関連審決 | 不服2000-4301 |
---|
審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
---|---|---|
平成17行ケ10002審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 引用発明の認定 / 一致点の認定 / 発明の詳細な説明 / 明細書の記載要件 / 優先権 / 優先日 / 均等 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 構成要件 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / 減縮 / |
---|
元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
---|---|
元本PDF | 裁判所収録の別紙1PDFを見る |
事件 |
平成
15年
(行ケ)
383号
審決取消請求事件
|
---|---|
原告 株式会社ニュースタイン 同訴訟代理人弁護士 江口 英彦 被告 特許庁長官 小川 洋 同指定代理人 前田幸雄 同 村本佳史 同 高木進 同 涌井幸一 同 宮下正之 |
|
裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2004/09/30 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
---|---|
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が不服2000-4301号事件について平成15年7月4日にした審決を取り消す。 2 被告 主文と同旨 |
|
前提となる事実
1 特許庁における手続の経緯(甲1,2,5,8,9,弁論の全趣旨) (1) 原告は,平成6年5月16日,名称を「回転体およびこれを用いた機械」とする発明につき特許出願(平成6年特許願第127008号。平成5年特許願第196817号に基づき特許法41条による優先権を主張。優先日・平成5年7月14日。)をした。本件特許出願に係る明細書については,平成11年7月15日付け及び平成12年1月26日付け手続補正書によりそれぞれ補正がされたが,特許庁は,本件特許出願について,平成12年2月18日に特許を拒絶すべき旨の査定をした。 (2) 原告は,上記拒絶査定を不服として,平成12年3月28日,特許庁に審判請求をするとともに,同日付け手続補正書により上記明細書の補正(以下「本件手続補正」という。)をした。特許庁は,上記審判請求事件を不服2000-4301号事件として審理し,平成15年7月4日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は同月30日に原告に送達された。 2 平成12年1月26日付け手続補正書による補正後の明細書(甲8。以下「本願明細書」という。)の「特許請求の範囲」請求項1に記載の発明(以下「本願発明」という。)の要旨は,次のとおりである。 【請求項1】 回転運動または揺動運動を行う回転体において,前記回転体は,前記回転体の回転運動または揺動運動の中心軸をX軸としたとき,前記回転体の回転運動または揺動運動に伴って前記回転体の前記X軸に直交する回転体部分に内力として作用する求心力に起因する動力損失を,実質的にゼロ又は軽減させた質量配分を有することを特徴とする回転体。 3 平成12年3月28日付け手続補正書による補正後の明細書(甲2。以下「本願補正明細書」という。)の「特許請求の範囲」請求項1に記載された発明(以下「本願補正発明」という。)の要旨は,次のとおりである。 【請求項1】 回転運動または揺動運動を行う不つり合いが調整された回転体であって, 前記回転体は, (a)電気エネルギーと機械エネルギーの双方向のエネルギー変換機能を有する回転体,又は, (b)複数のベーン又はブレードを具備する回転体であって,空気,蒸気,ガスまたは燃焼生成物の圧縮,あるいは水または油の移動により,力の変換または動力の変換に用いられる回転体,又は, (c)直線運動と回転運動との運動態様の変換機構に用いられる回転体,又は, (d)原動機または圧縮機の回転機構に用いられる回転体,又は, (e)シャフトの中心を回転軸とする回転体であって,前記回転体の前記シャフトが力の伝達機能を有する回転体,又は, (f)複数の軸受に保持されて回転運動を行う回転体であって,かつ, 前記回転体は,前記回転体の回転運動または揺動運動の中心軸をX軸とすると,前記回転体の前記X軸に直交する回転体部分における重心と慣性主軸との差異を実質的にゼロまたは減少させた質量配分を有することを特徴とする回転体。 4 本件審決の理由の要旨(甲1) (本件手続補正について) (1) 本件手続補正は,本願発明における「回転体」の機能又は用途を,(a)〜(f)のいずれかに記載された機能又は用途に限定するとともに,同補正前の「前記回転体の回転運動または揺動運動に伴って前記回転体の前記X軸に直交する回転体部分に内力として作用する求心力に起因する動力損失を,実質的にゼロ又は軽減させた質量配分を有すること」を具体的な構成により限定した補正を含むものであって,特許法17条の2第3項2号の特許請求の範囲の減縮を目的としたものに該当する。 そこで,以下,本願補正発明が,特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか否かについて検討する。 (2) 特許法29条2項の適用について ア 本願補正発明と「社団法人日本機械学会『機械工学便覧』A3-171頁〜173頁(1987年4月15日新版発行)」(甲10。以下「刊行物1」という。)に記載の発明(以下「引用発明」という。)を対比すると,両者は,「回転運動または揺動運動を行う不つり合いが調整された回転体であって,前記回転体は,前記回転体の回転運動または揺動運動の中心軸をX軸とすると,前記回転体の前記X軸まわりの回転体における重心と慣性主軸との差異を実質的にゼロまたは減少させた質量配分を有する回転体。」である点で一致し,次の点で相違する。 (ア) 回転体が,本願補正発明では「(a)電気エネルギーと機械エネルギーの双方向のエネルギー変換機能を有する回転体,又は,(b)複数のベーン又はブレードを具備する回転体であって,空気,蒸気,ガスまたは燃焼生成物の圧縮,あるいは水または油の移動により,力の変換または動力の変換に用いられる回転体,又は,(c)直線運動と回転運動との運動態様の変換機構に用いられる回転体,又は,(d)原動機または圧縮機の回転機構に用いられる回転体,又は,(e)シャフトの中心を回転軸とする回転体であって,前記回転体の前記シャフトが力の伝達機能を有する回転体,又は,(f)複数の軸受に保持されて回転運動を行う回転体」であるのに対し,引用発明では回転体の機能について特定されていない点(以下「相違点1」という。) (イ) 本願補正発明では,回転体の前記X軸に直交する回転体部分における重心と慣性主軸との差異を実質的にゼロまたは減少させた質量配分を有するのに対し,引用発明では,回転体の前記X軸まわりの重心と慣性主軸との差異をゼロとした質量配分を有する点(以下「相違点2」という)。 イ 相違点1について 回転体として,相違点1の(a)〜(f)に記載された機能を有する回転体は周知であって,引用発明におけるロータとして,上記周知の機能を有するものとすることには困難性は認められない。 ウ 相違点2について 本願補正発明における「回転体の前記X軸に直交する回転体部分」が,X軸に直交する回転体の全体でなくその一部分を意味するものとは解釈することができない。「回転体の前記X軸に直交する回転体部分」は,回転体の一部分ではなくX軸まわりの回転体の全体を指すものと解される。 一方,引用発明においても,重心と慣性主軸との差異をゼロとした質量配分を有するのは,X軸に直交する回転体部分であるといえるから,上記相違点2は実質的な相違点ではない。 また,たとえ本願補正発明の「回転体部分」が,回転体の全体でなくその一部分を意味するものと解釈されたとしても,後記(3)において詳述するように,回転体の一部分における重心と慣性主軸との差異に起因する求心力又は動力損失が生じるものとは認めることができない。特に,角運動量が保存される理想型回転子については,微小中心角の扇形動径部分における重心位置と慣性主軸とは一致していないことから,回転体の一部分における重心と慣性主軸との差異があっても動力損失が発生しない一例が存在することとなり,本願補正明細書に記載されたような,回転体の一部分における重心と慣性主軸との差異に起因する求心力又は動力損失が生じるものとは認めることができない。 さらに,刊行物1には,ロータの重心を通る慣性主軸の1つを回転軸と一致させることにより,ロータは完全釣合いの状態となり,ロータはいかなる力も偶力も受けないことが記載されているから,完全釣合いの状態で回転するロータには,ロータの一部分における重心と慣性主軸との差異に起因する求心力又は動力損失が生じるものとは認めることができない。 してみると,完全釣合い状態の回転体においては,回転体全体の重心と慣性主軸との位置が一致していれば,回転体の一部分における重心と慣性主軸との位置によっては回転時の動力損失には何ら影響がないから,回転体の一部分における重心と慣性主軸とをどのように設定するかは当業者が適宜なし得た技術的事項と認められる。 結局,本願補正発明は,引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 (3) 特許法36条4項の適用について ア 本願補正発明は,本願補正明細書の「発明の詳細な説明」によれば,「回転体の回転運動または揺動運動の中心軸をX軸とすると,前記回転体の前記X軸に直交する回転体部分における重心と慣性主軸との差異である偏慣性心を実質的にゼロまたは減少させた回転体」(段落【0009】)とすることにより,上記偏慣性心に起因する動力損失を実質的にゼロまたは軽減させる,とされている。 しかしながら,少なくとも下記(ア)及び(イ)において指摘するように,X軸に直交する回転体部分における重心と慣性主軸との差異である偏慣性心に起因する内力がなぜ発生するのか,本願補正明細書の「発明の詳細な説明」の記載を見ても不明りょうであり,完全釣合い状態の通常の回転体において,該偏慣性心に起因する求心力又は動力損失が生じるものとは認められない。 (ア) 段落【0069】〜【0075】について 段落【0069】の,「しかし,前記質点系の片側部分での重心Grと慣性主軸Frとの差異である偏慣性心κに起因する,もう一方の求心力を考察しなければならない。」において,「偏慣性心κに起因する,もう一方の求心力」とは何のことか不明瞭である。 また,段落【0071】において,質点系は軸05回りに回転しているのに,Mc,Mdに作用する求心力が(Mc+Md)κω2となるのは誤りである。回転半径はκではなく,軸05から片側部分の重心までの距離のはずである。 段落【0074】においても,求心力の作用点が,軸05からκ離れた位置というのも誤りである。 段落【0071】〜【0076】において,質点系を回転させるときに,それぞれの質点間に求心力が,質点系の内力として作用するという記載も,物理学的に正しくない。本件手続補正後の図2(注:別紙図2。以下,単に「図2」という。)に記載の質点系を軸05回りに回転させると,片側部分では,Mcについては求心力Mc・Rcω2が,MdについてはMd(Rc+Rd)ω2がそれぞれ作用するだけであって,Mc及びMd間に片側部分の重心と慣性主軸間の距離κに起因する求心力が作用するものとは認められない。 したがって,段落【0069】〜【0075】の記載は,どのようなことを表しているのか不明りょうである。 (イ) 段落【0076】〜【0089】について 段落【0081】〜【0087】において,同一密度の素材で一体形の理想型回転子においては,微小中心角の扇形動径部分を考えたとき,その重心と,慣性主軸の位置が一致し,偏慣性心κ=0となる旨記載されている。 しかしながら,微小中心角の扇形動径部分の重心は,扇形動径部分の半径をRG,重心位置を回転軸からXG離れた位置とすれば,XG=2/3RGである(なお,この重心位置の計算は,微小中心角の扇形動径部分を,半径RGを二辺とする略二等辺三角形と考えるか,或いは積分手法を用いれば,容易に導き出せるものである。)。 したがって,扇形動径部分の重心位置と慣性主軸位置(=RG(21/2)/2)とは一致せず,請求人が説明するところの偏慣性心κは,κ=[(21/2)/2-2/3]・RGとなり,ゼロとはならない。 一方,同一密度の素材で一体形の理想型回転子は,段落【0057】,【0059】で述べられている,角運動量が保存され動力損失が生じない回転体であることは明らかであるから,上記のように偏慣性心κがゼロでない回転体であっても動力損失は生じないこととなり,本願補正明細書の「発明の詳細な説明」の偏慣性心に起因する動力損失が生ずるとの記載とは矛盾する。 そうすると,回転体の一部である扇形動径部分における重心と慣性主軸との差異があっても動力損失が生じない一例が存在することとなり,この事実は,原告が本願補正明細書全般において説明している偏慣性心に起因する動力損失は生じない,すなわち,扇形動径部分の重心と慣性主軸間の距離κに起因する内力又は求心力が作用するものではないことの証左といえるものである。 イ したがって,本願補正明細書の「発明の詳細な説明」は,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載したものとは認めることができず,特許法36条4項に規定する要件を満たしていない。 (4) 本願補正発明は,引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定に違反するとともに,本願補正明細書の「発明の詳細な説明」は,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載したものとは認めることができず,特許法36条4項に規定する要件を満たしていないから,本件特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。 したがって,本件手続補正は,不適法であって,却下されるべきものである。 (本願発明について) (1) 特許法29条2項の適用について 本願発明は,本願補正発明の構成要件から,「回転体」の限定事項である(a)〜(f)の構成を省くとともに,「回転体の前記X軸に直交する回転体部分に内力として作用する求心力に起因する動力損失を,実質的にゼロ又は軽減させた質量配分を有すること」を具体的に限定した構成を省いたものである。 そうすると,本願発明の構成要件のすべてを含み,さらに他の要件を付加したものに相当する本願補正発明が,引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本願発明は,同様の理由により,引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 また,本願明細書の「発明の詳細な説明」は,前記(本件手続補正について)に記載したのと同様の理由により,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載したものとは認めることができない。 (2) 上記のとおり,本願発明は,引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるとともに,本願明細書の「発明の詳細な説明」は,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成及び効果を記載したものとは認めることができないから,特許法36条4項に規定する要件を満たしていない。 (3) したがって,本願明細書の「特許請求の範囲」のその余の請求項に係る発明について検討するまでもなく,本願は拒絶されるべきものである。 |
|
当事者の主張
(原告の取消事由の主張) 本件審決は,本件手続補正を不適法として却下した上,本願発明の特許要件具備に関して判断し,本件審判の請求は成り立たないとしたが,まず,本件手続補正の適否の判断において,@本願補正発明と引用発明の一致点の認定を誤る(取消事由1)とともに,相違点2についての判断を誤り(取消事由2),その結果,本願補正発明の進歩性判断を誤り,また,A本願補正明細書の記載要件の具備に関する判断を誤った(取消事由3)ものであり,さらに,本願発明の特許要件具備に関する判断において,上記@,Aの誤った判断を前提に,本願発明の進歩性,本願明細書の記載要件の具備に関して判断した結果,その判断を誤った(取消事由4)ものである。 1 取消事由1(本願補正発明と引用発明の一致点の認定の誤り)について 本件審決は,刊行物1には,「回転運動または揺動運動を行う不つり合いが調整されたロータであって,前記ロータは,前記ロータの回転運動または揺動運動の中心軸をX軸とすると,前記ロータの前記X軸まわりの重心と慣性主軸との差異をゼロとした質量配分を有する,いかなる力も偶力も受けない完全釣合い状態のロータ。」との構成の引用発明が開示されていると認定したが,かかる認定は誤りであり,したがって,上記認定を前提とする一致点の認定も誤りである。 引用発明は,機械振動に係る剛性ロータの回転軸に作用する慣性力(遠心力)を軽減する目的とその構成及び効果に係る理論定義である。たとえ,この引用発明の剛性ロータが回転軸において完全釣合いの状態にあったとしても,この剛性ロータの回転に伴う動力損失に係る技術を開示していることにはならない。 これに対し,本願補正発明は,たとえば内燃機関に用いられる回転機体において,引用発明を適用してもなお残留する加重(慣性力や遠心力)の作用に起因する動力損失や不要な発熱,不要な機構強度,重量増加などの軽減を目的(課題)としている。 すなわち,引用発明が「回転体の回転運動に伴って“回転軸に生じて回転軸に作用する”慣性力(遠心力)を軽減させて機械振動をゼロ若しくは軽減する技術思想」であるのに対して,本願発明は,引用発明が開示していない「回転体を構成する多くの質量部分間において,“それら質量部分の相互作用として生じて回転軸に作用する”求心力の作用を実質的にゼロ又は軽減し,ひいては,該求心力に起因する動力損失を実質的にゼロ又は軽減しようとする新規かつ高度な技術思想」に基づいている。 以上のとおり,引用発明は本件審決認定の一致点の前段部分である,「回転運動または揺動運動を行う不つり合いが調整された回転体」を開示するにすぎず,後段の「前記回転体は,前記回転体の回転運動または揺動運動の中心軸をX軸とすると,前記回転体の前記X軸まわりの回転体における重心と慣性主軸との差異を実質的にゼロまたは減少させた質量配分を有する回転体」について開示しておらず,後者の構成は本願補正発明を適用することによって初めて得られる構成である。 2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り) 本件審決は,相違点2について,前記第2の4(2)ウのとおり認定判断したが,次に述べる点を看過したものであり,誤りである。 (1) 引用発明は,機械振動に係る剛性ロータの回転軸に作用する慣性力(遠心力)を軽減する目的とその構成等に係る理論定義である。したがって,たとえこの引用発明の剛性ロータが回転軸において完全釣合い状態になったとしても,この剛性ロータの回転に伴う動力損失に係る技術を開示していることにはならない。 仮に,動力損失を伴わない剛性ロータが当業界に存在するとすれば,それらはシャフトやスピンドルなどであり,本願補正明細書の段落【0104】に「(この形態を本願に含まない)」と明記している。 これに対し,本願補正発明は,当業者が抱える課題,たとえば内燃機関に用いられる回転機体において,引用発明を適用してもなお残留する荷重(慣性力や遠心力)の作用に起因する動力損失や不要な発熱,不要な機構強度,重量増加などの軽減を目的(課題)としているものであり,引用発明とは目的を異にするものである。 (2) 引用発明が「回転体の回転運動に伴って“回転軸に生じて回転軸に作用する”慣性力(遠心力)を軽減させて機械振動をゼロ若しくは軽減する技術思想」であるのに対して,本願補正発明は,引用発明が開示していない「回転体を構成する多くの質量部分間において,“それら質量部分の相互作用として生じて回転軸に作用する”求心力の作用を実質的にゼロ又は軽減し,ひいては,該求心力に起因する動力損失を実質的にゼロ又は軽減しようとする新規かつ高度な技術思想」である。 (3) さらに詳細にいえば,次のとおりである。 刊行物1は,「すなわち,Izx=Iyz=0とする。慣性乗積Izx,Iyzが0とは,ロータの慣性主軸の一つが回転軸と一致することを意味する。」と記載しているとおり,ロータの慣性主軸が,このロータのz軸周りにおいて単数とは限らないことを示している。 つまり,引用発明は,ロータの回転軸に機械振動として作用する慣性力(遠心力)をゼロとする目的をもった発明であることが,ここからも明らかである。引用発明は,本願補正明細書の段落【0009】において定義された偏慣性心(長さの単位の物理量)に起因する動力損失に係る技術を開示するものではない。 これに対し,本願補正発明は,偏慣性心を回転軸において観測し測定する点において引用発明と一見類似するが,引用発明を適用した回転体においてもなお,上記偏慣性心が残留しており,これによる前述した課題が未解決のままであった点に着目した発明である。 (4) 偏慣性心を定義する基礎であり,本願補正発明を構成する基本要件となる扇形動径部分の重心位置についても,本件審決は誤った認定をしている。 この点に関しては,後記3の(3)に記載のとおりである。 (5) 本願補正発明は,回転体及びこの回転体を少なくとも1つ用いた機械において,直接的に機械的損失の改善に大きな役割を担うのみならず,より高回転で軽量小型化された機械をもたらし,間接的な省資源にも貢献することができ,また,このような改善に加えて,前記動力損失に相応する不要な発熱の低減にも役割を担うことができ,偏慣性心に起因する求心力の作用の機械強度の低減にも貢献できるなどの顕著な作用効果を有するものである(本願補正明細書の段落【0162】〜段落【0172】)。 3 取消事由3(本願補正明細書の記載要件具備に関する判断の誤り)について (1) 本件審決は,X軸に直交する回転体部分における重心と慣性主軸との差異である偏慣性心に起因する内力がなぜ発生するのか,本願補正明細書の「発明の詳細な説明」の記載を見ても不明りょうであり,完全釣合い状態の通常の回転体において,該偏慣性心に起因する求心力又は動力損失が生じるものとは認められないとするが,前記2の(1)ないし(4)に記載の事項を看過し,本願補正発明の意義を理解しない誤ったものである。 (2) 本件審決のここでの認定は,図2(注:別紙図2)におけるGrとFrとの差異に係る物理量(偏慣性心κ)の観察を遺脱しており,本願補正発明が引用発明を発展的に応用した技術思想に基づいていることを看過している。 上記の点に関しては,原告が本件審判の審理段階で提出した意見書(甲3。以下「本件意見書」という。)で述べたとおりである。すなわち,堀野正俊著「基礎機械力学」には,「外力(内力;ここでは求心力)Fを受けた剛体の重心の運動は,剛体をその重心に全質量Mが集中した質点とみなし,この質点がFを受けたときの運動と同一となる。」,「剛体の運動エネルギーは,全質量が重心に集中したと考えたときの重心の運動エネルギーと,重心まわりの,各質点の運動エネルギーの和に等しい。」とする物理学の知見が記載されており,これらの知見からすれば,図2における2つの質点,McとMdの相互の重心は,軸O5に集中しているものとみなし得るから,McとMdに作用する求心力は(MC+Md)κω2と表すことができ,その求心力の作用点は,数学的に軸O5からκ離れた位置とすることができる。このことは,実験データ(甲4)でも裏付けられている。 したがって,段落【0071】〜【0074】における軸O5に求心力(MC+MD)κω2が作用する等の記載に誤りはない。本件審決は,この点を看過し,また,実験データ(甲4)の内容を看過誤認したものである。 加えて,図2は,本願補正明細書の段落【0068】に記載のとおり,4個の質点を有する質点系であるのに,本件審決は,これを2個に限定して考察し,誤った判断に至ったものである。 (3) 本件審決は,本願補正明細書の段落【0081】〜【0087】の記載に関し,「微小中心角の扇形動径部分の重心は,扇形動径部分の半径をRG,重心位置を回転軸からXG離れた位置とすれば,XG=2/3RGである。・・・したがって,扇形動径部分の重心位置と慣性主軸位置(=RG(21/2)/2)とは一致せず,請求人が説明するところの偏慣性心κは,κ=[(21/2)/2-2/3]・RGとなり,ゼロとはならない。・・・回転 体の一部である扇形動径部分における重心と慣性主軸との差異があっても動力損失が生じない一例が存在することとなり,この事実は,請求人が明細書全般において説明している偏慣性心に起因する動力損失は生じない,すなわち,扇形動径部分の重心と慣性主軸間の距離κに起因する内力又は求心力が作用するものではないことの証左といえる・・」として,本願補正明細書の記載は誤りであると認定した。 しかしながら,「社団法人日本機械学会『機械工学便覧』改訂第6版〔分冊3〕昭和51年8月20日第1刷発行」(甲13)には,「物体はそれを構成する無数の小片から成り,その小片はおのおの質量を有すると考えられるから,その小片にはおのおの平行力なる重力が働き,したがってそれら平行力の中心が存在する。この中心を物体の質量中心あるいは重心という。」と重心を定義している。 この定義に従って,半径Rg,微小厚冲,微小中心角刄ニ,単位体積あたりの質量がρの扇形動径部分の重心位置は,冲とρを乗じることを省いて面積計算をもって知ることができる(本件手続補正後の図5(注:別紙図面5。以下,単に「図5」という。)。 半径R gの円の面積はπR g2であるからその刄ニ度の扇形面積は,(刄ニ度/360度)πR g2である。これの1/2の面積は(刄ニ度/360度)×(1/2)πR g2であって,その半径をLとすると,(刄ニ度/360度)πL2=(刄ニ度/360度)×(1/2)πR g2の等価式から,L=R g/(2)1/2=R g(2)1/2/2となる。したがって,図5に示された扇形動径部分の慣性主軸は「R g(2)1/2/2」の位置にあることになる。また,この扇形動径部分の平行力の作用点は,同様に計算すると,Lからそれぞれ(21/2-1)/(Rg/2)離れた位置と算出される。したがって,図5において,Lc=Ldであり,上記重心の定義における「同一の長さで,同一の質量の平行力の中心(重心Gr)」は慣性主軸Frと一致する。したがって,本願補正明細書の記載に瑕疵はない。 これに対して,本件審決では,数学的手法を用いて,]G=2Rg/3としているが,頂角の角度いかんにかかわらず二等辺三角形の重心位置は,]G=2R h/3(R h;該二等辺三角形の頂点から底辺までの垂線の長さ)である。前記刄ニの扇形動径部分を積分した同一頂角を有する扇形動径部分とは,その重心位置や面積においてまったく異なったものとなるから,ここでの認定も誤っている。 4 取消事由4(本願発明の特許要件具備に関する判断の誤り)について 本願補正発明の進歩性,本願補正明細書の記載要件の具備に関する本件審決の判断は誤りであるから,これらの判断を前提とする本願発明の進歩性,本願明細書の記載要件の具備に関する本件審決の判断も誤りである。 (被告の反論) 1 取消事由1について 刊行物1には,「b.動的釣合い条件」として「すなわち,Izx=Iyz=0とする。慣性乗積Izx,Iyzが0とは,ロータの慣性主軸の1つが回転軸と一致することを意味する。また,原点Oをz軸上のどこにとってもこれが成立するためにはe=0でなければならず,結局“ロータの重心を通る慣性主軸(重心慣性主軸,あるいは自由軸ともいう)の1つが回転軸と一致すること”を要求する。」と記載されており,ロータの重心を通る慣性主軸の1つが回転軸と一致するロータでは完全釣り合いの状態となる。 したがって,刊行物1には,本件審決における引用発明の認定のとおり,「回転運動または揺動運動を行う不つり合いが調整されたロータであって,ロータの回転運動または揺動運動の中心軸をX軸とすると,ロータの前記X軸まわりの重心と慣性主軸との差異をゼロとした質量配分を有する,いかなる力も偶力も受けない完全釣り合い状態のロータ。」が記載されているということができる。 本件審決の引用発明についての認定に誤りはなく,したがって,本願補正発明と引用発明の一致点の認定にも誤りはない。 2 取消事由2について (1) 原告は,引用発明は,機械振動に係る剛性ロータの回転軸に作用する慣性力を軽減する目的とその構成及び効果に係る理論定義であり,本願補正発明は,引用発明を適用してもなお残留する荷重の作用に起因する動力損失や不要な発熱,不要な機構強度,重量増加などの軽減を目的としている点で両者は異なる旨を主張している。 しかしながら,刊行物1には「機械振動の原因となる,有害なFとNを0とするには,上式をもとにロータの質量分布を次のようにする。」(A3-171頁右欄16〜18行)と記載されているように,引用発明は,有害な機械振動の原因となる慣性力を軽減するものである。そして,有害な機械振動が生じればそれに伴う動力損失が発生することは明らかであるから,引用発明が動力損失に係る技術を開示していないとすることはできない。 原告は,本願補正発明は,引用発明を適用してもなお残留する偏慣性心に起因する動力損失を軽減するものであると主張しているが,動力損失を生じない中実均質の回転体における微小中心角の扇形動径部分の重心と慣性主軸とは一致しないことから,原告の主張する偏慣性心に起因する動力損失が生じるものとは認めることができない。 また,原告は,動力損失を伴わないシャフトやスピンドルについては,本願補正明細書の段落【0104】において「(この形態を本願に含まない)」と明記していると主張しているが,本願補正発明に係る請求項1における「回転体の前記X軸に直交する回転体部分」の記載からは,「回転体部分」がX軸に直交する回転体の全体でなくその一部分を意味するものとは解釈することができないし,たとえ「回転体部分」が,回転体の全体でなくその一部分を意味するものと解釈されたとしても,上記のとおり,回転体の一部分における重心と慣性主軸との差異に起因する動力損失が生じるものと認めることはできないから,本願補正発明は,引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,この点についての本件審決の認定及び判断に誤りはない。 さらに,原告は,刊行物1の「Izx,Iyzが0とは,ロータの慣性主軸の1つが回転軸と一致することを意味する」の記載は,ロータの慣性主軸がこのロータのz軸周りにおいて単数とは限らないことを示している旨主張しているが,慣性主軸とは,慣性乗積Izx,Iyz,Ixyを0とする物体の互いに直交する3つの軸をいうことは慣性主軸の定義から明らかである。したがって,上記記載は,ロータのz軸周りに別の慣性主軸が存在することを示しているものではない。 (2) 次に,原告は,本願補正発明を構成する基本要件となる微小中心角の扇形動径部分の重心位置についての本件審決の認定は誤りであるとし,甲13に記載された重心の定義に従えば,重心位置は扇形面積を半径方向に1/2に分割する位置であるRg21/2/2であると主張している。 しかしながら,甲13には,重心(質量中心)の定義に続いて,質量中心までの動径ベクトルをrG とすると,mr G =∫rdmで表される旨が記載されている。本件審決に記載された数式と同じである。 また,甲13においても,扇形の重心位置は,yG=(2/3)(r・sinα/α°)(180°/π)とされており,αが微小角の場合,(sinα/α°)(180°/π)=1とすることができるから,yG=(2/3)r となる。 してみると,甲13に記載された重心の定義によっても,微小中心角の扇形動径部分の重心位置は半径の2/3の位置であり,本件審決における重心位置の認定に誤りはない。 また,原告は,図5(注:別紙図5)に示されているとおり,扇形動径部分の平衡力の作用点は,Lc=Ld=(21/2-1)(Rg/2)であるとしているが,Ldについては,原告の定義に従えば外側の扇形面積を更に1/2に分割する位置,すなわち扇形全体の面積を3/4に分割する位置であるから,Ld=(31/2-21/2)(Rg/2)となり,Lc=Ldとはならない。したがって,重心位置は扇形面積を半径方向に1/2に分割する位置であるとする原告の定義は誤りである。 したがって,本件審決における微小中心角の扇形動径部分の重心位置の認定が誤りであるとする原告の主張は失当である。そして,動力損失の生じない回転体では微小扇形動径部分の重心位置と慣性主軸は一致していないことから,回転体の一部分における重心位置と慣性主軸の差異があってもこの差異に起因する動力損失は生じないこととなり,この点についての本件審決の判断に誤りはない。 (3) 原告は,実験データ(甲4)に係る本件審決の認定に看過誤認がある旨を主張している。 しかしながら,本件審決のとおり,実験データに影響を与える可能性のある複数の要因が考えられる場合に,2本のコンロッドの重量の差がその要因の1つとして挙げられ,他に両者の重心位置等,データに影響を及ぼすと考えられる条件が不明の状態では,当該実験データの差が直ちに重心と慣性主軸との差異に起因するものと結論付けられないことは明らかである。 この点について,原告は,両者の重量差は,計算式に基づき,重量(M)を出力差の計算に包含していると主張しているが,実験データでは,両者の重量差に基づく出力差を補償するような処理を行っているものとは認められず(甲4の11頁22行において,質量差は無視できるとしている。),また,動力損失の計算式そのものが,重心位置と慣性主軸の差異に起因する動力損失が生じるとの誤った前提に基づいたものであり,原告の主張には根拠がない。 (4) また,原告は,本願補正発明の効果が本願補正明細書の段落【0162】〜段落【0172】に記載されていると主張している。 しかしながら,既に述べたように,回転体の一部分における重心位置と慣性主軸の差異に起因する動力損失は生じるものとは認められないから,本願補正発明が本願補正明細書に記載のような動力損失を軽減する効果を奏するものとは認められない。 (5) 原告は,相違点2についての本件審決の判断は,前記2の(1)ないし(4)等に記載の事項を看過誤認しているから誤りであると主張しているが,前記(1)ないし(4)において述べたとおり,原告の前記2の(1)ないし(4)等に記載の原告の主張は失当であるので,相違点2についての本件審決の判断に誤りがあるということはできない。 3 取消事由3について (1) 原告は,本願補正明細書の記載要件の具備に関する判断は,(原告の主張する本件審決の取消事由)2の(1)ないし(4)に記載の事項を看過,誤認したものであるから,誤りであると主張しているが,上記記載事項に係る原告の主張が失当であることは前記2に述べたとおりでる。 本件審決のこの点の判断に誤りはない。 (2) また,原告は,「図2における2つの質点,McとMdの相互の重心は,軸O5に集中しているものとみなし得るから,McとMdに作用する求心力は(MC+Md)κω2と表すことができ,その求心力の作用点は,数学的に軸O5からκ離れた位置とすることができる。」とか,「図2は,段落【0068】の記載のとおり,4個の質点を有する質点系であって,本件審決の認定は,これを2個に限定して考察しているから誤認である。」とか主張している。 しかしながら,本件審決の判断するとおり,堀野正俊著「基礎機械力学」によれば,「外力Fを受けた剛体の重心の運動は,剛体をその重心に全質量Mが集中した質点とみなし,この質点がFを受けたときの運動と同一となる。」のであるから,「片側部分の質点McとMdの質量(MC+Md)は,McとMdの重心Gr(図2。注:別紙図2)に集中しているとすべきであり,軸O5に集中しているとみなし得るというのは誤りである。その場合の求心力の作用点も,重心Grであって軸O5からκ離れた位置ではない。 また,本願補正明細書の段落【0069】に,「しかし,前記質点系の片側部分での重心Grと慣性主軸Frとの差異である偏慣性心κに起因する,もう一方の求心力を考察しなければならない。」と記載されているように,本願補正発明においても,片側部分での重心と慣性主軸の差に起因する求心力という2個の質点について考察しているのであって,ここでは,2個の質点について考察すべきである。また,4個の質点を考察するのであれば,重心は軸O5に存在し,慣性主軸も同じ軸O5に存在するから,原告の主張する理論に従っても重心と慣性主軸の差に起因する求心力は生じないはずである。 その他,原告は,実験データ(甲4)に係る認定に看過誤認があるとも主張しているが,前記2(3)で述べたとおり,その主張は失当である。 (3) 原告は,微小中心角の扇形動径部分の重心位置についての本件審決の認定は誤りであると主張しているが,前記2(2)で述べたとおり,その主張は失当である。 4 取消事由4について 本願発明の構成要件の全てを含み,さらに他の構成要件を付加したものに相当する本願補正発明の進歩性,本願補正明細書の記載不備についての本件審決に誤りはないから,本願発明の進歩性,本願明細書の記載不備についての本件審決の判断にも誤りはない。 |
|
当裁判所の判断
1 取消事由1(本願補正発明と引用発明の一致点の認定の誤り)について (1) 引用発明の認定について ア 刊行物1(甲10)には,ロータの釣合いに関し,以下のように記載されている。 「14・8・1 剛性ロータ(rigid rotor)の釣合い ロータ(rotor)に固定した座標系o-xyzにおいて,回転軸(z軸)上の任意の点zで厚さdzなるロータの切片を取り出し,その質量をdm=μdz(μはロータの線密度),切片の偏重心(mass eccentricity)をε=xi+yjとするとき,u=με=εdm/dz をz位置の不釣り合い(unbalance)という。ロータがz軸回りに角速度ωで回転するときは,不釣り合いuによって生ずる慣性力の合力Fと原点Oに関する合モーメントNは, F={(-ωkx)+ ω2}∫udz N= {ω+(ω2 kx)}∫zudz であり,これが外力の如く軸及び軸受に作用する。ωが一定ならω=0で,慣性力は遠心力だけとなる。これらのFとNは回転と共に向きが変化するから,軸を支持する機構に動的荷重として作用し,機械振動の原因となる。有害なFとNを0とするには,上式をもとにロータの質量分布を次のようにする。 a.静釣合い条件(static balance) ∫udz=∫εdm=(∫xdm)i+(∫ydm)j =M(xGi+yGj)=Me=0 すなわち,e=0とする。ここに,M=∫dmはロータの全質量,e=xGi+yGjはその偏重心である。したがって,ロータの重心Gが回転軸上にあればF=0であり,軸や軸受に働く動的な力の合力は0となる。しかし,これだけではNが一般に残るので,回転軸はNの方向をもつ軸まわりの偶力を受ける。 b.動釣合い条件(dynamic balance) ∫zudz=∫zεdm=(∫zxdm)i+(∫yzdm)j =Izxi+Iyzj=0 すなわち,Izx=Iyz=0とする。慣性乗積Izx,Iyzが0とは,ロータの慣性主軸の1つが回転軸と一致することを意味する。また,原点Oをz軸上のどこにとってもこれが成立するためにはe=0でなければならず,結局“ロータの重心を通る慣性主軸(重心慣性主軸,あるいは自由軸ともいう)の1つが回転軸と一致すること”を要求する。このときロータは完全釣合いの状態となり,ロータはいかなる力も偶力も受けない。」(A3-171頁右欄2行〜A3-172頁左欄1行) イ また,「社団法人日本機械学会『機械工学便覧』A3-12,13頁(1987年4月15日新版発行)」(乙2)には以下の記載がある。 (ア) 「物体の微少部分の質量をdm,その部分と,互いに直交している二つの平面との距離をx,yとするとき,xとyとdmの積の物体の全部分についての総和であるIxy(すなわち,Ixy=∫xydm)を物体の二平面に関する慣性乗積(product of inertia)という。 xとyは直交座標となるから,慣性乗積は正・負・もしくは0の値を取る。」(左欄20〜26行) (イ) 「物体にはその慣性乗積を0とする互いに直交する3つの軸がある。この軸を慣性主軸(principal axes of inertia)といい,主軸に関する慣性モーメントを主慣性モーメント(principal moments of inertia)という。」(左欄37〜40行) (ウ) 「特に重心を通る慣性主軸を重心慣性主軸(central principal axis of inertia)という。 空間にある物体を重心慣性主軸のまわりに回転運動をさせるとその運動は持続しうるが,重心を通っても主軸以外の軸のまわりに回転運動させると,他の軸のまわりにモーメントが発生するため,初期の回転運動は持続しない。」(左欄44〜49行) ウ 上記ア及びイに認定の刊行物1等の記載によれば,刊行物1等には,直交座標中に存在する物体の微少部分の座標値と質量の積の物体全体についての総和は慣性乗積と呼ばれ,物体には慣性乗積が0となる互いに直交する3軸(慣性主軸)が存在し,空間にある物体を回転させる場合において,重心を通る慣性主軸(重心慣性主軸)を回転軸として回転させると,物体は完全に釣り合いの取れた状態となり,いかなる力も偶力も受けずに回転運動を持続すること,換言すれば,ロータを不釣り合いなく,いかなる力も偶力も受けずに回転させるには,ロータの回転軸をXとしたとき,Xが重心を通過し,かつ,慣性主軸と一致するようにすること,すなわち,X軸に直交する回転体部分における重心と慣性主軸との差異を0とすればよいことが開示されているということができる。 エ そうすると,刊行物1には,次に記載の引用発明が開示されているとした本件審決の認定は,相当として是認することができる。 「回転運動または揺動運動を行う不つり合いが調整されたロータであって,前記ロータは,前記ロータの回転運動または揺動運動の中心軸をX軸とすると,前記ロータの前記X軸まわりの重心と慣性主軸との差異をゼロとした質量配分を有する,いかなる力も偶力も受けない完全釣合い状態のロータ。」 (2) 一致点の認定について 引用発明は,前記(1)エ記載の「完全釣合い状態のロータ」である。 一方,本願補正発明の,「回転運動または揺動運動を行う不つり合いが調整された回転体であって,」,「前記回転体は,前記回転体の回転運動または揺動運動の中心軸をX軸とすると,前記回転体の前記X軸に直交する回転体部分における重心と慣性主軸との差異を実質的にゼロとした質量配分を有することを特徴とする回転体。」との記載部分は,回転体全体において重心と慣性軸との差異を実質的にゼロとした質量配分を有することを特徴とする回転体を当然に含むものと解される。 したがって,本願補正発明と引用発明とは,「回転運動または揺動運動を行う不つり合いが調整された回転体であって,前記回転体は,前記回転体の回転運動または揺動運動の中心軸をX軸とすると,前記回転体の前記X軸に直交する回転体部分における重心と慣性主軸との差異を実質的にゼロとした質量配分を有する回転体。」である点で一致するということができる。本件審決は,本願補正発明と引用発明は,「回転運動または揺動運動を行う不つり合いが調整された回転体であって,前記回転体は,前記回転体の回転運動または揺動運動の中心軸をX軸とすると,前記回転体の前記X軸に直交する回転体部分における重心と慣性主軸との差異を実質的にゼロまたは減少させた質量配分を有する回転体。」である点で一致すると認定している。しかしながら,本件審決は,刊行物1には,前記(1)エに認定の引用発明が開示されていると認定し,また,両発明は,相違点2,すなわち,本願補正発明では,回転体の前記X軸に直交する回転体部分における重心と慣性主軸との差異を実質的にゼロまたは減少させた質量配分を有するのに対し,引用発明では,回転体の前記X軸まわりの重心と慣性主軸との差異をゼロとした質量配分を有する点で相違すると認定していことからすれば,本件審決が,両発明は「重心と慣性主軸との差異を実質的に減少させた質量配分を有する回転体」である点でも一致するとしているのは,誤記であると認めるのが相当である。 (3) 原告は,本願補正発明は,引用発明を適用してもなお残留する加重の作用に起因する動力損失を低減させる技術であるなどとして,本件審決の一致点の認定の誤りを主張するが,原告の主張が理由のないものであることは後記2に説示のとおりである。 (4) 以上のとおりであって,本件審決の一致点の認定に誤りがあるということはできない。取消事由1は理由がない。 2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り) (1) 本件審決が「完全釣り合いの状態で回転するロータには,ロータの一部分における重心と慣性主軸との差異に起因する求心力又は動力損失が生じるものとは認めることができない」とした上,本願補正発明における「回転体の前記X軸に直交する回転体部分」が回転体の一部分を意味すると解されるとしても,相違点2に係る構成は当業者が適宜なし得た技術事項であると判断したのに対し,原告は,本願発明は,「引用発明が開示していない「回転体を構成する多くの質量部分間において,“それら質量部分の相互作用として生じて回転軸に作用する”求心力の作用を実質的にゼロ又は軽減し,ひいては,該求心力に起因する動力損失を実質的にゼロ又は軽減しようとする新規かつ高度な技術思想」に基づいている」として,上記認定判断は誤りであると主張するので,以下検討する。 (2) 原告の主張する「回転体を構成する多くの質量部分間において,“それら質量部分の相互作用として生じて回転軸に作用する”求心力の作用」がいかなるものかについてみると,次のとおりである。 ア 本願補正明細書(甲2)には以下の記載がある。 【0003】しかしながら,回転運動または揺動運動に伴って生じる求心力を原因とする前記回転体の動力損失改善に関する技術の理論背景は,これまで空白のままの部分があったものと考えられる。 【0004】力学で定義する動力は,力とその力の作用点の移動速度の2つのベクトル量の内積で示される。すなわち,上記2つの物理量のベクトルが互いに直交する場合には,物体の運動に必要な動力は消滅する。 【0005】これまで,円運動や回転運動に伴って回転体に生じる求心力に関する動力は,前述したように消滅すると考えられてきた。該求心力とその作用点の移動速度の2つのベクトルが直交するとの誤認が原因となっていたようである。 【0006】本発明は,これまで完全に解明されていなかった技術領域に関するものであって,前記回転体の回転に伴って生じる求心力による動力損失を改善するものである。よって,本願において参照すべき適当な従来技術は見当たらなかった。 【0009】より詳細には,本発明は,回転体の回転運動または揺動運動の中心軸をX軸とすると,前記回転体の前記X軸に直交する回転体部分における重心と慣性主軸との差異である偏慣性心を実質的にゼロまたは減少させた回転体および前記回転体を少なくとも1つ用いた機械を提供することを目的とする。 【0060】次に,Ma=MbおよびRa=Rbの条件を満たし,軸O1と重心が一致する図1(注:別紙図1)の質点系であって,回転軸を偏重心εに相当するMb寄りの軸O2とした場合を説明する。 【0061】該質点系の該軸O2で,角速度ωで等速回転円運動を強制的に継続させると,質点Mb方向ベクトルの求心力,Fa=(Ma+Mb)εω2が該軸O1に作用する。そして,このときの必要動力は,Pa=(Ma+Mb)ε2ω3と表される。 【0062】そして,Ma・Ra=Mb・Rbであって,Ma(Ra+κ)2=Mb(Rb-κ)2の2つに等価式を満たす場合の図1の質点系において,軸O1と軸O3とを回転軸にした場合を以下に説明する。 【0063】回転軸を該軸O3とした場合において,偏重心ε=κとして考察できる。このときの求心力は質点Mb方向のベクトルのFb=(Ma+Mb)κω2である 【0064】もう一方の回転軸を前記軸O1とした場合において,回転運動に伴って前記該質点系に生じる求心力は,質点Mb方向のベクトルのFc=(Ma+Mb)κω2と表される。よって,前述した求心力FbまたはFcに対応して,該質点系を等速回転運動させるために必要な付加動力は,Pb=(Ma+Mb)κ2ω3と表わされる。 【0065】また,回転軸を前記軸O1から前記軸O3までの中間にとれば,その回転軸に作用する求心力は,FbまたはFcと同一値である。尚,偏重心εに起因する求心力Fbと異なる概念であるFcは,偏慣性心κに起因する求心力である。 【0068】次に,図2(注:別紙図2)を参照して本願に係る回転体内部の動力損失に関する力学背景を説明する。ここでの質点系は,軸O5に相対して左右対称に,距離Rcに2つの質点Mcが,そして,距離(Rc+Rd)に2つの質点Mdが,それぞれ位置している。 【0069】該質点McとMdが異なる質量値の場合において,該質点系を該軸O5で強制的に回転運動をさせたとき,前記質点系は重心軸と慣性主軸が該軸O5で一致している。しかし,前記質点系の片側部分での重心Grと慣性主軸Frとの差異である偏慣性心κに起因する,もう一方の求心力を考察しなければならない。 【0070】前記質量McとMdの質量値がMc>Mdならば,重心Grの位置は,慣性主軸Frに対して質点Mcよりとなり,質量値がMc 【0094】尚,質点系で説明した場面と異なり,無数の質点の連続体としての回転体の場合には,該回転体に無数に存在する偏慣性心κの総和で,該回転体の運動の中心軸に平行な重心の1つに作用する偏慣性心ηとして以下記述する。 イ また,本件意見書(甲3)には以下の記載がある。 「茶の間でのテレビ映像では,スペースシャトルのキャビン内で宇宙飛行士が無重力状態となって浮遊し,浮遊する水塊内部には金魚が泳いでいました。 これら宇宙飛行士と水塊,金魚は,物理学的には,ニュートンの運動法則の第2法則が適用できる慣性座標系のキャビン空間に浮遊していたと考察され,すでに周知の物理学の知見ともなっています。 ここでの事象は,地上に打ち上げられて宇宙空間に飛び去ろうとするスペースシャトルの遠心加速度と地球の重力の加速度が,このスペースシャトルの質量中心に向かって降り注ぐように生じ,平衡の状態で,宇宙飛行士と水塊,金魚を構成する多くの質点に作用していたと物理学的に説明されます。 よって,該水塊は,それゆえの表面張力を受けて飛散しませんでした。 (ロー2)対して,ここでの物理学的な事象を,数学的に,宇宙空間に飛び去ろうとするスペースシャトルのベクトル量としての遠心力と,地球の重力のベクトル量としての加速度が求心力として作用して,地球の中心からみた放射線方向の力のベクトル量が釣合っていると数学的に説明するなら,上記自然現象に反するのであるから,物理学的には,この論理過程は誤っています。 こうした論理過程の錯誤ゆえか,従来の学説は,歴史的にも検証を経ないままに,「このニュートンの運動法則により直ちに導かれる運動量および角運動量に関する法則」をもって「質点系及び剛体の運動を完全に決定できる。」とする誤った知見が存在してきました。 ニュートンの運動法則を想起しますと,「すべての立場は相対的である」とするニュートン物理学の大前提に基いて,その第1法則で加速度を与えられた物体の運動を定義した上で,第2法則では,加速度と質量の積としての力を定義していました。ここでは,まずは,加速度の作用があって,その作用が物体(質点)に及ぼしたときの力の概念を定義していたのです。 また,このニュートンの運動法則は,物体の直線運動に係る法則を定義していたのであって,物体の回転運動若しくは円運動に及ぶものではありませんでした。 ニュートンの重力法則において,この法則が,重力の大きさを等価式で表す一方で,重力の起因とその力の作用点,天体の中心に向かう重力の加速度の不思議,更には,逆自乗の法則や天体質量の相乗積に比例する重力の大きさなどの解明に至っていなかった事実からしても,明らかであります。 すなわち,ニュートンの運動法則から角運動量の保存則が直ちに導き出せるはずもなく,前述の従来の学説は,まずはベクトル量としての力から思考が始って,物体の回転運動に関しては無条件で直ちに角運動量の保存則を適用し,その物体の回転運動に伴って生じる求心力の作用が考察できる場合にあっても,力学定義を慮外として,ここでの求心力の作用に係る仕事・仕事率の考察を見落としてきたものと思料されます。 (ロー3)また,物体の回転に伴って生じた遠心加速度と求心加速度は,その物体を構成する多くの質点(多くの質量部分)に生じているのであるから,これら質点間に相互作用として生じる両者加速度も包含して考察されなければなりませんでした。」(1頁下5行〜3頁6行) ウ 上記の記載内容によれば,原告は,ニュートンの提示した力学の基本法則は不完全であり,特に,ニュートンの運動法則から角運動量保存法則は導くことができないとの認識に立って,物体の回転運動についての理論を展開し,@本願補正発明は,回転体の回転運動または揺動運動の中心軸をX軸とすると,前記回転体の前記X軸に直交する回転体部分における部分重心軸と部分慣性主軸との差異である偏慣性心を実質的にゼロまたは減少させた回転体および前記回転体を少なくとも一つ用いた機械を提供することを目的とするとし,Aまた,原告のいう回転体内部の動力損失に関し,図2(注:別紙図2)が示す質点系において,軸O5に相対して左右対称に,距離Rcに2つの質点Mcが,また,距離(Rc+Rd)に2つの質点Mdが,それぞれ位置しているところ,該質点McとMdが異なる質量値の場合において,該質点系を該軸O5で強制的に回転運動をさせたとき,該質点系は重心軸と慣性主軸が該軸O5で一致しており,遠心力は作用しないが,該質点系の片側部分での部分重心軸Grと部分慣性主軸Frとの差異である偏慣性心κに起因する,もう一方の求心力を考察しなければならないなどと論じていることが明らかである。 (3) そこで,原告の前記主張の当否について検討する。 ア 「社団法人日本機械学会『機械工学便覧』A3-21頁〜23頁(1987年4月15日新版発行)」(乙1)には,「力学の基礎法則と運動方程式」に関して,以下のように記載されている。 「3.3.1 力学の基礎法則と運動方程式 a ニュートンの3法則(Newton's three laws) (@) 外から力が作用しなければ,質点は静止もしくは一直線上の一様な運動を続ける。すなわち運動量は不変である(慣性の法則,運動量保存の法則) (A) 質点の運動量の時間的な変化割合は,これに作用する力に等しい(力の定義) (B)作用と反作用は等しい。すなわち,2質点間に作用する力は常に大きさ相等しく向き相反し,2質点を結ぶ直線に沿って作用する(作用反作用の法則) b 運動方程式 ニュートンの法則(ii)を定式化したものを,質点の運動方程式という。すなわち, F=d/dt(mv)=ma=mv=mr 質点に多くの力F1,F2,・・・が作用するときも,その合力をFとすれば上の運動方程式が成立する。 c 角運動方程式 運動方程式F=maの両辺の,原点Oに関するモーメントを取れば r × F=r × (ma)=d/dt(r × mv) ∴M=dL/dt [M=r × F:力のO点に関するモーメント L=r × mv:運動量のO点に関するモーメント,すなわち角運動量(angular momentum)] このような表現を角運動方程式といい,“ある固定点に関する角運動量の時間的な変化割合は,作用する力のその点に関するモーメントに等しい”ことを意味する。 作用線が常に1点Oを通るような性質の力(中心力)が作用する場合は, M=0 ∴dL/dt=0 , L=一定 すなわち,“中心力を受ける質点の運動においては,その中心に関する角運動量は不変である”(角運動量保存の法則)。またこれは“面積速度は不変である”とも表現される(ケプラーの面積の原理)。」 イ 物体の円運動は,慣性の法則に従って直線運動を継続しようとする物体を常に一点(回転中心)に向けて引き戻そうとする加速度(求心加速度)と,当該加速度によって発生する,物体を回転中心に向けて引き寄せようとする力(求心力)によって成立するものであり,物体の運動方向(回転方向)には何らの外力も働いていないから,物体の運動量(運動エネルギー)は損なわれることなく,摩擦等の損失がなければ等速円運動が永続する(角運動量が保存される)ことになることは,科学上の常識に属する。上記の記載は角運動量保存則に関する上記の法則を数学的に表現したものであり,物体に円運動を生じさせる求心加速度及び求心力Fのベクトルは一点を中心として(回転中心)ただ回転しているだけであるから,原点からの距離を持たず,したがって,M=r × F=0 × F=0 であり,M=dL/dt=0 なのであるから,L=一定,すなわち,回転運動の運動量(角運動量)Lは維持される(保存される)ことを示しているにすぎない。 上記のとおり,角運動量保存の法則はニュートンの法則から直接的に導き出される物体の運動原理であって,直線運動に関する運動量保存の法則と本質的に等価である。また,角運動量保存の法則を含むニュートンの運動の法則は真理であり,これに反する現象は未だに見いだされていないということは顕著な事実である。 ニュートンの運動法則から角運動量保存の法則を導くことはできないとする原告の見解は,独自の見解であって採用することができない。 ウ(ア) 原告は,回転体の回転運動には「偏慣性心によって生じる振動」が発 生すると主張するところ,本願補正明細書(甲2)には以下の記載がある。 「【0065】また,回転軸を前記軸O1から前記軸O3までの中間でとれば,その回転軸に作用する求心力は,FbまたはFcと同一値である。尚,偏重心εに起因する求心力Fbと異なる概念であるFcは,偏慣性心κに起因する求心力である。 【0069】該質点McとMdが異なる質量値の場合において,該質点系を該軸O5で強制的に回転運動をさせたとき,前記質点系は重心軸と慣性主軸が該軸O5で一致している。しかし,前記質点系の片側部分での重心Grと慣性主軸Frとの差異である偏慣性心κに起因する,もう一方の求心力を考察しなければならない。」 (イ) 段落【0065】は本件特許出願に係る図1(注:別紙図1)の回転系についての記述であり,段落【0069】は図2(注:別紙図2)の回転系に関する記述である。 原告の言う「偏慣性心」,「もう一方の求心力」等がいかなる概念であるのか明らかとは言えないが,回転軸回りの質量の偏りによって回転にアンバランスが生じるのは「質点相互の重心Grと慣性主軸Frとの差異である偏慣性心に起因して生じる力」に起因する,と主張するものと解される。 しかしながら,図1においても図2においても,それぞれの質点は回転中心の回りを円運動しているだけで,各質点には円運動に伴う求心加速度と求心力が作用するだけである。 原告は,本件意見書(甲3)において,図2に関し,「質点Mcを静止座標としてみたとき,あるいは,質点Mdが半径Rcの円環上に回転運動しているとしてみたとき,質点Mdは質点Mcまわりに半径Rdで回転運動をしているので,質点Mcと質点Mdとの間における重心からみた相互の角運動量が不平衡の場合には,前記軸O5からの立場の他に,該質点McとMd間に作用と反作用に係る部分でのもう一方の相互作用として複合的に生じる求心加速度に係る力と仕事,仕事率についても考察されなければなりません。」と述べ,図2において,McとMdが互いに周囲を回転するかのように述べているが,回転中心は軸O5の1か所であるから,質点間の相互回転によって「もう一つの求心力」が生じる余地はない。 左右の質点の重量が異なれば回転がアンバランスとなって振動が発生することは事実であるが,左右の重量が釣り合う位置,すなわち「重心位置」を支持して回転させればそのような振動が発生しないことは前記1(1)に説示したところから明らかである。図1や図2の回転系において,原告の主張する「偏慣性心κに起因する,もう一方の求心力」が発生するとは認められない。 また,原告は,本件意見書において,「通常のロータは仮に「z軸上からみたとき,Izx=Iyz=0」であっても,依然として,このロータを構成する多くの質点若しくは多くの分割された質量部分の間における,それぞれの相互の慣性主軸と重心とが一致しないで残留しています。」とも述べている。 しかしながら,前示のとおり,慣性乗積は物体の微少部分の座標値と質量の積の全物体の総和であって,慣性主軸とはこの値がゼロとなるある特定の軸を言うのであるから,すでに物体の全部分について考慮された状態であって,これをさらに「多くの質点若しくは多くの分割された質量部分」に分解し,「それぞれの相互の慣性主軸と重心の不一致」を論じることの意味は不明である。 (ウ) さらに,原告は,本件意見書(甲3)において,「物体の回転に伴って生じた遠心加速度と求心加速度は,その物体を構成する多くの質点(多くの質量部分)に生じているのであるから,これら質点間に相互作用として生じる両者加速度も包含して考察されなければなりません」と述べている。 しかしながら,物体の回転運動において生じているのは物体を回転中心方向に常に向けようとする求心加速度及び該求心加速度によって生じる求心力だけであり,物体が外へ逃げようとする力である遠心力は,求心力によって物体に対して働く「見かけの力」(作用反作用の法則)にすぎない。したがって,「遠心加速度」という概念も,「遠心加速度と求心加速度の相互作用によって生じる力」という概念もあり得ない。このことは,物体を多数の質量部分に分割して各質量部分について考察したとしても変わるところはない。 また,「質点間に相互作用として生じる両者加速度」と述べていることからみて,原告は,質点系の回転運動等の考察に質点相互間に働く内 力の影響を考慮しなければならないと主張しているものと解される。 現実の物体の運動を考えるとき,内力の影響を考察しなければならないことがある。例えば,回転する軸体の曲がりやねじれを考察するのであれば,材料力学や構造力学の手法が必要となるし,空気や水等の流体の回転運動(台風の渦の動きや川の蛇行等)を考察するには流体の圧力,粘性,剪断力等を考慮した流体力学の手法が必要である。しかしながら,質点系・剛体の力学は,このような現実の物質の運動を考察するのではなく,変形やたわみ等の内力の影響を受けない理想の物体を観念した上で,そのような理想物体がニュートンの運動法則だけの支配を受けたときにどのような振る舞いをするかを考察するものであるから,ここに内力の影響を考慮することは無意味である。すなわち,原告の主張は,理想物体の運動力学の中に,現実の物体の運動力学を混在させようとするものであり,議論の前提において誤っているというほかない。 (エ) 結局のところ,上記の「角運動量保存の法則」は誤っているとの見解に基づき,本願補正明細書及び本件意見書において展開されている力学論は,科学上の常識に照らして理解できないものであり,その意味内容は明らかでないといわざるを得ない。 エ 原告は,「社団法人日本機械学会『機械工学便覧』改訂第6版〔分冊14〕(昭和52年1月20日第1刷発行)」(甲11)の第14-50頁右欄の第120図(ピストンピン軸受荷重極線図の1例)は,最大で1,200kgfもの荷重を,また,同第14-53頁左欄の第131図(自動車用ガソリンエンジンにおけるピストンピン軸受荷重棒線図)では最大で1,400kgfもの荷重を示している。・・・内燃機関に用いられる回転機体において,引用発明を適用しても,なおこれら荷重や慣性力,遠心力が内燃機関に内力として作用することは,上記刊行物に記載のとおりである。」として,上記刊行物に示された軸受けの加重線図が原告の主張する「偏慣性心の存在に基づく慣性力」の存在を示唆するかのごとく述べている。 しかしながら,ガソリンエンジンにおけるピストンピンはピストンを支持する部品であるから,エンジン内の燃料蒸気の爆発力による大加重を直接受けるのであり,上記刊行物(甲11)の第14-50頁右欄の第120図はその加重の変位を線図化したものであって,動力損失とは何の関係もないことは明らかである。 また,原告は,本願補正発明を適用したコンロッドによる燃費の改善例であるとして実験データ(甲4)を提出しているが,被告も主張するように,軽量のコンロッドを使用すれば燃費が向上することは当然であり,また,コンロッドの運動特性の評価には様々な要素があるところ,上記実験による燃費の向上がコンロッドの回転性能の向上に由来するものであると特定するための証拠は何ら存在しない。甲4が本願補正発明を適用したことによるコンロッドの運動特性の向上の証拠であるとは到底認めることができない。 オ 以上のとおり,原告の主張は,運動力学に対する誤った認識に基づく独自の理論に基づくものであって,採用することができない。 (4) 以上説示したところからすれば,完全釣り合いの状態で回転するロータには,ロータの一部分における重心と慣性主軸との差異に起因する求心力又は動力損失が生じるものとは認めることができず,したがって,本願補正発明における「回転体の前記X軸に直交する回転体部分」が回転体の一部分を意味すると解されるとしても,その一部分の重心と慣性主軸との差異に起因する求心力又は動力損失を考慮する余地はなく,相違点2に係る構成は引用発明から当業者が容易に想到できることというべきである。 なお,本願補正発明と引用発明とは,本願補正発明では,回転体の前記X軸に直交する回転体における重心と慣性主軸との差異を減少させた質量配分を有する構成のものを含むのに対し,引用発明では,回転体の前記X軸まわりの重心と慣性主軸との差異をゼロとした質量配分を有するものである点でも相違しているが,本願補正発明において,回転体の前記X軸に直交する回転体における重心と慣性主軸との差異を実質的にゼロとした点の進歩性が認められない以上,上記の相違点は本願補正発明の進歩性に影響を及ぼさないというべきである。 相違点2についての本件審決の判断は結論において相当であり,取消事由2は理由がない。 3 取消事由3(本願補正明細書の記載要件の具備に関する判断の誤り)について (1) 本願補正明細書(甲2)の「発明の詳細な説明」の前記2(2)ア認定の記載によれば,本願補正発明は,「回転体の回転運動または揺動運動の中心軸をX軸とすると,前記回転体の前記X軸に直交する回転体部分における重心と慣性主軸との差異である偏慣性心を実質的にゼロまたは減少させた回転体」(段落【0009】)とすることにより,上記偏慣性心に起因する動力損失を実質的にゼロまたは軽減させるとされている (2) 本願補正明細書の段落【0069】〜【0075】について 本願補正明細書の該当部分には,図2(注:別紙図2)において,「質点系の片側部分での重心Grと慣性主軸Frとの差異である偏慣性心kに起因する,もう一方の求心力を考察しなければならない」とする見解が記載されている。 しかしながら,前記2において説示したとおり,図2は両側に2個ずつの計4個の質点を配置して軸05の回りを回転させる単純な回転運動であるから,質点McについてはMcRcω2の,質点MdについてはMd(Rc+Rd)ω2の求心力が作用するだけであり,原告が主張するような「偏慣性心kに起因するもう一方の求心力」なる力を考慮する余地はない。 また,上記段落【0071】には,「該軸O5で前記質点系を角速度ωで等速回転させ続けると,質量値がMc>Mdならば,±Fd=(Mc+Md)κω2と示される物理量の互いに逆ベクトルである左右一対の求心力が,回転軸である該軸O5の振動を伴わずに,該質点系の内力として作用する。」と記載されている。 ここで,Fd=(Mc+Md)κω2なる式は,図2において,質量(Mc+Md)の物体が回転半径kで回転していることを意味するが,軸05を中心とする単純な回転運動中にそのような回転運動が併存していないことは,前記2(3)ウの説示から明らかである。 上記のとおり,本願補正明細書の段落【0069】〜【0075】の記載は,どのようなことを表しているのかは不明りょうというべきであり,この点に関する本件審決の判断に誤りはない。 (3) 本願補正明細書の段落【0076】〜【0089】について ア 本願補正明細書の段落【0084】以下には,次のとおり記載されている。 【0084】より詳細には,図5(注:別紙図5)を参照して説明する。 該理想型回転子の回転軸であるX軸3に沿った任意の点での,扇形動径部分4の動径半径をRgとすると,該扇形動径部分4の重心Gr5は,該X軸3から[Rg(21/2)/2]離れて位置する。前記扇形動径部分4の面積を半径[Rg(21/2)/2]の円弧で等分割した場合の,2つに分割された部分の力のモーメントの作用点までの長さ,Lc及びLdは,互いに等しくそれぞれ(21/2-1)(Rg/2)となる。 【0085】従って,該重心Gr5で等分割された一対の動径部分の質量と距離の2乗との積が一致する慣性主軸Fr6は,該X軸3から[Rg(21/2)/2]離れて位置する。すなわち,前記重心Gr5と該慣性主軸Fr6の位置は一致する。 イ 上記の記載は,微少扇形部分の重心位置と,当該微少扇形部分の面積を等分割する位置が一致することをもって,当該部分の重心軸Gr5と慣性主軸Fr6の位置は一致するとし,そのことを前提に,断面が一様の円である円筒回転軸は釣り合いが取れた理想回転子となることを言わんとするものと解される。 しかしながら,一般に,物体の重心位置Xは,物体の質量をMとすると,X=∫xdm/Mで与えられる。そうすると,微小中心角△θ,半径Rの扇形動径部分については,単位面積あたりの質量をρとすると,M=ρ・πR2・Δθ/2π=ρR2Δθ/2となり,一方,dm=ρ△θdxであるから,∫xdm=ρ△θ∫x2dx=ρ△θR3/3である。したがって,X=∫xdm/M=(ρ△θR3/3)/(ρR2Δθ/2)=2/3Rとなる。 (甲13の3-9「f 扇形(第41図)」参照) すなわち,微小中心角△θ,半径Rの扇形動径部分の重心は中心から2/3Rの位置となり,扇形動径部分の面積を2等分する位置であるRg(21/2)/2とは一致しない。原告は両者が一致することをもって,理想型回転子の偏慣性心が0であることの根拠としているが,上記のとおり,両者は実際には一致せず,原告の主張は誤りである。 一方,本願補正明細書の段落【0057】,【0059】には,同一密度の素材で一体形の理想型回転子は,角運動量が保存され動力損失が生じない回転体であることが記載されており,上記のように偏慣性心κがゼロでない回転体であっても動力損失は生じないことになり,本願補正明細書の偏慣性心に起因する動力損失が生ずるとの記載とは矛盾する。 なお,原告は,上記の議論において,扇形動径部分の面積を2分割した点と慣性主軸が一致する点を評価し,また,「仮に,動力損失を伴わない剛性ロータが当業界に存在するとすれば,それらはシャフトやスピンドルなどであり,本願補正明細書の段落【0104】に「(この形態を本願に含まない)」と明記していると述べるなど,断面形状が不均等な異形の物体を回転させる場合に「偏慣性心に起因する動力損失」が生じると主張しているものと解される。しかしながら,「物体の微少部分の質量をdm,その部分と,互いに直交している2つの平面との距離をx,yとするとき,x とyとdmとの積の物体の全部分についての総和であるIxy(すなわち,Ixy=∫xydm)を物体の2平面に関する慣性乗積(product of inertia)という。」との定義(前記1(1)イ(ア))から明らかなように,慣性乗積は物体の形状を問わず,物体の全形状にわたる質量の分布を表しており,これがゼロであるということは原点(回転中心)を中心として重量バランスが完全に釣り合っていることを意味するから,その上でさらに形状に基づく重量配分のアンバランスを評価する余地はないものである。 ウ 結局,本願補正明細書の「発明の詳細な説明」を詳細に検討しても,完全釣合い状態の通常の回転体において,該偏慣性心に起因する求心力又は動力損失が生じることについてこれを合理的に説明する記載は存在せず,したがって,上記「発明の詳細な説明」は,当業者が容易にその実施をすることができる程度に,その発明の目的,構成等を記載したものとは認められない。 この点の本件審決の判断に誤りはなく,取消事由3は理由がない。 4 取消事由4(本願発明の特許要件具備に関する判断の誤り)について 原告は本願補正発明の進歩性,本願補正明細書の記載要件の具備に関する本件審決の判断が誤りであることを前提に,本願発明の進歩性,本願明細書(甲8)の記載要件の具備に関する本件審決の判断も誤りであると主張するが,本願補正発明に関する本件審決の上記判断に誤りはないから,原告の主張はその前提を欠き理由がない。 取消事由4は理由がない。 5 以上によれば,原告が取消事由として主張するところは理由がなく,その他本件審決にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。 よって,原告の本件請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 北山元章 |
---|---|
裁判官 | 青蜉] |
裁判官 | 沖中康人 |