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事件 平成 23年 (ネ) 10040号 特許権移転登録手続請求控訴事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2011/10/13
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
判例全文
判例全文
平成23年10月13日判決言渡 同日原本受領 裁判所書記官

平成23年(ネ)第10040号 特許権移転登録手続請求控訴事件

原審・大阪地方裁判所平成22年(ワ)第6146号

口頭弁論終結日 平成23年9月29日

判 決

控 訴 人 X

同訴訟代理人弁護士 小 野 健 二

被 控 訴 人 Y

同訴訟代理人弁護士 山 崎 道 雄

主 文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1 控訴の趣旨

1 原判決を取り消す。

2 被控訴人の請求をいずれも棄却する。

3 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。

第2 事案の概要

1 本件は,被控訴人(原審原告)が,控訴人(原審被告)に対し,両者間の平

成20年5月29日付け売買契約(代金400万円。以下「本件売買契約」とい

う。)に基づき,控訴人が有する原判決別紙特許目録記載の2件の特許(以下これ

らの特許に係る発明を「本件各特許発明」という。)に係る特許権(以下「本件各

特許権」という。)の各2分の1の持分につき移転登録手続を求める事案である。

原判決は,本件売買契約の成立を前提に,控訴人の主張する本件売買契約の解除

も,また,控訴人の主張する本件売買契約に基づく移転登録をするための条件も認

められないとして,被控訴人の請求を認容した。

1
2 前提となる事実(いずれも当事者間に争いがない)

(1) 被控訴人は,自動販売機の販売を主たる業務とする訴外大和ベンディング

株式会社(以下「大和ベンディング」という。)の代表取締役である。

控訴人は,訴外株式会社ティー・ワイ・テック(以下「TYT」という。)の従

業員であるが,平成15年9月12日,「網状電極による植物処理方法」と称する

発明について自己を特許権者として設定の登録(特許第3471585号)を受け

た(甲1)ほか,平成17年4月22日,「食用物処理装置」と称する発明につい

て自己を特許権者として設定の登録(特許第3668848号)を受けた(甲3)。

以上の各発明に係る特許権が本件各特許権である。

(2) 被控訴人は,控訴人との間で,平成20年5月29日,本件各特許権のう

ち各2分の1の持分を代金400万円で買い受ける旨の合意をした。これが本件売

買契約である。

なお,本件売買契約に際して作成された「特許権一部譲渡契約書」と題する書面

(甲5。以下「本件契約書」という。)には, (本件各特許権の持分の移転)登録


については,買主において当面留保し,その後の売主との協議の動向,情勢等を勘

案し,適当な時期において登録するものとし,この際には売主は直ちにこの登録に

協力するものとする。」との条項(2条2項。以下「本件条項」という。)がある。

3 本件訴訟の争点

(1) 本件条項の解釈(争点1)

(2) 本件売買契約の解除の成否(争点2)

(3) 停止条件の特約の有無(争点3)

第3 当事者の主張

1 争点1(本件条項の解釈)について

〔被控訴人の主張〕

(1) 本件契約書の本件条項は,本件各特許権の持分の移転登録の時期について

被控訴人の請求時と定めている。

2
(2) 被控訴人は,控訴人に対し,平成21年2月24日付け内容証明郵便をも

って,そのころ,本件売買契約に基づく本件各特許権の各2分の1の持分について

移転登録手続をすることを請求した。

〔控訴人の主張〕

(1) 本件契約書の本件条項からは,本件各特許権の持分の移転登録の時期を被

控訴人の請求時とする明確な文意を認めることができない。

(2) 本件条項について,原判決認定のように被控訴人の請求時に履行時期が到

来するものと解釈すると,被控訴人は,いつでも自由に移転登録請求ができてしま

うから,本件条項は,後記の本件停止条件を明記することが依頼者である被控訴人

の有利にならず,さりとて移転登録の時期を明記すると控訴人が署名・押印を拒む

ことが予見されたことから,本件契約書の起案に当たった被控訴人側の司法書士が

苦肉の策として記載したものであるにすぎない。

また,控訴人が移転登録に必要な書類一式を,TYT代表者であり控訴人の父親

でもある A(以下「A」という。)及び B 弁理士(以下「B 弁理士」という。)に預け

たのは,本件売買契約締結によって本件各特許権の各2分の1の持分が直ちに被控

訴人に移転されることを恐れたからであって,書類の預託という事実は,本件条項

の解釈として被控訴人の請求時に履行時期が到来することを裏付けるものではない。

むしろ,本件契約書5条1項は,被控訴人の書面による承諾を得ない限り控訴人が

本件各特許権を自由に処分できない旨を規定しているが,このことは,本件売買契

約が単純な特許権の持分の売買ではないことを示している。

2 争点2(本件売買契約の解除の成否)について

〔控訴人の主張〕

(1) 被控訴人は,本件売買契約に基づき,本件各特許発明実施品の販売を行

う新会社(以下「本件新会社」という。)を設立する義務を負っていた。

控訴人は,被控訴人に対し,遅くとも平成21年5月25日までに,民事調停申

立書をもって,被控訴人による本件新会社設立の不履行を理由として,本件売買契

3
約を解除する旨の意思表示をした。

(2) また,被控訴人と控訴人との間では,本件売買契約締結時に,現金の授受

が実際にはなかったし,被控訴人は,本件新会社設立のために出資することが当然

の前提とされていながらこれを出資していないから,法的には本件売買契約の代金

400万円を弁済したことにならないと評価されるべきである。そして,控訴人は,

被控訴人に対し,上記のとおり本件売買契約の代金400万円を現在に至るまで支

払っていないことや本件提訴等の一連の紛争によって,控訴人・被控訴人間の信頼

関係が完全に破壊されていることを理由として,平成22年9月30日,原審第3

回弁論準備手続期日において,本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。

(3) したがって,本件売買契約は,前記(1)又は(2)の解除によって,失効した。

(4) なお,TYTは,被控訴人から,平成20年5月30日(本件売買契約締

結の翌日),TYTが同年11月30日を初回として毎月末日までに28万円(最

終回は20万円)を分割弁済するとの約定で,1000万円を借り受けた(以下

「本件金銭消費貸借契約」という。)ほか,その後,合計350万円を借り受けた

が,本件金銭消費貸借契約に基づく分割弁済債務のうち,同年11月分ないし平成

21年1月分の3か月分を支払わなかった。

〔被控訴人の主張〕

(1) 被控訴人による本件新会社設立は,本件売買契約に基づく債務ではないし,

本件新会社が設立に至らなかったのは,控訴人やTYTから必要な情報提供等がな

かったためである。

(2) 被控訴人は,控訴人との間で,本件売買契約締結時に,本件新会社の出資

金として控訴人が被控訴人に対して交付すべき400万円と本件売買契約代金40

0万円の支払債務とを相殺する旨を合意した。

(3) なお,被控訴人は,控訴人との間で,本件金銭消費貸借契約締結時に,T

YTの当該契約に基づく債務を連帯して保証する旨を合意した。

そして,被控訴人は,控訴人に対し,平成21年12月21日,同日時点のTY

4
Tに対する本件金銭消費貸借契約等に基づく債権の残金1266万円に関し,上記

連帯保証契約に基づく債権を自働債権として,本件売買契約に基づく代金400万

円の支払債務を受働債権として,対等額で相殺する旨の意思表示をした。

(4) したがって,控訴人主張の本件売買契約の解除は,いずれにせよ理由がな

い。

3 争点3(停止条件の特約の有無)について

〔控訴人の主張〕

(1) 控訴人は,被控訴人との間で,本件売買契約締結に当たり,被控訴人にお

いて本件新会社を設立することを本件売買契約の効力発生に係る停止条件とする旨

を合意した(以下「本件停止条件」という。 。


(2) 原判決は,本件停止条件が存在しないとの認定の根拠として,その旨の合

意文書が存在しないことや,控訴人が領収証を作成したことなどを挙げる。

しかしながら,本件契約書は,被控訴人側の司法書士が作成したものであること,

A は,本件停止条件の合意が口頭でされた旨を供述し,本件売買契約締結に同行し

た C(以下「C」という。)も,本件契約書を詐欺話ではないかと疑ったほどである

から,本件停止条件が本件契約書に明記される機会がなかったことは,明らかであ

る。むしろ,本件契約書5条1項は,被控訴人の書面による承諾を得ない限り控訴

人が本件各特許権を自由に処分できない旨を規定しているが,このことは,本件新

会社設立後,本件各特許権を共有のままで使用することを意味している。

また,条件が成就するか否かは契約締結時には不明であるから,本件売買契約に

伴って領収証(甲6)を作成したことは,本件停止条件の存在と矛盾するものでは

ない。むしろ,被控訴人は,本件契約締結時に,上記領収証の交付に対し,「本件

新会社設立の出資金として」との記載がある領収証(乙1)を交付しており,現金

の授受も,行われなかったのであるから,本件売買契約には通常の履行期の定めが

なかったことが窺われる。原判決の認定によれば,被控訴人は,無償に近い形で本

件各特許権の各2分の1の持分を取得する一方,控訴人は,いつになるか分からな

5
い本件新会社の設立をただ待っているだけで,しかも本件各特許権を自由に処分で

きないという,およそ経済合理性のない結果になってしまうのである。

さらに,原判決は,本件各特許権の持分の移転登録は,本件金銭消費貸借契約に

基づく債務の履行についての担保の提供であった旨を認定する。しかしながら,本

件金銭消費貸借契約等の契約書(甲14,15)の7条には,TYTの訴外米久株

式会社に対する債権を担保とする旨の記載がある一方で,本件各特許権を担保とす

る旨の記載など一切ない。

以上のとおり,原判決による本件停止条件不存在との認定は,誤りであり,むし

ろ,A 及び C の供述,本件契約書(甲5)並びに領収証(甲6,乙1)に照らせば,

本件停止条件の存在は,明らかである。

〔被控訴人の主張〕

(1) 本件売買契約締結に当たり,本件新会社の設立を本件売買契約の効力発生

に係る停止条件とする合意はなかった。

なお,被控訴人と控訴人との間で,本件売買契約締結当時,本件新会社設立の計

画はあったが,控訴人やTYTが本件契約書所定(6条「売主は,買主の共有持分

権の権利行使を円滑にするために,買主に対して適切な技術援助を提供するものと

する。)の本件各発明の実施品の製造販売に必要な情報提供をしなかったため,同


計画は,頓挫した。

(2) 本件契約書は,控訴人及び被控訴人の双方から依頼を受けた司法書士によ

り作成されたものであり,作成に至る過程で,控訴人及び A も内容を了解していた

ばかりか,A も証言するとおり,締結時には一字一句読み上げた上で最終確認がさ

れたものである。そして,本件契約書にも本件金銭消費貸借契約の契約書にも,本

件新会社設立に関する記載はなく,その他に本件新会社設立を本件売買契約の停止

条件とする合意を記載した書面は,存在しない。

本件条項は,本件各特許権の持分の移転登録時期を,被控訴人の請求時と定めて

いると見るほかなく,特許権の持分の売買に当たっては代金支払い後直ちに移転登

6
録手続を行うのが通常であるから,移転登録時期を被控訴人の意思によるとしても

何ら不自然ではない。むしろ,本件条項は,控訴人らが本件新会社設立に協力し,

本件金銭消費貸借契約に基づく貸付金の弁済がされる限り,移転登録手続を留保す

ることとしたにすぎないのに,控訴人らは,必要な情報提供をせず,本件各特許権

の持分の移転登録手続もされないまま,貸付金の弁済を受けていないのである。さ

らに,控訴人は,本件売買契約に当たって領収証(甲6)を交付し,かつ,本件売

買契約締結後,直ちに移転登録手続に必要な書類(甲12)を作成しているが,こ

れらのことは,本件停止条件の存在とは相容れない事実である。

本件売買契約が担保としての側面も併せ持っていたことは,A が自認するところ

であるし,本件契約書5項1項は,特許法73条1項の趣旨を反映させただけの,

ごく当たり前の条項である。

さらに,被控訴人は,TYTに対して1000万円以上の金員を融資しているか

ら,本件新会社設立に関する計画が頓挫した場合,多額の損失を被ることになる。

被控訴人は,そのような場合であっても自ら本件各特許権を実施して投下資本を回

収できるようにするために本件売買契約を締結したものである一方,控訴人らは,

被控訴人から多額の融資を受けることができ,本件各特許権の実施品の販売につい

て被控訴人の協力を得られるから,本件売買契約には経済合理性が認められる。

第4 当裁判所の判断

1 認定事実

前記前提となる事実,証拠(甲1〜6,11〜17,乙1〜5,10,14〜1

7,原審 A の証言)及び弁論の全趣旨によると,次の事実を認めることができる。

(1) 控訴人は,食品の鮮度保持装置の製造等を業とするTYTの従業員であり,

TYTの代表取締役である A の子であるが,平成15年9月12日,「網状電極に

よる植物処理方法」と称する発明について自己を特許権者として設定の登録(特許

第3471585号)を受けた(甲1)ほか,平成17年4月22日,「食用物処

理装置」と称する発明について自己を特許権者として設定の登録(特許第3668

7
848号)を受けた(甲3)。

(2) TYTは,かねてより資金繰りに窮していたところ,TYT代表者である

A は,自動販売機の販売等を業とする大和ベンディングの代表取締役である被控訴

人を知人から紹介され,被控訴人との間で,TYTの窮状や,本件各特許発明の実

施品の販売について話し合うようになった。そして,A は,平成20年5月末に予

定されていたTYTの1000万円の支払について資金調達の目途が立っていなか

ったこともあり,同月初旬ころ,被控訴人に対し,TYTへの融資と上記実施品の

販売についての協力を依頼した。被控訴人と A とは,協議の結果,同月27日ころ

までに,TYTとは別に被控訴人が本件新会社を設立し,本件新会社が上記実施

を販売して利益を得ること,A が本件新会社の取締役になり,その株式の40%を

取得することなどの事業計画を立てたほか,被控訴人がTYTに対して融資をする

ことで合意したが,A は,被控訴人に対し,その際,総額2000万円の融資を依

頼していた(乙5,15,16,原審 A の証言)。

(3) 被控訴人,控訴人及び A は,平成20年5月29日,D 司法書士(以下「D

司法書士」という。)の事務所において,D 司法書士及び A の知人である C の同席

のもと,被控訴人がTYTに対して1000万円を無利子で融資し,同年11月3

0日を初回として毎月末日までに28万円(最終回は20万円)を分割弁済とする

金銭消費貸借契約並びに A 及び控訴人が当該契約上の債務を保証する旨の契約書

(甲14)のほか,文言が同じであるが金額及び日付等が白地の契約書(甲15)

を作成した。

また,被控訴人は,その際,控訴人との間で,本件各特許権のうち各2分の1の

持分を代金400万円で買い受ける旨の契約書(本件契約書。甲5)を作成したが

(本件売買契約),その際,本件新会社の出資金として控訴人が被控訴人に対して

交付すべき400万円と本件売買契約代金400万円の支払債務とを相殺する旨を

合意し,実際の現金の授受はせずに,控訴人は,当該代金400万円の領収証(甲

6)を,被控訴人は,「貴殿と当方共同出資に係る新会社設立のための出資金とし

8
て」と記入された領収証(乙1)を,それぞれ相手に交付した。

そして,被控訴人は,同年5月30日,TYTに対して1000万円を交付し

(本件金銭消費貸借契約),その後,TYTに対して合計350万円を交付してい

ずれも貸し渡した。

(4) 本件契約書(甲5)等の文言は,D 司法書士が事前に被控訴人及び A と電

話で打ち合わせるなどした上で作成したもので,D 司法書士は,署名捺印に際して,

被控訴人及び控訴人らに対してその一字一句を読み上げて確認をした(甲11,原

審 A の証言)。なお,本件契約書には,次の各条項がある。

1条2項「買主は,この契約締結と同時に上記売買代金を売主に支払い,売

主はこれを受領した。」

2条1項「本契約による売主から買主への本権の一部移転に伴う特許原簿へ

の登録に必要な書類一式は下記弁理士に預託するものとする。(B 弁理士の氏名住

所等)」

2条2項「上記登録については,買主において当面留保し,その後の売主と

協議の動向,情勢等を勘案し,適当な時期において登録するものとし,この際に

は売主は直ちにこの登録に協力するものとする。(本件条項)


5条1項「売主は,第2条の登録前であっても買主の書面による承諾を得な

ければ本権の自己保有部分に係る共有持分及びこの契約に基づく売主の地位を第三

者に譲渡し,又はこれを担保に供することができないものとする。」

(5) 控訴人は,本件売買契約締結後まもなく,B 弁理士に対する本件各特許権

の譲渡証書(甲12)及びその委任状(甲13)を交付した。

(6) A は,平成20年5月末ころ,本件金銭消費貸借契約に基づき借り受けた

1000万円をTYTの支払に充てたが,A が被控訴人に依頼していた総額200

0万円の融資が直ちに受けられなかったことについて,被控訴人に対して強い不満

を抱いた。

そのため,A は,被控訴人が本件各特許発明実施品販売の事業計画実現に向け

9
て製造原価等の情報開示を求めたのに対し,同年7月28日ころ,TYT作成名義

で大和ベンディング宛の同日付け書簡(乙2)をもって,当該情報開示については

韜晦してこれに応じようとせず,むしろ,上記事業計画にTYTが協力する前提と

して,総額2000万円の融資を求めた。また,TYTは,その後も資金繰りが苦

しい状況が続き,本件各特許発明実施品のデモ機も,被控訴人が求めた10台の

うち4台しか引き渡さなかった(乙5,10)ほか,本件金銭消費貸借契約に基づ

く分割弁済債務のうち,同年11月分ないし平成21年1月分の3か月分を支払わ

なかった。

(7) そのため,被控訴人は,A らに対して不信感を強め,被控訴人代理人弁護

士を通じて,控訴人に対し,平成21年2月24日付け内容証明郵便(乙3)をも

って,本件売買契約に基づく本件各特許権の各2分の1の持分について移転登録

続をすることを請求し,当該内容証明郵便は,そのころ,控訴人に到達した。

(8) A は,平成21年3月10日,被控訴人代理人弁護士及び被控訴人と,被

控訴人代理人弁護士の事務所において面談し,その際,控訴人が本件売買契約に基

づき本件各特許権の各2分の1の持分について直ちに移転登録をする義務を負って

いることを争わなかったが,これを任意に履行することについては,本件新会社設

立や,自己を本件新会社の取締役とすること及び自己の報酬割合の確定などを条件

として持ち出した(甲16,17,乙17)。

(9) 控訴人は,平成21年4月ころ,被控訴人を相手方として,本件各特許権

が控訴人に帰属することの確認を求める民事調停を申し立て,その申立書において,

本件新会社の設立が本件各特許権の各2分の1の持分の移転登録の条件ないし被控

訴人の義務であるが,その義務が履行されていないと主張して,本件売買契約を解

除する旨の意思表示を行い(乙4),当該申立書は,遅くとも同年5月25日まで

に,被控訴人に到達した(乙5)。

また,控訴人は,被控訴人に対し,平成22年9月30日,原審第3回弁論準備

手続期日において,本件売買契約の代金400万円を現在に至るまで支払っていな

10
いことや本件提訴等の一連の紛争によって控訴人・被控訴人間の信頼関係が完全に

破壊されていることを理由として,本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。

2 争点1(本件条項の解釈)について

(1) 被控訴人は,本件条項について,本件各特許権の持分の移転登録の時期を

被控訴人の請求時と定めたものである旨を主張する。

(2) 本件条項は,「上記登録については,買主において当面留保し,その後の売

主との協議の動向,情勢等を勘案し,適当な時期において登録するものとし,この

際には売主は直ちにこの登録に協力するものとする。」というものである。そして,

本件条項の文言によると,売主(控訴人)は,本件売買契約締結当時において当面

留保された債務の履行(移転登録への協力)について,「適当な時期」には「直ち

に」「協力する」義務を負っていることになるが,ここにいう「適当な時期」を決

定すべき外部的な条件又は期限については本件売買契約書には具体的な記載がなく,

むしろ,「適当な時期」との文言は,「買主(被控訴人)において…勘案し,」と

「登録する」との間に置かれているから,当該「適当な時期」は,被控訴人の主張

のとおり,買主(被控訴人)が随意に決定すべきものであると解釈するのが自然で

あるといえる。

そして,本件売買契約締結当時,控訴人の父である A と被控訴人との間では本件

新会社の設立等の事業計画が存在する一方で,本件金銭消費貸借契約によりTYT

に対する無利子による多額の融資を控えていたのであるから,被控訴人としては,

当該事業計画の成否にかかわらず,本件金銭消費貸借契約の履行を確実なものとす

るために本件各特許権の持分について随時に移転登録を受けることができるように

しておくことについては,十分な合理性があるといえる。他方,被控訴人は,本件

売買契約によりその締結時に代金400万円を支払うこととされており(本件売買

契約1条2項),現に,前記認定のとおり,その債務を履行済みであったのだから,

控訴人は,本件各特許権の持分の譲渡に対する代償を既に得ていたといえるのであ

って,やはり当該事業計画の成否にかかわらず,その移転登録を求められた以上,

11
これに直ちに協力することとされてもやむを得ない立場にあったものといえる。す

なわち,本件売買契約当時の控訴人及び被控訴人の置かれた立場及び利害関係に照

らすと,本件条項の「適当な時期」との文言を被控訴人の随意に決定すべきもので

あると解釈することは,それ自体何ら不合理なものとはいえない。しかも,控訴人

は,本件売買契約締結後まもなく,B 弁理士に対する本件各特許権の譲渡証書及び

その委任状を交付し,本件各特許権の持分を随時に移転登録できるように行動して

いるところ,控訴人のこのような行動は,本件条項の上記解釈を裏付けるものとい

える。

このように,本件条項の「適当な時期」は,本件条項の文言によっても,本件売

買契約締結当時の事情によっても,買主(被控訴人)が随意に決定すべきものであ

ると解釈するのが自然であり,この解釈を左右するに足りる事実又は証拠は,見当

たらない。したがって,本件条項によれば,被控訴人による移転登録の請求があれ

ば,控訴人にはこれに直ちに協力する義務が発生するものと認められる。

(3) 以上に対して,控訴人は,本件条項について,被控訴人側の司法書士が苦

肉の策として記載したにすぎないなどと主張する。

しかしながら,前記のとおり,本件売買契約当時の控訴人及び被控訴人の置かれ

た立場及び利害関係に照らすと,本件条項の「適当な時期」との文言を被控訴人の

随意に決定すべきものであると解釈することは,それ自体何ら不合理なものとはい

えないことに加えて,D 司法書士が本件契約書及び本件金銭消費貸借契約の契約書

等の作成に当たって A の意向も聴取し,最終的にその条項を一字一句読み上げるな

どの慎重な手続を踏んでいたことは,前記認定のとおりであって,この認定を左右

するに足りる証拠はない。よって,控訴人の上記主張は,採用できない。

また,控訴人は,移転登録に必要な書類を B 弁理士に預けたのは,本件特許権の

持分が直ちに被控訴人に移転されることを恐れたためである旨を主張する。

しかしながら,上記書類を B 弁理士に預けることは,本件売買契約2条1項で規

定されたことであって,むしろ,控訴人が主張するような意図の存在を窺わせるに

12
足りる証拠はない。よって,控訴人の上記主張は,採用できない。

さらに,控訴人は,本件売買契約5条1項が,本件売買契約が単純な特許権の持

分の売買ではないことを示している旨を主張する。

しかしながら,本件売買契約5条1項は,将来における本件各特許権の持分の移

転登録を円滑に行わせる上で必要と考えられる規定であり,何ら不自然な点はない。

よって,控訴人の上記主張は,採用できない。

(4) 以上のとおり,本件条項は,本件各特許権の持分の移転登録の履行期につ

いて被控訴人の請求時と定めているものと認められ,かつ,被控訴人が控訴人に対

して平成21年2月24日ころに当該請求の意思表示をしたことは,当事者間に争

いがないから,被控訴人の主張に係る請求原因事実は,いずれもこれを認定するこ

とができる。

3 争点2(本件売買契約の解除の成否)について

(1) 控訴人は,被控訴人が本件新会社を設立する義務を負っていたことを前提

として,本件売買契約が既に解除された旨を主張し,原審 A の証言及び控訴人が申

し立てた民事調停の申立書(乙4)には,これに沿う部分がある。

(2) そこで検討すると,被控訴人と A との間に,本件売買契約締結当時,本件

新会社による本件各特許発明実施品の販売という事業計画が存在したことは,前

記認定のとおりである。

しかしながら,原審 A の前記証言は,本件停止条件の具体的内容が本件新会社の

法人格取得にとどまるのか株式の上場を含むのかについてすら曖昧であり,前記申

立書の記載も,本件新会社の設立が停止条件なのかそれ以外の契約上の義務である

のかについて曖昧であること,TYT(A)作成に係る大和ベンディング宛の平成

20年7月28日付け書簡では,本件各特許発明実施品販売という事業計画にT

YTが協力する条件として総額2000万円の融資を専ら挙げており,本件新会社

の設立については何ら触れられておらず,さらに,平成21年3月10日の被控訴

人代理人弁護士らとの面談の際には,本件新会社の設立等が本件各特許権の持分の

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移転登録の任意の履行の条件としていたにすぎないこととの関係で,A の供述や前

記申立書の記載には変遷ないし相違が見られること,被控訴人による義務又は本件

売買契約の停止条件とされる本件新会社の設立には主たる利害関係人である A の協

力が不可欠であるのに,この点について A が積極的に行動した形跡が見られず,む

しろ,総額2000万円の融資に応じなかった被控訴人に対する不満から情報開示

等の協力について甚だ消極的であったこと,被控訴人による本件新会社の設立義務

又は本件停止条件の存在を具体的に裏付けるに足りる書面が何ら存在せず,むしろ,

前記のとおり,本件条項が本件各特許権の持分の移転登録の履行期について被控訴

人の請求時と定めているものと認められることに鑑みると,控訴人の主張に沿うか

の如き原審 A の証言及び上記申立書の記載は,これを到底信用することができず,

他に被控訴人が本件新会社の設立義務を負っていたことを裏付けるに足りる的確な

証拠はない。

(3) また,控訴人は,被控訴人が売買代金を支払わなかったことなどを理由と

して本件売買契約を解除したとも主張する。

(4) そこで検討すると,被控訴人は,本件売買契約の代金400万円について,

その締結時に本件新会社設立の出資金として控訴人が支払うべき400万円を受領

したこととして相殺し,併せて相互に領収証を交付した旨を主張し,控訴人も,そ

の外形的事実を争うものではない。

そして,本件売買契約締結当時,本件新会社による本件各特許発明実施品の販

売という事業計画が存在した以上,そのために控訴人が400万円を出資すること

は,それ自体自然である一方,本件契約書にも,本件売買契約の代金400万円が

その締結時に弁済された旨が記載されている(1条2項)。したがって,控訴人が

被控訴人に対して上記出資金につき何らかの請求権を有するか否かはともかくとし

て,本件売買契約締結に当たり,その代金債権と本件新会社設立の出資金の支払債

権とが合意により相殺されたとの事実に疑いを差し挟むべき余地はなく,これによ

り,被控訴人は,控訴人に対し,本件売買契約の本旨に従ってその代金400万円

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を弁済したものと認めるのが相当である。

(5) 以上に対して,控訴人は,本件売買契約締結に当たって現金の授受がなか

った以上,その代金400万円が弁済されていないと評価すべきである旨を主張す

るもののようである。

しかしながら,本件売買契約の代金400万円と本件新会社設立の出資金400

万円とが合意により相殺されたことは,控訴人もこれを明確に争うものではないば

かりか,現金の授受がなかったことをもって当該代金債務が履行されていないと評

価すべき事情は,何ら見当たらない。

よって,控訴人の上記主張には理由がなく,採用できない。

(6) 以上のとおり,本件売買契約が解除によって失効したという控訴人の主張

は,いずれも採用できない。

4 争点3(停止条件の特約の有無)について

(1) 控訴人は,被控訴人との間で,本件売買契約締結に当たり,被控訴人にお

いて本件新会社を設立することを本件売買契約の効力発生に係る停止条件とする旨

を合意した(本件停止条件)旨を主張し,原審 A の証言及び控訴人が申し立てた民

事調停の申立書(乙4)にはこれに沿う部分がある。

(2) しかしながら,これらの証拠が到底信用できないことは,前記のとおりで

あり,他に本件停止条件の存在を認めるに足りる的確な証拠はない。

(3) 以上に対して,控訴人は,本件売買契約に同席した C も詐欺話ではないか

と疑ったほどであるから,本件停止条件については本件契約書に明記される機会が

なかったなどと主張する。

しかしながら,TYTは,本件売買契約締結当時,直近に1000万円の支払予

定を控えていたという窮状にあり,被控訴人との関係で交渉力が弱い立場にあった

という事情はあったものの,D 司法書士が本件契約書及び本件金銭消費貸借契約の

契約書等の作成に当たって A の意向も聴取し,最終的にその条項を一字一句読み上

げるなどの慎重な手続を踏んでいたことは,前記認定のとおりであって,この認定

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を左右するに足りる証拠はない。そうである以上,控訴人の上記主張は,採用でき

るものではない。

また,控訴人は,本件売買契約5条1項が,本件新会社設立後に本件各特許権を

共有のままで使用することを意味している旨を主張する。

しかしながら,前記のとおり,本件売買契約5条1項は,将来における本件各特

許権の持分の移転登録を円滑に行わせる上で必要と考えられる規定であり,何ら不

自然な点はないばかりか,同項から控訴人主張のような意図を読み取ることは,そ

れ自体不自然というほかない。よって,控訴人の上記主張は,採用できない。

さらに,控訴人は,本件停止条件が存在しない限り,本件売買契約には経済合理

性が認められない旨を主張する。

しかしながら,前記のとおり,本件売買契約当時の控訴人及び被控訴人の置かれ

た立場及び利害関係に照らすと,本件条項の「適当な時期」との文言を被控訴人の

随意に決定すべきものであると解釈することは,それ自体何ら不合理なものとはい

えない。よって,控訴人の上記主張は,採用できない。

(4) 以上のとおり,本件停止条件の存在は,これを認めることができない。

5 結論

以上の次第であるから,被控訴人の請求を認容した原判決は正当であって,本件

控訴は棄却されるべきものである。



知的財産高等裁判所第4部



裁判長裁判官 滝 澤 孝 臣




裁判官 井 上 泰 人

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裁判官 荒 井 章 光




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