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事件 平成 21年 (行ケ) 10107号 審決取消請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2011/10/11
権利種別 特許権
判例全文
判例全文
平成23年10月11日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官

平成21年(行ケ)第10107号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成23年9月29日
判 決

原 告 栄 研 化 学 株 式 会 社
訴訟代理人弁護士 永 島 孝 明

安 國 忠 彦
明 石 幸 二 郎
浅 村 昌 弘

弁理士 磯 田 志 郎
白 洲 一 新

桂 田 健 志
被 告 株 式 会 社 ダ ナ フ ォ ー ム

訴訟代理人弁護士 山 上 和 則
弁理士 辻 丸 光 一 郎

中 山 ゆ み

吉 田 玲 子

伊 佐 治 創

被 告 独 立 行 政 法 人 理 化 学 研 究 所

訴訟代理人弁護士 熊 倉 禎 男
小 和 田 敦 子

弁理士 滝 澤 敏 雄

復代理人弁護士 渡 辺 光

弁理士 新 谷 雅 史



主 文




特許庁が無効2008−800091号事件について平成21年3月17

日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告らの負担とする。



事 実 及 び 理 由
第1 原告の求めた判決

主文同旨


第2 事案の概要

本件は,被告らが特許権者である特許の無効審判請求について,特許庁がした請
求不成立の審決の取消訴訟である。争点は,審判における手続違背の有無,訂正請

求における違法の有無,訂正発明の進歩性の有無,訂正発明のサポート要件違反の
有無である。以下において「被告」というときは,被告らを総称するものとする。

1 特許庁における手続の経緯
被告は,発明の名称を「核酸の増幅法」とする本件特許第3867926号(平

成15年10月29日出願,平成18年10月20日設定登録)の特許権者である

が,原告は,平成20年5月20日,本件特許の請求項1〜21について,無効審

判の請求をした(無効2008−800091号)。

被告は,平成20年8月4日付けで第1次訂正請求を行った(同請求は,次の本

件訂正請求により取り下げられたものとみなされた。)が,特許庁は,平成21年1
月7日の口頭審理において,被告に対し,無効理由の通知を行った。これを受けて,

被告は,同年2月6日付けで本件訂正請求を行った。

特許庁は,平成21年3月17日,「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立

たない。」との審決をし,その謄本は,同年3月27日,原告に送達された。

2 訂正発明の要旨

本件訂正請求により訂正された本件発明のうち,特許請求の範囲の請求項1に係




る訂正発明1の要旨(請求項1の記載)は,以下のとおりである。

「鋳型核酸中の標的核酸配列と相補的な核酸を合成する方法であって,
(a)標的核酸配列の3′末端部分の配列(A)にハイブリダイズする配列(A
c′)を3′末端部分に含んでなり,標的核酸配列において前記配列(A)よりも

5′側に存在する配列(B)の相補配列(Bc)にハイブリダイズする配列(B′)
を前記配列(Ac′)の5′側に含んでなるプライマーであって,プライマー中に

おいて前記配列(Ac′)と前記配列(B′)との間に介在配列が存在しない場合
には,前記配列(Ac′)の塩基数をXとし,標的核酸配列中における前記配列(A)
と前記配列(B)に挟まれた領域の塩基数をYとしたときに,Xが10〜30の範

囲にあり,
(X−Y)/Xが−1.00〜0.75の範囲にあり,かつ,X+Yが3
0〜50の範囲にあり,プライマー中において前記配列(Ac′)と前記配列(B′)

との間に介在配列が存在する場合には,XおよびYを前記の通りとし,該介在配列
の塩基数をY′としたときに,Xが10〜30の範囲にあり,{X−(Y−Y′)}

/Xが−1.00〜0.75の範囲にあり,かつ,X+Y+Y′が30〜50の範
囲にあるプライマーを用意する工程,

(b)鋳型核酸を用意する工程,

(c)前記プライマーを前記鋳型核酸にアニーリングさせ,プライマー伸長反応

を行なって前記標的核酸配列の相補配列を含む相補核酸を合成する工程,

(d)工程(c)により合成された相補核酸の5′側に存在する配列(B′)を

同相補核酸上に存在する配列(Bc)にハイブリダイズさせ,これにより,鋳型核
酸上の前記配列(A)の部分を一本鎖とする工程,および

(e)工程(d)により一本鎖とされた鋳型核酸上の前記配列(A)の部分に,

前記プライマーと同一の配列を有する他のプライマーをアニーリングさせて鎖置換

反応を行なうことにより,工程(c)により合成された相補核酸を,前記他のプラ

イマーにより新たに合成される相補核酸で置換する工程,

を含んでなり,工程(c),工程(d)および工程(e)が等温で行われる,方法。」




3 審判で原告が主張した無効理由(撤回された無効理由1(新規性の欠如)は

除く。)及び職権により通知された職権無効理由とそれらに対する審決の判断
(1) 無効理由2
本件訂正に係る発明は,引用例1(特開2000−37194号公報,甲1)に

記載された引用発明1に,引用例2(EMBL/GenBank/DDBJ データベースにある
Accession No. Z72478 の Hepatitis B virus のDNA配列,甲2)に記載された引用発

明2及び引用例3(特許第3313358号公報,甲3)に記載された引用発明3
を適用することにより,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,
特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり,その特許

は,同法123条1項2号に該当し,無効にすべきものである。
(2) 職権無効理由1

本件訂正請求前の各発明(請求項1〜21)は,引用発明1及び優先日前の周知
技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法

29条2項の規定により特許を受けることができないものであり,その特許は,同
123条1項2号に該当し,無効にすべきものである。

(3) 職権無効理由2

本件訂正請求前の各請求項の記載が,明細書のサポート要件に適合せず,特許法

36条6項1号の規定を満たすとはいえず,当業者が本件明細書の開示から各請求

項1〜21に係る発明を容易に実施できず,同法36条4項1号の規定を満たさな

いから,本件訂正前の各特許は,同法123条1項4号に該当し,無効とすべきも
のである。

(4) 審決の判断

審決は,本件訂正を関係法規に適合すると認めた上,前上記無効理由2,職権無

効理由1及び職権無効理由2を,訂正後の発明について判断し,これらをいずれも

否定した。





第3 原告主張の審決取消事由

1 取消事由1(手続違背)
原告は,審判請求書において,特許登録時の請求項1〜21に記載された発明に
係る特許を無効とすることを請求したが,被告の第1次訂正によって,請求項1〜

21の記載が変更されたため,第1次訂正後の請求項1〜21に記載された第1
次訂正発明に係る特許も無効であることを主張した。その後,第1次訂正発明に

ついて無効理由が通知されたことを受け,被告は,本件訂正を行った。
そして,審決は,原告に対して意見を陳述する機会を与えることなく本件訂正を
認めた上で,訂正発明1と引用発明1とを対比して,本件訂正によって新たに請求

項1に追加された記載を相違点として認定した。すなわち,本件訂正によって,請
求項1における「介在配列が存在しないプライマー」 (X−Y)
は, /Xの範囲を「−

1.00〜1.00」から「−1.00〜0.75」に変更され,
「Xが10〜30
の範囲にある」及び「X+Yが30〜50の範囲にある」という要件が追加され,

審決は,訂正発明1と引用発明1との間の相違点として,訂正発明1に係るプライ
マーは,(X−Y)/Xが−1.00〜0.75の範囲にあり,かつ,X+Yが3


0〜50の範囲にある・・・点で相違する」
(35頁1行〜6行)と認定しているの

であり,まさに本件訂正によって追加,変更された記載が相違点とされているので

ある。

また,後記取消理由2において主張するとおり,本件訂正は,特許法134条

2第5項で準用する特許法126条3項の規定に適合しないものであり,認められ
るものではないが,この点についても,原告に何ら主張の機会すら与えられていな

い。

したがって,本件訂正について,原告に意見を陳述する機会を与えることなくな

された審決は,結論に影響を及ぼす手続上の重大な瑕疵が存在するのであるから,

取消しを免れない。

2 取消事由2(訂正要件に関する違法=新規事項)




本件訂正の訂正事項a,c,e,f,g,h,i及びjは,介在配列が存在しな

い場合のプライマーについて,「Xが10〜30の範囲にあり,(X−Y)/Xが−
1.00〜0.75の範囲にあり,かつ,X+Yが30〜50の範囲にあり」と記
載して,「X」「
,(X−Y)/X」及び「X+Y」の特定の数値範囲の組合せを構成

要件としている。この構成要件について,審決は,各数値範囲の式を変形して連立
させることによって,
「配列(A)と前記配列(B)に挟まれた領域の塩基数Yが少

なくともY≧6であることが必要であるといえる。(35頁17行〜18行)と解

釈している。
しかし,特定の数値範囲を組み合わせることによって,異なる要件が新たに把握

されるのであれば,願書に添付した明細書又は図面には,単に各数値が独立して
記載されているだけでは不十分であり,特定の数値範囲の組合せ又は新たに把握さ

れる要件についての開示も必要とされるのである。
例えば,当初明細書には,「X」「
,(X−Y)/X」及び「X+Y」の数値範囲に

ついて,上限及び下限の各数値についての記載があるにとどまり,
「Xが10〜30
の範囲にあり,
(X−Y)/Xが−1.00〜0.75の範囲にあり,かつ,X+Y

が30〜50の範囲にある」という特定の数値範囲の組合せについては全く記載さ

れていない。この点は,介在配列(塩基数はY′)が存在する場合における「Xが

10〜30の範囲」「
,{X−(Y−Y′)}/Xが−1.00〜0.75の範囲」及

び「X+Y+Y′が30〜50の範囲」という数値範囲においても同様である。

以上のとおり,本件訂正は,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の
範囲内においてされたものではないので,特許法134条の2第5項で準用する

特許法126条3項の規定に適合しないものであり,認められない。

3 取消事由3(進歩性に関する判断の誤り)

審決は,以下に述べるとおり,引用発明1における示唆又は動機付けを看過し,

引用発明3を誤解し,更には周知技術の認定を誤った結果,本件訂正に係る発明が,

引用発明1ないし引用発明3に基づいて,又は引用発明1及び周知技術に基づいて,




当業者が容易に発明をすることができたものではないという誤った結論に至ったも

のである。
(1) 引用発明1における示唆又は動機付け
引用発明1には,以下に述べるとおり,配列(A)と配列(B)の間に一定の距

離である領域(Y)を備えた構成の開示又は示唆が存在するのであり,また,二次
構造の形成が適切になされる必要があることの示唆が存在するのである。したがっ

て,審決の「引用例1には,安定したループを形成させるためにアニールする配列
(A)と配列(B)の間に一定の距離である領域Yを挟むように,プライマーの5′
側に存在する配列(Ac′)と3′末端部分配列(B′)を設計することについて

は記載も示唆もない。(35頁27行〜30行)という認定判断は,特定の一実施

形態に引用発明1を限定するものであり,明らかに誤りである。

すなわち,引用発明1には,初期プライマー内に第1のセグメント(B′)及び
第2のセグメント(C)を設けることにより,第2のセグメント(C)と伸長配列

の一部(C′)との間で自己ハイブリダイゼーションさせて二次構造を形成し,二
次構造の形成で一本鎖となった特定の核酸配列の部分に新たな初期プライマーを結

合させ,その伸長により先の伸長プライマーを分離するプロセスが開示されている。

引用例1の図1において,第1のセグメント(B′)と伸長配列の一部(C′)と

を隣接させた点は,単なる一実施態様としての例示にすぎず,かかる構成に引用発

明1が限定されるものではないことは,引用発明1の技術的意義から明らかである。

このように,引用発明1には,特定の核酸配列の第1の部分及び第2の部分の間
に本件訂正に係る発明における領域”Y”を設定した場合でも,プライマーの伸長生

成物がステムループを形成し,次のプライマーが結合する第1の部分を一本鎖とす

ることについての開示又は示唆が存在するのである。

さらに,引用発明1において,自己ハイブリダイゼーションによって二次構造を

形成することは,第1のセグメント(B′)を特定の核酸配列から分離し,第2の

初期プライマーを特定の核酸配列に結合させる契機となるものであるから,安定な




二次構造を形成する必要性があることは,引用例1から自明な事項である。

(2) 引用発明3に基づく容易想到
引用発明3に,具体的に,X=19,Y′=2,Y=23であり, X−
{ (Y−Y′)}
/Xが−0.11となり,X+Y+Y′が44となる「FAプライマー」,及びX=

23,Y′=2,Y=16であり,{X−(Y−Y′)}/Xが0.39となり,X
+Y+Y′が41となる「PSARAプライマー」が開示されていることは,審決

も認める(42頁1行〜17行)。これらの開示は,それぞれ訂正発明1の「Xが1
0〜30の範囲にあり,{X−(Y−Y′)}/Xが−1.00〜0.75の範囲に
あり,かつ,X+Y+Y′が30〜50の範囲にある」という要件を満たしている。

ところが,審決は,引用発明3の「10≦Y≦70」という数値範囲について,
「本発明の特徴となっている,3′末端に同一鎖上の一部F1cにアニールするこ

とができる領域F1を備え,この領域F1が同一鎖上のF1cにアニールすること
によって,塩基対結合が可能な領域F2cを含むループを形成することができる核

酸は,様々な方法によって得ることができる。もっとも望ましい態様においては,
次の構造を持ったオリゴヌクレオチドを利用した相補鎖合成反応に基づいてその構

造を与えることができる。 ことを前提とした記載である」
」 (42頁22行〜36行)

と決め付ける。

しかし,引用例3には,
「自己アニールを優先的に行うためには,両者の距離が不

必要に離れないほうが望ましい」 「自己アニールによるループの形成において,
及び

両者があまりにも接近している場合には望ましい状態のループの形成を行うには不
利となるケースも予想される。」という記載も存在する。これらの記載は,特定の増

幅方法に限定されるものではなく,自己アニールによるループの形成についての一

般的な条件を開示しているのである。よって,引用発明1の自己ハイブリダイゼー

ションによって形成される二次構造に引用発明3の技術事項を適用することは,当

業者にとって何らの困難性もないのである。

また,審決は,引用発明3のプライマーが,
「鋳型核酸上の前記配列の部分を一本




鎖とした鋳型核酸上の前記配列の部分に,前記プライマーと異なる配列を有するア

ウタープライマーではなく,同一の配列を有する他のプライマーをアニーリングさ
せて等温で鎖置換反応を行なうといった核酸合成方法にも適用可能な構造として言
及したものではない」(43頁8行〜12行)と断定する。

しかし,引用発明1の「特定の核酸配列の第1の部分(B)と結合し,テンプレ
ート依存性の伸長をし得る第1のセグメント(B′)及び特定の核酸配列の第2の

部分(C)に実質的に同一の第2のセグメント(C)を含む初期プライマー(また
は核酸構築物)」も,引用発明3の「特定の塩基配列を持つ核酸の領域X2cに相補
的な塩基配列を持つ領域X2(F2又はR2ともいう)及び特定の塩基配列を持つ

核酸における領域X2cの5′側に位置する領域X1cと実質的に同じ塩基配列を
持つ領域X1c(F2又はR2ともいう)とで構成され,X2の5′側にX1cが

連結されたオリゴヌクレオチド」も,プライマーを構成する2つのセグメント(領
域)の機能は同一である。引用発明3の鎖置換合成方法において,引用発明1と異

なる点は,引用発明3においては,アウタープライマーを添加し,アウタープライ
マーの伸長により伸長プライマーを分離する点だけであり,両者のプライマーは相

互に適用可能な構造なのである。

(3) 周知技術に基づく容易想到

審決は,「引用例1ないし6には,安定したループを形成させるためにアニール

する配列(A)と配列(B)の間に一定の距離である領域Yを挟むように,プライ

マーの5′側に存在する配列(Ac′)と3′末端部分配列(B′)を設計することにつ
いては記載も示唆もなく,本件優先日前の周知技術から自明であるともいえない。」

(54頁1行〜5行)と認定する。

しかし,平成13年10月18日に公開された国際公開第WO01/77317

号パンフレット(甲9), 平成14年7月2日に公開された特開2002−186

481号公報(甲10)及び平成13年11月8日に公開された国際公開第WO0

1/83817号パンフレット(甲11)に記載されているように,本件優先日




時,鎖置換反応を利用した核酸配列の合成方法及び増幅方法の技術分野において,

自己アニールによるループ,すなわち,自己ハイブリダイゼーションによって形成
される二次構造について,「両者の距離(訂正発明の領域Y)が不必要に離れない
ほうが望ましいこと」及び「両者があまりにも接近している場合には望ましい状態

のループの形成を行うには不利となるケースも予想されること」も,Yを挟むよう
にプライマーを設計することも,いずれも周知技術であったものである。

なお,甲9ないし甲11には,いずれも鎖置換反応を利用した核酸配列の合成方
法及び増幅方法の技術分野に関する発明が開示されており,それらのプライマーは,
伸長後,ステムループ構造を形成する点において,引用発明1ないし引用発明3と

共通する。また,甲9の実施例4には,訂正発明の数値範囲を満たすプライマーを,
アウタープライマーを使用した反応だけではなく,アウタープライマーを除いた反

応にも適用可能であることが開示されている
しかも,甲9ないし甲11の記載によれば,本件優先日当時,本件訂正に係る発

明の「Xが10〜30の範囲にあり,
(X−Y)/Xが−1.00〜0.75の範囲
にあり,かつ,X+Yが30〜50の範囲にあり」及び「Xが10〜30の範囲に

あり,{X−(Y−Y′)}/Xが−1.00〜0.75の範囲にあり,かつ,X+

Y+Y′が30〜50の範囲にある」という要件を満たすプライマーも周知であっ

たといえる。

4 取消事由4(記載不備に関する判断の誤り)

本件訂正に係る発明は,
「X」「
,(X−Y)/X」及び「X+Y」,又は「X」「
,{X
−(Y−Y′)}/X」及び「X+Y+Y′」という特定の数値範囲の組合せを構成

要件としているところ,特定の数値範囲を組み合わせることによって,異なる要件

が新たに把握される場合には,訂正明細書(甲8の10)の発明の詳細な説明にお

いて,この要件についても開示されている必要がある。

しかし,上記取消理由2において詳述したとおり,訂正明細書の発明の詳細な説

明には,それぞれの数値範囲の上限及び下限の個々の数値については記載されてい




るが,上限の各数値と下限の各数値との間の関連性についての記載はなく,また,

「(X−Y)/X」と「X+Y」との間の関連性についての記載もない。さらに,発
明の詳細な説明には,「Xが10〜30の範囲にあり,(X−Y)/Xが−1.00
〜0.75の範囲にあり,かつ,X+Yが30〜50の範囲にある」という特定の

数値範囲の組合せも,「Y≧6」という記載も何ら存在しない。
したがって,本件訂正に係る発明は,特許法36条6項1号の規定を満たさない。



第4 被告の反論
1 取消事由1に対し

原告には,第1次訂正に係る本件発明に対して,平成20年10月10日付け弁
駁書,平成20年12月12日付け口頭陳述要領書,平成21年1月7日の口頭審

理及び平成21年2月6日付け上申書において,意見を述べる機会が与えられた。
本件訂正は,第1次訂正よりも,更に本件発明を減縮するものであり,この減縮

によって引用例1ないし3に対し,本件訂正に係る発明の相違がより大きくなる。
したがって,無効理由2により,第1次訂正に係る本件発明の進歩性が否定できな

いのに,更に相違が大きくなった訂正発明の進歩性を無効理由2により否定できな

いのは,自明である。したがって,原告に対し,第1次訂正に対して意見を述べる

機会を与えたことは,本件訂正に対しても実質的に意見を述べる機会を与えたこと

になる。

また,原告は,本件訂正に対し反論する機会を実質的に与えられていた。すなわ
ち,被告は,平成20年12月12日付け陳述要領書において本件訂正の文案を示

し,平成21年1月7日に開催された口頭審理において,本件訂正案について資料

を提出して説明し,審判官による詳細な質疑が行われた。当然ながら,原告の意見

も求められたが,原告は,当初の審判請求書で引用した公知文献による主張以上の

主張を行わなかった。さらに,原告は,その後の審理終結の日までにおいても,本

件訂正請求に対して意見を述べることが可能であった。現に,原告は,口頭審理の




際に提出した上申書において,もっぱら本件訂正案において示された特許請求の範

囲記載の発明の進歩性及び記載不備要件について主張し,審判官の本件訂正案に対
する指摘にも触れている。
したがって,原告は,実質的には,本件訂正に意見を述べているのであって,形

式的に,本件訂正に関し,審判官が再度の意見を求める機会を付与しなかったから
といって,手続上なんらの不利益を被っていない。

なお,本件訂正に係る発明について,引用例1ないし3によって進歩性の欠如の
無効理由が認められないのであれば,進歩性の欠如の無効理由を主張するためには,
引用例1ないし3に加えて,新たな「特許を無効にする根拠となる事実」の存在を

証明する証拠を追加的に提出し,それに基づき主張立証することが必要となるが,
その主張立証のためには,審判請求書の要旨を変更する補正が必要となり,審理を

不当に遅延させるものとなる。
2 取消事由2に対し

本件訂正において追加・変更した事項は,すべて当初明細書に記載されてい
る。具体的には,@「Xが10〜30の範囲」,すなわち,配列(Ac′)の塩基

数が10〜30ヌクレオチドであることについては,本件特許公報11頁38行〜

40行に,A「(X−Y)/Xが−1.00〜0.75の範囲」については,同頁1

8行〜22行に,B「X+Yが30〜50の範囲」については,同頁22行〜25

行に,C「{X−(Y−Y′)}/Xが−1.00〜0.75の範囲」については,

同頁26行〜30行に,D「X+Y+Y′が30〜50の範囲」については,同頁
30行〜33行に,それぞれ明示的に記載されている。

そして,「X」 「
, (X−Y)/X」及び「X+Y」の数値範囲の限定は,プラ

イマーそのものの構成要素を追加等するものではなく,請求項に含まれるプラ

イマーを,「X」 「
, (X−Y)/X」及び「X+Y」が好適な数値範囲を有する

もののみに限定するにすぎないから,発明特定事項の一部を限定するものであ

り,原告が主張する構成要件発明特定事項)の追加ではない。なお,
「Y≧6」




であることは,「X」 「
, (X−Y)/X」及び「X+Y」の数値範囲から当然に

導き出される帰結である。
したがって,本件訂正が,願書に添付した明細書等の記載の範囲内,又は明細書
等の記載から自明な事項として認められることは,常識である。

3 取消事由3に対し
(1) 引用発明1について

原告が主張する引用例1の図9に示される核酸合成法は,訂正発明1の核酸合成
法とは,全く異なる。
すなわち,引用例1の段落【0147】の記載によれば,プライマー伸長鎖が鋳

型核酸(テンプレート)から分離されるのは,(ab)と(a′b′)の分子内ア
ニールによる二本鎖形成によるものであり,第2のプライマーの伸長反応による鎖

置換反応で分離されるものでないことは,当業者であれば明らかである。引用例1
の図9に記載されているプライマー伸長鎖は,その鎖長が短いため,ステムループ

構造の形成で,鋳型配列(テンプレート)から分離することができるのである。
しかも,引用例1の図9のB及びCには,プライマー伸長鎖は,鋳型核酸(テン

プレート)から分離された後,二次構造(ステムループ構造)を形成するように図

示されており,このように二次構造を形成しない状態で鋳型核酸(テンプレート)

から分離し(図9B),その後,二次構造(ステムループ構造)を形成する(図9

C)ように記載したのは,熱変性によりプライマー伸長鎖を鋳型核酸(テンプレー

ト)から分離させる方法も含めるためである。
引用例1の図9に示す核酸増幅方式が,鎖長が極めて短いプライマー伸長鎖を形

成し,これにより,増幅反応中間体も鎖長が短いものを形成することを目的とした

ものであることは,引用例1の図10及び図11からも明らかである。

(2) 引用発明3について

原告は,訂正発明1が,当業者において,引用発明3に基づき容易に想到可能で

ある旨を主張する。しかし,引用発明3に記載される核酸増幅方法は,LAMP法




であり,LAMP法がその基本原理からアウタープライマーを必須の構成要素とす

ることは,本件優先日前において当業者において周知である。このようにアウター
プライマーを必須とする引用発明3を,アウタープライマーを必須としない核酸合
成方式が記載された引用発明1に対し適用することは,当業者において不自然かつ

困難である。
また,原告は,原告が出願人である国際出願公報(甲9)において,アウタープ

ライマーなしで増幅した例が記載されていることを理由に,引用発明1に引用発明
3を適用可能であると主張する。
しかし,甲9においては,等温増幅法としてアウタープライマーを必須とするL

AMP法を採用することを推奨し,その実証のために,実施例4において,アウタ
ープライマーを使用したLAMP法の例と,アウタープライマーを使用しない等温

増幅法とを比較し,アウタープライマーを使用しないと増幅速度が遅れるから,ア
ウタープライマーを使用したLAMP法が有利であることを述べていることは,当

業者であれば容易に理解できる。そして,甲9の実施例の教示に従い,当業者は,
アウタープライマーを除くことはなく,アウタープライマーを使用するLAMP法

実施することになる。また,甲9の実施例1には,アウタープライマーの使用を

必須条件とする記載がある。

(3) 周知技術について

原告が周知技術として主張する甲9ないし甲11は,すべて原告が出願人である

特許文献であり,訂正発明1の条件に該当するプライマーは,すべてLAMP法に
使用するプライマーである。したがって,原告が周知技術と主張するのは,LAM

P法においては妥当であるが,本件訂正に係る発明の核酸合成方式においては周知

技術ではない。

(4) 訂正発明1と引用発明1及び3との相違

訂正発明1は,以下の@〜Bに述べるとおり,
「中間体形成反応の初期反応」を特

定し,「中間体形成反応の初期反応」の効率を向上させたものである。これに対し,




引用発明1及び3は,ループにプライマーがアニールする中間体形成反応の後期反

応や増幅反応を特定するものであって,特定する反応段階が異なるのである。
すなわち,@ 訂正発明 1 の特許請求の範囲の前提部分において,
「標的核酸配列
と相補的な核酸を合成する」ことが訂正発明1の目的であることが明記されている。

したがって,訂正発明1の特定する反応は,標的核酸配列から合成された「相補的
な核酸」から更に相補鎖を合成する反応(中間体形成反応の後期反応と増幅反応)

とは明確に区別されている。A 前記前提部分の記載に加えて,請求項1の工程(a)
の「標的核酸配列の3′末端部分の配列(A)」という記載から明らかなように,訂
正発明1の「標的核酸配列」の3′末端は,TP(ターンバックプライマー)がア

ニールする配列(A)の3′末端で終わっている。これに対し,
「中間体形成反応の
後期反応」や「増幅反応」での「3′端にループを形成している鎖」では,TPが

アニールする配列の3′末端側よりも外側に,TPの5′側がアニール可能な配列
がある。B 請求項1の工程(e)において,他のTPは,標的核酸配列の一本鎖にな

った配列(A)にアニールするのであって,工程(d)で形成されたループにはアニー
ルしない。これに対し,
「中間体形成反応の後期反応」や「増幅反応」での「3′端

にループを形成している鎖」では,TPはループにアニールする。

4 取消事由4に対し

本件訂正に係る事項が,訂正明細書に記載されていることは,前記2で述べ

たところから明らかである。



第5 当裁判所の判断

取消事由3(進歩性に関する判断の誤り)について検討する。

1 審決の認定について

(1) 審決が認定した訂正発明1と引用発明1との相違点は,以下のとおりであ

る。
「引用例1に記載された「FCおよびRCプライマー」は,前記配列(Ac′)の





塩基数をXとし,標的核酸配列中における前記配列(A)と前記配列(B)に挟まれ

た領域の塩基数をYとしたときに,
(X−Y)/Xが1.00であり,かつ,X+Yが

20であるのに対して,本件発明1に係るプライマーは,プライマー中において前記

配列(Ac′)と前記配列(B′)との間に介在配列が存在しない場合には,プライ

マーの配列(Ac′)の塩基数をXとし,標的核酸配列中における前記配列(A)と

前記配列(B)に挟まれた領域の塩基数をYとしたときに,
(X−Y)/Xが−1.0

0〜0.75の範囲にあり,かつ,X+Yが30〜50の範囲にあるものであり,プ

ライマー中において前記配列(Ac′)と前記配列(B′)との間に介在配列が存在

する場合には,XおよびYを前記の通りとし,該介在配列の塩基数をY′としたとき

に,{X−(Y−Y′)}/Xが−1.00〜0.75の範囲にあり,かつ,X+Y+

Y′が30〜50の範囲にある点。」

なお,審決では,引用例1に記載された発明として,上記のとおり,
(X−Y)/
Xが1.00であり,かつ,X+Yが20のものを認定しているが,引用例1はそ

のような塩基数の数式パラメータの観点から発明を特定するものではない。
(2) また,審決は,引用発明3の方法に使用されるオリゴヌクレオチド(プラ
イマー)関して,以下のとおり認定する。
「・・・「FAプライマー」は,「標的核酸配列の3′末端部分の配列(F2c)に

ハイブリダイズする配列(F2)を3′末端部分に含んでなり,標的核酸配列におい

て前記配列(F2c)よりも5′側に存在する配列(F1c)の相補配列(F1)に

ハイブリダイズする配列(F1c)を前記配列(F2)の5′側に含んでなるプライ

マー」であり,「RAプライマー」は「標的核酸配列の3′末端部分の配列(R2c)

にハイブリダイズする配列(R2)を3′末端部分に含んでなり,標的核酸配列にお

いて前記配列(R2c)よりも5′側に存在する配列(R1c)の相補配列(R1)

にハイブリダイズする配列(R1c)を前記配列(R2)の5′側に含んでなるプラ

イマー」である。

また,
「配列依存的な核酸合成反応を触媒する公知のポリメラーゼが認識するプライ





マーの鎖長が,最低5塩基前後であることから,アニールする部分の鎖長はそれ以上

である必要がある。加えて,塩基配列としての特異性を期待するためには,確率的に

10塩基以上の長さを利用するのが望ましい。」こと,「したがってより望ましくは,

領域X2cおよびその5′側に位置する領域X1cとの距離が,0〜100塩基,さ

らに望ましくは10〜70塩基となるように設計する。なおこの数値はX1cとX2

を含まない長さを示している」のであるから,すなわち本件発明1におけるプライマ

ーを規定するパラメーターと同様に,前記配列(X2)の塩基数をXとし,標的核酸

配列中における前記配列(X1c)と前記配列(X2c)に挟まれた領域の塩基数を

Yとしたときには,10≦X,10≦Y≦70が好ましいことが記載されている。

・・・
「FAプライマー」として具体的に開示された,第26番塩基配列からなるP

SAFAプライマーは,図17のPSA F2の相補配列を標的核酸配列の結合部位と

して結合し増幅するものであるが,配列(F1c)の相補配列(F1)にハイブリダ

イズする配列(F1c)に相当する5′末端の23塩基と,介在塩基の2塩基と,標

的核酸配列の3′末端部分の配列(F2c)にハイブリダイズする配列(F2)に相

当する3′末端の19塩基とからなる。よって,Xの値は19,Y′の値は2となる。

そして,図17から分かるように,PSA F2とPSA F1cとの間には,23塩

基が介在しているため,Yの値は23となる。

そして,第27番塩基配列からなるPSARAプライマーは,図17のPSA R2

配列を標的核酸配列の結合部位として結合し増幅するものであるが,配列(R1c)

の相補配列(R1)にハイブリダイズする配列(R1c)に相当する5′末端の23

塩基と,介在塩基の2塩基と,標的核酸配列の3′末端部分の配列(R2c)にハイ

ブリダイズする配列(R2)に相当する3′末端の19塩基とからなる。よって,X

の値は23,Y′の値は2となる。そして,図17から分かるように,PSA R2と

PSA R1cとの間には,16塩基が介在しているため,Yの値は16となる。」

(3) 引用例3には,審決の上記認定のとおり,プライマーの塩基数として「1

0≦Y≦70」のものが好ましいことが記載され,
「10≦X≦50」とすることも




記載されている(審決摘示事項ケ) 具体的に記載されたプライマーの塩基数につい


ては,Y=23,Y=16を充足するものが開示され,Y=23のときY′=2,
X=19であり,Y=16のときY′=2,X=23であるから,これを前提とし
て算定を行うと,Y=23,Y′=2,X=19のときX+Y+Y′=44,
{X−

(Y−Y′)}/X=約−0.11であり,Y=16,Y′=2,X=23のときX
+Y+Y′=41,{X−(Y−Y′)}/X=約0.39である。

以上のことからすると,引用発明3は,前記相違点の訂正発明1に係る構成とし
て特定される数値や数式を満足する構成を開示しているものと認められる。
2 そこで,引用発明3に開示された上記構成を,引用発明1に適用することが

容易であるか否かを検討する。
(1) 引用発明3に開示された核酸の増幅方法は,引用例3の記載(請求項1,

第7欄32行〜第9欄32行,図5及び図6)によれば,核酸の増幅反応において,
鋳型の核酸にアニールし,プライマー伸長反応をすると自己アニールによってルー

プを形成するようなプライマー(オリゴヌクレオチド)を使用する方法と認められ
る。

また,引用例3には,次の記載がある。
「本発明のオリゴヌクレオチドの構造を決定する特定の塩基配列を持つ核酸とは,

本発明のオリゴヌクレオチドをプライマーとして利用するときに,その鋳型となる核

酸を意味する。本発明の合成方法に基づいて核酸の検出を行う場合には,特定の塩基

配列を持つ核酸とは,検出対象,あるいは検出対象から誘導された核酸である。特定

の塩基配列を持つ核酸は,少なくともその一部の塩基配列が明らかとなっている,あ

るいは推測が可能な状態にある核酸を意味する。塩基配列を明らかにすべき部分とは,

前記領域X2cおよびその5′側に位置する領域X1cである。この2つの領域は,

連続する場合,そして離れて存在する場合とを想定することができる。両者の相対的

な位置関係により,生成物である核酸が自己アニールしたときに形成されるループ部

分の状態が決定される。また,生成物である核酸が分子間のアニールではなく自己ア





ニールを優先的に行うためには,両者の距離が不必要に離れないほうが望ましい。し

たがって,両者の位置関係は,通常0−500塩基分の距離を介して連続するように

するのが望ましい。ただし,後に述べる自己アニールによるループの形成において,

両者があまりにも接近している場合には望ましい状態のループの形成を行うには不利

となるケースも予想される。ループにおいては,新たなオリゴヌクレオチドのアニー

ルと,それを合成起点とする鎖置換を伴う相補鎖合成反応がスムーズに開始できる構

造が求められる。したがってより望ましくは,領域X2cおよびその5′側に位置す

る領域X1cとの距離が,0〜100塩基,さらに望ましくは10〜70塩基となる

ように設計する。(第13欄6行〜33行)


これによれば,同一のプライマー上にある特定の塩基配列を持つ領域と相補的な
塩基配列を持つ領域とが,自己アニールを優先的に行うためには,両者の距離が不

必要に離れないほうが望ましく,また,両者があまりにも接近している場合には望
ましい状態のループの形成を行うのが不利になるという技術的知見に基づき,プラ

イマーの領域Yの塩基を10〜70とすることによって,新たなプライマーのアニ
ールと,それを合成起点とする鎖置換を伴う相補鎖合成反応が円滑に開始できるこ
とが開示されている。すなわち,プライマーの領域Yに着目し,この塩基を10〜

70とすると,効率的に核酸を合成できることが開示されており,引用例3の実施
例に具体的に記載される,Y=16やY=23のプライマーは,上記のような効率

的な核酸の合成ができるプライマーとして開示されているといえる。
一方,引用例1に記載された核酸の増幅方法も,鋳型の核酸にアニールし,プラ
イマー伸長反応をすると自己アニールによってループを形成するようなプライマー

を使用する方法であり,引用例1の実施例において使用されているプライマーは,
特定の配列を有するものであって,配列に含まれる塩基数の観点からみると,X=

20,Y=0のものである。
そうすると,引用発明1及び引用発明3は,いずれもループを形成するプライマ

ーを使用する核酸の増幅方法であって,核酸の増幅方法において効率的な反応を行




うことは,当業者にとって自明の技術課題であるから,より効率的な反応を行うこ

と目的として,引用発明1に開示されたプライマーの構成である,X=20,Y=
0のものに替えて,引用発明3に開示された効率的な反応が可能なプライマーの要
件,すなわち,
「10≦X≦50」「10≦Y≦70」であるプライマーや,Y=1


6(このときX=23,Y′=2),Y=23(このときX=19,Y′=2)とい
う要件を満足するプライマーの構成を採用することは,当業者が容易になし得るこ

とである。なお,引用例1には,引用例3に記載されるような要件を満足するプラ
イマーの使用を阻害するような記載は認められない。
したがって,訂正発明1は,引用発明1及び引用発明3に基づいて,当業者が容

易に発明をすることができたものである。
(2) この点に関して,審決は,
「(引用発明3が,)プライマーを鋳型核酸にアニーリングさせ,プライマー伸長反

応を行なって標的核酸配列の相補配列を含む相補核酸を合成し,鋳型核酸と伸長した

プライマーがアニーリングしたまま,合成された相補核酸の5′側に存在する配列を

同相補核酸上に存在する配列にハイブリダイズさせるものであって,かつ,これによ

り,鋳型核酸上の前記配列の部分を一本鎖とした鋳型核酸上の前記配列の部分に,前

記プライマーと異なる配列を有するアウタープライマーではなく,同一の配列を有す

る他のプライマーをアニーリングさせて等温で鎖置換反応を行なうといった核酸合成

方法」(43頁4行〜11行)

とは異なることを前提として,次のように判断する。
「(引用発明3の)アウタープライマーは,プライマーとは配列が異なるものであり,

すでにプライマーと鋳型核酸とがアニーリングしている領域の外側にハイブリダイズ

するものであるのに対して,引用例1に記載された発明のプライマーは,すでにプラ

イマーと鋳型核酸とがアニーリングしている領域に,同一の配列からなる次のプライ

マーをハイブリダイズさせる必要があるという点で相違し,このプライマー自体の構

成及び増幅方法の相違により,等温条件下で鎖置換反応を進行させるために甲第3号





証に記載された条件が,引用例1に記載された発明に直ちに適用できるとはいえな

い。(43頁末行〜44頁7行)


審決の上記判断は,引用発明1がアウタープライマーを使用しない方法であるの
に対して,引用発明3に開示された方法は,アウタープライマーの使用を要件とす

る方法であることを理由として,引用発明1に引用発明3を適用できないとするも
のである。

確かに,引用例3の図5に開示される方法は,相補鎖の置換をアウタープライマ
ーを用いて行うものであるが,同引用例の図2の(7)には,同引用例に記載され
た要件を満足するプライマーを使用することによって,ループに新しいプライマー

がアニールする反応が効率的に起こることが開示されており,当該プライマーと配
列が異なるアウタープライマーがこの反応に関係するものではない。すなわち,引

用発明3に開示された核酸の増幅方法では,ループにプライマーがアニールする段
階ではアウタープライマーの使用を必須の構成とするものではない。

一方,引用発明1に開示された核酸の増幅反応においても,図2のトに示される
ように,ループにプライマーがアニールする反応段階があり,当業者であれば,引

用発明1の核酸の増幅方法では,この反応段階を経て核酸が増幅されて行くものと

理解できるから,当該反応段階が効率化されれば,引用発明1の核酸増幅反応全体

としても,反応が効率化されると考えるといえる。

したがって,当業者は,当該反応段階自体,あるいは,当該反応段階を含む「増

幅反応」全体を効率化する目的で,引用発明3に開示された要件を満足するプライ
マーを使用することを,容易に想到するものと認められ,審決の上記判断は誤りと

いわなければならない。

3 被告の主張について

(1) 被告は,訂正発明1の特許請求の範囲の記載に基づき,同発明は「中間体

形成反応の初期反応」を特定するものであり,引用発明1及び3において,ループ

にプライマーがアニールする反応が開示されているとしても,これは中間体形成反




応の後期反応や増幅反応に関するものであるから,訂正発明 1 とは特定する反応段

階が異なると主張する。
そこで検討するに,訂正発明 1 の特許請求の範囲及び訂正明細書(甲8の10)
には,「中間体形成反応」と「増幅反応」とを区別し,訂正発明 1 が「中間体形成

反応」の「初期反応」のみを特定するものである旨の記載はなく,上記明細書の発
明の詳細な説明において,「中間体形成反応の初期反応」に着目することや,その

反応に限定した効果に関する具体的な記載はない。また,訂正発明1は,1つのプ
ライマーを特定し,核酸を「合成」するものであるが,プライマーが鋳型核酸にア
ニールする工程(c)〜(e)を含んでなる方法であって,その他のプライマーを

使用して核酸の「増幅」を行うような工程の存在を排除するものとはいえない。し
かも,訂正明細書の請求項9には,2つのプライマー(プライマーセット)を特定

して,標的核酸配列を「増幅」することが記載されており,同請求項に記載される
発明に特定される2つのプライマーのうち,1番目のプライマーに関する特定は,

訂正発明 1 と同じである。そうすると,同請求項の記載及び訂正明細書に「中間体
形成反応」の記載がないこと等に照らして,訂正発明 1 は,1番目のプライマーの

みを特定し,2番目のプライマーを特定しない発明であって,多数の相補鎖の「合

成」を繰り返し,結果として核酸が「増幅」することを目的とする方法と解するの

が相当である。

したがって,訂正発明1を「中間体形成反応の初期反応」のみに限定して解釈す

る旨の原告の主張を採用することはできない。
一方,引用例1の図1には,審決が相違点として認定したプライマーの塩基配列

に関する条件を除いて,原告の主張する核酸の増幅方法における「中間体形成反応

の初期反応」が開示されている。そして,上記相違点に係る条件を満足する構成が

引用発明3に開示され,この構成を引用発明1に採用することが当業者にとって容

易になし得ることは,前記説示のとおりである。確かに,引用例3の図2のトに開

示される上記構成は,ループにアニールするプライマーに関するものであり,原告




の主張する「中間体形成反応の初期反応」に関するものではないと解されるが,引

用発明3は,前記のとおり,同一のプライマー上にある特定の塩基配列を持つ領域
と相補的な塩基配列を持つ領域とが,自己アニールを優先的に行うためには,両者
の距離が不必要に離れないほうが望ましく,また,両者があまりにも接近している

場合には望ましい状態のループの形成を行うのが不利になるという技術的知見に基
づき,プライマーの領域の塩基数を特定することによって,新たなプライマーを合

成起点とする鎖置換を伴う相補鎖合成反応が円滑に開始できることを開示するので
あるから,同じく自己アニールによってループを形成するプライマーを使用する引
用発明1において,引用発明3の構成を採用しようと試みることに困難性はないも

のといえる。
(2) この点について被告は,訂正発明1が,「中間体形成反応の初期反応」の

効率を向上させたものであり,この点で引用発明1及び3と相違する旨主張する。
しかしながら,訂正明細書には,前記のとおり,「中間体形成反応」と「増幅反

応」とを区別した上,「中間体形成反応」の「初期反応」のみに着目することや,
その反応に限定した効果に関する具体的な記載はなく,実施例においても,電気泳

動写真に基づいて本件訂正に係る発明を実施したプライマーを用いることにより増

幅反応(全体)が短時間となり効率的であることを記述するのみであるから,被告

の上記主張は明細書の記載に基づくものではない。そして,明細書に記載された,

増幅反応が短時間で効率的な核酸合成ができるという上記効果は,当業者が,引用

発明1に引用発明3に開示された効率的な合成が可能なプライマーの要件を採用す
ることにより奏されるであろうと予期し得るものといえる。

したがって,訂正発明1が奏する効果の点で引用発明1及び3と相違するとの被

告の主張は,理由がないものといわなければならない。

4 小括

以上のとおり,原告の主張する取消事由3には理由があり,訂正発明1は,引用

発明1及び引用発明3に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたもので




あるから,これを前提とするその余の本件訂正に係る発明についても,改めてその

進歩性の有無を検討しなければならない。


第6 結論

よって,審決は取り消されるべきものであるから,原告の請求を認容することと
して,主文のとおり判決する。



知的財産高等裁判所第2部




裁判長裁判官
塩 月 秀 平




裁判官
清 水 節




裁判官
古 谷 健 二 郎