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事件 平成 21年 (ワ) 17937号 特許権侵害差止等請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京地方裁判所 
判決言渡日 2012/05/31
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
判例全文
判例全文
平 成24年5月31日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官

平成21年(ワ)第17937号 特許権侵害差止等請求事件

口頭弁論終結日 平成24年2月17日

判 決

ドイツ連邦共和国<以下略>

原 告 アイピーコム ゲゼルシャフト

ミット ベシュレンクテル

ハフツング ウント コンパニー

コ マンディートゲゼルシャフト

同訴訟代理人弁護士 片 山 英 二

同 服 部 誠

同訴訟代理人弁理士 小 林 純 子

同 加 藤 志 麻 子

同 萩 原 誠

同補佐人弁理士 黒 川 恵

同 蟹 田 昌 之

同 相 田 義 明

東京都港区<以下略>

イー・モバイル株式会社訴訟承継

被 告 イー・アクセス株式会社

同訴訟代理人弁護士 窪 田 英 一 郎

同 柿 内 瑞 絵

同 乾 裕 介

同 野 口 洋 高

同 中 岡 起 代 子

同 熊 谷 郁

1
同 今 井 優 仁

同訴訟代理人弁理士 三 木 友 由

同 宗 田 悟 志

同補佐人弁理士 西 守 有 人

主 文

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 この判決に対する控訴のための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1 請求

1(1) 主位的請求

被告は,別紙被告方法目録記載の伝送方法を使用してはならない。

(2) 予備的請求

被告は,別紙物件目録記載の携帯電話を用いたディジタルデータ伝送にお

いて,TrFO接続を実施してはならない。

2 被告は,別紙物件目録記載の携帯電話の輸入,販売又は販売の申出をして

はならない。

3 被告は,前項記載の携帯電話を廃棄せよ。

4 被告は,原告に対し,1億5100万円及びこれに対する平成21年6月

13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

本件は,発明の名称を「ディジタル有効データの伝送方法」とする発明につ

き特許権を有する原告が,被告に対し,@主位的に,被告が実施する別紙被告

方法目録記載の伝送方法(以下「被告方法」という。)が上記特許権を侵害

るとして被告方法の使用差止めを求め,予備的に,上記特許権の侵害の予防

請求として別紙物件目録記載の携帯電話(以下「被告機器」という。)を用い

2
た ディジタルデータ伝送においてTrFO接続(下記1(6)イ参照)を実施

ることの差止めを求め,A被告機器の輸入,販売又は販売の申出をする行為が

上記特許権の間接侵害(特許法101条4号)に該当するとしてその行為の差

止めを求め,B被告機器が上記特許権の侵害の行為に供した物であるとして特

許法100条2項に基づき被告機器の廃棄を求めるとともに,C上記特許権侵

害に基づく損害賠償を請求する事案である。

1 前提となる事実(証拠を記載したもの以外は当事者間に争いがない。)

(1) 当事者

原告は,移動電話通信サービスに係る技術の活用を業とするドイツ連邦共

和国法人である。

イー・モバイル株式会社は,移動電話通信サービスの提供等を業とする会

社であり,平成23年3月31日,被告に吸収合併された(以下,合併の前

後を通じて「被告」という。)。

(2) 原告の特許権

原告は,平成20年5月14日,次の特許権(以下,「本件特許権」とい

い,その特許請求の範囲請求項7の発明を「本件発明」といい,本件発明に

係る特許を「本件特許」という。別紙特許公報参照)をローベルト ボッシ

ュ ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツングから譲り受け,

現在,同特許権を保有している。

特 許 番 号 第4021622号

登 録 日 平成19年10月5日

出 願 日 平成11年7月23日

発明の名称 ディジタル有効データの伝送方法

特許請求の範囲

【請求項7】

「第1の移動局から第2の移動局へディジタルデータを伝送する方法にお

3
い て,

第1の通信ネットワーク内での伝送のため,第1の移動局により第1段

階でディジタルデータを符号化し,次に第2段階で該ディジタルデータを

チャネル符号化し,

前記の第1段階および第2段階で符号化されたディジタルデータを前記

第1の通信ネットワークの伝送チャネルを介して中間局へ伝送し,

該中間局により,前記第2段階で符号化されたディジタルデータチャネ

ルを復号し,

第2の通信ネットワーク内での伝送のため,前記中間局により前記ディ

ジタルデータをチャネル符号化し,次に前記第2の通信ネットワークの伝

送チャネルを介して,チャネル符号化された前記ディジタルデータを第2

の移動局へ伝送し,

該第2の移動局へ前記中間局からシグナリングデータを伝送し,該シグ

ナリングデータは,前記第1段階でのディジタルデータの符号化形式に関

する情報を含み,

前記第2の移動局により,前記中間局において符号化されたディジタル

データチャネルをチャネル復号し,

前記第1段階で符号化されたディジタルデータを,該第2の移動局が受

信した前記シグナリングデータに依存して,該第2の移動局により復号す

ることを特徴とする,

第1の移動局から第2の移動局へディジタルデータを伝送する方法。」

(3) 本件発明の構成要件の分説

本件発明を構成要件に分説すると次のとおりである(以下,分説した構成

要件をそれぞれ「構成要件A」などという。)。

A 第1の移動局から第2の移動局へディジタルデータを伝送する方法にお

いて,

4
B 第 1の通信ネットワーク内での伝送のため,第1の移動局により第1段

階でディジタルデータを符号化し,次に第2段階で該ディジタルデータを

チャネル符号化し,前記の第1段階および第2段階で符号化されたディジ

タルデータを前記第1の通信ネットワークの伝送チャネルを介して中間局

へ伝送し,

C 該中間局により,前記第2段階で符号化されたディジタルデータチャネ

ルを復号し,第2の通信ネットワーク内での伝送のため,前記中間局によ

り前記ディジタルデータをチャネル符号化し,

D 次に前記第2の通信ネットワークの伝送チャネルを介して,チャネル符

号化された前記ディジタルデータを第2の移動局へ伝送し,

E 該第2の移動局へ前記中間局からシグナリングデータを伝送し,該シグ

ナリングデータは,前記第1段階でのディジタルデータの符号化形式に関

する情報を含み,

F 前記第2の移動局により,前記中間局において符号化されたディジタル

データチャネルをチャネル復号し,

G 前記第1段階で符号化されたディジタルデータを,該第2の移動局が受

信した前記シグナリングデータに依存して,該第2の移動局により復号す

ることを特徴とする,

H 第1の移動局から第2の移動局へディジタルデータを伝送する方法。

(4) 被告の行為

被告は,平成20年3月から,日本全国で第3世代携帯電話の音声サービ

スを開始し,これに伴い,携帯無線電話システムに係る国際的な標準仕様の

作 成 を 目 的 と す る 団 体 で あ る 3 G P P ( 3rd Generation Partnership

Project)により作成された標準規格(以下「3GPP規格」という。)に

準拠した,被告方法を実施している。また,被告は,被告方法の使用に用い

る被告機器の輸入,販売及び販売の申出を行っている。

5
(5) 被告方法が本件発明の構成要件AないしD,F,Hを充足することにつ

いては,当事者間に争いがない。

(6) 前提となる技術用語

ア タンデム接続(甲12,17,乙128及び弁論の全趣旨。下記図7−

7を参照)

タンデム接続とは,発信側の移動機が発信側の移動体通信交換機(MS

C)のメディアゲートウェイ(MGW。ここにトランスコーダ(TC)が

置かれる。)及び着信側の移動体通信交換機のメディアゲートウェイを介

して着信側の移動機にディジタルデータを伝送する際,発信側の移動機で

ディジタルデータを符号化して伝送し,そのディジタルデータを発信側の

メディアゲートウェイで復号化し,発信側のメディアゲートウェイからP

CMリンクを通じて着信側のメディアゲートウェイに伝送し,次に,着信

側のメディアゲートウェイでディジタルデータを符号化して伝送し,その

ディジタルデータを着信側の移動機で復号化する接続の方法である。




下 記のTrFO接続及びTFO接続は,このタンデム接続を回避する技

術である。

イ TrFO(Transcoder Free Operation)接続

TrFO接続では,対向するMSCサーバ(Mobile Switching Center-

Server)がコーデック交渉をし,通信において使用されるコーデックが選

6
択 されることによって,通信路からトランスコーダを外し,符号化された

情報をそのまま相手方のRNC(Radio Network Controller)に伝送する。

具体的には,以下の手順による。

まず,発信側の移動機が,そのサポートするコーデックに関する情報を

ネットワークに通知し,この情報が発信側のMSCサーバに通知される。

発信側のMSCサーバは,通知された情報に基づき,サポートされたコー

デックについてのリスト(以下「コーデックリスト」ということがあ

る。)を着信側のMSCサーバに送る。他方,着信側の移動機は,そのサ

ポートするコーデックに関する情報をネットワークに通知し,この情報が

着信側のMSCサーバに通知される。着信側のMSCサーバは,コーデッ

クリスト及び着信側の移動機がサポートするコーデックに関する情報等か

ら使用されるコーデックを選択し,着信側の移動機に選択したコーデック

に関する情報を通知する。また,着信側のMSCサーバは,発信側のMS

Cサーバに対して,選択したコーデックを含むメッセージを通知し,発信

側のMSCサーバは,発信側の移動機に選択したコーデックに関する情報

を通知する。

このような手順によって通信で用いられるコーデックが決定され,Tr

FO接続が実施される。

ウ TFO(Tandem Free Operation)接続(甲12,13の3,乙128

及び弁論の全趣旨)

TFO接続では,移動体通信交換機のメディアゲートウェイにトランス

コーダが置かれるが,対向するトランスコーダがコーデック交渉を行うこ

とによって,発信側の移動機と着信側の移動機とで互換性のあるコーデッ

クを利用することを可能とし,移動体通信交換機間で符号化された情報が

そのまま送信される。

TFO接続とTrFO接続との違いは,通信路にトランスコーダが存在

7
す るかしないかという点にある。

2 争点

(1) 被告方法が本件発明の技術的範囲に属するか(争点1)

(2) 間接侵害の成否(争点2)

(3) 被告と他の通信会社による本件特許権の共同直接侵害の成否(争点3)

(4) 本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものか(争点4)

(5) 原告の差止請求権利の濫用に当たり許されないか(争点5)

(6) 原告の損害(争点6)

3 当事者の主張

(1) 被告方法が本件発明の技術的範囲に属するか(争点1)

(原告の主張)

ア 本件発明と3GPP規格のTrFO接続及びTFO接続との関係

(ア) 3GPP規格のTrFO接続では,着信側のMSCサーバは着信側

の移動機に発信側の移動機の符号化に関する情報を伝送し,発信側で符

号化されたディジタルデータは,着信側の移動機が受信した上記発信側

の移動機の符号化に関する情報に依存して着信側の移動機により復号化

される。

したがって,3GPP規格のTrFO接続における「発信側の移動機

の符号化に関する情報」が,本件発明における「前記第1段階でのディ

ジタルデータの符号化形式に関する情報」を含む「シグナリングデー

タ」に該当し,着信側の移動機が同シグナリングデータに依存して,デ

ィジタルデータの復号処理をしている。よって,3GPP規格によるT

rFO接続の実施により,本件発明の構成要件E(該第2の移動局へ前

記中間局からシグナリングデータを伝送し,該シグナリングデータは,

前記第1段階でのディジタルデータの符号化形式に関する情報を含み)

及び構成要件G(前記第1段階で符号化されたディジタルデータを,該

8
第 2の移動局が受信した前記シグナリングデータに依存して,該第2の

移動局により復号することを特徴とする)が実施されることになる。

(イ) 3GPP規格ではTFO接続について,発信側のコーデックに関す

る情報を含む「TFO REQ()」が送信され,TFO接続が開始さ

れるとの記載がある。この「TFO REQ()」が本件発明の「前記

第1段階でのディジタルデータの符号化形式に関する情報」を含む「シ

グナリングデータ」に該当し,着信側の移動機が同シグナリングデータ

に依存して復号処理をする。よって,3GPP規格によるTFO接続の

実施により,上記(ア)と同様に本件発明の構成要件E及びGが実施され

ることになる。

(ウ) 上記のとおり,3GPP規格のTrFO接続又はTFO接続の実施

により,本件発明の構成要件E及びGが実施されることになる。3GP

P規格には,TrFO接続及びTFO接続の実施方法について詳細な規

定が技術標準として設けられている。そして,被告は,3GPP規格に

準拠して被告方法を実施していることを認めている。

イ 日本エリクソン株式会社(以下「日本エリクソン」という。)は,被告

にTrFO接続が実施可能なサーバを提供しており,被告は,現にTrF

O接続の機能を備えたサーバを保有している。この点,被告は,TrFO

機能を動作させていないと主張するが,TrFO接続を行う必要がないの

であれば,TrFO機能の利用契約を締結する必要などないはずである。

TrFO接続及びTFO接続を実施せず,タンデム接続のみを実施した

場合,@音声信号の符号化・復号化による伝送信号の歪みが蓄積されるこ

とになり音声信号の品質が低下する(特に,低ビットレートの場合には明

らかに音質が劣化する。),A交換ノードMSCの全チャネルにトランス

コーダを挿入するとなると,トランスコーダ設置の費用が高くなる,B変

換のため信号の遅延が生じる,といった致命的な問題が生じることになる

9
か ら,被告がTrFO接続を実施しない理由は見いだせない。

ウ TrFO接続及びTFO接続の実施に関する3GPP規格は国内標準化

団体である一般社団法人電波産業会(以下「ARIB」という。)や一般

社団法人情報通信技術委員会(以下「TTC」という。)によっても国内

の標準規格ないし仕様書として採用されている。

特 に , T F O 接 続 に 関 す る 3 G P P 規 格 で あ る 「 3GPP TS 28.062

V5.3.0」(甲13)は,ARIBにより標準規格として採用されている。

ARIBは,会員に標準技術として採用した規格の遵守を求めており,被

告もARIBの会員としてこれを遵守する立場にある。

エ 被告を含む各通信会社の通信端末間の音声伝送において生じる遅延時間

を測定した実験結果(甲16)に基づく,Aの見解書(甲20。以下「本

件見解書1」という。)は,株式会社ウィルコム(以下「ウィルコム」と

いう。)の接続網では発着のトランスコーディングの時間を0とすること

が可能であるとの知見に基づき,各網がタンデム接続を実施し,TrFO

接続及びTFO接続を実施していないと仮定した上で各網間のタンデム接

続片道平均遅延時間を計算し,この計算結果と実測値との矛盾を明らかに

することによって,上記仮定が誤っていることを示し,ウィルコム網以外

の各網の相互接続ではTrFO接続ないしTFO接続が実施されているこ

とを結論付けている。したがって,本件見解書1によっても,被告がTr

FO接続ないしTFO接続を実施していることが立証されている。

オ 3GPP規格に準拠するW−CDMA方式を採用する端末間では,音声

信号の品質の低下,トランスコーダ設置の費用,信号の遅延等の問題を解

消するため,TrFO接続が実施されている。このことを示す資料の一例

は次のとおりである。

(ア) 被告と同様にW−CDMA方式を採用する株式会社エヌ・ティ・テ

ィ・ドコモ(以下「ドコモ」という。)を出願人の一人とする公開特許

10
公 報(特開2002−185555号公報。甲29の2)に,同一の音

声圧縮符号化方式をとる移動通信網ではTrFO接続が行われているこ

とが記載されている。

(イ) AMRを標準コーデックとして採用するW−CDMA方式において,

TrFO接続が実施されていることは,NTT DoCoMo テクニ

カル・ジャーナル Vol.8 No.1「3GPPにおけるコアネッ

トワークの標準化状況」(甲30)の記述からもうかがわれる。

(ウ) 世界的な通信サービスプロバイダであるTellabsの白書(甲

31)に,UMTS網においてTrFO接続が実施されていることが解

説されている。

カ 被告は,通信リンクとしてAAL type2を使用している。AAL

type2が選択された場合,効率的にTrFO接続を行うことが可能と

なるから,AAL type2を使用しながらあえてTrFO接続を実施

しないという被告の主張は極めて不自然である。

キ 被告は,TFO接続の実施の有無を確認するためのインバンドシグナル

の測定を不合理な理由で拒んでいる。

ク 以上に照らせば,被告がTrFO接続ないしTFO接続を実施している

ことは明らかであって,被告方法は,構成要件E及びGも充足し,本件発

明の技術的範囲に属する。

(被告の主張)

ア 被告は,被告の携帯端末間の接続及び被告の携帯端末と他の通信会社の

携帯端末との間の相互接続において,TrFO接続やTFO接続を行なっ

ておらず,タンデム接続を行っている。

被告が実施するタンデム接続では,対向するメディアゲートウェイを有

するネットワーク内で,チャネル復号化及び符号化のみならず,第1段階

で符号化されたディジタルデータの復号化及び符号化も行っているから,

11
「 第1の移動局」の「第1段階でのディジタルデータの符号化形式」を

「第2の移動局」に知らせる必要はなく,そのような通知は行っていない。

したがって,被告方法は,構成要件Eの「前記第1段階でのディジタルデ

ータの符号化形式に関する情報を含」む「シグナリングデータ」を充足し

ない。

また,被告方法において,「第2の移動局」が復号するのは,「中間

局」が符号化したディジタルデータであり,「第1の移動局」が符号化し

たディジタルデータではないから,構成要件Gの「前記第1段階で符号化

されたディジタルデータを,該第2の移動局が受信した前記シグナリング

データに依存して,該第2の移動局により復号すること」も充足しない。

よって,被告方法は,少なくとも構成要件E及びGを充足しないから,

本件発明の技術的範囲に属しない。

イ 被告がTrFO接続を実施していないこと

(ア) 被告は,被告が使用する全てのMSCサーバを供給している日本エ

リクソンとの間でTrFO機能を使用する契約を締結している。しかし,

現状において,被告は,ネットワーク内の帯域について,通信に必要な

帯域を十分に確保しており,帯域を制限する必要がなく,通話の際の音

質を劣化させずにタンデム接続を行うことができるため,TrFO機能

を使用していない。●(省略)●加えて,日本エリクソンも,被告がT

rFO接続を実施していないことを確認している。

(イ) TrFO接続を行うには,音声通話の開始に先立ち,MSCサーバ

間で,通信においてどのようなコーデックを使用するかについてあらか

じめ定めるためにコーデック交渉を行う必要があり,そのためにはコー

デックリストを含むIAMメッセージがMSCサーバ間で送信されなけ

ればならないことが3GPP規格に定められている。

しかし,被告の端末間の通信や,被告の端末と他の通信会社の端末と

12
の 間の通信でIAMメッセージを測定したところ,いずれのIAMメッ

セージにもコーデックリストは含まれていなかった。この測定結果から

みても,被告がTrFO接続を実施していないことは明らかである。

ウ 被告がTFO接続を実施していないこと

(ア) 3GPP規格に定められているように,TFO接続を行うためには,

利用するシステムにおいてTFOプロトコルをサポートしていることが

必須となる。しかし,被告は,被告が使用する全てのメディアゲートウ

ェイを供給している日本エリクソンとの間でTFOプロトコルの機能を

使用する契約を結んでいないため,TFO接続を実施することはできな

い。

(イ) 被告を含む日本の通信会社が採用するW−CDMA方式では,メデ

ィアゲートウェイ間の通信路の音声帯域を可変とすることが可能である

ため,音声帯域を可変として通信帯域を制限することができるTrFO

機能を導入することには意味があるが,TrFO機能に加えて通信帯域

を制限する効果のないTFO機能を導入することに意味はなく,日本で

はTFO機能は導入されていない。

エ 被告がタンデム接続を行っていること

被告の端末間の通信及び被告の端末と他の通信会社の端末との間の通信

でIAMメッセージを測定したところ,いずれのIAMメッセージにもコ

ーデックリストは含まれておらず,「G.711 my−law」という

μ−law PCMリンクによる接続を要求する信号が含まれていた。こ

のことは,被告においてタンデム接続が行われていることを示している。

オ 原告の主張に対する反論

(ア) TrFO接続やTFO接続を定めた規格は,3GPP規格に準拠し

ていれば必ず準拠しなければならない性質のものではないから,被告が

3GPP規格に準拠していることを主張しても,被告がTrFO接続や

13
T FO接続を実施していることにはならない。

また,TrFO接続やTFO接続は,ARIBやTTCでも必須の規

格とはなっておらず,採用してもしなくてもよい性質のものである。

(イ) 本件見解書1は,次のとおり技術的に誤っており,被告がTrFO

接続やTFO接続を実施していることの証拠にはならない。

a 後記(3)(被告の主張)ア(ア)のとおり,被告とKDDI株式会社

(以下「KDDI」という。)との間でTrFO接続やTFO接続を

行うことは不可能であり,本件見解書1は前提において誤っている。

b 後記(3)(被告の主張)アのとおり,被告と他の通信会社との間の

相互接続では常にタンデム接続が行われているため,本件見解書1は

前提において誤っている。

c 本件見解書1のタンデム接続片道平均遅延時間を算出する計算式を

用いてウィルコム以外の他の通信会社の網を基準にして計算すると,

同じ結果が得られるはずのものにおいても全く異なる数値が得られる

ことから,上記計算式は根拠がないものといわざるを得ない。そもそ

も,本件見解書1では,ウィルコム網の発着のトランスコーディング

の時間のみを0としているが,その根拠も明らかにされていない。

d 本件見解書1が前提とする遅延時間の測定の実験は,各通信会社が

使用する機器の種類や性能,網構成が異なることを考慮していない。

音声通話の処理にかかる時間は,上記考慮要素等に大きく左右される

ため,これらの条件を同じくせずして測定した結果を比較したところ

で何の意味もない。

(ウ) 原告が指摘する第三者の文献は,TrFO接続やTFO接続のメリ

ットを述べたにとどまるものであり,被告がTrFO接続やTFO接続

を実際に行っているか否かとは関係がない。

(エ) AAL type2は,非同期転送モード適合レイヤのことを意味

14
し ,このレイヤが使用されていることが直ちにTrFO接続を実施して

いることを意味するものではなく,これはタンデム接続でも使用される

ものである。

(オ) 技術が進歩した近年の音声符号化方式によれば,タンデム接続を行

ったとしても音声品質が著しく劣化することはない。被告は,12.2

kbpsのビットレートを採用し,低ビットレートを採用していないた

め,音声品質の著しい劣化はない。

(カ) 原告が後記(被告の主張に対する原告の反論)イで指摘する,3G

PP規格においてコーデックリストが受信されない場合の記載は,移動

機とMSCサーバとの間の信号のやり取りを説明したものであり,被告

が主張するMSCサーバ間のIAMメッセージについての記載ではない。

(被告の主張に対する原告の反論)

ア タンデム接続による音声品質の劣化は音声信号を2回以上符復号変換す

ることによって生じるものであり,いくら通信に必要な帯域を確保してい

ても避けられないものである。被告が主張する帯域を十分に確保している

ということとタンデム接続による音声品質の劣化とは全く関係がない。

イ 被告は,自らMSCサーバを管理しており,タンデム接続のみを実施

ているかのような証拠を容易に作出することができるから,被告が提出す

るIAMメッセージの測定結果に証拠価値はない。

また,TFO接続の場合,呼確立後にコーデック交渉が行われるから,

呼設定時のIAMメッセージ中に「G.711 my−law」があると

しても,そのことから常にタンデム接続が行われているとはいえない。

さらに,3GPP規格には,「コーデックリストが受信されない場合に

おいて,端末がUMTS標準に準拠したもののみである場合は,MSCは,

AMRが,サポートされているコーデックのタイプであるとみなさなけれ

ばならない」(甲7。19頁)との記載があり,MSCサーバが受信した

15
I AMメッセージにコーデックリストが含まれていない場合には,MSC

サーバはAMRが利用可能なコーデックであると認識し,その旨の情報が

シグナリングデータとして着信側の移動機に送信され,TrFO接続が実

施される。したがって,IAMメッセージにコーデックリストが記載され

ていないとしても,TrFO接続を実施していないことの証拠にはならな

い。

ウ 被告が提出したMSCサーバのパラメータの測定結果は,単にある特定

の時点において,TrFO接続が実施されていないことを示すにすぎない。

被告は,自らMSCサーバを管理しており,タンデム接続のみを実施

ているかのような証拠を容易に作出することができるから,測定時にパラ

メータの設定を変更した可能性が疑われる。そして,被告が提出した実験

結果は,測定日の初日から終了日までの期間が10日間にとどまり,かつ,

1日のある任意の特定の時点のパラメータの設定状況を示すものにすぎな

い。

よって,上記測定結果は,被告が恒常的にTrFO接続を実施していな

いことを示すものではない。

仮に,被告がパラメータの設定を変更していないとしても,TrFO接

続はタンデム接続を相互に補完するものであり,通信状態に応じて実施

不実施が繰り返されるものである。したがって,1日のある時点でTrF

O接続のパラメータが現れていないことは,被告がTrFO接続を実施

ていないことの証明にはならない。

エ 乙第38号証の日本エリクソンの陳述書は,その証拠価値を認めたとし

ても,作成日において被告のMSCサーバがOOBTC機能を使用しない

条件に設定されていることを立証するのみで,同日以外の被告によるTr

FO接続の不実施を立証するものではない。

オ 乙第15号証の日本エリクソンの陳述書には,被告とTFO機能を契約

16
し ていないことが記載されているだけである。エリクソン社のメディアゲ

ートウェイには,TFO機能が必須の機能として装備されており,被告は

TFO機能を選択することが可能であることから,これをあえて使用しな

いのは不合理である。

カ ARIBの標準規格においてもTFO接続が採用されており,被告方法

もこれに準拠するものである。また,3GPP規格においても,第3世代

の携帯端末と第2世代の携帯端末との接続のために,TFOが実施できな

ければならないことが記載されている。このように,TFO接続の実施

有無は,GSM方式かW−CDMA方式かによって決定されるものではな

い。3GPP規格においては,タンデム接続の問題点を解消する技術とし

てTFO接続がTrFO接続と並んで説明されており,TrFO接続が実

施できない状況下でTFO接続が行われるべきことが記載されている。

キ TFO接続に通信帯域を制限する効果がないとしても,音声品質を改善

する効果があるため,被告においてもTFO接続を採用する必要性は認め

られる。

(2) 間接侵害の成否(争点2)

(原告の主張)

被告機器において,本件発明を実施する機能を全く使用しないような使用

形態は,商業的又は実用的な使用形態としておよそ認めることができないか

ら,被告機器は,本件発明の使用にのみ用いる物であるといえる。

よって,被告機器の輸入,販売又は販売の申出をする行為は,本件特許権

間接侵害(特許法101条4号)を構成する。

(被告の主張)

否認ないし争う。

(3) 被告と他の通信会社による本件特許権の共同直接侵害の成否(争点3)

(原告の主張)

17
ア 被 告の携帯端末と3GPP規格に準拠する他の通信会社(ドコモ及びソ

フトバンクモバイル株式会社(以下「ソフトバンク」という。))の携帯

端末との間においては,TFO接続ないしTrFO接続が行われている。

被告と上記の他の通信会社は,TFO接続及びTrFO接続に関する技術

的な取決めに従い,双方の携帯端末間の通信においてTFO接続及びTr

FO接続を行っており,両者が主観的に共同し,客観的に行為を分担し合

って本件発明全体を実施していることになるから,両者による本件特許権

の共同直接侵害が成立する。

イ 3GPP2は,UMTS(W−CDMA)方式を採用する通信システム

との間でもTFO接続を行うことを必須の標準規格として規定しているか

ら,W−CDMA方式に準拠する被告の携帯端末と3GPP2規格に準拠

するKDDIの携帯端末との間では,少なくとも,TFO接続が行われて

いる。このことは,本件見解書1(甲20)や,KDDIの携帯端末にA

MRやAMRと互換性があるコーデックが挿入されていることによっても

裏付けられる。

ウ 被告が他の通信会社との相互接続について提出した書証は,被告と他の

通信会社との間でタンデム接続のみが行われていることや,TFO接続や

TrFO接続が実施されていないことを証明するものではない。また,被

告が提出する見解書(乙128)には,TTCが採用しなければ3GPP

規格に規定された方式が日本では実施できない旨の記載がある。しかしな

がら,原告が主張する3GPP規格はARIBにおいて採用されており,

被告がTTCのみに準拠して他の通信会社との接続を行っているとは限ら

ないのであるから,同見解書の内容は信用することができない。

(被告の主張)

ア 被告の端末と他の通信会社の端末との間の接続では,前記(1)(被告の

主張)で述べたことに加え,次の理由からタンデム接続を行っていること

18
が 明らかである。

(ア) 3GPP規格において,TrFO接続やTFO接続は,同一のコー

デックを採用している場合にのみ行うことができると規定され,異なる

コーデックを採用する他の通信会社との間ではTrFO接続やTFO接

続を行うことはできない。

KDDIは,音声コーデックとしてEVRCを採用していて,被告が

採用するAMRを採用しておらず,EVRCとAMRとの間には互換性

がないから,被告とKDDIとの間ではTrFO接続やTFO接続を行

うことは不可能である。

(イ) 国内の相互接続においては,TTC標準を用いることが業界の慣行

であるところ,TFO接続についてはTTC標準が設けられておらず,

相互接続でTFO接続を行うことはできない。

さらに,国内の相互接続で参照されるTTC標準JJ−90.10

(以下,単に「JJ−90.10」という。)では,タンデム接続のみ

が実現可能で,TrFO接続の実現に必要なTS−3GA標準仕様やT

S−3GB標準仕様への言及がなく,コーデック交渉の手順が実行でき

ないものとなっているから,TrFO接続は実施することができない。

(ウ) ドコモ及びKDDIの技術条件集では,他社との相互接続において

TTC標準JT−Q931(以下,単に「JT−Q931」という。)

に従うことが記載され,これにはA−lawあるいはμ−law PC

Mというタンデム接続を要求する信号を用いることが記載されているか

ら,これらの相互接続ではタンデム接続が条件とされている。

被告とソフトバンクとの間の相互接続の取決めにおいては,ソフトバ

ンクから,JJ−90.10に基づく信号が送られた際には,JJ−9

0.10に基づきタンデム接続を要求する信号を送信してタンデム接続

を行うこと,例外的に第二世代携帯電話で用いられるTTC標準JJ−

19
7 0.10(以下,単に「JJ−70.10」という。)に基づく信号

が送られた際には,タンデム接続を要求する信号を送信することが決め

られている。また,被告とソフトバンクとの間の相互接続仕様書におい

ては,接続条件について,JT−Q931又はJJ−70.10に従う

こととされており,いずれにおいてもタンデム接続を行うことが明らか

である。

このように,被告と他の通信会社との間の接続においてはタンデム接

続が条件とされているから,TrFO接続やTFO接続が行われること

はない。

(エ) 乙第128号証の見解書のとおり,通信技術の専門家も,被告と他

の通信会社との間の相互接続において,タンデム接続以外の方法をとる

ことはできないと報告している。

イ 3GPP2規格において,TFO接続は必須のものではなく,原告が提

出する甲第38号証にもそのような記載はない。

(4) 本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものか(争点4)

(被告の主張)

新規性の欠如

(ア) 本件特許発明は,その出願前に頒布されたNTT DoCoMo

テクニカル・ジャーナル Vol.3 No.3の「ハーフレートデジ

タル移動通信特集 2 移動通信制御局構成」(乙16の2。9頁ない

し14頁)及び「同3 基地局変復調装置」(乙16の2。15頁ない

し18頁。以下,両文献を併せて「公知文献1」という。)に記載され

たものであるから,特許法29条1項3号に違反して登録されたもので

ある。

(イ) 公知文献1は,ディジタル方式移動通信システムにおいて,従来の

フルレート(以下「FR」と表記することがある。)方式に加え,ハー

20
フ レート(以下「HR」と表記することがある。)方式を導入するため

交換機及び制御局の構成を考察したものである。同文献では,HR方

式の移動機において,FR方式の符号化であるVSELP信号のCOD

ECスルー通信を行うことが記載されており,その具体的な構成は次の

とおりである(下記図5(公知文献1の13頁に記載の図面)参照。以

下,単に「図5」という。図5中,MSは移動機,BSは基地局,ML

Sは移動加入者交換局,MTSは移動中継交換局を示す。)。




発 信側のHR方式移動機が発信側MLSに発信要求をHR移動機識別

21
情 報と共に発信する。このとき,発信側のMLSが着信翻訳により,通

話先がCODECスルー通信が必要なディジタル方式の移動機であるこ

とを認識すると,FRチャネルを選択し,発信側のMLSと発信側のH

R方式移動機との間でチャネルをFRチャネルに設定する。発信側のM

LSは,FRチャネルを選択したことを示す信号を含むIAM信号を,

MTSを介して着信側のMLSに知らせる。着信側のMLSは,同様に,

着信側の移動機のチャネルをFRチャネルに設定し,FRチャネルCO

DECスルー通信(発信側のHR方式移動機がFR方式で符号化したデ

ィジタルデータが,中間局で同方式による復号化を経ることなく着信側

のHR方式移動機に送信され,着信側のHR方式移動機がFR方式でこ

れを復号化する。)が開始される。

公知文献1の記載と本件発明とを対比すると,公知文献1の発信側の

HR方式移動機は「第1の移動局」に,着信側のHR方式移動機は「第

2の移動局」に相当する。図5の左端の発信側のHR方式移動機MSと

直近のBSとの間は「第1の通信ネットワーク」で結ばれ,同図の右端

の着信側のHR方式移動機MSと直近のBSとの間は「第2の通信ネッ

トワーク」で結ばれる。同図の発信側のBS及びMLS,MTS並びに

着信側のBS及びMLSは「中間局」に相当する。

(ウ)a 公知文献1では,発信側のHR方式移動機から着信側のHR方式

移動機に送信がされることが示され,HR方式移動機では当然にディ

ジタル通信が行われるから,公知文献1には「第1の移動局から第2

の移動局へディジタルデータを伝送する方法」(構成要件A)が開示

されている。

b 公知文献1には,発信側のHR方式移動機において,FR方式の符

号化であるVSELP信号のCODECスルー通信が行われること,

すなわち,発信側のHR方式移動機においてVSELPの符号化が行

22
わ れることが開示されている。

さらに,公知文献1の11頁には,図3中の(b)HR方式・HR

移動機の図において,基地局変復調装置(MDE)で「誤り訂正(ビ

ット削減)」を行うとの記載があり,また,「音声通話時には基地局

側で無線区間の誤り訂正を行い,冗長ビットを取り除く」との記載が

ある。これらの記載は,基地局側でチャネル復号化を行うことを示す

ため,その前提として,発信側の移動機でチャネル符号化が行われて

いる。

よって,公知文献1には,「第1の通信ネットワーク内での伝送の

ため,第1の移動局により第1段階でディジタルデータを符号化し,

次に第2段階で該ディジタルデータをチャネル符号化し,前記の第1

段階および第2段階で符号化されたディジタルデータを前記第1の通

信ネットワークの伝送チャネルを介して中間局へ伝送」する構成(構

成要件B)が開示されている。

c 公知文献1記載の発明において,上記bの「誤り訂正(ビット削

減)」等の記載に示されるとおり,基地局は移動機から送られたディ

ジタルデータをチャネル復号化する。このようにチャネル復号化され

たディジタルデータが中間局から着信側の移動機に送られるときに再

度チャネル符号化されることは当業者にとって自明のことである。さ

らに,公知文献1の17頁では,基地局変復調装置の説明として,ハ

ーフレートシステムにおいては,基地局がフルレートの畳み込み符

号・復号化機能を有し,誤り訂正に必要な情報部分を制御局と基地局

との間の伝送路から削減することが記載され,この記載は,基地局に

よって発信側の移動機から発信された信号について畳み込み復号化を

行い,制御局に送ることを意味する。さらに,同頁の図4を見れば,

基地局から着信側の移動機に向けて無線区間に信号を送信する際には,

23
再 び基地局が畳み込み符号化を行うことが分かる。

よって,公知文献1には,「中間局により,前記第2段階で符号化

されたディジタルデータチャネルを復号し,第2の通信ネットワーク

内での伝送のため,前記中間局により前記ディジタルデータをチャネ

ル符号化」する構成(構成要件C)が開示されている。

d 公知文献1において,着信側の基地局(BS)と移動機(MS)と

の間にディジタルデータが伝送されることは明らかであるから,同文

献には,「第2の通信ネットワークの伝送チャネルを介して,チャネ

ル符号化された前記ディジタルデータを第2の移動局へ伝送」する構

成(構成要件D)が開示されている。

e 公知文献1の図5には,HR方式移動機において,FRチャネルC

ODECスルー通信を開始する前に,あらかじめ移動機とネットワー

クとの間でチャネルを設定することが説明されている。すなわち,発

信側のMLSが着信翻訳により,通話先がCODECスルー通信を必

要とするディジタル方式の移動機であることを認識すると,FRチャ

ネルを選択し,発信側のMLSと発信側のHR方式移動機との間でF

Rチャネルを設定し,発信側のMLSは,FRチャネルを選択したこ

とを示すIAM信号を,MTSを介して着信側のMLSに知らせ,着

信側のMLSは,着信側の移動機のチャネルをFRチャネルに設定し,

FRチャネルCODECスルー通信が開始される。

したがって,公知文献1には,CODECスルー通信を行うに当た

り,使用する符号化形式であるFRチャネルを発信側から着信側に通

知し,この通知された符号化形式に従って,着信側の移動機が音声の

復号化を行うこと,すなわち,「第2の移動局へ前記中間局からシグ

ナリングデータを伝送し,該シグナリングデータは,前記第1段階で

のディジタルデータの符号化形式に関する情報を含」む構成(構成要

24
件 E)が開示されている。

f 公知文献1に直接的な記載はないが,上記cのとおり,中間局がチ

ャネル符号化を行って,着信側の移動機へディジタルデータを送信し

ているから,着信側の移動機でチャネル復号化を行うことは当業者に

とって自明のことである。さらに,公知文献1が前提とする標準規格

RCR STD−27Cにも,着信側の移動機でチャネル復号化を行

うことが記載されている。

よって,公知文献1には,「第2の移動局により,前記中間局にお

いて符号化されたディジタルデータチャネルをチャネル復号」する構

成(構成要件F)が開示されている。

g 公知文献1では,着信側の移動機において,上記の方法でFRチャ

ネルが選択され,着信側の移動機はFR方式でディジタルデータを復

号するから,同文献には,「第1段階で符号化されたディジタルデー

タを,該第2の移動局が受信した前記シグナリングデータに依存して,

該第2の移動局により復号する」構成(構成要件G)が開示されてい

る。

h 公知文献1記載の発明は,「第1の移動局から第2の移動局へディ

ジタルデータを伝送する方法」(構成要件H)である。

(エ) 以上によれば,公知文献1には,本件発明の構成要件が全て開示さ

れており,本件発明と公知文献1記載の発明は同一である。よって,本

件発明は,特許法29条1項3号に違反して登録されたものであり,特

許無効審判により無効にされるべきものである。

進歩性の欠如

仮に,公知文献1に本件発明の構成要件の全てが記載されていると認め

られないとしても,公知文献1が参照する標準規格RCR STD−27

Cは,公知文献1及び本件発明と技術分野が同一であり,この標準規格と

25
公 知文献1とを組み合わせることによって,本件発明に容易に想到するこ

とができたものであるといえるから,本件発明は,特許法29条2項に違

反して登録されたものであり,特許無効審判により無効にされるべきもの

である。

(原告の主張)

新規性の欠如について

公知文献1には,次のとおり,本件発明の構成要件C,D,E,F及び

Gが開示されていない。

(ア)a 公知文献1記載の発明が前提とする「CODECスルー通信」と

は,「網側のCODECをスルーにし,移動機間で直接VSELP信

号をやり取りするような通信形態」のことであり,ここでいう「VS

ELP信号」とは,音声信号と誤り訂正に関する信号からなるもので

ある(この点について,公知文献1が掲載された「NTT DoCo

Mo テクニカル・ジャーナル Vol.3 No.3」に掲載され

ている「ハーフレートデジタル移動通信特集 1 システム概要」

(甲56)に「音声符号化方式(ソース+誤り訂正) VSELP

(11.2kb/s)」との記載がある。)。したがって,上記の

「移動機間で直接VSELP信号をやり取りする」とは,発信側の移

動機においてディジタル符号化,チャネル符号化(誤り訂正符号化)

された信号であるVSELP信号が,中間局においてディジタル復号

化,チャネル復号化されることなく,着信側の移動機においてディジ

タル復号化,チャネル復号化されることを意味する。

このように,公知文献1記載の発明では,発信側の移動機でチャネ

ル符号化されたディジタルデータは,中間局においてチャネル復号化

及びチャネル符号化されないから,公知文献1に構成要件Cは開示さ

れていない。

26
b 被 告が指摘する公知文献1の11頁の「誤り訂正(ビット削減)」

等の記載は,CODECスルー通信の場合には当てはまらない。

また,被告が指摘する公知文献1の17頁の基地局変復調装置の記

載は,ハーフレートシステムに関する記載であるから,フルレート方

式を前提とする公知文献1記載の発明には適用できず,そもそもCO

DECスルー通信には当てはまらない。

そして,標準規格RCR STD−27Cには,チャネル符号化・

復号化がどこで何回行われるかについて記載がないから,同規格を斟

酌しても中間局でチャネル復号化・符号化が行われるとはいえない。

(イ) 上記(ア)のとおり,公知文献1記載の発明では,発信側の移動機で

チャネル符号化された信号は,中間局でチャネル復号化されず,着信側

の移動機でチャネル復号化されるから,中間局でチャネル符号化された

ディジタルデータは存在しない。

よって,公知文献1に構成要件Dは開示されていない。

(ウ)a 公知文献1の図5の記載からすれば,着信側の移動機(MS)に

は,「FRチャネル選択」の情報が伝送されていないと考えるのが自

然であり,FRチャネルが選択されるとの情報は,着信側の移動機

(MS)から着信側のMLSに向けて送られていることが記載されて

いるだけであるから,公知文献1には,中間局から着信側の移動機に

符号化形式をFR方式とすることが通知されることは記載されていな

い。このように,公知文献1には,中間局から着信側の移動局に,発

信側の移動局でのディジタルデータの符号化形式に関する情報を含む

シグナリングデータを伝送することについては,記載も示唆もない。

また,公知文献1記載の発明では,図5の「チャネル設定」によっ

てVSELPコーデックの使用が必然的に決まるから,発信側の移動

局の情報源符号化に関する情報を,チャネル符号化に関する情報とは

27
別 に,中間局から着信側の移動局に対し,シグナリングデータとして

伝送する構成は必要としない。

b 本件発明では,発信側の移動局の情報源符号化に関する情報をチャ

ネル符号化に関する情報と独立してシグナリングデータとして着信側

の移動局に伝送することで,着信側の移動局が発信側の移動局の符号

化形式を得ることができるため,中間局では,チャネル符号化・復号

化を行っても,情報源符号化・復号化を行うことなく伝送することが

可能であり,通信の設定前のみならず通信の過程においても,着信側

の移動局が発信側の移動局の符号化形式を得ることができるから,ハ

ンドオーバーに伴うコーデックの種類の変更やタンデム接続への復帰

を実現することが可能となる。

これに対し,公知文献1記載の発明では,通信の設定前に,ネット

ワーク設定者によってFR方式のCODECスルー通信(VSELP

信号によるCODECスルー通信)が行われることが決定され,情報

源符号化とチャネル符号化とが一体となった形式で決められるから,

通信の設定前後を通じて発信側の移動局の情報源符号化に関する情報

をチャネル符号化に関する情報と独立してシグナリングデータとして

着信側の移動局に伝送するという構成は開示されておらず,本件発明

の上記効果を奏することもできない。

さらに,公知文献1記載の発明では,特定のコーデックの形式が常

に特定のチャネル符号化形式と一体となっているから,同発明の「チ

ャネル設定」はチャネル符号化形式の設定を含んだものであり,同文

献には明示的に特定された第1段階でのディジタルデータの符号化形

式に関する情報が第2段階でのチャネル符号化形式とは独立して第2

の移動局に伝送されることについての記載がない。

c 以上のとおり,公知文献1に構成要件Eは開示されていない。

28
(エ) 公知文献1記載の発明は,CODECスルー通信を前提とするもの

で,着信側の移動機がチャネル復号するのは,発信側の移動機において

チャネル符号化された信号であり,中間局においてチャネル符号化され

たものではない。

よって,公知文献1に構成要件Fは開示されていない。

(オ) 上記(ウ)のとおり,公知文献1にはシグナリングデータについての

記載がない。

また,公知文献1の図5では,発信側のMLSが着信翻訳により,着

信側の移動機がCODECスルー通信を必要とするHR方式移動機であ

ることを認識すると,発信側のBSとMLSとの間でFRチャネルを選

択し,チャネル設定を行う一方,着信側のMLSとBSとの間でFRチ

ャネルを選択し,その後,着信側のMLSと移動機との間でチャネル設

定がされることにより,発信側と着信側のHR方式移動機の間でFRチ

ャネルCODECスルー通信が開始されることが説明されており,発信

側の移動機におけるディジタルデータの符号化形式に関する情報を含む

シグナリングデータに依存して着信側の移動機でディジタルデータが復

号されることは開示されていない。

加えて,公知文献1記載の発明では,ネットワーク設定者によってH

R方式移動機の発着信にFR方式のCODECスルー通信(VSELP

信号によるCODECスルー通信)を用いることが決定されている。ま

た,CODECスルーが必要なHR方式移動機であれば,受信するディ

ジタルデータはあらかじめFR方式と決まっている。これらの点からも,

公知文献1記載の発明では,着信側の移動機において,シグナリングデ

ータに依存してディジタルデータの復号が行われていると解することは

できない。

よって,公知文献1に構成要件Gは開示されていない。

29
イ 進 歩性の欠如について

(ア) 上記アのとおり,公知文献1には,本件発明の構成要件C,D,E,

F及びGが開示されておらず,公知文献1記載の発明は,本件発明と基

本的な構成を異にしている。

また,公知文献1には,チャネル符号化・復号化がそれぞれの伝送チ

ャネルのために行われ,かつ,第2の通信ネットワークの伝送チャネル

のために用いられるチャネル符号化・復号化が,第1の通信ネットワー

クの伝送チャネルのために用いられるチャネル符号化・復号化の形式と

は異なる場合でも,移動局間のディジタルデータの伝送が行われるよう

にするという本件発明の課題が記載されていない。さらに,公知文献1

には,第2の通信ネットワークにおけるチャネル設定とは別に,ネット

ワークの設定者が,第2の移動局において複数の利用可能な符号化形式

の中から特定の種類の符号化を行うという課題も記載されていない。

よって,公知文献1記載の発明を出発点としても,中間局におけるチ

ャネル復号化・符号化や,第1の移動局の符号化形式に関する情報を含

むシグナリングデータの伝送及びシグナリングデータに依存した第2の

移動局による復号を構成要素とする本件発明に向けての動機付けはない。

特に,本件発明の「シグナリングデータ」は公知文献1及び標準規格R

CR STD−27Cに開示がなく,公知文献1の「CODECスルー

通信」との記載から,当業者はチャネル符号化・復号化が単一のアルゴ

リズムでのみ行われることを想起するため,公知文献1記載の発明を出

発点として本件発明の構成に想到することはないというべきである。

仮に,公知文献1記載の発明を出発点として,本件発明に方向付けら

れることがあるとしても,本件発明に至るまでには,当業者は数多くの

ステップを踏む必要があるから,公知文献1の他の記載や標準規格RC

R STD−27Cを参酌しても,本件発明に想到することはありえな

30
い。

(イ) 標準規格RCR STD−27Cに記載のある「チャネル情報」は,

特定のチャネル符号化形式とセットになったものであり,「フルレー

ト」,「ハーフレート」は,チャネル符号化形式の設定を含んだもので

あるから,チャネル情報が着信側の移動機に伝送されるとしても,これ

は,@明示的に特定された第1段階でのディジタルデータの符号化形式

に関する情報が,A第2段階でのチャネル符号化形式とは独立して,B

着信側の移動局に伝送されるものではない。また,同規格では,いずれ

のネットワークでもFR方式かHR方式という単一のアルゴリズムが用

いられることを前提としており,本件発明とは技術思想を異にする。加

えて,同規格では通信の設定前においてFR方式かHR方式かが決定さ

れることしか記載されていない。以上のとおり,同規格のフルレートか

ハーフレートかを示す情報はシグナリングデータに当たらない。

また,同規格には,呼設定前にFR方式ないしHR方式の通信を行う

プロセスが記載されているだけで,第2の移動局が第1段階で符号化さ

れた信号をシグナリングデータに依存して復号化することの開示もない。

そして,同規格には,上記(ア)記載の本件発明の課題についての記載

もないから,当業者が公知文献1記載の発明を出発点として同規格を参

酌しても,本件発明に向けて動機付けられることはない。また,同規格

を公知文献1記載の発明に組み合わせる動機付けもなく,仮に組み合わ

せたところで本件発明の構成に至ることはない。

(ウ) 以上によれば,本件発明は,公知文献1記載の発明に基づいて容易

に想到することができたものであるとはいえない。

(原告の主張に対する被告の反論)

ア(ア) 公知文献1のVSELPとは音声の符号化形式のことであり,VS

ELP信号を直接やり取りするとは,音声がVSELPで符号化された

31
信 号を直接やり取りすることを意味し,誤り訂正まで含めた形式でやり

取りすることを意味するものではない。原告が指摘する甲第56号証の

「音声符号化方式(ソース+誤り訂正) VSELP(11.2kb/

s)」との記載から直ちにVSELPが情報源符号化とチャネル符号化

とが一体となった形式であると解釈することはできない。そのような解

釈は,技術常識や標準規格RCR STD−27Cにも反する。

(イ) 公知文献1のFRチャネルCODECスルー通信では,HR方式の

基地局を使用することが当然の前提となっており,HR方式の基地局が

チャネル符号化・復号化を行うことは,同文献の11頁の図3及び17

頁の図4に記載されている。

(ウ) そもそも,誤り訂正とは,音声符号化が行われた信号に対し,伝送

路の誤りを低減するためのものであり,誤りは特に移動機と基地局との

間の無線通信で混入する可能性が高く,無線区間ごとに誤り訂正をしな

ければ意味がないから,中間局で誤り訂正まで省略することは技術的に

想定し得ない。

(エ) よって,公知文献1には,中間局でのチャネル復号化・符号化が開

示されている。

イ 公知文献1記載のHR方式移動機は,フルレート方式とハーフレート方

式の両方の通信が可能な移動機であり,復号化するためには,中間局から

いずれのコーデック方式が選択されたのか通知されることが必要である。

そのため,公知文献1では,あらかじめ通話の前に中間局でFRチャネル

を選択することを決定し,「チャネル設定」を着信側のMLS,BSと移

動機(MS)の間で行い,FRチャネルを使用することを着信側の中間局

から移動機へ通知している。FRチャネルは発信側の符号化形式であるか

ら,公知文献1の図5の「チャネル設定」で,中間局から着信側の移動機

へ符号化形式に関するシグナリング情報が通知されることは明らかである。

32
加 えて,公知文献1が参照する標準規格RCR STD−27Cにも,

網側からユーザーへ送信される無線チャネル指定メッセージに含まれるチ

ャネル情報に,送信される情報がフルレートかハーフレートかを示す情報,

すなわち,符号化形式に関する情報が含まれることが記載されている。

よって,公知文献1や標準規格RCR STD−27Cには,シグナリ

ングデータを中間局から着信側の移動局に伝送する構成及び着信側の移動

局がシグナリングデータに依存してディジタルデータを復号化する構成が

開示されている。

ウ 符号化形式に関する情報を通信の設定前のみならず,通信の過程におい

ても着信側の移動局へ送信することは本件発明の要件ではなく,ハンドオ

ーバーに伴うコーデックの種類の変更やタンデム接続への復帰の実現が可

能となるとの効果は,本件発明の効果ではない。

(5) 原告の差止請求権利の濫用に当たり許されないか(争点5)

(被告の主張)

原告は,自ら保有する特許発明実施せず,もっぱら金銭を得る目的のみ

で訴訟を提起している。原告に被告の行為を差し止める利益はなく,原告に

よる差止請求権利の濫用として認められるべきではない。

(原告の主張)

特許法100条は,差止請求を行使する主体に特段の制約を設けておらず,

また,いかなる目的で差止請求を行うかは,その行使の要件ではない。原告

差止請求権利の濫用に当たらない。

(6) 原告の損害(争点6)

(原告の主張)

平成20年5月14日から本件訴訟提起までの間の被告機器の売上高は1

5億円を下らない。また,同期間の被告が被告方法を実施したことによる売

上高は15億2000万円を下らない。他方,原告が本件発明の実施に対し

33
受 けるべき金銭の額(特許法102条3項)は,上記各売上高の5%を下ら

ない。

したがって,原告は,被告に対し,1億5100万円の損害賠償を請求す

ることができる。

(被告の主張)

否認ないし争う。

第3 争点に対する判断

1 争点1(被告方法が本件発明の技術的範囲に属するか)について

本件では,被告方法が本件発明の構成要件AないしD,F,Hを充足するこ

とについては当事者間に争いがない。そして,原告は,被告が被告方法におい

てTrFO接続又はTFO接続を実施しており,被告方法が構成要件E及びG

も充足し,被告方法が本件発明の技術的範囲に属すると主張する。

そこで,被告方法が本件発明の技術的範囲に属するか否かを判断するため,

以下では,被告が被告方法においてTrFO接続又はTFO接続を実施してい

るかについて検討する。

(1) 3GPP規格とTrFO接続及びTFO接続の関係について

被告が3GPP規格に準拠した被告方法を実施していることは,当事者間

に争いがない。

この点,3GPP規格には,TrFO接続及びTFO接続の実施方法につ

いて,詳細な規定が定められている(甲7,8,13,37,45,57,

58)。しかしながら,3GPP規格に定められたTrFO接続やTFO接

続の実施方法についての規定が,同規格に準拠する場合に必ず実施しなけれ

ばならない性質のものであることを認めるに足りる証拠はない。

したがって,被告が3GPP規格に準拠した被告方法を実施しているとし

ても,そのことから直ちに被告が被告方法においてTrFO接続やTFO接

続を実施していることが認められるわけではない。

34
な お,証拠(甲49,50,53の1・2,乙128)によれば,原告が

主張するように,ARIBやTTCの標準規格や仕様書の中に,3GPP規

格のTrFO接続やTFO接続の実施方法についての規定を採用しているも

のがあることが認められるが,これらの規定がARIBやTTCの会員が必

ず従わなければならない性質のものであることを認めるに足りる証拠はない。

したがって,上記の標準規格や仕様書が存在することも,被告が被告方法に

おいてTrFO接続やTFO接続を実施していることの裏付けにはならない。

(2) 原告が提出する各見解書(甲17,20,27)について

原告が提出する各見解書(甲17,20,27)は,いずれも被告がTF

O接続又はTrFO接続を実施している可能性が高い旨述べているので,こ

れらの見解書の内容について検討する。

ア 本件見解書1(甲20)は,各通信会社(被告,ドコモ,KDDI,ソ

フトバンク,ウィルコム)の通信端末間での音声信号の発信から着信まで

の遅延時間(以下,「片道音声遅延時間」といい,その平均値を「片道平

均音声遅延時間」という。)を測定した実験(甲16及び21。以下「原

告実験」という。)のデータを基にして,被告においてTFO接続やTr

FO接続が実施されている可能性が高いと結論付けている。

本件見解書1では,各通信会社の通信網において,タンデム接続が実施

されている(TFO接続及びTrFO接続が実施されていない)と仮定し,

タンデム接続における片道平均音声遅延時間(T*ij)について,

T*ij = TUi + TRi + TEj + TDj (式1)

ただし,

TUi:甲第20号証1頁のTable 3.1(以下「本件表1」という。)の第

i行目発信網のUplink遅延時間

TRi:本件表1の第i行目発信網のトランスコーディング時間(パケッ

ト処理時間を含む)

35
TEj:本件表1の第j列目着信網のトランスコーディング時間(パケッ

ト処理時間を含む)

TDj:本件表1の第j列目着信網のDownlink遅延時間

という式で表されるとした上で,

T*ij = (Ti5+T5j) ? T55 (式2)

(Ti5は本件表1の第i行網発ウィルコム網着の遅延時間,T5jは同表の

ウィルコム網発第j列網着の遅延時間,T55は同表のウィルコム網発ウ

ィルコム網着の遅延時間である。なお,本件見解書1の4頁の「T*ij =

(Tj5+T5j) ? T55」の「Tj5」は「Ti5」の誤記であると認める。)

を導き,式2に基づいて計算された片道平均音声遅延時間と原告実験にお

ける実測値とを比較し,両者の値が一致しないことから,上記仮定(タン

デム接続の実施)が誤っているとした上で,上記結論を導いている。

しかしながら,そもそも式1において,コアネットワークにおける遅延

時間(本件表1の第i行目発信網及び第j列目着信網の各コアネットワー

クにおける遅延時間の合計)がTUi(本件表1の第i行目発信網のUpl

ink遅延時間)及びTDj(本件表1の第j列目着信網のDownlin

k遅延時間)に反映されているのかが明らかではない。仮にコアネットワ

ークにおける遅延時間が反映されていないとすると,そもそも式1自体が

誤っていることになる。

さらに,本件見解書1では,式1から式2を導くために,ウィルコム網

における発信,着信のトランスコーディング時間であるTR5,TE5をそれぞ

れ0とし,

Ti5 = TUi + TRi + TD5 (式3)

T5j = TU5 + TEj + TDj (式4)

T55 = TU5 + TD5 (式5)

の各式を式1と共に用いている。しかし,上記のとおり,仮にコアネット

36
ワ ークにおける遅延時間がTUi及びTDjに反映されているとすると,発信元

や着信先が異なる場合において,コアネットワークにおける遅延時間が一

定であること(すなわち,発信元が異なってもウィルコム着信網のDow

nlink遅延時間が常に一定の値を示すこと,具体的には,式3のiが

5以外の場合において,式3と式5のTD5が同じ値であること,及び,着

信先が異なってもウィルコム発信網のUplink遅延時間が常に一定の

値を示すこと,具体的には,式4のjが5以外の場合において,式4と式

5のTU5が同じ値であること)については何ら証明がされていないから,

そもそも式2自体の正しさが証明されていない。

したがって,本件見解書1の結論は,採用することができない。

また,原告は,本件見解書1を補強する証拠として甲第27号証の見解

書(以下「本件見解書2」という。)を提出し,ここでは本件表1の第k

番目の網を基準とした式である

T*ij_k = T*ik + T*kj ? T*kk (式6)

が示されている(この式において k=5 のとき,式2となる。)。し

かし,この式を導くためには,発信元が異なってもある着信網のDown

link遅延時間が常に一定であること,及び着信先が異なってもある発

信網のUplink遅延時間が常に一定であることが前提となるところ,

この点について証明がされていないから,式6も正しいことが証明されて

いない。

加えて,式2及び式6が正しいものとはいえないことは,各網を基準と

して計算されたT*ijの値が一致しないことからも明らかである。

この点,本件見解書2は,「T*1j_kの不一致の範囲は58.0ms乃至

72.0msの範囲であり」,「不確定要因に比べ決して大きな値とはい

えない」と述べる。しかし,本件見解書2で指摘する不確定要因による遅

延時間要素を合算した値が37msないし400msであることからする

37
と ,58.0msから72.0msの不一致は決して小さい値とはいえず,

誤差の範囲のものとして無視することができるものではない。

そして,本件見解書1も指摘しているとおり,片道音声遅延時間の発生

要因は多岐にわたるものであり,また,本件見解書2でも指摘されている

ように,片道音声遅延時間はある程度不確定要因を含み得るものであるか

ら,片道音声遅延時間のデータを基に,遅延時間の個々の発生要因につい

て具体的な分析をすることなく,TFO接続やTrFO接続を実施してい

ることを立証すること自体困難であるというべきである。

以上のとおり,本件見解書1及び本件見解書2は,いずれも,その内容

において信用性に乏しく,被告がTFO接続やTrFO接続を実施してい

ることを裏付ける証拠として採用することはできない。

イ 甲第17号証の見解書は,片道音声遅延時間の単純な比較のみから被告

の携帯端末間でTFO接続やTrFO接続が実施されていることを推認し

ており,上記アで指摘した遅延時間の個々の発生要因について何ら分析を

行っていないため,その内容において信用性に乏しいといわざるを得ない。

したがって,同見解書についても,被告がTFO接続やTrFO接続を実

施していることを裏付ける証拠として採用することはできない。

ウ 以上のとおり,原告が提出する上記各見解書(甲17,20,27)を

被告がTFO接続やTrFO接続を実施していることを裏付ける証拠とし

て採用することはできないというべきである。そこで,以下では,上記各

見解書を除く,その余の主張及び証拠から,被告が被告方法においてTF

O接続又はTrFO接続を実施していることが認められるかについて,検

討することとする。

(3) 被告が被告方法においてTFO接続を実施しているかについて

証拠(甲7,乙15,17,34)によれば,TFO接続は,TFOプロ

トコルをサポートしている二つのトランスコーダ間における接続の設定であ

38
り ,両方のトランスコーダがTFOプロトコルをサポートしていない場合に

はタンデム接続が行われること,被告は,被告にメディアゲートウェイ(こ

の中にトランスコーダが置かれる。)を納入している日本エリクソンとの間

で,TFO機能についての契約を締結していないことが認められる。そうす

ると,被告が保有するメディアゲートウェイではTFO機能を利用すること

ができないため,被告は,被告方法においてTFO接続を実施することがで

きないことになる。

この点につき,原告は,エリクソン社のメディアゲートウェイにはTFO

機能が必須の機能として装備されていると主張する。しかしながら,原告が

その証拠として提出するエリクソン社のメディアゲートウェイのパンフレッ

ト(甲46)は,TFOが重要な特徴の一つとして記載されているにとどま

るものであり,被告に納入されたメディアゲートウェイでTFO機能を利用

することができることを裏付けるに足るものとはいえない。

原告が,被告がTFO接続を実施している根拠として挙げるその余の点に

ついても,いずれも被告が被告方法においてTFO接続を実施していること

を裏付けるに足るものではない。

以上のとおりであるから,被告が被告方法においてTFO接続を実施して

いると認めることはできない。

(4) 被告が被告方法においてTrFO接続を実施しているかについて

ア 証拠(乙34,38,136)によれば,被告は,被告にMSCサーバ

を納入している日本エリクソンとの間で,TrFO機能を使用する契約を

締結しており,●(省略)●が認められる。したがって,被告が被告方法

においてTrFO接続を実施することは可能である。

イ この点につき,原告は,TrFO接続を実施せず,タンデム接続のみを

実施した場合,@音声信号の符号化・復号化による伝送信号の歪みが蓄積

されることになり音声信号の品質が低下する,A交換ノードMSCの全チ

39
ャ ネルにトランスコーダを挿入するとなると,トランスコーダ設置の費用

が高くなる,B変換のため信号の遅延が生じる,といった致命的な問題が

生じると主張する。確かに,これらの問題点が生じ得ることは,文献等に

よっても指摘されているところである(甲7,28,29の1・2,32,

60の2)。

しかしながら,原告は,まず,上記A,Bの点について,タンデム接続

を採用することによって,具体的にどのような不具合が生じるかについて

何ら立証をしておらず,その不具合の程度は明らかでない。また,上記@

の点については,原告はシミュレーション実験(甲59)を行うことによ

って,TrFO接続に比べタンデム接続では音質が劣化することを示そう

としている。しかし,上記実験でも5.9kbpsないし4.75kbp

sの低ビットレートでは音質の劣化が明らかにされているものの,被告が

使用していると主張する12.2kbpsのビットレートにおいては,音

質の著しい劣化は認められないから,被告が被告方法においてTrFO接

続を実施せず,タンデム接続を実施することによって,著しい音質の劣化

が生じるということは,明らかにされていないというべきである。

よって,原告が主張する上記@ないしBの問題点は,その程度が明らか

なものではないから,上記各問題点が文献等によって指摘されているとし

ても,タンデム接続により致命的な問題が生じると認めるには足りず,被

告がTrFO接続を実施しないことが不合理であることを根拠付けるもの

とはいえない。

ウ 被告がTrFO接続を実施していることを裏付けるものとして原告が提

出する文献等は,次のとおり被告がTrFO接続を実施していることを立

証するものではない。

(ア) 甲第29号証の1及び2には,同一の圧縮符号化方式をとる移動通

信網でTrFO接続が採用されていることについての一般的な記述があ

40
る のみであるから,これらの証拠は,被告がTrFO接続を実施してい

ることを裏付けるものではない。

(イ) 甲第30号証は,3GPPにおけるコアネットワークの標準化状況

について概説したものであり,この中で3GPP規格に新しく規定され

るTrFO接続についての一般的な説明がされているだけであるから,

この証拠は,被告がTrFO接続を実施していることを裏付けるもので

はない。

(ウ) 甲第31号証には,UMTSのネットワークにおけるTrFO接続

についての記載があるのみであるから,この証拠は,被告がTrFO接

続を実施していることを裏付けるものではない。

エ 原告は,被告が通信リンクとしてAAL type2を使用しているこ

とを,被告がTrFO接続を実施していることの根拠の一つとして主張す

る。しかし,原告がAAL type2に関連して提出する各証拠(甲3

4ないし36)には,符号化されたデータを復号化することなくコアネッ

トワークを伝送する際にAAL type2を使用することやTrFO接

続を行う際にAAL type2を使用することが記載されているだけで

あり,AAL type2を使用する場合には必ずTrFO接続が実施

れるとは記載されていないから,これらの証拠は,被告がTrFO接続を

実施していることを裏付けるものではない。

オ 原告の提出する甲第28号証の見解書は,被告方法においてTrFO接

続が実施されている可能性が極めて高い旨述べている。しかしながら,同

見解書の内容は,上記イないしエで検討した原告の各主張に沿ったものに

とどまるものであり,上記イないしエの説示に照らし,その内容を採用す

ることはできない。なお,同見解書は,被告とドコモとの間のローミング

サービスについても言及するが,本件で対象となっている被告機器は,そ

もそもドコモのローミングサービスを利用することができないことが認め

41
ら れる(乙35)。

カ 他方,被告が提出する被告の保有するMSCサーバに係る各証拠は,次

のとおり,被告がTrFO接続を実施していないことをうかがわせるもの

である。

(ア) MSCサーバ間のIAMメッセージの測定結果について

TrFO接続が行われる場合には,MSCサーバ間でコーデック交

渉が行われ,その際,コーデックリストが含まれるIAMメッセージ

がMSCサーバ間でやり取りされる(甲7,12,乙17)。

被告が被告方法において,MSCサーバ間のIAMメッセージを測定

した結果(乙14,28ないし30,39ないし121)には,コーデ

ックリストが一切含まれていない。これらの測定結果によれば,被告方

法においてTrFO接続が実施されていないことがうかがわれる。

上記測定結果に対して,原告は,被告は自らMSCサーバを管理して

おり,タンデム接続のみを実施していることを示す証拠を容易に作成す

ることが可能であるため,上記測定結果には証拠価値がないと主張する。

しかしながら,被告が上記測定に当たって原告が主張するような作為を

行ったことを示す証拠は見当たらないから,上記測定結果に証拠価値が

ないということはできない。

また,原告は,3GPP規格において,「コーデックリストが受信さ

れない場合において,端末がUMTS標準に準拠したもののみである場

合は,MSCは,AMRが,サポートされているコーデックのタイプで

あるとみなさなければならない」(甲7。19頁)との記載があると指

摘する。しかし,原告が指摘する記載は,「UE(移動機)とMSCと

の間のシグナリング」についての記載であり,MSCサーバ間のIAM

メッセージについての記載ではないから,原告のこの記載に係る主張は

失当である。

42
(イ) ●(省略)●

(ウ) 上記(ア),(イ)のとおり,被告が提出するIAMメッセージの測定

結果及び●(省略)●にかんがみれば,被告がTrFO接続を実施して

いないことがうかがわれる。

キ 上記アないしカの検討を総合すれば,被告が被告方法においてTrFO

接続を実施していると認めることはできない。

(5) 以上のとおり,被告が被告方法においてTFO接続又はTrFO接続を

実施していると認めることはできないから,被告方法が本件発明の技術的範

囲に属するとは認められない。よって,原告が被告に対し,被告方法の使用

差止めを求める主位的請求には理由がない。

また,原告は,予備的請求として,被告が被告機器を用いたディジタルデ

ータ伝送においてTrFO接続を実施することの差止めを予防請求として求

めている。しかしながら,上記(4)のとおり,被告が被告方法において現に

TrFO接続を実施していることは認められず,また,被告がこれまでにT

rFO接続を実施していたことや,被告が今後TrFO接続を実施するおそ

れがあることについて,何ら具体的な立証がされていない。したがって,予

防請求として,被告が被告機器を用いたディジタルデータ伝送においてTr

FO接続を実施することの差止めを求める予備的請求も理由がない。

2 争点3(被告と他の通信会社による本件特許権の共同直接侵害の成否)につ

いて

(1) 上記1のとおり,被告が被告方法においてTFO接続又はTrFO接続

実施していると認めることはできず,被告方法が本件発明の技術的範囲

属するとは認められない。このことは,被告機器と他の通信会社(ドコモ,

KDDI,ソフトバンク)の携帯端末との間で行われる通信においても同様

である。

(2) なお,念のため,被告と他の通信会社との間の相互接続の条件について,

43
以 下検討する。

ア 証拠(乙23の1ないし3,24の1ないし3,122,128)によ

れば,被告の携帯端末とドコモの携帯端末との間の通信は,ドコモの技術

的条件集(乙24の1ないし3)に記載の条件に従っていることが認めら

れるところ,同条件集には,両者の間の通信において,TFO接続やTr

FO接続が実施されていることを裏付けるような記載は見当たらない。

イ 証拠(乙26の1ないし4,123,128)によれば,被告の携帯端

末とKDDIの携帯端末との間の通信は,KDDIの技術的条件集(乙2

6の1ないし4)に記載の条件に従っていることが認められるところ,同

条件集には,両者の間の通信において,TFO接続やTrFO接続が実施

されていることを裏付けるような記載は見当たらない。

ウ 証拠(乙128,129,179の1ないし3)によれば,被告の携帯

端末とソフトバンクの携帯端末との間の通信は,相互接続交換方式仕様書

(乙179の1ないし3)に記載の条件に従っていること,同仕様書にお

いて,「ユーザ・サービス情報」は,「JT−Q931に記された伝達能

力,またはJJ−70.10に記されたユーザサービス情報どおりに設定

される」と規定されており,この中のJT−Q931伝達能力情報要素

(乙129)で規定されているプロトコルのうち携帯電話の音声通信用の

プロトコルとして利用可能なものは,JT−G711 μ−law,G.

711 A−lawであって,これらはタンデム接続のみが可能なプロト

コルであること,また,JJ−70.10は,第2世代携帯電話に関わる

規格であることが認められる。このように,上記仕様書には,TFO接続

やTrFO接続に係る規定は定められていないから,被告の携帯端末とソ

フトバンクの携帯端末との間の通信において,TFO接続やTrFO接続

実施されていると認めることはできない。

エ このように,被告と他の通信会社との間の相互接続の条件について検討

44
し ても,被告機器と他の通信会社の携帯端末との間で行われる通信におい

て,TFO接続やTrFO接続が実施されていると認めることはできない。

(3) よって,被告と他の通信会社による本件特許権の共同直接侵害も成立し

ないというべきである。

3 まとめ

以上のとおり,被告方法が本件発明の技術的範囲に属すると認めることはで

きず,被告方法の使用に用いられる被告機器の輸入,販売及び販売の申出が本

件特許権の間接侵害(特許法101条4号)を構成することもない(争点2)

から,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由が

ないこととなる。

第4 結論

よって,原告の請求は,いずれも理由がないからこれを棄却することとし,

主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第47部




裁判官 小 川 卓 逸




裁判長裁判官阿部正幸及び裁判官山門優は,転補につき,署名押

印することができない。




裁判官 小 川 卓 逸



(別紙特許公報は省略)

45
被告方法目録



別紙物件目録記載の携帯電話を用いたディジタルデータ伝送




46
物 件 目 録



以下の商品名(機種番号)の携帯電話

1 Touch Diamond? (S21HT)

2 Dual Diamond (S22HT)

3 EMONSTER lite (S12HT)

4 EMONSTER (S11HT)




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