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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成21行ケ10362審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  反復(反復可能性) /  製造方法 /  新規性 /  29条1項3号 /  頒布された刊行物 /  公衆に利用可能 /  電気通信回線 /  発明特定事項 /  試行錯誤 /  技術常識 /  優先権 /  実質的に同一 /  実施 /  設定登録 /  発明の範囲 /  請求の範囲 /  変更 /  合理的な理由 / 
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事件 平成 23年 (行ケ) 10225号 審決取消請求事件
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裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2012/04/26
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成24年4月26日判決言渡

平成23年(行ケ)第10225号 審決取消請求事件

口頭弁論終結日 平成24年2月2日

判 決



原 告 大阪ガスケミカル株式会社

訴訟代理人弁護士 重 冨 貴 光

同 黒 田 佑 輝

訴訟代理人弁理士 北 村 修 一 郎

同 東 邦 彦

同 太 田 隆 司

被 告 田岡化学工業株式会社

訴訟代理人弁護士 松 本 司

同 田 上 洋 平

主 文

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

事 実 及 び 理 由

第1 請求

特許庁が,無効2010−800194号事件について,平成23年6月7日に

した審決を取り消す。

第2 当事者間に争いのない事実

1 特許庁における手続の経緯等

被告は,発明の名称を「フルオレン誘導体の結晶多形体およびその製造方法」と

する特許第4140975号(優先権主張平成19年2月15日,平成20年2月

8日出願,同年6月20日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者であ




る。原告は,平成22年10月21日付けで,本件特許(請求項7)について無効

審判請求(無効2010−800194号事件)をし,特許庁は,平成23年6月

7日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月1

6日,原告に送達された。

2 特許請求の範囲

本件特許の特許請求の範囲の請求項7の記載は,次のとおりである(甲42。以

下,この発明を「本件発明」という。)。

【請求項7】示差走査熱分析による融解吸熱最大が160〜166℃である9,9

−ビス(4−(2−ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレン(判決注 以下,

「BPEF」と略記することがある。)の結晶多形体。

3 審決の理由

(1) 別紙審決書写しのとおりである。その判断の概要は,以下のとおりである。

本件発明は,本件特許出願の優先権主張日前に頒布された公刊物である特開平1

0−45655号公報(甲1)に記載された発明(以下「甲1発明」という。)で

はなく,特許法29条1項3号に該当しないから,請求人(原告)の無効理由1は

理由がない。

本件発明は,本件特許出願の優先権主張日前に頒布された公刊物である特開20

05−104898号公報(甲2)に記載された発明(以下「甲2発明」とい

う。)ではなく,特許法29条1項3号に該当しないから,請求人(原告)の無効

理由2は理由がない。

(2) 審決が認定した甲1発明及び甲2発明の内容は,以下のとおりである。

ア 甲1発明の内容

9,9−ビス(4−(2−ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの結晶。

イ 甲2発明の内容

150℃に溶融させて,着色度をJIS K1504に準拠して測定できる9,

9−ビス(4−(2−ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレン。




(3) 審決が認定した本件発明と甲1発明,甲2発明との一致点,相違点は,以下

のとおりである。

ア 本件発明と甲1発明

(ア) 一致点

「9,9−ビス(4−(2−ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの結

晶。」である点。

(イ) 相違点

結晶の物性ないし形態が,本件発明においては,「示差走査熱分析による融解吸

熱最大が160〜166℃」である「結晶多形体」であるのに対して,甲1発明に

おいては,示差走査熱分析による融解吸熱最大の数値範囲及びその結晶形態が明ら

かでない点。

イ 本件発明と甲2発明

(ア) 一致点

「9,9−ビス(4−(2−ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレン。」で

ある点。

(イ) 相違点

BPEFの物性ないし形態が,本件発明においては,「示差走査熱分析による融

解吸熱最大が160〜166℃」である「結晶多形体」であるのに対して,甲2発

明においては,「150℃に溶融させて,着色度をJIS K1504に準拠して

測定できる」ものであって,示差走査熱分析による融解吸熱最大の数値範囲及びそ

の結晶形態が明らかでない点。

第3 当事者の主張

1 取消事由に係る原告の主張

審決には,(1) 甲1発明に基づく新規性判断の誤り(取消事由1),(2) 甲2発

明の認定の誤り(取消事由2),(3) 甲2発明に基づく新規性判断の審理不尽(取

消事由3)があり,これらは,審決の結論に影響を及ぼすから,審決は取り消され




るべきである。すなわち,

(1) 甲1発明に基づく新規性判断の誤り(取消事由1)

本件発明は,甲1発明ではなく,特許法29条1項3号に該当しないとした審決

の判断は,以下のとおり,誤りである。

ア 審決は,甲1の「実施例1・・・得られた結晶(9,9−ビス(4−(2−

ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの純度は99.5%,収量は43.8

g,収率65.9%であった。」の記載から甲1発明を認定した。そして,甲1の

実施例1においては結晶の析出時に「攪拌」が当然に行われることを前提として,

甲5(平成21年9月29日付け実験成績証明書)及び甲6(平成22年1月15

日付け実験報告書)の追試方法は,甲1の実施例1のように「攪拌」しながら結晶

を析出させるものではないから,甲1の実施例1に即した実験ではない,「攪拌」

を継続した甲31の3(審決乙1。平成22年12月24日付け追試実験証明書),

甲37(審決乙6。平成23年3月24日付け事実実験公正証書)の追試は甲1の

実施例1に即した実験であると判断し,甲31の3,甲37の追試方法によって製

造されたBPEFは,本件発明の「示差走査熱分析による融解吸熱最大が160〜

166℃」という発明特定事項を満たさないとして,本件発明が甲1発明と実質的

に同一であるとはいえないと判断した。

しかし,審決の判断は誤りである。

まず,審決は,甲1の段落【0022】,【0026】に明示的な攪拌停止の記

載がないことを理由に,実施例1は冷却時も攪拌が継続されていたと認定したが,

誤りである。段落【0022】の記載は,段落【0021】の記載から続くもので

あり,これらには,再結晶精製方法の具体的な操作方法・条件に限定はないとの前

提で,@粗製品を溶媒に加熱・溶解して熱濾過すること,A得られた濾液を攪拌し

ながら徐々に冷却して固体を析出させること,B得られた固形物を濾過して乾燥す

ること,という操作が列記されている。そして,これらの操作は推奨の操作方法に

留まり,甲1の各実施例に必ず適用されるものではない。このことは,甲1記載の




4つの実験(実施例1ないし3,比較例1)のうち,@の熱濾過の操作を行ったの

が,実施例2(【0028】)と実施例3(【0030】)だけであることからも

明らかである。また,比較例1において,攪拌が明記された冷却操作の記載がある

(【0033】)のに対し,実施例1においては,冷却工程において攪拌は停止さ

れていたと見るべき記載がある(【0026】)。

したがって,甲1の実施例1において,冷却時にも攪拌が継続されていたことを

前提として,攪拌を停止した甲5及び甲6の追試は実施例1の追試として不適当と

判断し,攪拌を継続した甲31の3(審決乙1)及び甲37(審決乙6)を実施

1の追試として適当なものとした審決の判断は誤りである。

なお,甲37の実験は,甲1の実施例1のうち,精製工程(【0026】)だけ

実施したものであり,どのようにBPEFの粗精製物を合成したか不明であるか

ら,甲1の実施例1の追試ともいえない。

イ 原告(審判請求人)は,甲1の実施例1が攪拌が継続された実験であったと

仮定して,追試5−1において,甲31の3(審決乙1)実験を追試することによ

り,攪拌の有無にかかわらず本件発明のBPEF(本件特許に係る明細書の記載に

ならい,以下,本件発明のBPEFを「多形体B」ということがある。)ができる

ことを明らかにしたが,審決は,追試5−1の結果を考慮することなく,甲31の

5(審決乙3の1)の記載から,冷却速度を変化させることによって結晶多形を望

みのものに作り分けることが可能になることが一般に知られているところ,冷却速

度の条件が異なる追試5−1の結果によっては,甲31の3の追試方法の結果を否

定することはできない旨判断した。

しかし,審決の判断は誤りである。

(ア) 甲31の3の再結晶精製工程はBPEFの粗精製物を溶解させたトルエンを

90.7℃に昇温し,空気中で放冷する工程であるから,トルエンの入ったフラス

コの加熱を停止し,空気中で放冷できるようにフラスコを固定した段階の後は成り

行きの冷却となり,冷却温度を制御することはできない。冷却速度に影響を与える




気温,湿度,実験器具等の実験環境が明らかでない。実験環境が異なれば,実験の

冷却速度も異なるにもかかわらず,冷却速度が一致しない限り新規性を否定できな

いと判断するのは合理性を欠く。

また,審決は,追試5−1における再結晶精製工程は甲1の実施例1に記載のな

い条件を多分の試行錯誤により見出して実施したものであるとするが,事実に反す

る認定である。

(イ) 審決は,攪拌を継続したという理由のみで甲31の3を甲1の実施例1の適

正な追試と認めたのであるから,攪拌を継続した追試5−1も適正な追試として認

められるべきであるが,審決は,冷却速度が違う点のみを根拠として,他に、合理

的な理由を示すことなく、追試5−1を適正な追試と認めなかった。

審決は,結局,「多形体Bが新規なものである」ことを前提に判断したものと考

えられるが,「多形体Bが新規なものである」か否かが無効理由として争われてい

る場合に,多形体Bが新規であることを前提として,本件発明の新規性が否定され

ないというのは同義反復であり,審決の判断は,「多形体Bが新規なものである」

との予断に基づくものであり,不当である。

(2) 甲2発明の認定の誤り(取消事由2)

審決は,甲2発明を,「150℃に溶融させて,着色度をJIS K1504に

準拠して測定できる9,9−ビス(4−(2−ヒドロキシエトキシ)フェニル)フ

ルオレン」と認定した。

しかし,審決の認定は誤りである。

特許法29条1項3号には,「特許出願前に日本国内又は外国において,頒布さ

れた刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発

明」と規定され,「刊行物に記載された実施例」とは記載されていないから,当業

者が発明と認識できる記載部分が新規性判断の対象となるべきであり,実施例の記

載全体を一体のものとして新規性判断の対象にしなければならないものではない。

甲2の実施例1には,BPEF製造方法の記載があり(【0061】,【006




2】),これを実施することにより何らかのBPEFが製造できることは明らかで

あって発明として必要十分の記載であるから,この部分が甲2発明として認定され

るべきである。

審決は,上記の必要十分な発明の記載を超えて,発明者が生成した生成物の着色

度の測定結果部分までも発明の範囲に含めて甲2発明を認定しており,甲2発明の

認定を誤ったものである。

(3) 甲2発明に基づく新規性判断の審理不尽(取消事由3)

審決は,甲2発明の認定を誤った結果,甲2発明を追試した甲7の実験について,

150℃で溶融できることが確認されていないとして,甲7の追試方法に基づく原

告(審判請求人)の「甲2の実施例1として記載されるBPEFは,本件発明の全

ての発明特定要件を満たし,両者に相違点はなく,本件発明と同じである。」旨の

主張は採用できないと判断した。

しかし,審決には審理不尽の違法がある。

すなわち,甲7の正当性は,甲2発明の追試としてなされた実験である甲31の

4(審決乙2)と対比の上判断されるべきであるが,審決は,合理的理由もなくこ

れを行わず,追試の正当性について実質的な判断をしておらず,審理不尽である。

なお,甲7は,甲2の実施例1を忠実に追試したものであるが,甲31の4の追

試は,2分間の水浴にて急冷した後に空気中で放冷するという甲2の実施例1に記

載のない方法を実施したものである(甲34)。

被告は,上記の方法を実施した理由として,甲2には「冷却する」との記載はあ

るが「徐冷する」との記載はないこと,実験者の安全衛生を確保するために,トル

エンの共沸温度である85℃の危険温度域を速やかに通過させたことを述べる。し

かし,被告の主張は不合理である。すなわち,甲2には水浴で急冷するとの記載は

ないから,途中で冷却方法を変更するのは甲2記載の範囲を逸脱した操作である。

また,共沸温度を速やかに通過させたという点について,共沸温度域を実験者の安

全衛生のために避けなければならないとする実験上の常識は存在しない。トルエン




溶液を冷却する工程で,実験者が実験器具の傍についている必要はなく,冷却準備

ができれば,実験者は安全な場所に退避すれば足りる。被告のこのような不合理な

操作は,通常の冷却では多形体Bが製造できることを推認させるものである。

2 被告の反論

審決には,以下のとおり,取り消されるべき判断の誤りはない。

(1) 取消事由1(甲1発明に基づく新規性判断の誤り)に対し

ア 原告は,審決が,甲1の実施例1において,冷却時にも攪拌が継続されてい

たことを前提として,攪拌を停止した甲5及び甲6を甲1の実施例1の追試として

不適当とし,攪拌を継続した甲31の3(審決乙1)及び甲37(審決乙6)を実

施例1の追試として適当であるとした判断に誤りがある旨主張する。

しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。

(ア) 甲1発明のBPEFの結晶多形体は,粗精製物を一定の溶媒に加熱して溶解

した後,冷却することで得られるが,甲1の段落【0022】及び【0026】に

は,加熱を停止した後も,「攪拌を継続」して,結晶を析出させることが記載され

る。原告は,甲1発明の明細書の上記記載を無視し,段落【0021】の「この再

結晶精製方法の具体的な操作方法・条件については特に限定はない」との記載を取

り上げて主張の根拠とするが,失当である。

一方,甲5及び甲6の実験では,加熱を停止した後,「攪拌を停止」して,結晶

を析出させる操作がなされている(甲27)。

(イ) ところで,甲1の段落【0024】及び【0025】の工程を経た後である

段落【0026】記載の「結晶の析出」の開始温度は,甲31の3(審判乙1)の

実験でも,甲37(審判乙6)の実験でも,また,過去の実験においても40℃前

後であって,「50℃以上」になることはなかった。

一方,甲5の実験では,結晶の析出開始の温度が「52℃付近」であり,甲6の

実験では該温度の記録がない(甲27)。甲5及び甲6の実験において,攪拌を停

止しているが,攪拌を停止することによって,濃度勾配・温度勾配をつけやすくし,




結晶化の過程に何らかの影響を与える(50℃以上で析出を開始するなど,高温で

の析出)可能性があること等を考慮すると,甲5及び甲6の実験は,信頼性におい

て劣るものといえる。

(ウ) 以上のとおり,甲5及び甲6の実験は,甲1発明を追試した実験と評価する

ことができないから,甲1発明の実施例1に即した実験ではないとした審決の判断

に誤りはない。

イ 原告は,@追試5−1において,甲31の3(審決乙1)実験を追試するこ

とにより,多形体Bができることを示したにもかかわらず,追試5−1の結果を考

慮することなく,冷却速度の条件が異なる追試5−1の結果によっては,甲31の

3の追試方法の結果を否定することはできないとした審決の判断は誤りである,A

攪拌を継続した追試5−1は適正な追試として認められるべきであるにもかかわら

ず,理由を明らかにすることなく,冷却速度が違う点のみを根拠として,追試5−

1を適正な追試と認めなかった審決の判断は,「多形体Bが新規なものである」と

の予断に基づくものであり,不当である旨主張する。

しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。

上記アのとおり,甲1の段落【0024】及び【0025】の工程を再現すれば,

段落【0026】記載の「結晶の析出」の開始温度は,甲31の3(審判乙1)の

実験でも,事実実験公正証書(甲37・審判の乙6)の実験でも,過去の実験でも,

40℃前後であり,「50℃以上」になることはなかった。

すなわち,甲1の記載に基づけば,結晶の析出開始温度が「50℃以上」になる

ことはなく,得られる多形体も融点108.4℃ないし108.5℃の従来の多形

体であって,多形体B(本件発明のBPEF)が得られることはない。

本件特許は,一般に多形析出の制御が困難であるとされていた状況において,結

晶の析出開始温度を「50℃以上」に設定することにより,融点160〜166℃

の新規の結晶,すなわち多形体Bが得られることを見出した点に特徴がある。これ

に対し,甲1において何らの制御をすることなく「析出温度が50℃以上となる」




ことはないというべきである。

この点,原告は,本件特許では結晶の析出開始温度の特段の制御はなされておら

ず,甲1発明と本件特許の基礎出願(特願2007−34370号公報。甲19)

とは,再結晶時の操作において同一であるとして,甲1発明の従来手法でも結晶の

析出開始温度が50℃以上となり,多形体Bが得られる旨主張する。

しかし,原告の主張は失当である。

甲1発明では,「得られた上記粗結晶50gをトルエン400mlからなる混合

溶媒に攪拌,加熱下に溶解させた後」(甲1の段落【0026】)であるのに対し,

基礎出願及び本件特許では,「粗精製物80gとトルエン640gの懸濁液を90

℃に加熱し,同温度で1時間攪拌して均一な溶液とした。」(甲19の段落【00

24】,甲42の段落【0036】)としている。トルエンの比重は0.866g

/?であることを考慮すると,甲1発明と本件特許の基礎出願及び本件発明とは,

BPEFの粗結晶とトルエンの重量比において相違し,再結晶時の操作において同

一とはいえない。

また,甲1には,再結晶の操作において,温度制御に係る観点からの記載,示唆

は一切ないのに対し,本件特許の基礎出願(甲19)では,BPEFの粗精製物と

トルエンの懸濁液の加熱温度を90℃とすること,同温度を維持して1時間攪拌す

ること,30℃まで徐冷し同温度で1時間保温攪拌することなど,温度制御に係る

操作をすることが記載されている(【0024】)。

以上によれば,甲1発明においても,結晶の析出開始温度が50℃以上となり,

多形体Bが得られるとする原告の上記主張は採用の限りでない。

(2) 取消事由2(甲2発明の認定の誤り)に対し

原告は,甲2の実施例1には,BPEF製造方法が記載されており(【006

1】,【0062】),発明として必要十分の記載であるから,上記記載部分が甲

2発明として認定されるべきであるにもかかわらず,審決は,甲2発明について,

「150℃に溶融させて,着色度をJIS K1504に準拠して測定できる」と




発明者が生成した生成物の着色度の測定結果に係る構成を含めて認定した点にお

いて,誤りがある旨主張する。

しかし,審決の甲2発明の認定に誤りはなく,原告の主張は採用の限りでない。

(3) 取消事由3(甲2発明に基づく新規性判断の審理不尽)に対し

原告は,甲2発明を追試した甲7の実験の正当性は,甲2発明の追試である甲3

1の4(審決乙2)と対比の上判断されるべきであるが,審決は,甲2発明の認定

を誤った結果,甲7の実験について,150℃で溶融できることが確認されていな

いとして,合理的理由もなく追試の正当性についての実質的判断を行わなかったか

ら,審理不尽の違法がある旨主張する。

しかし,原告の主張は失当である。

追試実験により,甲2発明の「生成物」と同じ物が得られたとするためには,当

該実験による生成物が,甲2に記載されたAPHA値と同じ生成物であると確認さ

れることを要する。甲7の実験において,150℃で溶融できることが確認されて

いない以上,甲7の実験によって得られた物の融点が,本件発明の融点の範囲内に

あったとしても,そのことをもって多形体Bであるとすることはできない。

また,被告の実験(甲31の4)は,原告の甲7及び甲8の実験を追試すること

により,「160〜166℃」の多形体Bが得られるか否かを確認することであっ

たが,得られた生成物の融点は「107.1℃」であったため,着色度の測定をす

るまでもなく,原告の上記各実験(甲7,甲8)は甲2の追試とはいえないことが

確認された。すなわち,被告の実験(甲31の4)においては着色度の測定は不要

であったから,該測定を省略した。

甲2発明で得られる「生成物」は「150℃に溶融」させられるものであるから,

その融点は150℃以下であって,本件発明の融点「160〜166℃」の多形体

Bでないことは明白である。

第4 当裁判所の判断

当裁判所は,以下のとおり,原告主張の取消事由にはいずれも理由がなく,審決




に取り消されるべき違法はないと判断する。すなわち,

1 取消事由1(甲1発明に基づく新規性判断の誤り)について

(1) 原告は,審決が,甲1の実施例1において,冷却時にも攪拌が継続されてい

たことを前提として,攪拌を停止した甲5及び甲6を甲1の実施例1の追試として

不適当とし,攪拌を継続した甲31の3(審決乙1)及び甲37(審決乙6)を実

施例1の追試として適当であるとした判断に誤りがある旨主張する。

しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。

ア 認定事実

甲1には以下の記載がある。

【0021】

この再結晶精製方法の具体的な操作方法・条件については特に限定はないが,得

られた粗製品に溶媒を加え,攪拌下加温して溶解させた後,熱濾過する。・・・

【0022】

目的物の取り出しは,得られた濾液を撹拌しながら室温もしくは冷水で徐々に冷

却しながら固体を析出させ,次いで,得られた固形物を濾過し,乾燥させるのがよ

い。なお,本発明によれば,純度99.4%以上,残存硫酸量150ppm以下の

目的とする〔9,9−ビス(4−(2−ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレ

ン〕を得ることができる。

【0024】【実施例】

実施例1

攪拌機,冷却管及び滴下ロートを備えた内容積1000mlの4つ口フラスコに

純度99.5重量%のフルオレノン(フルオレンを液相空気酸化して得たもの)4

5g(0.25mol)とフェノキシエタノール(四日市合成株式会社製,PHE

−G)138g(1.00mol),β−メルカプトプロピオン酸0.2mlを仕

込み,均一に溶解させてから95%硫酸45mlを30分かけて滴下した後,反応

温度を65℃で4時間保温し,反応を続けて完結させた。




【0025】

次いで,反応液に水90ml,トルエン450mlを加え,80〜85℃で30

分間攪拌,水洗後,30分間静置して,下層の水層を分離した。更に2回同量の水

を加えて水洗を繰り返し,硫酸を除去した。反応液を室温まで冷却して結晶を析出

させ,濾過後,70℃で1日間減圧乾燥した。得られた粗結晶(9,9−ビス(4

−(2−ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレンの純度は98.5%,収量は

82.3g,収率74.5%であった。また,結晶中の残存硫酸は600ppmで

あった。

【0026】

得られた上記粗結晶50gをトルエン400mlからなる混合溶媒に攪拌,加熱

下に溶解させた後,室温まで徐々に冷却して結晶を析出させる。該結晶を濾過し,

70℃で1日間減圧乾燥した。得られた結晶(9,9−ビス(4−(2−ヒドロキ

シエトキシ)フェニル)フルオレンの純度は99.5%,収量は43.8g,収率

65.9%であった。また,結晶中の残存硫酸は150ppmであった。

【0027】実施例2・・・

【0028】

実施例1と同様にして得られた上記粗結晶50gをメチルイソブチルケトン40

0mlに溶解後,太閤活性炭・・・1gを添加し,よく混合した後,熱濾過し,室

温まで徐々に冷却して結晶を析出させ,濾過,乾燥した。・・・

【0029】実施例3・・・

【0030】

実施例1と同様にして得られた上記粗結晶50gをメタノール450mlに加え,

よく攪拌溶解後,熱濾過し,室温まで徐々に冷却して結晶を析出させ,濾過,乾燥

した。・・・

イ 判断

上記ア認定の事実によれば,甲1記載の発明は,再結晶精製方法の具体的な操作




方法・条件については特に限定はないが,得られた粗製品に溶媒を加え,攪拌下加

温して溶解させた後,熱濾過するものであること(【0021】),目的物の取り

出しは,得られた濾液を攪拌しながら室温もしくは冷水で徐々に冷却しながら固体

を析出させ,次いで,得られた固形物を濾過し,乾燥させるのがよいこと(【00

22】),実施例1においては,得られた粗結晶50gをトルエン400mlから

なる混合溶媒に攪拌,加熱下に溶解させた後,室温まで徐々に冷却して結晶を析出

させ,該結晶を濾過したこと(【0026】),他の実施例でも同様の工程がとら

れていること(【0028】,【0030】)が認められる。

以上によれば,甲1においては,再結晶精製方法の具体的操作方法等について,

特に限定はないものの,目的物である結晶析出の際,得られた粗製品に溶媒を加え,

濾液を攪拌しながら徐々に冷却することが推奨されており,実施例1に関し,段落

【0026】に,混合溶媒に攪拌,加熱下に溶解させた後,室温まで徐々に冷却し

て結晶を析出させ,該結晶を濾過した旨記載され,他の実施例でも同様の工程が記

載されており,特段,上記の推奨される方法とは異なる方法によることは示唆され

ていない以上,冷却して結晶を析出させる際にも攪拌を継続したと認めるのが合理

的である。

これに対し,原告は,甲1の段落【0026】に,実施例1においては,冷却工

程において攪拌が停止されていたと解される記載部分がある旨主張する。しかし,

原告の主張は失当である。上記のとおり,甲1の段落【0021】ないし【002

6】には冷却工程において攪拌が停止された旨の記載はなく,むしろ,これらの記

載を併せ読むならば,冷却工程においても攪拌が継続されていると解すべきである。

したがって,甲1の実施例1において,冷却時にも攪拌が継続されていたことを

前提として,攪拌を停止した甲5及び甲6の追試は甲1の実施例1の追試として不

適当と判断し,攪拌を継続した甲31の3(審決乙1)及び甲37(審決乙6)を

実施例1の追試として適当なものと判断した審決に誤りはない。

(2) 原告は,追試5−1において,甲31の3(審決乙1)実験を追試すること




により,攪拌の有無にかかわらず多形体Bができることを明らかにしたが,@追試

5−1の結果を考慮することなく,冷却速度の条件が異なる追試5−1の結果によ

っては,甲31の3の追試方法の結果を否定することはできない旨とした審決の判

断は誤りである,A攪拌を継続した追試5−1は適正な追試として認められるべき

であるにもかかわらず,理由を明らかにすることなく,冷却速度が違う点のみを根

拠として,追試5−1を合理的な追試と認めなかった審決の判断は,「多形体Bが

新規なものである」との予断に基づくものであり,不当である旨主張する。

しかし,原告の主張はいずれも失当である。

甲16,甲28(原告の実施した追試5−1の内容及び結果)によれば,オイル

バスを94.0℃まで昇温してフラスコ内部の液相部温度を90.7℃まで加温し,

内容物を完全溶解させた後,オイルバスを外し,それ以降は空気中にて放冷し,こ

の間,フラスコの内容物の攪拌を継続したこと,再結晶が始まった「濁り始め」は

液温55℃付近,自然放熱冷却開始後16分程度であり,「大量析出」は液温45

℃付近,自然放熱冷却開始後27分程度であること(甲28の図2の黄色の線),

得られたBPEFの融点は161.0℃であったことが認められる。

一方,甲31の3,甲34によれば,被告の実施した甲1の実施例1の追試実験

において,オイルバスを94.0℃まで昇温してフラスコ内部の液相部温度を90.

7℃まで加温し,内容物を完全溶解させた後,オイルバスを外し,それ以降は空気

中にて放冷し,この間,フラスコの内容物の攪拌を継続したこと,放冷を開始した

後の時間とフラスコ内部の液相部温度の推移は,19分後/59.9℃,29分後

/50.0℃,46分後/40.0℃,50分後/38.6℃(結晶析出開始),

56分後/36.8℃(結晶の大量析出),112分後/30.4℃,352分後

/24.8℃であったこと,製造されたBPEFの「示差走査熱分析による融解吸

熱最大」は108.4℃であったことが認められる。

ところで,結晶析出の際の冷却条件が,多形体の析出にとって重要な条件である

ことは,本件特許の優先権主張日における技術常識と認められる(甲31の5)。




そして,追試5−1と甲31の3の追試実験とは,結晶析出の際の冷却速度におい

て相違し,結晶析出について重要な条件において相違するから,追試5−1の結果

が「得られたBPEFの融点は161.0℃であった」というものであったとして

も,「製造されたBPEFの『示差走査熱分析による融解吸熱最大』は108.4

℃であった」との甲31の3の追試実験の結果を覆すものとはいえない。そして,

甲1には結晶析出の際の冷却条件等に関する記載ないし示唆はないから,追試5−

1の結果が,本件発明の「示差走査熱分析による融解吸熱最大が160〜166

℃」との要件を満たすものであったとしても,本件発明が甲1発明と実質的に同一

とは認められないというべきである。

したがって,追試5−1の結果によっては,甲31の3の追試方法の結果を否定

することはできないとした審決の判断に誤りはなく,予断に基づくものともいえな

い。原告の主張は理由がない。

なお,原告は,甲1の実施例1においては,攪拌の有無にかかわらず,多形体B

ができることを前提として,甲5及び甲6の追試も正当に評価されるべきである旨

主張する。しかし,原告の主張は失当である。上記のとおり,攪拌の有無も含め,

結晶析出の工程における具体的な条件の選択によって,結晶化に影響のある状態は

変化すると考えられるから,甲5及び甲6の追試によって多形体Bが得られたとし

ても,そのことのみから,甲1の実施例1で,攪拌の有無にかかわらず多形体Bが

得られるとはいえない。原告の主張は前提を欠く。

2 取消事由2(甲2発明の認定の誤り)について

原告は,甲2の実施例1には,BPEF製造方法が記載されており(【006

1】,【0062】),発明として必要十分の記載であるから,上記記載部分が甲

2発明として認定されるべきであるにもかかわらず,審決は,甲2発明について,

「150℃に溶融させて,着色度をJIS K1504に準拠して測定できる」と

発明者が生成した生成物の着色度の測定結果に係る構成を含めて認定した点にお

いて,誤りがある旨主張する。




しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。

(1) 認定事実

甲2には次の記載がある。

【0060】

以下に,実施例及び比較例に基づいて本発明を詳細に説明するが,本発明はこれ

らの実施例に限定されるものではない。なお,本実施例において,着色度は,JI

S K1504に準拠して測定した。

【0061】

実施例1

攪拌機,冷却管及びビュレットを備えたガラス製反応器に純度99.5重量%の

フルオレノン350g(1.94モル)とフェノキシエタノール1070g(7.

78モル)を仕込み,β−メルカプトプロピオン酸2.3gを加えて撹拌した混合

液に,反応温度を50℃に保持しつつ,98重量%の硫酸570gを60分かけて

滴下した。滴下終了後,反応温度を50℃に保ち,さらに5時間撹拌することによ

り反応を完結させた。

【0062】

反応終了後,反応混合液に48重量%水酸化ナトリウム水溶液920gを温度8

0℃を保持しつつ滴下した。滴下終了後のpHは約8であった。メタノール2.5

kgを加えて,10℃まで冷却したところ,9,9−ビス(4−(2−ヒドロキシ

エトキシ)フェニル)フルオレンと硫酸ナトリウムの混合結晶が析出した。ろ過に

より混合結晶を取り出したのち,トルエン3.5kg,水1.0kgを加えて85

℃に加熱して硫酸ナトリウムを溶解させた。水相を除去したのち,有機相をさらに

85℃の水で2回洗浄した。トルエン相を10℃に冷却することにより,9,9−

ビス(4−(2−ヒドロキシエトキシ)フェニル)フルオレン700g(使用した

フルオレノンに対する収率82%)が得られた。生成物を150℃に溶融させて,

着色度を測定したところ,APHA値は10であり,光学樹脂原料として使用でき




る高い透明性を有することを確認した。

(2) 判断

上記(1) 認定の事実によれば,甲2には,実施例1として,BPEFを製造する

方法が記載されており,その記載を一体としてみると,当該方法により得られたB

PEFは,150℃に溶融させることができ,着色度は,JIS K1504に準

拠して測定することができ,着色度を測定したところ,APHA値が10であるこ

とが記載されていると認められる。

したがって,甲2発明について,「150℃に溶融させて,着色度をJIS K

1504に準拠して測定できる」BPEFであることを認定した審決に誤りはなく,

原告の主張は理由がない。

3 取消事由3(甲2発明に基づく新規性判断の審理不尽)について

原告は,甲2発明を追試した甲7の実験の正当性は,甲2発明の追試である甲3

1の4(審決乙2)と対比の上判断されるべきであるが,審決は,甲2発明の認定

を誤った結果,甲7の実験について,150℃で溶融できることが確認されていな

いとして,合理的理由もなく追試の正当性についての実質的判断を行わなかったか

ら,審理不尽の違法がある旨主張する。

しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。

上記2のとおり,甲2発明は,「150℃に溶融させて,着色度をJIS K1

504に準拠して測定できる」BPEFであるが,甲7に記載された実験では,生

成物が「150℃に溶融」できるものであることの確認がなされていない。

すなわち,甲7,甲8によれば,甲7の実験で得られた結晶を濾過し,乾燥条件

が異なる試料を測定したところ,乾燥の程度が低い場合は,BPEFが150℃程

度で溶解するとの結果が得られたことが認められるが,「溶融」と「溶解」は異な

るから(甲31の7),甲7の実験について,BPEFが「150℃に溶融」でき

るものであることが確認されているとはいえない。

したがって,甲7の実験は,甲2の実施例1の追試とはいえないから,審決が,




さらに進んで,甲7の実験と甲31の4との対比を行わなかったとしても,審理不

尽の違法があるとはいえない。原告の主張は理由がない。

4 小括

以上のとおり,原告の主張する取消事由にはいずれも理由がなく,審決に取り消

されるべき違法はない。原告は他にも縷々主張するが,いずれも採用の限りでない。

第5 結論

よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部




裁判長裁判官
飯 村 敏 明




裁判官
池 下 朗




裁判官
武 宮 英 子