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事件 平成 23年 (行ケ) 10103号 審決取消請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2011/11/30
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成23年11月30日判決言渡

平成23年(行ケ)第10103号 審決取消請求事件

平成23年10月24日 口頭弁論終結

判 決




原 告 ヒューレット・パッカード・カンパニー



訴訟代理人弁理士 古 谷 聡

同 溝 部 孝 彦

同 西 山 清 春



被 告 特 許 庁 長 官

指 定 代 理 人 鈴 木 秀 幹

同 小 牧 修

同 新 海 岳

同 芦 葉 松 美

主 文

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定

める。

事 実 及 び 理 由

第1 請求

特許庁が不服2009−16284号事件について平成22年11月8日にした

審決を取り消す。

1
第2 当事者間に争いのない事実

1 特許庁における手続の経緯

原告は,発明の名称を「インク容器のインク量を指定する方法および装置」とす

る発明について,平成11年3月8日に特許出願(特願平11−60367号。以

下「本願」という。パリ条約による優先権主張1998年3月9日,米国。請求項

の数1)をし,平成21年6月2日付けで拒絶査定を受けた。これに対し,原告は,

平成21年9月3日付けで,拒絶査定に対する審判の請求(不服2009−162

84号)をするとともに,明細書の特許請求の範囲について補正(請求項の数13。

以下「本件補正」という。)をした。

特許庁は,平成22年11月8日,本件補正を認めた上で,
「本件審判の請求は,

成り立たない。」との審決(以下,単に「審決」という。)をし(付加期間90日),

その謄本は,同月24日,原告に送達された。

2 特許請求の範囲の記載

本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,請

求項1に係る発明を「本願発明」という。。


「インクジェット印刷装置(10)であって,

インクの供給を受けるように構成され,制御信号に応答してインクを媒体に被着

させるためのプリンタ部(12)と,

前記プリンタ部にインクを供給し,前記プリンタ部にパラメータを提供するため

の電気記憶装置(38)を含む交換可能なインク容器(18)とを含み,前記電気記憶装置

(38)が,

複数のインク容器容量範囲から選択されたインク容器容量範囲を表すインク容器

スケールパラメータと,

前記選択されたインク容器容量範囲について特定の充填割合を表す充填割合パラ

メータとを含み,

前記プリンタ部(12)が,前記インク容器スケールパラメータにより示される前記

2
選択されたインク容器容量範囲の最大インク容器容量に,前記充填割合パラメータ

により示される前記選択されたインク容器容量範囲の前記特定の充填割合を掛け合

わせることにより,前記インク容器(18)に関連するインク量を決定する,インクジ

ェット印刷装置(10)。」

3 審決の理由

(1) 審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。

要するに,審決は,本願発明は,いずれも本願の優先日前に頒布された,特開平

9−309213号公報(以下「刊行物1」といい,刊行物1に記載された発明を

「刊行物1発明」という。,特表平4−500482号公報(以下「刊行物2」と


いい,刊行物2に記載された発明を「刊行物2発明」という。,特開平2−279


344号公報(以下「刊行物3」といい,刊行物3に記載された発明を「刊行物3

発明」という。)に記載された発明に基づき,容易に想到することができたものであ

り,特許法29条2項により,特許を受けることができない,とするものである。

(2) 審決は,上記結論を導くに当たり,刊行物1発明,同発明と本願発明との一

致点及び相違点を次のとおり認定した。

ア 刊行物1発明

「(a) インクジェットプリンタを制御するプロセッサ手段(86)と,

(b) インクジェットプリントヘッド(82)と,

(c) レセプタクル(66)であって,使い捨て可能なインクカートリッジ(60)を受け,

前記インクジェットプリントヘッド(82)に液通し,前記プロセッサ手段(86)に結合

された第1のコネクタ手段(70)を含むレセプタクル(66)と,

(d) インクを保持するインク溜め(62),前記プロセッサ手段(86)にとってアクセ

ス可能であって,少なくとも前記インク溜め(62)内のインクの使用状態を示すデー

タを記憶するメモリチップ(76)を含む使い捨て可能なインクカートリッジ(60)とを

含み,

前記メモリチップ(76)には,カートリッジから放出されるインク滴の実カウント値,

3
カートリッジのサイズ,カートリッジの使用状態の情報その他が記憶され,

前記プロセッサ手段(86)は,前記メモリチップ(76)に記憶された前記インクの使用

状態を示すデータに基づいて残量インクの計算を行う,

インクジェットプリンタ。」

イ 本願発明と刊行物1発明との一致点

「インクジェット印刷装置であって,

インクの供給を受けるように構成され,制御信号に応答してインクを媒体に被着

させるためのプリンタ部と,

前記プリンタ部にインクを供給し,前記プリンタ部にパラメータを提供するため

の電気記憶装置を含む交換可能なインク容器とを含み,

前記電気記憶装置が,インク容器容量範囲を表すインク容器スケールパラメータ

を含み,

前記プリンタ部が,前記インク容器に関連するインク量を決定する,インクジェ

ット印刷装置。」

ウ 本願発明と刊行物1発明との相違点

「本願発明は,
『電気記憶装置』が『複数のインク容器容量範囲から選択されたイ

ンク容器容量範囲を表すインク容器スケールパラメータと,前記選択されたインク

容器容量範囲について特定の充填割合を表す充填割合パラメータとを含み』,かつ,

『プリンタ部』が『前記インク容器スケールパラメータにより示される前記選択さ

れたインク容器容量範囲の最大インク容器容量に,前記充填割合パラメータにより

示される前記選択されたインク容器容量範囲の前記特定の充填割合を掛け合わせる

ことにより』インク量を決定するのに対し,

刊行物1発明は,『電気記憶装置(メモリチップ(76))』が『カートリッジから放

出されるインク滴の実カウント値,カートリッジのサイズ,カートリッジの使用状

態の情報その他』を記憶するものであって,
『複数のインク容器容量範囲から選択さ

れたインク容器容量範囲を表すインク容器スケールパラメータと,前記選択された

4
インク容器容量範囲について特定の充填割合を表す充填割合パラメータとを含み』

との特定がなく,かつ,
『プリンタ部』が『前記インク容器スケールパラメータによ

り示される前記選択されたインク容器容量範囲の最大インク容器容量に,前記充填

割合パラメータにより示される前記選択されたインク容器容量範囲の前記特定の充

填割合を掛け合わせることにより』インク量を決定するとの特定がない点。」

第3 取消事由に関する原告の主張

審決には,以下のとおり,刊行物1発明と本願発明との一致点の認定の誤り(取

消事由1),容易想到性の判断の誤り(取消事由2)があるから,取り消されるべき

である。

1 取消事由1(刊行物1発明と本願発明との一致点の認定の誤り)

(1) 審決は,刊行物1発明のメモリチップ(76)に記憶される「カートリッジのサ

イズ」は,本願発明の「インク容器容量範囲を表すインク容器スケールパラメータ」

に相当すると認定する。

しかし,審決の上記認定には,以下のとおり,誤りがある。すなわち,刊行物1

における「カートリッジのサイズ」とは,カートリッジの物理的な大きさを意味し

ている。これに対し,本願発明の「インク容器容量範囲を表すインク容器スケール

パラメータ」は,1つのインク容器に対して設定可能な複数のインク容器スケール

パラメータのうちから選択されるものであり,刊行物1に記載された「インクカー

トリッジのサイズ」に相当しない。

なお,本願明細書(甲4)の段落【0009】には,
「図1(判決注・別紙図1の

とおり)に示すインクジェット印刷装置 10 は,インク量の異なるインク容器 18 を

受容するように構成されている。これはいくつかの方法,たとえばサイズが異なり,

各サイズがそれに関連する異なる容量を有するインク容器 18 を使用することで実

現する。異なるインク容量を提供する別の技術では,同一サイズではあるが,各イ

ンク容器内のインク量が異なるインク容器 18 を使用する。」と記載されている。上

記記載は,サイズがそれぞれ異なるインク容器であっても,サイズがすべて同じで

5
あるインク容器であっても,それらのうち互いにインク量が異なる少なくとも2つ

のインク容器を,インクジェット印刷装置 10 に装着して使用できることを表した

にすぎず,サイズが異なるインク容器を使用する場合にも,各インク容器に対して

複数のインク容器容量範囲を設定できることに変わりはない。

(2) 審決は,刊行物1発明の「前記メモリチップ(76)に記憶された前記インクの

使用状態を示すデータに基づいて残量インクの計算を行う」は,本願発明の「前記

インク容器(18)に関連するインク量を決定する」に相当すると認定する。

しかし,本願発明の「前記インク容器(18)に関連するインク量を決定する」は,

インク容器の初期インク量を決定するものであり,インクの消費に伴って初期イン

ク量から減少する残量インクを計算するものではない。したがって,刊行物1発明

の「前記メモリチップ(76)に記憶された前記インクの使用状態を示すデータに基づ

いて残量インクの計算を行う」は,本願発明の「前記インク容器(18)に関連するイ

ンク量を決定する」に相当しない。

(3) 以上のとおり,刊行物1には,本願発明の「インク容器容量範囲を表すイン

ク容器スケールパラメータ」に相当する構成も,
「前記インク容器(18)に関連するイ

ンク量を決定する」構成も開示されておらず,審決の刊行物1発明と本願発明との

一致点の認定には誤りがある。

2 取消事由2(容易想到性判断の誤り)

(1) 審決は,刊行物2記載の「各インク容器の蓄液バブルの現在の充填度」及び

刊行物3に開示されている「インク室に残っているインクの相対量を示すデータで

あって,製造過程においてインクの全充填値に一致するように設定されるインクの

量に関するデータ」は,いずれも本願発明の「充填割合パラメータ」に当たると認

定する。

しかし,刊行物2記載の「各インク容器の蓄液バブルの現在の充填度」とは,蓄

液バブルに収容可能な最大のインク量に対する充填度のことである。また,刊行物

3記載の「インクの全充填値」とは,インク室に充填可能な最大のインク容量のこ

6
とである。他方,本願発明の「インク容器容量範囲」は,上記のとおり,1つのイ

ンク容器に対して複数設定可能なものであり,インク容器スケールパラメータによ


り示される前記選択されたインク容器容量範囲の最大インク容器容量」は,インク

容器ごとに複数設定可能なインク容器容量範囲のうちの最大容量であって,当該イ

ンク容器のサイズによって一意的に決まる充填可能な最大のインク容量ではない。

また,本願発明の「充填割合パラメータ」は,上記のとおり,インク容器の初期

インク量を決定するために設定されるものであって,インクの消費に伴って初期イ

ンク量から減少するインク残量を計算するために設定されるものではなく,刊行物

2記載の「各インク容器の蓄液バブルの現在の充填度」を計算するものや,刊行物

3記載の「インク室に残っているインクの相対量」を計算するものとは異なる。

なお,本願明細書(甲4)の段落【0032】に記載されている,電源が投入さ

れたときに読み取られる「充填割合パラメータ」も「インク容器(18)にインクを供

給するため」のものであることに変わりないから,電源投入時においてインクが既

に使用されていた場合でも,請求項1に記載された「インク容器容量範囲の最大イ

ンク容器容量に,前記充填割合パラメータにより示される前記選択されたインク容

器容量範囲の前記特定の充填割合を掛け合わせること」によって決定されるのは,

初期インク量であってインク残量ではない。本願発明は,インクが未使用であるか,

使用済みであるかに関係なく初期インク量を決定するのであり,この初期インク量

は,1つのインク容器に対して複数設定可能なインク容器容量範囲を表すインク容

器スケールパラメータと充填割合パラメータによって決定されるから,刊行物2記

載の上記「充填度」や刊行物3の上記「データ」とは異なる。

したがって,審決が,刊行物2記載の「各インク容器の蓄液バブルの現在の充填

度」及び刊行物3に開示されている「前記インク室に残っているインクの相対量を

示すデータであって,製造過程においてインクの全充填値に一致するように設定さ

れるインクの量に関するデータ」は,いずれも本願発明における「充填割合パラメ

ータ」に当たるとした認定には誤りがある。

7
(2) 審決は,インクカートリッジのサイズにより,インク容器容量範囲(最大イ

ンク容量)が異なること,及び,各インクカートリッジの最大インク容量に,イン

ク室に残っているインクの相対量を掛け合わせることにより,インク量が決定でき

ることは,当業者にとって自明のことであると認定する。

しかし,上記のとおり,本願発明の「最大インク容器容量」は,インク容器(イ

ンクカートリッジ)のサイズによって一意的に決まる最大インク容量ではなく,ま

た,
「充填割合パラメータ」は,インク室に残っているインクの相対量を表すもので

はない。さらに,上記のとおり,本願発明における「前記インク容器(18)に関連す

るインク量を決定する」とは,初期インク量を決定するものであって,インクの消

費に伴って初期インク量から減少する残量インクを計算するものではない。

したがって,審決が「インク容器容量範囲の最大インク容器容量に,充填パラメ

ータにより示される選択されたインク容器容量範囲の特定の充填割合を掛け合わせ

ることにより,前記インク容器に関連するインク量を決定する」ことは,当業者に

とって自明のことであるとした認定には誤りがある。

(3) 審決は,本願発明の効果は,刊行物1ないし3に記載された発明から予測し

得る程度のものであって,格別のものではないと判断する。しかし,本願発明は,

以下のとおり,刊行物1ないし3に記載された発明からは達成することができない

格別の効果を奏する。

すなわち,刊行物1ないし3記載の発明によれば,インクジェット印刷装置の製

造者は,インク容器内のインクの劣化時間を考慮した良好な印刷品質を提供するた

めに,それぞれの印刷用途に応じて多種類のサイズのインク容器を製造する必要が

ある。他方,本願発明によれば,より少ない種類のサイズのインク容器で複数の初

期インク量を提供することができ,多様な印刷用途に対し,インクの貯蔵寿命の徒

過を可及的に回避することができる。本願発明によれば,インクジェット印刷装置

のインク容器の製造者は,インク容器の金型数を減らして,製造及び設計コストの

低減を図ることができ,ユーザは,用途ごとに適合するサイズが異なるインク容器

8
を取扱うことに伴う煩雑さが軽減され,特定の用途に適合したインク容量のインク

容器をより低コストで入手することが可能になる。

また,本願発明によれば,より少ない種類のサイズのインク容器でもって,多様

な印刷用途について正確な初期インク量を提供することができ,大量のインクを収

納することが可能となる一方で,より小さいインク容量範囲を用いた場合にも分解

能を上げることができる。

(4) 上記のとおり,本願発明は,「複数のインク容器容量範囲から選択された容

器容量範囲を表すインク容器スケールパラメータ」により示される「最大インク容

器容量」と「充填割合パラメータ」を用いて初期インク量を決定するところ,同じ

サイズのインク容器に対して個別に「最大インク容器容量」を設定することが可能

であり,これにより,@インクの単位時間当たりの消費量や印刷頻度が異なる多様

な印刷用途に対して,インクの貯蔵寿命の徒過を可及的に回避しうる最適な初期イ

ンク量を,インク容器のサイズの種類を少なくしつつ提供することができる,A多

様な印刷用途に対し,より少数の種類のサイズのインク容器でもって,正確な初期

インク量を提供できる,との格別の効果を奏するものである。

したがって,本願発明は,刊行物1ないし3に記載された発明とは,構成,効果

が異なり,上記発明に基づいて容易に想到できたとはいえない。

第4 被告の反論

1 取消事由1(刊行物1発明と本願発明との一致点の認定の誤り)に対し

(1) 原告は,本願発明の「複数のインク容器容量範囲から選択されたインク容器

容量範囲」は,1つのインク容器に対して設定可能な複数のインク容器容量範囲の

うちから選択されると主張する。

しかし,本願発明のインク容器は,
「サイズが異なり,各サイズがそれに関連する

異なる容量を有するインク容器(18)」と,
「同一サイズではあるが,各インク容器内

のインク量が異なるインク容器(18)」の双方が使用可能である。他方,刊行物1発

明の「カートリッジのサイズ」も,種々のインク容量の中から1つのインク容量の

9
サイズを決定し,
「インク溜め(62)内のインクの使用状態を示すデータを記憶するメ

モリチップ(76)」にデータとして記憶したものであり,
「複数のインク容器容量範囲

から選択された」ものに当たる。したがって,原告の上記主張は失当である。

(2) 原告は,本願発明の「前記インク容器(18)に関連するインク量を決定する」

は,インク容器の初期インク量を決定するものであり,インクの消費に伴って初期

インク量から減少する残量インクを計算するものではないと主張する。

しかし,本願発明においては,印刷装置に電源を投入した場合も,印刷装置にイ

ンク容器(18)を新たに取り付けた場合も,インク容器スケールパラメータ及び充填

割合パラメータがインク容器の電気記憶装置(38)から提供されてインク容器(18)に

関連するインク量が決定されるが,印刷装置に電源を投入した時点で印刷装置に取

り付けられているインク容器(18)は,既に使用中のインク容器である場合もあれば,

未使用のインク容器である場合もある。そうすると,インク残量を決定することも,

初期インク量を決定することも,ともに本願発明の「インク容器(18)に関連するイ

ンク量を決定する」に含まれる。したがって,原告の上記主張は失当である。

(3) 以上のとおり,審決の刊行物1発明と本願発明との一致点の認定には誤りは

ない。

2 取消事由2(容易想到性判断の誤り)に対し

(1) 原告は,本願発明の「充填割合パラメータ」は,インク容器の初期インク量

を決定するために設定されるものであって,インクの消費に伴って初期インク量か

ら減少するインク残量を計算するために設定されるものではないから,刊行物2記

載の「各インク容器の蓄液バブルの現在の充填度」を計算するものや,刊行物3記

載の「インク室に残っているインクの相対量」を計算するものとは異なる,と主張

する。

しかし,本願発明の「インク容器容量範囲について特定の充填割合を表す充填割

合パラメータ」とは,インク容器に充填されているインクの量を,そのインク容器

に充填するインクの量として決められている「インク容器容量範囲」の最大値のイ

10
ンク量に対する特定の割合で表すためのパラメータであって,初期インク量を表す

ためだけに限って用いられるものではない。

仮に,本願発明の「最大インク容器容量」に対する「充填割合パラメータ」が,

初期インク量に関するパラメータを表すものであるとしても,刊行物2記載の「各

インク容器の蓄液バブルの現在の充填度」も,刊行物3記載の「インク室に残って

いるインクの相対量を示すデータであって,製造過程においてインクの全充填値に

一致するように設定されるインクの量に関するデータ」 インク未使用時の値は,
も,

初期インク量に関するパラメータに相当するものであって,この値を印刷装置に受

け渡すことになるから,本願発明と相違はない。

(2) 原告は,本願発明が奏する効果として,@インクの単位時間当たりの消費量

や印刷頻度が異なる多様な印刷用途に対して,インクの貯蔵寿命の徒過を可及的に

回避しうる最適な初期インク量を,インク容器のサイズの種類を少なくしつつ提供

することができる,Aより少ない種類のサイズのインク容器でもって,多様な印刷

用途について正確な初期インク量を提供できる,と主張する。

しかし,本願明細書には,発明の効果として,
「ユーザの介入なしにプリンタとイ

ンク容器の間でインク容器のサイズ情報を,非常に信頼でき効率的な方法で転送す

ることが可能となる。」と記載されている。これに対し,刊行物1発明は,インクジ

ェットプリンタが含むプロセッサ手段(86)が,インクの使用状態を示すデータに基

づいて残量インクの計算を行うものであり,インクの使用状態を示すデータは使い

捨て可能なインクカートリッジ(60)に含まれているメモリチップ(76)に記録された

データであって,メモリチップ(76)に記録されたデータとして,カートリッジのサ

イズが含まれているから,ユーザの介入なしにインクジェットプリンタのプロセッ

サ手段とインクカートリッジのメモリチップとの間でインクカートリッジのサイズ

情報を,非常に信頼できる効率的な方法で転送することが可能となる。

また,原告が本願発明の効果と主張する上記@,Aは,同一サイズではあるが,

各インク容器内のインク量が異なるインク容器(18)を使用するとの方法を採用した

11
場合にのみ奏する効果であるところ,上記のとおり,本願発明は,インクジェット

印刷装置がインク量の異なるインク容器(18)を受容する構成について,上記方法の

みを採用したとの限定がされていない。

したがって,本願発明の効果に関する原告の上記主張は失当である。

(3) 上記のとおり,本願発明は,刊行物1ないし3記載の発明に基づき,容易に

想到できたものであるから,審決の判断に誤りはない。

第5 当裁判所の判断

1 取消事由1(刊行物1発明と本願発明との一致点の認定の誤り)について

(1) 原告は,@本願発明の「複数のインク容器容量範囲から選択されたインク容

器容量範囲」は,1つのインク容器に対して設定可能な複数のインク容器容量範囲

のうちから選択されるものである,A本願発明の「充填割合パラメータ」は,イン

ク容器に供給されるインク量すなわち初期インク量を決定するために用いられるパ

ラメータであり,本願発明の「前記インク容器(18)に関連するインク量を決定する」

とは,インク容器の初期インク量を決定することであって,インクの消費に伴って

初期インク量から減少する残量インクを計算することではないとして,審決の刊行

物1発明と本願発明との一致点の認定には誤りがあると主張する。しかし,原告の

上記主張は,以下のとおり,採用することができない。

(2) 認定事実

ア 本願明細書等の記載

(ア) 本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載(甲5)は,上記第2の2記

載のとおりである。すなわち,
「インクジェット印刷装置(10)であって,インクの供

給を受けるように構成され,制御信号に応答してインクを媒体に被着させるための

プリンタ部(12)と,前記プリンタ部にインクを供給し,前記プリンタ部にパラメー

タを提供するための電気記憶装置(38)を含む交換可能なインク容器(18)とを含み,

前記電気記憶装置(38)が,複数のインク容器容量範囲から選択されたインク容器容

量範囲を表すインク容器スケールパラメータと,前記選択されたインク容器容量範

12
囲について特定の充填割合を表す充填割合パラメータとを含み,前記プリンタ部

(12)が,前記インク容器スケールパラメータにより示される前記選択されたインク

容器容量範囲の最大インク容器容量に,前記充填割合パラメータにより示される前

記選択されたインク容器容量範囲の前記特定の充填割合を掛け合わせることにより,

前記インク容器(18)に関連するインク量を決定する,インクジェット印刷装置

(10)。」というものである。

(イ) 本願明細書(甲4)の発明の詳細な説明には,以下の記載がある。

「【0009】図1(判決注・別紙図1のとおり)に示すインクジェット印刷装置

10は,インク量の異なるインク容器 18 を受容するように構成されている。これ

はいくつかの方法,たとえばサイズが異なり,各サイズがそれに関連する異なる容

量を有するインク容器 18 を使用することで実現する。異なるインク容量を提供す

る別の技術では,同一サイズではあるが,各インク容器内のインク量が異なるイン

ク容器 18 を使用する。」

「【0025】本発明の技術により,交換可能な消耗品 14 とコントローラ 26 の

間でインク量情報を効率よくかつ信頼できる方法で受け渡すことができる。交換

能な消耗品 14 とコントローラ 26 の間では,非常に正確なインク量情報を受け渡す

ことが望ましい場合が多い。たとえば,交換可能な消耗品 14 がインク容器 18 であ

る場合,インク容器 18 を印刷装置 10 に初めに挿入したときに,インク供給体 28

に関連するインク量情報をコントローラ 26 に正確に流すことが必要である。印刷

装置 10 はこの情報を用い,インクの用途に応じてインク供給体 28 におけるインク

残量を計算する。したがって,非常に正確なインク量情報をインク供給体 28 と関

連づけ,さらにこの情報をコントローラ 26 に正確に提供することが重要である。

コントローラ 26 は,インク切れの状態を判断する基準としてこのインク量情報を

利用する。このインク切れ状態を正確に判断し,プリンタがインク切れの状態で動

作しないようにすることは重要である。インク切れの状態でプリンタが動作してし

まうと,信頼性の問題が発生することとなり,長びけば致命的な故障を引き起こし

13
かねない。」

「【0028】図4(判決注・別紙図2のとおり)は,電気記憶装置 38 にインク

量情報を格納する本発明の技術を示している。ステップ 56 で表されるように,イ

ンク容器 18 と関連するインク量について,インクスケールパラメータをまず決定

する。インクスケールパラメータは,あるインク容器容量範囲を,複数のインク容

器容量範囲から識別する。たとえば好適な実施態様では,インク容器ごとに,表1

に示す容量範囲が用いられる。インク容器スケールパラメータは,2ビットの二進

値であって,これを利用して4つのインク容器容量範囲をそれぞれ一意的に識別す

る。たとえば2ビット二進値 00 は,インク容器容量範囲が 0〜255.75 立方センチ

メートル(cc)であることを示している。同様に,インク容器スケールパラメータ値

が二進数 11 に等しい場合,インク容器容量範囲は 0〜2046 立方センチメートルで

あることが示される。

【0029】

【表1】
インク容器スケールパラメータ インク容器容量範囲(cc) 10ビット充填割合パラメータ分解能(cc)

00 0.00〜255.75 0.25

01 0.00〜511.50 0.50

10 0.00〜1023 1.0

11 0.00〜2046 2.0

【0030】次に,ステップ 58 で表されるように,インク容器 18 にインクを供

給するために充填割合パラメータを決定する。充填割合パラメータは,インク容器

18 と関連するインク量を表す,選択されたインク容器容量範囲の割合を示す。好適

実施態様では,充填割合パラメータは10ビットの二進値である。この10ビッ

ト二進値は,210 すなわち 1,024 までの別個の値を一意に識別することができる。

そしてインク容器 18 と関連するインク量分解能は,インク容器容量範囲に応じて

変化する。たとえばこの分解能は,インク容器容量範囲中の最大インク容器容量を
14
個々の充填割合パラメータ値の数で割った値で表される。たとえば,表1に示され

るインク容器容量範囲 0〜255.75 において,インク容量分解能は,表1に示すよう

に,255.75 割る 1,024 すなわち約 0.25 立方センチメートルに等しい,したがって,

選択されたインクスケールパラメータ値が 00 に等しい場合,充填割合パラメータ

がインク容器容量を指定することができる精度は 0.25 立方センチメートルである。

インク容器スケールパラメータ値がきわめて大きなインク容器容量範囲(0〜

2,046)を表す二進数 11 である場合,充填割合パラメータの分解能は 2.0 立方セン

チメートルになる。ステップ 60 で表されるように,インクスケールパラメータお

よび充填割合パラメータは,次にインク容器 18 と関連する電気記憶装置 38 に格納

される。

【0031】図5(判決注・別紙図3のとおり)には,印刷装置 10 への挿入に

先立ってサイズが特定されていないインク容器の電気記憶装置 38 の内容を読み取

る方法を示している。すでに説明したように,印刷装置 10 では,インク容器の容

量が異なるインク容器 18 を受け入れることが可能である。本発明の技術によって,

インク容器 18 に関連する特定のインク量を,電気記憶装置 38 の最小資源を使用し

て正確に指定することができる。

【0032】動作中,ステップ 62 で表すように印刷装置に電源を投入すると,

あるいはステップ 64 で表すようにインク容器 18 を新たに取り付けると,ステップ

66 およびステップ 68 で表されるメモリ読み取り要求をコントローラ 26 が開始す

る。この読み取り要求は,インク容器スケールパラメータおよび充填割合パラメー

タをコントローラ 26 に提供するよう電気記憶装置 38 に指示する。この情報をコン

トローラ 26 が解釈して,ステップ 70 に表されるようにインク容器 18 に関連する

インク量を決定する。ステップ 72 に表されるように,次に印刷装置 10 は,ホスト

からの印刷コマンドを受け入れる準備ができる。

【0033】本発明の技術により,大量のインクを収納するのを可能にする一方

で,より小さいインク容量範囲を用いた場合にも分解能を上げることができる。た

15
とえば,インク容器スケールパラメータと充填割合パラメータを組み合わせて,イ

ンク容器 18 と関連するインク量を表す12ビットの二進数1個にすると,インク

量を指定するために212 個の一意値,すなわち 4,096 個の一意値が得られる。この

システムが収納しなければならない最大インク量,すなわち 2,046(cc)を一意値の数

すなわち 4,096 で割ると, 0.5 立方センチメートルのインク量分解能が得られる。


これに対して,本発明の技術では,容量範囲の小さいインク容器で分解能 0.25 が得

られ,これにより,容量範囲の小さいインク容器で分解能を2倍に高めることがで

きる。このように,追加情報,すなわち合計 12 ビットの情報を必要とせずに,容

量範囲の小さいインク容器で分解能を高めることができる。」

「【0049】

【発明の効果】本発明により,ユーザの介入なしにプリンタとインク容器の間で

インク容器のサイズ情報を,非常に信頼でき効率的な方法で転送することが可能と

なる。」

イ 刊行物1の記載

刊行物1(甲1)には,以下の記載がある。

「【0030】本発明の重要な特徴は,インクカートリッジ 60 がインクジェット

プリンタにおいて最も頻繁に交換されるユニットであるという点にある。したがっ

て,プリンタに対する設計変更の結果パラメータの変更あるいはアルゴリズムの修

正が必要になった場合,インクカートリッジ 60 の製造後に修正されたパラメータ

をメモリチップ 76 に入れることができる。その後ユーザがカートリッジ 60 を購入

しインクジェットプリンタに入れると,変更されたパラメータのすべてが自動的に

マイクロプロセッサ 86 によって利用可能になり,修正されたプリンタドライバを

特別の方法で配付することなくそのインクジェットプリンタの動作を更新すること

ができる。その結果,交換用のインクジェットカートリッジ 60 を購入するだけで,

すべての設置済みのインクジェットプリンタが短時間で最新のパラメータおよびア

ルゴリズムのセットに更新される。

16
【0031】メモリチップ 76 に記憶されるパラメータデータには,カートリッ

ジから放出されるインク滴の実カウント値,インク入れの日付コード,インクカー

トリッジの最初の挿入日付コード,システム係数,インクのタイプ/色,カートリ

ッジのサイズ,印刷モード,温度データおよび加熱抵抗器のパラメータ,カートリ

ッジの製造後年数,プリントヘッドのインク滴カウント値,ポンピングアルゴリズ

ム,プリンタのシリアルナンバー,カートリッジの使用状態の情報その他がある。

【0032】かかるデータによってマイクロプロセッサ 86 はインクジェットプ

リンタ内の多数の制御機能を実行することができる。たとえば,マイクロプロセッ

サ 86 はカートリッジ 60 内のインク残量の概算を計算し,この概算値をあらかじめ

記録された供給しきい値と比較する。インクが全容量の 25%未満である場合,ユー

ザーにこれを知らせるメッセージが示される。さらに,この残った 25%のインクの

かなりの部分が消費されると,マイクロプロセッサ 86 はインクジェットプリンタ

を動作停止とすることができ(またさらにユーザーがこの停止を無効にすることが

でき),同時にかかる無効化をメモリチップ 76 に記録する。」

「【0039】印刷の進行につれて,マイクロプロセッサ 86 はインク滴量係数,

インク滴カウント値,および温度測定値を用いてインク使用量を見積もる。メモリ

チップ 76 内のインク使用量は周期的に更新され(108),インク入れが過少になった

ことがわかると(判断 110)ユーザーに警告メッセージが示される。あるいは印刷

ジョブがその後停止される(これはユーザーによって無効化されることがある)

(112)。印刷ジョブが完了すると(判断 114),インクジェットプリンタの次の動作

に備えて修正されたパラメータがメモリチップ 76 に書き込まれる(116)」


(3) 判断

ア 原告は,本願発明の「インク容器容量範囲」は,1つのインク容器に対して

設定可能な複数のインク容器容量範囲のうちから選択されるものであり,審決が,

刊行物1発明のメモリチップ(76)に記憶される「カートリッジのサイズ」は,本願

発明の「インク容器容量範囲を表すインク容器スケールパラメータ」に相当すると

17
認定したことには誤りがある,と主張する。

しかし,本願明細書(甲4)の段落【0009】【0031】によれば,本願発


明の「インク容器」には,@サイズが異なり,各サイズがそれに関連する異なる容

量を有するインク容器を使用する構成と,A同一サイズではあるが,各インク容器

内のインク量が異なるインク容器を使用する構成が含まれているものと解される。

他方,刊行物1(甲1)の上記記載によれば,刊行物1には,インクカートリッジ

内のインク容量について,インクカートリッジのサイズには種類があり,インクカ

ートリッジを交換するとサイズなどの情報が更新されて,インクカートリッジから

放出されるインク滴の実カウント値に基づいて残留インク量が計算されることが開

示されている。そうすると,刊行物1には,本願発明における「サイズが異なり,

各サイズがそれに関連する異なる容量を有するインク容器」を使用して「インク容

器容量範囲」を表す構成が開示されているといえる。

これに対し,原告は,分解能を高めるためには,1つのインク容器に対して,少

なくとも2つのインク容器容量範囲のうちから1つのインク容器容量範囲を選択し

て設定できることが必要であるとして,本願発明の「複数のインク容器容量範囲か

ら選択されたインク容器容量範囲」が,1つのインク容器に対して設定可能な複数

のインク容器容量範囲のうちから選択されるものに限られる,と主張する。しかし,

本願発明の特許請求の範囲の請求項1の記載から,上記限定がされていると解する

ことはできない。また,本願明細書における「分解能」とは,インク量を充填割合

パラメータで除したもの(本願明細書の段落【0029】【0030】【0033】
, ,

参照)であるから,充填割合パラメータが一定であれば,インク量の多寡により「分

解能」が増減することは当然であって,これをもって本願発明の「複数のインク容

器容量範囲から選択されたインク容器容量範囲」が,1つのインク容器に対して設

定可能な複数のインク容器容量範囲のうちから選択されるものに限定されると解す

ることもできない。

したがって,原告の上記主張は採用することができず,審決が,刊行物1の「カ

18
ートリッジのサイズ」は,本願発明の「インク容器容量範囲を表すインク容器スケ

ールパラメータ」に相当するとした点に誤りはない。

イ 原告は,本願発明の「充填割合パラメータ」は,インク容器に供給されるイ

ンク量すなわち初期インク量を決定するために用いられるパラメータであり,本願

発明の「前記インク容器(18)に関連するインク量を決定する」とは,インク容器の

初期インク量を決定することであり,インクの消費に伴って初期インク量から減少

する残量インクを計算することではないから,審決が,刊行物1発明の「前記メモ

リチップ(76)に記憶された前記インクの使用状態を示すデータに基づいて残量イン

クの計算を行う」は,本願発明の「前記インク容器(18)に関連するインク量を決定

する」に相当すると認定したことには誤りがある,と主張する。

しかし,本願明細書(甲4)の段落【0032】によれば,本願発明において,

印刷装置に電源を投入した時点,又は,印刷装置にインク容器 18 を新たに取り付

けた時点で,印刷装置に取り付けられているインク容器 18 のインク量は,印刷装

置に取り付けられているインク容器 18 が未使用のインク容器である場合には初期

インク量であり,使用中のインク容器である場合にはインク残量であるといえる。

そうすると,本願発明において,初期インク量を決定することも,インク残量を決

定することも共に「インク容器(18)に関連するインク量を決定する」に含まれると

解される。

これに対し,原告は,本願明細書(甲4)の段落【0032】に記載されている,

電源が投入されたときに読み取られる「充填割合パラメータ」もインク容器 18 に

インクを供給するためのものであることに変わりはないから,電源投入時において

インクが既に使用されていた場合でも,本願発明の特許請求の範囲の請求項1に記

載された「インク容器容量範囲の最大インク容器容量に,前記充填割合パラメータ

により示される前記選択されたインク容器容量範囲の前記特定の充填割合を掛け合

わせること」によって決定されるのは,初期インク量であってインク残量ではない,

と主張する。

19
しかし,本願明細書(甲4)の段落【0025】によれば,本願発明において,

印刷装置 10 は,交換可能な消耗品 14 とコントローラ 26 との間で受け渡されるイ

ンク量情報を使用して,インク供給体 28 におけるインク残量を計算するものと理

解することができ,本願発明の特許請求の範囲の請求項1に記載された「インク容

器容量範囲の最大インク容器容量に,前記充填割合パラメータにより示される前記

選択されたインク容器容量範囲の前記特定の充填割合を掛け合わせること」によっ

て決定されるものが初期インク量に限られるとする原告の上記主張は失当である。

さらに,原告は,本願明細書(甲4)の段落【0030】の「インク容器 18 に

インクを供給するために充填割合パラメータを決定する。」との記載から,「充填割

合パラメータ」は,インク容器に供給されるインク量すなわち初期インク量を決定

するために用いられるパラメータであると主張する。しかし,本願明細書(甲4)

の段落【0030】の記載は,インク量情報を格納する事項に関するものであって

(本願明細書の段落【0028】,図4(別紙図2のとおり)参照。,上記「インク


容器 18 にインクを供給する」との記載をもって,
「充填割合パラメータ」は初期イ

ンク量のみを決定するものと解することはできない。

(4) 小括

以上のとおり,原告の主張は採用することができず,審決の刊行物1発明と本願

発明との一致点の認定には誤りはない。

2 取消事由2(容易想到性判断の誤り)について

(1) 原告は,本願発明の「インク容器スケールパラメータにより示される前記選

択されたインク容器容量範囲の最大のインク容器容量」とは,インク容器ごとに複

数設定可能なインク容器容量範囲のうちの最大容量であるから,当該インク容器の

サイズによって一意的に決まる充填可能な最大のインク容量である,刊行物2記載

の「各インク容器の蓄液バブルの現在の充填度」や刊行物3記載の「インクの全充

填値」とは異なると主張する。

しかし,上記1(3)アのとおり,本願発明の「インク容器」 @サイズが異なり,
は,

20
各サイズがそれに関連する異なる容量を有するインク容器を使用する構成と,A同

一サイズではあるが,各インク容器内のインク量が異なるインク容器を使用する構

成が含まれると解され,本願発明の「複数のインク容器容量範囲から選択されたイ

ンク容器容量範囲」が,1つのインク容器に対して設定可能な複数のインク容器容

量範囲のうちから選択されるものに限定されると解することはできない。これに対

し,原告の上記主張は,本願発明の「複数のインク容器容量範囲から選択されたイ

ンク容器容量範囲」が,1つのインク容器に対して設定可能な複数のインク容器容

量範囲のうちから選択されるものに限定されることを前提とする主張であって,採

用することができない。

また,原告は,本願発明の「充填割合パラメータ」は,インク容器の初期インク

量を決定するために設定されるものであって,インクの消費に伴って初期インク量

から減少するインク残量を計算するために設定されるものではないから,刊行物2

記載の「各インク容器の蓄液バブルの現在の充填度」を計算するものや,刊行物3

記載の「インク室に残っているインクの相対量」を計算するものとは異なると主張

する。

しかし,上記1(3)イのとおり,本願発明においては,初期インク量を決定するこ

とも,インク残量を決定することも共に「インク容器 18 に関連するインク量を決

定する」ことに含まれると解される。これに対し,原告の上記主張は,本願発明の

「充填割合パラメータ」は,インク容器の初期インク量を決定するためにのみ設定

されるものであって,インクの消費に伴って初期インク量から減少するインク残量

を計算するために設定されるものではないことを前提とするものであって,採用す

ることができない。

(2) 原告は,本願発明は,@インクの単位時間当たりの消費量や印刷頻度が異な

る多様な印刷用途に対して,インクの貯蔵寿命の徒過を可及的に回避しうる最適な

初期インク量を,インク容器のサイズの種類を少なくしつつ提供することができる,

Aインク容器のサイズの種類を,多様な印刷用途に応じて異なる初期インク量の数

21
と同じだけ準備するのではなく,より少数の種類のサイズのインク容器でもって,

多様な印刷用途について正確な初期インク量を提供することができるところ,審決

はこれら格別の効果を看過していると主張する。

この点,原告が主張する上記@,Aの効果は,本願発明の「複数のインク容器容

量範囲から選択されたインク容器容量範囲」が,同一サイズではあるが,各インク

容器内のインク量が異なるインク容器を使用する構成の場合に奏する効果であると

ころ,上記のとおり,本願発明の「インク容器」はこれに限られないから,原告の

上記主張は失当である。

(3) 以上のとおり,審決には,刊行物1発明と本願発明との相違点に係る刊行物

2及び3に関する認定,本願発明が奏する効果についての認定に誤りはなく,本願

発明の容易想到性の判断にも誤りはない。

3 結論

以上のとおり,原告の主張する取消事由には理由がなく,他に本件審決にはこれ

を取り消すべき違法は認められない。その他,原告は,縷々主張するが,いずれも,

理由がない。よって,主文のとおり判決する。



知的財産高等裁判所第3部




裁判長裁判官
飯 村 敏 明




裁判官
八 木 貴 美 子

22
裁判官
知 野 明




23
(別紙)



図1〔本願の願書に添付された図1〕




図2〔本願の願書に添付された図4〕




24
図3〔本願の願書に添付された図5〕




25