運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 23年 (行ケ) 10409号 審決取消請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2012/08/08
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成24年8月8日判決言渡 同日原本受領 裁判所書記官

平成23年(行ケ)第10409号 審決取消請求事件

口頭弁論終結日 平成24年7月18日

判 決

原 告 ノーベル技研工業株式会社

同訴訟代理人弁護士 勝 又 祐 一

高 橋 敬 一 郎

同 弁理士 神 保 欣 正

被 告 Y

同訴訟代理人弁護士 大 津 卓 滋

原 田 活 也

佐 藤 一 誠

同 弁理士 麦 島 隆

主 文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1 請求

特許庁が無効2011−800022号事件について平成23年11月1日にし

た審決を取り消す。

第2 事案の概要

本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,被告の下記2の本件発明に係

る特許に対する原告の特許無効審判の請求について,特許庁が同請求は成り立たな

いとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,

下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。

1 特許庁における手続の経緯

1
(1) 被告は,平成3年10月28日,発明の名称を「法面等の加工機械」とす

る特許出願(特願平3−308537号)をし,平成9年4月18日,設定の登録

(特許第2128294号。請求項の数2)を受けた。以下,この特許を「本件特

許」という。

(2) 原告は,平成23年2月8日,本件特許の請求項2について,特許無効審

判を請求し,無効2011−800022号事件として係属した。これに対して,

被告は,同年4月26日,訂正請求をした(甲2。以下「本件訂正」という。。


(3) 特許庁は,平成23年11月1日,「訂正を認める。本件審判の請求は,成

り立たない。」旨の本件審決をし,その謄本は,同月10日,原告に対して送達さ

れた。

2 特許請求の範囲の記載

(1) 本件訂正前の特許請求の範囲請求項2の記載は,以下のとおりである。

車体と,この車体に取り付けられた油圧等によって該車体を走行させることがで

きる走行装置と,前記車体の上部に該車体の一方に枢支ピンを介して一方が回動可

能に取り付けられたベース板と,このベース板上に油圧等を用いた回転機構を介し

て回転可能に取り付けられた作業台と,前記ベース板の他方と前記車体の他方との

間に取り付けられた該ベース板を回動させる回動機構と,前記作業台の端部に取り

付けられた駆動アームと,この駆動アームの先端部に取り付けられた作業アタッチ

メントと,前記車体あるいはベース板の一方に取り付けられた該車体を支持するワ

イヤーを巻き取る一対のウインチあるいは一対のウインチのワイヤーが取り付けら

れる一対のワイヤー取付け金具とからなることを特徴とする法面等の加工機械

(2) 本件訂正後の特許請求の範囲請求項2の記載は,以下のとおりである(下

線部は訂正箇所を示す。。以下,本件訂正後の発明を「本件発明」といい,その明


細書(甲2)を,図面(甲1の1)を含め,「本件明細書」という。

車体と,この車体に取り付けられた油圧等によって該車体を走行させることがで

きる走行装置である無限軌道と,前記車体の上部に該車体の一方に枢支ピンを介し

2
て一方が回動可能に取り付けられたベース板と,このベース板上に油圧等を用いた

回転機構を介して回転可能に取付けられ,前記車体が傾斜状態にあっても水平状態

で回転する作業台と,前記ベース板の他方と前記車体の他方との間に取り付けられ

た該ベース板を回動させる回動機構と,前記作業台の端部に取り付けられた駆動ア

ームと,この駆動アームの先端部に取り付けられた作業アタッチメントと,前記車

体あるいはベース板の一方の両側部に互いに距離を置いて取り付けられた一対のウ

インチであって,該車体を支持し,かつ上方が拡開する状態で張設された一対のワ

イヤーのそれぞれを巻き取る一対のウインチとからなることを特徴とする,急勾配

の地形部分に使用される法面等の加工機械

3 本件審決の理由の要旨

(1) 本件審決の理由は,要するに,@本件発明に係る特許請求の範囲の記載が

不明確であるということはできない,A本件発明は,下記アの引用例1に記載され

た発明及び下記イないしクの引用例2ないし8に記載の事項から当業者が容易に発

明をすることができたものではないから,特許法29条2項の規定により無効にす

ることはできない,というものである。

ア 引用例1:実願平1-33681号(実開平2−125062号)のマイク

ロフイルム(甲3)

イ 引用例2:実公昭48−17479号公報(甲4)

ウ 引用例3:特開昭61−176703号公報(甲5)

エ 引用例4:特開平2−144415公報(甲6)

オ 引用例5:実公昭46−5886号公報(甲7)

カ 引用例6:実公昭35−7654号公報(甲8)

キ 引用例7:実公昭45−32029号公報(甲9)

ク 引用例8:実願昭59-104120号(実開昭61-19060号)のマイ

クロフイルム(甲10)

(2) なお,本件審決が認定した引用例1に記載された発明(以下「引用発明」

3
という。)並びに本件発明と引用発明との一致点及び相違点は,以下のとおりであ

る。

ア 引用発明:従来技術の傾動機構を備えた油圧ショベルでは,下部走行体に対

して上部旋回体を左右横方向に傾動させることができるが,油圧ショベルが傾斜面

を昇降走行しながら作業を行う場合に,下部走行体の前後方向に向けて,上部旋回

体を前後たて方向に傾動させることはできなかったため,上記油圧ショベルが傾斜

面に沿って昇降走行を行うと,運転者は傾斜状態となって作業困難となるとともに,

エンジンが設置許容傾斜角度を超えて回転不能になったり旋回作動が困難になった

りしたことから,油圧ショベルが例えば大規模な法面に沿って昇降走行を行いなが

ら,法面整成作業を行うことはできなかったので,上部旋回体を下部走行体の前後

方向に傾動できるようにした油圧ショベルを提供することを目的として,無限軌道

を備えた下部走行体,旋回軸受,上部旋回体,前記上部旋回体のフロント部に装着

した作業アタッチメント,前記作業アタッチメントの先端部に取り付けた法面バケ

ット,フレーム体及び傾動シリンダを備えた油圧ショベルにおいて,前記下部走行

体の上部側前後方向位置にそれぞれヒンジ用ボス部材と傾動シリンダ取付用ブラケ

ット部材を設け,前記上部旋回体の下面に装着している前記旋回軸受の下面側と,

前記下部走行体の上面側との間に前記フレーム体を設け,そのフレーム体の基板上

面は旋回軸受の下面に固定して取り付け,また前記基板下面の前後方向位置にそれ

ぞれヒンジ用ブラケット部材と傾動シリンダ取付用ブラケット部材を垂設し,それ

から前記ヒンジ用ブラケット部材を前記ヒンジ用ボス部材に,ピンにて回動自在に

枢支し,さらに前記傾動シリンダ取付用ブラケット部材を前記傾動シリンダを介し

て連結し,そして前記傾動シリンダを作動操作することにより,上部旋回体を下部

走行体の前後方向に向けて,傾動調整できるように構成し,前記下部走行体と前記

上部旋回体のそれぞれ前部側を同一方向に一致させた状態にして前記傾動シリンダ

を伸縮作動させると,前記上部旋回体は上記ピンの軸心を傾動支点として,下部走

行体の前後方向に向けて傾動し,前記油圧ショベルの前記下部走行体が法面に沿っ

4
て昇降移動するとき,前記上部旋回体を水平状態に調整操作して法面整成作業など

を行うことができる油圧ショベル

イ 一致点:車体と,この車体に取り付けられた駆動機構によって該車体を走行

させることができる走行装置である無限軌道と,前記車体の上部に該車体の一方に

枢支ピンを介して一方が回動可能に取り付けられたベース板と,このベース板上に

駆動機構を用いた回転機構を介して回転可能に取り付けられ,前記車体が傾斜状態

にあっても水平状態で回転する作業台と,前記ベース板の他方と前記車体の他方と

の間に取り付けられた該ベース板を回動させる回動機構と,前記作業台の端部に取

り付けられた駆動アームと,この駆動アームの先端部に取り付けられた作業アタッ

チメントとからなる勾配のある地形部分に使用される法面等の加工機械である点

ウ 相違点1:無限軌道及び回転機構の「駆動機構」について,本件発明は「油

圧等」であるのに対し,引用発明はどのような機構か明らかでない点

エ 相違点2:本件発明は「前記車体あるいはベース板の一方の両側部に互いに

距離を置いて取り付けられた一対のウインチであって,該車体を支持し,かつ上方

が拡開する状態で張設された一対のワイヤーのそれぞれを巻き取る一対のウイン

チ」を有するのに対し,引用発明はウインチを有していない点

オ 相違点3:前記「勾配のある地形部分」が,本件発明では「急勾配の」もの

であるのに対し,引用発明では勾配がどの程度であるか不明である点

4 取消事由

(1) 明確性の要件に係る判断の誤り(取消事由1)

(2) 容易想到性に係る判断の誤り(取消事由2)

第3 当事者の主張

1 取消事由1(明確性の要件に係る判断の誤り)について

〔原告の主張〕

(1) 本件審決は,本件発明の「車体を支持し,かつ上方が拡開する状態で張設

された一対のワイヤーのそれぞれを巻き取る一対のウインチ」との構成は,「車体

5
を支持し,かつ上方が拡開する状態で張設された一対のワイヤーのそれぞれを巻き

取る」のに適した構造を有しているという限度で理解でき,ウインチの向き等が具

体的に定められていないからといって,直ちに不明確であるとまではいえないと判

断した。

しかし,上記構成が具体的にどのようなものであるのか,特許請求の範囲はもと

より,本件明細書にも記載がない。

「上方が拡開する状態で張設された一対のワイヤー」という場合には,「上方が

拡開する状態で張設された一対のワイヤーを巻き取る」という達成すべき結果によ

り,どのようなウインチであるかが特定されなければならない。つまり,「一対の

ウインチ」が「上方が拡開する状態で張設された一対のワイヤー」との関係で独自

の作用を生じさせるような構造が記載されるべきであるが,そのような記載はない。

また,本件明細書においても,単に「一対のウインチ」として記載され,具体的

な構造についての言及はなく,唯一図示されている図6でも,矩形の図形として模

式的に示されているのみである。

本件審決がいう「車体を支持し,かつ上方が拡開する状態で張設された一対のワ

イヤーのそれぞれを巻き取るのに適した構造」とは,具体的にどのようなものをい

うのか全く不明であり,いやしくも「適した構造」という以上,それがどのような

構造であるのか当業者が理解可能な程度に開示されていなければならない。

(2) 以上のとおり,本件発明に係る特許請求の範囲の記載は明確なものではな

く,特許法36条6項2号に違反する。

〔被告の主張〕

本件発明の「車体を支持し,かつ上方が拡開する状態で張設された一対のワイヤ

ーのそれぞれを巻き取る一対のウインチ」との構成は,「一対のウインチ」が「車

体を支持し,かつ上方が拡開する状態で張設された一対のワイヤーのそれぞれを巻

き取る」のに適した構造を有しているという限度で理解することができるから,ウ

インチの向き等が具体的に定められていないからといって,直ちに不明確であると

6
いうことはできない。

2 取消事由2(容易想到性に係る判断の誤り)について

〔原告の主張〕

(1) 相違点3の認定判断の誤り

ア 相違点3の認定の誤り

本件審決は,前記第2の3(2)オのとおり,本件発明と引用発明との相違点3と

して,「勾配のある地形部分」が,本件発明では「急勾配」のものであるのに対し,

引用発明では勾配がどの程度か不明である点と認定した。

しかし,本件発明にいう「急勾配」とは,土木機械の投入が不可能な程度,ある

いは自走することができない程度の勾配をいうところ,引用例1には,油圧ショベ

ルが「急勾配の地形部分に使用される」ことの直接的な記載はないものの,「油圧

ショベルが傾斜面を昇降走行しながら作業を行う場合に,下部走行体の前後方向に

向けて,上部旋回体を前後たて方向に傾動させることはできなかったため,油圧シ

ョベルが傾斜面に沿って昇降走行を行うと,運転者は傾斜状態となって作業困難と

なるとともに,エンジンが設置許容傾斜角度を超えて回転不能になったり旋回作動

が困難になったりしたことから,油圧ショベルが例えば大規模な法面に沿って昇降

走行を行いながら,法面整成作業を行うことはできなかった」との記載があるよう

に,引用発明が通常の油圧ショベルでは走行不可能なほどの角度の傾斜面で走行可

能な油圧ショベルを想定していることは明らかであり,これはまさしく本件発明に

いう「急勾配」,すなわち,土木機械の投入が不可能な程度,あるいは自走するこ

とができない程度の勾配に当たる。

したがって,本件審決による相違点3の認定は誤りである。

イ 相違点3に係る判断の誤り

上記アのとおり,引用発明の油圧ショベルは,本件発明にいう「急勾配の地形部

分に使用される」ものであることは明らかであるから,相違点3は実質的な相違点

ではない。

7
(2) 相違点2に係る判断の誤り

ア 引用例1について

本件審決は,引用例1には,土木機械の投入が不可能,あるいは自走することが

できない傾斜面部位でも一対のウインチを用いて車体を上下左右方向に移動させ,

法面形成作業を効率よく安全に行おうという動機の記載や示唆はないと判断した。

しかし,前記(1)のとおり,引用発明の油圧ショベルは,本件発明にいう「急勾

配」と同様,通常の油圧ショベルでは走行不可能な程度の角度の傾斜面でも走行可

能なものを想定している。また,引用例1の前記(1)の記載や「この考案にかかる

油圧ショベルでは,下部走行体の前進後退方向に対して上部旋回体を傾動操作でき

るので,法面に沿って走行しながら行うたとえば法面整成作業,法面昇降作業など

の作業性,安定性を向上させる。」との記載には,土木機械の投入が不可能,ある

いは自走することができない傾斜面部位でも車体を上下左右方向に移動させ,法面

形成作業を効率よく安全に行おうという動機は十分に示唆されており,そのための

一手段として,当業者が引用例2ないし4及び8記載のワイヤーによる牽引機構を

採用することは自然である。

イ 引用例2について

(ア) 本件審決は,引用例2はアスファルトフィニッシャに関するものであり,

また,引用例2から把握できる事項は,加工機械を基本的に直進させて作業させる

ためのものであるが,引用発明は,無限軌道を備えており,傾斜面部位において車

体を上下左右任意な方向に昇降走行させて作業することができるものであるから,

引用例2から把握できる事項を引用発明に適用しようとする動機は見いだせないと

判断した。

しかし,引用例2記載の捲揚用油圧装置は,距離を有する一対の位置それぞれに

おいてウインチの2個のドラムで加工機械を支持するものであるところ,引用例2

の「左右のドラムの回転速度の変化等に伴って左右のワイヤーに対する捲揚力に差

が生じた場合はアスファルトフィニッシャが不自然に進行方向を変え」との記載が,

8
左右のウインチのドラムの回転速度を変えることにより加工機械が左右に移動する

ことを前提としていることは当業者にとって明らかである。したがって,引用例2

には「加工機械を基本的に直進させて作業させる」との示唆しかないとする本件審

決の判断は誤りである。

(イ) また,本件審決は,引用例2記載のアスファルトフィニッシャは,法面が

整形された後の地形の状態が良いところで使用される加工機械である上,駆動アー

ムの動きによって不安定な状態になることもないので,引用発明とは,作業内容,

作業対象である地形の状態,加工機械の安定性が異なり,両者は技術的に同様の加

工機械であるということはできないから,引用発明に引用例2に記載の事項から把

握できる事項を適用することはできないとも判断した。

しかし,引用発明では通常の油圧ショベルが走行不可能なほどの角度の急傾斜面

で走行可能な油圧ショベルを実現しているから,傾斜が急になれば,たとえ走行装

置による走行力を得ても重力による滑り落ちが危惧され不安定になることは当業者

にとって自明である。つまり,ワイヤーによる牽引機構を当業者が採用することの

動機付けは,法面の加工機械の走行性及び滑り落ちの防止という観点からのそれで

あり,作業対象や「駆動アームの動きによって不安定な状態になる」こととは無関

係である。滑り落ちを防止するために,同じく法面の加工機械である引用例2のワ

イヤーによる牽引機構を当業者が採用することの動機付けは十分にある。

ウ 引用例3について

本件審決は,引用例3から把握できる事項は,加工機械を基本的に直進させて作

業させるためのものであるから,無限軌道を備えており,傾斜面部位において車体

を上下左右任意な方向に昇降走行させて作業可能である引用発明に,引用例3から

把握できる事項を適用しようとする動機が見いだせず,引用例3から把握できる事

項を引用発明に適用することはできないと判断した。

しかし,引用例3の法面処理用作業車の巻上装置は,距離を有する一対の位置そ

れぞれにおいて1個ずつのウインチで加工機械を支持し,それぞれのウインチの回

9
転速度を変えることにより加工機械を上下左右方向に移動させるものであり,一対

のワイヤーは,小さな角度ではあるが「上方が拡開する状態」で張設され,曲線を

なす法面の既舗装面と末舗装面との間の境界線に沿ってアスファルトフィニッシャ

を上下左右に移動させることができるものである。また,巻上機本体からはみ出し

てウインチを設置すれば,左右のウインチのドラムの回転速度を変えることにより,

上方が拡開する状態で張設されたワイヤーで加工機械を左右に移動させることがで

きることも,当業者にとっては自明である。

また,上記イ(イ)のとおり,ワイヤーによる牽引機構を当業者が採用することの

動機付けは,法面の加工機械の走行性及び滑り落ちの防止という観点からのそれで

あり,滑り落ちを防止するため,同じく法面の加工機械である引用例3のワイヤー

による牽引機構を当業者が採用することの動機付けは十分にある。

エ 引用例4について

本件審決は,引用例4には,距離を有する一対の位置それぞれにおいて1個ずつ

のウインチで加工機械を支持することの記載や示唆はないと判断した。

しかし,左右のワイヤーの牽引力のバランスにより台車を左右に移動させる作用

と,ワイヤーにより舵取り機構の可動連結具を左右に動かし台車の舵取り操作を行

うという2つの作用は,相乗する作用であり,二者択一的なものではない。本件審

決の上記判断は,両者が二者択一的なものであるとの誤った前提に立つものである。

引用例4からは,距離を有する一対の位置それぞれにおいて1個ずつのウインチで

上方が拡開した状態で張設したワイヤーで加工機械を支持し,それぞれのウインチ

の回転速度を変えることにより加工機械を上下左右方向に移動させることも把握で

きるのであり,本件審決の判断は誤りである。

オ 引用例5について

(ア) 本件審決は,引用例5から把握できる事項は,加工機械の上下方向の位置

決めのためのものであるから,無限軌道を備えており,傾斜面部位において車体を

上下左右任意な方向に昇降走行させて作業可能である引用発明に引用例5から把握

10
できる事項を適用しようとする動機が見いだせないと判断した。

しかし,引用例5には,法面上をワイヤーに牽引される加工機械においては,ウ

インチを加工機械側に取り付けることが開示されている。これを参照して,ワイヤ

ー取付け金具に代えてウインチを加工機械に取り付けることは当業者が容易に選択

できる設計事項にすぎない。

(イ) 本件審決は,引用例5から把握できる事項と引用発明とは,作業内容,作

業対象である地形の状態,加工機械の安定性が異なるから,引用発明に引用例5か

ら把握できる事項を適用することはできないとも判断した。

しかし,前記イ(イ)のとおり,ワイヤーによる牽引機構を当業者が採用すること

の動機付けは,法面の加工機械の走行性及び滑り落ちの防止という観点からのそれ

であり,作業対象や「駆動アームの動きによって不安定な状態になる」こととは無

関係であるから,ワイヤーによる牽引機構におけるウインチの位置を決定するに際

し,同じく法面の加工機械である引用例5における位置を参照して採択することの

動機付けは十分にあると考えるのが自然である。

カ 引用例6ないし8について

本件審決は,引用例6ないし8には,ウインチを加工機側に取り付けることは記

載されているが,互いに距離を置いて一対のウインチを取り付けることは記載も示

唆もないと判断した。

しかし,引用例6ないし8には,法面上をワイヤーに牽引される加工機械におい

て,ウインチを加工機械側に取り付けることが開示されているから,これを参照し

て,ワイヤー取付け金具に代えてウインチを加工機械に取り付けることは当業者が

容易に選択できる設計事項である。この場合に,ワイヤーが1本であるか,2本で

あるかは,当業者がウインチを加工機械に取り付けることの動機付けを何ら妨げる

ものでない。

キ 以上のとおり,引用発明は,通常の油圧ショベルが走行不可能なほどの角度

の急傾斜面で走行可能な油圧ショベルを実現しているところ,滑り落ちを防止する

11
ために,同じく法面の加工機械である引用例2ないし4及び8に記載されたワイヤ

ーによる牽引機構を当業者が採用することの動機付けは十分にある。そして,引用

例2ないし4では,ワイヤーを巻き取るウインチは加工機械側に設置されていない

が,引用例5ないし7では,ウインチを加工機械側に取り付けることが開示されて

おり,一対のウインチのワイヤーが取り付けられる一対のワイヤー取付け金具に代

えて一対のウインチを取り付けることは当業者が容易に選択できる設計事項である。

したがって,引用発明について,引用例2ないし8に記載された事項を組み合わ

せることにより,当業者が相違点2に係る本件発明の構成を想到することに格別の

困難性はない。

(3) 小括

よって,容易想到性に係る本件審決の判断は誤りである。

〔被告の主張〕

(1) 相違点3の認定判断の誤りについて

ア 相違点3の認定の誤りについて

原告は,引用発明において走行が可能となる勾配が「急勾配」を指すことは引用

例1の記載に照らして明らかであると主張する。

しかし,引用例1には,「勾配」の程度を明示した記載は全くない。

また,エンジンが設置許容傾斜角度を超えて回転不能になることと,本件発明で

いう急勾配とは一致しない。すなわち,本件発明は,一対のワイヤーの牽引力を利

用せずに加工機械の自走力だけで登坂できないような急勾配に適用されるものであ

るのに対し,引用発明は,エンジンの姿勢を考慮した上であくまで自走で登坂する

ことを前提としており,加工機械の自走力だけで登坂できないような急勾配に適用

されるものではない。

イ 相違点3に係る判断の誤りについて

前記アのとおり,引用発明は,本件発明にいう「急勾配」に適用されることは想

定されていないから,相違点3も引用発明と本件発明との実質的な相違点である。

12
(2) 相違点2に係る判断の誤りについて

ア 引用発明について

引用発明において,エンジンを水平状態に保持できるようになり,従来よりも登

坂できる角度が大きくなったとしても,それはあくまで自走で登坂できる範囲のこ

とであって,自走での登坂能力を超える急勾配の傾斜面での作業については何ら示

唆するものではないから,原告の主張は失当である。

イ 引用例2について

(ア) 原告は,引用発明で開示されている事項は,従来のものよりも急傾斜な面

を走行可能となるものではあるが,自走での登坂能力を超えて滑り落ちが危惧され

るような急勾配の傾斜地に適用されることは想定していないということを自認する

ものである。

(イ) 引用例2には,「斜面を舗装するアスファルトフィニッシャの正面に新規

に油圧装置を附設して,これと頂上に据え付けたウインチの2個のドラムから繰り

出されたワイヤーとを接続することにより,左右のドラムで異なった捲揚力が発生

した際,油圧装置によって自動的にバランスをとり,アスファルトフィニッシャを

して常に左右の平均した捲揚力で直進させながら舗設させようとするもので,その

目的とするところは斜面を舗設中のアスファルトフィニッシャを不自然に左右に曲

げることなく,常に正しい進行方向で直進せしめて作業能率の向上とできばえの良

好なる舗装面を得ることにある」旨記載されており,引用例2のアスファルトフィ

ニシャの移動範囲は左右のウインチ間の僅かな範囲に止まり,左右のウインチの間

隔より広い左右の範囲での移動を前提とするものではないことは当業者に自明であ

る。原告の主張は,引用例2の目的,効果を無視するものである。

また,引用発明と引用例2記載のアスファルトフィニッシャとは,作業内容,作

業対象である地形の状態,加工機械の安定性が異なるものであるから,両者は技術

的に同様の加工機械であるということはできず,引用例2に記載の事項から把握で

きる事項を引用発明に適用することはできない。

13
ウ 引用例3について

引用例3に記載された法面処理用作業車の巻上装置は,平行に張られた左右のワ

イヤーの巻き取り量を調整して「作業車の向き」(左右への移動ではない)を変え

られるようにすることで,直線状に上下移動する間で,舗装範囲を従来よりも左右

に若干広げ,未舗装面が生じないようにしたものであり,アスファルトフィニシャ

の移動範囲は,引用例2と同様,左右のウインチ間の僅かな範囲でのものにとどま

り,左右のウインチの間隔より広い左右の範囲での移動を前提とするものではない

ことは当業者に自明である。仮に,原告が主張するように,巻上機本体からはみ出

してウインチを設置することも可能であるとしても,その移動範囲は「基本的に

は」直進というほかないのであり,「上下左右任意の方向に昇降走行させて作業可

能」である引用発明に引用例3から把握できる事項を適用しようとする動機は見い

だせない。原告の主張は,本件発明と引用例3との作業内容,作業対象である地形

の状態,加工機械の安定の相違を無視したものであり,失当である。

エ 引用例4について

原告の主張は,引用例4記載のワイヤーが台車を左右方向に移動させる機能と舵

取り機能を有するということを指摘しているにすぎず,距離を有する一対の位置そ

れぞれにおいて1個ずつのウインチで加工機械を支持することが記載も示唆もされ

ていないとの本件審決の判断に対する反論にはなっていない。

引用例4は,走行装置が無限軌道ではないため,左右のワイヤーで前輪を傾動さ

せ,その上で主ワイヤーで牽引するものであり,左右のワイヤーで加工機械本体を

左右に牽引することなど全く記載されていない。

また,引用例4の地山補強面破砕装置は,補強面上を走行する装置であり,急勾

配の未整形地を走行することを前提とするものではない。そのため,舵取り機構に

より前輪を傾斜させることができるのであり,本件発明のような無限軌道を使用せ

ざるを得ない急勾配の未整形地に適用できるものではなく,これを引用発明に適用

する動機は見いだせない。

14
オ 引用例5について

本件発明は,急勾配の傾斜地において,安定して作業することを可能としたもの

であり,そのための解決手段として,急傾斜地において作業台を水平にする構成を

採用し,さらに,その際,重心位置の高い作業台が不安定になることに鑑みて,互

いに距離を置いて取り付けられた一対のウインチであって,車体を支持し,かつ上

方が拡開する状態で張設された一対のワイヤーのそれぞれを巻き取る一対のウイン

チという構成を採用したものである。これに対し,引用例5記載のワイヤドラムは

上下方向の位置決めをするためのものであり,この構成を引用発明に適用する動機

が見いだせないとする本件審決の判断は妥当である。

カ 引用例6ないし8について

原告の主張は,ワイヤー取付け金具に代えてウインチを加工機械に取り付けるこ

とは当業者が容易に選択,想到できると指摘しているにすぎず,本件審決の「互い

に距離を置いて一対のウインチを取り付けることは記載も示唆もない」との指摘に

対する反論とはなっておらず,失当である。

(3) 小括

よって,容易想到性に係る本件審決の判断に誤りはない。

第4 当裁判所の判断

1 本件発明について

(1) 本件発明の特許請求の範囲の記載は,前記第2の2のとおりであるところ,

本件明細書(甲2)には,本件発明について,概略,次の記載がある。

ア 本件発明は,高く,急勾配の地形部分に法面を形成する場合等に使用される

法面等の加工機械に関するものである(【0001】。


イ 従来,高くて急勾配の地形部分に法面を形成する場合,全面にわたってブル

トーザーやバックホウ等の土木機械の投入が不可能であるため,土木機械での作業

が不可能な部分を安全ロープを使用した人の手作業によって,土砂等の切取り,掘

削等の作業を行っていた。そのため,作業効率が悪く,危険な作業であるとともに,

15
工期が長くなり,コスト高になるという欠点があった(【0002】【0003】。


ウ 本件発明は,以上の欠点に鑑み,高くて急勾配の地形部分でも作業者がほぼ

水平状態で操作できる機械を用いて,土砂等の切取り,掘削等の作業を安全に効率

よく,短時間に行うことができる法面等の加工機械を提供することを目的とするも

のである(【0004】 。


エ 本件発明に係る加工機械は,走行装置の作動によって車体が走行するととも

に,車体は一対のウインチのワイヤーを伸縮させることにより,急勾配の地形部分

に位置させることができる。また,回動機構の作用によってベース板を回動し,ベ

ース板をほぼ水平状態に位置させ運転席を安全な水平状態にできる(【0006】 。


実施

一対のウインチのワイヤーを法面を形成する上部位置に固定した左右のアンカー

にフックを介して取り付けた状態で,ウインチをそれぞれ作動させてワイヤーの長

さを伸長させるとともに,油圧駆動装置の作動により無限軌道を駆動させ,車体を

図6のように上下左右方向に移動させる(【0015】。


カ 本件発明は,次の効果が得られる(【0024】。


(ア) 車体と,この車体に取り付けられた油圧等によって車体を走行させること

ができる走行装置と,車体の上部に車体の一方に枢支ピンを介して一方が回動可能

に取り付けられたベース板と,このベース板の他方と車体の他方との間に取り付け

られたベース板を回動させるパンタグラフ状のリンクを用いた回動機構と,ベース

板上に油圧等を用いた回転機構を介して取り付けられた作業台と,この作業台の端

部に取り付けられた駆動アームと,この駆動アームの先端部に取り付けられた作業

アタッチメントと,車体の一方に取り付けられた車体を支持するワイヤーを巻き取

る一対のウインチあるいは一対のウインチのワイヤーが取り付けられる一対のワイ

ヤー取付け金具とで構成され,車体が傾斜状態となる傾斜面での作業時にはパンタ

グラフ状のリンクを用いた回動機構の作動により,ベース板を回動させて作業台を

ほぼ水平に位置させることができ,安全に作業することができる(【0025】。


16
(イ) 上記(ア)によって,自走することができない傾斜面部位にでも一対のウイ

ンチを用いて車体を上下左右方向に移動させ,土砂等の切取り等の法面形成作業を

効率よく行うことができ(【0026】 ,構造が簡単であるので,容易に実施する


ことができる(【0027】 。また,傾斜面での危険な作業を効率よく,安全に行


うことができるという効果も得られる(【0028】。


(2) 以上の記載によれば,本件発明は,従来,高くて急勾配の地形部分に法面

を形成する場合,その全面に土木機械を投入することができず,安全ロープを使用

した人の手作業によって土砂の切取り等の作業を行っていたため,作業効率が悪く,

危険であるとともに,工期が長くなり,コスト高になるという欠点があったことか

ら,これらの課題を解決し,効率よく安全に整成作業を行うため,高くて急勾配の

地形部分でも作業者がほぼ水平状態で操作できる加工機械を用いるとともに,当該

機械について,「車体あるいはベース板の一方の両側部に互いに距離を置いて取り

付けられた一対のウインチであって,車体を支持し,かつ上方が拡開する状態で張

設された一対のワイヤーのそれぞれを巻き取る一対のウインチ」を有する構成(相

違点2に係る構成)とすることにより,自走することができない傾斜面部位にでも

一対のウインチを用いて車体を上下左右方向に移動させ,土砂等の切取り等の法面

形成作業を効率よく行うことができるという作用効果を奏するというものである。

2 取消事由1(明確性の要件に係る判断の誤り)について

(1) 原告は,本件発明の「車体を支持し,かつ上方が拡開する状態で張設され

た一対のワイヤーのそれぞれを巻き取る一対のウインチ」との構成が具体的にどの

ようなものであるのか,特許請求の範囲はもとより,本件明細書にも記載はないか

ら,本件発明の特許請求の範囲の記載は不明確であると主張する。

確かに,特許請求の範囲や本件明細書には,上記構成を具体的に明らかにした記

載はないものの,「ウインチ」自体は周知の技術用語であり,ウインチによって

「車体を支持し,かつ上方が拡開する状態で張設された一対のワイヤー」を巻き取

る場合に,車体から斜めに延在するワイヤーをウインチが円滑に巻き取るためには,

17
例えば,原告が指摘するように,車体に対して逆ハ字状に配置するなど,ウインチ

が当該作業に適した構造を有すべきことは,当業者であれば,出願時の技術水準に

照らして容易に理解することができる。

したがって,本件発明の上記構成に係る記載が明確でないということはできない。

(2) 小括

よって,取消事由1は理由がない。

3 取消事由2(容易想到性に係る判断の誤り)について

(1) 引用発明について

ア 引用発明は,前記第2の3(2)アのとおりであるところ,引用例1(甲3)

には,引用発明について,概略,次の記載がある。

(ア) 従来技術の傾動機構を備えた油圧ショベルでは,下部走行体に対して上部

旋回体を左右横方向に傾動させることができるが,油圧ショベルが傾斜面を昇降走

行しながら作業を行う場合に,下部走行体の前後方向に向けて,上部旋回体を前後

たて方向に傾動させることはできなかった。そのため,油圧ショベルが傾斜面に沿

って昇降走行を行うと,運転者は傾斜状態となって作業困難となるとともに,エン

ジンが設置許容傾斜角度を超えて回転不能になったり,旋回作動が困難になったり

して,大規模な法面に沿って昇降走行を行いながら法面整成作業を行うことができ

なかった。引用発明の目的は,この課題を解決するため,上部旋回体を下部走行体

の前後方向に傾動できるようにした油圧ショベルを提供することである。

(イ) 引用発明に係る油圧ショベルでは,上部旋回体の下面に装着している旋回

軸受の下面側と,下部走行体の上面側との間にフレーム体を介設し,傾動シリンダ

の作動により上部旋回体を下部走行体の前後方向に向けて傾動調整できるように構

成した。それにより,油圧ショベルが法面に沿って昇降走行しながら法面整成作業

などを行うとき,上部旋回体を水平状態に調整操作することができる。運転者は正

常な状態の姿勢で法面整成作業などを行うことができるとともに,エンジンや旋回

ベアリングなど機器を水平状態に保持でき,法面に沿って走行しながら行う法面整

18
成作業,法面昇降作業などの作業性,安定性を向上させる。

イ 以上の記載によれば,引用発明は,傾動機構を備えた従来の油圧ショベルは

下部走行体の前後方向に向けて,上部旋回体を前後たて方向に傾動させることがで

きず,油圧ショベルが傾斜面に沿って昇降走行を行うと,運転者が傾斜状態となっ

て作業困難となるとともに,エンジンが設置許容傾斜角度を超えて回転不能になる

などして,大規模な法面に沿って昇降走行を行いながら法面整成作業を行うことが

できなかったことから,この課題を解決するため,上部旋回体を下部走行体の前後

方向に傾動できるようにした油圧ショベルを提供することを目的としたものであり,

傾動シリンダの作動により上部旋回体を下部走行体の前後方向に向けて傾動調整で

きるように構成することにより,法面に沿って昇降走行しながら法面整成作業など

を行うときに,上部旋回体を水平状態に調整操作することができ,法面に沿って走

行しながら行う法面整成作業,法面昇降作業などの作業性,安定性を向上させると

いう作用効果を奏するものである。

(2) 引用例2ないし8について

ア 引用例2について

(ア) 引用例2(甲4)には,概略,次の記載がある。

本考案は,ダム等の斜面を舗装するアスファルトフィニッシャの正面に油圧装置

を附設して,これと頂上に据付けたウインチの2個のドラムから繰り出されたワイ

ヤーとを接続することにより,左右のドラムで異なった捲揚力が発生した際,油圧

装置によって自動的にバランスをとり,アスファルトフィニッシャをして常に左右

の平均した捲揚力で直進させながら舗設させようとするものである。その目的は,

斜面を舗設中のアスファルトフィニッシャを不自然に左右に曲げることなく,常に

正しい進行方向で直進せしめ,作業能率の向上と出来映えの良好なる舗装面を得る

ことにある。

(イ) 以上のとおり,引用例2には,斜面の舗装を行うアスファルトフィニッシ

ャを左右に曲げることなく,常に進行方向に直進せしめて作業能率の向上等を図る

19
ため,斜面の頂上に据え付けたウインチの2個のドラムから繰り出された2本のワ

イヤーにより,アスファルトフィニッシャを牽引する捲揚用油圧装置が記載されて

いる。

イ 引用例3について

(ア) 引用例3(甲5)には,概略,次の記載がある。

a 本発明は,法面の舗装に使用するアスファルトフィニッシャのような作業車

を法面に沿って巻上げ,巻下げするウインチからなる巻上装置に関するものである。

b 従来の技術では,単にウインチによって巻上げ,巻下げをするだけであった

から,曲線の場合に境界線に沿って作業車を巻き上げることが困難であり,舗装面

が重なったり,舗装材を舗装できない部分が生じたりする問題があった。

c 本発明は,既処理面と未処理面の境界線に沿って作業車を巻き上げ,巻き下

げることが可能となる法面処理用作業車の巻上装置を提供するものである。

d 第2図及び第3図は,本発明の巻上装置を搭載した巻上機を使用して法面舗

装を行っている状態を示す。アスファルトフィニッシャの巻上装置である巻上機本

体上の左右に搭載されるウインチは,同型の油圧モータとドラムをそれぞれ有し,

各ウインチにそれぞれ巻き取り,繰り出される各ワイヤロープは,アスファルトフ

ィニッシャの前部に設けた牽引フレームの左右の端部にそれぞれ接続される。

e この装置で法面の舗装を行う場合,巻上機本体の運転室内のオペレータが,

ウインチ等を運転することによって,アスファルトフィニッシャをゆっくりと巻き

上げて舗装する。運転室のオペレータは,ウインチを作動させる油圧モータの流量

を変えることによって,アスファルトフィニッシャの向きを変えることができ,ア

スファルトの舗装済みの領域と未舗装領域との間の境界線に沿って,上昇方向にア

スファルトフィニッシャを移動させることができる。

(イ) 以上のとおり,引用例3には,アスファルトフィニッシャ等の処理用作業

車を法面に沿って巻上げ,巻下げする2台の同型のウインチを左右に搭載し,各ウ

インチに巻かれる1本ずつのワイヤロープが処理用作業車の前部に設けた牽引フレ

20
ームの左右の端部にそれぞれ接続され,本体上のオペレータの操作によって,左右

のウインチの巻上げ量を変え,処理用作業車の向きを変えるようにして,処理用作

業車をアスファルトの舗装済みの領域と未舗装領域との境界線に沿って移動させな

がら上昇することができるようにした法面処理用作業車の巻上装置が記載されてい

る。

ウ 引用例4について

(ア) 引用例4(甲6)には,概略,以下の記載がある。

a この発明は,モルタル吹き付け等による地山補強面の改修工事をする際に,

既存の補強面を破砕するために使用する装置に関するものである。

b 従来の地山補強面の破砕は,作業者が傾斜する補強面上に立ち,破砕機を直

接その手で支持して操作する方法であったから,作業上危険が伴うとともに,多く

の人手を要し,人件費や工事期間が増大するなどの問題があった。

c この発明は,これらの問題を解消するため,安全でかつ大幅な省力化と工期

の短縮とが可能となる地山補強面破砕装置を得ることを目的とする。

d この発明に係る補強面破砕装置は,補強面上を走行可能な台車と,この台車

に姿勢調整装置を介して取り付けられた破砕機と,補強面の上方に設置された基台

と台車とをワイヤーで連結し,このワイヤーの巻取機を駆動することにより,台車

を補強面上で移動させる台車移動装置とを備えたものである。

e 第5図及び第6図は,破砕装置を現場で動作させている場合の状況を説明す

る側面図及び正面図である。台車を補強面上で移動させるためのワイヤーは,補強

面の上方にそれぞれアンカーにより地面に固着された基台に取り付けられたウイン

チに巻回されている。第7図は,ワイヤーにより台車を牽引する場合の各ワイヤー

と台車との連結構造を示す説明図である。主ワイヤーは,台車のベースに設けられ

た固定連結具に係止されており,主として台車の重量を支え,台車の昇降移動を受

け持つ。左右のワイヤーは,台車のベースに軸を介して回動自在に取り付けられた

可動連結具の先端に係止されており,台車の左右方向への移動を受け持つとともに,

21
事故等により主ワイヤーが切れたりしたような場合に,台車の落下を防止する。ま

た,可動連結具の回動に応じて車輪の軸を水平面内で回動させる舵取り機構が存在

する。

(イ) 以上のとおり,引用例4には,補強面上の上方に固着された3台の基台に

それぞれ取り付けられたウインチから繰り出された3本のワイヤー(1本の主ワイ

ヤーと2本の左右のワイヤー)で台車を牽引する地山補強面破砕装置が記載されて

いるが,台車に連結された3本のワイヤーのうち,主ワイヤーは,主として台車の

重量を支えるものであって,台車の昇降移動を受け持つものであるのに対し,左右

のワイヤーは,台車の左右方向への移動を受け持つものであって,左右のウインチ

の回動及びこれに基づく左右ワイヤーの操作によって,台車は,広大な補強面の移

動が可能となるというものである。

エ 引用例5について

(ア) 引用例5(甲7)の実用新案登録請求の範囲には,次の記載がある。

道路,堰堤等の法面に配置して,原動機により駆動されるワイヤロープ巻取装置

のドラムを一側面の前後に設けた自走振動式締固め機械と,道路,堰堤等の上面に

配置した保持用機械とをワイヤロープにより連結し,両機械を道路,堰堤等に沿っ

て縦断並行移動させると共に軌跡の広幅を該巻取装置の遠隔操作により,該法面の

横断上下方向に幅寄せできるようにさせ,駆動時は上昇,解放時は降下,停止時は

任意位置に保持を可能ならしめ,更に該ワイヤロープの片方を他方よりも長くある

いは短くさせることにより縦横自在に操縦転圧し得るようにしたことを特徴とする

道路,堰堤等の法面締固め装置

(イ) 以上のとおり,引用例5には,法面上部の保持用機械と,原動機により駆

動されるワイヤロープ巻取装置(ウインチに相当する。)のドラムから繰り出され

る2本のワイヤロープを連結することにより,法面上に牽引される法面締固め装置

が記載されているが,同装置は,ワイヤロープの片方を他方よりも長くあるいは短

くさせることにより,縦横自在に操縦転圧することができるというものである。

22
オ 引用例6について

(ア) 引用例6(甲8)の実用新案登録請求の範囲には,次の記載がある。

図面に示すように機上に取り付けた原動機により輾圧ローラーを廻転及び振動さ

せるようになした輾圧機において機枠上に原動機を利用して廻転する捲取機を設け

傾斜地面の傾斜上位部に一端を固定させた条体の他端を捲取機のドラムに捲き付け

機枠の前端下部に条体の滑車を設け機枠の後部に枠杆を設けこれに枠杆の傾斜方向

調整ハンドル及び機枠操作ハンドルを設けてなる傾斜地面輾圧用振動ローラー機の

構造

(イ) 以上のとおり,引用例6には,機枠上に原動機を利用して廻転する捲取機

(ウインチに相当する。)を設けた上,傾斜地面の上位部に一端を固定させた1本

の条体の他端を捲取機のドラムに捲き付けることにより,機枠を牽引する傾斜地面

輾圧用振動ローラー機が記載されている。

カ 引用例7について

(ア) 引用例7(甲9)には,概略,次の記載がある。

傾斜地面転圧用ローラ機のフレームの上に原動機,変速機,捲取機が取り付けて

あり,変速機は原動機の出力軸よりベルトをへて駆動され,捲取機は変速機の出力

軸よりチェーン,中間軸,チェーンをへて駆動される。法面を締固める場合,アン

カとしてのブルドーザよりワイヤを介してローラ機を法面上にセットし,原動機を

始動してリモートコントロールにより変速機を中立より前進位置に切替え,ローラ

を駆動するとともに捲取機をローラと同一周速度で駆動すると,ローラ機を法面に

沿って上方に引き上げることができる。その時ローラにより法面を転圧することが

でき,一方排土板を操作して法面を所定の角度に成形しかつ整地することができる。

(イ) 以上のとおり,引用例7には,1本のワイヤを介して傾斜地頂部に置かれ

たアンカと連結され,フレーム上に取り付けられた巻取機を駆動させることにより,

法面に沿って上方に引き上げられながら法面の成形,整地をすることができるとい

う傾斜地面転圧用ローラ機が記載されている。

23
キ 引用例8について

(ア) 引用例8(甲10)には,概略,次の記載がある。

a 本考案では,機体下部にガイドローラを設けるとともに,作業ブーム先端に

滑車を連設して,機体後部に設けたウインチのワイヤをガイドローラ及び滑車を介

して機体前方に引き出し自在としてなるバックホー付作業機を提供するものである。

b バックホー作業機は,機体の前部に原動機を配設するとともに,その後方に

ミッションケースを配設し,更にその後方に運転操作部を配設しており,また,機

体の下側方にはクローラ走行部を設けるとともに,機体前端部にはバケット作業部

を配設しており,原動機の動力で走行部を駆動して走行を行い,機体後方から操作

者が歩行しつつ操作を行うものであり,バケット作業部では掘削作業を行い得る。

c 機体の後部下側位置には,ブラケットを介してウインチのウインチドラムを

回転自在に軸架しており,同ドラムを原動機の動力にて駆動せしめるとともに,同

ドラムに,先端フックを有するワイヤを巻回せしめ,同ワイヤをブラケット後部に

連設固定したガイドにガイドせしめながら,機体後方に引出し自在としている。

d ワイヤを機体後方に引き出し,フックを機体後方の固定物に係止せしめれば,

傾斜地で滑り防止を果した状態で作業を行うことができ,かかる状態でウインチド

ラムを駆動せしめれば,機体がワイヤを介して引上げられ,傾斜地での登り走行を

円滑に行うことができる。

(イ) 以上のとおり,引用例8には,クローラ式走行部(これは,無限軌道から

なるものである。)とバケット作業部(本件発明の作業アタッチメントに相当す

る。)を備えた作業機において,ウインチのドラムを駆動させることにより,ウイ

ンチから繰り出される1本のワイヤを介して機体を引き上げるようにして,傾斜地

での登り走行を円滑に行うことができることが記載されている。

(3) 相違点3の認定の誤りについて

ア 前記(1)のとおり,引用発明は,法面の傾斜面で法面成形作業などを行う油

圧ショベルに関するものであるから,当該油圧ショベルが勾配のある地形部分に使

24
用されるものであることは明らかである。

しかしながら,本件発明では,特許請求の範囲において,その加工機械が急勾配

の地形部分に使用されることが記載されているのに対し,引用例1には,引用発明

が使用される勾配の程度を明らかにした記載はない。

したがって,引用発明では勾配がどの程度であるか不明であるとした本件審決の

認定が誤りであるということはできない。

イ 原告は,引用発明が,通常の油圧ショベルでは走行不可能なほどの角度の傾

斜面,本件発明にいう「急勾配」で走行可能な油圧ショベルを想定していると主張

する。

しかし,引用発明は,無限軌道の駆動により傾斜面を昇降走行するものであるか

ら,土木機械の投入が不可能,あるいは自走することができない傾斜面において使

用することまでは想定されておらず,原告の指摘する引用例1の記載によっても,

急勾配での使用を読み取ることはできない。

(4) 相違点2及び3に係る判断の誤りについて

ア 前記1(2)のとおり,本件発明は,従来,高くて急勾配の地形部分に法面を

形成する場合,全面にわたって土木機械を投入することができず,人の手作業によ

っていたため,作業効率が悪く,危険であるなどの課題があったため,そうした地

形部分でも作業者がほぼ水平状態で操作できる加工機械を用いるとともに,当該機

械について,「車体あるいはベース板の一方の両側部に互いに距離を置いて取り付

けられた一対のウインチであって,車体を支持し,かつ上方が拡開する状態で張設

された一対のワイヤーのそれぞれを巻き取る一対のウインチ」を有する構成(相違

点2に係る構成)を採用し,その結果,ウインチの作動によってワイヤーを伸縮さ

せるとともに,無限軌道を駆動させることにより,無限軌道だけでは自走すること

ができない傾斜面部位でも車体を上下左右方向に移動することができるという作用

効果を奏するものである。

これに対し,引用発明は,無限軌道の駆動により傾斜面を昇降走行する油圧ショ

25
ベルであるから,本件発明にいう急勾配,すなわち,土木機械の投入が不可能,あ

るいは自走することができない傾斜面において使用することまでは想定されておら

ず,引用例1にも,そうした傾斜面部位でも一対のウインチを用いて車体を上下左

右方向に移動させ,法面形成作業を効率よく行うことの直接的な動機付けや示唆は

ない。

イ また,引用例2には,斜面の頂上に据え付けたウインチの2個のドラムから

繰り出された2本のワイヤーにより,アスファルトフィニッシャを牽引する捲揚用

油圧装置が,引用例3には,処理用作業車を法面に沿って巻上げ,巻下げする2台

の同型のウインチを左右に搭載し,各ウインチに巻かれる1本ずつのワイヤロープ

が処理用作業車の前部に設けた牽引フレームの左右の端部にそれぞれ接続されてい

る法面処理用作業車の巻上装置が,引用例5には,法面上部の保持用機械と,原動

機により駆動されるワイヤロープ巻取装置のドラムから繰り出される2本のワイヤ

ロープを連結することにより,法面上に牽引される法面締固め装置が,それぞれ記

載されている。いずれも,一対のウインチ及び一対のワイヤーを用いてはいるが,

加工機械の走行装置はなく,車体を支持し,かつ上方が拡開する状態で張設された

一対のワイヤーのそれぞれを巻き取る一対のウインチは,開示されておらず,車体

を上下左右方向に移動させ,法面形成作業を効率よく行うことの直接的な動機付け

や示唆はない。

引用例6には,傾斜地面の上位部に一端を固定させた1本の条体の他端を捲取機

のドラムに捲き付けることにより,機枠を牽引する傾斜地面輾圧用振動ローラー機

が,引用例7には,1本のワイヤを介して傾斜地頂部に置かれたアンカと連結され,

フレーム上に取り付けられた巻取機を駆動させることにより,法面に沿って上方に

引き上げられながら法面の成形,整地をする傾斜地面転圧用ローラ機が,それぞれ

記載されている。いずれも,加工機械にウインチが設けられてはいるが,加工機械

の走行装置はなく,ワイヤーも一対ではなく,車体を上下左右方向に移動させ,法

面形成作業を効率よく行うことの直接的な動機付けや示唆はない。

26
また,引用例8には,クローラ式走行部とバケット作業部を備え,ウインチのド

ラムを駆動させることにより,ウインチから繰り出される1本のワイヤを介して機

体を引き上げるようにして,傾斜地での登り走行を円滑に行うことができる作業機

が記載されているが,ワイヤーは一対ではなく,機体を上下左右方向に移動させ,

法面形成作業を効率よく行うことの直接的な動機付けや示唆はない。

なお,引用例4は,補強面上の上方に固着された3台の基台にそれぞれ取り付け

られたウインチから繰り出された3本のワイヤーで台車を牽引する地山補強面破砕

装置が記載されている。引用例4の3本のワイヤーのうち,主ワイヤーは,主とし

て台車の重量を支え台車の昇降移動を受け持つものであるのに対し,左右のワイヤ

ーは,台車の左右方向への移動を受け持つものであって,左右巻取機の回動及びこ

れに基づく左右ワイヤーの操作によって,台車は,広大な補強面の移動が可能とな

る技術が開示されているが,車体を支持し,かつ上方が拡開する状態で張設された

一対のワイヤーのそれぞれを巻き取る一対のウインチが開示されているわけではな

く,走行装置が無限軌道ではないため,左右のワイヤーで前輪を傾動させ,その上

で主ワイヤーで牽引するものであり,急勾配の未整形地を走行することを前提とし

ておらず,舵取り機構により前輪を傾斜させることができるのであって,これを引

用発明に適用する動機は見いだせない。

ウ 以上のとおり,引用発明は,本件発明にいう急勾配,すなわち,土木機械の

投入が不可能,あるいは自走することができない傾斜面において使用することまで

は想定されておらず,引用例1にも,そうした傾斜面部位でも一対のウインチを用

いて車体を上下左右方向に移動させ,法面形成作業を効率よく行うことの直接的な

動機付けや示唆はないから,引用発明に,引用例2ないし8に記載された事項を適

用することが容易であるということはできない。

また,仮に,引用発明に,引用例2ないし8に開示された傾斜面での走行や土木

工事作業を行う機械について,ワイヤーによる牽引機構を採用する技術を適用した

としても,引用例2ないし8のいずれにも,車体を支持し,かつ上方が拡開する状

27
態で張設された一対のワイヤーのそれぞれを巻き取る一対のウインチは,開示され

ていない。加えて,本件発明は,「車体あるいはベース板の一方の両側部に互いに

距離を置いて取り付けられた一対のウインチであって,車体を支持し,かつ上方が

拡開する状態で張設された一対のワイヤーのそれぞれを巻き取る一対のウインチ」

を有する構成(相違点2に係る構成)としたことにより,自走することができない

傾斜面部位にでも一対のウインチを用いて車体を上下左右方向に移動させ,土砂等

の切取り等の法面形成作業を効率よく行うことができるという,引用発明にない作

用効果を奏するというものである。

そうすると,引用発明に,引用例2ないし8に開示された事項を適用したとして

も,本件発明に至ることが当業者にとって容易であるということはできない。

エ したがって,本件発明は,引用発明及び引用例2ないし8に開示された事項

に基づき容易に想到することができたとはいえない。

オ 原告は,引用発明について,引用例2ないし8に記載された事項を組み合わ

せることにより,当業者が相違点2に係る本件発明の構成を想到することに格別の

困難性はないと主張する。

しかしながら,原告の主張は,引用例1に本件発明の課題が示唆されていること

を前提とするものであり,失当である。そして,引用例2ないし8のいずれにも,

本件発明と引用発明との相違点2に係る構成が開示されているものはないこと,本

件発明が相違点2に係る構成を採用することによって,前記の作用効果を奏するも

のであることに照らし,原告の上記主張を採用することはできない。

(5) 小括

よって,取消事由2には理由がない。

4 結論

以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。

知的財産高等裁判所第4部



28
裁判長裁判官 部 眞 規 子




裁判官 井 上 泰 人




裁判官 齋 藤 巌




29