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関連審決 審判1999-35403
関連ワード 物の発明 /  方法の発明 /  製造方法 /  新規性 /  29条1項3号 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  抵触 /  実施 /  設定登録 /  請求の範囲 /  取消判決 /  判決の拘束力 /  国際公開 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 297号 審決取消請求事件
原告 江崎グリコ株式会社
訴訟代理人弁理士 山本秀策
同 安村高明
同 森下夏樹
被告 株式会社林原生物化学研究所
訴訟代理人弁護士 安江邦治
同 弁理士 須磨光夫
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/09/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が平成11年審判第35403号事件について平成15年5月29日にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,名称を「風味持続性にすぐれた焼き菓子の製造方法」とする特許第2672728号発明(平成3年6月19日特許出願〔以下「本件特許出願」という。〕,平成9年7月11日設定登録,以下,「本件発明」といい,この特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
被告は,平成11年8月6日,本件特許を無効にすることについて審判の請求をし,平成11年審判第35403号事件として特許庁に係属し,特許庁は,同事件について審理した上,平成12年7月5日に「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「前審決」という。)をした。
その後,当庁平成12年(行ケ)第312号審決取消請求事件の判決(平成14年3月28日判決言渡し,以下「前判決」という。)により前審決が取り消され,前判決が確定したので,特許庁は,上記審判請求につき更に審理した上,平成15年5月29日,「特許第2672728号の請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同年6月10日,原告に送達された。
2 本件発明の要旨 【請求項1】α,αトレハロースを原料の総重量に対して0.1重量%以上含む,焼成またはフライされた米菓類,小麦煎餅類,ビスケット・クッキー類,クラッカー類,パイ類,ケーキ類またはドーナツ類。
【請求項2】米菓類,小麦煎餅類,ビスケット・クッキー類,クラッカー類,パイ類,ケーキ類またはドーナツ類の製造方法であって,α,αトレハロースを原料の総重量に対して0.1重量%以上含む組成物を焼成またはフライする工程を含む,方法。
(以下,【請求項1】,【請求項2】記載の発明を「本件発明1」,「本件発明2」という。) 3 本件審決の理由 本件審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本件発明1,2は,1990年(平成2年)4月発行「FOOD MANUFACTURE」64巻4号23頁〜24頁(審判甲1・本訴甲34,以下「引用刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。)であり,本件特許は,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないものであるから,同法123条1項2号の規定により無効にすべきものであるとした。
原告主張の本件審決取消事由
本件審決は,引用刊行物1に記載された事項の認定を誤り(取消事由1),引用発明1の実施可能性の不備を看過した(取消事由2)結果,本件発明1,2の新規性を誤って否定したものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(引用刊行物1に記載された事項の認定の誤り) (1) 本件審決は,引用刊行物1(甲34)に記載されたコンプリートケーキミックスから調製されるケーキにおけるα,αトレハロースの量が原料の総重量に対して0.1重量%未満であるというような程度の微量でなければならないと考えさせるような事情が認められないことを理由に,引用刊行物1に,「0.1重量%以上」の含有量が記載されていると認定した(審決謄本5頁下から第3段落〜6頁第1段落)が,誤りである。
(2) 引用刊行物1(甲34)には,コンプリートケーキミックスへのトレハロースの含有量についての具体的な記載は一切存在せず,含有量が0.1%を超えることを示唆する記載も一切存在しないのみならず,引用刊行物1の著者がコンプリートケーキミックスにトレハロースを配合した事実があるか否か,コンプリートケーキミックスに対するトレハロースの含有量を検討したか否かについてさえ,全く記載がない。食品の保存料などの添加剤は,通常,0.1%未満の量でもその効果を十分に発揮すること(グリシンの例〔甲36〕,ソルビン酸の例〔甲40〕,ブチル化ヒドロキシトルエン〔BHT〕あるいはブチル化ヒドロキシアニソール〔BHA〕の例〔甲41,42〕,ポリリシンの例〔甲43〕)及び添加剤の含有量を最低限に抑制して添加剤が食品の味に影響することを極力避けるべきことは,食品分野の技術常識である。引用刊行物1は,トレハロースを食品を乾燥保存する際の保存料として記載している(24頁の表題)が,保存料の場合,0.1重量%未満の含有量が採用される場合が多く,0.1重量%未満の含有量でも十分にその効果が発揮される場合が多いのであるから,「0.1重量%未満」は,保存料の含有量としては相当の多量であり,「微量」(審決謄本5頁最終段落)ではない。したがって,菓子に添加される保存料の通常の含有量についての技術常識を有する当業者は,引用刊行物1にコンプリートケーキミックスの保存料として0.1重量%以上の含有量が記載されているものとは理解しない。引用刊行物1の研究目的は,品質の良い乾燥食品・乾燥医薬品を第三世界に供給することにあり(訳文3頁第4段落),しかも,引用刊行物1は,トレハロースの問題点として高価である点を指摘し,トレハロースが試験研究用試薬としてのみ利用可能であることを明らかにしている(同2頁最終段落)ところ,トレハロースが小麦粉や砂糖の数百倍の価格である状況の下では,0.1重量%以上のトレハロースを配合すると,ケーキは極めて高価となり,第三世界への供給という,引用刊行物1の目的を達成することができず,食品業界の当業者は,原料費を可能な限り低減させるために,トレハロースの使用量を少しでも減らそうと試みると考えるのが普通である。したがって,トレハロースの量が原料の総重量に対して0.1重量%未満であるというような程度の微量でなければならないと考えさせるような特別の事情があり,当業者は,引用刊行物1に0.1重量%以上のトレハロースを配合することが記載されているものとは理解しないというべきである。引用刊行物1に記載された乾燥保存時の保存料としての効果ではなく,本件発明1,2においては,含有量が0.1重量%以上とされることにより,本件特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の各実施例に説明されているとおりの焼成後の焼き菓子の風味持続性改良効果が得られるという極めて顕著な効果が達成されるのであるから,含有量に関する本件発明1,2と引用刊行物1の記載との相違は,重要な意味を有するものである。
2 取消事由2(引用発明1の実施可能性の不備の看過) (1) 新規性を否定する刊行物には,当業者が特別の思考を要することなく実施できる程度の十分な開示が必要であり,具体的な裏付けを欠き,単なる可能性を記載するにすぎない文献は,新規性を否定する根拠とはならない。引用刊行物1(甲34)は,発明を上記のような実施可能な程度に開示していないから,引用発明1は,特許法29条1項3号所定の引用刊行物に記載された発明とすることができない。
(2) 引用刊行物1(甲34)には,実際にコンプリートケーキミックスにトレハロースを添加した具体例は一切記載されていない。「卵や牛乳を含むコンプリートケーキミックスは,ニーズに応じた製品となりうる」(審決謄本4頁第1段落,甲34の訳文4頁最終段落「卵および牛乳を含むコンプリートケーキミックスは,隙間市場を見出しうる」に相当)との記載は,引用刊行物1の著者の漠然とした推測を説明しているのにすぎず,「なりうる」との記載からは,成功しない可能性も存在すると著者が考えていることが明らかである。引用刊行物1は,乾燥保存の際の卵や牛乳の蛋白の変性を防止することを開示するにすぎないのであるから,ケーキミックスを極めて高温で長時間加熱する焼成プロセスにおけるトレハロースの機能は,当業者が引用刊行物1から理解することはできない。
したがって,当業者は,引用刊行物1からトレハロースの焼き菓子への使用及びその含有量を理解することはできず,引用刊行物1は,トレハロースの焼き菓子への使用及びその含有量を実施可能に開示していないというべきであるから,本件発明1,2の新規性を否定する根拠とはなり得ないものである。
被告の反論
本件審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(引用刊行物1に記載された事項の認定の誤り)について 引用刊行物1(甲34)の記載事項についての認定は,前判決において判決主文が導き出されるのに必要な事実認定であるから,当然に,その拘束力が及ぶものであり,審判官は前判決の認定判断に抵触する認定判断をすることは許されないものである。そして,本件審決は,前判決と同じく,引用刊行物1の記載事項について,「甲第1号証(注,引用刊行物1)に接した当業者としては,そこに,少なくとも,α,αトレハロースの含有量を『原料の総重量に対して0.1重量%以上含む』ものも,記載されていると理解することができるものというべきである」(審決謄本5頁最終段落〜6頁第1段落)との認定判断をしているのであるから,その当否を争う原告主張の取消事由1は,確定した前判決の認定判断自体を違法として非難することにほかならず,前判決の拘束力に反するものであって,到底許されるものではない。
2 取消事由2(引用発明1の実施可能性の不備の看過)について 引用刊行物1(甲34)の記載事項についての認定は,前判決において判決主文が導き出されるのに必要な事実認定であるから,当然に,その拘束力が及ぶものであることは上記1のとおりである。そして,本件審決は,前判決の拘束力に従って,引用刊行物1には「α,αトレハロースを用いて乾燥された卵や牛乳を含むコンプリートケーキミックスから調理される,焼成されたケーキ類が開示されていることが明らかである」(審決謄本5頁第4段落)と認定し,さらに,上記1のとおり,「甲第1号証(注,引用刊行物1)に接した当業者としては,そこに,少なくとも,α,αトレハロースの含有量を『原料の総重量に対して0.1重量%以上含む』ものも,記載されていると理解することができるものというべきである」(同5頁最終段落〜6頁第1段落)との認定判断をしているのであるから,その当否を争う原告主張の取消事由2も,確定した前判決の認定判断自体を違法として非難することにほかならず,前判決の拘束力に反するものであって,到底許されるものではない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(引用刊行物1に記載された事項の認定の誤り)について (1) 乙1によれば,前審決及び前判決の認定判断は,以下のとおりであることが認められる。
ア 前審決(乙1添付)は,請求人(被告)の主張する無効理由,すなわち,@本件発明1,2は,引用発明1と同一であるか,又は引用発明1若しくは引用発明1,昭和57年12月5日食品と科学社発行「食品と科学」1982秋季増刊号(審判甲2・本訴甲35,以下「引用刊行物2」という。),特開昭56-144038号公報(審判甲3・本訴甲36,以下「引用刊行物3」という。)及び国際公開特許第WO89/00012号公報(審判甲4・本訴甲37,以下「引用刊行物4」という。)に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条1項3号又は同条2項の規定に違反して特許されたものである,A本件発明1,2は,特開昭62-208273号公報(審判甲5,以下「引用刊行物5」という。)に記載された発明と同一であるか,又は引用刊行物5若しくは引用刊行物5及び昭和42年10月1日沼田書店発行「パン製法」98頁〜99頁,365頁〜366頁,399頁〜400頁,402頁(審判甲6,以下「引用刊行物6」という。)に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,同条1項3号又は同条2項の規定に違反して特許されたものである,B本件発明1,2は,特開昭63-240758号公報(審判甲7,以下「引用刊行物7」という。)に記載された発明と同一であるか,又は引用刊行物7若しくは引用刊行物7及び昭和54年クインテッセンス出版発行「砂糖とむし歯」119頁〜124頁(審判甲8,以下「引用刊行物8」という。)に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,同条1項3号又は同条2項の規定に違反して特許されたものである,C本件明細書の特許請求の範囲の請求項1,2の記載が同法36条に規定する要件を満たしておらず,また,発明の詳細な説明には当業者が発明の実施をできる程度に発明の開示がないので,本件発明1,2の本件特許は,同条に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとの主張に対し,@本件発明1,2は,引用発明1と同一ということはできず,また,引用発明1又は引用発明1及び引用刊行物2〜4に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものということはできない,A本件発明1,2は,引用刊行物5に記載された発明と同一ということはできず,また,引用刊行物5又は引用刊行物5,6に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものということはできない,B本件発明1,2は,引用刊行物7に記載された発明と同一ということはできず,また,引用刊行物7又は引用刊行物7,8に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものということはできない,C本件明細書に請求人主張の記載不備があるということはできないから,請求人の主張する理由及び証拠方法によっては,本件発明1,2についての本件特許を無効とすることはできないとして,審判請求を不成立とした。
イ これに対し,前判決(乙1)は,上記ア@の無効理由のうち,本件発明1,2が引用発明1と同一であるとの前訴原告(本訴被告)の主張(前訴取消事由1)について,「本件発明1と引用発明1とを対比すると,両者は,α,αトレハロースを含む,焼成されたケーキ類であるという点で一致し,唯一,本件発明1においては,α,αトレハロースの含有量を『原料の総重量に対して0.1重量%以上含む』のに対し,引用発明1においては,含有量が明らかでない点で相違するのみである。・・・引用発明1において,α,αトレハロースの含有量を『原料の総重量に対して0.1重量%以上含む』ことが自明であるかどうかについて検討する。(ア)『α,αトレハロースを原料の総重量に対して0.1重量%以上含む,焼成またはフライされた米菓類,小麦煎餅類,ビスケット・クッキー類,クラッカー類,パイ類,ケーキ類またはドーナツ類。』とは,言い換えれば,『α,αトレハロースを含む,焼成またはフライされた米菓類,小麦煎餅類,ビスケット・クッキー類,クラッカー類,パイ類,ケーキ類またはドーナツ類』のうちで,含まれるα,αトレハロースの割合が原料の総重量に対して0.1重量%未満であるものを除いたすべて,ということである。(イ)引用刊行物1の前記認定の記載によれば,トレハロースは,糖類でありながら,甘味をほとんど感じさせず,蛋白の変性防止に威力を発揮し,しかも,風味にほとんど影響しないという,食品の天然保存料として非常に有効な働きをするものであることになることが,明らかである。そうであるならば,引用刊行物1に開示されている,『コンプリートケーキミックスから調製されるケーキ』に添加されるα,αトレハロースの量が原料の総重量に対して0.1重量%未満であるというような程度の微量でなければならないと考えさせるような事情が認められない限り,同刊行物に接した当業者としては,そこに,少なくとも,α,αトレハロースの含有量を『原料の総重量に対して0.1重量%以上含む』ものも,記載されていると理解することができるものというべきである。ところが,上記特別の事情が存在したことを認めさせる資料は,本件全証拠を検討しても見出すことができない。したがって,『甲第1号証・・・(注,引用刊行物1〔甲34〕)には,「α,αトレハロースを用いて乾燥された卵や牛乳を含むコンプリートケーキミックスから調製されるケーキ」が記載されているに等しいといえるものの,製品たる「ケーキ」中に,α,αトレハロースが,「0.1重量%以上」含まれているとまではいえないから,本件発明1は,甲第1号証に記載された発明であるとはいえない。』・・・とした審決(注,前審決)の認定判断は,誤りというべきである」(21頁第4段落〜22頁第2段落),「本件発明2は,物の発明である本件発明1の構成をすべて含んでおり,方法の発明の構成となっている点が相違しているのみである。そうすると,本件発明1についての上記判断は,本件発明2においても同様に当てはまることが明らかである」(33頁下から第4段落〜第3段落)とし,また,同無効理由のうち,本件発明1,2が引用発明1又は引用発明1及び引用刊行物2〜4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの前訴原告の主張(前訴取消事由2)についても,本件発明1,2は,引用発明1に対する進歩性を認めることはできないとして,前審決を取り消した。
(2) 前判決に基づき,本件審決は,「甲第1号証(注,引用刊行物1〔甲34〕)に記載された発明(注,引用発明1)において,α,αトレハロースの含有量を『原料の総重量に対して0.1重量%以上含む』ことが自明であるかどうかについて検討する。『α,αトレハロースを原料の総重量に対して0.1重量%以上含む,焼成またはフライされた米菓類,小麦煎餅類,ビスケット・クッキー類,クラッカー類,パイ類,ケーキ類またはドーナツ類。』とは,言い換えれば,『α,αトレハロースを含む,焼成またはフライされた米菓類,小麦煎餅類,ビスケット・クッキー類,クラッカー類,パイ類,ケーキ類またはドーナツ類』のうちで,含まれるα,αトレハロースの割合が原料の総重量に対して0.1重量%未満であるものを除いたすべて,ということである。甲第1号証の前記認定の記載によれば,トレハロースは,糖類でありながら,甘味をほとんど感じさせず,蛋白の変性防止に威力を発揮し,しかも,風味にほとんど影響しないという,食品の天然保存料として非常に有効な働きをするものであることになることが明らかである。そうであるならば,甲第1号証に開示されている,『コンプリートケーキミックスから調製されるケーキ』に添加されるα,αトレハロースの量が原料の総重量に対して0.1重量%未満であるというような程度の微量でなければならないと考えさせるような事情が認められない限り,甲第1号証に接した当業者としては,そこに,少なくとも,α,αトレハロースの含有量を『原料の総重量に対して0.1重量%以上含む』ものも,記載されていると理解することができるものというべきである。
ところが,上記特別の事情が存在したことを認めさせる資料は,本件全証拠を検討しても見出すことができない。そうすると,本件発明1は,甲第1号証に記載された発明であるということになる。・・・本件発明2は,物の発明である本件発明1の構成をすべて含んでおり,方法の発明の構成となっている点が相違しているのみである。そうすると,本件発明1についての上記判断は,本件発明2においても同様に当てはまることが明らかである」(審決謄本5頁第6段落〜6頁第4段落)と認定判断した。
(3) 原告は,引用刊行物1(甲34)には,コンプリートケーキミックスへのトレハロースの含有量についての具体的な記載は一切存在しないことなどを理由に,引用刊行物1に記載されたコンプリートケーキミックスから調製されるケーキにおけるα,αトレハロースの「0.1重量%以上」の含有量が記載されているとした本件審決の認定は誤りであると主張し,これに対し,被告は,原告主張の取消事由1は,確定した前判決の認定判断自体を違法として非難することにほかならず,前判決の拘束力に反するものであって,到底許されるものではないと主張する。
ところで,審決取消訴訟の判決が,審決を取り消した後,再度の審判手続において,特許庁が当該取消訴訟の拘束力に従って,その点につき当該取消判決と同様の判断をし,それに基づいて再度の審決をした場合においては,その再度の審決に対する再度の審決取消訴訟において,上記拘束力に従った再度の審決の判断が誤りであると主張立証することは,許されないものと解すべきである。すなわち,審決取消訴訟において審決取消しの判決が確定したときは,審判官は,平成15年法律第47号による改正前の特許法181条2項の規定に従い,当該審判事件について更に審理を行い,審決をすることとなるが,審決取消訴訟は行政事件訴訟法の適用を受けるから,再度の審理ないし審決には,同法33条1項の規定により,同取消判決の拘束力が及ぶ。そして,この拘束力は,判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたるものであるから,審判官は取消判決の上記認定判断に抵触する認定判断をすることは許されない。したがって,再度の審判手続において,審判官は,当事者が取消判決の拘束力の及ぶ判決理由中の認定判断につきこれを誤りであるとして従前と同様の主張を繰り返すこと,あるいは同主張を裏付けるための新たな立証をすることを許すべきでなく,審判官が取消判決の拘束力に従ってした審決は,その限りにおいて適法であり,再度の審決取消訴訟においてこれを違法とすることができないのは当然である。このように,再度の審決取消訴訟においては,審判官が当該取消判決のよって来る理由を含めて拘束力を受けるものである以上,その拘束力に従ってされた再度の審決に対し関係当事者がこれを違法として非難することは,確定した取消判決の判断自体を違法として非難することにほかならず,再度の審決の違法(取消)事由となり得ないから,再度の審決取消訴訟において,取消判決の拘束力に従ってされた再度の審決の認定判断を誤りであるとして,これを違法とすることが許されないことは明らかである(以上につき,最高裁平成4年4月28日第三小法廷判決・民集46巻4号245頁参照)。
本件において,原告主張に係る引用刊行物1に記載されたコンプリートケーキミックスから調製されるケーキにおけるα,αトレハロースの「0.1重量%以上」の含有量について,前判決は,上記(1)イのとおり,「本件発明1においては,α,αトレハロースの含有量を『原料の総重量に対して0.1重量%以上含む』のに対し,引用発明1においては,含有量が明らかでない点で相違するのみである」と認定した本件発明1と引用発明1の一応の相違点について,「引用発明1において,α,αトレハロースの含有量を『原料の総重量に対して0.1重量%以上含む』ことが自明であるかどうかについて検討する。・・・引用刊行物1に開示されている,『コンプリートケーキミックスから調製されるケーキ』に添加されるα,αトレハロースの量が原料の総重量に対して0.1重量%未満であるというような程度の微量でなければならないと考えさせるような事情が認められない限り,同刊行物に接した当業者としては,そこに,少なくとも,α,αトレハロースの含有量を『原料の総重量に対して0.1重量%以上含む』ものも,記載されていると理解することができるものというべきである。ところが,上記特別の事情が存在したことを認めさせる資料は,本件全証拠を検討しても見出すことができない」として,引用刊行物1において,α,αトレハロースの「0.1重量%以上」の含有量が記載されていると認定したものであることは,その説示に照らし明らかであるところ,上記認定は,判決主文が導き出されるのに必要な事実認定に相当し,拘束力の及ぶ範囲内の事項であることが明らかである。
そして,原告が誤りであると主張する本件審決の上記認定は,上記のとおりの前判決の拘束力に従ったものであることが明らかであり,本件審決の認定判断中,前判決の拘束力の及ぶ部分,すなわち,引用刊行物1において,α,αトレハロースの「0.1重量%以上」の含有量が記載されているとの部分は,再度の審決取消訴訟である本件訴訟において,これを違法とすることはできず,原告が,本件審決のその認定が誤りであると主張すること,あるいは同主張を裏付けるための新たな立証をすることは許されないものといわざるを得ない。そうすると,本件訴訟において原告が取消事由1として主張するところは,前判決の拘束力に従った本件審決の上記認定が誤りであると主張することに帰着するものであり,前判決の拘束力が及ぶ事項につき,再度の審決取消訴訟においてこれを蒸し返すものにほかならず,そもそも本件審決の取消事由とはなり得ないものであるから,それ自体失当というべきである。
2 取消事由2(引用発明1の実施可能性の不備の看過)について 原告は,引用刊行物1(甲34)は,発明を実施可能な程度に開示していないから,引用発明1は,特許法29条1項3号所定の引用刊行物に記載された発明とすることができないと主張する。
しかしながら,前判決が,本件発明1の引用発明1に対する新規性を否定したものであることは,上記1の(1)イのとおりであるところ,引用発明1が特許法29条1項3号所定の引用刊行物に記載された発明に適合するか否かの判断は,上記新規性の判断に含まれること,及び上記新規性の判断が,前判決の判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断に相当し,拘束力の及ぶ範囲内の事項であることは明らかである。
したがって,原告の取消事由2の主張も,前判決の拘束力に従った本件審決の上記認定判断が誤りであると主張することに帰着するものであり,それ自体失当というべきである。
3 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に本件審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 早田尚貴