関連審決 |
不服2001-11612 |
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関連ワード | 創作性(創作) / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 一致点の認定 / 周知技術 / 公知技術 / 出願公開 / 技術的特徴 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 拒絶査定 / 拒絶理由通知 / 請求の範囲 / |
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事件 |
平成
15年
(行ケ)
27号
審決取消請求事件
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原告 松下電器産業株式会社 訴訟代理人弁理士 岩橋文雄,小野康英,森下賢樹,宗田悟志,石原隆史 被告 特許庁長官小川洋 指定代理人 武井袈裟彦,山本春樹,桂正憲,高橋泰史,林栄二,大橋信彦,井 出英一郎 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2004/09/08 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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原告の求めた裁判
「特許庁が不服2001-11612号事件について平成14年12月9日にした審決を取り消す。」との判決。 |
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事案の概要
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成10年1月30日,名称を「変調方式とそれを用いた無線通信システム」とする発明について特許出願をしたところ(平成10年特許願第18593号),平成13年5月24日拒絶査定があったので,拒絶査定に対する不服の審判請求をするとともに,同年7月31日,願書に添付した明細書について補正をしたが,平成14年12月9日,同補正の却下決定とともに,上記審判請求を成り立たないものとする審決があり,その謄本は同月24日に原告に送達された。 2 本願発明(平成13年2月15日付け手続補正書に記載の請求項第1項の発明)の要旨 無線通信に用いられ,第1の変調方式である多値直交変調方式に,規則的に第2の変調方式である位相変調(Phase Shift Keying)方式をパイロット信号として挿入し,前記位相変調方式の信号に情報を付加するとともに,第1の前記多値直交振幅変調信号の振幅及び位相の歪量を前記パイロット信号を用いて,直接求めることを特徴とする変調方式。 3 審決の理由の要点 (1) 引用例1(特開平7-297862号公報,平成7年11月10日出願公開。本訴甲第8号証)には,「無線通信に用いられ,4相PSK変調方式,8相PSK変調方式,16相PSK変調方式を規則的に繰り返すものであり,4相PSK変調方式の信号を用いデータを伝送するとともに,同期確立状態における,8相PSK変調方式,16相PSKの変調方式の信号のキャリア位相のずれを,4相PSK変調方式の信号を用いて,求める変調方式。」を構成とする発明が記載されているものと認められる。 引用例2(特開平8-265293号公報,平成8年10月11日出願公開。本訴甲第9号証)には,「基準信号,QPSK信号により,多値QAM信号からなる多値直交変調方式の信号の振幅変動,位相変動を推定して,前記多値直交変調方式の信号の振幅及び位相誤差を求め,これらの誤差信号を基に多値直交変調方式で送られた情報シンボルの等化を行う」技術が記載されている。 (2) 本願発明と引用例1に記載された発明(引用発明1)とを対比すると, @ 引用発明1の「8相PSK変調方式,16相PSK変調方式」は,本願発明の「第1変調方式」といえる。 A 引用発明1の「4相PSK変調方式」は,本願発明の「第2の変調方式である位相変調方式」といえる。 B 引用発明1の「4相PSK変調方式の信号」は,受信側で復調用のキャリアを再生するための,指針となる信号であるから「パイロット信号」といえる。 C 本願発明の「第1の前記多値直交振幅変調信号の振幅及び位相の歪量を前記パイロット信号を用いて,直接求める」と,引用発明1の「8相PSK変調方式,16相PSKの変調方式の信号のキャリア位相のずれを4相PSK変調方式の信号を用いて,求める」とは,@,Bを考慮して,「第1変調方式の信号の受信に必要な量を前記パイロット信号を用いて求める」点で一致する。 そうしてみると,両者は, 「無線通信に用いられ,第1の変調方式に,規則的に第2の変調方式である位相変調方式をパイロット信号として挿入し,前記位相変調方式の信号に情報を付加するとともに,第1変調方式の信号の受信に必要な量を前記パイロット信号を用いて求める変調方式。」の点で一致し,以下の点において相違している。 【相違点@】 第1の変調方式について,本願発明が,「多値直交変調方式」であるのに対し,引用発明1では,「8相PSK変調方式,16相PSK変調方式」である点。 【相違点A】 パイロット信号から求める「第1変調方式の信号の受信に必要な量」が,本願発明では,「第1の前記多値直交振幅変調信号の振幅及び位相の歪量」であり,該歪量をパイロット信号を用いて「直接」求めるのに対し,引用発明1では,「8相PSK変調方式,16相PSK変調方式の信号のキャリア位相のずれ」(第1変調方式の信号の受信に必要な量)であり,そのずれを4相PSK変調方式の信号(パイロット信号)を用いて求める記載はあるが,そのずれを,「4相PSK変調方式の信号」(パイロット信号)を用いて「直接」求めるとの記載がない点。 (3) 相違点@,Aについて検討する。 引用例1には,段落26及び図5に,4相PSK変調方式と等価な4値QAM変調方式と,16値QAM変調方式,64値QAM変調方式等の多値直交変調方式を繰り返して伝送する方式が記載されており,引用発明1において,第1の変調方式として,多値直交変調方式を用いることは当業者が容易に成し得る程度のことである(相違点@)。そして,その際,例えば,引用例2の記載にみられるように,パイロット信号(引用例2の基準信号,QPSK信号)により,多値直交変調方式の信号(引用例2の多値QAM信号)の振幅変動,位相変動を推定し,多値直交変調方式の信号の振幅及び位相歪みを求めることは,本件出願前周知の技術であるから,引用発明1において,パイロット信号から求める「第1変調方式の信号の受信に必要な量」を「第1の前記多値直交振幅変調信号の振幅及び位相の歪量」となし,該歪量をパイロット信号を用いて「直接」求める,ことは当業者が容易に成し得る程度のことである(相違点A)。 (4) 以上のとおりであるから,本願発明は,引用発明1及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができないものである。 |
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原告主張の審決取消事由
1 前提となる主張事実 本願発明と引用発明との本質的な相違について述べる。下表は,本願発明,引用発明1及び2における信号の対応を示す。「○」を付した信号は,既知の信号の存在を前提とする。 本願発明におけるパイロット信号は,第2の変調方式の信号であって,「第1の多値直交振幅変調信号の振幅及び位相の歪量を直接求める」ものであり,表中,A+Bの機能を一体に備えた信号である。 引用発明1には,振幅及び位相の歪量を直接求める信号(C+D)は存在せず,本願発明のパイロット信号に相当する信号が存在しない。 引用発明2(引用例2に記載の発明)において,仮に本願発明のパイロット信号(A+B)に相当する信号(E+F)を探すとすれば,引用例2に記述される「基準シンボルとQPSKの組合せ」がそれに当たる。しかし,本願発明のパイロット信号は未知のデータを乗せるものであり,引用発明2の「基準シンボルとQPSKの組合せ」のように,既知のデータの存在を前提としない。 2 取消事由1(一致点の認定の誤り,相違点の看過) (1) 審決は,引用発明1の「4相PSK変調方式」をもって本願発明の「第2の変調方式である位相変調方式」であって,かつ「パイロット信号」と認定するが,誤りである。 引用発明1は,「即時性,品質等に関して多様な要求を持つユーザを一つのシステムに収容することが要求されており,変調方式としてもその要求に対応する必要が生じてきている」との認識の下,多様な品質の信号を同時に送る方法として,伝送信号を階層化した「階層化変調」を挙げている(【0004】)。そして,画像を伝送する既知の技術として,第1ビットに粗い情報,第2ビット以下に,次第に詳細になる情報を乗せて行う階層化変調方式に言及する(【0005】〜【0007】)。また,その課題として,携帯端末のように高精細なビットを必要としない装置では,例えば第1ビットのみを受信できればよいところ,識別再生回路以外の部分は,結局全ビット受信可能な受信機を使用しなければならず,装置の小型化,低消費電力化を阻害する事実を指摘する(【0007】,【0008】)。そのため,引用発明1は,特定階層の情報信号のみを選択的に受信して復調することができる伝送方法と受信装置の提供を目的としている(【0009】)。 ここでは,引用発明1のキャリア同期の原理を受信装置に適用した場合の復調動作の概要が示され,特に,受信装置として,16相PSK波を受信して復調するものを例示している。復調には,「受信信号である16相PSK波には,絶対位相を表す情報信号があるタイムスロットに含まれている」という前提が必要なのであり,この「絶対位相を表す情報信号」がなければ復調ができないことをいっているのである。 引用発明1における「4相PSK変調方式の信号」は,前述の表のCに当たる信号であり,そもそも振幅歪量の推定には一切利用されない。この信号,及び8相,16相PSK変調方式の信号は,信号の空間配置図であるコンスタレーションにおいて単一同心円上に存在しており,振幅方向に情報がなく,そもそも振幅を考慮する必要がない構成である。引用発明1は,キャリア同期を行えば十分であり,これを4相PSK変調方式の信号で行うことを記述しているにすぎず,振幅歪量の推定などは,できようもない。しかも,位相歪量の推定をしようとすれば,更に表Cに示された「絶対位相を表す情報信号」が必須なのである。 一方,本願発明における「第2の変調方式である位相変調方式」は,請求項で明確に定義するように,パイロット信号として,第1の多値直交振幅変調信号の振幅及び位相の歪量を直接求めることができるものであり,別途信号を必要としない。 こうした構成の違いは,本願発明と引用発明1が本質的に異なることを示している。 そもそも,引用発明1はキャリア同期におけるPLLの制御技術を主眼とするものであり,異なる相数のPSK変調信号が伝送される際,一番判定しやすい4相PSK変調信号を選択してPLLを精度よくロックする技術を中心とする発明であって,4相PSK変調信号は,通常のデータ転送用の信号にすぎず,その信号をPLLの制御に利用しようというものにすぎない。すなわち,引用発明1では,「絶対位相を表す情報信号」の存在が当然に前提となっており,4相変調方式の信号も,当初よりデータ転送用の信号であるから,その構成では,本願発明のように,データ転送量を増加させる作用効果はない。 (2) 審決は,「引用発明1・・・の「4相PSK変調方式」は,受信側で復調用の「キャリアを再生するための,指針となる信号であるから「パイロット信号」といえる」とするが,誤りである。本願発明はパイロット信号を明確に定義しており,多値直交振幅変調信号の振幅及び位相の歪量を求めるものである。仮に「4相PSK変調方式」がキャリアを再生するための信号であっても,それで多値直交振幅変調信号の振幅歪量と位相歪量を求める信号とはなり得ない。しかも,そのキャリアの再生のためにも,前述の「絶対位相を表す情報信号」が必須であり,本願発明が請求項で定義するパイロット信号とはおよそ異なる信号である。 (3) 審決は更に,本願発明の「第1の前記多値直交振幅変調信号の振幅及び位相の歪量を前記パイロット信号を用いて,直接求める」ことと,引用例1に記載の「8相PSK変調方式,16相PSKの変調方式の信号のキャリア位相のずれを4相PSK変調方式の信号を用いて,求める」とが,「第1変調方式の信号の受信に必要な量を前記パイロット信号を用いて求める」点で一致する,と認定するが,2点において誤っている。 第1に,引用発明1の4相PSK変調方式の信号は,本願発明が請求項で定義するパイロット信号ではない。第2に,審決が「受信に必要な量」などと表現する対象物理量が,本願発明では多値直交振幅変調信号の振幅及び位相の歪量である一方,引用発明1では,復調の前処理であるキャリア同期のための処理に関する物理量である。なお,審決ではこれを「キャリア位相のずれ」と表現しており,この認定も間違いである。引用発明1では4相PSK変調方式の信号をPLLに投入し,高々キャリア周波数を同定するだけであって,キャリア位相のずれを求めているわけではない。 (4) 審決は,一致点認定の結論部分において,本願発明と引用発明1は,「無線通信に用いられ,第1の変調方式に,規則的に第2の変調方式である位相変調方式をパイロット信号として挿入し,前記位相変調方式の信号に情報を付加するとともに,第1変調方式の信号の受信に必要な量を前記パイロット信号を用いて求める変調方式。」で一致するとするが,引用発明1の4相PSK変調方式の信号は,本願発明が請求項で定義するパイロット信号ではなく,本願発明と引用発明1で求めている量も全く異なり,「必要な量」という対比の手法にも誤りがある。 3 取消事由2(相違点Aの認定の誤り) 審決は,相違点Aとして,パイロット信号から求める「第1変調方式の信号の受信に必要な量」が,本願発明では,「第1の前記多値直交振幅変調信号の振幅及び位相の歪量」であり,該歪量をパイロット信号を用いて「直接」求めるのに対し,引用発明1では,「8相PSK変調方式,16相PSK変調方式の信号のキャリア位相のずれ」であると認定している。 しかし,これも引用例1の開示内容を誤解したものであり,引用発明1の4相PSK変調方式の信号が本願発明におけるパイロット信号ではないし,「受信に必要な量」に関する誤りも取消事由1で述べたとおりである。 4 取消事由3(相違点@の判断の誤り) 審決は,引用例1がQAM等の変調方式を記載しているから,引用発明1において,第1の変調方式として,多値直交変調方式を用いることを容易と判断するが,これは引用例1の開示内容を誤解したものであり,判断を誤っている。 引用発明1が確かにQAMについて触れているとはいえ,引用発明1はキャリア同期のためにPLLを制御する技術を中心に開示しているものであり,PLLはキャリア同期のための周波数同定しかできないのであるから,振幅の変調を伴うQAM変調方式とは本来相容れない性質の技術である。そもそも,引用発明1において振幅変調された信号を復調するためには,一般には,AGC(オートゲインコントロール)など,比較的回路規模の大きな構成を要するのであり,引用発明1が目的とする「装置の小型化,低消費電力化」(【0007】,【0008】)に反する以上,QAM変調方式に触れているからといって,当業者がそれを採用する動機になるというものではなく,仮になったとしても,引用例1にはそれを実現する技術的な開示がない。 さらに,「多値直交変調方式」は,PSK変調方式とQAM変調方式に限られるわけでもない。これら以外にAPSK変調方式なども存在する以上,QAM変調方式という言葉が出現したからといって,即座に「多値直交変調方式」を用いることが容易とはならない。 5 取消事由4(相違点Aの判断の誤り) (1) 審決は,引用例2における基準シンボルが既知信号であるにもかかわらず,本願発明のパイロット信号と同一のもののように論じており,引用例2の開示内容の理解を誤ったもので,周知技術の認定を誤っている。 (2) 引用例2は,「振幅及び位相が既知の基準シンボルを周期的に送信し,これを用いて多値QAMシンボルを復調する方法が提案されている。」(【0005】)とし,その実施例にも「基準シンボル発生器13は,各キャリアの振幅及び位相の基準となる基準シンボルデータを発生し,・・・」(【0040】)とするように,基準シンボルという言葉を一貫して「振幅と位相が既知の信号」として用いている。したがって,本願発明のパイロット信号とは違い,引用発明2の「基準シンボルとQPSKシンボル」の組合せからなる信号は,必ず基準シンボルを参照しなければその内容が確定せず,既知のデータに依存する信号である。この構成の相違は本質的なものであり,本願発明はそもそも,引用発明2のように,既知のデータを必須とするパイロット信号を未知のデータの転送のために利用することを目的としてなされたものである。したがって,引用例2に記載の技術こそ,本願発明がその課題を指摘する従来の技術といえるのである。 (3) 本願発明では,パイロット信号から振幅と位相の歪量を「直接」求めることができる一方,引用発明2では,QPSK変調信号を検出した後,いったん基準信号に戻って初めてQAM変調方式の信号を復調する。したがって,引用発明2は,いわば二段階復調というべき処理を必須とするものであり,引用発明2を如何に引用発明1に適用しても,直接求める,という構成は容易に想到し得るものではない。審決はしたがって,引用発明1に引用発明2を適用する容易性の判断を誤ったものである。 (4) 引用発明1に引用発明2を適用する容易性については,それらの引用例に記載の発明の目的が両立しない点でも,審決は容易性の判断を誤っている。 すなわち,引用発明1は,装置の小型化や低消費電力化を目的とし,4相PSK変調信号のみを選択的にPLL回路に投入することにより,PLL回路を簡素化するものである。ここで,引用発明1の目的は当該発明にとって極めて本質かつ一意のものであり,仮にその目的がないのであれば,わざわざ特定階層の情報信号のみを選択的に受信して復調するまでもなく,従来同様,全階層の情報信号を受信及び復調すれば済んでしまうのである。 一方,引用発明2は,フェージング等の影響に強く,かつデータ伝送効率の向上を図ること(【0009】)を目的とし,装置の小型化等を意識したものではない。むしろ,引用例2の図1のように,周波数軸と時間軸で二次元となる変調方式を採用する点で,装置の小型化よりも伝送性能を重視する発明と考えられ,特に,QAM変調方式の信号を伝送しているから,当然に引用発明1のPSK変調方式のみの回路構成に比べて回路規模が大きくなる。したがって,引用発明1の目的とは相容れないものである以上,両引用発明の組合せを容易とした審決の判断は誤りである。 6 取消事由5(本願発明の顕著な効果の看過) 引用発明1及び引用発明2は,いずれもキャリア同期及び復調のために,「絶対位相を表す情報信号+4相PSK波」(C)における「絶対位相を表す情報信号」,又は「基準シンボル+QPSKシンボル」(E)における「基準シンボル」なる既知の信号を必須とするものであり,この点において,とりわけ,本願発明と好対照をなす。本願発明は,データ転送効率の改善に当業者がしのぎを削り合う中で,従来の常識を覆した発想の転換により,パイロット信号にデータを付加する創作によってなされたものであり,その効果は明白である。そうした技術思想は引用例1にも引用例2にも,開示も示唆もされていない。 審決は,本願発明の格別顕著な作用効果を看過したものである。 |
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受命裁判官が示した見解
本訴の弁論準備手続において,受命裁判官は次の1,2の見解を当事者双方に示した。 1 引用例1記載発明(引用発明1)の4相PSK波を「パイロット信号」に対応付けた点について 引用発明1においては,4相PSK波,8相PSK波,16相PSK波のキャリア再生を4相PSK波(同期検波)を用いている。 PSK波の同期検波方式では,受信PSK波に同期した基準搬送波と受信PSK波とを位相比較することによって信号を復調する。基準搬送波は受信信号から再生するのが通常である。引用発明1では,4相PSK波を用いて基準搬送波を再生しているため,基準搬送波に90°の位相不確定性が残り,復調信号に曖昧さが残ることとなる。 位相不確定の除去としては,送信信号に既知に信号パターンを挿入し,これを検出して曖昧さを除去するか,差動符号化を行う。 引用発明1では,16相PSK波を再生するために,16相PSK波に絶対位相を表す情報信号を含ませている。そうすると,引用発明1において,パイロット信号というためには,少なくとも基準となる位相信号を含む必要があるが,4相PSK波は,16相PSK波復調のための基準位相を含まないから,パイロット信号とはいえない。仮に,実施例のものが一例にすぎず,16相PSK波が差動符号化されたものであるとしても,4相PSK波はパイロット信号であるとはいえない。 2 引用発明2(引用例2に記載の技術)との対比において,本願発明が容易に推考することができたかについて (1) 引用例2には,「基準信号,QPSK信号により,多値QAM信号からなる多値直交変調方式の信号の振幅変動,位相変動を推定して,前記多値直交変調方式の信号の振幅及び位相誤差を求め,これらの誤差信号を基に多値直交変調方式で送られた情報シンボルの等化を行う」技術が記載されている。 引用例2には,第1の実施例として「送信装置において,OFDM伝送フレームを生成して送信する際に,フレームの先頭部分にのみヌルシンボル及び基準シンボルを配置し,情報シンボルデータ領域には時間方向及び周波数方向にそれぞれ一定の間隔でQPSKシンボルを配置して送信する。一方受信装置においては,上記伝送フレームの先頭部分に配置された基準シンボルにより各キャリアの振幅誤差及び位相誤差を検出し,かつ各QPSKシンボルにより受信波の振幅変動及び位相変動を検出してその検出結果を基に上記基準シンボルにより検出された各キャリアの振幅誤差及び位相誤差を補正して,この補正した振幅誤差信号及び位相誤差信号を基に,復調シンボルデータを等化するようにしている。」【0058】との記載があり,【0028】に,「PSK情報シンボルを,基準シンボルを基準に差動符号化して送信する」との記載もある。 (2) 本願明細書によると,従来,(直交振幅変調方式等を用いた)ディジタル移動無線方式においては,準同期検波を行う際に必要なパイロットシンボルを挿入しているが,パイロットシンボルは既知のデータであるため,データ転送量が低下するという欠点があるので,本願発明では,多値直交振幅変調データに定期的に位相変調データを挿入し,受信側では位相変調データを周波数オフセット量と振幅歪み量を推定するためのパイロットシンボルとすることにより,データ転送量の低下を防止したものである。 (3) 本願発明と引用発明2とを対比すると,両者は,「無線通信に用いられ,第1の変調方式である多値直交(振幅)変調方式に,規則的にパイロットを挿入し,第1の前記多値直交振幅変調信号の振幅及び位相の歪量を前記パイロット信号を用いて求めることを特徴とする変調方式」である点で一致し, 本願発明では,パイロット信号が,第2の変調方式である位相変調方式であり,振幅及び位相の歪量を前記パイロット信号を用いて直接求めるのに対し,刊行物2記載の発明では,パイロット信号が,基準シンボルと位相変調方式の情報シンボルであり,これらにより振幅及び位相の歪量を求める点,で相違すると考えることができる。 相違点についてみると,位相変調方式では,(イ)位相の不確定性を排除するために既知のパターンを挿入したり,(ロ)差動符号化を行うことが行われている。 (イ)本願発明のパイロット信号に既知のパターンを挿入した場合は,刊行物2に記載された,最初のシンボルを基準シンボルとしたものと格別の差異はなくなる。また,(ロ)本願発明のパイロット信号を差動符号化した場合は,最初の情報を基準として差動符号化を行うこととなるから,刊行物2の基準シンボルに基づいて差動符号化を行うことと実質的な差異はない。 (4) 本願発明の「直接求める」ことは明細書に詳細な記載はないとの見方もあり,パイロット信号に差異がない以上,振幅及び位相の歪量の推定方法に差異があるとは認められない。 したがって,両者の間には格別の差異がない。 |
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上記第4の受命裁判官の見解に対する原告の主張
原告は,上記第4の受命裁判官の見解の1についてはこれを認めたが(被告がこの見解を争っている。),2については,次のとおり主張した。 1 審決は,引用発明1及び引用発明2という二つの発明に基づく本願発明の容易推考性についての判断を示しているにすぎない。したがって,引用発明1を除外して,引用発明2のみに基づく本願発明の容易推考性の有無は,本訴における審理の対象外である。引用発明2と対比してみた場合の本願発明の進歩性の有無を,本訴において審理判断することは許されない。 2 本願発明の方式は,「無線通信に用いられ,第1の変調方式である多値直交変調方式に,規則的に第2の変調方式である位相変調(Phase Shift Keying)方式をパイロット信号として挿入し,前記位相変調方式の信号に情報を付加するとともに,第1の前記多値直交振幅変調信号 の振幅及 び位相 の歪量 を前記 パイロット 信号を用いて ,直接求 める ことを特徴とする」(特許請求の範囲)であり,第1の変調信号と第2の変調信号の関係にその技術的特徴を記述したものである。 この図のように,最初のQPSKシンボル(図中p1)に基づいて@AのQAMシンボルが直接生成され(図中cの経路),二番目のQPSKシンボル(図中p2)に基づいてBCのQAMシンボルが直接生成される(図中dの経路)。すなわち,本願発明では,QAMシンボルが,QPSKシンボルを基に直接復調されるため,わざわざ最初の基準シンボルに戻って復調するという迂遠な手続を必要としないし,QSPKシンボルからQAMシンボルが直接復調される。 本願明細書の段落0040の記載,すなわち,「特に,16値振幅位相変調方式の最大信号点振幅g1と直交位相変調方式の信号点振幅pを等しくしたとき,復調側で精度よく周波数オフセット量及び振幅歪み量を推定することができる。」を挙げ,本願発明では,QPSKシンボルはQAMシンボルと直接比較されることが前提となっている。 また,本願明細書段落0066に,「そして,直交位相変調方式の信号点間距離(数3)を16値直交振幅変調方式の信号点間距離2rの2.00倍としたとき,復調側で直交位相変調方式のベースバンド信号の同相-直交平面における振幅を求めることで,その値を16値直交振幅変調方式のベースバンド信号における同相-直交平面における振幅しきい値とすることができ,回路構成を簡単化することができる。」と記載されていることを挙げ,「直交位相変調方式のベースバンド信号の同相-直交平面における振幅」とは,すなわち復調されたQPSKシンボルの位相と振幅である(「同相-直交平面における振幅」は位相も含む概念である)。一方,「その値を16値直交振幅変調方式のベースバンド信号における同相-直交平面における振幅しきい値とすることができ,」とは,つまりQPSKシンボルの位相と振幅をQAMシンボルの位相と振幅のしきい値として適用することをいっている。QAMシンボルはQPSKシンボルに直接比較されることで復調されることは,この記述からも明らかなとおりである。 |
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当裁判所の判断
1 前記「3 審決の理由の要点」の(1)のとおり,引用発明1においては,4相PSK波,8相PSK波,16相PSK波のキャリア再生を4相PSK波(同期検波)を用いている。 PSK波の同期検波方式では,受信PSK波に同期した基準搬送波と受信PSK波とを位相比較することによって信号を復調する。基準搬送波は受信信号から再生するのが通常である。引用発明1では,4相PSK波を用いて基準搬送波を再生しているため,基準搬送波に90°の位相不確定性が残り,復調信号に曖昧さが残ることとなる。 位相不確定の除去としては,送信信号に既知に信号パターンを挿入し,これを検出して曖昧さを除去するか,差動符号化(送信側では,連続する信号間の位相差に情報を持たせるように送信側で変調する。受信側では,再生した信号の位相差を検出すればよいから,不確定性を除去することができる。)を行う。なお,PSK波は振幅が一定のため,振幅の基準となる信号を必要としない。 引用発明1では,16相PSK波を再生するために,16相PSK波に絶対位相を表す情報信号を含ませている。そうすると,引用発明1において,パイロット信号というためには,少なくとも基準となる位相信号を含む必要があるが,4相PSK波は,16相PSK波復調のための基準位相を含まないから,パイロット信号とはいえない。また,仮に,実施例のものが一例にすぎず,16相PSK波が差動符号化されたものであるとしても,4相PSK波はパイロット信号であるとはいえない。 したがって,前記審決の理由の要点中の(2)のBにおける,本願発明と引用発明1との対応関係の認定は誤りである。 2 ところで,審決は,本願発明は,引用発明1と周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであると判断しているが,引用例2の記載も認定し,そこに記載の技術も合わせて考慮に入れて,本願発明の進歩性を否定している。そして,原告は,引用例2に記載の技術こそ,本願発明がその課題を指摘する従来の技術といえる,として,引用例2に記載された発明が主たる公知技術として引用されるべきものであると主張している。 そこで,本判決では,引用発明2(引用例2に記載の発明)との対比において,本願発明が容易に推考することができたかについて,以下に判断する。 3 引用例2に,「基準信号,QPSK信号により,多値QAM信号からなる多値直交変調方式の信号の振幅変動,位相変動を推定して,前記多値直交変調方式の信号の振幅及び位相誤差を求め,これらの誤差信号を基に多値直交変調方式で送られた情報シンボルの等化を行う」技術が記載されていることは,前記審決の理由の要点で示したように,審決が前提として認定するところであり,原告も争うところではない。 引用例2には,第1の実施例として「送信装置において,OFDM伝送フレームを生成して送信する際に,フレームの先頭部分にのみヌルシンボル及び基準シンボルを配置し,情報シンボルデータ領域には時間方向及び周波数方向にそれぞれ一定の間隔でQPSKシンボルを配置して送信する。一方受信装置においては,上記伝送フレームの先頭部分に配置された基準シンボルにより各キャリアの振幅誤差及び位相誤差を検出し,かつ各QPSKシンボルにより受信波の振幅変動及び位相変動を検出してその検出結果を基に上記基準シンボルにより検出された各キャリアの振幅誤差及び位相誤差を補正して,この補正した振幅誤差信号及び位相誤差信号を基に,復調シンボルデータを等化するようにしている。」【0058】との記載がある。 4 本願明細書(本願公開特許公報,甲第1号証)によれば,従来,(直交振幅変調方式等を用いた)ディジタル移動無線方式においては,準同期検波を行う際に必要なパイロットシンボルを挿入しているが,パイロットシンボルは既知のデータであるため,データ転送量が低下するという欠点があるので,本願発明では,多値直交振幅変調データに定期的に位相変調データを挿入し,受信側では位相変調データを周波数オフセット量と振幅歪み量を推定するためのパイロットシンボルとすることにより,データ転送量の低下を防止したものであることが認められる。 5 本願発明と引用例2に記載された発明とを対比すると,両者は,「無線通信に用いられ,第1の変調方式である多値直交(振幅)変調方式に,規則的にパイロット信号を挿入し,第1の前記多値直交振幅変調信号の振幅及び位相の歪量を前記パイロット信号を用いて求めることを特徴とする変調方式」である点で一致し, 本願発明では,パイロット信号が,第2の変調方式である位相変調方式であり,振幅及び位相の歪量を前記パイロット信号を用いて直接求めるのに対し,引用例2記載の発明では,パイロット信号が,基準シンボルと位相変調方式の情報シンボルであり,これらにより振幅及び位相の歪量を求める点,で相違する。 この相違点について検討するに,位相変調方式で,(イ)位相の不確定性を排除するために既知のパターンを挿入したり,(ロ)差動符号化を行うことは,周知の技術であると認められる(乙第7号証(ペイトン Z.ピーブルズ,Jr./著「ディジタル通信システム」)284頁5〜12行,乙第8号証(特開平2-23748号公報)1頁右下欄14行〜2頁左上欄6行,2頁左下欄8行〜右下欄17行)。 そこで,(イ)本願発明のパイロット信号に既知のパターンを挿入した場合は,引用例2に記載された,最初のシンボルを基準シンボルとしたものと格別の差異はなくなる。また,(ロ)本願発明のパイロット信号を差動符号化した場合は,最初の情報を基準として差動符号化を行うこととなるから,引用例2の基準シンボルに基づいて差動符号化を行うことと実質的な差異はない。 また,本願発明の「直接求める」ことは明細書に詳細な記載はなく,パイロット信号に差異がない以上,振幅及び位相の歪量の推定方法に差異があるとは認められない。 したがって,両者の間には格別の差異がなく,本願発明は引用例2に記載の発明及び周知の技術事項から容易に想到することができたものというべきである。 6 原告は,本願発明の「直接求める」ことの内容として,前記第5の2のように主張する。 しかし,原告が指摘する本願明細書の記載をもってしても,本願発明の「第1の前記多値直交振幅変調信号の振幅及び位相の歪量」を,本願発明の「前記パイロット信号」から具体的にどのように「直接求める」かについて明らかにすることはできず,原告の上記主張をもってしても,上記5の判断を動かすものではない。 7 なお,引用例2は,本件特許出願の審査時において既に公知文献として審査官から示され,原告もこれについて意見を表明しているし(乙第4号証(拒絶理由通知書),乙第5号証(平成13年2月15日付け意見書)),審決においても公知文献として引用されている(前記「第2の3 審決の理由の要点」の(4)によれば,審決の判断の結論部分においては引用例2が容易想到性の根拠として掲げられていないが,引用例2の記載を詳細に認定し,周知技術を示すものとして引用例2が掲げられていることからすると,審決の判断においては,引用例2も,本願発明が容易に想到することができたことを裏付ける公知文献とされているものと解すべきである。)。そして,引用発明2を中核たる公知技術として本願発明と対比した場合の本願発明の進歩性の有無については,当事者双方とも本訴において十分に主張立証を尽くしている。原告は,引用発明2と対比してみた場合の本願発明の進歩性の有無を本訴において審理判断することは許されないと主張するが,理由がない。 |
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結論
以上のとおりであって,本願発明に係る出願を拒絶すべきものとした審決は支持することができるので,原告の請求は棄却されるべきである。 |
裁判長裁判官 | 塚原朋一 |
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裁判官 | 塩月秀平 |
裁判官 | 野輝久 |