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関連審決 無効2002-35492
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成16ワ8682損害賠償請求事件 判例 特許
平成18ネ10038損害賠償請求控訴事件 判例 特許
平成21行ケ10003審決取消請求事件 判例 特許
平成19行ケ10266審決取消請求事件 判例 特許
平成18行ケ10439審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 進歩性(29条2項) /  同一技術分野(同一の技術分野) /  容易に発明 /  周知技術 /  技術常識 /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  設定登録 /  誤記の訂正 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 227号 審決取消請求事件
原告 株式会社豊田自動織機
同訴訟代理人弁護士 永島孝明
同 伊藤晴國
同 山本光太郎
同訴訟代理人弁理士 恩田博宣
同 恩田誠
被告 株式会社ゼクセルヴァレオクライメートコントロール
同訴訟代理人弁護士 森田政明
同訴訟代理人弁理士 森正澄
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/09/28
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2002―35492号事件について平成15年4月16日にした審決を取り消す。
前提となる事実
1 特許庁における手続の経緯(当事者間に争いがない。) 原告は,発明の名称を「可変容量圧縮機」とする特許第2567947号(平成元年6月16日出願,平成8年10月3日設定登録,以下「本件特許」という。)の特許権者である。
被告は,本件特許について,無効審判請求をした(無効2002―35492号事件)ところ,原告は,平成15年2月4日,誤記の訂正を目的として,本件特許の願書に添付した明細書の訂正を請求した。特許庁は,同年4月16日,上記訂正請求を認容した上,「特許第2567947号の請求項1,3に記載された発明についての特許を無効とする。」との審決(以下「本件審決」という。)を行い,その謄本は,同年5月5日,原告に送達された。
2 本件特許の請求項1,3に係る発明の要旨 上記訂正後の明細書(甲1ないし3。以下「本件明細書」という。)の「特許請求の範囲」の請求項1,3に記載された次のとおりのものである(以下,請求項1,3に記載された発明をそれぞれ「本件発明1」,「本件発明3」という。)。
【請求項1】 吸入室と吐出室及びクランク室とを備え,クランク室圧力と吸入圧力との差圧に応じてピストンのストロークが変更され揺動傾斜板の傾斜角が変化して,圧縮容量を制御するようにした角度可変揺動傾斜板型の可変容量圧縮機において,吐出室とクランク室とを連通する給気通路と,前記クランク室と吸入室とを連通する抽気通路とを設け,前記給気通路には該給気通路の開度を調整する調整弁を設け,該調整弁には吸入圧力,クランク室圧力又は吐出圧力などの内部圧力を検知して該調整弁を制御する感圧手段を設け,さらに前記感圧手段に結合して外部入力により該感圧手段に可変荷重を与えて該感圧手段の圧力制御点を可変する外部制御手段を設け,さらに前記外部制御手段は感圧手段とは無関係に前記調整弁を制御して前記給気通路を開放することにより吐出室とクランク室との間を直接的に連通する状態にして容量を強制的に減少させる通路開放手段を備えている可変容量圧縮機。
【請求項3】 請求項1記載の発明において,前記給気通路に設けた調整弁の弁体は弁支持ロッド及びべローズなどの感圧部材により支持され,該感圧部材の外側には,吸入圧力を感知する感圧室を設けた可変容量圧縮機。
3 本件審決の理由の要旨(甲1) 本件審決は,次のとおり,本件発明1,3は,特開昭62-282182号公報(甲4。以下「引用例1」という。)及び特開昭63-93614号公報(甲5。以下「引用例2」という。)に記載された各発明(以下,順に「引用発明1,2」という。)並びに周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定に違反して特許されたものであるとした。
(1) 本件発明1について ア 本件発明1と引用発明1の一致点,相違点 (一致点) 吸入室と吐出室及びクランク室とを備え,クランク室圧力と吸入圧力との差圧に応じてピストンのストロークが変更され揺動傾斜板の傾斜角が変化して,圧縮容量を制御するようにした角度可変揺動傾斜板型の可変容量圧縮機において,吐出室とクランク室とを連通する給気通路と,前記クランク室と吸入室とを連通する抽気通路とを設け,前記給気通路には該給気通路の開度を調整する調整弁を設け,該調整弁には吸入圧力,クランク室圧力又は吐出圧力などの内部圧力を検知して該調整弁を制御する感圧手段を設け,さらに前記感圧手段に結合して外部より該感圧手段に可変荷重を与えて該感圧手段の圧力制御点を可変する「制御点可変手段」を設けた可変容量圧縮機 (相違点) 本件発明1では,「制御点可変手段」が外部制御手段であり,この外部制御手段は,感圧手段とは無関係に調整弁を制御して給気通路を開放することにより吐出室とクランク室との間を直接的に連通する状態にして容量を強制的に減少させる通路開放手段を備えるものであるのに対し,引用発明1では,調整ねじ19及び調整スプリング22で構成される点。 イ 相違点についての判断 引用例2には, 「吸入室と吐出室及びクランク室とを備え,クランク室圧力と吸入圧力との差圧に応じてピストンのストロークが変更され揺動傾斜板の傾斜角が変化して,圧縮容量を制御するようにした角度可変揺動傾斜板型の可変容量圧縮機において,前記クランク室と吸入室とを連通する抽気通路を設け,前記抽気通路には該抽気通路の開度を調整する調整弁を設け,該調整弁には吸入圧力を検知して該調整弁を制御する感圧手段を設け,さらに前記感圧手段に結合して外部入力により該感圧手段に可変荷重を与えて該感圧手段の圧力制御点を可変する外部制御手段を設け,さらに前記外部制御手段は感圧手段とは無関係に前記調整弁を制御して前記抽気通路を閉鎖することにより吸入室とクランク室との間を連通しない状態にして容量を強制的に減少させる通路制御手段を備えている」,という発明(引用発明2)が記載されているものと認められる。 そして, (a)引用発明1と,引用発明2とは,クランク室圧力の制御方式が異なるものであるとはいえ,共に,角度可変揺動傾斜板型の可変容量圧縮機に関する発明であって,同一の技術分野に属するものと認められ,また,(b)角度可変揺動傾斜板型の可変容量圧縮機における調整弁の制御手段に,電磁ソレノイドを用いることは,当業者がごく普通に利用する程度の常套手段にすぎないものであり,しかも,(c)引用発明1の「制御点可変手段」に,引用例2に記載されるような電磁ソレノイド等からなる外部制御手段を用いることを妨げる特段の事情が存在するものとは認められない以上,引用発明1に引用発明2の技術思想を適用し,もって,引用発明1の単なる「調整手段」を,感圧手段の圧力制御点を可変とする外部制御手段(電磁ソレノイド)に変更することは,当業者が容易になし得るものというべきである。 また,角度可変揺動傾斜板型の可変容量圧縮機において,揺動傾斜板の傾斜角を変化させ,圧縮容量を制御するための調整弁は,吐出室とクランク室とを連通する給気通路に設けられる場合と,クランク室と吸入室とを連通する抽気通路に設けられる場合とがあり,このことは,一例として,甲6ないし8等に記載されるように,本件出願前,当業者にとって周知の技術事項であることを鑑みれば,上記した適用の容易性はさらに首肯すべきものと認められる。 そして,この場合,給気通路に設けられた調整弁と,抽気通路に設けられた調整弁は,揺動傾斜板の傾斜角を変更するに際し,正反対の作動をすること,即ち,揺動傾斜板の傾斜角を大きくしようとする場合には,クランク室圧力を減少させるために,前者は,給気通路を閉鎖するように,後者は,抽気通路を開放するように作動し,また,揺動傾斜板の傾斜角を小さくしようとする場合には,クランク室圧力を増加させるために,前者は,給気通路を開放するように,後者は,抽気通路を閉鎖するように作動する。 しかも,角度可変揺動傾斜板型の可変容量圧縮機において,吐出室とクランク室とを連通する給気通路に電磁弁を設け,揺動傾斜板の傾斜角を迅速に小さくして,可変容量圧縮機の容量を強制的に減少させる時には,前記電磁弁を制御して給気通路を迅速に開放させようとすることは,例えば,甲6,8,9等に記載されるように,本件出願前,当業者にとって周知の技術事項(以下「周知事項A」という。)にすぎない。 してみると,引用発明1の外部制御手段に引用発明2の技術思想を適用すれば,引用発明2の「通路制御手段」は,必然的に給気通路を開放することにより吐出室とクランク室との間を直接的に連通する状態にして容量を強制的に減少させるものとなることは,当業者が容易に想到し得るものと認められる。 そして,その時,iBをimaxとし得る温度設定器10自体,或いは,温度検出器11又は加速度検出器12からの信号を入力するマイクロコンピュータ15は,「感圧手段とは無関係に調整弁を制御して給気通路を開放することにより吐出室とクランク室との間を直接的に連通する状態にして容量を強制的に減少させる通路開放手段」にならざるを得ないのである。 ウ 効果 そうであるならば,引用発明1に引用発明2の技術思想を適用したものが,本件発明1の構成が奏する「吐出室内からクランク室へダイレクトに高圧ガスを迅速供給でき,吸入圧力とクランク室圧力との差圧を速やかに増大させて容量を減少する方向への切り換え動作を強制的,かつ迅速に行い,容量制御の応答性を向上することができる。」という作用効果(以下「加速カット」という。)が生じることは明らかであり,また,この加速カットという作用効果自体は,上記周知事項Aが奏する作用効果と同様のものであって,本件出願前,当業者によく知られた作用効果にすぎない。 それゆえ,本件発明1の構成によってもたらされる効果は,引用発明1,2及び上記周知事項から当業者であれば容易に予測できる程度のものにすぎない。
エ むすび したがって,本件発明1は,引用発明1,2及び上記周知事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。 (2) 本件発明3について 本件発明3と引用発明1とを対比すると,上記相違点と同様の相違点で相違するものの,その余の点で一致することは明らかである。 そして,この相違点については,本件発明1において検討したのと同様の判断が成り立つから,本件発明3は,引用発明1,2及び上記周知事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。 (3) 結論 以上のとおりであるから,本件発明1,3の特許は,特許法29条2項の規定に違反して特許されたものであり,同法123項1項2号に該当し,無効とすべきものである。
原告主張に係る本件審決の取消事由の要点
本件審決は,本件発明1と引用発明1との一致点を誤認して相違点を看過し(取消事由1),相違点についての判断を誤った(取消事由2)結果,本件発明1についての進歩性の判断を誤り,また,本件発明3についても,同様に進歩性の判断を誤ったものであり,その誤りは本件審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(一致点の誤認,相違点の看過) 本件審決は,引用発明1における「調整ねじ19,調整スプリング22」が「外部より感圧手段に可変荷重を与えて該感圧手段の圧力制御点を可変するものであるから,「制御点可変手段」といい得るものである」(10頁)と誤認したことにより,本件発明1と引用発明1とは,「前記感圧手段に結合して外部より 該感圧手段 に可変荷重 を与えて 該感圧手段 の圧力制御点 を可変 する 「制御点可変手段 」を設けた」(10頁)点で一致すると誤って認定し,両発明の相違点を看過したものである。
(1) 引用発明1の「調整ねじ19及び調整スプリング22」は,本件発明1における感圧手段の一部であるので,「外部より感圧手段に可変荷重を与える制御点可変手段」ではない。本件審決は,引用発明1の「ダイヤフラム16」が本件発明1の「感圧手段」に相当すると認定した(10頁)が,引用発明1において調整弁を制御するのは「ダイヤフラム16」のみではない。引用例1の記載によれば,連動杆23のボール弁体25による弁座Vの開閉は,圧力応動部Mに設けられる調整ねじ19により設定された調整スプリング22のスプリング力,受圧室R1に導入される吸入圧力Ps,及び弁室R2に設けられ調整ねじ27により設定された調整スプリング28のスプリング力がバランスした状態で決められることが明らかである。このように,引用発明1においては,ダイヤフラム16のみではボール弁体25の開閉状態を制御することはできず,ダイヤフラム16は,受圧室R1内の吸入圧力Psによる力を調整スプリング22のスプリング力と対抗させるための隔壁(仕切り)にすぎない。本件発明1の「調整弁を制御する感圧手段」に相当する引用発明1の構成は,「ダイヤフラム16,調整ねじ19及び調整スプリング22からなる圧力応動部M」全体である。したがって,上記のとおり,引用発明1の「調整ねじ19及び調整スプリング22」は,本件発明1における感圧手段の一部である。
(2) また,引用発明1における,調整ねじ19により調整スプリング22のスプリング力を変更する構成では,圧力応動部Mの圧力制御点の初期設定をすることはできても,圧縮機の運転中に圧力制御点を可変とすることはできないから,「調整ねじ19及び調整スプリング22」は「制御点可変手段」ではない。引用発明1の調整ねじ19による,圧力応動部Mの圧力制御点の調整は,圧縮機の生産工場や修理工場での初期設定作業で行われるのみである。調整ねじ19を人手により回して圧力制御点を調整するという構成では,圧縮機の運転中において,感圧手段の設定荷重(圧力制御点)を可変とすることは不可能である。
2 取消事由2(相違点判断の誤り) (1) 引用発明2の認定の誤り 本件審決は,引用発明2について,「前記外部制御手段は感圧手段とは無関係に前記調整弁を制御して前記抽気通路を閉鎖することにより吸入室とクランク室との間を連通しない状態にして容量を強制的に減少させる通路制御手段を備えている」(11頁)と認定するが,誤りである。
すなわち,引用例2には,「圧力制御弁18の弁体53は第1の連通孔51をより閉じる方向へ作用し」(6頁右上欄1〜3行)と記載されているだけで,「前記抽気通路を閉鎖する ことにより吸入室とクランク室との間を連通 しない 状態に」することまでは開示されていない。
また,引用例2の記載によれば,引用発明2における加速時電流制御は,電磁ソレノイドによる感圧手段の圧力制御点可変制御範囲内における最も小容量側に感圧手段の圧力制御点を変更するものにすぎず,「クランク室圧力と吸入圧力との差圧を速やかに増大させて容量を減少する方向への切り換え動作を強制的かつ迅速に行って,エンジントルクを減少させてエンジンの加速を支援する」という加速カットを行うために感圧手段の圧力制御点可変制御範囲を超えて(「感圧手段とは無関係 に」)調整弁を制御するものではない。
引用発明2は,抽気通路に設けられた調整弁の開度を調整することによって,クランク室内の圧力を調整し揺動傾斜板の傾斜角を制御するという,本件明細書における従来技術そのものである。抽気通路をより閉じる方向に圧力調整弁18を制御することにより容量を減少させるという引用発明2の構成では,クランク室の昇圧を専らブローバイガスのみに依存するため,エンジンの加速を支援するに十分な迅速性をもってクランク室圧を昇圧させることはできないから,加速カットを実現することはできない。本件発明1は,引用発明2の問題点を指摘し,その上で加速カットを実現することを技術課題としている。したがって,引用発明2が加速カットを実現するための「容量を強制的 に減少 させる 通路制御手段 」を有しないことは明らかである。
(2) 引用発明1に引用発明2の技術思想を適用することについて 本件審決は,「引用発明1の「制御点可変手段」に,引用発明2のような電磁ソレノイド等からなる外部制御手段を用いることを妨げる特段の事情が存在するとは認められない以上,引用発明1に引用発明2の技術思想を適用し,もって,引用発明1の単なる「調整手段」を,感圧手段の圧力制御点を可変とする外部制御手段(電磁ソレノイド)に変更することは,当業者が容易になし得るものというべきである。」(11頁)と判断するが,誤りである。
本件発明1は,感圧手段に可変荷重を付与する外部制御手段を備えた容量制御弁構造を前提とする技術構成において,加速カットの実現という技術課題を解決するものである。引用発明1のように,初期設定でしか感圧手段の圧力制御点を設定することができない構成では,本件発明1の技術課題を解決する糸口すら見つからない。また,引用発明2は,設定値以上の加速度を検出する場合であっても,単にクランク室を昇圧するように圧力制御弁18を制御するものであるにすぎず,加速カットを実現することができない。引用発明2のような,感圧手段の圧力制御点変更制御の範囲内に止まった抽気通路開度制御によっては加速カットに対応できないという技術課題を提示したのが本件発明1である。したがって,当業者が,あくまで抽気通路の調整弁である,引用発明2の外部制御手段及び通路制御手段を,引用発明1の給気通路の調整弁に代えて適用することは容易なことではない。
(3) 周知の技術事項について 本件審決は,「角度可変揺動傾斜板型の可変容量圧縮機において,揺動傾斜板の傾斜角を変化させ,圧縮容量を制御するための調整弁は,吐出室とクランク室とを連通する給気通路に設けられる場合と,クランク室と吸入室とを連通する抽気通路に設けられる場合とがあり,このことは,甲6ないし8等に記載されるように,本件出願前,当業者にとって周知の技術事項であることを鑑みれば,上記した適用の容易性はさらに首肯すべきものと認められる。」(12頁)と説示する。
しかしながら,甲6ないし8はいずれも,調整弁を制御する感圧手段の圧力制御点を変更する外部制御手段については,全く開示していない。したがって,調整弁を制御する感圧手段の圧力制御点を変更する外部制御手段の構成を,給気通路に設けても抽気通路に設けてもよいという技術思想を,甲6ないし8から導くことはできない。
また,本件審決は,「角度可変揺動傾斜板型の可変容量圧縮機において,吐出室とクランク室とを連通する給気通路に電磁弁を設け,揺動傾斜板の傾斜角を迅速に小さくして,可変容量圧縮機の容量を強制的に減少させる時には,前記電磁弁を制御して給気通路を迅速に開放させようとすることは,甲6,8,9等に記載されるように,本件出願前,当業者にとって周知の技術事項にすぎない。」(12頁)旨説示する。
しかしながら,本件発明1における「給気通路の迅速な開放」とは,感圧手段に基づく内部制御の採用を前提とした上で,この単純内部制御による開放動作に比して迅速に開放するものであるところ,甲6,8,9のものでは,加速カットに対応する容量制御であるか,通常の容量制御であるかによって給気通路を開放する速度が異なるわけでないから,これらから「給気通路の迅速な開放」という示唆は得られない。また,甲6,8,9はいずれも,感圧手段とは無関係に容量を強制的に減少させるものでない。
(4) 本件発明1の効果について 本件審決は,「本件発明1の構成によってもたらされる効果は,引用発明1,2及び上記周知事項から当業者であれば容易に予測できる程度のものにすぎない。」(12〜13頁)と判断する。
しかしながら,本件発明1の外部制御手段の構成,特に,給気通路調整弁を感圧手段とは無関係に作動させる通路開放手段の採用によって初めて,「吐出室内からクランク室へダイレクトに高圧ガスを迅速供給でき,吸入圧力とクランク室圧力との差圧を速やかに増大させて容量を減少する方向への切り換え動作を強制的,かつ迅速に行い,容量制御の応答性を向上することができる。」という加速カットの顕著な効果を得ることができる。この効果は,外部制御とは無関係の引用発明1はもちろん,引用発明2のような,抽気通路の開度を調整する調整弁の制御を行う外部制御手段の構成でも奏し得ない顕著なものであり,当業者が予測し得ないものである。
被告の反論の要点
本件審決の判断に誤りはなく,原告の主張する本件審決の取消事由には理由がない。
1 取消事由1(一致点の誤認,相違点の看過)について (1) 本件発明1の「感圧手段」を構成する部材が「ベローズ」や「ダイヤフラム」であることは,本件明細書に明記されているから,本件発明1の「感圧手段」は,感圧手段を構成する感圧室の圧力変化によって該感圧部材が伸縮することをもって圧力検知するものである。したがって,引用発明1の「ダイヤフラム16」がこれに相当することは明らかである。
(2) 引用発明1の「容量調整弁Bに設けられた圧力応動部」の構成からみて,「調整ねじ19及び調整スプリング22」によって,「ダイヤフラム16」に加える荷重を可変することは自明であり,「ダイヤフラム16」の圧力制御点を可変とする手段が外部から制御できる構成を備えていることは明らかである。
なお,引用例1には,「調整ねじ19及び調整スプリング22」による圧力応動部Mの圧力制御点の調整が,原告の主張するように,圧縮機の生産工場や修理工場での初期設定作業で行われるのみである旨の記載は一切ない。
2 取消事由2(相違点判断の誤り)について (1) 引用例2には,「圧力制御弁18の弁体53は第1の連通孔51をより閉じる方向へ作用し」(6頁右上欄1〜3行)と記載されており,また,「抽気通路を閉鎖すること」を除外するような記載や技術的な理由も特にない以上,「前記抽気通路を閉鎖することにより吸入室とクランク室との間を連通しない状態に」することも開示されていると解するのが自然である。
また,本件明細書の記載によれば,本件発明1の「感圧手段とは無関係に」とは,原告の主張するような「感圧手段の圧力制御点可変制御範囲を超えた電流値が流されること」が要件ではなく,外部制御手段自体が調整弁を制御して,強制的に可変容量コンプレッサを最小容量運転状態にする技術手段を意味するものと解すべきである。そして,引用例2の第7図ステップ640は,まさしく,最大出力電流値をいきなり流して,可変容量コンプレッサを最小容量運転状態にするものであるから,可変容量コンプレッサを強制的に最小容量運転状態にするため,外部制御手段である電磁ソレノイド自体が調整弁を制御している。したがって,引用発明2は,本件発明1の「感圧手段とは無関係に」との構成を備えている。
(2) 原告のいう「加速カッ卜」とは,「加速時の低容量圧縮運転を実現する」という程度の意味にすぎないところ,本件発明1も,引用発明1,2も,共に,角度可変揺動傾斜板型の可変容量圧縮機という同一の技術分野において,種々の運転状況に応じて,吸入圧力によりクランク室圧力の制御を行って,円滑できめ細かなコンプレッサの容量制御を可能にした自動車用空調装置を提供することを目的としたものである。そして,この同一の目的を達成するために,「給気通路上」で制御するか,「抽気通路上」で制御するかは,当業者が適宜選択し得る設計上の事項にすぎない。
本件審決の挙げた周知例は,本件特許出願前に,調整弁を「給気通路上」に設けて制御するか,「抽気通路上」に設けて制御するかについて,様々な選択手段が既に検討されていたことを示すものである。
当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点の誤認,相違点の看過)について 原告は,「本件審決は,本件発明1と引用発明1とは,「前記感圧手段に結合して外部より該感圧手段に可変荷重を与えて該感圧手段の圧力制御点を可変する制御点可変手段を設けた」点で一致すると誤って認定し,相違点を看過したものである。」旨主張する。
(1) まず,本件発明1に係る請求項1において,「外部制御手段」は,「前記感圧手段に結合して外部入力により該感圧手段に可変荷重を与えて該感圧手段の圧力制御点を可変する外部制御手段」と規定されているから,本件発明1が「前記感圧手段に結合して外部より該感圧手段に可変荷重を与えて該感圧手段の圧力制御点を可変する制御点可変手段を設けた」ものであることは,明らかである。
(2) 一方,引用例1(甲4)には,「容量調整弁Bにおいて,本体14の一側に圧力応動部Mが設けられる。圧力応動部Mは,本体14に固着された下蓋15に対してダイヤフラム16を挟持した状態で上蓋17を設けると共に該上蓋17にばね箱18を固着し,ばね箱18内に螺着した調整ねじ19とダイヤフラム16の上当金20に当接するばね受21との間に調整スプリング22を設けて構成する。ダイヤフラム16の他側には連動杆23の当金24が当接している。連動杆23は本体14の摺動孔14aを貫通して延長しており,該連動杆23の一部と当金24は受圧室R1に位置しており,該受圧室R1には吸入圧力Psを導入する通路s”に連通する吸入圧力導入口14bが形成されている。」(2頁左下欄10行〜右下欄4行)と記載されている。
そして,感圧手段の圧力制御点を調整ねじにより外部から調整することは,技術常識であるから(例えば,乙2,3),第1図に接した当業者が調整ねじ19の螺着態様を外部より調整可能なものと理解することができることは,明らかである。
そうであれば,引用発明1においては,外部より調整ねじ19のねじ込み具合を調整することによって,調整スプリング22からダイフラム16への押圧力を調整し,ダイアフラム16に与えられる荷重を変えることができ,その結果ダイアフラム16の圧力制御点を変えることができると認められるから,引用例1には,本件審決の認定するとおり,「該調整弁Bには吸入圧力を検知して該調整弁Bを制御するダイアフラム16を設け,さらに前記ダイヤフラム16に結合して外部より該ダイアフラム16に可変荷重を与えて該ダイアフラム16の圧力制御点を可変する調整ねじ19及び調整スプリング22を設ける」との構成が開示されていると認められる。
ところで,上記請求項1は,「感圧手段」について,「吸入圧力,クランク室圧力又は吐出圧力などの内部圧力を検知して該調整弁を制御する感圧手段」と規定しているところ,引用発明1のダイヤフラム16のみでは上記作用を果たすことができないことは明らかであるから,原告が主張するように,ダイヤフラム16に加えて,調整ねじ19及び調整スプリング22を含めた圧力応動部M全体が,「感圧手段」に相当するものというべきである。
そうであれば,本件審決が,引用発明1の「ダイヤフラム16」のみが本件発明1の「感圧手段」に相当すると認定した(10頁)ことは,誤りである。
しかしながら,引用発明1において,調整ねじ19及び調整スプリング22が,圧力応動部Mに含まれる前記ダイヤフラム16に結合しており,外部より該ダイアフラム16に可変荷重を与えて該ダイアフラム16の圧力制御点を可変するものである以上,調整ねじ19及び調整スプリング22は,「前記感圧手段に結合して外部より該感圧手段に可変荷重を与えて該感圧手段の圧力制御点を可変する制御点可変手段」ということができる。この点に関する本件審決の認定には,誤りがない。
(3) したがって,本件審決が,本件発明1と引用発明1とは,「前記感圧手段に結合して外部より該感圧手段に可変荷重を与えて該感圧手段の圧力制御点を可変する制御点可変手段を設けた」点で一致すると認定したことは相当であるから,原告の上記主張は理由がない。
(4) これに対し,原告は,「引用発明1の調整ねじ19及び調整スプリング22は,本件発明1における感圧手段の一部であるので,「外部より感圧手段に可変荷重を与える制御点可変手段」ではない。」旨主張する。確かに,原告が主張するように,ダイヤフラム16に加えて,調整ねじ19及び調整スプリング22を含めた圧力応動部M全体が,「感圧手段」に相当するものであることは,上記のとおりである。しかしながら,引用発明1の調整ねじ19及び調整スプリング22が,感圧手段の一部であることと,ダイヤフラム16に可変荷重を与えて感圧手段の圧力制御点を可変する制御点可変手段であることとは,両立するというべきであるから,調整ねじ19及び調整スプリング22が,感圧手段の一部であるからといって,制御点可変手段でないということはできない。
また,原告は,「引用発明1の調整ねじ19,調整スプリング22の構成では,圧力応動部Mの圧力制御点の初期設定をすることはできても,圧縮機の運転中に圧力制御点を可変とすることはできないから,上記構成は「制御点可変手段」ではない。」旨主張する。しかしながら,既に説示したとおり,本件発明1に係る請求項1において,「圧力制御点を可変する外部制御手段」(制御点可変手段)は,「前記感圧手段に結合して外部入力により該感圧手段に可変荷重を与えて該感圧手段の圧力制御点を可変する外部制御手段」と規定されているだけであって,圧力制御点を可変とする時期については何ら規定されていないから,仮に,引用発明1の調整ねじ19,調整スプリング22の構成が圧力制御点の初期設定をするのみであって,運転中に圧力制御点を可変とすることはできないものであるとしても,そのことによって上記構成が本件発明1における「圧力制御点を可変する外部制御手段」に相当しないということはできない。
2 取消事由2(相違点判断の誤り)について (1) 引用発明2の認定について 原告は,「本件審決が,引用発明2について,「前記外部制御手段は感圧手段とは無関係に前記調整弁を制御して前記抽気通路を閉鎖することにより吸入室とクランク室との間を連通しない状態にして容量を強制的に減少させる通路制御手段を備えている」(11頁)と認定したのは,誤りである。」旨主張する。
ア 引用例2(甲5)に,「吸入室と吐出室及びクランク室とを備え,クランク室圧力と吸入圧力との差圧に応じてピストンのストロークが変更され揺動傾斜板の傾斜角が変化して,圧縮容量を制御するようにした角度可変揺動傾斜板型の可変容量圧縮機において,前記クランク室と吸入室とを連通する抽気通路を設け,前記抽気通路には該抽気通路の開度を調整する調整弁を設け,該調整弁には吸入圧力を検知して該調整弁を制御する感圧手段を設け,さらに前記感圧手段に結合して外部入力により該感圧手段に可変荷重を与えて該感圧手段の圧力制御点を可変する外部制御手段を設ける」という発明が開示されている(本件審決11頁)ことは,当事者間に争いがない。
そして,引用例2には,加速度がG1以上か否かを判定し,加速度がG1以上の場合には,ソレノイド47に流す電流iをimaxに設定すること(第6図及び第7図のフローチャート参照),電流iがimaxに設定された場合には,圧力制御弁18の弁体53を第1の連通孔51をより閉じる方向へ作用させ,可変容量コンプレッサ8を最小容量運転状態とすること(5頁右下欄16行〜6頁右上欄4行,6頁左下欄17行〜右下欄16行)が記載されている。他方,上記の励磁電流iをimaxに設定し可変容量コンプレッサ8を最小容量運転状態とする際に,ベローズ54の制御状態が関連づけられている旨の記載は,引用例2には一切ない。技術常識上も,励磁電流iをimaxに設定して可変容量コンプレッサ8を最小容量運転状態とすることが,ベローズ54の制御状態に関連づけられるべき理由もない。
そうであれば,引用例2には,加速度がG1以上の場合に,ソレノイド47が,ベローズ54の制御状態とは関係なく(すなわち無関係に)圧力制御弁18を制御して第1の連通孔51をより閉じる方向へ作用させ,可変容量コンプレッサ8の容量を強制的に減少させ最小容量運転状態とすることが記載されているといえる。
以上によれば,引用例2には,「外部制御手段(ソレノイド47)は感圧手段(ベローズ54)とは無関係に調整弁(圧力調整弁18)を制御して抽気通路(連通孔51)を閉じる方向へ作用させることにより容量を強制的に減少させる通路制御手段を備えること」が記載されていると認められる。
(なお,引用例2には,圧力調整弁18の作用について,上記のとおり,「圧力制御弁18の弁体53は第1の連通孔51をより閉じる方向へ作用し」(6頁右上欄1〜3行)と記載されているに止まるから,「抽気通路を閉鎖することにより吸入室とクランク室との間を連通しない状態に」する点が開示されているとまではいえず,したがって,原告が主張するように,本件審決がこの点を引用発明2として認定したことは不適切である。しかしながら,この点を除いて引用発明2を認定しても,後記のとおり,本件審決の本件発明1に係る進歩性判断の結論には影響がない。) イ これに対し,原告は,「引用発明2における加速時電流制御は,電磁ソレノイドによる感圧手段の圧力制御点可変制御範囲内における最も小容量側に感圧手段の圧力制御点を変更するものにすぎず,加速カットを行うために感圧手段の圧力制御点可変制御範囲を超えて(「感圧手段とは 無関係 に」)調整弁を制御するものではない。」旨主張する。しかしながら,本件発明1に係る請求項1には,「外部制御手段」について,「前記外部制御手段は感圧手段とは 無関係 に前記調整弁を制御して前記給気通路を開放することにより吐出室とクランク室との間を直接的に連通する状態にして容量を強制的に減少させる通路開放手段」と規定するにすぎず,この場合に,「外部制御手段」が「圧力制御点可変制御」の範囲を超えて調整弁を制御するものか否かについての規定は一切ないから,原告の上記主張は特許請求の範囲の記載に基づかない主張である。
なお,この点に関して原告の指摘する本件明細書(甲3)の記載,すなわち,「圧縮機を大容量で運転している状態において,車両の急加速により圧縮機の回転数が上昇した場合においては,回転センサ39の検出信号に基づいて,制御装置37により電磁ソレノイド31への電流Imを増大することにより,電磁ソレノイド31による押圧力Fmを大きくして弁体25を開放し,吐出室5からクランク室7への冷媒ガスの供給を迅速に行ない,圧縮機を小容量運転側へ迅速に切換えることができるので,急加速時においてエンジンに作用する負荷を軽減することができる。」(19頁2〜8行)との記載は,本件発明1の1実施例を説明するものにすぎないから,上記認定を何ら左右しない(そもそも,上記記載の内容自体,「外部制御手段」が「圧力制御点可変制御」の範囲を超えて調整弁を制御することについて開示したものとは認められない。)。
また,原告は,「本件発明1は,加速カットを実現することを課題としているところ,引用発明2の構成では,加速カットを実現することはできないから,引用発明2が加速カットを実現するための「容量を強制的に減少させる通路制御手段」を有しないことは明らかである。」旨主張する。しかしながら,原告の主張する加速カットという効果は,給気通路の開閉を制御するという本件発明1の全体の構成から達成されるものであって,「容量を強制的に減少させる通路制御手段」という構成のみから達成されるものでないことは明らかであるから,本件発明1とは異なり,抽気通路の開閉を制御する引用発明2の構成が,加速カットを実現することができないものであったとしても,そのことから,引用発明2に「容量を強制的に減少させる通路制御手段」という構成がないということはできない。
(2) 引用発明1に引用発明2を適用する容易性について 原告は,「本件審決は,「引用発明1に引用発明2の技術思想を適用し,もって,引用発明1の単なる調整手段を,感圧手段の圧力制御点を可変とする外部制御手段(電磁ソレノイド)に変更することは,当業者が容易になし得るものというべきである。」(11頁)と判断するが,誤りである。」旨主張する。
ア 前記のとおり,引用発明1は,「前記感圧手段に結合して外部より該感圧手段に可変荷重を与えて該感圧手段の圧力制御点を可変する制御点可変手段」を設けたものであり,また,引用例2には,「外部制御手段(ソレノイド47)は感圧手段(ベローズ54)とは無関係に調整弁(圧力調整弁18)を制御して抽気通路(連通孔51)を閉じる方向へ作用させることにより容量を強制的に減少させる通路制御手段を備えること」が記載されている。
そして,「引用発明1と引用発明2とは,クランク室圧力の制御方式が異なるものであるとはいえ,共に,角度可変揺動傾斜板型の可変容量圧縮機に関する発明であって,同一の技術分野に属する」(本件審決11頁)ことは当事者間に争いがないから,当業者であれば,引用発明1の制御点可変手段に,引用発明2の外部制御手段(電磁ソレノイド)に関する技術事項を適用することは容易に想到することができることというべきである。
ところで,角度可変揺動傾斜板型の可変容量圧縮機のクランク室圧力の制御方式に関し,「給気通路に設けられた調整弁と,抽気通路に設けられた調整弁は,揺動傾斜板の傾斜角を変更するに際し,正反対の作動をすること,即ち,揺動傾斜板の傾斜角を大きくしようとする場合には,クランク室圧力を減少させるために,前者は,給気通路を閉鎖するように,後者は,抽気通路を開放するように作動し,また,揺動傾斜板の傾斜角を小さくしようとする場合には,クランク室圧力を増加させるために,前者は,給気通路を開放するように,後者は,抽気通路を閉鎖するように作動する」(本件審決12頁)ものであり,したがって,給気通路に調整弁を設けた引用発明1と抽気通路に調整弁を設けた引用発明2との間で,揺動傾斜板の傾斜角を増減(容量を増減)するための調整弁の制御に係る技術事項を置換するに当たっては,正反対の作動をさせればよいことは,当業者にとって自明な技術常識というべきである。
そうであれば,引用発明2における,抽気通路に設けられた調整弁の通路制御手段に係る技術事項(すなわち,外部制御手段が感圧手段とは無関係に調整弁を制御して抽気通路を閉じる方向へ作用させることにより容量を強制的に減少させる〔揺動傾斜板の傾斜角を小さくする〕という技術事項)を,引用発明1における,給気通路に設けられた調整弁に適用するに際して,引用発明2における上記技術事項を,正反対の作動をするように,すなわち,外部制御手段が感圧手段とは無関係に調整弁を制御して給気通路を開放する方向へ作用させることにより容量を強制的に減少させるようにすることは,当業者であれば,当然なすべき設計事項というべきである。
したがって,引用発明1の「前記感圧手段に結合して外部より該感圧手段に可変荷重を与えて該感圧手段の圧力制御点を可変する制御点可変手段」に,引用発明2を適用して,本件発明1の「前記感圧手段に結合して外部入力により該感圧手段に可変荷重を与えて該感圧手段の圧力制御点を可変する外部制御手段を設け,さらに 前記外部制御手段 は感圧手段 とは 無関係 に前記調整弁 を制御 して 前記給気通路 を開放 することにより 吐出室 とクランク 室との 間を直接的 に連通 する 状態 にして 容量 を強制的 に減少 させる 通路開放手段 」の構成とすることは,当業者であれば容易に想到し得ることというべきであり,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。
イ これに対し,原告は,「引用発明1のように,初期設定でしか感圧手段の圧力制御点を設定することができない構成では,加速カットの実現という本件発明1の技術課題を解決する糸口すら見つからない。また,引用発明2のような,感圧手段の圧力制御点変更制御の範囲内に止まった抽気通路開度制御によっては加速カットに対応できない。したがって,当業者が,引用発明2の外部制御手段及び通路制御手段を,引用発明1の給気通路の調整弁に代えて適用することは容易なことではない。」旨主張する。
しかしながら,仮に,引用発明1や引用発明2が,本件発明1とは課題を異にするものであり,また,それぞれは,加速カットの実現という本件発明1の課題を達成できないものであるとしても,当業者であれば,同一の技術分野に属する引用発明1と引用発明2を組み合わせることを容易に想到することができるというべきであり,本件発明1と引用発明1,2との課題等の相違が上記組み合わせについての阻害要因になるとはいうことができない。
そもそも,甲6,8,9によれば,角度可変揺動傾斜板型の可変容量圧縮機において,吐出室とクランク室とを連通する給気通路に電磁弁を設け,該電磁弁を制御して給気通路を迅速に開放させることにより,揺動傾斜板の傾斜角を迅速に小さくし,可変容量圧縮機の容量を強制的に減少させることは,本件特許出願当時,当業者にとって周知の技術事項であったと認められるから,加速カットの実現という本件発明1の課題は,これらの周知の技術事項により既に達成されていたものと同様のものにすぎず,特に新規な課題ということはできない。したがって,加速カットの実現という本件発明1の課題は,本件発明1の進歩性の判断に影響を及ぼすものとはいえない。
(3) 本件発明1の効果について 原告は,「本件発明1の外部制御手段の構成によって初めて,「吐出室内からクランク室へダイレクトに高圧ガスを迅速供給でき,吸入圧力とクランク室圧力との差圧を速やかに増大させて容量を減少する方向への切り換え動作を強制的,かつ迅速に行い,容量制御の応答性を向上することができる。」という加速カットの顕著な効果を得ることができる。この効果は,外部制御とは無関係の引用発明1はもちろん,引用発明2のような,抽気通路の開度を調整する調整弁の制御を行う外部制御手段の構成でも奏し得ない顕著なものであり,当業者が予測し得ないものである。」旨主張する。
ア そこで検討するに,本件明細書(甲3)には,本件発明1の課題,作用,効果について,次の各記載がある。
[発明が解決しようとする課題]「この発明の目的は前記従来の可変容量圧縮機に存する問題点を解消して,調整弁の開閉を駆動する感圧手段の圧力設定値を外部制御手段により任意に制御することができ,これにより吸入圧力とクランク室圧力との差圧を広範囲に設定することができるとともに,例えば,車両の急加速時にクランク室圧力を速やかに上昇させ,大容量から小容量への切り替え応答性を向上することができる可変容量型圧縮機を提供することにある。」(13頁13〜18行) [作用]「例えば,車両が急加速されて圧縮機の回転数が上昇した場合に外部制御手段に備えた通路開放手段により前記感圧手段とは無関係に前記調整弁を制御して前記給気通路を開放することにより吐出室とクランク室との間を直接的に連通する状態にすれば,吐出室内の高圧ガスが該吐出室からクランク室内へダイレクトに迅速供給され,クランク室圧力と吸入圧力との差圧が速やかに増大し,大容量から小容量への容量を強制的に減少させる方向への切り替え制御が迅速に行なわれ,エンジン負荷が軽減される。」(14頁15〜21行) [発明の効果]「吸入圧力とクランク室圧力との差圧を速やかに増大させて容量を減少する方向への切り換え動作を強制的,かつ迅速に行い容量制御の応答性を向上することができる。さらに,圧縮機の容量のダウンする方向への容量切換え制御を迅速に行ないエンジン負荷を軽減することができる効果がある。」(23頁23〜26行) これらの記載によれば,本件発明1は,「車両の急加速時にクランク室圧力を速やかに上昇させ,大容量から小容量への切り替え応答性を向上する」ことを課題とし,そのような課題を解決する作用効果(すなわち,原告の主張する加速カットの効果)を有するものと解することができる。
イ しかしながら,前記のとおり,引用発明1に引用発明2を適用して本件発明1の構成とすることが,当業者にとって容易に想到し得ることである以上,上記作用効果は,当業者であれば予測可能なものにすぎないというべきである。
また,前記のとおり,甲6,8,9によれば,角度可変揺動傾斜板型の可変容量圧縮機において,吐出室とクランク室とを連通する給気通路に電磁弁を設け,該電磁弁を制御して給気通路を迅速に開放させることにより,揺動傾斜板の傾斜角を迅速に小さくし,可変容量圧縮機の容量を強制的に減少させることは,本件特許出願当時,当業者にとって周知の技術事項であったから,本件発明1の有する上記作用効果は,これらの周知の技術事項が有する作用効果と同様のものにすぎず,顕著な効果とはいうことができない。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
3 結論 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に本件審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の本件請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 青柳馨
裁判官 清水節
裁判官 沖中康人