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事件 平成 22年 (行ケ) 10144号 審決取消請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 知的財産高等裁判所 
判決言渡日 2011/06/07
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成23年6月7日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官

平成22年(行ケ)第10144号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成23年5月17日
判 決

原 告 カール ツァイス イエナ ゲゼルシャフト
ミット ベシュレンクテル ハフツング

訴訟代理人弁護士 山 田 基 司
弁理士 松 田 省 躬
被 告 特 許 庁 長 官

指 定 代 理 人 森 林 克 郎
北 川 清 伸

田 部 元 史
田 村 正 明



主 文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と

定める。



事 実 及 び 理 由

第1 原告の求めた判決

特許庁が不服2008−5103号事件について平成21年12月22日にした

審決を取り消す。



第2 事案の概要




本件は,特許出願に対する拒絶査定に係る不服の審判請求について,特許庁がし

た請求不成立の審決の取消訴訟である。争点は,進歩性の有無である。
1 特許庁における手続の経緯
原告は,平成9年6月4日,名称を「顕微鏡光路中の短パルスレーザビームの結合

のための装置およびその方法」とする発明について,特許出願(パリ条約による優
先権主張 1996年6月4日,ドイツ連邦共和国,特願平9−160631号,

特開平10−68889号) をしたが,平成19年11月28日付けで拒絶査定
受けたので,平成20年3月3日,これに対する不服の審判を請求した。
特許庁は,上記請求を不服2008−5103号事件として審理した上,平成2

1年12月22日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本
は平成22年1月7日原告に送達された(出訴のための附加期間90日)。

2 本願発明の要旨
平成21年10月19日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲の請求

項1に係る本願発明は,以下のとおりである。
【請求項1】レーザパルスを顕微鏡の光路に結合するためにレーザを伝送する少な


くとも一つの光ファイバと,ピコ秒からフェムト秒までのパルス幅を有する短パル

スレーザと,少なくとも一つの光ファイバの間に配置され,レーザパルスの光路長

を各波長毎に変更する光学配列と,からなる,短パルスレーザから供給されるレー

ザパルス形およびパルス幅を光ファイバ進入口と出口とで一致させて顕微鏡の光路

に結合する装置。」
3 審決の理由の要点

(1) 本願発明は,引用例1(特開平4−307510号公報,甲1)に記載さ

れた引用発明並びに引用例2(特開平5−273129号公報,甲2) 引用例3
, (本

願の優先日前に頒布された刊行物である G. J. Brakenhoff, et.al., "Femtosecond pulse

width control in microscopy by two-photon absorption autocorrelation", Journal of

Microscopy, Vol. 179, Pt3, Septmber, 1995, pp.253-260,甲3),引用例4(特開平3




−294815号公報,甲4)及び引用例5(特開平1−233416号公報,甲

5)に記載された事項及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることが
できたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができな
い。

(2) 審決がした引用発明の認定,引用発明と本願発明との一致点及び相違点の
認定並びに相違点についての判断は,次のとおりである。

【引用発明】
「パルス光源30からのパルス状のプローブ光は,光ファイバである光ガイド32
およびセルフォックレンズ34を経て近接場走査光学顕微鏡の光学探針28内に入

射し,パルス光源30としては,半導体レーザ励起のモード同期Nd:YLFレー
ザ等を使用し,これにより,所望のパルス幅50pS程度及びパルス周期10ns

程度を有するプローブ光を得ることができる近接場走査光学顕微鏡への光パルス供
給装置。」

【引用発明と本願発明との一致点】
「レーザパルスを顕微鏡の光路に結合するためにレーザを伝送する少なくとも一つ

の光ファイバと,パルスレーザと,からなる,レーザパルスを顕微鏡の光路に結合

する装置。」

【引用発明と本願発明との相違点】
チ 相違点1

パルスレーザが,本願発明においては「ピコ秒からフェムト秒までのパルス幅を
有する短パルス」を供給する短パルスレーザであるのに対し,引用発明においては,

そのような限定がなされていない点。

A 相違点2

本願発明は,「短パルスレーザと,少なくとも一つの光ファイバの間に配置され,

レーザパルスの光路長を各波長毎に変更する光学配列」を有するのに対して,引用

発明においては,そのような限定がなされていない点。




B 相違点3

本願発明は,短パルスレーザから供給されるレーザパルス形およびパルス幅を光

ファイバ進入口と出口とで一致させ」るのに対して,引用発明においては,そのよ
うな限定がなされていない点。

(相違点1についての判断)
顕微鏡の技術分野において「短パルスレーザ」を用いることは,引用例2及び3

にも記載されているように周知の技術であるから,引用発明においても,必要に応
じて上記周知技術を採用し,パルスレーザを「短パルスレーザ」とすることは,当
業者が容易になし得る事項である。

そして,「短パルス」のパルス幅として,どの程度のパルス幅とするかは当業者
が必要に応じて設定し得るものであるところ,時間分解能を高めるためにできるだ

け短いものを採用し,「ピコ秒からフェムト秒までのパルス幅」とすることは当業
者が容易に想到し得ることである。

(相違点2及び3についての判断)
短パルスレーザを光ファイバを介して対象の光学装置に供給するものにおいて

は,「レーザパルスの光路長を各波長毎に変更する光学配列」によって群速度分散

補償を行うことは,引用例3〜5に記載されているように周知の技術である。

相違点1の検討において「短パルスレーザ」を採用して,光源から発せられる短

パルスレーザを光ファイバを介して顕微鏡(の光路)に供給するようにした際に,

群速度分散の補償を行うため,上記の周知の「レーザパルスの光路長を各波長毎に
変更する光学配列」を設けることは,当業者が容易に想到し得たことである。

そして,上記の「レーザパルスの光路長を各波長毎に変更する光学配列」を配置

する位置については,当業者が適宜設定し得るものであるから,「短パルスレーザ

と,少なくとも一つの光ファイバの間」に配置することは,当業者が容易に想到

得たことである。





第3 原告主張の審決取消事由

(原告主張の取消事由の項目立てを,その内容に即して以下のとおり整理する。)
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)
(1) 審決は,相違点1についての検討に当たり,「顕微鏡の技術分野において

「短パルスレーザ」を用いることは,引用例2及び3にも記載されているように周
知の技術であるから,引用発明においても,必要に応じて上記周知技術を採用し,

パルスレーザを「短パルスレーザ」とすることは,当業者が容易になし得る事項で
ある。」(8頁末行〜9頁3行)と判断するが,誤りである。
なぜなら,引用発明は,近接場走査光学顕微鏡に関するものであり,パルスレー

ザは,光源に強度がパルス状に変化するプローブ光を用い,光検出装置をパルス状
に変化するプローブ光の増大時に同期させることによりノイズの減少を図るという

極めて特殊な目的のために用いられている。この目的において用いられているパル
スレーザにおいては,そもそも短パルスを用いることについての動機付けが存在し

ない。パルスが使用されているという事実のみを捉え,それを短パルスに置換する
ことが容易であるという立論は乱暴である。

また,引用発明においては,光検出装置をパルス状に変化するプローブ光の増大

時に同期させる必要があり,50ピコ秒のパルスが用いられているが,フェムト秒

クラスのパルス幅を用いることは技術的に困難である。

(2) 引用例1と,引用例2及び3は,技術的な範囲・背景の全く異なる発明で

ある。
すなわち,引用例1は,近接場走査光学顕微鏡に関するものであるところ,引用

例2は,光エコー顕微鏡という顕微鏡をベースとするものであり,染色された生体

材料又は無染色の生体材料等の物理化学的な性質の差を光学的に観察できる光エコ

ー顕微鏡を提供するために,短パルスを利用するものであると解される。また,引

用例3は,2光子顕微鏡に関するものであり,ここでフェムト秒のパルスが用いら

れているのは,2つの光子をひとつの分子にほぼ同時に吸収させるために光子密度




を上げる必要があるからである。

このように,引用例1〜3は,
「顕微鏡」という名称において共通しているが,技
術的なベースは全く異なる上,異なる技術的要請によりパルスないし短パルスを用
いているものである。

(3) 審決は,「「短パルス」のパルス幅として,どの程度のパルス幅とするか
は当業者が必要に応じて設定し得るものであるところ,時間分解能を高めるために

できるだけ短いものを採用し,「ピコ秒からフェムト秒までのパルス幅」とするこ
とは当業者が容易に想到し得ることである。」(9頁4行〜7行)と判断するが,誤
りである。

なぜなら,いかなるパルスを使用するのが適切であるのかは,それぞれの装置の
目的によって異なるのであって,常に短いパルスを使用することが望ましいわけで

はない。短パルスを利用するためには,それなりの技術,コストその他の負担がか
かるものであり,メリットと共にデメリットも多く存するのであるから,短パルス」


が用いられているシステムにおいて,当業者が容易に「ピコ秒からフェムト秒まで
のパルス幅」とすることができるとする審決の論旨は明らかに誤りである。

また,短パルスを利用する理由は,時間分解能を高めたい場合のみではない。現

に,本願発明が超短パルスを用いる理由は,時間分解能を高めるためではない。本

願発明のような2光子顕微鏡において,フェムト秒のパルスが用いられているのは,

2つの光子を1つの分子にほぼ同時に吸収させるために光子密度を上げる必要があ

るからである。仮に,引用発明の時間分解能を高めるために短パルスを用いること
としたとしても,それは本願発明とは無関係の構成である。

2 取消事由2(相違点2及び3についての判断の誤り)

審決は,相違点2及び3についての検討に当たり,
「短パルスレーザを光ファイバ

を介して対象の光学装置に供給するものにおいては,「レーザパルスの光路長を各

波長毎に変更する光学配列」によって群速度分散補償を行うことは,引用例3ない

し5に記載されているように周知の技術である。相違点1の検討において「短パル




スレーザ」を採用して,光源から発せられる短パルスレーザを光ファイバを介して

顕微鏡(の光路)に供給するようにした際に,群速度分散の補償を行うため,上記
の周知の「レーザパルスの光路長を各波長毎に変更する光学配列」を設けることは,
当業者が容易に想到し得たことである。」(9頁13行〜21行)と判断するが,誤

りである。
なぜなら,審決の示す引用例4及び5は,顕微鏡とは無関係の分野における技術

であり,当業者がこれを顕微鏡分野に持ち込んで適用することは容易ではない。現
に,技術競争の激しい顕微鏡の分野において,2光子顕微鏡が開発された1980
年代後半から本件出願時まで,ピコ秒からフェムト秒までのパルス幅を有する短パ

ルスレーザを用いた顕微鏡である2光子顕微鏡につき,本願発明のように光ファイ
バを用いたものは存在していないのである。

3 取消事由3(進歩性判断の誤り)
(1) 本願発明は,以下のとおり,2光子顕微鏡に関する発明である。

すなわち,本願発明で用いられている「2光束顕微鏡」という文言は,優先権
張番号19622359.8の出願(ドイツ連邦共和国。本件出願の優先権主張基

礎出願)における「zwei-photonen」の翻訳(対応する米国特許(US 6,178,041 B1)

においても「two photon」とされている。)であり,本願明細書の記載内容から見て

も,これがいわゆる2光子顕微鏡を意味することは当業者にとって明らかである。

本願明細書【0010】の「時間位置分解顕微鏡」とは,スキャンを行う走査型顕

微鏡(2光子顕微鏡もこれに含まれる。)を意味する記載にすぎない。また,本願明
細書【0016】の「2光束励起」が「2光子励起」を意味していることは明らか

である。そして,平成21年10月19日付手続補正により請求項1に「ピコ秒か

らフェムト秒までのパルス幅を有する短パルスレーザ」を用いることが明記された

が,これも2光子顕微鏡の特徴である。

これに対し,引用発明は,近接場走査光学顕微鏡に関する発明であり,プローブ

の先端に設けたピンホールの径を小さくして空間的分解能を向上させることを目的




としてパルス状のプローブ光を用いるものであって,これに「短パルスレーザ」及

び「レーザパルスの光路長を各波長ごとに変更する光学配列」を設ける動機付けが
なく,また,仮にそれらを設けたとしても,特殊な近接場走査光学顕微鏡となるの
みであって,本願発明の構成は得られない。

(2) 審決は,5個の引用例を用いて,それらを順次組み合わせていけば本願発
明と同様の構成となると認定するものである。しかし,引用例1〜5は,それぞれ

が異なる技術分野・技術内容のものであり,それらにつき何段階も適用を繰り返さ
なければ本願発明の構成を実現することができないということは,とりもなおさず,
引用発明と本願発明の内容が容易に推考し得るほど近いものでないことを示してい

る。



第4 被告の反論
1 取消事由1に対し

(1) 引用発明においてパルス光を用いる理由(目的)は,供給される光の時間
的集中度を高めることにある。これは,例えば,引用例1の【0018】に記載さ

れているとおり,平均出力100mWの光源を用いた場合に出力を変えずにパルス

幅を短くするほどパルス状のプローブ光のピーク光強度を増大させることができる

ことを意味し,
「供給される光の時間的集中度」が高まるほど,上記のS/N比が高

くなって近接場走査光学顕微鏡の分解能が向上するのである。してみると,近接場

走査光学顕微鏡の分解能を向上させるためには,パルス幅を短くすることが解決策
の1つといえるから,引用発明においてパルス幅を短くすることの動機付けが否定

されるものではない。

また,上記【0018】の記載から,
「パルス幅50ps程度及びパルス周期10

ns程度」のプローブ光としたのは,S/N比を200倍改善できる場合の一例と

して,上記のパルス幅及びパルス周期の値を採用したものであって,上記のパルス

幅及びパルス周期の値以外の値では,本願発明の作用効果を生じないものではない。




すなわち,引用例1の実施例において,
「パルス幅50ps程度及びパルス周期10

ns程度」のプローブ光を用いたことが,パルス幅を短くすることの阻害要因にな
らないのは明らかである。
(2) 「短パルス」のパルス幅としてどの程度「短い」パルス幅とするかは,

当業者が必要に応じて設定し得るものであるといえるところ,パルスレーザを用
いて行う観測・計測技術(顕微鏡を含む)の技術分野においては,時間分解能を

高めるという自明の技術課題が存在すること,及び,パルス幅を短くするほど時
間分解能が高まることにかんがみれば,更に「短い」パルス幅を採用することは,
当業者が格別の技術的困難性を伴うことなく容易に想到し得ることである。

2 取消事由2に対し
審決が引用例4及び5を引用した理由は,「パルスレーザ」によって「光ファイ

バ」を介してレーザパルスを供給する技術,特に,「ピコ秒からフェムト秒までの
パルス幅」のレーザパルスを供給する技術においては,「群速度分散」の問題点が

存在していること,及び,上記「群速度分散」は「レーザパルスの光路長を各波長
毎に変更する光学配列」によって補償されることが周知の技術であることを示すた

めである。

引用発明と,引用例4及び5に記載された周知技術は,光ファイバーを介してレ

ーザパルスを供給するものである点で共通しているから,引用例4及び5に記載さ

れた周知技術は,引用発明と全く無関係の分野の技術といえるものではない。すな

わち,引用発明は,顕微鏡の技術分野に属するとはいえ,本願発明を特定する請求
項1の記載及び本願明細書の【発明の属する技術分野】の記載からも明らかのよう

に,顕微鏡に供給するレーザパルスの光源及びその光路に関する部分を要旨とする

ものであるから,引用例4及び5に記載された周知技術とは,光学装置としてむし

ろ関連の深い技術分野に属するといえるものである。

3 取消事由3に対し

(1) 本願発明に係る「特許請求の範囲」には,「2光束」という用語は記載さ




れていない。したがって,「2光束」が「two photon」の訳語として用いられている

か否かは,本願発明の認定に影響することではない。また,原告が主張する「2光
子顕微鏡」についても,本願明細書の発明の詳細な説明及び図面のいずれにも記載
がない。本願明細書には,【0006】における「本発明は,例えば2光束顕微鏡

において,」及び【0010】における「これは・・・2光束顕微鏡及び時間位置
分解顕微鏡において有効であり,」の記載から,対象とする顕微鏡として「2光束

顕微鏡」のみならず「時間位置分解顕微鏡」も対象としていることが明示されてい
るところ,本願発明を特定する請求項1には,対象とする顕微鏡の種類は規定され
ていないから,本願発明が対象とする顕微鏡は,少なくとも「2光束顕微鏡」及び

「時間位置分解顕微鏡」の双方ともを包含するものである。
よって,原告が,本願発明が対象とする顕微鏡を「2光子顕微鏡」に限定した解

釈を前提にした上記主張は,本願明細書の発明の詳細な説明及び図面の記載に基づ
くものではない。

(2) 上述したように,引用例1〜5は,技術分野及び技術内容において,相互
に関連するものであり,また,審決が,相違点1から3についてそれぞれ容易想到

と判断した点に誤りはない。



第5 当裁判所の判断

1 本願発明について

原告は,取消事由を主張する前提として,本願発明における「顕微鏡」が「2光
子顕微鏡」である旨主張するので,以下検討する。

(1) 本願発明においては,レーザパルスを用いる「顕微鏡」の存在が前提とさ

れているが,特許請求の範囲において,その顕微鏡の具体的内容については,「2

光子顕微鏡」であるか否かを含めて特定はされていない。

そして,本願明細書の発明の詳細な説明及び図面(以下「本願明細書等」という。

甲6)には,顕微鏡について,「共焦点(レーザ走査型)顕微鏡」,「2光束(レ




ーザ)顕微鏡」及び「時間位置分解顕微鏡」の具体的な記載があるが,本願発明の

顕微鏡がこれらのいずれかに該当するかについては,明示的な記載はなく,「2光
子(励起レーザ)顕微鏡」についての記載もない。
そこで,本願明細書の他の記載と技術文献に照らして,レーザパルスを用いる顕

微鏡については,次のとおりのものと認められる。
まず,「共焦点(レーザ走査型)顕微鏡」は,レーザ光で試料を走査して得られ

た光情報を用いて試料を観察するものであり,照明系の焦点位置に試料を配置して
その焦点位置に光スポットを形成し,試料からの光(反射光,透過光,蛍光等)を
ピンホールを介して受光素子上に集光して,光の強度を検出する顕微鏡である。該

ピンホールは,試料のレーザ焦点面以外から返ってくる蛍光を除去し,焦点面から
の蛍光だけを検出するために設けられる(甲2【0002】,甲11)。

「2光束(レーザ)顕微鏡」は,試料への照射光として単一の光束(光線の束)
でない2つの光束を利用した顕微鏡であり,例えば,光遅延手段を経由した光束と

光変調手段を経由した光束を利用したもの(甲2)や,励起光とプローブ光の2光
束を利用したもの(乙1)が該当する。

「時間(位置)分解顕微鏡」は,「光エコー顕微鏡」とも称され,試料にレーザ

光(励起光,ポンプ光)を照射し,試料中に含まれている該レーザ光と共鳴した光

吸収体からの光エコー(蛍光)による光学的位相緩和時間を測定する(経時変化を

観察する。)顕微鏡である(甲2【0003】,乙1)。

これに対し,「2光子(励起レーザ)顕微鏡」は,レーザ光を試料に高密度で照
射することで2個(複数)の光子をほぼ同時に吸収させて蛍光分子を励起させ,該

蛍光を観察する顕微鏡である。2光子励起させるためには,フェムト秒レーザが用

いられ,レーザ焦点面だけで蛍光分子が励起されるので,通常,検出のためのピン

ホールを必要としないのが特徴である(甲10,11)。

(2) 以上の認定事実によれば,本願発明の「顕微鏡」は,特許請求の範囲に記

載からみて,光ファイバ,短パルスレーザ及び光学配列とからなる,短パルスレー




ザから供給されるレーザパルス形及びパルス幅を光ファイバ進入口と出口とで一致

させる装置に対し,その光路に結合することができる顕微鏡全般が対象となるもの
と認められ,本願明細書等に具体的に記載された,「共焦点(レーザ走査型)顕微
鏡」,「2光束(レーザ)顕微鏡」及び「時間位置分解顕微鏡」などが含まれると

ともに,引用例1に記載されている近接場走査光学顕微鏡が含まれないとする技術
的理由はない。

そのうち,2光子顕微鏡は,光源として2光子励起させるためにフェムト秒レー
ザを必要とし,通常,光路中にピンホールを必要としないことが特徴であるところ,
本願発明は,光源である短パルスレーザについて,「ピコ秒からフェムト秒までの

パルス幅」を有するとして,2光子励起しないと認められるピコ秒パルス幅もその
構成としており,しかも,本願明細書等の図1に係る本願発明の実施例において,

その共焦点走査型顕微鏡5の中には,2光子顕微鏡において必要とされないピンホ
ールが開示されているのであるから,本願発明の顕微鏡を,「2光子顕微鏡」に限

定して解釈することは誤りといわなければならない(なお,本願明細書等記載の上
記「共焦点(レーザ走査型)顕微鏡」,「2光束(レーザ)顕微鏡」及び「時間位

置分解顕微鏡」が,2光子顕微鏡として作動する構成があり得るとしても,これら

をもって一義的に2光子顕微鏡のみを指すといえないことは自明である。)。

(3) 原告は,本願発明で用いられている「2光束」顕微鏡という文言は,優先

権主張の基礎となる出願における「zwei-photonen」及び対応米国特許における「two

photon」の訳語であり,本願明細書の記載内容から見ても,これが2光子顕微鏡を
意味することは当業者にとって明らかであると主張するが,前者の優先権主張基礎

出願の書類(甲8)によれば,その出願において特許請求の範囲はもとより明細書

においてさえ「zwei-photonen」の顕微鏡に限定されていないから,原告の主張は前

提を欠く。後者の対応米国特許(甲9)については,本件出願とは特許請求の範囲

が大きく異なり,原告の主張によっても上記の判断は左右されるものではない。

2 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について




(1) 原告は,審決が,相違点1についての検討に当たり,「顕微鏡の技術分野

において「短パルスレーザ」を用いることは,引用例2及び3にも記載されている
ように周知の技術であるから,引用発明においても,必要に応じて上記周知技術
採用し,パルスレーザを「短パルスレーザ」とすることは,当業者が容易になし得

る事項である。」と判断したことが誤りであると主張し,その理由として,引用発
明は,近接場走査光学顕微鏡に関するものであり,パルスレーザは,光源に強度が

パルス状に変化するプローブ光を用い,光検出装置をパルス状に変化するプローブ
光の増大時に同期させることによりノイズの減少を図るという極めて特殊な目的の
ために用いられており,この目的において用いられているパルスレーザにおいては,

短パルスを用いることについての動機付けが存在しないと述べる。
そこで検討するに,引用例 1 によれば,引用発明は,近接場走査光学顕微鏡にお

いて,分解能を向上させるためにピンホールの径を減少させると,その光検出装置
に到達する光量が減り,ノイズの分離が困難となり,検出下限が制限されるという

技術課題を解決するため,光源としてパルス光を用い,供給される光の時間的集中
度を高め,光検出装置をそれに同期させることにより,検出下限を改善したものと

認められる。そして,引用例1の【0018】には,平均出力100mWの光源を

用いた場合に,同一の出力であってもパルス幅を短くして50ピコ秒とすることに

よりパルス状のプローブ光のピーク光強度を増大させ,S/N比を高めて近接場走

査光学顕微鏡の分解能を向上させることが開示されているのであるから,近接場走

査光学顕微鏡の分解能を向上させるために光源のパルス幅を短くすることが,課題
解決手段の1つとして明示されており,引用発明において光源のパルス幅を短くし

た構成を採用することの動機付けが否定されるものではない。したがって,原告の

上記主張を採用することはできない。

また,原告は,引用発明では光検出装置をパルス状に変化するプローブ光の増大

時に同期させる必要があり,50ピコ秒のパルスが用いられているが,フェムト秒

クラスのパルス幅を用いることは技術的に困難であると主張する。




しかし,ピコ秒からフェムト秒までのパルス幅に対応することが可能な光検出装

置(ストリークカメラ)は,一般に知られており(塩谷繁雄他3名編「光物性ハンド
ブック」,乙1),フェムト秒クラスのパルス幅に同期する光検出装置を用いること
に困難性はない。しかも,50ピコ秒のパルス幅は,本願発明の数値範囲である「ピ

コ秒からフェムト秒までのパルス幅」に含まれているから,その意味において,引
用発明は,本願発明と実質的に相違するものではない。したがって,原告の上記主

張を採用することはできない。
さらに,原告は,引用発明は近接場走査光学顕微鏡に関するものであるところ,
引用例2は光エコー顕微鏡という顕微鏡をベースとするものであり,引用例3は2

光子顕微鏡に関するものであって,「顕微鏡」という名称において共通しているが,
技術的なベースは全く異なる上,異なる技術的要請によりパルスないし短パルスを

用いているものであると主張する。
しかし,審決は,引用発明において光源のパルス幅を短くした構成を採用するこ

との動機付けが開示されていることを前提として,引用例2及び3に「短パルスレ
ーザ」を用いることが顕微鏡の技術分野における周知の技術として開示されている

旨を認定したものであり,その認定に誤りがない以上,各々が異なる光学顕微鏡で

あることは,当該周知技術が引用発明に適用できない理由となるものではないから,

原告の主張は失当といわなければならない。

(2) 原告は,審決が「「短パルス」のパルス幅として,どの程度のパルス幅

とするかは当業者が必要に応じて設定し得るものであるところ,時間分解能を高め
るためにできるだけ短いものを採用し,「ピコ秒からフェムト秒までのパルス幅」

とすることは当業者が容易に想到し得ることである。」と判断したことが誤りであ

ると主張し,その理由として,いかなるパルスを使用するのが適切であるのかは,

それぞれの装置の目的によって異なるのであって,常に短いパルスを使用すること

が望ましいわけではなく,メリットと共にデメリットも多く存するものであるから,

「短パルス」が用いられているシステムにおいて,当業者が容易に「ピコ秒からフ




ェムト秒までのパルス幅」とすることができるわけではないと述べる。

しかし,引用発明では,前示のとおり,近接場走査光学顕微鏡の分解能を向上さ
せるために光源のパルス幅を短くしピコ秒のパルスを用いることが,課題解決手段
の1つとして開示されており,パルス幅を短くした構成を採用することの動機付け

が示されているのであるから,当業者が引用発明において短パルスを用いることは
容易に想到できるといえる。したがって,原告の上記主張は,採用することができ

ない。
また,原告は,本願発明のような2光子顕微鏡において,フェムト秒のパルスが
用いられているのは,2つの光子を1つの分子にほぼ同時に吸収させるために光子

密度を上げる必要があるからであり,仮に,引用発明の時間分解能を高めるために
短パルスを用いることとしたとしても,それは本願発明とは無関係の構成であると

主張する。
しかし,本願発明が2光子顕微鏡のみを前提とするものと限定して解釈すべきで

ないことは,前記1で述べたとおりであり,原告の主張はその前提において誤りが
あって採用できない。

3 取消事由2(相違点2及び3についての判断の誤り)について

原告は,審決が,相違点2及び3についての検討に当たり,
「短パルスレーザを光

ファイバを介して対象の光学装置に供給するものにおいては,「レーザパルスの光

路長を各波長毎に変更する光学配列」によって群速度分散補償を行うことは,引用

例3〜5に記載されているように周知の技術である。相違点1の検討において「短
パルスレーザ」を採用して,光源から発せられる短パルスレーザを光ファイバを介

して顕微鏡(の光路)に供給するようにした際に,群速度分散の補償を行うため,

上記の周知の「レーザパルスの光路長を各波長毎に変更する光学配列」を設けるこ

とは,当業者が容易に想到し得たことである。」と判断したことが誤りであると主

張し,その理由として,審決の示す引用例4及び5は,顕微鏡とは無関係の分野に

おける技術であり,当業者がこれを顕微鏡分野に持ち込んで適用することは容易で




はないと述べる。

そこで検討するに,引用例4は,1ピコ秒程度以下の極短光パルスの供給装置に
関するものであり,光ファイバを介してレーザパルスを供給する際,伝搬するパル
スはその周波数成分に応じた遅延,すなわち,群速度分散を生じるため,これを補

正するため,光伝送路に固有の分散特性とは逆の分散特性を有する分散補正光学系
を設けたものである。また,引用例5は,パルスレーザを光源とする光パルス圧縮

装置に関するものであり,引用例4と同様に,光ファイバを介してレーザパルスを
供給する際に生じる群速度分散を,負の群速度分散を有する光学配列を設けること
により補償したものである。そうすると,両引用例は,光ファイバを介してレーザ

パルスを供給する際に生じる群速度分散を,レーザパルスの光路長を各波長毎に変
更する光学配列を設けることにより補償するという技術事項が,本件優先日当時に

周知の技術であったことを示している。なお,2光子顕微鏡に関する引用例3にお
いても,群速度分散を光学配列を設けることにより補正するという技術事項が開示

されている。
他方,引用発明は,パルス光源からのパルス状のプローブ光が,光ファイバであ

る光ガイド等を経て近接場走査光学顕微鏡に入射されるものであるから,引用例4

及び5に接した当業者であれば,引用発明においても,光ファイバを伝搬するパル

ス状のプローブ光が群速度分散によって波形が変形するという課題を有するものと

認識し,この課題解決のため,引用例3〜5に開示された解決手段である,レーザ

パルスの光路長が各波長毎に変更される光学配列という周知技術を,容易に採用し
得るものといわなければならない。したがって,原告の上記主張は,採用すること

ができない。

また,原告は,2光子顕微鏡が開発された1980年代後半から本件優先日まで,

ピコ秒からフェムト秒までのパルス幅を有する短パルスレーザを用いた顕微鏡であ

る2光子顕微鏡につき,本願発明のように光ファイバを用いたものは存在していな

いと主張するが,本願発明の顕微鏡を,「2光子顕微鏡」に限定して解釈できない




ことは,前示のとおりであるから,原告の主張はその前提において誤りがあって採

用できない。
4 取消事由3(進歩性判断の誤り)について
原告は,本願発明が2光子顕微鏡に関する発明であることを前提として,その進

歩性を主張するが,その前提が誤りであることは前示のとおりである。
また,原告は,引用例1〜5がそれぞれ異なる技術分野・技術内容のものであり,

それらにつき何段階も適用を繰り返さなければ本願発明の構成を実現することがで
きないことは,本願発明の進歩性を肯定するものであると主張するが,パルスレー
ザを用いた光学顕微鏡である引用発明に対し,引用例2〜5に開示された各々の周

知技術を適用したことに誤りがないことは,前示のとおりであるから,原告の主張
は採用できない。



第6 結論

以上によれば,原告主張の取消事由は,いずれも理由がなく,審決の判断に原告
主張の誤りはない。

よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。



知的財産高等裁判所第2部




裁判長裁判官

塩 月 秀 平




裁判官




清 水 節




裁判官
古 谷 健 二 郎