
【 )

との従来技術について,
「上記防水コネクタは, 期間の使用によるゴム栓の経年劣


化でゴム栓が収縮し,各端子収容室とゴム栓との間に隙間が生じて防水性能が低下

する」【0003】
( )との課題に対し, ゴム栓の収縮による防水性能の低下の対策


として,円筒形状のゴム栓をリヤホルダの係合方向に長くしたり,ゴム栓の円筒部
を厚くすることで,ゴム栓の潰し代を大きくして,気密性を保持する方法」【00


04】
)が考えられるが,
「この方法では端子挿入性に影響が生じ,最悪の状態では


10
端子の挿入が不可能になるという問題や,コネクタの結合作業時にゴム栓を傷つけ

てしまい,防水性能が低下するという問題があ」【0004】
( )ることから, 端子

挿入性に影響を与えることなく,長期間の使用にも耐えうる防水性能を持つ防水コ

ネクタを提供することを目的」【0005】
( )としてなされたものである。つまり,

「円筒形状の第1のシール部」は従来のゴム栓と同様のものであって,このゴム栓

の潰し代を大きくして気密性を保持する方法では端子挿入性に影響が生じ,挿入が

不可能になったりゴム栓を傷つけてしまうとの問題を解決すべく,スカート形状の
第2のシール部62を設け,これをインナ20aとリヤホルダ70とにより圧接,

密着させて気密性を保持するようになす( 0022】等参照)ものである。


そうすると,スカート形状の第2のシール部62は,より大きな潰し代を得るべ

く,第1のシール部61から軸方向に離れる前方にオフセットした状態で設けられ

たものといえ,少なくとも,そのようにオフセットされた状態で配設することによ

って,
インナ20aとリヤホルダ70とに密着して気密性が保持され【0022】,
( )
長期間の使用に対しても気密性を保持し,防水性能を発揮することが明らかである

(同【0007】。したがって,甲1の【0021】【0022】の第1のシール
) ,

部前側以外の位置に配置できる旨の示唆に基づき,甲3のような防水栓に倣って,

第1のシール部の後側から軸方向に離れる方向にオフセットしたスカート形状とな

るように,リブ部67を後方に突出するよう設けることは,当業者が容易になし得

たことである。この場合,第2のシール部62をオフセットした状態で設けること
技術的意義を考慮するならば,原告が主張するような,スカート形状の第2のシ

ール部62が前方に向けて突出しなければならない,ということはない。第2のシ

ール部を前方に突出するように設けると,これが第1のシール部に影響を生じるこ

とは明らかであり,このことからも,第1シール部から外れるように突出させて第

2のシール部が設けること(オフセットされた状態で第2のシール部62を設ける

こと)は当業者が容易に想到することである。
イ 引用発明の第2のシール部62は,甲1の【0022】に記載されていると


11
おり,インナ20aとリヤホルダ70とに密着して気密性を保持するように設計さ

れ得るものであるから,甲1の請求項にリブ収容溝を設けることと,リップ部をこ
のリブ収容溝に収容することとが記載されているとしても,それによって相違点2

に係る容易想到性の判断が左右されるものではない。

また,当業者であれば,引用発明において,第2のシール部62をオフセットさ

れた状態で設けることの技術的意義を当然に理解するものであるから,リブ67を

後方に向けて突出する構成とする動機づけも当然存在する。
リブ収容溝は,リヤホルダ70とともにスカート形状の第2のシール部を密着す

ることにより,より大きな潰し代を得るものであって,第1のシール部とは軸方向

の別の位置でシールすればよいことも明らかであるから,ハウジングに限らず,リ

アホルダ等に設けるものでも良く,したがって,第2シール部を後方に向けてオフ

セットさせて設けることができないというものではない。

ウ 上記アで説明したように,第1のシール部の外周リップ部は,端子挿入性に
影響を与えることがない従来と同様程度の,第1のシール部の外周での防水をする

ものである。第1のシール部の外周リップ部で外周での防水をするには,その外側

の部材であるインナ20aとリヤホルダ70のどちらかに密接すればよいことは明

らかであり,リアホルダに変えてインナ20a等により密着して防水することに格

別の困難性はない。したがって,外周リップ部64の存在,つまりリアホルダから

延出できないことが阻害要件とはならない。
第1のシール部と同様の周知のゴム栓は,甲3にも示されるように通常ハウジン

グに接するものであって,このような周知のゴム栓を知る当業者であればリアホル

ダによる密着が必須とは考えない。

(3) 本願発明の顕著な作用効果の主張に対し

ア 甲1の【0016】に「防水栓60は,円筒形状の第1のシール部61と,

スカート形状の第2のシール部62と,電線引き出し孔63と,第1のシール部6



12
1の外周面に設けられた外周リップ部64と,第1のシール部の内周面に設けられ

た内周リップ部65と,第1のシール部61の端面66と,第2のシール部62の

スカート部分であるリブ部67と,リブ部67の外周面に設けられたリップ部68

と,リブ部67の端面69とからなる」と記載されるように,第1のシール部61

は内周リップ部65により電線を防水するものであり,第2のシール部62のスカ

ート部分であるリブ部67は,第1シール部とは軸方向の別の位置で防水するもの

である。そして第2のシール部62のスカート部分であるリブ部67は第1のシー

ル部61から離れる方向に突出する(オフセットされている)ものであるから,本

願発明と同様に軸方向でその位置が異なるものであって,本願発明と同様に相互の

影響が少ないものである。

そうすると,本願発明の効果は,引用発明及び周知の事項から当業者であれば予

測し得た程度のものといえ,審決の判断に誤りはない。
イ 審決の「本願発明におけるプラグ部が個別のシールを提供しておらず,周囲

シールをしないものでもないので,請求人の上記主張は本願発明に基づくものでは
ない」
(10頁24行〜26行)との見解は,原告の平成23年6月14日付け意見

書の主張が本願発明の構成と必ずしも整合した主張になっていないことを念のため

説示したものであって,審決の結論に影響を及ぼすものではない。また,上述した

とおり,審決の判断に誤りはないから,原告の上記主張に理由はない。

第4 当裁判所の判断

1 当裁判所は,原告主張の取消事由は理由があり,審決は,違法として取り消
されるべきものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

(1) 本願発明

ア 本願明細書には,図面(別紙参照)とともに,以下の記載がある(表題は判

決において付加)。

(ア) 技術分野



13
本発明は,電気コネクタのためのグロメットタイプジョイント,およびそのよう

なジョイントを使用してシールされた電気コネクタに関す。【0001】
( )
(イ) 従来技術

グロメットタイプジョイントは,コネクタハウジングの後部スカート専用に構成

され,グリッドによって所定の位置に保持される技術で共通に使用される。それは

グロメット後部側で支持され,ハウジングに着脱可能に固定されている。【000


2】

より具体的には,本発明はグロメットに関するものであり,そのグロメットは,

前側および後側とワイヤのための複数の通路とを備えたプラグ部材であって,前記

通路は,軸方向において前記後側から前記前側へと延在しているプラグ部材と,前

記プラグ部材から突出した少なくとも1つの周囲フランジであって,該フランジは,

コネクタハウジングの内周面に密封的に係合するために設けられている周囲フラン

ジとを含んでいる。【0003】
( )
そのような周知のグロメットにおいて,外周フランジは外周リップによって形成

されており,その外周リップはプラグの外面から径方向に突出している。したがっ

て,ハウジングの内面を伴った外周のシール接触は,ワイヤ上で個別にシールされ

る通路の領域内に含まれる軸方向領域において形成されている。【0004】
( )

(ウ) 解決課題

そのようなグロメットを伴って,周囲のシールおよび個別のシールは相互に影響
しており,1つの特別なグロメットを多様なハウジングの形状に適合するようにデ

ザインすることは,非常に困難なことである。【0005】
( )

さらに,そのようなグロメットの周囲のシール特性と個別のシール特性との双方

を最適化することは,非常に困難なことである。【0006】
( )

本発明の目的は,上述のタイプの,電気コネクタのための改良されたジョイント

を提供することであり,少なくとも1つの上述の欠点を克服することである。【0

007】)


14
(エ) 解決手段

本発明は上述のタイプのグロメットタイプジョイントを提供し,そのジョイント
は,フランジが,前記プラグ部材の前記後側から後方に軸方向において突出し,前

記内面を備えた前記フランジの接触領域が,前記軸方向において前記後側(45)

に関して少なくとも部分的にオフセットされている。【0008】
( )

この特徴はチャンバに適合した端子の近傍で,個別のシール領域を設けることを

可能にし,一方で,周囲シールが機能するハウジング領域内に設けられ,その寸法
はより小さいものとされている。【0009】
( )

(オ) 実施

本発明によるグロメットタイプジョイント(ここではグロメットとする)を含ん

だコネクタが示されている。【0011】
( )

図に示されているマルチウェイコネクタは絶縁ハウジングを含み,そのハウジン

グには,複数の端子が適合するためのチャンバ,グロメットおよびグリッドが形成
されている。【0014】
( )

そのコネクタは,個々のワイヤに圧着された複数の端子も含んでおり,ハウジン

グの個々の適合するチャンバ内に固定されて配置されている。【0015】
( )

そのコネクタは,第2係止部材も含んでおり,その係止部材は,ハウジングの前

側領域に組みつけられて固定されている。その第2係止部材は,端子が個々のチャ

ンバ内の適切な機能位置に確実に固定されるようにしており,個々のチャンバ内で
端子の高い保持力を発揮するようにしている。【0017】
( )

後部スカートは主に周囲の外壁からなり,その外壁は全体的に平行6面体形状で,

前部の後端から後方且つ外側に突出している。スカートは内側凹部を形成し,グロ

メットとグリッドとに適合するために後方において開かれている。スカートは,後

側内部周囲面と下部領域の前側内部周囲面との間で,内部管状面を備え,軸アバッ

トメントを形成している。【0019】
( )
グロメットは,基本的にプラグ部材と,そのプラグ部材から突出した外周フラン


15
ジとを含んでいる。【0022】
( )

プラグ部材は略平行6面体形状であり,対向した後側および前側と,外周面とを
備えている。外周面はスカートの前側内部周囲面内に適合するようにデザインされ

ている。【0024】
( )

プラグ部材には貫通通路(貫通穴)が形成されており,使用形態において,個々

の通路とチャンバとに一致して配列されている。従って,通路はプラグ部材の後側

から前側まで軸方向に延在している。【0025】
( )
プラグ部材は,軸方向に離れて配置された一組の環状の内部リップを備えており,

その内部リップはそれぞれの通路に設けられ,従ってその内部リップは2つの変形

可能な狭窄領域を形成している。使用時において,その内部リップは個々のワイヤ

を密封的に係合し,図2に示しているように,前記狭窄領域においてワイヤを内部

で個別にシールしている。【0026】
( )

フランジは,径方向および軸方向の両方でプラグ部材から外側に突出している。
フランジは略平行6面体形状の外周面と,その外周面から径方向に突出した外部リ

ップとを備えている。【0027】
( )

使用時において,その外部リップはフランジとハウジングの後側内部周囲面との

接触領域,およびハウジングの外周シール領域とを形成している。【0028】
( )

フランジは内部平面を備え,その面はX軸に関して傾いており,その部分におい

てフランジは全体的に三角形状の断面を備えている。【0029】
( )
グリッドは対応する傾斜面を備え,その面はX軸に向かって傾いており,面に係

合するために設けられている。グリッドも傾斜面から垂直に突出した突起を備えて

形成されている。【0030】
( )

グリッドは傾斜面が互いに係合する軸方向の位置において,ハウジング内に固定

され,突起は傾斜面を突き通すことで係合している。【0032】
( )

従って,グリッドはグロメットの軸方向におけるわずかな圧縮効果を提供してお
り,フランジを強制的に径方向にわずかに拡張させ,そこでリップは緩やかな圧力


16
の下で内面に係合している。【0033】
( )

使用時において,平行6面体のシール領域が,X軸方向においてプラグ部材の後
側に関して,および個別の内部シール領域に関して後方にオフセットされているこ

とは,好適なことである。【0034】
( )

イ 上記記載によれば,本願発明は,電気コネクタのためのグロメットタイプジ

ョイントを使用してシールされた電気コネクタに関するもので,特許請求の範囲

請求項1(前記第2の2記載のとおり)のように構成することによって,グロメッ
ト周囲のシールと個別のシールとの相互の影響を減少させるという作用効果を奏す

るものであると認められる。

(2) 引用発明

ア 甲 1 には,図面(別紙参照)とともに,以下の記載がある(表題は判決にお

いて付加)


(ア) 特許請求の範囲
コネクタハウジングに備えられた防水栓収容室に防水栓を配設し,前記コネクタ

ハウジングと,該コネクタハウジングに装着されるリヤホルダとの係合によって,

電線と前記コネクタハウジングとの間を防水する防水コネクタであって,前記防水

栓が,円筒形状の第1のシール部と,スカート形状の第2のシール部と,電線引き

出し孔とを備え,前記コネクタハウジングが,前記第2のシール部を収容するリブ

収容溝を備え,前記リヤホルダが,前記第1のシール部の外周リップ部と密着当接
することで防水機能を発揮する外周密着部と,前記第2のシール部をリブ収容溝の

内壁に押圧することで防水機能を発揮する圧接部とから成る筒部を備えていること

を特徴とする防水コネクタ。【請求項1】
( )

請求項1記載の防水コネクタであって,リブ収容溝の内壁と密着当接するリップ

部を前記第2のシール部に備えたことを特徴とする防水コネクタ。【請求項2】
( )

(イ) 技術分野
本発明は,コネクタハウジングに装着されるリヤホルダによって防水栓をコネク


17
タハウジングに押圧して防水機能を発揮する防水コネクタに関する。【0001】
( )

(ウ) 従来技術
この種の防水コネクタとして,特開2001−15205号公報で提案されてい

る防水コネクタは,各電線の端子ごとに端子収容室とゴム栓収容室を備え,ここに

ゴム栓を圧入することで,各電線とコネクタハウジングとの気密性を保持して,個

室防水を実現し,さらに各ゴム栓を1つにまとめて一体型のゴム栓とすることによ

り,組み付け作業性を向上させている。【0002】
( )
(エ) 解決課題

しかしながら,上記防水コネクタは,長期間の使用によるゴム栓の経年劣化でゴ

ム栓が収縮し,各端子収容室とゴム栓との間に隙間が生じて防水性能が低下する。

( 0003】
【 )

そのため,ゴム栓の収縮による防水性能の低下の対策として,円筒形状のゴム栓

をリヤホルダの係合方向に長くしたり,ゴム栓の円筒部を厚くすることで,ゴム栓
の潰し代を大きくして,気密性を保持する方法が考えられるが,この方法では端子

挿入性に影響が生じ,最悪の状態では端子の挿入が不可能になるという問題や,コ

ネクタの結合作業時にゴム栓を傷つけてしまい,防水性能が低下するという問題が

あった。【0004】
( )

そこで,本発明は,端子挿入性に影響を与えることなく,長期間の使用にも耐え

うる防水性能を持つ防水コネクタを提供することを目的とする。【0005】
( )
(オ) 解決手段

請求項1記載の発明は,上記課題を解決するため,コネクタハウジングに備えら

れた防水栓収容室に防水栓を配設し,前記コネクタハウジングと,該コネクタハウ

ジングに装着されるリヤホルダとの係合によって,電線と前記コネクタハウジング

との間を防水する防水コネクタであって,前記防水栓が円筒形状の第1のシール部

とスカート形状の第2のシール部と電線引き出し孔とを備え,前記コネクタハウジ
ングが前記第2のシール部を収容するリブ収容溝を備え,前記リヤホルダが前記第


18
1のシール部の外周リップ部と密着当接することで防水機能を発揮する外周密着部

と前記第2のシール部をリブ収容溝の内壁に押圧することで防水機能を発揮する圧
接部とから成る筒部を備えていることを要旨とする防水コネクタである。【000


6】


この防水コネクタでは,
防水栓にスカート形状の第2のシール部を設けることで,

リヤホルダの挿入方向に潰し代が付加され,経年変化による防水栓の収縮量よりも,

リヤホルダをコネクタハウジングに装着した際の防水栓の潰し代を大きくすること
で気密性を保持することができ,長期間の使用に対しても浸水を防止する。【00


07】


請求項2記載の発明は,上記課題を解決するため,請求項1記載の防水コネクタ

であって,リブ収容溝の内壁と密着当接するリップ部を前記第2のシール部に備え

たことを要旨とする。【0008】
( )

この防水コネクタでは,リップ部を第2のシール部に設けることで,リヤホルダ
をコネクタハウジングに装着した際の防水栓とコネクタハウジングとの間の密着度

が向上する。【0009】
( )

(カ) 実施形態

実施例の防水コネクタは,インナとアウタとからなるコネクタハウジングを備

え,インナに設けられた防水栓収容室に嵌合される防水栓と,インナと係合して防

水栓とインナとを密着当接させるリヤホルダと,インナに装着されて相手側のコネ
クタハウジングとインナとの間の気密性を保持するパッキンと,インナに装着され

てパッキンを固定するスペーサからなっている。【0014】
( )

インナは,相手側のコネクタハウジングを挿入する差込口と,端子を備えた電線

を挿入するための電線引き出し孔と,相手側のコネクタハウジングとコネクタハウ

ジングとを係合する爪と,相手側のコネクタハウジングと,コネクタハウジングと

の合わせ面を密閉するパッキンを備える筒部と,防水栓と,リヤホルダとを収容す
る防水栓収容室と,リブ収容溝とを備えている。【0015】
( )


19
防水栓は,円筒形状の第1のシール部と,スカート形状の第2のシール部と,電

線引き出し孔と,第1のシール部の外周面に設けられた外周リップ部と,第1のシ
ール部の内周面に設けられた内周リップ部と,第1のシール部の端面と,第2のシ

ール部のスカート部分であるリブ部と,リブ部の外周面に設けられたリップ部と,

リブ部の端面とからなる。【0016】
( )

リヤホルダは,図示されていない係止部でインナと係合する本体部分と,防水栓

の第1のシール部を囲む形状の筒部と,電線引き出し孔と,筒部の底部と,防水栓
の外周リップ部と圧接密着する外周密着部と,筒部の圧接部と,シール部収容室と

を備えている。【0017】
( )

シール部収容室の内径は,第1のシール部の直径よりも小さくできており,合成

ゴムやエラストマなどの弾性体からなる防水栓の第1のシール部を弾性変形させて,

リヤホルダの外周密着部と防水栓の外周リップ部とを密着させることで,防水機能

を発揮する。同様にして,リブ収容溝の幅は,防水栓のリブ部の厚さよりも小さく
できているため,リブ部を弾性変形させてリブ収容溝と密着させて,防水機能を発

揮させる。【0018】
( )

また,リヤホルダをインナに係合させることで,防水栓の第2のシール部にリヤ

ホルダの圧接部を密着させて,リヤホルダと防水栓との気密性,およびリブ部の端

面とリブ収容溝とを密着させて,インナと防水栓との気密性を高めている。
さらに,

第2のシール部にリブ部を付加することで,リヤホルダの係合時に,第2のシール
部の潰し代が大きくできるため,長期間に及ぶ防水コネクタの使用に対しても防水

栓の収縮を最小限に抑えて,防水性能の低下を抑えることが可能になる。【001


9】


実施形態では,複数の電線を1列に配設しているが,この電線の列を2段,3

段と重ねて,より多くの電線を1つのコネクタに収容することも可能である。 た,


実施形態では,第1のシール部の端部にスカート形状の第2のシール部を配設し
ているが,第1のシール部の中央付近に配設しても構わない。【0021】
( )


20
つまり,リヤホルダをインナに係合することで,スカート形状の第2のシール部

が,インナと,リヤホルダとに密着して,気密性を保持するように設計されていれ
ば,上記実施形態に何ら限定されるものではない。【0022】
( )

(キ) 発明の効果

請求項1記載の発明によれば,スカート形状の第2のシール部を防水栓に設ける

ことで,コネクタハウジングの嵌合作業に影響を与えることなく,防水コネクタの

気密性を向上させ,さらに経年変化による防水栓の収縮量よりも,リヤホルダ係止
時の防水栓の潰し代を大きくすることで, 期間の使用に対しても気密性を保持し,


防水性能を発揮することができるという効果を奏する。【0024】
( )

請求項2記載の発明によれば,請求項1の効果に加えて,スカート形状の第2の

シール部にリブ部を設けることで,リブ収容溝の内壁との密着度が向上するという

効果を奏する。【0025】
( )

イ 上記記載によれば,引用発明は,スカート形状の第2のシール部を防水栓に
設けることで,コネクタハウジングの嵌合作業に影響を与えることなく,防水コネ

クタの気密性を向上させ,さらに,経年変化による防水栓の収縮量よりも,リヤホ

ルダ係止時の防水栓の潰し代を大きくすることで,長期間の使用に対しても気密性

を保持し,
防水性能を発揮できるという作用効果を奏するものであると認められる。

(3) 仮想構成1(リブ部67の後側配置)の容易想到性について

ア 甲1の上記【0021】【0022】の記載によれば,引用発明において,

第2のシール部の軸方向上の配設位置は,第1のシール部の前側に限定されるもの

ではなく,第1のシール部の中央部分も含めた「前側以外」にしてもよいものと理

解することができる。しかし,甲1には,第2のシール部を第1のシール部の後側

に配設してもよい旨は記載されていない。

他方, 3には, 図3】 図18】 別紙参照) 示された構成ととも,
甲 【 ,
【 ( に 「そこで,

取付凹部29にシール部材50を押し込むと,小凹部29Bには小形部50Bが弾
性的に嵌り込むとともに,大凹部29Aには大形部50Aが嵌り込む。このとき,


21
大形部50Aのリップ51が弾性的に変形しつつ,大凹部29Aの内周面に押し付

けられた状態とされている」【0025】
( )と記載され,甲3においては,防水栓の
フランジを防水栓の後側に設けることが開示されている。

そして,甲3における小径部及び大形部より成るシール部材と,甲1における第

1のシール部及び第2のシール部より成る防水栓とは,一端が大径化されたスカー

ト形状を有する点で形状的に共通するものと認められる。そうすると,甲1におい

て,第2のシール部を第1のシール部の「前側以外」に配設する際,上記甲3に開
示されたように構成すれば,第2のシール部は自ずと第1のシール部の後側となる。

そして,このような構成に変更しても,「第2のシール部62が,インナ20aと,

リヤホルダ70とに密着して,気密性を保持する」ことができなくなるものではな

い。

したがって,第2のシール部の軸方向上の配設位置を第1のシール部の後側にす

ることには,格別の困難性は認められない。
イ 原告は,甲1には,
「本実施形態では,第1のシール部61の端部にスカート

形状の第2のシール部62を配設しているが,第1のシール部61の中央付近に配

設しても構わない」【0021】
( )と記載されている以上,文字どおり「第1のシー

ル部61の中央付近」と理解すべきであると主張する。しかしながら,甲1におい

て,第2のシール部の軸方向上の配設位置は,第1のシール部の中央部分も含めた

「前側以外」にしてもよいものと理解できることは上記のとおりであるから,第2
のシール部の軸方向上の配設位置を第1のシール部の後側にすることが,甲1の記

載に反するということはできない。

原告は,リヤホルダ70の外周密着部及び筒部は引用発明の必須的特定事項とな

っており,必須的特定事項が削除されるような,第2のシール部62のリブ部67

を第1のシール部61の前側に替えて後側に配設すること仮想構成1には阻害要因

があると主張する。しかしながら,引用発明において,第2のシール部62のリブ
部67が軸方向において部分的にオフセットされており,その構造から,周囲シー


22
ル特性と個別シール特性とが互いに影響しない構成であることが明らかであるから,

そのようにリブ部67をオフセットして配設することと,リヤホルダ70の外周密
着部及び筒部を設けることとは,別個の技術思想として把握され得るものである。

したがって,リヤホルダ70の外周密着部及び筒部を削除することが阻害要因にな

るということはできない。

(4) 仮想構成2(リブ部67の後方突出)の容易想到性について

ア 審決は,甲2を引用して「コネクタ用防水栓においてパッキン及び電線の密
着 と パッ キ ン及びハウジングの密 着 が 互いの 影響を及 ぼ すことが 望ま しくないこ

と」が周知の事項であると認定した上で,
「第2のシール部62のリブ部67を第1

のシール部61の後側に配設する際に,第2シール部62のリブ部67を第1のシ

ール部61から離れる向き,すなわち後方に突出させる(判決注:下線部が仮想構

成2)ものとなる」
(審決9頁26行〜28行)とした。

イ そこで, 2の開示事項を検討すると,
甲 そこには図面 別紙参照)
( とともに,
以下の事項が記載されている。

(ア) 実用新案登録請求の範囲

電線挿通孔を有する防水栓本体の電線引出側に本体の外周に沿って環状溝を凹設

し,環状溝の溝底に前記本体のコネクタ嵌合側端面に近接せしめたことを特徴とす

るコネクタ用防水栓。
(1欄15行〜19行)

(イ) 従来,此の種の防水栓は,第1図に示す如く,コネクタaの嵌合壁bに合せ

てゴム等の弾性部材で防水栓本体cを形成し,本体cには電線挿通孔dを設けると

共に,外周にテーパー面eを形成した構成を有する。(1欄29行〜33行)

(ウ) 上記構成では, ーパー面eと嵌合壁bとを接触により防水シールを行ない,


またテーパー面eの形成によって防水栓のコネクタへの嵌合を容易にしているが,

実際には電線挿通孔dに電線を通すことによって本体cがふくらみ,嵌合し難くゝ

なる欠点があり,また不完全に嵌合するとテーパー面eに後ろ向きの力が作用し本
体cが抜け出す等のおそれがあった。


23
この考案は上記した事情に鑑みてなされたもので,コネクタへの嵌合取付が容易

で防水シール効果の大なるコネクタ用防水栓を提供することを目的としている。1

欄34行〜2欄8行)

(エ) この考案によれば,環状溝5の形成により,電線の挿通により防水栓本体の

外径変化を弾性的に吸収して,コネクタへの嵌合が極めて容易となり,不完全な嵌

合を未然に防止できると共に,環状溝の介在により区画形成された外套部がコネク

タの嵌合壁内面に弾性的に圧接するから防水シールも完全に行なうことができるの
である。(3欄1行〜7行)

ウ 上記記載によれば,甲2には,@解決課題として,電線挿通孔dへの電線の

挿通によって防水栓本体が外径変化,すなわち,径方向の外側に膨らみ,径方向の

外側に位置するシール部位(b−e間)の密着性が低下すること,A解決手段とし

て,電線挿通孔dおよびシール部位の間に環状溝を介在させること,B作用効果と

して,環状溝の内部空間によって防水栓本体の変形を吸収し,防水シール効果の低
下を抑制すること,が開示されていると認められる。

ところで,甲2の解決課題は,電線が挿通される電線挿通孔dと,テーパー面e

及び嵌合壁bの間のシール部位とが,径方向の内外において対向していることから

生じるものであって,両者が径方向に対向していない場合には,そもそも,電線の

挿通によって防水栓本体の外径が変化しても,その影響はシール部位には及ばない

から,同様の問題が生じないものである。そうすると,甲2から,
「コネクタ用防水
栓においてパッキン及び電線の密着とパッキン及びハウジングの密着が互いの影響

を及ぼすことが望ましくないこと」が周知の事項と認められるとしても,それは,

パッキン及び電線の密着部位と,パッキン及びハウジングの密着部位とが,径方向

において対向している構造においては当てはまるものであるが,両者が径方向に対

向していない構造においては当てはまらないものである。

エ そこで,引用発明におけるパッキン及び電線の密着部位とパッキン及びハウ
ジングの密着部位についてみると,審決が引用発明認定の根拠とした甲1の実施


24
の構造(甲1の図面参照)では,両者が径方向において対向しておらず,軸方向に

ずれていることが分かる。したがって,引用発明においては,電線の挿通による防
水栓本体の外径変化の影響がシール部位に及ばない構造となっており,審決が認定

した「コネクタ用防水栓においてパッキン及び電線の密着とパッキン及びハウジン

グの密着が互いの影響を及ぼすことが望ましくないこと」との周知の事項が当ては

まらないものである。

また,引用発明において,第2のシール部の配設位置を後側に変更すると,参考
図(別紙参照)の構成となるが,この構成においては,リブ部は,第2のシール部

の外周近傍から前方に向かって環状に突出しており,第1のシール部は,第2のシ

ール部の中心近傍から前方に向かって延在している。そうすると,内側の第1のシ

ール部と,外側のリブ部とは,径方向において対向するが,第1のシール部及びリ

ブ部の間には環状のコネクタハウジングが介在することになる。したがって,この

構成では,電線の挿通による影響が第2のシール部位に直接的には及ばないから,
径方向の歪み(変形)の伝達を抑制するという点で,実質的に甲2と同様の構成を

備えることとなる。この場合,第1のシール部の外径に変化が生じても,環状のコ

ネクタハウジングによってその変形が第2のシール部には伝達されず,リブ部の防

水シール効果の低下が生じないことは明らかである。すなわち,仮想構成1を採用

した段階で,甲2の解決手段のみならず,甲2の作用効果も同時に達成されること

になる。そうすると,更にそこから仮想構成2のように変更すること,すなわち,
リブ部の突出方向を前方から後方に敢えて変更することについては,もはや動機づ

けが存在しないというべきである。

ところが,審決は,
「コネクタ用防水栓においてパッキン及び電線の密着とパッキ

ン及びハウジングの密着が互いの影響を及ぼすことが望ましくないことは, えば,


実公昭58−29576号(判決注:甲2)
(特に1ページ左欄34行〜右欄4行参

照。
)に記載されているように周知の事項である……」
(9頁15行〜18行)と述
べるにとどまり,当該周知の事項が甲2とは異なりパッキン及びハウジングの密着


25
部位とが径方向に対向していない構造の引用発明においても該当することの根拠を

全く示しておらず,リブ部の突出方向を前方から後方に敢えて変更すること,すな
わち,仮想構成2を適用することの論理づけを欠くものというほかない。

したがって,引用発明に仮想構成2を適用した審決の判断は,論理づけを欠き,

誤りというほかない。

(5) 以上検討したところによれば,本願発明と引用発明との相違点2について,

「引用発明において,第2シール部62のリブ部67(フランジ)を第1シール部
61(プラグ部材)の後側から後方に軸方向において突出させることによって,相

違点2に係る構成とすることは, 業者が容易に想到し得たことである」
当 (10頁1

3行〜16行)とした審決の判断は誤りであり,この誤りが審決の結論に影響を及

ぼすことは明らかである。

2 結論

以上のとおり,原告主張の取消事由は理由がある。よって,審決を取り消すこと
として,主文のとおり判決する。



知的財産高等裁判所第3部




裁判長裁判官

芝 田 俊 文




裁判官
岡 本 岳


26
裁判官

武 宮 英 子




27
(別紙)

本願の図面
【図1】




【図2】




28
甲1の図面

【図1】




甲2の図面




29
甲3の図面

【図3】




【図18】




30
参考図


20
20a 20b
62
62 67
68


20 コネクタハウジング
20a インナ
20b アウタ
60 防水栓
61 第1のシール部
62 第2のシール部
67 リブ部
68 リップ部
70 リヤホルダ




61
60
70
前側
後側




31