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関連審決 不服2001-3396
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  引用発明の認定 /  周知技術 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  拒絶査定 /  変更 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 544号 審決取消請求事件
原告 株式会社大一商会
同訴訟代理人弁理士 山崎崇裕
同 益田博文
被告 特許庁長官小川 洋
同指定代理人 藤井俊二
同 鉄豊郎
同 大野克人
同 立川功
同 涌井幸一
同 宮下正之
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/09/30
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が、不服2001-3396号事件について、平成15年11月7日にした審決を取り消す。
事案の概要
1 争いのない事実 (1) 原告は、平成3年6月5日、発明の名称を「パチンコ機における表示装置」(平成10年6月5日付手続補正書により上記名称を「パチンコ機」と変更)とする発明について、特許出願(特願平3-162029号、以下「本願」という。特開平4-361771号)をしたが、平成13年1月31日付けで拒絶査定を受けたので、同年3月7日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、上記審判請求を不服2001-3396号事件として審理した上、平成15年11月7日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、同月18日、原告に送達された。
(2) 本願の請求項1記載の発明(以下「本願発明」という。)の要旨は、平成14年10月16日付手続補正書に記載され、本件審決に記載された、以下のとおりのものである。
【請求項1】遊技盤面に配置された始動口と、該始動口の上方に配置された表示装置と、該表示装置に設けられ前記始動口への遊技球の入賞によって図柄を変動させて表示する表示体とを備え、大当たりの場合に前記表示体に大当たり図柄を表示し特定の入賞口が開放されるパチンコ機であって、前記表示装置には、前記表示体の側方に配置され上方に開口する通過口と、前記始動口の上に配置され遊技盤面の前方側が開放されて遊技球を前記始動口の方向へ放出する球放出部と、前方が開放され後端に前記表示体が配置された空間部とが設けられ、前記球放出部は前記空間部において前記表示体と略同一空間に配置され、且つ遊技球が左右方向に自在に転動可能な構成であり、前記通過口から受入れて前記表示体の下方へ転動した遊技球は、前記球放出部から前記始動口の方向へ放出される前にこの球放出部において左右方向に自在に転動可能に構成されていることを特徴とするパチンコ機。
(3) 本件審決は、別紙審決書写し記載のとおり、本願発明が、特開平3-45280号公報(甲3、以下「引用例」という)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができないものであるとした。
2 原告主張の本件審決の取消事由の要点 本件審決は、引用発明の認定を誤って本願発明と引用発明との一致点を誤認する(取消事由1)とともに、本願発明と引用発明との相違点(B)についての判断を誤った(取消事由2)ものであるから、違法として取り消されるべきである。
(1) 本願発明と引用発明との一致点の誤認(取消事由1) 本件審決が、引用発明について、「引用発明における「下側空間部172の底部」は、幅広に構成されており、左右方向に自在に転動可能な放出部といえる」(4頁)と認定したことは誤りであり、これを前提として、本願発明と引用発明とが、「前記通過口から受入れて前記表示体の下方へ転動した遊技球は、前記球放出部から前記始動口の方向へ放出される前にこの球放出部において左右方向に自在に転動可能に構成されている」(同頁)点で一致すると認定したことも誤りである。
すなわち、引用発明では、遊技球が複数の球落下孔18bのどこに入るかによって最初に落下位置が振り分けられ、この振分け結果を反映するようにして、
次に障害突起23により中央方向又は左右両側方向へ遊技球が振り分けられるから、引用発明における「下側空間部172の底部」は、その中央位置における障害突起23により、遊技球が左右に転動できないように区分けされているものであって、たとえ遊技球をむりやり左右方向に転動させようとしても、その中央位置で必ず障害突起23に阻まれることになるため、遊技球が「左右方向に自在に転動」することはあり得ない。
したがって、引用発明における「下側空間部172の底部」は、「左右方向に自在に転動可能な放出部」ということはできない。
(2) 本願発明と引用発明との相違点(B)の判断の誤り(取消事由2) 本件審決が、本願発明と引用発明との相違点(B)を、「本願発明では、
「前方が開放され後端に前記表示体が配置された空間部とが設けられ、前記球放出部は前記空間部において前記表示体と略同一空間に配置され」ているのに対し、引用発明では、空間部(凹室17)が上側空間部171と下側空間部172とに区分されており、球放出部は下側空間部172に配置されており、表示体が配置された上側空間部171の開口窓部分は透明板12によって塞がれていている点」(5頁)と認定したことは認める。
しかしながら、その相違点(B)の検討において、「引用発明において、
空間部(凹室17)を区分しないで構成し、球受入部11から導かれた打球を空間部(凹室17)の底部上に落下するように構成することは当業者なら容易にできる程度の設計事項に過ぎないから、引用発明において、空間部(凹室17)を区分しないで構成して空間部(凹室17)の前方を開放し、球放出部と表示体とが略同一空間に配置されるようにし、相違点(B)における本願発明の構成とすることは当業者なら容易に想到できることである」(同頁)と判断したことは、以下のとおり誤りである。 ア 本願発明では、空間部が区分されておらず、空間部に導入された球は、
球放出部からランダムに放出される。これに対し、引用発明では、空間部(凹室)が上側空間部と下側空間部とに区分されており、球受入部から球を受け入れると、
これを一旦、上側空間部の球振分板上で転動させながら、3つの球落下孔のどこに入るかによって振り分けている。このとき、引用発明では、3分の1の確率で始動口に入賞することが期待できるため、球が上側空間部にある間、遊技者は入賞への期待感を持って遊技を行うことができる。なお、引用発明において、遊技球の動きに変化を与えて興趣を高める役割を果たしているのは、「上側空間部171」での振分動作だけであり、「障害突起23」は、中央・左側・右側への振分けを更に確実にするため、落下した遊技球の左右への転動を抑制するものといえる。
そして、本件審決でいうように、「引用発明において、空間部(凹室)を区分しないで構成する」ということは、引用発明の球振分板を取り除いてしまうことと同じである。この場合、引用発明において、球振分板による振分け動作が行われなくなり、それまで3分の1の確率で入賞できていたのに、変更後はその期待ができなくなってしまうため、パチンコゲームが非常につまらなくなる。
したがって、本件審決でいうような変更は、引用発明本来の目的に反する結果を招くものであって、当業者がそのような変更をすることは無意味であり、
「当業者が容易にできる程度の設計事項に過ぎない」とした前記判断も誤りである。
イ 被告は、特開昭64-37978号公報(乙1)、特開平3-29677号公報(乙2)、特公平2-30700号公報(乙3)(以下、これらの公報をまとめて「本件周知例」といい、各別には「周知例1」ないし「周知例3」という。)に基づいて、「球振分板で区分されていない空間部の底部に、平板状の(障害突起が形成されていない)球放出部を配置し、入球した遊技球を球放出部上に落下させて転動させる表示装置はパチンコ機において周知な技術である」と主張するが、本件周知例には、いずれも本願発明と対比するべき「空間部」や「球放出部」の構成が記載されていない。
すなわち、周知例1のパチンコ遊技機において、「入賞空間52」に入った遊技球は、「案内底板51b」を介して必ず「特別入賞口56」又は「一般入賞口57」に入賞することが約束されているから、「案内底板51b」上を前方へ転動する遊技球は入賞球といえる。一方、本願発明の「空間部」に入った遊技球は、「球放出部」から放出された先で始動口に入賞したり、入賞しなかったりすることから入賞球といえない。したがって、周知例1の「案内底板51b」は、本願発明の「球放出部」に相当するものではなく、本願発明の「球放出部」のように遊技球を下方の始動口に向けて放出する機能は有していない。
周知例2の記載(5頁左下欄4行〜右下欄2行)並びに第2、第3及び第5図をみると、そこに記載されている「可変表示装置20」において、「流入口214a」から流入した遊技球は、「表示板220」の裏側(後方)へ回り込み、
そこから「流出案内路241」を通って「表示部230」の下方に至り、そして、
前方に開口した「流出開口部241b」の奥から転がり出て、「流下案内板215」上を前方へ直線的に転動するものであって、この間に「遊技球が空間部に受け入れられ、左右方向に転動可能」な旨は記載されておらず、示唆もない。したがって、周知例2には、本願発明の「空間部」及び「球放出部」に相当する構成が記載されていない。
周知例3に記載のパチンコ遊技機において、入賞口2から入って、振り分け板8上を前方へ転動する遊技球は、その先で必ず「権利確保入賞口14」または「通常の入賞口16,17」に入賞することが約束されているから、振り分け板8上を前方へ転動する遊技球は入賞球といえる。一方、本願発明の「空間部」に入った遊技球は、「球放出部」から放出された先で始動口に入賞したり、入賞しなかったりすることから入賞球といえない。つまり、周知例3の「球振り分け板8」は、入賞した遊技球を文字どおり球振分けの機能だけを有するものであって、本願発明の「球放出部」のように遊技球を下方の始動口に向けて放出する機能は有しておらず、同周知例の「振り分け口7」や「球振り分け板8」は、本願発明の「空間部」や「球放出部」に相当するものではない。
3 被告の反論の要点 本件審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は、いずれも理由がない。
(1) 取消事由1について 引用発明の「下側空間部172の底部」(球放出部)が、障害突起23のために、「左右方向に自在に転動可能」といえないことは認める。
しかし、取消事由2で詳述するように、引用発明の下側空間部172の底部に相当する部分を「左右方向に自在に転動可能な放出部」として構成することは、周知の技術であって、格別のことではない。
(2) 取消事由2について ア 本願発明の「空間部」は、通過口から入球した遊技球を球放出部から放出する前にこの球放出部において左右方向に自在に転動させることで、遊技球の転落径路に関して変化を加えてゲームの趣向性を向上させるものであり、また、引用発明の「凹室17」は、通過口(球受入部11,11)から入球した遊技球を、球振分板18上で旋回させながら除々に勢力を弱め、球落下孔18bのいずれかから下側空間部172の球放出部(底部)上に落下させ、球放出部に形成した障害突起23によって遊技球の転動方向を更に変化させることにより、遊技の興趣を高めるものである。
そうすると、本願発明の「空間部」と引用発明の「凹室17」とは、遊技球の落下に変化を与えることによりゲーム(遊技)の興趣を高めるという点では共通している。しかし、具体的な構成では、本願発明の「空間部」は、区分されていないのに対し、引用発明の空間部(凹室17)は、空間の上下のほぼ中央位置に球振分板18が設けられており、また、球放出部に障害突起23が形成されている点で相違している。
イ ところで、本件周知例(乙1〜3)に示すとおり、球振分板で区分されていない空間部の底部に、平板状の(障害突起が形成されていない)球放出部を配置し、入球した遊技球を球放出部上に落下させて転動させることは、パチンコ機において周知な技術である(以下「本件周知技術」という。)。
そして、本件周知技術を考慮して引用発明をみると、引用発明の「凹室17」は、「球振分板18」と「障害突起23」により、前記周知技術のものと比べ、入球した遊技球により複雑な変化を与えて遊技の興趣を高めるものであるといえるから、引用発明の空間部(凹室17)は、球振分板と障害突起とが設けられていない、周知な「空間部」を改良したものとみることもできる。
そうすると、本件周知技術を考慮し、引用発明において、空間部(凹室17)を区分しないで構成するとともに、通過口(球受入部11)から入球した遊技球を、平板状の球放出部(底部)上に落下するように構成することは、当業者が容易に想到できることである。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本願発明と引用発明との一致点の誤認)について 本件審決が、引用発明について、「引用発明における「下側空間部172の底部」は、幅広に構成されており、左右方向に自在に転動可能な放出部といえる」(4頁)と認定したことが誤りであり、それを前提として、本願発明と引用発明とが、「前記通過口から受入れて前記表示体の下方へ転動した遊技球は、前記球放出部から前記始動口の方向へ放出される前にこの球放出部において左右方向に自在に転動可能に構成されている」(同頁)点で一致すると認定したことも誤りであることは、被告も認めるところである。
しかしながら、被告は、引用発明の下側空間部(球放出部)が、その障害突起23のために転動可能といえないとしても、「球振分板で区分されていない空間部の底部に、平板状の(障害突起が形成されていない)球放出部を配置し、入球した遊技球を球放出部上に落下させて転動させる」という本件周知技術を適用すれば、本願発明と同様の構成となると主張する。そして、引用発明について本件周知技術を適用することができるか否かは、被告と原告が、取消事由2において互いに主張・反論するところであるから、以下、取消事由2について検討することとする。
2 取消事由2(本願発明と引用発明との相違点(B)の判断の誤り)について (1) 本願発明と引用発明との相違点(B)が、本件審決が認定するとおり、
「本願発明では、「前方が開放され後端に前記表示体が配置された空間部とが設けられ、前記球放出部は前記空間部において前記表示体と略同一空間に配置され」ているのに対し、引用発明では、空間部(凹室17)が上側空間部171と下側空間部172とに区分されており、球放出部は下側空間部172に配置されており、表示体が配置された上側空間部171の開口窓部分は透明板12によって塞がれていている点」(5頁)であることは、当事者間に争いがない。
原告は、本件審決が、上記相違点(B)の検討において、「引用発明において、空間部(凹室17)を区分しないで構成し、球受入部11から導かれた打球を空間部(凹室17)の底部上に落下するように構成することは当業者なら容易にできる程度の設計事項に過ぎないから、引用発明において、空間部(凹室17)を区分しないで構成して空間部(凹室17)の前方を開放し、球放出部と表示体とが略同一空間に配置されるようにし、相違点(B)における本願発明の構成とすることは当業者なら容易に想到できることである」(同頁)と判断したことが誤りであると主張するので、以下検討する。
(2) 原告は、本件審決でいうように、「引用発明において、空間部(凹室)を区分しないで構成する」と変更すると、引用発明の球振分板を取り除いてしまい、
球振分板による振分け動作が行われなくなり、それまで3分の1の確率で入賞できていたのに、変更後はその期待ができなくなってしまうため、パチンコゲームが非常につまらなくなるから、本件審決でいうような変更は、引用発明本来の目的に反する結果を招くものであって、当業者がそのような変更をすることは無意味であり、容易にできる程度の設計事項ではないと主張する。
引用例(甲3)には、「[産業上の利用分野]本発明は、複数の図柄を変動可能なパチンコ機の表示装置に関するものである。[従来の技術]最近では、この種の表示装置と変動入賞装置及び始動入賞口を遊技盤上に設け、始動入賞口への入賞によって表示装置の図柄を変動し、その図柄停止時の組合せによって変動入賞装置を遊技者に有利な特定遊技状態に変化させるようにしたパチンコ機が遊技者の人気を得ている。「発明が解決しようとする課題]ところで、従来の表示装置は、
単に図柄変動による表示機能を備えているに過ぎず、使用態様が限られたものとなっていま一つ遊技内容を盛り上げるのに欠けるという問題点があった。若し、この種の表示装置において表示機能の外に遊技内容に変化を与えるような別の機能を備えさせれば遊技の興趣を著しく高めることが可能となる。それゆえに、本発明の目的は、表示機能の他に別の付加価値を備えさせるようにして遊技者の興味を引くような新規なパチンコ機の表示装置を提供することである。[課題を解決するための手段]上記目的を達成するために、本発明の表示装置においては、取付基板の上方部に球受入部を形成すると共に、その下方部に取付基板の裏面側に突出する前面開放の凹室を設け、前記凹室の内部は、上側空間部と下側空間部とに区分し、前記上側空間部には、球受入部に入って打球を内部へ落下させるための導入口を形成すると共に、その奥部に可変表示部を設け、前記下側空間部は、その底部を前方に向かって緩るく下り傾斜させて上側空間部から落下する打球を遊技盤上へ導くようにしたものである。[作用]上記のように構成された表示装置は、凹室の奥部に設けた可変表示部の図柄を遊技者に視認可能なように変動表示する。一方、打球が球受入部に入ると、該打球は導入口から凹室の上側空間部に導かれて転動したのち下側空間部へ落下する。そして、下側空間部の底部上を流下して再び遊技盤上へと落下し、入賞球となったりアウト球となるもので、遊技内容に変化を与えることができる。」(1頁左下欄〜2頁左上欄)、[実施例]「下側空間部172の底部には、打球の転動方向を変化させるための障害突起23が形成されている。次に、第6図を参照しながら表示装置1の作用について説明する。打球が球受入部11,11に入ると、その打球は球通路15を流下して導入口19から凹室17の上側空間部171へ導かれ、球振分板18の受部18aに落下する。そして、その皿状の受部18aの内周壁に沿って旋回しながら除々に勢力を弱めつつ中央部分に寄せられて球落下孔18bのいづれかから下側空間部172の底部上に落下する。このように、球受入部11,11に入った打球は球振分板18の皿状受部18aによって落下が遅らされると同時に、複数設けられた球落下孔18bによってその落下位置が変化され、下側空間部172の底部の中央又は左右両側へと振分けられる。そして、底部に落下した打球は前方に転がり再び遊技盤2上へ落下するもので、下側空間部172の中央から遊技盤2上へ落下する打球は始動入賞口4へ高い確率で入賞することができ、反対に左右両側から落下する打球は始動入賞口4への入賞が非常に困難になる。」(3頁左上欄〜右上欄)、「[発明の効果]以上のように、本発明によれば可変表示部と打球が転動して遊技の興趣を高める打球転動空間部とを一体的に備えているので、パチンコ機の表示装置としては全く新規かつ斬新で他に類を見ない非常に面白いものとなり、遊技者の興味を大いに引くことができる。」(同頁右上欄)と記載されている。
上記の各記載によれば、従来、始動入賞口への入賞によって表示装置の図柄を変動し、その図柄停止時の組合せによって変動入賞装置を遊技者に有利な特定遊技状態に変化させるようにしたパチンコ機が、遊技者の人気を得ていたものであるところ、引用発明は、表示機能の外に遊技内容に変化を与えるような別の機能を付加価値として備えて遊技の興趣を著しく高め、遊技者の興味を引くような新規なパチンコ機の表示装置を提供することを目的として、取付基板の上方部に球受入部を、その下方部に裏面側に突出する前面開放の凹室を設け、凹室の内部を上側空間部と下側空間部とに区分し、上側空間部には、打球を内部へ落下させるための導入口とその奥部に可変表示部を設け、下側空間部には、上側空間部から落下する打球を遊技盤上へ導くように前方に向かって緩く下り傾斜させた底部を設けたものであり、その結果、打球が、球受入部に入ると、導入口から凹室の上側空間部に導かれて転動した後、下側空間部へ落下し、下側空間部の底部上を流下して再び遊技盤上へと落下し、入賞球となったりアウト球となるものであり、遊技内容に変化を与えたものであると認められる。そして、実施例においては、球受入部から入球した遊技球を、凹室の上側空間部に設けた球振分板上で旋回させながら、除々に勢力を弱めて球落下孔のいづれかから下側空間部の球放出部(底部)上に落下させ、障害突起によって遊技球の転動方向を規制する構成を採用したものと認められる。
そうすると、引用発明は、表示装置の図柄を変動させることにより遊技者から一定の人気を得ていたパチンコ機において、更に遊技者の興趣を高めるために、球受入部及び上側空間部と下側空間部とに区分される凹室を設け、打球が、球受入部の導入口から凹室の上側空間部に導かれて球振分板上で旋回した後、下側空間部へ落下し、障害突起を有する底部を流下して再び遊技盤上へと落下し、入賞球やアウト球となるような構成を採用したものであるから、引用発明から球振分板を取り除くと、凹室の上側空間部と下側空間部とが一体化するとともに、球振分板による振分け動作が行われなくなり、それに伴う遊技者の興趣もある程度低減するものと推測される。しかしながら、引用発明の目的の一部である打球の転動による遊技者の興趣の向上が低減するとしても、そのように変更を行うこと自体は、従来から一定の人気を得ていた複数の図柄が変動する表示装置を有するパチンコ機に立ち返ることにすぎないから、当業者にとって、何ら困難性がないことは明らかであり、そのような従来技術に立ち返ることが容易でないとする原告の前記主張は、到底採用することができない。
(3) この点について、被告は、本件周知技術を考慮すれば、引用発明において、空間部を区分せず、通過口から入球した遊技球を、平板状の球放出部(底部)上に落下するように構成することは当業者が容易に想到できることであると主張し、これに対し原告は、本件周知技術を開示する本件周知例(乙1〜3)には、いずれも本願発明と対比するべき「空間部」や「球放出部」の構成が記載されていないと反論するので、以下検討する。
ア 周知例1(乙1)には、「可変表示装置55下方には、第2図に示すように、案内底板51bが、その手前側が下がるように傾斜した状態に設けられている。」(3頁左下欄)、「その第2状態に変換したときに、打球が入賞空間中に流入してくると、その打球は先ず流下案内棚54上を奥方向に転動した後、案内底板51b上に落下し、今度は手前方向へ転動して、特別入賞口56又は一般入賞口57中に入賞する。」(4頁左上欄)と記載されており、第2図には、障害突起が設けられていない案内底板51bが示されている。
上記記載等によれば、周知例1には、球振分板で区分されていない空間部に、左右方向に転動可能な平板状の(障害突起が設けられていない)球放出部(案内底板51b)を配置し、入球した遊技球を球放出部上に落下させて転動させる表示装置(可変表示装置55)が開示されていると認められる。
原告は、周知例1のパチンコ遊技機において、入賞空間に入った遊技球は、案内底板を介して必ず特別入賞口又は一般入賞口に入賞することが約束されているから、入賞球といえるのに対し、本願発明の「空間部」に入った遊技球は、
「球放出部」から放出された先で始動口に入賞したり入賞しなかったりするものであり、入賞球といえない以上、周知例1の「案内底板」は、本願発明の「球放出部」に相当するものではないと主張する。
しかしながら、本願に係る明細書(甲2及び4、以下「本願明細書」という。)によれば、本願発明は、「表示体の下方へ転動した遊技球を球放出部から始動口の方向へ放出される前にこの球放出部において左右方向に自在に転動させることで、遊技球の転落経路に関して変化を加えてゲームの趣向性を向上させることができ遊技者が予め想定しにくい種々の転動態様を実現することが可能となる。」(甲2【0006】)という作用効果を奏するものであると認められるところ、周知例1の「入賞空間52」及び「案内底板51b」も、前示のとおり、その配置関係からみて、遊技球を前面の入賞口の方向へ放出する前に左右方向に自在に転動させて、上記作用効果を奏するものといえるから、それぞれ本願発明の「空間部」及び「放出部」に相当するものと認められる。しかも、本願発明の「球放出部」と周知例1の「案内底板51b」との両者が、その具体的構成において相違するところがないのみならず、周知例1においても、遊技球が左右方向に自在に転動させることで特別入賞口又は一般入賞口のいずれに入球するか転落経路に変化が生じ、「遊技球を球放出部から始動口の方向へ放出される前にこの球放出部において左右方向に自在に転動させることで、遊技球の転落経路に関して変化を加えてゲームの趣向性を向上させる」という本願発明と同様の作用効果を有するものと認められる(本願発明のように入賞するか否かと、周知例1のように特別入賞口又は一般入賞口のいずれに入賞するかは、遊技者の興趣にとって程度の差にすぎない。)から、原告の前記主張は、採用することができない。
イ 周知例2(乙2)には、「一方、前記表示用開口部211の下部には手前側が低くなるように緩傾斜した流出案内板215が設けられ、前記流入口214aから流入した遊技球が後述の案内路241およびその流下案内板215を介して可変表示ゲーム装置20の下方の遊技領域2に戻されるようになっている。前記表示板220は表示ユニット230の表示部237や入賞未処理記憶個数表示器245aの表示を美しく遊技者に視認させるためのもので、透明又は半透明な材料から作られ、前枠210の表示用開口部211を閉塞するようにその裏側に取り付けられている。」(4頁右下欄〜5頁左上欄)と記載されており、第3図には、障害突起が設けられていない流出案内板215が示されている。
上記記載等によると、周知例2には、球振分板で区分されていない空間部に、左右方向に転動可能な平板状の(障害突起が設けられていない)球放出部(流出案内板215)を配置し、入球した遊技球を球放出部上に落下させて転動させる表示装置(可変表示ゲーム装置20)が開示されていると認められる。
原告は、周知例2の記載(5頁左下欄4行〜右下欄2行)並びに第2、
第3及び第5図を根拠に、「流入口214a」から流入した遊技球は、「表示板220」の裏側(後方)へ回り込み、「流出案内路241」を通って「表示部230」の下方に至り、前方に開口した「流出開口部241b」の奥から転がり出て、
「流下案内板215」上を前方へ直線的に転動するものであって、この間に「遊技球が空間部に受け入れられ、左右方向に転動可能」な旨は記載されておらず示唆もないから、周知例2には、本願発明の「空間部」及び「球放出部」に相当する構成が記載されていないと主張する。
しかしながら、原告が指摘する周知例2の当該記載並びに第2、第3及び第5図をみても、遊技球が「流出案内板215」上を前方へ直線的にのみ転動すると解すべき合理的根拠は見当たらない。かえって、第2及び第3図の記載によれば、前枠210の流入口214aから流入して前枠210の裏側に至った遊技球は、後枠240の両外側に湾曲した案内路241,241によって一端両外側に付勢されるから、「流出開口部241b」の奥から転がり出て流出案内板215上に流出した場合、左右方向に付勢されており、その結果、流出案内板215の側部に衝突し、更に反対の左右方向に転動するものと推認される。
したがって、原告の前記主張を採用する余地はない。
ウ 周知例3(乙3)には、「この役物1は、振り分け口7を有しており、
その底部には、振り分け板8が設けられている。この振り分け板8は後方から前方に傾斜しており、各入賞口2,3,4,5,6から振り分け口7に飛入したパチンコ球9,10は、この振り分け板8に突設した突設部11によつてその進路を変更されつつ傾斜板8の前方に転動するようにされている。振り分け板8の前部には、
仕切り板12,13が立設され、この仕切り板12,12の間は権利確保入賞口14とされており、・・・権利確保入賞口14の両側には、所定の個数の入賞球が払出される通常の入賞口16,17が設けられている。」(2頁3欄)と記載されており、第1図には、遊技球を様々な方向に進路変更させるための多数の小規模な突設部11を設けた振り分け板8が示されている。
上記記載等によれば、周知例3には、球振分板で区分されていない空間部に、左右方向に転動可能なほぼ平板状の(障害突起が設けられていない)球放出部(振り分け板8)を配置し、入球した遊技球を球放出部上に落下させて転動させる表示装置が開示されていると認められる。
原告は、周知例1の場合と同様に、周知例3に記載のパチンコ遊技機において、振り分け板8上を前方へ転動する遊技球は、その先で必ず「権利確保入賞口14」又は「通常の入賞口16,17」に入賞することが約束されているから入賞球といえるのに対し、本願発明の「空間部」に入った遊技球は、「球放出部」から放出された先で始動口に入賞したり入賞しなかったりするものであり、入賞球といえない以上、同周知例の「振り分け口7」や「球振り分け板8」は、本願発明の「空間部」や「球放出部」に相当するものではないと主張する。
しかしながら、周知例3においても、本願発明の「球放出部」と周知例3の「振り分け板8」との両者が、その具体的構成においてほぼ一致するのみならず、遊技球が左右方向に自在に転動させることで権利確保入賞口又は通常の入賞口のいずれに入球するか転落経路に変化が生じ、本願明細書記載の本願発明の前示作用効果と同様の作用効果を有するものと認められるから、原告の前記主張も、採用することができない。
エ 以上のとおり、本件周知例には、いずれも、球振分板で区分されていない空間部の底部に、左右方向に転動可能な平板状の(障害突起が設けられていない)球放出部を配置し、入球した遊技球を球放出部上に落下させて転動させる表示装置が開示されていると認められるから、これに基づいて、本件周知技術を認定できることは、明らかといわなければならない。
そして、本件周知技術を前提とすると、引用発明において、空間部(凹室)を区分しないで構成して空間部の前方を開放し、球放出部と表示体とが略同一空間に配置されるようにし、相違点(B)における本願発明の構成とすることが、
当業者にとってより一層容易に想到できることとなり、しかも、取消事由1で説示したように、引用発明の下側空間部(球放出部)が、その障害突起23のために転動可能といえないとしても、本件周知技術を適用することにより、本願発明と同様の構成に至るものと認められる。
したがって、本件審決が引用発明についての認定を誤り、本願発明と引用発明との一致点を誤認したことは、本願発明が進歩性を欠くという結論に影響を及ぼすものではなく、原告主張の取消事由1及び2は、いずれも理由がないことに帰する。
3 結論 そうすると、本願発明は、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから、これと同旨の本件審決には誤りがなく、その他本件審決にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 北山元章
裁判官 清水節
裁判官 上田卓哉