元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
---|
事件 |
平成
24年
(行ケ)
10023号
審決取消請求事件
|
---|---|
裁判所のデータが存在しません。 | |
裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2012/10/10 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
判例全文 | |
---|---|
判例全文
平成24年10月10日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 平成24年(行ケ)第10023号 審決取消請求事件 口頭弁論終結日 平成24年9月19日 判 決 原 告 セーブマシン株式会社 同訴訟代理人弁護士 塚 原 朋 一 根 本 浩 上 野 さ や か 同 弁理士 佐 藤 睦 被 告 日之出水道機器株式会社 同訴訟代理人弁理士 福 田 伸 一 福 田 賢 三 加 藤 恭 介 田 村 拓 也 主 文 原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 特許庁が無効2010−800046号事件について平成23年12月12日に した審決を取り消す。 第2 事案の概要 本件は,原告が,後記1のとおりの手続において,原告の後記2の本件発明に係 る特許に対する被告の特許無効審判の請求について,特許庁が当該特許を無効とし た別紙審決書(写し)記載の本件審決(その理由の要旨は後記3のとおり)には, 後記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。 1 本件訴訟に至る手続の経緯 (1) 原告は,平成18年4月24日,発明の名称を「マンホール蓋枠取替え工 法」とする特許出願をし(平成15年4月1日に出願した特願2003−3494 90号(優先権主張日:平成14年4月26日)の分割出願),平成21年10月 16日,設定登録を受けた(特許第4392001号。請求項の数は,全1項であ る。甲14)。以下,請求項1に係る特許を「本件特許」という。 (2) 被告は,平成22年3月15日,本件特許について,特許無効審判を請求 し,無効2010−800046号事件として係属した。 (3) 特許庁は,平成23年1月14日,本件特許を無効とする旨の審決(甲2 5)をしたが,原告が知的財産高等裁判所に取消訴訟を提起した上(平成23年 (行ケ)第10062号),訂正審判請求をしたため,同年6月23日,上記審決 は,決定により取り消された(甲27)。 (4) 特許庁は,上記無効審判事件を審理し,特許法134条の3第5項により, 上記訂正が訂正請求とみなされた(以下「本件訂正」といい,本件訂正後の明細書 (甲28。図面につき甲14)を「本件明細書」という。)。 (5) 特許庁は,平成23年12月12日,本件訂正を認めた上,「本件特許を 無効とする。」旨の本件審決をし,同月22日,その謄本が原告に送達された。 2 特許請求の範囲の記載 (1) 本件訂正前の特許請求の範囲請求項1の記載は,以下のとおりのものであ る。なお,文中の「/」は,原文の改行箇所を示す(以下同じ)。 回転円弧状または球面状カッターを,マンホール蓋の中心を中心として,前記マ ンホール蓋の外周外方に沿って360°旋回させて回転円弧状または球面状切り込 みを入れる舗装切断工程と,/前記舗装切断工程で形成された切り込みと,前記蓋 を受ける蓋受枠との間の前記蓋受枠と舗装材を一体構造とした擬似円環状の切断片 を形成する切断片形成工程と,/前記切断片形成工程で得られる切断片を除去する 切断片除去工程と,/下桝の上面を清掃し,調整駒を螺合させた高さ調整部付きア ンカーボルトを設置してマンホール蓋受枠の高さを調整するアンカーボルト設置工 程と,/前記アンカーボルト設置工程のアンカーボルトの高さ調整部である調整駒 を介して,新しい蓋受枠を取付ける蓋受枠取り付け工程と,/前記擬似円環状の切 断片を除去して形成される空間に,モルタル類からなる自硬性の高流動性無収縮充 填材を,路盤材,調整部材として充填し,さらに,表層材を充填し,転圧しない材 料充填工程と,/より成ることを特徴とするマンホール蓋枠取替え工法 (2) 本件訂正後の特許請求の範囲請求項1の記載は,以下のとおりのものであ る(下線部は訂正箇所を示す)。以下,本件訂正後の請求項1に係る発明を「本件 発明」という。 回転円弧状または球面状カッターを,マンホール蓋の中心を中心として,前記マ ンホール蓋の外周外方に沿って360°旋回させて,下枡の外方に回転円弧状また は球面状切り込みを入れる舗装切断工程と,/前記舗装切断工程で形成された切り 込みと,前記蓋を受ける蓋受枠との間の前記蓋受枠と舗装材を一体構造とした擬似 円環状の切断片を形成する切断片形成工程と,/前記切断片形成工程で得られる切 断片を除去する切断片除去工程と,/下桝の上面を清掃し,調整駒を螺合させた高 さ調整部付きアンカーボルトを設置してマンホール蓋受枠の高さを調整するアンカ ーボルト設置工程と,/前記アンカーボルト設置工程のアンカーボルトの高さ調整 部である調整駒を介して,新しい蓋受枠を取付ける蓋受枠取り付け工程と,/前記 擬似円環状の切断片を除去して形成される,前記蓋受枠と前記回転円弧状または球 面状切り込みとの間の空間,及び,前記蓋受枠と前記下枡との間の空間に,モルタ ル類からなる自硬性の高流動性無収縮充填材を,それぞれ,路盤材,調整部材とし て充填し,さらに,表層材を充填し転圧しない材料充填工程と,/より成ることを 特徴とするマンホール蓋枠取替え工法 3 本件審決の理由の要旨 (1) 本件審決の理由は,要するに,本件発明は,後記引用例1及び2に記載さ れた発明等並びに周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたもの であるから,特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,本件特許は, 同法123条1項2号に該当し,無効とすべきものである,というものである。 ア 引用例1:登録実用新案第3070638号公報(甲10。平成12年8月 11日発行) イ 引用例2:特開2001−295216号公報(甲4。平成13年10月2 6日公開) (2) 本件審決は,その判断の前提として,引用例1に記載された発明(以下 「引用発明」という。),本件発明と引用発明との一致点及び相違点を以下のとお り認定した。 ア 引用発明:円形カッターを用いて,マンホール蓋体の中心を中心として,受 枠の周囲を円形に切断して舗装を切断する工程と,切断された舗装を蓋体の受枠ご とクレーンなどを用いて吊り上げ撤去する工程と,マンホール上壁に接触させるよ うに新たな受枠を再設置する工程と,新たな受枠と舗装を受枠ごと撤去して形成さ れる円形開口部との間に,路盤材として早強無収縮性モルタルを装填し,さらに, 水溶性の常温硬化型アスファルト混合材料よりなる表層材を受枠の上面側と面一状 となるように装填する材料充填工程と,を備えるマンホール蓋枠取替え工法 イ 一致点:円形カッターにより,マンホール蓋の中心を中心として,マンホー ル蓋の外周外方の路面に円形状の切り込みを入れる舗装切断工程と,前記舗装切断 工程で形成された切り込みと,前記蓋を受ける蓋受枠との間の前記蓋受枠と舗装材 を一体構造とした擬似円環状の切断片を形成する切断片形成工程と,前記切断片形 成工程で得られる切断片を除去する切断片除去工程と,新しい蓋受枠を取付ける蓋 受枠取り付け工程と,前記擬似円環状の切断片を除去して形成される空間に,路盤 材としてモルタル類からなる自硬性の無収縮充填材を充填し,さらに,表層材を充 填する材料充填工程と,より成るマンホール蓋枠取替え工法である点 ウ 相違点1:舗装切断工程において,本件発明は,舗装切断のためのカッター が「回転円弧状または球面状カッター」であって,「切断刃を360°旋回させて, 下枡の外方に回転円弧状または球面状に切り込みを入れる」ものであり,材料充填 工程において高流動性無収縮充填材が路盤材として充填される,擬似円環状の切断 片を除去して形成される空間が「蓋受枠と回転円弧状または球面状切り込みとの間 の空間」であるのに対し,引用発明では,カッターが「円形カッター」であって舗 装に円形の切り込みを入れるものであり,したがって,材料充填工程において高流 動性無収縮充填材が路盤材として充填される,擬似円環状の切断片を除去して形成 される空間が回転円弧状又は球面状切り込みにより規定されるものに特定されない 点 エ 相違点2:本件発明は,蓋受枠取り付け工程に先だって「下桝の上面を清掃 し,調整駒を螺合させた高さ調整部付きアンカーボルトを設置してマンホール蓋受 枠の高さを調整するアンカーボルト設置工程」を備え,蓋受枠取り付け工程におい ては,「前記アンカーボルト設置工程のアンカーボルトの高さ調整部である調整駒 を介して」新しい蓋受枠を取付けるのに対し,引用発明は,マンホール上壁に接触 させるように新たな受枠を再設置するものであり,上記のようなアンカーボルト設 置工程及び蓋受枠取り付け工程に係る構成を備えていない点 オ 相違点3:モルタル類からなる自硬性の無収縮充填材が,本件発明は,高流 動性であるのに対し,引用発明では,高流動性であるか否かが不明な点 カ 相違点4:本件発明は,材料充填工程において,モルタル類からなる自硬性 の無収縮充填材を,蓋受枠と下枡との間の空間に調整部材として充填するのに対し, 引用発明では,このような構成となっていない点 キ 相違点5:本件発明は,材料充填工程において,材料を転圧しないのに対し, 引用発明は,材料を転圧するか否かが不明な点 4 取消事由 本件発明の容易想到性に係る判断の誤り (1) 引用発明の認定の誤り (2) 一致点及び相違点の認定の誤り (3) 相違点1に係る判断の誤り 第3 当事者の主張 〔原告の主張〕 1 引用発明の認定の誤り (1) 引用例1の実用新案登録請求の範囲の請求項には,本件審決が認定したよ うな発明は記載されていないから,本件審決が認定した引用発明は,審判体が引用 例1の記載全体を考察し,その結果に基づいて,そのような発明が記載されている と案出したものということになる。 しかしながら,引用例1の明細書に接した当業者は,何らの問題意識を与えられ ない状況で,同明細書に,本件審決が認定したような引用発明が記載されていると 想到することは不可能であるか,又は著しく困難である。また,仮に当業者が,本 件審決が認定した引用発明が引用例1に記載されていると想到し得たとしても,そ の発明が,一体いかなる構成を有する発明であるか,いかなる技術的課題を解決し ようとした発明であるか,そして,いかなる作用効果がある発明かを認識すること は,本件審決が認定した引用発明の構成が不完全であるため,全く不可能であると いわざるを得ない。 (2) 円筒形カッターとお椀形カッターとは,技術的にも,商業的用途として も,全く異なるものであるから,当業者であれば,円筒形カッターが記載されてい る引用例1に開示される「円形カッター」に,お椀形カッターもまた開示されてい るなどと認識することはあり得ない。したがって,当業者が,この「円形カッタ ー」を上位概念化して,路上表面の切り込み線がマンホール蓋の中心位置を中心と する円形となるような切り込みを入れるカッターなどという,不自然かつ不特定 な,虚構の構成を持つカッターとして認識することはあり得ない。 それにもかかわらず,本件審決は,「円形カッター」を,上位概念化して,路上 表面の切り込み線がマンホール蓋の中心位置を中心とする円形となるような切り込 みを入れるカッターなどという,不自然かつ不特定な,虚構の構成を持つカッター として,引用発明を認定した。このような認定は,引用例1に記載された「円形カ ッター」が,そこにおいて現に開示されている円筒形カッターのみならず,お椀形 カッターをも含むように,あえて,上位概念として位置付けられるカッターとして 認定したものといわざるを得ない。上記認定は,引用例1記載の発明を本件発明の 構成に近づけるために故意に上位概念化を行ったもので,著しく不当である。 なお,乙1のカッターは円錐状のブレードであり,「垂直」の断面を与える (3) ものではない。切断片は台形状である円錐台に形成される。 2 一致点及び相違点の認定の誤り (1) 一致点の認定の誤り 本件発明の「回転円弧状または球面カッター」と,引用例1に記載された「円形 カッター」とは異なり,後者が前者を包含するという関係にもなく,本件発明の 「回転円弧状または球面カッター」による切り込みは回転円弧状又は球面状である のに対し,引用発明の「円形カッター」による切り込みは円筒状であるから,一致 点の認定は誤っている。 したがって,本件発明と引用例1記載の発明との一致点は,正しくは次のとおり である。 路面用カッターにより,マンホール蓋の外周外方の路面に,路上表面の切り込み 線がマンホール蓋の中心位置を中心とする円形となるような切り込みを入れる舗装 切断工程と,前記舗装切断工程で形成された切り込みと,前記蓋を受ける蓋受枠と の間の前記蓋受枠と舗装材を一体構造とした切断片を形成する切断片形成工程と, 前記切断片形成工程で得られる切断片を除去する切断片除去工程と,新しい蓋受枠 を取付ける蓋受枠取り付け工程と,前記切断片を除去して形成される空間に,路盤 材としてモルタル類からなる自硬性の無収縮充填材を充填し,さらに,表層材を充 填する材料充填工程と,より成るマンホール蓋枠取替え工法 相違点1について (2) 引用例1の「円形カッター」は,「回転円弧状または球面カッター」を包含しな いから,「円形カッター」による切り込みの切断片を除去して形成される空間につ いて,「回転円弧状または球面切り込みにより規定されるものに特定されない」と の相違点1の認定は誤っている。 本件発明と本来認定されるべき引用例1に記載された発明との相違点1は,正し くは次のとおりである。 舗装切断工程において,本件発明は,舗装切断のためのカッターが「回転円弧状 または球面状カッター」であって,「切断刃を360°旋回させて,下枡の外方に 回転円弧状または球面状に切り込みを入れる」ものであるのに対し,引用例1に記 載された発明では,カッターが「円形カッター」であって舗装に円筒状の切り込み を入れるものである点(以下「相違点1’」という。) 相違点の看過 (3) 本件発明と引用例1に記載された発明とは,以下の点においても相違する。 ア 舗装切断工程において,本件発明は,回転円弧状又は球面状の切り込みを, 下桝の外方に入れるのに対し,引用例1に記載された発明は,円筒状の切り込み を,上壁の直上において入れるものである点(以下「相違点6」という。) イ 材料充填工程において,本件発明は,モルタル類からなる自硬性の高流動性 無収縮充填材を,路盤材として,蓋受枠と回転円弧状または球面状切り込みとの間 の空間において充填するのに対し,引用例1に記載された発明は,早強無収縮性モ ルタルが上壁の直上においてのみ充填されるものである点(以下「相違点7」とい う。) 3 相違点1に係る判断の誤り 引用例1に記載された発明に引用例2に記載された発明を適用する動機付け (1) が存在しない。 すなわち,引用例1では,取り出し除去作業を容易にするという点については, 課題としても,考案の作用効果としても,全く着目されていない。したがって,引 用例1に記載された発明に引用例2を採用する動機付けは何ら存在しない。 また,引用例1は,復旧面積内に埋め込む材料を少なくすることが,その技術的 思想の1つとされていることは明らかであるから,引用例1においては,復旧面積 内に埋め込む材料を少なくするという観点から,円筒状の切り込みを与える円形カ ッターを用いる場合よりも復旧面積がより広くなるにもかかわらず,あえて引用例 2記載の回転円弧状のカッターを採用してより多くの早強無収縮性モルタルを注入 する動機付けは存在せず,むしろ阻害要因があるというべきである。 カッターによる切断面の下端が下枡に設置された蓋受枠の外周より外側とな (2) る位置にすることは,蓋受枠及び下枡とカッター切断面との間に距離が確保される ので,この空間に補強用鉄筋を網目状に配置してマンホール補修部分の強度を更に 補強することができ,また,下枡の外方に切り込みを入れることによりすりつけに 必要な距離を確保することができるので,技術的な意義がある。 (3) 引用例1にはマンホール補修部の「構造」に関する発明が開示され,それ は開口部(円形開口部)が円柱状になるようなマンホール補修部の「構造」である ところ,引用例2記載のカッターを用いた場合には,開口部は円柱状ではなく,回 転円弧又は球面から構成される形になるのであるから,引用例2記載のカッターを 引用発明に適用することを試みることは,引用発明が対象とするマンホール補修部 の「構造」そのものを全く異なるものにすることにほかならない。これは,単なる 「置換」や「付加」ではなく,通常の創作能力の発揮を超えるものである。 (4) 以上のとおり,引用例1に記載された発明に引用例2に記載された発明を 採用して本件発明に想到することは,容易ではない。なお,本件発明に係る工法で あるパラボラ工法は,マンホール補修工事の業界において新規な技術として実務的 にも高い評価を受けている(甲31〜35)。 〔被告の主張〕 1 引用発明の認定の誤りについて 本件審決が認定した引用発明は,引用例1に記載された事項(【0017】 (1) 【0019】〜【0021】,図2)等に沿って認定されたものであることが明ら かである。 本件審決は,相違点1として,カッターの種類が相違し,このカッターによ (2) り切り込みを入れる位置とその切断部形状が相違し,これらの相違に基づいて,充 填材を充填する空間が相違することを認定し,原告がいうお椀形カッターを,引用 発明の円形カッターと相違するものとして認定している。したがって,原告が主張 するように,お椀形カッターも含む上位概念化したカッターとして認定しているわ けではない。 ちなみに,円形カッターもお椀形カッターも,マンホール蓋の中心を中心とし て,マンホール蓋の外周外方の路面に円形状の切り込みを入れる事実に誤りはな く,本件審決の一致点の認定に誤りはない。 さらに,原告は,引用例1に開示されている「円形カッター」は,円筒形カッタ ーにほかならない旨主張するが,例えば,断面を垂直(すなわち円筒状)に切断加 工する円形カッターが提案されているとともに(乙1),引用例1において「円筒 形カッター」なる文言は記載されていないのであるから,引用発明における「円形 カッター」を,引用例1に記載されていない語句を用い,あえて「円筒形カッタ ー」に限定して認定しなければならないという理由は存在しない。 2 一致点及び相違点の認定の誤りについて 本件審決は,相違点1において,カッターの種類が相違し,このカッターにより 切り込みを入れる位置とその切断部形状が相違し,これらの相違に基づいて,充填 材を充填する空間が相違することを認定しているから,原告が認定すべきであると した相違点1’,6及び7の事項は,全て相違点1として本件審決が行った認定に 含まれるものである。 そして,本件審決は,上記相違点1を認定し,その上で,引用発明において引用 例2を適用すれば,引用発明によっては特定されない,本件発明との相違点1を容 易に想到し得る旨の判断をしており,その判断は正当なものである。原告のいう相 違点1’,6及び7の事項は,個別に判断するまでもなく,全て引用発明に引用例 2を適用することにより容易に想到し得るものであり,あえてこれらの相違点に分 けて表現すべき事情は認められない。 3 相違点1に係る判断の誤りについて 引用発明と引用例2に記載された発明とは共に,本件発明と技術分野が同一 (1) 又は相互に関連する発明であるから,その一の発明に置換可能又は付加可能な技術 手段があるときは,他の発明に当該技術手段を適用しようと試みることは,当業者 の通常の創作能力の発揮ということができる(乙2)。 引用例2に記載されている新規施工部分が沈下や陥没を生じないとの効果は,引 用発明において,切断部が垂直であることなどによって生じる新規施工部分の沈下 や陥没の問題を解消する等の課題解決となり,加えて,引用例2に記載されている 切断片の取り出しを容易にするという効果も,引用発明に引用例2に記載されたカ ッターを適用する動機付けの十分な理由になる。 また,引用発明は,復旧面積を極限まで狭くすることによって達成されているも のではないし,引用発明における円形カッターに代えて,引用例2に記載された回 転円弧状又は球面状カッターを使用したときの復旧面積の広狭は,後者のカッター を使用したときの方が当然に広くなるというものではなく,仮に広がるとしても程 度の差にすぎない。当業者は,使用するカッターの性質や作業性等を適宜勘案し, その現場の要請に則して妥当な復旧面積を決定し,マンホール蓋枠取替え工法を実 施するものであるから,復旧面積が仮に広がることをもって,阻害要因があるとは いえない。復旧面積の広狭は,その現場にあったマンホール蓋枠取替え工法を実施 すれば,その現場ごとに所定程度,変動するものと解される。 当業者は,使用するカッターの性質や作業性等を適宜勘案し,その現場の要 (2) 請に則して妥当な切り込み位置を決定するのであるから,切り込みの位置を下桝の 外方とすることは,当業者が使用するカッターの性質や作業性等を適宜勘案した結 果にすぎず,格別な技術的意義として,すなわち容易想到性を否定するような技術 的特徴として認められるようなものでもない。当業者は路面に切り込みを入れる前 から地中に埋設された下桝の外径寸法を予め認識することはできないし,あらかじ め認識できるとする記載が本件発明に認められないことからも,切り込みの位置を 下桝の外方とすることは,その結果にすぎないことが明白である。 第4 当裁判所の判断 1 本件発明について (1) 特許請求の範囲の記載は,前記第2の2に記載のとおりであり,本件明細 書には,以下の記載がある(甲28)。 ア 技術分野 本件発明は,電気,電信,ガス,及び上下水道系等におけるマンホール蓋枠取替 え工法に関するものである(【0001】)。 イ 従来技術 従来,マンホール蓋枠の取替え工事に際しては,平板状のカッター,コアカッタ ー等で四方形又はカット面がストレートな円版状に切断し,切断部を除去した後, 補修部分に補修材を充填し,その後転圧機で転圧作業をして工事終了とするのが通 例である(【0002】)。 また,舗装路面を開口予定部の周囲に沿って切断すると共にその切断された柱状 舗装版を引き上げて取り外す工程を含み,柱状舗装版に1又は2以上のアンカーが 埋設され,柱状舗装版は円形,又は四角形に切断され,四角形の場合は少なくとも 対向する二辺は深さ方向に先細りとなるように切断される,舗装路面開口工法も知 られている(【0003】)。 ウ 発明が解決しようとする課題 しかしながら,上述の従来例では,四角形に切断する場合はもちろんのこと,円 形切断の場合でも,前者の場合は四隅と底部全縁に,後者の場合は底部全縁に角張 った隅部が発生し,補修材等の充填材を充填しても前記隅部に前記充填材が十分に 行き渡らず空隙が生じ,切断部が略垂直な壁面となり,切断部側面の摩擦力のみで 支持されているのでずれて沈下しやすいため,路面に生じた隙間から雨水等が浸透 しやすく,沈下を助長し,事故の原因を誘起することとなる(【0004】)。 また,四角形に切断する場合は,四角部に余分なカットクロス部ができ,その分 の補修も含まれることになる(【0005】)。 さらに,上述のように従来工法では,カットクロス部のような余分な補修工事が 発生したり,補修工事の際に,後工程で転圧作業をしなければ,経時的に表層部及 び路盤部が沈下し,路面に凹凸が発生するおそれがある等の不都合な問題があった (【0006】)。 しかも従来の充填材では,硬化時間も含めて工事期間が余り短縮できないという 問題があり,更に騒音公害の点でも改善の余地がある,等々の課題がある(【00 07】)。 本件発明は,上述の状況に鑑みてなされたもので,予定されたマンホール蓋枠の 取替え工事に際して,工事範囲を最小限とすると共に,転圧工程を不要とし,工事 工程及び工事期間を削減・短縮し,振動及び騒音等の公害をもクリアできるマンホ ール蓋枠取替え工法を提供することを目的とするものである(【0008】)。 エ 発明の効果 本件発明により,予定されたマンホール蓋枠の取替え工事に際して,工事範囲を 最小限とすると共に,転圧工程を不要とし,工事工程及び工事期間を削減・短縮し, 振動及び騒音等の公害をもクリアできるマンホール蓋枠取替え工法を提供すること ができるようになったものである(【0011】)。 (2) 以上の記載によれば,従来技術では,路面に生じた隙間から雨水等が浸透 しやすく,沈下を助長し,事故の原因を誘起したり,カットクロス部のような余分 な補修工事が発生したり,補修工事の際に,後工程で転圧作業をしなければ,経時 的に表層部及び路盤部が沈下し,路面に凹凸が発生するおそれがある等の不都合な 問題があったところ,本件発明は,舗装切断のためのカッターが「回転円弧状又は 球面状カッター」であって,「切断刃を360°旋回させて,下枡の外方に回転円 弧状又は球面状に切り込みを入れる」ものであり,材料充填工程において高流動性 無収縮充填材が路盤材として充填される,擬似円環状の切断片を除去して形成され る空間が「蓋受枠と回転円弧状又は球面状切り込みとの間の空間」である構成等を 採用することにより,予定されたマンホール蓋枠の取替え工事に際して,工事範囲 を最小限とすると共に,転圧工程を不要とし,工事工程及び工事期間を削減・短縮 し,振動及び騒音等の公害をも解決できるマンホール蓋枠取替え工法を提供するも のである。 2 引用例1に記載された発明について (1) 引用例1には,図面とともに以下の事項が記載されている(甲10)。 ア 実用新案登録請求の範囲 マンホールの蓋体周囲の舗装が円形に切断され,切断された舗装が蓋体の受枠ご と取り出されて,その切除後の円形開口部のマンホール上に受枠が再設置されて構 成されるマンホール補修部の構造であって,新たに設置される受枠と円形開口部の 間に,早強無収縮性モルタルが装填されてなることを特徴とするマンホール補修部 の構造(請求項1)。 請求項1において,前記早強無収縮性モルタルが,セメントと細骨材からなる主 材料に,ケイ酸三石灰とケイ酸二石灰を主成分とする早強剤と,カルシウムサルホ アルミネートを主成分とする膨張剤とが配合され調製されてなるマンホール補修部 の構造(請求項2)。 イ 考案の属する技術分野 本考案は,マンホールの蓋体周囲の舗装面を整備したり,蓋体を新たなものと交 換するような場合に用いられるマンホール補修部の構造に関するものである。本考 案でいうマンホールとは,通信回線などを地中に配線するために設けられるハンド ホールなども包含するものとする(【0001】)。 ウ 従来の技術 一般にマンホールの補修を行うに当たっては,マンホールの蓋体周囲の舗装を直 線切りカッターを用いて矩形状に切断し,この矩形範囲内にある舗装を破砕して取 り除いた後,この矩形開口部と蓋体の受枠との間にコンクリートなどを埋め込んで いる。ところが,このような補修工法では,マンホールの蓋体周囲の舗装を矩形状 に切断するとき,矩形範囲内にある舗装を正確に取り除くため,カッターによる切 断線が互いに交差するように,矩形範囲を越えた舗装の切断つまり余り切りを行う 必要がある。また,蓋体周囲の切断される矩形範囲内の面積つまり復旧面積も大き くなる。これらのことから,施工に長時間がかかり,また復旧面積内に埋め込むコ ンクリートなどの必要材料も多くなって,それだけ施工コストが高くなる(【00 02】)。 特に近年では,交通量や車両重量の増加に伴いマンホールに大きな荷重がかかっ て,このマンホールの蓋体や蓋体周囲の舗装面が傷みやすいことから,マンホール の早期補修を行う必要がある。また,補修作業は交通を遮断して行う必要があるた め,低廉な施工コストで短時間のうちに確実な補修が行える補修工法が求められて いる(【0003】)。 そこで従来,復旧面積をできるだけ小さくするため,マンホールの蓋体周囲の舗 装を円切りカッターを用いて円形に切断する工法が提案されている。このように円 切りカッターにより蓋体周囲の舗装を円形に切断した後には,この切断された円形 舗装を蓋体の受枠ごと外部に取り出し,この受枠から舗装を取り除いた後又は新た な受枠を用いてマンホール上に設置して,この受枠と切断により形成された円形開 口部との間にエポキシ樹脂系モルタルを埋め込む(【0004】)。 エ 考案が解決しようとする課題 しかし,以上のように用いられるエポキシ樹脂系モルタルは,弾性変形性に優れ ているため,ひび割れなどが起り難い利点を有する反面,耐候性や耐摩耗性の点で 問題があって,特に劣化により耐摩耗性が低下しやすい。このため,補修作業を短 期間の間隔で行う必要がある。また,従来では,前記受枠の内方底部側に複数のく さびを打ち込み,これらを複数の油圧ジャッキで持ち上げることにより,受枠とそ の周囲の舗装を共に外部に取り出し,以後は前記場合と同様にして補修を行う工法 も知られている。しかし,この工法では受枠とその周囲の舗装を共に油圧ジャッキ で持ち上げて取り出すとき,取り出された舗装と残された舗装との間の剪断面に凸 凹が発生するため,この凸凹を面一に修正するなどの余分な作業を必要とし,しか も路盤がコンクリートなどの硬い材料の場合は採用することができず,汎用性に乏 しい欠陥がある(【0005】)。 そこで,本考案の目的は,低廉な施工コストで短時間のうちに確実な補修が行え る汎用性に富むマンホール補修部の構造を提供することにある(【0006】)。 オ 考案の実施の形態 図1は,補修後のマンホールの状態を示す断面図である。同図の実施形態では, 路盤に埋設されたマンホールの上壁で孔部の上方に複数のボルトを介して受枠が固 定され,この受枠に蓋体が取り付けられている。また,前記受枠の周囲には,舗装 の一部が円形に切断されて円形開口部が形成され,この円形開口部と受枠の間に早 強無収縮性モルタルが装填されている(【0010】)。 図1の実施形態では,前記早強無収縮性モルタルの上層側に,舗装と受枠の上面 側に対し面一状となるように表層材が設けられている。この表層材は,平坦性を確 保するために設けられるもので,前記舗装との馴染性の良好な例えば水溶性の常温 硬化型アスファルト混合材料が用いられる(【0016】)。 次に,本考案にかかるマンホール補修部の構造のための工法について,図2を参 照しながら説明する。 図2(1)に示すように,マンホールの蓋体周囲の舗装を円形カッターを用いて 円形状に切断する。この円形カッターは,円形に配置された複数の切断刃を備え, これをモータなどの駆動源に連結させたものである(【0017】)。 この後,図2(2)のように,蓋体を取り外して,マンホールの孔部の上方側に 土砂などがマンホール内に落下するのを防止するための仮蓋を取り付ける(【00 18】)。 次に,図2(3)のように,切断された舗装を蓋体の受枠ごとクレーンなどを用 いて吊り上げ撤去する。すると,残りの舗装に円形開口部が形成される(【001 9】)。 この後,図2(4)のように,前記仮蓋を取り外してから,円形開口部の内部で マンホール孔部の上方に受枠を再設置する。この受枠としては,前記で取り出され たものから舗装を取り除いた受枠又は新たな受枠が用いられる(【0020】)。 さらにこの後,図2(5)のように,前記受枠と円形開口部の間に,早強無収縮 性モルタルを装填し,その上層側に舗装と受枠の上面側と面一状となるように表層 材を装填する(【0021】)。 カ 考案の効果 以上のように,本考案によれば,低廉な施工コストで短時間のうちに確実な補修 を行うことができ,汎用性に富むものとなる(【0022】)。 (2) 引用発明の認定について 前記(1)のとおり,引用例1の【0017】には,「円形カッターを用いて,マ ンホール蓋体の中心を中心として,受枠の周囲を円形に切断して舗装を切断する」 構成が記載され,【0019】には,「切断された舗装を蓋体の受枠ごとクレーン などを用いて吊り上げ撤去する」構成が記載され,【0020】及び図2には, 「マンホール上壁に接触させるように新たな受枠を再設置する」構成が記載され, 【0021】【0016】には,「新たな受枠と舗装を受枠ごと撤去して形成され る円形開口部との間に,路盤材として早強無収縮性モルタルを装填し,さらに,水 溶性の常温硬化型アスファルト混合材料よりなる表層材を受枠の上面側と面一状と なるように装填する」構成が記載されている。これを本件発明に対比して整理する と,引用例1には,円形カッターを用いて,マンホール蓋体の中心を中心として, 受枠の周囲を円形に切断して舗装を切断する工程と,切断された舗装を蓋体の受枠 ごとクレーンなどを用いて吊り上げ撤去する工程と,マンホール上壁に接触させる ように新たな受枠を再設置する工程と,新たな受枠と舗装を受枠ごと撤去して形成 される円形開口部との間に,路盤材として早強無収縮性モルタルを装填し,さらに, 水溶性の常温硬化型アスファルト混合材料よりなる表層材を受枠の上面側と面一状 となるように装填する材料充填工程と,を備えるマンホール蓋枠取替え工法,すな わち,本件審決が認定した引用発明が記載されているということができる。 (3) 原告の主張について ア 原告は,引用例1の実用新案登録請求の範囲の請求項には,本件審決が認定 したような発明は記載されておらず,引用例1の明細書に接した当業者は,これに 本件審決が認定したような引用発明が記載されていると想到することは不可能であ るか,又は著しく困難である旨を主張する。 しかしながら,引用例1の請求項の記載に限らず,明細書の実施の形態や図面の 記載から引用発明を把握することは可能であるし,前記(2)のとおり,本件審決の 引用発明の認定に誤りがあるということはできない。 イ 原告は,本件審決が,引用例1に記載された「円形カッター」を,円筒形カ ッターのみならず,お椀形カッターをも含むように,上位概念として位置付けられ るカッターとして認定したことが誤りである旨を主張する。 しかしながら,「円形カッター」という用語は,引用例1の【0017】に記載 されたとおりのものであり,引用例1には「円筒形カッター」という用語は記載さ れていない。 また,本件審決は,相違点1として,カッターの種類が相違し,このカッターに より切り込みを入れる位置とその切断部形状が相違し,これらの相違に基づいて, 充填材を充填する空間が相違することを認定し,お椀形カッターを,引用発明の円 形カッターと相違するものとして認定しているものである。よって,本件審決は, 原告が主張するように,引用発明の円形カッターを,お椀形カッターも含む上位概 念化したカッターという趣旨で認定したものではない。 なお,円形カッターもお椀形カッターも,マンホール蓋の中心を中心として,マ ンホール蓋の外周外方の路面に円形状の切り込みを入れるものであることに違いは ない。 (4) 小括 以上のとおり,本件審決の引用発明の認定に誤りはない。 3 一致点及び相違点の認定について (1) 本件発明と引用発明との対比 本件発明と引用発明とを対比すると,引用発明の「マンホール蓋体」,「切断さ れた舗装及び蓋体の受枠」,「受枠」,「マンホール上壁」,「新たな受枠」, 「円形開口部」は,それぞれ,本件発明の「マンホール蓋」,「切断片」,「蓋受 枠」,「下桝の上面」,「新しい蓋受枠」,「切断片を除去して形成される空間」 に,相当する。 そうすると,両者は,本件審決が認定した一致点において一致し,相違点1ない し5において相違しているということができる。 (2) 原告の主張について ア 原告は,本件発明の「回転円弧状または球面カッター」と,引用発明の「円 形カッター」とは異なり,後者が前者を包含するという関係にもなく,本件発明の 「回転円弧状または球面カッター」による切り込みは回転円弧状又は球面状である のに対し,引用発明の「円形カッター」による切り込みは円筒状であるから,本件 審決の一致点の認定が誤っている旨を主張する。 しかしながら,本件発明の「回転円弧状または球面カッター」と引用発明の「円 形カッター」は,いずれも,マンホール蓋の中心を中心として,マンホール蓋の外 周外方の路面に円形状の切り込みを入れるものであるから,路面を円形に切断する カッターを意味する「円形カッター」として共通するということができる。本件審 決は,その上で,カッターの具体的な構造の違い,いいかえるとカッターの種類の 違いを,相違点1として認定し,その容易想到性を判断しているものである。この ように,本件審決は,本件発明の「回転円弧状または球面カッター」と引用発明の 「円形カッター」との相違を前提にしているものである。 イ 原告は,引用例1に記載された「円形カッター」が「回転円弧状又は球面カ ッター」を包含しないから,「円形カッター」による切り込みの切断片を除去して 形成される空間について,回転円弧状又は球面切り込みにより規定されるものに特 定されないとの相違点1の認定は誤っており,また,相違点6及び7でも相違して いることを看過している旨を主張する。 しかしながら,本件審決における相違点1は,カッターの種類が相違し,このカ ッターにより切り込みを入れる位置とその切断部形状が相違し,これらの相違に基 づいて,充填材を充填する空間が相違することを認定するものである。すなわち, 本件審決が,「円形カッター」による切り込みの切断片を除去して形成される空間 について,回転円弧状又は球面状切り込みにより規定されるものに特定されないこ とを相違点1と認定したのは,カッターによる切り込みの切断片を除去して形成さ れる空間が,本件発明と引用発明とで相違することを前提にするものである。 また,原告が主張する相違点1’,6及び7の事項は,いずれも本件審決が認定 した相違点1に含まれるものというべきである。これを相違点1’,6及び7の事 項に分けなければならない事情があるとはいえないし,原告が主張する相違点6及 び7についても,相違点1において併せて認定判断しているのであるから,これを 看過したものということはできない。 よって,本件審決がこれらを総合して相違点1と認定したことが誤りであるとは いえない。 ウ したがって,原告の主張は,いずれも採用することができない。 4 本件発明の容易想到性について (1) 相違点1 前記3のとおり,相違点1は,舗装切断工程において,本件発明は,舗装切断の ためのカッターが「回転円弧状または球面状カッター」であって,「切断刃を36 0°旋回させて,下枡の外方に回転円弧状または球面状に切り込みを入れる」もの であり,材料充填工程において高流動性無収縮充填材が路盤材として充填される, 擬似円環状の切断片を除去して形成される空間が「蓋受枠と回転円弧状または球面 状切り込みとの間の空間」であるのに対し,引用発明では,カッターが「円形カッ ター」であって舗装に円形の切り込みを入れるものであり,したがって,材料充填 工程において高流動性無収縮充填材が路盤材として充填される,擬似円環状の切断 片を除去して形成される空間が回転円弧状又は球面状切り込みにより規定されるも のに特定されない点である。 (2) 引用例2記載の発明 ア 引用例2には,要旨,以下の記載がある(甲4)。 (ア) この発明は,道路工事等の際に用いられる路面用カッターに関する(【0 001】。 (イ) 従来,路面を円形にカットする装置としては,球冠体に近似の縦断面台形 のブレードを用いたものや,球冠状ブレードを用いた例が知られるが,球冠体に近 似の縦断面台形のブレードを用いた所謂截頭円錐形状の回転体の周縁部に切断刃を 設けた場合には,切り込み深さが進行するに従って直線状の稜線で形成される円錐 面が切断部の壁面に干渉して大きな抵抗が生じ,過負荷状態を呈し,所定の深さの 切断加工が不可能であるし,球冠状ブレードの場合は,手作業を主体とした簡易な 構成によるもので,操作性,作業性等の実用面で難がある。従来技術では,直線切 断専用,又は円形切断専用であり,施工現場への工具,器具を含めての輸送の面で 煩雑であり,また,切断部が垂直の場合では,切断面の接合性が悪く,例えば,補 修部分が沈下又は陥没しやすい等の欠点があった(【0003】〜【0007】)。 (ウ) この発明は,上述の事情に鑑みてなされたもので,切り取った部分の除去 操作が容易な形状にカットすることができ,路面補修等の施工部分の沈下や陥没を 防ぎ,また円形状切断,直線状切断両用の兼用機としたことにより,設備投資効果 の観点から優れ,更に実用面で運搬効率及び作業性の優れた路面用カッターを提供 することを目的とする(【0008】)。 (エ) この発明は,切断刃を周設した断面円弧状回転体を回転させて路面を円形 にカットする路面用カッターにより,上記課題を解決することができる(【000 9】【0010】)。 (オ) なお,断面円弧状のカッターを使用することにより,切断部が断面円弧状, 切断面が球面状を呈するために,垂直切断面とは異なり,切断面の接合性が極めて 良く新規に施工した部分が沈下したり陥没したり等の不都合な現象を防止すること ができ,美観を維持すると共に,恒久的工事として施工可能である。更に付け加え るとすれば,切り取った切断片が疑似扁平お椀形となり,取り出し除去作業が容易 となる利点がある(【0030】)。 イ 前記ア(エ)のとおり,切断刃を周設した断面円弧状回転体を回転させて路面 を円形にカットすることは,すなわち,切断刃を360°旋回させて路面に切り込 みを入れるカッターということができる。そして,前記アの記載によれば,引用例 2には,「切断刃を360°旋回させて路面に切り込みを入れるカッターであって, 切り込みを回転円弧状又は球面状にし,切り取った疑似扁平お椀形の切断片を容易 に取り出し除去可能とする路面用カッター」が記載されているということができる。 そうすると,引用例2に記載された路面用カッターは,「道路工事等の際に用い られる路面用カッター」であって,切断刃を360°旋回させて路面に回転円弧状 又は球面状の切り込みを入れるものであり,本件発明の「回転円弧状または球面状 カッター」に相当する。 ウ なお,引用例2には,従来から知られる「路面を円形にカットする装置」と して,実開昭62−159510号公報(甲12)が挙げられているところ(甲4 【0003】),当該公報に係る考案の球冠状のブレードを備えた円形切断装置は 「道路占用物の蓋」の周囲の路面を切断するものであり(甲12),マンホールは, 蓋を有する道路占用物である。そうすると,引用例2に接した当業者は,引用例2 に記載された路面用カッターが,マンホールの蓋の周囲に切り込みを入れることに も使用されることを,当然に認識することができるものと解される。 (3) 相違点1の容易想到性 ア カッター及び切断片の形状について (ア) 前記2のとおり,引用発明は,マンホールの蓋体周囲の舗装面を整備した り,蓋体を新たなものと交換するような場合に用いられるマンホール補修部の構造 に関するものであり,低廉な施工コストで短時間のうちに確実な補修が行える汎用 性に富むマンホール補修部の構造を提供するという目的に沿ったものであって,そ のために,@円形カッターを用いて,マンホール蓋体の中心を中心として,受枠の 周囲を円形に切断して舗装を切断する工程と,A切断された舗装を蓋体の受枠ごと クレーンなどを用いて吊り上げ撤去する工程と,Bマンホール上壁に接触させるよ うに新たな受枠を再設置する工程と,C新たな受枠と舗装を受枠ごと撤去して形成 される円形開口部との間に,路盤材として早強無収縮性モルタルを装填し,さらに, 水溶性の常温硬化型アスファルト混合材料よりなる表層材を受枠の上面側と面一状 となるように装填する材料充填工程とを備えるマンホール蓋枠取替え工法である。 このように,引用発明は,マンホール蓋枠取替え工法であり,上記@Aの工程で, マンホール周囲の舗装を切断し,切断された舗装を受枠とともに一体に取り出せる ものであって,切断片の取り出し除去作業を行うものである。 ところで,一般に,この種の工事作業において,作業性の向上を図り,作業を容 易にしようとすることは,安全性の確保や工費節減,工期短縮などと同様に,また それらを達成するために,設計者や工事作業者,工事監督者を含む当業者において, 当然に考えることであるから,引用発明のマンホール蓋枠取替え工法において,そ れぞれの工程の作業を容易にしようとする課題が存在しているということができる。 また,引用発明の目的は,低廉な施工コストで短時間のうちに確実な補修を行うこ とであるところ(前記2(1)エ),作業を容易にしようとすることは,そのような 目的に沿うものということができる。 また,引用例1においても,直線切りカッターに代えて円切りカッターを採用す ることが記載されているように(前記2(1)ウ),関連する技術分野に置換可能な 公知又は周知の技術手段があるときは,当業者であれば,その技術手段の転用を試 みるものである。よって,路面の切断作業をする際に,カッターを公知又は周知の 異なる種類のものに変更しようとすることも,当業者であれば容易に着想すること ができるものということができる。 (イ) 前記(2)のとおり,引用例2に記載された路面用カッターは,マンホール の蓋の周囲に切り込みを入れることにも使用されるものであるところ,切り取った 切断片が疑似扁平お椀形となり,取り出し除去作業が容易となる。 また,引用例2には,切断部が垂直の場合は,切断面の接合性が悪く,補修部分 が沈下又は陥没しやすいという問題点があること(前記(2)ア(イ)),断面円弧状 のカッターを使用することにより,切断部が断面円弧状,切断面が球面状を呈する ために,垂直切断面とは異なり,切断面の接合性が極めて良く新規に施工した部分 が沈下したり陥没したり等の不都合な現象を防止することができること(前記(2) ア(オ))が記載されている。 (ウ) 上記(ア)(イ)によれば,引用発明において,切断片の取り出し除去作業を 行うに際し,作業を容易にするという課題が示唆されているということができる。 そして,上記課題を解決するため,引用例2に記載された回転円弧状又は球面状の カッターを採用し,当該カッターの切断刃を360°旋回させて切り込みを入れる ことにより,切り取った切断片が疑似扁平お椀形となり,取り出し除去作業が容易 になるほか,切断部が垂直であることなどによって生じる新規施工部分の沈下や陥 没の問題を解消することができる。すなわち,引用例2に記載されている新規施工 部分が沈下や陥没を生じないという効果は,引用発明において,切断部が垂直であ ることなどによって生じる新規施工部分の沈下や陥没の問題を解消する等の課題を 解決するものである。 以上のことを踏まえると,引用発明において,切断片の取り出し除去作業を容易 にし,切断部が垂直であることによる問題を解決する等の目的で,カッターとして 引用例2に記載された回転円弧状又は球面状のカッターを採用する動機付けがある ということができる。 イ 切り込みの位置について (ア) 引用発明に引用例2に記載されたカッターを採用するに当たっては,いず れの位置に切り込みを入れるかを決定することとなる。引用発明においては,舗装 を蓋受枠ごと取り出すのであるから,その目的を考慮すると,その位置を,カッタ ーによる切断面の下端が下枡に載置された蓋受枠の外周より外側となる位置とする ことは,当然に行われるものということができる。 (イ) また,引用例2に記載されたカッターは,切り込みが回転円弧状又は球面 状であって下方へ行くほど切断円の径が小さくなるものであるから,そのような引 用例2に記載されたカッターの性質や作業性等を勘案して,舗装面における切り込 みを入れる位置を蓋受枠の外周から十分離れた位置とすることは,当業者において 適宜行うことができることであり,回転円弧状又は球面状の切り込みを入れる位置 が下枡の外方となることは,その結果にすぎない。 (ウ) なお,切り込みを入れる位置は,蓋受枠の外周より外側であればよいもの であって,下枡の外方であることに特段の技術的意義があると認めるに足りない。 すなわち,本件発明の上記構成は,図面において切り込みが下枡の外方に描かれて いたことを根拠に特許請求の範囲における切り込みの位置を下枡の外方と特定する 本件訂正がされた結果によるものであって,切り込みの位置を下枡の外方とするこ とに格別の技術的意義があるとはいえない。 ウ 充填材を充填する空間について 引用発明において引用例2に記載されたカッターを用いて切り込みを入れれば, その結果として,材料充填工程において高流動性無収縮充填材が路盤材として充填 される擬似円環状の切断片を除去して形成される空間が,蓋受枠と「回転円弧状ま たは球面状切り込みとの間の空間」により規定されるものとなる。 (4) 原告の主張について ア 原告は,引用例1では,取り出し除去作業を容易にするという点については, 課題としても,考案の作用効果としても,全く着目されていないから,引用発明に 引用例2に記載された発明を適用する動機付けが存在しない旨を主張する。 しかしながら,引用発明の目的は,低廉な施工コストで短時間のうちに確実な補 修を行うことであるところ,引用発明のマンホール蓋枠取替え工法において,それ ぞれの工程の作業を容易にしようとする課題が存在しているのであって,切断され た舗装を蓋体の受枠ごとクレーンなどを用いて吊り上げ撤去する工程における作業 を容易にすることも,課題として示唆されているということができる。そして,引 用発明と引用例2に記載された発明は,いずれも,本件発明と技術分野が同一又は 相互に関連する発明であるから,その一の発明に置換可能な技術手段があるときは, 他の発明に当該技術手段を適用しようと試みることは,当業者の通常の創作能力の 発揮ということができ,前記のとおり,引用発明において,切断片の取り出し除去 作業を容易にする等の目的で,カッターとして引用例2に記載された回転円弧状又 は球面状のカッターを採用することは,当業者が容易に想到し得ることである。 イ 原告は,引用例1は,復旧面積内に埋め込む材料を少なくすることが,その 技術的思想の1つとされているから,円筒状の切り込みを与える円形カッターを用 いる場合よりも復旧面積がより広くなる引用例2記載の回転円弧状のカッターを採 用することは,むしろ阻害要因があるというべきである旨を主張する。 しかしながら,引用発明は,復旧面積を極限まで狭くすることによって達成され ているものではないし,引用発明における円形カッターに代えて,引用例2に記載 された回転円弧状又は球面状カッターを使用したときに,その復旧面積が当然に広 くなるというものではなく,仮に広がるとしても程度の差にすぎないと解される。 当業者は,使用するカッターの性質や作業性等を適宜勘案し,その現場の要請に則 して妥当な復旧面積を決定し,マンホール蓋枠取替え工法を実施するものであると ころ,復旧面積の広狭は,その現場に合ったマンホール蓋枠取替え工法を実施しよ うとすれば,その現場ごとに,一定程度,変動するものであるから,復旧面積が仮 に広がるとしても,その一事をもって,引用発明に引用例2に記載されたカッター を採用することに,阻害要因があるとまでは認められない。 ウ 原告は,カッターによる切断面の下端が下枡に設置された蓋受枠の外周より 外側となる位置にすることは,蓋受枠及び下枡とカッター切断面との間に距離が確 保されるから,この空間に補強用鉄筋を網目状に配置してマンホール補修部分の強 度を更に補強することができ,また,下枡の外方に切り込みを入れることによりす りつけに必要な距離を確保することができるとして,技術的な意義がある旨主張す る。 しかしながら,前記(3)イのとおり,カッターによる切断面の下端が下枡に載置 された蓋受枠の外周より外側となる位置とすることは,舗装を蓋受枠ごと取り出す という目的を考慮すると,当然に行われるものということができるし,切り込みを 入れる位置は,蓋受枠の外周より外側であればよいものであって,下枡の外方であ ることに特段の技術的意義があるものではない。 エ したがって,原告の主張は,いずれも採用することができない。 (5) 小括 以上のとおり,引用発明及び引用例2に記載された発明に基づいて,本件発明の 相違点1に係る構成は,容易に想到することができたものということができる。そ して,原告は,本件審決の相違点2ないし5に係る判断について,取り消すべき事 由を主張していない。 よって,本件発明は,引用発明及び引用例2に記載された発明等に基づいて,容 易に発明することができたものである。 第5 結論 以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。 知的財産高等裁判所第4部 裁判長裁判官 土 肥 章 大 裁判官 部 眞 規 子 裁判官 齋 藤 巌 |