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関連審決 不服2007-25540
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事件 平成 23年 (行ケ) 10433号 審決取消請求事件

原告 エックス−レイオプティカル システムズ インコーポレーテッド
訴訟代理人弁理士 谷義一
同 阿部和夫
同 梅田幸秀
同 窪田郁大
同復代理人弁理士 新開正史
被告特許庁長官
指定代理人後藤時男
同 信田昌男
同 樋口信宏
同 芦葉松美
裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2012/10/25
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
1事 実 及 び 理 由第1 請求特許庁が不服2007−25540号事件について平成23年8月16日にした審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実1 特許庁における手続の経緯原告は,発明の名称を「蛍光X線分光システム及び蛍光X線分光方法」とする発明について,平成14年6月18日を国際出願日として特許出願(特願2003−505939号。以下「本願」という。)をしたが(パリ条約による優先権主張の優先日:平成13年6月19日,優先権主張国:米国),平成19年6月13日付けで拒絶査定を受けたことから,同年9月18日,拒絶査定不服審判(不服2007−25540号事件)を請求した。原告は,同年10月18日に手続補正をし,また,平成20年6月23日に誤訳訂正をするとともに,同日付けで手続補正(以下「本件補正」という。)をした。
特許庁は,平成21年5月12日,本件補正を認めた上,「本件審判の請求は,成り立たない。」とする審決をしたが,平成22年8月31日,知的財産高等裁判所平成21年(行ケ)第10289号事件判決(以下「第1次判決」という。)において上記審決が取り消され,その判決が確定したため,審理を再開し,同年12月24日付けで拒絶の理由を通知し,平成23年8月16日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同月26日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲本願の特許請求の範囲の請求項1(本件補正後のもの)の記載は,次のとおりである。(甲27。以下,請求項1に係る発明を「本願発明」といい,本件補正後の特許請求の範囲,平成20年6月23日の誤訳訂正後の明細書(甲26)及び図面を総称して,「本願明細書」ということがある。)2「【請求項1】少なくとも1つのX線放射源(110/210)と,少なくとも1つのX線検出器(150/250)と,サンプルの上の焦点から蛍光X線を集光して,所定の分析物の特徴のあるエネルギーの前記蛍光X線を前記X線検出器に向けるための,前記サンプル(130/230)と前記X線検出器との間に配置された,点SをX線源の位置,点Iを焦点,Rを点Iと点Sを含む集束円の半径として,集束円の面において2Rの曲率半径を有し,セグメントSIに垂直な中間面において2Rと異なる曲率半径を有する,少なくとも1つの二重湾曲回折光学部品を有する少なくとも1つの単色集光光学部品(140/240)と,前記サンプルの分析物を刺激して蛍光X線を発生させるために,前記X線放射源からX線放射を集光して,該X線放射を前記サンプルの上の前記焦点に集束させるための,前記X線放射源と前記サンプルとの間に配置された少なくとも1つの励起光学部品(120/220)とを備え,前記二重湾曲回折光学部品は,一重湾曲の光学部品よりも大きな集光立体角で前記サンプル上の前記焦点から前記光学部品へ向う前記蛍光X線が前記光学部品にほとんど全て当たり,ブラッグ角度条件を用いて前記蛍光X線を単色化する二重湾曲単色光学部品を有することを特徴とする波長分散蛍光X線分光システム。」3 審決の理由(1) 別紙審決書写しのとおりである。要するに,本願発明は,特開平7−280750号公報(以下「引用刊行物A」という。甲1)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び周知の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項により,特許を受けることができないというものである。
(2) 上記判断に際し,審決が認定した引用発明の内容並びに本願発明と引用発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。
ア 引用発明の内容X線を発生する1つの放射線源20と,1つの半導体検出器29(X線検出器)3と,X線を照射された試料11から発生するX線28を分光し,半導体検出器29(X線検出器)に集光する1つの分光結晶31と,放射線源20より発生したX線を2つのスリットを介して細いビームにして,試料11に照射する1つのコリメータ21と,を用いた試料中の元素や原子の結合状態を分析する波長分散型X線分光装置。
イ 一致点「1つのX線放射源と,1つのX線検出器と,サンプルの上の小さな領域から蛍光X線を集光して,所定の分析物の特徴のあるエネルギーの前記蛍光X線を前記X線検出器に向けるための,前記サンプルと前記X線検出器との間に配置された,湾曲回折光学部品を有する単色集光光学部品と,前記サンプルの分析物を刺激して蛍光X線を発生させるために,該X線放射を前記サンプルの上の小さな領域に照射するための,前記X線放射源と前記サンプルとの間に配置された励起光学部品とを備え,前記湾曲回折光学部品は,前記サンプル上の前記小さな領域から前記光学部品へ向う前記蛍光X線が前記光学部品にほとんど全て当たり,ブラッグ角度条件を用いて前記蛍光X線を単色化する湾曲単色光学部品を有する波長分散蛍光X線分光システム。」である点。
ウ 相違点(ア) 相違点1(審決における相違点(あ))サンプルの上の小さな領域から蛍光X線を集光する湾曲回折光学部品を有する単色集光光学部品が,本願発明では,サンプルの上の「焦点から」蛍光X線を集光して,「点SをX線源の位置,点Iを焦点,Rを点Iと点Sを含む集束円の半径として,集束円の面において2Rの曲率半径を有し,セグメントSIに垂直な中間面において2Rと異なる曲率半径を有する,少なくとも1つの二重湾曲回折光学部品を有する少なくとも1つの単色集光光学部品」であるのに対して,引用発明では,2つのスリットを備えたコリメータ21で細いビームにされたX線が照射された試料11から発生するX線28を,半導体検出器29(X線検出器)に集光する分光結4晶31である点。
(イ) 相違点2(審決における相違点(い))サンプルの分析物を刺激して蛍光X線を発生させるために,該X線放射を前記サンプルの上の小さな領域に照射するための,前記X線放射源と前記サンプルとの間に配置された励起光学部品が,本願発明では,「X線放射源からX線放射を集光して,該X線放射をサンプルの上の焦点に集束させる」「少なくとも1つの励起光学部品」であるのに対して,引用発明では,放射線源20より発生したX線を2つのスリットを介して細いビームにして,試料11に照射する1つのコリメータ21である点。
(ウ) 相違点3(審決における相違点(う))サンプル上の前記小さな領域から光学部品へ向う蛍光X線が前記光学部品にほとんど全て当たる湾曲回折光学部品が,本願発明では,「一重湾曲の光学部品よりも大きな集光立体角で前記サンプル上の前記焦点から前記光学部品へ向う前記蛍光X線が前記光学部品にほとんど全て当たる」「二重湾曲単色光学部品」であるのに対して,引用発明では,X線が照射された試料11から発生するX線28を分光し,半導体検出器29(X線検出器)に集光する1つの分光結晶31である点。
第3 当事者の主張1 審決の取消事由に係る原告の主張審決には,以下のとおり,(1) 相違点2に関する容易想到性判断の誤り(取消事由1),(2) 相違点1に関する容易想到性判断の誤り(取消事由2),(3) 相違点3に関する容易想到性判断の誤り(取消事由3),(4) 顕著な作用効果の看過(取消事由4),(5) 確定判決の拘束力違反(取消事由5),(6) 商業的成功の看過(取消事由6)があり,これらは結論に影響を及ぼすものである。
(1) 取消事由1(相違点2に関する容易想到性判断の誤り)審決は,本願発明と引用発明との相違点2について,X線を試料上に照射して試料を分析するX線分析装置において,X線源からのX線を1つ又は2つの光学部品5を用いて試料上の焦点に集束させることは,特開平1−141343号公報(甲2。
以下「引用刊行物B」という。)や特開2000−155102号公報(甲3。以下「引用刊行物C」という。)から周知であるとした上,「X線分析装置において,X線を試料上の小さな領域に照射する光学部品として,周知の光学部品のうちどのような手段を用いるかは,当業者が必要に応じて適宜採用する選択事項といえることから,引用発明の波長分散型X線分光装置において,放射線源28から発生したX線を試料11上の小さな領域に照射する光学部品として,X線を2つのスリットを細いビームにする備えたコリメータ21を用いる代わりに,引用発明と同じX線分析装置の分野に用いられる,上記周知例のX線を試料上の焦点に集束させる1つ又は2つのX線反射鏡からなる光学部品を採用して,本願発明のごとく,サンプルの分析物を刺激して蛍光X線を発生させるために,該X線放射を前記サンプルの上の小さな領域に照射するための,前記X線放射源と前記サンプルとの間に配置された1つの励起光学部品が,『X線放射源からX線放射を集光して,該X線放射をサンプルの上の焦点に集束させる』『少なくとも1つの励起光学部品』であるようにすることは当業者が容易になし得る」と判断した。
しかし,以下のとおり,引用発明のコリメータ21に代えて,「X線源からのX線を1つ又は2つの光学部品を用いて試料上の焦点に集束させる」という技術を適用することは,当業者にとって容易であったとはいえず,審決の判断は誤りである。
ア 審決は,引用発明について,「X線を2つのスリットを介して細いビームにする」こと及び「X線放射をサンプルの上の小さな領域に照射する」ことを前提とするところ,引用発明において,放射線源20より発生した放射線27は,コリメータ21のスリット(細長い穴)を通過することによって線状に広がった放射線となり,試料11上に照射されると考えられるから,「小さな領域」とは,線状の領域を意味する(引用刊行物Aの図3,6欄38,39行)。
一方,審決が周知例として指摘する引用刊行物Bや引用刊行物C等に記載される「X線源からのX線を1つ又は2つの光学部品を用いて試料上の焦点に集束させ6る」という技術(1つ又は2つのX線反射鏡からなる光学部品)は,X線を「点」に集束させる技術であって,「線」状の領域に集束させる技術ではない。
そうすると,「X線源からのX線を1つ又は2つの光学部品を用いて試料上の焦点に集束させる」という技術を,引用発明に適用する動機付けはない。
イ 審決は,引用刊行物B又は引用刊行物Cの記載から,X線を試料上の照射して試料を分析するX線分析装置において,X線源からのX線を1つ又は2つの光学部品を用いて試料上の焦点に集束させることは周知であるとする。
しかし,引用刊行物B及び引用刊行物C記載の発明は,引用発明のような波長分散型の蛍光X線分光システムではない。すなわち,引用刊行物Bには,X線回折測定及び蛍光X線分析を行うX線分析装置が開示されている(1頁右下欄末行〜2頁左上欄1行,2頁右上欄末行〜左下欄8行,4頁左上欄16行〜右上欄4行等)。
上記のX線回折測定は,蛍光X線分光とは異なる。また,引用刊行物Bには,「蛍光X線分析では検出器を可能な限り試料に接近させ」と記載され(4頁左上欄16,17行),試料から発せられた特定の蛍光X線(波長)を選択するための結晶等が,試料と検出器との間に存在しないから,「蛍光X線分析」は,波長分散型の蛍光X線分光でないことは明らかである。そして,引用刊行物Cには,X線を試料に入射し,試料で反射したX線を検出することにより,試料を非破壊で分析するためのX線測定装置およびその方法が開示されており(段落【0001】,【0017】,図1,図7),この装置ないし方法は,試料Sで反射したX線を,直接又はX線吸収体5を介して検出するものであって,波長分散型の蛍光X線分光システムでないことは明らかである。そうすると,引用刊行物B及び引用刊行物Cの記載から,波長分散型の蛍光X線分光システムにおいて,「X線源からのX線を1つ又は2つの光学部品を用いて試料上の焦点に集束させる」との技術が周知ないし公知であるとはいえない。
さらに,波長分散型の蛍光X線分光システムにおいて,上記技術を導入する必要性を示唆する記載は,引用刊行物Aないし引用刊行物C,特開平11−1331970号公報(甲4。以下「引用刊行物D」という。)のいずれにもない。
したがって,波長分散型の蛍光X線分光システムである引用発明において,上記技術を導入する動機付けがあるとはいえない。
この点,審決は,特開2001−124711号公報(甲11)の記載を根拠に,引用発明には,引用刊行物B又は引用刊行物C記載の技術を適用する動機付けがある旨述べるが,引用刊行物Aと関係のない文献の記載を根拠として動機付けの有無を判断することは失当である上,甲11の図3に記載された試料15上のX線照射領域の形態は「焦点」とはいえず,甲11記載の事項は,引用発明のコリメータ21に代えて,上記の技術事項を採用する動機付けがあるとの根拠にはならない。
ウ 「X線を試料上の照射して試料を分析するX線分析装置において,X線源からのX線を1つ又は2つの光学部品を用いて試料上の焦点に集束させる」との技術を引用発明に適用するには阻害要因がある。
(ア) すなわち,上記技術の目的は,試料に照射するX線をより強くすることである。一方,引用発明では,放射線源20より発生した放射線27は,高分子薄膜24を通過して試料11に照射されるため,一部は高分子薄膜24に吸収され,試料に照射するX線を強くすることとは逆のことを行うものである(引用刊行物Aの段落【0012】ないし【0014】,図3)。当業者が,上記技術の目的を減殺する方向で,引用発明と上記技術とを組み合わせることは考えられない。
(イ) また,引用発明は,従来の光学顕微鏡を用いた構成では比較的大きな領域を確保する必要があるという問題点を解決する(コンパクト化,省スペース化を図り,他の検出機器等の設置をも可能とする)ことを目的とする(引用刊行物Aの段落【0004】)。引用発明において,コリメータ21に代えて,上記周知技術を採用すれば,コリメータを用いた場合に比べて装置が大きくなり,上記引用発明の目的に反する。
すなわち,引用刊行物Bの光学部品のX線導管は,X線を遠方に導くものであり(2頁左上欄9行),相当の長さを有するものと考えられる。これに対し,引用刊8行物Aのコリメータ21は平面的なものであるから(図3),引用刊行物BのX線導管を引用刊行物Aのコリメータの代わりに用いれば,コリメータを用いた場合に比べて装置が大きくなり,他の検出機器等の設置スペースがその分縮小する。また,引用刊行物Cの光学部品(図1の湾曲モノクロメータ2+リフレクタ3)を引用発明のコリメータの代わりに用いると,反射を行うためのスペースを確保することが必要になり,コリメータを用いた場合に比べて装置が大きくなり,他の検出機器等の設置スペースがその分縮小する。
したがって,引用発明のコリメータ21に代えて,上記技術を採用することには阻害事由がある。
エ 審決は,X線分析装置において,X線を試料上の小さな領域に照射する光学部品として,周知の光学部品のうちどのような手段を用いるかは,当業者が必要に応じて適宜採用する選択事項であるとする。
しかし,X線を試料上の小さな領域に照射する光学部品であっても,照射の領域,強度,態様はそれぞれ異なり,その結果,試料から出射するX線の強度,出射方向等に違いが生じるから,X線を試料上の小さな領域に照射する光学部品を変更すると,試料から出射するX線を検出するための光学系の変更をも余儀なくされることが想定され得る。そうすると,X線を試料上の小さな領域に照射する光学部品だけを取り出して,周知の光学部品のうちどのような手段を用いるかは必要に応じて適宜選択される事項であるとはいえない。
また,引用発明には,「試料上の焦点に集束させる」必要性はなく,「X線源からのX線を1つ又は2つの光学部品を用いて試料上の焦点に集束させる」という技術を適用する余地もない。すなわち,引用発明は,「X線光学系の焦点位置への試料の位置調整を比較的簡単な構成の下に行い得る」ことを解決課題とし,「上記焦点位置で光路が交わるように異なる方向から光線を照射する第1及び第2の光線照射手段を具備し,上記位置調整機構を駆動して上記光路が交わる位置に上記試料が位置するようにした点」を課題解決手段とする(引用刊行物Aの段落【0002】9ないし【0005】)。コリメータ21は,引用発明の解決課題及び課題解決手段に直接係わるものではなく,X線分光の実施において,放射線27を細いビームに形成するためのものである(段落【0012】及び【0014】)。そうすると,引用発明において,X線光学系の焦点位置に試料を正しく配置できれば,コリメータ21が細いビームを形成することで十分なX線分光分析が可能であるから,位置調整機構とは直接関係しないコリメータ21を他の光学部品に変更する必要性は生じない。加えて,引用発明は,「X線光学系の焦点位置への試料の位置調整を比較的簡単な構成の下に行い得るようにして,コンパクト化,あるいは省スペース化により他の検出機器等の設置をも可能とする波長分散型X線分光装置の提供を目的とする」(引用刊行物Aの段落【0004】)ところ,コリメータ21を他の光学部品に変更することにより,X線光学系の他の部品の性能,配置を変更することを余儀なくされる結果,上記目的が達成されないこともあり得る。よって,引用発明において,「(X線を)試料上の焦点に集束させる」必要性があるとはいえない。
(2) 取消事由2(相違点1に関する容易想到性判断の誤り)審決は,本願発明と引用発明との相違点1について,引用刊行物D及び特許第2555592号公報(甲9)から,「X線源Sの位置と点状の集光点Fを含む集束円の半径とし,集束円の面において2Rの曲げ半径を有し,X線源Sの位置と集光点Fを結ぶ線に垂直な中間面において2Rとは異なる曲げ半径を有する二重湾曲回折光学部品」は周知であり,特公平6―72850号公報(甲10)から,「二重湾曲回折光学部品を,試料にX線を照射して発生させたX線を検出器へ集光させるのに用いること」も周知であると認定した上,引用発明の分光結晶31の代わりに,上記周知例の光学部品を採用して,相違点1に係る本願発明の構成とすることは当業者が容易になし得る旨判断した。
しかし,引用刊行物D,甲9及び甲10の光学部品は,いずれも点から発生した放射線等を回折するものである。これに対し,引用発明の放射線源20より発生した放射線27は,コリメータ21のスリットを通過することによって,線状に広が10った放射線となり,試料11上に照射され,試料11上における紙面に垂直な方向に延びた線状の領域から発生したX線28が,紙面に垂直な方向に延びた分光結晶31(一重湾曲の分光結晶)で分光され,半導体検出器29に導かれるから,引用発明の光学部品は,線から発生した放射線等を回折するものである。
そのため,引用発明において,分光結晶31の代わりに,上記周知例の光学部品を採用すれば,分光結晶31を用いていた際に想定していた回折とは全く異なる回折が起こり,誤検出等の予期せぬ結果が生じるおそれがあるから,引用発明において,分光結晶31の代わりに,上記周知例の光学部品を採用することには阻害事由が存在し,当業者が,そのような不利益を伴う採用を行うとは考えられない。
したがって,引用発明において,分光結晶31の代わりに,審決が周知例から認定した光学部品を採用することが当業者にとって容易であったとはいえず,相違点1に関する審決の判断には誤りがある。
(3) 取消事由3(相違点3に関する容易想到性判断の誤り)審決は,本願発明と引用発明との相違点3について,「引用発明において,X線源からのX線を1つ又は2つの光学部品を用いて試料上の焦点に集束させる構成を採用し,湾曲回折光学部品として二重湾曲単色光学部品を採用すれば,本願発明のごとく,サンプル上の前記小さな領域から光学部品へ向う蛍光X線が前記光学部品にほとんど全て当たる湾曲回折光学部品が,『一重湾曲の光学部品よりも大きな集光立体角で前記サンプル上の前記焦点から前記光学部品へ向う前記蛍光X線が前記光学部品にほとんど全て当たる』『二重湾曲単色光学部品』となることは明らかである。」と判断した。
しかし,上記(2) のとおり,引用発明において,分光結晶31の代わりに,審決が認定した周知の光学部品(二重湾曲回折光学部品)を採用することには阻害事由が存在し,当業者が,そのような不利益を伴う採用を行うとは考えられない。
したがって,引用発明において,二重湾曲回折光学部品を採用することが当業者にとって容易であったとはいえず,相違点3に関する審決の判断には誤りがある。
11(4) 取消事由4(顕著な作用効果の看過)本願発明は,波長分散分光法において,コリメータを用いるのではなく,X線放射を集束させる励起光学部品を用いるという構成により,サンプル上の照射領域を小さくし,検出器において受け取られる蛍光X線の量を増大させるという,引用発明や周知技術からは予測できない顕著な効果をもたらすものである(本願明細書の段落【0027】)。
審決は,本願発明の顕著な効果を看過した違法がある。
(5) 取消事由5(確定判決の拘束力違反)第1次判決は,本願発明の「前記サンプル上の前記焦点から前記光学部品へ向う前記蛍光X線が前記光学部品にほとんど全て当たり」という構成は,二重湾曲単色光学部品が発揮する機能を一般的に記載したにすぎないと解するのは妥当ではなく,本願発明の波長分散蛍光X線分光(WDS)システム全体からみた,サンプルから発生し二重湾曲回折光学部品へと向かう「蛍光X線」の態様ないし挙動を限定した記載と解するのが合理的であるとの解釈を示した。
これに対し,審決は,引用発明の分光結晶31が,「照射された試料11から発生するX線28を分光し,半導体検出器29(X線検出器)に集光される」ものであることを理由として,本願発明と引用発明とは,「前記湾曲回折光学部品は,前記サンプル上の前記小さな領域から前記光学部品へ向う前記蛍光X線が前記光学部品にほとんど全て当たり」という点で一致すると認定した。この認定は,本願発明の「前記二重湾曲回折光学部品は,・・・前記サンプル上の前記焦点から前記光学部品へ向う前記蛍光X線が前記光学部品にほとんど全て当たり」との構成が,「サンプルから発生する蛍光X線を分光し,X線検出器に集光される」という「二重湾曲回折光学部品」の機能によってもたらされると認定するものである。
したがって,審決の上記認定は,第1次判決の示した判断に抵触し,行政事件訴訟法33条1項の規定に違反する。
(6) 取消事由6(商業的成功の看過)12本願発明と同様の構成を有する米国特許発明(甲40)に係る製品は,多大な商業的成功を収めた(甲41ないし甲45)。この成功は,請求項記載の構成によって直接もたらされたものであるから,本願発明の進歩性は肯定されるべきである。
2 被告の反論審決には,以下のとおり,取り消されるべき違法はない。
(1) 取消事由1(相違点2に関する容易想到性判断の誤り)に対し相違点2に関する審決の容易想到性の判断には,以下のとおり誤りはない。
ア 原告は,引用発明において,「小さな領域」とは線状の領域を意味するが,引用刊行物Bや引用刊行物C等に記載される「X線源からのX線を1つ又は2つの光学部品を用いて試料上の焦点に集束させる」という技術は,X線を「点」に集束させる技術であるから,上記技術を引用発明に適用する動機付けはない旨主張する。
しかし,引用刊行物Aの段落【0007】,【0009】,【0012】ないし【0014】及び図3の記載内容からすると,引用発明の小さな領域は「点状」であり「線状」ではない。
したがって,引用刊行物B及び引用刊行物Cに記載された上記の周知技術を,引用発明に適用することには動機付けがある。
イ 原告は,引用刊行物B及び引用刊行物Cの記載から,波長分散型の蛍光X線分光システムにおいて「X線源からのX線を1つ又は2つの光学部品を用いて試料上の焦点に集束させる」という技術が周知ないし公知であるとはいえず,上記技術を導入する必要性を示唆する記載は,引用刊行物Aないし引用刊行物Dのいずれにもないから,引用発明において,上記技術を導入する動機付けはない旨主張する。
しかし,引用刊行物B(1頁右下欄19行〜2頁左上欄1行,左下欄6〜8行,3頁右上欄2〜6行),引用刊行物C(段落【0001】,【0017】)には,X線を試料上の照射して試料を分析する,エネルギ分散型X線回折,波長分散型X線回折,蛍光X線分析,X線反射率測定,又はロッキングカーブ測定をする各種のX線分析において,X線源からのX線を1つ又は2つの光学部品を用いて試料上の13焦点に集束させることが記載されるから,X線を試料上に照射して試料を分析する各種のX線分析装置において,上記技術は周知である。また,X線源からのX線を試料上の焦点に集束させる1つ又は2つの光学部品も,X線分析装置において,試料上の小さな領域に「点状」の細いビームを照射しようとする技術の1つである。
引用発明のコリメータ21は,X線を細い(点状)ビームにして,試料11上の小さな領域(点状)に細いビームを照射するものであるから,引用発明には,試料11上の小さな領域に「点状」の細いビームを照射しようとする課題が存在する。
引用発明の波長分散型X線分光装置も,X線を試料上の照射して試料を分析するX線分析装置の1つであり,引用発明のコリメータ21は,X線分析装置において,試料上の小さな領域に「点状」の細いビームを照射しようとする光学部品という点で,引用刊行物B及び引用刊行物C記載の技術と共通する。
そうすると,引用刊行物B及び引用刊行物Cに,波長分散型の蛍光X線システムに関する上記技術が記載されていないとしても,引用発明において,上記課題を解決するために,コリメータ21の代わりに,引用刊行物B及び引用刊行物C記載の各種のX線分析装置に関する周知の上記技術を用いることは当業者が容易に想到し得るものである。
また,引用刊行物Aの段落【0003】に提示される特公昭57−55184号公報(乙2)に記載された装置は,従来の波長分散型分光装置に関する技術であることは明らかであり,乙2には,X線マイクロアナライザーは電子線を集束レンズ系により微少な径を有するプローブとして試料上に照射することが記載される。また,引用刊行物Aには,波長分散型のX線分析装置において,試料に照射する電子線,すなわち,放射線を試料上の焦点に照射する技術が記載され,試料に照射する表す放射線として,「X線や荷電粒子ビーム等の放射線を試料に照射」(段落【0001】)することが記載されるから,波長分散型の蛍光X線分光分析システムにおいて,X線源からのX線を1つの光学分品を用いて試料上の焦点に集束させるという技術を導入することの必要性が示唆されているといえる。
14ウ 原告は,「X線源からのX線を1つ又は2つの光学部品を用いて試料上の焦点に集束させる」という技術を引用発明に適用するには阻害要因があると主張する。
(ア) しかし,波長分散型X線分光装置における信号強度は,分析範囲や検出対象等に応じて,大幅に変化するところ,引用刊行物Aには試料の位置調整を十分な精度で行う発明が記載されるが,試料の位置調整が十分な精度でできるようになったからといって,試料に照射されるX線の輝度低下によって試料より発生するX線の信号強度が分析精度に影響を及ぼすほど低下してもよいことは開示されていない。
また,試料に位置調整が十分な精度でできるようになったからといって,試料より発生するX線の信号強度を高めてより正確な分析ができるようにするという波長分散型X線分光装置の課題はなくならない。
引用発明の構成では,放射線源20からのX線は高分子薄膜24で減衰され,さらにコリメータ21で細くさせられ,微小領域を分析しようとすればするほど試料11に到達するX線の輝度が低くなり,X線分析が困難となる問題点が生じる。一方,引用刊行物Bには,X線分析装置において,ピンホール型コリメータを用いることにより試料に到達するX線の輝度が低くなり,X線回折分析が困難となる問題点を解決するために,コリメータの代わりに照射するX線を集束して試料に照射されるX線ビームを高輝度にして容易に分析を行えるようにすることが記載されている。すなわち,引用発明と引用刊行物B記載の技術は,試料に到達するX線の輝度が低下するという共通の問題点を有し,それを解決するために,引用刊行物Bは,試料に照射されるX線の輝度の低下が生じるコリメータに代えて,X線源からのX線を1つ又は2つの光学部品を用いて試料上の焦点に集束させる技術を採用しているといえる。
そうすると,引用発明において,試料に照射されるX線の輝度の低下が生じるコリメータ21に代えて,上記技術を採用することに阻害要因はない。
(イ) 引用刊行物Aには,「コンパクト化,あるいは省スペース化により他の検出機器等の設置をも可能とする波長分散型X線分光装置の提供を目的とするものであ15る」と記載されるが,「コンパクト化,あるいは省スペース化」は,比較的大きな領域(立体角)を確保する必要とされる,焦点の位置合せを行うための「光学顕微鏡」を用いる代わりに,「X線光学系の焦点位置に位置調整機構により位置調整された試料に向けて放射線源から放射線を照射し,上記試料からのX線を回折型の分光器にて分光した後,X線検出器にて検出する波長分散型X線分光装置において,上記焦点位置で光路が交わるように異なる方向から光線を照射する第1及び第2の光線照射手段を具備し,上記位置調整機構を駆動して上記光路が交わる位置に上記試料が位置するようにした点に係る波長分散型X線分光装置」を用いることにより,行うものである(段落【0003】ないし【0005】)。
そうすると,引用発明は,「2つのスリットを備えた1つのコリメータ21」のような照射領域制限手段を小さくすることにより「コンパクト化,あるいは省スペース化」を図るものではないから,試料に照射されるX線の輝度の低下が生じるコリメータ21に代えて,X線源からのX線を1つ又は2つの光学部品を用いて試料上の焦点に集束させる技術を採用することについて,「コンパクト化,あるいは省スペース化」が阻害事由となることはない。
また,引用発明のそもそもの課題は試料の多面的な分析を行うことであり(引用刊行物Aの段落【0004】),試料を多面的に分析するためならば,高価な検出器等を多数設置して装置全体が大きくなっても良いものである。引用刊行物Aには,立体角の確保が重要であることが記載されるが,引用発明は,立体角の確保のみにこだわらず,より正確かつ効率の良い分析ができるようになるならば,立体角の確保の観点において影響がない又は軽微な場所においては,より大きな光学部品を採用することも予定されている。
エ 原告は,X線を試料上の小さな領域に照射する光学部品だけを取り出して,周知の光学部品のうちどのような手段を用いるかは必要に応じて適宜選択される事項であるとはいえない,また,引用発明には,「試料上の焦点に集束させる」必要性はなく,「X線源からのX線を1つ又は2つの光学部品を用いて試料上の焦点に16集束させる」という技術を適用する余地もない旨主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。
引用刊行物Aには,「X線光学系の焦点位置への試料の位置調整を比較的簡単な構成の下に行い得る」ことを解決課題とすることが記載され,これを解決課題とする理由は,試料53の位置がローランド円周上からずれた場合には,波長分解能が低下し,集光能力も低下することを防止し,波長分散型X線分光装置を用いて試料より発生したX線を正しく分析するためである(段落【0002】ないし【0004】)。また,波長分散型X線分光装置においては,「正しく分析」したり,「正確に分析」する課題が存在する(特開2000−235009号公報(乙5)の段落【0006】,【0008】,【0009】,特開2001−50917号公報(乙6)の段落【0002】,【0004】,【0008】)から,「波長分散型X線分光装置」である引用発明においても,「正しく分析する」課題が存在するといえる。さらに,上記ウ(ア) のとおり,引用刊行物Bには,X線分析装置において,ピンホール型コリメータを用いることにより試料に到達するX線の輝度が低くなり,X線回折分析が困難となる問題点を解決するために,コリメータの代わりに照射するX線を集束して試料に照射されるX線ビームを高輝度にして容易に分析を行えるようにすることが記載されている。コリメータの代わりに照射するX線を集束して試料に照射されるX線ビームを高輝度にすることが,「正しく分析」したり,「正確に分析」する技術であることを考慮すれば,引用発明は,2つのスリットを備えた1つのコリメータ21を用いているから,試料11に到達するX線の輝度が低くなり,X線分析が困難となる問題点が生じることは明らかである。
そうすると,引用発明において,「正しく分析する」という課題を解決するために,「コリメータ21を他の部品に変更する」動機付けが存在し,課題解決手段として,コリメータの代わりに,試料に照射するX線を集束する周知の光学部品に変更することを試みる必要性もあるというべきである。
(2) 取消事由2(相違点1に関する容易想到性判断の誤り)に対し17原告は,引用発明において,分光結晶31の代わりに,「X線源Sの位置と点状の集光点Fを含む集束円の半径とし,集束円の面において2Rの曲げ半径を有し,X線源Sの位置と集光点Fを結ぶ線に垂直な中間面において2Rとは異なる曲げ半径を有する二重湾曲回折光学部品」を採用すれば,分光結晶31を用いていた際に想定していた回折とは全く異なる回折が起こり,誤検出等の予期せぬ結果が生じるおそれがあるという阻害事由が存在する旨主張する。
しかし,上記(1) のとおり,引用発明の細いビームの断面形状は,「線状」ではなく「点状」であり,試料11上の小さな領域(点状)に細いビームが照射されるものであるから,引用発明の分光結晶31は,試料11上の小さな領域(点状)に照射された細いビームから発生するX線を分光するものであり,引用刊行物D,特許第2555592号公報(甲9)及び特公平6−72850号公報(甲10)記載の光学部品は,「点」から発生した放射線を回折するものであって,いずれも点状の領域から発生するX線を集束させるものである。
そうすると,引用発明において,分光結晶31の代わりに,上記周知例の光学部品を採用しても,分光結晶を用いていた際に想定していた回折とは全く異なる回折が起こり,誤検出等の予期せぬ結果が生じるおそれはなく,かかる周知の光学部品を採用することに阻害要因が存在するとはいえない。
放射線照射領域が「線」のままで分光結晶を2重湾曲回折光学部品に変更するとX方向のずれに対する波長シフトの影響が顕著に表れる弊害が生じるが(乙1の160頁),照射領域が「点」ならば,検出系の光学系も点集光のもので合わせた方が良い(引用刊行物Dの段落【0003】ないし【0005】)から,当業者は,周知の光学部品(2重湾曲回折光学部品)への置き換えを積極的に検討するといえる。
したがって,相違点1に関する審決の容易想到性判断に誤りはない。
(3) 取消事由3(相違点3に関する容易想到性判断の誤り)に対し原告は,引用発明において,分光結晶31の代わりに,「二重湾曲回折光学部18品」を採用することには阻害事由が存在する旨主張する。
しかし,上記(2) のとおり,引用発明の波長分散型X線分光装置において,放射線源28から発生したX線を試料11上の小さな領域に照射する光学部品として,X線を細いビームにする2つのスリットを備えたコリメータ21を用いる代わりに,引用発明と同じX線分析装置の分野に用いられる,周知のX線を試料上の焦点に集束させる1つ又は2つの光学部品を採用する動機付けが存在し,また,引用発明の分光結晶31の代わりに周知の二重湾曲回折光学部品を採用したとしても,阻害事由は存在しない。そうすると,引用発明において,二重湾曲回折光学部品を採用し,相違点3に係る本願発明の構成に想到することは当業者にとって容易である。
したがって,相違点3に関する審決の容易想到性判断に誤りはない。
(4) 取消事由4(顕著な作用効果の看過)に対し原告は,本願発明は,波長分散分光法において,コリメータを用いるのではなく,X線放射を集束させる励起光学部品を用いるという構成により,サンプル上の照射領域を小さくし,検出器において受け取られる蛍光X線の量を増大させるという,顕著な効果があり,審決は,これを看過した違法がある旨主張する。
しかし,本願発明には,サンプル上の照射領域の大きさについて,何ら記載されていないので,コリメータによるサンプル上の照射領域の大きさと,本願発明のX線放射を集束させる励起光学部品によるサンプル上の大きさとの比較はできず,本願発明に,原告主張の顕著な効果があるのかは不明である。
また,本願の当初明細書の請求項8(甲14)の記載によれば,本願発明の「励起光学部品」によるサンプル上の照射領域の大きさが500ミクロン未満には,周知例の「1つ又は2つの光学部品」によるサンプル上の照射領域が含まれることから,引用発明の「コリメータ」に代えて,「1つ又は2つの光学部品」を採用すれば,本願発明の「励起光学部品」と同様の効果を生じることは明らかである。
したがって,「本願発明によってもたらされる効果は,引用発明及び周知の技術事項から予測される範囲内のものであり,格別のものではない。」とした審決の判19断に誤りはない。
(5) 取消事由5(確定判決の拘束力違反)に対し原告は,審決が,本願発明の「前記二重湾曲回折光学部品は,・・・前記サンプル上の前記焦点から前記光学部品へ向う前記蛍光X線が前記光学部品にほとんど全て当たり」との構成が,「サンプルから発生する蛍光X線を分光し,X線検出器に集光される」という「二重湾曲回折光学部品」の機能によってもたらされると認定したことは,行政事件訴訟法33条1項の規定に違反する旨主張する。
しかし,第1次判決における引用例1には,スリット21が存在するから,引用発明は,「試料(サンプル)から発生した蛍光X線のほとんど全てが波長固定型分光器22(二重湾曲単色光学部品)に当たる」との構成を有しない。
本件の引用刊行物Aの図3から明らかなように,試料11と分光結晶31との間には,スリットも何も設けていないことから,「試料11から発生するX線28のほとんど全てが分光結晶31に当たるのは明らかであ」るとした審決の判断に誤りはない。
(6) 取消事由6(商業的成功の看過)に対し原告は,本願発明と同様の構成を有する米国特許発明に係る製品は,商業的成功を収めており,本願発明の進歩性は肯定されるべきである旨主張する。
しかし,原告主張の米国特許の明細書の記載を参照しても,引用刊行物Aは,引用文献として提示されておらず,引用した文献が異なれば,進歩性の判断も異なる可能性がある。
したがって,本願発明の進歩性が肯定されるべきであるとはいえない。
第4 当裁判所の判断当裁判所は,原告主張の取消事由にはいずれも理由がないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。
1 取消事由1(相違点2に関する容易想到性判断の誤り)について原告は,引用発明のコリメータ21に代えて,「X線源からのX線を1つ又は220つの光学部品を用いて試料上の焦点に集束させる」という技術を適用することは,当業者にとって容易とはいえず,相違点2に関する審決の容易想到性判断に誤りがある旨主張するので,以下,検討する。
(1) 認定事実ア 引用刊行物A(甲1)には次の記載がある。
【0001】【産業上の利用分野】本発明は,X線や荷電粒子ビーム等の放射線を試料に照射し,この試料より発生するX線から試料中の元素や原子の結合状態を分析する波長分散型X線分光装置に関するものである。
【0002】【従来の技術】一般に波長分散型X線分光装置では,試料より発生する微弱なX線をできる限り効率よく分光するために,例えば図4に示すような湾曲形状の分光結晶51(分光器)を備えたX線光学系が用いられる・・・。分光されるX線の波長λは,分光器として結晶格子を用いた場合,2d・sinθ = n・λ…(1)で与えられる。ここで,dは結晶格子の間隔,θは試料53からのX線の分光結晶51への入射角である。nは整数(n=1,2,…)であるが,分光されるX線の強度が最も強いn=1で用いられる場合が多い。分光されたX線は,X線検出器52の方向へ出射角θで該分光結晶51から反射する。同図(a)に示すように,分光結晶51,試料53上のX線の発光点53a 及びX線検出器52を同一円周上に配置すると,試料53から発生したX線は,分光結晶51表面のどの場所にも等しい角度で入射し,更にX線検出器52の位置に集光され,当該装置としての効率及び分解能が最大になる。この円周を一般にローランド円と呼ばれている。
【0004】【発明が解決しようとする課題】・・・光学顕微鏡を設置するには,比較的大きな領域(立体角)を確保する必要があり,特にイオンビーム励起型等のX線分光装置では,試料の多面的分析を行うために,波長分散型X線分光装置以外にも反跳イオン分析器,2次電子検出器,エネルギー分散型X線検出器等を設置しなければならず,前記のような光学顕微鏡を設置する余地がないのが現状である。
そこで,本発明は,上記事情に鑑みて創案されたものであり,X線光学系の焦点位21置への試料の位置調整を比較的簡単な構成の下に行い得るようにして,コンパクト化,あるいは省スペース化により他の検出機器等の設置をも可能とする波長分散型X線分光装置の提供を目的とするものである。
【0005】【課題を解決するための手段】上記目的を達成するために,本発明が採用する主たる手段は,その要旨とするところが,X線光学系の焦点位置に位置調整機構により位置調整された試料に向けて放射線源から放射線を照射し,上記試料からのX線を回折型の分光器にて分光した後,X線検出器にて検出する波長分散型X線分光装置において,上記焦点位置で光路が交わるように異なる方向から光線を照射する第1及び第2の光線照射手段を具備し,上記位置調整機構を駆動して上記光路が交わる位置に上記試料が位置するようにした点に係る波長分散型X線分光装置である。尚,上記構成における光線は,レーザ光等の可視光の他,近紫外線,近赤外線,更にはイオンビームやX線等の放射線をも含む概念である。
【0006】【作用】本発明に係るX線分光装置においては,第1及び第2の光線照射手段から照射される光線の光路がX線光学系の焦点位置で交わるように予め設定されているので,上記光路が交わる位置に試料が位置するように位置調整機構を操作することで,X線光学系の焦点位置に対する試料の位置決めを簡便に実施することができる。
【0007】【実施例】・・・図1は本発明の一実施例に係るX線分光装置の概略構成図・・・である。先ず,本発明をイオンビーム励起型のX線分光装置に適用した例を図1に示す。即ち,本実施例に係るX線分光装置Aは,後述する如くX線光学系の焦点位置に予め位置決めされた試料11に向けて放射線源1からのイオンビーム1a を照射し,上記試料11から発生したX線を分光結晶3によって分光し,目的とする波長のX線のみを比例計数管6(X線検出器)に導き,検出するように構成されている。・・・【0008】この場合,本実施例装置においては,上記焦点位置で光路が交わるように,異なる方向から例えばレーザ光を照射する第1のレーザ光源2(第1の光線22照射手段)及び第2のレーザ光源4(第2の光線照射手段)を備えており,従って,上記光線が交わる位置に上記ゴニオメータ14を駆動して上記試料11が位置するように位置調整するのみで,該試料11を上記X線光学系の焦点位置に簡便に位置決めすることができる。・・・上記第1のレーザ光源2からのレーザ光が上記光学窓7及びX線入射窓8を通して上記比例計数管6に対するX線の光軸と同軸に上記分光結晶3に向けて出射される。この場合,上記第1のレーザ光源2が第1の可視光源に相当する。
【0009】他方,上記第2のレーザ光源4は,上記第1のレーザ光源2からのレーザ光とは異なる方向から照射し得る位置に配設されている。引き続き,上記第1,第2のレーザ光源2,4及び分光結晶3の調整手順について説明する。先ず,初期調整のために,イオンビーム1a を照射することにより可視光を発生する蛍光体を試料として準備する。・・・上記イオンビーム1a を照射すると,試料表面においては照射された位置のみが発光することから,この発光点と上記第1のレーザ光源2からレーザ光を照射したことによる上記試料上の発光点とが一致するように,上記比例計数管6を台1のレーザ光源2と共に例えば矢印10方向へ移動させて位置調整する。・・・同様にして,上記第2のレーザ光源4からのレーザ光を照射し,上記試料表面上の発光点で位置するように該第2のレーザ光源4の位置調整を行う。
・・・【0012】・・・図3に,本発明の他の実施例に係るX線分光装置Bを示す。この実施例に係るX線分光装置Bは,放射線源20からの放射線27を試料11に照射し,この試料11より発生するX線を分析するようにしたものである。即ち,該X線分光装置Bでは,放射線源20より発生した放射線27がコリメータ21によって細いビームとされ,上記試料11に照射される。放射線27を照射された試料11から発生するX線28を分光結晶31で分光し,半導体検出器29(X線検出器)に導く。・・・【0013】上記放射線源20とコリメータ21との間及び分光結晶31と半導体23検出器29との間には,それぞれ軽金属元素薄膜の一例であるアルミニウムを蒸着した高分子薄膜24,25が配設されている。そして,各高分子薄膜24,25に対応して,レーザ光源22(第2の光線照射手段,第2の可視光源),レーザ光源23(第1の光線照射手段,第1の可視光源)がそれぞれ配設されており,レーザ光源22,23からのレーザ光26,35をX線光学系の光軸に導くように構成されている。ここで,当該X線分光装置Bにおいても,上記X線分光装置Aの場合と同様の手順にてレーザ光源22,23,分光結晶31及び半導体検出器29の位置調整が行われ,上記レーザ光源23及び半導体検出器29は,上記高分子薄膜25と共に上記分光結晶31の回動動作と連動して揺動するアーム19上に支持されている。・・・【0014】・・・薄いアルミニウムは,燐よりも重い元素が発生するX線を十分透過させる。例えば,0.4μm厚のアルミニウムは燐が発生するX線を16%,アルゴンが発生するX線を40%透過する。これより重い元素では,更に透過率は増大することから,分析に際しては十分な透過率があることがわかる。また,高分子膜は,アルミニウムよりもX線の吸収が少なく,分析への影響はない。従って,レーザ光源22,23からレーザ光26,35を照射すると,このレーザ光はそれぞれアルミニウムを蒸着した高分子薄膜24,25で反射してX線光学系の光軸に沿って導入される。更に,一方のレーザ光26は,コリメータ21のスリットを通過して試料11に照射される。また,他方のレーザ光35は,鏡面研磨された分光結晶31の表面で反射され,試料11に照射される。両レーザ光26,35はX線光学系の焦点位置で交差するように前述の如く予め調整されていることから,CCDカメラ33で試料表面を観察しつつ,両レーザ光26,35が試料表面を照射する位置が一致するように試料11の位置を調整すると,X線光学系での試料11の焦点位置調整が終了する。・・・(判決注:図1,図3及び図4(a)は別紙1のとおりである。)イ 引用刊行物B(甲2)には次の記載がある。
24「〔産業上の利用分野〕本発明はX線分析装置に係り,特に蛍光X線分析及びX線回折を行なうX線分析装置に関する。
〔従来の技術〕従来,微細結晶のX線回折を行なうためには,ピンホール型コリメータのピンホールを微細化する方法か,又はガラス細管内壁でのX線全反射を利用したX線導管による方法が提案されていた・・・。後者の方法は,ガラス細管によってX線を遠方に導くもので,X線の微細化及び集光による高輝度化を目的とする。
そして計算機シミュレーションにより,回転放物面集光型X線導管又は回転楕円体型X線導管等が提案されている。」(1頁右下欄19行〜2頁左上欄12行)「〔発明が解決しようとする問題点〕上記ピンホール型コリメータを用いたX線回折装置では,試料に到達するX線の輝度が低くなる点については配慮されていなかった。これは,X線発生源であるターゲットの焦点に近接してコリメータのX線入射側端部を設置すことが困難であり,X線ターゲットより放射状に放出するX線の一部しかコリメータに入射せず,又そのピンホールから放射されるX線は放射状に発散し,試料への照射領域を絞ることができないためである。従って微小結晶や微小領域のX線回折を行なうことが困難であるという問題があった。・・・〔問題点を解決するための手段〕上記目的は,X線源,該X線源からのX線を集束するためのX線導管,該X線導管の端部に近接し,上記X線によって照射される試料を載置するための試料台及びX線検出器を有し,蛍光X線及びX線回折を行なうことを特徴とするX線分析装置によって達成される。
本発明のX線分析装置は,一台の装置でエネルギ分散型X線回折,波長分散型X線回折及び蛍光X線分析が可能である。」(2頁左上欄15行〜左下欄8行)「つぎに本発明に用いるX線導管の好ましい一例について説明する。
前記シミュレーションにより提案されている従来のX線導管は,第4図(a),(b)に示す如く,X線導管2に入射したX線26をその内壁による全反射を利用し,各焦点22に集光することにより,照射X線ビームの微細化と高輝度化を計っている。・・・また管の焦点位置である出射端から20mmの位置ではX線ビーム25は410μm径に拡大している。」(3頁左上欄20行〜右上欄13行)(判決注:第4図(a),(b)は別紙2のとおりである。)ウ 引用刊行物C(甲3)には次の記載がある。
【0001】【発明の属する技術分野】この発明は,X線を試料に入射し,試料で反射したX線を検出することにより,試料を非破壊で分析するためのX線測定装置およびその方法に関し,例えば,X線反射率測定やロッキングカーブ測定に好適なX線測定装置およびその方法に関する。
【0020】・・・この発明では,湾曲モノクロメータとともにリフレクタを用いてX線を微小焦点に収束させ,その収束点に試料を配置することで,試料の微小領域に関するX線測定情報を得ることができるようにしてある。
【0021】スリットを用いてX線の幅や高さを制限する手法もあるが,この種の手法ではX線の一部をカットしてしまうため,試料に入射するX線の強度が減少する。その点,湾曲モノクロメータとともにリフレクタを用いてX線を収束する本発明によれば,X線源から出射したX線の強度を減衰させることなく試料に入射させることができるため,明瞭なX線測定情報を得ることができる。・・・【0024】【発明の実施の形態】・・・図1はこの発明の実施形態に係るX線測定装置の概要を示す斜視図である。同図に示すように,本実施形態のX線測定装置は,X線源1,湾曲モノクロメータ2,リフレクタ3,試料配置手段としての試料台(図示せず),およびX線検出器4を備えている。
(判決注:図1は別紙3のとおりである。)(2) 判断上記(1) 認定の事実に基づき判断する。
ア 原告は,引用発明において,「小さな領域」とは線状の領域を意味するが,引用刊行物Bや引用刊行物C等に記載される「X線源からのX線を1つ又は2つの光学部品を用いて試料上の焦点に集束させる」という技術は,X線を「点」に集束させる技術であるから,上記技術を引用発明に適用する動機付けはない旨主張する。
26しかし,上記(1) ア認定の事実によれば,従来の技術においても,波長分散型X線分光装置が,試料より発生するX線は「発光点」から発生するよう構成されており,この発光点は「点状」といえること(【0002】),引用刊行物Aの図1に示されるX線分光装置は,X線光学系の焦点位置に位置調整された試料に向けて放射線が照射されるような光線照射手段が具備され,イオンビーム1aを照射したことによる試料表面の発光点と第1のレーザ光源2からレーザ光を照射したことによる試料上の発光点とが一致するように(焦点位置で光路が交わるように),比例計数管6を台1のレーザ光源2と共に移動させて位置調整すること(【0007】ないし【0009】),引用刊行物Aの図3に示されるX線分光装置においても,図1に示されるX線分光装置の場合と同様の手順でレーザ光源22,23,分光結晶31及び半導体検出器29の位置調整が行われ,放射線27(X線)を照射したことによる試料表面の発光点と第1のレーザ光源2からレーザ光を照射したことによる試料上の発光点とが一致するように位置調整すること(【0012】ないし【0014】)が認められる。
したがって,引用刊行物Aにおいて,焦点位置に位置調整された試料上のX線の照射領域は「線状」ではなく「点状」と理解すべきであり,引用発明における照射領域が「線状」であることを前提として,引用刊行物B及び引用刊行物C等に記載された技術を引用発明に適用する動機付けがないとする原告の主張は失当である。
イ 原告は,引用刊行物B及び引用刊行物C記載から,波長分散型の蛍光X線分光システムにおいて「X線源からのX線を1つ又は2つの光学部品を用いて試料上の焦点に集束させる」という技術が周知ないし公知であるとはいえず,上記技術を導入する必要性を示唆する記載は,引用刊行物Aないし引用刊行物Dのいずれにもないから,引用発明において,上記技術を導入する動機付けはない旨主張する。
しかし,上記(1) イ,ウ認定の事実によれば,引用刊行物Bには,X線回折を行うX線分析装置において,ピンホール型コリメータを用いたX線回折装置では試料へのX線の照射領域を絞ることができないため,試料に到達するX線の輝度が低く27なるという問題があること,X線源からのX線を集束するため,X線導管に入射したX線をその内壁による全反射を利用して焦点に集光し,その結果,照射X線ビームの微細化と高輝度化を図るX線分析装置によって,上記問題が解決されること,この装置は,エネルギ分散型X線回折,波長分散型X線回折及び蛍光X線分析が可能であることが記載され(上記(1) イ),引用刊行物Cには,X線を試料に入射し,試料で反射したX線を検出することにより,試料を非破壊で分析するためのX線測定装置及びその方法(例えば,X線反射率測定やロッキングカーブ測定に好適なX線測定装置及びその方法)に関し,湾曲モノクロメータとともにリフレクタを用いてX線の強度を減衰させることなく微小焦点に収束させ,その収束点に試料を配置することで,試料の微小領域に関するX線測定情報を得ることができる発明が記載されていること(同ウ)が認められる。そうすると,X線源からのX線を試料に照射することで試料を分析する,エネルギ分散型X線回折,波長分散型X線回折,蛍光X線分析,X線反射率測定,又はロッキングカーブ測定等の各種X線分析装置において,コリメータよりもX線の照射領域を微小化するとともにX線を高輝度化するために,「X線源からのX線を1つ又は2つの光学部品を用いて試料上の焦点に集束させる」という技術は,本願優先日前に公知であったといえる。
一方,上記(1) ア認定の事実によれば,引用刊行物A記載の発明は,X線を試料に照射し,この試料から発生するX線から試料中の元素や原子の結合状態を分析する波長分散型X線分光装置に関するものであって,X線光学系の焦点位置への試料の位置調整を比較的簡単な構成の下に行い得るようにして,コンパクト化,あるいは省スペース化により他の検出機器等の設置をも可能とする波長分散型X線分光装置の提供を目的とすることが記載される(【0001】,【0004】)。そうすると,引用発明は,試料中の元素や原子の結合状態を分析するものであって,試料の微小領域の情報を得ることを前提とするから,照射領域の微小化は,装置のコンパクト化,省スペース化とともに引用発明の目的(解決課題)に含まれるといえる。
以上によれば,引用発明に接した当業者が,X線の照射領域の微小化という課題28を解決するために,上記公知の技術を適用する動機付けはあるというべきであって,この点は,引用刊行物B及び引用刊行物C記載が波長分散型蛍光X線分光システムに関するものか否かによって左右されるものではない。
ウ 原告は,「X線源からのX線を1つ又は2つの光学部品を用いて試料上の焦点に集束させる」という技術を引用発明に適用するには阻害要因があると主張する。
(ア) 原告は,引用発明において配設される高分子薄膜24が放射線を吸収し,試料に照射されるX線を強くすることとは逆になることを,上記技術を適用する阻害要因として指摘する。
上記(1) ア認定の事実によれば,引用刊行物Aには,「上記放射線源20とコリメータ21との間及び分光結晶31と半導体検出器29との間には,それぞれ軽金属元素薄膜の一例であるアルミニウムを蒸着した高分子薄膜24,25が配設されている。そして,各高分子薄膜24,25に対応して,レーザ光源22(第2の光線照射手段,第2の可視光源),レーザ光源23(第1の光線照射手段,第1の可視光源)がそれぞれ配設されており,レーザ光源22,23からのレーザ光26,35をX線光学系の光軸に導くように構成されている。」(【0013】),「薄いアルミニウムは,燐よりも重い元素が発生するX線を十分透過させる。・・・また,高分子膜は,アルミニウムよりもX線の吸収が少なく,分析への影響はない。
従って,レーザ光源22,23からレーザ光26,35を照射すると,このレーザ光はそれぞれアルミニウムを蒸着した高分子薄膜24,25で反射してX線光学系の光軸に沿って導入される。」(【0014】)と記載されていることから,高分子薄膜24は,レーザ光源22からのレーザ光26をX線光学系の光軸に導くことを目的として設けられたものであって,試料に照射する放射線をより弱くすることを目的として設けられたものとは認められない。
したがって,高分子薄膜24が,試料に照射するX線をより強くするという目的とは逆の目的を有しているとはいえず,引用発明において,試料に照射されるX線の輝度の低下が生じるコリメータ21に代えて上記技術を適用することの阻害要因29とはいえない。
(イ) また,原告は,引用発明は,コンパクト化,省スペース化を図り,他の検出機器等の設置をも可能とすることを目的とするところ,コリメータ21に代えて上記技術を適用すれば,コリメータを用いた場合に比べて装置が大きくなることを阻害要因として指摘する。
しかし,上記(1) ア認定の事実によれば,引用刊行物A記載の発明において,コンパクト化,省スペース化は,X線光学系の焦点の位置合わせに,比較的大きな領域(立体角)を確保する必要がある光学顕微鏡を用いる代わりに,焦点位置で光路が交わるように異なる方向から光線を照射する第1及び第2の光線照射手段(レーザ光源)を用いることによって行うものであり,それによって,他の検出器等の設置を可能とし,最終的には,試料の多面的分析を行うことを目的とするものである(【0004】,【0005】)から,引用発明において,コリメータ21に代えて,X線源からのX線を1つ又は2つの光学部品を用いて試料上の焦点に集束させる構成を採用しても上記目的を達成できることは明らかである。
したがって,引用発明は,コリメータ21のような照射領域制限手段を小さくすることにより,コンパクト化,省スペース化等の目的を達成するものではないから,引用発明のコリメータ21に代えて,上記技術を適用することについて,引用発明の上記目的が阻害要因になるとはいえない。
エ 原告は,X線を試料上の小さな領域に照射する光学部品だけを取り出して,周知の光学部品のうちどのような手段を用いるかは必要に応じて適宜選択される事項であるとはいえない,また,引用発明には,「試料上の焦点に集束させる」必要性はなく,「X線源からのX線を1つ又は2つの光学部品を用いて試料上の焦点に集束させる」という技術を適用する余地もない旨主張する。
しかし,上記イのとおり,上記技術は,本願優先日前に公知であり,かつ,X線の照射領域の微小化は,装置のコンパクト化,省スペース化とともに引用発明の目的(解決課題)に含まれるといえる。そして,かかる目的のためには,コリメータ3021よりもX線の照射領域を微小化し,しかもX線を高輝度化する他の光学部品に変更することは,当業者ならば当然に試みると考えられるから,引用発明において上記技術を適用する必要性はあるといえる。
オ よって,原告の上記各主張はいずれも理由がなく,相違点2に関する審決の容易想到性判断に誤りはない。
なお,原告は,相違点2に関する審決の判断について,「試料上の焦点に集束させる1つ又は2つのX線反射鏡からなる光学部品」を採用することの容易想到性については拒絶理由において示されていないから,平成14年法律第24号改正附則2条1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法159条2項で準用する同法50条に違反する旨主張するようでもある。しかし,平成22年12月24日付け拒絶理由通知(甲31)には,「コリメータ21を用いて・・・試料11の小さな領域にX線等の放射線を照射する代わりに,・・・X線源からのX線を1つ又は2つの光学部品を用いて試料上の焦点に集束させる構成を採用して」本願発明の構成とすることは当業者が容易になし得る旨記載されており,「光学部品」は「X線反射鏡からなる光学部品」も含むものであって,原告には,反論の機会が十分与えられたといえるから,審決に手続的違法は認められない。
よって,この点に関する原告の主張も理由がない。
2 取消事由2(相違点1に関する容易想到性判断の誤り)について原告は,引用刊行物D,甲9及び甲10の光学部品は,いずれも点から発生した放射線等を回折するものであるのに対し,引用発明の光学部品は,線から発生した放射線等を回折するものであることを前提として,引用発明において,分光結晶31の代わりに,引用刊行物D,甲9及び甲10記載の「X線源Sの位置と点状の集光点Fを含む集束円の半径とし,集束円の面において2Rの曲げ半径を有し,X線源Sの位置と集光点Fを結ぶ線に垂直な中間面において2Rとは異なる曲げ半径を有する二重湾曲回折光学部品」を採用することについて,分光結晶31を用いていた際に想定していた回折とは全く異なる回折が起こり,誤検出等の予期せぬ結果が31生じるおそれがあるという阻害事由が存在する旨主張する。
しかし,引用発明における試料上のX線の照射領域は「点状」であると認められるから(上記1(2) ア),引用発明の光学部品は,その点から発生した放射線を回折するものと認められるのであって,上記原告の主張は前提を欠き,引用発明の分光結晶31の代わりに,上記の光学部品を採用することに阻害事由があるとは認められない。
したがって,原告の主張は理由がなく,相違点1に係る本願発明の構成とすることは当業者が容易になし得たとする審決の判断に誤りはない。
3 取消事由3(相違点3に関する容易想到性判断の誤り)について原告は,上記2と同様の理由で,引用発明において,分光結晶31の代わりに,「二重湾曲回折光学部品」を採用することには阻害事由が存在する旨主張する。
しかし,上記2のとおり,引用発明の光学部品は,点から発生した放射線を回折するものと認められるから,引用発明の分光結晶31の代わりに,上記の光学部品を採用することに阻害事由があるとは認められない。
したがって,原告の主張は理由がなく,相違点3に係る本願発明の構成とすることは当業者が容易になし得たとする審決の判断に誤りはない。
4 取消事由4(顕著な作用効果の看過)について原告は,本願発明は,波長分散分光法において,コリメータを用いるのではなく,X線放射を集束させる励起光学部品を用いるという構成により,サンプル上の照射領域を小さくし,検出器において受け取られる蛍光X線の量を増大させるという,顕著な効果があり,審決は,これを看過した違法がある旨主張する。
しかし,本願の特許請求の範囲の請求項1は,上記第2の2のとおりであり(甲27),試料上の照射領域の大きさについては何ら記載がない。本願明細書(甲26)には,「サンプルの上におけるビームの焦点サイズは,50μから500μの範囲とすることが可能であり,これは,従来のシステムのビームサイズ(通常〜10mm〜30mm)より約2桁小さい大きさである。効率的な収集を提供すること32の他に,このようにビームサイズがより小さいことにより,分析における空間分解能が可能になる。」(【0026】)と記載されるが,「波長分散分光法において,コリメータを用いるのではなく,X線放射を集束させる励起光学部品を用いるという構成により,サンプル上の照射領域を小さくし,検出器において受け取られる蛍光X線の量を増大させる」との効果は記載されていない。
また,上記のとおり,本願発明は,引用発明及び公知の技術から当業者が容易に想到することができたものであるから,原告主張の効果も,当業者にとって予測の範囲であるといえる。
したがって,本願発明について顕著な効果を認めることはできず,審決がこれを看過したとの原告の主張は理由がない。
5 取消事由5(確定判決の拘束力違反)について原告は,審決が,本願発明の「前記二重湾曲回折光学部品は,・・・前記サンプル上の前記焦点から前記光学部品へ向う前記蛍光X線が前記光学部品にほとんど全て当たり」との構成が,「サンプルから発生する蛍光X線を分光し,X線検出器に集光される」という「二重湾曲回折光学部品」の機能によってもたらされると認定したことは,第1次判決の示した判断に抵触し,行政事件訴訟法33条1項の規定に違反する旨主張する。
確かに,審決は,「引用発明の分光結晶31は,照射された試料11から発生するX線28を分光し,半導体検出器29(X線検出器)に集光されることから,分光結晶31に向かう照射された試料11から発生するX線28のほとんど全てが分光結晶31に当たるのは明らかであり」と認定している。
しかし,この認定は,結局,試料から発生したX線の態様ないし挙動を示すものにすぎず,引用発明の「分光結晶31に向かう照射された試料11から発生するX線28のほとんど全てが当たる」という事項が分光結晶31の機能によってもたらされると認定されたとはいえないし,本願発明の「前記二重湾曲回折光学部品は,・・・前記サンプル上の前記焦点から前記光学部品へ向う前記蛍光X線が前記光学33部品にほとんど全て当たり」との発明特定事項が,「サンプルから発生する蛍光X線を分光し,X線検出器に集光される」という「二重湾曲回折光学部品」の機能によってもたらされると認定されたともいえない。
したがって,原告の主張は理由がない。
6 取消事由6(商業的成功の看過)について原告は,本願発明と同様の構成を有する米国特許発明に係る製品は,商業的成功を収めており,本願発明の進歩性は肯定されるべきである旨主張する。
しかし,上記のとおり,本願発明は,引用発明及び公知の技術から当業者が容易に想到することができたものであるから,仮に原告の製品が商業的成功を収めていたとしても,特許を受けることができない(特許法29条2項)。
したがって,原告の主張は理由がない。
第5 結論以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,審決に取り消すべき違法は認められない。原告は,他にも縷々主張するが,いずれも採用の限りでない。
よって,原告の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部裁判長裁判官芝 俊田 文裁判官岡 岳本34裁判官武 宮 英 子35別紙1 甲1図1図3図4(a)362 甲2第4図(a),(b)3 甲3図137
事実及び理由
全容