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事件 平成 23年 (行ケ) 10242号 審決取消請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2012/09/12
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成24年9月12日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官

平成23年(行ケ)第10242号 審決取消請求事件

口頭弁論終結日 平成24年8月1日

判 決

原 告 インテルコーポレーション

同訴訟代理人弁護士 田 中 昌 利

小 原 淳 見

古 瀬 康 紘

同 弁理士 龍 華 明 裕

明 石 英 也

同訴訟復代理人弁理士 折 坂 茂 樹

被 告 大 英エ レ ク ト ロ

ニ ク ス株 式 会 社

被 告 Y2

上記両名訴訟代理人弁理士 深 澤 拓 司

主 文

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための

付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1 請求

特許庁が無効2010−800144号事件について平成23年3月22日にし

た審決を取り消す。

第2 事案の概要

本件は,原告が,後記1のとおりの手続において,被告らの後記2の本件発明に

1
係る特許に対する原告の特許無効審判の請求について,特許庁が同請求は成り立た

ないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は後記3のとおり)に

は,後記4のとおりの取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。

1 特許庁における手続の経緯

(1) 被告らは,平成5年6月15日,発明の名称を「擬周期系列を用いた通信

方式」とする特許出願(特願平5−144033号)をし,平成12年9月22日,

設定の登録(特許第3111411号)を受けた(請求項の数1)。以下,この特

許を「本件特許」という。

(2) 原告は,平成22年8月20日,本件特許について,特許無効審判を請求

し,無効2010−800144号事件として係属した。

(3) 特許庁は,平成23年3月22日,「本件審判の請求は,成り立たな

い。」との本件審決をし,同年4月1日,その謄本が原告に送達された。

2 特許請求の範囲の記載

本件特許の請求項1に記載された発明(以下「本件発明」という。)の特許請求

の範囲の記載は,以下のとおりである(以下,本件発明の明細書(甲19)を,図

面を含めて「本件明細書」という。)。

伝送すべき情報をbとしたとき,b(aN−L ,…,aN−1 ,a0 ,…,

aN−1 ,a0 ,…,aL−1)という長さN+2Lの信号を送信信号とし,

(a0 ,a1 ,‥‥,aN−1)という長さNの信号に対する整合フィルタを通

して前記情報bを受信することを特徴とする擬周期系列を用いた通信方式

3 本件審決の理由の要旨

(1) 本件審決の理由は,要するに,@本件発明は,後記アの引用例1に具体的

に開示された発明であるとすることはできず,また,A引用例1に記載された発明

(以下「引用発明1」という。)に,後記イないしエに記載された発明(以下,順

次,「引用発明2」ないし「引用発明4」という。)等を組み合わせることによっ

ても,B引用発明2に引用発明3及び引用発明4等を組み合わせることによっても,

2
当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない,という

ものである。

ア 引用例1:特開平5−22251号公報(平成5年1月29日公開。甲1)

イ 引用例2:特開平5−7196号公報(平成5年1月14日公開。甲2)

ウ 引用例3:米国特許5127025号明細書(平成4年6月30日発行。甲

7)。

エ 引用例4:「最新スペクトラム拡散通信方式」(昭和53年11月30日発

行。甲4)

(2) なお,本件審決が認定した引用発明1及び2並びに本件発明と引用発明1

との一致点及び相違点,本件発明と引用発明2との一致点及び相違点は,次のとお

りである。

ア 本件発明と引用発明1との関係

(ア) 引用発明1:伝送すべき情報をbとしたとき,b(aN−L ,…,aN

−1 ,a0 ,…,aN−1 ,a0 ,…,aL−1)という長さN+2Lの信号

を送信信号とし,(a0 ,a1 ,‥‥,aN−1)という長さNの信号に対する

累積値を拡散符号の1周期毎に出力して前記情報bを受信する擬周期系列を用いた

通信方式

(イ) 一致点:伝送すべき情報をbとしたとき,b(aN−L ,…,aN−1 ,

a0 ,…,aN−1 ,a0 ,…,aL−1)という長さN+2Lの信号を送信

信号とし,(a0 ,a1 ,‥‥,aN−1)という長さNの信号に対する相関を

利用して前記情報bを受信する擬周期系列を用いた通信方式

(ウ) 相違点1:「(a0 ,a1 ,‥‥,aN−1)という長さNの信号に対

する相関を利用して」に関し,本件発明は「(a0 ,a1 ,‥‥,aN−1)と

いう長さNの信号に対する整合フィルタを通して」であるのに対し,引用発明1は

「(a0 ,a1 ,‥‥,aN−1)という長さNの信号に対する累積値を拡散符

号の1周期毎に出力して」である点

3
イ 本件発明と引用発明2との関係

(ア) 引用発明2:伝送すべき情報信号とPN符号とを乗算することで得られた

信号を送信信号とし,送信時に用いたPN符号と同じ符号を用いる相関器を通して,

前記情報信号を受信する通信方式

(イ) 一致点:伝送すべき情報をbとしたとき,bに符号を乗算した信号を送信

信号とし,相関手段を通して前記情報bを受信する通信方式

(ウ) 相違点2:「bに符号を乗算した信号を送信信号」及び「通信方式」に関

し,本件発明は,「b(aN−L ,…,aN−1 ,a0 ,…,aN−1 ,a

0 ,…,aL−1)という長さN+2Lの信号」を送信信号とし,「擬周期系列

を用い」た通信方式であるのに対し,引用発明2では,「bにPN符号を乗算する

ことで得られた信号」を送信信号とした通信方式である点

(エ) 相違点3: 相関手段に関し,本件発明は「(a0 ,a1 ,‥‥,aN

−1)という長さNの信号に対する整合フィルタ」であるのに対して,引用発明2

では「送信時に用いたPN符号と同じ符号を用いる相関器」である点

4 取消事由

(1) 引用発明1に基づく本件発明の新規性に係る判断の誤り(取消事由1)

(2) 引用発明1に基づく本件発明の容易想到性に係る判断の誤り(取消事由

2)

(3) 引用発明2に基づく本件発明の容易想到性に係る判断の誤り(取消事由

3)

第3 当事者の主張

1 取消事由1(引用発明1に基づく本件発明の新規性に係る判断の誤り)につ

いて

〔原告の主張〕

(1) 整合フィルタについて

ア 本件発明は,送信機から送られてくる変調信号が有限長の場合,信号の位相

4
が受信機の拡散符号の位相とずれた状態において,相関値を演算する期間内に変調

信号が存在しなかったり,前後の周期におけるデータが異なる変調信号を受けたり,

ノイズが重畳したりする期間が生じるため,相関値を演算する期間において受信す

る変調信号を含む符号系列は,拡散符号及びその巡回シフト以外に対応する系列と

なり,結果として,小さな相関値を維持することができなくなるという課題を解決

するために,送信側において,長さN+2Lの擬周期系列信号を拡散符号とし,受

信側において,長さNの信号の整合フィルタを用いて,受信信号との間でNビット

の信号との間で相関を取ることにより,前後Lビットの位相のずれが生じた場合で

あっても,相関値を小さくするという効果を奏するものである。

引用発明1は,相互相関において,位相がずれた場合であっても(相互)相関値

を小さくするという課題を解決するために,送信側において,長さL+2nの擬周

期系列信号を拡散符号とし,受信側において,前後のnビット部分を除いた長さL

の期間のみ,受信信号と拡散符号との相関を取ることにより,前後nビットの位相

のずれが生じた場合であっても,相関値を小さく維持するという効果を奏するもの

である。

本件発明及び引用発明1は,共通の課題を解決するために,擬周期系列信号を拡

散符号とし,受信側において擬周期化する前の符号との間で相関を取るという課題

解決手段を採用する点において共通するものであって,本件発明と引用発明1との

相違点1は,相関検出手段として,本件発明が「整合フィルタ」を用いるのに対し,

引用発明1が「累積器」を用いることのみであるところ,当業者は,整合フィルタ

と累積器について,実質的に同一のものであると理解するものである。

イ 本件審決は,本件発明の「(a0, a1,‥‥, aN−1)という長さN

の信号に対する整合フィルタ」は,インパルス応答として(aN−1 ,‥‥,a

1,a0)を出力するフィルタであるといえるが,引用発明1における「累積器及

びROM」の動作は,拡散符号の1周期毎に累積値を出力するものであって,イン

パルス応答として,(aN−1 ,aN−2 ,‥‥,a0)を得ることができない

5
から,本件発明の上記整合フィルタには相当するとはいえないなどとする。

しかしながら,引用発明1の累積器及びROMが担う機能は,ある所定の位相に

おいて,受信信号と拡散符号1周期分との相関値を1つ出力し,その相関値を用い

て送信データを復調するというものであるところ,当該機能を発揮する上では,イ

ンパルス応答として(aN−1 ,‥‥a1,a0)が得られるか否かは無関係で

ある。しかも,累積器(相関器)の積分期間の末尾のタイミングtにおける出力は,

整合フィルタの時刻tにおける出力と同じなのであるから,両者は全く等価である

というべきである。「整合フィルタを通して」(受信する)こと自体,本件出願日

当時の周知慣用技術にすぎず,本件発明の本質的部分であるということはできない。

整合フィルタと累積器(相関受信機,相関器)とは,あるタイミングにおいて出力

する相関値が同じで,等価ということができることは,一般的な文献(甲10等)

に広く記載された事項であって,通信分野における当業者における技術常識である。

整合フィルタを用いること自体は本件発明の課題解決にとって技術的意義を有しな

いからこそ,本件明細書には,本件発明の課題解決にとって,当該構成を採用する

ことに関する技術的意義や,その示唆すら存在しないものである。

ウ 引用発明1において,累積器の任意のt2における出力は,累積(積分)途

中の値である。文献(甲10,18,27)においては,相関器と整合フィルタと

を比較する際,相関器の積分区間の末尾のタイミングにおける出力と,整合フィル

タの同時刻における出力とを比較して両者が等価であると結論付けており,積分途

中の相関器の出力と整合フィルタの出力とを比較することは行っていない。すなわ

ち,当業者にとっては,積分計算が終了した後の出力こそが重要であり,積分途中

の値(それが実際に出力されるかどうかは別として)を取り上げることは無意味で

あるから,本件審決の判断は,当業者の常識と反するものである。

整合フィルタは,受信信号と拡散符号との相関値を1チップ毎に出力する一方,

累積器(相関器)は,受信信号と拡散符号との相関値を拡散符号の1周期毎に出力

するものであるが,累積器(相関器)が相関値を出力するタイミングにおいては,

6
累積器(相関器)は整合フィルタと同じ相関値を出力するものであって,累積器

(相関器)及び整合フィルタは,拡散符号の1周期毎に同じ計算式に基づいて同じ

相関値を出力する点で一致するから,出力から見て等価である。

エ したがって,本件発明における整合フィルタと引用発明1における累積器及

びROMとは,出力する相関値において等価であり,また,その果たす機能も共通

するものであって,本件発明と引用発明1とは,実質的に同一であるというべきで

ある。

(2) 小括

以上によれば,本件発明は,新規性を欠くものというべきであるから,引用例1

に具体的に開示された発明であるとすることはできないとした本件審決の判断は誤

りである。

〔被告らの主張〕

(1) 整合フィルタについて

ア 本件発明は,同期がある程度は取れているものの完全ではなく,同期ずれが

生起した場合でも,伝送すべき情報bの判別性が悪化しないよう,本来意図した大

きさのピークが出力され,また,出力のピークにサイドローブが生じないことを企

図し,「有限長の周期系列の入力信号に対しても無限長周期系列の入力と同様な受

信信号を得ることのできる信号方式とした擬周期系列を用いた通信方式を提供する

こと」を目的とする。

引用発明1は,「M系列のような符号に対して前後を延長した符号を用い,受信

側では,延長した部分を除いて相関をとり復調信号を得ることで,各チャネルのデ

ータ信号の変化による相互相関値の増加を抑えることにより,チャネル間レベル差,

チャネル間位相差が存在しても,チャネル間干渉を抑えて複数のチャネルの分離復

調を可能とするスペクトラム拡散通信用送受信機を提供することを目的とする」も

のであるから,本件発明とは課題が相違するものである。

イ 本件発明における整合フィルタは,ある信号の時間逆転であるインパルス応

7
答を出力するものであり,かつ,受信側に同期ずれが生じた場合でも同期している

場合と同等に優れた情報の判別性を実現することができるものである。

整合フィルタとは,フィルタのインパルス応答(「1」を入力したときの出力)

が,入力信号を時間反転して所定の時間だけ移動したものとなるフィルタであるこ

とは技術常識であるところ,本件発明においては,インパルス応答として(aN−

1 ,‥‥,a1,a0)を出力するフィルタであるのに対し,引用発明1におけ

る累積器及びROM並びに原告が主張する整合フィルタは,インパルス応答として

(aN−1 ,‥‥,a1,a0)を出力し得ないから,本件発明における整合フ

ィルタとは異なるものである。

引用発明1における累積器及びROMは,ある信号の時間逆転であるインパルス

応答を出力せず,かつ,受信側に同期ずれが生じた場合には同期している場合と同

等の情報の判別性を実現することができないから,本件発明における整合フィルタ

を引用発明1における累積器及びROMで代替しても,本件発明と同様の作用効果

を得ることはできない。

したがって,本件発明における整合フィルタと引用発明1における累積器及びR

OMとは等価であるということはできない。

(2) 小括

以上によれば,本件発明は新規性を欠くものであるとした本件審決の判断に誤り

はない。

2 取消事由2(引用発明1に基づく本件発明の容易想到性に係る判断の誤り)

について

〔原告の主張〕

(1) 整合フィルタについて

ア 本件審決は,引用発明1では,拡散符号の1周期毎に累積値を出力する動作

が不可欠な構成であるといえること,(a0, a1,‥‥, aN−1)という長

さNの信号に対する整合フィルタは,nビットの期間は累積されないように拡散符

8
号の1周期毎に累積値を出力するような動作とはならないから,仮に(a0, a

1,‥‥, aN−1)という長さNの信号に対する整合フィルタが周知技術であ

ったとしても,引用発明1において整合フィルタを採用することには阻害要因があ

るとする。

しかしながら,引用発明1において,累積器及びROMが拡散符号の1周期毎の

累積においてnビットの期間は累積されないような動作をすることと,累積器及び

ROMが拡散符号の1周期毎に累積値を出力する構成となっていることには,必然

的な関連性はなく,累積器及びROMが順次累積値を出力する構成を採用するもの

であったとしても,引用発明1の課題は解決されるものである。すなわち,引用発

明1における課題解決に不可欠な手段は,送信機側でL+2nの擬周期系列の拡散

符号を用いる点と,受信機側でnビット部分の相関を取らない点にあり,相関を取

る手段として累積器及びROMを用いるか,整合フィルタを用いるかは単なる設計

事項にすぎないというべきである。引用発明1の累積器は,@変調信号及び拡散符

号の排他的論理和を累積する機能と,A累積を終えて所望の累積値が得られた時点

でその累積値を保持(ラッチ)して出力する機能の2つの機能を担うものであると

ころ,整合フィルタの機能として要求されるのは,上記@に対応する機能である。

当業者であれば,累積器及び整合フィルタの機能を理解した上で,引用発明1の累

積器の回路設計を容易に行い得るのであるから,引用発明1に整合フィルタを組み

合わせるに当たり,累積器の上記@部分に対応する回路のみを整合フィルタと置き

換えて,上記Aに対応する回路を整合フィルタの後段に設けることは,容易になし

得る設計事項にすぎない。

イ (a0, a1,‥‥, aN−1)という長さNの信号に対する整合フィル

タは,Lビットの期間は累積されないように拡散符号の1周期毎に累積値を出力す

る動作を行っているものであるから,引用発明1において,同期補足の高速化を図

るために,累積器及びROMに代えて,引用例3及び4において開示されている周

知技術にすぎない整合フィルタを組み合わせることは,当業者が容易に想到し得る

9
ものであって,阻害要因は存在しない。

ウ 引用例1には,相関検出手段の例として累積器による構成が開示されている

ものの,引用発明1の相関検出手段については,当該構成に限定されるわけではな

い。引用例1は,引用発明1の従来技術として,広義の相関器を指摘しているもの

であるから,引用例1は,整合フィルタをも含む広義の相関器の存在を前提とする

ものである。したがって,引用例1は,当業者が,スペクトラム拡散通信の受信機

において,累積器と整合フィルタのいずれを用いるかは単なる設計事項にすぎない

と理解することを前提としているものということができるから,引用発明1の課題

解決手段を実現するための受信機において,広義の相関器に属する各種の相関検出

手段(累積器又は整合フィルタ)を採用し得ることを示唆するものであり,その動

機付けは十分認められるものである。

エ 本件発明の効果は,引用発明1に周知の整合フィルタを組み合わせたことに

より生ずる効果から予測できる範囲のものにすぎず,格別の効果を奏するものでは

ない。

(2) 小括

以上によれば, 本件発明は,引用発明1に,引用発明2ないし引用発明4等を

組み合わせることにより,当業者が容易に想到し得るものというべきである。

〔被告らの主張〕

(1) 整合フィルタについて

ア 引用例1には,累積器に代えて本件発明における整合フィルタを適用するこ

とについて,何ら記載も示唆も存在しないから,当業者が引用発明1に接しても,

累積器に代えて本件発明における整合フィルタを適用しようとする動機付けを認め

ることはできない。

また,取消事由1において前記のとおり,引用発明1における累積器及びROM

は,整合フィルタと等価ではないから,原告の主張はその前提自体が誤りである。

イ 引用発明1の累積器の動作は,原告が主張するとおり,@変調信号及び拡散

10
符号の排他的論理和を累積する動作及びA累積を終えて所望の累積値が得られた時

点でその累積値を保持(ラッチ)して出力する動作の2つに分けること自体は可能

であるが,累積器が1つの手段で複数の動作を行う機能を有しているにもかかわら

ず,それらの機能をあえて分割することは,本件発明の構成を知った上で,引用発

明1の構成を,後知恵的に自己に都合の良いように恣意的に解釈することにほかな

らない。

ウ 本件発明における整合フィルタとは,そのインパルス応答が,入力信号(引

用発明1における拡散符号に相当)を時間反転したものとなるフィルタであって,

その整合フィルタに対して拡散符号が付加されることはないし,整合フィルタ自身

が拡散符号を記憶していることもない。原告は,(a0,a1,‥‥,aN−1)

という長さNの信号に対する整合フィルタは,Lビットの期間は累積されないよう

に拡散符号の1周期毎に累積値を出力する動作を行っているものであるなどと主張

するが,この主張は,単に引用発明1の動作の説明を行ったものにすぎず,明らか

に誤りである。

(2) 小括

以上によれば, 本件発明は,引用発明1に,引用発明2ないし引用発明4等を

組み合わせることにより,当業者が容易に想到し得るものということはできない。

3 取消事由3(引用発明2に基づく本件発明の容易想到性に係る判断の誤り)

について

〔原告の主張〕

(1) 引用例3について

ア 引用例3には,擬周期系列の信号を送信信号とするという相違点2に係る構

成及び受信信号と擬周期化する前の符号系列との相関を取るという相違点3に係る

構成の中核となる部分が開示されているものということができる。

イ 引用例3には,単にプリアンブル信号として擬周期化したM系列信号を用い

ることのみならず,擬周期化したM系列信号を元のM系列信号に対する整合フィル

11
タに通すと綺麗な出力を得ることができるというM系列信号の一般特性をも開示し

ているものといえる。したがって,当業者であれば,スペクトラム拡散通信方式の

通信システムを設計する際,引用例3に記載された符号パターンの採用を検討する

ことも当然になし得たものということができる。

ウ 本件出願日当時,有限長の周期系列を入力した場合の相関値が,無限長の周

期系列を入力した場合の理想的な出力とは異なる出力となる(自己相関にサイドロ

ーブが現れる)という本件発明の解決課題は周知であった。引用例3には,送信信

号に擬周期系列の信号を用いて,受信側において擬周期化する前のM系列符号との

相関を取ることにより,相関値がピークを示すタイミングの周辺のタイミングにお

いて小さい相関値を得ることができ,サイドローブを抑えることができるという,

本件発明の課題解決手段が開示されている。引用発明3のプリアンブルは,引用発

明2のPN符号のような拡散符号として用いられるものではないとはいえ,通信分

野の当業者にとっては,ある通信システムにおいて用いられている符号パターンを,

目的や効果に応じて他の通信システムにおいて採用することは,常識的に行われて

いる事項であり,引用発明3のプリアンブルの擬周期系列を,引用発明2の拡散符

号の符号系列に採用することには十分な動機付けが認められるのみならず,何らの

阻害事由も存在しない。

また,M系列はPN系列の1種であるから,引用例3に記載されたM系列符号の

特性を利用するために,引用発明2のPN符号に引用例3に開示されたプリアンブ

ルの符号系列を採用することは,当業者は当然になし得たものということができる。

スペクトラム拡散通信方式においては,情報を拡散するための拡散符号を同期に

も利用するのが基本であり,実際に,引用発明2の拡散符号として用いられるPN

符号は,同期保持に用いられているものである。

したがって,引用発明2のPN符号が拡散符号であり,引用例3の擬周期系列の

符号がプリアンブルであるという点のみをもって,引用例3のプリアンブルの符号

系列を引用発明2に適用できないとする本件審決の判断は,誤りである。

12
(2) 引用例4について

当業者は,受信信号において,有限長の周期系列符号が用いられていることと,

積分区間が使用される符号系列の長さよりも短い場合とは,表裏一体の関係にあり,

実質的に同一の事項であることは,理解しているものである。したがって,当業者

は,積分区間が使用される符号系列の長さよりも短い場合に関する引用例4の記載

から,受信信号において有限長の周期系列符号が用いられている場合を想起するこ

とは容易である。

(3) 小括

以上によれば,本件発明は,引用発明2に引用発明3及び引用発明4等を組み合

わせることにより,当業者が容易に想到し得るものというべきである。

〔被告らの主張〕

(1) 引用例3について

ア 本件審決は,引用例3に開示されているプリアンブル信号が情報を拡散する

ものではないことから,引用発明3は,情報を伝送・通信する方式に関するもので

はなく,引用発明2の拡散符号に,同期を捕捉するための引用発明3のプリアンブ

ル信号を適用することなど想起されないと認定したものである。

引用発明2が発明された当時,送信側と受信側とで同じ長さの符号を用いること

技術常識であったものということができるから,送信側と受信側とで異なる長さ

の符号を用いることは,当時行われていなかったものというべきである。

原告の主張は,本件発明の構成の一部と作用効果とを言い換えて説明しただけで

あって,引用発明2に引用発明3の構成を採用することに阻害要因がないことを裏

付けるものではない。

イ 原告が累積器と等価であると主張する整合フィルタは,本件発明における整

合フィルタとは異なり,引用発明1における累積器及びROMとは等価なものでも

ないから,引用発明2が狭義の相関器である累積器を用いているならば,引用発明

2に引用発明3の符号系列を適用しても,本件発明に想到することはできない。

13
(2) 引用例4について

原告の主張は,引用例4に僅かに記載されている事項について,本件明細書に記

載された事項を知った上で,論理を多段に無理に重ねてそれを導出しようとするこ

とを意図するものにすぎず,失当である。

(3) 小括

以上によれば,本件発明は,引用発明2に引用発明3及び引用発明4等を組み合

わせることにより,当業者が容易に想到し得るものということはできない。

第4 当裁判所の判断

1 本件発明について

(1) 本件発明の特許請求の範囲は,前記第2の2に記載のとおりであるところ,

本件明細書(甲19)には,おおむね次の記載がある。

ア 産業上の利用分野

本件発明は,移動体通信方式等に適合する通信方式,特に周期系列として設計さ

れている信号を近似同期状態で使用できるようにした擬周期系列を用いた通信方式

に関する発明である(【0001】)。

イ 従来の技術

セルラー無線通信システム等の移動体通信のように,端局に対する距離が変化す

る移動局の間で通信を行うシステムでは,周期系列の信号を用いている(【000

2】)。

ウ 発明が解決しようとする課題

この種のスペクトラム拡散通信方式では,自己相関にサイドローブのない周期系

列を用いることが一般的である。例えば,周期系列…‥1,1,1,−1,1,1,

1,−1,1,1,1,−1,‥‥(1,1,1,−1は1周期)を,整合フィル

タに入力すると,…‥0,4,0,0,0,4,0,0,0,4,0,…‥という

綺麗な出力が得られる。ところが,この周期系列の1周期(1,1,1,−1)を

整合フィルタに入力すると,(−1,0,1,4,1,0,−1)という出力にな

14
る。すなわち,無限長周期系列の入力に対しては所望の受信出力が得られるが,有

限長の入力に対しては所望の出力とは異なる出力が得られることになる(【000

4】【0005】)。

本件発明は,有限長の周期系列の入力信号に対しても無限長周期系列の入力と同

様な受信信号を得ることのできる信号方式とした擬周期系列を用いた通信方式を目

的とするものである(【0006】)。

エ 課題を解決するための手段

本件発明は,上記課題を解決するために,伝送すべき情報をbとしたとき,b

(aN−L ,…,aN−1 ,a0 ,…,aN−1 ,a0 ,…,aL−1)と

いう長さN+2Lの信号を送信信号とし,(a0 ,a1 ,‥‥,aN−1)とい

う長さNの信号に対する整合フィルタを通して前記情報bを受信することを特徴と

するものである(【0007】)。

すなわち,上記周期系列の1周期(1,1,1,−1)の前後に例えば長さ2の

繰り返し部分を付加した(1,−1,1,1,1,−1,1,1)を作成する。付

加する長さ2の繰り返し部分は,1周期の(‥1,−1)の部分で,これを当該1

周期の前に付加し,1周期の(1,1…)の部分を当該1周期の後に付加する。な

お,この付加部分は最低1の長さである(【0008】)。

これを整合フィルタに入力すると,(−1,2,−1,0,0,4,0,0,1,

2,1)という出力が得られ,中央の長さ5の部分(…0,0,4,0,0…)は,

周期系列を入力したときと同じものとなる。この性質は,同期がある程度は取れる

が,完全ではない符号分割多重通信システム(近似同期セルラーCDMA等)に適

合する(【0009】)。

オ 作用

例えば,L=2とすると,2以内のずれに対しては自己相関のサイドローブも相

互相関も,ともに0の弱同期符号分割多重通信が実現できる(【0026】)。

カ 発明の効果

15
本件発明によれば,有限長の周期系列の入力信号に対しても無限長周期系列の入

力と同様に綺麗に設計された受信信号を得ることができ,周期系列として設計され

ている信号を近似同期状態で使用できる信号方式とした擬周期系列を用いて優れた

機能を有する通信方式を提供することができる(【0034】)。

(2) 以上によれば,本件発明は,周期系列として設計されている信号を近似同

期状態で使用できるようにした擬周期系列を用いた通信方式において,無限長周期

系列の入力に対しては所望の受信出力が得られるが,有限長の入力に対しては所望

の出力とは異なる出力が得られるという課題を解決するために,特許請求の範囲

載の構成を採用することにより,例えば,L=2とすると,2以内のずれに対して

は自己相関のサイドローブも相互相関も,ともに0の弱同期符号分割多重通信が実

現できるものである。

そして,本件明細書には,本件発明では,有限長の信号を用いることを前提とし

て,各タイミングにおいて相関値を出力する整合フィルタの出力のサイドローブ

(自己相関が出力される前後の出力値)が「0」であることから,近似同期状態に

あり,同期ずれが生じた場合であっても,各タイミングにおいて相関値を出力する

整合フィルタの出力から,同期ずれに応じたタイミングにおいて,正しい符号値を

得ることが可能とすることが開示されているものということができる。

2 取消事由1(引用発明1に基づく本件発明の新規性に係る判断の誤り)につ

いて

(1) 引用発明1について

ア 引用例1(甲1)には,おおむね次の記載がある。

(ア) 産業上の利用分野

引用発明1は,スペクトラム拡散通信用送受信機に関する発明である(【000

1】)。

(イ) 発明が解決しようとする課題

従来のスペクトラム拡散通信用送受信機を用いた多重接続方式は,各通信路(チ

16
ャネル)の送受間には距離差が存在する。距離差に起因して,受信側における各チ

ャネルの変調信号間には,レベル差と位相差が生じるため,受信側における符号間

の相互相関値が増加する。この相互相関値の増加がチャネル間干渉の原因となるが,

その対策として,PN系列等の符号長を大きくする方法では,各変調信号間のレベ

ル差や位相差を許容するため,要求される符号長が膨大となるという問題点が存在

し,また,符号長をより短くするために,例えば符号間の相互相関値が零となる直

交系列のような相互相関値の小さな系列を拡散符号に利用した同期多重接続では,

拡散符号間の同期が取れなかったり,同期に小さな誤差が生じた場合にチャネル間

干渉が増加するといった問題点が存在した(【0004】【0005】)。

引用発明1は,このような問題点を解決するために,例えばM系列のような符号

に対して前後を延長した符号を用い,受信側では,延長した部分を除いて相関を取

り,復調信号を得ることで,各チャネルのデータ信号の変化による相互相関値の増

加を抑えることにより,チャネル間レベル差,チャネル間位相差が存在しても,チ

ャネル間干渉を抑えて複数のチャネルの分離復調を可能とするスペクトラム拡散通

信用送受信機を提供することを目的とするものである(【0006】)。

(ウ) 課題を解決するための手段

引用発明1は,符号長で構成される1周期の継続時間が,データ信号1ビット分

の継続時間に相当するような拡散符号に,例えばM系列のような符号(符号長L1

ビット。ただし,符号長1を含む),あるいはM系列の末尾に0を付加してできる

直交系列のように,複数k個の符号(符号長L1,L2……Lk)をつなげて構成

される符号に対し,Li(1≦i≦k)ビットの各符号の先頭の1ビットに等しい

1ビットをその符号の最後に付加し,同様にLi(1≦i≦k)ビットの末尾のビ

ットに等しい1ビットを符号の先頭に付加するというように,ビットを付加すると

いう操作を,次はLi(1≦i≦k)ビットの符号の先頭から2ビット目及び末尾

から2ビット目のそれにそれぞれ等しい1ビットを,それぞれ符号の最後と先頭に

付加するというような操作をn回繰り返すことにより,Li(1≦i≦k)ビット

17
の符号の前後にnビットずつ付加することで新たに形成される符号長ΣLi+2k

nビットの符号を拡散符号に用い(ただし,ΣLiは,i=1からi=kまでにつ

いて足し合せることを意味する。),変調信号を発生させる変調手段を送信側に設

けるものである。また,受信側において,送信されてきた信号に対し,送信側で用

いたものと同一の拡散符号を用いて,拡散符号の1周期毎に相互相関値を得る際に,

拡散符号において各符号の前記に付加されているnビット部分を除き,元のLi

(1≦i≦k)ビットの各符号の部分についてのみ,相互相関値を求め,これを復

調信号とする復調手段を備えるものである(【0007】【0008】)。

(エ) 作用

引用発明1において,スペクトラム拡散を用いた符号分割多重通信の各送信機に

おける変調の際,伝送路における各チャネル間の距離差に起因する最大のチャネル

間位相差に相当するビット数nを,符号の前後に付加することで構成される符号,

あるいはこのような符号を複数個つなげて構成される符号を拡散符号に用い,復調

時には,拡散符号と受信信号との相互相関値を求める際,符号の前後に付加されて

いるビットの部分を除いて相関を取ることにより,チャネル間位相差によるデータ

信号の変化が原因となる相互相関値の増加分を排除でき,チャネル間位相差が存在

しない場合に,ビットを前後に付加する前の符号を拡散符号に用いて得られる復調

信号と同等の,チャネル間干渉のない復調信号を得ることができる(【000

9】)。

(オ) 実施

引用発明1において,伝送されてきた変調信号は,入力端子に入力された後,ア

ナログ信号としてA/D変換回路において速度fc〔Hz〕でサンプリングされ,

yビットパラレルのディジタル信号として累積器の入力ポートに入力される。入力

されたデータは,速度fc〔Hz〕で累積され,拡散符号の1周期(速度fc〔b

ps〕でL+2nビット)毎に累積値が累積器の出力ポートからzビットのパラレ

ル信号として出力される(【0017】)。

18
累積器における累積の際の正負の極性は,送信機で用いたものと同一の拡散符号

として,ROMに記憶されており,(L+2n)ビットを1周期とする符号の1ビ

ットが1ならば,累積の極性は正,0ならば負として累積される。ROMには,累

積器に対し,累積値を拡散符号の1周期毎にクリアする信号も記憶されているが,

M系列の前後にnビットずつ付加されているものを拡散符号に用いた場合,クリア

信号は前後に付加されたビットを極性とした累積の期間中累積器に入力されている

(【0018】)。

これにより,拡散符号の1周期毎の累積において,変調時にM系列との排他的論

理和を取った信号のみが累積され,前後に付加された計2nビットの期間は累積さ

れない。クリア信号のレベルがLowのとき,累積値がクリアされるとすると,ク

リア信号の立ち下がりを累積器の出力クロックに用いることで,累積器の出力ポー

トからは,拡散符号前後nビットを除いたM系列の部分を極性とした変調信号の累

積値がfc/(L+2n)〔bps〕で出力されることになる。累積器の出力ポー

トからのzビットパラレルのディジタル信号は,D/A変換回路に入力され,アナ

ログ信号に変換された後,復調信号として出力端子から出力される(【001

9】)。

また,この復調信号を同期判定回路に入力し,拡散符号の1周期毎に1ビットの

復調信号が復調される場合にROMの読み出しアドレスがクリアされるようカウン

タへのクリアパルスが送出され,伝送されてきた変調信号に施されている拡散符号

との排他的論理和の周期と累積器における変調信号と符号との相関の周期に同期が

取れることになる(【0020】)。

(カ) 発明の効果

引用発明1によれば,スペクトラム拡散による符号分割多重通信の各送信機にお

ける変調の際,拡散符号として,符号又は複数の符号に対し,チャネル間位相差に

相当するビットnビットを各符号の前後に付加することで構成される符号,あるい

はこれらをつなげて構成される符号を用い,各受信機における復調の際,元の各符

19
号の前後に付加されているnビット部分を除き,元の符号と変調信号との相互相関

値を復調信号とすることにより,チャネル間位相差による他チャネルのデータ信号

の変化が原因となる相関値の増加分を排除できる(【0028】)。

さらに,元の符号にM系列のような巡回符号や複数の巡回符号を用いることによ

り,相互相関を求める期間において,チャネル間の符号の位相関係をチャネル間位

相差=0で巡回符号や巡回符号をつなげて構成される符号を拡散符号に用いた場合

の位相関係と等しくできるため,チャネル間位相差の大きさによらず,巡回符号や

複数の巡回符号をつなげて構成される符号を,拡散符号に用いた場合と同じ値の振

幅を持つ復調信号を得ることができるという効果を奏する(【0029】)。

イ 以上によれば,引用発明1は,各通信路(チャネル)の送受間に存在する距

離差に起因して,受信側における各チャネルの変調信号間にレベル差及び位相差が

生じるため,受信側における符号間の相互相関値が増加するところ,M系列のよう

な符号に対して伝送路における各チャネル間の距離差に起因する最大のチャネル間

位相差に相当するビット数nを,符号の前後に付加することで構成される符号を用

い,受信側では,延長した部分を除いて相関を取り,復調信号を得ることで,各チ

ャネルのデータ信号の変化による相互相関値の増加を抑えることにより,チャネル

間レベル差やチャネル間位相差が存在しても,チャネル間干渉を抑えて複数のチャ

ネルの分離復調を可能とするものである。

引用発明1は,各チャネルの信号に生じる位相差を課題として認識し,それを解

決するものであるが,拡散符号の1周期毎にクリアパルスが送出され,伝送されて

きた変調信号の周期と累積器における変調信号と符号との相関の周期に同期が取れ

ることから,自チャネルの信号は,同期が取れることを前提とするものであって,

自チャネルの信号に同期ずれが生じる近似同期状態(弱同期状態)の課題及びその

解決については,認識しているものではない。

そして,引用発明1は,相関器である「累算器及びROM」は,拡散符号の1周

期毎に出力する累積値を出力するが,それ以外のタイミングの出力を用いることは

20
想定していない。また累算器及びROMは,それ以外のタイミングでは,所定の期

間についての累積値を得ることはできないから,近似同期状態などにおいて同期ず

れが生じた場合に,同期ずれに応じたタイミングで正しい累積値を出力できるもの

ではない。

(2) 相違点1について

ア 引用発明1並びに本件発明と引用発明1との一致点及び相違点1に係る本件

審決の認定は,当事者間に争いがない。

イ 本件発明は,近似同期状態にあり,同期ずれが生じた場合であっても,各タ

イミングにおいて相関値を出力する整合フィルタの出力から,同期ずれに応じたタ

イミングにおいて,正しい符号値を得ることを可能とするものである。

これに対して,引用発明1は,前記のとおり,各通信路(チャネル)の送受間の

距離差に起因してチャネル間干渉が生じるという課題を解決することを目的とする

ものであって,自チャネルの信号のタイミングにずれがある状態(近似同期状態)

に対応するという課題の認識はなく,そのような状態において,同期ずれに応じた

タイミングにおいて出力される相関値を用いて,正しい符号値を得るという課題の

解決手段を適用するという技術思想を有するものではない。

ウ 引用発明1の「累算器及びROM」と,本件発明の「整合フィルタ」とは,

同期ずれが存在しない場合の所定のタイミング(積分期間の末尾のタイミングt)

の出力(相関値)は同じものとなるが,累算器及びROMは,整合フィルタの出力

とは異なり,それ以外の各タイミングにおいて,相関値を出力することはできない。

すなわち,引用発明1の累積器及びROMは,近似同期状態などにおいて同期ずれ

が生じた場合には,同期ずれに応じたタイミングで正しい符号値を得ることができ

ないから,近似同期状態における通信を実現することができないものである。

したがって,本件発明の「整合フィルタ」と引用発明1の「累積器及びROM」

とが出力及び機能からみて等価ということはできない。

(3) 原告の主張について

21
ア 原告は,本件発明及び引用発明1は,共通の課題を解決するために,擬周期

系列信号を拡散符号とし,受信側において擬周期化する前の符号との間で相関を取

るという課題解決手段を採用する点において共通するものである,本件発明の「整

合フィルタ」と引用発明1の「累積器及びROM」については,当業者は実質的に

同一のものであると理解するものであるし,出力する相関値において等価であり,

また,その果たす機能も共通するものであるなどと主張する。

しかしながら,引用発明1は,前記のとおり,近似同期状態に対応するという技

術思想を有するものではなく,累積器及びROMも,近似同期状態における通信を

実現するものでもないことから,原告の主張はいずれもその前提自体が誤りであっ

て,採用することができない。

イ 原告は,被告らの主張は,整合フィルタとは別個独立の構成である「時間軸

調整手段」をも取り込んで本件発明の整合フィルタの機能を解釈するもので,特許

請求の範囲の記載や本件明細書の発明の詳細な説明の記載に基づかない主張であっ

て,失当であるとも主張する。

しかしながら,整合フィルタにより,同期ずれが生じた場合には,同期ずれに応

じたタイミングで正しい符号値を得ることができることは,上記のとおりであって,

原告の主張は,理由がない。

(4) 小括

以上によれば,本件発明は,新規性を欠くものであるということはできない。よ

って,取消事由1は,理由がない。

3 取消事由2(引用発明1に基づく本件発明の容易想到性に係る判断の誤り)

について

(1) 容易想到性について

ア 前記のとおり,本件発明と引用発明1とは,「(a0 ,a1 ,‥‥,aN

−1)という長さNの信号に対する相関を利用して」に関し,本件発明は「(a

0 ,a1 ,‥‥,aN−1)という長さNの信号に対する整合フィルタを通し

22
て」であるのに対し,引用発明1は「(a0 ,a1 ,‥‥,aN−1)という長

さNの信号に対する累積値を拡散符号の1周期毎に出力して」である点(相違点

1)において相違する。

イ 引用発明1は,前記のとおり,自チャネルの信号のタイミングにずれがある

状態(近似同期状態)に対応するという課題の認識はなく,そのような状態におい

て,ずれたタイミングであっても出力される相関値を用いて,正しい符号値を得る

という課題の解決手段を適用するという技術思想も存在しない。そうすると,「累

積器及びROM」に代えて,近似同期状態においてタイミングがずれた生じた場合

であっても,同期ずれに応じたタイミングで出力される相関値を用いて正しい符号

値を得るという課題を解決する手段である「整合フィルタ」を採用する動機付けは

存在しない。

ウ また,仮に,引用発明1の「累積器及びROM」に代えて,「整合フィル

タ」を採用した場合,「整合フィルタ」の所定のタイミングにおける出力(累算器

が1周期毎の累積値を出力するタイミングにおける出力)を相関値として用いるこ

とは想定されるものの,所定のタイミング以外のタイミングで整合フィルタの出力

する相関値を用いることは引用発明1が想定しないものである以上,近似同期状態

においても正しい符号値を得られることにはならないから,本件発明の課題を解決

することはできない。

エ したがって,引用発明1に引用例3及び4等において開示された周知の整合

フィルタを組み合わせても,当業者が本件発明を容易に想到し得たものということ

はできない。

(2) 原告の主張について

原告は,引用発明1における課題解決に不可欠な手段は,送信機側でL+2nの

擬周期系列の拡散符号を用いる点と,受信機側でnビット部分の相関を取らない点

にあり,相関を取る手段として累積器及びROMを用いるか,整合フィルタを用い

るかは単なる設計事項にすぎない,引用例1には,引用発明1の課題解決手段を実

23
現するための受信機において,広義の相関器に属する各種の相関検出手段(累積器

又は整合フィルタ)を採用し得ることに関する示唆や動機付けは十分認められるも

のである,本件発明の効果は,引用発明1に周知の整合フィルタを組み合わせたこ

とにより生ずる効果から予測できる範囲のものにすぎないなどと主張する。

確かに,引用発明1において,「長さNの信号に対する整合フィルタ」を採用し

ても,拡散符号の1周期毎には累算器の出力する累算値と等価の相関値を出力する

ものであるから,整合フィルタを採用すること自体には阻害要因があるとまで,い

うことができない。そうすると,本件審決が,引用発明1の目的を達成するには,

拡散符号の1周期毎に累積値を出力する動作が不可欠な構成であるとした点につい

ては,措辞適切を欠くものというほかない。

しかしながら,引用発明1は,前記のとおり,各通信路(チャネル)の送受間の

距離差に起因してチャネル間干渉が生じるという課題を解決することを目的とする

ものであって,自チャネルの信号のタイミングにずれがある状態(近似同期状態)

に対応するという課題の認識はなく,そのような状態において,同期ずれに応じた

タイミングで出力される相関値を用いて,正しい符号値を得るという課題の解決手

段を適用するという技術思想を有するものではないから,近似同期状態にあり,同

期ずれが生じた場合であっても,各タイミングにおいて相関値を出力する整合フィ

ルタを用いることにより,同期ずれに応じたタイミングにおいて,正しい符号値を

得ることに係る示唆が引用例1に存在するものではないことは明らかである。

また,引用発明1に,拡散符号の1周期毎には累積器の出力する累積器と等価の

相関値を出力するという意味においては等価な整合フィルタを適用しても,引用発

明1の効果(チャネル間レベル差,チャネル間位相差が存在しても,チャネル間干

渉を抑えて複数のチャネルの分離復調を可能とする。)と等価な効果を奏すること

が可能となるものにすぎず,本件発明と同様の効果を奏するものではないから,前

記のとおり,引用例1には,整合フィルタを用いることに係る動機付けを認めるこ

ともできない。

24
したがって,本件審決には,これを取り消すべきほどの違法があるとまで,いう

ことはできない。原告の主張は採用できない。

(3) 小括

以上によれば,本件発明は,引用発明1に,引用発明2ないし引用発明4等を組

み合わせることにより,当業者が容易に想到し得るものということはできない。よ

って,取消事由2は,理由がない。

4 取消事由3(引用発明2に基づく本件発明の容易想到性に係る判断の誤り)

について

(1) 引用発明2について

ア 引用例2(甲2)には,おおむね次の記載がある。

(ア) 技術分野

引用発明2は,スペクトル拡散変復調方式に関する発明である(【0001】)。

(イ) 従来技術

従来,送信機において同期用と復調用に別の相関の少ない擬似雑音符号(PN)

符号を用意し,両符号を電力合成して送信信号とする方式が存在したが,受信側で

も別のPN符号とそれに対応する相関器を必要とするため,回路的には複雑になる

という欠点があった(【0002】)。

(ウ) 目的

引用発明2は,同一のPN符号系列を元にその一部を情報伝送に用い,残りを同

期保持に用いることで,簡易な構成のスペクトル拡散同期方式においてもBPSK

変調を使用することができるようにすること,また,搬送周波帯域の拡散信号に対

しても適用できるようにすること,さらに,同期点のずれを除去するためのスペク

トル拡散変復調方式を提供することを目的とする(【0006】)。

(エ) 構成

引用発明2は,上記目的を達成するために,@送信側では,クロック発生器によ

り擬似雑音(PN)符号発生器を駆動し,擬似雑音符号発生器の出力信号を2分し

25
て,一方に情報信号を掛けて系列1とし,他方にクロック信号を乗算器により掛け

て系列2とし,系列1と系列2とを利得調整回路により重み付けをして加算器によ

り加算したものを送信信号とし,受信側では,送信側と同一の擬似雑音発生器から

の出力信号と送信機からの信号の相関を相関器により演算し,相関出力を直流信号

のみ通過させる低域通過フィルタ(LPF)を通して電圧制御発振器の制御電圧と

し,擬似雑音符号発生器の駆動クロックを制御する一方,相関出力を判定器に通す

か,低域通過フィルタ(LPF)の前後の信号を比較することにより,情報信号を

再生する,A上記@において,送信側では,クロック信号を分周器によりn分周し

た信号で擬似雑音符号発生器を駆動し,元のクロック信号と擬似雑音符号出力,情

報信号の3つを掛合わせた系列を系列1とする一方,元のクロック信号を位相器で

π/2移相したものと擬似雑音符号出力を掛合わせた系列を系列2とし,系列1と

系列2に重み付けをして加算器により加算したものを送信信号とし,受信側では,

電圧制御発振器出力をn分周して送信側と同一の擬似雑音符号発生器を駆動し,擬

似雑音符号発生器の出力と該擬似雑音符号発生器の出力を掛合わせた系列と送信機

からの信号の相関を相関器により演算し,相関出力を直流信号のみ通過させる低域

通過フィルタ(LPF)を通して電圧制御発振器の制御電圧とし,擬似雑音符号発

生器の駆動クロックを制御する一方,相関出力を判定器に通すか,低域通過フィル

タ(LPF)の前後の信号を比較することにより,情報信号を再生する,B上記@

又はAにおいて,情報信号の1と0の平均データ数が等しくなるように情報信号を

符号化する,C上記@,A又はBにおいて,伝送情報がない場合に情報信号伝送用

の擬似雑音符号系列(系列1)の出力を停止する制御スイッチを設けることを特徴

とするものである(【0007】)。

引用発明2では,送信側と同一のPN符号発生器を設け,その出力と受信信号と

の相互相関を相関器により求める。相関器の出力を情報信号の帯域以上の周波数成

分を遮断する低域通過フィルタに通し,その出力を制御信号として電圧制御発振器

の出力クロック周波数を制御し,PN符号の同期を図る。情報信号は低域通過フィ

26
ルタの前の相関器の出力に現れるので,これをヒステリシスのあるコンパレータ等

の判定器に通すことによって情報信号を復調することができる。なお,低域通過フ

ィルタの前後の信号を比較することにより情報信号を復調することも可能である

(【0011】)。

(オ) 効果

引用発明2によると,同期制御用の拡散符号とそれより出力の小さい情報伝送用

の拡散符号を足し合わせて送信信号としているため,情報伝送用符号に対して,直

接拡散方式によく用いられるBPSK変調をかけることが可能となる。また,2つ

の拡散符号生成に同一のPN符号発生器を用いるため,回路構成が容易である。さ

らに,復調器においては,受信信号と受信側PN符号発生器出力の相関出力により

同期と情報復調の両方の役割を持たせているため,相関器の数が1つで足り,回路

構成が簡単になる(【0016】)。

イ 以上によれば,引用発明2において,クロック信号は,「系列2」として,

情報信号を掛けた「系列1」と加算されて送信信号が形成され,受信側では,送信

機からの信号を用いて駆動クロックを制御するものであるから,送信側のクロック

信号と受信側の疑似雑音符号発生器の駆動クロックを同期させ,PN符号の同期を

図ることを前提とするものである。

また,復調器は,受信信号と受信側PN符号発生器出力の相関出力により同期と

情報復調の両方の役割を有するものである。

そして,相関器の出力を情報信号の帯域以上の周波数成分を遮断する低域通過フ

ィルタに通すと,情報信号は低域通過フィルタの前の相関器の出力に現れる。

さらに,PN符号は,周期系列の1周期分を送受信信号として用いるものではな

く,擬似雑音符号発生器の出力信号として連続的に出力されるものである。

(2) 相違点2及び3について

ア 引用発明2並びに本件発明と引用発明2との一致点及び相違点について,本

件審決の認定は,当事者間に争いがない。

27
イ 引用発明2においては,前記のとおり,クロック信号は「系列2」として,

情報信号を掛けた「系列1」と加算されて送信信号が形成され,受信側では,送信

機からの信号を用いて駆動クロックを制御するものであるから,送信側のクロック

信号と受信側の疑似雑音符号発生器の駆動クロックを同期させ,PN符号の同期を

図ることを前提としているものであって,引用発明2には,近似同期状態における

信号の受信についての認識がないことは明らかである。

したがって,引用発明2について,引用例3において開示された,近似同期状態

における信号の送受信に関するM系列符号を適用する動機付けは存在しないという

べきである。

ウ 引用発明2において,復調器は,受信信号と受信側PN符号発生器出力の相

関出力により同期と情報復調の両方の役割を有するものであるから,このような相

互相関を得るためには,送信時に用いたPN符号と同じ符号を用いる相関器は,引

用発明2の目的を達成するために必須の構成であるということができる。

したがって,引用発明2において,送信時に用いたPN符号と同じ符号を用いる

相関器は必須の構成であるというべきであるから,長さN(すなわち異なる符号)

の信号に対する整合フィルタを採用することには,阻害要因があるというほかない。

(3) 原告の主張について

原告は,積分区間が使用される符号系列の長さよりも短い場合に関する引用例4

の記載から,当業者は受信信号において有限長の周期系列符号が用いられている場

合を想起することは容易であると主張する。

しかしながら,引用例4(甲4)には,積分区間が符号系列の長さよりも短い場

合,2符号間で同一のビットパターンが存在したり,同一の符号内で同一のビット

パターンが繰り返されたりする場合があるため,正規の符号同期と誤認されるおそ

れがあること(符号系列の一部だけを切り出すと,正規の符号系列と一致する場合

があること)に関する記載があるにすぎない。当業者は,引用例4の当該記載から,

積分期間を符号系列の長さよりも十分長くする,2符号間で同一のビットパターン

28
が存在しない符号系を採用する,同一の符号内で同一のビットパターンが繰り返さ

れない符号を採用するなどの解決手段を想起することが可能であるということがで

きるが,「(a0 ,a1 ,‥‥,aN−1)という長さNの信号」の前後に長さ

Lの信号を付加して,「(aN−L ,…,aN−1 ,a0 ,…,aN−1 ,a

0 ,…,aL−1)という長さN+2Lの信号」を送信信号として,受信側では

「長さNの信号」に対する相関値を得るという,積分期間を符号系列の長さよりも

短くする構成を想起することが明らかであるとまで,いうことはできない。

また,引用発明2は,「伝送すべき情報信号とPN符号とを乗算することで得ら

れた信号を送信信号とし,送信時に用いたPN符号と同じ符号を用いる相関器を通

して,前記情報信号を受信する通信方式」 であって,引用例4に記載された「同

期検出器のように,使用される符号系列の長さよりも短かい積分区間をとる」もの

ではなく,相関器の出力を情報信号の帯域以上の周波数成分を遮断する低域通過フ

ィルタに通すと,情報信号は低域通過フィルタの前の相関器の出力に現れるもので

ある。そして,PN符号は,周期系列の1周期分を送受信信号として用いるもので

はなく,擬似雑音符号発生器の出力信号として連続的に出力されるものである。

したがって,引用例2及び4に接した当業者が,本件発明の課題である,周期系

列の1周期を整合フィルタに入力すると,自己相関にサイドローブが現れる課題を

認識して,引用発明2に,引用例3により開示されたプリアンブル符号を組み合わ

せる動機付けがあるということはできない。原告の主張は採用できない。

(4) 小括

以上によれば,本件発明は,引用発明2に引用発明3及び引用発明4等を組み合

わせることにより,当業者が容易に想到し得るものということはできない。よって,

取消事由3は,理由がない。

5 結論

以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。

知的財産高等裁判所第4部

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裁判長裁判官 部 眞 規 子




裁判官 井 上 泰 人




裁判官 荒 井 章 光




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