関連審決 | 異議1999-73186 訂正2001-39188 |
---|
関連ワード | 技術的思想 / 物の発明 / 方法の発明 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 一致点の認定 / 周知技術 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 参酌 / 技術的意義 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 設定登録 / 訂正審判 / 請求の範囲 / 独立特許要件 / 訂正明細書 / 取消決定 / |
---|
元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
---|
事件 |
平成
16年
(行ケ)
19号
審決取消請求事件
|
---|---|
原告 株式会社ノーザ 訴訟代理人弁護士 矢野千秋 同 弁理士 大塚康徳 同 高柳司郎 同 大塚康弘 同 木村秀二 同 松丸秀和 同 下山治 被告 特許庁長官小川洋 指定代理人 西村泰英 同 田中秀夫 同 高橋泰史 同 伊藤三男 |
|
裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2004/09/15 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
---|---|
請求
特許庁が訂正2001-39188号事件について平成15年12月3日にした審決を取り消す。 |
|
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,名称を「歯科情報処理方法及び装置」とする特許第2860279号発明(平成7年11月9日特許出願〔以下「本件特許出願」という。〕,平成10年12月4日設定登録,以下,その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。 本件特許について,特許異議の申立てがされ,特許庁はこれを平成11年異議第73186号事件として審理し,平成13年3月1日,「特許第2860279号の請求項1乃至8に係る特許を取り消す。」との決定をし,その謄本は,同年3月22日,原告に送達された。 原告は,同年4月19日,上記決定に対して特許取消決定取消訴訟を提起し(当庁平成13年(行ケ)第159号),同年10月19日,本件特許出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載の訂正(以下「本件訂正」といい,本件訂正に係る明細書を「訂正明細書」という。)をする訂正審判の請求をし,特許庁は,同請求を訂正2001-39188号事件として審理した上,平成15年12月3日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月15日,原告に送達された。 2 訂正明細書の特許請求の範囲記載の発明の要旨(下線は訂正部分) 【請求項1】患者毎の歯科治療情報を登録し,登録データを利用して患者に対する治療情報を入力可能な歯科情報処理装置であって, 患者に対する治療情報を指定された 歯番 に対して 入力する入力手段と, 患者毎の歯科治療情報を登録する登録手段と, 前記登録手段に登録された患者毎の歯科治療情報を参照 して 当該治療を行う患者の治療部位の状態を認識する認識手段と, 前記認識手段の認識した当該治療 を行なう 患者 の治療部位 の状態 に従って少なくとも画面の一部に現在までの患者の口腔内の歯の状態の図形表示 を含む, 前記治療情報 を入力 する 際のガイダンス を与える 入力ガイダンス画面を表示する表示手段と,前記表示手段上 に,前記登録手段 に登録 された 患者毎 の歯科治療情報 を参照して ,前記指定 された 歯番 の歯の状態 から 予想 される 処置 を優先順位 を付けて ,前記入力 ガイダンス 画面 と同一画面 に表示 する 処置 の表示画面 とを備え, 前記入力手段より歯科治療情報を入力する際に前記表示手段が表示する前記入力ガイダンス画面 の情報を確認して歯科治療情報を入力可能とすることを特徴とする歯科情報処理装置。 【請求項2】前記表示手段が表示する歯の表示状態は,口腔内の全ての歯の少なくとも歯牙情報及び歯周情報を視覚的に表示するものであることを特徴とする請求項1記載の歯科情報処理装置。 【請求項3】前記表示手段が表示する歯の状態表示として未治療歯,治療予定歯,治療中の歯,欠損歯,治療済みの歯を互いに区別可能に表示することを特徴とする請求項1又は2のいずれかに記載の歯科情報処理装置。 【請求項4】前記表示手段は,表示する歯の表示状態として併せて歯の根管数を視認可能に前記歯牙情報とともに表示することを特徴とする請求項3記載の歯科情報処理装置。 【請求項5】前記表示手段は,入力ガイダンス画面に前記登録手段の登録情報より治療中の歯を入力候補として優先的に表示させることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の歯科情報処理装置。 【請求項6】患者毎の歯科治療情報を登録する登録手段を備え,登録データを利用して患者に対する治療情報を指定された 歯番 に対して 入力可能な歯科情報処理装置における歯科情報処理方法であって, 患者に対する治療情報を入力する際に前記登録手段に登録された患者毎の歯科治療情報を参照して 当該治療を行う患者の治療状態を認識し,認識した 当該治療を行なう 患者 の治療部位 の状態 に従って少なくとも画面の一部に現在までの患者の口腔内の歯の状態の図形表示 を含む, 前記治療情報入力 のための ガイダンス を与える 入力ガイダンス画面を表示し,前記登録手段 に登録 された 患者毎 の歯科治療情報を参照 して ,指定 された 歯番 の歯の状態 から 予想 される 処置 を優先順位 を付けて表示 する 処置 の表示画面 を前記入力 ガイダンス 画面 と同一画面 に表示 し,前記表示された入力ガイダンス画面 の情報を確認して歯科治療情報を入力可能とすることを特徴とする歯科情報処理方法。 【請求項7】前記入力ガイダンス画面は,口腔内の歯の少なくとも歯牙情報及び歯周情報を視覚的に表示させ,未治療歯,治療予定歯,治療中の歯,欠損歯,有髄歯,無髄歯,治療済みの歯を互いに区別可能とすることを特徴とする請求項6記載の歯科情報処理方法。 【請求項8】前記入力ガイダンス画面における口腔内の表示情報は,併せて歯の根管数を視認可能に前記歯牙情報とともに表示するものであることを特徴とする請求項7記載の歯科情報処理方法。 (以下,【請求項1】〜【請求項8】の発明を「訂正発明1」〜「訂正発明8」という。) 3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,訂正発明1及び6は,特開平2-121657号公報(甲3,以下「引用刊行物1」という。),平成3年2月10日医歯薬出版発行「歯科医師のためのパソコン活用マニュアル」(甲5,以下「引用刊行物3」という。)記載の発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,訂正発明2,3〜5,7及び8は,引用刊行物1,平成7年9月1日日本歯科新聞社発行「歯科コンピュータカタログ1995年版,dental computer '95」(甲4,以下「引用刊行物2」という。),引用刊行物3記載の発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,いずれも特許出願の際独立して特許を受けること(以下「独立特許要件」という。)ができるものではないから,本件訂正審判の請求は,特許法126条4項(平成15年法律第47号〔平成16年1月1日施行〕による改正前のもの)の規定に適合しないとした。 |
|
原告主張の審決取消事由
審決は,訂正発明1と引用刊行物1記載の発明(以下「引用刊行物1発明」という。)との一致点の認定を誤り(取消事由1),訂正発明1と引用刊行物1発明との相違点2についての判断を誤り(取消事由2),また,訂正発明2〜8の進歩性の判断を誤った(取消事由3)結果,訂正発明1〜8が独立特許要件を欠くとの誤った判断をしたものであるから,違法として取り消されるべきである。なお,相違点1についての認定判断は認める。 1 取消事由1(訂正発明1と引用刊行物1発明との一致点の認定の誤り) (1) 審決は,「訂正発明1と上記引用刊行物1に記載の発明(注,引用刊行物1発明)とを対比すると,後者の『歯科医で使用される歯牙の部位及び状態を表わすデータ管理において,各歯牙毎にデータの入力又は修正する・・・医療情報管理システム』・・・がその作用・機能からみて前者の『患者毎の歯科治療情報を登録し,登録データを利用して患者に対する治療情報を入力可能な歯科情報処理装置』に相当し,以下同様に,『データを入力する入力手段』・・・が『患者に対する治療情報を指定された歯番に対して入力する入力手段』に,『入力手段に接続され,種々のデータを処理する情報処理部と,該情報処理部に接続された内部メモリ』・・・が『患者毎の歯科治療情報を登録する登録手段』に,『内部メモリに格納された歯牙の形状及び状態を各歯牙毎に前記表示装置の画面上に表示する』・・・ための手段が『登録手段に登録された患者毎の歯科治療情報を参照して患者の治療部位の状態を認識する認識手段』に,『上側の辺に沿って患者名等の情報が表示され,中央左側には歯の模式図が示され,中央右側のボックス内には,「生活歯」,「失活歯」,「欠損」などの歯の状態を表す絵記号等が示され,下側の辺に沿ってコメント形式で入力指示等が示されている』画面を表示する『CRTディスプレイ』・・・が『認識手段の認識した患者の治療部位の状態に従って少なくとも画面の一部に,現在までの患者の口腔内の歯の状態の図形表示を含む,前記治療情報を入力する際のガイダンスを与える入力ガイダンス画面を表示する表示手段』に,それぞれ相当している。また,後者の『矢印を所望の位置に設定すると,その歯番の位置がブリンク(点滅)し,第1図の右に示した各データを入力する場合,次の手順による。(1)永久歯か乳歯か(永久歯は0を入力,乳歯は1)をキーインする。(2)根管数を1〜4で指定,(第1図図示の例で歯番表示の左右の数字)する。(3)生活歯か失活歯か(生活歯は0,失活歯は1)をキーインする。 (4)欠損のときは1をキーインする。(5)分割抜歯は1をキーインする。以上の手順は前記矢印で歯牙を指定して「入力」キーを押下すると,各々カーソルが(1)〜(5)に順次移動し,各々の歯牙の状態がキーインに応じて図形表示される。』・・・とする一連の入力手順が,前者の『入力手段より歯科治療情報を入力する際に表示手段が表示する入力ガイダンス画面の情報を確認して歯科治療情報を入力可能とすること』に相当している」(審決謄本6頁第2段落〜7頁第1段落)とした上,「両者は,『患者毎の歯科治療情報を登録し,登録データを利用して患者に対する治療情報を入力可能な歯科情報処理装置であって,患者に対する治療情報を指定された歯番に対して入力する入力手段と,患者毎の歯科治療情報を登録する登録手段と,前記登録手段に登録された患者毎の歯科治療情報を参照して患者の治療部位の状態を認識する認識手段と,前記認識手段の認識した患者の治療部位の状態に従って少なくとも画面の一部に現在までの患者の口腔内の歯の状態の図形表示を含む,前記治療情報を入力する際のガイダンスを与える入力ガイダンス画面を表示する表示手段とを備え,前記入力手段より歯科治療情報を入力する際に前記表示手段が表示する前記入力ガイダンス画面の情報を確認して歯科治療情報を入力可能とすることを特徴とする歯科情報処理装置』,である点で一致し」(同頁第2段落)ていると認定したが,誤りである。 (2) 訂正発明1における,@患者毎の歯科治療情報を登録し,登録データを利用して患者に対する治療情報を入力可能な歯科情報処理装置,A患者に対する治療情報を指定された歯番に対して入力する入力手段,B患者毎の歯科治療情報を登録する登録手段,C登録手段に登録された患者毎の歯科治療情報を参照して患者の治療部位の状態を認識する認識手段,D入力ガイダンス画面,E入力ガイダンス画面の情報を確認した歯科治療情報の入力,以上@〜Eの構成(以下「構成@」〜「構成E」という。)は,引用刊行物1発明にはないから,これらも相違点として認定されるべきであるところ,審決は,これらの相違点を看過したものである。 (3) すなわち,まず,引用刊行物1発明の「歯科医で使用される歯牙の部位及び状態を表わすデータ管理において,各歯牙毎にデータの入力又は修正する・・・医療情報管理システム」(甲3の1頁左下欄最終段落〜右下欄第1段落)は,その作用,機能からみて,訂正発明1の「患者毎の歯科治療情報を登録し,登録データを利用して患者に対する治療情報を入力可能な歯科情報処理装置」(構成@)に相当するものではない。 引用刊行物1(甲3)の上記記載は,「産業上の利用分野」を特定するために記載されたものであり,発明そのものが記載されているものではない。引用刊行物1には,「CRTディスプレイ(4)の画面上に第1図に示す歯牙の状態図を表示させて,診療及び処置を行った結果を順次キーインする。画面上には指示マークとしての矢印(13)が現われ,当該患者の1歯牙毎に第3図に示す『歯牙の状態』,『最終処置(注,「最終処理」とあるのは誤記と認める。以下同じ。)』,『算定日付』,『病名』及び『罹患日付』をキーインし,上下左右合計32歯分が口腔情報ファイル(8)に格納される」(2頁左下欄第3段落)と記載されているが,このような情報を入力するための画面として第1図に記載されているのは,「歯牙の状態」のみを入力する画面であり,「最終処置」,「算定日付」,「病名」及び「罹患日付」の情報を,第1図に示すような歯牙の状態図に基づいてどのように入力するのかは,全く開示がなく,その示唆もないから,引用刊行物1発明として認定できるのは,「歯科医で使用される歯牙の部位及び状態を表わすデータ管理において,各歯牙毎に『歯牙の状態』のデータの入力又は修正する・・・医療情報管理システム」であって,これ以外の医療情報管理システムを認定することはできない。歯科情報処理装置の分野においては,レセプト作成処理という歯科情報処理装置の重要な機能に基づいて,レセプトの点数に関連する「治療情報」や「処置情報」と,レセプトの点数に関係しない「病名」や「歯の状態」に関する情報とが明確に区別されている(原告技術担当専務取締役A作成の平成15年4月14日付け「宣誓書」〔甲9,以下「甲9陳述書」という。〕参照)。「治療情報」と「歯牙の状態のデータ」との違いは,歯科情報処理装置の意義を左右するほどに大きな違いであって,「歯牙の状態のデータ」を入力する医療情報管理システムと,レセプト作成処理に大きくかかわる「治療情報」を入力するための歯科情報処理装置とでは,発明が想定する課題はもちろんのこと,課題に基づき発明自体が達成しようとする目的も異なる。引用刊行物1の記載については,歯科情報処理装置の設計に携わっている専門家であるエヌ・オー・ティシステム代表取締役B作成の「見解書」(甲10,以下「甲10陳述書」という。)によれば,どのような処置の情報が「最終処置」に含まれ,「最終処置」に対応する図形情報がどのように構成されるのかが全く不明確であり,どのような情報を入力情報として入力画面を表示するのか,また,入力された情報をどのように処理して画面表示すべきかは全く想定できないというべきである。さらに,歯科情報処理装置を使用している歯科医師C作成及び同D作成の各「見解書」(甲11,甲12。以下,それぞれ「甲11陳述書」,「甲12陳述書」という。)によれば,点数算定のための治療情報をどのように入力し,その結果がどのように表示されるかが理解できないというべきである。 (4) 上記(3)のとおり,引用刊行物1発明で入力されるデータは,「歯牙の状態」を表すデータであって,訂正発明1の「患者に対する治療情報」ではないから,引用刊行物1発明の「データを入力する入力手段」,「入力手段に接続され,種々のデータを処理する情報処理部と,該情報処理部に接続された内部メモリ」及び「内部メモリに格納された歯牙の形状及び状態を各歯牙毎に前記表示装置の画面上に表示する」が,それぞれ訂正発明1の「患者に対する治療情報を指定された歯番に対して入力する入力手段」(構成A),「患者毎の歯科治療情報を登録する登録手段」(構成B)及び「登録手段に登録された患者毎の歯科治療情報を参照して患者の治療部位の状態を認識する認識手段」(構成C)に相当するということはできない。 訂正発明1の「認識手段」は,「登録手段に登録された患者毎の歯科治療情報」,すなわち,歯科治療という行為に関する情報を認識するものであり,「認識」の結果として得られるものは,「患者の治療部位の状態」である。これに対して,引用刊行物1発明では,メモリに格納された「状態」の情報を認識するものであるから,引用刊行物1発明の認識手段と訂正発明1の認識手段とでは,行われる処理としての「認識」の技術的意義が本質的に異なる。 (5) さらに,訂正発明1の「認識手段の認識した患者の治療部位の状態に従って少なくとも画面の一部に,現在までの患者の口腔内の歯の状態の図形表示を含む,前記治療情報を入力する際のガイダンスを与える入力ガイダンス画面を表示する表示手段」(構成D)は,引用刊行物1発明にはない。 訂正発明1における入力ガイダンス画面であるためには,@認識手段の認識した患者の治療部位の状態に従って少なくとも画面の一部に表示されること(以下「要件@」という。),A現在までの患者の口腔内の歯の状態の図形表示を含むこと(以下「要件A」という。),B「前記治療情報」を入力する際のガイダンスを与えること(以下「要件B」という。),以上の3要件を満たす必要がある。しかしながら,引用刊行物1(甲3)には,訂正発明1における認識手段に対応する構成要素は開示も示唆もされていないから,要件@の構成は開示されていない。また,引用刊行物1の第1図の中央左側には模式図が表示されているが,第1図の表示はすべてが「●」で表示されており,甲9陳述書に記載されているように,その画面が起動されるたびに健全歯32歯分の表示がされ,現在までの患者の口腔内の歯の状態が表示されると認識することはできないから,引用刊行物1には,要件Aの構成は開示されていない。さらに,引用刊行物1の第1図の中央右側のボックス内で,「生活歯」,「失活歯」,「欠損」などの歯の状態を下側の辺に沿ってコメント形式で入力指示に従って入力する行為は,治療情報の入力には該当しない。第1図の左側の模式図は,専ら歯牙の特定を容易にするか,あるいはメモリ内の1歯分のデータを指定するための役割を果たしているにすぎないから,治療情報を入力するためのガイダンスを与える役割は有しておらず,引用刊行物1には,要件Bの構成も開示されていない。 (6) 引用刊行物1の「オペレータとしては画面で視覚的に実際に患者の口腔をのぞいているように対象部位を選択できる」(2頁左下欄最終段落〜右下欄第1段落)との記載は,入力を行う過程において入力部位を選択するための表示内容を説明した記載である。引用刊行物1は,32歯分の対象部位を選択できる画面の表示内容に基づいてキーインした結果が口腔情報ファイルとして格納されることを記載しているにとどまり,対象部位の状態を把握しながら入力を可能にするという趣旨の記載ではない。したがって,当該記載に基づいて,引用刊行物1発明が現在までの患者の口腔内の歯の状態の図形表示を含んでいると認定することはできない。引用刊行物1では,「歯牙の状態が図形表示されている」にすぎないから,たとえ更新されたデータが図形表示されても,それは状態情報にすぎず,治療情報を読み取ることは不可能であり,このような状態情報からレセプトを作成することはできない(甲10〜12陳述書)。上記のとおり,「歯牙の状態」は治療情報とは全く別の情報として明確に区別されるべき情報であるから,「歯牙の情報」の入力手順は歯科治療情報を入力可能とするための入力手順には該当せず,また,引用刊行物1には,入力ガイダンス画面が開示,示唆されていないから,引用刊行物1発明の「歯牙の状態」の入力手順は,訂正発明1の「入力手段より歯科治療情報を入力する際に表示手段が表示する入力ガイダンス画面の情報を確認して」行われる入力の手順には含まれない。 2 取消事由2(訂正発明1と引用刊行物1発明との相違点2についての判断の誤り) (1) 審決は,訂正発明1と引用刊行物1発明との相違点2として認定した,「訂正発明1が,『表示手段上に,登録手段に登録された患者毎の歯科治療情報を参照して,指定された歯番の歯の状態から予想される処置を優先順位を付けて,入力ガイダンス画面と同一画面に表示する処置の表示画面』を備えているのに対し,上記引用刊行物1に記載の発明(注,引用刊行物1発明)は,かかる処置の表示画面を備えていない点」(審決謄本7頁[相違点2])について,「引用刊行物1に記載の発明において,上記引用刊行物3(注,甲5)に記載の技術及び上記周知技術を採用し,『表示手段上に,登録手段に登録された患者毎の歯科治療情報を参照して,指定された歯番の歯の状態から予想される処置を優先順位を付けて,入力ガイダンス画面と同一画面に表示する処置の表示画面』を備えるようにすることは,当業者が容易に想到し得ることである。そして,訂正発明1の奏する効果も,上記引用刊行物1,3に記載の発明及び上記周知技術から当業者が予測し得る範囲内のものである。したがって,訂正発明1は,上記引用刊行物1,3に記載の発明及び上記周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである」(同8頁最終段落〜9頁第3段落)と判断したが,誤りである。 (2) 訂正発明1の「前記表示手段上に,前記登録手段に登録された患者毎の歯科治療情報を参照して,前記指定された歯番の歯の状態から予想される処置を優先順位を付けて,前記入力ガイダンス画面と同一画面に表示する処置の表示画面」は,@登録手段に登録された患者毎の歯科治療情報を参照し,A指定された歯番の歯の状態から予想される処置に対して,処置が行われると予想される順に優先順位を決定し,B決定した優先順位により予想される処置を入力ガイダンス画面と同一画面に表示することを意味するものである。これに対して,引用刊行物3では,可能性のある処置内容又は標準的な診療の流れに従った次の診療候補のみが画面に表示され,それ以外の情報は表示されず,訂正発明1における「優先順位を付けて」との技術的思想は,開示も示唆もない。 (3) また,周知技術として審決が引用する特開平6-19985号公報(甲7,以下「甲7公報」という。)は,@あるデータが表示されたとき,A参照者別に過去にどのようなパターンでデータを参照したかの統計情報と,そのデータが表示されるまでの参照パターンを用い,ファジー推論等を用いた判定基準で確率を算出し,B確率の高いものから順に次のデータを表示する(【請求項1】〜【請求項9】),Cその中から選択された候補のパタンを学習することにより,次回の候補表示にそのパタンを加味した候補表示を行う(【請求項10】〜【請求項18】)ものであり,それ以外の次のデータの決定手段の開示はない。訂正発明1では,現在までに確立された歯科治療ルールという客観的なデータに基づいて優先順位の決定を行うのに対して,甲7公報記載のものは,参照者の過去の参照パターン等の主観的なデータに基づいて参照順を決定しており,参照者ごとに参照パターンが異なるから,その後に参照される情報の参照順も,参照者ごとに参照する都度異なるものである。このような構成の相違に基づき,訂正発明1では,入力者が経験の少ないものであっても,客観的なルールに導かれて処置を決定できる等の効果を有するのに対して,甲7公報記載のものでは,効率的な表示を順次行い,効率的に次の候補を選択することができるという効果を奏するものであるから,構成も効果も異なる甲7公報の記載の技術を引用刊行物3(甲5)に組み合わせても,訂正発明1の「優先順位」が導き出せるものではない。 (4) さらに,上記のとおり,訂正発明1の奏する効果は,審決が引用した刊行物のいずれか又はそれらの組合せに基づいて当業者が予想し得る範囲を大きく超える特有の効果を奏するというべきである。 3 取消事由3(訂正発明2〜8の進歩性の判断の誤り) 訂正発明2〜5は,訂正発明1に従属する発明であり,訂正発明6〜8は,訂正発明1〜4に係る物の発明を,方法の発明としてとらえたものである。上記のとおり,訂正発明1は,明らかに進歩性を有するものであるから,当然,訂正発明2〜8も,進歩性を有する。 |
|
被告の反論
審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。 1 取消事由1(訂正発明1と引用刊行物1発明との一致点の認定の誤り)について (1) 審決には,訂正発明1と引用刊行物1発明との対比に原告主張の一致点の認定の誤りはなく,相違点の看過もない。 (2) まず,構成@に関し,引用刊行物1(甲3)の「(イ)産業上の利用分野」の欄には,「本発明(注,引用刊行物1発明)は,医療情報の中で特に歯科医で使用される歯牙の部位及び状態を表すデータ管理において,各歯牙毎にデータの入力又は修正する際に表示手段上に指示マークを表出させる新規な医療情報管理システムに関する」(1頁左下欄最終段落〜右下欄第1段落)と記載されており,引用刊行物1発明について記載されているのであるから,「産業上の利用分野」からの上記引用箇所を引用刊行物1発明の認定の根拠とすることに何らの支障もない。 引用刊行物1には,「CRTディスプレイ(4)の画面上に第1図に示す歯牙の状態図を表示させて,診療及び処置を行った結果を順次キーインする。画面上には指示マークとしての矢印(13)が現われ,当該患者の1歯牙毎に第3図に示す『歯牙の状態』,『最終処置』,『算定日付』,『病名』及び『罹患日付』をキーインし,上下左右合計32歯分が口腔情報ファイル(8)に格納される」(2頁左下欄第3段落)と記載され,また,第3図及びその説明箇所には「歯牙の状態」及び「最終処置」のデータが記載されている。訂正明細書(甲8添付)には,「歯科治療情報」の定義は記載されていないが,「従来のこの種の装置は,治療情報を入力する際に,過去のカルテ等を参照しながら治療情報を入力しており」(段落【0004】)と記載され,「歯科治療情報」とは,従来カルテに記載されていた情報と理解され,また,歯科情報として,「歯牙の状態」や「処置」の情報は必須のものであるから,「歯牙の状態」及び「最終処置」の情報が訂正発明1の「歯科治療情報」に相当することは明らかである。 したがって,引用刊行物1には,訂正発明1の「治療情報」に相当する「処置」の情報が記載されているのであるから,引用刊行物1発明の「医療情報管理システム」は,訂正発明1の「歯科情報処理装置」に相当する。なお,引用刊行物1には,「前記キーボード(1)から入力されたデータは情報処理部を介して各々患者個有情報ファイル(7)及び口腔情報ファイル(8)に格納され,・・・前記各種データを月毎に保険請求のためにレセプトと呼ばれる印字用紙(14)に印字する場合,該当月における全患者の診療データに基づき,演算処理部(12)により診療費及び投薬による薬価を計算する」(2頁右下欄第1段落)と記載されており,入力されたデータがレセプトの作成に用いられるのであるから,甲9陳述書記載の見解によっても,引用刊行物1発明において,治療情報又は処置情報が入力されていることは明らかである。 (3) 次に,構成A〜Cに関し,訂正発明1に係る訂正明細書(甲8添付)の特許請求の範囲【請求項1】には,「前記登録手段に登録された患者毎の歯科治療情報を参照して当該治療を行う患者の治療部位の状態を認識する認識手段」と記載されているが,発明の詳細な説明には,「認識手段」に関連して,「このステップS32における病名入力(注,「処置入力」とあるのは誤記と認める。)が行われると,ステップS40で以上の入力結果を基に新たな口腔内情報を作成して例えば現状口腔内情報ファイルを更新する処理を行なう」(段落【0037】),「本例においては,図3に示す現状口腔内情報ファイル412を参照して表示部41に口腔内情報を視覚的に表示し,治療部位の状態を視覚的に確認できるように構成している」(段落【0034】)などと記載されているのであるから,「認識手段」とは,入力結果に基づいて表示部に表示するための情報を作成する手段と理解することができる。 引用刊行物1(甲3)においては,第3図(イ)に示される各歯牙の「歯牙の状態」,「最終処置」などのデータが,第1図のような入力画面でキーインされ,第3図(ロ)のようなデータ構造で内部メモリ(6)の口腔情報ファイル(8)に格納されるのであるから,次回の診療の入力時には,前回に入力され,口腔情報ファイル(8)に格納されている「歯牙の状態」や「最終処置」のデータに基づいて,第1図左側などに示される各歯牙の状態を示す図形表示が行われると理解するのが自然である。そうすると,引用刊行物1においても,表示装置の画面上に表示するために,訂正発明1の「歯科治療情報」に相当する「歯牙の状態」や「最終処置」のデータに基づいて,第1図左側などに示される各歯牙の状態を示す図形表示の情報を作成しているのであるから,引用刊行物1の「内部メモリに格納された歯牙の形状及び状態を各歯牙毎に前記表示装置の画面上に表示する」ための手段は,「登録手段に登録された患者毎の歯科治療情報を参照して患者の治療部位の状態を認識する認識手段」に相当する。 (4) 構成Dに関しては,原告主張に係る「入力ガイダンス画面」の要件@については,引用刊行物1発明も「認識手段の認識した患者の治療部位の状態に従って表示する」という構成を備えている。また,要件Aについては,引用刊行物1(甲3)に,「前記内部メモリに格納された各歯牙の部位及びその状態を前記表示装置の画面上に表示する」(1頁左欄,特許請求の範囲),「前記矢印を所望の位置に設定すると,・・・以上の手順は前記矢印で歯牙を指定して『入力』キーを押下すると,各々カーソルが(1)〜(5)に順次移動し,各々の歯牙の状態がキーインに応じて図形表示される」(3頁左下欄最終段落〜右下欄第2段落)と明記されているところから,明らかに,「現在までの患者の口腔内の歯の状態の図形表示」がされているものということができる。さらに,要件Bについては,引用刊行物1には,「CRTディスプレイ(4)の画面上に第1図に示す歯牙の状態図を表示させて,診療及び処置を行った結果を順次キーインする。画面上には指示マークとしての矢印(13)が現われ,当該患者の1歯牙毎に第3図に示す『歯牙の状態』,『最終処置』,『算定日付』,『病名』及び『罹患日付』をキーインし,上下左右合計32歯分が口腔情報ファイル(8)に格納される」(2頁左下欄第3段落)と記載されており,第1図は,「歯牙の状態」の入力画面であるが,「最終処置」の入力画面においても,第1図と同様に左側に歯の状態の図形表示が行われ,右側に入力ボックスが表示されると理解するのが自然である。したがって,引用刊行物1の第1図左側の図形表示は,治療情報を入力する際のガイダンスを与えるということができる。 2 取消事由2(訂正発明1と引用刊行物1発明との相違点2についての判断の誤り)について (1) 引用刊行物3(甲5)には,次の入力候補に優先順位を付けることは記載されていないが,例えば,甲7公報の特許請求の範囲【請求項1】に,「検査記録や検査画像などの医療情報を同時に表示する電子計算機を用いた医療情報表示装置において,・・・医療情報の中から特定のものを表示すると,関連したデータの内,次に表示すべき画像情報を含むデータの候補を参照される可能性の高い順に表示することを特徴とする医療情報表示方式」と記載されているように,次の候補に優先順位を付けて表示することにより支援を行うことは,周知技術であるから,入力のアシストを課題とする引用刊行物3のものにおいて,次の入力候補に優先順位を付ける程度のことは当業者が適宜し得ることである。 (2) 甲7公報には,「候補リストの作成方法としては,参照者別に過去にどのようなパターンでデータを参照したのかの統計情報と,そのデータが表示されるまでの参照パターンを用い,ファジー推論やニューラルネットを用いた判定基準によって参照される可能性を確率として表わし,その確率の高い順に表示する方法などがある」(1頁左下欄【構成】)と記載され,一例として,過去の参照パターンに基づくことが開示されているのであって,優先順位の付け方がこれに限定されるものではない。したがって,相違点2に係る構成は,引用刊行物3記載の発明や甲7公報にみられる周知技術から容易に想到することができたものである。 (3) 原告主張に係る訂正発明1の効果は,引用刊行物1発明,引用刊行物3記載の発明並びに特開平2-121656号公報及び甲7公報記載の周知技術から当業者が予測し得る程度のものである。 3 取消事由3(訂正発明2〜8の進歩性の判断の誤り)について 訂正発明1の進歩性に係る原告の主張は,上記のとおり失当であるから,同主張を前提とする原告の取消事由3の主張も,失当である。 |
|
当裁判所の判断
1 取消事由1(訂正発明1と引用刊行物1発明との一致点の認定の誤り)について (1) 原告は,訂正発明1における構成@〜E,すなわち,@患者毎の歯科治療情報を登録し,登録データを利用して患者に対する治療情報を入力可能な歯科情報処理装置,A患者に対する治療情報を指定された歯番に対して入力する入力手段,B患者毎の歯科治療情報を登録する登録手段,C登録手段に登録された患者毎の歯科治療情報を参照して患者の治療部位の状態を認識する認識手段,D入力ガイダンス画面,E入力ガイダンス画面の情報を確認した歯科治療情報の入力は,引用刊行物1発明にはないから,これらの相違点を看過した審決の一致点の認定は誤りであると主張する。 (2) まず,構成@について,原告は,引用刊行物1(甲3)の「歯牙の状態」は,訂正発明1の「治療情報」ではなく,引用刊行物1の記載から引用刊行物1発明として認定できるのは,「歯科医で使用される歯牙の部位及び状態を表すデータ管理において,各歯牙毎に『歯牙の状態』のデータを入力又は修正する・・・医療情報管理システム」であって,訂正発明1の「歯科情報処理装置」とはいえないと主張するので,まず,訂正発明1の「歯科情報処理装置」における「治療情報」の意味について検討する。 訂正発明1の「歯科情報処理装置」は,訂正明細書(甲8添付)の特許請求の範囲【請求項1】の記載によれば,「患者毎の歯科治療情報を登録し」,「登録データを利用して患者に対する治療情報を入力可能な」ものであって,「患者に対する治療情報を指定された歯番に対して入力する入力手段」と,「患者毎の歯科治療情報を登録する登録手段」と,「前記治療情報を入力する際のガイダンスを与える入力ガイダンス画面を表示する表示手段」とを備え,「前記入力手段より歯科治療情報を入力する際に前記表示手段が表示する前記入力ガイダンス画面の情報を確認して歯科治療情報を入力可能とする」ことを特徴とするものであるが,入力される情報が「歯科治療情報」であるのか,「治療情報」であるのか,また,入力される情報が「治療情報」であるとした場合に登録される「歯科治療情報」と異なるのかは,【請求項1】の記載からは明らかではない。そこで,訂正明細書の記載を参酌すると,発明の詳細な説明には,「本発明は患者毎の歯科治療情報を登録し,登録データを処理する歯科治療処理方法及び装置に関するものである」(段落【0001】【発明の属する技術分野】),「歯科治療の分野においても同様であり,患者ごとの歯科治療情報をコンピュータに入力し,随時読み出すことができるものが登場してきている」(段落【0002】【従来の技術】),「そしてそれらの中には,治療情報を入力してカルテなどを印刷出力できるものも登場してきている」(段落【0003】),「しかしながら従来のこの種の装置は,治療情報を入力する際に,過去のカルテ等を参照しながら治療情報を入力しており,カルテにおける歯式表現では歯式を見ただけではその歯の状態を読み取ることができなかった」(段落【0004】【発明が解決しようとする課題】),「以上の構成において,患者毎の歯科治療に先だって行なう各種入力の際等に,入力時点における患者の歯の状態を容易に認識することができ,歯科治療情報の入力誤りを容易に防ぐことができる」(段落【0011】【作用】),「本例では,以上の構成を備え,患者毎に操作部43より,あるいは,外部記憶装置45よりの患者情報の読み出しにより治療すべき患者情報を入力し,歯科治療情報としてファイル部20又は内部記憶装置46に記憶する」(段落【0019】),「本例においては,患者毎の情報のほかに,カルテ等の作成を補助する機能も附加されており,このカルテ作成の補助の為の歯科治療情報や,治療状況の入力状態等も保持されている」(段落【0020】),「以上説明した様に本発明によれば,患者毎の歯科治療に先だって行なう各種入力の際等に,入力時点における患者の歯の状態を容易に認識することができ,歯科治療情報の入力誤りを容易に防ぐことができる」(段落【0053】【発明の効果】)と記載され,訂正明細書の発明の詳細な説明においても,「治療情報」と「歯科治療情報」とは明確に区別されて用いられているものではない。また,訂正明細書には,「歯科治療情報」としてファイル部20に記憶されるデータ(段落【0019】)に関して,「300は患者個人データファイル群であり,患者原簿データ,患者来院単位データ,患者処置データ,患者病名データ,患者口腔内情報データ,患者病歴データ,会計データ等より構成されている」(段落【0023】)と記載されている。以上の訂正明細書の記載によれば,訂正発明1の「歯科情報処理装置」において,「治療情報」と「歯科治療情報」とは同一のものであり,登録される「歯科治療情報」には,「患者原簿データ,患者来院単位データ,患者処置データ,患者病名データ,患者口腔内情報データ,患者病歴データ,会計データ等」が含まれるのであるから,患者口腔内情報データに相当する引用刊行物1発明の「歯牙の状態」が,訂正発明1の「歯科治療情報」ないし「治療情報」に含まれることは明らかである。 原告は,歯科情報処理装置の分野においては,レセプトの点数に関連する「治療情報」や「処置情報」と,レセプトの点数に関係しない「病名」や「歯の状態」に関する情報とが明確に区別されているから,「歯牙の状態のデータ」を入力するだけの医療情報管理システムと,レセプト処理にかかわる「治療情報」を入力するための歯科情報処理装置とでは,課題や目的が異なるとも主張する。しかしながら,引用刊行物1には,「前記各種データを月毎に保険請求のためにレセプトと呼ばれる印字用紙(14)に印字する場合,該当月における全患者の診療データに基づき,演算処理部(12)により診療費及び投薬による薬価を計算する。必要に応じて外部メモリ(11)に前記レセプトに印字する対象のデータを格納しておき,歯科医の契約している指定銀行の口座に前記外部メモリ(11)の持込みによって振替処理を行う」(2頁右下欄第1段落)と記載されており,入力されたデータがレセプトの作成に用いられることが明記されているのであるから,原告の上記主張は理由のないことが明らかである。さらに,引用刊行物1には,「患者の1歯牙毎」に,「歯牙の状態」,「最終処置」,「算定日付」,「病名」及び「罹患日付」を入力することが記載されているから,引用刊行物1の第1図の画面上に「最終処置」等をどのように入力するかが明示されていないとしても,これらのデータが入力可能に構成されていることは,以下のとおり,本件特許出願時における当業者の技術水準を考慮すれば明らかである。すなわち,引用刊行物2(甲4)には,歯科処理情報装置「プレストSV」について,診療内容入力として,「カルテと全く同じ画面表示ですから,初めての方にも簡単に操作していただけます。診療内容は,5年間はすべて記憶できますし,確認・訂正もスクロールで簡単に処理できます。また,カルテには必要でレセプトには不要な文面も,自由に登録・入力が可能です。カルテ記載の流れと同様に処置入力して頂くだけで自動的に病名候補を表示(業界初)。・・・さらに,薬価計算も簡単処理。薬品購入時に薬価を登録するだけで,後は薬剤を何錠処方したかを入力するだけで,処方料・調剤料・薬剤の点数を表示します。笑気ガスも,使用した分数を入力するだけで,N2O,O 2とも使用量と点数を表示します」(28頁右欄下)と記載され,また,歯科情報処理装置「DOC-5」について,その表示画面(37頁)には,【根管治療】として,「生切」,「失切」,「抜髄」,「感染根処」,「根管貼薬」及び「根充済み」が明示されており,これらの記載によれば,歯科情報処理装置において,「治療情報」や「処置情報」が入力可能になっていることは技術常識であると認められる。 引用刊行物1には,従来の技術として,「歯科医の診療に際しては,歯牙,病名,歯髄の有無等各歯牙毎にデータ管理の必要があり,更に最終的には,月締めで翌月始めにレセプトと呼ばれる保険医療報告と共に窓口会計のために診療によって入力されたデータから保険負担分の計算を行う。従って各歯牙毎に診療データを管理する場合,第13図に示す株式会社モリタ製作所発行のモリタ・FACOM DOC-5のカタログのように各歯牙の番号,治療法等を画面上のカーソルで指示を行い,単に患者の口腔内情報を全て一画面に表示し,各歯牙の指定は数字で行う方式である」(1頁右下欄下から第2段落〜2頁左上欄第1段落)と記載され,発明が解決しようとする課題として,「前述の従来例では,単に各歯牙の部位は1〜8の番号を示してあるだけで,その指定は前記番号を示す数字キーの入力で所定の歯牙に対して各種データを入力する方式で,指定し難い欠点があり,本発明は上記欠点を除去した新規な医療情報管理システムを提供するものである」(2頁左上欄第2段落)と記載されているように,引用刊行物1発明の「医療情報管理システム」は,従来のものにおける「番号を示す数字キーの入力で各歯牙の指定を行う方式の欠点」を除去するものである。上記のように,この種の医療情報管理システムにおいて,「治療情報」や「処置情報」を入力可能に構成されていることが技術常識であることに照らせば,引用刊行物1の「医療情報管理システム」が,単に「歯牙の状態」を入力するだけのものではなく,「最終処置」,「算定日付」,「病名」及び「罹患日付」等も入力されるものであることは明らかである。 原告は,引用刊行物1の「歯科医で使用される歯牙の部位及び状態を表すデータ管理において,各歯牙毎に『歯牙の状態』のデータを入力又は修正する・・・医療情報管理システム」との記載は,「産業上の利用分野」を特定するために記載されたものであり,発明そのものが記載されているものではないとも主張するが,引用刊行物1の「産業上の利用分野」のみならず,引用刊行物1の記載全体から,訂正発明1の「歯科情報処理装置」に相当する「医療情報管理システム」が認定できることは上記のとおりであるから,原告の上記主張は採用することができない。また,甲9〜12陳述書には,上記認定に反する記載があるが,甲9陳述書は原告技術担当専務取締役の作成に係るものであり,甲10〜12陳述書も,本件訴訟の証拠とするために原告の依頼に基づいて作成された文書であることがうかがわれ,いずれも上記認定を左右するものではない。 (3) 次に,構成A〜Cについて,原告は,引用刊行物1発明で入力されるデータは,「歯牙の状態」を表すデータであって,訂正発明1の「患者に対する治療情報」ではないと主張するが,引用刊行物1発明の「医療情報管理システム」が,「患者に対する治療情報」を入力するものであると認めることができることは,上記(2)のとおりであるから,原告の上記主張は理由がない。 また,構成Cについて,原告は,訂正発明1の「認識手段」は,歯科治療という行為に関する情報を認識し,その結果として得られるものは,治療部位の状態であり,メモリに格納された「状態」の情報を認識する引用刊行物1発明とは「認識」の技術的意義が本質的に異なると主張する。しかしながら,訂正発明1の「認識手段」は,「登録手段に登録された患者毎の歯科治療情報を参照して当該治療を行なう患者の治療部位の状態を認識する」ものであり,登録手段に登録された歯科治療情報に,患者原簿データ,患者来院単位データ,患者処置データ,患者病名データ,患者口腔内情報データ,患者病歴データ,会計データ等が含まれることは,上記(2)のとおりであるから,治療という行為のみから治療部位の状態を認識するものに限られるものでない。他方,訂正発明1においても,訂正明細書(甲8添付)に,「本例においては,図3に示す現状口腔内情報ファイル412を参照して表示部41に口腔内情報を視覚的に表示し,治療部位の状態を視覚的に確認できるように構成している」(段落【0034】),「本例においては,現状口腔内情報ファイル412等を参照して処置部位の入力に先立って治療しようとする患者の登録情報を読み出してきて口腔内情報として視覚的に表示することとしており,図5に501で示すように口腔内の歯の状態を上下左右の歯番とともに表示している」(段落【0039】)と記載され,「治療」という行為に関する情報を登録している「歯番単位処置情報ファイル431」,「歯番単位処置部位・病名情報ファイル432」等(段落【0030】参照)を認識に用いることは記載されていない。したがって,引用刊行物1発明の「認識手段」は,訂正発明1の「認識手段」と異ならないものであり,原告の上記主張も理由がない。 (4) 進んで,構成Dについてみると,原告は,訂正発明1における入力ガイダンス画面であるためには,要件@,すなわち,認識手段の認識した患者の治療部位の状態に従って少なくとも画面の一部に表示されること,要件A,すなわち,現在までの患者の口腔内の歯の状態の図形表示を含むこと,及び要件B,すなわち,「前記治療情報」を入力する際のガイダンスを与えること,以上の3要件を満たす必要があるが,引用刊行物1(甲3)には,訂正発明1における認識手段に対応する構成要素は開示も示唆もされていないから,要件@の構成は開示されておらず,また,引用刊行物1の第1図の中央左側には模式図が表示されているが,第1図の表示はすべてが「●」で表示されており,甲9陳述書に記載されているように,その画面が起動されるたびに健全歯32歯分の表示がされ,現在までの患者の口腔内の歯の状態が表示されると認識することはできないから,要件Aの構成は開示されておらず,さらに,引用刊行物1の第1図の中央右側のボックス内で,「生活歯」,「失活歯」,「欠損」などの歯の状態を下側の辺に沿ってコメント形式で入力指示に従って入力する行為は,治療情報の入力には該当せず,第1図の左側の模式図は,専ら歯牙の特定を容易にするか,あるいはメモリ内の1歯分のデータを指定するための役割を果たしているにすぎないから,治療情報を入力するためのガイダンスを与える役割は有しておらず,要件Bの構成も開示されていないと主張する。 しかしながら,引用刊行物1発明の「認識手段」は,訂正発明1の「認識手段」と異ならないものであることは,上記(3)のとおりである。 また,引用刊行物1には,「初期メニューとして,第1図に示すように全て永久歯の場合には,8×4=32本を健全歯として表示し,前記矢印(13)によって指定した位置の歯牙に対し,データをキーインする」(3頁左上欄最終段落)と記載され,第1図の表示画面には,前回日付として「63.12.12」,永久歯32本がすべて生活歯を示す「●」として示された模式図が記載されているが,再診時の診察結果を入力する場合において,32本の永久歯すべてが「●」として示された初期メニューを表示させて入力するよりも,メモリに格納された前回までのデータを利用する方が合理的であることは当然というべきであるところ,引用刊行物1の「本発明は,・・・前記内部メモリに格納された歯牙の形状及び状態を各歯牙毎に前記表示装置の画面上に表示すると共に該歯牙状態に対応するデータの入力時又は修正時の指示用に移動可能な指示マークを前記画面上に表示させ,カーソル移動キーの押下によって所定部位を選択する構成である」(2頁左上欄最終段落〜右上欄第1段落)との記載に照らせば,引用刊行物1は,再診時の診察結果の入力に,「内部メモリに格納された各歯牙の形状及び状態」を表示する態様も開示しているものというべきである。しかも,第1図の表示画面には,模式図の上に「63.7.15」の日付が記載されており,これを入力日又は診察日と解すると,前回日付である「63.12.12」と矛盾することになるから,再診時に初期メニューが表示される態様のみが記載されているものと理解することはできない。したがって,引用刊行物1には,現在までの患者の口腔内の歯の状態の図形表示を含む入力ガイダンス画面が表示されているものと認めることができ,要件Aの構成が開示されているというべきである。 さらに,引用刊行物1の「歯牙の状態」は,訂正発明1の「治療情報」,「歯科治療情報」に含まれるものであることは上記(2)のとおりであり,また,引用刊行物1にその入力画面が明確に記載されていないとしても,引用刊行物1発明が「最終処置」等のデータを入力するものであることは明らかである。加えて,引用刊行物1発明は,引用刊行物1に「前述の従来例では,単に各歯牙の部位は1〜8の番号を示してあるだけで,その指定は前記番号を示す数字キーの入力で所定の歯牙に対して各種データを入力する方式で,指定し難い欠点があり,本発明は上記欠点を除去した新規な医療情報管理システムを提供するものである」(2頁左上欄第2段落),「オペレータとしては画面で視覚的に実際に患者の口腔をのぞいているように対象部位を選択できる」(同頁左下欄最終段落〜右下欄第1段落),「本発明によれば,歯科医用電子計算機において,画面上に永久歯の32歯分の部位を表示すると共に各部位を表示する矢印等の指示マークを表示させる構成であり,オペレータ(操作者)が容易に各歯の部位を指定できる」(3頁右下欄最終段落〜4頁左上欄第1段落)と記載されているように,医療情報管理システムにおいて各種データ入力の際の部位の指定を容易にさせるものであるから,ガイダンスを与える役割があることは明らかである。したがって,引用刊行物1には,要件Bの構成も開示されているというべきである。 (5) 原告は,引用刊行物1(甲3)の記載から,治療情報を読み取ることは不可能であり,このような状態情報からレセプトを作成することはできず(甲10〜12陳述書),また,「歯牙の状態」は治療情報とは全く別の情報として明確に区別されるべき情報であるから,「歯牙の情報」の入力手順は歯科治療情報を入力可能とするための入力手順には該当せず,さらに,引用刊行物1には,入力ガイダンス画面が開示,示唆されていないから,引用刊行物1発明の「歯牙の状態」の入力手順は,訂正発明1の「入力手段より歯科治療情報を入力する際に表示手段が表示する入力ガイダンス画面の情報を確認して」行われる入力の手順には含まれないと主張する。 しかしながら,引用刊行物1発明の医療情報管理システムがレセプトの作成を前提としていること,レセプトの作成を行う医療情報管理システムは引用刊行物2に記載されるように技術常識であることは,上記のとおりであり,訂正発明1の「治療情報」には,当然に「口腔内情報データ」が含まれるのであるから,引用刊行物1の第1図の表示から治療情報が読み取れないという原告の主張は理由のないことが明らかである。また,治療情報及び入力ガイダンス画面についての原告の主張が採用できないものであることも上記のとおりである。 (6) 以上検討したところによれば,原告の取消事由1の主張は理由がない。 2 取消事由2(訂正発明1と引用刊行物1発明との相違点2についての判断の誤り)について (1) 原告は,審決の相違点2についての判断に対し,引用刊行物3(甲5)には,訂正発明1における「優先順位を付けて」との技術的思想は,開示も示唆もなく,甲7公報記載のデータの決定手段は,訂正発明1の「優先順位」とは異なるものであるから,甲7公報の記載を引用刊行物3に組み合わせても,訂正発明1の「優先順位」が導き出せるものではないと主張する。 (2) 相違点2に係る訂正発明1の構成は,「『表示手段上に,登録手段に登録された患者毎の歯科治療情報を参照して,指定された歯番の歯の状態から予想される処置を優先順位を付けて,入力ガイダンス画面と同一画面に表示する処置の表示画面』を備えている」(審決謄本7頁[相違点2])というものである。原告は,訂正発明1と甲7公報記載の「優先順位」が異なる理由として,甲7公報記載のデータの決定手段は,訂正発明1では,現在までに確立された歯科治療ルールという客観的なデータに基づいて優先順位の決定を行うのに対して,甲7公報記載のものは,参照者の過去の参照パターン等の主観的なデータに基づいて参照順を決定している旨主張する。しかしながら,訂正発明1に係る訂正明細書の特許請求の範囲【請求項1】の記載によれば,「優先順位」は,「登録手段に登録された患者毎の歯科治療情報を参照して」付けられるものの,その付け方について,歯科治療ルールに基づいて決定されるとの限定はない。また,甲7公報に記載される参照者別のパターンを用いた順位付けは,単なる一実施例にすぎないから,「優先順位」が異なることを理由とする原告の主張は,採用することができない。 他方,引用刊行物3には,歯科医院用のレセコン(レセプトコンピュータ)に関する発明について,「アシスト機能は『フロー誘導』『病名誘導』『代表入力』などを組み合わせた強力なものであり,病名と部位を登録しておけば次回からは歯式を入れるだけで可能性のある処置内容が候補として表示される。そのため,継続した診療の場合は2回目以降の入力がかなり簡便化されている」(64頁左欄第2段落),「『フロー誘導(AI入力)』は標準的な診療の流れに従って,次の診療を候補として表示するもので,選択肢の数をもっとも少数に絞り込むことが可能となっている。2回目以降の部位に関しては歯式を入れるだけで続きが表示されるのでさらに簡単に入力することができるだろう」(66頁右下欄第2段落)との記載があり,これらの記載によれば,病名と部位を登録しておけば次回からは歯式を入れるだけで可能性のある処置内容が候補として表示される歯科情報処理装置,あるいは,歯式を入れるだけで標準的な診療の流れに従って次の診療を候補として表示するものが開示されているところ,これらのものは,表示手段上に,登録手段に登録された患者毎の歯科治療情報を参照して,指定された歯番の歯の状態から予想される処置を表示するものである。また,甲7公報に記載されているとおり,医療情報処理装置の分野において,所定の表示領域に表示されたデータと関連するデータのリストを参照される可能性の高いものから順に作成し,マルチウィンドウ等の機能によって作成された表示領域に表示すること,すなわち,参照データを優先順位を付けて,所定のデータ表示領域と同一画面に表示することは,周知技術であると認めることができる。そうすると,引用刊行物1発明において,引用刊行物3記載の技術事項及び上記周知技術を採用し,「表示手段上に,登録手段に登録された患者毎の歯科治療情報を参照して,指定された歯番の歯の状態から予想される処置を優先順位を付けて,入力ガイダンス画面と同一画面に表示する処置の表示画面」との相違点2に係る訂正発明1の構成を備えるようにすることは,当業者が容易に想到し得ることである。 (3) さらに,原告は,訂正発明1の奏する効果は,審決が引用した刊行物のいずれか又はそれらの組合せに基づいて当業者が予想し得る範囲を大きく超える特有の効果を奏すると主張するが,原告主張に係る訂正発明1の奏する効果,すなわち,入力者が経験の少ないものであっても,客観的なルールに導かれて処置を決定できる等の効果は,訂正発明1に係る訂正明細書の特許請求の範囲【請求項1】の記載によれば,「優先順位」は,「登録手段に登録された患者毎の歯科治療情報を参照して」付けられるものの,その付け方について,歯科治療ルールに基づいて決定されるとの限定はないことは上記(2)のとおりであり,訂正発明1の効果ということはできず,また,そのほかの効果についても,引用刊行物1発明に他の刊行物記載の技術事項及び周知技術を組み合わせることにより,当業者が予想し得る範囲のものにすぎない。 (4) 以上のとおりであるから,審決の相違点2についての判断に誤りはなく,原告の取消事由2の主張も理由がない。 3 取消事由3(訂正発明2〜8の進歩性の判断の誤り)について 原告は,訂正発明2〜5は,訂正発明1に従属する発明であり,訂正発明6〜8は,訂正発明1〜4に係る物の発明を,方法の発明としてとらえたものであるところ,訂正発明1は,明らかに進歩性を有するものであるから,当然,訂正発明2〜8も,進歩性を有すると主張する。しかしながら,訂正発明1の進歩性を肯定し得ないことは,上記1及び2のとおりであるから,原告の取消事由3の主張も理由がないことは明らかである。 4 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がないから,訂正発明1〜8の進歩性を否定し,独立特許要件を欠くとした審決の判断に誤りはなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。 よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 篠原勝美 |
---|---|
裁判官 | 岡本岳 |
裁判官 | 早田尚貴 |