• この表をプリントする
  • ポートフォリオ機能


追加

関連ワード 発明者 /  発明行為 /  創作性(創作) /  製造方法 /  新規性 /  29条1項3号 /  頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  試行錯誤 /  技術常識 /  優先権 /  援用権(援用) /  特許出願日 /  参酌 /  置き換え /  置換 /  実施 /  拒絶査定不服審判 /  拒絶査定 /  請求の範囲 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 23年 (行ケ) 10115号 審決取消請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2012/02/08
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成24年2月8日判決言渡 同日原本受領 裁判所書記官

平成23年(行ケ)第10115号 審決取消請求事件

口頭弁論終結日 平成24年1月25日

判 決

原 告 オルガノサイエンス株式会社

原 告 株式会社CHIRACOL

上記両名訴訟代理人弁理士 山 本 健 男

被 告 特 許 庁 長 官

同 指 定 代 理 人 東 裕 子

新 居 田 知 生

唐 木 以 知 良

板 谷 玲 子

主 文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第1 請求

特許庁が不服2011−1277号事件について平成23年3月16日にした審

決を取り消す。

第2 事案の概要

本件は,原告らが,下記1のとおりの手続において,特許請求の範囲の記載を下

記2とする本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が同請求は

成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のと

おり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。

1 特許庁における手続の経緯

(1) 原告らは,平成22年7月17日,発明の名称を「シクロヘキサン化合物

1
及び該化合物を含有した液晶組成物」とする特許を出願したが(特願2010−1

62348。甲1),同年12月24日付けで拒絶査定を受け(甲5),平成23年

1月19日,これに対する不服の審判を請求した。

(2) 特許庁は,これを不服2011−1277号事件として審理し,平成23

年3月16日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との本件審決をし,その審決

謄本は,同月30日,原告らに送達された。

2 本願発明の要旨

本件審決が判断の対象とした特許請求の範囲の請求項1の記載は,以下のとおり

である。以下,特許請求の範囲の請求項1に記載された発明を「本願発明」といい,

本願発明に係る明細書(甲1,4)を「本願明細書」という。

【請求項1】下記一般式(1)で表わされるシクロヘキサン化合物。




(式中R 1 ,R 2 は同一又は異なるR,ROCO,RCOOを表わし,Rはアルキ

ル基を示す。該アルキル基は不飽和結合を有していてもよく,該基中−CH 2 −,

−O−,−CO−又は−COO−で置換されていても良く,また,一部あるいは全

部の水素原子がハロゲン原子又はシアノ基により置換されていてもよい。X,Yは

各々独立にハロゲン原子又は水素原子を表わし,同時に水素原子を表わすことはな

い。また,あるいは,Xは酸素原子を表わしYは該酸素原子への直接結合を表わ

す。)

3 本件審決の理由の要旨

(1) 本件審決の理由は,要するに,本願発明は,米国特許第6475595号

明細書(甲7。2002年(平成14年)11月5日発行。以下「引用例」とい

う。)に実施例14として記載された化合物(化合物14。以下「引用発明」とい

う。)を包含するから,特許法29条1項3号の規定により特許を受けることがで

2
きない,というものである。

(2) 引用発明:化合物14




4 取消事由

本願発明の新規性に係る判断の誤り

第3 当事者の主張

〔原告らの主張〕

(1) 本件審決は,引用発明は,本願発明における一般式(1)において,R 1

がn−プロピル基,R 2 がビニル基,X及びYがそれぞれフッ素原子の化合物に相

当し,ここで,n−プロピル基がアルキル基に,ビニル基が不飽和結合を有するア

ルキル基に対応し,また,「X及びYがそれぞれにフッ素原子」とは,「X及びYが

それぞれハロゲン原子であり,同時に水素原子を表すことはない」に対応するから,

引用発明が,本願発明における一般式(1)で表される化合物に包含される旨を説

示する。

また,本件審決は,引用例の実施例1の化合物が1−(3,3−ジフルオロ−4

−ペンチルシクロヘキシル)−4−エトキシ−2,3−ジフルオロベンゼン(以下

実施例1化合物」という。)であり,本願発明ではないが,引用例の実施例1に

記載された手順aないしeの反応が有機合成化学分野において広く使用されている

合成手法であり,実施例1化合物の製造においてのみ使用できる合成手法ではない

ことが当業者に明らかであるところ,@「シクロヘキセン系ネマチック液晶化合物

の合成と物性」田中靖之,竹内清文,高津晴義,第12回液晶討論会講演予稿集

(1連G11)(昭和61年9月25日発行。以下「周知例1」という。)には,こ

3
の場合の手順a及びbと同じ記載があり,特開平5−279279号公報(以下

「周知例2」という。)には,手順cないしeと同じ記載があるから,実施例1化

合物のペンチル基の代わりに4−ビニルシクロヘキシル基を,実施例1化合物の4

−エトキシ−2,3−ジフルオロベンジル基の代わりにn−プロピル基を,それぞ

れ想定することで,当業者が上記の手順で引用発明の製造が可能であると認識する

のが当然である,A周知例1及び2の記載に基づき,「1位に二重結合を有するシ

クロヘキセニルシクロヘキサン化合物」を手順cの開始化合物(引用例の上記手順

の最後に記載される「適宜の前駆体」)として採用することで,当業者が引用発明

の製造が可能であると認識するのが当然である,B引用例には物性値の記載まであ

ることを考慮すると,引用発明は,引用例に記載された手順と同様にして合成され

たものとみるのが自然である,と説示している。

(2) しかしながら,引用発明が本願発明に包含されるものであることは,原告

も争わないが,引用例には,引用発明の製造方法が記載されておらず,また,引用

例に記載の化合物の合成手段は,本願発明の合成を示唆するものではないし,引用

発明を合成できるものではないばかりか,下記のとおり,他の文献によっても引用

発明の製造方法が明らかであるとはいえない。そして,製造方法の記載は,本願発

明の新規性及び進歩性を推認するのに重要であるから,本願発明は,引用例に記載

された発明とはいえない。

(3) 前記(1)@の判断についてみると,化合物を得られると認識することと実際

にこれを合成(製造)することとの間には大きな隔たりがあり,実務家ならば,引

用例の記載から引用発明の製造が可能であるとは認識できない。引用例の実施例1

の化学式から前記(1)@に記載の元素や官能基の置き換えをすることは,机上では

容易に推定できるものの,この推定を現実に実施できるようにすることは,まさに

発明そのものに該当する。

周知例1は,グリニャール試薬を使用した反応及び脱水反応であることでは引用

例の実施例1の手順a及びbと同じであるが,出発物質が異なり,その出発物質の

4
合成(製造)が課題となるから,周知例1があるからといって,当然に実施例1の

手順a及びbが想定されるものではない。

周知例2も,引用例の実施例1の手順cないしeとでは,ヒドロホウ素化−酸化,

フッ素化であることは同様であるが,付加されるフッ素の位置が異なる上に出発物

質が異なるから,周知例2があるからといって,当然に実施例1の手順cないしe

が想定されるものではない。さらに,周知例2の特許請求の範囲には引用発明に該

当する化合物が記載されているが,その実施例は,環Bがフェニレン基である化合

物に限定され,環Bがシクロヘキシル基である化合物が記載されておらず,合成方

法が不明であるから,周知例として採用できない。

(4) 前記(1)Aの判断についてみると,前記のとおり,化合物を得られると認識

することと実際にこれを合成(製造)することとの間には大きな隔たりがある。し

かも,引用発明では,R 4 がビニル基の不飽和化合物となっているところ,引用例

実施例1の手順cのヒドロホウ素化−酸化反応は,二重結合の箇所で進行するた

め,シクロヘキサン環にビニル基が結合した化合物では,シクロヘキセニル基のみ

ならずビニル基も反応してしまい,引用発明を製造することができない。

なお,被告は,本件訴訟に至ってから,引用例のスキーム3及び4を参照し,適

宜の出発物質を用い,周知の反応手順に従い,技術常識を考慮することで,引用発

明を合成できると理解できる旨を主張するに至ったが,そこで使用されている前駆

体の1つであるシクロヘキサン環の1位にベンジルオキシメチレン基を有し,かつ,

4位にヒドロキシル基を有する物質(4−[(ベンジルオキシ)メチル]−1−シク

ロヘキサノール。以下「B物質」という。)は,一般的に入手が困難であるばかり

か,直ちに合成可能なものではない。したがって,通常の創作能力を発揮できるも

のであっても,引用例のスキーム3及び4によって引用発明を合成できるように記

載されているとはいえない。また,被告の援用する乙3(「キレート化プロセスに

よる1,2−エポキシドの開環の位置化学的制御。2。4−[(ベンジルオキシ)

メチル]シクロヘキセン,3−シクロヘキセンメタノール,及び3−シクロヘキセ

5
ンカルボン酸メチルの cis−及び trans−酸化物の合成及び反応」The Journal of

Organic Chemistry,平成4年(1992年)2月28日刊行)にはB物質の合成

例,物性値及び化学反応が記載されているものの,乙3は,立体化学の分野で官能

基の位置を制御することを目的とした学術論文であり,しかもそこに記載の合成方

法では反応過程で異性体が生じ,高純度・量産性を必要とする液晶化合物の製造手

順には不適であり,製造ができる程度の記載とはいえない。乙3に記載の製造手順

を採用することは,机上では容易に推論できるものの,これを実施するには当業者

に期待し得る程度を越える試行錯誤等が必要となる。

さらに,本願発明に相当する前駆体としては,極めて多くの化合物が存在し,こ

れらの中から適宜な前駆体を選択していくのは,創作活動の一環であり発明行為

いえるものである。周知例1及び2に記載の化合物を適宜な前駆体として選択する

ことは,当業者でも容易ではないし,1位に二重結合を有するシクロヘキセニルシ

クロヘキサン化合物を手順cの開始化合物とすることも,同様に容易ではない。

(5) 前記(1)Bの判断についてみると,引用例に物性値が記載されているかとい

って,引用発明を製造できることにはならない。

(6) よって,本件審決は,取り消されるべきである。

〔被告の主張〕

(1) 本件審決は,引用例の実施例1化合物を出発物質として引用発明を得るこ

とができる旨を認定したのではなく,実施例1化合物の製造法に準じて引用発明を

合成できる旨を説示しているものである。

本件審決は,周知例1にはスキーム1における化合物(V)の合成反応として実

際にその化学反応が進行し得ることが記載されていることから,引用発明の合成方

法の手順a及びbが実施可能であることが裏付けられている旨を説示するものであ

って,引用発明の合成手順を周知例1により想定したものではない。したがって,

周知例1の出発物質と引用例の実施例1化合物の出発物質との相違及び出発物質の

合成上の課題は,そもそも存在しない。

6
また,本件審決は,周知例2に記載の一般式(T)で表される化合物の製造方法

として実際にその化学反応が進行し得ることが記載されていることから,引用発明

の合成方法の手順cないしeが実施可能であることが裏付けられている旨を説示す

るものであって,引用発明の合成手順を周知例2により想定したものではないから,

周知例2の出発物質と引用例の実施例1の出発物質との相違は,本件審決の結論に

影響を与えないし,周知例2に記載の化合物と引用発明とでは,付加されるフッ素

の位置が異ならない。なお,周知例2の実施例には,環Bがフェニレン基である化

合物の合成が示されているが,本願発明の特許請求の範囲には,環Bがシクロへキ

シレン基であるものも,環Bがフェニレン基である化合物と同等のものと記載され

ているし,周知例2には,対応するシクロヘキセン誘導体から製造することができ

る旨の具体的な記載もあるから,周知例2には,環Bがシクロヘキシル基である化

合物が,その製造方法と併せて記載されているといえる。

(2) 引用例の実施例1に記載された手順aないしeの反応は,有機合成化学分

野において広く使用されている合成手法であり,3,3−ジフルオロシクロヘキシ

ル基を有する化合物の製造においてのみ使用できる合成手法ではないことが当業者

に明らかである。

そして,当業者であれば,1位に二重結合を有するシクロヘキセニルシクロヘキ

サン化合物を開始化合物とすれば,実施例1化合物の合成手順を参考にして,また,

実施例1と同様の手順により,(2,2−ジフルオロ−シクロヘキシル)−シクロ

ヘキサン骨格を有する化合物(本願発明)の製造は可能であると認識するのが通常

である。

(3) 引用例のスキーム3及び4は,最終的に末端基の二重結合に誘導できるア

ルコール性水酸基を,ベンジル基で保護した化合物を用いることにより,骨格のシ

クロヘキシル基をジフルオロ化する反応(工程bないしd。実施例1の手順cない

しeと同じ。)の影響は受けないが末端基に二重結合を有する目的化合物を得る合

成手法を示しているから,そこには,目的化合物の骨格を合成し,その骨格のシク

7
ロヘキシル基にフッ素置換基を導入する反応と二重結合を有する末端基を形成する

反応とが,一連の流れとして記載されているといえる。したがって,引用例の記載

に基づいて末端基に二重結合を有する化合物である引用発明を合成しようとする当

業者であれば,引用例の実施例1に示される反応手順に加えて,引用例のスキーム

3及び4を参照し,適宜の出発物質を用い,周知の反応手順に従い,技術常識を考

慮することで,引用発明を合成できると理解できることは,明らかである。なお,

引用例のスキーム3及び4で出発物質として用いられるB物質は,本件特許出願日

前に周知の化合物であり,その合成例及び物性値を具体的に記載した文献もある

(乙3)。よって,引用例には,引用発明を製造できることが明らかであるように

記載されている。

すなわち,前記(2)に記載のとおり,引用発明の基本骨格は,引用例の実施例1

製造方法に準じて製造可能であり,また,上記のとおり,末端基(不飽和結合)

については引用例のスキーム3及び4を参考に製造可能であるから,本件審決は,

結論において誤りはない。

(4) 引用例には,「以下の本発明に係る化合物は,相当する前駆体を用い(実施

例1と)同様に得られる。」との記載がある上に,実際に引用発明が得られている

ことは,引用発明の物性値が記載されていることから明らかである。

したがって,引用例には,本願発明が開示されているといえる。

第4 当裁判所の判断

1 本願発明の新規性について

(1) 本願明細書の記載について

本願発明の要旨は,前記第2の2に記載のとおりであるところ,本願明細書(甲

1,4)には,本願発明についておおむね次の記載がある。

ア 本願に係る発明は,新規なシクロヘキサン化合物及び当該化合物を含有して

なる液晶組成物に関するものである(【0001】。


イ 液晶化合物の特徴である光学異方性や誘電率異方性を利用した液晶表示素子

8
は,これまでに多数作られており,時計,コンピューター,TV等に利用されてき

ているが,この液晶表示素子に使用される液晶化合物には,ネマチック相,スメク

チック相及びコレステリック相に大別される固有の液晶相が存在し,この中でもネ

マチック相が最も広く用いられている(【0002】 。シクロヘキサン化合物を使


用した応答性に優れたネマチック液晶組成物等については,多くの提案がされてい

るが,これまでの各提案は,応答速度について満足できるものではなかった(【0

003】【0004】 。


ウ 本願に係る発明の目的は,ネマチック液晶等に混合し,応答速度を改良した

液晶組成物を形成し得る新規シクロヘキサン化合物を提供することにある(【00

06】。


エ 本願発明において,R 1 及びR 2 は,同一又は異なるR(アルキル基)を表

し,当該アルキル基としては,例えば,プロピル及びビニル等が挙げられる(【0

016】。また,本願発明の具体例としては,例えば,本願発明のX及びYがいず


れもフッ素であるもの(化合物No.2)が挙げられる(【0017】。


(2) 発明の新規性について

特許法は,発明の公開を代償として独占権を付与するものであるから,ある発明

が特許出願又は優先権主張日前に頒布された刊行物に記載されているか,当時の技

術常識を参酌することにより刊行物に記載されているに等しいといえる場合には,

その発明については特許を受けることができない(特許法29条1項3号)。

しかるところ,本願発明が引用発明を包含するものであることそれ自体は争いが

なく,本願発明は,前記(1)アに記載のとおり,特定の新規な化合物をその特許請

求の対象とするものであるから,引用例に本願発明が記載されているといえるため

には,引用例の記載及び本件出願日当時の技術常識参酌することにより,当業者

が,本願発明に包含される引用発明を製造することができたといえなければならな

い。

(3) 引用例の記載について

9
そこで,前記の観点から引用例をみると,そこには,おおむね次の記載がある。

実施例1においては,1−(3,3−ジフルオロ−4−ペンチルシクロヘキ

シル)−4−エトキシ−2,3ジフルオロベンゼの合成方法を手順aないしeとし

て,その詳細な条件とともに説明した上で,引用例により特許出願された発明に係

る化合物は,相当する前駆体を用い同様に得られる旨を記載している。

イ 引用例により特許出願された発明に係る化合物を合成する反応スキームとし

て,スキーム1ないし7が記載されているが,そのうちのスキーム3として,4位

置換基(R 4 −Q r −Z 7 −(A 7 −Z 6 ) m −。ここで m , r は,Oであり,Z 7 は,

単結合であり,R 4 は,n−プロピル基である場合を含む。)を有するシクロヘキ

サノン化合物を出発物質として,工程aでグリニャール試薬であるベンジルオキシ

メチルマグネシウムブロミドと反応させ,また,工程gでウィッティヒ試薬である

Ph 3 P=CHRと反応させることにより,1位にビニル誘導体(−CH=CH−

R)を,2位に2個のフッ素原子を,4位に置換基(R 4 −Q r −Z 7 −(A 7 −Z

) m −)を有するシクロヘキサン化合物を製造する方法が,単位反応ごとに詳細

に記載されている。

ウ 引用発明(実施例14)の誘電率異方性は,−2.8であり,光学異方性は,

0.009である。

(4) 本願発明の新規性について

ア 本件審決は,前記(3)アに記載の実施例1に記載されたものと同様の手順で

引用発明が合成されたものとみるのが自然である旨を説示する。しかしながら,上

実施例1の手順cのヒドロホウ素化−酸化の反応では,ビニル基の二重結合が反

応するため,Rがビニル基等の二重結合を有する化合物を出発物質とした場合には

目的とする引用発明を得ることができない。したがって,本件審決の説示には,誤

りがあるというほかない。

イ 他方,引用例には,前記(3)イに記載のとおり,スキーム3として,1位に

ビニル誘導体を,2位に2個のフッ素原子を,4位に置換基(その末端基は,n−

10
プロピル基である場合を含む。)を有するシクロヘキサン化合物を製造する方法が

記載されているといえる。他方,引用発明は,1位に置換基(1′−ビニル−シク

ロヘキサン−4′−イル基)を,2位に2個のフッ素原子を,4位にn−プロピル

基を有しているから,スキーム3により合成された上記化合物と引用発明とでは,

シクロヘキサン環上の置換基の位置及び置換基の構成が相違するにとどまる。

したがって,引用例に記載された引用発明を合成しようとすれば,当業者は,ス

キーム3において,出発物質であるシクロヘキサノン化合物の4位の置換基をn−

プロピル基とし,工程aのグリニャール試薬として,ベンジルオキシメチルマグネ

シウムブロミドに代えて[4−[(ベンジルオキシ)メチル]シクロヘキサン−1−

イル]マグネシウムブロミドを使用し,工程gにおいてPh 3 P=CHRの具体例

としてウィッティヒ試薬であるPh 3 P=CH 2 (メチレントリフェニルホスホラ

ン。乙1)を使用することにより,引用発明を得ることができると認識するものと

いえる。そして,このことは,前記(3)ウに記載のとおり,引用例には引用発明の

誘電異方性及び光学異方性の値が明記されており,したがって引用発明の発明者

引用発明を現実に製造していたことによっても裏付けられる。

(5) 原告らの主張について

ア 以上に対して,原告らは,前記スキームで引用発明を合成する場合にグリニ

ャール試薬として用いられる[4−[(ベンジルオキシ)メチル]シクロヘキサン−

1−イル]マグネシウムブロミドの前駆体であるB物質(4−[(ベンジルオキシ)

メチル]−1−シクロヘキサノール)の入手方法が明らかではなく,また,乙3の

記載によっても,そこに記載のB物質を分離精製が困難である旨を主張する。

しかしながら,乙3は,平成4年(1992年)2月28日刊行の学術論文であ

るところ,そこには,c−4−[(ベンジルオキシ)メチル]−r−1,2−エポキ

シシクロヘキサンを水素化アルミニウムリチウムで還元することにより,B物質の

ひとつである cis−4−[(ベンジルオキシ)メチル]−1−シクロヘキサノールを,

そのヒドロキシル基の位置異性体との混合物として得ることができ,かつ,この混

11
合物を分取TLCで精製することにより純粋な cis−4−[(ベンジルオキシ)メ

チル]−1−シクロヘキサノールとして入手できることが,その詳細な条件ととも

に記載されている。

以上のとおり,乙3の刊行年月日及びその記載内容に照らすと,純粋なB物質の

入手方法は,本件出願日当時,当業者に周知であったものと認められる。

よって,原告らの上記主張は,採用できない。

イ また,原告らは,引用例や乙3のような学術論文の記載と実際の化合物の合

成には大きな隔たりがある旨を主張する。

しかしながら,引用例及び乙3には,前記(3)ア及びイ並びに前記アに記載のと

おり,そこに記載の化合物の合成方法について詳細な条件等が記載されているから,

当業者であれば,これらの記載から引用発明を合成することが明らかであるといえ

る。

よって,原告らの上記主張は,採用できない。

(6) 小括

以上によれば,引用例に接した当業者は,引用例の記載(スキーム3)に基づき,

そこに実施例14として記載されている引用発明を製造することができたものとい

えるから,引用発明を包含する本願発明は,本件出願日前に頒布された刊行物であ

る引用例に記載されているというべきであり,本願発明には新規性が認められない

といわざるを得ない(特許法29条1項3号)。そして,引用発明に基づき本願発

明の新規性を否定した本件審決の判断は,引用例に関する本件審決の説示には誤り

があるものの,これと結論を同じくするものであって,是認することができる。

2 結論

以上の次第であるから,原告らの請求は棄却されるべきである。

知的財産高等裁判所第4部



裁判長裁判官 滝 澤 孝 臣

12
裁判官 井 上 泰 人




裁判官 荒 井 章 光




13

  • この表をプリントする