審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成24行ケ10321審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成23行ケ10108審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成24行ケ10299審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成20行ケ10276審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成22行ケ10282審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
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事件 |
平成
24年
(行ケ)
10076号
審決取消請求事件
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裁判所のデータが存在しません。 | |
裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2012/10/29 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
判例全文 | |
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判例全文
平成24年10月29日判決言渡 平成24年(行ケ)第10076号 審決取消請求事件 口頭弁論終結日 平成24年10月10日 判 決 原 告 アルベマール・コーポレーション 訴訟代理人弁理士 小 嶋 勝 藤 井 幸 喜 被 告 特 許 庁 長 官 指 定 代 理 人 小 石 真 弓 中 島 庸 子 星 野 紹 英 田 村 正 明 主 文 特許庁が不服2008−14384号事件について平成23年10月11日にし た審決を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 事実及び理由 第1 原告の求めた判決 主文同旨 第2 事案の概要 本件は,特許出願拒絶査定に対する不服審判請求を不成立とする審決の取消訴訟 である。争点は,特許法36条6項1号該当性(サポート要件)の有無である。 1 特許庁における手続の経緯 エチル・コーポレーションは,2001年(平成13年)3月23日の優先権(米 国)を主張して,平成14年3月15日,名称を「ヒンダードフェノール性酸化防 止剤組成物」とする発明について特許出願(特願2002−72173)をしたが(請 求項の数3,公開公報は甲1),拒絶査定を受けたので,これに対する不服の審判請 求をした(不服2008−14384)。 その中でエチル・コーポレーションは平成23年9月5日付で特許請求の範の変 更の補正(本件補正,甲2)をしたが,特許庁は,平成23年10月11日, 「本件 審判の請求は,成り立たない。」との審決をし(出訴期間として90日附加),その 謄本は平成23年10月31日エチル・コーポレーションに送達された。 原告は,エチル・コーポレーションから2003年(平成15年)6月5日に本 願発明の特許を受ける権利を譲り受けたが,平成24年2月14日,本件出願に係 る出願人名義変更届を特許庁長官に届け出た。 2 本願発明の要旨 【本件補正後の請求項1】(本願発明) 「化合物の混合物を含んで成るヒンダード フェノール性酸化防止剤組成物であっ て,該化合物の混合物が,式 【化1】 式中,nは少なくとも0,1,2,および3であり,場合により3より多い, の複数の化合物を含んで成り;そして組成物が非希釈基準で, (a)3.0 重量%未満のオルソ-tert-ブチルフェノール, (b)3.0 重量%未満の 2,6-ジ-tert-ブチルフェノール,および (c)50ppm 未満の 2,4,6-トリ-tert-ブチルフェノールを含む, 上記組成物。」 3 審決の理由の要点 発明の詳細な説明には,従来のヒンダードフェノール系酸化防止剤よりも, 「向上 した酸化安定性,向上した油溶解性,低い揮発性及び低い生物蓄積性」を有するこ とを課題とし,非常に低レベルの単環ヒンダードフェノール化合物を含有する新規 「 なヒンダードフェノール性酸化防止剤組成物」である本願発明によれば,上記課題 を解決できると記載されているものと認められる。 しかし,発明の詳細な説明には,本願発明の組成物を具体的に製造し,その酸化 安定性,油溶解性,揮発性及び生物蓄積性について確認し,上記課題を解決できる ことを確認した例は記載されていないから,本願発明が,発明の詳細な説明の記載 により,上記課題を解決できると認識できるものとはいえない。 また,従来のヒンダードフェノール系酸化防止剤よりも低レベルの単環ヒンダー ドフェノール化合物,すなわち,(a)3.0 重量%未満のオルソ-tert-ブチルフェノ 「 ール,(b)3.0 重量%未満の 2,6-ジ-tert-ブチルフェノール,および (c)50ppm 未満の 2,4,6-トリ-tert-ブチルフェノールを含む」ことにより,「酸化安定性,油溶 解性,揮発性及び生物蓄積性」が改良されることが,当業者であれば,出願時の技 術常識に照らし認識できるといえる根拠も見あたらない。そうすると,具体的に確 認した例がなくとも,当業者が出願時の技術常識に照らし,本願発明の課題を解決 できると認識できるとはいえない。 本願発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載に より当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとは認め られないし,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし 当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも認められないから, この出願の特許請求の範囲の記載は,特許法36条6項1号に適合しない。 第3 原告主張の審決取消事由 審決には,次のとおり,本件出願に係る特許請求の範囲の記載が特許法36条6 項1号に規定された要件に適合するかについて判断の誤りがある。 本件願書に添付した明細書の発明の詳細な説明の段落【0003】〜【0005】 には,請求項1に記載された【化1】の構造式を有する化合物の混合物を含んでな る多環フェノール性酸化防止剤組成物が記載され,段落【0018】には,該組成 物中のオリゴマーが二量体,三量体,四量体および高分子量フェノールのオリゴマ ー(すなわち【化1】の構造式においてn=0,n=1,n=2およびn=3であ り場合によって3より大きい)の複数の化合物から成ることが記載され,段落【0 010】には,該組成物が3.0重量%未満のオルソ-tert-ブチルフェノールおよ び3.0重量%未満の2,6-ジ-tert-ブチルフェノールおよび50ppm 未満の2,4, 6-トリ-tert-ブチルフェノールを含むことが記載されている。したがって,「特許 請求の範囲」に記載された技術的事項は,その全範囲にわたって「発明の詳細な説 明」に記載されている。 また,審決の6頁1行目〜下から4行目で認められているとおり,発明の詳細な 説明には,本願発明が「向上した酸化安定性,向上した油溶解性,低い揮発性及び 低い生物蓄積性」を有することを課題とし,本願発明の組成物によって上記課題を 解決できることが記載されている。単環フェノールが,ポリフェノール化合物より もより揮発性であり,より水溶性であり,そして油溶解性が低いということは,当 業者の技術常識から明らかである。当業者は,技術常識から,ポリフェノール化合 物の大きな疎水性領域は単環芳香族よりもより低い水溶性そしてより油溶性の分子 をもたらすと認識し,大きいポリフェノール化合物は単環フェノールのように揮発 性ではないと認識し,そして重合が増大すれば揮発性は減少すると認識するもので ある。かかる技術常識は,段落【0008】にも示されているとおりである。さら に,当業者は,単環フェノールおよびポリフェノール化合物の混合物は,単環フェ ノールの溶解性及び揮発性とポリフェノール化合物の溶解性及び揮発性の中間の溶 解性および揮発性を有すると認識し,単環フェノールおよびポリフェノール化合物 の混合物中における単環フェノール成分の減少は,混合物にポリフェノール化合物 に近い特性を与えると認識するものである。すなわち,単環化合物がポリフェノー ル化合物の混合物中に含有されたときに,より揮発性でより水溶性でより油溶解性 が低いという影響をもたらすことが技術常識であることに鑑みれば,当業者は,請 求項1の (a) 〜 (c)に定義されるような少量の単環ヒンダードフェノールを含むこと を特徴とする本願発明の組成物が,向上した油溶解性および低い揮発性を有すると 認識し,潤滑油の使用期間中に失われる揮発性成分が少ない向上した酸化防止剤で あると認識するものである。低い揮発性を有する組成物が向上した酸化防止剤の課 題を解決できることについては段落【0022】の記載によっても裏付けられてい る。したがって,特許請求の範囲に記載された発明は,当業者が出願時の技術常識 に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものである。 よって,本件出願に係る特許請求の範囲の記載は特許法36条6項1号に規定す る要件を満たしている。 第4 被告の反論 1 「特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明 であるか」につき 「特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明」で あるといえるためには,単に特許請求の範囲に記載された発明が,形式的に発明の 詳細な説明に記載されているだけでは足りず,実質的に発明の詳細な説明に記載さ れていることが必要である。しかし,本願明細書の発明の詳細な説明には,@本願 発明の課題である「向上した酸化安定性,向上した油溶解性,低い揮発性及び低い 生物蓄積性」を達成し得ること,及びA本願発明の組成物の具体的な製造,を確認 した例は記載されておらず,これらが技術常識により当然に予想できるとする技術 的根拠も記載されていないのであるから,本件出願の「特許請求の範囲に記載され た発明が,発明の詳細な説明に記載された発明」であるということはできない。 すなわち,上記@については,発明の詳細な説明に実質的に記載されていない。 上記Aについては,詳細な説明には, 「少量の2,6-ジ-tert-ブチルフェノール(D TBP)およびオルソ-tert-ブチルフェノール(OTBP),および痕跡量の2,4, 6-トリ-tert-ブチルフェノール(TTBP)を含有するヒンダード フェノール性 酸化防止剤組成物は,超高純度DTBP,超高純度OTBPおよびホルムアルデヒ ド源の特定の混合物を,触媒の存在下で溶媒中で反応させることにより得られる。」 (段落【0011】。なお「『超高純度』とは0〜10ppm のトリ-tert-ブチルフェノ ールの混入物を含むOTBPおよびDTBP単量体を称する。」段落【0009】) と記載されてはいる。 しかし,詳細な説明には, 「超高純度DTBP」及び「超高純度OTBP」という ような極めて純度の高い本願発明の原料をどのようにして得ることができるのか, どのような「触媒」を用いるのか,又,どのような反応条件を設定すれば良いのか など, 「本願発明の組成物の具体的な製造」方法は全く不明である。発明の詳細な説 明でいう「超高純度DTBP」及び「超高純度OTBP」というのは,トリ-tert- ブチルフェノールの混入量が0〜10ppm というものであるが,そのようなOTB PおよびDTBP単量体を入手することは,本件出願日以前より,DTBP単量体」 「 を得るに際して,不所望の「トリアルキル化生成物」が,通常多い割合で生じ,そ の分離や精製が困難なことは技術常識であったこと(特開平5−132439号公 報,乙1)に照らすと,本件出願時において当業者にとって容易であったとはいえ ない(ここで, 「2,6-ジ- tert-ブチルフェノール」は,上記「DTBP単量体」に 相当し,「トリアルキル化生成物」は,上記「トリ-tert-ブチルフェノール」を包含 する。。 ) このような本件出願時の技術常識を考慮すると,0〜10ppm のトリ-tert- ブチルフェノールの混入物を含むDTBP単量体,すなわち本願発明の原料成分を 入手することは困難なものであったから,該DTBP単量体の具体的入手手段につ いて何ら明らかにされていない発明の詳細な説明の記載に基づいて,本願発明の組 成物を具体的に製造できるとは到底いえない。 2 「特許請求の範囲に記載された発明が,当該発明の課題を解決できると認識 できる範囲のものであるといえるか」につき 従来のヒンダードフェノール系酸化防止剤に不純物として含まれる 2,6-ジ-tert- 「 ブチルフェノール」「オルソ-tert-ブチルフェノール」及び「2,4,6-トリ-tert-ブチ , ルフェノール」,すなわち単環化合物は,もともとごく少量である。そして,本願発 明は「非常に低レベルの単環ヒンダードフェノール化合物を含有する新規なヒンダ ードフェノール性酸化防止剤組成物」(段落【0001】)であるところ,もともと ごく少量しか含まれていない単環化合物の量をさらに低減したからといって,従来 のヒンダードフェノール系酸化防止剤と比較して, 「向上した油溶解性,及び低い揮 発性」について,従来から公知のヒンダードフェノール性酸化防止剤組成物に対し, 有意な差異をもたらし得る程の効果を奏するとまでは認識することはできない。本 願発明は,従来公知のヒンダードフェノール性組成物と全く同じ成分からなる組成 物について,もともと不純物程度の量の単環化合物の含有量を,特定の範囲となる ように減少させたものにすぎないし,本願発明のヒンダードフェノール性酸化防止 剤は,潤滑剤等の組成物に添加されてその機能を発揮するものである(段落【00 21】ことから, ) 潤滑剤等の組成物に添加されることによって希釈された状態では, 上記のとおりの単環化合物の含有量の減少による影響もさらに薄まるものと解され る。そうすると,本願発明に係る組成物は,従来公知のヒンダードフェノール性組 成物と同じ成分からなるものであるから,酸化防止剤としての基本的な性質を有し ていることは明らかであり,そのような基本的性質を有していた組成物について, 揮発性の低下や油溶解性の向上が,実際の使用状態での「酸化防止剤」としての性 質に対して,有意な改善効果をもたらすか否かは,当業者にとっても具体的なデー タが示されていなければ到底認識し得ないものである。 したがって,単環化合物の量を低減させたことに伴う揮発性の低下や油溶解性の 向上による組成物全体の酸化防止剤としての性質に与える影響に関し,単なる定性 的な記載に止まる本願発明の詳細な説明の記載では,本願発明の課題,すなわち, 従来のヒンダードフェノール性酸化防止剤よりも「向上した酸化安定性,向上した 油溶解性,低い揮発性及び低い生物蓄積性」を有する組成物の提供という課題が, 本願発明に係る組成物によって解決できると,当業者が認識しうるものとは到底い えない。 また,本願明細書には,揮発性の低下や油溶解性の向上が,従来のヒンダードフ ェノール性酸化防止剤組成物に対し,有意な差異をもたらし得る程の効果を奏する ことについて,技術常識により当然に予想できるとする技術的根拠も記載されてい ない。 さらに,前記のとおり,本願発明の組成物において, 「組成物が非希釈基準で,(a) 3.0重量%未満のオルソ-tert-ブチルフェノール, b)3.0重量%未満の2,6- ( ジ-tert-ブチルフェノール,および(c)50ppm 未満の2,4,6-トリ-tert-ブチル フェノールを含む」というように極めて高度に精製された組成物を,具体的にいか なる手段で製造できるのかが本願明細書には明らかではなく,当業者に自明でもな い。 そして,発明の詳細な説明には, 「向上した酸化安定性,及び低い生物蓄積性」と いう,本願発明の課題を達成し得ることの技術的裏付けも記載されていないし, 「向 上した酸化安定性,及び低い生物蓄積性」という本願発明の課題を達成し得ること が技術常識により当然に予想できるとする技術的根拠も記載されていない。 第5 当裁判所の判断 1 本願発明の課題 本願明細書(甲1,2)によれば,本願発明は,非常に低レベルのオルソ-tert- ブチルフェノール(OTBP) 2,6-ジ-tert-ブチルフェノール , (DTBP)及び 2,4,6- トリ-tert-ブチルフェノール(TTBP)の単環ヒンダードフェノール化合物を含 有するヒンダードフェノール性酸化防止剤組成物に関するものである【請求項1】 ( , 段落【0001】。そして,本願明細書に, ) 「本発明のヒンダードフェノール性組成 物は,本発明の範囲外の量の単環ヒンダードフェノール化合物を含有するヒンダー ドフェノール性組成物に比べて,本ヒンダードフェノール化合物を含有する・・・ 燃料および潤滑剤組成物に向上した酸化安定性を与える」 (段落【0001】,【解 )「 決すべき課題】 OTBPおよびDTBPは,製造後の生成物中に残る多環ヒンダ ードフェノール性酸化防止剤の出発材料である。TTBPは一般に,多環ヒンダー ドフェノール性酸化防止剤を調製するために使用されるOTBPおよびDTBP中 に混入物として見いだされる。これらの単環ヒンダードフェノール化合物は水溶性 であり,そして多環ヒンダードフェノール性酸化防止剤よりも揮発性である。多環 ヒンダードフェノール性酸化防止剤はそのより高い分子量により,水溶性が一層低 く,しかも揮発性が低い。(段落【0008】, 」 )「さらにこれらの酸化防止剤は向上 した油溶解性を有し,そして適切な・・・プロセス油中にブレンドすることにより 液状で容易に取り扱うことができる。(段落【0010】, 」 )「このような条件下で製 造した多環ヒンダードフェノール性酸化防止剤は,潤滑剤中で効果的な酸化防止剤 である組成物を与え,低い揮発性および低い生物蓄積性を有し,そして油希釈とし て・ ・容易に取り扱える。 ・ 」 (段落【0020】 と記載されていることからすれば, ) 本願発明の課題は,従来のメチレン架橋化多環ヒンダードフェノール性酸化防止剤 組成物よりも,向上した酸化安定性,向上した油溶解性,低い揮発性及び低い生物 蓄積性を有するものを得ることと認められる。 2 本願明細書の発明の詳細な説明における課題解決の記載 発明の詳細な説明には,これらの単環ヒンダードフェノール化合物は水溶性であ 「 り,そして多環ヒンダードフェノール性酸化防止剤よりも揮発性である。多環ヒン ダードフェノール性酸化防止剤はそのより高い分子量により,水溶性が一層低く, しかも揮発性が低い。(段落【0008】 」 )と記載されているが,この記載は,単環 フェノールがメチレン架橋化多環フェノールよりも,より揮発性であり,より水溶 性であり,油溶解性が低いという当業者の技術常識に沿った記載である。また,発 明の詳細な説明には, 「低揮発性成分は,潤滑剤の使用期間中に蒸発により失われな いのでより効果的な酸化防止剤である。それゆえにそれら(判決注:酸化防止剤組 成物のこと)は潤滑剤中に留まり,潤滑剤を…酸化の悪影響から保護する。(段落 」 【0022】 と記載されているところ, ) 酸化防止作用を示す成分が揮発することに よって減少すれば,組成物の酸化防止能も減少するので,組成物中の揮発性の成分 の量を減らすことにより組成物の酸化防止能が向上することも,当業者の技術常識 に沿った記載である。 このように,発明の詳細な説明には,非常に低レベルのOTBP,DTBP及び TTBPの単環ヒンダードフェノール化合物を含有することによって,従来のメチ レン架橋化多環ヒンダードフェノール性酸化防止剤組成物よりも向上した油溶解性 を有する組成物を得ることができ,また,低い揮発性を有し,その結果,向上した 酸化安定性を有する組成物を得ることができる点が記載されているということがで きるから,発明の詳細な説明の記載から,本願発明の構成を採用することにより本 願発明の課題が解決できると当業者は認識することができる。 したがって,発明の詳細な説明は,請求項1に係る発明について,その発明の課 題を解決できると当業者が認識できる範囲のものとして記載されているということ ができるから,請求項1に係る発明は発明の詳細に記載されているということがで きる。これとは異なるサポート要件に関する審決の判断には誤りがある。 3 被告の主張に対する個別的判断 (1) 被告は,従来のヒンダードフェノール系酸化防止剤に不純物として含まれ る単環化合物は,ごく少量であるところ,もともとごく少量しか含まれていない単 環化合物の量をさらに低減したからといって,従来のものと比較して,向上した油 溶解性及び低い揮発性について,有意な差異をもたらし得る程の効果を奏するとま では認識できないし,本願発明の組成物は,潤滑剤等の組成物に添加されてその機 能を発揮するものなので,組成物に添加されることにより希釈された状態では,単 環化合物の含有量の減少による影響もさらに薄まると解されるなどと主張する。 被告の主張は,従来のヒンダードフェノール系酸化防止剤に不純物として含まれ る単環化合物(DTBP,OTBP及びTTBP)がごく少量であることを前提と するものである。しかし,発明の詳細な説明には, 「従来のヒンダードフェノール系 酸化防止剤は,DTBPおよびOTBPの混合物をホルムアルデヒド源と,反応溶 媒中で,そしてアルキル化触媒の存在下で反応させることにより調製される。 ・・・ これら酸化防止剤の調製物中の混入物には,以下に示す単環フェノール化合物:D TBP,TTBPが含まれる。 旨の記載があり 」 (段落【0005】 【0007】, 〜 ) また, 「OTBPおよびDTBPは,製造後の生成物中に残る多環ヒンダードフェノ ール性酸化防止剤の出発材料である。TTBPは一般に,多環ヒンダードフェノー ル性酸化防止剤を調製するために使用されるOTBPおよびDTBP中に混入物と して見いだされる。 ・・・」 (段落【0008】)との記載があるところ,これらの記 載からすると,従来のヒンダードフェノール系酸化防止剤は,TTBPを不純物と して含有するDTBP及びOTBPをその製造原料として使用するものなので,そ の調製物には一定量以上の未反応のDTBP及びOTBPや不純物のTTBPを含 んでいるものと認められる。そうすると,従来のヒンダードフェノール系酸化防止 剤が不純物として含む単環化合物(DTBP,OTBP及びTTBP)がごく少量 であるとまではいえないというべきであって,従来のヒンダードフェノール系酸化 防止剤に不純物として含まれる単環化合物はごく少量であることを前提とする被告 の主張は採用することはできない。 (2) 被告は,発明の詳細な説明には,向上した酸化安定性及び低い生物蓄積性 という課題を達成し得ることの技術的裏付けが記載されておらず,また,向上した 酸化安定性及び低い生物蓄積性の課題を達成し得ることが技術常識により当然に予 想できるとする技術的根拠も記載されていないと主張する。 しかし,技術常識を参酌して発明の詳細な説明の記載をみた当業者が,本願発明 の構成を採用することにより,向上した酸化安定性という本願発明の課題が解決で きると認識できることは前記のとおりである。 また,発明の詳細な説明には,生物蓄積性についての課題が解決できることを示 す記載はない。しかし,発明の詳細な説明の記載から,本願発明についての複数の 課題を把握することができる場合,当該発明におけるその課題の重要性を問わず, 発明の詳細な説明の記載から把握できる複数の課題のすべてが解決されると認識で きなければ,サポート要件を満たさないとするのは相当でない。 (3) 被告は,本件出願時の技術常識を考慮すると,0〜10ppm のトリ-tert- ブチルフェノールの混入物を含むDTBP単量体,すなわち本願発明の原料成分を 入手することは困難なものであったから,該DTBP単量体の具体的入手手段につ いて何ら明らかにされていない発明の詳細な説明の記載に基づいて,本願発明の組 成物を具体的に製造できるとは到底いえないとか,本願発明の組成物の具体的な製 造を確認した例は記載されておらず,これらが技術常識により当然に予想できると する技術的根拠も記載されていないのであるから,特許請求の範囲に記載された発 「 明が,発明の詳細な説明に記載された発明」であるということはできないと主張す る。 しかし,発明の詳細な説明の記載と出願時の技術常識からは本願発明に係る組成 物を製造することはできないというのであれば,これは特許法36条4項1号(実 施可能要件)の問題として扱うべきものである。審決は,本件出願が特許法36条 6項1号(サポート要件)に規定する要件を満たしていないことを根拠に拒絶の査 定を維持し,請求不成立との結論を出したものであるから,被告の上記主張は,審 決の判断を是認するものとしては採用することができない。なお,被告は本願発明 の具体的な製造を確認した例の記載はないと主張するが,サポート要件が充足され るには,具体的な製造の確認例が発明の詳細な説明に記載されていることまでの必 要はない。 第6 結論 以上によれば,審決のサポート要件の判断には誤りがあり,原告の主張する取消 事由には理由がある。 よって,原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。 知的財産高等裁判所第2部 裁判長裁判官 塩 月 秀 平 裁判官 真 辺 朋 子 裁判官 田 邉 実 |