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事件 平成 16年 (行ウ) 118号 特許料納付手続却下処分取消請求事件
原告 シンプレスガス インジェクション リミ テッド (特許登録原簿上の名称 ピールレス シンプレス リミテイド)
同訴訟代理人弁護士 熊倉禎男
同 吉田和彦
同 外村玲子
同 佐竹勝一
被告 特許庁長官小川洋
同指定代理人 千葉俊之
同 林慶子
同 小林進
同 佐藤一行
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2004/09/30
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求の趣旨
被告が原告に対し,特許第1788589号第10年分特許料納付書について平成14年2月4日付けで行った手続却下の処分及び特許同号第11年分から第13年分特許料納付書について平成14年2月4日付けで行った手続却下の処分を,いずれも取り消す。
事案の概要
本件は,原告が後記特許権の第10年分の特許料納付期限の追納期限の経過後に,第10年分の追納手続及び第11年分から第13年分の追納手続を行ったところ,被告が前記各納付書についていずれも手続却下処分を行ったことについて,原告が被告に対し,前記追納期限を徒過したことについて原告の責めに帰することができない事由があるとして,前記各却下処分の取消しを求めている事案である。
1 前提となる事実(当事者間に争いがないか,後掲各証拠によって認められる。) (1) 当事者(弁論の全趣旨) 原告は,窒素ガス発生装置,ガス圧縮装置,圧力制御装置及びノズル等の部品の製造販売並びにそれらの操作方法等の指導等を業とし,グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国に本店を有する法人である(なお,後記特許権の出願当時の名称は,「ピールレス シンプレス リミテイド」であった。)。
(2) 原告の有していた特許権(甲6) 原告は,次の特許権(以下「本件特許権」という。)を有していたところ,本件特許権は,平成12年7月18日第10年分特許料不納を原因として,平成13年3月28日付けで,抹消登録された。
特許番号 第1788589号 出願年月日 昭和59年5月11日(出願番号59-093067) 登録年月日 平成5年9月10日 発明の名称 射出成形方法および装置 (3) 本件特許権に係る特許料の納付書についての手続却下処分 ア 平成6年法律第116号による改正前の特許法(以下,特許法を単に「法」といい,同改正前の特許法を「改正前法」という。)107条1項,108条2項によれば,本件特許権の第10年分の特許料の納付期限は,平成12年7月18日であった。そして,改正前法112条1項によれば,この納付期限内に特許料を納付することができないときは,その期限が経過した後であっても,その期限の経過後6か月以内は,特許料の納付が認められているところ,その追納期間は平成13年1月18日までであった。
原告は,上記追納期限である平成13年1月18日までに改正前法所定の特許料及び割増特許料(以下「本件特許料等」という。)を納付しなかった。
イ 原告は,被告に対し,平成13年7月17日付けで,改正前法112条1項追納期間内に本件特許料等を納付できなかったことについて,法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由」が存在するとして,第10年分の特許料納付書を提出するとともに,同日付けで第11年分から第13年分の特許料の納付書を提出した(乙1,2)。
これに対し,被告は,同年11月26日付けで,第10年分の特許料納付書に係る手続については法112条の2第1項の規定による特許料納付書とは認められないことを理由として,また,第11年分から第13年分の特許料納付書に係る手続については権利消滅後の年分に係る特許料の納付であることを理由として,いずれも原告に却下理由通知書を送付した(甲3,4)。これに対して,原告は,前記第10年分の特許料納付書に係る手続の却下理由通知に対し,同年12月28日付けで,弁明書(甲8)を提出したが,被告は,平成14年2月4日付けで,前記各却下理由通知書に記載の各却下理由が解消されていないとして,各納付書について,各手続を却下する旨の処分を行った(甲1,2。以下「本件各処分」という。)。
ウ 原告は,平成14年4月12日付けで,本件各処分について異議申立てを行ったところ(14行服特許第8号,同第9号),被告は,平成15年12月17日付けで,前記各異議申立てをいずれも棄却する旨の決定を行った(甲5)。
2 本件における争点 本件特許料等を追納期間内に納付しなかったことについて,原告に法112条の2第1項所定の「その責めに帰することができない理由」が認められるか否か。
3 争点に関する当事者の主張 (原告の主張) 原告が改正前法112条1項に規定する追納期間内に第10年分の特許料を納付することができなかった理由は,原告が本件特許権の維持管理を委任している英国の特許法律事務所から原告に送付されるはずの更新通知が,原告と関係のない第三者に送付され,かつこれを受領した同人が特許料を支払わない旨のチェックをした上で前記英国事務所に返送したため,前記英国事務所はこれを信ずるほかなく,その結果原告は,更新通知を受けることができず,特許料を納付できなかったというものである。
すなわち,原告が特許料を納付できなかったのは第三者の不適切な指示行為に起因するものであり,原特許権者である原告の「責めに帰することができない理由」(法112条の2第1項)によるものである。
したがって,原告は,本件特許権について,改正前法112条1項の規定により特許料追納することができる期間内に本件特許料等を納付することができず,かつ,その理由がなくなった日から2月以内(原告は在外者である。)でその期間の経過後6月以内に本件特許料等を追納したものである。したがって,本件特許権は,法112条の2の規定による第10年分特許料の納付により回復されたものであり,特許権の回復が認められた結果,第11年分から第13年分特許料納付に関する納付書提出も,適法な納付手続であったというべきである。
しかるに,前記の事情を「原特許権者の責めに帰することができない理由」に該当しないとしてされた本件各処分は違法である。
(1) 法112条の2第1項所定の「その責めに帰することができない理由」の意義 ア 法112条の2第1項は,特許料の不納により失効した特許権の原特許権者に対し,特許料追納期間が経過した後についても,特許権の回復を認めることとした規定である。
同規定は,GATT・TRIPs協定(知的所有権の貿易に関連する側面に関する協定)に対応する目的で導入されたものであるから,その解釈は,国際調和(ハーモナイゼーション)を実現する方向でされなければならない。
イ 例えば,米国特許法施行規則1.378条(a)項は,遅延納付が避けられないものであった(unavoidable)又は故意でなかった(unintentional)場合には,長官は,特許料を受領することができると規定している。
そして,前者の「遅延納付が避けられないものであった」に関する同条(b)項は,特許料が期間内に支払われることを確保するために相当の注意(reasonable care)が払われていたから遅延納付は避けられないものであったこと(“The delay was unavoidable since reasonable care was taken to ensure that the maintenance fee would be paid timely”)の立証を要求している。そして,このような立証は,特許料の期間内の支払を確保するために採られるステップを列挙しなければならない(“The showing must enumerate the steps taken to ensure timely payment of the maintenance fee, ...”)とされている。
後者の遅延納付が「故意でなかった」場合については,回復の申立ては,半年の猶予期間後24か月以内でなければならず,そこで要求されている書面は,特許料の支払の遅延は,故意ではなかったという陳述(“A statement that the delay in payment of the maintenance fee was unintentional.”)のみである。
このように,米国法の下では,半年の猶予期間後24か月以内に申し立てるか,あるいは,相当の注意を払っていたことを立証すれば,基本的に,特許は復活する(他に,不納付に気付いてから速やかに手続を採ること等の要件はあるが)。
そうすると,法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由」は,ハーモナイゼーションを実現する方向から米国法の規定を勘案すると,(遅延納付が故意でなかった場合が含まれるかはともかく,)相当の注意を払ったにもかかわらず特許料追納期間が経過する前までに特許料を納付することができなかった場合を指すと解すべきである。
ウ さらに,法は,民法の特別法という面も存するところ,我が国の民法における債務不履行の損害賠償の要件である「責ニ帰スヘキ事由(民法415条)は,「故意・過失または信義則上これと同視すべき事由」と言い換えられ,故意とは,債務者が債務不履行という違法な結果の発生を意欲ないし認識すること,又はそうした行為であり,過失とは債務者が取引関係上一般に要求される程度の注意を欠いたために,債務不履行という違法な結果の発生を認識しないことであると解釈されている。しかして,「責ニ帰スヘキ事由」(民法415条)は,口語に直せば,「責めに帰することができる理由」ということであり,その裏返しは,「責めに帰することができない理由」である。したがって,通常の文言解釈としては,「責めに帰することができない理由」は,「責めに帰することができる理由」以外の理由,すなわち,一般に要求される程度の注意を欠いたことを指すというべきで,これは,前述の「相当の注意を払ったにもかかわらず特許料追納期間が経過する前までに特許料を納付することができなかった場合」を指すという解釈と符合する。
エ また,法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由」は,もともとは平成8年法律第109号による全面改正前の民事訴訟法(明治23年法律第29号。以下「旧民訴法」という。)159条(現行民事訴訟法における97条)の訴訟行為の追完の規定に由来するものと考えられるところ,同条の「その責めに帰することができない事由」の意義については,「一般人が自分の訴訟を追行する上に通常用いると期待される注意を尽くしても,避けられないと認められる事由」あるいは「訴訟追行のさい通常人なら払うであろう注意をしても避けられないと認められる事由」と解されており,後記のような「万全の注意」を尽くさなければならないという解釈が必ずしも支配的なわけではない。裁判例は,個別の事件に応じ,そのような事由が認められるかどうかを個別に判断している。
オ この点,特許権の保護と第三者による特許権の利用の保護との調和を図る必要があるなどとして,法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由により‥‥‥納付することができなかったとき」とは,「天災地変のような客観的な理由により追納期限内に追納できなかった場合」あるいは「通常の注意力を有する当事者が万全の注意を払ってもなお追納期限を徒過せざるを得なかったような場合」を意味するものと解する解釈もある。
もちろん,上記のような調和は重要であるが,その調和を図るために,そもそも法112条の3において,回復した特許権の効力は制限される等一定の配慮がされている。また,@問題となる特許は元来存在していた権利であり,期間満了前に,特許料不払を期待して,現実に特許原簿で特許権が消滅していることを確認して実施を開始するような者が多く存するとは想定できないこと,A仮にそのような者がいたとしても,個別の事情に応じ特許権の行使が権利濫用に当たるとすれば足りること,Bさらに「天災地変のような客観的な理由により追納期限内に追納できなかった場合」あるいは「通常の注意力を有する当事者が万全の注意を払ってもなお追納期限を徒過せざるを得なかったような場合」という解釈がとられた結果,現実には法112条の2が適用され,特許権の回復が認められたケースは皆無であり,これでは国内外の要請に基づいて法改正を行った趣旨が達成されないこと,C法112条の2の適用が認められないと,特許権の消滅という重大かつ取り返しのつかない結果を招来すること等を考慮すれば,前述のような厳格な解釈まで要求するべきではない。Bの点につき補足すると,「万全の注意」を要求するとなると,「万全の注意」を果たせばミス(さらにはそのミスによる不払)が起きるという事態はそもそも実際上あり得ないから,何らかのミスがあった以上,必ず「万全の注意」を尽くしていなかったとして,同条の適用が認められなくなるが,このような解釈が不当であることは明らかである。
カ ちなみに,法112条の2の趣旨について,特許庁編・工業所有権法逐条解説〔第16版〕295頁は,「このような条件としたのは,すでに法上設けられている拒絶査定不服審判や再審の請求期間を徒過した場合の救済条件や他の法律との整合性を考慮するとともに,@そもそも特許権の管理は特許権者の自己責任の下で行われるべきものであること及びA失効した特許権の回復を無期限に認めると第三者に過大な監視負担をかけることとなることを踏まえたものである。」と説明している。
このうち,Aは,「無期限」とされていることから,時期的制限に関するものと解される。そうすると,@が問題になるが,「自己責任」とはいっても,通常の注意を払っていたのであれば,「自己責任」を問うのは酷であり,適切ではないから,「自己責任」は「万全の注意」を要求する根拠とはならない。
キ したがって,法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由」とは,相当の注意を払ったにもかかわらず特許料追納期間が経過する前までに特許料を納付することができなかった場合を指すと考えるべきである(ただし,原告は,前記の厳格な解釈が採られた場合でも,本件では,「その責めに帰することができない理由」により,納付することができなかったということも主張する。)。
(2) 原告が第10年分特許料追納期間(改正前法112条1項)に納付することができなかった具体的事情について ア 本件特許権の管理状況 (ア) 原告は,本件特許権の維持管理を英国の特許法律事務所(Boult Wade Tennant事務所。以下「英国事務所」という。)に委託し,さらに日本の特許問題に関しては,英国事務所から日本国の中村合同特許法律事務所(以下「日本事務所」という。)に事務処理の指示を行うことによって処理していた。
a 原告・英国事務所間の法律関係 原告と英国事務所間の法律関係は,原告が本件特許権を含む原告の特許等の出願,手続の遂行,付与及び更新に関する管理を英国事務所に委託するというもので,委任関係類似のものと考えられる。
b 英国事務所・日本事務所間の法律関係 英国事務所は,日本の特許権の取得又は維持については日本事務所に指示することにより処理している。特許料の支払については,特別なケースを除き,管理契約等を締結しておらず,本件もそうであった。特許権者やその代理人らから日本事務所に特許料の支払の依頼があった時あるいはそれ以降に,特許料支払についての委任契約が成立する。
本件では,英国事務所から日本事務所に本件特許料を支払わないよう通知がされたのみであるから,特許管理又は特許料の支払について,英国事務所と日本事務所間には,何ら法律関係は存しなかった。
c 原告・日本事務所間の法律関係 原告と日本事務所は,英国事務所を介在させて手続を行っており,しかも,本件特許権の管理及び特許料の支払については,日本事務所と英国事務所との関係で,何ら法律関係は成立しなかったから,原告と日本事務所間にも法律関係はなかった。
(イ) 英国事務所の一般的な特許の維持管理システム 英国事務所の一般的な特許の維持管理システムは,次のとおりである。
英国事務所では,特許等の出願,手続の遂行,付与及び更新に関する包括的な記録は,すべて大型コンピュータ・システムで管理している。
そして,同事務所の記録部は,依頼者へ送付するリマインダー(催促状)の作成を含む特許更新等の処理をそのコンピュータ・システムの記録に基づき行っている。
特許更新の毎月のリマインダーは,次の方式に従い,毎月,各特許を保有する企業ごとにまとめて依頼者に送付される。
a コンピュータにより月毎に作成される更新のリマインダー @ 英国事務所では,各特許保有者(依頼者)に対する特許更新の通知は,第1回目のリマインダーに対して依頼者から回答がない場合には第2回目のリマインダーが,第2回目のリマインダーにも回答がない場合には第3回目のリマインダーが送付されるというように,最高3回の通知が依頼者に対して行われるシステムになっている。
まず,第1回目の更新のリマインダーは,特許又は特許出願の支払期日の3か月前に作成される。このリマインダーは,全部で3部作成され,一番上の写しと確認用の写しが一緒にとじられる。リマインダーは,各リマインダーが送付される依頼者の名称に従って,アルファベット順に作成される。英国事務所の郵便担当部がチェックし,封入して依頼者にリマインダーが郵送される。
更新のリマインダー文書には,依頼者がチェックするための2つの空欄が記載されている。1つには「特許料を支払う。」と書かれてあり,もう1つには「特許料を支払わない。」と書かれてある。その他更新のリマインダー文書には,日付と署名の記入欄がある。
依頼者は,特許を更新するために「特許料を支払う。」(「Fee tobe paid」)の空欄,又は「特許料を支払わない。」(「Fee is NOT to be paid」)の空欄のいずれかにチェックをし,日付と署名をした上で,英国事務所に返送する。
A 依頼者から第1回目の更新のリマインダーに対する返答がされない場合には,第2回目の更新のリマインダーが,支払期日の2か月前に作成され,第1回目の更新のリマインダーと同じ方法で依頼者に郵送される。
B 第1回目及び第2回目のリマインダーのいずれに対しても依頼者が返答をしない場合には,第3回目の更新のリマインダーが,更新料が支払期日を迎える月の月末ころに作成される。
第3回目のリマインダーの一番上の写しは,依頼者に郵送されるが,確認用の写しは,英国事務所のパートナー(経営者)又はテクニカルアシスタントに,特許又は特許出願のためにコンピュータ入力された事項書類とともに回される。
そして,この確認用の第3回目のリマインダーの写しを受け取ったパートナーは,当該事件の性質に応じて,電話等で直接依頼者と連絡をとり,納付要否の確認をする等の措置をとることになっている。
b 依頼者から指示を受領した後 @ 依頼者からの特許又は特許出願を更新する指示は,記録部の担当者がコンピュータに入力する。海外の案件についての指示である場合は,更新料を支払うよう,当該国の特定のアソシエート(提携者)に対してコンピュータが手紙を作成する。
A 依頼者の指示が更新料の支払を行わないというものである場合,記録部は次の手続に従う。
出願中の特許の場合は,依頼者からの指示の写しは,より詳細な指示を記録部に与えるよう依頼されている英国事務所のパートナー若しくはテクニカルアシスタントに送付される。
特許が付与されている場合は,依頼者に対し,特許権を維持しないという指示を受領したことを知らせる手紙を作成する。海外の案件の場合は,当該国の特定のアソシエートに対して,特許を更新しないという依頼者の指示を通知する別の手紙が作成される。
c 依頼者からの指示がない場合 第3回目の更新の通知に対する返答がない場合,記録部は自動的にはそれ以上の処置をとらない。
このように,英国事務所では更新手続漏れが生じないよう,依頼者に対し3回ものリマインダーを送信するシステムを構築し,ミス防止のために万全の体制を構築していた。
(ウ) 本件特許権の具体的更新手続 a 英国事務所の記録部は,本件特許権の第10年分特許料納付の期限が平成12年(2000年)7月18日であったため,前述の通常のシステムに従い,第10年分特許料納付の要否について照会のリマインダーを支払期日の約3か月前の平成12年(2000年)4月28日付けで依頼者に郵送した。
しかし,第1回目のリマインダーに対する原告からの返答がなかったため,英国事務所は,前述の当事務所のシステムに従って納付期限の約2か月前の平成12年(2000年)5月22日付けで依頼者宛に第2回目のリマインダーを郵送した。
b そして,英国事務所は,第2回目のリマインダーに対する依頼者からの返答を平成12年(2000年)6月26日に受領した。
返信では2通とも「特許料を支払わない。」の欄にチェックがなされ,署名と日付が記されていたものである。
c 英国事務所の記録部は,この返送されたリマインダーの特許料を支払わない,すなわち特許を更新しないとの指示に基づき,同事務所の日本の提携法律事務所である日本事務所宛に平成12年(2000年)7月11日付で,「第10年分特許料納付不要」との指示をした。
イ 英国事務所の通知の第三者への送達 (ア) 原告は,平成13年(2001年)6月12日,日本におけるライセンシーからの特許が存続しているか否かを問い合わせる電子メールによって,本件特許権の特許料が納付されず,これにより本件特許権が消滅してるという事実を初めて知った。驚いた原告は,直ちに英国事務所に事情確認を依頼した。
(イ) 英国事務所への事情確認の依頼と並行して,原告は即座に社内調査を行ったが,本件特許権を放棄する旨の指示(特許料納付不要の旨の指示を含む。)を原告から英国事務所にしたという記録・事実は原告側には全く存在しなかった。
(ウ) 英国事務所は,前記の第10年分特許料納付不要の旨を記して返送されたリマインダーを調べ直したところ,これにされていた署名は,「P」と判読された。
しかし,この署名は,原告の本件特許権に関する責任者によりなされたものではなく,また受領印も原告によるものではなかったことが初めて明らかになった。
(エ) そこで,英国事務所は,「P」と読める署名から,この署名を行った人物を特定すべく即座に調査を行った。
具体的には,英国事務所は,前記リマインダーにおける「June-8 2000」の受領印及び「6/21/2000」という日付の記入方法から,これらが米国にいる人物により署名されたものであると推察し,米国特許庁に登録されている弁護士のリストでファーストネームがPである人物を調べた。すると,アメリカ合衆国テキサス州(以下略)の弁護士Pという人物が存在することが判明した。
ウ 第三者の不適切な行為の介入 (ア) 英国事務所は,平成13年(2001年)6月19日にPに対して,本件についての問合せの手紙とともに,署名され返送された第2回目のリマインダーの写しをファクスで送り,同年6月25日に電話でPと話をした。
すると,同人は,当時,シラス ロジック・インク(Cirrus Logic,Inc.)に勤務していたこと,確認のためにファクスで送った本件特許更新のリマインダーの写しに記載された署名が同氏のものであることを明確に認めた。この署名がPの署名に間違いのないことは,英国事務所がシラス ロジック・インクの特許権の更新に関して同社へ発送した平成12年(2000年)4月28日付け第1回目のリマインダーの回答書(平成12年(2000年)7月20日付け)にある同人の署名と一致していることからも明らかである。
(イ) このように,本件特許権に関する当該第10年分特許料納付要否照会リマインダーは,実はシラス ロジック・インクに送達されていたことが判明した。なぜ原告に送達されるはずのリマインダーが同社に送達されたかは今となっては想像するしかないが,平成12年(2000年)5月22日に英国事務所によりコンピュータで発行された第2回目のリマインダーの束は,アルファベット順に原告用の第2回目のリマインダーとシラス ロジック・インク用の第2回目のリマインダーが隣り合って作られたものであって,おそらく,両方のリマインダーは,シラス ロジック・インク用のリマインダーが上になった状態で,一緒に,窓付き封筒(透明なビニールののぞき窓がありそこから手紙の宛先が外から読めるようになった封筒)に入れられて発送されたものと推察せざるを得ない。
シラス ロジック・インク担当者は,受領した際に間違って英国事務所から送付されたことに気付かず,指示要求は両方とも,当該要求がシラス ロジック・インクのみに関するものであるかの如く扱って,Pにより回答されたのである。
(ウ) すなわち,特許権者によりされたと思われた本件特許権の「特許料納付不要」の指示というのは,実は特許権者が与えたものではなく,特許権者とは何ら関係のない第三者により与えられたものであったことは明らかである。
エ 「相当の注意」が払われていたというべきであること このように,本件では正しく原告の宛名が書かれていたにもかかわらず,リマインダーの第2回目の更新の通知が,他の特許権者へのリマインダーとともに,当該他の特許権者であるシラス ロジック・インクへの更新通知とともに発送されたということが発端となったのである。
しかし,通常は,上記トラブルが致命的な結果になることは有り得ないことである。
すなわち,名宛人ではない者が当該通知を受領した場合,通常は,英国事務所に問合せを行うか,又は当該更新通知を英国事務所へ返送するか,あるいはそのような通知を自己とは無関係なものとして,単に無視することが通常の反応である。そして,英国事務所は,問合せ又は返送があれば,当該更新通知を,正しい当事者(本件においては原告)に対して,送り直すことができたはずである。また,無視された場合には,リマインダーへの回答がないものとして,原告への第3回目のリマインダーが発行され,原告は指示を出すか,又は本件特許権の重要性に鑑みれば,英国事務所担当者が,直接原告担当者に電話をして意思を確認したはずである。
しかし,本件では,第2回目の更新の通知を受領した米国人の弁護士が,何らの権限もない無関係な第三者でありながら,特許料を支払わないという旨の表示を勝手に回答用紙に記載した上で,これを英国事務所に返送するという通常想定し難い事態が発生したのである。また,通常,通信の受領印には,受領を示す文言(「RECEIVED」),受領日及び受領者を示す記名が含まれるが,シラス ロジック・インクの受領印には,「RECEIVED」及び受領日(JUN-8 2000)の記載があるものの,受領者を示す記名が含まれていなかった。仮に,シラス ロジック・インクが通常の受領印を使用していれば,英国事務所の記録部担当者は,本来受領すべきでない第三者がリマインダーを受領したことに気付くことができたが,本件ではこのような記載は存しなかった。
したがって,英国事務所は,当該更新通知の回答用紙が原告担当者により記載され返送されたものではないことを知る術は何もなかったものである。
このように本件で生じた事態は,極めて例外的で,全く予期しえない出来事であって,適切に構築され,かつ,通常の状況においては有効な英国事務所の特許料納付の管理手続によっては,予期することのできないものであった。すなわち,本件は,何ら関係のない第三者の直接的行為により生じた,全く例外的な出来事であり,明らかに原告及び英国事務所双方の管理可能な範囲を超えるものである。
112条の2第1項の要件の根拠として,特許権の管理は,特許権者の自己責任の下で行われるべきものであることが挙げられるが,本件では,まさに自己責任の範囲を超えた理由により,特許料を納付できなかったものである。
さらに,英国事務所は,人間には不注意によるミスがありうることを前提に,最高3回の更新通知(リマインダー)を送るようなシステムを構築し,依頼者と事務所のどちらがミスをしたとしても,「不要」という通知が送付されるという積極的な行為がない限り,そのミスが致命傷にならないようなシステムになっていた。第2回目の更新通知(リマインダー)が,原告に送付されず,第三者に送付されてしまったとしても,通常の事態においては,これを回復するシステムを構築していたのである。
したがって,以上のとおり,本件において原告が特許料を納付しなかったことは,故意でなかったことは勿論,到底予期できない,原告がコントロール可能な範囲を超えた第三者の行為が介入したことに起因するもので,相当の注意を払ったにもかかわらず特許料追納期間が経過する前までに特許料を納付することができなかったことは明白である。したがって,本件は,法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由により‥‥‥納付することができなかったとき」に該当する。
オ 「万全の注意」が支払われていたというべきであること (ア) さらに,仮に,法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由により‥‥‥納付することができなかったとき」とは,「天災地変のような客観的な理由により追納期限内に追納できなかった場合」あるいは「通常の注意力を有する当事者が万全の注意を払ってもなお追納期限を徒過せざるを得なかったような場合」を意味するものと解するとしても,本件は,このような場合に該当するというべきである。
すなわち,「通常の注意力を有する当事者」も,人間である以上,「万全の注意を払っても」1000回に1回,あるいは1万回に1回はミスをすることがありうるのである。英国事務所のシステムは3度ものリマインダーを送付することをシステムとして組み込んであり,このようなミスがあっても,第三者による「不要」という不実の回答がなされない限り,不払が生じないような万全の態勢が取られていたのである。したがって,本件では,「万全の注意を払って」いたというべきである。このように解さないと,「万全の注意を払っても」人間が起こしうるミスを想定し,通常考えられるあらゆる事態を想定してシステムを構築する努力を否定するものであり,結果責任を認めるに等しく,法112条の2の存在意義を全く失わせるのである。すなわち,この「万全の注意」を文字どおり厳格に考えた場合,「万全の注意」を果たせばミスによる不払が起きることはありえず,ミスがあった以上,必ず「万全の注意」を尽くしていなかったとして,同条の適用が認められなくなるが,このような解釈が不当であることは明らかである。
(イ) また,被告の主張する「天災地変のような客観的な理由により追納期限内に追納できなかった場合」あるいは「通常の注意力を有する当事者が万全の注意を払ってもなお追納期限を徒過せざるを得なかったような場合」とは,天災地変のようにいわば原特許権者のコントロールの及ばない場合にまで特許権が回復しないという不利益を負わせるべきでないということであり,そうであるとすれば,本件のように通常予想しえない第三者の行為の直接的介入こそ,原特許権者のコントロールの及ばない場合にあたることは明らかである。
被告は,原告の代理人である英国事務所が第2回目のリマインダーを誤発送したことが,第三者の不適切な指示の原因であるところ,このような誤発送は,通常の注意力を有する者が万全の注意を払えば,当然に避け得るものであると主張する。しかし,「その責めに帰することができない理由により‥‥‥納付することができなかったとき」であったかどうかは,原特許権者の一連の行為を総合的に評価して決すべきであり,その行為の一部のみを見て決めるべきではない。極めて多数の事務的な処理を行うにあたり,誤発送を完全に無くすことはできないから,英国事務所においては1回のミスがあっても,第三者の故意又は重過失に当たると見られるような行為がない限り,ミスを回復できるシステムを構築していたのであり,本件のように,そのようなシステムにおいて,原特許権者のコントロール不能な第三者の重過失に当たる行為が介入した場合は,「その責めに帰することができない」と総合評価すべきである。そうでないと,原特許権者に,実際上不能を強いることになる。
また,返送された通知書のサインが原告によるものであるかの確認まで要求することは不当といわざるを得ない。というのも,確実な確認方法としては,返送されたサインが原告によるものかを1件1件電話等で確認することが考えられるが,多数の特許等を管理している特許事務所の現状及び署名付きでの返信を受領している事情を考えれば,そのような確認方法が非現実的であることは明らかである。また,その確認方法として,回答者に署名だけでなく所属や権利者名も記載させるという方法が考えられるが,権利者名については,本件では既にリマインダーの左上に宛名として印字されているため,改めて記載させるのは,顧客に対し,無用な手間をかけるものである。このように権利者名(社名)も記載させる方法は,受信者全員に同一内容の通知が送られるような場合に採用されるもので,受信者により内容が異なる場合には通常採用されていない方法である。また,所属は,どの会社でも同じような名称が使用されるから,その記載を要求しても無意味である。
さらに,通知書の記載から特許権の消長にかかわる極めて重大な通知であることは当然明らかであり,このような重大な通知について,特許料の担当者が,無権限で特許料を支払わない旨の指示をすることこそ,全く想定し得ない事態であることは明らかである。
以上のとおり,被告の主張するような確認方法をとるべきであったという想定自体が不当又は非現実的であり,もはや相当の注意はもちろん,通常の注意力を有する者が万全の注意を払ったというべきである。不可能な確認手段や現実に行われていない過度の注意を求めることは,決して法の求めるところではない。
(ウ) したがって,本件のような場合は,前記の厳格な解釈が採られたとしても,特許権者に帰責事由はないというべきである。
(3) 結論 以上のとおり,本件各処分には法律解釈の誤りがあるから,違法なものとして取り消されなければならない。
(被告の主張) (1) 法112条の2第1項の解釈について ア 特許料の不納により消滅した特許権の回復について規定する法112条の2は,平成6年法律第116号による法の改正により新たに設けられたものである。すなわち,同改正前の法においては,第4年分以降の特許料の納付は,その納付期限を経過した後であっても,6か月間(追納期間)に限り割増特許料を併せて納付することを条件として追納が認められており(改正前法112条1項,法112条2項),この追納期間も徒過してしまった場合には,当該特許権は納付期限の経過の時にさかのぼって消滅したものとみなされ(法112条4項),事情のいかんを問わず,その失効した特許権の回復は認められていなかった。
イ しかし,工業所有権の保護に関する千八百八十三年三月二十日のパリ条約(以下「パリ条約」という。)が,「工業所有権の存続のために定められれる料金の納付については,少なくとも六箇月の猶予期間が認められる。ただし,国内法令が割増料金を納付すべきことを定めている場合には,それが納付されることを条件とする。」(パリ条約5条の2第1項)と規定するとともに,「同盟国は,料金の不納により効力を失った特許の回復について定めることができる。」(パリ条約5条の2第2項)と規定していること,また,諸外国においても,当該条約の規定に相当する特許料の不納により失効した特許権の回復を認める制度が設けられており,我が国においてもこれを認めるべきであるとの要望が国内外から寄せられていたこと,さらに,平成6年9月の工業所有権審議会答申「特許法等の改正に関する答申」の中でも,一定の条件のもとに特許料の納付期限徒過により失効した特許権の回復を認めるべきとの答申がなされたことから,前記法改正により,法112条の2を新設し,特許料追納による特許権の回復の制度を設けたものである。
ウ ところで,法112条の2第1項において,「その責めに帰することができない理由」との要件が定められた理由は,上記の法改正以前から,拒絶査定不服審判の請求期間(改正前法121条2項)や再審の請求期間(改正前法173条2項)を徒過した場合の救済の要件として,「その責めに帰することができない理由」が定められていたこと,旧民訴法159条1項(現行法における97条1項)等の他の法律においても,ある手続を一定の期間内に行うことができなかった場合の救済の要件として同様の要件が定められていたこと等の整合性を考慮したものである。
したがって,「その責めに帰することができない理由」(法112条の2第1項)の解釈に当たっては,天災地変のような客観的な理由に基づいて手続をすることができない場合,あるいは通常の注意力を有する原特許権者が万全の注意を払ってもなお特許料追納期間内に特許料を納付できないような主観的な理由がある場合に限られると解すべきである。
エ 「TRIPs協定」は,加盟国に対して内国法の制度や解釈を他の加盟国のそれと同様にすることを求めるものではない。また,パリ条約においては,「料金の不納により効力を失った特許の回復」について,国内法を立法するか否かは,同盟国各国の自由とされている。すなわち,「特許の回復」について,我が国が法に規定をおくか否かはもちろんのこと,いかなる要件の下に「特許権の回復」を認めるかについても,あげて立法政策の問題である。
(2) 本件特許権に係る第10年分の特許料等を追納期間内に納付できなかった理由が「その責めに帰することができない理由」(法112条の2第1項)に該当しないこと ア 英国事務所において,原告宛てに発送すべき「第2回目のリマインダー(催促状)」を「シラス ロジック・インク」宛ての封筒に誤って入れ,発送したことが,原告の主張する「第三者の不適切な指示」の原因であるところ,このような誤発送は,原告の代理人として,本件特許権の維持管理事務を行っていた英国事務所の担当者の事務手続上の極めて初歩的なミスにほかならない。
このような初歩的なミスは,通常の注意力を有する者が万全の注意を払えば,当然に避け得るものであって,英国事務所の担当者の過失に起因するものと言わざるを得ない。
イ さらに,前記リマインダーには,原告に対して「本通知を無視した場合には,貴殿の知的財産権が危機に直面するでしょう。」と記載されており,原告にとっても,英国事務所にとっても,本件特許権の消長にかかわる極めて重要な通知であることは,英国事務所の担当者も当然に認識することができた事実である。そうであるにもかかわらず,英国事務所の担当者は,第2回目の更新通知に対する回答が誰から返送されたものであるのか,前記回答にされたサインが原告によるものであるのかなどについての確認もしてない,あるいは確認をしたがそれが原告以外の者から返送されたものであること等を見落としたことは明らかである。
このように英国事務所が第2回目の更新通知に対する回答の確認を怠った,あるいは確認をしたが誤りを見落としたことは,通常の注意力を有する者が万全の注意を払えば,当然に避け得るものであって,英国事務所の担当者の過失に起因するものと言わざるを得ない。
ウ ところで,特許権の維持管理をどのように行うかはすべて本人の意思に委ねられているのであるから,本人の過失について本人が責任を負うことはもちろん,原告が本件特許権の維持管理を英国事務所に委ねた場合,英国事務所は本人から選任され,本人の委託を受けて本人の名をもって特許料等の納付管理を行うのであるから,当該委託を受けた事務所の過失により特許料等の納付について,追納期間を徒過した場合に,本人である原告がその責めを負うことは当然である。
したがって,原告の代理人である英国事務所が第2回目の更新通知の送付を誤り,「シラス ロジック・インク」から返送された前記更新通知に対する回答が原告からの回答でないことの確認を怠ったことの責めを,原告が負うことは当然であり,法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由」がある場合には該当しない。
エ 以上のとおり,本件特許権の第10年分特許料追納期間を徒過したことは,「シラス ロジック・インク」の不適切な指示行為に起因するものであるから,原特許権者である原告の「責めに帰することができない理由」に該当するとの原告の主張は,法112条の2第1項の解釈を誤るものであって,失当である。
(3) 結論 以上のとおりであるから,本件特許権の第10年分の特許料追納期間内に納付されなかったことについて,法112条の2を適用することはできず,第10年分納付書の手続を却下した処分は違法である旨の原告の主張が失当であることは明らかである。
また,第10年分の特許料が適法に納付されなかったため,本件特許権は消滅しているのであるから,第11年分ないし第13年分納付書を本件特許権消滅後の納付であり,不適法なものであるとして手続却下した処分は適法なものであり,これを違法という原告の主張が失当であることは明らかである。
したがって,本件各却下処分はいずれも適法であり,原告の請求にはいずれも理由がない。
争点に対する判断
1 法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由」の意義 (1) 特許法は,特許料の納付期限について,第1年から第3年までの各年分の特許料を納付して特許権の設定の登録が行われた後の第4年以後の各年分の特許料は,前年以前に納付しなければならないと定め(法108条2項本文),この納付期間内に特許料を納付することができないときは,その期間が経過した後であっても,その期間の経過後6月以内にその特許料追納することができると定めている(法112条1項)。そして,この6か月の追納期間内に,納付すべきであった特許料及び割増特許料を納付しないときは,その特許権は,本来の納付期間の経過の時にさかのぼって消滅したものとみなされる(法112条4項)。しかるに,法112条の2第1項は,法112条4項の規定により消滅したものとみなされた特許権の原特許権者は,その責めに帰することができない理由により法112条1項の規定により特許料追納することができる期間内に同条4項に規定する特許料等を納付することができなかったときは,その理由がなくなった日から14日(在外者にあっては,2月)以内でその期間の経過後6月以内に限り,その特許料等を追納することができると定めている(法112条の2第1項)。
そして,前記「前提となる事実」(前記第2,1)によれば,本件特許権については,改正前法の規定による第10年分の特許料の納付期限は平成12年7月18日であり,その追納期限は同13年1月18日であるところ,原告は,同追納期限までに改正前法所定の第10年分の特許料及び割増特許料を納付しておらず,原告が第10年分の納付書を提出したのは,追納期限が経過した後である同年7月17日であったというのである。そうすると,原告が前記納付書を提出したのは,本件特許権の特許料追納期限が経過した後であるから,法112条4項により,本件特許権は,平成12年7月18日の経過の時にさかのぼって消滅したものとみなされる。したがって,原告の前記納付書の提出による第10年分の特許料の納付が,法112条の2第1項の要件を充たす追納と認められない限り,原告が同納付書の提出による特許料の納付によって本件特許権を回復することはできないこととなる。
(2) 被告は,原告に法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由」があるとは認められないことを理由として,前記納付書を却下したものであるところ,原告は,法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由」との文言の解釈は,ハーモナイゼーションを実現する方向でなされなければならないから,米国特許法の規定を参考にして解釈しなければならず,「相当の注意を払ったにもかかわらず特許料追納期間が経過する前までに特許料を納付することができなかった場合」を指すものと主張し,また,仮にこれを「天災地変のような客観的な理由により追納期限内に追納できなかった場合」あるいは「通常の注意力を有する当事者が万全の注意を払ってもなお追納期限を徒過せざるを得なかったような場合」を意味するものと解したとしても,原告の前記納付書の提出による第10年分の特許料の納付は,この要件に該当すると主張する。
(3) そこで検討するに,法112条の2第1項にいう「その責めに帰することができない理由」とは,これが本来の特許料の納付期間の経過後,さらに6か月間の追納期間(法112条1項)が経過した後の特許料納付という例外的な取扱いを許容するための要件であり,その文言の国語上の通常の意味や訴訟行為の追完を定めた旧民訴法159条1項(現行法における97条1項)の「その責めに帰することができない事由」の解釈に照らせば,これと同一の文言である法121条2項,173条2項の「その責めに帰することができない理由」と同様,天災地変等のように,通常の注意力を有する当事者が万全の注意を払ってなお追納期間内に納付できなかった場合のことを意味するものと解するのが相当である。
この点に関し,原告は,同文言は,米国特許法の規定と同様に,故意でなかった場合や相当な注意を払った場合を指すものと解すべきである旨を主張するが,パリ条約5条の2第2項の規定に照らしても,特許権の回復についてどのような要件の下でこれを容認するかは各締結国の判断にゆだねられているものであって,米国特許法の規定とわが国の法の規定とを同一に解釈しなければならないというものではない。
また,原告は,原特許権者に万全の注意を要求することは,法112条の2の適用による救済を事実上認めないことを意味し,また,特許権の管理を原特許権者の自己責任とする見地に立っても,通常の注意を払っていたのであれば,自己責任を問うのは酷であるなどと主張する。しかし,上記に判示したとおり,同条が特許料の本来の納付期間及びその追納期間である6か月間をも徒過した場合に例外的な救済を与える制度であること等に照らせば,上記のとおり解釈するのが相当である。原告の主張は,採用できない。
2 本件における「その責めに帰することができない理由」(法112条の2第1項)の存否 (1) 原告は,本件特許権の管理を英国事務所に委任していたところ,英国事務所においては,3回にわたるリマインダー(催促状)の発送により,更新料支払の意思を依頼者に確認するシステムを構築していたが,誤発送された第2回目のリマインダーを受け取った米国弁護士Pが,更新料支払不要のチェックをして返送してくるという予測できない第三者の不適切な行為が介入した結果,追納期限を徒過するに至った旨主張し,甲7,9ないし11にはこれに沿った記載がある。
(2) そこで,原告主張の事実関係(前記「争点に関する当事者の主張」欄(前記第2,3)の原告の主張(2)参照)を前提として,「その責めに帰することができない理由」(法112条の2第1項)の存否を検討すると,原告が本件特許料等を追納期限までに納付しなかった過程には,原告が本件特許権の管理を委任していた英国事務所が,特許料納付意思の確認のための原告宛の第2回目のリマインダーを別の者に誤発送した行為が存し,かかる重要な書面を誤発送したことについて,英国事務所の過失が認められる。このように,原告が本件特許権の管理を委任していた英国事務所に過失が認められる以上,通常の注意力を有する当事者が,万全の注意を払っていても特許料等を納付できなかったとはいえず,「その責めに帰することができない理由」(法112条の2第1項)があるということはできない。
この点,原告は,原告が管理を委任していた英国事務所は,更新料支払の要否について,たとえ連絡ミスが生じても適正な措置を講じ得るよう,3度にわたってリマインダーを発送する仕組みをコンピュータシステムを導入して構築していたところ,本件においては,原告と何ら関係のない第三者が更新料支払不要のチェックをして返送するという予測し難い不適切な行為が介在したのであって,原告は本件特許権の管理について相当な注意を払っていたし,さらには万全な注意をも払っていた旨主張する。
しかし,原告が追納期間内に特許料等を納付するに至らなかった経緯をみると,英国事務所が第2回目のリマインダーを誤って発送するという行為が介在しているところ,これは英国事務所の担当者が別の者(他の依頼者)宛の封筒に原告宛のリマインダーを同封するという初歩的な過誤によるものであり,加えて,英国事務所は,上記米国弁護士から返送された回答書に同人の署名がされており,原告による受領印も原告の責任者による署名もされていないことを看過したものであり,英国事務所において相当な注意を払っていたということができないのは明らかである。そして,英国事務所は原告の委託を受けて特許料等の納付行為を行っていたものであるから,英国事務所の担当者の過失につき原告がその責めを負うのは当然である。また,原告自身においても,英国事務所から送付された第1回目のリマインダーに回答しなかったにもかかわらず,英国事務所からの第2回目以降のリマインダーの送付について意を払わなかった点において(原告が被告に提出した宣誓供述書提出書(甲7)中の英国事務所記録部マネジャーであるノービビ・シンプソンの宣誓供述書第9項の記載によれば,英国事務所は第2回目リマインダーに対する回答書を受領した旨を原告に通知しているが,原告がこれに対して英国事務所に問合わせ等をした事実は窺われない。),過失の責めを免れることはできない。
上記によれば,原告主張の事実関係を前提としても,本件において,法112条の2第1項の「その責めに帰することができない理由」があるということはできない。
3 結論 したがって,本件特許権の第10年分の特許料追納期間経過後にされた同特許料の納付は,原特許権者の「責めに帰することができない理由」に基づく追納期間の延長が認められないのであるから,これを不適法として却下した被告の処分は適法である。そして,第11年分ないし第13年分の特許料の納付は,第10年分の特許料の不納付によって本件特許権が消滅した後の納付であるから,これを不適法として却下した被告の処分もまた適法である。
以上によれば,本件各処分はいずれも適法であり,原告の請求はいずれも理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 古河謙一
裁判官 吉川泉