審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成20行ケ10276審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成20行ケ10235審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成24行ケ10299審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成24行ケ10020審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成22行ケ10282審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 製造方法 / 新規性 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 同一の発明 / 実施可能要件 / 技術常識 / 明確性 / パリ条約 / 優先権 / 置換 / 実施 / 請求の範囲 / 訂正明細書 / |
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事件 |
平成
23年
(行ケ)
10108号
審決取消請求事件
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裁判所のデータが存在しません。 | |
裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2012/02/29 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
判例全文 | |
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判例全文
平成24年2月29日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 平成23年(行ケ)第10108号 審決取消請求事件 口頭弁論終結日 平成24年2月8日 判 決 原 告 ジャ ンスー サイ ノーケ ム テク ノロジー カ ンパニ ー リ ミ テ ッ ド 同訴訟代理人弁護士 長 沢 幸 男 笹 本 摂 同 弁理士 田 崎 豪 治 被 告 フレクシス アメリカ エ ル . ピ ー . 同訴訟代理人弁理士 松 井 光 夫 村 上 博 司 加 藤 由 加 里 主 文 1 特許庁が無効2010−800009号事件につい て平成22年11月24日にした審決を取り消す。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのた めの付加期間を30日と定める。 事実及び理由 第1 請求 主文1項と同旨 第2 事案の概要 本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,被告の下記2の本件発明に係 1 る特許に対する原告の特許無効審判の請求について,特許庁が同請求は成り立たな いとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には, 下記4のとおりの取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。 1 特許庁における手続の経緯 (1) 本件特許 被告は,平成4年3月27日,発明の名称を「4−アミノジフェニルアミンの製 造法」とする特許出願(特願平5−501446号。パリ条約による優先権主張 日:平成3年(1991年)6月21日,アメリカ合衆国。請求項の数32)をし, 平成13年3月9日,設定の登録(特許第3167029号)を受けた(以下,こ の特許を「本件特許」という。)。 (2) 原告は,平成22年1月12日,本件特許に係る発明について,特許無効 審判を請求し(甲17),無効2010−800009号事件として係属した。 (3) 被告は,平成22年6月3日,訂正請求をした(甲19。以下「本件訂 正」といい,その訂正明細書を「本件明細書」という。)。 (4) 特許庁は,平成22年11月24日,本件訂正を認めた上,「本件審判の 請求は,成り立たない。」旨の本件審決をし,同年12月2日,その謄本が原告に 送達された。 2 本件発明の要旨 本件審決が判断の対象とした発明は,本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1な いし26に記載された各発明(以下「本件発明1」ないし「本件発明26」といい, 総称して,「本件発明」という。)であって,その要旨は,次のとおりである。 【請求項1】1種以上の4−ADPA中間体を製造する方法において, (イ)アニリンおよびニトロベンゼンを適当な溶媒系中で反応するように接触させ, そして (ロ)アニリンおよびニトロベンゼンを制限された区域中適当な温度でまた1種以 上の4−ADPA中間体を生ずるように調節された量のプロトン性物質および適当 2 な塩基の存在下に反応させる,という諸工程からなる上記方法 【請求項2】4−アミノジフェニルアミン(4−ADPA)の製造法において, (イ)アニリンおよびニトロベンゼンを適当な溶媒系中で反応するように接触させ, (ロ)アニリンおよびニトロベンゼンを制限された区域中適当な温度で,また1種 以上の4−ADPA中間体を生じるように調節された量のプロトン性物質および適 当な塩基の存在下で反応させ,そして (ハ)4−ADPAを生ずる条件下で4−ADPA中間体を還元する, という諸工程からなる上記方法 【請求項3】N−アルキル化されたp−フェニレンジアミンの製造法において, (イ)アニリンおよびニトロベンゼンを適当な溶媒系中で反応するように接触させ, (ロ)アニリンおよびニトロベンゼンを制限された区域中適当な温度で,また1種 以上の4−ADPA中間体を生ずるように調節された量のプロトン性物質および適 当な塩基の存在下に反応させ, (ハ)4−ADPA中間体を還元して4−ADPAをつくり,そして (ニ)工程(ハ)の4−ADPAを還元的にN−アルキル化する, という諸工程からなる上記方法 【請求項4】適当な溶媒系はアニリン,ニトロベンゼン,ジメチルスルホキシド, ジメチルホルムアミド,N−メチルピロリドン,ピリジン,トルエン,ヘキサン, エチレングリコールジメチルエーテル,ジイソプロピルエチルアミン,およびこれ らの混合物から選ばれる溶媒を含む,請求項1,2又は3に記載の方法 【請求項5】溶媒はアニリン,ジメチルスルホキシド,ジメチルホルムアミド,ト ルエン及びこれらの混合物から選ばれる,請求項4記載の方法 【請求項6】適当な溶媒系はプロトン性溶媒を含む,請求項4記載の方法 【請求項7】プロトン性溶媒はメタノール,水およびその混合物から選ばれる,請 求項6記載の方法 【請求項8】溶媒系はアニリンおよび反応混合物の全体積に基づき約4v/v%ま 3 での水を含む,請求項1,2又は3に記載の方法 【請求項9】溶媒系はジメチルスルホキシドおよび反応混合物の全体積に基づき約 8v/v%までの水を含む,請求項1,2又は3に記載の方法 【請求項10】溶媒系はアニリンおよび反応混合物の全体積に基づき約3v/v% までのメタノールを含む,請求項1,2又は3に記載の方法 【請求項11】適当な温度は約−10℃から約150℃である,請求項1,2又は 3に記載の方法 【請求項12】適当な塩基は有機塩基および無機塩基から選ばれる,請求項1,2 又は3に記載の方法 【請求項13】有機塩基および無機塩基にはアルカリ金属,アルカリ金属水素化物, アルカリ金属水酸化物,アルカリ金属アルコキシド,塩基源と共に相間移動触媒, アミン,塩基源と共にクラウンエーテルおよびこれらの混合物が含まれる,請求項 12記載の方法 【請求項14】塩基は塩基源と共にアリールアンモニウム,アルキルアンモニウム, アリール/アルキルアンモニウム,およびアルキルジアンモニウム塩から選ばれる, 請求項1,2又は3に記載の方法 【請求項15】塩基をアニリンと合わせて混合物をつくり,次にこの混合物をニト ロベンゼンと反応するように接触させる,請求項1,2又は3に記載の方法 【請求項16】アニリンおよびニトロベンゼンを合わせて混合物をつくり,この混 合物へ塩基を加える,請求項1,2又は3に記載の方法 【請求項17】溶媒はアニリンであり,塩基は水酸化テトラアルキルアンモニウム または水酸化アルキル置換ジアンモニウムである,請求項1,2又は3に記載の方 法 【請求項18】アニリンおよびニトロベンゼンを好気的条件下で反応させる,請求 項1,2又は3に記載の方法 【請求項19】アニリンおよびニトロベンゼンを嫌気的条件下で反応させる,請求 4 項1,2又は3に記載の方法 【請求項20】4−ADPA中間体を適当な触媒の存在下に水素を用いて還元する, 請求項2記載の方法 【請求項21】触媒は炭素上白金,炭素上パラジウムまたはニッケルである,請求 項20記載の方法 【請求項22】4−ADPAを,アセトン,メチルイソブチルケトン,メチルイソ アミルケトン,および2−オクタノンから選ばれるケトンを用いて還元的にアルキ ル化する,請求項3記載の方法 【請求項23】アニリンおよびニトロベンゼンの反応の間に存在するプロトン性物 質の量を調節するため工程(ロ)の間に乾燥剤を存在させる,請求項1,2又は3 に記載の方法 【請求項24】乾燥剤は無水硫酸ナトリウム,モレキュラーシーブ,塩化カルシウ ム,水酸化テトラメチルアンモニウム二水和物,無水水酸化カリウム,無水水酸化 ナトリウムおよび活性アルミナからなる群から選ばれる,請求項23記載の方法 【請求項25】工程(ロ)におけるプロトン性物質の量を,前記プロトン性物質の 連続蒸留により調節する,請求項1,2又は3に記載の方法 【請求項26】プロトン性物質は水であり,水/アニリン共沸混合物を利用する連 続共沸蒸留によって前記水を除去する,請求項25記載の方法 3 本件審決の理由の要旨 (1) 本件審決の理由は,要するに,@本件特許に係る特許請求の範囲の請求項 1ないし3の記載は,いわゆる明確性の要件(平成6年法律第116号による改正 前の特許法36条5項2号)に違反するものではない,A本件発明1は,下記の引 用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)と同一の発明ではなく,また, 同発明等に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものということはで きない,B本件発明1が新規性及び進歩性を有する以上,本件発明2ないし26も, 同様に,新規性及び進歩性を有する,というものである。 5 引用例:Berichte der Deutschen Chemischen Gesellschaft, vol.4(明治37 年(1904年)発行。甲1) (2) なお,本件審決が認定した引用発明並びに本件発明1と引用発明との一致 点及び相違点は,次のとおりである。 ア 引用発明:30gのアニリンと30gのニトロベンゼンを,120gの微細 に粉砕され,完全に乾燥した苛性ソーダと混合し,オイルバス中の広口試験管内に おいて110℃ないし120℃で加熱し,約120℃ないし125℃の範囲に保持 することにより,p−ニトロソジフェニルアミンを製造する方法 イ 一致点:1種以上の4−ADPA中間体を製造する方法において, (イ)アニリン及びニトロベンゼンを反応するように接触させ,そして (ロ)アニリン及びニトロベンゼンを制限された区域中適当な温度で適当な塩基の 存在下に反応させる, という諸工程からなる上記方法 ウ 相違点1:工程(イ)において,本件発明1は,「アニリン及びニトロベン ゼンを適当な溶媒系中で反応するように接触させ」るのに対して,引用発明は,そ れらを適当な溶媒系中で反応するように接触させるかどうか明らかでない点 エ 相違点2:工程(ロ)において,本件発明1は,「アニリン及びニトロベン ゼンを…1種以上の4−ADPA中間体を生ずるように調節された量のプロトン性 物質…の存在下に反応させる」のに対して,引用発明は,それらをそのように反応 させるかどうか明らかでない点 4 取消事由 (1) 明確性の要件に係る判断の誤り(取消事由1) (2) 本件発明1の新規性に係る判断の誤り(取消事由2) (3) 本件発明2ないし26の新規性ないし進歩性に係る判断の誤り(取消事由 3) 第3 当事者の主張 6 1 取消事由1(明確性の要件に係る判断の誤り)について 〔原告の主張〕 (1) 「調節された量のプロトン性物質」の意味 ア 本件発明に係る特許請求の範囲の請求項1ないし3には,「調節された量の プロトン性物質」との記載がある。 本件明細書によると,「調節された量」のプロトン性物質とは,「アニリンとニ トロベンゼンとの反応を阻止する量まで,例えばアニリンを溶媒として利用する場 合に反応混合物の体積に基づきH2O約4%までの量」を意味するものであるとし て,明確に定義されているものである。これは,アニリンとニトロベンゼンとの反 応が妨げられて,「4−ADPA中間体が生成されないような量」に至らない量, すなわち,「アニリンとニトロベンゼンとの反応により4−ADPA中間体が生成 され得るまでの量」を意味するものというべきである。 イ 本件審決は,「調節された量」のプロトン性物質とは,「4−ADPA中間 体の選択性を維持するために必要な程度に有意な量」を意味するものであるとする。 しかしながら,当該認定は,「調節された量」のプロトン性物質に関する本件明 細書中の明確な定義に違反するものである。本件明細書の定義によると,「調節さ れた量」については,その生成の多寡を問わず,反応によって4−ADPA中間体 を生成させ得るような量であることのみを要件とするものであって,「調節された 量」と,4−ADPA中間体の生成の程度とを関連付ける定義はされていない。本 件審決の判断は,その前提自体が誤りであるというほかない。 仮に,本件審決のように理解する余地があったとしても,このような理解は, 「選択性を維持するために必要な程度に有意な量」とは一体どれだけの量であるか が依然不明確であり,当業者は,「選択性を維持するために必要な程度」の量のプ ロトン性物質を確定するのに過度の実験を要することになるから,実施可能要件を 欠くおそれも否定できないのであって,相当ではないことは明らかである。 したがって,本件審決の認定は,本件明細書の定義に反し,更に,実施可能要件 7 に違反するおそれがあるものであって,明確性の要件を欠くことは明らかである。 (2) 小括 以上からすると,本件審決の明確性の要件に係る判断は誤りである。 〔被告の主張〕 (1) 「調節された量のプロトン性物質」の意味 ア 本件明細書には,「本発明は4−アミノジフェニルアミン(4−ADPA) の製造法に関し,更に詳しく言えば,塩基存在下プロトン性物質,例えば水,の量 を調節する条件下でアニリンをニトロベンゼンと反応させることにより4−ニトロ ジフェニルアミン塩および(または)4−ニトロソジフェニルアミン塩に富む混合 物を製造する4−ADPAの製造法に関するものである。」「反応物中に存在する プロトン性物質の量の調節は重要である。」「望む生成物の選択性を維持するため に必要なプロトン性物質の最小量もまた利用する溶媒,塩基の型と量,塩基陽イオ ンなどに依存し,これも当業者により決定できる。反応物中に存在するプロトン性 物質の量は重要であるので,存在するプロトン性物質の量をできる限り減らし,次 に望む量,例えば溶媒としてアニリンを用いる場合には0.5容量%,を反応物へ 加え直すことが可能である。」との記載がある。 イ 本件明細書の前記アの記載からすると,本件発明1ないし3におけるプロト ン性物質の量の調節は,4−ADPA中間体への選択性を維持するためであること が明示されているものということができる。 また,引用例では,4−ADPA中間体の生成量は1.6gであり,収率は約 3%であるところ,本件明細書の実施例1A)では,4−ADPA中間体である4 −NDPAとp−NDPAの合計収率は88%である。 したがって,「1種以上の4−ADPA中間体を生ずるように調節された量のプ ロトン性物質」について,本件明細書の記載を考慮して,「4−ADPA中間体の 選択性を維持するために必要な程度に有意な量のプロトン性物質」であるとした本 件審決の認定に誤りはない。 8 ウ 原告が「調節された量」のプロトン性物質に係る定義であると指摘する本件 明細書の記載は,アニリンを溶媒とした場合についての例示にすぎない。プロトン 性物質の量の調節は,本件明細書において更に詳細に記載されているにもかかわら ず,原告は自らの主張に合致する一部分のみを取り出しているものであって,相当 ではない。しかも,本件明細書において,1種以上の4−ADPA中間体を生ずる ようにプロトン性物質の量を調節するという技術思想及び実施例が開示されている 以上,特定の選ばれた溶媒,塩基の型及び塩基陽イオンの場合における適切なプロ トン性物質の量を決めることは,実験により容易に選択可能である。 (2) 小括 以上からすると,本件審決の明確性の要件に係る判断に誤りはない。 2 取消事由2(本件発明1の新規性に係る判断の誤り)について 〔原告の主張〕 (1) 本件発明1の認定の誤りについて 本件審決は,本件発明1の「調節された量」のプロトン性物質について,「4− ADPA中間体の選択性を維持するために必要な程度に有意な量」を意味するもの であるとする。 しかしながら,取消事由1において先に述べたとおり,本件審決の上記認定は誤 りであり,正しくは,「アニリンとニトロベンゼンとの反応を阻止する量まで,例 えばアニリンを溶媒として利用する場合に反応混合物の体積に基づきH2O約4% までの量」,すなわち,「アニリンとニトロベンゼンとの反応により4−ADPA 中間体が生成され得るまでの量」を意味するものと解すべきである。 したがって,本件審決の本件発明1の認定は誤りである。 (2) 相違点2の認定の誤りについて ア 本件発明1における「調節された量」のプロトン性物質(例えば,「水」) は,僅かでも4−ADPA中間体が生成され得るまでの量,存在すればよいのであ るし,本件明細書には,本件発明1を無水状態下でも実施し得ることも開示されて 9 いる。 したがって,本件発明1において,アニリンとニトロベンゼンとの反応により4 −ADPA中間体が生成され得るまでの量,すなわち4−ADPA中間体の選択性 を維持する量まで,プロトン性物質を必要とするものではない。 仮に,被告が指摘するとおり,引用発明では水が存在しないとしても,本件明細 書が開示するとおり,本件発明1は,「無水条件」下でも実施可能であるから,な お,引用発明は本件発明1と同一であるというべきである。 イ 本件審決は,引用発明において,反応により生成した水は,直ちに苛性ソー ダに捕捉され,「アニリンとニトロベンゼンの反応に関与できる状態」で存在し得 るものではないとするが,苛性ソーダと反応しても,なお,水は水溶液の状態で存 在し,「アニリンとニトロベンゼンの反応に関与できる状態」であることを看過す るものであり,誤りである。 本件発明1が規定するプロトン性物質である「水」については,@水和物に由来 する「水」,A別途系外から添加された「水」,B反応系から生じた「水」が想定 されるところ,引用発明における「水」の由来が上記@ないしBのいずれであって も,本件発明1との関係においては,いずれも「プロトン性物質」に該当する。 引用発明では,溶解度まで苛性ソーダが水に溶解した飽和苛性ソーダ水溶液と固 体苛性ソーダとが存在しており,生成した水は,「苛性ソーダに吸収されることに より,苛性ソーダに捕捉された状態」ではなく,溶解した範囲において苛性ソーダ を溶解して,飽和水溶液として存在するものである。本件審決も,水分子の存在自 体を否定するものではない。水溶液中の水分子は,なお「プロトン性物質」として, 「アニリンとニトロベンゼンの反応に関与できる状態」にあるということができる。 ウ 本件明細書の例5では,苛性ソーダ使用量が非常に少ないから,苛性ソーダ は生成する水に全部溶解し,不飽和苛性ソーダ水溶液を形成するものである。 したがって,例5と引用発明とを苛性ソーダ水溶液について比較すれば,生成す る水の量に差異はないが,引用発明では飽和苛性ソーダ水溶液であるのに対して, 10 例5では不飽和苛性ソーダ水溶液である点が異なるにすぎない。すなわち,両者は ともに苛性ソーダ水溶液である点で同一であり,「水」に溶解している苛性ソーダ の量(濃度)が異なるにすぎない。例5において「調節された量の水」が存在する のであれば,引用発明でも「調節された量の水」が存在することになる。 エ 引用発明では,現に「水」が生成しており,加えて,「アニリンとニトロベ ンゼンとから4−ADPA中間体も生成」しており,「アニリン及びニトロベンゼ ンを…1種以上の4−ADPA中間体を生ずるように調節された量のプロトン性物 質…の存在下に反応させる」プロセスを有するものということができる。 すなわち,本件発明1と引用発明とは,いずれもプロトン性物質(水)が,「ア ニリンとニトロベンゼンとの反応により,4−ADPA中間体が生成され得るまで の量」(「調節された量」のプロトン性物質はアニリンとニトロベンゼンとの反応 を阻止する量まで,例えばアニリンを溶媒として利用する場合に反応混合物の体積 に基づきH2O約4%までの量)存在し,引用発明も,本件発明1と同様に,「ア ニリン及びニトロベンゼンを…1種以上の4−ADPA中間体を生ずるように調節 された量のプロトン性物質…の存在下に反応させる」構成を有するものである。 オ 以上からすると,相違点2について,相違点として認定した本件審決は誤り である。 (3) 相違点1の認定の誤りについて ア 本件審決は,相違点2が存在する以上,相違点1については検討するまでも なく,本件発明1は,引用発明と同一とはいえないとする。 しかしながら,相違点2が存在しないことは,先に述べたとおりである。 イ 本件明細書には,「ニトロベンゼンのモル量より過剰のアニリンは溶媒とし て働く」ことが明確に記載されているところ,引用発明においても,ニトロベンゼ ンのモル量(0.24モル)より過剰のモル量のアニリン(0.32モル)を用い ているものである(ニトロベンゼン30gとアニリン30g)。 したがって,引用発明でも,「ニトロベンゼンのモル量より過剰のアニリンは溶 11 媒として働く」ものであり,アニリン及びニトロベンゼンを「適当な溶媒系中」で 反応するように接触させているということができるから,本件発明1の構成と差異 はない。本件明細書の記載によれば,引用発明における「過剰のアニリン」が,本 件発明1の「適当な溶媒」に該当し,「アニリン及びニトロベンゼンを適当な溶媒 系中で反応するように接触させ」ていることは明らかである。 ウ 相違点1について,相違点として認定した本件審決は誤りである。 (4) 新規性に係る判断の誤りについて 以上からすると,相違点1及び2は存在するものではなく,本件発明1は,引用 発明と同一の発明であって,新規性を有しないものというべきであるから,本件審 決は取消しを免れない。 なお,被告は,引用発明で収集される4−ADPA中間体は「副生成物」であり, 4−ADPA中間体の収量及び収率は小さいから,引用例には本件発明1の技術思 想は開示されていないと主張する。 しかしながら,引用例に本件発明1の構成が開示されている以上,本件発明1の 新規性が否定されることは明らかである。被告の主張は失当である。 〔被告の主張〕 (1) 本件発明1の認定の誤りについて 取消事由1において先に述べたとおり,本件発明1の「調節された量」のプロト ン性物質についての本件審決の認定に誤りはない。原告の主張は失当である。 (2) 相違点2の認定の誤りについて ア 本件発明1は,「1種以上の4−ADPA中間体を生ずるように調節された 量のプロトン性物質および適当な塩基の存在下に」と定めるものであるから,プロ トン性物質の存在は必要不可欠である。本件明細書における「無水条件」とは,当 然に,水以外のプロトン性物質の存在を前提とするものである。 本件明細書は,適当な乾燥剤の例として,乾燥苛性ソーダを挙げている(無水の 苛性ソーダが乾燥剤であることは技術常識である。)。もっとも,本件発明1にお 12 ける乾燥剤は水の量を調節するためのものであって,水を完全に除去してしまうも のではない。 引用発明では,反応により水が生成するものの,完全に乾燥した苛性ソーダによ って直ちに捕捉され,アニリンとニトロベンゼンとの反応に関与できる状態にはな いから,プロトン性物質の存在下に反応が行われているということはできない。そ のことは,実験結果(乙1)からも明らかである。 イ 水と苛性ソーダとが反応しても,原告が主張するような水溶液が生じるもの ではない。微細に粉砕され,完全に乾燥した苛性ソーダに少量の水が接触すると, 水は苛性ソーダ固体に吸収されて,苛性ソーダの水和物(固体)が生じるものであ って,少量の水がいきなり水溶液になるわけではない。乾燥している苛性ソーダは, 水を吸収して水和物になることから乾燥剤として機能するのであり,水溶液になっ てしまうのでは,乾燥剤としての意味がない。引用発明において,仮に,少量の苛 性ソーダ水溶液が存在するとしても,大量の固体苛性ソーダの表面に強く結合され ており,当該水溶液中の水が有機反応物質(アニリンとニトロベンゼン)中でプロ トン性物質として作用するとは期待できない。しかも,引用発明においてアニリン 及びニトロベンゼンの有機相中で生成した水は,水の沸点及び共沸温度よりも相当 に高い温度(110℃ないし125℃)にあり,大きい熱エネルギーを有し,気体 になって反応器から去ろうとするものである。引用発明と本件発明1とでは,反応 の結果が大きく異なるものである。 ウ 引用発明では,本件明細書の例5と比較すると,原料であるアニリンやニト ロベゼンに対して約10倍モルもの多量の苛性ソーダを使用しているので,両者を 同列にみることはできない。また,例5は,本件明細書の例1D)の反応条件下で, 例1D)の塩基である水酸化テトラメチルアンモニウムに代えてNaOHを用いる ものであり,例1D)で水酸化テトラメチルアンモニウムとともに添加された塩基 1モル当たり2モルの水は,例5では当然に別途加えられるものである。 しかも,本件明細書の例5のNaOHの場合,反応は室温で行われるが(例1D) 13 の条件),引用発明の場合,反応は110℃ないし125℃で行われるから,共沸 により水はアニリンとともに蒸発する。 そうすると,本件明細書の例5と引用発明とにおいて,反応に関与する水の量が 同じであるということはできない。本件発明1では,水の量に依存して,4−AD PA中間体の収率及び選択率が変化するものである。 エ 以上からすると,相違点2についての本件審決の認定に誤りはない。 (3) 相違点1の認定の誤りについて ア 本件明細書において,アニリン及びニトロベンゼンが溶媒系として挙げられ, これらが未反応で残る場合,溶媒系として働く旨が記載されているところ,溶媒と して働くためには,生成物を溶解するのに十分な量であることが当然の前提である。 これに対し,引用例では,30g(0.32モル)のアニリンと30g(0.2 4モル)のニトロベンゼン及び120g(3モル)という多量の苛性ソーダ粉末を 反応に用いており,格別に溶媒を加えていない。これらを110℃ないし120℃ に加熱すると,反応開始時には低粘度の液体であり,反応終了時には反応混合物は かなり硬くなるから,0.08モル(7.5g)のアニリンが反応混合物において 溶媒として働いていないことは明らかである。しかも,アニリンの実質的なモル過 剰は0.08モル(7.5g)より少ない。引用発明のように,アニリンが僅かに 過剰の場合には,モル過剰分のアニリンは反応では消費されないが,この僅かに過 剰のアニリンについて,溶媒と評価する化学者はいない。 イ 引用例は,染料の原料であるジアゾ化合物及びフェナジンの製造方法として 有名な「Wohlの反応」について記載しているところ,この反応では,副生成物 として4−ニトロソジフェニルアミンが3%という小さな収率で得られるが,この 反応を4−ニトロソジフェニルアミンの製造方法であると認識する専門家はいない。 ウ 以上からすると,相違点1についての本件審決の認定に誤りはない。 (4) 新規性に係る判断の誤りについて 以上からすると,本件発明1は,引用発明と同一であるということはできず,本 14 件発明1の新規性を認めた本件審決の判断に誤りはない。 なお,本件明細書の例1A)では,目的物である4−NDPAとp−NDPAの 合計収率は88%であり,アゾベンゼンの収率は僅か8.5%であるが,引用例に おけるp−ニトロソフェノールを経由する副反応実験の分析結果によると,その収 率は約3%にすぎない。 したがって,引用例の目的は,副反応のメカニズムの分析にあるものであって, 当業者が,同文献により,約3%という少ない収率にすぎない副生成物の製造方法 が開示されていると理解することはできない。 本件発明1は,既知の化合物の製造方法に関する発明であるところ,88%の収 率を与える方法と,3%の収率の方法とでは,明らかにその構成自体が異なるもの であって,同一であるということはできない。 3 取消事由3(本件発明2ないし26の新規性ないし進歩性に係る判断の誤 り)について 〔原告の主張〕 本件審決は,本件発明1が新規性及び進歩性を有する以上,本件発明1に技術的 限定を付加したものである本件発明2ないし26も,同様に,新規性及び進歩性を 有するというものである。 しかしながら,取消事由2において先に述べたとおり,本件発明1は,新規性を 欠くものであるから,本件発明2ないし26に係る本件審決の判断は,その前提自 体が誤りであって,本件審決は取消しを免れない。 〔被告の主張〕 取消事由2において先に述べたとおり,本件発明1の新規性に係る本件審決の判 断に誤りがない以上,本件発明2ないし26に係る判断も,同様に誤りがないこと は明らかである。 第4 当裁判所の判断 1 取消事由1(明確性の要件に係る判断の誤り)について 15 (1) 本件発明1について ア 本件明細書(甲19)の記載について 原告は,取消事由1において,本件発明1ないし3の「調節された量のプロトン 性物質」について,本件明細書の記載が明確性の要件に違反すると主張し,更に, 取消事由2において,「調節された量のプロトン性物質」に関し,本件審決の本件 発明1の認定が誤りであると主張する。 そこで,本件明細書の記載について,「アニリンおよびニトロベンゼンを…1種 以上の4−ADPA中間体を生ずるように調節された量のプロトン性物質および適 当な塩基の存在下に反応させる」ことに係る部分を中心に要約すると,以下のとお りとなる。 (ア) 本件発明は,4−アミノジフェニルアミン(4−ADPA)の製造法に関 する発明であり,塩基存在下プロトン性物質,例えば水の量を調節する条件下でア ニリンをニトロベンゼンと反応させることにより,4−ニトロジフェニルアミン塩 及び(又は)4−ニトロソジフェニルアミン塩に富む混合物を製造する方法に関す るものである。 (イ) 反応物中に存在するプロトン性物質の量の調節は重要である。一般に反応 をアニリン中で行う場合,反応混合物の体積に基づき約4%より多量の水が反応物 中に存在すると,この水のためにアニリンとニトロベンゼンとの反応は,反応が無 意味になる程度まで阻害される。水の量を4%より減らすと,反応を容認できる程 度まで進ませることができる。塩基として水酸化テトラメチルアンモニウムを利用 し,溶媒としてアニリンを用いる場合,例えば,反応混合物の体積に基づき水の量 を約0.5%まで減少させると,4−ニトロジフェニルアミン及び4−ニトロソジ フェニルアミン並びに(又は)その塩の全量は選択性をある程度失って増加し,2 −ニトロジフェニルアミンがより多量に生成するが,依然少量である。 実施例(表2)において,プロトン性物質として加える水の量を,0μ? ,10 μ? ,50μ? 及び100μ? として実験したところ,収量は,それぞれ0.83 16 ミリモル,0.68ミリモル,0.18ミリモル,0.05ミリモルであった。 このように,本件発明に係る反応は無水条件下で行うことができるかもしれない。 「調節された量」のプロトン性物質はアニリンとニトロベンゼンとの反応を阻止す る量まで,例えば,アニリンを溶媒として利用する場合に反応混合物の体積に基づ きH2O約4%までの量である。反応物中に存在するプロトン性物質の量に対する 上限は溶媒により変化する。例えば,溶媒としてDMSOを利用し,塩基として水 酸化テトラメチルアンモニウムを利用する場合,反応物中に存在するプロトン性物 質の量に対する上限は反応混合物の体積に基づきH2O約8%である。同じ塩基と ともにアニリンを溶媒として利用する場合の上限は,反応混合物の体積に基づきH 2 O4%である。プロトン性物質の許容量は種々な溶媒系で用いた塩基の型,塩基 の量及び塩基陽イオンによって変化するであろう。しかし,当業者が本件発明によ り開示された知見を用いることにより,特定の溶媒,塩基の型と量及び塩基陽イオ ンなどに対するプロトン性物質の量の特定の上限を決定すること,望む生成物の選 択性を維持するために必要なプロトン性物質の最小量,利用する溶媒,塩基の型と 量及び塩基陽イオンなどを決定することが可能である。 なお,ニトロベンゼンのモル量より過剰のアニリンは,溶媒として機能する。 (ウ) 本件発明の実施例について,全ての試薬はそのまま使用したが,塩基及び 溶媒は乾燥させた。特に断らない限り,全ての収量は下記の方法に従いHPLCに より決定した。すなわち,アニリン及びニトロベンゼンは試薬級であり,それ以上 精製せずに用いた。溶媒はAldrich Chemicalから購入し,無水品 等を用いた。水酸化テトラメチルアンモニウムは5水和物として購入した。この固 体を使用前に数日間デシケーター中真空下にP2O 5上で乾燥した。得られた固体 を滴定したところ,乾燥された物質は2水和物であることが示された。 (エ) 実施例(例1A))は,好気的条件下において,アニリンとニトロベンゼ ンとを未希釈状態で反応させ,4−NDPA及びp−ニトロソジフェニルアミン (p−NDPA)生成物をつくる方法を例示するものである。次に反応混合物を直 17 接水素化して4−ADPAをつくる。 500m? 三頚丸底フラスコにマグネチック撹拌棒を装置する。反応容器にアニ リン196m? 及びニトロベンゼン(4.3m? ,42ミリモル)を入れた。これ をかきまぜた反応混合物に水酸化テトラメチルアンモニウム2水和物(17.7g, 140ミリモル)を固体のまま加えた。この反応は2時間後にほとんど全てのニト ロベンゼンが消費されたことを示したが,反応物を18時間かきまぜた。この時間 後>99%のニトロベンゼンが消費された。反応混合物をHPLC分析したところ, ニトロベンゼンに基づき下記の収量の生成物が示された。 4−NDPA(6.4ミリモル,1.37g,15%),p−NDPA(30. 6ミリモル,6.1g,73%),2−NDPA(0.3ミリモル,0.064g, 0.7%),アゾベンゼン(3.6ミリモル,0.65g,8.5%),フェナジ ン(0.8ミリモル,0.14g,1.9%),フェナジン−N−オキシド(0. 3ミリモル,0.05g,0.7%)。 イ 本件明細書において開示される技術事項 (ア) 前記ア(イ)の記載によると,プロトン性物質の「調節された量」について, 溶媒がアニリンであり,プロトン性物質として水が使用される場合には,その上限 は反応混合物の体積に基づき約4%であるが,無水の場合の方がむしろ収量が最も 高い値を示すものであり,下限として無水条件が含まれること,プロトン性物質の 上限は使用される溶媒や塩基の種類,量などにより変化することが開示されている ということができる。 (イ) また,前記ア(ウ)及び(エ)の各記載によると,例1のA)などの実施例で 使用される「水酸化テトラメチルアンモニウム2水和物」は塩基であり,これは水 酸化テトラメチルアンモニウム5水和物を数日間デシケーター中真空下にP 2O5 上に置くことによって乾燥されたものであること,例1のA)では,アニリン以外 の溶媒が使用されていないことが開示されているということができる。 ウ 本件審決の判断の当否 18 (ア) 本件審決は,本件発明1ないし3における水などのプロトン性物質の量に 関して,「4−ADPA中間体の選択性を維持するために必要な程度に有意な量」 の「反応に関与できる状態にあるプロトン性物質の存在」を必要とするものである から,プロトン性物質については,ゼロではなく,有意な量が必要であるとする。 しかしながら,本件明細書では,「調節された量」について,アニリンを溶媒と して用いた場合に,プロトン性物質として水が使用される場合は,上限値が4%で あることは記載されているが,下限値がゼロであってはならないとの記載はなく, むしろ,無水条件下で行うことができるかもしれないことが記載されているのであ る。 しかも,実施例において,反応系に水は添加されていない。むしろ,無水条件化 の方が,収量が最大となることが示されているものである。実施例で塩基として使 用されている「水酸化テトラメチルアンモニウム2水和物」は,「水酸化テトラメ チルアンモニウム5水和物」を乾燥させたものであり,2水和物の「水」はアニリ ンとニトロベンゼンとの反応にプロトン性物質として関与するものではない。だか らこそ,本件発明24において,「水酸化テトラメチルアンモニウム2水和物」が 乾燥剤として用いられているものである。 (イ) したがって,プロトン性物質の「調節された量」について,プロトン性物 質として水を使用した場合には,無水条件,すなわち,当該水の量がゼロの場合が 含まれるものということができる。 (ウ) この点について,被告は,本件発明1において,水などのプロトン性物質 が存在することを前提として,その「調節された量」について,「4−ADPA中 間体の選択性を維持するために必要な程度に有意な量」を意味するものであると主 張するが,以上認定の限度では,その前提自体が誤りであるといわなければならな い。被告の主張は採用することができない。 エ 小括 以上からすると,「調節された量のプロトン性物質」には,プロトン性物質とし 19 て水を使用した場合であるが,無水条件が含まれるのであるから,プロトン性物質 が存在しない状態が含まれるものといわざるを得ない。 したがって,「調節された量のプロトン性物質」について,「4−ADPA中間 体の選択性を維持するために必要な程度に有意な量」として,「アニリンとニトロ ベンの反応に関与できる状態」で反応物中に存在している必要があるとした本件審 決の判断は,無水条件を含まないという趣旨であるならば,誤りであるというほか ない。 もっとも,「調節された量のプロトン性物質」について,上記のとおり,プロト ン性物質が存在しない状態が含まれるものと解し得る以上,「調節された量のプロ トン性物質」の意義それ自体が不明確であるというわけではなく,明確性の要件に 違反するということはできない。 2 取消事由2(本件発明1の新規性に係る判断の誤り)について (1) 本件発明1について 本件発明1の認定は,前記1(1)のとおりである。 (2) 引用発明について ア 引用例(甲1)の記載について 引用例は,アルカリ存在下におけるニトロベンゼンとアニリンの反応に関する文 献であるところ,その記載を要約すると,以下のとおりとなる。 (ア) ニトロベンゼン,アニリン及びアルカリを溶解させ,そのアルカリ性水溶 液を炭酸で処理すると,おおよそp−ニトロフェノールの量に相当する量の収率で, p−ニトロソジフェニルアミンが生成する。 (イ) 30gのアニリンと30gのニトロベンゼンとを,120gの微細に粉砕 され,完全に乾燥した苛性ソーダと混合し,オイルバス中の広口試験管内において 110℃ないし120℃で加熱した。その混合物は,ガラス棒で攪拌されると,間 もなく茶色になり,反応の開始時には,低粘度の液状であった。その温度を,約1 20℃ないし125℃の範囲に保持した。その際,混合物は,すぐにその色が暗く 20 なり,かつ,濃い液体になり,その後,比較的固くなる。この状態に達すると,反 応が完了したものと認められる。冷えると完全に硬化するその反応生成物は,まだ 熱いうちに,1リットル程度の水中に入れるとよい。苛性ソーダをよりよく溶出さ せるために,水浴で加熱し,発生する塩基及びアゾベンゼンが結晶化するまで氷混 合物中で冷却させる。続いて,アルカリ溶液は,硬化フィルターを通して吸引され, 固体残渣は,それに付着するアルカリを除去するために,繰り返し水洗する。強ア ルカリ溶液は炭酸で処理する。約2時間これを加え,沈殿析出した青黒い針状物を ろ過し,ろ過液に,更に1ないし2時間程度,炭酸を加える。その際に沈殿析出し た結晶を,最初に発生した結晶と同時に再結晶させる。アルコールからの1回の結 晶化の場合,その収量は1.6グラムである。より純粋な物質を得るため,乳濁状 態になるまでアルコール溶液を水で薄め,しばらく放置する。そうすると,光沢の ある青黒くかつ長い針状物が沈殿析出する。その針状物を再結晶化させた後,14 5℃で融解する。0.1101gの物質が,16.822gのベンゼンに溶解し, それにより,融点が0.170℃低下した。得られた反応生成物の結晶と,他の方 法で生成させたp−ニトロソジフェニルアミンとを比較すると,物理的性質と化学 反応に関して完全に一致することが判明した。 イ 引用発明の技術内容 以上の引用例の記載によると,引用発明は,ニトロベンゼンとアニリンとにより, p−ニトロソジフェニルアミンを製造する方法に関するものであり,具体的には, 30gのアニリンと30gのニトロベンゼンとを,120gの微細に粉砕され,完 全に乾燥した苛性ソーダと混合し,オイルバス中の広口試験管内において110℃ ないし120℃で加熱し,約120℃ないし125℃の範囲で保持する方法を開示 するものである。 (3) 相違点2について ア 本件審決は,本件発明1と引用発明との相違点2として,「アニリン及びニ トロベンゼンを…1種以上の4−ADPA中間体を生ずるように調節された量のプ 21 ロトン性物質…の存在下に反応させる」か否かが不明である点を指摘する。 しかしながら,本件発明1の「調節された量のプロトン性物質」には,プロトン 性物質として水を使用した場合,無水条件が含まれることは,前記1(1)のとおり である。 そうすると,引用例に,「アニリン及びニトロベンゼンを…1種以上の4−AD PA中間体を生ずるように調節された量のプロトン性物質…の存在下に反応させ る」か否かが記載されていないことが,プロトン性物質を使用しない状態でその反 応が行われることを意味するものであったとしても,その結果として,引用発明に おいても,アニリンとニトロベンゼンとの反応によって「4−ADPA中間体」に 該当する化合物が生じているのであるから,本件発明1において,「調節された量 のプロトン性物質」について,無水条件下であれば,プロトン性物質を使用しない 状態でその反応が行われる場合と,引用発明とは,同じ条件下において,4−AD PA中間体を製造する方法であるということができる。 したがって,相違点2は,以上認定の限度において,実質的な相違点ということ はできない。 イ この点について,被告は,本件発明1は,「1種以上の4−ADPA中間体 を生ずるように調節された量のプロトン性物質及び適当な塩基の存在下に」と定め るものであるから,プロトン性物質の存在は必要不可欠であり,本件明細書におけ る「無水条件」とは,当然に,水以外のプロトン性物質の存在を前提とするもので あると主張する。 しかしながら,当該前提自体が誤りであることは,前記1(1)のとおりである。 被告の主張は採用することができない。 (4) 相違点1について ア 本件発明4は,本件発明1において,アニリンを含む「適当な溶媒系」を用 いる発明であり,本件発明5は,本件発明4において,アニリンやジメチルスルホ キシド等を溶媒として用いる発明であるから,本件発明1において使用される溶媒 22 には,アニリンが含まれるものということができる。 また,前記1(1)イのとおり,本件明細書の実施例には,アニリン以外の溶媒を 使用しない反応例が記載されている。 イ 引用例には,アニリンが溶媒であることや,反応を溶媒中で行うことについ て,明記されていないが,引用発明には,僅かではあっても過剰のアニリンを反応 液中に含んでおり,過剰のアニリンが溶媒として機能することは否定できないし, そもそも化学反応において,必要に応じて,適宜,溶媒を用いることは,当業界に おける常套手段の付加にすぎないことが明らかである。 したがって,相違点1も,実質的な相違点ということはできない。 (5) 新規性に係る判断の誤りについて 以上からすると,相違点1及び2はいずれも実質的な相違点ということはできず, 本件発明1は,プロトン性物質として水を用いる場合に,無水条件を含むものであ るから,この構成を採用する点において,引用発明と同一の発明であるというほか なく,新規性を有しないものというべきである。 なお,被告は,引用発明で収集される4−ADPA中間体は「副生成物」であり, 4−ADPA中間体の収量及び収率は小さいから,引用例には本件発明1の技術思 想が開示されていないと主張する。 しかしながら,引用例に本件発明1の前記認定の構成が開示されている以上,こ の点において,本件発明1の新規性が否定されることは明らかである。被告の主張 は失当である。 3 取消事由3(本件発明2ないし26の新規性ないし進歩性に係る判断の誤 り)について 本件審決は,本件発明1に従属する本件発明2ないし26についても,本件発明 1が新規性及び進歩性を有する以上,本件発明1と同様に新規性及び進歩性を認め ている。 しかしながら,前記2のとおり,本件発明1についての新規性に係る判断が誤り 23 である以上,本件発明2ないし26の新規性及び進歩性に係る本件審決の前記結論 を直ちに是認することはできない。 以上からすると,原告主張の取消事由3も理由がある。 4 結論 以上の次第であるから,本件審決は取り消されるべきものである。 知的財産高等裁判所第4部 裁判長裁判官 滝 澤 孝 臣 裁判官 井 上 泰 人 裁判官 荒 井 章 光 24 |