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事件 平成 22年 (ワ) 2863号 特許を受ける権利の確認等請求事件
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裁判所 東京地方裁判所 
判決言渡日 2011/10/28
判例全文
判例全文
平成23年10月28日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官

平成22年(ワ)第2863号 特許を受ける権利の確認等請求事件

口頭弁論終結日 平成23年7月19日

判 決

神奈川県相模原市<以下略>

原 告 権 田 金 属 工 業 株 式 会 社

同 訴 訟 代 理 人 弁 護 士 高 芝 利 仁

同 補 佐 人 弁 理 士 松 山 允 之

東京都港区<以下略>

被 告 IHIメタルテック株式会社

東京都江東区<以下略>

被 告 株 式 会 社 I H I

上記 2 名訴訟代理人弁護 士 牧 野 知 彦

同訴訟復代理人弁護士 玉 城 光 博

茨城県常陸大宮市<以下略>

被 告 大 野 ロ ー ル 株 式 会 社

同 訴 訟 代 理 人 弁 護 士 渡 邊 昭

笠 巻 孝 嗣

川 田 篤

主 文

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

事 実 及 び 理 由

第1 請求

1 原告と被告IHIメタルテック株式会社(以下「被告IHIメタルテック」

という。)及び被告株式会社IHI(以下「被告IHI」といい,被告IHI


1
メタルテックと併せて「被告IHIら」という。)との間において,原告が,

別紙出願目録1記載の出願中の請求項1に係る発明及び別紙出願目録2記載の

出願中の請求項1,3に係る発明について,特許を受ける権利を有することを

確認する。

2 原告と被告大野ロール株式会社(以下「被告大野ロール」といい,被告IH

Iらと併せて「被告ら」という。)との間において,被告大野ロールに,別紙

出願目録1記載の出願中の請求項1に係る発明及び別紙出願目録2記載の出願

中の請求項1,3に係る発明を使用ないし利用したマグネシウム薄板圧延設備

を製造,販売,頒布してはならない義務があることを確認する。

第2 事案の概要

1 本件は,原告が,@被告IHIらの出願に係る別紙出願目録記載1の特許出

願(以下「本件出願1」という。)のうち請求項1に係る発明(以下「本件発

明1−1」という。)及び別紙出願目録記載2の特許出願(以下「本件出願2」

といい,本件出願1と併せて「本件各出願」という。)のうち請求項1,3に

係る発明(以下,それぞれ「本件発明2−1」,「本件発明2−3」といい,

「本件発明1−1」と併せて「本件各発明」という。)は,いずれも原告が発

明したものであると主張して,被告IHIらとの間において,本件各発明につ

いて,原告が特許を受ける権利を有することの確認を求める(以下「本件訴え

1」という。)とともに,A被告IHIらが本件各出願をした過程において,

被告大野ロールに原告 被告大野ロール間で交わされた後記2(2)の秘密保守契


約(以下「本件秘密保守契約」という。)及び同(4)の知的所有権契約(以下「本

件知的所有権契約」といい,本件秘密保守契約と併せて「本件秘密保守契約等」

という。)に違反する行為があったと主張して,被告大野ロールとの間におい

て,被告大野ロールに,本件各発明を使用ないし利用したマグネシウム薄板圧

延設備を製造,販売,頒布してはならない義務(以下「本件不作為義務」とい

う。)があることの確認を求める(以下「本件訴え2」という。)事案である。


2
2 前提事実(証拠等を掲げたもののほかは,当事者間に争いがない。)

(1) 当事者

ア 原告は,銅及び黄銅の棒線板その他特殊合金材料の製造販売等を業とす

る株式会社であり,被告大野ロールと本件秘密保守契約等を締結した上で,

同被告に対しマグネシウム合金薄板製造装置(鋳造設備及び圧延設備から

成る。以下「本件装置」という。)の製作を発注した。

イ 被告IHIメタルテックは,鉄,非鉄金属の製造加工設備等の製造販売

等を,被告IHIは,船舶,艦艇等の設計,製造等を業とする株式会社で

あり,本件各出願を共同でした。

ウ 被告大野ロールは,圧延機の製造及び販売等を業とする株式会社であり,

原告と本件秘密保守契約等を締結した上で,原告から本件装置の製作を請

け負った。

(弁論の全趣旨)

(2) 本件秘密保守契約の締結

原告と被告大野ロールは,平成16年4月1日,「秘密保守契約書」(甲

1)を作成し,以下の内容(要旨を抜粋。なお,表記は一般的な表記法に準

拠したほかは,原則として契約書〔甲1〕の記載に従い,当事者の表示は本

判決のものに置き換えた。)の契約を締結した。

第1条(秘密事項)

本契約において,秘密事項とは,仕様書,図面,見本,その他の書類に

記載され,若しくは電磁的または光学的に記録された原告及び原告の客先

の技術上その他業務上の一切の知識及び情報で,原告が被告大野ロールに

開示した時点において,原告が秘密として取り扱っているものをいう。た

だし,次の各号の一つに該当するものを除く。

(1) 被告大野ロールが原告より開示を受けた時点において既に公知となっ

ているもの。


3
(2) 被告大野ロールが原告より開示を受けた後に被告大野ロールの故意又

は過失によらず公知となったことを同被告が証明できるもの。

(3) 被告大野ロールが原告より開示を受ける前に被告大野ロールが自ら知

得し,又は正当な権利を有する第三者より正当な手段により入手してい

たことを同被告が証明できるもの。

第2条(使用目的)

被告大野ロールは秘密事項を基本契約に基づく委託ないし請負業務の目

的のためにのみ使用し,その他の目的に使用してはならない。

第3条(秘密保守義務)

@ 被告大野ロールは秘密事項を厳に秘匿し,原告の書面による承諾なく,

これを第三者に開示若しくは漏洩してはならない。

A〜C (省略)

D 被告大野ロールは知り得た原告の秘密事項の全てについて,本契約の

終了後5年間は一切他に漏らさないものとする。

(甲1,弁論の全趣旨)

(3) 本 件 仕 様 書 の 交 付

ア 原告は,平成16年4月ころ,被告大野ロールほか2社に対し,非

鉄合金薄板圧延ラインの見積仕様を示す非鉄合金薄板圧延設備見積仕

様書(甲2。以下「本件仕様書」といい,本件仕様書に記載された圧

延設備を「本件圧延設備」という。)を交付した。

イ 本件仕様書には,次の技術が記載されていた(以下,同技術を「本

件 圧 延 技 術 」と い い ,個 々 の 技 術 を 特 定 す る と き は ,そ れ ぞ れ A 1 〜 A

6,B1〜B8の符号で表記する。)。

(ア) 圧 延 仕 様

(A1)非鉄金属の圧延

(A2)コイルtoコイル圧延


4
(A3)リバース圧延

(A4)テンション圧延

(A5)各パス後端の尻抜け圧延

(A6)恒温圧延(350℃)及び冷間圧延(常温)

(イ) 設 備 構 成

(B1)ヒータ炉 本件仕様書の図1の@

(B2)コイラー 本件仕様書の図1のA

(B3)張力装置 本件仕様書の図1のB

(B4)圧延機 本件仕様書の図1のC

(B5)レベラー 本件仕様書の図1のD

(B6)シャー 本件仕様書の図1のE

(B7)トリミング装置 本件仕様書の図1のF

(B8)巻き直しコイラー 本件仕様書の図1のG

本 件 圧 延 設 備 は ,コ イ ラ ー A が ヒ ー タ 炉 @ 内 に 配 置 さ れ て お り ,コ

イラーAから引き出される非鉄合金薄板は, 力装置Bによって張力


を 最 適 化 さ れ る 。張 力 装 置 B の 下 流 に は ,圧 延 機 C が 配 置 さ れ ,圧 延

機 C の 下 流 に ,張 力 装 置 と コ イ ラ ー( 第 2 の コ イ ラ ー )及 び ヒ ー タ 炉

( 第 2 の ヒ ー タ 炉 )が 上 記 B ,A ,@ と対 称 に 配 置 さ れ て い る( 以 上

に つ き ,本 件 仕 様 書 の 図 1( 下 記 の と お り )の 橙 色 部 分 。以 下 ,特 に

同部分についての技術を特定するときは 本件圧延技術1」 いう。。
「 と )

また, 2のヒータ炉から下流に向かって非鉄合金薄板が繰り出さ


れるようになっており, 2のヒータ炉の更に下流には, ベラーD,
第 レ

シ ャ ー E ,ト リ ミ ン グ 装 置 F ,及 び 圧 延 さ れ た 非 鉄 合 金 薄 板 が 巻 き 取

られる巻き直しコイラーGが配置される構造になっている 以上につ


き ,本 件 仕 様 書 の 図 1 の 水 色 部 分 。以 下 ,特 に 同 部 分 に つ い て の 技 術

を特定するときは「本件圧延技術2」という。)。


5


〔本件仕様書の図1〕




(甲2,弁論の全趣旨)

(4) 本 件 知 的 所 有 権 契 約 の 締 結

原告と被告大野ロールは,平成17年4月28日,「知的所有権に関

す る 契 約 書 」 ( 甲 5 ) を 作 成 し , 以 下 の 内 容 (要旨を抜粋。なお,表記は

一般的な表記法に準拠したほかは,原則として契約書〔甲5〕の記載に従い,

当事者の表示は本判決のものに置き換えた。)の 契 約 を 締 結 し た 。

第1条(知的所有権)

本契約において,知的所有権とは,原告が被告大野ロールに発注す

る ,新 素 材 の 生 産 の た め の マ グ ネ シ ウ ム 合 金 薄 板 製 造 装 置( 鋳 造・圧 延

及 び こ れ に 関 連 す る 周 辺 装 置 ,付 帯 装 置 )製 作 に つ い て ,原告 の 提 示 し

た条件を正確に実現するプロセスに関する発明考案をいう。

第2条(特許の出願及び権利)

第1条において発明考案された特許の出願は原告が行うものとし,

出願により生じた権利は原告に帰属するものとする。

(甲5,弁論の全趣旨)

(5) 本 件 装 置 の 発 注

原告は,被告大野ロールほか2社から見積書の提出を受けて,平成1

7年10月12日に本件装置のうち鋳造設備を,同月31日に同圧延設


6
備を,それぞれ被告大野ロールに発注した。(甲26の1,2,甲27

の1,2)

(6) 本 件 各 出 願

被告IHIらは,被告大野ロールから本件各発明の提案を受けて,平

成19年10月16日,本件各発明を含む本件各出願をし,本件各出願

は い ず れ も 平 成 2 1 年 5 月 7 日 付 け で 公 開 さ れ た( 甲 7 の 1 ,2 。以 下 ,

本 件 出 願 1 に 係 る 特 許 請 求 の 範 囲 ,明 細 書 及 び 図 面 を「 本 件 明 細 書 1 」,

本件出願2に係る特許請求の範囲,明細書及び図面を「本件明細書2」

といい,各公開特許公報を別紙として添付する。<添付省略>)

(7) 原告は,平成21年10月26日,特許法30条2項(発明の新規性の喪

失の例外)の適用があることを前提に,本件各発明を含むものとして,次の

各特許出願を行った。(甲9の1〜3,弁論の全趣旨。以下,これらをまと

めて「本件各原告出願」という。)

ア 出願番号 特願2009−245709

発明者 X@,XA

出願人 原告

発明の名称 マグネシウム合金薄板熱間圧延装置

イ 出願番号 特願2009−245710

発明者 X@,XA

出願人 原告

発明の名称 マグネシウム合金薄板の製造装置

ウ 出願番号 特願2009−245711

発明者 X@,XA

出願人 原告

発明の名称 マグネシウム合金薄板熱間圧延装置

3 争点


7
(1) 確認の利益の有無

(2) 原告は本件各発明の特許を受ける権利を有するか

(3) 被告大野ロールは本件不作為義務を負うか

4 争点に関する当事者の主張

(1) 争点(1)(確認の利益の有無)について

ア 本件訴え1

〔被告IHIらの主張〕

(ア) 原告は,本件各出願のうち本件各発明以外の発明については,特許を

受ける権利を主張していない。

ここで,一般論としては,冒認出願がなされた場合,真の権利者にお

いて,当該特許出願に係る特許を受ける権利を有することの確認判決を

受け,これが確定した場合には,特許庁に対する出願人名義変更届にこ

れを添付することで,当該特許出願の出願人の変更が認められると解さ

れるから,この意味において,特許を受ける権利を有することについて

確認の利益が認められる場合はあるといえる。しかしながら,これは,

冒認出願を主張する者が,例えば,請求の趣旨として,「原告と被告と

の間において,原告が,別紙出願目録記載の特許出願に係る発明につい

て,特許を受ける権利を有することを確認する」というように,1個の

特許出願に開示された全ての発明に関する請求をした場合であって(そ

の前提として,原告がすべての発明についての発明者である必要がある

ことは当然である。),本件のように,1個の特許出願のうちの一部の

発明についてのみ特許を受ける権利を有することの確認を求める場合に

妥当するとはいえない。

すなわち,本件のように1個の特許出願において複数の発明が記載さ

れている場合に,原告のような一部の発明についての確認請求が認めら

れたとしても,当該特許出願された他の発明について特許を受ける権利


8
を有することが確認されていない以上,複数の発明が記載された当該特

許出願自体についての譲渡を求めることはできないと解される(仮にこ

れを認めるとすれば,原告が確認を求めていない請求項についての冒認

出願を認めることになってしまうと解される。)。

そもそも,特許を受ける権利自体は,ある発明を行ったことによって

発生する権利であるが,特許出願との関係においては,そこに記載され

た発明の全てとの関係で問題とされなければならない事項であり,原告

のように,1個の特許出願のうち一部の発明について特許を受ける権利

の有無を問題とするような請求権は存在しない。1個の特許出願のうち

一部の発明についてのみ名義変更手続を求める給付請求が成り立たない

以上,本件のような確認請求について訴えの利益が認められないことは

明らかである。

(イ) 原告は,本件各出願のうち本件各発明に係る部分が冒認出願であるこ

とを前提に,後に本件各原告出願を行っている。このような場合,最高

裁平成13年6月12日第三小法廷判決・民集55巻4号793頁(以

下「最高裁平成13年6月12日判決」という。)が判示するとおり,

特許法は,特許権が特許庁における設定の登録によって発生するものと

し,また,特許出願人が発明者又は特許を受ける権利承継者でないこ

とが特許出願について拒絶をすべき理由及び特許を無効とすべき理由に

なると規定した上で,これを特許庁の審査官又は審判官が第一次的に判

断するものとしているのであるから,本件においても,本件各発明の発

明者が原告であるか否かは,本件各原告出願の審査において,第一次的

には特許庁が新規性進歩性等の要件を備えているか否かと併せて判断

すべき問題である。

したがって,かかる意味においても,本件請求に確認の利益が認めら

れないことは明らかである。


9
〔原告の主張〕

(ア) 本件各出願を,冒認の発明(本件各発明)に係る特許出願とそれ以外

の発明に係る特許出願に分割し,このうち冒認の発明(本件各発明)に

係る特許出願を真の発明者に譲渡することは可能であるので(特許法4

4条参照),被告IHIらの主張は理由がない。

仮に被告IHIらの主張を前提とすると,冒認の発明に係る特許を出

願する際に,同発明に加えて,他の発明ないし他の技術的構成を付加し

て出願すれば,真の発明者冒認出願された発明の譲渡を求めることを

阻止できることとなり,著しく不合理である。

真の発明者が特許権を取得する方法としては,冒認の発明に係る特許

出願を真の発明者に譲渡する方法だけでなく,特許を受ける権利(真の

発明者としての地位)を確認する判決を得た上で,これを特許を受ける

権利を有する者の意に反して公知になったことを証する資料として,特

許法30条2項(発明の新規性の喪失の例外)に基づく特許出願により

特許権を取得する方法もある。

現在の特許制度においては,複数の発明を包含する特許出願を1件の

特許出願手続で行うことは特許法においても認められており(特許法3

7条参照),このような出願について,その一部について冒認出願の確

認を求め得ることは当然といえる。

よって,冒認の発明に係る特許出願を真の発明者に譲渡する方法,特

許法30条2項に基づく特許出願により特許権を取得する方法のいずれ

についても,原告には,特許を受ける権利を有することの確認を求める

利益がある。

(イ) 被告IHIらは,最高裁平成13年6月12日判決を引用して,本件

各発明の発明者が原告であるか否かは,本件各原告出願の審査において,

第一次的には特許庁が新規性進歩性等の要件を備えているか否かと併


10
せて判断すべき問題であると主張するが,同判決は,「本件においては,

…専ら権利の帰属が争点となっているところ,特許権の帰属自体は必ず

しも技術に関する専門的知識を有していなくても判断し得る事項である

から,本件のような事案において行政庁の第一次的判断権の尊重を理由

に前記(注:特許権の持分の移転登録を認める判断)と異なる判断をす

ることは,かえって適当とはいえない」と判示している。

そして,本件訴訟は,本件各原告出願とは別の出願である本件各発明

について冒認出願であることの確認を求めるものであり,上記判決と同

様,専ら権利の帰属を争点とするものであるので,同判決からしても,

被告IHIらの主張は理由がない。

イ 本件訴え2

〔被告大野ロールの主張〕

仮に原告が主張するとおり,本件各発明が本件秘密保守契約における原

告の秘密事項に該当し,かつ,秘密事項として被告大野ロールに開示され

たものであったとしても,原告の被告大野ロールに対する請求は,原告の

権利又は法律関係に現に存する不安又は危険を除去すべき現実的必要性が

認められず,即時確定の利益を欠いている。

すなわち,現時点において,被告大野ロールが本件各発明に係る具体的

な装置を第三者のために製造している事情はない。また,将来において,

被告大野ロールが具体的に製造する装置については,それが本件各発明と

同一性があるかどうかは,その装置の製造の差止めを請求する給付の訴え

において改めて判断する必要があるから,現時点で,被告大野ロールが本

件各発明を使用した装置を製造等してはならないことを抽象的に確認して

も無意味である。

したがって,原告の被告大野ロールに対する請求は,いずれの意味にお

いても,即時確定の利益を欠いており,確認の利益が認められない。


11
〔原告の主張〕

被告大野ロールは,本件訴訟において,原告の主張を全面的に争ってい

るので,確認の必要がある。

また,被告大野ロールは,本件秘密保守契約等に違反して,原告が被告

大野ロールに開示したマグネシウム合金板の技術情報を被告IHIらに開

示しており,この意味においても,確認の必要があるといえる。

(2) 争点(2)(原告は本件各発明の特許を受ける権利を有するか)について

〔原告の主張〕

ア 本件各発明と本件圧延技術との関係

(ア) 本件各発明の構成

本件各発明は,それぞれ次のとおり分説される。

a 本件発明1−1

イ1 マグネシウム合金熱間圧延装置であること。

イ2 圧延装置は,圧延機と巻取機を備えていること。

イ3 該圧延機の入,出側両端に該巻取機が設置されていること。

イ4 該巻取機は,マグネシウム合金シートを各々コイル状態で加熱,

保温可能なものであること。

イ5 該マグネシウム合金シートを複数リバース圧延にて順次厚み圧

下すること。

イ6 該圧延機は,表面温度をある一定温度に加熱,昇温可能なワー

クロールとバックアップロールとを備えること。

(以下,上記イ1〜イ6の技術構成を,それぞれ「構成1−1」〜「構

成1−6」と表記する。)

b 本件発明2−1及び2−3

ロ1 発明の設備は,マグネシウム合金シートのリコイリング設備で

あること。


12
ロ2 固定マンドレルに巻回したマグネシウム合金のコイル材を巻き

戻し可能にする巻戻機を備えていること。

ロ3 該巻戻機の下流側に配されて該コイル材から巻き戻された該マ

グネシウム合金シートを所定温度に加熱する加熱炉を備えている

こと。

ロ4 該加熱炉の下流側に配されて該マグネシウム合金シートの両側

縁を切り取るトリマーを備えていること。

ロ5 該トリマーの下流側に配されて該マグネシウム合金シートを巻

き直す巻取機を備えていること。

ロ6 さらに,マグネシウム合金シートの形状不良を修正するレベラ

ーを備えていること。

(以下,上記ロ1〜ロ6の技術構成を,それぞれ「構成2−1」〜「構

成2−6」と表記する。)

(イ) 本件圧延技術との比較

a 本件発明1−1について

(a) 構成1−1

本件仕様書には,非鉄合金を対象にすると記載されており(A1),

これはマグネシウム合金を含むものである。また,平成16年5月

7日の原告と被告大野ロールの圧延機に関する打合せにおいて,マ

グネシウム金属について言及している(甲3)。このように,原告

は,被告大野ロールに対し,マグネシウム合金薄板も対象として,

技術情報を開示した。

(b) 構成1−2

本件仕様書の図1に記載されている。

(c) 構成1−3

本件仕様書の図1に記載されている(本件仕様書の図1において


13
も,圧延機の両側に巻取機Aが配置されており,構成1−3と同一

である。)。

(d) 構成1−4

本件圧延設備の@ヒータ炉に該当する(本件圧延設備の本件仕様

書の図1において,巻取機Aは,ヒータ炉@によって覆われており,

加熱,保温可能になっている。)。

(e) 構成1−5

本件圧延設備がリバース仕様であることは,本件仕様書「1.圧

延仕様『(2)圧延方法』」の欄に記載されている。本件仕様書には,

リバース圧延と記載されており,表現上,複数リバース圧延とは記

載されていないが,本件仕様書「1.圧延仕様『(3)圧延寸法』」の

記載及び同「1.圧延仕様『(7)圧下量』」の記載は,複数リバース

圧延を意味している。

(f) 構成1−6

本件仕様書の図1Cに該当する。本件圧延設備が加熱昇温可能な

ロールを備えていることは,平成16年6月21日付け圧延ライン

納入仕様書(甲6)に添付されている図面番号2RM−400DR

R−AS01の図面でも,原告の指示を受けて,「バックロールを

ヒーター加熱する事が可能な構造にしておきます」と記載されてい

る。

(g) 本件仕様書の図1には,上記構成以外の要素も記載されているが,

本件仕様書で開示した設備は,本件発明1−1の構成を全て包含し

ている。したがって,本件発明1−1の構成は,原告が本件仕様書

で開示した技術情報の一部を取り出したものである。

b 本件発明2−1及び2−3について

(a) 構成2−1


14
本件仕様書の図1に記載されている。本件圧延設備は,リコイリ

ング装置と呼称していないが,その装置最下流側でマグネシウム合

金シートを巻き取っており,リコイリング装置である。

(b) 構成2−2

本件仕様書の図1のコイラーAは,構成2−2の巻戻機に該当す

る。

(c) 構成2−3

本件仕様書の図1の中央部にあるヒータ炉(2番目のヒータ炉)

が,巻戻機の下流側に配置された加熱炉に該当する。

(d) 構成2−4

本件仕様書の図1のトリミング装置Fが,構成2−4のトリミン

グ装置に該当する。

(e) 構成2−5

本件仕様書の図1の巻き直しコイラーGが,構成2−5の巻戻機

に該当する。

(f) 構成2−6

本件仕様書の図1のレベラーDが,構成2−6のレベラーに該当

する。

(g) 本件仕様書の図1には,上記構成以外の要素も記載されているが,

本件仕様書で開示した設備は,本件発明2−1及び2−3の構成を

全て包含している。したがって,本件発明2−1及び2−3の構成

は,原告が本件仕様書で開示した技術情報の一部を取り出したもの

である。

(ウ) 以上のとおり,本件各発明の技術構成は,全て本件仕様書に記載され

ているか,原告の指示によるものであることが明らかであるから,本件

圧延技術と一致する。


15
イ 発明の経緯

本件各発明は,原告の代表取締役であるX@(以下「X@」という。)

及び原告の専務取締役であるXA(以下「XA」という。)が行ったもの

であり,その経緯は次のとおりである。

(ア) 平成13年,X@及びXAは,従来,原告の主力製品であった銅材料

が成熟産業であったことから,より発展の期待できる新規事業として

マグネシウム合金成形体の製造方法の開発を企画した。

マグネシウム合金は,その比重に比較して,機械的強度が高く,振動

減衰率,電磁シールド性などに優れており,電子機器の筺体などに最適

な性質を有している。平成13年当時,マグネシウム材は,成形性が悪

く,常温においては成形加工が極めて困難であることが知られており,

塑性加工において加熱することは熱エネルギーの損失につながり,経済

的に不利であった。そこで,X@及びXAは,マグネシウム合金の鋳造

工程から圧延成形工程まで一貫して行うことによって,熱エネルギーの

損失を最低限に抑え,効率的な板材の製造を行うことができることに着

目し,板材の鋳造〜圧延工程を一貫して行う製造方法着想した。

(イ) X@及びXAは,平成13年11月13日,上記新規事業計画につい

て,金属材料の加工について指導を受けてきた東海大学のZ@教授(以

下「Z@教授」という。)に相談したところ,Z@教授は,マグネシウ

ム合金の鋳造についてはその分野に精通している大阪工業大学のZA准

教授(以下「ZA准教授」という。)の指導を受けるよう勧めた。

ZA准教授は,アルミニウムの鋳造について研究を進めており,過去

にマグネシウムについても研究したことはあったが,当時はマグネシウ

ム材の成形についての研究よりも,アルミニウムに特化した研究を行っ

ていた。

(ウ) X@及びXAは,平成13年11月28日,大阪工業大学を訪問し,


16
設備見学を行った。

(エ) 原告は,平成14年2月頃,神奈川県の中小企業振興のための施策で

ある補助金の申請を行うこととし,そのテーマとして,マグネシウム合

金の鋳造圧延による板材の製造を決定し,マグネシウム合金板材の製造

について技術開発を行ってきた。

(オ) XAは,平成14年3月1日,大阪工業大学のZA准教授に面会し,

マグネシウム合金の鋳造について研究委託を行うとともに,日常的な指

導を依頼した。

これに伴い,ZA准教授は,大阪工業大学に設置されている株式会社

大東製作所(以下「大東製作所」という。)製の幅100oのロール加

熱可能な圧延機(アルミニウム圧延用)を原告に貸与することになり,

原告は,これを用いてマグネシウム合金の圧延実験(構成1−1)を行

うこととした。

また,XAは,この際,使用するマグネシウム合金材についても相談

し,加工の際の注意事項,特に可燃性が高いマグネシウムの発火を阻止

する方法等について指導を受けた。

(カ) XAは,平成14年4月12日,大阪工業大学を訪問し,ZA准教授

が研究をしているアルミニウムの鋳造工程を見学した。

その際,ロールキャストと温間圧延を組み合わせて板材を製造するこ

とによって,マグネシウムの経済的な製造方法を構築することができる

のではないかと考えた。

(キ) 原告は,平成14年6月10日,上記検討の結果得られたマグネシウ

ム合金板材のロール鋳造及び熱間圧延工程の一体化プロセスについて,

神奈川県に対し,研究開発を行うための補助金の申請を行った。

(ク) 平成14年9月5日,大阪工業大学から原告のところに圧延設備が搬

入された。X@及びXAは,この装置を用いて,上記一体化プロセスの


17
うちの後段部分に当たる圧延実験を開始した。

この圧延設備は,従来,アルミニウムの圧延に用いられていたが,こ

れをマグネシウム材の圧延の実験に利用することになった。この圧延ロ

ールには,ヒーターが内蔵されており,ロール加熱可能(構成1−6)

となっていた。しかし,導入時には,ヒーターに給電するスリップリン

グと呼ばれる部材が欠如していたため,その後,原告において,スリッ

プリングを付加する改造を行った。また,この装置は,圧延をリバース

方式で行える正逆転可能なものであった。そのロール幅は100oであ

った。

(ケ) 平成14年9月16日当時の実験は,上記(ク)の圧延装置を用い,い

まだスリップリングを増設する改造が完了していなかったため,ロール

をバーナーで加熱し,上ロールを200℃に加熱して行っていた。

(コ) 平成14年10月17日当時,XAの指導の下,原告の製造部におい

て,圧延温度を最適化し,安定して圧延を行える条件を見いだす実験を

継続していた。当時の製造設備環境では,上ロール350℃,下ロール

323℃の条件が適切であることを解明した。

(サ) 平成14年11月5日,XAの指導の下,既に導入していた鋳造装置

と上記(ク)の圧延装置とを連動させ,鋳造,圧延一体化工程を実施する実

験を行った。

(シ) 平成14年11月20日,上記(サ)の実験の結果,鋳造後のマグネシ

ウム合金板材の温度が高すぎ,鋳造工程から圧延工程の間で,板材を冷

却しないと圧延できない(圧延によって板材が破壊され,形状をとどめ

ない)事実が判明し,当初の鋳造,圧延工程一体化の設備設計を見直す

必要に迫られた。この実験によって,圧延ロールの加熱については,更

に検討する必要があると考えられた。

(ス) 平成14年11月30日,XAとZA准教授との打合せの席上,圧延


18
機を正逆転し,2回通す方法を実験することになった(構成1−5)。

往復移送により板材の圧延を行う場合には,板材末端まで均一に圧延で

きるように尻抜け圧延を行うこととした。

(セ) 平成15年3月7日,上記(ス)の検討の結果を踏まえて,マグネシウ

ム合金を双ロールによって板材に鋳造し,引き続き圧延することによっ

て,経済的に有利な方法で,マグネシウム合金板材を製造する方法を確

立し,特許出願を行った(甲20)。

なお,この方法は,鋳造工程と圧延工程とで構成されているが,上記

(サ),(シ)の検討で,鋳造工程と圧延工程を分離し,板材を冷却した方

がより歩留まり良く板材を製造できる場合があり,量産ラインで製造す

る場合に,必ずしも両工程を連動して行わないことも考えられた(構成

1−1)ため,この出願の特許請求の範囲においては,鋳造工程のみか

らなる発明と鋳造工程及び圧延工程を備えた発明の双方を記載した。

(ソ) 平成15年6月25日,マグネシウム合金薄板製造の開発スケジュー

ルについて第1案を作成した。その後,同年10月28日に見直しを行

って,装置の概略について,デザインを決めた。

この装置は,鋳造機,圧延機,張力装置,加熱炉から成っていた。

(タ) 原告は,平成15年7月7日,従前の研究に基づき,加工性の良いマ

グネシウム合金の幅広板・条の開発について,関東経済産業局に研究開

発を行うための補助金の申請を行った。

(チ) このプロジェクトの一つの成果として,原告は,上記(セ)の特許出願

を基礎に,新たな知見を加えて,平成15年7月28日,国内優先権

張出願を行った(甲18)。この発明の発明者は,ZA准教授,Z@教

授及びXAの3名であった。

この特許出願の明細書中に,鋳造により形成したマグネシウム合金板

材を加熱して圧延することも記載されている。


19
(ツ) 平成15年10月9日,XAの指導の下で行われた圧延単独試験にお

いて,板材を圧延する際に,板材長手方向に張力がかかっていないと,

板材が進行方向に均一な速度で進行せず,結果的に厚みが不均一な板材

となる傾向が高いことが判明した。このため,板材に常時一定の張力が

印加されるよう,張力装置を設ける必要があることが分かった。そこで,

そのころ原告が新たに大東製作所に発注したDBR245×350型小

型熱間,冷間圧延機(甲24。以下「甲24の圧延機」という。)にお

いては,この張力装置を備えたものとした。

(テ) 平成16年1月26日,上記(チ)の検討の結果,本マグネシウム合金

薄板の製造設備においては,鋳造工程から一貫して圧延工程まで行える

設備とするが,鋳造工程と圧延工程とを連動して行わないことも考え,

圧延機及び張力装置の上流側と下流側に加熱炉を配し,コイルを加熱す

ることができる設計(構成1−2〜4)を決定し,「マグネシウム合金,

薄板製造計画」(甲21。以下「甲21の計画」という。)を作成した。

この設備においては,構成1−1〜6に加えて,トリマー(構成2−

4),トリマーの下流側に配置した巻取機(構成2−5),レベラー(構

成2−6)を備えたものである。

甲21の計画に記載した構成は,技術指導委託先のZ@教授,ZA准

教授の指導を受けながら,X@及びXAがデザインし,これを,このプ

ロジェクト立ち上げの途中の平成15年9月16日に原告に入社したX

B(以下「XB」という。)に指示して,完成させたものである。そし

て,甲21の計画に準拠して本件仕様書が作成された。

ヒーターロールについては,試作においてその有用性を確認してきた

ので,被告大野ロールに,ロール軸の穴あけ加工を指示した。

(ト) 本件仕様書に記載した圧延設備(本件圧延設備)は,従来,経済的に

困難と考えられていた熱間圧延設備を実現することができ,その性能は,


20
実用的,経済的に十分な能力を備えている。

原告は,以上のとおり,比較的コンパクトな設備で製造できるマグネシ

ウム合金板材の製造について,種々検討を行い,実験室レベルの技術(新

たな技術としては,圧延設備中の張力装置,ピンチロール,ワークロール・

バックロールの加熱,複数回リバース圧延,レベラー及びトリミング装置

並びにこれらを含む諸技術情報,ノウハウ及び構想の組合せ)を完成させ

た。

その後,原告は,この技術の実用化のための実証を兼ねて,製造ライン

建設を計画し,平成16年春から夏にかけて,被告大野ロールを含む3社

に本件仕様書及び上記平成13年以来の原告の技術開発(ヒーター加熱方

法を含む)を開示し,上記3社から見積書ないし資料の提出を受け,最終

的に,被告大野ロールに対し本件装置の製作を発注することになった。

ウ X@及びXAの発明への寄与

(ア) X@は,原告の取締役社長であり,このマグネシウム合金薄板製造に

ついて,全ての責任を負っており,上記平成13年以来の原告の技術開

発においても,製造部の関係者からヒアリングを行い,製造技術採否決

定に際し,会社経営の立場から,その任に当たっていた。

特に,製造設備規模に大きく影響してくる複数回リバース圧延技術の

採用は,X@の指示によるものである。

(イ) XAは,原告の専務取締役製造部長の職責にあり,上記平成13年以

来の原告のマグネシウム合金板材製造プロジェクトのリーダーを務めて

いた。そして,各種技術情報を収集し,専門の知識も参考にしながら,

装置全体のデザインを決定し,仕様書を完成させる任務についていた。

(ウ) 平成16年3月当時の技術水準からみて,本件仕様書の内容は公知の

ものではなく,新規な構成を備えていた。そして,本件仕様書は,X@

及びXA両名の寄与によって完成されたものである。


21
特許を受ける権利の譲渡

以上の経緯を経て,X@及びXAは,平成21年7月24日,本件各発

明に関する特許を受ける権利を原告に譲渡した。

オ 以上の次第で,原告は本件各発明につき特許を受ける権利を有する。

〔被告らの主張〕

本件各発明は,次のとおり本件圧延技術とは明らかに相違しており,原告

が本件各発明につき特許を受ける権利を取得する余地はない。

ア 本件圧延技術と本件発明1−1との相違点

本件圧延技術1には,「表面温度をある一定温度に加熱,昇温可能な」

ワークロールとバックアップロール(構成1−6)は開示されていない。

本件発明1−1は,この点において,本件圧延技術1とは一致しない。被

告大野ロールが原告に平成18年7月下旬に搬入した圧延ラインにおいて

も,ワークロールとバックアップロールには,加熱昇温を可能にするため

のヒーターを備えていない。

本件発明1−1は,公知技術であった本件圧延技術1のワークロールと

バックアップロールに,加熱昇温を可能にするためのヒーターを大野ロー

ルの着想において付加したものである。

したがって,本件発明1−1は,大野ロールの着想に基づいて発明がさ

れたものである。

また,本件圧延技術1は,圧延する金属を非鉄合金としており,マグネ

シウムに限定していない点においても,本件発明1−1と相違する。

イ 本件圧延技術と本件発明2−1及び2−3との相違点

本件圧延技術2は,ヒータ炉の巻取りコイラーを,加熱可能な巻出しコ

イラーとして使用する点に特徴がある。

本件発明2−1及び2−3は,巻出しコイラーがあり,その下流にヒー

ターがあり,更にその下流にトリマーがあり,最後に常温の巻取りコイラ


22
ーがある(本件発明2−3においては,更に上記ヒーターとトリマーの間

にレベラーがある。)。

本件圧延技術2は,ヒーターと巻出しコイラーが工程の同じ箇所にある

点で,これらの構成が別の箇所にある本件発明2−1及び2−3とは相違

する。

このように,本件発明2−1及び2−3においては,ヒーターと巻出し

コイラーとが,圧延工程の別の箇所にあることが必要である。したがって,

本件発明2−1及び2−3において,本件圧延技術2の特徴である,ヒー

タ炉の巻取りコイラーを,加熱可能な巻出しコイラーとして使用する点を

備える余地がない。

本件圧延技術2とは異なる本件発明2−1及び2−3の着想も,平成1

9年3月頃の被告大野ロールと被告IHIメタルテックとの協議の中で提

案されたものである。この協議の結果を踏まえて,被告IHIらから出願

がなされた。これらの協議の際,被告大野ロールは,本件圧延技術2の特

徴を備えたものを被告IHIメタルテックには説明していない。そのため,

本件発明2−1及び2−3は,本件圧延技術2の特徴を現に備えていない。

また,本件圧延技術2は,圧延する金属を非鉄合金としており,マグネ

シウムに限定していない点においても,本件発明2−1及び2−3と相違

する。

(3) 争点(3)(被告大野ロールは本件不作為義務を負うか)について

〔原告の主張〕

本件各発明は,前述のとおり,原告が被告大野ロールに対し,平成16年

4月頃,非鉄合金薄板圧延ラインの設備に関するヒータ炉,コイラー,張力

装置,圧延機,レベラー,シャー,トリミング装置,巻き直しコイラー等を

構成要素とする非鉄合金薄板製造設備を記載した平成16年4月20日付け

本件仕様書を交付し,被告大野ロール及び同被告の代表者Y@(以下「Y@


23
社長」という。)及びYAに開示した原告の秘密事項(本件圧延技術)を内

容とするものである。

このように,被告大野ロールは,本件秘密保守契約等に反する行為を行う

状況となっているので,これらの契約に基づき,原告に対し,本件各発明を

使用ないし利用したマグネシウム薄板圧延設備を製造,販売,頒布してはな

らない本件不作為義務を負っている。

〔被告大野ロールの主張〕

前記のとおり,本件圧延技術1は本件発明1−1とは相違し,本件圧延技

術2は本件発明2−1及び2−3のいずれとも相違している。したがって,

被告大野ロールが,被告IHIらに対し,本件圧延技術とは異なる本件各発

明を提案したことは,何ら原告との間の契約に違反するものではなく,被告

大野ロールが,本件各発明について実施してはならない義務(本件不作為義

務)を負う理由はない。

また,本件仕様書に記載された本件圧延技術は,そもそも公然知られた公

知技術であり,秘密事項として開示されたものではない。したがって,被告

大野ロールは,本件圧延技術それ自体についても,実施してはならない義務

を負うものではない。

第3 当裁判所の判断

1 争点(1)(確認の利益の有無)について

(1) 本件訴え1

発明者は,発明をすることによって,特許を受ける権利を取得し(特許

29条1項),特許権を取得すれば,業として特許発明実施をする権

利を専有することができ(同法68条),また,特許を受ける権利は,移

転することができ(同法33条1項),独立した権利として譲渡性も認め

られている。したがって,特許を受ける権利は,発明の完成と同時に発生

する,それ自体が一つの独立した財産的価値を有する権利ということがで


24
きるから,その帰属について争いがある場合には,当該権利の帰属を主張

する当事者の一方は,これを争う他方当事者を相手方として,裁判所に対

し,自己に特許を受ける権利が存することの確認を求めることができると

解するのが相当である。

これを本件についてみるに,原告は,被告IHIらが出願した本件各発

明について,自己に特許を受ける権利が帰属すると主張し,被告IHIら

はこれを争っているから,原告と被告IHIらとの間には,本件各発明に

関する特許を受ける権利の帰属について争いがあり,原告が自己に帰属す

ると主張する本件各発明の特許を受ける権利について,不安や危険が現存

すると認めることができる。そして,本件訴え1によって,原告が本件各

発明の特許を受ける権利を有することを確認できれば,原告と被告IHI

らとの間の本件各発明の特許を受ける権利の帰属を巡る争いから派生して

生じるおそれのある将来の紛争を抜本的に解決することが期待できる。

また,冒認出願は,特許法39条1項から4項までの規定の適用につい

ては特許出願でないものとみなされ(同条6項),後願排除力(同条1項)

を有しないものとされており,真の権利者は,その意に反して発明が新規

性を失った日,すなわち冒認出願につき出願公開がされた日から6か月以

内に特許出願をすれば,例外的にその発明が新規性を喪失しないものと扱

われ(同法30条2項),特許権を取得することができる。現に,原告は

同項の適用を前提として本件各原告出願を行っており,本件訴訟で原告が

勝訴すれば,原告はその審査の過程で当該勝訴判決を一資料として特許庁

に提出することができる。

他方,本件のような事案において,特許を受ける権利それ自体について

移転請求を認める規定は現行法上存在しないから,原告は,被告IHIら

に対し,上記権利の移転を求める給付の訴えを提起することはできないと

解される。


25
以上に検討したところによれば,本件訴え1によって,本件各発明の特

許を受ける権利の帰属を巡る争いから派生して生じるおそれのある将来の

紛争を抜本的に解決することが期待できる一方,特許を受ける権利それ自

体について給付の訴えを提起することはできないのであるから,本件訴え

1には確認の利益が認められるというべきである。

イ(ア) これに対し,被告IHIらは,特許を受ける権利自体は,ある発明を

行ったことによって発生する権利であるが,特許出願との関係において

は,そこに記載された発明の全てとの関係で問題とされなければならな

い事項であり,原告のように,1個の特許出願のうち一部の発明につい

特許を受ける権利の有無を問題とするような請求権は存在せず,1個

の特許出願のうち一部の発明についてのみ名義変更手続を求める給付請

求が成り立たない以上,本件のような確認請求について訴えの利益が認

められないと主張する。

しかしながら,特許を受ける権利は,発明の完成と同時に発生する,

それ自体が一つの独立した財産的価値を有する権利であり,発明の完成

によって権利が発生した後に発明者以外の者によってなされた特許出願

の有無やその内容によって,権利の性質が変わるものではない。そして,

当該権利の帰属について争いがある以上,当該権利の帰属を主張する当

事者の一方は,これを争う他方当事者を相手方として,裁判所に対し,

自己に特許を受ける権利が存することの確認を求めることができると解

すべきことは前記アに説示したとおりであり,現行法上,あるいは実務

の取扱い上,1個の特許権又は1個の特許出願の一部について名義変更

手続が定められていないことは,上記確認の利益の有無を左右するもの

ではない。したがって,被告IHIらの上記主張は採用することができ

ない。

(イ) また,被告IHIらは,本件各発明の発明者が原告であるか否かは,


26
本件各原告出願の審査において,第一次的には特許庁が新規性進歩性

等の要件を備えているか否かと併せて判断すべき問題であるから,かか

る意味においても訴えの利益が認められないとも主張する。

しかしながら,特許法が,特許権が特許庁における設定の登録によっ

て発生するものとし,また,特許出願人が発明者又は特許を受ける権利

承継者でないことが特許出願について拒絶をすべき理由及び特許を無

効とすべき理由になると規定した上で,これを特許庁の審査官又は審判

官が第一次的に判断するものとしていることは,被告IHIらが指摘す

るとおりであるとしても,最高裁平成13年6月12日判決が判示する

ように,権利の帰属自体は必ずしも技術に関する専門的知識経験を有し

ていなくても判断し得る事項であって,本件訴え1は,正に権利の帰属

の争いであるから,被告IHIらの指摘は本件には当たらないというべ

きである。したがって,被告IHIらの上記主張も採用することができ

ない。

(2) 本件訴え2

本件訴え2は,原告と被告大野ロールとの間で交わされた本件秘密保

守契約等に基づいて本件各発明を実施してはならない義務があるかどう

か の 確 認 を 求 め る も の で あ る と こ ろ ,被 告 大 野 ロ ー ル は ,同 被告が本件各

発明に係る具体的な装置を第三者のために製造している事情はないし,将来

において,同被告が具体的に製造する装置については,それが本件各発明と

同一性があるかどうか,その装置の製造の差止めを請求する給付の訴えにお

いて改めて判断する必要があり,現時点で,被告大野ロールが本件各発明を

使用した装置を製造等してはならないことを抽象的に確認しても無意味であ

るから,本件訴え2は,即時確定の利益を欠き,確認の利益が認められない

と主張する。

しかしながら,原 告 と 被 告 I H I ら 間 に 本 件 各 発 明 に 係 る 特 許 を 受 け る


27
権 利 の 帰 属 の 争 い が あ る こ と は 前 記 第 2 の 4 (2)の と お り で あ り ,こ れ に

関連して,原告と被告大野ロール間において同被告が本件秘密保守契約

等 に 基 づ く 本 件 不 作 為 義 務 の 存 否 に つ い て 争 い が あ る こ と も 同 (3)の と

おりである。そして,上記争いの経緯に照らせば,本件各出願について

特許権の設定登録がされた場合,被告大野ロールが,被告IHIらから

ライセンスを受けるなどして,本件各発明を実施する現実の危険がある

と認められるから,本件各発明に係る特許を受ける権利の帰属や発明の

実施の可否という原告の権利又は法律関係に,現実の危険,不安が生じ

ているということができる。

また,契約に基づき生じた不作為債権について,その違反のおそれが

あ る 場 合 に ,債 権 者 が 債 務 者 に 対 し 不 作 為 債 権 の 効 力 と し て 予 防 請 求( 差

止 請 求 )で き る か 否 か に つ い て は ,こ れ を 否 定 す る の が 一 般 で あ る か ら ,

原 告 と し て は ,ほ か に 適 切 な 手 段 が な い 一 方 ,本 件 訴 え 2 で 勝 訴 す れ ば ,

被告大野ロールによる本件各発明の実施を防止することができ,原告の

権利,法律的地位の不安を除去できることとなる。

以上によれば,原告の権利又は法律関係には,原告と被告大野ロール

間の上記争いに起因する現実の危険,不安が生じているということがで

き る と こ ろ ,本 件 訴 え 2 で 原 告 が 勝 訴 す れ ば ,上 記 争いから生じるおそれ

のある将来の紛争を抜本的に解決することが期待できる一方, か に 原 告 に


とって適切な手段がないのであるから,本件訴え2には,即時確定の利

益があり,確認の利益を認めるのが相当である。

2 争点(2)(原告は本件各発明の特許を受ける権利を有するか)について

(1) 本件各発明と本件圧延技術の相違

まず,本件各発明と本件圧延技術の相違について検討する。

ア 本件発明1−1と本件圧延技術

(ア) 本件発明1−1と本件圧延技術(前記第2の2(3)イ)を対比すると,


28
両者は,「圧延機の入,出側両端にマグネシウム合金シートを各々コイ

ル状態で加熱,保温可能な巻取機を設置し,前記マグネシウム合金シー

トを複数リバース圧延にて順次厚み圧下するマグネシウム合金熱間圧延

装置において,前記圧延機は,ワークロールとバックアップロールとを

備えることを特徴とするマグネシウム合金熱間圧延装置。」である点で

一致し,本件発明1―1のワークロールとバックアップロールが「表面

温度をある一定温度に加熱,昇温可能」であるのに対し,本件圧延技術

の両ロールがそうでない点で相違するものと認められる。

(イ) 原告は,表面温度をある一定温度に加熱,昇温可能なワークロールと

バックアップロール(構成1−6)は,本件仕様書の図1Cに該当する

と主張するが,同部分の説明内容を見ても,かかる構成が明示されてい

るとは認められず(原告は,平成23年7月19日付け準備書面におい

て,本件仕様書には,ロール加熱に関する記載をしなかったことを認め

ている。),この点に関する原告の主張は採用できない。

他方,被告らは,本件圧延技術1は,圧延する金属を非鉄合金として

おり,マグネシウムに限定していない点において,本件発明1−1と相

違すると主張するが,本件仕様書の2枚目1(4)に記載されたコイル単重

と長さ(代表サイズ)から算出される非鉄合金の密度は,約1.78g

/p 3 であり,マグネシウムの比重は1.74でアルミニウムの約3分

の2であって,実用金属の中では最も軽いものである(公知の事実)こ

とからすると,本件仕様書の非鉄合金はマグネシウム合金を念頭に置い

ていたものといえるから,本件仕様書の記載に接した当業者はこれを理

解できたと認めるのが相当である。よって,これに反する被告らの主張

は採用できない。

イ 本件発明2−1及び2−3と本件圧延技術

(ア) 本件発明2−1と本件圧延技術を対比すると,両者は,「固定マンド


29
レルに巻回したマグネシウム合金のコイル材を巻き戻し可能にする巻戻

機と,前記コイル材から巻き戻されたマグネシウム合金シートの両縁側

を切り取るトリマーと,前記トリマーの下流側に配されて前記マグネシ

ウム合金シートを巻き直す巻取機とを備えることを特徴とするマグネシ

ウム合金シートのリコイリング設備。」である点で一致し,本件発明2

−1が「巻戻機の下流側に配されて前記コイル材から巻き戻された前記

マグネシウム合金シートを所定温度に加熱する加熱炉」を有するのに対

し,本件圧延技術にはそれがなく,コイラーAが「ヒータ炉@内に配置

されて」いる点で相違する。

本件発明2−3と本件圧延技術の相違点も上記と同様である。

(イ) 被告らは,本件圧延技術2は,圧延する金属を非鉄合金としており,

マグネシウムに限定していない点において,本件発明2−1及び2−3

と相違すると主張するが,かかる被告らの主張が採用できないことは,

前記ア(イ)のとおりである。

(2) 本件各発明の発明者について

次に,上記(1)の各相違点を踏まえ,本件各発明の発明者について検討する。

ア 本件発明1−1

(ア) 本件発明1−1は,従来の熱間圧延装置では,「コイル先端部の巻取

部及び後端の尻抜け部は,加熱して安定圧延できず,従って製品コイル

とはなり得ず,歩留まり低下となり,生産量を大きくできない等の欠点

がある」(本件明細書1の段落【0004】)ので,「マグネシウム合

金の熱間圧延中の温度変動による製品の品質低下を防止,歩留まり向上,

生産量アップすることができるマグネシウム合金熱間圧延装置を提供す

ることを目的」(同【0005】)としてなされたものであり,「マグ

ネシウム合金シートの熱間圧延中の温度変動による製品の品質低下を防

止することができ,かつ歩留り向上,生産量アップが可能となり,シー


30
ト材或いは箔材の品質を良好に保つことができる」(同【0009】)

という効果を奏するものである。

このことからすると,本件発明1−1の特徴的部分は,圧延機が備え

るワークロールとバックアップロールの「表面温度をある一定温度に加

熱,昇温可能な」点(構成1−6)にあるといえ,この点は,前記のと

おり,本件発明1−1と本件圧延技術の相違点でもあるから,少なくと

も,本件仕様書に基づいて上記特徴的部分が原告から被告大野ロールに

対し開示されたものということはできない。

(イ) そこで,この本件発明1−1の特徴的部分について,本件仕様書の交

付以外の方法で,原告から被告大野ロールに対する開示があったか否か

について検討する。

a この点,証拠(甲2〜4,6,28,乙ロ3,13)及び弁論の全

趣旨によれば,

@ 平成16年4月に原告が被告大野ロールに対し交付した本件仕様

書では,圧延温度は恒温圧延時350℃とされていたこと,

A 同年5月7日に開催された原告と被告大野ロールとの間の打合せ

において,被告大野ロールのY@社長は,「温間圧延300〜40

0℃は高い。中央と端でロール温度ムラが30℃位出る。ロール膨

張差のため板の厚さムラ(ヒートクラウン)が出る。」旨述べてい

たこと,

B 同年6月5日には,改めて,被告大野ロールのY@社長が,原告

のXBに対し,「ローラーの加熱方法としては,油加熱の場合は最

高180℃までです。ヒーター加熱なら300℃以上も実績はあり

ますが,ベアリングの寿命が短く,実機としては心配です。又ロー

ルの中央と端部では温度差が30℃以上発生します。誘導コイルを

内蔵したローラーなら±1℃位の温度制御が可能であり,300℃


31
も400℃も可能ですが,ローラーがパイプ構造な為,機械強度に

不安があり,バックローラーには使用出来ても,Wローラーには使

用出来ません。」,「ローラーの加熱方法はどうしますか?」と記

載した書面を送っていたこと,

C これに対し,原告のXBは,被告大野ロールのY@社長に対し,

同月7日付け「圧延ラインの問い合わせの件」と題するファクシミ

リ(乙ロ13)において,圧延ロールの加熱方法については,「加

熱なし」とすること,「ロールの抜熱問題は,それほど心配して」

おらず,「その逆でロールの吸熱によるサーマルクラウン(判決注:

ロールの温度が不均一に上昇することにより,ロールが変形し,圧

延された薄板において均一な厚さが得られなくなる現象)の問題が

生じ」るが,「ロールベンダーで逃げうると考えてい」る旨を回答

していること,

D また,ローラーの組合せについても,被告大野ロールのY@社長

が,上記Bの書面を送った時点で,ロール2本(A),ロール4本

(B),ロール6本(4本+アタッチメント)(C)のどの組合せ

にするかを尋ねていること,

E 原告のXB作成に係る平成17年3月15日付け「鋳造ライン,

圧延ライン見積のための補足説明書」(甲4)では,ロールの加熱

については一切触れられておらず,逆にロールの温度が100℃以

上になると,サーマルクラウンの影響で材が左右に振れるため,材

からの吸熱によるサーマルクラウン対策が必要であることが記載さ

れていること,

F 被告大野ロールが同年6月27日原告に提出した圧延ライン納入

仕様書(甲6)では,ワークロール及びバックアップロール共に加

熱可能な仕様になっておらず,ただ,同仕様書添付の図面(図面番


32
号2RM−400DRR―AS01)には,「※将来取付 バック

ロールをヒーター加熱する事が可能な構造にしておきます。」と記

載されていたこと,

G 同年9月22日に行われた原告と被告大野ロールとの打合せの議

事録(乙ロ3)には,「WR(ワークロール)BR(バックロール)

共にヒーターなし」,「但し,BRにヒーターを取り付けられる様

にする。」との記載があること,

H 最終的に被告大野ロールが原告に納入した圧延機も,ワークロー

ル及びバックアップロール共に加熱可能な構成になっておらず,バ

ックアップロールのみ,将来ヒーターが必要になったときのための

取付用の穴が設けられていたこと,

以上の事実が認められる。

b 上記aに認定した事実によれば,原告から本件仕様書の交付を受け

た被告大野ロールが平成16年5月7日の打合せにおいて300〜4

00℃の温間圧延の問題点を述べたことから,原告は,この時点で,

被告大野ロールに対し,ロール加熱等について検討を指示していたこ

とがうかがわれるが,他方で,同年6月5日,被告大野ロールが各ロ

ール加熱方法で300〜400℃の温間圧延を行うことの得失につい

て書面で回答し,原告の再指示を求めたのに対し,原告は,同月7日

付けでロール加熱は必要ない旨ファクシミリで回答し,むしろ,ロー

ルの吸熱によるサーマルクラウンの発生の方を終始心配していたこと,

ロールの組合せについても,被告大野ロールが上記書面による回答の

時点で,ロール2本(A),ロール4本(B),ロール6本(4本+

アタッチメント)(C)のどの組合せにするかと原告に尋ねているこ

と(裏返していえば,原告は同時点ではまだ圧延機が備えるロールの

構成を確定していなかったといえる。),将来ヒーターが必要になっ


33
たときのための取付用の穴も最初からバックアップロールにしか設け

ない前提であり,最終的にもそのような構成で納入されたこと(上記

aF〜H)からすると,少なくとも,原告が被告大野ロールに対しロ

ール加熱等について検討を指示した上記時点(平成16年5月7日の

打合せの時点)において,原告がワークロール及びバックアップロー

ルを備える圧延機を念頭に置きながら,本件発明1−1の特徴的部分

であるところの,上記両ロールについて「表面温度をある一定温度に

加熱,昇温可能」とする構成(構成1−6)を具体的に検討,指示し

ていたとは認められず,ほかに同構成について原告から被告大野ロー

ルに対し具体的開示があったと認めるに足りる証拠はない。

c これに対し,原告は,本件仕様書を開示する前の開発段階(平成1

3年〜平成16年3月)で,大阪工業大学から搬入された装置,甲2

4の圧延機(いずれも大東製作所製)等のロールを加熱し,圧延試験

を種々行ってきたが,圧延設備立ち上げの段階では加熱の効果が認め

られるものの,定常運転の段階では,加熱炉で400℃位に熱せられ

た被圧延材自体の熱でロールが熱せられるため,ロールを加熱した実

験でも加熱しない実験でも効果に大きな変化が見られなかったことか

ら,本件仕様書にはロール加熱を記載しなかったが,製造条件によっ

ては後日ロール加熱をする可能性があることも考慮して,平成16年

4月頃,ロールにはヒーター加熱用の穴を開けておくことを決定し,

被告大野ロールに対し,本件仕様書を交付するとともに,その頃,ロ

ールを加熱し,圧延試験を種々行った結果を開示したなどと主張する。

しかしながら,甲24の圧延機は,上下の熱間ロールをヒーターに

より加熱可能な構成を備えているが,入,出両側に巻取機を設置して

おらず,バックアップロールも備えていない(甲24)ことからする

と,たとえ被告大野ロールの担当者が甲24の圧延機を視認していた


34
としても,それだけでは,原告から被告大野ロールに対し本件発明1

−1の特徴的部分が具体的に開示されたということはできないし,大

阪工業大学から原告のところに搬入されたとする上記装置が本件発明

1−1の特徴的部分を備えていたことを認めるに足りる証拠もない。

そもそも,平成13年以降,原告が行っていた研究開発は,当初は,

鋳造したマグネシウム合金をそのまま圧延するもので,可逆可能なリ

バース圧延を前提としたものではなく(甲14の1),甲24の圧延

機では,ロール加熱と可逆可能な構成を一応備えるようになるものの,

入,出両側に巻取機を設置しておらず,圧延材としてコイル状に巻き

取られたマグネシウム合金シートを圧延する構成までは備えていなか

った(甲24)こと,平成16年4月に作成された本件仕様書及びこ

れに先立ち作成された甲21の計画では,初めて加熱可能な巻取機と

リバース圧延機に関する記載が出てくるが,逆に加熱,昇温可能なワ

ークロールとバックアップロールという構成はもちろんのこと,ロー

ル加熱という構成すら記載されていないことからすると,結局のとこ

ろ,原告において,これらの構成を一体として組み合わせる発想があ

ったと認めることはできず,その具体的検討はなされていなかったと

みるのが相当である。ほかに,原告が本件発明1−1の特徴的部分を

着想及び具体化し,これを被告大野ロールに対し開示した事実を認め

るに足りる証拠はなく,これに反する原告の主張は採用できない。

(ウ) 以上のとおり,本件圧延技術と本件発明1−1とは明らかに相違して

おり,かつ,この相違点について,原告から被告大野ロールに対し具体

的開示があったと認めることもできないから,本件発明1−1の発明者

が原告のX@及びXAであるとする原告の主張は理由がない。

イ 本件発明2−1及び2−3

(ア) 本件発明2−1及び2−3は,「薄物金属シートがマグネシウム合金


35
である場合,マグネシウム合金は常温でトリミングすると,微小クラッ

クが発生する等の不都合を起こしやすい」(本件明細書2の段落【00

05】)が,「従来の装置は,常温でのマグネシウム合金の割れやすさ

への配慮はなされていない」(同【0006】)ので,「多パス圧延に

よって生じた板幅端部のクラック部,形状不良部をトリミングして健全

な製品コイルを製造することを目的」(同【0007】)としてなされ

たものであり,「マグネシウム合金シートを所定温度に加熱した状態で

トリミングするので,マグネシウム合金シートにクラックが発生するこ

とを防止でき,製品の品質を良好に保つことができる」 【0012】
(同 )

という効果を奏するものである。

このことからみて,本件発明2−1及び2−3の特徴的部分は,「前

記巻戻機の下流側に配されて前記コイル材から巻き戻された前記マグネ

シウム合金シートを所定温度に加熱する加熱炉」にあるといえる。

(イ) 前記のとおり,かかる特徴的部分は,本件発明2−1及び2−3と本

件圧延技術の相違点でもあり,本件仕様書に記載された本件圧延設備と

本件発明2−1及び2−3に係る圧延設備とでは,巻取機の下流側に配

置された加熱炉を有するか否かの点において明らかに構成が異なってい

るから,本件仕様書の交付のみでは,原告から被告大野ロールに対し,

前記本件発明2−1及び2−3の特徴的部分について開示があったとい

うことはできないし,ほかに,原告から被告大野ロールに対し,上記特

徴的部分について開示があったことを認めるに足りる証拠はない。

(ウ) これに対し,原告は,本件仕様書に記載された本件圧延設備と本件発

明2−1及び2−3に係る構成2−1とは,装置の外観上,異なって見

えるようであるが,装置の機能,動作を考えた場合,本件圧延設備中央

のヒータ炉(本件仕様書図1の右側のヒータ炉)は,マグネシウム合金

薄板を加工温度に加熱,保温し,これを下流のシャー,トリミング装置


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に供給するものであり,機能上,構成2−1と何ら異なるところはない

から,本件発明2−1及び2−3の技術は,原告が開示した技術(本件

仕様書に記載された本件圧延技術及び原告の平成13年以来の開発技

術)の一部を抽出し,外観上異なる構成に変更したものであり,原告が

提供した情報を使用したものであると主張する。

しかしながら,被告らが指摘するように,本件仕様書に記載された本

件圧延技術2は,本件圧延設備中央の巻取りコイラーをそのまま巻出し

コイラーとして用いることによって,同コイラーを格納する本件圧延設

備中央のヒータ炉の加熱機構をそのまま利用しようとするものであり,

本件発明2−1及び2−3とは明らかに構成及び機能が相違するもので

あるところ,当該相違点は本件発明2−1及び2−3の特徴的部分に係

るものであり,原告の上記主張は,同特徴的部分に係る構成上及び機能

上の相違を無視するもので,採用することができない。

(エ) 以上のとおり,本件圧延技術と本件発明2−1及び2−3とは明らか

に相違しており,かつ,この相違点について,原告から被告大野ロール

に対し具体的開示があったと認めることもできないから,本件発明2−

1及び2−3の発明者が原告のX@及びXAであるとする原告の主張は

理由がない。

(3) 以上によれば,本件各発明の発明者がX@及びXAであると認めることは

できないから,原告が,同人らから本件各発明について特許を受ける権利

承継する余地はなく,本件各発明について特許を受ける権利を有すると認め

ることはできない。

3 争点(3)(被告大野ロールは本件不作為義務を負うか)について

前記のとおり,本件各発明は被告大野ロールが原告から開示を受けた本件圧

延技術とは明らかに相違しており,かつ,ほかに原告が被告大野ロールに対し

これを開示した事実は認められないから,本件各発明は本件秘密保守契約が定


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める秘密事項に当たると認めることはできない。

したがって,被告大野ロールが被告IHIらに対し本件各発明を提案したこ

とは,本件秘密保守契約等に違反するものということはできず,同契約に基づ

いて,被告大野ロールが,原告に対し,本件各発明を使用ないし利用したマグ

ネシウム薄板圧延設備を製造,販売,頒布してはならない義務(本件不作為義

務)を負うとすることはできない。

4 結論

以 上 の 次 第 で ,原 告 の 請 求 は い ず れ も 理 由 が な い か ら 棄 却 す る こ と と し ,

主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第40部



裁判長裁判官



岡 本 岳



裁判官



坂 本 康 博



裁判官



寺 田 利 彦




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(別紙)

出 願 目 録



1 (出願番号) 特願2007−269057

(公開日) 平成21年5月7日

(出願人) 被告IHIら

(発明の名称) マグネシウム合金熱間圧延装置

(特許請求の範囲

【請求項1】

圧延機の入,出側両端にマグネシウム合金シートを各々コイル状態で加

熱,保温可能な巻取機を設置し,前記マグネシウム合金シートを複数リバ

ース圧延にて順次厚み圧下するマグネシウム合金熱間圧延装置において,

前記圧延機は,表面温度をある一定温度に加熱,昇温可能なワークロー

ルとバックアップロールとを備える

ことを特徴とするマグネシウム合金熱間圧延装置。

【請求項2】

前記圧延機は,加熱,昇温可能な小径ロールも設置可能な段数切換え圧

延機であることを特徴とする請求項1に記載のマグネシウム合金熱間圧延

装置。

【請求項3】

前記圧延機と前記一対の巻取機との各々の間に複数対の加熱,昇温可能

な上下ロールを組み込んだピンチロールを配し,マグネシウム合金コイル

の通板に供し,前記ピンチロール間に張力調節装置を設置することを特徴

とする請求項1または2記載のマグネシウム合金熱間圧延装置。

発明者

ZB,ZC,ZD,Y@,YA


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2 (出願番号) 特願2007−269059

(公開日) 平成21年5月7日

(出願人) 被告IHIら

(発明の名称) マグネシウム合金シートのリコイリング設備

(特許請求の範囲

【請求項1】

固定マンドレルに巻回したマグネシウム合金のコイル材を巻き戻し可能

にする巻戻機と,

前記巻戻機の下流側に配されて前記コイル材から巻き戻された前記マグ

ネシウム合金シートを所定温度に加熱する加熱炉と,

前記加熱炉の下流側に配されて前記マグネシウム合金シートの両側縁を

切り取るトリマーと,

前記トリマーの下流側に配されて前記マグネシウム合金シートを巻き直

す巻取機と,

を備えることを特徴とするマグネシウム合金シートのリコイリング設備。

【請求項2】

前記トリマーの下流側且つ前記巻取機の上流側に配されて前記マグネシ

ウム合金シートの両側縁から切り取られたスクラップを巻き取るスクラッ

プボーラーを更に備える

ことを特徴とする請求項1に記載のマグネシウム合金シートのリコイリン

グ設備。

【請求項3】

前記加熱炉の下流側且つ前記トリマーの上流側に配されて前記マグネシ

ウム合金シートの形状不良を修正するレベラーを更に備える

ことを特徴とする請求項1又は2に記載のマグネシウム合金シートのリコ

イリング設備。


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【請求項4】

前記巻取機は,前記マグネシウム合金シートを固定マンドレルなしに巻

き直すことを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載のマグネシ

ウム合金シートのリコイリング設備。

発明者

ZB,ZC,ZD,Y@,YA

以上




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