関連ワード | 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 一致点の認定 / 慣用技術 / 技術常識 / 技術的特徴 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 請求の範囲 / 変更 / |
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事件 |
平成
23年
(行ケ)
10267号
審決取消請求事件
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裁判所のデータが存在しません。 | |
裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2012/04/25 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
判例全文 | |
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判例全文
平成24年4月25日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 平成23年(行ケ)第10267号 審決取消請求事件 口頭弁論終結日 平成24年4月11日 判 決 当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり 主 文 原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 特許庁が無効2010−800238号事件について平成23年7月11日にし た審決を取り消す。 第2 事案の概要 本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,被告の下記2の本件発明に係 る特許に対する原告の特許無効審判の請求について,特許庁が同請求は成り立たな いとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には, 下記4のとおりの取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。 1 特許庁における手続の経緯 (1) 被告は,平成6年11月22日,発明の名称を「信号処理装置」とする特 許出願(特願平6−288474号)をし,平成11年6月25日,設定の登録 (特許第2943636号。請求項の数3)を受けた。以下,この特許を「本件特 許」といい,本件特許に係る明細書(甲7)を,図面を含め,「本件明細書」とい う。 (2) 原告は,平成22年12月27日,本件特許の請求項1の発明に係る特許 について,特許無効審判を請求し(甲8),無効2010−800238号事件と して係属した。 1 (3) 特許庁は,平成23年7月11日,「本件審判の請求は,成り立たな い。」旨の本件審決をし,同月25日,その謄本が原告に送達された。 2 本件発明の要旨 本件審決が対象とした特許請求の範囲の請求項1に記載の発明(以下「本件発 明」という。)は,以下のとおりである。なお,文中の「/」は,原文の改行箇所 である。 データを所定の圧縮処理によつて圧縮して外部記憶手段に記録するとともに,前 記外部記憶手段に記録した圧縮データを所定のデコード処理によって元のデータに 戻し,該元のデータに基づいて音信号を生成する信号処理装置において,/発音指 示を発生する発音指示手段と,/該発音指示に先立って,前記圧縮データの所定の 開始位置から所定の部分までを予めデコード処理して元のデータに戻し,先頭デー タとして所定の記憶手段に記憶し,該発音指示の発生に応じて,前記所定の記憶手 段に記憶された先頭データに基づいて音信号の発生を開始するとともに前記所定の 部分以降の圧縮データのデコード処理を開始して,前記先頭データに基づく音信号 の発生と平行して前記所定の部分以降の圧縮データのデコード処理を行い,前記先 頭データに基づいた音信号の発生に引き続いて前記所定の部分以降の圧縮データの デコード処理の結果生成された元のデータに基づいて音信号を生成する演算手段と を具備することを特徴とする信号処理装置 3 本件審決の理由の要旨 (1) 本件審決の理由は,要するに,本件発明は,下記アの引用例1に記載され た発明(以下「引用発明1」という。)に同イの引用例2に記載された発明(以下 「引用発明2」という。)を組み合わせても,引用発明2に引用発明1を組み合わ せても,当業者が容易に発明をすることができたものということはできない,とい うものである。 ア 引用例1:特開平6−167978号公報(甲1) イ 引用例2:特開平6−259088号公報(甲2) 2 (2) なお,本件審決が認定した引用発明1並びに本件発明と引用発明1との一 致点及び相違点は,次のとおりである。 ア 引用発明1:楽音信号の先頭から所定期間までの部分がディジタル・データ の状態にて記憶されるとともに,前記所定期間以降の部分がディジタル・データに 圧縮処理を施したデータの状態にて記憶されている記憶手段と,発音指示があった 場合に前記記憶手段に記憶されたディジタル・データ及び圧縮処理を施したデータ を読み出す読出手段と,前記読出手段によって読み出された,圧縮処理を施したデ ータに展開(デコード)処理を施して元のディジタル・データに展開するデータ展 開手段とを備え,該発音指示の発生に応じて,前記記憶手段に記憶された楽音信号 の先頭から所定期間までの部分のディジタル・データに基づいて音信号の発生を開 始するとともに当該所定部分以降の圧縮データのデコード処理を開始して,前記先 頭ディジタル・データに基づく音信号の発生と平行して前記所定部分以降の圧縮デ ータのデコード処理を行い,前記先頭ディジタル・データに基づいた音信号の発生 に引き続いて前記所定の部分以降の圧縮データをデコード処理した元のディジタ ル・データに基づいて音信号を生成する音源装置 イ 一致点:データを所定の圧縮処理によって圧縮して記憶手段に記録するとと もに,前記記憶手段に記録した圧縮データを所定のデコード処理によって元のデー タに戻し,該元のデータに基づいて音信号を生成する信号処理装置において,発音 指示を発生する発音指示手段と,発音指示の発生に応じて,圧縮されていない所定 の開始位置から所定の部分までの先頭データに基づいて音信号の発生を開始すると ともに,前記先頭データに基づく音信号の発生と平行して前記所定の部分以降の圧 縮データのデコード処理を行い,前記先頭データに基づいた音信号の発生に引き続 いて前記所定の部分以降の圧縮データのデコード処理の結果生成された元のデータ に基づいて音信号を生成する演算手段とを具備することを特徴とする信号処理装置 ウ 相違点1:所定の圧縮処理によって圧縮されたデータを記憶する記憶手段が, 本件発明において「外部記憶装置」であるのに対し,引用発明1においては,「外 3 部」とはされていない点 エ 相違点2:記憶手段にデータを記憶する際の「所定の圧縮処理」が,本件発 明において,生成しようとする楽音の「全てのデータ」を圧縮することであるのに 対し,引用発明1においては,楽音の所定の開始位置から「所定の部分までの先頭 データを除くデータのみ」を圧縮処理することであって,所定の開始位置から所定 の部分までの先頭データは圧縮されていないデータとして記憶することである点 オ 相違点3:演算手段が,本件発明において,「該発音指示に先立って,前記 圧縮データの所定の開始位置から所定の部分までを予めデコード処理して元のデー タに戻し,先頭データとして所定の記憶手段に記憶」する処理を行うことを含むの に対し,引用発明1は,楽音データの所定の開始位置から所定の部分までは圧縮さ れているものではないので,そのようなデコード処理を行うものではない点 (3) また,本件審決が認定した引用発明2並びに本件発明と引用発明2との一 致点及び相違点は,次のとおりである。 ア 引用発明2:音声圧縮データファイルに記憶された収録済みのディジタル圧 縮音声データを伸張し,その再生を行う音声データ編集装置において,コマンドボ タン群中に設けられた再生を実行させるコマンドボタンを備え,該再生コマンドボ タン押下に先立って,再生対象の音声アイコンをマウスポインタ等で選択しワーク エリアに移動させて再生対象音声データを確定し,あらかじめ伸張して伸張データ 格納領域に格納しておき,前記再生コマンドボタンの押下により,前記伸張データ 格納領域に格納されたる伸張データを読み出して再生する音声データ編集装置であ って,あらかじめ伸張して伸張データ格納領域に格納される音声再生対象音声デー タは,1つのデータを幾つかに分割し,優先順位を付して格納領域に格納されるも のであり,それぞれの音声データを10秒ごとに分割し,それぞれの先頭音声デー タの該分割された先頭部分に高い優先順位を付けることにより,それぞれの音声デ ータの先頭10秒間だけの頭出し再生を,伸長待ち時間を少なくして再生可能とす る音声データ編集装置 4 イ 一致点:外部記憶手段に記録したデータを所定の圧縮処理によって圧縮した 圧縮データを所定のデコード処理によって元のデータに戻し,該元のデータに基づ いて音信号を生成する信号処理装置において,発音指示を発生する発音指示手段と, 該発音指示に先立って,前記圧縮データの所定の開始位置から所定の部分までをあ らかじめデコード処理して元のデータに戻し,先頭データとして所定の記憶手段に 記憶し,該発音指示の発生に応じて,前記圧縮データの所定の開始位置から所定の 部分までを音信号として生成する演算装置を具備することを特徴とする信号処理装 置 ウ 相違点4:本件発明が「データを所定の圧縮処理によつて圧縮して外部記憶 手段に記録するとともに,前記外部記憶手段に記録した圧縮データを所定のデコー ド処理によって元のデータに戻し,該元のデータに基づいて音信号を生成する信号 処理装置」であって,すなわち,信号処理装置自体が「データを所定の圧縮処理に よつて圧縮して外部記憶手段に記録する」ものであるのに対し,引用発明2は, 「楽音信号の先頭から所定期間までの部分をディジタル・データの状態にて記憶す るとともに,前記所定期間以降の部分をディジタル・データに圧縮処理を施したデ ータの状態にて記憶する記憶手段」を備えているとされているのみで,装置自体が データを所定の圧縮処理によって圧縮して外部記憶手段に記録するものとはされて いない点 エ 相違点5:本件発明が「外部記憶手段に記録した圧縮データを所定のデコー ド処理によって元のデータに戻し,該元のデータに基づいて音信号を生成する」も のであり,すなわち,外部記憶手段に記録した圧縮データの「全て」について音信 号を生成するものとなるよう演算するものであるのに対し,引用発明2は,「予め 伸張して伸張データ格納領域に格納される再生対象音声データは,ひとつのデータ を幾つかに分割し,優先順位を付して格納領域に格納され」ているものであって, 格納領域(所定の記憶手段に相当)に記憶されているデータのみを音信号生成する ものであって,「音声データを10秒ごとに分割し,それぞれの先頭10秒間に高 5 い優先順位を付けることにより,音声データの先頭10秒間だけの頭だし再生す る」ものである点 なお,本件審決は,上記相違点5が存在することから,本件発明と引用発明2と には,結果的に次のとおりの相違点が存在するものとする。 (ア) 相違点5−1:本件発明における「発音指示」は,「外部記憶手段に記 録」した圧縮データの「全て」について音信号を生成することを指示するものであ り,引用発明2における「再生コマンドボタンの押下」は,「優先順位を付して格 納領域に格納」されているデータの音信号生成を指示するものであって,「発音指 示」の意義が,指示する対象において相違する点 (イ) 相違点5−2:本件発明が「予めデコード処理」するのは目的とするデー タの先頭から「所定の部分まで」であるのに対し,引用発明2における「先頭10 秒分」は,目的とするデータの全体である点 (ウ) 相違点5−3:本件発明は「該発音指示の発生に応じて,前記所定の記憶 手段に記憶された先頭データに基づいて音信号の発生を開始するとともに前記所定 の部分以降の圧縮データのデコード処理を開始して,前記先頭データに基づく音信 号の発生と平行して前記所定の部分以降の圧縮データのデコード処理を行い,前記 先頭データに基づいた音信号の発生に引き続いて前記所定の部分以降の圧縮データ のデコード処理の結果生成された元のデータに基づいて音信号を生成する」のに対 し,引用発明2にはそのような構成が存在しない点 4 取消事由 (1) 引用発明1に基づく進歩性に係る判断の誤り(取消事由1) ア 相違点2に係る判断の誤り イ 相違点3に係る判断の誤り (2) 引用発明2に基づく進歩性に係る判断の誤り(取消事由2) ア 相違点5の認定の誤り イ 相違点5に係る判断の誤り 6 ウ 相違点5−1ないし3の認定及び判断の誤り 第3 当事者の主張 1 取消事由1(引用発明1に基づく進歩性に係る判断の誤り)について 〔原告の主張〕 (1) 相違点2に係る判断の誤りについて ア 相違点2は,記憶手段にデータを記憶する際の「所定の圧縮処理」に関する ものであって,圧縮処理対象が全部であるか一部であるかに係る相違点である。 引用発明1は,圧縮処理対象が一部であることから,結果的に,所定の開始位置 から所定の部分までの先頭データは圧縮されていないデータとして記憶するものに すぎない。 本件審決は,相違点2について,本件発明と同様の課題を既に解消している引用 発明1において,「所定の圧縮処理」を,「全て」のデータを圧縮することに変更 し,結果として,既に解消している課題を未解決の従来技術に戻すことにほかなら ないとするが,明らかに誤りである。 イ 本件審決のように,本件発明の特徴はデータを「デコード処理」することに あると理解すると,「全て」のデータを圧縮処理することが本件発明の必須の構成 であると解する理由はない。 ウ 本件発明は,圧縮データのデコード時間遅れによる発音開始時間遅れの問題 を解決するために,発音指示(信号)が発生した時点で,あらかじめデコード処理 により元に戻した先頭データ(非圧縮データ)に基づき直ちに発音するとともに, 先頭データ以降の圧縮データのデコード処理を平行して先頭部分と連続した発音を 可能とするものであるところ,引用発明1は,発音指示(信号)が発生した時点で, あらかじめ圧縮せずに非圧縮データとして記憶した先頭データ(ディジタル・デー タ)に基づき直ちに発音するとともに,先頭データ以降の圧縮データのデコード処 理を平行して先頭部分と連続した発音を可能とするものである。すなわち,本件発 明と引用発明1とは,発音指示(信号)が発生した時点で直ちに発音するために, 7 非圧縮データに基づく発音とするという,同一の解決原理に基づくものである。 被告は,引用発明1は,異なるタイプのデータを記憶する構成を必須のものとし ているから,本件発明に想到するためには,引用発明1において,「全てのディジ タル・データに圧縮処理を施したデータの状態にて記憶する」構成に戻すことが必 要であるところ,そのような示唆はないと主張する。 しかしながら,引用発明1は,デコードによる発音開始時間遅れの問題を解決す るため,先頭部分は非圧縮データのまま記憶するものであるから,異なるタイプの データに切り分けるのは,発音指示時に非圧縮データに基づく発音をするためであ って,発音指示時における本件発明の楽音データの構成と同様の構成を採用するも のである。単に先頭部分の非圧縮データの用意の仕方の相違にすぎない。 エ 引用発明1のデータは,容量を節約する圧縮データであるところ,先頭部分 の発音遅れを解消する手段として非圧縮データをも記憶するものであるから,非圧 縮データの記憶手段の容量節約のために,これを圧縮データとし,必要に応じてあ らかじめデコードするように構成することは,当業者には当然の事柄である。 オ 以上からすると,本件審決の相違点2に係る判断は誤りである。 (2) 相違点3に係る判断の誤りについて ア 本件審決の引用発明2及び本件発明と引用発明2との一致点の認定によると, 引用例2には,「該発音指示に先立って,前記圧縮データの所定の開始位置から所 定の部分までを予めデコード処理して元のデータに戻し,先頭データとして所定の 記憶手段に記憶し,該発音指示の発生に応じて,前記圧縮データの所定の開始位置 から所定の部分までを音信号として生成する演算装置を具備する」ことが記載され ていることは明らかである。 したがって,引用例2には,相違点3の構成,すなわち,「先頭データについて, 所定の圧縮処理によって圧縮して外部記憶手段に記録するとともに,発音指示に先 立って予めデコード処理して元のデータに戻し,先頭データとして所定の記憶手段 に記憶される」構成の全部が記載されているものということができる。 8 イ 引用発明1及び2は,いずれも圧縮データを用いることを大前提とする以上, 引用発明1の先頭データのディジタル・データの代わりに圧縮データを用い,発音 指示の発生時点までにこれをあらかじめデコードしてディジタル・データとするこ とは当業者の技術常識上自然である。当業者が,相違点3の構成について,引用発 明1に引用発明2を適用することは,引用発明1の技術的課題の解決手段である, 先頭データを非圧縮データとして記憶する構成について,圧縮データをあらかじめ デコード処理し,先頭データとして記憶手段に記憶する構成とすることを意味する ものであり,「基本構成(前提構成)を変更するとともに,新たな解決手段を付加 する」ものではない。 また,引用発明2の編集コマンドは,再生命令であるPLAYコマンドを有する が,同コマンド入力後,伸張処理のための時間を待たされるという課題が存在する ことになる。この伸張処理における応答性の課題は,引用発明1のデコード処理と 同様に,発音指示から発音開始までの遅れの問題であるから,引用発明1及び2は, 同一の課題を有するものということができ,各発明を組み合わせる動機付けは十分 に存在するものというべきである。 引用発明1の非圧縮データを得る方法について,引用発明2の方法を採用すれば, 相違点2及び3の各構成に当然に至るものであって,この適用について,阻害要因 は存在しない。 ウ したがって,本件審決の相違点3に係る判断は誤りである。 (3) 小括 以上からすると,本件発明は,引用発明1に引用発明2を組み合わせることによ り,当業者が容易に発明をすることができるものというべきであって,本件審決の 判断は誤りである。 〔被告の主張〕 (1) 相違点2に係る判断の誤りについて ア 本件発明と引用発明1とでは,圧縮データのデコード時間遅れによる発音開 9 始時間遅れの問題を解決するという課題は共通しているが,課題解決のための技術 的構成も技術思想も大きく相違するものである。引用発明1は,「楽音信号の先頭 から所定期間までの部分をディジタル・データの状態にて記憶するとともに,前記 所定期間以降の部分をディジタル・データに圧縮処理を施したデータの状態にて記 憶する」という記憶構成を採用することが必須であるところ,引用発明1に基づい て本件発明に想到するためには,引用発明1の課題解決手段(相違点2)を破棄し て従来技術のレベルに退行させ,その上で,新たな解決手段(相違点3)を付加す るという2段階の手順を踏まなければならないものである。引用発明1の記憶構成 をあえて改変して,「全てのディジタル・データに圧縮処理を施したデータの状態 にて記憶する」構成に戻すことについての示唆や動機付けは,引用例1には存在し ないのみならず,技術思想自体が本件発明とは正反対というべきである。 イ 本件発明では,「外部記憶手段」に記録するデータは圧縮データのみであり, 引用発明1のように,非圧縮データと圧縮データとを保存するという特殊なデータ 記録構成を採用する必要がないという優れた効果を奏するものである。 ウ 以上からすると,本件審決の相違点2に係る判断に誤りはない。 (2) 相違点3に係る判断の誤りについて ア 本件発明における「先頭データ」とは,発音指示に従って発音すべきデータ の一部としての先頭データであるが,引用発明2の実施形態における「先頭10秒 間分のデータ」とは,発音すべき「10秒間分のデータ」の全てであり,発音すべ きデータの一部としての先頭データではない。同実施形態における先頭10秒間分 のデータは,「頭だし」という言葉が使われているが,頭に引き続いて胴体が表示 されるのではなく,再生又は表示する目的のデータの全部を構成するものであるか ら,引用発明2では,全部の伸長データが作成されるまで待つ必要がある。引用例 2では,実際に使用されるか否か未定のデータの全部をあらかじめ伸長するという 技術思想しか開示されておらず,目的のデータの先頭の一部だけをあらかじめ伸長 しておき,発音指示に応じて先頭を再生している間に残りのデコード処理を開始し, 10 引き続き全ての部分の再生を行うという本件発明の技術思想は開示されていない。 イ 相違点3の「発音指示」とは,記憶手段に記録したデータの「全て」につい て音信号を生成することを指示するものであり,「予めデコード処理」するのは, 目的とするデータの全体ではなく,目的とするデータの一部である先頭から「所定 の部分まで」であることは技術的に明らかであるから,記憶手段に記録したデータ の「全て」について音信号を生成することを指示するものではない「発音指示」と, 目的とするデータの一部である先頭から「所定の部分まで」ではない「予めデコー ド処理」の範囲が示されているにすぎない引用例2において,相違点3の構成が開 示されているとまで,いうことはできない。 ウ 本件発明の「予め」「発音指示後」と,これらに対応する引用発明2の「選 択中」「選択後」とは,その意味がそれぞれ異なるものであり,引用発明2では, 選択が的中した場合にのみ発音が早くなるのに対し,本件発明では,必ず発音を早 くできる点などにおいて,本件発明と引用発明2とは,システム全体が大きく異な るものである。引用発明2における時間短縮は,本件発明の圧縮データのデコード 時間遅れ(例えば数十ミリ秒)の短縮とは性格を異にするものである。 引用発明1の「デコード処理に要する時間Dだけ遅れるという問題」は,発音指 示から発音開始までの遅れであるところ,引用発明2は,伸長済みのデータに対し て編集処理が行われ,伸長されていなければ,伸長データが作成されるまで待つも のであるから,引用発明1のように,「発音指示から発音開始までの遅れ」の問題 を解決するものではない。 本件発明と引用発明2,引用発明1と引用発明2との間には,親和性や組み合わ せるための動機付け等が存在するものということはできない。 エ したがって,本件審決の相違点3に係る判断に誤りはない。 (3) 小括 以上からすると,本件発明は,引用発明1に引用発明2を組み合わせることによ り,当業者が容易に発明をすることができるものということはできないから,本件 11 審決の判断に誤りはない。 2 取消事由2(引用発明2に基づく進歩性に係る判断の誤り)について 〔原告の主張〕 (1) 相違点5の認定の誤りについて ア 本件審決は,本件発明が,圧縮データの「全て」について音信号を生成する ものとなるよう演算するとするが,本件発明は,圧縮データ中の所定の開始位置か らの圧縮データについて音信号を生成するもので,圧縮データの最後の部分までに ついて音信号を生成するか否かは不明であるから,本件審決の認定は誤りである。 イ 引用発明2は,音声データ編集装置に係る発明であり,編集コマンドとして の「再生」コマンドを備えるから,圧縮データの全部について音信号を生成するこ とも可能である。また,引用発明2は,1つの音声データが10秒間ごとに分割さ れているところ,本件審決の認定どおり,先頭の10秒間だけの頭出し再生をする のであれば,先頭の10秒間のみとこれに続く残余部分とに分割すれば足りるもの である。引用発明2において,1つの音声データが10秒間ごとに分割されている ことは,先頭の10秒間だけの頭出しに限定するものではなく,先頭の10秒間の 次の10秒間が再生されることも当然に予定しているものというほかない。 ウ 以上からすると,本件審決の相違点5の認定は誤りである。 (2) 相違点5に係る判断の誤りについて 引用発明2において,「続く10秒間の音声データの優先順位を…次位とする操 作」をオペレータがする必要はなく,適宜更新されて伸張優先順位管理テーブルに 最新の優先順位が記録されているから,頭出し再生でない限り,先頭の10秒間に 続く10秒間の音声データは自動的に最優先順位に指定されるものである。 また,デコード済みのデータを出力しながらこれに続く圧縮データのデコードを 同時平行して行うことは周知慣用技術であるから,引用発明2の先頭の10秒間に ついてあらかじめデコードし,先頭データの再生中に,引用発明1のように,この 所定部分に引き続く部分を順次デコードして連続して再生するように構成すること 12 は,当業者には容易であって,引用発明2に,引用発明1を適用する契機が存在す るものというべきである。 以上からすると,本件審決の相違点5に係る判断は誤りである。 (3) 相違点5−1ないし3の認定及び判断の誤りについて ア 相違点5−1について 本件審決は,本件発明における「発音指示」とは,「外部記憶手段に記録」した 圧縮データの「全て」について音信号を生成することを指示するとするが,発音指 示によって音信号を生成するのは,所定の開始位置からの圧縮データであり,どこ まで音信号を生成するかは不明であることは,先に述べたとおりである。 イ 相違点5−2について 本件発明において,「予めデコード処理」する対象はデータの先頭から「所定の 部分まで」の全部であるから,引用発明2の「予めデコード処理」する対象は10 秒間の全部である点で一致するものである。この点が相違するとしても,引き続い た部分のデコード,再生に関する相違点5に帰着するものであるところ,相違点5 が,引用発明2に引用発明1を適用することにより,当業者が容易に想到し得るも のであることは,先に述べたとおりである。 ウ 相違点5−3について 相違点5−3の構成は,全て引用例1に記載されている。また,圧縮データのデ コードを同時平行して行うことが周知慣用技術である以上,相違点5−3の構成は, 当業者が容易に想到し得るものというべきである。 (4) 小括 以上からすると,本件発明は,引用発明2に引用発明1を組み合わせることによ り,当業者が容易に発明をすることができるものというべきであって,本件審決の 判断は誤りである。 〔被告の主張〕 (1) 相違点5の認定の誤りについて 13 本件発明は,特許請求の範囲に記載されているとおり,先頭データのみならず, その後のデコードされた圧縮データによる音信号も生成されるものである。 引用発明2は,再生すべきデータ全体の伸長が終了した状態で,発音開始指示が 可能とされるものである。 本件審決の相違点5の認定に誤りはない。 (2) 相違点5に係る判断の誤りについて ア 引用発明2は,様々な音声データを対象に編集操作をすることが前提とされ ており,編集対象データに対する編集操作の待ち時間の短縮化を図ることが課題と されているが,本件発明は,「音信号を生成する信号処理装置」であって,次々と 間を置かずに発音されることを前提としているものである。引用発明2には,この ような目的及び課題は存在しない。 同様に,引用発明1は,データ構造を工夫することにより,再生をスムーズに行 わせようとする発明であるから,引用発明2に組み合わせることは考え難いし,全 体が圧縮データである引用発明2にデータ構造の異なる引用発明1を組み合わせる ことにより,全体が圧縮データである本件発明が想到し得るものでもない。 イ 引用発明2は,「先頭10秒間」とこれに続く残部とを分割した場合,両デ ータはそれぞれ別のデータとなり,再生のためには,別の発音指示が必要になる。 また,デコード済みのデータを出力しながらこれに続く圧縮データのデコードを 同時平行して行うことが周知慣用技術であったとしても,当該技術を組み合わせて も,発音開始指示とともにデコードを開始することになるのであるから,発音開始 遅れが生じるものであって,発音開始遅れの課題を解決することができない。 ウ 以上からすると,相違点5に係る本件審決の判断に誤りはない。 (3) 相違点5−1ないし3の認定及び判断の誤りについて 本件発明では,先頭データのみならず,それ以降の圧縮データに基づく音信号も 生成されるから,「発音指示」の意義の相違を相違点5−1として認定し,判断し た本件審決に誤りはない。 14 また,本件発明では,データの先頭から「所定の部分まで」は目的とするデータ の全部ではないが,引用発明2の「先頭10秒分」は,目的とするデータの全体で あるから,当該相違を相違点5−2として認定し,判断した本件審決に誤りはない。 さらに,相違点5−3の構成は,引用例1から明らかであるということもできな いから,相違点5−3に係る本件審決の判断にも誤りはない。 (4) 小括 以上からすると,本件発明は,引用発明2に引用発明1を組み合わせることによ り,当業者が容易に発明をすることができるものということはできないから,本件 審決の判断に誤りはない。 第4 当裁判所の判断 1 本件発明について 本件発明の要旨は,前記第2の2のとおりであり,本件明細書(甲7)によれば, 本件発明は,以下のとおりのものである。 (1) 本件発明は,高効率データ圧縮を採用したレコーダ等に好適な信号処理装 置において,デジタルデータを記録する際に用いられる各種のデジタルデータ圧縮 技術では,再生するためのデータ処理に時間がかかり,頭出しにおいて聴感上無視 できないほどの再生時の立ち上がり遅れを生ずるという課題を解決する発明である。 (2) 本件発明は,前記課題を解決するために,以下の処理を行うものである。 ア 外部記録媒体に記録されている圧縮データに対し, イ 発音指示に先立って,圧縮データの所定の開始位置から所定の部分までをあ らかじめデコード処理して元のデータに戻し, ウ 発音指示があると,先頭データに基づいて音信号の発生を開始するとともに, 先頭データに基づく音信号の発生と平行して所定の部分以降の圧縮データのデコー ド処理を行い, エ 以降のデコード処理されたデータに基づいて音信号を生成する。 (3) 本件発明は,外部記憶手段に記録された圧縮データの任意の位置からデコ 15 ード処理を行う場合,デコード処理に先立って,圧縮データのデコード開始位置か ら所定の部分までをあらかじめ元のデータに戻して所定の記憶手段に記憶し,所定 の部分以降のデコード処理の準備が整った時点で,所定の記憶手段に記憶したデコ ードされたデータを出力するとともに,所定の部分以降の圧縮データについて順次 デコード処理を行って,デコード処理されたデータの出力と平行して所定の部分以 降のデコード処理を行い,先にデコードされたデータの出力に引き続いて所定の部 分以降のデコード処理により生成されたデータを出力する演算手段を具備するよう にしたため,圧縮データのデコード時における時間遅れが生じることがなく,高圧 縮率の圧縮法を効果的に用いることができるという効果を奏するものである。 2 引用発明1について 引用例1(甲1)に,前記第2の3(2)アのとおりの引用発明1が開示されてい ることは,当事者間に争いがないところ,引用例1によると,引用発明1は,以下 のとおりのものである。 (1) 引用発明1は,圧縮処理を施した楽音信号に基づき録音・発音する電子楽 器の音源装置において,特に圧縮効率の高いデータのデコード処理にはある程度の 時間が必要であることから,オペレータ(操作者)による発音指示により読み出し たエンコード・データを,元のPCM・データへデコードする時間Dだけ遅れるい う課題を解決するために,発音指示後,時間遅れを極めて少なくして,直ちに楽音 を発生することができる電子楽器の音源装置を提供するものである。 (2) 引用発明1は,前記課題を解決するために,以下の処理を行うものである。 ア 記憶手段に,圧縮されていない先頭部分のディジタル・データ及び圧縮処理 を施した引き続いた部分のデータを記録しておき, イ 発音指示の発生に応じて,記憶手段からディジタル・データ及び圧縮処理を 施したデータを読み出して,ディジタル・データを出力する一方,圧縮処理を施し たデータを元のディジタル・データに展開する。 ウ その後,展開された元のディジタル・データを出力する。 16 (3) 引用発明1は,記録手段に記録するデータをディジタル・データ(非圧縮 データ)と圧縮処理を施したデータとが混在する形式とするとともに,前記各処理 を行うことにより,楽音信号の所定期間までのディジタル・データの長さは,圧縮 処理を施したデータの長さに比べて十分短いため,圧縮効率を悪化させなくて済む のみならず,発音指示後,直ちにディジタル・データが読み出され,その後,元に 戻されたディジタル・データが出力されるので,時間遅れを極めて少なくして,直 ちに楽音を発生することができるという効果を奏するものである。 3 引用発明2について 引用例2(甲2)に,前記第2の3(3)アのとおりの引用発明2が開示されてい ることは,当事者間に争いがないところ,引用例2によると,引用発明2は,以下 のとおりのものである。 (1) 引用発明2は,収録済みのディジタル圧縮音声データを伸長し,その再生, 複製,分割,結合等の編集操作を対話的に行い,所望の音声列を作成する音声デー タ編集方法及び装置において,オペレータが編集対象となる音声データを選択し, そのデータに対して編集コマンドを入力して初めて,伸長処理が始まるものであっ たため,コマンド入力後,伸長処理のための時間を待たされることが多く,操作の 応答性の点で問題があったこと,あらかじめ全ての音声データを伸長して格納する 方法では,記録データ量が膨大になってしまい,更に,編集装置起動時に全てのデ ータを伸長する方法では,起動時間が長くなってしまうことという課題の解決を目 的とするものである。 (2) 引用発明2は,前記課題を解決するために,以下の処理を行うものである。 ア 収録済みのディジタル圧縮音声データに対し, イ 再生コマンドボタン押下に先立って,再生対象の音声アイコンをマウスポイ ンタ等で選択しワークエリアに移動させて再生対象音声データを確定し,あらかじ め伸張して伸張データ格納領域に格納するが,この音声再生対象音声データは,1 つのデータを幾つかに分割し,優先順位を付して格納領域に格納されるものであり, 17 10秒ごとに分割し,分割された先頭部分に高い優先順位が付けられる。 ウ 再生コマンドボタンの押下により,伸張データ格納領域に格納された伸張デ ータを読み出して再生するため,それぞれの音声データの先頭10秒間だけの頭出 し再生を,伸長待ち時間を少なくして再生可能とする。 (3) 引用発明2は,音声データの編集中,将来利用されるであろう圧縮データ について,その利用可能性に応じて優先順位を付け,優先順位の高いものから先行 的に伸長処理を行うことによって,実際に当該伸長データが必要になったときの伸 長処理時間を短縮あるいは省略することができるという効果を奏するものである。 (4) なお,引用例2には,音声データについて,以下のような記載がある。 ア 引用発明2では,動作が開始されると,まず,その時刻までの伸長処理済み データサイズを優先順位管理テーブルに記録する。次に,優先順位管理テーブルを 参照して,完全に伸長処理の終っていない音声データの中で優先順位が1番高く, かつ更新時刻の最も新しい音声データをピックアップし,当該データの伸長処理を 始める。伸長したデータは,伸長データ管理部によって伸長データ格納領域に格納 するとともに,優先順位管理テーブルの記録を更新する。その後,同様の動作を繰 り返す。伸長処理中に伸長優先順位管理テーブルの優先順位が変更された場合,伸 長作業を中断し,伸長された部分だけを記録し,新たな優先順位で作業を始める。 伸長装置部から伸長データ格納要求がされると,伸長音声データ管理プログラム は必要なメモリ領域を伸長データ格納領域に割り当てるが,容量が足りないときは 伸長優先順位管理テーブルを参照し,優先順位の最も低いデータを消去し,スペー スを確保する。音声編集画面制御及び音声編集部は,ある音声伸長データが必要に なったとき,伸長データ管理プログラムに問い合わせ,そのデータが格納されてい る伸長データ格納領域のアドレスを得る。もし,まだ伸長されていなければ,伸長 データが作成されるまで待つ。しかし,音声編集画面制御及び音声編集部が実際に 伸長データを必要とする以前に,その音声データに対しては高い伸長優先順位が付 けられている可能性が高いので,既に伸長されているかあるいは部分的に伸長済み 18 である場合が多いと考えられ,新たに伸長しなければならない量の期待値は低くな る。よって,編集の際に,データ伸長のために待たされる時間は,全体的に少なく なる(【0024】【0025】)。 音声データごとに伸長優先順位を付け,優先順位の高いデータから,全体を伸長 する方式の実施例のほか,1つのデータを幾つかに分割し,それぞれに優先順位を 付けることもできる。例えば,それぞれの音声データを10秒ごとに分割し,それ ぞれの先頭10秒間に高い優先順位を付ければ,音声データの先頭10秒間だけの 頭だし再生のとき,伸長待ち時間が少なくなる可能性が高くなる。音声データの波 形表示を行う際も,1画面に表示できる時間は10秒程度なので,データ先頭の1 画面を表示するだけの場合応答性が早くなる可能性が高くなる。このような実施例 によれば,音声データのブラウジングを行う時などに有効である(【0034】)。 イ 引用例2の前記アの記載,特に,引用発明2は,「データ全体を伸長する方 式」であることや,10秒ごとに分割された音声データも,「音声データの先頭1 0秒間だけの頭だし再生」に用いられるものであり,10秒単位のデータであると 解されることからすると,引用発明2においては,圧縮データのデコードは,再生 すべきデータ全体を対象とするものということができる。 4 取消事由1(引用発明1に基づく進歩性に係る判断の誤り)について (1) 相違点2に係る判断の誤りについて ア 本件発明及び引用発明1は,いずれも,圧縮データのデコード処理に伴う再 生開始時間の遅れを解消するという共通の課題を有するところ,本件発明は,圧縮 処理がされている再生の開始位置から所定の部分までをあらかじめデコードしてお き,当該部分を再生する間に平行して続いて再生する部分のデコード処理を行うこ とをその解決手段とするものである。 これに対し,引用発明1は,再生の開始位置から所定の部分までについては圧縮 しない状態でデータを保存しておき,当該部分を再生する間に,それに続く圧縮し た状態で保存しているデータについてデコード処理を行うことをその解決手段とす 19 るものである。 そうすると,本件発明は,再生の開始位置から所定の部分までは圧縮しないデー タを用いることにした引用発明1とは異なり,再生の開始位置から所定の部分につ いても圧縮したデータをそのまま用いることができるという技術的特徴を有するも のということができる。 イ この点について,原告は,引用発明1において,発音遅れを解消する手段と して非圧縮データを記憶するものであるから,非圧縮データの記憶手段の容量節約 のために,これを圧縮データとし,必要に応じてあらかじめデコードするように構 成することは,当業者には当然の事柄であると主張する。 しかしながら,引用発明1では,従来の信号処理装置のように,再生の開始位置 から所定の部分にも圧縮データを用いると,発音指示を契機としてデコード処理が 開始されることになるため,発音が開始されるまでの時間遅れが生じるという課題 があった。引用発明1は,その課題を解決するために,再生の開始位置から所定の 部分についてはデータを圧縮しないことにより,既に発音が開始されるまでの時間 遅れが生じるという課題を解決することを可能としたものであって,再生の開始位 置から所定の部分のデータについて,これを圧縮するという動機付けは存在しない。 また,引用例1には,引用発明1の効果として,楽音信号の所定期間までのディ ジタル・データの長さは,圧縮処理を施したデータの長さに比べて十分短いため, 圧縮効率を悪化させなくて済むと記載されているから,「非圧縮データの記憶手段 の容量節約」のために,圧縮データとする動機付けも存在しない。 したがって,相違点2の構成について,当業者が当然に想到し得る事項であると いうことはできない。 ウ 原告は,引用発明1は,圧縮処理対象が一部であることから,結果的に,所 定の開始位置から所定の部分までの先頭データは圧縮されていないデータとして記 憶するものにすぎない,本件発明の特徴がデータをデコード処理することにあると すると,「全て」のデータを圧縮することが本件発明の必須の構成であると解する 20 理由はない,本件発明と引用発明1とは,発音指示が発生した時点で直ちに発音す るために,非圧縮データに基づく発音とするという,同一の解決原理に基づくもの であるとも主張する。 しかしながら,本件発明は,楽曲の全体について圧縮データを用いることを前提 として,発音が開始されるまでの時間遅れを防止するために,圧縮されている再生 の開始位置から所定の部分までをあらかじめデコード処理して対処するのに対し, 引用発明1は,その時間遅れを防止するために,当該部分について,もともとデー タを圧縮しないで対処するというものである。圧縮データにより保存された楽曲を 発音するためには,圧縮データをデコード処理し,圧縮しないデータとしなければ ならないことは当然の前提であるが,圧縮しないデータに基づく発音にはそもそも デコード処理をする必要がなく,本件発明と引用発明1とを同一の解決原理に基づ くものということはできない。発音遅れを防止するために,圧縮データをあらかじ めデコード処理する構成を設けるか,あるいは圧縮しないデータのまま保存してお くかという点こそ,本件発明及び引用発明1のそれぞれの課題解決原理というべき であって,本件発明と引用発明1とは,解決原理が根本的に異なるものというほか なく,単に圧縮処理対象が全部か一部かについて相違するだけという違いではない。 原告の主張はいずれも採用できない。 エ 以上からすると,本件審決の相違点2に係る判断に誤りはない。 (2) 相違点3に係る判断の誤りについて ア 前記3(4)のとおり,「データ全体を伸長するもの」との引用例2の記載か らすると,引用発明2においては,音声圧縮データの伸長の対象となる「音声デー タ」とは,再生すべき音声データの全部を意味し,音声データの先頭部分のみを意 味するものではないことは明らかである。 また,音声データの「先頭10秒間」とは,それに引き続く部分の音声データを 継続的に再生することを前提とするものではなく,再生すべき「音声データ全部」 を意味するものと解される。 21 そして,引用例2には,前記のとおり,音声伸長データが必要になったとき, 「まだ伸長されていなければ,伸長データが作成されるまで待つ」「伸長待ち時間 が少なくなる可能性が高くなる」などの記載があることからすると,引用発明2は, 目的とする「音声データ全部」の伸長データが作成されるまで待つものであって, 伸長されたデータのうちの先頭部分を再生しつつ,引き続く部分の伸長データを作 成するものではない。 イ したがって,引用発明2には,再生する上で優先順位の高い「音声データ全 部」をあらかじめ伸長(デコード)しておいてこれを所定の記憶手段に記憶する構 成を採用するものであって,引用発明1に引用発明2を組み合わせたとしても,目 標とする音声データの「所定の開始位置から所定の部分まで」をあらかじめデコー ド処理して元のデータに戻し,先頭データとして所定の記憶手段に記憶するという 相違点3の構成に想到し得るものということはできない。 ウ 原告は,引用発明2が,目標とする音声データの「所定の開始位置から所定 の部分まで」をあらかじめデコード処理する構成を有することを前提とした上で, 引用発明1及び2は,同一の課題を有するものということができるから,各発明を 組み合わせる動機付けは十分に存在するものというべきであるなどと主張するが, その前提自体が誤りであることは,先に述べたとおりであるし,各発明を組み合わ せる動機付けが認められないことも,前記(1)(イ)のとおりである。 また,原告は,本件審決の引用発明2及び本件発明と引用発明2との一致点の認 定によると,引用例2には,相違点3の構成が開示されているとも主張するが,本 件審決は,本件発明と引用発明2との相違点5−2及び3において,相違点3と同 様の構成について相違点として認定し,判断しているものである。原告の主張は, 本件審決の一致点の認定を正解しないものというほかなく,採用できない。 (3) 小括 以上からすると,本件発明は,引用発明1に引用発明2を組み合わせることによ り,当業者が容易に発明をすることができるものということはできないから,本件 22 審決の判断に誤りはない。 5 取消事由2(引用発明2に基づく進歩性に係る判断の誤り)について (1) 相違点5の認定の誤りについて 本件発明では,特許請求の範囲に記載されているとおり,「圧縮データの所定の 開始位置から所定の部分まで」のみならず,その後にデコードされた圧縮データに よる音信号も生成されるものである。これに対し,引用発明2における音声データ の「先頭10秒間」は,引用例2の「先頭10秒間だけの頭だし再生」の記載から すると,音声データの先頭10秒間に引き続く部分の継続的な再生を前提としてい るものではなく,再生する目的の「音声データ全部」としての「先頭10秒間」を 意味するものであることは,前記4(2)アのとおりである。 したがって,引用発明2は,再生すべきデータ全体の伸長が済んだ状態において, 発音開始指示が可能となるものであるから,音声データの先頭の10秒間に引き続 く部分の次の10秒間が再生されることが当然に予定されているという原告の主張 は採用できない。 以上からすると,本件審決の相違点5の認定に誤りはない。 (2) 相違点5に係る判断の誤りについて 引用例2には,先頭の10秒間の音声データに対する頭だし再生ではない再生, すなわち,先頭の10秒間に続く10秒間の音声データを継続的に再生することに 関する記載や,それを示唆する記載はない。 また,先頭の10秒間に続く10秒間の音声データについて,自動的に最優先順 位を付して再生することに関する記載もない。 したがって,仮にデコード済みのデータを出力しながらこれに続く圧縮データの デコードを同時平行して行うことが原告の主張のとおり周知慣用技術であったとし ても,引用発明2の先頭の10秒間についてあらかじめデコードし,この先頭デー タの再生中に,引用発明1のように,この先頭データに引く続く部分を順次デコー ドして連続して再生するよう構成することが,当業者にとって容易であるというこ 23 とはできない。 以上からすると,相違点5に係る本件審決の判断に誤りはない。 (3) 相違点5−1ないし3の認定及び判断の誤りについて 本件審決は,相違点5が存在することから,本件発明と引用発明2とには,結果 的に相違点5−1ないし3が存在するとする。 相違点5に係る構成が,当業者が容易に想到し得るものということができないこ とは,前記(2)のとおりであり,本件審決の相違点5−1ないし3に係る認定及び 判断についても,同様の理由により,誤りがないことは明らかである。 (4) 小括 以上からすると,本件発明は,引用発明2に引用発明1を組み合わせることによ り,当業者が容易に発明をすることができるものということはできないから,本件 審決の判断に誤りはない。 6 結論 以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。 知的財産高等裁判所第4部 裁判長裁判官 滝 澤 孝 臣 裁判官 井 上 泰 人 裁判官 荒 井 章 光 24 (別紙) 当事者目録 原 告 株 式 会 社 ア ク セ ル 同訴訟代理人弁護士 飯 田 秀 郷 栗 宇 一 樹 大 友 良 浩 隈 部 泰 正 和 氣 満 美 子 戸 谷 由 布 子 辻 本 恵 太 林 由 希 子 森 山 航 洋 船 橋 茂 紀 遠 山 光 貴 西 山 彩 乃 同訴訟復代理人弁護士 杉 浦 秀 奥 津 啓 太 被 告 ヤ マ ハ 株 式 会 社 同訴訟代理人弁護士 内 藤 義 三 大 橋 厚 志 田 中 成 志 平 出 貴 和 板 井 典 子 山 田 徹 森 修 一 郎 25 同 弁理士 飯 塚 義 仁 大 場 弘 行 26 |