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関連審決 不服2002-18631
関連ワード 物の発明 /  頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  引用発明の認定 /  優先権 /  均等 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  拒絶査定 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 16年 (行ケ) 21号 審決取消請求事件
原告A
同訴訟代理人弁護士 鈴木和夫
同訴訟代理人弁理士 土橋博司
被告 特許庁長官小川洋
同指定代理人 木原裕
同 小山清二
同 大野克人
同 立川功
同 涌井幸一
同 宮下正之
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/09/28
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2002-18631号事件について平成15年12月10日にした審決を取り消す。
事案の概要及び争いのない事実
本件は,後記本願発明の出願人である原告が,拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をしたところ,特許庁が,審判請求不成立の審決をしたことから,原告が同審決の取消しを求めた事案である。
1 特許庁における手続の経緯 原告は,名称を「地割自由瓦および地割自由瓦の施工方法」とする発明につき,平成9年6月2日(優先権主張日平成8年6月4日)に特許出願(平成9年特許願第143732号)をしたところ,平成14年8月27日(発送日),拒絶査定がなされた。原告は,同年9月26日付で不服審判の請求をし,同請求は不服2002-18631号事件として特許庁に係属した。
特許庁は,同事件について審理したうえ,平成15年12月10日付で「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月19日,原告に送達された。
2 本件出願に係る発明の要旨 本願は,平成14年7月1日付手続補正書により補正された明細書(甲4。
以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲に記載された事項によって特定されるとおりのものであり,その請求項1の内容は次のとおりである(以下,この発明を「本願発明」という。)。
「【請求項1】瓦の表面に突条からなる縦縞を,横方向に一カ所ないし複数箇所形成するとともに連結部にも設けた瓦の一種類か,さらに模様の規則性を打ち消すためにこの瓦に対して上記縦縞の位置や数,太さ等を変えた瓦との複数の種類の瓦を用い,それらの勾配方向の長さは統一してその段差を直線状になるよう葺き,一枚一枚を載置したときに生じる各瓦の縦の連結部位をわからなくなるようにして,施工後に現れる縦と斜めの線を打ち消して横の線のみを強調したことを特徴とする地割自由瓦。」 3 本件審決の理由の要旨 (1) 本願出願前に頒布された刊行物である実願平1-71813号(実開平3-11726号)のマイクロフィルム(甲2。以下「引用例」という。)には,その記載及び図面からみて,「表面に溝3を,横方向に一カ所ないし複数箇所形成するとともに,横継ぎ部8にも溝を設けた平板瓦1」の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
そして,本願発明と引用発明とは,「瓦の表面に縦縞を,横方向に複数箇所形成するとともに連結部にも設けた瓦の一種類の瓦を用い,それらの勾配方向の長さは統一してその段差を直線状になるよう葺いた瓦」である点で一致し,次の点で相違する。
ア 瓦の表面に形成した縦縞が,本願発明では突条からなるのに対し,引用発明では溝である点(以下「相違点1」という。)。
イ 本願発明は,一枚一枚を載置したときに生じる各瓦の縦の連結部位をわからなくなるようにして,施工後に現れる縦と斜めの線を打ち消して横の線のみを強調した地割自由瓦であるのに対し,引用例にはそのような記載が明確でない点(以下「相違点2」という。)。
(2) 相違点1について 瓦の表面に溝や突条を形成することは周知の事項であり,引用発明の溝に代えて,周知事項の突条にすることにより,相違点1における本願発明の構成にすることは,当業者ならば容易になし得ることである。
(3) 相違点2について ア 引用例には,「この考案は・・・屋根葺き状態で生じる瓦間の溝継ぎ部の線を視覚的に消去できる瓦面を有した平板瓦を提供することを目的としてなされたものである。」(2頁11〜14行),「この考案の平板瓦1によれば,隣接する平板瓦1,1のウォーターチャンネル部6とオーバーラップ部7とを重ねて横方向に葺いた際に生じる横継ぎ部8の縦筋線が,瓦面の溝群3…に混じることにより視覚的に目立たなくなる。」(3頁下5行〜下1行)と記載されており,引用例にも,「一枚一枚を載置したときに生じる各瓦の縦の連結部位をわからなくなるようにして,施工後に現れる縦と斜めの線を打ち消して横の線のみを強調した」という本願発明の相違点2に係る構成が事実上記載されていると認められる。
イ また,引用例には,本願発明のような「地割自由瓦」に関しての記載はないが,地割りに関しては,ある程度自由に成しえるものであり,地割自由瓦といえるものである。
(4) 本願のように構成したことによる効果も,当業者ならば容易に想到し得るもので何ら格別のものではない。
(5) したがって,本願発明は,引用発明および周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項により特許を受けることができず,他の請求項に係る発明を検討するまでもなく,本願は拒絶すべきものである。
原告主張の取消事由
本件審決は,相違点2についての認定及び判断を誤り(取消事由1-1,同1-2),本願発明の顕著な作用効果を看過した(同2)結果,本願発明は特許を受けることができないとしたものであり,これらの誤り,看過が,本件審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法なものとして取り消されるべきである。
1(取消事由1-1) 本件審決は,引用例にも,「一枚一枚を載置したときに生じる各瓦の縦の連結部位をわからなくなるようにして,施工後に現れる縦と斜めの線を打ち消して横の線のみを強調した」という本願発明の相違点2に係る構成が事実上記載されていると認められる,と認定判断したが(上記第2の3(3)ア),以下のとおり誤っている。
(1) 本願発明は,瓦一枚一枚を目立たなくすることで,「施工後に現れる縦と斜めの線を打ち消して横の線のみ」を「強調」し,「雁足」(桟瓦の桟頭の頂点が斜めにつながって見える線のことで,本願発明にいう「施工後に現れる斜めの線」をいう。)を通す必要をなくしたものである。その結果,「地割り」(瓦の葺き幅寸法及び葺き足寸法で屋根への割り付けをすること)を行う際,横方向の均等な割り出しが不要な「地割自由瓦」を実現することができる。
(2) 本件審決は,引用発明を「表面に溝3を,横方向に一カ所ないし複数箇所形成するとともに,横継ぎ部8にも溝を設けた平板瓦1」と認定しているが,正しくは,引用例の「実用新案登録請求の範囲」の記載に従い,「瓦面に該瓦面前後方向の溝を平行して設けるにあたり,溝間隔が小である面部と,溝間隔が大である面部を瓦面に交互に設け,溝間隔が小である面部を少なくとも瓦幅方向の一方の端と中央とに配してなることを特徴とする平板瓦」と認定すべきものである。
そして,このような正しい認定によると,引用発明の瓦は,瓦面上の縦溝を,疎・密の模様が交互に現れるように形成しており,連結部(瓦幅方向の一方の端)を密の溝模様に形成するものであるので,瓦と瓦の連結部位の縦筋線(横継ぎ部の線)自体は,周辺の縦溝模様に混じって視覚的に消去できるかもしれないが,施工された屋根全体を外観すると,連結部位(周辺)の密の溝模様がかえって強調されることになり,その結果,「施工後に現れる縦と斜めの線」が打ち消されず,「雁足」が意識されるようになってしまう。また,引用発明では,横方向での割り付けを均等にしないと,特に,屋根形状の変化がある場合,切替部分で,大変な違和感が生じ,一般に受け入れられるような外観でなくなる。そのため,引用発明においては,「雁足」を通す必要があり,従来技術と同様,「地割り」は,横方向の均等な割り出しとする必要がある。
なお,引用例には,「平板瓦で屋根を葺いた場合に生じる瓦横継ぎ部の縦筋線を視覚的に消去でき,屋根面の平滑性を保つことができる」(甲2,5頁)等と記載されているが,この記載は,従来技術どおりに施工した場合において,瓦のヨレ(水平方向のずれ)からくる連結部の浮き上がりを目立たなくなるとの意味に解すべきものである。引用発明によっても,連結部位(周辺)の密の溝模様によって横方向に規則的に縦の線が現われ,これに伴って雁足が意識されるという点においては,従来の平板瓦と変わるところがない。
(3) したがって,引用例には,「一枚一枚を載置したときに生じる各瓦の縦の連結部位をわからなくなるようにして,施工後に現れる縦と斜めの線を打ち消して横の線のみを強調した」という本願発明の相違点2に係る構成は,事実上も記載されているとはいえない。
2(取消事由1-2) 本件審決は,引用例には本願発明のような「地割自由瓦」についての記載はないことを相違点2の中で認めつつ,地割りに関してはある程度自由に成しえるものであるから引用発明の瓦も実質的には地割自由瓦といえると認定判断したが(上記第2の3(3)イ),上記1(2)のとおり,引用発明の瓦は横方向の均等な割り出しを必要とするのであり,地割りを自由に成し得るとはいえない。
この点につき,被告は,引用例には,引用発明の平板瓦がストレート葺き又は千鳥葺きのいずれの地割りによっても施工し得るものであることが開示されていること,及び,どちらの地割りを採用するかは,瓦施工の発注者又は施工者が自由に選択し得るものであることを理由に,地割りに関してはある程度自由に為し得るものであると主張する。しかし,引用発明の瓦が,ストレート葺き又は千鳥葺きのいずれによっても施工できるとしても,上記1のとおり,いずれの葺き付け方法によっても「施工後に現れる縦と斜めの線」が打ち消されないものである以上,横方向において均等な割り付けを必要とするのであって,地割りが自由であるとはいえない点においては従来技術と同様である。即ち,引用発明の瓦は,葺き付け方法を選択できるに過ぎず,地割りが自由であるとはいえない。
このように,引用発明には,横方向の均等な割り出しが不要な「地割自由瓦」という発想は全く示されていないのであり,引用発明の瓦も実質的には地割自由瓦といえるという本件審決の判断は誤りである。
3(取消事由2) 本件審決は,本願のように構成したことによる効果も当業者ならば容易に想到し得るもので何ら格別なものではない,と判断したが(上記第2の3(4)),誤りである。
本願発明は,従来瓦屋根の横方向の均等割り出しの必要によって,瓦の敷設や端部の処理に手間がかかっていたことを解消し,横方向の葺き方を自由な位置から葺き始めることができるようにしたので,非常に効率良く施工することが可能になった。これによって,施工費を低く抑えつつ,堅牢,自然かつ整然とした瓦屋根を形成できる地割自由瓦及びその施工方法を提供するものである。引用発明は,ストレート葺き又は千鳥葺きのいずれかを選択できるとしても,いずれにおいても横方向の均等割り付けの必要があることには変わりがなく,本願発明の上記のような顕著な作用効果を奏することはできない。しかも,本願発明以前には,横方向の均等な割り出しが不要な「地割自由瓦」という発想自体が存在していなかったのであるから,「地割自由瓦」の実現によって初めて生ずる上記作用効果を,当業者が容易に想到しうるはずがない。
被告の主張
本件審決の認定判断は相当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1-1について 原告は,引用発明の瓦においては,瓦と瓦の連結部位の線(横継ぎ部の線)自体は周辺の密な縦溝模様に混じって視覚的に消去できるとしても,施工された屋根全体を外観すると,連結部位(周辺)の密な縦溝模様によって瓦1枚1枚の輪郭がはっきり現われるため,「施工後に現れる縦と斜めの線」が打ち消されず,「雁足」が意識されてしまうと主張する。しかし,そもそも,「雁足」の定義は「桟瓦を葺いた後下から見える斜めの線」,あるいは「桟瓦の桟頭の頂点が斜めにつながって見える線」といったものであり,桟瓦ではなく平板瓦である本件発明及び引用発明の瓦において雁足が見られるかどうか疑問である。
また,原告は,引用発明の瓦においては横方向の割り付けを均等にしないと,屋根形状の変化がある場合の切り替え部分で大変な違和感が生じると主張するが,その点については,本願発明の瓦においても変わりはない。本件明細書及び引用例の記載によれば,本願発明の瓦も引用発明の瓦も,連結部位(横継ぎ部)の縦線が視覚的に目立たなくなるように構成されている点では軌を一にするのであって,本願発明の相違点2に係る構成が引用例にも事実上記載されている,と本件審決が判断したことには誤りはない。
2 取消事由1-2について 原告は,引用例には,横方向の均等な割り出しが不要な「地割自由瓦」という発想自体が全く開示されていない旨を主張するが,引用例の記載からすると,引用発明の平板瓦は,複数の地割り(ストレート葺き,又は,千鳥葺き)が実施可能なものである。どちらの地割りを採用するかは,瓦施工の発注者又は施工者が自由になし得るものであり,地割りに関しては,ある程度自由に成し得るという意味で,引用発明の瓦も,地割自由瓦といえる。したがって,審決が,引用例には「地割自由瓦」という記載はないが,実質的には地割自由瓦といえるものであると判断したことには,何ら誤りはない。
3 取消事由2について 本件審決に説示されたとおり,本願発明の作用効果は,引用発明から当業者が予測し得る範囲のものであり,原告が主張するように顕著なものとはいえない。
原告は,本願発明の瓦は横方向の均等割り出しが不要であり,自由な位置で迅速に敷設できるという作用効果を有すると主張するが,そもそも,本願発明は瓦という物に関する発明であって施工方法に関する発明ではない。本願発明の瓦も,ストレート葺きや千鳥葺きで施工することも可能であり,そのように施工した場合には,原告の主張する上記作用効果は生じないのであるから,本願発明の瓦という物の発明によって必ず奏される効果であるとはいえない。
また,原告は,本願発明の瓦によれば,自然でしかも整然とした瓦屋根を形成できるという効果が奏されると主張するが,本件明細書によれば,本願発明の瓦は「全体の縦縞に不規則性を持たせる」【0031】ものであるから,これによって葺いた瓦屋根は乱れ雑然とするはずであり,整然とした瓦屋根が形成できるとは言い難い。
したがって,審決が,「本願のように構成したことによる効果も当業者ならば容易に想到し得るもので何ら格別のものではない。」とした判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1-1について (1) 引用発明の認定について ア 本件審決は,引用発明を「表面に溝3を,横方向に一カ所ないし複数箇所形成するとともに,横継ぎ部8にも溝を設けた平板瓦1」と認定した(以下「@の認定」という。)。これに対し,原告は,「瓦面に該瓦面前後方向の溝を平行して設けるにあたり,溝間隔が小である面部と,溝間隔が大である面部を瓦面に交互に設け,溝間隔が小である面部を少なくとも瓦幅方向の一方の端と中央とに配してなることを特徴とする平板瓦」(以下これを「Aの認定」という。)と認定すべきものであると主張する。
確かに,引用例の「実用新案登録請求の範囲」には,Aのとおりの記載があることが認められる。しかしながら,本願発明と対比されるべき引用発明の認定においては,公開実用新案公報である引用例の「実用新案登録請求の範囲」の項の記載だけではなく,「考案の詳細な説明」の項の記載及び図面を含む引用例の全体の記載から,一個の独立した技術思想を表現した構成を抽出することができるというべきである。そして,このような観点から検討すれば,下記イに説示するとおり,引用例の記載から@のとおり引用発明を認定することができ,本件審決の引用発明の認定には原告主張のような誤りはない。
イ(ア) 引用例の「3.考案の詳細な説明」には,次のとおりの記載がある。
「〔従来技術の問題点〕 ………平板瓦は,………横方向に並べて葺いた瓦間の横継ぎ部が縦筋線として目立つことが多々あり,屋根面に縦横の線が浮き出て所期の目的である平滑感が損なわれることがあった。」(2頁4行〜9行) 「〔考案が解決しようとする課題〕 この考案は………屋根葺き状態で生じる瓦間の横継ぎ部の線を視覚的に消去できる瓦面を有した平板瓦を提供することを目的としてなされたものである。」(2頁11行〜14行) 「〔作用〕 この考案の平板瓦1によれば,隣接する平板瓦1,1のウォーターチャンネル部6とオーバーラップ部7とを重ねて横方向に葺いた際に生じる横継ぎ部8の縦筋線が,瓦面の溝群3…に混じることにより視覚的に目立たなくなる。即ち,平板瓦1をいわゆるストレート葺き(上下の瓦同士が全幅で重なる態様)にしたときは,これら上下の瓦と,横に並んだ瓦との間にできる上記縦筋線は,これら横に並んでいるいずれか一方の瓦の端の,溝形成間隔が小である面部4aに外観的に吸収されて,該面部4a中の溝3と区別がつかなくなる。また,瓦を千鳥葺き(上下の瓦が半量ずつ交互に重なる態様)にしたときは,ストレート葺きの場合と同じであることに加え,上列瓦の横継ぎ部8の真下に,下列瓦の中央の溝形成間隔が小である面部4bがくるため,同じく目立たなくなる。」(3頁下6行〜4頁12行) 「溝3の具体的な形成例としては,横継ぎ部8の間隔が通常0〜4mmで,角部bの幅が2mmであるから,溝幅cを4mmとし………」(4頁15行〜17行) (イ) また,引用例の第4図では,平板瓦1の面部の両端において,瓦の稜角bを面取りした構成とすることによって,横継ぎ部8が溝3と同様の外観を呈するようにしたものが開示されている。
(ウ) これらの記載及び図面によれば,引用例には,平板瓦1の面部に縦溝を複数形成し,横継ぎ部8となるべき面部の両端にはこれらの縦溝の半分の幅の面取りを施したものが開示されているということができる。そして,このように構成した平板瓦において,横継ぎ部8の縦筋線を視覚的に消去できるのは,これが縦溝3に混じって目立たなくなることによるのである。
引用例の「実用新案登録請求の範囲」の記載には,さらに溝間隔の大小を設けるという構成が付加されており,これは,横継ぎ部8の縦筋線を目立たなくするという効果をより高めるものであるが,かかる構成の付加を欠いても,本件審決が@のとおり認定した引用発明は,横継ぎ部の縦筋線を面部の縦溝と判別しにくくして目立たないようにする,という一個の独立した技術思想を具現化したものであるということができる。
したがって,@の認定にいう「表面に溝3を,横方向に一カ所ないし複数箇所形成するとともに,横継ぎ部8にも溝を設けた 平板瓦1」という認定は,下線部の「溝を設けた」との表現をより正確には「面取りを施した」と修正すべきことを除いては,引用例の記載に基づく引用発明の認定として誤りであるとはいえない。
(2) 本件審決が,引用発明を@のとおり認定したうえ,「引用例にも,『一枚一枚を載置したときに生じる各瓦の縦の連結部位をわからなくなるようにして,施工後に現れる縦と斜めの線を打ち消して横の線のみを強調した』という本願発明の相違点2に係る構成が事実上記載されていると認められる」(3頁22行〜25行)と認定判断したことも,次のとおり相当なものということができる。
ア「縦の線」について @のとおり認定した引用発明の平板瓦においては,表面の縦溝群及び横継ぎ部の面取りが存在するため,この平板瓦を横方向に並べて葺いた際に生じる横継ぎ部8の縦筋線は,瓦面の縦溝群3と外観上は判別しにくく,視覚的に目立たなくなる。
このように,引用発明は,一枚一枚を載置したときに生じる各瓦の縦の連結部位がわからなくなるという効果を奏するものということができる。
イ「斜めの線」について 斜めの線(雁足)とは,本来,「桟瓦の桟頭の頂点が斜めにつながって見える線」(甲6)のことである。桟瓦はその構造上勾配方向を縦に揃えて葺く必要があり,このように瓦を規則的に葺いた状態においては,一つ一つの瓦の特徴部分(その典型例が桟頭の頂点である。)が規則的に並ぶこととなり,その結果,その特徴部分に着目して見ると,斜めの線が見えるようになると認められる。このように斜めの線が見えるのは,上記のように一つ一つの瓦の特徴部分が規則的に並んでいるときに,かかる特徴部分に看者の視線が引き寄せられるからである。
一般的な平板瓦を千鳥葺きまたはストレート葺きで葺いた場合にも,横継ぎ部に生じる縦筋線の両端がかかる特徴部分となり,これを結んだ斜めの線が見えることがあると認められる(甲7〔原告の陳述書〕の参考図3-2)。
しかるに,引用発明は,瓦間の横継ぎ部の縦筋線を視覚的に消去して横方向の平滑感を出そうとするものであり(上記(1)イ(ア)),実際にそのような効果を奏するものであるから(上記ア),必然的に,斜めの線もまた見えなくなるはずのものである。
ウ したがって,本件審決が,引用発明においても施工後に現れる縦と斜めの線を打ち消されると認定判断したことに,誤りはない。
2 取消事由1-2について 原告は,本願発明の瓦は横方向の地割りが自由な「地割自由瓦」であるのに対し,引用発明の瓦は地割りを自由にできないものであると主張するので,以下検討する。
(1) 本願発明の瓦が「地割自由瓦」であるということの意味 本願明細書(甲4)の【0031】には,【発明の効果】として,次のとおりの記載がある。
「この発明の地割自由瓦およびその施工方法は以上のように構成したので,従来の瓦屋根の横方向の均等割り出しの必要によって瓦の敷設や端部の処理に手間がかかっていたことを解消し,瓦の表面に幅方向に形成した1本または複数の突条からなる縦縞および連結部分に形成した縦縞により,各瓦の連結部位がわからなくなるようにして,全体の縦縞に不規則性を持たせると同時に,幅方向を任意の位置で連結して葺くことができるので,幅方向の葺き方を自由な位置で葺き始めることができ,非常に効率よく施工することが可能となった。」 しかしながら,一種類の瓦を用いるのであれば,瓦の面部に形成した1本または複数の突条からなる縦筋線及び連結部分に現われる縦筋線は,それらが面部の突条なのか各瓦の連結部位なのかは区別できないとしても,横方向に規則的に並ぶはずである。そうすると,この瓦を,ストレート葺き又は千鳥葺きで葺いた場合には,全体の縦筋線も規則的になり,「施工後に現れる縦と斜めの線を打ち消して横のみを強調する」ことはできないことになる。換言すれば,本願発明において,特許請求の範囲に記載された「施工後に現れる縦と斜めの線をうち消して横のみを強調する」という効果は,同記載の「瓦の表面に突条からなる縦縞を,横方向に一カ所ないし複数箇所形成するとともに連結部にも設けた瓦」の一種類を用いて「それらの勾配方向の長さは統一してその段差を直線状になるよう葺き,一枚一枚を載置したときに生じる各瓦の縦の連結部位をわからなくなるように」することだけでは達成できないものであって,ストレート葺き又は千鳥葺きという伝統的な葺き方によらず,不規則な葺き方とするからこそそれによってもたらされる効果であると解されるのである。
このように,本願発明に係る瓦を施工した結果,全体として,斜めの線(雁足)が見えることがないのは,瓦を横方向に不規則に並べて行くという葺き方を採用した結果であると解される。すなわち,本願発明の瓦そのものがその構成自体から必然的に「地割自由瓦」となるのではなくて,本願発明の瓦を特定の葺き方(例えば本件明細書の段落【0025】及び【図5】で示された実施例)で葺くときに「地割自由瓦」となるというのに過ぎないのである。
(2) 引用発明の瓦の地割りは自由にできないものか 引用例の記載からすると,引用発明の平板瓦は,ストレート葺き及び千鳥葺きのいずれも可能なものであり,構造的にみても,勾配方向の葺き重ねに関して特段の制約があるわけではなく,上方の瓦は下方の瓦に対して任意の位置で葺くことが可能なものであると認められる。原告の主張するとおり,従来は主としてストレート葺き又は千鳥葺きが採用されていたとしても,それは,瓦の横継ぎ部が目立つことを前提にして葺き上がりの見栄えを重視するとストレート葺きまたは千鳥葺きが好まれたためであって,これら以外の葺き方が技術的に不可能であったためではない,と認めることができる。
そうすると,引用発明の平板瓦においても,勾配方向の葺き重ねをストレート葺きや千鳥葺きによらない不規則なものとすることは可能であるといえ,かかる葺き方を採用すれば,縦の線のみならず斜めの線も見えなくなり,横の線のみが強調されることになるから,本願発明と同じ作用効果が得られるものといえる。
原告は,引用発明では横方向の割り付けを均等にする必要があり,「地割自由瓦」とはいえないと主張するが,上述したとおり,横方向の割り付けを均等にするか否かは,技術的制約によるのではなくて発注者及び施工者の嗜好によるといえるのであるし,引用発明においても各瓦の縦の連結部位をわからなくできるのであるから,ストレート葺き又は千鳥葺きという規則性のある葺き方に固執する必要もないし,横方向の割り付けを均等にする必要もないことは明らかである。
(3) 上記(1)のとおり,本願発明が,勾配方向において横継ぎ部を揃えない不規則な葺き方を前提として,本件明細書においてこれを「地割自由瓦」と称することにしているとしても,それは技術的必然ではなくて単なる呼称の問題に過ぎない。そして,上記(2)のとおり,引用発明の平板瓦も,同様の葺き方が可能なものであるから,地割りは自由であり,これを「地割自由瓦」と称しても何ら差し支えないものである。
よって,原告の取消事由1-2についての主張は採用できない。
3 取消事由2について また,原告は,本願発明の作用効果として,本件明細書(甲4)の段落【0009】の「従来の屋根の横方向の均等割りが必要であることによって瓦の敷設や固定,端部の処理に手間がかかっていたことを解消し,自由な位置で迅速に敷設することができるので,非常に作業効率よく施工することが可能となった。」という記載を引用し,かかる作用効果は「地割自由瓦」であることから生ずるものであり,「地割自由瓦」は,本願発明によって初めて提案された概念であるから,上記作用効果を当業者が容易に想到しうるはずがない旨を主張する。
しかし,上述したとおり,引用発明の瓦も,その構造上葺き方がストレート葺き又は千鳥葺きに限定されているというわけではなく,横方向に自由な位置で葺き始めることは可能であり,その場合には本願発明と同様な意味で「地割自由瓦」といえるものであるし,奏される作用効果も異ならない。そして,本願発明にかかる瓦の構成が容易に想到できる以上,その構成の瓦が当然に有する上記作用効果も容易に予測できるものといえるのであり,本願発明において「地割自由瓦」が初めて提案されたとしても,それは単に用語上の問題にすぎず,本願発明の構成が引用発明から容易に想到できるものである以上,上記作用効果が当業者に容易に想到できないものであるとはいえない。
したがって,この点に関する原告の主張も採用できない。
4 以上のとおり,原告主張の取消事由によっては,本件審決を違法として取り消すことはできず,また,他に,本件審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,本件審決は相当であり,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 北山元章
裁判官 清水節
裁判官 上田卓哉