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関連審決 異議2001-72779
関連ワード 発明者 /  技術的思想 /  物の発明 /  方法の発明 /  製造方法 /  29条の2(拡大された先願の地位) /  試行錯誤 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  特許出願日 /  参酌 /  技術的意義 /  実施 /  加工 /  設定登録 /  発明の範囲 /  請求の範囲 /  変更 /  要旨変更 /  取消決定 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 394号 特許取消決定取消請求事件
原告ザ ダウケミカル カンパニー
訴訟代理人弁理士 戸水辰男,復代理人弁理士 小磯貴子,松山美奈子
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 舩岡嘉彦,井出隆一,一色由美子,大橋信彦,井出英一郎
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/09/08
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が異議2001-72779号事件について平成15年4月23日にした決定を取り消す。」との判決。
事案の概要
本件は,後記本件発明の特許権者である原告が,特許異議の申立てを受けた特許庁により本件特許を取り消す旨の決定がされたため,同決定の取消しを求めた事案である。
1 特許庁における手続の経緯 (1) 本件特許 特許権者:ザ ダウ ケミカル カンパニー(原告) 発明の名称:「水性流体吸収性微粉の重合器への再循環方法」 特許出願日:平成4年5月4日(優先権主張1991年5月16日米国) 設定登録日:平成13年2月2日 特許番号:第3155006号 (2) 本件手続 特許異議事件番号:異議2001-72779号 訂正請求日:平成14年8月1日(本件訂正) 異議の決定日:平成15年4月23日 決定の結論:「訂正を認める。特許第3155006号の請求項1ないし11に係る特許を取り消す。」 決定謄本送達日:平成15年5月12日(原告に対し。出訴期間90日附加) 2 本件発明の要旨(本件訂正後の請求項の記載。以下,請求項番号に対応して,それぞれの発明を「本件発明1」などという。)【請求項1】乾燥した水性流体吸収性ポリマー微粉を前記水性流体吸収性ポリマーを製造するための重合工程を含むプロセスに再利用する方法において,前記水性流体吸収性ポリマーから,粒度200μm未満の乾燥ポリマー微粉を回収する工程と;前記微粉を,反応器中の固体の重量を基準として0.2〜5%の架橋剤の存在下で,前記水性流体吸収性ポリマーを製造するための重合可能なモノマー溶液と混合する工程と;微粉とモノマーとの前記混合物を重合して,前記水性流体吸収性ポリマーを製造する工程とを含む方法。
【請求項2】前記重合工程からの水性流体吸収性ポリマーを粉砕する工程と;前記微粉ポリマーを乾燥させる工程と;前記乾燥ポリマー粒状物を所望の最小粒度を有する部分と前記所望粒度未満の微粉部分とに分類する工程と;前記の数粉部分を前記水性流体吸収性ポリマーを形成するための重合工程に再利用させる工程とをさらに含む請求項1記載の方法。
【請求項3】前記モノマー溶液が水溶性エチレン系不飽和モノマー混合物又はそれらの塩を含む請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】前記エチレン系不飽和モノマーがアミド,カルボン酸もしくはそのエステル,ビニルアミンもしくはそれらの塩又はこれらの混合物である請求項3記載の方法。
【請求項5】前記ポリマーがポリビニルモノマーによって架橋した,ポリアクリル酸,ポリアクリル酸ナトリウム又はそれらのコポリマーの架橋したポリマーである請求項1又は2に記載の方法。
【請求項6】前記モノマー溶液が前記モノマー溶液の少なくとも1種の他の成分とグラフト重合することができるモノマーを含む請求項4の方法。
【請求項7】前記モノマー溶液が開始剤を含む請求項4記載の方法。
【請求項8】前記重合工程が水膨潤性の水性流体吸収性ポリマー又はコポリマーゲルを製造する請求項1記載の方法。
【請求項9】前記ポリマー微粉が全固体を基準にして30重量%以下の水性流体吸収性ポリマーを占める請求項1又は2記載の方法。
【請求項10】モノマー溶液を重合してゲルポリマーを形成し,前記ゲルを粉砕し,乾燥させ,分類して,粒状微粉から所望の粒度の粒状生成物を分離し,前記微粉と,他の生成物の処理からのこのような微粉とを再利用するために水性流体吸収性ポリマーの製造方法において,前記粒度200μm未満の微粉を,反応器中の固体の重量を基準として0.2〜5%の架橋剤の存在下で,前記水性流体吸収性ポリマーを製造するための重合可能なモノマー溶液と混合する工程と;微粉とモノマーとの前記混合物を重合して,所望の粒度の乾燥粒状製品にさらに加工するためのゲル生成物を形成する工程と,を含み,再利用微粉が固体含量を基準として約30重量%以下の重合した水性流体吸収性ゲルを含むことを特徴とする方法。
【請求項11】前記ポリマーがアクリル酸及びそのアルカリ塩の部分的に架橋した水膨潤性コポリマーである請求項10記載の方法。
3 決定の理由の要点(明白な誤字,脱字は,訂正の上で引用する。) (1) 決定は,本件訂正請求を適法であると判断した。
その上で,決定は,本件発明1〜11は,いずれも先願明細書に記載された発明と同一のものであり,これらの特許は,特許法29条の2の規定に違反してされたものであるとして,本件発明1〜11に係る特許を取り消した。
その理由の要点は,(2)以下に記載のとおりである。
なお,特許法29条の2は,「特許出願に係る発明」が「…他の特許出願…の願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲…又は図面に記載された発明」(本判決では,決定の表現に従い,上記意味での発明を単に「先願明細書に記載された発明」という。)と「同一であるときは,その発明については,…特許を受けることができない。」としているところ,決定は,特願平3-95215号(特開平4-227705号公報,異議甲2,本訴甲5)によって示される特許請求の範囲及び明細書(本判決では,決定の表現に準じ,両者をまとめて単に「先願明細書」という。)をもって,本件における特許法29条の2所定の「…他の特許出願…の願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲…又は図面」と認定した。
(2) 決定は,先願明細書の記載事項を摘示した上,次のとおり,先願明細書に記載された発明を認定した。
「先願明細書には,『不飽和カルボン酸及びその塩よりなる群から選ばれた少なくとも1種の単量体成分(A)の水溶液を該単量体成分(A)100重量部当たり,単量体成分(A)を重合することにより得られる吸水性樹脂(B)1〜30重量部の割合で存在させて水溶液重合することよりなる耐塩性吸水性樹脂の製造方法において,水溶液重合を行った後,乾燥,分級して得られる耐塩性吸水性樹脂中に含まれる吸水性樹脂(B)と同様の粒度範囲である90〜100重量%が1〜149μmの粒径を有する樹脂(C)を除去し,再度吸水性樹脂(B)として繰り返し用いる製造方法』の発明が記載されているといえる。」 (3) 決定は,本件発明1と先願明細書に記載された発明とを対比し,一致点及び相違点として,次のとおり認定した。
「両者は,乾燥した水性流体吸収性ポリマー微粉を前記水性流体吸収性ポリマーを製造するための重合工程を含むプロセスに再利用する方法という発明の目的で一致しており,その構成において,粒度200μm未満の乾燥ポリマー微粉を回収する工程と;前記微粉を,前記水性流体吸収性ポリマーを製造するための重合可能なモノマー溶液と混合する工程と;微粉とモノマーとの前記混合物を重合して,前記水性流体吸収性ポリマーを製造する工程とを含む方法という点で実質的に一致しており,ただ,本件発明1が,反応器中の固体の重量を基準として0.2〜5%の架橋剤の存在下で,としているのに対し,先願明細書には,架橋剤の量として(ロ)『単量体成分(A)に対して架橋剤を0.001〜0.1モル%の量で用いる』,そして『単量体成分(A)に対して,0.001〜0.1モル,特に好ましくは0.01〜0.05モル%の量で用いるのがより好ましい』(段落【0022】)と記載され,実施例1では反応器中の固体の重量を基準として計算上0.056%の架橋剤(特許権者の提出した平成14年8月1日付け意見書参照)と本件発明1の架橋剤の量より少ない点で一応相違しているものと認める。」 (4) 決定は,上記相違点について次のとおり判断した。
「先願明細書に記載された発明は,実施例1に限定されるものではなく,明細書全体の記載から把握されるべきであることは当然である。 さすれば,例えば,先願明細書の実施例4は,単量体成分(A)に対して,架橋剤を0.04モル%の量用いたものであり,これは反応器中の固体の重量を基準として計算するすると約0.0811%であるが,この量は,先願明細書の明細書に単量体成分(A)に対して,架橋剤は上限として0.1モル%までは記載されているのであるから,これを反応器中の固体の重量を基準として換算すると計算上約0.203%となり,本件発明1の架橋剤の量と一致することからも,上記一応の相違点は,実質的な相違点とはいえない。 なお,実施例4の計算は次のとおりである。 0.888g(架橋剤)÷[996g(アクリル酸とアクリル酸ナトリウムで,水溶液2490g×濃度40重量%)+0.888g(架橋剤)+0.938g(重合開始剤)+97g(吸水性樹脂)]×100=0.0811%。
したがって,本件発明1は,先願明細書に記載された発明と同一のものといえる。」 (5) 決定は,本件発明2ないし11の構成を次のとおり認定した。
「本件発明2は,本件発明1に『前記重合工程からの水性流体吸収性ポリマーを粉砕する工程と;前記微粉ポリマーを乾燥させる工程と;前記乾燥ポリマー粒状物を所望の最小粒度を有する部分と前記所望粒度未満の微粉部分とに分類する工程と;前記の微粉部分を前記水性流体吸収性ポリマーを形成するための重合工程に再利用させる工程とをさらに含む』ものという構成を付加するものである。
本件発明3は,本件発明1又は2に『前記モノマー溶液が水溶性エチレン系不飽和モノマー混合物又はそれらの塩を含む』とその構成を限定するものである。
本件発明4は,本件発明3に『前記エチレン系不飽和モノマーがアミド,カルボン酸もしくはそのエステル,ビニルアミンもしくはそれらの塩又はこれらの混合物である』とその構成を限定するものである。 本件発明5は,本件発明1又は2に『前記ポリマーがポリビニルモノマーによって架橋した,ポリアクリル酸,ポリアクリル酸ナトリウム又はそれらのコポリマーの架橋したポリマーである』とその構成を限定するものである。 本件発明6は,本件発明4に『前記モノマー溶液が前記モノマー溶液の少なくとも1種の他の成分とグラフト重合することができるモノマーを含む』とその構成を限定するものである。 本件発明7は,本件発明4に『前記モノマー溶液が開始剤を含む』とその構成を限定するものである。 本件発明8は,本件発明1に『前記重合工程が水膨潤性の水性流体吸収性ポリマー又はコポリマーゲルを製造する』とその構成を限定するものである。
本件発明9は,本件発明1又は2に『前記ポリマー微粉が全固体を基準にして30重量%以下の水性流体吸収性ポリマーを占める』とその構成を限定するものである。 本件発明10は,『モノマー溶液を重合してゲルポリマーを形成し,前記ゲルを粉砕し,乾燥させ,分類して,粒状微粉から所望の粒度の粒状生成物を分離し,前記微粉と,他の生成物の処理からのこのような微粉とを再利用するために水性流体吸収性ポリマーの製造方法において,前記粒度200μm未満の微粉を,反応器中の固体の重量を基準として0.2〜5%の架橋剤の存在下で,前記水性流体吸収性ポリマーを製造するための重合可能なモノマー溶液と混合する工程と;微粉とモノマーとの前記混合物を重合して,所望の粒度の乾燥粒状製品にさらに加工するためのゲル生成物を形成する工程と,を含み,再利用微粉が固体含量を基準として約30重量%以下の重合した水性流体吸収性ゲルを含むことを特徴とする方法。』の発明である。
これは,本件発明1の『乾燥した水性流体吸収性ポリマー微粉』を『モノマー溶液を重合してゲルポリマーを形成し,前記ゲルを粉砕し,乾燥させ,分類して,粒状微粉から所望の粒度の粒状生成物を分離し,前記微粉』と具体化し,『所望の粒度の乾燥粒状製品にさらに加工するためのゲル生成物を形成する工程と,を含み,再利用微粉が固体含量を基準として約30重量%以下の重合した水性流体吸収性ゲルを含むことを特徴とする方法』との構成を付加するものである。 本件発明11は,本件発明10に『前記ポリマーがアクリル酸及びそのアルカリ塩の部分的に架橋した水膨潤性コポリマーである』とその構成を限定するものである。」 (6) 決定は,本件発明2ないし11について,大要,次のとおり認定判断した。
「本件発明2ないし9の上記付加ないし限定する構成は,いずれも,自明ないし先願明細書に記載されており,格別意味のある構成とはいえない。したがって,本件発明2,3,5,8,9は,本件発明1と同様の理由により,本件発明4は,本件発明3と同様の理由により,本件発明6,7は,本件発明4と同様の理由により,先願明細書に記載された発明と同一のものといえる。また,本件発明10において上記付加する構成は,先願明細書に記載されているものといえ,本件発明10は,先願明細書に記載された発明と同一のものといえる。そして,本件発明11の上記限定する構成は,先願明細書に記載されており,格別意味のある構成とはいえず,本件発明10と同様の理由により,先願明細書に記載された発明と同一のものといえる。」
原告の主張(決定取消事由)の要点
1 取消事由1(本件発明1関係。先願明細書に記載された発明の認定の誤り) (1) 決定は,先願明細書に記載された発明の認定を誤り,その結果,特許法29条の2の適用を誤って,本件発明1に係る特許を取り消した。
すなわち,決定は,先願明細書の実施例4を加工した内容(先願明細書の実施例4の架橋剤の量を0.04モル%(0.888g)から0.1モル%(2.22g)に変更した実施例と称する記載)を先願明細書の中に含まれると認定し,これ前提として,本件発明1が先願明細書に記載された発明と同一のものであるとしたが,誤りである。上記の決定が加工した内容は,先願明細書には包含されないのであり,先願明細書に記載された発明は,本件発明1とは同一ではない。
(2) 「特許・実用新案審査基準」によれば,特許法29条の2について,「他の出願の当初明細書等に記載された発明又は考案とは,他の出願の当初明細書等に記載されている事項及び記載されているに等しい事項から把握される発明又は考案をいう」とされ,「『記載されているに等しい事項』とは,記載されている事項から他の出願の出願時における技術常識参酌することにより導き出せるものをいう。」とされている。
確かに,先願明細書の請求項5には「単量体成分(A)に対して架橋剤を0.001〜0.1モル%の量で用いる請求項1に記載の耐塩性吸水性樹脂の製造方法」が「文字として」は,記載されている。
しかし,「文字として」単に記載されている事項がすべて発明者が意図した「発明」であるのか否かは疑問である。
先願明細書において技術的思想をパラメータで限定している場合,その数値には何らかの臨界的な意味があるはずであるのに,その臨界的な意義が理解できるか,少なくとも予測ができる程度に記載されていないものにまで一律に「文字として」記載されているという理由により,後願を排除するのは許されない。「文字として」無闇に広い範囲を記載した文献はいくらでも存在する。しかし,「真に記載されている発明」は,どの範囲かを判断すべきであって,先願明細書において,効果も含めて「発明」として記載されているか否かを厳密に判断し,これにより,先願と極めて近いように見えるが,目的や構成が異なる発明は,特許されるべきである。
発明の概念からすれば,ある技術的思想を適用した結果,発明者の意図した「効果」を奏することができない場合には,発明者が本来意図した「発明」の範囲には入らない。
すなわち,先願明細書の「発明が解決しようとする課題」(段落【0008】【0009】)に照らせば,先願明細書に「記載された発明」であるというためには,少なくとも「耐塩性吸水性樹脂」であり,「ゲル強度が大きく,かつ吸収させる水溶液の塩濃度による吸収倍率の変化が小さい耐塩性に優れたもの」でなくてはならない。
ところが,先願明細書の実施例には,架橋剤を単量体成分に対して「0.1モル%」の量で使用した例は一つもない。架橋剤を単量体成分に対して0.1モル%使用した場合に,どのような物質が得られるのか,推測し得る根拠も全くない。先願明細書は,実験値も全く記載せずに,ただ単に「単量体に対して0.001〜0.1モル%」なる「数字」を掲げているだけである。決定の認定した上記「0.1モル%」を使用した例は,吸収倍率やゲル強度試験がなされておらず,先願明細書の比較例4のように吸水性樹脂が得られなかったり,比較例5のように純水や食塩水に完全に溶ける樹脂が得られたのかもしれない。この製造方法が先願明細書の発明者が意図したものを製造することができる方法であるのかは,誰にも予想することができない。
ましてや,「架橋剤を単量体に対して0.1モル%」使用した場合に,吸水性樹脂の製造の際に生成する微粉のリサイクルに用いるに足りるだけの性能を有する物質が得られるのかどうかは予測不可能であって,試行錯誤を繰り返し,実験してみる必要がある。先願明細書に触れた当業者が実験しなければわからない事項は,先願明細書に「記載された発明」ではない。
(3) 上記「特許・実用新案審査基準」においては,「(2)ある発明又は考案が,当業者が当該他の出願の当初明細書等の記載及び他の出願の出願時における技術常識に基づいて,物の発明の場合はその物を作れ,また方法の発明の場合はその方法を使用できることが明らかであるように当該他の出願の当初明細書等に記載されていないときは,当該発明又は考案を『他の出願の当初明細書等に記載された発明又は考案』とすることができない。」とも具体的に記載されている。
そこで,先願明細書をみると,「これらの架橋剤は…0.1モル%を越えると吸収倍率自体の低下を招く場合があるので注意を要する。」(段落【0022】)と記載されている。そして,比較例3の結果(表1)として,架橋剤を多く用いると不利益があるということが現に記載されている。
このような記載を見た当業者は,上限値である0.1モル%なる値を使って先願明細書の実施例4を実施しようとは通常考えないはずである。先願明細書には,単量体成分に対して架橋剤を0.001〜0.1モル%用いることが形式的には記載されているが,その上限値である0.1モル%を実際に使用して当業者が実験を行うことを促すようには記載されていない。先願明細書に記載の数値範囲の上限値や下限値を形式的に実施例に当てはめれば,あたかも広い範囲の発明を開示しているかのように見えるが,先願明細書にこの限界値を超える値を用いることの不利益点が記載されている場合には,その上限値において「その物を作れ,また…その方法を使用できることが明らかであるように当該他の出願の当初明細書等に記載されてい」るとはいえない。
(4) 上記のように,決定は,先願明細書に記載された実施例4を加工したものである。
しかし,先願明細書のどこにもその実施例中の架橋剤の量を0.1モル%用いてもよいとの記載は,存在しない。
一般に化学関係の特許明細書の1つの実施例のある成分の割合をその実施例以外の明細書の記載に基づいて変更したり,その実施例のある成分を明細書中の他の成分に変更したりして,明細書に記載されている実施例を加工するとすれば,1つの実施例から何十何百の実施例を作成できることになる。このようにすると,先願明細書の範囲は,無限に拡大する。
しかし,明細書は,何らかの「効果」を奏することを期待して「技術的思想」を開示するものであるところ,上記のように加工された態様が,明細書に記載された態様のものと同等の効果,あるいは発明者の意図した効果を有するのかどうかは,誰にもわからない。
したがって,決定の判断は誤りであって,決定が加工した実施例は,出願の手続においても実施例とはみなされず,そのような加工実施例に先願権が付与されないのはいうまでもない。
また,特許法29条の2の規定により,先願発明が先願権を持つのは,明細書の記載中,特許請求の範囲に挿入でき,かつ,その挿入が明細書の要旨を変更しない記載のみである。決定が先願明細書の実施例4の架橋剤の量を0.888gから2.22gに変更した加工実施例は,先願明細書に記載がなく,裏付けされていないのであるから,その内容を特許請求の範囲に挿入すれば,補正却下の処分を受けることになるものであり,決定の上記加工実施例は,何らの先願権を有さず,後願を排除することができない。
(5) 先願明細書に記載された発明と本件発明1とでは,発明の目的自体が異なり,技術的思想として全く別個のものである。
両発明は,存在する架橋剤の量につき,先願明細書に記載された発明では0.1モル%よりも少ない方向,本件発明1では0.1モル%よりも多い方向として,「0.1モル%」という値を境にして,全く異なるベクトルを有する限定範囲として規定されている。
本件発明1と先願明細書に記載された発明とにより製造されるポリマーを比較すると,本件発明1のゲルは,ゲル強度が大きく,吸水性が小さい。つまり,本件発明1の方法で製造される物質は,先願明細書の方法で製造される耐塩性吸水性樹脂ではないことが明らかである。このように異なる物質が製造されるのは,そもそも製造方法の発明自体が同一ではないからであるにほかならない。2つの製造方法の発明がある場合に,結果的に得られる製造物が異なるということは,製造方法全工程同士の比較において,どこかに差異が存在するからにほかならない。
先願明細書に記載された発明は,架橋剤の存在量を低く限定する技術的思想であり,本件発明1は,架橋剤の存在量を高く限定する技術的思想であり,両者は,相反する技術的思想である。
両発明の本質を充分に見極め,先願明細書に本来記載されている発明と,本件に記載される発明との相違を厳密に判断すべきである。
2 取消事由2(本件発明2ないし11に関する誤り) 取消事由1と同様の理由により,本件発明2ないし11に係る特許を取り消した決定は誤りである。
(1) 本件発明2ないし9は,本件発明1の従属項である。前記のとおり,本件発明1は,先願明細書に記載された発明とは異なるのであるから,本件発明2ないし9も先願明細書に記載された発明とは異なる。
(2) 本件発明10は,本件発明1と同じ要件を有する。したがって,本件発明1についてと同様の理由で,本件発明10は,先願明細書に記載された発明とは異なる。
(3) 本件発明11は,本件発明10の従属項である。本件発明10は,先願明細書に記載された発明とは異なるのであるから,本件発明11も先願明細書に記載された発明とは異なる。
被告の主張の要点
1 取消事由1(本件発明1関係。先願明細書に記載された発明の認定の誤り)に対して (1) 決定の判断は妥当なものであるから,取り消すべき理由は存在しない。
(2) 本件発明1と先願明細書に記載された発明とは,発明の目的が一致し,その構成も架橋剤の量の一応の相違点以外の構成で実質的に一致している。しかも,架橋剤の量についても,規定の表示の違いがあっても,量を限定するという技術思想では一致している。そして,架橋剤の量の限定の理由においても,ともに吸収容量(吸収倍率)の低下を防止する目的で上限が規定されているものであり,技術的意義において差異はない。さらに,規定の表示についても,本件発明1では,「架橋剤の量,モノマー量及びポリマー微粉(先願明細書では,吸水性樹脂)の量が関係する。」のに対し,先願明細書に記載された発明では「架橋剤の量及びモノマーの量のみが関係する。」ものではあるが,その違いであるポリマー微粉(先願明細書では,吸水性樹脂)について,先願明細書でも「該単量体成分(A)100重量部当たり吸水性樹脂(B)1〜30重量部の割合で存在」と限定されているのであるから,両者の量範囲が一致するか否かは計算上求めることが可能なものである。
それをより具体的に計算し,両者が重複一致する根拠を示したのが決定で示した計算例であり,これは実施例4の数値を基礎に発明の詳細な説明に記載されたものから計算上求めたものを根拠にその一致性を確認したものであり,先願明細書に記載された範囲内のものであることは明らかである。
このように,決定が示した計算例は,実施例の加工ではなく,先願明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて,具体的な数値を明らかにしたもので,先願明細書に記載された発明を明確に示したにすぎない。
(3) 先願明細書に記載された架橋剤の上限である0.1モル%という量が,実施できないものであることを示すような知見は何ら示されておらず,これが先願明細書に記載された発明の範囲内のものであることは明らかである。
2 取消事由2(本件発明2ないし11に関する誤り)に対して 本件発明1についての決定の判断に誤りがないのであるから,本件発明1についての判断に誤りがあることを前提とした原告の主張は失当である。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明1関係。先願明細書に記載された発明の認定の誤り)について (1) 本件では,先願明細書に記載された発明の認定が争われている。そこで,決定の認定内容を確認しておく。
前記第2,3(2)に記載のとおり,決定は,先願明細書に記載された発明として,「先願明細書には,『不飽和カルボン酸及びその塩よりなる群から選ばれた少なくとも1種の単量体成分(A)の水溶液を該単量体成分(A)100重量部当たり,単量体成分(A)を重合することにより得られる吸水性樹脂(B)1〜30重量部の割合で存在させて水溶液重合することよりなる耐塩性吸水性樹脂の製造方法において,水溶液重合を行った後,乾燥,分級して得られる耐塩性吸水性樹脂中に含まれる吸水性樹脂(B)と同様の粒度範囲である90〜100重量%が1〜149μmの粒径を有する樹脂(C)を除去し,再度吸水性樹脂(B)として繰り返し用いる製造方法』の発明が記載されているといえる。」と認定し,原告もこの認定を認めて争わない(以下,上記認定に係る発明を特に「決定認定先願発明」ということがある。)。
そして,決定は,上記のものを先願明細書に記載された発明であると認定し(決定認定先願発明),これを前提に,本件発明1が先願明細書に記載された発明と同一であると推論しようとしたことが明らかである。
なお,決定は,前記第2,3(3)に記載のとおり,決定認定先願発明において,「単量体成分(A)に対して架橋剤を0.001〜0.1モル%の量で用いる」ことがその発明に包含される態様であることを認定し,その架橋剤の量が固体重量基準とした場合にいかなる重量%のものを含むものであるかについて,「例えば」として,モノマー(単量体と同義。以下,原則として「モノマー」と表記する。),架橋剤及び吸水性樹脂(B)の組合せ並びにモノマー及び吸水性樹脂(B)の量を先願明細書の実施例4におけるものとし,架橋剤の量を0.1モル%とした場合を例にとって換算し(原告が「加工実施例」と称しているものであるが,以下,「決定説示具体例」という。),決定認定先願発明の架橋剤の重量%(対固体重量)が本件発明1のそれと重複することを具体例を示して確認しようとしたものである。
(2) 以上を前提に,決定説示具体例によって示される発明が,先願明細書に記載された発明(特許法29条の2所定の「…他の特許出願…の願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲…又は図面に記載された発明」)に含まれるということができるか否かについて,検討する。
(2-1) 特許庁の「特許・実用新案審査基準」においては,特許法29条の2について,「他の出願の当初明細書等に記載された発明又は考案とは,他の出願の当初明細書等に記載されている事項及び記載されているに等しい事項から把握される発明又は考案をいう。『記載されているに等しい事項』とは,記載されている事項から他の出願の出願時における技術常識参酌することにより導き出せるものをいう。」とされ,さらに,「ある発明又は考案が,当業者が当該他の出願の当初明細書等の記載及び他の出願の出願時における技術常識に基づいて,物の発明の場合はその物を作れ,また方法の発明の場合はその方法を使用できることが明らかであるように当該他の出願の当初明細書等に記載されていないときは,当該発明又は考案を『他の出願の当初明細書等に記載された発明又は考案』とすることができない。」とされており,特許法29条の2の解釈として至極当然なものということができる(甲7。原告は,この記載内容の正当性について争うものではなく,この記載を前提に決定の誤りを主張するものである。)。
(2-2) 先願明細書(甲5)の記載内容を検討する。
(a) 先願明細書においては,「特許請求の範囲」「請求項1」として,「不飽和カルボン酸及びその塩よりなる群から選ばれた少なくとも1種の単量体成分(A)の水溶液を,該単量体成分(A)100重量部当たり吸水性樹脂(B)1〜30重量部の割合で存在させて水溶液重合することよりなる耐塩性吸水性樹脂の製造方法」との記載がある(以下,請求項1にかかる発明を「先願発明1」という。)。
先願明細書の記載によれば,次のことが認められる。
先願発明1によって得られる吸水性樹脂(以下,「先願吸水性樹脂」ともいう。)は,「ゲル強度が高くかつ耐塩性が改良された」(段落【0001】)ものである。
先願発明1においては,「得られた耐塩性吸水性樹脂中に含まれる特定粒度範囲の樹脂をさらに吸水性樹脂(B)として繰り返し用いることもでき,例えば細かい粒度範囲の樹脂を吸水性樹脂(B)として用いた場合には得られた製品は,例えば149μm以下の微粉の混在量が著しく低減され,吸収諸特性,経済性にも優れたものとなるばかりでなく,これを用いて紙おむつ,生理綿等の各種吸収物品に加工する際に微粉が飛散する心配もなく,労働衛生の面での問題も解消するという利点をも有する」(【0011】)ものである。
先願発明1における吸水性樹脂(B)については,「単量体成分(A)を重合することにより得られるもの」を用いることができ(請求項10),「単量体成分を均一に吸収して膨潤し,IPN構造やグラフト化を効率よく起こして優れた耐塩性吸水性樹脂を得るために,吸水性樹脂(B)としては,含水率が0.1〜10重量%の粉末状のものが好ましい。また,単量体成分(A)の吸水を速やかに起こさせるためにも,吸水性樹脂(B)は,その90〜100重量%が1〜149μm,特に1〜74μmの粒子径を有するが好ましい」とされている(【0017】)。
先願発明1における架橋剤については,「架橋剤を用いずに単量体成分(A)を吸水性樹脂(B)の存在下で水溶液重合するだけでも,該単量体成分(A)が該吸水性樹脂(B)(判決注:「吸収性樹脂」と記載されているが誤記と認める。)にグラフト又はIPN構造をとりながら重合するために,耐塩性吸水性樹脂を得ることができると推測されるが,さらに,ゲル強度がよりすぐれた吸水性樹脂を得るために,重合時単量体成分(A)に架橋剤を配分しておくのが好ましい」(【0020】)ものであると記載され,その量について「これらの架橋剤は必要かつ充分な効果を発現させるために単量体成分(A)に対して0.001〜0.1モル%,特に好ましくは0.01〜0.05モル%の量で用いるのがより好ましい。0.1モル%を越えると吸収倍率自体の低下を招く場合があるので注意を要する」(【0022】)と記載され,「特許請求の範囲」「請求項5」において「単量体成分(A)に対して架橋剤を0.001〜0.1モル%の量で用いる」耐塩性吸水性樹脂の製造方法の発明が記載されている。
上記のほか,先願明細書には,具体例として実施例1〜7,比較例1〜6が記載されている。
もっとも,架橋剤の量を単量体成分(A)に対して0.1モル%(以下,単量体成分(A)に対する架橋剤の量につき,単に「モル%」と記載することがある。)とした例そのものは,先願明細書に明文として記載されてはいない。
(b) 要するに,先願明細書では,「ゲル強度が高くかつ耐塩性が改良された」耐塩性吸水性樹脂(先願吸水性樹脂)を製造することができる先願発明1の製造方法に関して記載されており,先願発明1の製造方法に使用することができるモノマーとその量(【0012】〜【0015】),吸水性樹脂(B)とその量(【0016】〜【0019】),架橋剤とその量(【0020】〜【0022】),重合条件(【0023】〜【0026】),その他の事項が記載され,さらに,先願発明1の製造方法に使用することができる事項の好適な組合せであると認められる製造方法の具体例が実施例1〜7として,不適当とされる事項を含む組合せであると認められる製造方法の具体例が比較例1〜6として,それらの方法で製造される樹脂の具体的性質の測定値とともに,示されている(【0034】〜【0049】)。
(2-3) 決定認定先願発明は,前記1に判示したとおりであり,その耐塩性吸水性樹脂の製造方法は,上記認定のとおりであるところ,これらが先願明細書に記載されていることはいうまでもない。
ただ,先願明細書においては,先願発明1である「ゲル強度が高くかつ耐塩性が改良された」(【0001】)吸水性樹脂(先願吸水性樹脂)の製造方法に使用することができると記載されている事項のうち,モノマー,架橋剤などの成分については,多くの選択肢が記載されている。
そして,原告も指摘するとおり,それらを選択し組み合わせることによる組合せは,多くあり得るのであって,多くの種類の樹脂が製造され得ることになる。そして,製造される樹脂の性質は,樹脂の種類に左右されることが一般的であると認められるから,モノマー,架橋剤などの個々の成分について,先願発明1の耐塩性吸水性樹脂の製造方法に使用できることが先願明細書に記載されているとしても,当業者としては,特定の成分を選択して組み合わせた原料を使用する耐塩性吸水性樹脂の製造方法について,技術常識参酌することによっても製造される樹脂の性質を予測することができないような場合には,樹脂の原料であるモノマー,架橋剤などの成分を組み合わせたものを逐一試みるなど,過度の試行錯誤を強いられるおそれがあって,当該製造方法を使用できることが明らかであるように先願明細書等に記載されているといえるか否か,ひいては,当該製造方法についての発明が先願明細書に記載された発明であるといえるか否かにつき,疑問が生じ得るものというべきである。
(2-4) そこで,決定説示具体例について検討する。
(a) 決定が決定説示具体例として説示するところは前記のとおりであるが,これを前記の決定認定先願発明に関する記載を限定する形で具体的に記載するならば,「実施例4に記載した製造方法に使用した単量体成分(A)を該単量体成分(A)100重量部当たり,単量体成分(A)を重合することにより得られる吸水性樹脂(B)10重量部の割合で存在させて水溶液重合することよりなる耐塩性吸水性樹脂の製造方法において,水溶液重合を行った後,乾燥,分級して得られる耐塩性吸水性樹脂中に含まれる吸水性樹脂(B)と同様の粒度範囲である90〜100重量%が1〜149μmの粒径を有するの樹脂(C)を除去し,再度吸水性樹脂(B)として繰り返し用いる製造方法であって,単量体成分(A)に対して架橋剤を0.1モル%の量で用いる製造方法(なお,単量体成分(A)とは,アクリル酸ナトリウム282g,アクリル酸108g及びスルホエチルアクリレートのナトリウム塩606gからなるもの。)」ということになる。
(b) 決定説示具体例は,要するに,決定認定先願発明の耐塩性吸水性樹脂の製造方法において,その原料をモノマー,架橋剤,吸水性樹脂(B)微粉その他の成分の組合せを先願明細書における実施例4に記載された製造方法で使用したものとし,さらに,その原料の配合割合をモノマー及び吸水性樹脂(B)微粉を実施例4に記載された製造方法と同じとし,架橋剤の量を0.04モル%ではなく0.1モル%とした製造方法である。
したがって,決定説示具体例におけるモノマー,架橋剤,吸水性樹脂(B)微粉その他の成分の組合せの原料から製造される樹脂については,先願明細書において,先願発明1の所望のゲル強度及び耐塩性を有することが具体的測定値をもって確認されているものである。しかも,同じ成分の組合せの原料において,架橋剤の量以外は,同じ配合割合である原料から製造される樹脂について,先願明細書において,先願発明1の所望のゲル強度及び耐塩性を有することが具体的測定値をもって確認されているものである。
さらに,その架橋剤の量は,後記(2-5)で補足して説示するように,同じ成分の組合せの原料から製造される樹脂においては,得られる樹脂のゲル強度及び吸収倍率(純水,塩水)を連続的に変化させる効果を有するものであり,その範囲であれば,特定の成分を組み合わせた原料から樹脂を製造する方法,少なくとも実施例に記載された特定の成分を組み合わせた原料から製造する方法にあっては,先願発明1の所望のゲル強度及び吸収倍率の耐塩性吸水性樹脂が得られるものと認められる。
そうすると,決定説示具体例の製造方法は,先願発明1の所望のゲル強度及び耐塩性吸水性樹脂を製造することができるものと認められる特定の成分を組み合わせた原料から樹脂を製造する方法であって,かつ,そのような樹脂を製造することができる原料の配合割合のうちの一成分(架橋剤)の配合量のみを変えたものであって,その成分(架橋剤)の量は,得られる樹脂の性質を連続的に変化させる効果を有し,その範囲であれば先願発明1の所望のゲル強度及び吸収倍率の耐塩性吸水性樹脂が得られると認められる範囲内の値としたものであるから,決定説示具体例の製造方法によって得られる樹脂は,先願発明1の所望のゲル強度及び吸収倍率の耐塩性吸水性樹脂であると認めるのが相当である。
また,決定説示具体例の製造方法のその他の事項も,先願発明1の耐塩性吸水性樹脂の製造方法に使用することができるものとして,先願明細書に記載されている事項である。
(c) 以上の判示に照らせば,決定説示具体例の製造方法の発明は,先願明細書に記載された事項から導き出される製造方法であり,当業者としては,製造される樹脂の性質を予測し得るものであって,当業者が当該製造方法を使用できることが明らかであるように先願明細書に記載されている発明であると認められる。
したがって,決定説示具体例によって示される発明は,先願明細書に記載されている事項及び記載されているに等しい事項から把握される発明であって,特許法29条の2にいう先願明細書に記載された発明であるというべきである。
(2-5) 架橋剤の量に関する問題について,補足的に説示しておく。
(2-5-1) 先願発明1の製造方法において,架橋剤の量は,得られる樹脂のゲル強度及び吸収倍率を変化させるものであり,架橋剤の量が増えると,ゲル強度は上がり,吸収倍率は下がるといえる。この点は,以下に判示することから認められる。
(a) 先願発明1における架橋剤の添加の意義について,先願明細書には,「ゲル強度がよりすぐれた吸水性樹脂を得るために,重合時単量体成分(A)に架橋剤を配分しておくのが好ましい」(【0020】)こと,架橋剤は「0.1モル%を越えると吸収倍率自体の低下を招く場合があるので注意を要する」(【0022】)ものであることが記載されている。これによれば,先願吸水性樹脂のゲル強度及び吸収倍率は,得られる樹脂の架橋剤の量に影響される性質であること,架橋剤の量が増えると,ゲル強度は上がり,吸収倍率は下がるものであると認められる。
(b) 先願発明1における上記架橋剤の量についての記載は,先願明細書の実施例,比較例の製造方法によって得られる樹脂の性質の測定値によって裏付けられたものである。
上記具体例において,成分の組合せ及び吸水性樹脂(B)微粉の重量%(対モノマー)など架橋剤の量のみが異なると認められる実施例2,3の間及び実施例4,5の間における架橋剤の量の多寡に基づく樹脂の性質への影響をみると,次のとおりである。
実施例2の製造方法における存在させる架橋剤の量(モル%)0.05を0と減少した製造方法(実施例3)によって得られる樹脂のゲル強度(dyne/cm2)が実施例2の30000から25000に減少したこと,純水の吸収倍率(g/g)が125から127に,生理食塩水の吸収倍率(g/g)が40から42に増加したこと,耐塩性が0.32から0.33となったことが認められる。実施例4の製造方法において,存在させる架橋剤の量(モル%)0.05を0と減少した製造方法(実施例5)によって得られる樹脂のゲル強度(dyne/cm2)が実施例4の30000から25000に減少したこと,純水の吸収倍率(g/g)が85から105に,生理食塩水の吸収倍率(g/g)が34から40に増加したこと,耐塩性が0.40から0.38となったことが認められる。
これらのゲル強度及び吸収倍率(純水,生理食塩水)の値から,実施例に記載された特定の成分を組み合わせた原料から製造する方法にあっては,架橋剤の量を増やすと,得られる吸水性樹脂のゲル強度が上がり,吸収倍率が下がることが認められる。
(c) 架橋剤の量が増えると先願吸水性樹脂のゲル強度が上がり,吸収倍率が下がることは,架橋剤の機能から予測される得られる吸水性樹脂のゲル強度及び吸収倍率への影響,吸水性樹脂の製造方法における技術常識とも整合するものである。
架橋剤は,モノマーが重合し生成するポリマー鎖同士において架橋を形成する物質をいうが,他の条件が同じであるとすれば,重合時に存在する架橋剤の量をより多くすると,通常得られる樹脂の架橋度はより上がるといえる。
吸水性樹脂の製造において,存在させる架橋剤の量が増えると,架橋度がより上がるから,得られる吸水性樹脂の強度がより上がり,吸収倍率がより下がることが予測される。これらの性質への影響は,一般的には,架橋度に応じて連続的に変化するものであると認められる。
ちなみに,吸水性樹脂の製造方法において存在する架橋剤の量を多くすると,ゲル強度が上がること(例えば,乙3の4頁右下欄7〜14行,乙4の4頁左下欄18行〜右下欄6行),及び吸収倍率が下がること(例えば,乙4上記部分のほか,乙1の5頁左上欄17行〜右上欄16行,乙2の5頁右上欄8〜16行)が知られている。
そして,先願発明1で得られる樹脂においても,架橋剤の量の影響は,吸水性樹脂(B)の存在があったとしても,上記一般的な吸水性樹脂への影響と異なることを認めるような証拠はない。
(2-5-2) 実施例に記載された特定の成分を組み合わせた原料から製造する方法にあっては,先願発明1の所望のゲル強度及び吸収倍率の耐塩性吸水性樹脂が得られるといえるものである。この点は,以下に判示することから認められる。
(a) 先願発明1の目的は,「耐塩性吸水性樹脂の製造方法を提供すること」(【0008】),「ゲル強度が大きく,かつ吸収させる水溶液の塩濃度による吸収倍率の変化が小さい耐塩性に優れた吸水性樹脂を安価に製造する方法を提供すること」(【0009】)にある。したがって,先願発明1の製造方法で得られる樹脂は,耐塩性を有するとともに,ゲル強度が大きく,当然に適当な吸収倍率をも備えているものであると認められる。
先願明細書においては,「耐塩性とは,吸収させる水溶液中の塩濃度における,吸収倍率の変化の程度が少ないことを意味し,耐塩性=生理食塩水の吸収倍率/純水(脱イオン水)の吸収倍率と定義される」(【0027】)。
前記先願明細書に記載された具体例においては,ゲル強度並びに純水及び生理的食塩水の吸収倍率が測定され,耐塩性が算出された。
(b) そこで,耐塩性についてみる。
先願明細書に記載された吸収倍率(純水,生理食塩水)の値によると,実施例に記載された特定の成分を組み合わせた原料から製造する方法にあっては,架橋剤の量を多くすると,得られる吸水性樹脂の吸収倍率が下がることが示されるものであるが,生理食塩水の吸収倍率/純水(脱イオン水)の吸収倍率で定義される耐塩性の変化は大きいものではないことが認められる。
先願明細書においては,所望の耐塩性の値の範囲が明記されるものではないが,実施例の耐塩性の値は0.26〜0.40であり,実施例に記載された特定の成分を組み合わせた原料から製造する方法についての比較例においては,0.14〜0.18である。
そして,実施例の樹脂において,架橋剤の量に応じた純水,生理的食塩水の吸収倍率の変化は連続的であると認められること,架橋剤の量に応じた耐塩性の変化は小さいことが認められることから,実施例の原料から樹脂を製造する方法にあっては,先願発明1の架橋剤の量の範囲内における架橋剤の量の多寡によって耐塩性に変化があったとしても,比較例の値まで低下するものであるとは認められない。
したがって,先願発明1の実施例の原料から樹脂を製造する方法にあっては,所望の耐塩性の吸水性樹脂が得られるものであると認められる。
(c) さらに,ゲル強度及び吸収倍率についてみる。
先願明細書には,架橋剤の量の範囲「0.001〜0.1モル%」のその上限として記載された「0.1モル%」の値について,その値を「越えると吸収倍率自体の低下を招く場合があるので注意を要する」とされる。この記載からは,少なくとも「0.001〜0.1モル%」の範囲では先願発明1の所望のゲル強度及び吸収倍率の耐塩性吸水性樹脂が得られることが認められる。
この記載が具体例から帰結されたものであることにかんがみれば,少なくとも実施例の特定の成分を組み合わせた原料から先願発明1の樹脂を製造する方法にあっては,所望のゲル強度及び吸収倍率の吸水性樹脂が得られることが認められる。
(3) 以上によれば,先願明細書に記載された発明についての決定の認定に誤りはないというべきであるが,原告の主張に即してさらに検討しておく。
(a) 原告は,先願明細書の請求項5には「単量体成分(A)に対して架橋剤を0.001〜0.1モル%の量で用いる請求項1に記載の耐塩性吸水性樹脂の製造方法」が「文字として」は,記載されていても,この数値に臨界的な意義が理解できるか,少なくとも予測ができる程度に記載されていないのに,一律に「文字として」記載されているという理由により,後願を排除するのは許されないと主張する。
しかし,既に判示したとおり,少なくとも先願明細書記載の実施例の原料から樹脂を製造する方法,すなわち決定説示具体例の製造方法にあって,架橋剤を「0.001〜0.1モル%の量で用いる」ことについて,その意義が理解できる程度に記載されていると認められるのであり,単に「文字情報として」記載されているにすぎないというものではない。また,決定説示具体例の製造方法において「0.1モル%の量で用いる」とき,少なくとも耐塩性吸水性樹脂を製造することができることが認められればよいのであって,数値の臨界的意義までも必要とされるものではない。よって,原告の主張は,採用することができない。
(b) 原告は,発明の概念からすれば,発明者の意図した効果を奏することができない場合には,発明者が本来意図した発明の範囲には入らないというべきところ,先願明細書の実施例には,0.1モル%の量で使用した例は一つもなく,0.1モル%使用した場合に,どのような物質が得られるのか,推測し得る根拠も全くなく,吸収倍率やゲル強度試験がなされておらず,決定説示具体例の製造方法が先願明細書の発明者が意図したものを製造することができる方法であるのかは,誰にも予想することができないなどとも主張する。
しかし,先願明細書に架橋剤が0.1モル%を用いた場合の製造方法の具体例及び得られる樹脂の性質を具体的に確認する記載がないことをもって,直ちに原告主張のようにいうことはできないのであって,決定説示具体例の製造方法において,「0.1モル%の量で用いる」場合に,所望のゲル強度及び吸収倍率で耐塩性の吸水性樹脂が得られるものと認められることは,前判示のとおりである。
(c) 原告は,さらに,「架橋剤を単量体に対して0.1モル%」使用した場合に,吸水性樹脂の製造の際に生成する微粉のリサイクルに用いるに足りるだけの性能を有する物質が得られるのかどうかは予測不可能であって,試行錯誤を繰り返し,実験してみる必要があるのであって,当業者が実験しなければわからない事項は,先願明細書に記載された発明ではないとも主張する。
しかし,既に判示したところに照らせば,直ちに原告主張のようにいうことはできない。そして,先願明細書において,「得られた耐塩性吸水性樹脂中に含まれる特定粒度範囲の樹脂をさらに吸水性樹脂(B)として繰り返し用いることもでき」(【0011】)と記載されており,先願吸水性樹脂が製造されるのであれば,その樹脂の微粉はリサイクルに用いるに足りるだけの性能を有する樹脂が得られるものと認められるのであるから,決定説示具体例の製造方法においても,その樹脂の微粉は,リサイクルに用いるに足りるだけの性能を有する樹脂が得られるものと認められる。原告の主張は,採用し得ない。
(d) 原告は,「これらの架橋剤は…0.1モル%を越えると吸収倍率自体の低下を招く場合があるので注意を要する。」(段落【0022】)などという先願明細書の記載を見た当業者は,上限値である0.1モル%なる値を使って先願明細書の実施例4を実施しようとは通常考えないはずであって,限界値を超える値を用いることの不利益点が記載されている場合には,その上限値において「その物を作れ,また…その方法を使用できることが明らかであるように当該他の出願の当初明細書等に記載されてい」るとはいえないとも主張する。
しかし,先願明細書の上記記載は,0.1モル%において先願発明1が実施できないことを意味するものではなく,むしろ,上記記載は,架橋剤の量が「0.1モル%」の場合を含め,「0.1モル%」以下であれば,得られる吸水性樹脂が所望の吸収倍率をもつことを明言しているものである。上記記載は,「0.1モル%」を超える量の架橋剤を存在させたとしても,吸収倍率が所望のもの以下とならない場合があり得ることを示すにすぎない。原告の主張は,採用することができない。
(e) 原告は,決定説示具体例は,先願明細書に記載された実施例4を加工したものであって,1つの実施例のある成分の割合をその実施例以外の明細書の記載に基づいて変更したり,その実施例のある成分を明細書中の他の成分に変更したりして,明細書に記載されている実施例を加工するとすれば,1つの実施例から何十何百の実施例を作成できることになり,先願明細書の範囲は無限に拡大するので,決定が加工した実施例に先願権が付与されないのはいうまでもないこと,決定の加工した実施例は,先願明細書に記載がなく,裏付けされておらず,補正するとすれば要旨変更となって却下されるべきようなものであって,先願権を有さず,後願を排除することができないことを主張する。
確かに,先願発明の範囲の不当な拡大のおそれをいう原告の主張には,首肯し得るものがある。しかし,決定説示具体例について,その点をも配慮しつつ,慎重に検討した結果は,既に判示したとおりであって,本件は,原告が主張するような先願発明の範囲を不当に拡大した場合には当たらない。
そして,既に判示したところに照らせば,原告の主張する「加工」という点が採用し得ないことは明らかであり,また,決定説示具体例によって示される発明は,先願明細書に記載されている事項及び記載されているに等しい事項から把握される発明であって,特許法29条の2にいう先願明細書に記載された発明であるといい得ることは,前判示のとおりである。
(f) 原告は,先願明細書に記載された発明と本件発明1とでは技術的思想が異なり,両者によって製造される物質が異なるのであって,製造方法の発明自体が同一でないと主張する。
しかし,仮に,製造される物質が異なるとしても,樹脂の性質を測定する方法について,本件明細書等の記載(特に,甲3の9〜12頁表I〜表W(甲2の5〜7頁表I〜表W),甲8〜11)及び先願明細書(甲5。特に,段落【0031】,【0033】,【0049】表1等)を対比すると,両者で全く同じとはいえないのであって,測定する方法が異なるときの測定値同士を直接対比して樹脂の異同をいうことは適切でない。そして,明記された原料や製造条件が同じであるにもかかわらず得られるものが異なる場合には,明記されていない製造条件などが異なる可能性があるのであって,異なる原因が異なる製造方法にある可能性が否定できないとしても,先願明細書の具体例の製造方法と本件発明1の具体例の製造方法とでは,明記された製造条件ですら同じではないのであるから,それらの製造方法によれば生成した樹脂同士の性質が異なることはむしろ当然のことである。よって,両者の樹脂同士の性質を比較することにより,製造方法の異同を論じる原告の主張は,採用の限りではない。また,原告は,先願明細書に記載された発明は,架橋剤の存在量を低く限定する技術的思想であるのに対し,本件発明1はこれを高く限定する技術的思想であるとして,両者の技術的思想は相反すると主張する。しかしながら,先願明細書に記載された発明においては,架橋剤の存在量を低くすると,吸収倍率は上がるものの,ゲル強度は下がるのであって,原告主張のように,同発明が架橋剤の存在量を低く限定する技術的思想であると単純化することはできない。
そして,本件発明1に架橋剤の存在量を高く限定することについて,そのような目的・方向付けがあるのか,仮にそのような目的・方向付けがあったとしても,原告が主張するような,その裏打ちとなる技術的思想があるのかについて,その明細書を精査しても,これを読み取ることはできない。仮に,原告主張のように,架橋剤の存在量について,両者の発明の技術的思想が異なるとしても,本件発明1と先願明細書に記載された発明の構成が同一であると認められる以上,両者は,基本的に同一であるといって何ら差し支えないのであって,両者が同一であるとした決定を誤りであるということはできない。
(4) 以上を要するに,決定説示具体例の製造方法の発明は,先願明細書に記載された発明ということができる。そして,決定説示具体例の製造方法の発明における架橋剤の量の固体重量に対する重量%の換算値が本件発明1の架橋剤の量の範囲内であることは明らかである。
そうすると,先願明細書に記載された発明の架橋剤の量と本件発明1の架橋剤の量とは重複するものであると認められ,両者は,その余の構成は同じであるから,本件発明1は,先願明細書に記載された発明と同一であるとした決定の認定判断は,是認することができる。
2 取消事由2(本件発明2ないし11に関する誤り)について 原告の主張は,本件発明1についての決定の認定判断に誤りがあることを前提とし,これと同様の理由により,本件発明2ないし11に係る特許を取り消した決定は誤りであるとするものである。
しかし,本件発明1に関する原告の主張が採用することができず,決定の認定判断に誤りがないことは前判示のとおりであるから,原告主張の取消事由2もまた採用し得ないものである。
3 結論 以上のとおり,原告主張の決定取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 田中昌利
裁判官 佐藤達文