審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成23行ケ10021審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成21行ケ10107審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成22行ケ10351審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成22行ケ10404審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成22行ケ10282審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | アクセス / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 引用発明の認定 / 技術常識 / パリ条約 / 優先権 / 共有 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 交換 / 混同 / 拒絶査定 / 拒絶理由通知 / 請求の範囲 / 変更 / 独立特許要件 / |
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事件 |
平成
22年
(行ケ)
10388号
審決取消請求事件
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裁判所のデータが存在しません。 | |
裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2011/09/28 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
判例全文 | |
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判例全文
平成23年9月28日 判決言渡 平成22年(行ケ)第10388号 審決取消請求事件 平成23年7月27日 口頭弁論終結 判 決 原 告 ローベルト ボッシュ ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツング 訴訟代理人弁理士 亀 谷 美 明 同 松 本 一 騎 同 小 原 寿 美 子 同 平 山 淳 被 告 特 許 庁 長 官 指 定 代 理 人 新 川 圭 二 同 石 井 研 一 同 樋 口 信 宏 同 小 林 和 男 主 文 1 特許庁が不服2008−19854号事件について平成22年8月5日にし た審決を取り消す。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 事 実 及 び 理 由 第1 請求 1 主文と同旨 第2 争いのない事実 1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成13年12月27日,発明の名称を「複数の加入者間におけるデー タ交換方法,通信システム,バスシステム,メモリ素子,コンピュータプログラ ム。」とする発明について,特許出願(特願2001−397733。パリ条約に よる優先権主張2000年12月28日,ドイツ。以下「本願」という。)をした が,平成20年4月28日付けで拒絶査定を受け,同年8月5日付けで拒絶査定に 対する不服審判請求(不服2008−19854号事件)をし,同日付けで手続補 正書を提出(以下「本件補正」という。)した。 特許庁は,平成22年8月5日,本件補正を却下するとともに,「本件審判の請 求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月17日,原告に送達され た。 2 特許請求の範囲 (1) 本件補正後の本願の特許請求の範囲(甲3)の請求項1の記載は,次のとお りである(以下,この発明を「補正後発明」という。)。 「【請求項1】バスシステムを介して相互に接続されている少なくとも2つの加 入者間におけるデータ交換方法であって, 前記データは,前記加入者から前記バスシステムを介して伝送されるメッセージ 内に含まれており, 前記バスシステムの負荷に従って,伝送すべき各メッセージが前記加入者の送信 意図と実行された加入者の送信プロセスとの間に経過する予め設定される待ち時間 が保証できる間は,前記データは事象指向でバスシステムを介して伝送され, 他の場合には,前記データは時間制御されるモードでバスシステムを介して伝送 される, ことを特徴とする複数の加入者間におけるデータ交換方法。」 2 (2) 本件補正前の本願の特許請求の範囲(甲2。以下,明細書及び図面と併せて 「当初明細書」という場合がある。)の請求項1の記載は次のとおりである(以下, この発明を「補正前発明」という。)。 「【請求項1】バスシステムを介して相互に接続されている少なくとも2つの加 入者間におけるデータ交換方法であって, 前記データは,前記加入者から前記バスシステムを介して伝送されるメッセージ 内に含まれており, 前記バスシステムの負荷に従って,伝送すべき各メッセージが前記加入者の送信 意図と実行された加入者の送信プロセスとの間に経過する予め設定される待ち時間 が保証できる間は,前記データは事象指向でバスシステムを介して伝送され, 他の場合には,前記データは決定論的にバスシステムを介して伝送される, ことを特徴とする複数の加入者間におけるデータ交換方法。」 3 審決の理由 (1) 別紙審決書写しのとおりである。要するに,@補正後発明は,特開平8−2 74788号公報(甲1。以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引 用発明」という。)基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり, 本件補正は,補正後発明が特許出願の際独立して特許を受けることができないから, 平成18年法律第55号改正附則3条1項によりなお従前の例によるとされる同法 による改正前の特許法17条の2第5項において準用する特許法126条5項の規 定に適合せず,特許法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の 規定により却下すべきである,A補正前発明は,引用例の記載に基づいて当業者が 容易に発明できたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けるこ とができない,というものである。 (2) 上記判断に際し,審決が認定した引用発明の内容並びに補正後発明と引用発 明の一致点及び相違点は,以下のとおりである。 ア 引用発明の内容 3 「無線通信媒体を介して相互に接続されている無線基地局と端末間におけるデー タ交換方法であって, 前記データは,前記端末から前記無線通信媒体を介して伝送されるパケット信号 内に含まれており, 前記無線通信媒体の負荷に従って,伝送すべきパケット信号の受信誤り率が小さ い場合には,前記データは衝突の起こりうるアクセス方式で無線通信媒体を介して 伝送され, 他の場合には,前記データは衝突の起こりえないアクセス方式で無線通信媒体を 介して伝送される, 無線基地局と端末間におけるデータ交換方法。」 イ 一致点 両者が「データが,衝突の起こりうるアクセス方式と衝突の起こりえないアクセ ス方式で伝送されるデータ交換方法。」である点。 ウ 相違点 (ア) 相違点1 補正後発明では,「データ交換」が「バスシステムを介して相互に接続されてい る少なくとも2つの加入者間」で行われ,「データ」は「前記加入者から前記バス システムを介して伝送されるメッセージ内に含まれて」いるのに対し,引用発明で は「データ交換」が「無線回線を介して相互に接続されている無線基地局と端末 間」で行われ,「データ」は「前記端末から前記無線回線を介して伝送されるパケ ット信号内に含まれて」いる点。 (イ) 相違点2 「衝突の起こりうるアクセス方式」に関し,補正後発明では「事象指向」であっ て,「前記バスシステムの負荷に従って,伝送すべき各メッセージが前記加入者の 送信意図と実行された加入者の送信プロセスとの間に経過する予め設定される待ち 時間が保証できる間」は,データは当該方式で「バスシステムを介して伝送され」 4 るのに対し,引用発明では「前記無線通信媒体の負荷に従って,伝送すべきパケッ ト信号の受信誤り率が小さい場合」は,データは当該方式で「無線通信媒体を介し て伝送され」る点。 (ウ) 相違点3 「衝突の起こりえないアクセス方式」に関し,補正後発明では「時間制御される モード」であって,「他の場合に」は,データは当該方式で「バスシステムを介し て伝送される」のに対し,引用発明では「他の場合に」は,データは当該方式で 「無線通信媒体を介して伝送される」点。 (エ) 相違点4 補正後発明が「複数の加入者間における」データ交換方法であるのに対し,引用 発明が「無線基地局と端末間における」データ交換方法である点。 第3 当事者の主張 1 審決の取消事由に係る原告の主張 審決には,以下の(1)ないし(4)記載のとおりの認定,判断の誤りがあり,これら の誤りは結論に影響を及ぼすものであるから,審決は取り消されるべきである。 (1) 取消事由1(相違点2の認定等の誤り) 審決は,引用発明について,「前記無線通信媒体の負荷に従って,伝送すべきパ ケット信号の受信誤り率が小さい場合には,前記データは衝突の起こりうるアクセ ス方式で無線通信媒体を介して伝送され,他の場合には,前記データは衝突の起こ りえないアクセス方式で無線通信媒体を介して伝送される」無線基地局と端末間に おけるデータ交換方法(上記第2,3,(2),ア) と認定し,これに基づいて補正 後発明との相違点2を「『衝突の起こりうるアクセス方式』に関し,補正後発明で は『事象指向』であって,『前記バスシステムの負荷に従って,伝送すべき各メッ セージが前記加入者の送信意図と実行された加入者の送信プロセスとの間に経過す る予め設定される待ち時間が保証できる間』は,データは当該方式で『バスシステ ムを介して伝送され』るのに対し,引用発明では『前記無線通信媒体の負荷に従っ 5 て,伝送すべきパケット信号の受信誤り率が小さい場合』は,データは当該方式で 『無線通信媒体を介して伝送され』る点。」(上記第2,3,(2),ウ,(イ))と認 定した。 しかし,審決の認定は誤りである。 審決は,引用発明を認定するに当たり,「パケット信号の受信誤り率が衝突によ るものであり,衝突は高トラヒックによるものであるから,パケット信号の受信誤 り率は無線通信媒体の負荷に従う」ことを前提としている。しかし,審決の理解は, 以下のとおり誤りである。引用例の段落【0004】,【0006】,【000 9】,【0011】及び図5の記載によれば,パケット信号の受信誤り率は,衝突 のみによって変化するものではなく,無線回線品質の劣化によっても生じる。また, 引用例の段落【0004】には,衝突系のアクセス方式として挙げられたCSMA 方式において,移動体通信のように端末が互いに見通しにある場合が少なく,隠れ 端末の影響が大きい場合には,キャリアセンスが出来ないため,ICMA方式が用 いられ,パケットの衝突を低減してスループットを改善することが記載され,甲1 5には,隠れ端末が存在した場合には,衝突を起こす可能性が高いことが記載され (段落【0005】,【0006】),甲16には,無線通信間の距離や電波を通 さない障害物などの影響により,互いの無線信号が到達しない状態(隠れ端末問 題)が起こることが記載されている。上記各記載のとおり,隠れ端末が生じると, パケット信号の衝突が発生し,トラヒックに関わらずスループット特性が悪化する から,パケット信号の受信誤り率は,隠れ端末の存在によっても変化する。受信誤 り率は,無線通信回線の品質の劣化,隠れ端末の存在等の要因によって変動するの で,受信誤り率とトラヒックとの間には一定の相関関係はない。したがって,「パ ケット信号の受信誤り率が衝突によるものであり,衝突は高トラヒックによるもの であるから,パケット信号の受信誤り率は無線通信媒体の負荷に従う」との審決の 認定は誤りである。 また,引用例には,受信誤り率に応じてアクセス方式を変更することは記載され 6 ているが(請求項2),トラヒック(無線通信媒体の負荷)に従ってアクセス方式 を変更することは記載も示唆もされていない。 以上のとおり,審決には,引用発明について,「前記無線通信媒体の負荷に従っ て,伝送すべきパケット信号の受信誤り率が小さい場合には,前記データは衝突の 起こりうるアクセス方式で無線通信媒体を介して伝送され,他の場合には,前記デ ータは衝突の起こりえないアクセス方式で無線通信媒体を介して伝送される」と認 定した誤りがあり,これに基づいてした補正後発明との相違点2の認定にも誤りが ある。 (2) 取消事由2(一致点認定の誤り) 審決は,補正後発明の「事象指向」は引用発明の「衝突の起こりうるアクセス方 式」に相当し,補正後発明の「時間制御されるモード」は引用発明の「衝突の起こ りえないアクセス方式」に相当するとした上,「両者が『データが,衝突の起こり うるアクセス方式と衝突の起こりえないアクセス方式で伝送されるデータ交換方 法。』である点」を一致点として認定した。 しかし,審決の上記認定は誤りである。 補正後発明の「事象指向」は,当初明細書の段落【0004】に記載されるよう に,CAN−プロトコルのような,プロトコルアクティビティが通信システムの外 部事象を起源として開始され,優先順位に基づくビット調停により通信システムへ の一義的なアクセスを可能としたアクセス方式を包含するものであり,この方式で は,各メッセージに一義的な優先順位が割り当てられる。すなわち,CANのアド レス指定方式では,各メッセージがラベルを持ち,それぞれのメッセージに独自の 「識別子(ID)」が与えられる。識別子(ID)は,データの内容とメッセージ の優先度の両方を分類し,複数のステーションが同時に伝送を行おうとした場合は, システムは「ワイヤードAND方式」のバスアービトレーションによりバス利用者 を決定し,最も優先度の高いメッセージに,ビットロスや遅れがなく,最初にバス 使用権が与えられる(甲17の801頁)。このように,補正後発明の「事象指 7 向」においては,通信システムへの一義的なアクセス権が与えられるため,衝突が 起こることはあり得ず,衝突による受信誤りも生じない。一方,引用発明の「衝突 の起こりうるアクセス方式」は,引用例の段落【0003】に記載されたALOH A方式,CSMA方式など,衝突が起こり得るアクセス方式である。すなわち,A LOHA方式では,パケット信号が新たに発生した場合,その直後にパケット信号 を送信するため,複数の端末からランダムにパケット信号が送信されることとなる 結果,衝突が起こり得るし,CSMA方式では,端末が互いに見通しにある場合が 少なく,隠れ端末の影響が大きい場合には,キャリアセンスが出来ないため,衝突 が起こり得る(引用例の段落【0003】)。そうすると,補正後発明の「事象指 向」は,衝突が起こり得ないものであり,引用発明の「衝突の起こりうるアクセス 方式」に相当するとはいえない。 また,補正後発明の「時間制御されるモード」は,当初明細書の段落【000 4】に記載されるように,TTP/Cのような,プロトコルアクティビティがタイ ムベースの進行によって作動され,バスシステムへのアクセスは時間領域の割り当 てに基づいており,その割り当てにおいて加入者が排他的な送信権を有するアクセ ス方式を包含するものである。このアクセス方式では,データは,時分割多重接続 (Time−Division−Multiple−Access/TDMA)に 基づいて時間制御されて伝送される(当初明細書の段落【0019】)。TTP/ Cにおいては,バスへのアクセスがTDMA方式で行われ,時間領域の割り当てが 行われて(甲18の88頁Fig.8に示されたAないしE),各データが転送さ れる。すなわち,補正後発明の「時間制御されるモード」においては,割り当てら れた時間領域では排他的にデータの送信を行うことができ,割り当ての際に優先順 位が設定されることはなく,割り当てられた時間領域にデータを分割して少しずつ 送ることが可能であり,これにより待ち時間を保証することが可能である。一方, 引用発明の「衝突の起こりえないアクセス方式」は,引用例の段落【0005】, 【0015】等に記載されるように,Polling(ポーリング)により伝送す 8 る端末(データ)を決定して伝送するものである。ポーリング方式とは,無線基地 局が端末の一つ一つに伝送すべき信号があるか否かを問い合わせ,端末に伝送すべ き信号がある場合に端末から信号が伝送されるものである(引用例の段落【000 5】)。ポーリング方式では,ポーリングアドレスで指定された端末が継続してデ ータを送信し,指定された端末の伝送が終了して継続して送られるパケット信号が 無くなると,次の端末が指定されてパケット信号が送られる(引用例の段落【00 15】,【0019】,【0025】)から,ポーリングで指定されなかった端末 (優先順位の低い端末)は,ポーリングで指定された端末(優先順位の高い端末) のデータが全て伝送されるまでの間は,データの伝送ができずに待機する。このた め,優先順位の低い端末では,待ち時間を保証することは不可能である。そうする と,補正後発明の「時間制御されるモード」は,引用発明のポーリング方式と対比 すると,割り当てられた時間領域にデータを分割して送ることができるか否かとい う点において相違するから,引用発明の「衝突の起こりえないアクセス方式」に相 当するとはいえない。 したがって,審決は,補正後発明の「事象指向」は引用発明の「衝突の起こりう るアクセス方式」に相当し,補正後発明の「時間制御されるモード」は引用発明の 「衝突の起こりえないアクセス方式」に相当するとの誤った前提に基づいて補正後 発明と引用発明の一致点を認定し,補正後発明が独立特許要件を欠くと判断した誤 りがある。 (3) 取消事由3(相違点2,3の容易想到性判断の誤り) 審決は,以下のとおり,補正後発明の相違点2,相違点3に係る構成の容易想到 性の判断を誤り,補正後発明が独立特許要件を欠くと判断した誤りがある。すなわ ち, ア 相違点2に係る構成の容易想到性について−その1 審決は,相違点2について,引用例に「衝突の起こりうるアクセス方式」として 記載されるALOHA方式は,パケット信号が新たに発生した場合には,その直後 9 にパケット信号を送信するというものであることも記載されているから,事象制御 に当たると認定して,容易想到性を判断した。 しかし,審決の認定,判断は誤りである。 上記(2) のとおり,ALOHA方式は,パケット信号が新たに発生した場合には, その直後にパケット信号を送信するため,多くの端末が共通の無線通信路にランダ ムアクセスし,パケット信号の送信は無秩序(ランダム)に行われる。一方,補正 後発明の「事象制御」は,CAN−プロトコルのようなアクセス方式を包含し,優 先順位に応じた通信システムへの一義的なアクセスを可能としたものであるため, バスへのデータ伝送が無秩序に行われることはあり得ない。 したがって,審決が,ALOHA方式が「事象制御」に当たると認定して,補正 後発明の相違点2に係る構成を容易想到であると判断した点には,誤りがある。 イ 相違点2に係る構成の容易想到性ついて−その2 審決は,相違点2について,引用例には,受信誤り率の大小の判定に予め設定さ れたしきい値を用いることが記載されるが,伝送すべきパケット信号の衝突が少な い場合に送信から受信までの待ち時間が小さくなることは当然であり,「伝送すべ きパケット信号の受信誤り率のしきい値を設定することから,伝送すべき各パケッ ト信号の送信から受信までの待ち時間を設定することへの変更は,当然に導き得る 単なる判断指標の変更に過ぎない」旨認定し,「引用発明の『前記無線通信媒体の 負荷に従って,伝送すべきパケット信号の受信誤り率が小さい場合』を『前記バス システムの負荷に従って,伝送すべき各メッセージが前記加入者の送信意図と実行 された加入者の送信プロセスとの間に経過する予め設定される待ち時間が保証でき る間』とすることは当業者が容易に想到し得たものと認められる」と判断した。 しかし,審決の認定,判断は誤りである。 受信誤り率は,無線通信におけるALOHA方式,CSMA方式など,衝突の発 生が前提となる方式で問題となるものであり,引用発明は,無線通信において,接 続遅延を小さくして高トラヒック時にも高いスループットを実現することを目的と 10 するものであることから,「受信誤り率」が問題となる。これに対して,補正後発 明は,スループットの向上を目的とするものではなく,バスを介して相互に接続さ れたシステムにおいて,バスにアクセスする際の有限の最大待ち時間を保証するこ とを目的とするものであり(当初明細書の段落【0008】),「事象指向」と 「時間制御」のいずれにおいても衝突は起こらないため,「受信誤り率」は問題と ならない。 したがって,審決が,「引用発明の『前記無線通信媒体の負荷に従って,伝送す べきパケット信号の受信誤り率が小さい場合』を『前記バスシステムの負荷に従っ て,伝送すべき各メッセージが前記加入者の送信意図と実行された加入者の送信プ ロセスとの間に経過する予め設定される待ち時間が保証できる間』とすることは当 業者が容易に想到し得た」とした判断には,誤りがある。 ウ 相違点3に係る構成の容易想到性ついて 審決は,相違点3について,引用例に「衝突の起こりえないアクセス方式」とし て記載されるポーリング方式は,端末の送信権を巡回させることも記載されており, 送信権の巡回が時分割で行われることは技術常識であるから,時間制御されるモー ドと言い得るとの認定を前提として,容易想到性を判断した。 しかし,審決の認定,判断は誤りである。 上記(2) のとおり,引用例には,ポーリング方式において,ポーリングアドレス で指定された端末がデータを送信し,指定された端末の伝送が終了して継続して送 られるパケット信号が無くなると,次の端末が指定されてパケット信号が送られる ことが記載されているから(段落【0015】,【0019】,【0025】), ポーリング方式は,データの伝送中に送信権の巡回を時分割で行うものではなく, ポーリングで指定されなかった端末(優先順位の低い端末)は,ポーリングで指定 された端末(優先順位の高い端末)のデータが全て伝送されるまでの間は,データ の伝送ができずに待機する。そうすると,引用例に記載されたポーリング方式は, 割り当てられた時間領域にデータを分割して送るものではなく,待ち時間を保証で 11 きるものではない。一方,補正後発明の「時間制御されるモード」は,割り当てら れた時間領域にデータを分割して少しずつ送ることができ,待ち時間を保証するこ とができるから,補正後発明は,引用例にはない特有の効果を奏するものである。 したがって,審決が,ポーリング方式が,「時間制御されるモード」に当たると 認定して,補正後発明の相違点3に係る構成を容易想到であると判断した点には, 誤りがある。 (4) 取消事由4(補正前発明の容易想到性を判断した誤り) 審決は,本件補正を却下した誤りがあり(上記(1)ないし(3)のとおり),その結 果,補正前発明について容易想到性を判断した誤りがある。 2 被告の反論 原告の主張する取消事由はいずれも理由がないから,審決に取り消されるべき違 法はない。 (1) 取消事由1(相違点2の認定等の誤り)に対し 原告は,審決が,引用発明について,「前記無線通信媒体の負荷に従って,伝送 すべきパケット信号の受信誤り率が小さい場合には,前記データは衝突の起こりう るアクセス方式で無線通信媒体を介して伝送され,他の場合には,前記データは衝 突の起こりえないアクセス方式で無線通信媒体を介して伝送される」とした認定に は誤りがあり,これに基づく補正後発明との相違点2の認定にも誤りがある旨主張 する。 しかし,原告の主張は以下のとおり失当である。 ア 引用例には,「前記端末と前記無線基地局間の通信トラヒックに応じて,衝 突の起こりうる多重アクセス方式と衝突の起こりえない多重アクセス方式を適応的 に使い分ける」(【請求項1】),「前記無線基地局が受信したパケット信号の受 信誤り率に応じて,受信誤り率が小さい場合には衝突の起こりうる多重アクセス方 式を用い,受信誤り率が大きい場合には衝突の起こりえない多重アクセス方式を用 いることを特徴とする請求項1記載の多重アクセス方法。」(【請求項2】)と記 12 載されるから,衝突の起こり得ない多重アクセス方式が大きい受信誤り率を改善す ること,受信誤り率の主たる要因が衝突であることが示されているといえる。 また,引用例の請求項1,2の具体例である第2の実施例(段落【0017】な いし【0020】)の「D203(0)」,「D204(0)」,第4の実施例 (段落【0023】ないし【0026】)の「D303(0)」,「D304 (0)」に示される衝突が主たる要因となって受信誤り率(FER)を増大させ, これを契機として,衝突の起こり得ない多重アクセス方式(具体的にはポーリング 方式)に変更することが示されるから,受信誤り率の主たる要因が衝突であること が記載されているといえる。そして,衝突の発生確率が通信トラヒックの混み具合 によることは技術常識であるから,パケットの受信誤り率が衝突によるものであり, 衝突は高トラヒックによるものであるといえる。 さらに,無線通信の技術分野において,トラヒックはトラヒック負荷とも呼ばれ, 無線通信媒体の負荷と同義であることは技術常識である。 したがって,審決が,引用発明を認定する前提として,「パケット信号の受信誤 り率が衝突によるものであり,衝突は高トラヒックによるものであるから,パケッ ト信号の受信誤り率は無線通信媒体の負荷に従う」としたことに誤りはない。 イ 原告は,受信誤り率は,無線通信回線の品質の劣化,隠れ端末の存在等の要 因によって変動するものであるから,受信誤り率とトラヒックとの間には一定の相 関がないと主張するが,原告の上記主張は理由がない。 無線通信回線の劣化と受信誤り率の変動については,引用例の段落【0004】, 【0006】,【0009】,【0011】に記載があるが,引用発明におけるこ れらの記載は付加的なものである。引用例の段落【0021】,【0022】及び 図5によれば,衝突の起こり得ない多重アクセス方式を採用してもなお,受信誤り 率が低下しない時は,衝突によるものではない他の原因(例えば,無線チャネルが 当該通信系以外の外乱や干渉等で受信誤り率が大きくなっているような状況。)で 無線回線が劣化したものとみなして,チャネル(例えば,搬送波周波数。)そのも 13 のを変更しようとするプロセスが記載されているが,基本的には,受信誤り率に基 づいて,衝突の起こり得る多重アクセス方式から衝突の起こり得ない多重アクセス 方式に移行するプロセスが行われていることが理解できる。「受信誤り率とトラヒ ックの間には一定の相関がない」とする原告の主張は,引用例における,衝突の発 見と回避のための基本プロセスを無視し,あるいは,これと付加的なプロセスとを 混同したことによるものである。 また,引用例の段落【0003】によれば,隠れ端末による受信誤り率の変動は, 衝突の起こり得るアクセス方式としてCSMA方式を採用した場合に,端末間でキ ャリアセンスが出来ないことにより生じる現象であること,引用例の各実施例では, この問題に対処するために,CSMA方式に替えてICMA方式を採用しているこ と,引用例の図1のアクセス制御情報,図2,3,6のシーケンス図から理解でき るように,ICMA方式では,端末間でキャリアセンスを行うのではなく,無線基 地局が各端末に同時送信するアクセス制御情報により,端末の無線基地局へのアク セスを制御するから,CSMA方式におけるような隠れ端末の問題は生じないこと が記載されている。そうすると,引用発明において,受信誤り率は隠れ端末の存在 によって変動することを前提とする原告の主張は失当である。 ウ 以上のとおり,審決の引用発明の認定に誤りはなく,これに基づく補正後発 明との相違点2の認定にも誤りはない。 (2) 取消事由2(一致点認定の誤り)に対し 原告は,審決が,補正後発明の「事象指向」は引用発明の「衝突の起こりうるア クセス方式」に相当し,補正後発明の「時間制御されるモード」は引用発明の「衝 突の起こりえないアクセス方式」に相当するとの誤った前提に基づいて補正後発明 と引用発明の一致点を認定し,補正後発明が独立特許要件を欠くとした判断には誤 りがある旨主張する。 しかし,原告の主張は以下のとおり失当である。 ア 補正後発明の「事象指向」が引用発明の「衝突の起こりうるアクセス方式」 14 に相当することについて 確かに,原告主張のとおり,補正後発明の「事象指向」は,「CAN−プロトコ ルのような,プロトコルアクティビティが通信システムの外部事象を起源として開 始され,優先順位に基づくビット調停により通信システムへの一義的なアクセスを 可能とした」アクセス方式を包含する。しかし,本件補正後の請求項1には,「事 象指向」との記載があるのみで,アクセス方式の限定はない。また,審査手続にお いて,平成19年8月7日付け拒絶理由通知の中で,引用例が主たる拒絶の根拠と して提示されており,原告は,その後,アクセス方式を補正限定して引用発明との 差異を明確にすることができたにもかかわらず,そのような補正をしなかった。そ して,本件補正後の請求項の記載に不明確な点はないから,明細書等を斟酌して, 原告主張のようなアクセス方式に限定解釈する余地はない。そうすると,補正後発 明における「事象指向」は,原告主張のようなアクセス方式のみに限定解釈すべき ものではなく,「プロトコルアクティビティが通信システムの外部事象を起源とし て開始され」るアクセス方式全般を指すと解釈すべきであり,通信システムの外部 事象は通信システムの状況とは関係なく発生するものであって,複数の加入者にお いて外部事象が同時に発生する場合があり,そのような場合には,「事象指向」で 伝送されるデータが衝突を起こし得る。 したがって,補正後発明の「事象指向」が引用発明の「衝突の起こりうるアクセ ス方式」に相当するとした審決の認定に誤りはない。 イ 補正後発明の「時間制御されるモード」が引用発明の「衝突の起こりえない アクセス方式」に相当することについて 確かに,原告主張のとおり,補正後発明の「時間制御されるモード」は,「TT P/Cのような,プロトコルアクティビティがタイムベースの進行によって作動さ れ,バスシステムへのアクセスは時間領域の割り当てに基づいており,その割り当 てにおいて加入者は排他的な送信権を有するアクセス方式」を包含する。しかし, 前記アクセス方式においては,割り当ての際に優先順位が設定されることはなく, 15 待ち時間を保証することが可能であるかもしれないが,本件補正後の請求項1には, 「時間制御されるモード」との記載があるのみで,アクセス方式の限定はない。ま た,特許庁における審査手続において,引用例は主たる拒絶の根拠として提示され ており,原告は,その後,アクセス方式を補正限定して,引用発明との差異を明確 にすることができたにもかかわらず,そのような補正をしなかった。そして,本件 補正後の請求項の記載に不明確な点はないから,明細書等を斟酌して,原告主張の ようなアクセス方式に限定解釈する余地はない。そうすると,補正後発明における 「時間制御されるモード」は,TTP/Cのような,割り当ての際に優先順位が設 定されることはなく,また,待ち時間を保証することが可能であるアクセス方式に 限定解釈すべきものではなく,「プロトコルアクティビティがタイムベースの進行 によって作動され,バスシステムへのアクセスは時間領域の割り当てに基づいてお り,その割り当てにおいて加入者は排他的な送信権を有する」アクセス方式全般を 指すと解釈すべきであり,このようなアクセス方式ではデータの衝突が起こり得な い。 したがって,補正後発明の「時間制御されるモード」が引用発明の「衝突の起こ りえないアクセス方式」に相当するとした審決の認定に誤りはない。 ウ 以上のとおり,補正後発明の「事象指向」は引用発明の「衝突の起こりうる アクセス方式」に相当し,補正後発明の「時間制御されるモード」は引用発明の 「衝突の起こりえないアクセス方式」に相当するとの前提に基づいて両発明の一致 点を認定し,補正後発明が独立特許要件を欠くとした審決の判断に誤りはない。 (3) 取消事由3(相違点2,3の容易想到性判断の誤り)に対し 原告は,審決は,@「ALOHA方式は事象制御と言い得るものである」との認 定を前提とした点,A「伝送すべきパケット信号の受信誤り率のしきい値を設定す ることから,伝送すべき各パケット信号の送信から受信までの待ち時間を設定する ことへの変更は,当然に導きうる単なる判断指標の変更に過ぎない」との認定を前 提とした点,B「ポーリング方式は時間制御されるモードと言い得るものである」 16 との認定を前提とした点で誤りがあり,補正後発明が独立特許要件を欠くとの審決 の判断にも誤りがある旨主張する。 しかし,原告の主張は以下のとおり失当である。 ア 相違点2に係る構成の容易想到性ついて−その1 原告主張のとおり,ALOHA方式は,パケット信号が新たに発生した場合には, その直後にパケット信号を送信する方式であるが,パケット信号の送信のタイミン グは,パケット信号の発生,すなわち,事象の発生と無関係に行われるのではなく, 事象の発生の直後であるから,たとえ事象が無秩序(ランダム)に発生したとして も,パケット信号の送信はその直後に行われ,送信が行われるか否かは事象によっ て制御されている。 したがって,ALOHA方式は事象制御に当たるとした審決の認定に誤りはない。 イ 相違点2に係る構成の容易想到性ついて−その2 補正後発明において,「事象指向」は,特別な制御を行わない限り必然的にデー タの衝突を起こし得るものであるところ,「事象指向」に何ら限定を付加していな い以上,引用発明の「衝突の起こりうるアクセス方式」に相当するというべきであ る(上記(2)ア )。 また,衝突の発生によって受信誤り率は変動するから,「補正後発明では,『事 象指向』と『時間制御』のいずれにおいても衝突は起こらないため,『受信誤り 率』は問題とならない」とはいえない。 さらに,多重アクセス方式において,衝突の発生とスループットすなわち通信速 度とが負の相関をもつことは一般によく知られている事実であり,衝突の発生によ り受信誤りが発生し,送信から受信までの待ち時間が変動することは自明であるこ とに鑑みれば,「受信誤り率」と「送信から受信までの待ち時間」は,多重アクセ ス方式における通信状況を判断するための指標として同等といえる。 したがって,「伝送すべきパケット信号の受信誤り率のしきい値を設定すること から,伝送すべき各パケット信号の送信から受信までの待ち時間を設定することへ 17 の変更は,当然に導きうる単なる判断指標の変更に過ぎない。」という審決の認定 に誤りはない。 ウ 相違点3に係る構成の容易想到性ついて 引用例に記載されたポーリング方式は時分割多重アクセス方式であり,引用例の 図2,3,6のシーケンスに記載されているように,パケット信号を送信するタイ ミングは,事象指向のように外部事象の発生に基づくものではなく,時分割で巡回 される送信権の付与に基づいて決定されるものであり,各加入者に割り当てられた 時間領域にデータを分割して送るものである。そして,上記(2)イ のとおり,補正 後発明におけるアクセス方式について,「時間制御されるモード」以外の限定はな く,「時間制御されるモード」は,「プロトコルアクティビティがタイムベースの 進行によって作動され,バスシステムへのアクセスは時間領域の割り当てに基づい ており,その割り当てにおいて加入者は排他的な送信権を有する」アクセス方式全 般を指すと解釈すべきであるから,補正後の発明の時間制御されるモードは,引用 発明のポーリング方式を包含する。 また,補正後発明に特有の効果がある旨の原告の主張は,補正後発明の構成,す なわち,請求項の記載に基づかないものである。 したがって,ポーリング方式は,時間制御されるモードに当たるとした審決の認 定に誤りはない。 エ 以上のとおり,審決は,相違点2,相違点3に関する補正後発明の容易想到 性の判断に誤りはなく,補正後発明が独立特許要件を欠くとの判断にも誤りはない。 (4) 取消事由4(補正前発明の容易想到性を判断した誤り)に対し 上記(1)ないし(3)のとおり,補正後発明に容易想到性はなく,独立特許要件を欠 くとして,本件補正を却下した審決の判断には誤りがなく,また,補正前発明につ いて容易想到性を判断した点についても誤りはない。 第4 当裁判所の判断 当裁判所は,原告主張に係る取消事由3における,「補正後発明について,引用 18 発明の『前記無線通信媒体の負荷に従って,伝送すべきパケット信号の受信誤り率 が小さい場合』を『前記バスシステムの負荷に従って,伝送すべき各メッセージが 前記加入者の送信意図と実行された加入者の送信プロセスとの間に経過する予め設 定される待ち時間が保証できる間』とすることは,容易に想到し得た」とした審決 の判断は誤りであると解する。その理由は,以下のとおりである。 1 事実認定 (1) 補正後発明の請求項1及び当初明細書の記載 ア 補正後発明に係る本願の特許請求の範囲の請求項1の記載は,上記第2の2 の(1) 記載のとおりである(甲3)。 イ 当初明細書(甲2)には次の記載があることが認められる。なお,下記の記 載は,いずれも本件補正の対象とされていない。 【0006】CAN−通信システムは,通常,バスの平均負荷が十分に小さくなる ように設計されているので,バスシステムに極めて迅速にアクセスすることができ る。しかしながら,通信システムから見て最悪の場合(例えば全ての加入者が永遠 に送信しようとすること)は,CAN−バスシステムにおいては,極めて無限に長 い待ち時間を意味している。・・・ 【0007】さらに,従来技術からは,時間制御されるプロトコルを所定の時間領 域が予約され,予約された時間領域内部では事象制御されるメッセージ伝送が実行 されることにより,よりフレキシブルにする方法が既知である。この場合には,プ ロトコル全体は,依然として時間制御されて作動するが,予約された所定の時間領 域においてのみメッセージが事象制御されて伝達される。予約された各時間領域内 でどのようにアクセスが制御されるかに応じて,通常の場合とアプリケーション固 有の個別場合の処理を改良することができ,最悪の場合の原理的な処理能力(有限 の最大待ち時間)が失われることはない。・・・ 【0008】【発明が解決しようとする課題】・・・本発明の目的は,バスシステ ムを介して互いに接続されている複数の加入者間のデータ交換を,一方では通常の 19 場合においてメッセージの送信がより少ない待ち時間で高い確率で可能であって, 他方では最悪の場合において有限の最大待ち時間を保証することが可能な新規かつ 改良されたデータ交換方法等を提供することにある。 【0009】【課題を解決するための手段】上記課題を解決するため,本発明の第 1の観点においては,バスシステムを介して相互に接続されている少なくとも2つ の加入者(2,3,4)間におけるデータ交換方法であって,前記データは,加入 者(2,3,4)からバスシステム(5)を介して伝送されるメッセージ内に含ま れており,前記バスシステム(5)の負荷に従って,伝送すべき各メッセージが前 記加入者(2,3,4)の送信意図と実行された加入者(2,3,4)の送信プロ セスとの間に経過する予め設定される待ち時間(tL)が保証できる間は,前記デ ータは事象指向でバスシステム(5)を介して伝送され,他の場合には,前記デー タは決定論的にバスシステム(5)を介して伝送される,ことを特徴とする複数の 加入者間におけるデータ交換方法が提供される。 【0064】【発明の効果】通信システムが,バスシステムの全てのメッセージあ るいは加入者のために,有限の最大の待ち時間が保証できないことを検出した場合 には,事象制御されるモードから時間制御されるモードへのメッセージ伝達の移行 が実行される。通常の場合において,バスシステムへ極めて迅速にアクセスする事 象制御されるシステムの利点は,完全にそのまま維持される。というのは,データ 交換は,事象制御される通信システムにおけるのと同様に実行されるからである。 最大の待ち時間の保証及び非常に強い決定論という決定論的な通信システムの主要 な利点は,同様にそのまま維持される。というのは,データ交換は,長い待ち時間 について,決定論的な通信システムと全く同様に実行されるからである。 (2) 引用例の記載 引用例(甲1)には次の記載があることが認められる。 【0001】【産業上の利用分野】本発明は,通信システムにおける多重アクセス 方法に関する。 20 【0003】従来,種々のマルチアクセス方式が提案されてきている。最も制御が 単純で基本的な方式はALOHA方式・・・である。本方式の基本的な考え方は, パケット信号が新たに発生した場合には,その直後にパケット信号を送信するとい うものである。このため,衝突は起こりうるが,非常に小さい遅延を達成すること が出来る。・・・しかしながら移動体通信のように,端末が互いに見通しにある場 合が少なく,隠れ端末の影響が大きい場合には,キャリアセンスが出来ないため, ICMA・・・方式が用いられ,多重アクセス時のパケット信号の衝突を低減し, スループットを改善している。・・・ 【0004】・・・しかしながら,衝突系のアクセス方式では送信開始時の衝突は 避けえなく,送信を希望する端末数が多い場合には大きな問題となる。また,送信 を希望する端末数が多い場合には無線基地局での受信誤りが衝突によるものか無線 回線品質の劣化によるものかを判断することは出来ず,対処が困難である。 【0005】以上のような衝突系のアクセス方式に対して,衝突の発生しないアク セス方式もある。・・・これは端末の送信権を巡回させることによって実現される。 非衝突系のアクセス方式の一つにポーリング方式と呼ばれる多重アクセス方式があ る。ポーリング方式では,無線基地局が端末の一つ一つに伝送すべき信号があるか 否かを問い合わせ,端末に伝送すべき信号がある場合に端末から信号が伝送され, 次々に端末にポーリングが行われることになる。このようなポーリング方式では, 無線基地局による集中管理が可能であるため,複数端末による多重アクセス時の信 号衝突は生じないが,端末に送信すべき信号が発生してもポーリングによって送信 権が付与されるまでは送信出来ないため,送信遅延が生じるという問題がある。 【0006】【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は,限りある資源であ る無線資源やイーサネットのような共有媒体の一つのチャネルに多くのユーザを収 容する多重アクセス方式において,ALOHA方式に代表される衝突系の多重アク セス方式は,接続遅延が短いものの,高トラヒック時には,衝突が繰り返し発生す ることにより,スループットが上がらないという欠点を持ち,一方,ポーリング方 21 式に代表される非衝突系の多重アクセス方式は,高トラヒック時にもスループット の低下が起きないものの,衝突を避けるためのチャネルの割り当てに時間が掛かり 接続遅延が大きくなるという各々の方式の問題点を解決するための多重アクセス方 式を提供することにある。・・・ 【0008】第2の本発明は,複数の端末と無線基地局間の一つの無線通信媒体を 共有してパケット通信を行う多重アクセス方法において,前記端末と前記無線基地 局間の通信トラヒックに応じて,衝突の起こりうる多重アクセス方式と衝突の起こ りえない多重アクセス方式を適応的に使い分ける多重アクセス方法であって,前記 無線基地局が受信したパケット信号の受信誤り率に応じて,受信誤り率が小さい場 合には衝突の起こりうる多重アクセス方式を用い,受信誤り率が大きい場合には衝 突の起こりえない多重アクセス方式を用いることを特徴とする。 【0011】【作用】本発明では,受信側が受信誤り率に応じて,衝突系および非 衝突系の多重アクセス方式を適応的に使用し,低トラヒック時には衝突系の多重ア クセス方式を,高トラヒック時には非衝突系の多重アクセス方式を取る。・・・ 【0019】衝突系のアクセス方式ICMA方式が用いられているときに,端末2 01からパケット信号D201(0),D201(1)が送信された後,端末203, 204からのパケット信号D203(0),D204(0)が衝突し,無線基地局20 0はポーリングアドレスを設定し,非衝突系のアクセス方式であるポーリング方式 が用いられることになる。この設定されたポーリングアドレスに基づいて,端末は パケット信号を送信することになる。ポーリング方式が用いられるようになり,端 末201−202のポーリングアドレスP201,P202にポーリングが行われ ても,送信すべきパケット信号の無い端末201,202からはパケット信号が無 線基地局200に送信されてこないため,端末203のポーリングアドレスP20 3にポーリングが行われる。端末203は送信すべきパケット信号D203(0)を 無線基地局200に送信する。無線基地局では端末203から継続するパケット信 号がないため,ポーリングアドレスを端末204のポーリングアドレスP204に 22 して,ポーリングを行う。端末204では,送信すべきパケット信号D204(0) を送信し,無線基地局200は端末204からパケット信号D204(1)が継続し て送られてくるため,ポーリングアドレスを変更せずにポーリングを行うことにな る。 【0020】本実施例においては無線基地局が受信したパケット信号の受信誤り率 に基づいて多重アクセス方式の変更を行う。・・・このように,衝突系のアクセス 方式において受信誤り率がFER1を越えた場合に衝突系のアクセス方式から非衝 突系のアクセス方式へ移行し,衝突による受信誤りが低下してFER2を下回った 場合には,非衝突系のアクセス方式から衝突系のアクセス方式に移行する。・・・ 【0027】【発明の効果】本発明が提供する多重アクセス方法では,受信側が受 信誤り率に応じて,衝突系および非衝突系の多重アクセス方式を適応的に使用し, 低トラヒック時には衝突系の多重アクセス方式を,高トラヒック時には非衝突系の 多重アクセス方式を取ることにより,接続遅延も小さく高トラヒック時にも高いス ループットを実現する多重アクセス方式を提供することが可能となる。・・・ 2 判断 上記事実認定に基づいて判断する。 (1) 補正後発明は,バスシステムを介して互いに接続されている複数の加入者間 で,データを交換する方法に係る発明であり,バスシステムを介してメッセージ (データ)を伝送するに当たり,メッセージが伝送されるまでの待ち時間として, 予め設定される待ち時間を保証できる間は,メッセージを事象指向で伝送し,他の 場合,すなわち予め設定される待ち時間を保証できない場合には,メッセージを時 間制御されるモードで伝送するように構成した発明である。従来の事象指向のプロ トコル(CAN−プロトコルなど)は,バスシステムの負荷が比較的少ない通常の 場合においては,バスシステムに極めて迅速にアクセスすることができ,データが 含まれるメッセージを即座に又は極めて短時間内に送信できるが,例えば全ての加 入者が送信しようとするなど,最悪の場合,待ち時間が無限に長くなる可能性があ 23 ったのに対して,従来の時間制御されるプロトコルは,プロトコル全体が時間制御 され,予約された所定の時間領域においてのみメッセージが事象制御されて伝送さ れるものであり,最悪の場合においても,有限の最大待ち時間でメッセージを送信 することができた(段落【0006】,【0007】)。補正後発明は,通常の場 合においては,少ない待ち時間で高い確率でメッセージ(データ)の伝送が可能で あるとともに,最悪の場合においても有限の最大待ち時間を保証することが可能な データ交換方法等を提供することを解決課題として(段落【0008】),補正後 発明の構成を採用することによって,通常の場合においては,バスシステムへ迅速 にアクセスでき,少ない待ち時間でメッセージの伝送が可能であるという効果を維 持しつつ,最悪の場合においては,メッセージが伝送されるまでの最大の待ち時間 が保証されるという効果が得られる(段落【0009】,【0064】)。 これに対して,引用例に記載された発明(引用発明)は,複数の端末と無線基地 局間で,一つの無線通信媒体を共有してパケット通信を行う多重アクセス方法に関 する技術である(段落【0001】)。一つのチャネルに多くのユーザを収容する 従来の多重アクセス方式においては,ALOHA方式のように,パケット信号が新 たに発生した場合には,その直後にパケット信号を送信する,衝突系の多重アクセ ス方式は,接続遅延が短いものの,高トラヒック時には,衝突が繰り返し発生する ことにより,スループットが低下するという欠点があり,一方,無線基地局が端末 の一つ一つに伝送すべき信号があるか否かを問い合わせ,端末に伝送すべき信号が ある場合に端末から信号が伝送され,次々に端末にポーリングが行われるポーリン グ方式のような非衝突系の多重アクセス方式は,高トラヒック時にもスループット の低下は発生しないものの,接続遅延が大きくなるという欠点があった(段落【0 003】ないし【0005】)。そこで,引用発明は,受信誤り率が小さい場合に おいては,接続遅延が小さく,また,受信誤り率が大きい高トラヒック時において も高いスループットを実現する多重アクセス方式を提供することを解決課題として (段落【0006】),同課題を解決するために,端末と無線基地局間の通信トラ 24 ヒックに応じて,受信誤り率が小さい場合には,ALOHA方式のような衝突の起 こり得る多重アクセス方式を用い,受信誤り率が大きい場合には,ポーリング方式 のような衝突の起こり得ない多重アクセス方式を用いる構成としたものである(段 落【0008】,【0011】,【0020】,【0027】)。 そうすると,補正後発明は,通常の場合においては少ない待ち時間で高い確率で メッセージ(データ)の伝送が可能であるとともに,最悪の場合においても有限の 最大待ち時間を保証することを解決課題とし,その課題を解決するために,「前記 バスシステムの負荷に従って,伝送すべき各メッセージが前記加入者の送信意図と 実行された加入者の送信プロセスとの間に経過する予め設定される待ち時間が保証 できる間は,前記データは事象指向でバスシステムを介して伝送され,他の場合に は,前記データは時間制御されるモードでバスシステムを介して伝送される」との 構成を採用したのであるから,上記「時間制御されるモード」は,有限の最大待ち 時間を保証するように制御されるアクセス方式ということができる。 これに対して,引用発明では,受信誤り率が小さい場合においては接続遅延が小 さく,かつ,受信誤り率が大きい場合(高トラヒック時)においても高いスループ ットを実現する多重アクセス方式を提供することを解決課題として,同課題を解決 するため,端末と無線基地局間の通信トラヒックに応じて,受信誤り率が小さい場 合にはALOHA方式のような衝突の起こり得る多重アクセス方式を用い,受信誤 り率が大きい場合にはポーリング方式のような衝突の起こり得ない多重アクセス方 式を用いる構成とした発明である。 ポーリング方式は,各端末に送信権が巡回して付与されるアクセス方式であり (引用例の段落【0005】),パケット信号は時間制御されて伝送されるため, 引用発明においても,最大の待ち時間を保証することは可能といえる。しかし,引 用発明は,高いスループットを実現することを解決課題とする発明であって,最大 の待ち時間を保証することを解決課題とする発明ではない。また,引用発明が,時 間制御されるアクセス方式を用いており,最大の待ち時間を保証することが可能で 25 あるとしても,高いスループットを実現することによって,必然的に最大の待ち時 間を保証することができるとはいえない。引用例の段落【0019】には,ポーリ ングを行った端末からパケット信号が継続して送られてくる場合,ポーリングアド レスを変更せずにポーリングを行う旨記載され,同記載部分からも,引用発明が必 ずしも最大の待ち時間を保証するものではないことが理解できる。 したがって,引用発明と補正後発明において,「伝送すべきパケット信号の衝突 が少ない場合に,伝送すべき各パケット信号の送信から受信までの待ち時間が小さ くなる」ことがあるとしても,引用発明と補正後発明との解決課題が相違する以上, 引用発明における「伝送すべきパケット信号の受信誤り率のしきい値を設定するこ と」から,補正後発明における「伝送すべき各パケット信号の送信から受信までの 待ち時間を設定すること」に変更する動機付けはなく,また,その作用効果におい ても相違するから,上記変更が,「当然に導きうる単なる判断指標の変更に過ぎな い」ということはできない。 (2) これに対し,被告は,多重アクセス方式において,衝突の発生とスループッ トすなわち通信速度とが負の相関を持つことは一般によく知られた事実であり,衝 突の発生により受信誤りが発生し,通信速度により送信から受信までの待ち時間が 変動することは自明であるから,受信誤り率と送信から受信までの待ち時間とは, 多重アクセス方式における通信状況を判断するための指標として同等である旨主張 する。 しかし,被告の主張は,以下のとおり失当である。多重アクセス方式において, 衝突の発生とスループット(通信速度)とが負の相関を持つことが一般によく知ら れ,通信速度によって待ち時間が変動するとしても,引用例において,「最悪の場 合においても有限の最大待ち時間を保証する」との解決課題について,何らの記載 ないし示唆がされていない以上,当業者が,引用発明の「伝送すべきパケット信号 の受信誤り率のしきい値を設定する」ことから,「伝送すべき各パケット信号の送 信から受信までの待ち時間を設定する」との構成に変更しようとする動機付けはな 26 いというべきである。 (3) したがって,補正後発明が引用発明に基づいて当業者が容易に発明をするこ とができたとする審決の判断には誤りがある。 第5 結論 以上のとおり,原告主張の取消事由3には理由があり,補正後発明が特許出願の 際独立して特許を受けることができないから本件補正を却下すべきであると判断し た審決には誤りがあり,この誤りは結論に影響を及ぼすものである。したがって, その余の争点について判断するまでもなく,審決は,違法として取り消されるべき である。これに対し,被告は,他にも縷々反論するが,いずれも採用の限りでない。 よって,審決を取り消すこととして,主文のとおり判決する。 知的財産高等裁判所第3部 裁判長裁判官 飯 村 敏 明 裁判官 池 下 朗 裁判官 武 宮 英 子 27 |