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関連審決 異議2001-70929
関連ワード 発明者 /  技術的思想 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  優先権 /  援用権(援用) /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 /  訂正明細書 /  取消決定 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 251号 特許取消決定取消請求事件
原告 ライカミクロズュステムス アーゲー (旧名称) ライカ ミクロスコピー ズュステーメ アーゲー
訴訟代理人弁理士 加藤朝道
同 内田潔人
同 三宅俊男
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 末政清滋
同 北川清伸
同 大野克人
同 立川 功
同 涌井幸一
同 伊藤三男
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/09/22
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
請求
特許庁が異議2001-70929号事件について平成13年12月26日にした決定を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,名称を「顕微鏡,特に手術用顕微鏡」とする特許第3092943号発明(平成7年10月25日出願〔優先権主張平成6年10月26日・スイス連邦〕,平成12年7月28日設定登録,以下,この特許を「本件特許」という。)に係る特許権者である。
その後,本件特許の請求項1,2,4,8及び9に係る特許につき特許異議の申立てがされ,同申立ては,異議2001-70929号事件として特許庁に係属したところ,原告は,平成13年12月10日,本件特許出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載等の訂正(以下「本件訂正」といい,本件訂正に係る明細書を,願書に添付した図面と併せて「訂正明細書」という。)を請求した。
特許庁は,同事件につき審理した結果,平成13年12月26日,「訂正を認める。特許第3092943号の請求項1,2,4,8,9に係る特許を取り消す。」との決定をし,その謄本は,平成14年1月21日,原告に送達された。
2 訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1,2,4,8及び9に係る発明の要旨 【請求項1】使用者のための顕微鏡であって, (a)少くとも一つのチューブ(鏡筒)と,少くとも一つの操作機構と,少くとも一つの遠隔操作位置決め機構及び該位置決め機構のための少くとも一つの制御系と,該位置決め機構の制御のため観察者(使用者)の眼の眼-又はひとみ位置を把握するためのセンサとを有すること, (b)該位置決め機構が下記(b1)〜(b4)から成る群から選ばれる1以上の要素:(b1)自動フォーカス,(b2)自動ズーム,(b3)ズーム(15),焦点調節機構(16)及び/又は眼の距離(間隔)調節装置のための駆動系,(b4)顕微鏡照明系(17),ビデオレコーダ,(MRI像データ(20)もしくはX線像データ(21)等のための)像供給装置,及び/又は患者データ再現(表示)装置(22)に対する制御系,を有すること, 少なくとも一つの眼に対する操作シンボルないし操作機構シンボルの入射のためのディスプレイを観察者が少なくとも顕微鏡の視野と共に表示画面をチューブの内部で見ることができるよう配設すること, 前記遠隔操作位置決め機構は,表示画面の周辺部ないし顕微鏡視野外に配列した所定機能表示域を備え,その都度該機能表示への注視を前記センサによって検出することにより,所定機能要素が制御されること, 該機能表示への注視の検出は,操作シンボルないし操作機構シンボルへの注視の検出を介して行われると共に所定機能要素の制御は実質的にハンドフリーで行われること, を特徴とする顕微鏡。
【請求項2】チューブの域において,眼(1)にチューブの内部で操作機構のシンボルが使用者に見られるよう配設され,眼の位置認識装置がデータ処理装置(24)を介して注視先把握のため,操作機構シンボルと機能的に結合され,そしてさらに前記位置決め機構ないしその各要素即ち,ズーム(15),焦点調節機構(16)及び/又は眼の距離(間隔)調節装置のための駆動系,と,及び,顕微鏡照明系(17),ビデオレコーダ,(MRI像データ(20)もしくはX線像データ(21)のための)像供給装置及び患者データ再現(表示)装置(22)の1以上と,夫々機能的に結合されている,ことを特徴とする請求項1の顕微鏡。
【請求項4】眼又はひとみの位置認識装置(3)が少くとも一つのIR-LED(3)及び少くも一つのCCD(6)をIR-LED(3)の光の眼の表面での走査のため有し,該CCD(6)は評価回路ないしはデータ処理装置(24)に接続され,これらの回路ないしは装置(24)は,前記位置決め機構を制御することを特徴とする,請求項1〜3の一の顕微鏡。
【請求項8】ひとみ位置認識装置(3)が,データ処理装置(24)と,そしてこれを介して下記の装置の少くとも一つと接続されること,又は,これらの装置を眼の機能表示への注視位置に応じて制御すること:機械的顕微鏡駆動系,顕微鏡照明系(17),患者データ再現装置(22),ビデオカメラ(26),ビデオレコーダ(19),像供給装置(MRI-又はX線-像データ(20),(21)等のためのもの),を特徴とする請求項1〜7の一の顕微鏡。
【請求項9】データ処理装置(24)が,足スイッチ(27),音響スイッチ等のスイッチ機構を備え,命令又は命令シンボルの選択の確認を伴うことを,特徴とする請求項1〜8の一の顕微鏡。
(以下,上記各請求項に係る発明を,それぞれ「本件発明1」,「本件発明2」,「本件発明4」,「本件発明8」,「本件発明9」という。) 3 決定の理由 決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,本件訂正を認めた上,本件発明12,4及び8は,特開平4-324409号公報(甲4,以下「引用例1」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。)及び特開平5-333258号公報(甲5,以下「引用例2」という。)に記載された発明(以下「引用発明2」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,本件発明9は,引用発明1及び2並びに周知の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件発明1,2,4,8及び9に係る特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであって,同法113条2号の規定に該当し,取り消されるべきものであるとした。
原告主張の決定取消事由
決定は,引用発明1の認定を誤った(取消事由1)結果,本件発明1と引用発明1との一致点の認定及び相違点2の認定を誤った上,本件発明1と引用発明1との相違点を看過し(取消事由2),本件発明1の進歩性の判断に当たり,引用発明1と引用発明2との組合せの容易想到性の判断を誤る(取消事由3)とともに,本件発明1の顕著な作用効果を看過し(取消事由4),さらに,本件発明2,4,8及び9の進歩性の判断を誤った(取消事由5〜8)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(引用発明1の認定の誤り) (1) 決定は,「引用発明1は,足の位置をセンサで検出し,対応する擬似的スイッチ操作部材の位置を求め,観察視野内の擬似的スイッチを操作することにより,ズーミング機構などの制御を行うことができることから,その都度擬似的スイッチへの選択をセンサによって検出することにより,所定機能要素が制御されること,所定機能要素の制御を実質的にハンドフリーで行っていることが明らかである」(決定謄本11頁第5段落)と認定した上,本件発明1と引用発明1との一致点として, 「使用者のための顕微鏡であって, (a)少くとも一つのチューブ(鏡筒)と,少くとも一つの操作機構と,少くとも一つの遠隔操作位置決め機構及び該位置決め機構のための少くとも一つの制御系と,該位置決め機構の制御のためのセンサとを有すること,(b)該位置決め機構が下記(b1)〜(b4)から成る群から選ばれる1以上の要素:(b1)自動フォーカス,(b2)自動ズーム,(b3)ズーム(15),焦点調節機構(16)及び/又は眼の距離(間隔)調節装置のための駆動系,(b4)顕微鏡照明系(17),ビデオレコーダ,(MRI像データ(20)もしくはX線像データ(21)等のための)像供給装置,及び/又は患者データ再現(表示)装置(22)に対する制御系,を有すること,操作シンボルないし操作機構シンボルのディスプレイを観察者が少なくとも顕微鏡の視野と共に表示画面をチューブの内部で見ることができるように配設すること, 前記遠隔操作位置決め機構は,表示画面の周辺部ないし顕微鏡視野外に配列した所定機能表示域を備え,その都度該機能表示への選択をセンサによって検出することにより,所定機能要素が制御されること, 該機能表示への選択の検出は,操作シンボルないし操作機構シンボルへの選択の検出を介して行われると共に所定機能要素の制御は実質的にハンドフリーで行われること, を特徴とする顕微鏡」(同11頁最終段落〜12頁第1段落)である点を認定し,さらに,相違点2として,「本件発明1は,操作シンボルないし操作機構シンボルのディスプレイが,少なくとも一つの眼に対する操作シンボルないし操作機構シンボルの入射のためであるのに対し,引用発明1では,操作シンボルないし操作機構シンボルを操作するものである点」(同12頁第3段落)を認定した。
しかしながら,引用発明1において,「擬似的スイッチ,ハンドル」は,手や足(それにつけたセンサ)の動きの反映として,専ら表示されるだけのものにすぎず,「擬似的スイッチを操作する」ということはないから,決定の引用発明1に関する上記認定は誤りであり,これに基づく,上記一致点中,「前記遠隔操作位置決め機構は,表示画面の周辺部ないし顕微鏡視野外に配列した所定機能表示域を備え,その都度該機能表示への選択をセンサによって検出することにより,所定機能要素が制御されること,該機能表示への選択の検出は,操作シンボルないし操作機構シンボルへの選択の検出を介して行われると共に所定機能要素の制御は実質的にハンドフリーで行われること」との認定及び相違点2の認定も誤りであって,これらの誤りは,決定の結論に影響を及ぼすべきものである。
(2) 引用例1(甲4)においては,いずれの実施例も,手(図1〜3),足(図4〜6)又は術具(図7〜12)の物理的操作とその位置の検出を必須の条件としており,本件発明1とは,基本的な技術的思想において本質的に異なるものである。すなわち,図3に示す擬似的操作ハンドル16,擬似的スイッチ15及び擬似的スイッチ/ハンドル操作部材17(手を形どったもの)は,実際の手を動かして手(又は手に着けたセンサ要素)を一方のセンサ要素とする位置センサの出力信号を介して,観察視野内の擬似的操作部材と連動した動きを視認しつつ手を動かして,擬似的操作ハンドル・スイッチをあたかも操作するよう擬操作するものであるが,その実体は,単なる手の動き位置の反映にすぎない。図4〜6に示される足による操作も,手の場合と基本的に同じであり,加えて,足の複雑かつ精密な操作を要するという困難さがある。
いずれにしても,モニタ表示された擬似的スイッチ・操作ハンドルと擬似的操作部材は,手,足等の実際の動きを反映したものにすぎず,単にそれらの動きに追従して表示されたものを見るだけであって,擬似的な操作部材(図3の17,図6の38)のディスプレイ上での表示位置を検出して,それによって擬似的スイッチ・ハンドル(図3の15,16,図6の37)を操作ないし制御する構成にはなっていない。
このことは,ブロック回路図である図1又は図5を見れば明らかである。
そこでは,信号が(手の位置を検出する)「位置センサ14a,14b」から「位置検出回路21」へ伝わり,さらに「スイッチ機能制御回路23」へ伝達される一方,「位置検出回路21」から「画像合成回路22」を経て「モニタ手段12」へ至る信号は,そこで途切れている。すなわち,モニタ手段12は表示するのみであって,装置自体としては何の操作制御にも作用しないのである。
なお,引用例1には,例えば,「擬似的スイッチ操作部材38で選択された擬似的操作スイッチ37が選択されたこと」(段落【0030】)等の表現があることは事実であるが,引用例1を正しく読めば,それが比ゆ的表現にすぎないことは明らかである。
(3) にもかかわらず,決定は,引用発明1について上記のように認定しているが,引用発明1においては,「擬似的スイッチへの選択」は,「装置の行う選択機能」として行われているのではなく,擬似的スイッチを注視する操作者の足によって行われる「選択」の反映表示にすぎない。決定は,これをあたかも,「擬似的スイッチへの選択」が行われているかのごとく認定したものであって,明らかな誤りである。
そして,このような引用発明1の誤った認定に基づく,決定の上記一致点の認定,具体的には,「前記遠隔操作位置決め機構は,表示画面の周辺部ないし顕微鏡視野外に配列した所定機能表示域を備え,その都度該機能表示への選択をセンサによって検出することにより,所定機能要素が制御されること,該機能表示への選択の検出は,操作シンボルないし操作機構シンボルへの選択の検出を介して行われると共に所定機能要素の制御は実質的にハンドフリーで行われること」を一致点であるとした認定及び上記相違点2の認定も,明らかに誤りである。
2 取消事由2(本件発明1と引用発明1との相違点の看過) 上記のとおり,引用発明1においては,手,足又は術具の物理的操作とその位置の検出を必須の条件としており,本件発明1とは,基本的な技術的思想において本質的に異なるものである。また,足による操作方式には,足の複雑かつ精密な操作を要するという困難さがあるため,精密操作を要する顕微鏡にとって,同方式は,全く実用性がなく,実用化もされていなかったものであって,実用化の観点からすると,手の実施例こそが,引用例1の開示の基本的主題というべきである。
いずれにしても,引用発明1は,手,足などの眼以外の「人体の動き」を不可欠の第1動因とするものであって,モニタないしディスプレイ上の表示は,実際に手,足及びスイッチを見る代わりに,それらの相対的位置関係を視野内に間接的に表示しているものにすぎない。
しかしながら,決定は,上記のような引用発明1の基本的な技術的思想ないし解決原理について,本件発明1のそれと対比した上での相違点の認定を行っておらず,相違点を看過したものである。
3 取消事由3(引用発明1と引用発明2との組合せの容易想到性の判断の誤り) (1) 決定は,引用発明1と引用発明2との組合せの容易想到性について,「引用例1,引用例2のものは,いずれも光学器械の分野に関するものであり,引用例2のものは,全体の操作の中では,レリーズ等一部手動スイッチを併用しているものの,上記の記載事項の範囲内で『視線を検出して,その検出信号によって,特定の機能を指定し,操作することができる』,即ちハンドフリーで所定機能要素の制御が行われることが明らかであるので,同様の目的を有する引用例1のものと組み合わせて,本件発明1の構成とすることは,当業者が容易に想到できたものである」(決定謄本13頁第3段落)と判断したが,誤りである。
(2) まず,引用発明1について見ると,上記のとおり,引用発明1は,手,足などの眼以外の「人体の動き」を不可欠の第1動因とするものである上,引用例1における「ハンドフリー」とは,足の複雑な位置移動操作と押圧操作を不可欠とするものであって,実用性を欠くものであること(本件公報〔甲2〕5欄11行目〜17行目)からすれば,引用例1では,むしろ手を用いた実施例1の方がより実用的であって,そこから,本件発明1のような「ハンドフリー」の方向への動機付けは導き出し得ないというべきである。
(3) 次に,引用発明2について見ると,引用例2(甲5)は,視線入力可能なカメラに関し,カメラファインダー光学系のスクリーンに表示される複数の操作項目を注視することにより,視線検出手段を用いて,カメラの複数の操作項目の設定,変更(切換え)を行う技術を開示しているところ,第1に,カメラは,原則として両手で操作されるものであり,ハンドフリーという課題とは全く反対の技術分野である。
第2に,引用発明2における操作項目のスクリーン表示は,カメラファインダー光学系においてのみ行われるものである。撮影に際し,カメラファインダー光学系は,クイックリターンミラー12により断路され,シャッター33を経てフイルム上に結像されるものであって,カメラの主たる結像光学系に対しては,選択的に分岐される分岐光学系を成すにすぎない(図1参照)から,この点で顕微鏡の主光学系に係る本件発明1とは質的に異なる。
第3に,引用発明2のカメラは,多数回の押しボタン操作を必須としている(図3,図9参照)。したがって,引用発明2において,カメラファインダー光学系内で,視線の検出による操作項目の設定を行うにしても,ハンドフリーという課題は,全く問題にもならず,むしろ,ハンド操作を不可欠の前提とするものである。このことは,引用発明2が同じ光学機械ではあっても,カメラに特化した技術であることから生じる本質的な前提条件であり,技術的思想としても,当然,その限界に拘束されているというべきである。すなわち,引用発明2のカメラにおいては,完全なハンドフリーということは最初からあり得ないし,またそうする必要もない。別の角度からいえば,カメラファインダー内の眼線の動きは,一点に定まらず,あちこち動くことが通常であるため,プッシュボタンでの設定項目の確認・切換えを不可欠とせざるを得ず,引用発明2においては,ボタン操作(手操作)がその本質的要素となるのであって,にもかかわらず,その本質的要件であるボタン操作(手操作)を離れて引用発明2を論じることは,技術的思想の一貫性を欠き,無意味というべきである。
第4に,カメラの倍率は,ズーム可変の範囲内のごく低い倍率にすぎず,顕微鏡の倍率とは本質的に桁の異なるオーダーに属する。この点は,制御の難易度と各技術要素の採用の難易度において,質的な差をもたらすものである。
(4) 以上によれば,引用発明1と引用発明2との組合せには阻害事由があり,また,両者を無理に組み合わせても,本件発明1には容易に到達し得ないというべきである。
引用発明1は,手,足の作動を第1動因とするものであり,かつ,引用発明2も手操作を大前提とするものであるから,これらの組合せからは,ハンドフリーによる顕微鏡の精密制御という課題自体,全く想到し得ないものである。
また,引用発明2におけるカメラのファインダー光学系は,小倍率の分岐光学系にすぎないから,これを主な顕微鏡光学系であり,桁違いに大きい倍率の顕微鏡の視野に適用して,機能表示を行い,それに対する注視のセンサによる検出を行い,さらに,それによって,所定機能要素の制御を行うことには,大きな技術的困難性が伴い,到底,容易に想到し得るものではない。その理由としては,カメラファインダーでは,すべての被写体は常時,視野内にあって視認できる状態にあり,使用者には全く不安要因はない(カメラの場合,仮に注視による目標操作を失敗しても,ピントボケか目標物への焦点の標的ずれが生じるのみである。)が,顕微鏡においては焦点位置がわずか被検物からずれるだけで,視野がぼけて喪失するに至る。そのため,顕微鏡においては,すべての操作はミクロの光学的精密さを要求されるとともに,作動の高度の安定性をも要求されるものであり,カメラのファインダー技術を直ちに顕微鏡制御に転用し得るなどということは考えられない。ちなみに,カメラファインダーでは,AF,ズーム機能のいずれも,ファインダー視野内に被写体像が常時可視状態で存在することが,当該機能実現のための大前提となる。これに対し,顕微鏡の場合,対物レンズにより規定される焦点距離のごく近傍でのみ合焦状態が生じ,合焦状態に達しない限り,視野には何も見えないものである。このような被写体像不在の条件下では,カメラにおけるAFもズーム機能も機能し得ないから,カメラファインダーの視野が,顕微鏡の視野に相当するなどということはできない。
このように,カメラファインダーでのアイ・トラッキング技術の顕微鏡への応用が困難であったことは,同技術の欠点に関する文献(甲6)の記載や,引用例1と引用例2とが,本件特許出願に近接する時期における,同一会社内での発明に係るものでありながら,当該発明者たちが両者を組み合わせた本件発明1に想到し得なかったことからも明らかである。
4 取消事由4(本件発明1の顕著な作用効果の看過) 従来,多数のアイ・トラッキング技術自体は公知であったが,顕微鏡の場合,わずかな焦点の(z方向)変化,又は,わずかなx,y方向移動が視野の完全な喪失ないし視界からの消失をもたらし,不慮の危険を及ぼすおそれが極めて重大であり,実際には採用されていなかったものである。本件発明1は,そうした従来技術の現状,水準を課題設定の背景としている。すなわち,本件発明1は,遠隔操作可能な顕微鏡(特に手術用顕微鏡)を出発点とし,元来,微妙な熟練した手操作を必要とする顕微鏡操作に関して,操作者を手操作から開放し,手術等の本来の手操作に集中できるようにすることを基本的課題とし,さらに,使用者(操作者)の足の多数回にわたる複雑な操作をも不要とすることをも課題とするものである(本件公報〔甲2〕6欄15行目〜21行目参照)。
そして,本件発明1によれば,遠隔操作「位置決め機構の各要素の制御をハンドフリーで迅速かつ効果的に行うことができる」(同7欄5行目〜7行目)という顕著な作用効果を奏するものである。それにより,例えば,手術の際,本件発明1に係る顕微鏡を用いれば,微細組織構造を顕微鏡的倍率の拡大像として常時顕微鏡視野内に確保して視認しつつ,両手を自由に手術そのものに集中して,安全かつ迅速に行うことを可能とし,また,その際,足の複雑な操作に頼る必要はなくなったものであり,画期的なブレークスルーを形成するものである。
決定は,上記のような本件発明1の顕著な作用効果を看過し,その進歩性を否定したものであるから,誤りである。
5 取消事由5(本件発明2の進歩性の判断の誤り) 本件発明2は,従属項であるから,本件発明1に関する上記1ないし4の取消事由がそのまま妥当するほか,本件発明2においては,「位置決め機構ないしその各要素」として,「ズーム(15),焦点調節機構(16)及び/又は眼の距離(内隔)調節装置のための駆動系と,及び顕微鏡照明系(17),ビデオレコーダ,(MRI像データ(20)もしくは]線像データ(21)のための)像供給装置及び患者データ再現(表示)装置(22)の1以上」を備えることを明記しており,これらの要素が,それぞれ眼の位置認識装置と機能的に結合されていることを特徴とする。
本件発明2は,上記のとおり,「ズーム(15),焦点調節機構(16)及び/又は眼の距離(内隔)調節装置のための駆動系」の1以上と,「顕微鏡照明系(17),ビデオレコーダ,(MRI像データ(20)もしくは]線像データ(21)のための)像供給装置及び患者データ再現(表示)装置(22)」の1以上とを同時に備えるものであり,特に,後者の諸要素は,顕微鏡に特有の要素であって,これらの要素を,顕微鏡において,ディスプレイに表示した操作シンボル等の機能表示への注視の検出によってハンドフリーで制御することは,引用例1からも引用例2からも,一切示唆がない。
したがって,本件発明1にも増して,本件発明2は,強い進歩性を有するものであり,これを否定した決定の判断は誤りである。
6 取消事由6(本件発明4の進歩性の判断の誤り) 本件発明4は,従属項であるから,本件発明1又は2に関する上記1ないし5の取消事由がそのまま妥当するほか,本件発明4においては,眼又はひとみの位置認識操作が,IR-LED及びCCDを眼の表面でのIR走査のために有し,CCDは評価回路ないしデータ処理操作に接続されて,位置決め機構を制御するものである。このような眼の表面でのIR走査による,機能ディスプレイ表示に対する選択・切換え,及び各要素のハンドフリーでの制御は,引用例1からも引用例2からも,さらに,これらの組合せからも,容易には想到し得ない。
したがって,本件発明1又は2にも増して,本件発明4は,強い進歩性を有するものであり,これを否定した決定の判断は誤りである。
7 取消事由7(本件発明8の進歩性の判断の誤り) 本件発明8は,従属項であるから,本件発明1,2又は4に関する上記1ないし6の取消事由がそのまま妥当するほか,本件発明8においては,機能表示への注視位置に応じた制御対象として,さらに,「機械的顕微鏡駆動系,顕微鏡照明系(17),患者データ再現装置(22),ビデオカメラ(26),ビデオレコーダ(19),像供給装置(MRI-又はX線-像データ(20),(21)等のためのもの)」を各要素として備えることを規定する。このような各要素を,顕微鏡において,ディスプレイに表示した機能表示への注視の検出によって選択・切換えを含めてハンドフリーで制御することは,引用例1,2の組合せからは容易には想到し得ない。
したがって,本件発明1,2又は4にも増して,本件発明8は,強い進歩性を有するものであり,これを否定した決定の判断は誤りである。
8 取消事由8(本件発明9の進歩性の判断の誤り) 本件発明9は,従属項であるから,本件発明1,2,4又は8に関する上記1ないし7の取消事由がそのまま妥当するほか,本件発明9においては,足スイッチ,音響スイッチ等のスイッチ機構を補助的に備えて,命令又は命令シンボルの選択の確認を伴うことを特徴とする。足スイッチ等のこのような確認的な補助的操作の付加によって,本件発明1に規定する選択の確認がより一層確実にされ,かつ,ハンドフリーの要請も完全に充足する。足を用いる場合にも,単に「確認」のための操作(例えば,押圧)のみで足り,足の複雑な位置移動・操作は必要としないという点で,引用例1における足操作の場合とは,質的に異なった利点を有するものである。
したがって,本件発明1,2,4又は8にも増して,本件発明9は,強い進歩性を有するものであり,これを否定した決定の判断は誤りである。
被告の反論
決定の認定判断は正当であり,原告の取消事由の主張はいずれも理由がない。
1 取消事由1(引用発明1の認定の誤り)について 引用発明1においては,足の位置をセンサによって検出し,それを観察視野内に反映表示し,観察視野内の擬似的スイッチを選択し,擬似的スイッチに対応する機能要素を制御しているものである。そもそも,観察視野内の機能表示を選択するのに,視線すなわち眼球の位置を検出するか,足の位置を検出するかは,技術的には本質的差異のあることではない。本件発明1では,「機能表示への注視を前記センサによって検出することにより,所定機能要素が制御される」としか規定されていないのであるから,引用発明1との差異は,センサでの検出対象が,眼球の位置(本件発明1)か,足の位置(引用発明1)かにあるにすぎない。
また,原告は,引用発明1におけるモニタ手段12は表示するのみであって,装置自体としては何の操作制御にも作用しない旨主張する。しかしながら,引用発明1においては,引用例1(甲4)の図3から明らかなとおり,本件発明1の「表示画面」に相当する「観察視野」内に,顕微鏡の視野とともに擬似的スイッチを表示するものであって,その選択をセンサによって検出することにより,機能要素が制御されているのであるから,原告の上記主張は失当である。
2 取消事由2(本件発明1と引用発明1との相違点の看過)について 原告は,本件発明1と引用発明1とが基本的な技術的思想において本質的に異なる旨主張するが,引用発明1も,顕微鏡視野内の擬似的スイッチ(本件発明1の「機能表示(操作シンボルないし操作機構シンボル)」に相当する。)の選択をセンサによって検出し,所定機能を制御するという点において,本件発明1の構成と一致しており,しかも,引用発明1においても,センサが足の位置センサ,あるいは足の押し下げ圧力センサであるので,ハンドフリーで機能要素が制御されている。さらに,上記のとおり,観察視野内の機能表示を選択するのに,視線すなわち眼球の位置を検出するか,足の位置を検出するかは,技術的には本質的差異のあることではないというべきであるから,原告の上記主張は失当である。
また,原告は,足による操作方式には実用性がなかったとも主張するが,実用化されていたかどうかは,引用例1において当該技術が開示されていたかどうかとは関係のないことである。
3 取消事由3(引用発明1と引用発明2との組合せの容易想到性の判断の誤り)について (1) 原告は,引用発明1から「ハンドフリー」の方向への動機付けは導き出し得ない旨主張するが,上記2のとおり,引用発明1は,足の位置をセンサで検出し,観察視野内の擬似的スイッチを操作することにより,機能要素の制御をハンドフリーで行っているから,原告の主張は失当である。
(2) 引用発明2について,原告は,カメラは原則として両手で操作されるものであり,ハンドフリーという課題とは,全く反対の技術分野である旨主張するが,決定において引用発明2の構成として引用した部分は,視線をセンサで検出して,ズーム,フォーカス等の機能を制御するという部分であり,その部分の構成に関しては,ハンドフリーであることは明らかであるから,原告の主張は失当である。
また,原告は,カメラのファインダー光学系は,顕微鏡の主光学系とは質的に異なる旨主張するが,引用発明2は,本件発明1の「顕微鏡視野」に相当する「視野枠」と,同「所定機能表示域」に相当する「ファインダー視野の範囲51と視野枠52の間」を備え,「ファインダー視野の範囲51」が本件発明1の「表示画面」に相当することが明らかであり,視線をセンサにより検出して機能要素を制御する点も,引用例2(甲5)に明記されている(段落【0030】,【0031】)から,光学系が異なるとの原告の主張は,本件発明1の構成に直接関係がない主張であって,失当である。
原告は,引用発明2は,多数回の押しボタン操作を必須としている旨主張する。しかしながら,本件発明1は,自動フォーカス,自動ズーム等の機能のうち,少なくとも一つの機能が制御できればよいものであるところ,引用発明2における押しボタンは,複数の設定の切換えを行うためのものである(引用例2の段落【0049】参照)から,原告主張の押しボタンの点は,本件発明1とは直接関係のない構成である。
さらに,原告は,カメラと顕微鏡の倍率の違いについても主張するが,本件発明1の構成とは直接関係のない主張である。
(3) 原告は,カメラに関する技術を顕微鏡に適用することの困難性について,るる主張する。しかしながら,決定は,カメラに関するすべての技術を適用したものではないし,本件発明1と引用発明2とは,視線をセンサで検出して,ズーム,フォーカス等の機能を制御するという部分において構成及び作用効果が共通するのであるから,引用発明2がカメラに用いられているという理由のみでは,組合せの阻害要因は格別存在せず,引用発明1と引用発明2とを組み合わせて容易想到性の判断をした決定に何ら誤りはない。
4 取消事由4(本件発明1の顕著な作用効果の看過)について 訂正明細書の特許請求の範囲の【請求項1】に記載された本件発明1の構成を見る限り,正に,顕微鏡に,カメラのアイ・コントロール技術を組み合わせた以上の発明は記載されていない。原告は,本件発明1は顕著な作用効果を奏する旨主張して,本件公報(甲2)の記載を援用するが,当該記載は,上記構成を超えた具体的な構成を何ら示すものではなく,従来技術に対し希望を表明したものにすぎない。
5 取消事由5(本件発明2の進歩性の判断の誤り)について 原告は,本件発明2は,「ズーム(15),焦点調節機構(16)及び/又は眼の距離(内隔)調節装置のための駆動系」の1以上と,「顕微鏡照明系(17),ビデオレコーダ,(MRI像データ(20)もしくは]線像データ(21)のための)像供給装置及び患者データ再現(表示)装置(22)」の1以上とを同時に備えるものである旨主張するが,訂正明細書の特許請求の範囲の【請求項2】の記載においては,上記のすべての要素が,「位置決め機構ないしその各要素」の例示として並列的に記載されているにすぎず,それらのいずれか一つが,眼の位置認識装置と機能的に結合されていれば足りると解すべきである。
また,特開平2-191909号公報(乙1,以下「乙1公報」という。),実願昭59-182082号(実開昭61-96906号)のマイクロフィルム(乙2,以下「乙2マイクロフィルム」という。),実願昭62-74783号(実開昭63-187111号)のマイクロフィルム(乙3,以下「乙3マイクロフィルム」という。),実願昭58-47690号(実開昭59-153512号)のマイクロフィルム(乙4,以下「乙4マイクロフィルム」という。)に示されるように,手術用顕微鏡等において,照明装置,ビデオレコーダ,カメラ等を備えることは,従来周知の技術事項であり,それらを,ズーム,焦点調節機構等と「機能的に結合されている」という程度のことで,進歩性が認められるものではない。
以上によれば,本件発明2が進歩性を有しないことは,決定の該当箇所に記載されたとおりであり,原告の取消事由5の主張は理由がない。
6 取消事由6〜8(本件発明4,8及び9の進歩性の判断の誤り)について 本件発明4,8及び9が進歩性を有しないことは,決定の該当箇所に記載されたとおりであり,原告の取消事由6〜8の主張はいずれも理由がない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(引用発明1の認定の誤り)について (1) 決定は,「引用発明1は,足の位置をセンサで検出し,対応する擬似的スイッチ操作部材の位置を求め,観察視野内の擬似的スイッチを操作することにより,ズーミング機構などの制御を行うことができることから,その都度擬似的スイッチへの選択をセンサによって検出することにより,所定機能要素が制御されること,所定機能要素の制御を実質的にハンドフリーで行っていることが明らかである」(決定謄本11頁第5段落)と認定した上,本件発明1と引用発明1との一致点及び相違点2の認定を行っているところ,原告は,決定の引用発明に関する上記認定は誤りであり,これに基づく,一致点中,「前記遠隔操作位置決め機構は,表示画面の周辺部ないし顕微鏡視野外に配列した所定機能表示域を備え,その都度該機能表示への選択をセンサによって検出することにより,所定機能要素が制御されること,該機能表示への選択の検出は,操作シンボルないし操作機構シンボルへの選択の検出を介して行われると共に所定機能要素の制御は実質的にハンドフリーで行われること」との認定及び相違点2の認定も誤りである旨主張する。
(2) そこで検討すると,引用例1(甲4)には,「擬似的スイッチの操作」に関して,以下のように記載されている。
ア 本発明は・・・術者が術部から目を離さないで操作することのできるなど操作性の良い手術用顕微鏡を提供することを目的とする(段落【0005】)。
イ 上記手術用顕微鏡本体2の鏡筒は図示しない微動調整機構を設けた可動アームを介してスタンドなどの支持体に取り付けられ,例えば微動調整機構を駆動することによって,2次元的に移動することができるし,スタンドへの取付機構を駆動して上下に移動することができる。さらに,鏡筒の一部をその光軸方向に移動してフォーカシングとかズーミングなども行うことができる。これらは,複数のスイッチから選択することによって,その機構を動作させることができる。また選択されたスイッチに対応する機構はハンドル部を調整して任意のズーミング値などに設定することができるようになっている(段落【0012】)。
ウ 本実施例では,これらの機能を観察視野内に擬似的にスイッチおよびハンドルを表示できるようにし,それらを観察視野内の擬似的操作部材にて選択することによって,操作できるようにしている(段落【0013】)。
エ 術者の手13の位置を検出するために,超音波位置センサ(B)14bが手13に設けられると共に,この超音波位置センサ(B)14bの位置を検出する超音波位置センサ(A)14aが設けられ,この位置センサ(A)14aの出力は制御・電源部3に入力され,前記超音波位置センサ(B)14bの位置に相当する観察視野内の適宜位置にCG像が現れるようにモニタ12a,12bにCG像を表示するようにしている(段落【0014】)。
オ 例えば,図3に示すように観察視野内には複数の擬似的スイッチ15と擬似的操作ハンドル16とこれら擬似的スイッチ15と疑似的操作ハンドル16を選択するための擬似的スイッチ/ハンドル操作部材17とが観察されるようになる。この擬似的スイッチ/ハンドル操作部材17は例えば手に類似した形状のCG像であり,手13を動かすことによって,その手13の位置に応じ,この擬似的スイッチ/ハンドル操作部材17が移動し,任意の擬似的スイッチ15または擬似的操作ハンドル16を選択できるようになっている(段落【0015】)。
カ この擬似的スイッチ/ハンドル操作部材17を移動し,任意の擬似的スイッチ15または擬似的操作ハンドル16の位置に設定すると,制御・電源部3は選択された擬似的スイッチ15または擬似的操作ハンドル16に対応する制御信号を発生し,この制御信号に応じて手術用顕微鏡本体2の微動調整機構などを選択でき,選択された機構を駆動することができるようになっている(段落【0016】)。
キ 図1はこの制御・電源部3における制御部18の構成を示す。位置センサ(A)14a及び位置センサ(B)14bの出力は位置検出回路21に入力され,この位置検出回路21は手13の位置を検出して,対応する擬似的スイッチ/ハンドル操作部材17の位置を求め,その出力は画像合成回路22に入力されると共に,スイッチ機能制御回路23に入力される(段落【0017】)。
ク 画像合成回路22はスイッチ表示回路24で発生される擬似的スイッチ15及び擬似的操作ハンドル16のCG像と擬似的スイッチ/ハンドル操作部材17のCG像を合成し,モニタ12a,12b(図1ではモニタ手段12で代表している)に表示する(段落【0018】)。
ケ 上記スイッチ機能制御回路23は選択された擬似的スイッチ15または擬似的操作ハンドル16の機能を発揮させるための選択信号を発生する回路で,この制御回路23の選択信号は主制御部25に入力される。この主制御部25は入力された選択信号に対応して,選択された擬似的スイッチ15または擬似的操作ハンドル16の機能を発揮させる制御信号を手術用顕微鏡駆動回路26に出力し,手術用顕微鏡本体2の状態を擬似的スイッチ15または擬似的操作ハンドル16の選択に応じて,ズーミング機構などの制御を行うことができる(段落【0019】)。
コ 図4に示す第2実施例の手術用顕微鏡は,図2において結像レンズ7bと接眼レンズ8bとの間に透過性のLED32が配置され,ハーフプリズム6a,6b及びモニタ12a,12bを用いていない。このLED32は,制御・電源部33によって制御される。また,この実施例では足34に位置センサ14bが取り付けられ,この足34の位置を検出するために板状の位置センサ14aが配置されている(段落【0026】)。
サ また,足34には機械的スイッチとして圧力センサ35が取り付けてある。図5に示すようにこの実施例における制御部36は図1において,さらに圧力センサ35の出力が画像合成回路22と,主制御部25に入力されるようになっている(段落【0027】)。
シ 足34を動かして,この足34を動きに応じて擬似的スイッチ操作部材38を動かし,選択しようとする擬似的操作スイッチ37の位置に動かした状態で足34を下に押し,圧力センサ35のスイッチONさせると,擬似的スイッチ操作部材38で選択された擬似的操作スイッチ37が選択されたことが主制御部25に伝えられ,その擬似的操作スイッチ37に対応する機構が駆動されるようになる。
この実施例は第1実施例よりも低コストで同様の機能を実現できる。なお,この実施例ではハンドルを示していないが,同様に設けることができる(段落【0030】)。
(3) 引用例1の上記各記載から,引用発明1については,@手術用顕微鏡において,フォーカシングやズーミング等の機能を代表するスイッチやハンドル等を擬似的に観察視野内に表示し,同じく観察視野内に表示した擬似的スイッチ/ハンドル操作部材によって選択することによって,上記機能を操作すること,A術者が手を動かして擬似的スイッチ/ハンドル操作部材を所望の擬似的スイッチ又はハンドルの位置に移動させると,位置検出回路が手の位置を検出して,対応する擬似的スイッチ/ハンドル操作部材の位置を求め,その出力は,画像合成回路に入力されてモニタに表示されるとともに,スイッチ制御回路に入力されること,B入力を受けたスイッチ機能制御回路は選択された擬似的スイッチ又はハンドルの機能を発揮させるための選択信号を発生し,それによって,指定されたズーミング機構等の制御を行うことができること,C以上は,術者が手を動かすことによって擬似的スイッチ/ハンドル操作部材を操作する実施例であるが,これと同様の操作を足に位置センサを取り付けることにより,足の動きで実現することもできることが理解される。
そうすると,決定が,「引用発明1は,足の位置をセンサで検出し,対応する擬似的スイッチ操作部材の位置を求め,観察視野内の擬似的スイッチを操作することにより,ズーミング機構などの制御を行うことができることから,その都度擬似的スイッチへの選択をセンサによって検出することにより,所定機能要素が制御されること,所定機能要素の制御を実質的にハンドフリーで行っていることが明らかである」と認定したことに誤りはないというべきである。
(4) これに対し,原告は,@引用発明1において,「擬似的スイッチ,ハンドル」は,手や足(それにつけたセンサ)の動きの反映として,専ら表示されるだけのものにすぎず,「擬似的スイッチを操作する」ということはない,A引用発明1においては,「擬似的スイッチへの選択」は,「装置の行う選択機能」として行われているのではなく,擬似的スイッチを注視する操作者の足によって行われる「選択」の反映表示にすぎないなどと主張して,決定の上記認定は誤りである旨論難する。
ア しかしながら,上記@については,引用発明1において,「擬似的スイッチを操作する」ものであることは,上記(2)ウ,オ,カ及びシのとおり,引用例1に明記されているところである。
また,上記Aの「擬似的スイッチへの選択」については,確かに,上記(2)キによれば,術者の手や足の動きをセンサが検出すると,その出力は,画像合成回路とスイッチ制御回路の双方に入力されるから,純客観的に見れば,画像合成回路を経てモニタに画像が表示される時点では,既に術者による選択は終了しているということもできないわけではない。しかしながら,引用例1において,術者は,モニタに表示された擬似的スイッチ/ハンドル操作部材と擬似的スイッチ又はハンドルとの画像を見て,その案内に従って,擬似的スイッチ/ハンドル操作部材が擬似的スイッチ又はハンドルの位置に至るように,自らの手や足を所定の位置まで動かしているのであって,少なくとも術者の主観においては,擬似的スイッチ/ハンドル操作部材によって擬似的スイッチ又はハンドルを選択しているものと認めて差し支えないから,こうした一連の手順を「擬似的スイッチへの選択」と表現することをもって,誤りであるということまではできない。
なお,この点について,原告は,引用例1の上記(2)シ中の「擬似的スイッチ操作部材38で選択された擬似的操作スイッチ37が選択されたこと」等の記載は比ゆ的表現にすぎないとも主張するが,少なくとも術者の主観面での認識と一致することは上記のとおりであるから,単なる比ゆ的表現にすぎないとの主張は失当である。
イ また,原告の上記主張は,本件発明1では,表示画面中の機能表示を注視する使用者の視線位置を検出することによって,該当する機能要素を作動させており,引用例1のような手や足による操作が介在しない旨の指摘を含むものであると解される。確かに,その指摘自体に誤りはないものの,手や足の動きをセンサで検出することによって機能を制御することと,視線の動きをセンサで検出することによって機能を制御することは,検出する対象が手や足の動きであるか,使用者の視線,すなわち眼球の動きであるかという差があるだけで,両者の間に本質的な違いはないというべきであるから,この点に関する原告の指摘は,上記アの判断を左右するものではない。
ウ さらに,原告は,引用例1(甲4)の図1及び図5の記載を援用した上,引用発明1におけるモニタ手段12は表示するのみであって,装置自体としては何の操作制御にも作用しない旨主張する。
しかしながら,引用例1には,上記(2)のオ及びカのとおり,ある機能の選択は,観察視野上で擬似的スイッチ/ハンドル操作部材を動かし,擬似的スイッチ等の表示位置に動かすことによって行われるものであることが明記されている。
そして,引用発明1において,術者は,モニタに表示された擬似的スイッチ/ハンドル操作部材と擬似的スイッチ又はハンドルの画像を見て,その案内に従って,擬似的スイッチ/ハンドル操作部材が擬似的スイッチ又はハンドルの位置に至るように,自らの足を所定の位置まで動かしているのであるから,引用発明1におけるモニタ手段が,装置自体として操作制御に寄与していることは明らかである。
これに対し,本件発明1における表示画面上の機能表示(操作シンボルないし操作機構シンボル)は,操作者がその機能表示を注視することによって,視線を入力するためのものであり,操作者の機能選択のための動作を補助する役割を果たすものであるという点において,引用発明1におけるモニタ手段上の擬似的スイッチ/ハンドル操作部材及び擬似的スイッチ又はハンドルに類似する役割を果たすものであるということができる。もとより,本件発明1においては,表示画面上の機能表示を「見る」という行為自体が直ちに操作者の選択を示す動作となるのに対し,引用発明1においては,術者は,モニタ画面上の表示を「見る」ことによって,その案内に従って,足を所定の位置まで動かすという間接的な手順をとるから,その役割には一定の差異があると認められるが,この点は,決定において,相違点2として,「本件発明1は,操作シンボルないし操作機構シンボルのディスプレイが,少なくとも一つの眼に対する操作シンボルないし操作機構シンボルの入射のためであるのに対し,引用発明1では,操作シンボルないし操作機構シンボルを操作するものである点」(決定謄本12頁第3段落)と認定されているとおりである。
なお,引用例1には,「さらに,術者の好みにより,スイッチなどの配置をモニタ上で自由に変えることができて便利である。さらに,表示するスイッチなどの大きさもかえることができる」(段落【0023】)との記載があり,これによれば,引用発明1においては,モニタ上に表示される擬似的スイッチ等の配置は術者の好みに応じて自由に移動できるものであるから,足の動きの反映である擬似的スイッチ/ハンドル操作部材の画面上の位置と,術者によって特定された擬似的スイッチ等の画面上の位置とが一致することを検出しなければ,特定のスイッチ等が選択されたことを認識することができないというべきであるから,原告指摘の図1及び図5に明示はないものの,そのような検出が行われていることは自明というべきであり,その意味においても,引用発明1におけるモニタ手段は,装置自体として操作制御に作用しているということができる。
エ 以上によれば,原告の上記主張は採用の限りではない。
(5) 以上のとおり,引用発明1についての決定の上記認定に誤りはなく,これに基づく,決定の一致点の認定及び相違点2の認定にも誤りはないというべきであるから,原告の取消事由1の主張は理由がない。
2 取消事由2(本件発明1と引用発明1との相違点の看過)について 原告は,引用発明1においては,手,足又は術具の物理的操作とその位置の検出を必須の条件としており,本件発明1とは,基本的な技術的思想において本質的に異なるのに,決定は,そうした引用発明1の基本的な技術的思想ないし解決原理について,本件発明1のそれと対比した上での相違点の認定を行っていないなどとして,決定は,相違点を看過したものである旨主張する。
しかしながら,既に上記1(4)イで判示したとおり,引用発明1において,足の動きを表示画面中に反映させて画面中の所望の擬似的スイッチを選択し,当該機能を動作させることと,本件発明1において,視線の動きを表示画面中に反映させて画面中の所望の機能表示を選択し,当該機能を動作させることは,検出する対象が足の動きであるか,使用者の視線,すなわち眼球の動きであるかという差があるだけで,両者の間に本質的な違いはないというべきである。
そして,決定は,検出対象に係る上記の差異について,相違点1及び相違点3として認定した上で,それに対する判断を加えていることが明白であるから,決定に相違点の看過はなく,以上によれば,原告の取消事由2の主張は理由がない。
3 取消事由3(引用発明1と引用発明2との組合せの容易想到性の判断の誤り)について (1) 決定は,引用発明1と引用発明2との組合せの容易想到性について,「引用例1,引用例2のものは,いずれも光学器械の分野に関するものであり,引用例2のものは,全体の操作の中では,レリーズ等一部手動スイッチを併用しているものの,上記の記載事項の範囲内で『視線を検出して,その検出信号によって,特定の機能を指定し,操作することができる』,即ちハンドフリーで所定機能要素の制御が行われることが明らかであるので,同様の目的を有する引用例1のものと組み合わせて,本件発明1の構成とすることは,当業者が容易に想到できたものである」(決定謄本13頁第3段落)と判断しているところ,原告は,上記判断は誤りである旨主張するので,以下,検討する。
(2) 原告は,引用発明1について,引用例1(甲4)における「ハンドフリー」とは,足の複雑な位置移動操作と押圧操作を不可欠とするものであって,実用性を欠くものであることからすれば,引用例1では,むしろ手を用いた実施例1の方がより実用的であり,そこから,本件発明1のような「ハンドフリー」の方向への動機付けは導き出し得ない旨主張する。
しかしながら,引用例1では,第1の実施例として,「手」の動きによって擬似的操作部材を動かすものが記載されるとともに,第2の実施例として,「足」の動きによって擬似的操作部材を動かすものが記載されているところ,上記第2の実施例において「足」を利用することの目的は,術者の「手」の動きを拘束しないようにすること,すなわち,ハンドフリーでの操作を可能にすることを目的とするものであることは明らかであるから,原告の上記主張は採用することができない。
この点について,原告は,引用例1における「足」の動きによる実施例は実用性を欠くものである旨主張するが,その根拠として挙げるのは,本件公報の記載のみであり,客観的かつ実証的な根拠を欠く主張であって,採用し難いものといわざるを得ない上,そもそも,引用例1に,顕微鏡の機能制御を「足」の動きによって行うことでハンドフリー操作を実現しようとする技術的思想が開示されている以上,仮に,原告主張のように「足」による操作が複雑であって,実用性に難があるとしても,そのことから直ちに開示された技術的思想を採用することができなくなるものでもない。
(3) また,原告は,引用発明2について,当該発明は視線入力可能なカメラに関するものであるところ,@カメラは原則として両手で操作されるものであり,ハンドフリーという課題とは,全く反対の技術分野である,A引用発明2のカメラは,多数回の押しボタン操作を必須としており,引用発明2においては,ハンドフリーという課題は,全く問題にもならず,むしろ,ハンド操作を不可欠の前提とするものであるとした上,引用発明1は,手,足の作動を第1動因とするものであり,かつ,引用発明2も手操作を大前提とするものであるから,これらの組合せからは,ハンドフリーによる顕微鏡の精密制御という課題自体,全く想到し得ないものであると主張する。
確かに,引用例2(甲5)は,カメラの動作制御に視線検出を適用することに係るものであり,引用発明2に係るカメラの操作に際しては,シャッターボタンを始め,手による操作を伴うものである。しかしながら,本件発明1は,自動フォーカスや自動ズーム等の位置決め機構のうちの少なくとも一つを視線検出によって駆動することを要件とするものであるから,引用例2がその要件に係る技術を開示しているのであれば,カメラ全体の操作に関し,手による操作が伴ったとしても,そのこと自体は,当該技術を引用する妨げとなるものではないというべきである。
そして,引用例2には,「従ってバー55のうち1点に視線を移せば,設定変更バー55のその位置の幅に対応した焦点距離の値に変更することになり,例えば幅の大の部位に視線を検知すると望遠側,幅の狭い部位に視線を検知すると広角側にズーミングされる。更に終了表示58に視線を検知すると,焦点距離の設定は終了する」(段落【0030】),「視野枠52内にある主要被写体像58に視線を持って行くと,その視線を検知し,フォーカシングエリア57を検知した位置に対応するように移動し,そのエリア57を視野内に表示する」(段落【0031】)等と記載されており,ある機能表示を視線が注視したことを検出することによって,当該機能が実行されるとの技術が開示されており,その際,手による操作は介在していないこと(ハンドフリー)も明らかである。
以上のとおり,引用例2に開示されたカメラは,カメラ全体の操作に関しては「手」による操作が必要であるが,ズーミングや焦点検出等の特定の機能に関しては,視線検出だけにより,手による操作を介在することなく,ハンドフリーで操作されているものである。そうすると,原告主張のように,カメラに関する技術であることのみから,ハンドフリーという課題とは全く反対の技術分野に属するものということまではできないし,カメラ全体として押しボタン操作を必須としていても,上記特定の機能の実行に当たり,ハンドフリーという課題を達成していることも明らかである。
以上によれば,原告の上記主張は採用することができない。
(4) さらに,原告は,引用発明2について,@引用発明2における操作項目のスクリーン表示は,カメラファインダー光学系においてのみ行われるものであり,カメラの主たる結像光学系に対しては,選択的に分岐される分岐光学系を成すにすぎず,顕微鏡の主光学系に係る本件発明1とは質的に異なる,Aカメラの倍率は,顕微鏡の倍率とは本質的に桁の異なるオーダーに属し,この点は,制御の難易度等において質的な差異をもたらすものであるとした上,引用発明2におけるカメラのファインダー光学系は,小倍率の分岐光学系にすぎないから,これを主たる顕微鏡光学系であり,桁違いに大きい倍率の顕微鏡の視野に適用して,機能表示を行い,それに対する注視のセンサによる検出を行い,更にそれによって,所定機能要素の制御を行うことには,大きな技術的困難性が伴い,到底,容易に想到し得るものではないなどと主張する。
確かに,手術用顕微鏡と通常のカメラとでは,光学系の拡大倍率に大きな差があり,また,手術用という特殊な用途を考えれば,視線の誤検出等の誤作動が特に厳しく禁忌とされるというべきであるから,カメラの視線検出技術を手術用顕微鏡にそのまま適用することは困難であるとの原告の主張は,一応,首肯することができる。
しかしながら,手術用顕微鏡を視線検出だけで完全なハンドフリーで操作することの技術的困難性及びその具体的な解決手段については,本件発明1の構成からは全く明らかでないばかりでなく,訂正明細書(甲3添付)全体を見ても,何らの開示も示唆も認められない。原告は,カメラのファインダー技術を直ちに顕微鏡制御に転用し得るなどとは考えられない旨主張するが,そもそも,本件発明1自体,視線検出技術の手術用顕微鏡への転用に際して予想される技術的困難をどのようにして解決したのかは不明というほかはなく,本件発明1の構成を見る限り,カメラ等で周知の視線検出技術を単に顕微鏡に適用したという以上の技術的事項は何ら特定されていないといわざるを得ないところである。換言すれば,結局,本件発明1は,カメラ等で周知の視線検出技術を顕微鏡に適用することによって,「視線検出だけで完全な操作が可能な手術用顕微鏡」を提供しようとしたものではあっても,その適用に当たって当業者が当然に予想する技術的困難の具体的な解決策については何ら開示していないものであると評価するほかはなく,他方,当該解決策を提示しないでよいのであれば,当業者が視線検出技術の顕微鏡への適用を単に思い付くこと自体,これを妨げる事情は特段見当たらないというべきである。そうすると,手術用顕微鏡に係る引用発明1とカメラの視線検出技術に関する引用発明2を組み合わせることによって,本件発明1の進歩性が否定されるべきことは,むしろ当然というべきであって,原告の上記主張に係る点は,本件において引用発明1と引用発明2の組合せを妨げる事由とはならないというべきである。
なお,原告は,カメラファインダーでのアイ・トラッキング技術の顕微鏡への応用が困難であったことは,同技術の欠点に関する文献(甲6)の記載や,引用例1と引用例2とが,本件特許出願に近接する時期における,同一会社内での発明に係るものでありながら,当該発明者たちが両者を組み合わせた本件発明1に想到し得なかったことからも明らかであるとも主張するが,本件発明1において,そうした適用の困難さを解決するための具体的な構成が開示されていないことは上記のとおりであるから,この点に関する原告の主張は上記の判断を何ら左右するものではない。
(5) 以上によれば,引用発明1と引用発明2との組合せの容易想到性を肯定した決定の上記判断に誤りはないから,原告の取消事由3の主張は理由がない。
4 取消事由4(本件発明1の顕著な作用効果の看過)について (1) 原告は,本件発明1によれば,遠隔操作「位置決め機構の各要素の制御をハンドフリーで迅速かつ効果的に行うことができる(本件公報〔甲2〕7欄5行目〜7行目)」という顕著な作用効果を奏するものであり,それにより,例えば,手術の際,本件発明1の顕微鏡を用いれば,微細組織構造を顕微鏡的倍率の拡大像として常時顕微鏡視野内に確保して視認しつつ,両手を自由に手術そのものに集中して,安全かつ迅速に行うことを可能とし,また,その際,足の複雑な操作に頼る必要はなくなったものであり,画期的なブレークスルーを形成するものであるのに,決定は,上記のような本件発明1の顕著な作用効果を看過し,その進歩性を否定したものであるから,誤りである旨主張する。
しかしながら,上記3(4)において判示したとおり,手術用顕微鏡に視線検出による機能動作制御を適用することに技術的な困難が存在するとの原告の主張自体は,一応,首肯することができるものの,訂正明細書(甲3添付)には,そのような技術的困難の具体的な解決策は何ら開示されておらず,結局,本件発明1について,カメラ等で周知の視線検出技術を顕微鏡に適用することによって,「視線検出だけで完全な操作が可能な手術用顕微鏡」を提供しようとしたものであるという以上の評価をすることはできない。そして,原告主張の上記作用効果,すなわち,「視線検出だけで完全な操作が可能な手術用顕微鏡」の提供という作用効果については,視線検出技術の顕微鏡への適用に当たって予想される技術的困難について具体的な解決策が示されていない以上,具体的な根拠に欠ける,単なる願望の表明にすぎないというべきであって,採用し難いものというほかはない。
(2) したがって,原告の取消事由4の主張は理由がない。
5 取消事由5(本件発明2の進歩性の判断の誤り)について (1) 原告は,本件発明2は,従属項であるから,本件発明1に関する取消事由1ないし4がそのまま妥当するほか,その固有の構成に基づく進歩性を有するとし,これを否定した決定の判断は誤りである旨主張する。
しかしながら,まず,原告主張の取消事由1ないし4に理由がないことは,上記1ないし4のとおりである。
(2) 他方,本件発明2の固有の構成とは,要するに,本件発明1において一括して「及び/又は」として並記されていた位置決め機構の要素のうち,「ズーム(15),焦点調節機構(16)及び/又は眼の距離(間隔)調節装置のための駆動系」と「顕微鏡照明系(17),ビデオレコーダ,(MRI像データ(20)もしくはX線像データ(21)のための)像供給装置及び患者データ再現(表示)装置(22)」とを「機能的に結合させる」ことを特徴とするものであると認められるところ,乙1公報,乙2〜4マイクロフィルムによれば,手術用の顕微鏡に,照明装置,ビデオレコーダ,カメラ等を組み合わせることは従来から周知であると認められるから,本件発明1に周知の技術的事項を組み合わせたにすぎない本件発明2について進歩性が認められないことは明らかである。
(3) 以上によれば,本件発明2の進歩性を否定した決定の判断に誤りはなく,原告の取消事由5の主張は理由がない。
6 取消事由6(本件発明4の進歩性の判断の誤り)について (1) 原告は,本件発明4は,従属項であるから,本件発明1又は2に関する取消事由1ないし5がそのまま妥当するほか,その固有の構成に基づく進歩性を有するとし,これを否定した決定の判断は誤りである旨主張する。
しかしながら,まず,原告主張の取消事由1ないし5に理由がないことは,上記1ないし5のとおりである。
(2) 他方,本件発明4の固有の構成とは,要するに,視線検出をIR-REDとCCDによって行い,CCDの出力は評価回路ないしデータ処理装置で処理されることであると認められるところ,引用例2(甲5)には,視線検出はIR-REDとCCDとデータ処理装置の組合せで行うことが開示されている(段落【0016】,【0022】)。
(3) 以上によれば,本件発明4の進歩性を否定した決定の判断に誤りはなく,原告の取消事由6の主張は理由がない。
7 取消事由7(本件発明8の進歩性の判断の誤り)について (1) 原告は,本件発明8は,従属項であるから,本件発明1,2又は4に関する取消事由1ないし6がそのまま妥当するほか,その固有の構成に基づく進歩性を有するとし,これを否定した決定の判断は誤りである旨主張する。
しかしながら,まず,原告主張の取消事由1ないし6に理由がないことは,上記1ないし6のとおりである。
(2) 他方,本件発明8の固有の構成とは,要するに,ひとみ位置認識装置(3)がデータ処理装置(24)及び機械的顕微鏡駆動系等と接続されることであると認められるところ,引用例2(甲5)には,ひとみ認識装置(受光センサー25)がデータ処理装置(視線方向演算手段)及び種々の機械動作機構と接続されることが開示されている(段落【0017】,【0029】,【0031】)。
(3) 以上によれば,本件発明8の進歩性を否定した決定の判断に誤りはなく,原告の取消事由7の主張は理由がない。
8 取消事由8(本件発明9の進歩性の判断の誤り)について (1) 原告は,本件発明9は,従属項であるから,本件発明1,2,4又は8に関する取消事由1ないし7がそのまま妥当するほか,その固有の構成に基づく進歩性を有するとし,これを否定した決定の判断は誤りである旨主張する。
しかしながら,まず,原告主張の取消事由1ないし7に理由がないことは,上記1ないし7のとおりである。
(2) 他方,本件発明9の固有の構成とは,要するに,足スイッチや音響スイッチによって選択の確認を行うことであると認められるところ,足スイッチによる選択の確認は引用例1(甲4)に開示されており(段落【0030】),また,特開平5-191683号公報(乙5,段落【0042】)及び特開平6-194563号公報(乙6,段落【0074】)によれば,視線検出の結果を音等で操作者に報知することも,従来周知であると認められる。
(3) 以上によれば,本件発明9の進歩性を否定した決定の判断に誤りはなく,原告の取消事由8の主張は理由がない。
9 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に決定を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 古城春実
裁判官 早田尚貴