関連ワード | 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 発明特定事項 / 一致点の認定 / 技術常識 / 優先権 / 技術的意義 / 置き換え / 容易に想到(容易想到性) / 拒絶査定不服審判 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / 変更 / |
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事件 |
平成
22年
(行ケ)
10344号
審決取消請求事件
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2011/07/07 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
判例全文 | |
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判例全文
平成23年7月7日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 平成22年(行ケ)第10344号 審決取消請求事件 口頭弁論終結日 平成23年6月30日 判 決 原 告 株 式 会 社 小 松 製 作 所 同訴訟代理人弁理士 黒 川 恵 津 田 幸 宏 早 水 浩 一 被 告 特 許 庁 長 官 同 指 定 代 理 人 小 谷 一 郎 加 藤 友 也 新 海 岳 板 谷 玲 子 主 文 原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 請求 特許庁が不服2008−24554号事件について平成22年9月28日にした 審決を取り消す。 第2 事案の概要 本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,特許請求の範囲(請求項1) の記載を下記2とする原告の本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について, 特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の 要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを 求める事案である。 1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告は,平成16年9月1日,発明の名称を「作業車両用エンジンのパワ ー出力の制御方法及び制御装置」とする発明について,特許出願(特願2005− 513650。優先権主張:平成15年(2003年)9月2日,日本)をした (甲3)。 (2) 特許庁は,平成20年8月20日付けで拒絶査定をした。 (3) 原告は,同年9月25日,これに対する不服の審判を請求し(不服200 6−28842号事件),平成22年5月6日付けで再度拒絶査定の通知がされた のに対し,同年7月5日付けで,発明の名称を「ホイールローダ」と変更すること などを内容とする手続補正書(以下,この補正書による補正を「本件補正」という。 甲18)を提出した。 (4) 特許庁は,平成22年9月28日,「本件審判の請求は,成り立たな い。」との本件審決をし,その謄本は同年10月12日原告に送達された。 2 本願発明の要旨 本件審決が対象とした,本件補正後の特許請求の範囲請求項1の記載は,以下の とおりである。なお,文中の「/」は改行部分を示す。以下,請求項1に記載され た発明を「本願発明」という。また,本件出願に係る本件補正後の明細書(特許請 求の範囲につき甲18,その余につき甲3,10)を「本願明細書」という。 エンジンの出力によって駆動される作業機と走行装置を有し,前記走行装置で走 行しながら前記作業機を動作させて掘削積込作業を行うホイールローダであって, /前記作業機を動かすための1又は複数の油圧シリンダの油圧を検出する油圧検出 装置と,/前記走行装置に含まれる変速機の操作又は選択されている速度段を検出 する変速機操作検出装置と,/前記油圧検出装置により検出された検出値と,前記 変速機操作検出装置により検出された検出値に基づいて,前記掘削積込作業のうち の掘削工程にあるか否かを判定し,その判定結果に基づいて前記エンジンの上限出 力トルクを制御するコントローラとを備え,/前記コントローラが,/前記1又は 複数の油圧シリンダの油圧を所定の基準値と比較することにより,掘削工程が開始 したか否かを判定し,/前記掘削工程が開始した後に,前記変速機の速度段が中立 または後進位置にあるか否かを判断することにより,又は前記1又は複数の油圧シ リンダの油圧を前記基準値と比較することにより,前記掘削工程の終了を判定し, /前記掘削が行われていないと判定された場合における前記エンジンの上限出力ト ルクカーブが,前記掘削が行われていると判定された場合における前記エンジンの 上限出力トルクカーブよりも低くなるように,前記エンジンの上限出力トルクを制 御するホイールローダ 3 本件審決の理由の要旨 (1) 本件審決の理由は,要するに,本願発明は,下記アの引用例1に記載され た発明(以下「引用発明」という。)及び下記イの引用例2に記載された技術的事 項並びに周知の事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであ るから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というもの である。 ア 引用例1:特開2003−184134号公報(甲1。平成15年7月3日 公開) イ 引用例2:特開平11−293710号公報(甲2) (2) 本件審決は,その判断の前提として,引用発明,本願発明と引用発明との 一致点及び相違点,引用例2記載の技術的事項を,以下のとおり認定した。 ア 引用発明:エンジンの出力によって駆動される作業機と動力装置を有し,前 記動力装置で走行しながら前記作業機を動作させて掘削積込作業を行うホイールロ ーダであって,前記作業機を動かすためのリフトシリンダ又はチルトシリンダの油 圧力を検出するボトム圧検出器又は油圧検出器と,前記動力装置に含まれる変速機 が前進,中立,後進のいずれの状態にあるかを検出する操作位置検出手段及び変速 機の選択されている速度段を検出する速度段検出器と,前記ボトム圧検出器又は油 圧検出器により検出された検出値と,前記操作位置検出手段及び速度段検出器によ り検出された検出値に基づいて,前記掘削積込作業のうちの掘削作業中にあるか否 かを判定し,その判定結果に基づいて前記エンジンにより駆動される可変容量型油 圧ポンプの容量を制御するコントローラとを備え,前記コントローラが,前記リフ トシリンダ又はチルトシリンダの油圧力を所定の値と比較することにより,掘削作 業が開始したか否かを判定し,前記掘削作業が開始した後に,前記変速機の速度段 が中立または後進位置にあるか否かを判断することにより,前記掘削作業の終了を 判定し,前記掘削作業中と判断した場合に前記可変容量型油圧ポンプの容量を最大 容量以下の所定容量に低減することに定め,次に前記可変容量型油圧ポンプの容量 を所定容量に低減させる制御を行い,掘削作業終了であると判断した場合に前記可 変容量型油圧ポンプの容量を最大容量以下の所定容量に低減させる制御を停止する ホイールローダ イ 一致点:エンジンの出力によって駆動される作業機と走行装置を有し,前記 走行装置で走行しながら前記作業機を動作させて掘削積込作業を行うホイールロー ダであって,前記作業機を動かすための1又は複数の油圧シリンダの油圧を検出す る油圧検出装置と,前記走行装置に含まれる変速機の操作又は選択されている速度 段を検出する変速機操作検出装置と,前記油圧検出装置により検出された検出値と, 前記変速機操作検出装置により検出された検出値に基づいて,前記掘削積込作業の うちの掘削工程にあるか否かを判定し,その判定結果に基づいて前記作業機を駆動 する装置を制御するコントローラとを備え,前記コントローラが,前記1又は複数 の油圧シリンダの油圧を所定の基準値と比較することにより,掘削工程が開始した か否かを判定し,前記掘削工程が開始した後に,前記変速機の速度段が中立または 後進位置にあるか否かを判断することにより,前記掘削工程の終了を判定し,前記 掘削が行われていないと判定された場合と前記掘削が行われていると判定された場 合で作業機を駆動する装置の制御を燃費を低減するとともに作業能率の低下を回避 するように異ならせるホイールローダ ウ 相違点:「作業機を駆動する装置を制御する」及び「前記掘削が行われてい ないと判定された場合と前記掘削が行われていると判定された場合で作業機を駆動 する装置の制御を燃費を低減するとともに作業能率の低下を回避するように異なら せる」に関して,本願発明では,「エンジンの上限出力トルクを制御」するもので あり,かつ「掘削が行われていないと判定された場合における前記エンジンの上限 出力トルクカーブが,前記掘削が行われていると判定された場合における前記エン ジンの上限出力トルクカーブよりも低くなるように,前記エンジンの上限出力トル クを制御する」ものであるのに対し,引用発明では,「エンジンにより駆動される 可変容量型油圧ポンプの容量を制御」するものであり,かつ「掘削作業中と判断し た場合に前記可変容量型油圧ポンプの容量を最大容量以下の所定容量に低減するこ とに定め,次に前記可変容量型油圧ポンプの容量を所定容量に低減させる制御を行 い,掘削作業終了であると判断した場合に前記可変容量型油圧ポンプの容量を最大 容量以下の所定容量に低減させる制御を停止する」ものである点 エ 引用例2記載の技術的事項:油圧ショベル等の建設機械のエンジンを制御す る装置において,整地・整正等の作業時に用いるエンジンの出力トルクカーブと微 操作を必要とする作業時に用いるエンジンの出力トルクカーブが,作業量・パワー がより必要な作業時に用いるエンジンの出力トルクカーブと通常の掘削積み込み作 業時に用いるエンジンの出力トルクカーブよりも低くなるようにエンジンの出力ト ルクを制御すること 4 取消事由 容易想到性に係る判断の誤り (1) 一致点の認定の誤り及び相違点の看過 (2) 引用例2記載の技術的事項の認定の誤り (3) 引用例2記載の技術的事項の適用の誤り 第3 当事者の主張 〔原告の主張〕 (1) 一致点の認定の誤り及び相違点の看過 ア 一致点の認定の誤り 本件審決は,引用発明における「エンジンにより駆動される可変容量型油圧ポン プ」について,これと本願発明の「エンジン」とを無理矢理に一致する構成とする べく,両者を「作業機を駆動する装置を制御する」対象として一致すると認定した。 しかしながら,本願発明の「エンジン」と,引用発明における「エンジンにより 駆動される可変容量型油圧ポンプ」とが一致するということはできない。本願発明 は,一貫して,エンジンそれ自体のパワー出力能力を制御することの課題を解決す るためにされたものであり,エンジンによって駆動される装置の容量制御とは技術 的な意義が全く異なる。本願発明に係る「ホイールローダ」は,エンジンのパワー 出力はトルクコンバータ及び変速機を順に通じて分配機に伝達され,そこから後輪 と前輪に分配されるとともに(本願明細書【0028】),エンジンからのパワー 出力の一部が可変容量型油圧ポンプの駆動に使われるのであるから(【002 9】),引用発明における「エンジンにより駆動される可変容量型油圧ポンプ」の 容量を低減させる制御を行ったとしても,エンジンそのもののパワー出力能力を制 御することにならないことは自明である。 ホイールローダにあっては,エンジンの出力パワーは,車両の前後進といった走 行と,油圧ポンプ等の作業機駆動とに分配され,その出力パワーをいかに分配する かが重要であり(甲19〜21),引用発明における「エンジンにより駆動される 可変容量型油圧ポンプ」の制御が走行系への動力配分といった作用を伴うとしても, エンジンそれ自体は何ら制御されておらず,エンジンのパワー出力制御とは無関係 なのであるから,本願発明の「エンジン」のパワー出力制御と一致するということ ができないことは,明らかである。 よって,本願発明と引用発明とが,「…作業機を駆動する装置を制御するコント ローラとを備え」る点で一致するとした本件審決は,誤りである。 イ 本願発明と引用発明との一致点の認定を誤ることにより看過した相違点につ いての判断の欠落 本願発明と引用発明との相違点は,端的に,本願発明では,「(作業機と走行装 置とを駆動する)エンジンの上限出力トルクを制御」するものであるのに対し,引 用発明では,「エンジンにより駆動される可変容量型油圧ポンプの容量を制御」す るものである点と認定されるべきである。 本件審決は,本願発明と引用発明との一致点の認定を誤ることにより看過した相 違点である,引用発明の「エンジンにより駆動される可変容量型油圧ポンプ」を本 願発明の「エンジン」に置き換えることについての容易想到性の判断を何ら行って いない。 (2) 引用例2記載の技術的事項の認定の誤り ア エンジン出力トルクが減少しないこと まず,引用例2には,「整地・整正等の作業時に用いるエンジンの出力トルクカ ーブと微操作を必要とする作業時に用いるエンジンの出力トルクカーブが,作業量 ・パワーがより必要な作業時に用いるエンジンの出力トルクカーブと通常の掘削積 み込み作業時に用いるエンジンの出力トルクカーブよりも低いこと」が記載されて いないから,本件審決の引用例2記載の技術的事項の認定は,誤りである。これに 対し,引用例2には,エンジンの出力トルクカーブ作業量・パワーがより必要な作 業時に用いるエンジンの出力トルクカーブと通常の掘削積み込み作業時に用いるエ ンジンの出力トルクカーブよりも低いことは全く記載されていない。引用例2では, エンジン回転速度が減少しているのであって,エンジン出力トルクは全く減少して いない。 イ 制御がないこと また,引用例2には,運転者が作業現場に応じて,手動で,選択スイッチを操作 することにより,「重掘削モード」「掘削モード」「整正モード」及び「微操作モ ード」のいずれかを選択し,その選択に応じてエンジントルク及びポンプ吸収トル クが選択されることが開示されているだけで,エンジンないしはエンジンの(上 限)出力トルクを「制御」することは,全く記載されていない。手動による選択ス イッチの操作は,「制御」に相当するものではない(【0008】)。 ウ 本件審決の引用例2記載の技術的事項の認定が,上記ア,イのとおり誤りで ある以上,引用発明に引用例2記載の事項を適用したとしても,相違点に係る本願 発明の発明特定事項とすることはできない。 (3) 引用例2記載の技術的事項の適用の誤り ア 本願発明と引用例2記載の技術的事項との対比の誤り 本件審決は,引用例2記載の事項を本願発明と対比し,言い換え,「ホイールロ ーダ」も「油圧ショベル」も変わりはないとしたが,引用例2の「整地・整正等の 作業時」及び「微操作を必要とする作業時」は,油圧ショベルについての作業のそ れをいうところ,本願発明の対象であるホイールローダにおける「掘削以外の作業 時」とはその技術的意義が全く異なるのであるから,本願発明における「掘削が行 われていないと判定された場合」に相当するということはできない。よって,本件 審決の上記認定・判断は誤りである。 イ 油圧ショベルに係る引用例2記載の技術的事項を引用発明に適用することの 困難性 本願発明の対象であるホイールローダと,引用例2記載の油圧ショベルとは,い ずれもエンジンによって駆動される作業機と走行装置とを備えて掘削作業を行う機 械であるという点では共通するが,その作業の実態は全く異なる。 したがって,ホイールローダに特有の課題を解決しようとする当業者にとって, 油圧ショベルに関する引用例2記載の技術的事項を,作業の実態が全く異なるホイ ールローダの発明である引用発明に組み合わせようとする動機付けはない。 よって,油圧ショベルに係る引用例2記載の技術的事項を引用発明に適用するこ とは,困難である。 〔被告の主張〕 (1) 一致点の認定の誤り及び相違点の看過について ア 油圧ポンプ出力の制御とエンジン出力の制御が密接に関連すること 油圧ポンプ出力の制御とエンジン出力の制御が密接に関連し,油圧ポンプ出力を 制御するものや,エンジン出力を制御するものは,本件優先権主張日において周知 の技術であった(甲19,21,乙1,2)。このように,ホイールローダなどの 作業車両において,作業機に伝達される出力を調整するために,作業機を駆動する 油圧ポンプ出力やエンジン出力を制御することが周知であって,両者の制御は密接 に関連するものと認識されていた。そして,油圧ポンプ出力を制御することと,エ ンジン出力を制御することとは,いずれも作業機に伝達される出力を調整するため の制御である限りにおいて共通の技術的意義を有している。 イ 一致点の認定について 本願発明も引用発明も,掘削が行われているか否かの作業状態を判定し,判定し た作業状態に応じて,自動的に作業機に伝達される出力を制御するという点で技術 思想が共通している。また,具体的な制御対象が,エンジンであるか油圧ポンプで あるかという相違はあるものの,ホイールローダなどの作業車両において,両者の 制御が密接に関連して認識されていた。そして,本願発明も,引用発明も,作業機 は可変容量型油圧ポンプによって駆動され,可変容量型油圧ポンプはエンジンによ り駆動されるのであって,可変容量型油圧ポンプもエンジンも,「作業機を駆動す る装置」ということができる。よって,両者は「作業機を駆動する装置を制御す る」という限りで一致する。 ウ 原告の主張について 原告は,エンジンと可変容量型油圧ポンプが一致するとはいえないとか,可変容 量型油圧ポンプの制御をしてもエンジンの出力制御をすることにならないなどと主 張するが,本件審決は,「可変容量型油圧ポンプ」が「エンジン」に一致するとか, 「可変容量型油圧ポンプを制御する」ことが「エンジンを制御する」ことに相当す るなどと認定したわけではない。 また,原告は,一致点の認定を誤ることにより看過した相違点についての容易想 到性の判断を何ら行っていないと主張する。しかし,そもそも,本件審決は,本願 発明がエンジンの上限出力トルクを制御するものであるのに対し,引用発明が可変 容量型油圧ポンプの容量を制御するものであることを相違点と認定し,判断してい るのであるから,原告が主張するような相違点の看過はない。 (2) 引用例2記載の技術的事項の認定の誤りについて ア エンジン出力トルクが減少しないことについて 引用例2(【0008】)によれば,エンジントルクを選択すること,その選択 例として図23ないし図25の各作業モードが示されていることが理解される。ま た,本願明細書(【0002】〜【0009】【0059】【0063】【006 4】【0087】)の記載から,本願発明は,要するに,掘削が行われて高い出力 が必要な場合にはエンジンの最大の出力を発揮できるようにし,それ以外の出力を さほど必要としない場合にはエンジンの出力に制限をかけることによって無駄なエ ネルギーの消費を抑えて燃料を節約することを前提としてその自動化を図ったもの であって,エンジンの出力トルクを低くすることの技術的意義は,エンジンの出力 に制限をかけることによって無駄なエネルギーの消費を抑えて燃料を節約すること と理解できる。 そうすると,引用例2には,本願発明と同様に,エンジントルクを選択して, 「75%パーシャル出力点…整正モード」と「50%パーシャル出力点…微操作モ ード」は出力をさほど必要とするものではないので,「重掘削モード」及び「掘削 モード」よりもエンジンの出力に制限をかけるものが記載されているから,技術的 意義に照らしても,本件審決が,引用例2にエンジンの出力トルクを制御すること が記載されていると認定した点に誤りはない。 さらに,本願明細書(【0045】)によれば,本願発明の具体的な制御内容と しては,燃料噴射量の上限値を制御することを典型例とするものであり,引用例2 も,本願発明と同じく燃料噴射量を制御するものと理解できるから,この点からも, 本件審決が,引用例2にエンジンの出力トルクを制御することが記載されていると 認定した点に誤りはない。 以上のとおり,引用例2記載の事項の上記認定に誤りはない。 イ 制御がないことについて 本件審決は,相違点に係る本願発明の制御態様が容易に想到できることを示すた めに引用例2記載の技術的事項を認定したのであって,このような制御をコントロ ーラが行うことまでを認定したわけではない。なお,「制御」には,手動による選 択スイッチの操作も含まれる(乙3)。 (3) 引用例2記載の技術的事項の適用の誤りについて ア 引用例2記載の技術的事項における「整地・整正等の作業時」及び「微操作 を必要とする作業時」は,本願発明における「掘削が行われていないと判定された 場合」に相当すること 引用例2(【0008】)は,「整地・整正等の作業時」及び「微操作を必要と する作業時」と,作業量・パワーがより必要な作業時とされる「重掘削モード」及 び「掘削モード」とを分けて記載しており,これは,「整地・整正等の作業時」及 び「微操作を必要とする作業時」が,掘削作業時とは異なる作業時であることを示 している。また,「整地・整正等の作業時」及び「微操作を必要とする作業時」に おいて,「掘削が行われていない」ことは明らかである(乙4)。 さらに,本願明細書(【0087】)によると,本願発明における「掘削が行わ れていないと判定された場合」は「掘削が行われていると判定された場合」よりも 出力を要しない作業時を意味する。そうすると,引用例2の「整地・整正等の作業 時」及び「微操作を必要とする作業時」は「重掘削モード」及び「掘削モード」よ りも出力は必要としない作業時であるから,その技術的意味においても,本願発明 の「掘削が行われていないと判定された場合」と相違ない。 よって,引用例2記載の技術的事項における「整地・整正等の作業時」及び「微 操作を必要とする作業時」が本願発明における「掘削が行われていないと判定され た場合」に相当するとした本件審決の認定に誤りはない。 イ エンジンによって掘削力を発生させるものである点で,ホイールローダも油 圧ショベルも変わりはないこと ホイールローダについては,エンジンが走行装置及び作業機を駆動して掘削力を 発生させている(甲1,20,21)。一方,油圧ショベルについては,エンジン が作業機を駆動して掘削力を発生させている(甲2)。 そうすると,エンジンによって掘削力を発生させるものである点で,ホイールロ ーダも油圧ショベルも変わりはない。 ウ 引用例2記載の技術的事項を引用発明に適用することに困難性がないこと 引用例1には,掘削作業中か否かに応じて,可変容量型油圧ポンプを制御するこ とが記載されている。そして,作業車両において,作業内容によって変動する作業 機や走行装置にかかる負荷に応じて,作業機に伝達される出力を調整するために, それらを駆動する油圧ポンプ出力やエンジン出力を制御するものが周知の技術であ って,両者を密接に関連づけて制御することが自然なことであったことに照らせば, 引用発明においてエンジン出力の制御を行うことは,当業者が容易に想到し得たこ とである。 そして,引用例2には,掘削作業中か否かに応じて「エンジンの出力トルクを制 御する」ことが開示されており,引用例1及び引用例2が,掘削作業中か否かに応 じて作業機に伝達する出力を調整するための制御である点で共通することを勘案す れば,引用発明に,引用例2記載の技術的事項を適用する動機付けが存在する。 さらに,引用例2の制御を行う理由は,エンジントルクを最適な条件で使うこと (【0008】)であり,引用例1にエンジントルクを制御することが記載されて いなくても,エンジントルクを最適な条件で使うことは一般的な課題であるから, 当該課題を解決する観点からも引用例2記載の技術的事項を適用する動機付けが存 在する。 よって,当業者にとって,引用発明に,引用例2記載の技術的事項を適用するこ とに困難性はなく,本願発明は,引用発明及び引用例2記載の技術的事項に基づい て当業者が容易に発明をすることができたとする本件審決の判断に誤りはない。 第4 当裁判所の判断 1 取消事由(容易想到性に係る判断の誤り)について (1) 一致点の認定の誤り及び相違点の看過について ア 一致点について 本願発明は,特許請求の範囲の記載のとおり,エンジンの出力によって駆動され る作業装置と走行装置を作動させて掘削積込作業を行うホイールローダに関するも のであって,掘削が行われていないと判定された場合におけるエンジンの上限出力 トルクを制御するコントローラを備えている。よって,本願発明は,掘削作業が行 われていないと判定される場合には,エンジンを制御するコントローラを備えてお り,エンジンは,作業機を駆動する装置ということができる。 他方,引用例1には,エンジンの出力によって駆動される作業装置と走行装置を 作動させて掘削積込作業を行うホイールローダであって,掘削が行われていないと 判定された場合におけるエンジンにより駆動される可変容量型油圧ポンプの容量を 最大容量以下の所定容量に低減させ制御するコントローラを備えていることが記載 されている(【0033】)。エンジンにより駆動される可変容量型油圧ポンプは, 作業機を駆動する装置ということができるから,引用発明も,掘削作業が行われて いないと判定される場合には,作業機を駆動する装置(エンジンにより駆動される 可変容量型油圧ポンプ)を制御するコントローラを備えている。 したがって,本願発明も引用発明も,ともに掘削作業が行われていないと判定さ れる場合には,作業機を駆動する装置を制御するコントローラを備えている。 イ 本願発明と引用発明との一致点の認定を誤ることにより看過した相違点につ いての判断の欠落について 上記のとおり,引用発明における「エンジンにより駆動される可変容量型油圧ポ ンプの容量を制御する」ことと,本願発明における「エンジンの上限出力トルクを 制御する」こととは,「作業機を駆動する装置を制御する」という点では一致して いる。よって,本件審決がこれを一致点と認定したことに誤りはなく,原告が主張 するような,本願発明と引用発明との一致点の認定を誤ることにより看過した相違 点についての判断の欠落もない。 なお,原告は,エンジンと可変容量型油圧ポンプが一致するとはいえず,可変容 量型油圧ポンプの制御をしてもエンジンの出力制御をすることにならないなどと主 張する。しかし,本願発明も引用発明も,ともに掘削作業が行われていないと判定 される場合には,作業機を駆動する装置を制御するコントローラを備えていること は,前記認定のとおりであり,本件審決も,原告が主張するように「可変容量型油 圧ポンプ」が「エンジン」に一致するとか,「可変容量型油圧ポンプを制御する」 ことが「エンジンを制御する」ことに相当するなどと認定したわけではない。原告 の上記主張は,本件審決を正解しない主張である。 (2) 引用例2記載の技術的事項の認定の誤りについて ア 引用例2の記載と本件優先権主張日における技術常識 引用例2(【0008】【0009】)には,エンジントルクを選択スイッチで 選択することにより,@重掘削モード(作業量・パワーがより必要な作業時に用い る図23に示すようなエンジンの出力の定格出力点で合わせるもの),A掘削モー ド(通常の掘削積み込み作業時に用いるもの),B整正モード(整地・整正等の作 業時に用いる図24に示すようなエンジンの出力の75%パーシャル出力点で合わ せるもの)及びC微操作モード(微操作を必要とする作業時に用いる図25に示す ようなエンジンの出力の50%パーシャル出力点で合わせるもの)等の,作業現場 に合わせた条件で使えるようにすることが記載され,それぞれのモードでエンジン の出力が制御されていることが理解できる。なお,上記Bの整正モード及びCの微 操作モードにおいては,上記@の重掘削モードに比べ,エンジンの回転速度が75 %,50%に減少している(図23〜25)。 また,乙2(【0020】【0028】〜【0033】【0036】,図1〜 3)の記載によれば,乙2記載のホイールローダは,作業負荷の軽重,走行状態又 は必要な作業速度に応じて,エンジンの出力特性及び油圧ポンプにより駆動される 作業機流量の設定を選択してエンジン出力と油圧ポンプの容量を制御するものであ って,重負荷の作業を行えるH1モードが選択されたときには,エンジン本来の高 トルクのエンジンの出力特性E1とし,軽負荷時などに無駄な燃料消費を減らすL 1モードが選択されたときには,トルクを低下させたエンジンの出力特性E2とし, 適切なエンジンの出力トルクで作業を行うことができ,無駄な燃料消費を減らして 燃費を向上させるものであることが認められる。 そうすると,引用例2及び乙2の上記記載によれば,本件優先権主張日には,重 負荷モードではエンジントルクを大きくし,微操作モードではエンジントルクを小 さくするようなエンジンの制御を行うことが,当業者の技術常識であったことが認 められる。 イ 原告の主張について 原告は,引用例2においてはエンジン回転速度が減少しているのであって,エン ジン出力トルクは全く減少していないし,手動による選択スイッチの操作は「制 御」に相当するものではないなどとして,本件審決の引用例2記載の技術的事項の 認定が誤りであると主張する。 しかし,まず,作業者の手動による選択スイッチの操作も「制御」に含まれるこ とは明らかである(乙3)。 もっとも,引用例2において,エンジン回転速度の減少が図23〜25に記載さ れ,エンジン出力トルクの減少は直接的には記載されておらず,その意味で,本件 審決が認定した引用例2記載の技術的事項のうち,「整地・整正等の作業時に用い るエンジンの出力トルクカーブと微操作を必要とする作業時に用いるエンジンの出 力トルクカーブが,作業量・パワーがより必要な作業時に用いるエンジンの出力ト ルクカーブと通常の掘削積み込み作業時に用いるエンジンの出力トルクカーブより も低くなる」という部分は,適切とはいえない。しかし,引用例2(【0008】 【0009】)には,作業内容に応じてエンジントルクを選択スイッチで選択する ことで,@重負荷モード,A掘削モード,B整正モード及びC微操作モード等の作 業現場に合わせた条件で使えるようにすることが記載されており,エンジントルク を選択しこれを制御することが示されているのであって,作業者は選択スイッチで 所定のエンジントルクをいったん選択すれば,選択スイッチにつながった制御装置 によってエンジントルクが自動的に一定に保たれるものである。そして,作業者は, エンジントルクが一定となるよう選択スイッチを操作して,エンジントルクが大き くなりすぎたり小さくなりすぎたりすることを選択スイッチによって操作しつつ所 定のトルクを保つものではないことからすると,引用例2には,整地・整正等の作 業時(上記B)及び微操作を必要とする作業時(上記C)に用いるエンジントルク が,作業量・パワーがより必要な掘削作業時(上記@)に用いるエンジントルクよ り小さくなるようにエンジンの上限出力トルクを制御することが記載されている。 そして,引用例2及び乙2の上記記載によれば,重負荷モードではエンジントル クを大きくし,微操作モードではエンジントルクを小さくするエンジンの制御を行 うことが,本件優先権主張日において当業者の技術常識であったことは,前記アの とおりである。そうすると,本件審決の引用例2記載の技術的事項の認定には,必 ずしも適切とはいえない部分があるとしても,上記技術常識に照らし,上記認定に 本件審決を取り消すべき違法があるとまではいうことができない。 (3) 引用例2記載の技術的事項の適用の誤りについて ア 本願発明と引用例2記載の技術的事項との対比について 原告は,本願発明と引用発明の対象がホイールローダであって,引用例2に記載 の油圧ショベルとは技術的意義が異なるので,本願発明と引用例2記載の技術的事 項との対比が誤っていると主張する。 引用例2(【0008】)には,前記のとおり,B整正モードが用いられる「整 地・整正等の作業時」,C微操作モードが用いられる「微操作を必要とする作業 時」と並んで,@重掘削モードが用いられる「作業量・パワーがより必要な作業 時」,A掘削モードが用いられる「通常の掘削積み込み作業時」が例示されている。 これは,「整地・整正等の作業時」(上記B)及び「微操作を必要とする作業時」 (上記C)が,掘削作業時(上記@A)とは異なる作業時であることを示している。 そして,「整地・整正等の作業時」及び「微操作を必要とする作業時」において, 掘削が行われていないことは,乙4からも明らかである。 他方,本願明細書(【0087】)の記載によれば,本願発明における「掘削が 行われていないと判定された場合」は,「掘削が行われていると判定された場合」 よりも出力を要しない作業時を意味すると解される。 そうすると,引用例2の「整地・整正等の作業時」及び「微操作を必要とする作 業時」は,重掘削モード及び掘削モードよりも出力を必要としない作業時であって, 本願発明における「掘削が行われていないと判定された場合」に相当する。 よって,引用例2記載の技術的事項における「整地・整正等の作業時」及び「微 操作を必要とする作業時」が本願発明における「掘削が行われていないと判定され た場合」に相当するとした本件審決の対比に誤りはない。 イ 引用例2記載の技術的事項を引用発明に適用することについて 引用発明はホイールローダに関するものであり,引用例2は油圧ショベル等の建 設機械に関するものであるが,引用例2には,建設機械として油圧ショベルに限定 する記載はない。 また,油圧ショベルについては,エンジンが作業機を駆動して掘削力を発生させ ている(甲2)。そうすると,エンジンによって掘削力を発生させるものである点 で,ホイールローダも油圧ショベルも変わりはない。 このように,引用発明はホイールローダ,引用例2は油圧ショベル等の建設機械 に関するものではあるが,それぞれ,ホイールローダ又は油圧ショベルは例示とさ れているにすぎず,これらに限定される旨の記載はなく,また,両者は,建設機械 の制御技術,とりわけ,掘削作業中か否かに応じて作業機に伝達する力を制御する 技術で共通している。 さらに,本願明細書(【0132】)において,ホイールローダ以外の他の種類 の作業車両,例えば油圧ショベルに適用できることが本願出願当初から記載されて おり,また,本願出願当初には特許請求の範囲において作業車両の種類は特定され ていなかった(甲3)。このことからも,ホイールローダと油圧ショベルの技術は, 殊更に区別されるものではなく,当業者は相互の技術を適宜に参照するのであって, ホイールローダに油圧ショベルの技術の適用を試みることに,格別の困難はない。 ウ 動機付けについて 原告は,本願発明と引用発明の対象がホイールローダであって,引用例2の油圧 ショベルとは作業の実態が異なるので,引用発明に引用例2記載の油圧シャベルの 技術を適用することは,動機付けに欠けると主張する。 しかし,引用例1には,掘削作業中か否かに応じて,作業機に伝達する力を調整 するため,可変容量型油圧ポンプを制御することが記載されている。 そして,引用例2には,掘削作業中か否かに応じて「エンジンの出力トルクを制 御する」ことが開示されており,引用例1及び引用例2が,掘削作業中か否かに応 じて作業機に伝達する出力を調整するための制御である点で共通することを勘案す れば,引用発明に,引用例2記載の技術的事項を適用する動機付けが存在する。 よって,当業者にとって,引用発明に,引用例2記載の技術的事項を適用するこ とに困難性はなく,引用発明に,引用例2記載の技術的事項を適用し,「エンジン の上限出力トルクを制御する」ようにし,かつ「掘削が行われていないと判定され た場合のエンジンの上限出力トルクカーブが,掘削が行われていると判定された場 合におけるエンジンの上限出力トルクカーブよりも低くなるように,エンジンの上 限出力トルク制御する」ようにして,相違点に係る本願発明の発明特定事項とする ことは,当業者であれば容易に想到し得たことである。 (4) 小括 以上のとおり,本願発明は,引用発明に基づいて容易に想到することができたも のである。 2 結論 以上の次第であるから,原告主張の取消事由には理由がなく,原告の請求は棄却 されるべきものである。 知的財産高等裁判所第4部 裁判長裁判官 滝 澤 孝 臣 裁判官 部 眞 規 子 裁判官 齋 藤 巌 - 20 - |