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平成12ネ2645各損害賠償請求控訴事件 判例 特許
平成13ネ959損害賠償請求控訴事件 判例 特許
平成14ネ4293損害賠償請求控訴事件 判例 特許
平成16ネ1589特許権侵害に基づく損害賠償請求控訴事件 判例 特許
平成15ネ3034特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
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事件 平成 16年 (ネ) 1367号 損害賠償請求控訴事件
控訴人 株式会社イリサワ
控訴人 有限会社桑田商会
控訴人 有限会社大友商会
控訴人 有限会社フジカンパニー
控訴人 東海模型株式会社
控訴人 株式会社大阪プラスチックモデル
控訴人ら訴訟代理人弁護士 安原正之
同 佐藤治隆
同 鷹見雅和
同補佐人弁理士 安原正義
控訴人ら補助参加人 有限会社マルゼン 補助参加人代理人支配人 前田芳幸
被控訴人 株式会社ウエスタン・アームス
被控訴人訴訟代理人弁護士 宗万秀和
同 藤原靖夫
同 天野義章
同 荒木和男
同 近藤良紹
同 早野貴文
同 鬼頭 栄美子
同訴訟代理人弁理士 神原貞昭
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/09/30
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 原判決を次のとおり変更する。
1 控訴人株式会社イリサワは,被控訴人に対し,12万8229円及びこれに対する平成14年7月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 控訴人有限会社桑田商会は,被控訴人に対し,35万5244円及びこれに対する平成14年7月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 控訴人有限会社大友商会は,被控訴人に対し,44万8462円及びこれに対する平成14年7月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 控訴人有限会社フジカンパニーは,被控訴人に対し,97万1666円及びこれに対する平成14年7月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 控訴人東海模型株式会社は,被控訴人に対し,9479円及びこれに対する平成14年7月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 控訴人株式会社大阪プラスチックモデルは,被控訴人に対し,24万2710円及びこれに対する平成14年7月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
7 被控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。
8 訴訟費用は,第1,2審を通じ,これを10分し,その9を被控訴人の負担とし,その余を控訴人らの負担とする。
9 この判決は,第1項ないし第6項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 控訴人ら (1) 原判決中,控訴人ら敗訴部分を取り消す。
(2) 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
(3) 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
2 被控訴人 (1) 本件各控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は,控訴人らの負担とする。
事案の概要
1 本件は,玩具銃(エアガン)についての特許権(特許番号第2561429号及び第2561421号。以下,「本件特許権1」,「本件特許権2」という。)を有する被控訴人が,いずれも玩具銃を取り扱う問屋である控訴人らに対し,控訴人らによる玩具銃の販売が被控訴人の上記各特許権を侵害すると主張して(選択的併合),控訴人らに対し,主位的に,出願公開後の補償金及び特許法102条2項の損害の額の推定規定に基づく損害賠償金とこれらに対する訴状送達の日の翌日からの遅延損害金の支払を請求し,予備的に,不当利得の返還とこれに対する訴状送達の日の翌日からの遅延損害金の支払を請求している事案である。
原判決は,控訴人らが販売した玩具銃が本件特許権1の技術的範囲に属するものであり,本件特許権1については明らかな無効事由も存在しないとして,本件特許権1の侵害を認め,被控訴人が請求した損害賠償請求の一部を特許法102条2項の損害の額の推定規定に基づいて認め,また,補償金請求の全部と損害賠償の一部については時効により消滅したと判断し,そのうち消滅時効に係る損害について不当利得返還請求の一部を認めたものである。控訴人らは,これを不服として,控訴を提起した。
したがって,当審における審理の対象は,特許法102条2項の規定に基づく損害賠償請求及び消滅時効に係る損害の対象期間における不当利得返還請求の当否である。
当事者の主張は,次のとおり付加するほか,原判決の「事実及び理由」の「第2 事案の概要」の「1 前提となる事実」及び「2 争点及び当事者の主張」(ただし,(5),(6)及び(9)のアを除く。)のとおりであるから,これを引用する。
当裁判所も,上記の「本件特許権1」のほか,「本件明細書1」,「本件公報 1」,「本件発明1」,「イ号物件」,「ロ号物件」,「補助参加人」,「マルゼン製品」,「本件記事」,「マルゼン事件」,「マルゼン地裁判決」,「マルゼン高裁判決」の語を,原判決の用法に従って用いる。なお,原判決が使用する「本件記事(乙4)の技術的事項」との用語は「引用発明」ともいう。会社名については,株式会社等を含む正式名称ではなく,略称を用いる。
2 当審における控訴人らの主張の要点 (1) 本件特許権1の明らかな無効事由 本件発明1は,本件発明1の特許出願前の刊行物である本件記事に記載された引用発明,並びに実願平3-64235号のCD-ROM(実開平5-8285号公報,以下「乙6文献」という。)及び平成5年(1993年)2月1日発行の「月刊アームズ・マガジン2月号」(以下「乙11文献」という。)に記載された公知技術から,当業者が容易に想到し得るものであり,明らかな無効事由を有する。
(ア) 構成要件Fについて 原判決は,「構成要件Fにおいては,「スライダ部と一体的に移動する受圧部」が要件となっているところ,本件記事(乙4)の技術的事項においては受圧部に相当する「ピストンA,Bの端面」が「スライド」と一体的に移動する部材かどうか明確でなく,構成要件Fが開示されているとはいえない。」(原判決72頁5行〜9行。以下「相違点1」という。)と認定した。しかし,この認定は誤りである。
原判決は,上記認定の理由を,引用発明においては「少なくともピストンAの前端面はスライドと一体的に移動するものでないというべきである」(原判決73頁7行〜8行)と述べている。しかし,引用発明においては,ピストンAの前端面がその移動の途中からスライドと一体的な移動を行わなくなるとしても,少なくともピストンBの前端面は常時スライドと一体的に移動するものである。しかも,引用発明では,ピストンAとピストンBというように受圧部を2段に構成することにより,スライド後退の初期段階では摩擦等に抗して移動を開始させねばならないために受圧面を大きくしてよりガスの圧力を受けるようにし,その後ある程度スライドが後退し運動量を獲得した後は,小さな力でもスライドの移動は可能であるため受圧面を小さくする様な工夫がしてあるのである。
(イ) 構成要件Gについて 原判決は,「構成要件Gにおいては,「可動部材」が「装弾室」と「受圧部」との間に配されていることが要件となっているところ,本件記事(乙4)の技術的事項においては,可動部材に相当する「シリンダーノズル」は,その前端部が装弾室に相当する「ラバーチェンバー」の位置に達していて,その後端部が受圧部に相当する「ピストンA,Bの端面」を越えて後方に延びているものであるから,「装弾室」と「受圧部」との間に配されているとはいえず,構成要件Gが開示されているとはいえない。」(原判決72頁10行〜16行。以下「相違点2」という。)と認定した。しかし,この認定は誤りである。
本件明細書1中には,「上記装弾室と上記受圧部との間に配され」に関して特段の技術的意義が記載されていないのであるから,本件発明1の構成要件Gにおける上記構成を解釈すれば,「装弾室」,「可動部材」及び「受圧部」が,この順序でそれぞれ直列的に配置されることを意味するにすぎない。
すなわち,本件明細書1中には,「上記装弾室と上記受圧部との間に配され」につき特段の技術的意義の記載がなく,構成要件Hの記載で,可動部材は,ガス導出通路部からのガスを装弾室へ供給する「第1のガス通路」及び同ガスを受圧部に供給する「第2のガス通路」を有し,かつその内部にガス通路を開閉制御する手段(ガス通路制御部)を持つことが必要であるとされているだけである。しかも,装弾室は弾丸を保持するもので,受圧部はスライダ部の後退のためのガス圧を受ける部材であり,当該弾丸は前方に発射されるのに対しスライダ部は後退するのであるから,可動部材内の「第1のガス通路」は前方に向けて,「第2のガス通路」は後方に向けて設けられていることがわかる。それ故,可動部材を挟んで装弾室と受圧部が前後に配され,装弾室は第1のガス通路からガス供給を受け,受圧部は第2のガス通路からのガス供給を受けることのできる構造であることが必要とされるということが示されているだけであって,構成要件Gの「間に配され」というのは,形式的に少しでもはみ出した構造は同構成要件を満たさないというものではなく,実質的に見れば,「装弾室」,「可動部材」及び「受圧部」がこの順序で直列的な配置になっていればよいということを意味するにすぎない。
本件記事には,ラバーチェンバー(本件発明1の「装弾室」に相当する。以下,同様である。),シリンダーノズル(「可動部材」),ピストンA,Bの前端面(「受圧部」)がこの順序で前後に直列に配置されている図面が掲載されている。すなわち,当初はシリンダーノズルの3分の2程がラバーチェンバーとピストンA,Bの前端面間に存在するものの(乙4,乙5号証38頁の推測図),ガスが供給されてスライドが後退する途中においては,シリンダーノズルのほぼすべてがラバーチェンバーとピストンBとの間に位置することが示されているのであるから(乙4,乙5号証39頁の推測図C),シリンダーノズルを挟んでラバーチェンバーとピストンA,Bの前端面が前後に配されているといえる。
また,本件明細書1において,本件発明1の可動部材と装弾室との位置関係を示している実施例の図1又は図3等(甲2号証11〜12頁)から分かるとおり,可動部材54の前端下部は,装弾室4aの中心(装弾されたBB弾の中心)まで突出した状態が示されており,形式的には可動部材54が装弾室と受圧部との間にあるとはいえないにもかかわらず,本実施例は,可動部材が「上記装弾室と上記受圧部との間に配され」た本件発明1を表すものとして図示されているのである。このように,本件発明1では構成要件Gについて特段の作用効果に関する記載がないこと,本件発明1の実施例の図に装弾室の中心付近まで突出した可動部材の記載がなされていることからすれば,可動部材の全構成部分が装弾室と受圧部との間に完全に配置されなければならないものとはされていないといえる。
(ウ) 構成要件Hについて 原判決は,「構成要件Hにおいては,「ガス導出通路部から可動部材内を通じて装弾室に至る第1のガス通路及びガス導出通路部から可動部材内を通じて受圧部に至る第2のガス通路の夫々を開閉制御」する「ガス通路制御部」が要件とされているが,本件記事(乙4)の技術的事項には上記の「第2のガス通路」が存在しているとはいえず,また「ガス通路制御部」に相当する「シリンダー(切り替えバルブ)」は,その内部に通路が形成されるガス通路についての開閉制御を行うものとはいえず,構成要件Hが開示されているとはいえない。」(原判決72頁17行〜24行。以下「相違点3」という。)と認定した。
しかし,本件記事の38頁の推測図,同39頁の推測図@ないしCを見れば分かるように,引用発明におけるガス通路5は,蓄圧室及びガス通路1ないし3と通じ,シリンダーノズル大径部下方のガス通路から,シリンダー(切り替えバルブ)内を通じてピストンA及びBの前端面に至るものである。そして,このシリンダー(切り替えバルブ)は,シリンダーノズルの内側に配置されているのであるから,ガス通路5はシリンダーノズル内を通じているといえる。すなわち,ガス通路5内を流れるガスは,直接的にはシリンダー(切り替えバルブ)の内壁と接することとなるものの,シリンダー(切り替えバルブ)がシリンダーノズル内に配置されているのであるから,ガス通路1ないし3を通じたガスはシリンダーノズル内を通らなければピストンA及びBの前端面に達し得ないのであって,ガス通路5は決してシリンダーノズルの外を通じているのではない。
しかも,第2のガス通路が可動部材内に直接設けられなければならないか否かについて,本件明細書1には何ら記載がない。本件明細書1中にも,「可動部材内を通じて上記受圧部に至る第2のガス通路」(請求項1(構成要件HA)),「可動部材における内部に第2のガス通路の一部を形成する通路部が形成された後方部分が」(本件公報1【0008】)と記載されているにすぎない。
したがって,原判決の上記認定は誤っている。
(エ) 相違点1について 乙11文献には,自動弾丸供給機構付玩具銃についての記載があり,その94頁の図1,2,3には,ピストンロッド(ピストンロッドの先端面が受圧部に相当する)がスライダに常時固定されたまま,ガス圧によって後退する様子が描かれている。また,同94頁図3の右欄「作動の説明」の2項には,「ガス圧でピストンロッドが後退し,ピストンと連結されているスライドも後退する。」と記載されており,加えて,同92頁の図の最下段中欄の説明には,「ピストンロッドはスライドレールに固定され」との記載もある。このように,受圧部をスライドと「一体的に移動する」構成とすることは公知技術である。
したがって,引用発明に乙11文献を適用すれば,本件発明1の相違点1に係る構成に想到することは容易である。
(オ) 仮に,本件発明1と引用発明との間に,相違点1ないし3があるとしても,引用発明と本件発明1との間における,課題の共通性や作用・機能の共通性を考慮すれば,容易想到性が認められるべきである。
本件発明1の作用効果は本件明細書1の【0051】に記載されているが,引用発明もこの作用効果をすべて満たしたものである。なぜなら,本件記事は,本件特許権1を有する被控訴人が,本件発明1の特許出願に先立ち,その実施品である「ウエスタンアームズM92FS」を,玩具銃専門誌月刊アームズ・マガジンの発行者である訴外株式会社ホビージャパンに提示し,銃の通常分解と写真撮影を許し,同社担当者が実際に発射してみてその銃の構造の概要と性能を知ったうえで,その推測図,写真を付した紹介記事だからである。すなわち,本件記事は,本件発明1の実施品がもつ作用効果を満たすべく,当業者が推測したものなのであり,引用発明が本件発明1の作用効果を満たすことは明らかである。
このような観点から本件発明1と引用発明とを比較するならば,引用発明は,本件発明1と同様の課題,作用・効果,技術思想を有していて,かつ本件発明1のすべての構成要件が開示されているといえるのであるから,乙6文献及び乙11文献に記載された公知技術をも考慮すれば,本件発明1が進歩性を欠如し無効であることは明白であるといえる。
(2) 損害について (ア) 特許法102条2項の適用について (a) 被控訴人は,玩具銃の製造業者であり,問屋業を営む控訴人らのような営業形態を採っていないのであるから,控訴人らと同等の利益をあげることはできず,特許法102条2項に基づく損害の賠償を請求することはできない。すなわち,控訴人らは,それぞれ問屋としての営業基盤・顧客先・販路を有し,被控訴人とは異なる営業組織・販売力によって利益を得ているのであり,被控訴人のような製造業者と比べて,営業形態・顧客範囲・利益率等は大きく異なるのであるから,控訴人らがマルゼン製品の販売を止めたとしても,被控訴人が控訴人らの販売数を売上げ,控訴人らの得た利益を上げることは不可能である。
また,原判決は,被控訴人が平成14年4月に「渋谷卸部」を開設するなどして,販売業者としての業務も行っていたと認定している。しかし,平成14年4月以降の被控訴人の問屋としての販売行為をもって,それ以前の期間におけるマルゼン製品の販売行為について,特許法102条2項の適用を認めることはできない。
(b) 被控訴人は,マルゼン事件において,補助参加人と丸前商店がマルゼン製品を製造販売したことにより得た利益を,本件特許権1の侵害行為により受けた損害としてその賠償を請求し,マルゼン地裁判決,同高裁判決によりその主張が認められて既に損害の賠償を受け,また,出願公開後の補償金の支払を受けたことにより,製造業者として,本件特許権1の侵害により受けた損害を既に全額回収しているのであって,さらに本訴において,控訴人らに対し,控訴人らが問屋としてマルゼン製品を販売したことにより得た利益を,本件特許権1の侵害行為により被った損害として請求するのは不合理である。
原判決は,この点について,「本件においては,被告らが主張する補助参加人及び丸前商店の弁済に係る損害賠償金に係るマルゼン製品と本件において損害賠償の基礎とされている被告らの販売に係るマルゼン製品とが同一の製品であることが証拠上明らかとなっているとは認められない。」(原判決78頁12行〜16行)と判断しているが,本件では,補助参加人及び丸前商店が販売した全製品のうちの一部が,控訴人らを経由して販売されたことは自明であり,原判決の上記判断は理解し難い。
(c) マルゼン事件の訴えが提起された平成9年当時,訴外タニオコバ,同KSC,同東京マルイ等,被控訴人によって本件特許権1の侵害品として訴求された玩具銃が,マルゼン製品のほかに多数存在していた。このように,市場には被控訴人製品の競合製品が多数存在していたのであるから,控訴人らがマルゼン製品の販売を中止したからといって,被控訴人がその製品を,控訴人らと同量販売することができたとはいえない。
(イ) 不当利得返還請求について 上記(ア)のとおり,被控訴人は,既にマルゼン高裁判決により,損害の賠償及び補償金の支払を受けており,被控訴人には損失が生じていない。
原判決は,「本件発明1の実施料率については,マルゼン地裁判決及びマルゼン高裁判決において他のライセンス契約の事例をも参考として実施料率を12パーセントと認定された(甲3,4)ものであるところ,本件における被告らとの関係においてこれと異なる実施料率とすべき事情も認められないことから,販売価格の12パーセントと認めるのが相当である。しかしながら,上記のとおり,被告らの利得が販売価格の10パーセントにとどまる以上,不当利得返還請求もこの限度で認めるのが相当である。」(原判決84頁5行〜11行)と判示する。しかし,原判決が言及した「マルゼン地裁判決及びマルゼン高裁判決において他のライセンス契約の事例をも参考として実施料率を12パーセントと認定された」は,被控訴人(製造業者)が第三者たる製造業者との間で契約した際の実施料率のことを指しているのであって,被控訴人が第三者たる流通業者(問屋・小売店など)に対してどのような実施料率で許諾したかは明らかではないのである。製造業者間での実施許諾の際には,製品が転々流通することを前提にしているため,その下流の業者に対して実施許諾契約をすることはないのが通常であり,仮に,特異な例としてこのような実施許諾契約を行ったとしても,その実施料率は,製造業者間におけるものよりも低額に設定するものである。また,被控訴人は,同業者である製造業者間でしか実施許諾契約を結んでおらず,控訴人らの様な問屋・小売店とは実施許諾契約を結んだ例は何ら示されていないのであるから,控訴人らに対する実施料率を10パーセントと認定した原判決の判断は相当性を欠いている。
3 当審における被控訴人の主張の要点 (1) 本件特許権1の明らかな無効事由について 原判決の認定判断に何ら誤りはない。
(2) 損害について (ア) 特許法102条2項の適用について (a) 被控訴人は,20数年前から渋谷において店舗を構えて小売販売をしており,また,テレフォンショッピングやインターネットショッピングも実施している。被控訴人が小売販売を行う場合,製造業者としての利益と,問屋・小売としての利益の合計の利益を得ることになる。
(b) 原判決が不真正連帯債務について述べていることは,不法行為者が複数あって,これによって生じた損害が1個ないし重なり合う場合には妥当し得る。
しかし,本件において被控訴人が請求しているのは,控訴人ら各自がマルゼン製品の販売により挙げた利益であって,マルゼン高裁判決により認められた損害は,補助参加人及び丸前商店自身が挙げた利益であるから,両者は重なり合うものではなく,不真正連帯の関係に立つものではないから,一方の弁済により填補されるものではない。
(イ) 不当利得返還請求について 製造業者が既に損害賠償金及び補償金を支払った場合にも,販売業者に対し,特許権侵害による販売行為について,実施料相当額の不当利得返還請求を認めるべきである(最三小判平成6年10月25日参照)。
控訴人らのマルゼン製品の販売についての利益率は,売上の20ないし60パーセントであるから,不当利得の範囲は,10ないし12パーセントの実施料相当額に限られない。
補助参加人らが被控訴人に支払った損害賠償金と,控訴人ら販売業者の不当利得とは,経済的に重なるものではない。
当裁判所の判断
1 当裁判所も,マルゼン製品が本件発明1の技術的範囲に属するものであり,本件特許権1には明らかな無効事由がないものと判断する,その理由は,次のとおり付加するほか,原判決の「第3 当裁判所の判断」の1及び2のとおりであるから,これを引用する。
控訴人らの当審における主張(本件特許権1の明らかな無効事由)について (1) 相違点1について 本件発明1の構成要件Fにおいては,「スライダ部と一体的に移動する部材である受圧部」が要件となっている。引用発明においては,「受圧部」に相当する前端面を備えたピストンA及びBのうち,ピストンBはスライダ部と一体的に移動するのに対し,ピストンAは途中までスライダ部と一体に移動するものの,途中で停止し,スライダ部と離れる(乙4,乙5号証39頁の推測図@〜C)。したがって,引用発明においては,「受圧部」に相当する前端面を備えたピストンAは,「スライダ部と一体的に移動する」とはいえないものの,「受圧部」に相当する前端面を備えたピストンBは,「スライダ部と一体的に移動する」ということができる。
しかし,本件発明1における「受圧部」は,「スライダ部と一体的に移動する部材」であるから,本件明細書1に特段の記載がない以上,「受圧部」全体が「スライダ部と一体的に移動する部材」であると解すべきである。したがって,引用発明においては,受圧部に当たる前端面を備えたピストンA及びBが全体として「スライダ部と一体的に移動する部材」には当たらない以上,この点は,本件発明1と引用発明との相違点(相違点1)としてとらえることができる。
(2) 相違点2について 本件発明1の構成要件Gにおいては,「可動部材」が「上記装弾室と上記受圧部との間に配され」ることが要件となっている。これに対し,引用発明においては,本件発明1の「可動部材」に相当するシリンダーノズルは,その前端部が,本件発明1の「装弾室」に相当するラバーチェンバーの位置に達していて,かつ,その後端部が,本件発明1の「受圧部」に相当するピストンA及びBの前端面を越えて後方に延びているものであるから(乙4,乙5号証38頁の推測図,39頁の推測図@ないしB),ラバーチェンバー(本件発明1の「装弾室」に相当する。以下,同様である。)とピストンA及びBの前端面(「受圧部」)との間に配されているとはいえず,構成要件Gが開示されているとはいえない。
控訴人らは,本件明細書1中には,「上記装弾室と上記受圧部との間に配され」に関して特段の技術的意義が記載されていないのであるから,本件発明1の構成要件Gにおける上記構成を解釈すれば,「装弾室」,「可動部材」及び「受圧部」が,この順序でそれぞれ直列的に配置されることを意味するにすぎない,と主張する。しかし,本件発明1の特許出願について適用される平成6年法律116号による改正前の特許法36条5項2号は,特許請求の範囲の記載は,「特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載した項・・・に区分してあること」と規定しているのであり,本件発明1の構成に欠くことができない事項として,本件発明1の「可動部材」が「上記装弾室と上記受圧部との間に配され」ることが要件となっているのであるから,この構成を単にこの順序でそれぞれ直列的に配置されることを意味するにすぎない,と解することはできないことは明らかである。
また,控訴人らは,本件記事の39頁の推測図Cにおいては,シリンダーノズルのほぼすべてがラバーチェンバーとピストンBとの間に位置することが示されていると主張する。しかし,同図Cにおいては,ガスが供給されてスライドが後退する途中において,シリンダーノズルの後端部近くまでピストンBの端部が後退していることが示されているものの,ピストンAとシリンダーノズルの後端部とは明らかに重なっており,また,シリンダーノズルの先端部が明らかにラバーチェンバー内に入り込んでおり,この図Cにおいても,シリンダーノズルが,ピストンA及びBの前端面とラバーチェンバーとの間に配されているということはできない(乙4,5号証)。
以上からすれば,本件記事の38頁の推測図,同39頁の推測図@ないしBにおいては,シリンダーノズルがピストンA及びBの前端面とラバーチェンバーとの間に配されているということは明白にできないものであり,同39頁の推測図Cにおいても,上記のとおり,シリンダーノズルがピストンA及びBの前端面とラバーチェンバーとの間に配されているということはできないのであるから,引用発明においては,本件発明1の「可動部材」に当たるシリンダーノズルがラバーチェンバー(装弾室)とピストンA及びBの前端面(受圧部)との間に配されているということはできず,この点は,本件発明1と引用発明との相違点(相違点2)としてとらえることができる。
(3) 相違点3について 本件発明1の構成要件Hにおいては,「第1のガス通路及びガス導出通路部から可動部材内を通じて受圧部に至る第2のガス通路の夫々を開閉制御」する「ガス通路制御部」が要件となっている。これに対し,引用発明においては,ガス通路1ないし3(本件発明1の「ガス導出通路部」に相当する。以下,同様である。)からシリンダー(切り替えバルブ)(「ガス通路制御部」)内を通じてピストンA及びBの前端面(「受圧面」)に至るガス通路5(「第2のガス通路」)が形成されており,本件発明1の可動部材であるシリンダーノズル内にガス通路5が形成されているわけではない(乙4,乙5号証39頁の推測図A〜C)。
控訴人は,引用発明のシリンダー(切り替えバルブ)は,シリンダーノズルの内側に配置されているのであるから,ガス通路5はシリンダーノズル内を通じているといえるのであり,しかも,第2のガス通路が可動部材内に直接設けられなければならないか否かについて,本件明細書1には何ら記載がない,と主張する。
しかし,ガス通路5内を流れるガスが,直接的にシリンダー(切り替えバルブ)の内壁と接することとなるか,シリンダーノズルの内壁と接することになるかの差異は,本件発明1の構成と引用発明の構成の差異により生じるものである。
本件発明1は,「可動部材内を通じて受圧部に至る第2のガス通路」を開閉制御する「ガス通路制御部」をその構成とするものであるのに対し,引用発明においては,この「ガス通路制御部」に相当するシリンダー(切り替えバルブ)内を通じて受圧部であるピストンA及びBの前端面に至るガス通路5が形成されるのであり,このガス通路5をシリンダー(切り替えバルブ)自らが開閉制御するのであるから,本件発明1とはその構成を異にするものである。
以上からすれば,引用発明においては,本件発明1の「可動部材内を通じて受圧部に至る第2のガス通路」が,「可動部材」に相当するシリンダーノズル内ではなく,シリンダー(切り替えバルブ)内を通じて形成されるものであることを,本件発明1と引用発明との相違点(相違点3)としてとらえることができるというべきである。
(4) 相違点1ないし3の容易想到性について 控訴人らは,本件発明1と引用発明との間に,相違点1ないし3があるとしても,乙11文献に記載された技術から相違点1に係る構成に想到することは容易であり,乙6文献に記載された技術,並びに,引用発明と本件発明1との間における,課題の共通性や作用・機能の共通性を考慮すれば,相違点1ないし3に係る構成について容易想到性が認められるべきである,と主張する。
確かに,相違点1に係る構成だけをみると,これについては,乙11文献に記載された技術から容易に想到し得るものということは可能である。
また,本件記事は,本件特許権1を有する被控訴人が,本件発明1の特許出願に先立ち,その実施品である「ウエスタンアームズM92FS」を,玩具銃専門誌月刊アームズ・マガジンの発行者である訴外株式会社ホビージャパンに提示し,銃の通常分解と写真撮影を許し,同社担当者が実際に発射してみてその銃の構造の概要と性能を知ったうえで,その推測図,写真を付した紹介記事であるから(乙4号証),引用発明は,本件発明1の実施品がもつ作用効果を満たすべく,当業者が推測したものであり,引用発明が本件発明1の作用効果を満たすものである可能性も存する。
しかし,上記の事実は,むしろ,本件発明1の実施品を分解し,実際に発射してその構造の概要と性能を知った当業者であっても,本件発明1とは,上記のとおり,相違点1ないし3において異なる構成の引用発明を想到し得たに留まり,本件発明1の構成を容易に想到し得なかったことを意味し,本件発明1の構成に至ることの困難性を物語るものである。引用発明に乙6文献のどの構成を適用すれば,相違点1ないし3に係る構成に想到し得るのかについても明らかではなく,また,単に,課題の共通性や作用・機能の共通性から,相違点1ないし3に係る構成に容易に想到し得るということもできない。引用発明に乙6文献及び乙11文献記載の公知技術を適用しても,本件発明1の構成,特に相違点2,3に係る構成に容易に想到し得るものと認めることはできない。
(5) 以上に検討したところによれば,本件特許権1について明らかな無効事由があるとの控訴人らの主張は理由がない。
2 特許法102条2項に基づく損害賠償請求について 当裁判所も,被控訴人の特許法102条2項に基づく損害賠償請求については,原判決が認容した限度でこれを認容すべきものであると判断する。その理由は,次のとおり付加するほか,原判決の「第3 当裁判所の判断」の3及び5(ただし,原判決78頁1行目から17行目までを除く。)のとおりであるから,これを引用する。
特許法102条2項は,「特許権者・・・が・・・自己の特許権・・・を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において,その者がその侵害の行為により利益を受けているときは,その利益の額は,特許権者・・・が受けた損害の額と推定する。」と規定している。この規定によれば,特許権者は,同条項(推定規定)の適用を受けるために,特許権侵害行為により損害を受けたこと,及び,相手方が侵害行為により受けた利益の額を主張立証する必要がある。そして,特許権侵害行為により損害を受けたことは,特許権者が自ら特許発明実施していたことを主張立証すれば,事実上推定されると解すべきであり,本件においては,被控訴人は,本件発明1を実施した製品を製造販売しているのであるから,控訴人らの本件特許権1の侵害行為(マルゼン製品の販売行為)により,損害を受けたことが既に主張立証されている。したがって,本件においては,控訴人らが時効消滅対象後の期間においてマルゼン製品を販売したことにより得た利益の額をもって被控訴人が受けた損害の額と推定すべきである。
控訴人らは,被控訴人が,玩具銃の製造業者であり,問屋業を営む控訴人らのような営業形態を採っていないのであるから,控訴人らと同等の利益をあげることはできず,特許法102条2項に基づく損害の賠償を請求することはできない,と主張する。
しかし,被控訴人は,平成7年11月ころ以前から,渋谷において店舗を構えて玩具銃の小売販売をしており,また,テレフォンショッピングも実施し,さらに,平成9年4月ころにはインターネットショッピングも実施しているのであるから(甲34の1・2),被控訴人は,本件特許権1が登録されたころ以降は小売業も業として実施していると認められ,被控訴人が玩具銃の販売業を営んでいないことを前提とする控訴人らの上記主張は,その前提においてそもそも理由がない。また,特許法102条2項の規定は,侵害行為により損害を被った特許権者を保護するための損害の額の推定規定であるから,その規定の適用については,特許権者が自ら特許発明実施していたことを主張立証すればよいことは上記のとおりであり,特許権者が,侵害行為をした者と特許権者との営業形態あるいは業務形態などの同一性ないしは類似性まで主張立証することを要求していると解することはできない。また,控訴人らの上記主張は,特許法102条2項の規定による推定を覆滅する事由の主張とも解することができるものの,上記認定の事実を前提とすれば,本件においては,同条項による推定が覆滅されると認めることはできない。控訴人らの上記主張は,採用し得ない。
控訴人らは,被控訴人が,マルゼン事件において,補助参加人と丸前商店がマルゼン製品を製造販売したことにより得た利益を,本件特許権1の侵害行為により受けた損害としてその賠償を請求し,マルゼン高裁判決によりその主張が認められて既に損害の賠償を受け,また,出願公開後の補償金の支払を受けたことにより,製造業者として,本件特許権1の侵害により受けた損害を既に全額回収しているのであって,さらに本訴において,控訴人らに対し,控訴人らが問屋としてマルゼン製品を販売したことにより得た利益を,本件特許権1の侵害行為により被った損害として請求するのは不合理である,と主張する。
しかし,補助参加人は,マルゼン商品を製造販売し,丸前商店及び控訴人らは,マルゼン商品を仕入れてこれを販売し,これらの各行為(本件特許権1の各侵害行為)により,それぞれが利益を得ているのであるから,それぞれの利益の額を,本件特許権1を有する被控訴人が受けた損害の額と推定することは,特許法102条2項が規定するところであり,このことを不合理であるということはできない。もっとも,製造業者,卸売業者,小売業者の各行為を共同不法行為としてとらえ,これらの各業者が侵害行為により得た利益の額を合計した金額を共同不法行為による損害として,この全損害額について,製造業者,卸売業者及び小売業者が不真正連帯債務として支払うべき義務を負うととらえるのであれば,製造業者等が既に支払った金額を,全体の損害の一部の填補とみることが可能であるものの,特許権者が,共同不法行為という構成を主張せずに,卸売業者に対し,当該卸売業者がその販売行為により得た利益を,特許法102条2項に基づいて,その卸売業者の特許権侵害行為により被った損害として請求するのであれば,その請求に関しては,製造業者等が支払った金額を卸売業者との関係で損害の填補とみる必要はない。
控訴人らは,平成9年当時,市場には,マルゼン製品のほかに,被控訴人製品の競合製品が多数存在していたから,控訴人らがマルゼン製品の販売を中止したからといって,被控訴人がその製品を,控訴人らと同量販売することができたとはいえない,と主張する。しかし,特許法102条2項は,侵害行為がなければ特許権者が得たであろう利益の額について規定しているわけではないし,また,上記主張のような事実をもってしては,未だ同条項による損害の額の推定を覆すことはできず,控訴人らの上記主張は同条項との関係では理由がない。
3 不当利得返還請求について (1) 前記引用に係る原判決の「前提となる事実」及び認定事実(原判決の「第3 当裁判所の判断」の3及び5)並びに弁論の全趣旨によれば,控訴人らは,本件特許権1が設定登録された平成8年9月19日以降,控訴人大友商会,控訴人フジカンパニー及び控訴人大阪プラスチックモデルについては平成11年3月3日までの間に,その余の控訴人らについては同月1日までの間に,法律上の原因なく(本件特許権1を有する被控訴人から実施許諾を受けることなく),本件発明1の技術的範囲に属するマルゼン製品を,別表1「被告問屋らのマルゼン製品取扱数量一覧」の「平成8年9月19日から平成11年X日前日まで」の欄に記載の数量販売し,これにより,イ号物件及びロ号物件の各製品の販売価格の実施料相当額の支払を免れる利得を得たこと,及び,被控訴人にはこれによりマルゼン製品の各販売価格の実施料相当額の損失が生じたものと認めるのが相当である。
そして,本件発明1の実施料率については,マルゼン地裁判決及び同高裁判決において本件発明1に関する他の実施許諾契約の事例をも参考として実施料率が12パーセントと認定されたこと,及び,原判決の上記認定事実によれば,控訴人らが別表1「被告問屋らのマルゼン製品取扱数量一覧」の「平成8年9月19日から平成11年X日前日まで」の欄に記載のとおりの数量のマルゼン製品を販売し,イ号物件及びロ号物件の各製品の小売価格の10パーセントに相当する利益を得たことが認められることを考慮すれば,控訴人らとの関係においても,小売価格の10パーセントの実施料率を一応の基準と考えることができる(他の実施許諾契約の事例が,製造業者に対する実施許諾契約であり,その実施料が卸売価格の12パーセントであるとしても,裁判所により特許権侵害行為が認定され,特許の明らかな無効事由についての判断がされた後に認定される本件発明1の適正な実施料率が,裁判所に訴えが提起される前に,特許権侵害が成立するか否か,あるいは,特許が無効とされる蓋然性があるか否か等について確定的な判断がない状況下で,当事者間において互いの交渉力,企業間の経済的,社会的関係なども考慮して締結される実際の実施許諾契約における実施料率と比べ,より高額となることがあったとしても決して不合理なことではない。)。
ただし,本件のように,補助参加人がマルゼン製品を製造販売し,丸前商店がこれを卸売りし,控訴人らがこれを販売した事例において,補助参加人及び丸前商店が,その製造販売したマルゼン製品について,本件発明1の出願公開後の補償金(実施料相当額)及び登録後の損害賠償金の支払をマルゼン地裁判決,同高裁判決により命じられ,被控訴人が補助参加人らから既にその支払を受けている場合においては,その限度で,本件特許権1を侵害する製品の製造販売による被控訴人の損失(不当利得における損失)の填補として考慮することが可能であるから,本件においては,この事情も考慮して控訴人らとの関係での最終的な実施料率を決めるべきである(マルゼン地裁判決も,その判決書33頁5行ないし14行において,損害賠償として実施料相当額を請求する場合について,製品の小売価格に対し実施料率を乗じた額が金額の上限となり,製造業者が卸売価格に対する実施料率を乗じた金額を既に支払った場合は,小売業者はその限りで,支払を免れるという趣旨の判断を示しており,この判断は,マルゼン高裁判決においても支持されているところである(甲3,4号証)。)。けだし,特許権を侵害する製品が,その製造,卸売,小売などの過程を経て流通している場合に,特許権者は,その流通過程における製造業者,卸売業者,小売業者などの各侵害行為に対応して各別に不当利得として実施料相当額の請求をなし得るものではあるものの,同一の侵害製品の製造販売という一連の流通については,その流通過程に複数の者が関わるとしても,同一の侵害製品の1回の流通分に対応する実施料の限度を超えては損失は発生しないというべきだからである。
マルゼン地裁判決及び同高裁判決によれば,既に,補助参加人及び丸前商店に対し,平成7年11月9日から平成8年9月18日までの期間において,補助参加人が製造販売し,丸前商店が販売したマルゼン製品について,本件発明1の出願公開後の補償金として,丸前商店の販売金額の12パーセントの割合による実施料相当額の金額の支払が命じられ,被控訴人は既にその支払を受けている(甲3,4号証,弁論の全趣旨)。補償金の金額の内訳は,補助参加人が製造し,丸前商店が販売をしたため,両者に連帯支払を命じられた分については,イ号物件の販売個数が1万9840個,売上金額が1億4570万2362円(1個当たりの平均販売価格が7343円であり,小売価格1万3500円の54パーセントに相当する。)で,補償金(実施料相当額)が1748万4283円,ロ号物件の販売個数が9412個,売上金額が4460万5540円(1個当たりの平均販売価格が4739円であり,小売価格8500円の56パーセントに相当する。)で,補償金(実施料相当額)が535万2664円であり,また,金額的には僅かであるものの,補助参加人が製造し,丸前商店が上記期間経過後に販売した分については,補償金が110万4403円(イ号物件の販売個数が570個,ロ号物件の販売個数が1148個),補助参加人が上記期間内に丸前商店以外に販売した分については,補償金が60万0552円(イ号物件の販売個数が480個,ロ号物件の販売個数が240個)と認定された(甲3,4号証)。また,上記各判決によれば,補助参加人及び丸前商店に対しては,本件特許権1の侵害行為による損害賠償として,特許法102条2項に基づき,平成8年9月19日から平成11年12月13日まで間における,マルゼン製品の製造販売により,両社が得た利益の合計2562万6096円の連帯支払が命じられ,被控訴人は既にその支払を受けている(甲3,4号証,弁論の全趣旨)。そして,上記各判決によれば,補助参加人が製造したマルゼン製品は,原則としてすべて関連会社である丸前商店に販売されるという関係にあるので,両者を一体としてみて,丸前商店の上記期間内のマルゼン商品の売上合計1億3456万9088円で上記の2社の利益合計額を除すると,利益率は19パーセントとなり,丸前商店のイ号物件の平均販売価格7178円及びロ号物件の平均販売価格4872円の各19パーセントが利益ということができる(甲3,4号証,弁論の全趣旨)。
控訴人らが販売したマルゼン製品については,上記のとおり,既に補助参加人ないし丸前食品が,被控訴人に対し,上記補償金又は上記損害賠償金を支払って,その損失の一部を填補していること,並びに,上記補償金が,イ号物件の1個当たりの平均販売価格7343円(小売価格1万3500円の54パーセント)及びロ号物件の1個当たりの平均販売価格4739円(小売価格8500円の56パーセント)の12パーセントとして算定されているものが多いこと,及び,損害賠償金が,これを実施料率に換算すれば,イ号物件の平均販売価格7178円及びロ号物件の平均販売価格4872円の各19パーセントとされていること,並びに,補償金と損害賠償金とがほぼ1対1に対応する金額であることからすれば,以下の式のとおり,イ号物件及びロ号物件の上記各小売価格の一応の基準として考えられる10パーセントの実施料相当額のうち,既に約8・5パーセントに相当する分が支払われていると認められる。
{(7343円×12%)+(7178円×19%)}×0.5=1122.5(イ号物件1個当たりの既払い額) {(4739円×12%)+(4872円×19%)}×0.5=747.2(ロ号物件1個当たりの既払い額) (1122.5+747.2)÷(13500+8500)=0.085(イ号及びロ号物件の小売価格に対する既払い額の割合) 以上によれば,本件においては,控訴人らが被控訴人に支払うべき実施料相当額の不当利得は,イ号物件及びロ号物件の上記各小売価格の1.5パーセントと認めるのが相当である。
なお,被控訴人は,控訴人らが悪意の受益者であると主張するが,本件全証拠を総合しても,控訴人らが前記期間におけるマルゼン製品の販売当時,同製品が本件特許権1を侵害することにつき,悪意であったと認めることはできない。
(2) 控訴人らは,被控訴人は,既にマルゼン高裁判決により,損害の賠償を受けており,被控訴人には損失が生じていない,と主張する。しかし,被控訴人の損失が一部填補されたものの,そのすべてが填補されたわけではないことは,上記のとおりである。控訴人らの上記主張は,その一部について理由があるものの,被控訴人には損失が生じていないとする部分については理由がない。
控訴人らは,製造業者間での実施許諾の際には,製品が転々流通することを前提にしているため,その下流の業者に対して実施許諾契約をすることはないのが通常である,と主張する。
しかし,本件は,補助参加人が被控訴人から本件発明1についてあらかじめ実施許諾を受けて,そのうえでマルゼン製品を製造販売した事例とは異なるのであり,本件において,あらかじめ特許権者から実施許諾を受けた場合と同様に扱う必要がないことは明らかである。
(3) 被控訴人は,控訴人らのマルゼン製品の販売についての利益率は,売上の20ないし60パーセントであるから,不当利得の範囲は,10パーセントの実施料相当額に限られない,と主張する。
しかし,控訴人らのマルゼン製品の販売についての利益率は,上記のとおり,イ号物件及びロ号物件の各小売価格の10パーセントと認められるのであるから,控訴人らの上記主張はその前提において失当である。また,控訴人らがマルゼン製品を販売していた当時,被控訴人の本件発明1の実施品については,マルゼン製品以外にも競合する製品が存在していたこと(弁論の全趣旨)などからすれば,控訴人らのマルゼン製品の販売がなければ,被控訴人が本件発明1の実施品をマルゼン製品の数量と同じ数量販売することができたものと認めることはできないのであるから,特許法102条2項のような損害額の推定規定の及ばない不当利得返還請求において,控訴人らの利益をそのまま被控訴人の損失と見ることはできない。
本件特許権1に関する不当利得返還請求において,控訴人らのマルゼン製品の販売行為により,被控訴人が被った損失は,上記に認定したとおりの実施料相当額と認めるのが相当である。
被控訴人は,補助参加人らが被控訴人に支払った損害賠償金と,控訴人ら販売業者の不当利得とは,経済的に重なるものではない,と主張する。
しかし,マルゼン高裁判決により,補助参加人らが被控訴人に支払った上記の補償金及び損害賠償金は,補助参加人が製造販売したマルゼン製品に関するものであり,控訴人らが販売したマルゼン製品は,これらの製品のうちの一部であるから,控訴人らが販売したマルゼン製品について,既に補助参加人らにより支払われた補償金あるいは損害賠償金を,被控訴人に生じた実施料相当額の損失を填補するものとして考慮すべきことは前記のとおりである。
(4) 小括 被控訴人の控訴人らに対する不当利得返還請求については,控訴人らが販売したマルゼン製品について,イ号物件及びロ号物件の各小売価格の1.5パーセントに相当する額(原判決の認定額の15パーセント)を本件特許権1の不当利得により返還すべき額と認める。その金額(マルゼン製品の売上数量に,前記損害額の認定において用いたと同様の各種別の商品の割合等を考慮した価格を乗じた金額の1.5パーセント)は,次のとおりである(別表2認容額一覧表の「不当利得」「イ号の利得」「ロ号の利得」「利得小計」欄参照。1円未満切り捨て)。
(ア) 控訴人イリサワ 販売丁数 控訴人の利益額 イ号物件 140丁 2万9646円 ロ号物件 184丁 2万5490円 合計 5万5136円 (イ) 控訴人桑田商会 イ号物件 588丁 12万3651円 ロ号物件 357丁 5万3682円 合計 17万7333円 (ウ) 控訴人大友商会 イ号物件 747丁 15万6051円 ロ号物件 423丁 5万8426円 合計 21万4477円 (エ) 控訴人フジカンパニー イ号物件 1092丁 22万8597円 ロ号物件 681丁 9万4566円 合計 32万3163円 (オ) 控訴人東海模型 イ号物件 24丁 5157円 ロ号物件 30丁 4322円 合計 9479円 (カ) 控訴人大阪プラスチックモデル イ号物件 384丁 8万2512円 ロ号物件 228丁 3万3197円 合計 11万5709円 また,被控訴人の控訴人らに対する特許法102条2項に基づく損害賠償請求については,原判決の認定判断が相当であると認められ,別表2認容額一覧表の「イ号の利益」,「ロ号の利益」欄記載の金額となるから,この「イ号の利益」,「ロ号の利益」を合計した「利益小計」欄記載の損害賠償金(原判決の82頁8行〜83頁1行に認定された「被告の利益額」欄記載の金額)と,上記の不当利得金を合計した,別表2認容額一覧表の「合計」欄記載の金額が,控訴人らが被控訴人に対し支払うべき金額である。
結論
以上によれば,被控訴人の本訴請求は,本件特許権1の侵害を理由とする損害賠償請求及び不当利得返還請求として,控訴人イリサワに対して12万8229円,控訴人桑田商会に対して35万5244円,控訴人大友商会に対して44万8462円,控訴人フジカンパニーに対して97万1666円,控訴人東海模型に対して9479円及び控訴人大阪プラスチックモデルに対して24万2710円並びにこれらに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成14年7月18日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから,これを認容し,その余は棄却すべきである。これと結論を異にする原判決は上記の限度で変更すべきであり,控訴人らの本件控訴は,その限りで理由があるが,その余は理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 佐藤久夫
裁判官 設樂隆一
裁判官 若林辰繁