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事件 平成 22年 (行ケ) 10381号 審決取消請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2011/07/25
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成23年7月25日 判決言渡

平成22年(行ケ)第10381号 審決取消請求事件(特許)

口頭弁論終結日 平成23年7月20日

判 決

原 告 コネ コーポレイション

同 サ カ リ ク ウ シ

訴訟代理人弁理士 香 取 孝 雄

同 北 島 弘 崇

被 告 特 許 庁 長 官

指 定 代 理 人 加 藤 友 也

同 西 山 真 二

同 新 海 岳

同 伊 藤 元 人

同 田 村 正 明

主 文

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を3

0日と定める。

事 実 及 び 理 由

第1 請求

特許庁が不服2008−14471事件について平成22年7月21日に

した審決を取り消す。

第2 事案の概要

1 本件は,原告が,名称を「エレベータおよびエレベータのトラクションシー

ブ」とする発明につき特許出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これに




対する不服の審判請求をしたが,特許庁から請求不成立の審決を受けたことか

ら,その取消しを求めた事案である。

2 争点は,上記審判請求後の平成22年6月4日付けでなした手続補正後(請

求項の数12)の請求項9の発明(以下「本願発明」という。)が下記引用例

に記載された発明及び周知技術から容易想到であったか(特許法29条2項),

である。



引用例:「実願昭54−93474号(実開昭56−13492号)のマイク

ロフィルム」(考案の名称「エレベータ用巻上機」,出願人 東京芝浦

電気株式会社,公開日 昭和56年2月4日)(甲1)

第3 当事者の主張

1 請求の原因

(1) 特許庁における手続の経緯

原告は,2000年(平成12年)12月8日の優先権(フィンランド国)

を主張して,2001年(平成13年)12月7日,名称を「エレベータお

よびエレベータのトラクションシーブ」とする発明につき国際特許出願(日

本における出願番号・特願2002−547831号)をし,日本国特許庁

に平成15年6月9日に翻訳文(甲2)を提出した(請求項の数10,公表

公報は特表2004−515430号〔甲26〕)が,拒絶査定を受けたの

で,これに対する不服の審判請求をした。

特許庁は,同請求を不服2008−14471号事件として審理し,その

中で原告は平成22年6月4日付けでも手続補正をした(甲18,請求項の

数12)が,特許庁は,平成22年7月21日,「本件審判の請求は,成り

立たない。」との審決をし,その謄本は同年8月10日原告に送達された。

(2) 発明の内容

前記のとおり,平成22年6月4日付けで補正された特許請求の範囲の請




求項の数は12であるが,その請求項9に係る発明(本願発明)の内容は,

下記のとおりである。



「【請求項9】実質的に円形の断面を有する複数の巻上ロープ用に設計され

たエレベータのトラクションシーブは,該巻上ロープに対するコーティング

を有し,該コーティングは該トラクションシーブに直接接着されていて綱溝

を構成し,該コーティングは,該綱溝の底部において該綱溝を走行するロー

プの太さの半分より実質的に小さい厚さを有するトラクションシーブにお

いて,前記コーティングは,約100shoreA より小さく約60shoreA より

大きい硬さと前記該綱溝の底部において最小で約0.5mm,最大で約2m

mの厚さとを有することを特徴とするエレベータのトラクションシーブ。」

(3) 審決の内容

ア 審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その要点は,本願発明は

前記引用例に記載された発明及び周知の技術事項に基づいて当業者が容

易に発明をすることができたから特許法29条2項により特許を受ける

ことができない,というものである。

イ なお,審決が認定した引用発明の内容,本願発明との一致点,相違点1

及び2は,次のとおりである。

<引用発明>

「実質的に円形の断面を有する複数の吊ロープ3用に設計されたエレベ

ータの巻上シーブ5は,該吊ロープ3に対するコーティングを有し,該コ

ーティングは該巻上シーブ5に直接接着されていて綱溝を構成し,該コー

ティングは,該綱溝の底部において該綱溝を走行する吊ロープ3の太さの

半分より実質的に小さい厚さを有する巻上シーブ5。」

<一致点>

「実質的に円形の断面を有する複数の巻上ロープ用に設計されたエレベ




ータのトラクションシーブは,該巻上ロープに対するコーティングを有

し,該コーティングは該トラクションシーブに直接接着されていて綱溝を

構成し,該コーティングは,該綱溝の底部において該綱溝を走行するロー

プの太さの半分より実質的に小さい厚さを有するトラクションシーブ。」

<相違点1>

「本願発明では,コーティングの硬さを『約100shoreA より小さく約6

0shoreA より大きい硬さ』としているのに対して,引用発明では,コーテ

ィングの硬さがどの程度であるのか明らかではない点」

<相違点2>

「本願発明では,コーティングの綱溝の底部における厚さを,綱溝を走行

するロープの太さの半分より実質的に小さい厚さとし,かつ『最小で約0.

5mm,最大で約2mmの厚さ』としているのに対して,引用発明では,

コーティングの綱溝の底部における厚さを,綱溝を走行するロープの太さ

の半分より実質的に小さい厚さとしているものの,その最小の厚さと最大

の厚さの実際値が明らかではない点」

(4) 審決の取消事由

しかしながら,審決には,以下のとおり誤りがあるから,違法として取り

消されるべきである。

ア 取消事由1(引用発明認定の誤り)

(ア) 審決は,引用例(甲1)の第2図及び第4図にはコーティングが吊ロ

ープの太さの半分より小さい厚さを有している構成が描かれていると

する。

しかし,これらの図は,あくまでも複数のロープ溝に高摩擦弾性体を

単独に取り付けるか,一体的に成形して取り付けるかというコーティン

グの状態を示すための一例として描かれ,その厚さがたまたま太さの半

分以下に図示されていたにすぎず,その厚さが太さの半分以下より小さ




いという限定事項そのもの及びその技術的意味は明細書に記載されて

いない。このような,単にコーティングの状態を示すための一例をこと

さら取りあげて,審判官の認定した厚さについての技術的事項を「引用

発明」とする認定は,それ自体が誤りであり,小さい厚さを有すること

に意義がある本願発明の構成要件とこれを比較することは適切さを欠

く。

そもそも特許図面は,引用例のような実用新案登録も含めて,少なく

とも寸法に関して,それが発明(考案も含む。)の本質的事項でない限

り,実際の実現例に即して正確に描かれることはまずない。通常は,発

明の本質的事項,すなわち発明の技術的思想を表現するに際して関係の

ある事項を誇張し,それ以外の事項は,省略したり矮小化したりするこ

とが多い。これは,発明の理解を容易にするために必要なことである。

例えば,引用例でさえ,その第1図には,エレベータ全体が実際の状

態とかけ離れて描かれている。すなわち,かご1が乗用であるとして,

かご1に対して,そらせ車4や巻上シーブ5は極端に大きく,ロープ3

は,エレベータとして機能しないほど短く描かれている。その考案の本

質的技術思想は,従来の高摩擦弾性体6の使用による欠点を解消するた

め,高摩擦弾性体を複数の溝にわたって一体化することと認められ,高

摩擦弾性体の寸法についての技術的着想は全く窺えない。

このように,引用例では,高摩擦弾性体の一体化という技術的着想

説明するだけのために,たまたま「綱溝の底部において該綱溝を走行す

る吊ロープ3の太さの半分より実質的に小さい厚さ」が描かれていたに

すぎない。

引用例第2図及び第4図には,いかにも「半分より実質的に小さい厚

さ」が描かれているが,引用例の技術的着想の本質を考慮しようとせず,

この認定事項だけをもって直ちに引用発明が「該綱溝の底部において該




綱溝を走行するロープの太さの半分より実質的に小さい厚さを有する」

とした審決の判断は,妥当性を欠くものである。

(イ) 被告の主張につき

a 被告は,特許出願に添付された図面は「当業者に理解され得る程度

に技術内容が明示されていれば足り,これによって,当該部分の寸法

や角度等が特定されるものではない」と認めた上で,「正確性を持た

ない図面であっても,比較的正確に表現できるものであるから,この

ようなものについて図面から看取できる内容が引用例(甲1)に開示

されていると解することは,何ら不合理なことではない」と主張する。

しかし,被告が,図面によって当該部分の寸法や角度等が特定され

るものではないと認める一方で,正確性を持たない図面であっても図

面から看取できる内容を採用するのが不合理ではないとする都合の

良い解釈は理解できない。まして,本願発明が具体的な数値で特定し

ているにもかかわらず,数値を特定せずあいまいな内容の引用例を拡

大解釈して本願発明の内容が開示されているとするのは誤りである。

b 被告は,新たに特開平7−259441号公報(乙1,以下「刊行

物5」という。)及び特開平10−150887号公報(乙2,以下

「刊行物6」という。)を提示し,刊行物5に「シリコーンゴム層の

コーティングが0.2mm〜2mmの厚さを有すること」及び刊行物

6に「硬質皮膜(コーティング)の厚さが2〜6μm」と記載されて

いることから「コーティングは普通あまり厚いものは想定していな

い」とし,引用例(甲1)に記載された「高摩擦弾性体6及び8から

なるコーティング」の厚さは薄い旨主張する。

しかし,被告が,「コーティング」は薄いものであるとの解釈の根

拠とする文献のうち,刊行物5は建築用ガスケット,具体的には窓ガ

ラスを固定するための窓枠のゴム部材に関するものであり,耐候性向




上のための表面処理としてのコーティングが開示され,刊行物6は釣

り・スポーツ用具部材に関するものであり,装飾のために表面に形成

した硬質皮膜(コーティング)が開示されている。

このように,被告は,それぞれ本願発明とは全く異なる技術分野の,

異なる目的のためのコーティングを引用して,「コーティング」とい

うのは薄いものであると主張する。

しかし,例えば本願発明に関するエレベータなどの技術分野におい

ては,その目的によって厚いコーティングが多々存在することは当業

者でなくとも常識である。

被告は,コーティングは薄いものであるという前提の下に,技術的

な配慮もなくただコーティングの厚さだけに注目し,薄いコーティン

グに関する新たな刊行物のみを選択し提示したにすぎず,被告の「コ

ーティングは普通あまり厚いものは想定していない」とする解釈は,

全く無意味である。

c 被告は,前記a及びbの主張を前提として,「吊りロープ3の太さ

の半分より実質的に小さいという程度のことは,明確に読み取ること

ができる」と結論付けているが,前記a及びbのとおり,上記結論は

成り立たない。

イ 取消事由2(一致点認定の誤り)

前記アのとおり,審決による「引用発明」の認定は誤りであり,本願発

明と引用発明とは「『該コーティングは,該綱溝の底部において該綱溝を

走行するロープの太さの半分より実質的に小さい厚さを有するトラクシ

ョンシーブ。』の点で一致」するものではない。

ウ 取消事由3(相違点1についての判断の誤り)

審決は,特開昭56−149978号公報(甲20,以下「刊行物1」

という。),実願昭54−43019号(実開昭55−142747号)




のマイクロフィルム(甲21,以下「刊行物2」という。)を例に挙げて,

コーティングの硬度を80度以上とすることは周知技術であるとするが,

刊行物1,2の内容からすれば,これらを周知技術とすることは誤りであ

る。

(ア) 刊行物1につき

刊行物1の特許請求の範囲に「シーブの溝を所定の角度に形成すると

ともに,上記溝にシーブ材を装着し,さらに上記シーブ材の硬度を80

度以上としたことを特徴とする」と記載されている。この記載で明らか

なように,「シーブ材の硬度」は,「シーブの溝を所定の角度に形成」

することとの組合せにおいて決定されることが必要条件であり,シーブ

の断面形状がV字形に限定されている。このことは,明細書に丸形溝が

従来技術の課題として明記されている(甲20,409頁右欄)ことか

らも明白である。さらに,このシーブ材は,「合成樹脂を挿入してなる

もの」に関するものであることも明記されている(同頁左欄)。以上の

ように,刊行物1は,本願発明と基本的な構造が全く異なっている。

被告は,刊行物1では機械的安定性の観点から硬度を決定しているの

であり,シーブの断面形状がV字形であることは直接関係しない旨主張

するが,刊行物1の「リング8の硬度変化による機械的安定性は80度

以上になると極めて安定した強度が得られるが80度以下では弱くば

らつきも大きくなり不安定な機械的性質を有する」との記載は,単に機

械的安定性について論じているのではなく,前後の説明の結論として記

載されている。すなわち,刊行物1では,図4及び図5を用いてV字形

における最適な条件を検討し,その結果としてこのような数値が導き出

されたことは明白であり,被告の上記主張は誤りである。

このように,刊行物1から文脈を無視して「硬度を80度以上とする」

部分だけを取り出すことは不適切であり,審決で,刊行物1を例示して




「エレベータのシーブの綱溝に設けられたコーティングの硬度を80

度(旧JIS K 6301で80Hsを示すものと認められ,これはほ

ぼ80shoreA に相当。 以上とすること」
) が周知としたのは誤りである。

(イ) 刊行物2につき

刊行物2の実用新案登録請求の範囲に「かご或いはつり合おもりに設

けた非常止め装置を作動させる調速機において,高摩擦係数でかつ耐摩

耗の高い非金属弾性体をシーブ本体の溝部に取付けた調速シーブを有

するエレベータの調速機」が記載されている。この記載からすれば,こ

の非常止め装置を作動させるエレベータの調速機に使用されるガバナ

ロープ6及び調速シーブ7は,本願発明のエレベータを直接吊り下げて

いる「巻上ロープ」及び「巻上シーブ」に相当するものでなく,全く異

なる装置に関する内容である。さらにその機能についても,非金属弾性

体33は,いわばブレーキパッドに相当し,非常停止の際にガバナロー

プ6と調速シーブ7との間でのスリップさせる量を制御させるために

使用されるものである。このように,刊行物2は,本願発明とは全く異

なる装置に関するものである。

なお,被告は,「エレベータ」,「シーブ」,「摩擦力」といった共

通の単語を挙げ,それだけの理由で刊行物2(甲21)に記載された調

整シーブ7が本願発明の「トラクションシーブ」と共通すると主張する。

しかし,刊行物2は,図1からみても,本願発明とは全く異なる構成

の装置であり,さらにその機能においても,刊行物2の調整シーブ7が

緊急時のブレーキのために摩擦力を必要とするのに対して本願発明は

エレベータを効率よく駆動させるために摩擦力を必要としている。この

ように,同じ「摩擦力」でも全く逆の機能として利用するものであって,

両者は根本的に技術内容が異なっているから,刊行物2から「硬度80

ないし100」の部分を取り出すことは不適切であり,審決で,刊行物




2を例示して「エレベータのシーブの綱溝に設けられたコーティングの

硬度を80度(旧JIS K 6301で80Hsを示すものと認めら

れ,これはほぼ80shoreA に相当。)以上とすること」が周知としたの

は誤りである。

エ 取消事由4(相違点2についての判断の誤り)

(ア) 「当業者が適宜設定しうる事項」について

審決は,「コーティングの底部における厚さは,綱車の綱溝の形状,

巻上ロープの径,コーティングの耐久性等に応じて,当業者が適宜設定

し得る事項である」(4頁下8行〜下6行)とする。

従来,耐久性を上げるためにコーティングの厚さを厚くすることは当

業者が適宜設定し得る事項であるが,本願発明において,コーティング

の硬度と厚さを組み合わせた上で厚さを薄く設定することにより耐久

性を上げることは,当業者が適宜設定し得る事項どころか,周知事項と

正反対の技術的特徴事項である。

被告は,コーティングの硬度と厚さがその耐久性に具体的にどのよう

に関係するのか記載されていないという理由で,原告の上記主張は本願

の明細書及び図面(甲2を甲18で補正したもの)に基づかないとし,

一般論として寸法を最適化ないし好適化することは当業者が適宜設定

すべき設計事項であり,新たな文献(乙1,乙2)を引用してコーティ

ングの耐久性等を考慮して厚さを決定することは一般的知見であると

した上で,「コーティングの厚さは,綱車の形状,巻き上げロープの径,

コーティングの耐久性に応じて,当業者が適宜設定しうる事項である」

としたことに誤りはないと主張する。

しかし,本願明細書(甲2を甲18で補正したもの)の段落【000

9】には,「薄いコーティングは,・・・ロープとトラクションシーブ

との間でコーティングが圧搾されても,コーティングはそれほど押しつ




ぶされることはなく,コーティングの圧搾は綱車の両側に波及する傾向

を有する」こと,「コーティングは,ロープスリップによってコーティ

ングが擦り切れることがないよう,張力によって生じるロープ伸長を受

けとめるのに十分な厚さを有する必要がある」こと,「コーティングは,

ロープの構造的な粗さを許容できるほどに,言い換えれば,表面ワイヤ

の少なくとも一部がコーティングに埋没するほどに,十分に柔軟であ

る」ことが記載されている。

すなわち,薄いコーティングについての利点,厚さの下限の必要性及

び硬度の必要性について,それぞれその理由とともに記載されている。

また,段落【0010】には,直接コーティングの厚みは記載されてい

ないものの,表面ワイヤ径とコーティングの硬度との最適ないし好適な

関係について具体的な数値を挙げて記載しており,「本願発明におい

て,コーティングの硬度と厚さを組み合わせた上で厚さを薄く設定する

ことにより耐久性を上げることは,当業者が適宜設定し得る事項どころ

か,周知事項と正反対の技術的特徴事項である」ことは,本願明細書及

び図面(甲2を甲18で補正したもの)に基づいている。

さらに,被告は,コーティングの寸法が適宜設定すべき設計事項であ

るという一般論とともに,建築用ガスケットの表面処理(乙1),釣り

・スポーツ用具用部材の表面処理(乙2)等の本願発明とは全く関係の

ない技術を引用して,一般的な知見とするが,無意味である。また,引

用例及び刊行物において,コーティング硬度と厚さを組み合わせた上で

厚さを薄くすることにより耐久性を上げることは記載されていない。

したがって,審決が「コーティングの厚さは,綱車の形状,巻き上げ

ロープの径,コーティングの耐久性に応じて,当業者が適宜設定しうる

事項である」としたことは誤りである。

(イ) 「臨界的意義は認められない」ことについて




審決は,コーティングの綱溝の底部における厚さを「最小で約0.5

mm,最大で約2mm」としたことに臨界的意義は認められない(4頁

下3行〜下2行)とする。

しかし,本願明細書の段落【0020】に,「ロープは,」「8〜1

0mmの厚さを有し」,「コーティングの厚さは」「ロープの太さの約

1/5に等しい」と記載されていることから,コーティングの厚さが約

2mmであることが示唆されている。また,段落【0019】には,ロ

ープから加えられる圧搾圧力の横方向への伝播に対する耐久性の向上

を考慮して,リムの形状によってコーティングの厚さをロープの約1/

2,約1/5,約1/10にできる旨の記載があることにより,コーテ

ィングの厚さをロープの太さの約1/5に限定したものである。

この点につき,審決は,「数値範囲の最大側の臨界値は,約1/2で

あると認められるところ,何故,約1/2を除いて約1/5以下に限定

しているのかが不明である」とするが,最大側の臨界値に設定する必要

はなく,約1/5が数値範囲の外側であるのならともかく,ばらつきな

どを考慮して臨界値の内側に限定することは全く問題ない。

さらに,審決は,コーティングの厚さを数値限定したことについて臨

界的意義があるとすれば,それは,「コーティングの厚さをロープの太

さの約1/2,約1/5,約1/10」にするといったように,「ロー

プの太さ」に対する「コーティングの厚さ」の割合を数値限定した場合

であって,本願発明のように,単に「2mm」というように「コーティ

ングの厚さ」だけを数値限定しても,臨界的意義があるとは認められな

いとする(5頁14〜19行)。

しかし,割合で数値限定をした場合には,結果的に何も限定されない

こととなり,かえって不明確な記載となるおそれがある。本願発明は,

ロープの径はともかく,コーティングの硬度と厚さとの関係で数値とし




て限定する必要性があり,その算出根拠として割合を示したにすぎず,

結果的にコーティング条件に適合したロープ径などの条件が決定され

るので,本願発明においては特に限定する必要がない。

このほか,本願明細書の段落【0020】に「厚さ4mmの相当良好

な構造を有するエレベータ巻上ロープを製造可能である」と記載されて

おり,請求項1及び9で「コーティングは,」「ロープの太さの半分よ

り実質的に小さい厚さ」と限定していることから,最大厚さを約2mm

とすることも示唆されているといえる。

なお,審査基準第U部第2章2.5(3)C(乙3)には,「臨界的意

義」について「請求項に係る発明が引用発明の延長線上にあるとき,す

なわち,両者の相違が数値限定の有無のみで,課題が共通する場合」と

明確に定義されているところ,本願発明と引用例(甲1)の内容につい

て比較すると,確かに課題において両者は共通している部分があるが,

本願発明が引用発明すなわち引用例(甲1)の延長線上にあるものでは

なく,まして両者の相違が数値限定の有無のみであるということはな

い。

本願発明は,明細書に記載の色々な条件について検討した結果「最小

で約0.5mm,最大で約2mmの厚さ」と限定したものであり,臨界

的意義という条件に制約されることは全くない。

以上のとおり,被告が主張する臨界的意義は,本願発明には適用され

ないことが明らかである。

(ウ) コーティングを綱車に直接接着する技術の周知性について

審決は,刊行物2及び特開昭58−88262号公報(甲22,以下

「刊行物3」という。)に「コーティングを綱車に直接接着する技術」

が記載されており,従来周知であるとする。

しかし,前述のとおり,刊行物2については,本願発明とは全く異な




る装置に関するものであり,従来周知の根拠とはなり得ない。

他方で,刊行物3には,「弾性挿入体50の底縁および側壁を結合す

る接着剤等の適当な手段により綱車の溝内に固着されている」ことが記

載されている(甲22,365頁右上欄〜左下欄)。しかし,この記載

は,コーティング(弾性挿入体50)が適当な手段により間接的に接着

されている旨の説明であって,コーティングが直接接着されていること

を開示するものではないため,従来周知の根拠とはなり得ない。

被告は,刊行物2及び刊行物3の記載内容からみて,これらに記載さ

れたものも「コーティングを綱車に直接接着する技術であると主張する

が,「刊行物2及び3の記載内容からみて」とするのみで,原告の前記

主張を覆す具体的な根拠を欠いている。

また,被告は,原告が審決で認定した「引用発明のコーティングが巻

上げシーブ5に接着されている」ことを認めているとし,原告の(刊行

物2,3に関する)主張は審決のなお書きの部分に対するものであり,

審決の結論に影響を与えるものではないと主張する。

確かに,原告の上記主張は,審決のなお書きに対して行ったものであ

るが,なお書きの部分であるから審決の結論に影響を与えるものではな

いとすれば,審決のなお書きで記載された刊行物2及び刊行物3は,す

べて審決においても参考にすぎず,従来周知の根拠とはなり得ないこと

になる。

また,原告は,あくまでも図2ないし図4を何の前提もなく観察した

上で,直接接着されているように見える図面上の事実について認めたに

すぎない。

(エ) 綱溝の底部におけるコーティングの厚さが薄い構成の周知性について

審決は,特公昭36−16764号公報(甲23,以下「刊行物4」

という。)の第3図に「綱溝の底部におけるコーティングの厚さが薄い




構成」が記載されているとする。

確かに,刊行物4の発明の詳細な説明には,摩擦力を発生させてスリ

ップをなくすために,溝に柔軟かつ弾力性に富む合成樹脂層を形成した

駆動輪が開示されている(甲23,1頁左欄)が,この合成樹脂は,そ

の厚さについては数値も程度も記載されていない一般的に行われるコ

ーティングであって,目的を達成するためにコーティングの厚さ,硬度

を具体的な数値で特定することにより特許性を有する本願発明とは異

なるため,刊行物4は,本願発明が従来周知であったことの根拠にはな

り得ない。

また,被告は,ここでも,原告の主張は審決のなお書きの部分に対す

るものであり,審決の結論に影響を与えるものではないと主張する。

しかし,被告の主張どおり,なお書きの部分であって審決の結論に影

響を与えるものでないならば,審決のなお書きで記載された刊行物4は

審決においても参考にすぎず,従来周知の根拠とはなり得ない。

オ 小括

コーティングの耐久性を良くするためにコーティングの厚さを厚くす

る技術思想は従来から存在したが,本願発明は,これとは正反対に,コー

ティングの硬度との組合せで,コーティング厚をより薄くすることにより

耐久性が向上するとの新たな知見に基づいたものである。

被告は,コーティングの硬度を高くすれば,その程度によるが,傷付き

にくくなり,薄くても耐久性が高くなることは当業者であれば容易に予想

がつくことであり,コーティングの硬度との組合せで,コーティング厚を

より薄くすることにより耐久性が向上することは新たな知見というほど

のことではなく,本願発明は引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容

易に発明することができたものである旨主張する。

被告が新たに引用した刊行物5及び刊行物6が全く異なる技術分野に




関する内容であることからも分かるように,被告の主張は,常に一般的な

コーティングを前提に行われており,コーティングの硬度を高くすれば傷

付きにくくなり耐久性が向上することは新たな知見でないという結論に

至っている。

しかし,本願発明は,単に傷付きにくくなるかならないかの耐久性を論

じているのではなく,コーティングの条件,特に従来の技術思想とは全く

逆の発想である,コーティングを薄くすることで耐久性が向上するという

新たな知見に基づき条件を具体的に特定し,エレベータの駆動力を効率よ

く伝達するためのトラクションシーブとロープとの間に良好な把持力を

有し,トラクションシーブの耐久性を保持し,さらにロープの磨耗を減少

させるという特別なトラクションシーブを提供するものである。

被告の主張は,発明の本質と無関係な部分が略記されるという特許図面

の本質的性格を考慮することなく,単にポンチ絵的に描かれた図面を引用

して,明確に数値で特定している本願発明が開示されているものとしてい

ること,また,本願発明が従来の技術思想と正反対の新たな知見に基づい

ているにもかかわらず,関連のない技術分野から引用し一般論に終始して

いること,さらに審査基準の臨界的意義の定義を掲げながら,その基準に

合致していないこと等から失当である。

2 請求原因に対する認否

請求の原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,(4)は争う。

3 被告の反論

審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。

(1) 取消事由1に対し

特許出願の願書に添付された図面は,設計図ではなく,特許を受けようと

する発明の内容を明らかにするための説明図にとどまり,同図面上に,当業

者に理解され得る程度に技術内容が明示されていれば足り,これによって,




当該部分の寸法や角度等が特定されるものではない。しかし,設計図面のよ

うな正確性を持たない図面であっても,発明の基本的な形状や大小関係など

は,比較的正確に表現できるものであるから,このようなものについて図面

から看取できる内容が引用例に開示されていると解することは,何ら不合理

なことではないし,発明の理解を容易にするために図面を示すに当たり,発

明の特徴部分の形状や大きさについて,実際よりも矮小化して描くようなこ

とは通常考えられず,それほど大きな誤りなく描かれているか,実物より誇

張されて描かれていると解するのが相当である。

そして,引用例(甲1)に記載されたものは「高摩擦弾性体6及び8から

なるコーテイング」に特徴があるから,引用例の図面では「高摩擦弾性体6

及び8からなるコーテイング」の形状や大きさはそれほど大きな誤りなく描

かれているか,実物より誇張されて描かれているというべきである。

また,引用例に「ゴム等の高摩擦弾性体6をコーテイングしたり,・・・

(中略)・・・している。」(明細書2頁12〜14行)等と記載されてい

る上,特開平7−259441号公報(乙1)に,シリコーンゴム層のコー

ティングが0.2mm〜2mmの厚さを有することが記載され(段落【00

11】,【0022】参照),特開平10−150887号公報(乙2)に,

硬質被膜(コーティング)の厚さが2〜6μmと記載されている(段落【0

027】参照)ように,「コーテイング」は普通あまり厚いものは想定され

ていないことからみて,引用例に記載された「高摩擦弾性体6及び8からな

るコーテイング」の厚さは薄いものと解すべきである。

してみると,引用例の第2図及び第4図から,具体的な寸法までは特定で

きないとしても,「高摩擦弾性体6及び8からなるコーテイング」の厚さが

綱溝であるロープ溝7の底部において該ロープ溝7を走行する「吊ロープ

3」の太さの半分より実質的に小さいという程度のことは,明確に読み取る

ことができ,引用例中にそれと矛盾する記載もない。




したがって,審決で,「第2図及び第4図には,高摩擦弾性体6及び8か

らなるコーテイングが,綱溝の底部において該綱溝を走行する吊ロープ3の

太さの半分より実質的に小さい厚さを有している構成が描かれている。」と

したことに誤りはなく,引用発明として,「実質的に円形の断面を有する複

数の吊ロープ3用に設計されたエレベータの巻上シーブ5は,該吊ロープ3

に対するコーテイングを有し,該コーテイングは該巻上シーブ5に直接接着

されていて綱溝を構成し,該コーテイングは,該綱溝の底部において該綱溝

を走行する吊ロープ3の太さの半分より実質的に小さい厚さを有する巻上

シーブ5。」を認定したことにも誤りはない。

また,引用発明のコーティング厚さについて「綱溝の底部において該綱溝

を走行する吊ロープ3の太さの半分より実質的に小さい厚さを有する」こと

までを認定できず,「該コーティングは,該綱溝の底部において該綱溝を走

行するロープの太さの半分より実質的に小さい厚さを有する」点を一致点と

認定できないとしても,審決は,上記構成の容易想到性の判断を実質的に示

しているから,審決の結論には影響しない。

すなわち,審決は,本願発明の綱溝底部におけるコーティング厚さが「最

小で約0.5mm,最大で約2mmの厚さ」であることを,引用発明との相

違点2として認定し,その容易想到性を判断している。そして,本願明細書

(甲2,11頁8〜10行,16〜18行)の記載を参酌すれば,ロープの

太さは,通常8〜10mmであり,より細い場合でも4mmであるから,「ロ

ープの太さの半分より実質的に小さい厚さを有する」との構成は,実質的に,

2mmより小さいことを特定する程度の意味しかなく,「最小で約0.5m

m,最大で約2mmの厚さ」との構成以上の限定を付加するものではない。

したがって,相違点2の判断において,コーティングを「最大で約2mmの

厚さ」とすることについて判断している以上,コーティングが「ロープの太

さの半分より実質的に小さい厚さを有する」点の判断も,実質的に示されて




いることになる。

(2) 取消事由2に対し

前記(1)のとおり,審決における引用発明の認定に誤りはない。

したがって,審決で,本願発明と引用発明とは,「実質的に円形の断面を

有する複数の巻上ロープ用に設計されたエレベータのトラクションシーブ

は,該巻上ロープに対するコーティングを有し,該コーティングは該トラク

ションシーブに直接接着されていて綱溝を構成し,該コーティングは,該綱

溝の底部において該綱溝を走行するロープの太さの半分より実質的に小さ

い厚さを有するトラクションシーブ。」の点で一致するとしたことに誤りは

なく,原告の主張は失当である。

(3) 取消事由3に対し

審決は,エレベータのシーブの綱溝に設けられたコーティングの硬度を8

0度以上とすることは周知であると判断し,その周知例として刊行物1及び

刊行物2を示したものであるところ,下記ア及びイのとおり,刊行物1及び

刊行物2を例示してコーティングの硬度を80度以上とすることが周知で

あるとしたことに誤りはないから,審決による相違点1についての判断に誤

りはない。

ア 刊行物1に関し

本願発明は,平成22年6月4日付け手続補正書(甲18)の特許請求

の範囲の請求項9の記載からみて,シーブの断面形状やシーブの材質につ

いて何の限定も付すものではない。また,刊行物1(甲20)に,「リン

グ8の硬度変化による機械的安定性は80度以上になると極めて安定し

た強度が得られるが80度以下では弱くばらつきも大きくなり不安定な

機械的性質を有する。」(2頁右下欄1〜4行)と記載されているように,

刊行物1に記載されたものは,機械的安定性の観点から硬度を決定してい

るのであり,シーブの断面形状がV字形であることは直接関係するもので




はない。したがって,刊行物1から「硬度を80度以上とする」部分を取

り出すことに何ら不適切な点はなく,審決で,刊行物1を例示して「エレ

ベータのシーブの綱溝に設けられたコーティングの硬度を80度(旧JI

S K 6301で80Hsを示すものと認められ,これはほぼ80shoreA

に相当。)以上とすること」が周知であるとしたことに誤りはない。

イ 刊行物2に関し

刊行物2に「本考案はエレベータに使用する調速機に関するものであ

る。」(甲21,1頁16〜17行)及び「本考案はかかる欠点を除去し

たものでその目的は,ガバナロープと調速シーブとの摩擦力を大きくする

と共に,両者の寿命を長くしかつ騒音の低い調速シーブを有する調速機を

提供することにある。」(甲21,6頁6〜10行)と記載されているよ

うに,刊行物2に記載された調速シーブ7は,本願発明及び引用発明が対

象とする「トラクションシーブ」と同様,ロープが掛け渡されるエレベー

タのシーブであり,しかも,ロープとの間に高摩擦力を発生させるととも

に耐摩耗性が要求される部材である点で「トラクションシーブ」と共通す

るものである。したがって,刊行物2から「硬度80ないし100」の部

分を取り出すことに何ら不適切な点はなく,審決で,刊行物2を例示して

「エレベータのシーブの綱溝に設けられたコーティングの硬度を80度

(旧JIS K 6301で80Hsを示すものと認められ,これはほぼ8

0shoreA に相当。)以上とすること」が周知であるとしたことに誤りはな

い。

(4) 取消事由4に対し

以下のとおり,審決の相違点2についての判断に誤りはなく,原告の主張

は失当である。

ア 「当業者が適宜設定し得る事項」に関し

(ア) 本願の明細書及び図面(甲2を甲18で補正したもの)には,コーテ




ィングの硬度と厚さがその耐久性に具体的にどのように関係するのか,

言い換えれば,所定の耐久性を持たせるためにコーティングの硬度とそ

の厚さの組合せをどのように決定するのかについては何ら記載されて

いない(段落【0009】,【0010】,【0011】,【0014】,

【0019】参照) また,
。 本願発明で規定された硬度 「約100shoreA


より小さく約60 shoreA より大きい硬さ」)の範囲の内外においてど

う耐久性が変化するのか,本願発明で規定されたコーティングの厚さ

(「綱溝の底部において最小で約0.5mm,最大で約2mmの厚さ」)

の範囲の内外においてどう耐久性が変化するのかについても何ら記載

されていない。

したがって,原告の「本願発明において,コーティングの硬度と厚さ

を組み合わせた上で厚さを薄く設定することにより耐久性を上げるこ

とは,当業者が適宜設定し得る事項どころか,周知事項と正反対の技術

的特徴事項である。」との主張は,本願の明細書及び図面に基づかない

ものである。

仮に,本願の明細書及び図面の前記段落における記載で,「コーティ

ングの硬度と厚さを組み合わせた上で厚さを薄く設定することにより

耐久性を上げる」ことの裏付けがあるといえるのであれば,引用発明に

照らしても,当業者は「コーティングの硬度と厚さを組み合わせた上で

厚さを薄く設定することにより耐久性を上げる」ことができることを容

易に理解し得たというべきである。

(イ) そして,一般に寸法を最適化ないし好適化することは,当業者が適宜

になすべきことであるから,本願発明のコーティング厚さについても,

当業者が適宜設定し得るといえる。また,引用例(甲1)の「しかしな

がら,かかる方法では複数の高摩擦弾性体を別々に製作するため,それ

ぞれの材質,形状および寸法に微妙な差ができ・・・(中略)・・・本




考案はかかる欠点を除去したもので,その目的は複数の吊りロープが噛

み合う巻上げシーブ溝に取付けた複数の高摩擦弾性体の製作上のばら

つきによる影響をなくする」(2頁15行〜3頁5行)との記載によれ

ば,高摩擦弾性体(コーティング)の材質,形状,寸法は,製作上のば

らつきをなくすべき対象であるから,設計者によって決定されるべき事

項であることが明らかである。よって,上記記載からも,コーティング

の寸法は,当業者が適宜設定すべき設計事項であり,コーティングの寸

法の一部である,綱溝底部における厚さも,当業者が適宜設定し得る事

項であることが明らかである。

(ウ) また,コーティングを設ける際に,コーティングの耐久性等を考慮し

てその厚さを設定することも,特開平7−259441号公報(乙1)

及び特開平10−150887号公報(乙2)に記載されているように

一般的な知見であるということができる。

(エ) したがって,審決で「コーティングの厚さは,綱車の形状,巻き上げ

ロープの径,コーティングの耐久性等に応じて,当業者が適宜設定しう

る事項である」としたことに誤りはない。

イ 臨界的意義に関し

(ア) 審査基準第U部第2章 2.5(3)C(乙3)において,「請求項に

係る発明が引用発明の延長線上にあるとき,すなわち,両者の相違が数

値限定の有無のみで,課題が共通する場合は,有利な効果について,そ

数値限定の内と外で量的に顕著な差異があることが要求される」とさ

れており,臨界的意義とは,この顕著な差異のことである。

(イ) そこで,本願発明について検討するに,本願発明の課題は,「ロープ

に対して良好な把持力をもたらす」,「耐久性のある」,及び「ロープ

の摩耗を減少させる」という効果を有する「トラクションシーブ」を提

供することである(甲2の段落【0006】参照)。




他方,引用例(甲1)の「従来,第2図に示すように,巻上シーブ5

と吊ロープ3の摩擦力を増大するために,巻上シーブ5の溝部にゴム等

の高摩擦弾性体6をコーテイングしたり,或いは輪状の高摩擦弾性体6

を挿入するようにしている。しかしながら,かかる方法では・・・(中

略)・・・一部の弾性体6の摩耗が異常に大きくなるなどの欠点があっ

た。本考案はかかる欠点を除去したもので・・・(中略)・・・もので

ある。」(甲1,2頁10行〜3頁9行),及び「以上のように本考案

は・・・(中略)・・・ロープの寿命が長くなるとともに・・・(中略)

・・・最適なものとなる。」(甲1,5頁6〜13行)等の記載からみ

て,引用発明の課題も,「ロープに対して良好な把持力をもたらす」,

「耐久性のある」,及び「ロープの摩耗を減少させる」という効果を有

する「トラクションシーブ」を提供することであるということができる。

よって,本願発明と引用発明の課題は共通している。

そして,本願の明細書及び図面(甲2を甲18で補正したもの)にお

いて,「コーティングの綱溝の底部における厚さ」を「最小で約0.5

mm,最大で約2mmの厚さ」とすることに関して,「約0.5mm」

及び「約2mm」という数値の前後で効果について顕著な差異があるこ

とを読み取ることができない(【請求項1】,【請求項9】,段落【0

019】,段落【0020】参照)ので,「コーティングの綱溝の底部

における厚さ」を「最小で約0.5mm,最大で約2mmの厚さ」とし

たことに臨界的意義があるとはいえない。

また,本願の明細書及び図面(甲2を甲18で補正したもの)におい

て,「図3cに示す方式では,コーティングはロープの太さのほぼ半分

に匹敵する厚さを有し,・・・(中略)・・・図3aにおけるコーティ

ングは,ロープの太さの約1/10に等しい厚さを有し,明らかに柔軟

なものにしてよい。」(段落【0019】)及び「図3bに示すコーテ




ィングの厚さは,綱溝の底部にあっては,ロープの太さの約1/5に等

しい。・・・(中略)・・・ロープは金属製の綱溝と接触することを見

込んで設計されていて,8〜10mmの厚さを有し,この厚さに決定す

ると,コーティングの厚さは少なくとも約1mmとなる。・・・(中略)

・・・したがって,望ましい最小コーティング厚さは,細いワイヤから

成る巻上ロープが用いられる場合であっても,約0.5〜1mmとする

とよい。」(段落【0020】)と記載されているように,ロープの太

さとの関係でコーティングの厚さを決めていることから,仮に,「約0.

5mm」及び「約2mm」という数値に限定したことに何らかの技術的

意義があるとしても,それは,ロープの太さとの関係で初めて技術的意

義を持つものであるから,本願発明において,ロープの太さを規定せず

に,コーティングの厚さだけを「最小で約0.5mm,最大で約2mm

の厚さ」と規定することに臨界的意義があるとはいえない。

さらに,本願の明細書及び図面に,コーティングの厚さをロープの約

1/2,約1/5,約1/10にできる旨記載されているが,数値範囲

の最大値は,約1/2であるから,「ばらつきなどを考慮して臨界値の

内側に限定すること」が認められるとしても,約1/2と約1/5とは

ばらつきといえる範囲を逸脱しており,約1/5に臨界的意義がないこ

とは明らかであり,この点からも,原告が平成22年6月4日付け意見

書(甲17)で約1/5から示唆されると主張する約2mmに臨界的意

義がないことは明らかである。

(ウ) なお,本願の明細書及び図面には,前記(イ)のとおり,ロープの太さ

との関係でコーティングの厚さを決めることが記載されているほか,表

面ワイヤの厚さとの関係でコーティングの硬度を決めることは記載さ

れている(甲2の段落【0010】参照)が,ロープの太さや表面ワイ

ヤの厚さを離れてコーティングの硬度と厚さがどのような対応関係に




あるのか,言い換えれば,ロープの太さや表面ワイヤの厚さとは無関係

にコーティングの硬度からその厚さの算出をどのように行うのかにつ

いては何ら記載されていないことから,「割合で数値限定をした場合に

は,結果的に何も限定されないこととなり,かえって不明確な記載とな

るおそれがある。本願発明は,ロープの径はともかく,コーティングの

硬度と厚さとの関係で数値として限定する必要性があり,その算出根拠

として割合を示したにすぎない。結果的にコーティング条件に適合した

ロープ径などの条件が決定されるので,本願発明においては特に限定す

る必要がない。」という原告の主張は本願の明細書及び図面の記載に基

づかないものである。

(エ)したがって,審決で,「コーティングの綱溝の底部における厚さを『最

小で約0.5mm,最大で約2mmの厚さ』としたことに臨界的意義は

認められない」としたことに誤りはない。

ウ 「コーティングを綱車に直接接着する技術」の周知性に関し

刊行物2及び刊行物3の記載内容からみて,これらに記載されたものも

「コーティングを綱車に直接接着する技術」であり,これに反する原告の

主張は失当である。

そもそも,審決3頁8〜11行で認定しているように,引用発明のコー

ティングは巻上げシーブ5に直接接着されているのであり,このことは原

告も認めている。刊行物2,刊行物3に関する原告の主張は,審決のなお

書きの部分に対するものであり,審決の結論に影響を与えるものではな

い。

エ 「綱溝の底部におけるコーティングの厚さが薄い構成」の周知性に関し

刊行物4(甲23)の第3図には,「綱溝の底部におけるコーティング

の厚さが薄い構成」が記載されているというべきであり,これに反する原

告の主張は失当である。




また,原告の主張は,審決のなお書きの部分に対するものであり,審決

の結論に影響を与えるものではない。

オ コーティングの硬度を高くすれば,その程度にもよるが,傷付きにくく

なり,薄くても耐久性が高くなることは当業者であれば容易に予想がつく

ことであり,「コーティングの硬度との組合せで,コーティング厚をより

薄くすることにより耐久性が向上する」ことは新たな知見というほどのこ

とではない。

そして,前述のとおり,本願発明は引用発明及び周知技術に基づいて当

業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項

の規定により特許を受けることができないとした審決に違法はない。

(5) まとめ

以上のとおり,審決における本願発明の進歩性の判断に誤りはなく,本願

発明が特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした

ことにも誤りはない。

第4 当裁判所の判断

1 請求の原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審

決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。

容易想到性の有無

審決は,本願発明は引用発明及び周知技術から容易に想到できるとし,一方,

原告はこれを争うので,以下検討する。

(1) 本願発明の意義

ア 本願発明に係る明細書(甲2,甲18参照)には,以下の記載がある。

(ア) 特許請求の範囲

【請求項9】は,前記第3,1(2)のとおり。

(イ) 発明の詳細な説明

・「・・・かかる従来技術における挿入体は,例えば,米国特許第327




9762号および第4198196号の発明の詳細な説明に開示され

ている。これら発明の詳細な説明に記載されている挿入体は,比較的厚

みがある。また挿入体の綱溝は横方向またはほぼ横方向の波型部を備え

ていて,これは,挿入体の表面部を柔軟化することによって,表面部に

弾性を付加するものである。挿入体は,ロープから挿入体に加えられる

力によって,摩耗を受ける。したがって挿入体は,一定間隔で取り替え

る必要がある。挿入体の摩耗は綱溝内で生じ,挿入体とトラクションシ

ーブとの接触部の内面に生じる。」(段落【0005】)

・「本発明は,トラクションシーブがスチールワイヤロープに対する良好

な把持力を有し,トラクションシーブに耐久性があってロープの摩耗を

減少させるように設計されているエレベータを提供することを目的と

する。本発明はまた,上述の従来技術による方式の欠点を除去または回

避して,ロープに対して良好な把持力をもたらす,耐久性のある,ロー

プの摩耗を減少させるトラクションシーブを実現することを目的とす

る。本願発明は特に,エレベータにおける,トラクションシーブとロー

プとの間の,新しいタイプのかみ合いを開示することを目的とする。本

願発明は,エレベータの転向プーリがある場合には,それにもトラクシ

ョンシーブとロープとの間の上記のかみ合いを適用することを目的と

する。」(段落【0006】)

・「・・・仮にコーティングが比較的薄いものであれば,綱車の両側にそ

れぞれ作用するロープ力の差によって力の差が生じても,コーティング

表面が接線方向に大きく変位することはなく,そのため,ロープが綱車

上に到来するときまたは綱車から離れるときに,牽引力の働く方向に沿

って大きな伸長または圧縮が生じることもない・・・。」

「・・・薄いコーティングは,次の点でも有利である。すなわち,ロー

プとトラクションシーブとの間でコーティングが圧搾されても,コーテ




ィングはそれほど押しつぶされることはなく,コーティングの圧搾は綱

溝の両側に波及する傾向を有する。このようなコーティングの圧搾によ

り,コーティング材料が横方向に拡張されると,コーティングはその内

部に大きな張力を生じて損傷を受けるおそれがある。・・・」(段落【0

009】)

・「・・・コーティングを,それがトラクションシーブに接している領域

全体に塗布された粘着性の接着剤によって,トラクションシーブに確実

に付着させると,コーティングとトラクションシーブとの間には,それ

らの摩耗を引き起こすスリップは生じない。…」(段落【0010】)

・「本願発明によれば,とりわけ,次の利点が得られる。

− トラクションシーブと巻上ロープとの間の大きな摩擦力。

− コーティングによってロープの摩耗が減少する。これによりロープ

の表面ワイヤにおける摩耗代を小さくできるため,ロープは,全体と

して,強度の高い材料から成る細いワイヤで作ることが可能となる。

− ロープを細いワイヤで作ることが可能となり,細いワイヤは比較的

強度を高くすることができるため,巻上ロープはこれに対応して細く

することができ,より小さな綱車が使用可能となる。これにより,さ

らに,省スペース化と,より経済的なレイアウト方式とが実現できる。

− コーティングには耐久性がある。なぜなら,比較的薄いコーティン

グであれば,大きな内部膨張を生じないからである。

− 薄いコーティングに生じる変形は小さく,したがって変形によって

起こる放熱も小さい。また,コーティング内部に発生する熱も低く,

薄いコーティングは容易に減熱できる。そのため,負荷がかかっても

コーティングに発生する熱ひずみは小さい。

− ロープが細く,綱車上のコーティングが薄く強いため,綱車はロー

プに対して軽やかに回転する。




− トラクションシーブの金属部分とコーティング材料との間の接触

面では,コーティングの摩耗が生じない。

− 大きな摩擦力がトラクションシーブと巻上ロープとの間に生じる

ため,エレベータカーおよびカウンタウェイトは比較的軽量に作るこ

とができ,これはコスト削減につながる。」(段落【0014】)

(ウ) 図面




図3a 図3b


(綱車の様々なコーティ

ング構造を示す図)




図3c
図2
図1
図3d


(本願発明による (本願発明に適用される綱車

エレベータを示す図) を示す図)





図4

(他のコーティング方式を示す図)



イ 以上の記載によれば,本願発明は,「従来技術による方式の欠点を除去

または回避して,ロープに対して良好な把持力をもたらす,耐久性のある,

ロープの摩耗を減少させるトラクションシーブを実現すること」を目的と

し,これを達成するために,コーティングを薄くすること等により,@綱

車の両側にそれぞれ作用するロープ力の差によって力の差が生じても,コ

ーティング表面が接線方向に大きく変位することがないため,ロープが綱

車上に到来するとき又は綱車から離れるときに,牽引力の働く方向に沿っ

て大きな伸長又は圧縮が生じない,Aロープとトラクションシーブとの間

でコーティングが圧搾されても,コーティングはそれほど押しつぶされる

ことはなく,コーティングの圧搾は綱溝の両側に波及する傾向を有する,

B大きな内部膨張を生じないので,コーティングに耐久性がある,Cコー

ティングに生じる変形は小さいから,変形によって起こる放熱も小さく,

また,コーティング内部に発生する熱も低く,薄いコーティングは容易に

減熱できるため,負荷がかかってもコーティングに発生する熱ひずみは小

さい,といった各効果を奏するものであることが認められる。

なお,上記の各作用効果は,本願明細書(甲2)に例示された米国特許

第3279762号明細書,米国特許第4198196号明細書に記載さ

れた従来技術の挿入体に比し「十分に薄いコーティングを施す」ことによ

り得られるものであるといえ,「ロープの太さの半分より実質的に小さい

厚さ」であること,「最小で約0.5mm,最大で約2mmの厚さ」であ

ることは,その点を具体的に規定する事項であることがわかる。




もっとも,本願明細書には,「ロープの太さの半分より実質的に小さい

厚さ」,「最大で約2mmの厚さ」の臨界的な意義について特段の記載が

ないことからすれば,「ロープの太さの半分より実質的に小さい厚さ」と

は十分に薄いこと,すなわち薄さの程度を概略的に規定し,より具体的に

「最大で約2mmの厚さ」であることを規定したものと認めるのが合理的

である。つまり,本願明細書の記載からすれば,コーティングが十分に薄

いことが重要なのであって,「ロープの太さの半分」であることや「2m

m」であることに特段の意味があるものとは認められない。

そして,本願発明は,このような十分に薄いコーティング厚さに適した

硬さについて,「約100shoreA より小さく約60 shoreA より大きい硬

さ」であると規定したものである。

(2) 引用発明の意義

ア 一方,引用例(甲1)には,以下の記載がある。

(ア) 実用新案登録請求の範囲

・「巻上シーブのロープ溝に弾性体を取り付けたものにおいて,上記弾性

体を,上記複数個のロープ溝に一体的に取り付けたことを特徴とするエ

レベータ用巻上機。」

(イ) 考案の詳細な説明

・「本考案は大きな巻上力を安定して発生させるためのシーブを有するエ

レベータ用巻上機に関するものである。

一般的なエレベータの機構を第1図により述べるとかご1とつり合

おもり2は吊ロープ3によつて連結され,かご1とつり合おもり2は両

者の距離を保つため,そらせ車4を設置し,かつ巻上機(図示せず)の

巻上シーブ5によつて上下方向に駆動される。」(1頁9〜17行)

・「従来,第2図に示すように,巻上シーブ5と吊ロープ3の摩擦力を増

大するために,巻上シーブ5の溝部にゴム等の高摩擦弾性体6をコーテ




イングしたり,或いは輪状の高摩擦弾性体6を挿入するようにしてい

る。」(2頁10〜14行)

・「本考案は・・・その目的は複数の吊ロープが噛み合う巻上シーブ溝に

取付けた複数の高摩擦弾性体の製作上のばらつきによる影響をなくす

ることによつて,複数の吊ロープにそれぞれ等しいけん引力を働かせ,

かつシーブ溝の高摩擦弾性体に作用する力を均等にするようにしたエ

レベータ用巻上機を提供するものである。

かかる目的を達成するために,本考案においては,巻上シーブの複数

の溝に取付ける高摩擦弾性体を一体に構成することにより解決したも

のである。」(3頁2〜13行)

・「第3図,第4図において巻上シーブ5の複数のロープ溝7に一体的に

成形した高摩擦弾性体8を取付けたものである。高摩擦弾性体としては

ポリウレタンなどのゴムやナイロンなどの合成樹脂などを使用する。ま

た一体的に取付けるには高摩擦弾性体8を鋳形による加硫接着により,

或いは予め複数の溝形形状に合致する形状の輪を製作してはめ込むよ

うにすればよい。」(3頁16行〜4頁3行)

(ウ) 図面

(従来例における巻上シーブと

吊ロープの関係を示す断面図) (本考案の一実施例)





3:吊ロープ 7:ロープ溝

5:巻上シーブ 8:高摩擦弾性体

6:高摩擦弾性体

イ 以上の記載によれば,引用発明は,大きな巻上力を安定して発生させる

ためのシーブを有するエレベータ用巻上機に関する考案であって,複数の

吊ロープが噛み合う巻上シーブ溝に取り付けた複数の高摩擦弾性体の製

作上のばらつきによる影響をなくすことによって,複数の吊ロープにそれ

ぞれ等しいけん引力を働かせ,かつシーブ溝の高摩擦弾性体に作用する力

均等にするようにしたエレベータ用巻上機を提供しようとするもので

ある。

(3) 取消事由の主張に対する判断

ア 取消事由1(引用発明認定の誤り)について

原告は,審決が,引用例(甲1)の第2図,第4図の記載に基づいて,

引用発明のコーティングが「吊ロープ3の太さの半分より実質的に小さい

厚さを有する」と認定したことが誤りである旨主張する。

確かに,引用例(甲1)において,「高摩擦弾性体6」又は「高摩擦弾

性体8」が「吊ロープ3」の太さの半分より実質的に小さいか否かについ

ては,特段の記載がない。

そして,特許出願に係る図面は,設計図面のように具体的な寸法などが

正確に描かれるものではないので,審決が,引用例(甲1)の第2図,第

4図の記載のみから,引用発明におけるコーティングが「吊ロープ3の太

さの半分より実質的に小さい厚さを有する」といった具体的な定量的事項

を認定したことは妥当でない。

もっとも,上記のような特許出願に係る図面も,技術文献の図面である

以上,概略的かつ定性的な事項については大きな誤りはなく記載されてい

るというべきであって,単なる大小関係等については十分に読み取ること




ができるところ,引用例(甲1)の第2図,第4図からすれば,「高摩擦

弾性体」が十分に薄いことが読み取れる。

また,引用例(甲1)の「高摩擦弾性体6」は巻上シーブ5の溝にコー

ティングされるものであって(甲1,2頁),表面を処理するという「コ

ーティング」の性質上,「吊ロープ3の太さの半分」との大小関係はとも

かく,十分に薄いものというべきである。

そして,前記(1)イのとおり,本願発明における「ロープの太さの半分

より実質的に小さい厚さ」を有するとの事項は,コーティングが十分に薄

いこと,すなわち薄さの程度を概略的に規定したものにすぎない。

そうすると,審決の認定は,引用発明において「高摩擦弾性体6」又は

「高摩擦弾性体8」が「吊ロープ3」の太さに比べ十分に薄いものである

とする限度において,誤りはない。

さらに,審決も,コーティングの綱溝の底部における具体的な厚さ 「最


小で約0.5mm,最大で約2mmの厚さ」であること)につき,相違点

2として認定し,別途検討している(そして,後記エのとおり,この点に

関する審決の判断に誤りはない。)のであるから,審決による引用発明の

認定に妥当性を欠く点があるとしても,審決の結論に影響を及ぼすもので

はない。

なお,被告は,乙1(特開平7−259441号公報),乙2(特開平

10−150887号公報)により「高摩擦弾性体6」又は「高摩擦弾性

体8」が薄いことの立証を試みているが,乙1は「建築用ガスケット及び

その製造方法」に関する発明で,乙2は「釣り・スポーツ用具用部材」に

関する発明であって,いずれも本願発明及び引用発明とは技術分野が異な

るから,「高摩擦弾性体6」又は「高摩擦弾性体8」の薄さを具体的に解

釈する上で参考とできるものではない。

イ 取消事由2(一致点認定の誤り)について




原告は,取消事由1と同様の理由により,審決の一致点の認定には誤り

がある旨主張するが,前記アのとおり,審決による引用発明の認定には妥

当性を欠く点があるものの,審決の結論に影響を及ぼすものではないか

ら,同様に,審決による一致点の認定にも,審決の結論に影響を及ぼすほ

どの誤りはないというべきである。

ウ 取消事由3(相違点1についての判断の誤り)について

審決は,本願発明と引用発明との相違点1(本願発明では,コーティン

グの硬さを「約100shoreA より小さく約60shoreA より大きい硬さ」

としているのに対して,引用発明では,コーティングの硬さがどの程度で

あるのか明らかではない点)につき,周知技術(刊行物1,2)から容易

想到と判断しているところ,原告はこの判断を争っている。

(ア) 刊行物1(甲20)につき

a 刊行物1(特開昭56−149978号公報,発明の名称「エレベ

ータのシーブ」,公開日 昭和56年11月20日,甲20)には,

以下の記載がある。

(a) 特許請求の範囲

「(1) 両端に乗りかごとつり合いおもりを有するロープをシーブに

懸けて上記乗りかごを昇降駆動するものにおいて,上記シーブの

溝を所定の角度に形成するとともに,上記溝にシーブ材を装着

し,さらに上記シーブ材の硬度を80度以上としたことを特徴と

するエレベータのシーブ。」(1頁左下欄4〜9行)

(b) 発明の詳細な説明

・「本発明は,エレベータに於けるシーブに係り,特に高トラクシヨ

ン化のためにシーブ溝部にゴムリングなどの合成樹脂を挿入して

成るものの最適トラクシヨンを得るための装置に関するものであ

る。」(1頁左下欄14〜18行)




・「本発明は上述した点に鑑みてなされたもので,強度,高トラクシ

ヨン化の性能を確保するため,溝の形状とポリウレタンゴムなどの

合成樹脂の硬度を所定値に選ぶことによつて,高トラクシヨンを確

保できるようにしたエレベータのシーブを提供することを目的と

する。」(1頁右下欄18行〜2頁左上欄3行)

・「第2図は巻上機1のトラクシヨンシーブ2の詳細断面図を示すも

ので,シーブ溝7にはポリウレタンゴムなどで構成した合成樹脂製

リング8が装着されている。

このリング8はV字状に形成され,主ワイヤロープ4の当接(巻

付)は第3図の如くなつている。

第4図はリング8の硬度が硬い場合の主ワイヤロープ3と当接

状態を示す図である。これとは逆に第5図は比較的リング8’が前

者に比軟質のものを用いた場合の当接状態を示す図である。第4

図,第5図に示したリング8および8’は第6図(a),(b)に

示したように同様の形状であつてもその硬度差によつて第4図と

第5図の差となつて現われる。

すなわち,シーブ2の溝7は共にα°で深さも同じとすれば,第

4図では主ワイヤロープ4の溝傾斜面へ作用する力はP2の分力と

なる。このとき主ロープ4が受ける面の分布圧は厳密には上方から

下方に行くに従つてPmが次第に大きく作用するのであり,リング

8の硬度が硬質であるため比較的集中して作用するので,ほぼ分力

P2として計算できるものである。

これに対して第5図ではリング8’が軟質であるため主ワイヤロ

ープ4との当接面の力Pmは前記硬質のものと基本的には同じで

はあるが,下部から受ける支え力のほうが大きくなる。これは丁度

V字形のリング8’の断面が大きく変形して,略丸溝を形成しない




とロープ力に対抗できなくなることに他ならない。

したがつて,リング8’から受ける反発力の合力P3はΔα°/

2ずれるので,溝の傾斜部とは直交しない分力となり前記P2との

斜面への作用力はP1が同じであつてもP2>P3と接触力が急激に

減少するため軟質による摩擦係数大を考慮してもトラクシヨンが

大きく取れない欠点がある。

実験によればこの変化は角度αにもよるが,通常ポリウレタンゴ

ムなどの合成樹脂の硬度で80度を境として,80度以下では第5

図の如くなり80度を超えるものについては第4図の如くなる。」

(2頁左上欄13行〜左下欄10行)

・「リング8の硬度変化による機械的安定性は80度以上になると極

めて安定した強度が得られるが80度以下では弱くばらつきも大

きくなり不安定な機械的性質を有する。」(2頁右下欄1〜4行)

(c) 図面

・第2図(シーブの詳細図) ・第3図(第2図の一部詳細図)




・第4図(説明図)





・第6図

(リングの断面詳細図) ・第5図(同上)




b 以上の記載からすれば,刊行物1(甲20)

に記載された発明は,シーブの溝を所定の角度にするとともに,シー

ブ材の硬度を80度以上と限定したことに技術的特徴を有するもの

と解され,硬度が80度以上である点も,溝がV字状であることが前

提と解される(なお,刊行物1(甲20)に記載された硬度「80度」

とは,JIS K 6301(廃止済み)で規定するゴムの硬さ(JIS A 硬さ)

と解され,80shoreA とほぼ同じ硬さであり,この点につき当事者

間に特段の争いはない。)。

被告は,上記「リング8の硬度変化による機械的安定性は80度以

上になると極めて安定した強度が得られるが80度以下では弱くば

らつきも大きくなり不安定な機械的性質を有する。」旨の記載はシー

ブの断面形状がV字状であることと直接関係しない旨主張するが,刊

行物1には,「角度αにもよるが,通常ポリウレタンゴムなどの合成

樹脂の硬度で80度を境として,80度以下では第5図の如くなり8

0度を超えるものについては第4図の如くなる。」と記載されている

ことや,本願発明において硬度約60ShoreA より大きいと規定してい

ることからして,溝の形状にかかわらず,トラクションシーブの硬度

が一般的に80度以上であることが好ましいとまではいえない。

しかし,引用発明は,溝の形状をV字状とすることを排除するもの

ではないから,たとえ溝形状がV字状であることを前提とするとして




も,刊行物1の記載事項を引用発明に適用し,硬度を80度以上とす

ることに格別の困難性はない。

そして,本願発明においても,綱溝の形状についての限定はないの

であるから,引用発明に刊行物1の記載事項を適用することによっ

て,相違点1は容易想到であるということができる。

また,トラクションシーブのコーティングに関し,その材質と硬度

の双方を検討すべきことは当然であって,引用発明においても所定の

材質(ポリウレタンなどのゴムやナイロンなどの合成樹脂)の高摩擦

弾性体を採用するに当たり,その硬度について具体的に検討し,最適

化することは想定の範囲内の事項であり,その際,溝の形状が異なる

としても,技術の近接性からして,刊行物1に記載された技術が参考

になり,硬度の最適化の目安になることは明らかである。

そうすると,いずれにせよ,引用発明に刊行物1の記載事項を適用

し,相違点1に係る本願発明の構成とすることは,容易想到というべ

きである。

c 原告は,刊行物1の「特許請求の範囲」の記載から明らかなように,

「シーブ材の硬度」は,「シーブの溝を所定の角度に形成」すること

との組合せにおいて決定されることが必要条件であり,シーブの断面

形状がV字形に限定され,このシーブ材は「合成樹脂を挿入してなる

もの」に関するものであるから,刊行物1に記載されたものは,本願

発明と基本的な構造が全く異なり,単に「硬度を80度以上とする」

部分だけ取り出して周知技術とすることは不適切である旨主張する。

確かに,刊行物1に記載されたものは,シーブの溝がV字状である

ことが前提であると解されるが,そのことが引用発明への適用を妨げ

るものではなく,本願発明も溝がV字状であるものを排除していない

とともに,溝形状が異なるとしても,刊行物1に記載された技術は引




用発明における硬度の最適化の目安となるものである。

そして,シーブ材が「合成樹脂を挿入してなるもの」であることは,

シーブ材を直接接着によって固定することを否定するものでもない。

そうすると,刊行物1に記載された発明は,本願発明と基本的な構

造が全く異なるものではなく,本願発明が排除する構造でもないか

ら,単に「硬度を80度以上とする」部分だけを取り出して周知技術

とすることの適否は措くとしても,引用発明に刊行物1の記載事項を

適用し,相違点1に係る本願発明の構成とすることは,容易想到とい

うべきである。

(イ) 刊行物2(甲21)につき

a 刊行物2(実願昭54−43019号<実開昭55−142747

号>のマイクロフィルム,考案の名称「エレベータの調速機」,公開

日 昭和55年10月13日,甲21)には,以下の記載がある。

(a) 実用新案登録請求の範囲

「(1) エレベータのかご或いはつり合おもりに連結されたガバナロ

ープにより駆動されかご或いはつり合おもりに設けた非常止め

装置を作動させる調速機において,高摩擦係数でかつ耐摩耗性の

高い非金属弾性体をシーブ本体の溝部に取付けた調速シーブを

有するエレベータの調速機。」(1頁5〜11行)

(b) 考案の詳細な説明

・「本考案はエレベータに使用する調速機に関するものである。 (1


頁16〜17行)

・「本考案はかかる欠点を除去したものでその目的は,ガバナロープ

と調速シーブとの摩擦力を大きくすると共に,両者の寿命を長くし

かつ騒音の低い調速シーブを有する調速機を提供することにあ

る。」(6頁6〜10行)




・「鋳鉄等の金属製のシーブ本体31の外周の溝32には,その表面

に例えばウレタンゴムのように高摩擦係数でかつ耐摩耗性の高い

非金属弾性体33を取付けて調速シーブ34を構成する。」(6頁

12〜16行)

・「また非金属弾性体33としてウレタンゴムを使用したときはゴム

硬度80ないし100のものが良好である。」(7頁2〜4行)

b 以上の記載によると,刊行物2(甲21)に記載された技術は,調

速シーブに関するもので,シーブ本体31の外周の溝32の表面に例

えばウレタンゴムのように高摩擦係数でかつ耐摩耗性の高い非金属

弾性体33を取り付けたときに,ゴム硬度80ないし100に規定す

るものであるから,本願発明や引用発明におけるトラクションシーブ

とは技術を異にしており,類似の構造を有するとはいえ,その目的も

異なるから,開示された高摩擦係数でかつ耐摩耗性の高い非金属弾性

体の硬度は,引用発明から本願発明への容易想到性を判断する上で,

直接的に参考になるものではない。

c 被告はこの点に関し,調速シーブは,トラクションシーブと同様,

エレベータのシーブであり,ロープとの間に高摩擦力を発生させると

ともに耐摩耗性が要求される部材である点で,トラクションシーブと

共通する旨主張するが,類似の構造を有するとはいえ,部位が異なり

その目的も異なることを考慮すれば,刊行物2から単に「硬度を80

ないし100とする」部分だけ取り出して周知技術とすることは困難

である。

そして,引用発明において所定の材質の高摩擦弾性体を採用する際

に,その硬度について具体的に検討し,最適化することが想定の範囲

内の事項であるとしても,前提構造や目的の異なる刊行物2記載の技

術を参考にすることは,当業者にとって困難である。




(ウ) 相違点1の進歩性につき

前記(ア)のとおり,刊行物1(甲20)の記載事項から,単に「硬度

を80度以上とする」部分だけ取り出して周知技術とすることの適否は

措くとしても,引用発明に刊行物1(甲20)の記載事項を適用し,引

用発明においてコーティングの硬度を80度以上とすること,すなわ

ち,相違点1に係る本願発明の構成とすることは,容易想到であるとい

える。 よって,審決による相違点1についての判断は,結論において

誤りはない。

エ 取消事由4(相違点2についての判断の誤り)について

審決は,本願発明と引用発明との相違点2(本願発明では,コーティン

グの綱溝の底部における厚さを,綱溝を走行するロープの太さの半分より

実質的に小さい厚さとし,かつ「最小で約0.5mm,最大で約2mmの

厚さ」としているのに対して,引用発明では,コーティングの綱溝の底部

における厚さを,綱溝を走行するロープの太さの半分より実質的に小さい

厚さとしているものの,その最小の厚さと最大の厚さの実際値が明らかで

はない点)につき,上記厚さの最小値及び最大値を適宜設定することは容

易想到と判断しているところ,原告はこの判断を争っている。

(ア) トラクションシーブにおいて,綱溝の底部におけるコーティングの厚

さは,綱溝の形状,巻上ロープの太さ,コーティングの耐久性等を踏ま

えて,当業者が適宜の値に設定すべきことは当然である。

そして,前記アのとおり,引用発明において「高摩擦弾性体6」又は

「高摩擦弾性体8」は「吊ロープ3」の太さに比べ十分に薄いものとい

え,前記ウのとおり,刊行物1(甲20)の記載事項を適用し,その硬

度を80度以上とすることは当業者にとって格別困難なことではない。

その場合,本願発明のコーティングと同様の部位に設けられ,同様の

機能を発揮し,同様に「吊ロープ3」の太さに比べ十分に薄い「高摩擦




弾性体6」又は「高摩擦弾性体8」が,本願発明のコーティングと同様

の硬度を有するならば,「高摩擦弾性体6」又は「高摩擦弾性体8」の

厚さも本願発明のコーティングと同程度になることは想定可能という

べきである。

また,前記(1)のとおり,本願発明においては,コーティングの厚さ

がロープの太さよりも十分に薄いことが重要であって,「最大で約2m

m」であること自体に特段の意味があるものとは認められない上,所期

の機能を果たすためには,厚さに下限を設定することは当然である。

そうすると,引用発明に刊行物1(甲20)の記載事項を適用し,「高

摩擦弾性体6」又は「高摩擦弾性体8」の硬度を80度以上とする場合

に,綱溝の底部において最小で約0.5mm,最大で約2mmの厚さと

することは,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識

を有する者)が発明の具体化に際し適宜設定し得る事項ということがで

き,相違点2に係る本願発明の構成とすることは,容易想到というべき

である。

なお,被告は,前記乙1,2に基づき,コーティングを設ける際に,

コーティングの耐久性等を考慮して厚さを設定することは一般的な知

見であると主張するが,前述のとおり,乙1及び2に記載された事項は

本願発明及び引用発明とは技術分野を異にするため,参考とすることは

適切でない。

原告は,本願発明においてコーティングの硬度と厚さを組み合わせた

上で厚さを薄く設定することにより耐久性を上げることは,当業者が適

宜設定し得る事項どころか,周知事項と正反対の技術的特徴であると主

張する。

原告の上記主張は,コーティングの耐久性を良くするために,(原告

が想定する)従来技術ではコーティングを厚くしているのに対し,本願




発明では,これとは反対に,硬度との組合せで薄くしている点に特徴を

有するため,本願発明は,当時の技術常識に反する発想であって,容易

想到とはいえない旨の主張と解されるが,前記アのとおり,引用発明に

おいても「高摩擦弾性体6」又は「高摩擦弾性体8」は,「吊ロープ3」

の太さに比べ十分に薄いといえ,引用発明においても耐久性を考慮して

いることは当然であるから,本願発明の技術的特徴は従来の技術と正反

対というほど特異なものではない。

そして,前記ウのとおり,引用発明に刊行物1(甲20)の記載事項

を適用し,「高摩擦弾性体6」又は「高摩擦弾性体8」の硬度を80度

以上とすることは容易想到であり,その場合に本願発明と同程度の厚さ

になることは十分に想定できるから,耐久性を考慮し硬度と厚さを組み

合わせた上で厚さを薄くすることは,当業者が適宜設定し得る事項であ

る。

(イ) 臨界的意義に関し

原告は,審決が,コーティングの綱溝の底部における厚さにつき,最

小で約0.5mm,最大で約2mmとしたことに臨界的意義は認められ

ないとしたことに関し,本願発明と引用発明とは課題において共通する

部分があるが,本願発明が引用発明の延長線上にあるものではなく,両

者の相違は数値限定の有無のみではない,本願発明は,明細書記載の諸

条件について検討した結果,最小で約0.5mm,最大で約2mmの厚

さと限定したものであり,「臨界的意義」には制約されないと主張する。

原告の上記主張は,引用発明においてコーティングが十分に薄い構成

が開示されていないことを前提として,本願発明との相違点は,硬度及

び厚さの両方であり,単に厚さの数値限定の有無のみではないから,臨

界的意義の有無は問題とならないとの趣旨と解される。

しかし,前記アのとおり,引用発明においても「高摩擦弾性体6」又




は「高摩擦弾性体8」は「吊ロープ3」の太さに比べ十分に薄いもので

あり,審決も,これを前提とした上で,コーティングの硬さにつき容易

想到とし,残る相違点である厚さの具体的数値の臨界的意義を検討した

上で容易想到と判断したもので,その判断に誤りはない。

(ウ) なお書きに関し

a 原告は,審決のなお書きの部分に関して縷々主張するので,念のた

め検討する。

b 「コーティングを綱車に直接接着する技術」の周知性につき

原告は,審決が刊行物2(甲21),刊行物3(甲22)を示して,

コーティングを綱車に直接接着する技術が周知技術であると認定し

たことに関し,刊行物2(甲21)に記載されたものは本願発明と異

なる装置に関するものであり,刊行物3(甲22)には,弾性挿入体

50が間接的に接着されている旨記載されているから,いずれの刊行

物も周知技術の根拠とはならない旨主張する。

そこで検討するに,本願明細書(甲2)には「コーティングを,そ

れがトラクションシーブに接している領域全体に塗布された粘着性

の接着剤によって,トラクションシーブに確実に付着させる…。粘着

性の接着剤は,例えば,金属製の綱車の表面に硫化させたゴムコーテ

ィングを施して製造すればよい。あるいは,ポリウレタン等のコーテ

ィング材料を,接着剤を塗布した,もしくは塗布していない綱車上に

鋳造することによって製造してよい。あるいは,コーティング材料を

綱車上に塗布するか,コーティング要素をしっかりと綱車上に接着す

ることによって製造してよい。」(段落【0010】)旨記載され,

その他,直接接着することに関し,特段の記載はない。

これに対し,引用発明は,「高摩擦弾性体8を鋳形による加硫接着

により」取り付けたもの(甲1,3頁下1行〜4頁1行参照)である




から,審決が認定するとおり,引用発明においては,高摩擦弾性体を

巻上シーブの溝に直接接着するものといえる。そして,原告は,この

点について争っていないから,そもそも,コーティングを綱車に直接

接着する技術が周知技術であるか否かは,本来,判断不要の事項であ

る。

仮に,上記技術の周知性について更に検討するとすれば,確かに,

刊行物2(甲21)に記載された技術は調速シーブに関するもので,

本願発明や引用発明のようなトラクションシーブとは異なるから,周

知技術の根拠としては適切ではないが,刊行物3(特開昭58−88

262号公報,発明の名称「綱車」,公開日 昭和58年5月26日)

(甲22)に記載された技術は,「綱車14」の溝内に「弾性挿入体

50」を接着剤等により固着するもの(甲22,3頁右上欄下2行〜

左下欄2行参照)であるから,刊行物3における発明は,弾性挿入体

を綱車の溝に直接接着する技術であるといえる。

このように,引用例(甲1)及び刊行物3(甲22)上の記載から

すると,コーティングを綱車に直接接着する技術は周知技術であると

いえる。

c 「綱溝の底部におけるコーティングの厚さが薄い構成」の周知性に

つき

原告は,審決が刊行物4(甲23)を示して,綱溝の底部における

コーティングの厚さが薄い構成が従来周知であると認定したことに

関し,刊行物4の合成樹脂はその厚さについて数値も程度も記載され

ていない一般的に行われるコーティングであり,これをもって,厚さ

を管理し目的をもって形成する本願発明が従来周知であるとするこ

とはできない旨主張する。

確かに,刊行物4(特公昭36−16764号公報,出願公告日 昭




和36年9月19日)(甲23)の第3図において,駆動索15の太

さに比べて合成樹脂層12が十分に薄い点がみてとれるが,刊行物4

においては,特許請求の範囲発明の詳細な説明上,厚さの程度につ

いて具体的な記載はない。

もっとも,前記アのとおり,引用発明の「高摩擦弾性体6」又は「高

摩擦弾性体8」は,「吊ロープ3」の太さに比べ十分に薄いものであ

るから,そもそも,綱溝の底部におけるコーティングの厚さが薄い構

成が周知であるか否かは,本来判断不要の事項であって,仮に審決の

上記認定が妥当でないとしても,この点は審決の結論に影響を及ぼす

ものではない。

3 結論

以上のとおり,原告の取消事由の主張はすべて理由がなく,審決は結論にお

いて誤りはない。

よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所 第1部



裁判長裁判官 中 野 哲 弘




裁判官 東 海 林 保




裁判官 矢 口 俊 哉