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関連審決 不服2002-8445
関連ワード 製造方法 /  頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  周知技術 /  優先権 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  請求の範囲 /  合理的な理由 / 
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事件 平成 16年 (行ケ) 84号 審決取消請求事件
原告A
訴訟代理人弁理士 江原省吾
同 田中秀佳
同 白石吉之
同 城村邦彦
同 熊野剛
同 山根広昭
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 井上哲男
同 橋本康重
同 原慧
同 大野克人
同 立川功
同 伊藤三男
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/09/15
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2002-8445号事件について平成16年1月27日にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成6年8月11日,発明の名称を「電磁調理器用食器」とする特許出願(特願平6-189399号,以下「本件特許出願」という。平成5年8月12日にした実願平5-50830号,同月30日にした実願平5-53814号,同年12月30日にした特願平5-355193号,平成6年3月8日にした特願平6-73719号及び同月18日にした特願平6-85201号に基づく優先権主張)をしたが,平成14年4月9日に拒絶の査定を受けたので,同年5月13日,これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は,同請求を不服2002-8445号事件として審理した上,平成16年1月27日に「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年2月5日,原告に送達された。
2 願書に添付した明細書(平成14年6月12日付け手続補正書による補正後のもの。以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲【請求項1】記載の発明(以下「本願発明」という。)の要旨 陶磁器,石材,ガラス,合成樹脂などのカーボンを除く非金属で作られた食器の外側底面に,カーボンからなる発熱体を耐熱性を有する接着剤を用いて接着したことを特徴とする電磁調理器用食器。
3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願発明は,本件特許出願前に日本国内において頒布された刊行物である特開昭62-136788号公報(甲7,以下「引用文献」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるとした。
原告主張の審決取消事由
1 審決は,本願発明と引用発明との相違点についての判断を誤ったものであるから,違法として取り消されるべきである。
2 取消事由(相違点についての判断の誤り) (1) 審決は,本願発明と引用発明との一致点として,「陶磁器,石材,ガラス,合成樹脂などのカーボンを除く非金属で作られた食器の外側底面に,発熱体を耐熱性を有する接着剤を用いて接着したことを特徴とする電磁調理器用食器」(審決謄本3頁第1段落)である点を,相違点として,「発熱体として,本願発明では,カーボンからなる発熱体を使用しているのに対して,引用文献には,ステンレススチール430,あるいは,その他の電磁誘導の磁力により発熱する磁性体を用いる旨記載されているのみで,カーボンからなる発熱体を使用することについては記載されていない点」(同第2段落)を認定した上,相違点について,「電磁調理用容器の発熱体,あるいは,電磁調理器用の発熱体として,炭素材料を用いることは,従来周知の技術手段である(例えば,特開平3-34288号公報〔注,甲8,以下「甲8公報」という。〕,実願昭60-61075号(実開昭61-178289号)のマイクロフィルム〔注,甲9,以下「甲9マイクロフィルム」という。〕,実願昭62-51594号(実開昭63-159295号)のマイクロフィルム〔注,甲10,以下「甲10マイクロフィルム」という。〕参照)から,引用文献に記載された発明において,発熱体として炭素材料,すなわちカーボンを用いて,本願発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たことである。そして,本願発明が奏する作用効果は,引用文献に記載された発明及び周知技術から当業者が予測し得る程度のものであって格別のものではない」(同第3段落〜第4段落)と判断した。
審決の上記一致点の認定及び相違点の認定は認めるが,相違点についての判断は誤りである。
(2) 引用文献(甲7)には,特開昭59-181484号公報(甲15,以下「甲15公報」という。)に係る電磁誘導加熱容器が従来技術として記載されているが,甲15公報記載のものは,アルミニウム,アルミ合金等の非磁性体より成る容器本体の外面と強磁性素材より成る発熱板とを,間にろう材を介在させて加熱することによって,全面密着状態でろう接合したものである。しかしながら,上記の構成では,容器本体が金属とは異質の材料,例えば,セラミックス,ガラス等の非金属材料から成る場合は適用できないこと,ろう付け部分の前処理に手間を要すること,また,ろう接合を実施するために高温加熱の設備が必要になることから,引用文献においては,容器本体を構成する材料の種類にかかわりなく実施できるという汎用性があり,製造工程が簡易化され,しかも,実施に当たり高温加熱の設備を必要としない電磁誘導調理容器とその製造方法を提供することを,解決すべき技術的課題としたものである(2頁左上欄第1段落〜最終段落)。上記のような引用文献の記載内容からみると,引用文献には,電磁誘導調理容器の構成として,容器本体と磁性体から成る発熱板とを従来のろう接合に代えて耐熱性無機接着剤で接着すること,これにより容器本体の材料に汎用性を持たせることが開示されているにとどまり,発熱板に磁性体以外のものを用いることは,開示も示唆もされていない。
また,引用文献には,表1(3頁)に,所定の熱硬化条件下で硬化した耐熱性無機接着剤(アロンセラミックC,D,E)の各種材質に対する引張り接着強さと圧縮剪断接着強さの試験成績(2頁右下欄最終段落)が示され,表1の被着材質の項目に石英ガラス,アルミナ等の非磁性体と共に,カーボンも挙げられているにもかかわらず,発熱体の材質をあえて「磁性体」に限定していることを考慮すると,発熱板の材質としてカーボンを用いることは全く想定しておらず,むしろ放棄しているというべきである。したがって,発熱体として「カーボン」が本願発明前周知であったとしても,これを引用文献に適用することはできないというべきである。
あらゆる物質は物理学的に厳密な意味では「磁性体」と呼ばれることがあることは,被告の主張するとおりである。しかしながら,引用文献(甲7)では,「熱伝導性の非磁性体からなる容器本体」(特許請求の範囲),「電磁誘導の磁力により発熱する磁性体」(同)と記載しており,「磁性体」と「非磁性体」という用語を相対立させて区別して使用しているから,被告の主張を引用文献に当てはめると,引用文献において「磁性体」と「非磁性体」という用語を使用していることがそもそも無意味になる。また,一般に,工学の分野において,鉄,コバルト,ニッケルのような強磁性体を単に「磁性体」と称し,アルミニウムやカーボンのような物質を「非磁性体」と称することはごく普通に行われていることであり,顕著な事実である。例えば,特開平5-87587号公報(甲11,以下「甲11公報」という。)の段落【0016】,特開平5-159290号公報(甲12,以下「甲12公報」という。)の段落【0018】,実開平5-83930号のCD-ROM(甲13,以下「甲13CD-ROM」という。)の段落【0004】及び特開平6―143076号公報(甲14,以下「甲14公報」という。)の段落【0001】には,カーボンが「非磁性体」であることが記載され,また,甲10マイクロフィルムには,「鉄,鉄合金,ステンレス等により板状に形成した磁性体」と「カーボン系発熱材」とが区別して記載されている(実用新案登録請求の範囲等)。引用文献において「磁性体」と「非磁性体」という用語を区別して使用していること,これらの用語に対する当業者の一般的な認識,特にカーボンが「非磁性体」と一般に称されていることを考慮すると,引用文献の「磁性体」には,「非磁性体」と一般に称されているカーボンが含まれないことは明らかである。
(3) 審決が従来周知の技術として挙げた甲8公報は,本件特許出願の願書に添付した図面(甲2参照)の【図19】に従来技術として図示されたものと同様に,カーボンから成る発熱体を電磁調理器用食器の底部に気密に埋め込むことを開示したものであり,カーボンを気密に埋め込むことは,焼成時におけるカーボンの酸化による消失を抑制するために不可欠な構造である。引用文献(甲7)と甲8公報に接した当業者は,食器の底部に埋め込むことが不可欠と認識し,甲8公報の非磁性体であるカーボン発熱体を,食器の外側底面に接着し,引用文献の磁性体から成る発熱体に適用することを試みる合理的理由は全くない。また,甲9マイクロフィルム記載の面発熱体3は,ポリテトラフルオロエチレンを基材とするものであって,接着には適さないものであり,仮に,面発熱体3を引用文献の発熱体に適用すると,面発熱体3のはく離が不可避的に起こり,電磁誘導調理容器として使用に耐えないものとなるから,この面発熱体3を引用文献の発熱体に適用することには阻害事由がある。さらに,甲10マイクロフィルム記載のカーボン系発熱材は,磁性体と組み合せることにより発熱体を構成するものであり,また,鍋等の側ではなく,電磁調理器の側に設けられるものであるから,これを引用文献の食器の外側底面に接着される磁性体から成る発熱体に適用することを試みる合理的理由は全くない。
(4) 土鍋等の非金属製食器の外側底面にステンレス鋼や鉄等の磁性体金属板から成る発熱体を接着した電磁調理器用食器は,例えば,引用文献に記載されているように,本件特許出願前に種々提案されていたが,実用化されているものは見当たらない。その最も大きな理由は,発熱時の温度分布が不均一であるために生じる磁性体金属板の熱ひずみによる接着部のはく離が生じやすいことにある。磁性体金属板の接着部のはく離は,アルミニウムの溶射や銀の転写等による導電性金属層と比較しても格段に生じやすいが,これは次の理由による。すなわち,磁性体金属板は,電気伝導度がアルミニウムや銀等に比べてかなり低く,発熱体として用いるためには,その肉厚を導電性金属層に比較して大きくする必要があり(肉厚が小さいと,電気抵抗が大きくなりすぎて渦電流が流れなくなり,発熱しなくなる。),しかも,熱伝導度はアルミニウム等に比べてかなり低いため,熱ひずみにより変形を起こす力が大きく(この力は,肉厚が大きいほど大きくなる。),接着剤による接着力では抑えきれず,部分的にはく離を起こす。一方,磁性体金属板のはく離部分も,はく離していない部分と同様に発熱し,はく離部分の熱は食器の側に直接移行できないため,はく離部分に熱が蓄積され,磁性体金属板の温度むらがますます大きくなる結果,はく離部分が拡大し,ついには使用不能に陥る。このような事情から,本件特許出願当時において,発熱体を接着する構造は,製造上のメリットがありながら,その実用性が当業者から疑問視されていた。本願発明は,当時の当業者の認識に反して,発熱体を接着する構造を採用し,かつ,実用化を実現したものであるところ,これは,鉄,銅などの金属に比べて熱によるひずみが小さく,熱膨張率が小さいが,熱伝導性及び電気伝導性は金属と同様の値を示すカーボンを発熱体として使用したことによるものである。
一般に,カーボンは熱によるひずみが小さく,また,鉄,銅などの金属に比べて熱膨張率が半分以下と小さく,石英ガラスと同程度の熱膨張率を示す一方,熱伝導性,電気伝導性は金属と同様の値を示す(熱伝導度はステンレス鋼や高炭素鋼の2倍以上である。)。本願発明は,上記の特性を有するカーボンから成る発熱体を,陶磁器等の非金属で作られた食器の外側底面に耐熱性を有する接着剤を用いて接着したものであり,このような構成を採用したことにより,@カーボンから成る発熱体は,熱によるひずみが小さく,また,陶磁器等の非金属で作られた食器とほとんど熱膨張差がないため,加熱時の熱膨張差に起因する発熱体のはく離や食器のひび割れの問題が解消できる,Aカーボンから成る発熱体を耐熱性接着剤を介して食器の外側底面に密着した状態にすることができ,これにより発熱体で発熱した熱を食器に効率良く伝え,内容物を効率良く加熱調理することができる,Bカーボンから成る発熱体はステンレス鋼等と比較して熱伝導性が良いので,発熱時の熱が局部にこもらず,均一に分散され易い。そのため,本願発明の電磁調理器用食器は,加熱調理時の部分的な焦げ付きが生じにくく,食器内での動きが緩慢な食材,例えば,餅,うどん,雑炊,おでん,シチューなどの煮込み料理にも使用することができ,また,金属から成る発熱体は熱むらがあると,熱ひずみが大きくなり,発熱体のはく離が一層生じやすくなるが,カーボンから成る発熱体は熱むらが生じにくく,熱によるひずみが小さいので,発熱体がはく離する心配がない,Cカーボンから成る発熱体を食器の外側底面に接着する構成であるので,カーボンを埋め込んで焼成した従来構成に比べて,焼成時の熱収縮差による土鍋のひび割れや,焼成時の熱によるカーボンの変性又は焼損といった製造上のトラブルがなく,製造が容易である,D発熱体のはく離や食器のひび割れがなく,耐久性に優れている,という顕著な作用効果を奏するものである。これに対し,引用文献(甲7)に記載されているような電磁誘導調理容器は,本件特許出願当時において,そもそも実用化のレベルにも達していなかったものであり,また,発熱体のはく離や食器のひび割れに関する本願発明の技術課題及び効果は,引用文献,審決引用の周知技術に係る文献のいずれにも,開示も示唆もされていなかったのであるから,本願発明の上記作用効果を当業者が予測し得ることはあり得ない。
被告の反論
1 審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由は理由がない。
2 取消事由(相違点についての判断の誤り)について (1) 原告は,引用文献(甲7)記載のものは,発熱体として,カーボンのような非磁性体から成る発熱体を用いることは全く想定されていないと主張する。しかし,昭和55年4月5日コロナ社発行の「磁性体材料」7頁〜11頁(乙1,以下「乙1文献」という。)7頁最終段落の記載によれば,あらゆる物質は「磁性体」と呼ばれるのであり,「カーボン」を「非磁性体」と限定的に解釈して,引用文献記載のものは「カーボン」の使用を想定していないとした原告の主張は失当である。
また,カーボンは強磁性体ではないが,引用文献にいう「磁性体」が「強磁性体」を指すものであるとしても,引用文献には,電磁誘導の磁力により発熱するという性質以外の「強磁性体」としての性質を積極的に利用する記載,あるいは非「強磁性体」の利用を積極的に否定する記載はないし,引用文献記載の発熱体は,電磁誘導の磁力により発熱すればその目的を達成するのであるから,あえて発熱体の材料を強磁性体に限定する根拠はない。そして,引用文献は,電磁誘導の磁力により発熱する典型的材料として「磁性体」を挙げているが,発熱体の電磁誘導の磁力により発熱するという作用に照らせば,当該「磁性体」とした点は例示とみるべきであり,引用文献の記載から,当業者であれば,電磁誘導の磁力により発熱するという作用を奏する各種の材料を想定できるというべきである。
(2) 甲8公報の「黒鉛板またはステンレス鋼板は高周波磁界中に置かれると効率良く発熱を生じ,調理器自体が発熱しない場合でも加熱し得る」(1頁右下欄最終段落)との記載,甲9マイクロフィルムの「フレーム内に設けられマグネットおよび加熱コイルに通電して得られる渦巻磁場により容器の底面ないし側面に埋装された面状部材におけるカーボン粉末が発熱し,容器内に収容された被調理物を加熱調理する」(明細書2頁最終段落〜3頁第1段落)との記載及び甲10マイクロフィルムの「磁性体(10)の上にカーボン系発熱材(12)を取り付けた構造をしているので,多くの磁力線を集める能力を持つ磁性体(10)に集められた磁力線により,磁性体(10)に隣接して配置された発熱能力の大きいカーボン系発熱材(12)が,効率よく発熱させられるのである」(明細書5頁最終段落〜6頁第1段落)との記載からすれば,いずれの文献にも,電磁誘導の磁力により発熱する発熱体の材料としてカーボンを採用したものの開示があり,上記各文献の記載から,電磁誘導の磁力により発熱する材料としてカーボンが本件特許出願前周知であったと認定できる。なお,甲9マイクロフィルムについての原告の主張は,ポリテトラフルオロエチレンを基材としたカーボン系発熱材は,接着固定が困難であることをいうだけであって,すべてのカーボン系発熱材について,接着固定が困難であるわけでも,接着固定することに阻害要因があるわけでもない。
(3) 原告が本願発明の効果として主張する@〜Cの効果は,いずれもカーボンそのものの特性(金属に比べて熱によるひずみが小さい,熱膨張率が小さい,熱伝導性・電気伝導性は金属と同様というような特性。なお,このような物理的特性はよく知られている。)に基づく効果であり,カーボンから成る発熱体を採用したことによる付随的効果にすぎないから,これらの効果は,引用文献記載の「種類を問わない発熱体の材料」として,周知のカーボンを採用したことにより付随的に生じる効果にすぎない。Dの効果は,実質的に@の効果の繰り返しにすぎず,発熱体の材料として周知のカーボンを採用したことによる付随的な効果である。したがって,上記効果は,いずれもカーボンの特性に関して知見のある当業者が容易に予測できる程度のものにすぎない。
当裁判所の判断
1 取消事由(相違点についての判断の誤り)について (1) 原告は,引用文献(甲7)の「磁性体」には,「非磁性体」と一般に称されているカーボンが含まれないことは明らかであって,引用文献には,発熱板に磁性体以外のものを用いることは,開示も示唆もされていないのであり,発熱板の材質としてカーボンを用いることは放棄しているというべきであるから,発熱体として「カーボン」が本願発明前周知であったとしても,これを引用文献に適用することはできないというべきであると主張し,これに対し,被告は,あらゆる物質は「磁性体」と呼ばれるのであり,「カーボン」を「非磁性体」と限定的に解釈して,引用文献記載のものは「カーボン」の使用を想定していないとした原告の主張は失当であると主張するので,まず,引用文献の「磁性体」の用語の意義について検討する。
あらゆる物質は物理学的に厳密な意味では「磁性体」と呼ばれることがあることは,原告の自認するところであり,乙1文献によれば,すべての物質は,その磁気的性質によって,強磁性体,準強磁性体,常磁性体及び反磁性体に分類されることが認められる。他方,原告主張のとおり,甲11公報の段落【0016】,甲12公報の段落【0018】,甲13CD-ROMの段落【0004】及び甲14公報の段落【0001】には,カーボンが「非磁性体」であるとして記載され,また,甲10マイクロフィルムは,「鉄,鉄合金,ステンレス等により板状に形成した磁性体」と「カーボン系発熱材」とが区別して記載され(実用新案登録請求の範囲等),これらの記載によれば,工業技術の分野においては,鉄のような強磁性体を単に「磁性体」と称し,アルミニウムやカーボンのような物質を「非磁性体」と称することも認められる。そこで,引用文献における「磁性体」の用語についてみると,「熱伝導性の非磁性体からなる容器本体」(特許請求の範囲の第1項),「電磁誘導の磁力により発熱する磁性体」(同第2項)と記載し,「磁性体」と「非磁性体」という用語を区別して使用していることが認められるから,引用文献においては,「磁性体」の用語は,鉄のような強磁性体を意味し,それ以外のカーボンのような物質は「非磁性体」と称しているものと理解するのが相当である。
(2) 進んで,引用文献(甲7)の開示する技術的事項について検討すると,引用文献には,「本発明(注,引用発明)は,容器本体を構成する材料の種類に関わりなく実施できるという汎用性があり,製造工程が簡易化され,しかも実施にあたり高温加熱の設備を必要としない電磁誘導調理容器とその製造方法を提供することを,その解決すべき技術的課題とする」(2頁左上欄最終段落),「無機接着剤を選択するにあたっては,被着材の線膨張率に近い線膨張率を示すものを使用することが望ましい」(3頁右下欄第1段落),「上記の発熱体4は,ステンレススチール430製のものを用いているが,これに限定されず,電磁誘導の磁力により発熱する磁性体であれば,材料の種類を問わない」(4頁左上欄第3段落),「上記の無機接着剤5としては,前記した線膨張率を考慮して,アロンセラミックCを用いている。ただし,前記した熱硬化型の耐熱性無機接着剤のカテゴリーに含まれるものであれば,他種のものを用いても構わない」(同第4段落)との記載がある。上記記載によれば,引用文献においては,電磁誘導調理器の容器材料の種類にかかわりのない発熱体の固定手法として,熱硬化型の耐熱性無機接着剤を使用すること,使用する耐熱性の接着剤を選択するに当たっては,被着材の線膨張率を考慮すべきであることが開示されている。そして,その使用する発熱体として,実施例には,ステンレススチール430製のものを用いることが記載され,特許請求の範囲には,「電磁誘導の磁力により発熱する磁性体」との特定がされているが,発熱板の材質としてカーボンを用いることの開示はない。しかしながら,この点は,審決が本願発明と引用発明との相違点として認定しているところであるところ,引用文献には,電磁誘導の磁力により発熱するという性質以外の強磁性体としての性質を積極的に利用する記載,あるいは非磁性体の利用を積極的に否定する記載はなく,引用文献記載の発熱体は,電磁誘導の磁力により発熱すればその目的を達成することができるのであるから,発熱体の材料を強磁性体に限定しなければならない合理的な理由は存在しない。そうすると,引用文献は,電磁誘導の磁力により発熱する典型的材料として磁性体を挙げているが,発熱体の電磁誘導の磁力により発熱するという作用に照らせば,発熱体の材料を強磁性体に限定しなければならない合理的な理由は存在しないのであるから,原告の主張するように,発熱板の材質としてカーボンを用いることを放棄しているものということはできず,引用文献の記載から,当業者は,電磁誘導の磁力により発熱するという作用を奏する各種の材料を選択できるというべきである。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
(3) また,原告は,審決が従来周知の技術として挙げた甲8公報記載のカーボンは,カーボンを気密に埋め込むことが,焼成時におけるカーボンの酸化による消失を抑制するために不可欠な構造であるから,引用文献の磁性体から成る発熱体に代えて適用することを試みる合理的理由は全くなく,甲9マイクロフィルム記載の面発熱体3は,ポリテトラフルオロエチレンを基材とするものであり,接着には適さないものであるから,この面発熱体3を引用文献の発熱体に代えて適用することには阻害事由があり,また,甲10マイクロフィルム記載のカーボン系発熱材は,磁性体と組み合せることにより発熱体を構成するものであり,電磁調理器の側に設けられるものであるから,これを引用文献の発熱体に代えて適用することを試みる合理的理由は全くないと主張する。
しかしながら,甲8公報の「黒鉛板またはステンレス鋼板は高周波磁界中に置かれると効率良く発熱を生じ,調理器自体が発熱しない場合でも加熱し得る」(1頁右下欄最終段落)との記載,甲9マイクロフィルムの「フレーム内に設けられマグネットおよび加熱コイルに通電して得られる渦巻磁場により容器の底面ないし側面に埋装された面状部材におけるカーボン粉末が発熱し,容器内に収容された被調理物を加熱調理する」(明細書2頁最終段落〜3頁第1段落)との記載及び甲10マイクロフィルムの「磁性体(10)の上にカーボン系発熱材(12)を取り付けた構造をしているので,多くの磁力線を集める能力を持つ磁性体(10)に集められた磁力線により,磁性体(10)に隣接して配置された発熱能力の大きいカーボン系発熱材(12)が,効率よく発熱させられるのである」(明細書5頁最終段落〜6頁第1段落)との記載によれば,上記各文献には,電磁誘導の磁力により発熱する発熱体の材料としてカーボンを採用したものが開示され,電磁誘導の磁力により発熱する材料としてカーボンが本件特許出願前周知であったことが認められる。そして,甲8公報記載のものは,「黒鉛は空気中において高温度に加熱されると酸化して消失する」(2頁左上欄第1段落)という不都合を解消するために,カーボンを気密に埋め込む構造を採用したものであるが,「黒鉛(注,「カーボン」と同義と認められる。)やステンレス鋼は耐熱性に優れるから焼損のおそれがなく,耐久性に優れる」(1頁右下欄最終段落)との記載もあり,これらの記載に接した当業者が,カーボンは,気密に埋め込む構造を採用しない限り,発熱体として使用できないものであると理解するということはできない。現に,甲8公報が指摘する上記不都合が発熱体として使用できないほどのものであるとすれば,本願発明においても同様の不都合が生じ得ることとなるが,本願発明においては,特段にその不都合を解消すべき構成が施されているものではない。また,甲9マイクロフィルムのポリテトラフルオロエチレンを基材としたカーボン系発熱材が接着固定が困難であるとしても,すべてのカーボン系発熱材について接着固定が困難であるというわけではなく,さらに,甲10マイクロフィルム記載のカーボン系発熱材は,磁性体と組み合せることにより発熱体を構成するものであり,電磁調理器の側に設けられるもの(正確には,鍋等と電磁調理器との間に介在させる補助具内にあるもの)であっても,磁性体と組み合わせること及び電磁調理器の側に設けることが発熱体としての機能を果たす上で不可欠の構造であるとは認められないから,いずれも引用発明に適用するに当たって阻害事由になるものではない。
(4) さらに,原告は,土鍋等の非金属製食器の外側底面にステンレス鋼や鉄等の磁性体金属板から成る発熱体を接着した電磁調理器用食器は,本件特許出願前に種々提案されていたが,実用化されているものは見当たらなかったものであり,本願発明は,カーボンから成る発熱体を,陶磁器等の非金属で作られた食器の外側底面に耐熱性を有する接着剤を用いて接着する構成を採用したことにより,第3の2(4)@〜Dのとおり,顕著な作用効果を奏するものであると主張する。
しかしながら,原告主張に係る上記@〜Cの効果は,いずれも金属に比べて熱によるひずみ及び熱膨張率が小さく,かつ,熱伝導性・電気伝導性は金属と同様であるというカーボンそのものが有する特性に基づく効果であり,本件特許出願当時,当業者にとって当該特性は自明の事項であったと認められ,Dの効果も,@の効果を言い換えたものにすぎない。そして,電磁誘導の磁力により発熱する材料としてカーボンが本件特許出願前周知であったことは上記のとおりであるから,上記効果は,いずれも当業者が容易に予測できる程度のものにすぎないというべきである。
(5) 以上検討したところによれば,本願発明と引用発明との相違点である「カーボンからなる発熱体を使用」する構成は,審決が引用する甲8公報,甲9マイクロフィルム及び甲10マイクロフィルムに記載された周知技術から当業者が容易に想到し得たものであり,また,その奏する作用効果も当業者が容易に予測できる程度のものにすぎないから,これと同旨をいう審決の判断に誤りはなく,原告の取消事由の主張は理由がない。
2 以上のとおり,原告主張の取消事由は理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 早田尚貴