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関連審決 審判1999-2656
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  相違点の認定 /  発明の詳細な説明 /  パリ条約 /  優先権 /  援用権(援用) /  優先日 /  置き換え /  実施 /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  拡張 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 516号 審決取消請求事件
原告 アールエフモノリシクス, インコーポレイテッド
訴訟代理人弁理士 浅村皓
同 浅村肇
同 小池恒明
同 岩井秀生
同 林鉐三
同 祖父江 栄一
被告 特許庁長官小川 洋
指定代理人 川名幹夫
同 高橋泰史
同 涌井幸一
同 宮下正之
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/09/16
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成11年審判第2656号事件について平成14年5月24日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成5年11月24日(パリ条約による優先権主張1992年11月25日(以下「本件優先日」という。),米国),名称を「対称振動モードあるいは非対称振動モードで出力信号を発生する弾性表面波装置」とする発明につき特許出願(平成5年特許願第293671号。以下「本件出願」という。)をし,平成10年11月17日に拒絶査定を受けたので,平成11年2月22日,これに対する不服の審判を請求した。
特許庁は,これを平成11年審判第2656号事件として審理した。原告は,平成11年3月24日付け手続補正書により,本件出願の願書に添付した明細書の補正(以下「本件補正」といい,本件補正後の明細書と図面とを併せて「本願明細書」という。)をした。特許庁は,審理の結果,平成14年5月24日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年6月12日,その謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲(本件補正後のもの。別紙図面A参照) 「【請求項1】対称振動モードのみで出力信号を発生する弾性表面波装置であって,長さ方向の軸を有する圧電性基板と,前記基板の長さ方向の軸の両側にその長さ方向を横断する横断方向の間隔をおいて前記基板上に1つずつ配置された第1および第2の弾性表面波トランスジューサにして,各トランスジューサには,交互嵌合され前記横断方向項に延びて存在する第1組の電極指および第2組の電極指が設けられ,各電極指はそれぞれ外側端部および内側端部を備える,前記第1および第2の弾性表面波トランスジューサと,前記第1および第2の弾性表面波トランスジューサの第1組の電極指の外側端部に接続された共通入力信号バスと,第1および第2の外側端部を備えた第3組の電極指にして,前記第1および第2外側端部のそれぞれは,それと隣り合う前記第1および第2の弾性表面波トランスジューサのそれぞれの第2組の電極指と電気的に絶縁され交互嵌合されて第3のトランスジューサを形成している,前記第3組の電極指と,前記第1,第2および第3のトランスジューサのそれぞれの各端部に対して間隔をおいた電極指として前記基板上にデポジットされた一組の反射器素子と,前記第1および第2の弾性表面波トランスジューサの第2組の電極指のそれぞれと前記反射器素子電極指とを前記第2組の電極指の内側端部と外側端部との間において相互接続する共通アースバスと,共通出力信号バスとを有し,前記第1および第2の弾性表面波トランスジューサのうちの一方の第1組の電極指は,前記第1および第2の弾性表面波トランスジューサのうちの他方の第1組の対応するそれぞれの電極指と間隔をおいて電極指長さ方向に配列が一致し,前記第1および第2の弾性表面波トランスジューサのうちの前記一方の第2組の電極指は,前記第1および第2の弾性表面波トランスジューサのうちの前記他方の第2組の対応するそれぞれの電極指と間隔をおいて電極指長さ方向に配列が一致し,前記共通出力信号バスは,前記第3組の電極指をそれら電極指の第1の外側端部と第2の外側端部との間において相互接続し,そうすることにより前記入力信号バスに印加された入力信号が基板内に対称弾性表面波振動のみを生じさせて出力信号を発生する,弾性表面波装置。」(以下,審決と同様に「本件第1発明」という。) 「【請求項5】請求項1において,前記反射器素子は,間隔をおいて配置された複数本の溝である,弾性表面波装置。」(以下,審決と同様に「本件第5発明」という。) 「【請求項6】請求項1において,与えられた電極指長さに対し,入力電極指とそれと隣り合うアース電極指とのオーバーラップにより前記第1及び第2のトランスジューサのビーム幅が決定される,弾性表面波装置。」(以下,審決と同様に「本件第6発明」という。本件第1,第5,第6発明をまとめて,「本件各発明」という。) 3 審決の理由 別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本件出願は,本願明細書の記載が不備なため,特許法36条4項及び5項に規定する要件を満たしておらず,また,本件各発明は,いずれも,特開平3-119816号公報(以下「刊行物1」という。)に記載された発明(別紙図面B参照)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである,とするものである。
(1) 審決は,本願明細書の記載不備との上記結論を導く過程において,平成13年4月11日付け拒絶理由通知に記載した次の拒絶理由をすべて援用している。
「(1) 図5の(d)が図3の波形44,曲線34に対応する旨記載(パラグラフ29)されているが,(d)は,その周期を見れば明らかなように,波形44とは異なるものである。そして,明細書には,このような特殊な振動モード(なお,振動モードとして,(d)のような振動が現実にどのように起こるのか不明である)とビーム幅との関係についての説明はない。 (2) 図7の説明に関し,図7の(a)で「1」と「4」に正のパルスと負のパルスがそれぞれ印加されるように記載されているが,「1」と「4」は共通入力バーで接続されていることからすると,このような正負のパルスの印加はおかしい。 また,例えば,電極96と電極100とが180゜位相が異なるようになっているが,このような場合,どのような表面波が励起され結合されて,結果として図7のような振動モードが得られるようになるのか,説明がないのでわからない。 (3) 図9,図11の構成は請求項3,4に係る発明に関するものであるにもかかわらず,明細書にはその動作が説明されていない(図5,図7に倣った説明をされたい。)。」(以下,「拒絶理由1の(1)」,「拒絶理由1の(2)」などという。) (2) 審決が,進歩性がないとの上記結論を導く過程において,本件第1発明と刊行物1記載の発明との一致点及び相違点として認定したところは,次のとおりである(審決は,本件第5,第6発明についても,この一致点及び相違点の認定援用している。)。
一致点 「(i)上記刊行物1記載の発明の弾性表面波共振子は,対称振動モードのみを発生するものであり,本件第1発明が対称振動モードのみで出力信号を発生する弾性表面波装置であるとする点と一致する。 (ii)上記刊行物1記載の発明は,圧電基板上の長さ方向に,グレーティング反射器3の幅(ガイド幅)8の中心線から離れた対称な位置にIDT2EとIDT2Hを設けるようにしており,このIDT2EとIDT2Hは,本件第1発明における長さ方向の軸を有する圧電性基板と,この基板の長さ方向の軸の両側にその長さ方向を横断する横断方向の間隔をおいてその基板上に1つずつ配置された第1および第2の弾性表面波トランスジュ-サに相当する。 (iii)上記刊行物1記載の発明のIDT2EとIDT2Hは,すだれ状に構成されており,この点は,本件第1発明の第1および第2の弾性表面波トランスジュ-サが交互嵌合され前記横断方向に延びて存在する第1組の電極指および第2組の電極指が設けられ,各電極指はそれぞれ外側端部および内側端部を備えるとする点に相当する。 (iv)上記刊行物1記載の発明において,IDT2EとIDT2Hのバスバーは互いに接続されており,この接続は,本件第1発明における,第1および第2の弾性表面波トランスジューサの第1組の電極指の外側端部に接続された共通入力信号バスを備えるとする点に相当する。 (v)上記刊行物1記載の発明は,IDT2E及びIDT2Hと交互に嵌合したIDT2F,IDT2Gを備えており,このIDT2F,IDT2Gは,本件第1発明における,第1および第2外側端部のそれぞれは,それと隣り合う前記第1および第2の弾性表面波トランスジューサのそれぞれの第2組の電極指と電気的に絶縁され交互嵌合されて(「て」は「た」の誤記)第3のトランスジューサに相当し,また,IDT2F,IDT2Gに共通する電極は,本件第1発明における,第1および第2の外側端部を備えた第3組の電極指に相当する。 (vi)上記刊行物1記載の発明においては,グレーティング反射器3の間にIDT2E,IDT2F,IDT2G,IDT2Hを配置しており,該グレーティング反射器3は,本件第1発明における,第1,第2および第3のトランスジューサのそれぞれの各端部に対して間隔をおいた電極指として前記基板上にデポジットされた一組の反射器素子に相当する。 (vii)上記刊行物1記載の発明のIDT2EとIDT2Hのすだれ状電極の配置は,本件第1発明が,第1および第2の弾性表面波トランスジューサのうちの一方の第1組の電極指は,第1および第2の弾性表面波トランスジューサのうちの他方の第1組の対応するそれぞれの電極指と間隔をおいて電極指長さ方向に配列が一致し,第1および第2の弾性表面波トランスジューサのうちの一方の第2組の電極指は,第1および第2の弾性表面波トランスジューサのうちの他方の第2組の対応するそれぞれの電極指と間隔をおいて電極指長さ方向に配列が一致するとする点と一致する。」 相違点 「(a)本件第1発明においては,第1および第2の弾性表面波トランスジューサの第2組の電極指のそれぞれと前反射器素子電極指とを第2組の電極指の内側端部と外側端部との間において相互接続する共通アースバスを設けるとしているのに対し,上記刊行物1記載の発明においては,その点についての記載がない点 (b)本件第1発明においては,共通出力信号バスを有し,共通出力信号バスは,第3組の電極指をそれら電極指の第1の外側端部と第2の外側端部との間において相互接続するようにしているのに対し,上記刊行物1記載の発明においては,その点についての記載がない点 」(以下,上記(b)を「相違点(b)」という。)
原告主張の取消事由の要点
審決は,本願明細書の記載不備についての判断を誤り(取消事由1),かつ,本件各発明と刊行物1記載の発明との相違点(b)についての判断を誤った(取消事由2)ものであり,これらの誤りが結論に影響することは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(記載不備についての判断の誤り) (1) 拒絶理由1の(1)について 拒絶理由1の(1)が解消していないという審決の理由は,本願明細書の図5(d)と図3の44で示される波形が,本来一致すべきであるのに相違しており,本願明細書にはこの点に関する説明が存在しないというものである(審決書6頁36行〜7頁4行参照)。
しかし,本願明細書の図3はグラフ30,32,34等を示すことを目的とするものであり,同図中の40,42,44等は,例えば刊行物1の第2図(c)に描かれている各伝搬モードのように,模式的に画かれたものにすぎない。本願明細書でも,図3の波形40,42,44等の具体的形状あるいは波形の技術的意味に関しては何も述べていない。
本願明細書の図5(a)に示される第1トランスジューサ54と第2トランスジューサ56に与えられる入力電圧(励振電圧)は,図5(b)及び図5(c)で示される電圧に分解できる。そして,本願明細書の【0029】に明記されているように,図5(d)及び図5(e)は,この分解された図5(b)及び図5(c)の電圧により圧電性基板52に発生する分極波歪み(弾性波形)を示している。これに対して,図3の40,42,44等は圧電性基板の入力トランスジューサと出力トランスジューサとの間に発生する各モードの状態を模式的に示すものである。本願明細書では,「図5eの第1対称波形は,図3の曲線30に対応する。図5dに示された第2対称波形は,図3の波形44及び曲線34に対応する。」(甲3号証【0029】)とし,「図4の装置のバンド幅は,図3の括弧「2」で示された範囲の垂直距離で表される。」(同)と,図3が伝搬波の周波数特性を示すものであること明示している。
複数の周波数成分を含む入力を入力用トランスジューサに入力し,固有振動に基づく分極波を生成し,その分極波による歪み振動から伝搬波を誘起し,誘起された伝搬波により出力段を駆動すると言う弾性表面波フィルタの基本原理,各伝搬モードでの伝搬波の波形に関する刊行物1の第2図(c)等の記載を理解していれば,分極波による歪みを示す,本願明細書の図5(d)と,2次伝搬波を模式的に表す図3の44の関係は自ずと理解し得るものである。
(2) 拒絶理由1の(2)について (ア) 拒絶理由1の(2)が解消していないという審決の理由は,本願明細書の図6に示される構成に関して,図7(a)の意味が不明であるというものである(審決書7頁5行〜28行)。
弾性表面波フィルタは,圧電性基板に設けられた一対の入力電極に交流信号を与え,一方の電位側の圧電性基板が膨張し,他方の電位側が収縮する現象を利用するものである。本願明細書においても,「もしトラック1の中の電極58に加えられる入力電圧が正であるならば,隣接する外側アース電極70は負である。
トラック2では,内側アース電極72も負であり,そして,隣接する電極82は正である。」(甲3号証【0033】)と解説されている。本願明細書の図6に示される構成において,交流信号が入力される一対の入力端子の内,一方の入力端子である電極96が正電位のときは,他方の入力端子である電極116は負電位である。本願明細書の図7(a)はこの状態を示すにすぎない。
(イ) 拒絶理由1の(2)に関して,審決は,本願明細書の図7の振動モードが得られる理由が不明であるという(審決書7頁29行〜34行)。
審決は,本願明細書の図5に関して,図5(d)の波形と図3の44で示される波形の関係を問題にしているものの,同図に関して図5(a)と図5(b)及び図5(c)の関係,図5(b)及び図5(c)と図5(d)及び図5(e)の関係は問題にしていない。本願明細書の図4の構成において,実際の駆動電圧である図5(a)を分解した電圧である図5(b)及び図5(c)と,分解された各電圧により引き起こされる分極歪み波を示す図5(d)及び図5(e)の関係が理解し得れば,図6の構成において,実際の駆動電圧である図7(a)を分解した電圧である図7(b)及び図7(c)と,分解された各電圧により引き起こされる分極歪み波を示す図7(d)及び図7(e)の関係が理解し得ることは明らかである。
本願明細書の図7(a)と図7(b)及び図7(c)の関係,図7(b)及び図7(c)と図7(d)及び図7(e)の関係,及び図7と図3の関係は,本願明細書の【0031】及び【0032】に明記されている。
(3) 拒絶理由1の(3)について 拒絶の理由1の(3)が解消していないという審決の理由は,請求項3及び4に係る発明は,発明の詳細な説明には開示されていないというものである(審決書7頁35行〜8頁第6行)。
弾性表面波フィルタの構成に関して,特開平4-40009号公報(以下「甲8公報」という。)の第1図は,入力である第1の弾性表面波振動子104と出力である第2の弾性表面波振動子103を逆相の位置関係とするものを,刊行物1の第3図は,入力段2F,2Gと出力段2E.2Hを同相の位置関係とするものを示している。刊行物1と甲8公報に示されるように,弾性表面波フィルタの構成において,受信段トランスジューサと駆動段トランスジューサを同相の位置とし,出力段の受信電極と入力段の駆動電極を対向させ,アース電極同士を対向させる構造も,両トランスジューサを逆相の位置とし,出力段の受信電極と入力段のアース電極を対向させ,出力段のアース電極と入力段の駆動電極を対向させる構造も共に周知である。
また,甲8公報に示されるように,入力トランスジューサと出力トランスジューサの位置関係を任意に設定し,設定された両者の位置関係に依存した位相差の出力を得ることは周知である。
本願明細書の【0033】及び【0034】に記載されている図4の構成と図9の構成の対比,及び【0035】に記載されている図6の構成と図11の構成の対比を理解し,上記の周知の事項に対する知識を持って図9及び図11を見れば,図9及び図11に記載された構成の動作は理解可能である。
2 取消事由2(相違点(b)についての判断の誤り) (1) 刊行物1記載の発明は,弾性表面波装置の内側に位置する二つのすだれ状変換器(Interdigital Transducer。以下「IDT」という。)IDT2FとIDT2Gを入力段とし,外側に位置するIDT2EとIDT2Hを出力段とすることにより,スプリアスや特性劣化の要因となる1次横モードを抑圧して単一モードでの動作とし,横モードでの基本(0次)モードの動作範囲を拡げ,Q値(判決注・振動子の共鳴の鋭さを表す量。以下同じ。)の向上を図るという効果を達成するものである(甲7号証4頁右下欄10行〜5頁左上欄10行,5頁左下欄5行〜15行参照)。
これに対して,本件第1発明は弾性表面波装置の外側に位置する第1及び第2の弾性表面波トランスジューサ,すなわち,刊行物1記載の発明におけるIDT2EとIDT2Hを入力段とし,内側に位置する第3の弾性表面波トランスジューサ,すなわち,刊行物1記載の発明におけるIDT2FとIDT2Gを出力段とすることにより,横方向弾性波として,本願明細書の図3の曲線30で示される「基本対称モード」と,曲線34で示される「第2対称モード」という複数の伝搬モードを生成し,バンド幅が広く且つQ値が大きい特性を得ることができるものである(甲3号証【0029】参照)。
すなわち,刊行物1記載の発明は,1次横モードを抑圧し,基本(0次)モードのみを発生する領域を広げるものであるのに対して,本件第1発明は,「非対称モード」を抑圧し,「第2対称モード」の発生を促すことにより,「基本対称モード」と「第2対称モード」という複数の伝搬モードを積極的に生成し,これら複数のモードを同時に利用するものである。
審決が,本件第1発明と刊行物1記載の発明に関して,拒絶理由通知の「弾性表面波装置において,入力IDTを出力IDTとし,出力IDTを入力IDTとしても動作は同じである」(審決書5頁末段)との判断を援用したことは明らかな誤りである。また,刊行物1記載の発明において,入力IDTを出力IDTとし,出力IDT を入力IDT としたときに,「基本対称モード」と「第2対称モード」という複数の伝搬モードが誘起され,バンド幅とQ値の両方を満足する特性が得られることを示唆するものも存在しない。したがって,上記の誤った前提に基づく相違点(b)についての審決の判断も誤りである。
(2) 刊行物1記載の発明は,1次横モードの発生を抑圧し,基本(0次)モードのみが発生する領域を拡大し,基本(0次)モードのみで動作させることを目的とし,その効果としている。これに対して,本件第1発明は,1次横モードの発生を抑圧することにより,2次横モードすなわち第2対称モードを積極的に発生させ,基本対称モードと第2対称モードという複数のモードで動作させることを目的とし,その効果としている。両者は目的も効果も全く異にしており,審決の「上記刊行物1(特開平3-119816号公報)記載の発明においても,入出力IDT は1次横モード(上記刊行物1の第10図の10)と結合することはないから,本件の各発明と同様の効果を有している」(審決書8頁3段)との判断も誤りである。
(3) 本件第5及び第6発明も,本件第1発明と同様の動作を行い,同様の効果を奏する。したがって,本件第1発明に対する判断が誤りであるのと同様の理由により,本件第5及び第6発明に対する審決の判断もまた誤りである。
被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(記載不備についての判断の誤り)について (1) 拒絶理由1の(1)について (ア) 拒絶理由1の(1)は,「図5の(d)が図3の波形44,曲線34に対応する旨記載(パラグラフ29)されているが,(d)は,その周期を見れば明らかなように,波形44とは異なるものである。」というものであり,本願明細書の【0029】に,「図5dに示された第2対称波形は,図3の波形44及び曲線34に対応する。」との記載があるからといって,拒絶理由1の(1)で指摘した上記不備が解消するものではない。
図5の(d)のような特殊な振動モードは,図3の波形44の第2対称モードではないし,また,このような特殊な振動は,横モードにおいて,存在しない。
(イ) 原告は,本願明細書の図5(a)に示される第1トランスジューサ54と第2トランスジューサ56に与えられる入力電圧(励振電圧)は,図5(b)及び図5(c)で示される電圧に分解できると主張する。しかし,図5(a)に示される第1トランスジューサ54と第2トランスジューサ56に与えられる入力電圧(励振電圧)が,どうして(どういう仕組みで),図5(b)及び図5(c)で示される電圧に分解できて,直接電圧が印加されてもいないトランスジューサに印加されるのか不明である。
(2) 拒絶理由1の(2)について 拒絶理由1の(2)は,「図7の説明に関し,図7の(a)で「1」と「4」に正のパルスと負のパルスがそれぞれ印加されるように記載されているが,「1」と「4」は共通入力バーで接続されていることからすると,このような正負のパルスの印加はおかしい。」というものである。
原告は,図7(a)はこの状態を示すにすぎない,などと主張するだけで,被告の拒絶理由1の(2)に対して答えていない。
(3) 拒絶理由1の(3)について 拒絶理由1の(3)は,「図9,図11の構成は請求項3,4に係る発明に関するものであるにもかかわらず,明細書にはその動作が説明されていない(図5,図7に倣った説明をされたい。)。」ということであって,図9,図11の電極構造を問題にしているわけではない。
原告は,本願明細書【0033】及び【0034】に記載されている図4の構成と図9の構成の対比,及び【0035】に記載されている図6の構成と図11の構成の対比を理解し,上記の周知の事項に対する知識を持って図9及び図11を見れば,図9及び図11の構成の動作は理解可能である,と主張する。しかし,そのような記載は本願明細書にはなく,その主張の根拠が不明である。
原告のいうように,図4の構成と図9の構成の対比,図6の構成と図11の構成の対比をしても,図4と図9の構成には違いがあるし,図6と図11の構成にも違いがある。周知の事項に対する知識を持って図9及び図11を見ても,どうなるのかは明らかでない。
2 取消事由2(相違点(b)についての判断の誤り)について (1) 弾性表面波装置において,入力IDTを出力IDTとし,出力IDTを入力IDTとしても動作が同じであることについては,特開平4-373304号公報(乙3号証)にも同様なことが記載されている。また,刊行物1においても,第3図に記載された実施例では,内側のIDT2FとIDT2Gを入力IDTとし,外側のIDT2EとIDT2Hを出力IDTとしているものの,刊行物1の特許請求の範囲(3)には,「弾性表面波を伝搬せしめる圧電基板上に設けられた2つのグレーティング反射器の間に該2つのグレーティング反射器を共用して電気信号を弾性表面波に変換するすだれ状変換器4個が並列にかつ前記グレーティング反射器の幅の中心線に対して対称に配置され,該中心線に対して対称の位置にある内側の2つのすだれ状変換器及び外側の2つのすだれ状変換器がそれぞれ電気的に並列接続されて一方が入力端子対となり他方が出力端子対となるように構成された2端子対弾性表面波共振子。」(甲7号証1頁右下欄16行〜2頁左上欄6行)と記載されており,また,刊行物1の4頁右上欄6行ないし16行にも(発明の構成及び作用)として同様の記載があるから,刊行物1記載の発明において,内側のIDTと外側のIDTのどちらを入力側とするか出力側とするかは限定されておらず,適宜置き換え得ることは明らかである。したがって,審決において,「上記刊行物1記載の発明において,IDT2F,IDT2Gを出力IDT とし,IDT2E,IDT2Hを入力IDTとすることは当業者が容易になし得ることにすぎない。」(審決書5頁末段〜6頁1段)と判断したことに誤りはない。
(2) 原告は,本件第1発明では基本対称モードと第2対称モードの複数のモードを生成するのに対し,刊行物1記載の発明は基本(0次)モードのみを発生する点で,動作が異なるといった趣旨の主張をしているが,本件第1発明の弾性表面波装置や刊行物1記載の発明の弾性表面波共振子において,入力IDTを出力IDTとし,出力IDTを入力IDTとしても,「対称振動モードのみを発生する」という動作に変わりがないことは,明らかである(入力IDTと出力IDTを入れ換えて,本願明細書の第5図のような波形図を書いてみると,対称振動モードしか発生しない。)。
また,刊行物1記載の発明の弾性表面波共振子においても,刊行物1の「第10図からもわかるように単一モード2端子対弾性表面波共振子を実現する場合,第2図(a)の構成ではガイド幅8が1次横モード10が現れる直前(およそ6λ0 )以下に限られていたものが,第3図(a)の構成とすることにより2次横モード11が現れる直前(およそ20λ0 )まで拡張することができ,共振子のQを高くすることができる。」(甲7号証5頁左上欄4行〜10行)との記載及びその第10図からわかるように,「第2対称モード」は,入力IDT と出力IDT をどちらにするかによって決定されるものではなく,ガイド幅を20λ0 以上としたときに発生している。すなわち,本件第1発明と刊行物1記載の発明とで動作が異なることはない。
なお,本願明細書の請求項1には,「基本対称モード」及び「第2対称モード」あるいは複数のモードといった記述はなく,原告の,本件第1発明は「基本対称モード」と「第2対称モード」の複数のモードに係るものであるといった主張は,特許請求の範囲の記載に基づかない主張であり,失当である。
当裁判所の判断
1 取消事由2(相違点(b)についての判断の誤り)について (1) 原告は,刊行物1記載の発明は,弾性表面波装置の内側に位置するIDT2FとIDT2Gを入力段とし,外側に位置するIDT2EとIDT2Hを出力段とすることにより,1次横モードを抑圧し,基本(0次)モードのみを発生する領域を拡大するものであるのに対して,本件第1発明は,弾性表面波装置の外側に位置する第1及び第2の弾性表面波トランスジューサを入力段とし,内側に位置する第3の弾性表面波トランスジューサを出力段とすることにより,「非対称モード」を抑圧し,「第2対称モード」の発生を促すことにより,「基本対称モード」と「第2対称モード」という複数の伝搬モードを積極的に生成し,これら複数のモードを同時に利用するものであるから,審決が「弾性表面波装置において,入力IDTを出力IDTとし,出力IDTを入力IDTとしても動作は同じである」(審決書5頁末段)と判断したことは明らかな誤りである,と主張する。
(ア) 原告が主張する「刊行物1記載の発明は1次横モードを抑圧し,基本(0次)モードのみを発生する領域を広げるものである」という点に関し,刊行物1には,以下の事項が記載されている(甲7号証)。
「この欠点を改善するため,第2図(a)に示すように,グレーティング反射器3の間に2つのIDT(2C),(2D)を弾性表面波伝搬方向に対して並列に配設させた2端子対弾性表面波共振子の電極構成を提案している。」(2頁右下欄19行〜3頁左上欄3行) 「第2図(b)は縦方向の振動モードを示し,(c)は横方向(表面波の伝搬方向に対して直角な方向)の3種類の振動モード9,10,11を示す。9は基本(0次)横モード,10は1次横モード,11は2次横モードである。」(3頁左上欄5行〜9行) 「また,第9図はガイド幅8と共振子の基本モードのQとの関係を示す特性図であり,第10図はガイド幅8と横モード9,10,11の共振周波数との関係を示す特性図である。第10図からわかるように,1次横モード10が現れるガイド幅8は約6λ0 であり,2次横モード11が現れるガイド幅8は約20λ 0 である。高次横モードの現れ方は若干の膜厚依存を示すが,第2図(a)に示す電極構成に於いて,ガイド幅8が6λ0 以上では,必ず,1次または1次と2次の横モードスプリアスが混在することになる。所望の0次(基本)横モード9のみ存在させるためには,ガイド幅8を数λ0 以下(・・・)にしなければならない。」(3頁右上欄19行〜左下欄12行) 「弾性表面波を伝搬せしめる圧電基板上に設けられた2つのグレーティング反射器の間に該2つのグレーティング反射器を共用して電気信号を弾性表面波に変換するすだれ状変換器4個が並列にかつ前記グレーティング反射器の幅の中心線に対して対称に配置され,該中心線に対して対称の位置にある内側の2つのすだれ状変換器及び外側の2つのすだれ状変換器がそれぞれ電気的に並列接続されて一方が入力端子対となり他方が出力端子対となるように構成されたことを特徴とするものである。」(4頁右上欄6行〜16行) 「また,第3図(a)の電極構成に於いて,弾性表面波伝搬方向に直角な方向に対しては,弾性表面波導波路の中心線に対して対称にIDTが配設され,かつ,対称な位置にある2つのIDTはそれぞれ電気的に接続されているため,入出力IDTは1次横モード10と結合しない。」(4頁右下欄10行〜15行) 「従って,第10図からもわかるように単一モード2端子対弾性表面波共振子を実現する場合,第2図(a)の構成ではガイド幅8が1次横モード10が現れる直前(およそ6λ0 )以下に限られていたものが,第3図(a)の構成とすることにより2次横モード11が現れる直前(およそ20λ0 )まで拡張することができ,共振子のQを高くすることができる。」(5頁左上欄4行〜10行) 「本発明による単一モードの2端子対弾性表面波共振子は,スプリアスや特性劣化の要因となる1次縦モード及び1次横モードを抑圧して単一モードすなわち,縦モード,横モードともに基本(0次)モードの有効利用範囲が拡げられるため,単一モード共振子として・・・Qの向上を図ることができると同時に,インピーダンス設計の自由度が大きくなるという著しい効果がある。」(5頁左下欄6行〜15行) (イ) 刊行物1のこれらの記載によれば,刊行物1記載の発明において,スプリアスや特性劣化の要因となる1次横モード(本願明細書の第1非対称モード)を抑圧しているのは,弾性表面波導波路の中心線に対して対称にIDTが配設され,かつ,対称な位置にある二つのIDTがそれぞれ電気的に接続されているためであり,また,2次横モード(本願明細書の第2対称モード)を抑圧して単一モードとしているのは,ガイド幅8を2次横モード11が現れる直前(およそ20λ0 )までに制限したことによるのであり,これ以上の幅とすれば2次横モードが現れることとなり,この場合1次横モードは上記のとおり抑圧されているから,複数の対称振動モードを発生する弾性表面波装置となることが認められる。このように,刊行物1に記載の発明における弾性表面波装置でも,複数の対称振動モードを発生させる構成とすることは可能であり,入力IDTと出力IDTの関係を逆にすることにより,高次の対称振動モードが発生したり,発生しなかったりするものではない。したがって,刊行物1記載の発明は,弾性表面波装置の内側に位置するIDT2FとIDT2Gを入力段とし,外側に位置するIDT2EとIDT2Hを出力段とすることにより,1次横モードを抑圧し,基本(0次)モードのみを発生する領域を拡大するものではないのであり,原告の上記主張は失当である(上記のとおり,刊行物1に「該中心線に対して対称の位置にある内側の2つのすだれ状変換器及び外側の2つのすだれ状変換器がそれぞれ電気的に並列接続されて一方が入力端子対となり他方が出力端子対となるように構成されたことを特徴とするものである。」(4頁右上欄11行〜16行)と記載されているように,内側のIDTと外側のIDTとのうち,どちらを入力側としてもよいのである。)。
また,刊行物1記載の発明が,ガイド幅を2次横モード11が現れる直前までに制限して単一モードとするものであっても,本願明細書の請求項1における「対称振動モードのみで出力信号を発生する弾性表面波装置」であることに変わりはない。
原告が,本件第1発明は,弾性表面波装置の外側に位置する第1及び第2の弾性表面波トランスジューサを入力段とし,内側に位置する第3の弾性表面波トランスジューサを出力段とすることにより,「基本対称モード」と「第2対称モード」という複数の伝搬モードを積極的に生成し,これら複数のモードを同時に利用するものであると主張する点についても,同様の理由により採用することはできない。
本願明細書の請求項1には,「対称振動モードのみで出力信号を発生する弾性表面波装置」あるいは「対称弾性表面波振動のみを生じさせて出力信号を発生する,弾性表面波装置」と記載されているのであり,刊行物1記載の発明における弾性表面波装置も,本件第1発明も,対称振動モードのみで出力信号を発生する弾性表面波装置であるといえるから,この点において,両者の間に差異はない。
審決が,「弾性表面波装置において,入力IDTを出力IDTとし,出力IDTを入力IDTとしても動作は同じである」(審決書5頁末段)とした判断に誤りはない。
(2) 原告は,本件第1発明と刊行物1記載の発明は,その目的も効果も全く異にしている,と主張する。
しかし,本件第1発明も刊行物1記載の発明も,不要な(スプリアスの原因となる)非対称モード(刊行物1では1次横モード)の発生を抑圧するとともに,Q値の向上を図るという点で,その目的を共通とするものである。また,本件第1発明により,バンド幅の広い特性が得られるとしても,本願明細書に二つの振動モード(対称モードと非対称モード)の発生を利用したフィルタが文献名(米国特許第4060777号明細書)をあげて従来技術として記載されている(甲3号証【0004】〜【0005】)ことからすれば,このような技術は本件優先日当時の当業者の技術水準を構成するものであると認められるから,高次モードを利用するか,高次モードを抑えて単一モードとするかは当業者が適宜選択する技術水準にすぎず,本件第1発明に格別の効果があるとすることはできない。
(3) 以上によれば,審決の相違点(b)についての判断に誤りはない。また,本件第5,第6発明についての審決の判断が誤りであるという原告の主張も同様に理由がない。
2 結論 以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由2には理由がないから,取消事由1について検討するまでもなく,本件出願を拒絶すべきであるとした審決の判断はこれを是認することができ,その違法をいう原告の主張には理由がない。
よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担並びに上告及び上告受理の申立てのための付加期間の付与について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,96条2項を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 佐藤久夫
裁判官 設樂隆一
裁判官 若林辰繁