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事件 |
平成
23年
(行ケ)
10297号
審決取消請求事件
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裁判所のデータが存在しません。 | |
裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2012/07/11 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
判例全文 | |
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判例全文
平成24年7月11日判決言渡 平成23年(行ケ)第10297号 審決取消請求事件 口頭弁論終結日 平成24年5月9日 判 決 原 告 X 訴訟代理人弁護士 河 原 和 郎 井 戸 陽 子 廣 田 茂 哲 加 藤 健 一 郎 弁理士 三 原 靖 雄 被 告 特 許 庁 長 官 指定代理人 小 牧 修 立 澤 正 樹 瀬 良 聡 機 田 村 正 明 主 文 原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 原告の求めた判決 特許庁が不服2010−25090号事件について平成23年7月25日にした 審決を取り消す。 第2 事案の概要 本件は,特許出願に対する拒絶審決の取消訴訟である。争点は,容易想到性であ る。 1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成16年10月7日,名称を「球技用ボールにおける外皮側とボール 側との接着方法」とする発明につき特許出願(甲6,特願2004−295178) をし,平成22年1月19日付けで拒絶理由通知を受け(甲7),同年3月23日 付けで特許請求の範囲に関する手続補正書(甲8の2)を提出したが,同年8月1 0日付けで拒絶査定を受けたので(甲9),同年11月8日に不服の審判(不服2 010−25090号)を請求するとともに,特許請求の範囲に関する本件補正(甲 10)をした。特許庁は,平成23年7月25日付けで,本件補正を却下した上で, 「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年8月18 日,原告に送達された。 2 本願発明の要旨 (1) 本件補正によるもの(補正発明。各請求項に応じて「補正発明1」などと いう。請求項2及び3の誤記を審決が訂正認定したものであり,原告も訂正につい て争わない。) 【請求項1】 球技用ボールにおいて,複数枚の外皮側の表皮材(A)をボール側の中空球状チ ューブ(B)に貼着するに際して,裏面に水反応型接着剤(1)を設け,且つ,耐 水性素材の袋(C)に,密封・収納しておいた表皮材(A)を,該袋(C)から取 り出し,これら表皮材(A)を,中空球状チューブ(B)にそれぞれ貼着すること を特徴とする球技用ボールにおける外皮側とボール側との接着方法。 【請求項2】 球技用ボールにおいて,複数枚の外皮側の表皮材(A)をボール側の中空球状チ ューブ(B)に貼着するに際して,表皮材(A)の裏面に水反応型接着剤(1)を 設け,且つ,耐水性素材の袋(C)に,密封・収納しておいた表皮材(A)を,該 袋(C)から取り出し,これら表皮材(A)を,水等の水分(2)の付与手段によ り,表面に水分(2)を与えた中空球状チューブ(B)に,それぞれ貼着すること を特徴とする球技用ボールにおける外皮側とボール側との接着方法。 【請求項3】 水等の水分(2)の付与手段が,塗布,あるいは噴霧であることを特徴とする請 求項2記載の球技用ボールにおける外皮側とボール側との接着方法。 (2) 本件補正前のもの(補正前発明。誤記を審決が訂正認定したものであり, 原告も訂正について争わない。) 球技用ボールにおいて,複数枚の外皮側の表皮材(A)をボール側の中空球状チ ューブ(B)に貼着するに際して,表皮材(A)の裏面に,水反応型接着剤(1) を設け,これら表皮材(A)を,中空球状チューブ(B)にそれぞれ貼着すること を特徴とする球技用ボールにおける外皮側とボール側との接着方法。 3 審決の理由の要点 (1) 審決は,「補正発明1は,当業者が引用例1に記載された発明,引用例2 に記載された発明,自明な事項1ないし3,引用例1に記載された事項及び周知技 術に基づいて容易に発明をすることができたので独立特許要件を欠く」,「補正発 明2,3は,いずれも,当業者が引用例1に記載された発明,引用例2に記載され た発明,自明な事項1ないし3,周知技術,引用例1に記載された事項及び周知慣 用手段に基づいて容易に発明をすることができたので独立特許要件を欠く」,「補 正前発明は,当業者が引用例3に記載された発明,周知技術,自明な事項1及び自 明な事項2に基づいて容易に発明をすることができた」と判断した。 (2) 上記判断に際し,審決が認定した引用例1(特開平7−16312号公報, 甲1)記載の発明(引用発明1),引用例2(特開2000−219855号公報, 甲2)記載の発明(引用発明2),引用例3(特開2003−126304号公報, 甲5)記載の発明(引用発明3),補正発明1と引用発明1との対比・判断,補正 発明2,3についての判断,補正前発明と引用発明3との対比・判断は,以下のと おりである。 ア 引用発明1 テニスボールの如き,メルトン貼りボールの製造方法において, 予め,中空のコアボールと,表面を植毛したダンベル形状のメルトンを作ってお き,2枚のメルトンを,コアボールの両側より,包むように接着する際に,メルト ンは,柔軟性を有する布状のものなので,機械での取扱が難しく,従来は,作業者 が手作業でコアボールへのメルトンの貼り付けを行っており,これがため,作業者 の負担が大きく,完成ボールの品質にバラツキが生じ易すく,更に,製造効率も低 いものとなっていたが,近年は,労働力の確保が次第に難しくなってきており,ま た,ユーザの品質要求,価格要求も高いことから,従来,自動化の困難であったこ の種製造工程においても,機械化研究を進めざるを得ない状況となってきたので, 一定品質のメルトン貼りボールを,効率的に製造するため, 表面が植毛され,裏面には加圧で接着する接着剤が塗布されているダンベル形状 のメルトン10を,その表面を上向きにして多数積層し,メルトンの上下面間は接 着していない貼り合わせ状態とした積層メルトン12と, 表面に加圧で接着する接着剤が塗布されたコアボール14と, を準備し, ハガシ機16により,前記積層メルトン12から順に1枚ずつメルトン10を剥 がし分離し, 積層メルトン12から分離されたメルトン10をメルトン供給機400,500 によりボール製造機に供給し, ボール供給機600によりコアボール14をボール製造機に供給し, ボール製造機700によりコアボール14にメルトン10を加圧接着により貼り 付けて, 2系統で,積層メルトンからのメルトンの分離,分離したメルトンとコアボール のボール製造機への供給,コアボールへのメルトンの貼り付けの各工程を自動的に 行えるようにすることにより, コアボールに対し,メルトンを所定箇所に位置決めしながら自動的に接着するこ とができるので,一定品質のメルトン貼りボールを効率良く製造することができ, 作業者の負担も大幅に軽減させることができ,また,2枚のメルトンの裏面とコア ボールの外面の内,いずれか一方または両方に加圧で接着する接着剤を塗っておき, コアボールにメルトンを接着させる際,加圧接着させるようにしたことにより,上 側アプリケータと下側アプリケータへのメルトンやコアボールのセットが容易とな り,製造上のトラブル発生を無くすことができるようにした,複数枚のメルトンで コアボールを包むように接着する方法。 イ 引用発明2 液体状の接着部材により貼合する方法を採ると,均等な量の接着部材をその収納 部材上に塗布することが困難となるので,接着部材を構成する樹脂が本来有してい る特質を発揮できるように,硬化前の反応型ホットメルト樹脂が所定の厚み及び大 きさに加工されて成る接着シートを,接着シートの間に離形性の部材を挟んで積層 した接着部材積層体の保存方法において, 接着部材積層体を収納する非通気性の密封体を備え,接着シートが空気に触れる ことなく,接着シート同士が接着されることなく,しかも,収納スペースを多く占 有することなく,接着シートを積層した接着部材に密封体にコンパクトに収納する ことができ,接着部材を部品レベルで取り扱うことができるので,接着工程におい て,接着シートを順に密封体から取り出して円滑に貼り合わせることができる保存 方法であって, 前記接着シートは,不織布シートが使用された芯部材付きの接着シートであり, 芯部材3Aの一方の面を核にして反応型ホットメルト樹脂10’を浸み込ませた後 に固化させたもので,反応型ホットメルト樹脂及び芯部材3Aを含んで所定の厚み t’及び幅wの大きさに加工され,常温状態において固化するので,簡単かつ容易 に取り扱うことができ,芯部材3Aの内部には部品を含有させても含有させなくて もよく,該芯部材付き接着シート32は枚葉シート状に裁断され,空気中の水分を 吸って硬化が進むので,例えば,加工後24時間以内の短期間に貼合加工をするこ とが好ましいが,このような時間的な制約を受けないようにするために,その貼合 加工を行う前に,硬化が進まないようにする必要があるので,非通気性の密封体と して,好ましくは気体,H2Oなどを極めて容易に通過させない材質であって,遮 光性のよい部材で形成したバリア袋68を用意し,これに前記接着部材積層体を収 納し,その後,バリア袋68の両端開放部を熱圧着することによって密封保存し, 湿気の侵入を阻止することにより,前記芯部材付きの接着シートの製造後の時間的 な加工制約を受けることが無く,接着シート同士が接着されることもなく,接着部 材積層体を部品レベルで取り扱うことができ,接着工程において,バリア袋68か ら取り出して円滑に貼り合わせることができるように保存する,芯部材付きの接着 シートである接着部材積層体の保存方法。 ウ 引用発明3 内部に空気を保持するチューブと呼ばれるゴム体に,空気を充填して球形にし, 該チューブに補強層を被覆したカーカスに,天然皮革,合成皮革,天然ゴム,合成 ゴム,天然ゴムスポンジ,合成ゴムスポンジ,天然布,そして合成布等を使用する ものである複数の表皮を接着する貼りボールの表皮接着方法において, 従来は,溶媒を用いるため,臭気や火災の危険性があり,作業環境の悪いもので あり,また,乾燥時間を必要としたり,乾燥まで場所を必要としたり,粘度調整を 必要とするため,熟練を要する等の作業上の欠点があったので, 従来のボールの表皮の接着方法に代えて,溶媒を用いない,即ち,無溶媒の手段 により,接着し,環境にやさしく,臭気がなく,溶媒による火災の心配もなく,溶 媒の乾燥時間が節約でき,場所も節約でき,また,熟練を必要としないボールの表 皮接着方法とするため, 表皮の裏面に無溶剤の接着剤である接着層を設け,該表皮をカーカスに載置し接 着するようにしたボールの表皮接着方法。 エ 補正発明1と引用発明1との対比・判断 (ア) 一致点 「球技用ボールにおいて,複数枚の外皮側の表皮材をボール側の中空球状チューブ に貼着するに際して,裏面に接着剤を設けておいた表皮材を,中空球状チューブに それぞれ貼着する,球技用ボールにおける外皮側とボール側との接着方法。」であ る点。 (イ) 相違点1 補正発明1では,前記接着剤が「水反応型」のものであり,前記表皮材が「耐水 性素材の袋に,密封・収納しておいた」ものであり,これら表皮材を,「該袋から 取り出し」,中空球状チューブにそれぞれ貼着するのに対して, 引用発明1では,前記接着剤が加圧で接着するものであり,前記表皮材がその表 面を上向きにして多数積層されているが,袋に密封・収納されてはおらず,これら 表皮材を,前記積層メルトン12から順に1枚ずつ剥がし分離し,中空球状チュー ブにそれぞれ貼着する点。 (ウ) 相違点1についての判断 a 布状のものを接着する接着剤として,水反応型接着剤は本件出願前に周知である(以 下「周知技術」という。例.原査定の拒絶の理由で引用された特開昭58−78383号公 報(甲3,「『ヒータ組込基材の不織布等からなる基材』や『表布』」が「布状のもの」に 相当する。),同じく原査定の拒絶の理由で引用された特開平5−198360号公報(甲 4,「『透水性の芯地からなるヒータ組込基材及びフェルト等の断熱材』や『表布』」が「布 状のもの」に相当する。))。 b また,接着剤として水反応型接着剤を用いれば,100℃以上の高温による硬化工程 を必要としないこと,無溶剤,無公害で高速度で硬化させることができること,水により硬 化すること,硬化後,接着剤が高温接着性やゴム弾性を有すること,および,表布や基材等 の適用材質の詳細に応じた変性,改質が可能であることが,本件出願前に当業者に自明であ る(以下「自明な事項1」という。甲3の2頁左下欄13行〜右下欄20行の記載参照。)。 c さらに,布状のものを接着する接着剤として水反応型接着剤と水とを用いて接着する 際に,水反応型接着剤と水とを互いに接着する面の同じ面に同時に塗布すると直ちに反応を 開始して固まり始めるため短時間に接着作業を始めなければならないのに比較して,一方の 面に水反応型接着剤を塗布し,他方の面に水を塗布するようにすると,両方の面を合わせた ときに接着剤の反応が始まるので落ち着いて作業ができることも本件出願前に当業者に自 明である(以下「自明な事項2」という。甲4の【0008】 【0024】 及び の記載参照。 。 ) d 水と反応する接着剤は,空気中の水分を吸って反応が進むので,その接着を行う前に, 反応が進まないようにする必要があることは,本件出願前に当業者に自明である(以下「自 明な事項3」という。引用例2【0062】参照。)。 e 引用発明1は,2枚のメルトンの裏面とコアボールの外面の内,いずれか一方または 両方に加圧で接着する接着剤を塗っておき,コアボールにメルトンを接着させる際,加圧接 着させるようにしたことにより,上側アプリケータと下側アプリケータへのメルトンやコア ボールのセットが容易となり,製造上のトラブル発生を無くすことができるようにしたもの であるところ,接着剤として,加圧で接着する接着剤を用いているので,コアボールにメル トンを接着させるためには,コアボールとメルトンの間に所定の圧力が生じるまで加圧しな ければならず(引用例1【0080】参照。),また,より確実に接着するには,このよう な加圧を複数回行ったりしなければならず(引用例1【0081】参照。),さらに,最終 完成品にするには,最終工程として,蒸気による起毛処理等を行う必要がある(引用例1【0 083】参照。)ことから,自動的かつ連続的に多数のテニスボールを製造することができ る接着方法(引用例1【0083】参照。)ではあるが,上記aないしcからみて,引用発 明1の接着剤として,加圧で接着する接着剤に代えて,周知技術の水反応型接着剤を用いた 場合と比較すると,大きな圧力をコアボールとメルトンの間に生じさせなければならない 点,高速接着性の点及び確実性の点で周知技術よりも劣った接着方法であることが明らかで ある。 f そうすると,引用発明1において,大きな圧力をコアボールとメルトンの間に生じさ せずに,より短い時間で,コアボールにメルトンを確実に接着させるために,引用発明1の 接着剤として,加圧で接着する接着剤に代えて水反応型接着剤を用い,かつ,裏面に水反応 型接着剤が塗布されているメルトン10を,その表面を上向きにして多数積層しメルトンの 上下面間は接着していない貼り合わせ状態とした積層メルトン12の各メルトンが,空気中 の水分を吸って反応が進み積層メルトン12から順に1枚ずつメルトン10を剥がし分離 しコアボール14に貼り付けて接着を行う前にメルトンの上下面間が接着してしまわない ように,引用発明2の保存方法を採用し,前記積層メルトン12を,非通気性の密封体とし て気体,H2Oなどを極めて容易に通過させない材質で形成したバリア袋に収納し,その後 該バリア袋の両端開放部を熱圧着することによって密封保存し,湿気の侵入を阻止すること により,前記積層メルトン12の製造後の時間的な加工制約を受けることが無く,前記メル トン10同士が接着されることもなく,前記積層メルトン12を部品レベルで取り扱うこと ができるようにしておき,コアボール14に貼り付けて接着を行う際に,前記バリア袋から 取り出して,1枚ずつメルトン10を剥がし分離し,分離されたメルトン10を,水を塗布 した状態のコアボール14に貼り付けて,メルトン10の水反応型接着剤とコアボール14 に塗布した水が反応して短時間でコアボールにメルトンが確実に接着する接着方法となす ことは,上記aないしeからみて,当業者が周知技術,自明な事項1ないし3,引用例1に 記載された事項及び引用発明2に基づいて容易に想到することができたことである。 g 上記fの「水反応型接着剤」,「『非通気性の密封体として気体,H2Oなどを極め て容易に通過させない材質で形成したバリア袋に収納し,その後該バリア袋の両端開放部を 熱圧着することによって密封保存』した『裏面に水反応型接着剤が塗布されているメルトン 10を,その表面を上向きにして多数積層しメルトンの上下面間は接着していない貼り合わ せ状態とした積層メルトン12』」及び「前記バリア袋から取り出して,1枚ずつメルトン 10を剥がし分離し,分離されたメルトン10を,水を塗布した状態のコアボール14に貼 り付けて,メルトン10の水反応型接着剤とコアボール14に塗布した水が反応して短時間 でコアボールにメルトンが確実に接着する」は,それぞれ,補正発明1の「水反応型接着剤 (1)」,「耐水性素材の袋(C)に,密封・収納しておいた表皮材(A)」及び「該袋(C) から取り出し,これら表皮材(A)を,中空球状チューブ(B)にそれぞれ貼着する」に相 当する。 したがって,引用発明1において,上記fのようになすと,前記接着剤は「水反応型」の ものになり,前記表皮材は「耐水性素材の袋に,密封・収納しておいた」ものになり,これ ら表皮材を,「該袋から取り出し」 中空球状チューブにそれぞれ貼着することになるから, , 引用発明1において,上記相違点1に係る補正発明1の構成となすことは,上記fからみて, 当業者が周知技術,自明な事項1ないし3,引用例1に記載された事項及び引用発明2に基 づいて容易になし得た程度のことである。 h 補正発明1の奏する効果は,引用発明1の奏する効果,引用発明2の奏する効果,周 知技術の奏する効果,引用例1に記載された事項及び自明な事項1ないし3から,当業者が 予測できた程度のものである。 i まとめ 以上のとおりであるから,補正発明1は,当業者が引用例1に記載された発明,引用例2 に記載された発明,自明な事項1ないし3,引用例1に記載された事項及び周知技術に基づ いて容易に発明をすることができたものである。 したがって,補正発明1は,特許法29条2項の規定により,特許出願の際独立して特許 を受けることができないものである。 オ 補正発明2,3についての判断 (ア) 補正発明2は,補正発明1の球技用ボールにおける外皮側とボール側との接着方法に おいて,前記中空球状チューブ(B)の表面に,水等の水分(2)の付与手段により,水分 (2)を与えたものに相当する。 また,補正発明3は,補正発明2の球技用ボールにおける外皮側とボール側との接着方法 において,水等の水分(2)の付与手段が,塗布,あるいは噴霧であるものに相当する。 (イ) 上記相違点1についての判断fによれば,引用発明1において,積層メルトン12を バリア袋から取り出して,1枚ずつメルトン10を剥がし分離し,分離されたメルトン10 を,水を塗布した状態のコアボール14に貼り付けて,メルトン10の水反応型接着剤とコ アボール14に塗布した水が反応して短時間でコアボールにメルトンが確実に接着する接 着方法となすことは,当業者が周知技術,自明な事項1ないし3,引用例1に記載された事 項及び引用発明2に基づいて容易に想到することができたことであるところ,塗布手段ある いは噴霧手段で水を塗布することは本件出願前に周知慣用のことである(以下「周知慣用手 段」という。例.甲4の【0017】,図1(c)などに記載されている「スプレーガン9」 参照。)から,引用発明1において,コアボール14の表面に塗布手段あるいは噴霧手段で 水を塗布するとともに,積層メルトン12をバリア袋から取り出して,1枚ずつメルトン1 0を剥がし分離し,分離されたメルトン10を,水を塗布した状態の前記コアボール14に 貼り付けて,メルトン10の水反応型接着剤とコアボール14に塗布した水が反応して短時 間でコアボールにメルトンが確実に接着する接着方法となすことは,当業者が周知技術,自 明な事項1ないし3,引用例1に記載された事項,周知慣用手段及び引用発明2に基づいて 容易に想到することができたことである。 ここで,「塗布手段あるいは噴霧手段」が補正発明3の「塗布,あるいは噴霧である水等 の水分(2)の付与手段」に相当し,「コアボール14の表面に塗布手段あるいは噴霧手段 で水を塗布する」ことが補正発明2,3の「前記中空球状チューブ(B)の表面に,水等の 水分(2)の付与手段により,水分(2)を与え」ることに相当する。 したがって,補正発明2,3は,いずれも,当業者が引用例1に記載された発明,引用例 2に記載された発明,自明な事項1ないし3,周知技術,引用例1に記載された事項及び周 知慣用手段に基づいて容易に発明をすることができたものである。 補正発明2,3は,いずれも,当業者が引用例1に記載された発明,引用例2に記載され た発明,自明な事項1ないし3,周知技術,引用例1に記載された事項及び周知慣用手段に 基づいて容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により, 特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。 カ 補正前発明と引用発明3との対比・判断 (ア) 一致点 球技用ボールにおいて,複数枚の外皮側の表皮材をボール側の中空球状チューブ に貼着するに際して,表皮材の裏面に,無溶剤の接着剤を設け,これら表皮材を, 中空球状チューブにそれぞれ貼着する,球技用ボールにおける外皮側とボール側と の接着方法。 (イ) 相違点2 前記無溶剤の接着剤が,補正前発明では,「水反応型接着剤」であるのに対して, 引用発明3では,水反応型接着剤であるかどうか不明な点。 (ウ) 相違点2についての判断 a 引用発明3の「球技用ボールにおける外皮側とボール側との接着方法」は,溶媒を用 いないことにより,環境にやさしく,臭気がなく,溶媒による火災の心配もなく,溶媒の乾 燥時間が節約でき,場所も節約でき,また,熟練を必要としないボールの表皮接着方法であ るところ,接着剤として水反応型接着剤(上記相違点1についての判断a参照。)を用いれ ば,100℃以上の高温による硬化工程を必要とせず,無溶剤,無公害で高速度で硬化させ ることができ,水により硬化し,硬化後,接着剤が高温接着性やゴム弾性を有し,表布や基 材等の適用材質の詳細に応じた変性,改質が可能であり(上記相違点1についての判断b参 照。),上記水反応型接着剤と水とを用いて接着する際に,水反応型接着剤と水とを互いに 接着する面の同じ面に同時に塗布すると直ちに反応を開始して固まり始めるため短時間に 接着作業を始めなければならないのに比較して,一方の面に水反応型接着剤を塗布し,他方 の面に水を塗布するようにすると,両方の面を合わせたときに接着剤の反応が始まるので落 ち着いて作業ができる(上記相違点1についての判断c参照。)ことからみて,引用発明3 の「球技用ボールにおける外皮側とボール側との接着方法」において,前記「無溶剤の接着 剤」として水反応型接着剤を用い,「複数枚の外皮側の表皮材」を「ボール側の中空球状チ ューブ」に「貼着」するに際して,「中空球状チューブ」に水を塗布するとともに,「表皮 材の裏面」に水反応型接着剤を塗布して設け,これら「表皮材」を,水を塗布した「中空球 状チューブ」にそれぞれ「貼着」するようになすことは,当業者が周知技術,自明な事項1 及び自明な事項2に基づいて容易に想到することができた程度のことである。 b 補正前発明の奏する効果は,引用発明3の奏する効果及び周知技術の奏する効果,自 明な事項1及び自明な事項2から,当業者が予測できた程度のものである。 c したがって,補正前発明は,当業者が引用例3に記載された発明,周知技術,自明な 事項1及び自明な事項2に基づいて容易に発明をすることができたものである。 第3 原告主張の審決取消事由 1 取消事由1(補正発明1と引用発明1との相違点の認定の誤り) 審決は,補正発明1と引用発明1との相違点を,相違点1のとおり認定した。 しかし,審決は最も重要な補正発明1と引用発明1の相違点を認定していない。 すなわち,補正発明1は,@「球技用ボールにおける外皮側とボール側との接着方 法」が発明の名称とされているとおり,製造機械ではなく,製造方法に着目するも のである。また,A補正発明1は,数十枚の外皮側ピースが想定されていることか ら分かるように,サッカーボールやバスケットボール,バレーボールのような多数 の表皮材が使用される比較的大きなボールに関する発明を内容としている。これに 対し,引用発明1では,@「ボール製造器」が発明の名称とされていることから分 かるように,製造機械そのものが発明の対象となっている。また,Aその複雑な構 造上,2枚のメルトン貼付のみを想定しており,対象となるボールは,テニスボー ルや野球ボールのように比較的小さなボールだけである。 このような引用発明1をもって,数十枚の外側ピースの貼付が必要な,大きなボ ールに関する補正発明1に対する論理付けを行うことはできない。 したがって,上記相違点からすれば,引用発明1を補正発明1の進歩性判断の基 礎としたこと自体,誤りである。 2 取消事由2(補正発明1と引用発明1の相違点についての判断の誤り) (1) 加圧接着剤による接着方法が水反応型接着剤による接着方法に劣るとの認 定の誤り 審決は,引用発明1が「接着剤として,加圧で接着する接着剤に代えて,周知技 術の水反応型接着剤を用いた場合と比較すると,大きな圧力をコアボールとメルト ンの問に生じさせなければならない点,高速接着性の点及び確実性の点で周知技術 よりも劣った接着方法であることが明らかである。」とした上で,「引用発明1に おいて,上記相違点1に係る補正発明1の構成となすことは,上記fからみて,当 業者が周知技術,自明な事項1ないし3,引用例lに記載された事項及び引用発明 2に基づいて容易になし得た程度のことである。」と判断した。 しかし,引用発明1が接着剤として,加圧で接着する接着剤を使っているからと いって,水反応型接着剤を用いた場合に比較して,劣った接着方法であるとはいえ ない。 球技用ボールは,その使用時に,ラケットで叩かれる,足で蹴られる,手で叩か れる等の極めて強い負担がかかり,そのような力を受けることによってボール自体 が一時的に変形し,また元の状態に戻る。したがって,球技用ボールに表皮を接着 する場合,このような強い負担に耐えられるだけの強度の接着性が要求される。 このような球技用ボールの特殊性に鑑みれば,機械による加圧接着は,単純に手 作業で水反応型接着剤を使用する場合よりもより強く接着できるともいえるため, 引用発明1が水反応型接着剤を用いた場合に比較して,必ずしも劣った接着方法と はいえない。また,水反応型接着剤の場合であっても,その接着強度を増すために 機械によって加圧することはあるのであり,技術的に二者択一の関係にある接着方 法というわけでもない。このような点からすれば,「大きな圧力をボールと表皮材 の間に生じさせなければならない」ということは,水反応型接着剤の場合に比べて 劣った技術であるとはいえない。 そして,高速接着性の点及び確実性の点でも,球技用のボールとして強い接着性 が求められるという特殊性や水反応型接着剤の場合であっても機械による加圧を行 うことがあることからすれば,加圧接着剤による接着方法が水反応型接着剤による 接着方法に技術的に劣っているというわけではなく,審決はその判断の基礎的な認 定を誤っている。 被告は,乙2ないし5に基づいて主張するが,実質的にみれば,審決で審理され なかった乙2ないし5を引用発明として新たに主張するもので許されず,また加圧 接着剤による接着方法が水反応型接着剤による接着方法に劣ることの根拠にもなら ない。 (2) 引用発明2を引用発明1に適用した誤り 審決は,「引用発明1において,上記相違点1に係る補正発明1の構成となすこ とは,上記fからみて,当業者が周知技術,自明な事項1ないし3,引用例lに記 載された事項及び引用発明2に基づいて容易になし得た程度のことである。」と判 断した。 しかし,引用発明1と引用発明2とは,前者がテニスボールをはじめとした球技 用ボールの製造をその技術分野とするのに対し,後者がIDカード,ICカードに 使用される接着部材等をその技術分野としているのであって,技術分野が全く異な り,両者を組み合わせる動機が全くない。 すなわち,引用発明1は,ボール製造機であり,「テニスボールの如く,・・2 枚のメルトンでコアボールの両側より,互いに90°ずれた位置で包むように接着 してメルトン貼りボールを製造するボール製造機に関する」のに対し,引用発明2 は,「キャッシュカード,顔写真の入った従業員証,社員証,会員証,学生証,外 国人登録証及び各種運転免許証などのIDカード及びICカードに使用される接着 部材の製造保存に適用して好適な接着シート,その製造装置,その製造方法,その 保存方法及びその保存具に関する」のであって,その技術分野が全く異なるため, 両者を組み合わせる動機が全くない。 また,引用発明1では,テニスボールのような球技用ボールの製造が目的であり, 球技用ボールに対しては直接物理的な力が強く働くことから,球面であるコアボー ルに対して,強度に接着することが特に重視される。これに対し,引用発明2の想 定するIDカード及びICカードの接着法においては,これらのカードに直接物理 的な力がかかることは通常考えにくいため,強度よりも,できるだけ平坦な形で接 着すること,薄く接着することが重要視される。 このように製造目的物が球面と平面とで異なるほか,接着の際重視される視点も 大きく異なるため,引用発明1と引用発明2とを組み合わせる動機は全くない。 (3) 周知技術,自明な事項1ないし3を引用発明1に適用した誤り 審決が,周知技術,自明な事項1,2として挙げた甲3及び甲4には,それぞれ, ヒータ組込基材と立毛表布とを水反応型接着剤で接着する方法と,表布とヒータ組 込基材,断熱材とを水反応型接着剤で接着する方法が記載されている。 しかし,これらの技術分野も,自明な事項3としても引用されている,引用例2 と同じく,テニスボールのような球技用ボールの製造を目的とする引用発明1とは, その技術分野が全く異なる。そのため,周知技術,自明な事項1ないし3を引用発 明1に組み合わせる動機は全くない。 すなわち,周知技術として挙げられている水反応型接着剤は,直接物理的な力が かかる事の想定されていないヒータの接着方法として用いられているにもかかわら ず,これをそのまま直接物理的な力が強く働く球技用ボールというものに対しても 適用できるか否かは全く不明なのであって,当業者にとって,球技用ボールに水反 応型接着剤を用いることができることまで周知ということはできない。 また,周知技術を引用発明1に論理的に組み合わせることができない理由として, 引用発明1で用いている加圧接着剤と周知技術で用いている水反応型接着剤では, 後者の方が高価であることも指摘できる。このように周知技術で用いられている高 価な水反応型接着剤を,何の課題や目的意識もなく,引用発明1で用いられている 加圧接着剤に代えて採用することは,論理的ではない。 (4) 小括 以上のように,審決には,引用発明1を補正発明1の進歩性判断の基礎としてい る誤りがあるほか,加圧接着剤が水反応型接着剤に劣ると認定した点や,引用発明 2及び周知技術,自明な事項1ないし3を引用発明1に適用した点に誤りがあるか ら,補正発明1の進歩性に関する判断を誤ったものとして速やかに取り消されるべ きである。 3 取消事由3(補正発明2,3に関する判断において周知慣用手段を引用発明 1に適用した誤り) 審決は,「塗布手段あるいは噴霧手段で水を塗布することは本件出願前に周知慣 用のことである」とし,「補正発明2,3は,いずれも,当業者が引用例1に記載 された発明,引用例2に記載された発明,自明な事項1ないし3,周知技術,引用 例lに記載された事項及び周知慣用手段に基づいて容易に発明をすることができた ものである。」と判断した。 しかし,審決は,ここでも,引用発明1が球技用ボールという強度の接着性が要 求される技術分野に関する発明であることを看過している。すなわち,引用発明1 は,「テニスボールの如く,・・2枚のメルトンでコアボールの両側より,互いに 90°ずれた位置で包むように接着してメルトン貼りボールを製造するボール製造 機に関する」ものであり,その接着方法において,球技用ボールの,球面であると いう特殊性や直接物理的な力が強く働くという特殊性を無視することはできない。 これに対して,「周知慣用手段」として挙げられている甲4には,表布とヒータ組 込基材,断熱材とを水反応型接着剤で接着する方法が記載されており,直接物理的 な力が働くことは想定されておらず,しかも平面的な場面での接着方法に関するも のである。このように技術分野が大きく異なるから,水反応型接着剤の接着の際, 塗布手段あるいは噴霧手段で水を塗布する方法を,そのまま球技用ボールにも適用 することを当業者が容易に想到できるというのは論理的でない。 球技用ボールの接着方法においても,水反応型接着剤が適材といえること,その 接着の際,塗布手段あるいは噴霧手段で水を塗布する方法が適していることを発明 したのが,補正発明2,3なのである。 このように,引用発明1と周知慣用手段はその技術分野が大きく異なるから,周 知慣用手段を当然のように引用発明1に適用した審決は取り消されるべきである。 4 取消事由4(補正前発明と引用発明3の一致点・相違点の認定の誤り) 審決は,引用発明3の「無溶剤の接着剤である接着層」と補正前発明の「水反応 型接着剤(1)」とは「無溶剤の接着剤」である点で一致するから,補正前発明と引 用発明3とは,「球技用ボールにおいて,複数枚の外皮側の表皮材をポール側の中 空球状チューブに貼着するに際して,表皮材の裏面に,無溶剤の接着剤を設け,こ れら表皮材を,中空球状チューブにそれぞれ貼着する,球技用ボールにおける外皮 側とボール側との接着方法。」である点で一致し,相違点2で相違すると判断した。 しかし,補正前発明の「水反応型接着剤(1)」と引用発明3の「無溶剤の接着剤」 とは一致するものではない。 「溶剤」とは「工業の分野で,物質を溶かすのに用いる液体」をいい,「無溶剤 の接着剤」とは,そのような「物質を溶かすのに用いる液体」を用いない接着剤を いうのであって,水反応型接着剤は水を用いている以上,「無溶剤の接着剤」とは いえない。また,引用発明3では,「無溶媒の手段が,熱手段,加圧手段,摩擦手 段を用いる」とされているとおり,無溶媒の手段として水が用いられることは想定 されていない。このように審決は,補正前発明と引用発明3の一致点・相違点の認 定を誤っている。 5 取消事由5(補正前発明と引用発明3の相違点についての判断において周知 技術,自明な事項1及び自明な事項2を引用発明3に適用した誤り) 審決は,「当業者が周知技術,自明な事項1及び自明な事項2に基づいて容易に 想到することができた」と判断した。 しかしながら,周知技術,自明な事項1及び自明な事項2と引用発明3とは,そ の技術分野が全く異なるのであって,これらを組み合わせる動機が全くない。すな わち,上記のとおり,甲3及び甲4は,それぞれ,ヒータ組込基材と立毛表布とを 水反応型接着剤で接着する方法と,表布とヒータ組込基材,断熱材とを水反応型接 着剤で接着する方法を記載しているのであって,電気カーペット等の面状採暖具に 関する技術である。これに対し,引用発明3は,球技用ボールの表皮接着方法に関 するものである。このように,周知技術,自明な事項1,2は,電気カーペットと いう平面な対象物の接着に関する技術であって,物理的な力もその上から踏まれる という,むしろ接着を強化する方向でしか想定されない分野の技術であるのに対し, 引用発明3は,球技用ボールという対象物が球面のものの接着に関する技術であっ て,物理的な力としてはあらゆる角度から強度の力が加えられることが想定される 分野の技術であり,全く技術分野が異なるのであるから,これらの知識を単純に足 し算することはできない。 したがって,周知技術,自明な事項1,2を当然のように引用発明3に適用した 審決の判断は誤りである。 6 まとめ 審決には,上記の各誤りがあり,いずれも審決の結論に影響するから,審決は取 り消されるべきである。 第4 被告の反論 1 取消事由1(補正発明1と引用発明1との相違点の認定の誤り)に対して (1) 引用例1には,メルトン貼りボールを製造するにあたり,例えば,表面に加 圧で接着する接着剤が塗布されたコアボールを準備する工程,表面が植毛され,裏 面には加圧で接着する接着剤が塗布されているダンベル形状のメルトンを準備する 工程,積層メルトンから順に1枚ずつメルトンを剥がし分離する工程,積層メルト ンから分離されたメルトンをボール製造機に供給する工程,コアボールをボール製 造機に供給する工程,コアボールにメルトンを加圧接着により貼り付ける工程とい った接着方法についての記載がある。すなわち,引用例1には,ボール製造機の発 明も記載されてはいるが,メルトン貼りボールの製造方法における「複数枚のメル トンでコアボールを包むように接着する方法」の発明も記載されている。 したがって,引用例1に「複数枚のメルトンでコアボールを包むように接着する 方法」の発明(引用発明1)が記載されていないということはできない。引用例1 には,製造機械の発明しか開示されていないとか,製造方法の発明の開示はない旨 の原告主張は,失当である。 (2) 補正発明1は,外皮側の表皮材の枚数について,「複数枚」と特定するのみ であるところ,「2枚」が「複数枚」に包含されることは明らかである。 本願明細書の記載をみても,補正発明1の接着方法における球技用ボールは,極 めて多数の表皮材が使用されるものに限られるとか,サッカーボールやバスケット ボール,バレーボールのような比較的大きなボールに限られるとする根拠はない。 補正発明1の球技用ボールについて,2枚のメルトンのみの貼付で足りる小さなテ ニスボールが排除される根拠もない。 2 取消事由2(補正発明1と引用発明1の相違点についての判断の誤り)に対 して (1) 「加圧接着剤による接着方法が水反応型接着剤による接着方法に劣るとの 認定の誤り」に対して 引用例1には,引用発明1の加圧で接着する接着剤すなわち感圧接着剤の組成な どについては何ら記載されていない。一般に,感圧接着剤は,強固に接着できない ものであり(特開昭63−189486号公報,乙6),被接着面が湿気を帯びて いるときにはこの粘着性が十分発揮されず,接着を試みても必要な接着強度を得る ことが不可能なものである(特開昭62−91576号公報,乙7)といえるから, 感圧接着剤の接着強度が弱いことは,本件出願時の技術常識であるといえる。 これに対して,水反応型接着剤は,球技用ボールにおける接着にも使用されてい るものであって(特開昭56−168763号公報,乙2,特開平10−2958 53号公報,乙3,特開昭55−96170号公報,乙4),かつ,耐衝撃性に優 れた強力な接着剤であり(特開2001−262113号公報,乙5),従来の強 度が弱い感圧接着剤に代えて使用でき,強固に接着できるものである(乙6)。 したがって,従来の感圧接着剤と水反応型接着剤とを比較すると,水反応型接着 剤のほうが,接着強度の点や耐衝撃性の点でも,強度の物理的負担に耐えなければ ならない球技用ボールにおける外皮側とボール側との接着に使用する接着剤とし て,より好適である。 仮に,原告の指摘する審決の上記判断部分に誤りがあるとしても,下記(2)及び(3) 記載のとおり,補正発明1は引用発明1,引用発明2,周知技術及び自明な事項1 〜3から想到容易であるとした審決の判断そのものに誤りはないから,原告の上記 主張の当否は,結論に影響を及ぼさない。 (2) 「引用発明2を引用発明1に適用した誤り」に対して ア 原告は,引用発明2がIDカード,ICカードに使用される接着部材等 をその技術分野としていることを前提に,引用発明1と引用発明2とは技術分野が 異なるため,両者を組み合わせる動機付けがないと主張する。しかし,原告の主張 は,以下述べるとおり,その前提において失当である。 引用例2には,キャッシュカード,顔写真の入った従業者証,社員証,会員証, 学生証,外国人登録証及び各種運転免許証などのIDカード及びICカードに使用 される接着部材の製造保存についての記載があるが,引用発明2が「IDカード, ICカードに使用される接着部材等」の技術分野に限定されるというものではなく, 「IDカード,ICカードに使用される接着部材等」は,適用して好適なものであ るにすぎない。例えば,引用例2の請求項18,20及び24には,一般的な接着 シートの保存方法の発明が記載されており,当該箇所には,「IDカード,ICカ ードに使用される接着部材等」との記載や「接着する対象が平面である」との記載 は見当たらない。引用例2に記載されている発明について,審決における引用発明 2の認定に誤りはない。 引用発明1の「メルトン10」は,柔軟性を有する布状のものであって,裏面に 接着剤が塗布されているものであるから,接着シートあるいは接着部材といえるも のであり,「積層メルトン12」は,表面には植毛がされ,裏面には加圧で接着す る接着剤が塗布されているダンベル形状のメルトン10を,その表面を上向きにし て多数積層したものであるから,接着部材積層体といえる。してみると,引用発明 1の「積層メルトン12」と,引用発明2の「接着部材積層体」とは,接着シート を含む接着部材の積層体である点で一致し,引用発明1の接着する方法と引用発明 2の保存方法とは,接着シートを含む接着部材の積層体を対象とする技術分野の発 明である点で一致する。 イ 引用発明2の反応型ホットメルト樹脂は,空気中の水分を吸って硬化が進み, それにより接着シート同士を接着させるものであるから,布状のものを接着する接 着剤として周知である「水反応型接着剤」の一種である。 したがって,接着シート(メルトン10)を含む接着部材の積層体(積層メルト ン12)を対象とする接着方法の発明である引用発明1において,周知技術である 「水反応型接着剤」,「水反応型接着剤」を備えた接着シートを含む接着部材の積 層体を対象とする発明である引用発明2を適用する動機が全くないということはで きない。 (3) 「周知技術,自明な事項1ないし3を引用発明1に適用した誤り」に対し て ア 補正発明1において,ボールの外皮側とボール側との接着に必要な接着 剤として「水反応型接着剤」を用いることの技術的意義は,環境にやさしく,臭気 がなく,溶媒による火災の心配もなく,溶媒の乾燥時間が節約でき,場所も節約で き,熟練の必要がないようにする(接着作業の簡素化,並びに,作業環境の改善) とともに,そのまま,あるいは水分を介して接着することにより,接着作業のさら なる簡素化を図ることにある。 そして,甲3には,100℃以上の高温による硬化工程を必要とせず,無溶剤, 無公害で高速度で硬化させるための手段として「水反応型接着剤」を用いることが 記載されているところ,これは補正発明1において水反応型接着剤を用いる意義と 何ら変わるものでない。 したがって,引用発明1において,接着作業の簡素化,作業環境の改善などを図 るために感圧接着剤に代えて水反応型接着剤を用いることは,甲3に接した当業者 であれば,容易に想到しうる。 また,自明な事項3の根拠として挙げた甲2について,甲2に記載の事実に基づ いて相違点1に係る構成は想到容易であると判断した審決に誤りがないのは,上記 (2)のとおりである。 イ 原告は,周知技術として挙げられている甲3,4の水反応型接着剤はヒ ータの接着方法に用いられているから,これをそのまま直接物理的な力が強く働く 球技用ボールには適用できないと主張する。しかし,甲3,4には,水反応型接着 剤についてヒータの接着用途のみが開示されているとしても,そこに開示されてい る水反応型接着剤が,球技用ボールの接着用途に適用できないとされる根拠はない。 そして,補正発明1は,球技用ボールにおける外皮側とボール側との接着方法にお いて使用される「水反応型接着剤」について,どのような接着剤であるか何ら特定 していないし,本願明細書は,どのような接着剤(材質,製造方法,製品名など) を選択すれば課題解決を図ることができるかについて何ら開示していないところ, 甲3,4に記載の水反応型接着剤は,補正発明1の水反応型接着剤と何ら異なるも のでない。 また,水反応型接着剤は,球技用ボールにおける接着に使用され,耐衝撃性を有 するものであることが本件出願時の技術常識であるから,球技用ボールの製造にお ける接着に使用することができるものであり,強固に接着できないものである感圧 接着剤を用いている引用発明1の接着に,その感圧接着剤に代えて使用できるもの である。 ウ 原告は,加圧接着剤よりも水反応型接着剤の方が高価であるから,水反 応型接着剤を引用発明1の加圧接着剤に代えて採用することは論理的でない,と主 張する。しかし,加圧接着剤よりも水反応型接着剤の方が高価であるというに足り る証拠はない。仮に,原告が主張するように水反応型接着剤が高価であるとしても, 実際に補正発明1を実施しようとすることがコスト面で困難であるかどうかと,補 正発明1を公知の発明から容易に想到することが当業者において困難であるかどう かとは別問題である。 3 取消事由3(補正発明2,3に関する判断において周知慣用手段を引用発明 1に適用した誤り)に対して (1) 補正発明1は独立特許要件を満たさないとした審決の判断に誤りがなけれ ば,補正発明2〜3についての判断の当否にかかわらず,審決の補正却下の決定に は違法性はないところ,取消事由1,2は理由がないから,取消事由3の当否は, 結論に影響を及ぼさない。 (2) 原告は,周知慣用手段の技術は,表布とヒータ組込基材,断熱材とを水反 応型接着剤で接着する方法であり,直接物理的な力が働くことは想定されていない 旨主張する。しかし,取消事由2について述べたとおり,原告の主張には理由がな い。 また,原告は,塗布手段あるいは噴霧手段で水を塗布する方法を,そのまま球技 用ボールにも適用することを当業者が容易に想到できるというのは論理的でないと 主張する。しかし,水を塗布する際に塗布手段あるいは噴霧手段を使用することは ごく一般的なことであるから,引用発明1の対象が球技用ボールの部品である球面 形状のコアボールであるからといって,引用発明1において,審決でいう周知慣用 手段の技術を適用することに何ら阻害要因は見当たらない。 4 取消事由4(補正前発明と引用発明3の一致点・相違点の認定の誤り)に対 して (1) 本願明細書の記載によれば,補正前発明の「水反応型接着剤」について次 のことがいえる。 すなわち,球技用ボールの製造は,従来,水又は溶剤に溶解させた接着剤(水溶 性または溶剤性の接着剤)を外皮側ピースやカーカスに塗布するという極めて煩雑 な塗布作業が必要であり,水溶性,水性の接着剤を用いる場合,少しでも水分が残 ると,不良品となる等の欠点があり,溶剤性の接着剤を用いる場合には,作業員の 健康上及び身体の安全性が問題であった。また,接着剤として,固形型樹脂接着剤 を使用し触媒としての硬化剤を使用するにしても,製造時には固形型樹脂接着剤が 劣化しており製造作業がうまくいかないという欠点があった。 そこで,補正前発明は,接着剤として水反応型接着剤を用い,表皮材の裏面に水 反応型接着剤を設け,これら表皮材を,そのまま貼着するか,あるいは,中空球状 チューブの表面に水を付与した後貼着することにより,球技用ボールの製造工程に おける接着作業の簡素化,並びに,作業環境の改善を図るものである。 そして,補正前発明によれば,あらかじめ表皮材の裏面に水反応型接着剤を設け ておき,そのまま中空球状チューブに表皮材を貼着するか,あるいは,水を付与し て中空球状チューブに表皮材を貼着するために,作業工程をいたって簡素化でき, また従来のように,溶剤,水溶剤を使用しないことから,作業員の健康上および身 体の安全が図られ,さらに,製品の均一性が確保できる等の効果を奏する。 (2) 上記のとおり,補正前発明において,「水反応型接着剤」は,あらかじめ 表皮材の裏面に設けておくものであり,複数枚の表皮材を球状チューブに貼着する に際して,溶剤,水溶剤を使用しないものである。 したがって,補正前発明の解決課題からすると,補正前発明の「水反応型接着剤」 は「無溶剤の接着剤」と一致するとした審決の判断に誤りはない。 また,補正前発明において,水は硬化剤として使用されるのであって,原告が主 張するような「物質を溶かすのに用いる液体」として使用されているのではない。 5 取消事由5(補正前発明と引用発明3の相違点についての判断において周知 技術,自明な事項1及び自明な事項2を引用発明3に適用した誤り)に対して 取消事由2について述べたことと同様の理由により,原告の主張は理由がない。 第5 当裁判所の判断 1 取消事由1(補正発明1と引用発明1との相違点の認定の誤り)について (1) 引用例1(甲1)には,メルトン貼りボールを製造するにあたっての,表 面に加圧で接着する接着剤が塗布されたコアボールを準備する工程,表面が植毛さ れ,裏面には加圧で接着する接着剤が塗布されているダンベル形状のメルトンを準 備する工程(以上【0009】),積層メルトンから順に1枚ずつメルトンを剥が し分離する工程,積層メルトンから分離されたメルトンをボール製造機に供給する 工程,コアボールをボール製造機に供給する工程(以上【0010】),コアボー ルにメルトンを加圧接着により貼り付ける工程(【0078】〜【0081】)な ど,接着方法についての記載がある。そうすると,引用例1には,ボール製造機の 具体的な構成に関する記載のほか,メルトン貼りボールの製造方法における「複数 枚のメルトンでコアボールを包むように接着する方法」(【0002】,【000 5】)の発明も記載されているものと認められる。 したがって,引用例1には,製造機械の発明しか開示されておらず,製造方法の 発明は開示されていないとの原告の主張は,理由がない。 (2) 補正発明1は,外皮側の表皮材の枚数について,「複数枚」と特定するの みである(甲10)ところ,「2枚」が「複数枚」に包含されることは明らかであ る。 また,本願明細書(甲6)の記載をみても,補正発明1の接着方法における球技 用ボールが極めて多数の表皮材が使用されるものに限られるとか,サッカーボール, バスケットボール,バレーボールのような比較的大きなボールに限られるとする根 拠はない。補正発明1の球技用ボールについて,2枚のメルトンのみの貼付で足り る小さなテニスボールが排除されるとする根拠もない。 したがって,引用発明1は2枚のメルトン貼付のみを想定する小さなボールに限 定されるのに対し,補正発明1は数十枚の外側ピースの貼付が必要な大きなボール を対象とする旨の原告の主張は,理由がない。 (3) 以上によれば,取消事由1には理由がない。 2 取消事由2(補正発明1と引用発明1の相違点についての判断の誤り)につ いて (1) 「水反応型接着剤」の意義について 補正発明1には,「水反応型接着剤」に関して,「(表皮材の)裏面に水反応型 接着剤(1)を設け」としか特定されていない。そして,本願明細書(甲6)を参 照すると,本願明細書には,以下の記載があり,水反応型接着剤とは,「水分と反 応して固体に変化する接着剤」全般を広く指すものと認められ,水溶液の付与手段 によって,中空球状チューブの表面に付与した水溶液(水)と反応して固体に変化 するもののみならず,空気中の水分に反応して固体に変化するものや,瞬間接着剤 をも含むものと認めることができる。 「【0012】 そして,水反応型接着剤(1)とは,水分と反応して固体に変化する接着剤であり,水 反応型接着剤(1)は,空気中の水分や,被接着側の中空球状チューブ(B)の表面の目 に見えない水分に反応したり,また,水溶液(2)に反応するものであり,例えば,瞬間 接着剤と呼ばれる,わずかな空気中の水分等として反応してすばやく固まる接着剤があ る。 【0013】 従って,この水反応型接着剤(1)を設けた表皮材(A)は,図7に示すように,極め て堅牢な耐水性素材の袋(C)に密封・収納しておく必要がある。 【0014】 また,さらに,水溶液(2)の付与手段とは,塗布したり,あるいは,噴霧したりする ことであり,水溶液(2)とは,具体的には水のことである。」 そして,引用発明2の「反応型ホットメルト樹脂」が「空気中の水分を吸って硬 化が進む」ものである点(【0064】),甲3の「水反応型接着剤」が「水をス プレーすることにより容易に接着できるし,また一方,接着剤と水を2ノズルのス プレーにより塗工することによっても容易に接着することができる」ものである点 (2頁左下欄),甲4の「水反応型接着剤(水反応型ウレタン系接着剤)」が「水 反応型ウレタン系接着剤25と水26を同時に同一面に塗布しているので接着剤は 塗布後に直ちに反応を開始して固まり始める」ものである点(【0008】)で, いずれも補正発明1の「水反応型接着剤」と相違するものではない。 (2) 水反応型接着剤の適用の動機づけについて 審決は,相違点1に係る構成は,周知技術,自明な事項1〜3及び引用発明1, 2に基づいて,容易に想到し得るものである,と判断した。この点に関し,原告は, 強度の物理的負担に耐えなければならないという特殊性を有する球技用ボールに表 皮を接着する場合,このような強い負担に耐えられるだけの接着強度が要求される ところ,引用発明2は,IDカード,ICカードに使用される接着部材等に関する もので,球技用ボールの製造に関する引用発明1とは技術分野が異なり,かつ,引 用発明2の想定するIDカードおよびICカードの接着法では,球技用ボールのよ うに,直接物理的な力が強く働くことは通常考え難いため,接着の際重視される視 点が大きく異なるから,両者を組み合わせる動機が全くなく,審決が周知技術とし て挙げた水反応型接着剤も,甲3はヒータ組込基材と立毛表布とを水反応型接着剤 で接着する方法,甲4は表布とヒータ組込基材,断熱材とを水反応型接着剤で接着 する方法で,技術分野が全く異なり,直接物理的な力が強く働く球技用ボールに適 用できるか否かは全く不明であるから,球技用ボールに水反応型接着剤を用いるこ とができることまで周知であるということはできない,と主張する。 よって検討するに,甲3には,電気カーペット等の面状採暖具の接着用途として, 水反応型接着剤を用いることが記載されており,水反応型接着剤としてシアノアク リレート,ポリウレタン等の他に,ウレタン系もあることが記載されている。 特開平6−107988号公報(乙1)には,「シアノアクリレート系樹脂は, 瞬間接着剤として一般的に用いられるもので,水分により瞬間硬化する性質を持っ ている」ことが記載されている。 特開昭56−168763号公報(乙2)には,卓球ボール等の中空球体の接着 用途として,「シアノアクリレート系,ウレタン系,エポキシ系,ゴム系等の樹脂」 よりなる接着剤を使用できることが記載されている。 特開平10−295853号公報(乙3)にはソフトテニスボールの接着用途と して,特開昭55−96170号公報(乙4)にはゴルフボールの接着用途として, 「シアノアクリレート系の瞬間接着剤」を使用できる点が,それぞれ記載されてい る。 以上の記載に照らせば,本件出願時の技術常識として,シアノアクリレートやポ リウレタン等の水反応型接着剤が知られており,電気カーペット等の面状採暖具の 接着用途のみならず,卓球ボール,ソフトテニスボール,ゴルフボールなどの球技 用ボールの接着用途も含めて,一般的に用いられる,すなわち,汎用性を有するも のと認められる。 そうすると,引用発明2において,水反応型接着剤の一つである「反応型ホット メルト樹脂」が,IDカードやICカードの接着用途に特化されたものであるとは いえず,一般的な接着剤と同様,他の用途にも適用可能な汎用性を有するものとい うべきである。甲3,4についても同様であり,甲3,4の水反応型接着剤が,電 気カーペット等の面状採暖具の接着用途に特化されたものであるとはいえず,それ 自体は,一般的な接着剤と同様,他の用途にも適用可能な汎用性を有するものとい うべきである。 このような水反応型接着剤の汎用性に照らせば,引用発明1のメルトン貼りボー ルの接着用途として,水反応型接着剤を適用することは,単なる設計的事項にすぎ ず,動機づけを否定することができない。そうである以上,引用発明2,周知技術 及び自明な事項1〜3を引用発明1に適用することに格別の困難性は認められな い。 原告は,審決が加圧接着剤による接着方法が水反応型接着剤による接着方法に劣 ると認定したことは誤りであると主張する。しかし,特開昭63−189486号 公報(乙6)には,感圧型接着剤は硬化に時間がかかり,強固に接着できないこと が記載されている(1頁左下欄下から2行〜右下欄8行)。また,特開昭62−9 1576号公報(乙7)には,感圧型接着剤は,被接着面が湿気を帯びているとき には粘着性が十分発揮されず,接着を試みても必要な接着強度を得ることが不可能 なものであることが,記載されている(1頁左下欄下から3行〜右下欄4行)。こ れらの記載に照らせば,感圧接着剤の接着強度が弱いことは,本件出願時の技術常 識であるものと認められる。また他方で,上記水反応型接着剤の汎用性に照らせば, 引用発明1のメルトン貼りボールの接着用途として水反応型接着剤を適用すること は設計的事項であるから,仮に加圧接着剤による接着方法が水反応型接着剤による 接着方法に劣るか否かは別として,水反応型接着剤を選択することを困難にするも のではない。いずれにしても,原告の主張をもって審決の判断を誤りとすることは できない。 補正発明1の作用効果も,引用発明1,2,周知技術及び自明な事項1〜3が奏 する作用効果の総和以上のものであるとは認められない。 なお,原告は,加圧接着剤よりも水反応型接着剤の方が高価である点を主張する が,かかる事項は,容易想到性の判断を左右するものではない。 (3) 以上によれば,取消事由2には理由がない。 3 取消事由3(補正発明2,3に関する判断において周知慣用手段を引用発明 1に適用した誤り)について 取消事由1,2に理由がないことは上記のとおりであり,補正発明1が独立特許 要件を欠く以上,補正発明2,3についての取消事由3の当否は,審決の補正却下 の結論を左右しない。 4 取消事由4(補正前発明と引用発明3の一致点・相違点の認定の誤り)につ いて 原告は,補正前発明の「水反応型接着剤(1)」と引用発明3の「無溶剤の接着剤」 とは一致するものではないと主張する。 よって,検討するに,本願明細書(甲6)には,以下の記載がある。 「【背景技術】 【0002】 従来,球技用ボールは,外皮側には,ゴム製,合成樹脂製の分割形状の表皮材ピースと, ボール側には,中空球状チューブ(カーカスという)を設けており,複数枚の各表皮材ピー スをこの中空球状チューブの全面に,水溶性または溶剤性の接着剤を介して接着して,ボー ルを完成させている。 ・・・・・・ 【0004】 また,特に,水溶性,水性の接着剤を用いる場合には,外皮側とボール側との間や,特に, 外皮側とその外部を被覆する表皮膜との間に少しでも水分が残ると,この残存水滴の箇所が 外部から汚れて見えたり,また,残存水滴の箇所にカビが発生したりして,商品としての見 栄えが悪くなるという欠点があり,また,その箇所に接着不良が生じ,商品として不良品と なる等の欠点があり,また,溶剤性の接着剤を用いる場合には,作業員の健康上及び身体の 安全性が問題であった。 ・・・・・・ 【課題を解決するための手段】 【0007】 この発明による球技用ボールにおける外皮側とボール側との接着方法は,球技用ボールに おいて,複数枚の外皮側の表皮材(A)をボール側の中空球状チューブ(B)に貼着するに 際して,表皮材(A)の裏面に,水反応型接着剤(1)を設け,これら表皮材(A)を,そ のまま,中空球状チューブ(B)に貼着するか,あるいは,水溶液(2)を,中空球状チュ ーブ(B)の表面に付与して,該中空球状チューブ(B)の表面に,それぞれ表皮材(A) を貼着する接着方法から構成されるものである。 ・・・・・・ 【0009】 そして,この発明によると,従来のように,溶剤,水溶剤を使用しないため,作業員の健 康上および身体の安全が図れ,さらに,製品の均一性が確保できる等の効果を奏するもので ある。」 上記記載によれば,補正前発明において,「水反応型接着剤」は,あらかじめ表 皮材の裏面に設けておくものであり,複数枚の表皮材を球状チューブに貼着するに 際して,溶剤,水溶剤を使用しないものであると認められる。そうである以上,補 正前発明の「水反応型接着剤」は「無溶剤の接着剤」と一致するとした審決の判断 に誤りはない。 よって,取消事由4には理由がない。 5 取消事由5(補正前発明と引用発明3の相違点についての判断において周知 技術,自明な事項1及び自明な事項2を引用発明3に適用した誤り)について 原告は,周知技術,自明な事項1及び自明な事項2と引用発明3とは,その技術 分野が全く異なるのであって,これらを組み合わせる動機が全くないので,審決が, 周知技術,自明な事項1,2を引用発明3に適用したことは誤りであると主張する。 しかし,取消事由2について示した水反応型接着剤の汎用性に照らせば,引用発 明3の球技用ボールの表皮接着方法として,水反応型接着剤を適用することは,単 なる設計的事項にすぎないものと認められる。したがって,周知技術,自明な事項 1及び自明な事項2を引用発明3に適用した審決の認定判断に誤りはなく,取消事 由5には理由がない。 第6 結論 以上によれば,原告主張の取消事由にはいずれも理由がない。よって,原告の請 求を棄却することとして,主文のとおり判決する。 知的財産高等裁判所第2部 裁判長裁判官 塩 月 秀 平 裁判官 池 下 朗 裁判官 古 谷 健 二 郎 |