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事件 平成 22年 (行ケ) 10269号 審決取消請求事件
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2011/05/11
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
判例全文
判例全文
平成22年(行ケ)第10269号 審決取消請求事件(特許)

口頭弁論終結日 平成23年4月25日

判 決

原 告 DOWAエコシステム株式会社

訴訟代理人弁理士 阿 仁 屋 節 雄

同 清 野 仁

同 奥 山 知 洋

同 黒 田 博 道

被 告 特 許 庁 長 官

指 定 代 理 人 斉 藤 信 人

同 松 本 貢

同 小 川 慶 子

同 唐 木 以 知 良

同 田 村 正 明

主 文

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

事 実 及 び 理 由

第1 請求

特許庁が不服2006−24845号事件について平成22年6月30日

にした審決を取り消す。

第2 事案の概要

1 本件は,同和鑛業株式会社(新商号 DOWAホールディングス株式会社,以

下「訴外会社」という。)が発明の名称を「土壌の無害化処理方法」とする発

明について特許出願したところ,拒絶査定を受けたので,これに対する不服の

審判請求をし,平成21年7月2日付けで特許請求の範囲変更を内容とする




補正(請求項の数2,以下「本件補正」という。)をしたが,特許庁から請求

不成立の審決を受けたことから,その後の会社分割により訴外会社の地位を承

継した原告が,その取消しを求めた事案である。

2 争点は,本件補正後の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)が,

下記の引用例1ないし4に記載された発明及び周知技術から容易想到であった

かである。



・引用例1:伊藤裕行,木村利宗「鉄粉による塩素系有機化合物の還元分解」,

第5回 地下水・土壌汚染とその防止対策に関する研究集会講演

集,主催(社)日本水環境学会等,1997年6月24日・25日,

p315−320(甲1。以下これに記載された発明を「甲1発明」

ないし「引用発明」という。)

・引用例2:米国特許第5616253号明細書,発明の名称「DECHLORINATION

OF TCE WITH PALLADIZED IRON」(訳:パラジウム化鉄を用いたTC

E脱塩素化作用),登録日1997年(平成9年)4月1日(甲2)

・引用例3:先崎哲夫,熊谷裕男「還元処理による有機塩素化合物の除去(第

2報)−鉄粉によるトリクロロエチレンの処理−」,工業用水,社

団法人日本工業用水協会,平成元年6月20日発行,第369号,

6月号(甲3)

・引用例4:木村利宗「鉄粉法による排水中の重金属などの有害物質の処理」,

PPM,日本工業新聞社,1982年(昭和57年)9月1日,

Vol.13,No.9(甲4)

第3 当事者の主張

1 請求の原因

(1) 特許庁における手続の経緯

訴外会社は,平成9年12月19日の優先権を主張して平成9年12月2




5日にした原出願(特願平9−367177号)からの分割出願として,平

成15年12月26日,名称を「土壌の無害化処理方法」とする発明につき

特許出願(特願2003−433379号,公開特許公報は特開2004−

154778号:発明者 A,B)をしたが,拒絶査定を受けたので,これに

対する不服の審判請求をした。

特許庁は,同請求を不服2006−24845号事件として審理し,その

中で訴外会社は平成21年7月2日付けでも手続補正(本件補正,請求項の

数2)をしたが,特許庁は,平成22年6月30日,「本件審判の請求は,

成り立たない。」との審決をし,その謄本は同年7月20日訴外会社に送達

された。

そして,原告は,訴外会社からの会社分割により上記特許を受ける権利

譲渡を受け,平成22年8月10日に特許庁長官に出願人名義変更届を提出

した。

(2) 発明の内容

平成21年7月2日付け本件補正後の請求項1に係る発明(本願発明)の

内容は,以下のとおりである。

「【請求項1】

地下水水位より深部に位置する土壌であって且つ有機塩素系化合物で汚染

された土壌を原位置において,機械的に掘削し0.1重量%以上の炭素を含

み且つ500cm2/g以上の比表面積を有すると共に50重量%以上が1

50μmのふるいを通過する粒度を有する鉄粉を前記土壌に対して0.1〜

10重量%の範囲内で添加して該土壌と混合することにより,前記土壌を汚

染した有機塩素系化合物を分解して前記土壌を浄化することを特徴とする

土壌の無害化処理方法。」

(3) 審決の内容

ア 審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その要点は,本願発明は




上記引用例1〜4に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容

易に発明をすることができたから特許法29条2項により特許を受ける

ことができない,というものである。

イ なお,審決が認定した引用例1記載の発明(引用発明)の内容は下記の

とおりであり,また,本願発明と引用発明との一致点,相違点a〜dは,

前記審決写し記載のとおりである。



「バイアル瓶内の塩素系揮発性有機化合物(CVOC)であるトリクロロ

エチレン(TCE)やテトラクロロエチレン(PCE)含有水溶液に,炭

素の組成値が0.32wt%で,比表面積が2.2m2/gである鉄粉(同

和鉄粉(株)製E−200)を,上記水溶液に600,1200,600

0,12000mg/l添加して振とう器によって振とうし,鉄粉による

還元分解反応によって塩素系揮発性有機化合物(CVOC)であるトリク

ロロエチレン(TCE)やテトラクロロエチレン(PCE)を分解する方

法。」

(4) 審決の取消事由

しかしながら,審決には,以下のとおり誤りがあるから,違法として取り

消されるべきである。

ア 取消事由1(相違点aについての判断の誤り)

(ア) 本願発明は,「有機塩素系化合物で汚染された『地下水水位より深部

に位置する土壌』を原位置において浄化する」ことに技術的意義があり,

「有機塩素系化合物で汚染された『水』を浄化する」発明ではない。

審決に先だっての審尋(平成20年11月25日付け,甲7)では,

3頁11〜18行に,「出願人は土壌と地下水の浄化処理の違いを述べ

ているが,『地下水水位より深部に位置する土壌』を考えた場合,その

違いは格別でない。なぜなら有機塩素系化合物には水溶性のものが含ま




れ,『地下水水位より深部に位置する土壌であって且つ有機塩素系化合

物で汚染された土壌』の周囲には地下水があるのだから,仮に土壌に有

機塩素系化合物が付着していても,少なくとも,地下水中に有機塩素系

化合物が溶解し,溶解した有機塩素化合物が水中で鉄粉で分解されるこ

とで,水中の有機塩素系化合物濃度が低下することで土壌に付着した有

機塩素系化合物の溶解を促し,土壌浄化が行われることは予測の範囲内

のことだからである。」と認定している。

この認定は,本願発明が,「有機塩素系化合物で汚染された『地下水

水位より深部に位置する土壌』に付着した有機塩素系化合物」が水に溶

け出して,この「有機塩素系化合物で汚染された水が鉄粉で浄化される」

と考え,したがって引用例1(甲1)から容易に想定できるとしたもの

であるが,この判断は誤りである。

まず,以下のとおり,「有機塩素系化合物で汚染された『地下水水位

より深部に位置する土壌』に付着した有機塩素系化合物」は,水に溶け

出し難いものである。

すなわち,甲8(「土壌による低沸点有機塩素化合物の吸着特性」と

題する論文,札幌市衛研年報20,1993年)の110頁右欄28〜

32行に,「4)繰り返し流出を行っても,土壌から液相に溶出される

量は吸着量の数%〜数十%程度であったことから,汚染があった場合,

高濃度で土壌中に残存し,長期的にかつ高濃度に水相に溶出され続ける

可能性が非常に高いと考えられた。」と記載されているように,「汚染

土壌」があった場合には,その「汚染土壌」自体を浄化しないことには,

この「汚染土壌」を通過した「水の浄化」のみでは対応できないことが

わかる。

また,甲9(「土壌・地下水汚染と対策」と題する文献,社団法人日

本環境測定分析協会,平成8年1月25日)の55頁5〜8行に,「図




4−5は,汚染源事業所から下流に向かう浅層地下水中のトリクロロエチ

レン濃度の減衰状況の経年変化を示したものであるが,汚染土壌の除去に

よって事業場内の井戸の濃度が当初に減衰した以外は,ほとんど変化して

おらず,汚染範囲も変化していない。」と記載されているように,5年の

経過を経ても,地下水の流れによっては汚染土壌の汚染濃度がほとんど変

化していないことがわかる。

これら2つの論文からも,「有機塩素系化合物で汚染された『地下水

水位より深部に位置する土壌』中の有機塩素系化合物」が,年数をかけ

ても,本願発明で汚染が除去される程度(実施例の程度)には溶け出し

ていないことがわかる。

これに対し,本願発明では,開始時に対して,90日経過によって汚

染濃度が低下しており,有機塩素系化合物が一旦水に溶けて,その水が

鉄粉で浄化されると解すると,有機塩素系化合物が水に溶ける量をはる

かに超えた汚染濃度の低下が図られている。

すなわち,本願発明では,「有機塩素系化合物で汚染された『地下水

水位より深部に位置する土壌』に付着した有機塩素系化合物」が水に溶

け出して,この「有機塩素系化合物で汚染された水が鉄粉で浄化される」

との理論が成り立たず,「有機塩素系化合物で汚染された『地下水水位

より深部に位置する土壌』に付着した有機塩素系化合物が直接鉄粉で浄

化される」ことによって大きな汚染濃度の低下が図られているものと解

される。

このことから,本願発明と引用発明とでは,浄化の過程で,水を媒体

とするか否かで大きく異なったシステムとなっているといえる。

なお,「土壌」中では,有機塩素化合物が付着した砂の周囲に鉄分が

付着したまま(振とうがない)の状態となる。「水溶液」の実験結果か

らは,「鉄粉は水よりも比重が大きいために,バイアル瓶の底部に沈降




してしまい,水中のトリクロロエチレンと充分接触することができなく

なる」とされているので,この実験結果から推測される範囲では,鉄粉

と直接接触しているあるいは鉄粉の付近の有機系塩素化合物が浄化さ

れてしまうと,又は有機塩素系化合物の周りの地下水が浄化されてしま

うと,鉄粉に直接接触していない有機塩素系化合物は浄化されないこと

が予想される。

しかし,本願発明において,有機塩素系化合物の汚染濃度が低下して

いるとの実験結果からすると,水分中で鉄粉と有機塩素系化合物とが直

接接触している鉄粉を水溶液中に入れた場合の反応と,鉄粉と土壌とを

直接混合して放置したままとした場合の反応とは,反応メカニズムが異

なっていることが予想される。

このほか,前述のとおり,本願発明は,「地下水水位より深い位置に

位置する土壌」に関するものであり,上部の土壌の圧力により,土壌中

の各砂が圧接され,その間に水が存在しているものとなっている。間隙

率が30%程度であるとすると,砂100mlに対して水が30ml添

加されていたこととなり,これが水が飽和帯となっている状態の土壌で

ある。

このように,土壌に対して飽和レベルの地下水が混在している状況下

であるにもかかわらず,鉄粉が地下水で沈降されたり流されたりせず,

「土壌」の場合の利点である「鉄粉が土壌の間隙を移動することがない

ので,両者の接触状態が維持できること」が達成でき,その結果,土壌

粒子の外周面に付着している有機塩素系化合物は鉄粉と接触状態が維

持されるという効果を奏することができる。つまり,水が飽和しており,

鉄粉の位置が土壌中の各砂の位置に対して変更しないにもかかわらず,

特許請求の範囲に記載された炭素量,比表面積,粒度,そして重量%を

有する鉄粉を土壌中に混合するからこそ,上記の効果を奏することがで




きるのである。

(イ) 審決は,相違点aについて,「以上のことから,引用発明の被処理物と

して,ラボ試験レベルの『バイアル瓶内の水溶液』から『地中の土壌』で

あって,『地下水水位より深部に位置する土壌』を対象とすることは,当

業者であれば容易に想到し得ることである。」(8頁38行〜9頁2行)

と認定している。

しかし,「水溶液」と「地下水水位より深部に位置する(汚染)土壌」

とは,その性質が著しく異なり,「水溶液」での反応と,「地下水水位よ

り深部に位置する(汚染)土壌」での反応とでは,著しく相違するであろ

うとの認識が当業者の常識である。したがって,ラボ試験レベルの「バイ

アル瓶内の水溶液」での試験結果をそのまま「地下水水位より深部に位置

する土壌」に適用はできないであろうと考えるのがむしろ当業者の常識で

あり,上記認定は当業者の常識に反し,誤りである。

「水溶液は均一な汚染サンプルを作成でき,これを用いて鉄粉による

有機塩素系化合物の分解についての基礎データを得る」ために,引用例

1では,実験室レベルで,しかも「汚染土壌の原位置分解処理」ではあ

り得ない「振とう器による振とう」を加えながらデータをとったもので

ある。

一方,土壌は,「水溶液と異なり,粗礫,細礫,粗砂,細砂,シルト,

粘土など,様々な種類があり,更に,これらが混在した不均一なもので

ある」上,「汚染土壌の原位置分解処理」では「振とう器による振とう」

があり得ないことから,水溶液を用いたデータを援用できないこととな

る。

そのような状況下において,本願発明者は,基礎データを得る汚染サ

ンプルとして,上記の種々のものが混在して不均一となった土壌を,あ

えて選択し,すなわち,当業者では基礎データのサンプルとして用いる




ことを敬遠していた土壌そのものについて,実験を行うことによって,

本願発明を想到したものであり,これは,当業者では容易に本願発明に

至ることができないことを意味している。

(ウ) ちなみに,引用例1(甲1)の「5.おわりに」の欄には,「土壌汚

染サイトに鉄粉を注入することによって,CVOCが原位置で分解処理

できる可能性が考えられる」としながらも,「使用する鉄粉の選択……

など,不明な点や改善すべき点も多く,これらの解明を行わなければ,

具体的な適用方法を決定することが困難となる。 として,
」 引用例1(甲

1)の発表時にはまだ,「使用する鉄粉の選択等において解明が行われ

ていない」ことが記載されている。

また,引用例1では,「土壌の原位置での浄化」との課題は開示され

ているものの,解決手段は,「今後の研究課題である」として,解決手

段がわからないとしている。

上記記載は,引用例1では,あくまでもラボ試験レベルの「バイアル瓶

内の水溶液」における特定の条件での反応が解明されただけであり,どの

ような「汚染物」を分解できるのか,さらには,どのような「鉄粉」を使

用すればよいのか等が不明であり,これらの解明を行わなければ,具体的

に適用できないことを明確に示しているものである。

まして,当業者が引用例1の上記記載をみた場合,この試験結果が仮に

「水溶液」ではなく「土壌」に当てはまるとすれば,「地下水水位より深

部に位置する」「土壌」全体に対してではなく,その「土壌」中に,約2

0〜40体積%含まれるにすぎない水溶液に対してのみであり,その「水

溶液」が「バイアル瓶内の水溶液」と同じ「水溶液」である場合であって,

これを「120min−1の振とう速度」(引用例1の316頁本文5行)

で常時振とうできた場合に限られるであろうと理解することは明らかで

ある。




しかるに,前述のとおり,土壌粒子どうしの隙間に存在する「水溶液」

自体も,「固体と接触している液相」と呼ばれるものの,鉄粉が掘削によ

って土壌と混合された後は,そのまま放置されるので,「常時振とう」さ

れることもないことは明白である。

以上の点は当業者の常識的事項であるため,「引用発明の被処理物とし

て,ラボ試験レベルの『バイアル瓶内の水溶液』から,『地中の土壌』で

あって『地下水水位より深部に位置する土壌』を対象とすることは,当業

者であれば容易に想到し得ることである。」との認定は誤りである。

(エ) なお,審決では,上記認定を裏付ける理由として,「記載事項(A−ア)

に,『現実の地下水,土壌汚染の状況を考えると,原位置でCVOCを分

解可能とする新規浄化技術の開発が望まれている』として,『本研究では

鉄粉による水溶液中でのCVOCの分解処理が原位置分解処理に使用で

きることの可能性を見いだし』と記載されている」(7頁32行〜36行)

とし,「そして,上記可能性については,記載事項(A−キ)に,『地中

の地下水,土壌汚染サイトに鉄粉を注入することによって,CVOCが原

位置で分解処理できる可能性が考えられる』と記載されている」(7頁3

7行〜8頁4行)としている。

しかし,記載事項(A−ア,A−キ)は,「土壌への適用」に対する単

なる「可能性や期待」もしくは「願望」を述べたにすぎず,「土壌への適

用」を具体的にどのように行うのかは一切記載されていない。逆に,前述

のとおり,引用例1には,あくまでもラボ試験レベルの「バイアル瓶内の

水溶液」における反応の実験にすぎず,種々の因子の解明をしなければ,

具体的な適用はできないと記載されている。

(オ) また,審決においては,「さらに,引用例2には,記載事項(B−ア)

に,『汚染土壌は,パラジウム化鉄バイメタル系とこれに直接接触させ,

当該汚染土壌を当該バイメタル系と,当該塩素化有機化合物の脱塩素化を




完全又は部分的に進行させるに十分な時間反応させる』ことが記載されて

いる。そして,上記『パラジウム化鉄バイメタル系』を用いた塩素化有機

化合物の脱ハロゲン化実験として,記載事項(B−イ)によれば,40メ

ッシュの鉄削り屑又は10μmの鉄粒子を含むパラジウム化鉄バイメタル

系をTCE水溶液に添加しているのに対し,対照試料としてパラジウムを

含まない鉄削り屑又は鉄粒子を用いていることを勘案すると,上記パラジ

ウムを含まない鉄ヤスリくず又は鉄粒子に相当する鉄粉を土壌と直接接触

させることを妨げる要因はないといえる。」(8頁11行〜20行)とし

ている。

しかし,引用例2には,審決での引用箇所の後に続いて,「バッチ試験

の結果を Fig.1 に示す。パラジウムめっき鉄粉10g(40mesh 鉄粉1

0gにPd5mgを添加)を用いた場合,20ppmの濃度のトリクロ

ロエチレン(以下「TCE」と表記)溶液10mlをおよそ3分間で完

全に分解することができ,脱塩素生成物であるエタンが生成された。こ

れに対して,パラジウム添加をしない鉄屑(40mesh)10g用いた場

合には,同じ時間では全く反応が見られなかった。10μmの粒径を持

つパラジウム添加を行った鉄粉および行っていない鉄粉についても,同

様の結果が得られた(Fig.2 参照)。」と記載されている。

すなわち,引用例2には,「パラジウム添加をしない鉄屑では全く反

応しなかった」と記載されており,審決の認定とは逆に鉄屑に相当する鉄

粉を土壌と直接接触させても反応しないことが記載され,むしろ本願発明

に至ることを妨げる阻害要因が記載されている。

なお,引用例2に記載された「汚染土壌が処理されない場合」の具体

例に比べて,はるかに簡単な構成である本願発明に関する技術が記載さ

れていないのは,このようなやり方では汚染された土壌の浄化が図れな

いと考えられていたためと思われる。




したがって,審決における引用例2は,本願発明の引用例となり得ない

ものである。

(カ) さらに,審決は,「地下水水位より深部に位置する土壌」は「水分を

飽和状態で含有する土壌であるとみることができる」ことと,「トリクロ

ロエチレンと金属鉄との反応は,水を媒介にして進行する」(引用例3)

こととを勘案すると,「引用発明が水溶液を被処理物としている」ことか

らみて,「水分を飽和状態で含有する土壌を被処理物とすることに何ら不

都合はなく」,このことから,引用発明の被処理物として,「地下水水位

より深部に位置する土壌」を想起することは,格別困難であるとはいえな

いとする。

要するに,審決は,「引用発明が水溶液を被処理物としている」 「水
ので

分を飽和状態で含有する土壌を被処理物とする」ことは格別なことでない

とするものである。

しかし,前述のとおり,「水溶液」による試験をそのまま「水分を飽和

状態で含有する土壌」には適用できないとするのが当業者の常識であるの

で,上記認定は誤りである。

なお,引用例3の記載事項であるとされた化学式である,「2CCl

2 :CHCl+6Fe+6H2O=2CH2:CH2+6Fe2++6OH−

+6Cl−」におけるH2Oは,イオン化のための反応に寄与する分子を

示したものであり,反応の媒介としての溶媒ではない。

すなわち,イオン化反応は,水分子の存在があれば進行するものであ

り,溶媒として現実の水の存在が必要であることを示したものではな

い。

また,前記化学式は,イオン化のための反応式ではあるが,「反応メ

カニズム(浄化システム)」ではない。

そして,後記ウの鉄粉の添加量の割合の大きな相違は,「水溶液の浄化」




に適用できる技術を,「地下水水位より深部に位置する(汚染)土壌の浄

化」に適用できる技術に容易に転用できないことを示している。

したがって,前記審決の認定は誤りである。

イ 取消事由2(相違点bについての判断の誤り)

審決は,相違点bについて「・・・引用発明の被処理物は『バイアル瓶内

の水溶液』であるから,バイアル瓶内の水溶液に鉄粉を添加して水溶液中の

塩素系揮発性有機化合物を分解するために,バイアル瓶を振とう器によって

振とうさせ,バイアル瓶内の水溶液と鉄粉を撹拌させることによって,鉄粉

と水溶液を混合するものといえる。そして,引用例1の記載事項(A−キ)

によれば,地中の土壌汚染サイトに鉄粉を注入することによって,塩素系揮

発性有機化合物を原位置で分解処理できる可能性が考えられることから,上

記ラボ試験に基づいて被処理物をバイアル瓶内の水溶液に代えて土壌とす

ると,・・・汚染された土壌を原位置処理する場合に,地中の土壌汚染サイ

トに処理剤を注入して混合するために,土壌に対して機械的に掘削すること

は,従来から当該技術分野において行われていたといえるから,土壌を原位

置において,機械的に掘削し鉄粉を添加して該土壌と混合することは,当業

者であれば容易に想到し得ることである。」(9頁14行〜10頁8行)と

認定している。

しかし,前述のとおり,「水溶液」と,「地下水水位より深部に位置する

(汚染)土壌」とは,その性質が著しく異なり,浄化のシステムが異なるこ

とは当業者の常識であり,「水溶液」での反応と,「地下水水位より深部に

位置する(汚染)土壌」での反応とでは,著しく相違するであろうとの認識

が当業者の常識である。したがって,ラボ試験レベルの「バイアル瓶内の水

溶液」での試験結果をそのまま「地下水水位より深部に位置する土壌」に適

用はできないであろうと考えるのがむしろ当業者の常識である。

この常識に照らすと,「バイアル瓶内の水溶液」に鉄粉を添加してバイア




ル瓶を振とう器によって振とうさせることで水溶液中のTCEを分解でき

たという試験結果をもって,「バイアル瓶内の水溶液」を「土壌」に代える

という発想自体がすでに上記常識に反する。「バイアル瓶内の水溶液」「土


壌」とは著しく異質なものなので,「代える」ことはできないとするのが当

業者の常識である。

しかも,「バイアル瓶内の水溶液」の場合は,「振とう速度120min
−1
で常時振とうさせる」ことでTCEを分解できたものである。一方,本

願発明の場合は,「土壌」を「原位置において機械的に掘削して土壌と混合

した後放置する」ものである。つまり,一度混合した後は放置して反応させ

るものであり,少なくとも「振とう速度120min−1で常時振とうさせ

る」ものとはかけ離れたものである。

このように,常時振とうが必須な技術を,「振とう速度120min−1

で常時振とうさせる」ことが現実的でないのは当然,すなわち振とう不可

能な状況である土壌に適用するのは,当業者であっても容易に想到できる

ものではない。

「バイアル瓶内の水溶液」 「常時振とう」
を するとの試験結果が, 「飽
なぜ

和帯土壌」を「掘削混合した後放置」する場合に適用できるといえるのか,

審決の論理は,二つのかけ離れた処理技術を,根拠なしに恣意的に結びつけ

ているにすぎず,誤りである。

確かに「化学式的なメカニズム」は,引用例3に記載の化学式により有

機塩素系化合物が分解されるという点で,「水溶液」の場合も「土壌」の

場合も同じであることは認める。しかし,「地下水水位より深部という水

が飽和した土壌において,鉄が地下水によって沈降されたり流されたりす

ることなく,土壌粒子の外周面に付着している有機塩素系化合物と接触す

る」という「物理的なメカニズム」の点で,本願発明と引用例1〜4とで

は大きく異なる。




本願発明においては,「地下水水位より深部という水が飽和した土壌」,

すなわち「種々の土壌が混在したものに加え,水が飽和して存在するもの」

を浄化対象にしている。そのため,通常ならば,被告が主張するように,

鉄粉は地下水内において沈降することが予想される。また,地下水が流れ

ている場合であると,鉄粉が有機塩素系化合物を浄化する前に地下水によ

って流されてしまうことも予想される。このような状況下で,実質的に振

とうが不可能な「地下水水位より深部に位置する土壌全体」に対して引用

例1の試験結果を当てはめることは当業者であっても容易ではない。

ウ 取消事由3(相違点dについての判断の誤り)

(ア) 鉄粉の添加量につき,本願発明は「鉄粉を前記土壌に対して0.1〜

10重量%の範囲で添加する」のに対し,引用発明は鉄粉を水溶液に1

200,6000,12000mg/l添加することとなっている。

そして,前記のとおり,「バイアル瓶内の水溶液」を,「地下水水位

より深部に位置する土壌」に置き換えることが当業者であれば容易に想

到し得るものであれば,「地下水水位より深部に位置する土壌」中の水

の浄化に要する鉄粉と「バイアル瓶内の水溶液」の浄化に要する鉄粉と

があまり変わらない量となっているはずである。

そこで,本願発明と引用発明との鉄粉の添加割合を検証する。

ここで,検証のための前提条件として,「飽和帯中の水溶液量は,飽

和帯中の土壌粒子の間隙がすべて水で満たされていると想定し,地下水

面以下の飽和帯の間隙率より求めることができる」こととする。

飽和帯の間隙率につき,透水性の良い地層(透水係数の値が10−3c

m・s−1程度より高い地層)を透水層とよぶ(甲10の296頁左欄1

6行「帯水層」の項目参照)。この透水係数が10−3cm・s−1程度よ

り大きい土質は,透水性「中位」で土砂の種類では「砂および礫」とさ

れている(甲11の220頁,図A1.1 土砂種類と概略透水係数)。




また,「砂および礫」の間隙率は,砂礫層で20〜30%,粗砂で2

5〜35%,中砂で30〜40%とされている(甲10の99頁左欄3

2〜41行参照)。

そうすると,本願発明の飽和帯土壌中の土壌:水溶液比は=80:2

0〜60:40の比率である。

また,土壌の比重については,土粒子の比重の標準値は2.65(t

f/m3)とされている(甲12の16頁の表1.5参照)。

すると,本願発明の飽和帯水溶液に対する鉄粉の重量比は以下のよう

に計算される。

@ (間隙率20%) 土壌:水溶液比80:20の場合

土壌の比重=2.65t/m3,水溶液の比重=1t/m3とすると,

飽和帯の比重は2.65×0.8+1×0.2=2.32t/m3と

なり,2.32tあたりに0.1〜10wt%の鉄粉を添加すること

になり,鉄粉0.1wt%添加は,水溶液あたりの鉄粉重量%=(2.

32×0.1/100/(0.2×1))×100=1.16と計算

される。

A 間隙率40%の場合の飽和帯の比重は2.65×0.6+1×0.

4=1.99t/m3であり,0.1wt%鉄粉混合時の水溶液に対

する重量比は,((1.99×0.1/100)/0.4)×100

=0.4975となる。

同様に計算すると,以下の表のとおりとなる。

表 計算結果 鉄粉の水溶液重量比



間隙率 20%(最小) 40%(最大)

鉄粉混合量(wt%) (砂礫層) (中砂)





0.1wt%(最小) 1.16wt% 0.50wt%

(水溶液比) (水溶液比)

10wt%(最大) 116wt% 50wt%

(水溶液比) (水溶液比)
水溶液に換算すると,0.5〜116重量%の範囲となると計算され

る。

この範囲は,引用例1の水溶液比0.12〜1.2重量%と比較する

と明らかに技術的範囲が異なることが分かる。

以上からすれば,引用例1では水に対する鉄粉比率として0.12〜

1.2重量%と記載されているものの,「地下水水位より深部に位置す

る土壌」中の水に換算すると,本願発明では0.5〜116重量%の範

囲となってしまうことを意味する。

前者の中心値が0.63重量%であるのに対して,後者の中心値は5

8.25重量%となっており,数字が2桁近く異なっている。

これは,本願発明が「地下水水位より深部に位置する土壌」に直接作

用させる浄化方法であるのに対して,引用例1が水の浄化方法に関する

ものであり,「浄化」の対象が異なることに起因して,浄化のシステム

自体も異なり,鉄粉の添加量が大きく異なることによるものである。

この鉄粉の添加量の差からも,本願発明と引用例1とは浄化のシステ

ム自体が異なったものであることがうかがえる。

(イ) 審決は,相違点dについて,「バイアル瓶内の水溶液」の試験で,鉄粉

をTCE水溶液に対して0.12〜1.2重量%の範囲内で添加したとき

に効果があったとあるから,引用発明の被処理物を土壌とした場合におい

て,鉄粉を土壌に対して「0.1〜10重量%の範囲内で添加する」こと

は当業者が容易に想到し得るとする。

引用発明では,「TCE水溶液」に対して「0.12〜1.2重量%」




の鉄粉を添加するとの技術が開示されている。この技術を本願発明に適用

するならば,「土壌」中の水分に対する添加量に置き換える必要がある。

すると,前記(ア)のとおり,本願発明では,鉄分を「土壌」中の水分に

対する添加量としてとらえると,0.5〜116重量%となってしまう。

つまり,浄化の対象が「土壌」の場合には,土壌に含まれる「水」に対

して必要な添加量の「4〜100倍」以上の鉄粉を添加しなければ分解効

果が得られないこととなっている。

さらに,鉄粉の添加量については,「0.12〜1.2重量%」の点

で重複しているものの,引用例1(甲1)での上記添加量の中心値が0.

63重量%であるのに対して,本願発明での中心値は58.25重量%

と3桁程度の差となっている。

この事実は,「水溶液」と「土壌」とが全く異なる性質を有することを

裏付けるものでもあり,当業者が,本願発明における鉄粉の添加量を,

引用例1〜4から想到するのは容易ではない。

このように,本願発明は,「土壌」について鋭意研究した結果初めて得

られた解明事実に基づいてなされたものであり,このような認識は「バイ

アル瓶内の水溶液」の試験のみからは絶対得られないものである。

さらに本願発明では,実施例2において「添加割合:0.03%」の

場合には8.1→5.5ppmとなっており,「添加割合:1.0%」

の場合には7.3→0.01ppmとなっているように,添加量を減ら

せば(添加量の割合を引用例1に近づければ),汚染濃度の低下を図る

ことができないことからも,本願発明と引用例1(甲1)とを,単に鉄

粉の添加量の差だけでなく,浄化のシステムが異なるとしてとらえた方

が理解できる。

したがって,「バイアル瓶内の水溶液」の試験で,鉄粉をTCE水溶液

に対して0.12〜1.2重量%の範囲内で添加したときに効果があった




との記載から,鉄粉を土壌に対して「0.1〜10重量%の範囲内で添加

する」ことは当業者が容易に想到し得ることであるとした認定は誤りであ

る。

エ 小括

以上のとおり,審決は,相違点a,b,dの評価を誤り,システムが全

く異なる「水の浄化」の技術を「土壌の浄化」の技術に適用することが極

めて困難であるにもかかわらず,この点を看過しており,取り消されるべ

きである。

2 請求原因に対する認否

請求の原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,(4)は争う。

3 被告の反論

審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。

(1) 取消事由1に対し

ア 原告は,取消事由1の主張に先立って,あたかも審決の前提が,「有機

塩素系化合物で汚染された『地下水水位より深部に位置する土壌』に付着

した有機塩素系化合物」が水に溶け出して,この「有機塩素系化合物で汚

染された水が鉄粉で浄化される」と考えた点にあるかのように主張する

が,審決では,「土壌」と「水溶液」を相違点aとして指摘した上で,引

用例1の記載事項(A−ア)(A−キ)から,引用例1は処理対象として

「土壌汚染サイト」を想定していること,引用例2の記載事項(B−ア)

(B−イ)から,汚染土壌にパラジウム化鉄バイメタル系を直接接触させ

脱塩素化を行う方法を適用する場合に関する実験として,TCE水溶液の

添加実験をしていること,引用例3の記載事項(C−イ)から,トリクロ

ロエチレンと金属鉄が水を媒介にして反応が進むことなどに基づいて,

「引用発明の被処理物として,ラボ試験レベルの『バイアル瓶内の水溶液』

から『地中の土壌』であって,『地下水水位より深部に位置する土壌』を




対象とすることは,当業者であれば容易に想到し得ることである。」と判

断しているのであり,この判断について原告に誤認があることは明白であ

る。

次に,原告の主張する,「ラボ試験レベルの『バイアル瓶内の水溶液』

での試験結果をそのまま『地下水水位より深部に位置する土壌』に適用は

できないであろうと考えるのがむしろ当業者の常識である」ことについて

は,引用発明の「水溶液」は液体であり,本願発明の「地下水水位より深

部に位置する土壌」は固体であることから,両者が異なることは論を俟た

ないが,「当業者の常識である。」とする根拠は明らかではない。

そもそも,浄化すべき汚染された被処理物は,「水溶液」と「地下水位

より深部に位置する土壌」で互いに異なるとしても,鉄粉による分解作用

(還元反応)を直接受けるのは,「水溶液」や「地下水位より深部に位置

する土壌」ではなく,これらを汚染している有機塩素系化合物であるから,

汚染物質である有機塩素系化合物と鉄粉との反応において,被処理物であ

る「水溶液」と「地下水位より深部に位置する土壌」という対象物が異な

るからといって,鉄粉と有機塩素系化合物との反応メカニズム(浄化シス

テム)自体が相違することにはならない。

その理由は,審決の8頁25〜29行に「引用発明における塩素系揮発

性有機化合物の還元分解反応として,トリクロロエチレンと金属鉄との反

応を例にとると,引用例3の記載事項(C−イ)に,「2CCl2:CH

Cl+6Fe+6H2O=2CH2:CH2+6Fe2++6OH−+6Cl

」と記載されるように,トリクロロエチレンと金属鉄との反応は,水を

媒介にして進行することがわかり」と記載されるとおり,トリクロロエチ

レンと金属鉄(鉄粉)との反応は,水溶液中であろうと,地下水位より深

部に位置する土壌中であろうと,反応系に水が存在する限り(すなわち,

水を媒介にする限り)は,両者間に反応速度や触媒寿命の違いがあるにし




ても,反応メカニズム(浄化システム)自体が相違していることにならな

いから,「『水溶液』での反応と,『地下水水位より深部に位置する(汚

染)土壌』での反応とでは,著しく相違するであろうとの認識が当業者の

常識である。」とはいえないのである。

したがって,審決の認定は当業者の常識に反し,誤りであるとする原告

の主張は,根拠もなく妥当性に欠けるものであり,失当である。

イ 引用例1(甲1)には,「1 はじめに」の項に「弊社では,鉄粉の製

造メーカーとして,また長年培ってきた鉄粉法による排水処理装置メーカ

ーとして,重金属やCODの排水処理に関して鋭意研究開発を行い,鉄粉

法が重金属やCODだけでなく,有機化合物の処理にも適用できることが

明らかとなってきた。こうした背景を受け,本研究では鉄粉による水溶液

中でのCVOCの分解処理が原位置分解処理に使用できる可能性を見い

だし,その際,CVOCは水中でエチレンガスなどの無害ガスにまで還元

的に分解されることを,ラボ試験レベルながら確認することができた。・

・・本論では,これまでの研究の経緯と,その地下水,土壌汚染の浄化へ

の応用の可能性について報告する。」(315頁11行〜21行)と記載

されている。

このように,「鉄粉法が重金属やCODだけでなく,有機化合物の処理

にも適用できることが明らかとなってきた。 とあるように,
」 引用例1(甲

1)が刊行される以前から,例えば,甲3に記載されるように,鉄粉によ

る水溶液中の有機塩素系化合物の除去について議論されている。

以上のことを勘案すると,引用例1(甲1)は,従来から知られていた

鉄粉による水溶液中の有機塩素系化合物の分解処理を発展させ,汚染地下

水や汚染土壌の原位置分解処理に応用することを指向して,基礎的なデー

タを得ることを目的とした報告であるとみることができる。

なぜならば,土壌は,水溶液と異なり,粗礫,細礫,粗砂,細砂,シル




ト,粘土など,様々な種類があり,さらに,これらが混在した不均一なも

のであるから,鉄粉による有機塩素系化合物の分解について,基礎データ

を得る汚染サンプルとして適していないことが明らかであるのに対し,水

溶液は,均一な汚染サンプルを作成でき,これを用いて鉄粉による有機塩

素系化合物の分解についての基礎データを得ることが効果的な鉄粉の物

性を知る上で,より合理的であるからである。

このことは,引用例2(甲2)の記載事項(B−イ)から,パラジウム

化鉄粒子及びパラジウムを含まない鉄粒子の反応を評価するために,トリ

クロロエチレン水溶液を用いて試験していることからも裏付けられるも

のといえる。

ここで,引用例1(甲1)をみると,表−1には,「各鉄粉の成分組成

および物性」として,4種類の鉄粉が挙げられ,そのうち,「E−200」

という銘柄の鉄粉を用いたこと,まとめとして(1)エチレン骨格を持つT

CE(トリクロロエチレン),PCE(テトラクロロエチレン)は,鉄粉

によって還元分解されるが,同時に約20種類の中間産物が生成すること

が確認されたこと,(2)弱酸性の還元物質である硫酸水素ナトリウムを使

用すると,TCE,PCE分解速度が増加し,かつ分解副生成物を限定す

ることができたことなどが記載されている。

以上のことから,引用例1(甲1)には,「ただし,今回報告したよう

に,CVOC分解の際の中間産物の制御や適用可能な汚染物の範囲,使用

する鉄粉の選択,反応促進剤の選択など,不明な点や改善すべき点も多く,

これらの解明を行わなければ,具体的な適用方法を決定することが困難と

なる。」と記載されてはいるが,具体的な試験例が明記され,しかも,本

願発明と引用発明とは使用する鉄粉の種類や使用量に関する差異はなく,

エチレン骨格を持つTCE,PCEは,鉄粉によって還元分解されたが,

同時に約20種類の中間産物が生成することが確認され,弱酸性の還元物




質である硫酸水素ナトリウムを使用すると,TCE,PCE分解速度が増

加し,かつ分解副生成物を限定することができたことなどが開示されてい

ることからみれば,「引用例1(甲1)では,あくまでもラボ試験レベル

の『バイアル瓶内の水溶液』における特定の条件での反応が解明されただ

けであり,どのような『汚染物』を分解できるのか,さらには,どのよう

な『鉄粉』を使用すればよいのか等が不明であり,これらの解明を行わな

ければ,具体的に適用できないことを明確に示している」という原告の主

張が妥当でないことは明らかである。

ウ 当業者が上記引用例1(甲1)の記載をみた場合,この試験結果を「土

壌」に当てはめると,前記アのとおり,汚染物質である有機塩素系化合物

と鉄粉との反応において,被処理物である「水溶液」と「土壌」という対

象物が異なるからといって,反応メカニズム(浄化システム)自体が相違

することにはならないことから,引用例1の試験結果を,「土壌」中に約

20〜40体積%含まれるにすぎない水に対してのみではなく,「地下水

水位より深部に位置する」「土壌」全体に対して当てはめることになるこ

とは明らかであり,原告の上記主張は失当である。

エ 引用例2(甲2)には,「バッチ試験の結果を Fig.l に示す。パラジウ

ムめっき鉄粉10g(40mesh 鉄粉10gにPd5mgを添加)を用いた

場合,20ppmの濃度のトリクロロエチレン(以下,TCEと表記)溶液

10mlをおよそ3分間で完全に分解することができ,脱塩素生成物であ

るエタンが生成された。これに対して,パラジウム添加をしない鉄屑(4

0mesh)10g用いた場合には,同じ時間では全く反応が見られなかった。

10μmの粒径を持つパラジウム添加を行った鉄粉および行っていない

鉄粉についても,同様の結果が得られた(Fig.2 参照)。」(記載事項(B

−オ))と記載されることから,パラジウム添加をしない鉄屑(40mesh)

及び10μmの粒径を持つパラジウム添加を行っていない鉄粉では,3分




間で全く反応がみられなかったことがわかる。

しかし,引用例1(甲1)には「TCE,PCEは,鉄粉によって還元

分解される」(319頁下から4行)ことが記載されている上,金属鉄を

用いてトリクロロエチレンを還元処理することを示す甲3には「図−2に

示すように,前報のテトラクロロエタンの還元処理にくらべると,トリク

ロロエチレンの消失速度は大きく低下し,反応時間6時間経過後もトリク

ロロエチレン除去率は40%にも達していない。 (20頁右欄5〜9行)


と記載され,パラジウム化を行っていない鉄粉は,トリクロロエチレン除

去率が6時間で40%にも達していないことからみて,パラジウム化を行

っていない鉄粉は,パラジウム化鉄に比べ,トリクロロエチレンを還元処

理する速度が遅いことが明らかである。

なお,貴金属であるパラジウムは鉄よりはるかに高価であるため,パラ

ジウム化を行っていない鉄粉が,パラジウム化鉄に比べ,トリクロロエチ

レンを還元処理する速度が遅いとしても,そのことが原告所論の阻害要因

となるはずもない。

したがって,引用例2(甲2)のバッチ試験の結果として,3分間とい

う短い時間で全く反応がみられないからといって,「審決の認定とは逆に

鉄屑に相当する鉄粉を土壌と直接接触させても反応しないことが記載さ

れ,むしろ本願発明に至ることを妨げる阻害要因が記載されている。」と

はいえないから,引用例2(甲2)は,本願発明の引用例となり得る。

したがって,原告の上記主張は,失当である。

オ まず,原告の「『水溶液』による試験をそのまま『水分を飽和状態で含

有する土壌』には適用できないとするのが当業者の常識である」との主張

は,前記アのとおり妥当性を欠く。

そして,「鉄粉の添加量の割合の大きな相違は,『水溶液の浄化』に適

用できる技術を,『地下水水位より深部に位置する(汚染)土壌の浄化』




に適用できる技術に容易に転用できないことを示している」旨の原告の主

張については,そもそも,原告は,前記のとおり,前置報告書を引用した

審尋で,「仮に土壌に有機塩素系化合物が付着していても,少なくとも,

地下水中に有機塩素系化合物が溶解し,溶解した有機塩素化合物が水中で

鉄粉で分解されることで,水中の有機塩素系化合物濃度が低下することで

土壌に付着した有機塩素系化合物の溶解を促し,土壌浄化が行われること

は予測の範囲内のことだからである。」と記載した点をとらえて,鉄粉に

よる反応が土壌から水に溶解した有機塩素系化合物に対して進行するか

のように考えて審決が容易論を展開しているものと誤解しているのであ

り,前記アのとおり,審決においては「鉄粉を土壌と直接接触させる」こ

とにより,有機塩素系化合物で汚染された土壌を浄化することが容易であ

る旨判断しているのであるから,原告の主張は前提において誤ったもので

ある。

しかも,後記(3)のとおり,本願発明と引用発明とは,被処理物に対す

る鉄粉の添加量が「0.12〜1.2重量%」の点で重複しているのであ

るから,水溶液を浄化対象とする場合と土壌を浄化対象とする場合とで,

鉄粉の必要量に相違はない。

したがって,原告の上記主張は,誤認に基づくものであり,失当である。

(2) 取消事由2に対し

原告が「『水溶液』と,『地下水水位より深部に位置する(汚染)土壌』

とは,その性質が著しく異なり,浄化のシステムが異なることは当業者の常

識であり,『水溶液』での反応と,『地下水水位より深部に位置する(汚染)

土壌』での反応とでは,著しく相違するであろうとの認識が当業者の常識で

ある。したがって,ラボ試験レベルの『バイアル瓶内の水溶液』での試験結

果をそのまま『地下水水位より深部に位置する土壌』に適用はできないであ

ろうと考えるのがむしろ当業者の常識である。」と主張する点については,




前記(1)アのとおり,「『水溶液』での反応と,『地下水水位より深部に位

置する(汚染)土壌』での反応とでは,著しく相違するであろうとの認識が

当業者の常識である。 とはいえないのであるから,
」 「ラボ試験レベルの『バ

イアル瓶内の水溶液』での試験結果をそのまま『地下水水位より深部に位置

する土壌』に適用はできないであろうと考えるのがむしろ当業者の常識であ

る。」とはいえない。

次に,原告は「本願発明の場合は,『土壌』を『原位置において機械的に

掘削して土壌と混合した後放置する』ものである」と主張するが,本願発明

は「土壌と混合する」ことについては記載されているものの,「土壌と混合

した後放置する」ことは記載されていないので,そもそも原告の主張は特許

請求の範囲の記載に基づくものではない。

その点は措くとしても,引用例1(甲1)において,バイアル瓶を常時振

とうする目的は,液相のトリクロロエチレンと固相の鉄粉との接触を図るた

めであり,仮に常時振とうしなければ,鉄粉は水よりも比重が大きいために,

バイアル瓶の底部に沈降してしまい,水中のトリクロロエチレンと十分接触

することができなくなるためであることは明らかである。

これに対して,「土壌を原位置において,機械的に掘削し鉄粉を添加して

該土壌と混合」(審決10頁6〜7行)すれば,鉄粉が土壌の間隙を移動す

ることがないので,両者の接触状態が維持されて,その後の撹拌混合が必要

ないことは明らかである(もちろん,土壌であっても,「振とう速度120

min−1で常時振とうさせる」方が,有機塩素系化合物との接触効率が高ま

り,理論的には望ましいといえるが,土壌を「振とう速度120min−1で

常時振とうさせる」ことが現実的でないのは当然のことである。)。

以上から,水溶液を「振とう速度120min−1で常時振とうさせる」も

のと,土壌を「一度混合した後は放置して反応させるもの」とは,鉄粉を被

処理物に対して均一に分散させて効率よく接触させる点で「かけ離れたも




の」ではないから,「審決の論理は,二つのかけ離れた処理技術を,根拠な

しに恣意的に結びつけているにすぎないといわざるを得ない。」との原告の

主張は失当である。

(3) 取消事由3に対し

原告が「引用発明では,『TCE水溶液』に対して『0.12〜1.2重

量%』の鉄粉を添加するとの技術が開示されている。この技術を本願発明に

適用するならば,『土壌』中の水分に対する添加量に置き換える必要があ

る。」と主張する点については,前記(1)オのとおり,鉄粉による反応が土

壌から水に溶解した有機塩素系化合物に対して進行するかのように考えて

審決が容易論を展開しているものと誤解したことによるものである。

すなわち,審決においては「鉄粉を土壌と直接接触させる」ことにより,

有機塩素系化合物で汚染された土壌を浄化することが容易である旨判断し

ているのであるから,被処理物である「TCE水溶液」に対して「0.12

〜1.2重量%」添加する引用発明の鉄粉の添加量を土壌に対する添加量に

置き換える際に,わざわざ「土壌」中の水分に対する添加量に置き換える必

要はなく,単純に土壌に対して「0.12〜1.2重量%」添加するという

のが順当な考えである。

また,本願発明と引用発明とは,被処理物に対する鉄粉の添加量が「0.

12〜1.2重量%」の点で重複している。

そして,審決では「以上のことから,被処理物に対する鉄粉の添加量が多

いほど,被処理物の浄化の速度が向上することは明らかであり,鉄粉の添加

量は,被処理物の種類や汚染の程度に応じ,浄化の速度を考慮して選定され

るものである」(12頁6〜8行)と記載するように,被処理物に対する鉄

粉の添加量が多いほど,被処理物の浄化の速度は向上するから,本願発明に

おける上限値を10重量%とすることは,費用対効果を勘案して自ずと決定

されるものである。




したがって,引用例1(甲1)における「バイアル瓶内の水溶液」の試験

で,鉄粉をTCE水溶液に対して0.12〜1.2重量%の範囲内で添加し

たときに効果があったとの記載から,鉄粉を土壌に対して「0.1〜10重

量%の範囲内で添加する」ことは当業者が容易に想到し得ることであるとし

た判断に誤りはなく,原告の主張は失当である。

第4 当裁判所の判断

1 請求の原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審

決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。

容易想到性の有無

審決は,本願発明は引用例1〜4及び周知技術から容易に想到できるとし,

一方,原告はこれを争うので,以下検討する。

(1) 本願発明の意義

ア 本件補正後の特許請求の範囲請求項1は,前記第3,1(2)のとおりで

あるほか,本願明細書(公開特許公報,甲6)には,以下の記載がある。

・【技術分野】

「本発明は,有機塩素系化合物で汚染された土壌の浄化技術に関する。」

(段落【0001】)

・【背景技術】

「半導体工場や金属加工工場等において脱脂溶剤として過去より多量

に使用され,使用後排出されあるいは投棄されてきたトリクロロエチレ

ン等有機塩素系化合物が,土壌または地下水を汚染した状態で蓄積さ

れ,工場跡地の再利用や周辺地域の土地開発に障害をもたらし,また,

その蓄積有機塩素系化合物による地下水の汚染がこの地下水利用上の

障害になる等大きな社会問題となっている。」(段落【0002】)

・「このような有機塩素系化合物による汚染水を鉄系金属還元剤で処理し,

汚染物質を分解させ無害化する方法については,例えば,特公平2−4




9158号公報,特公平2−49798号公報,特許第2636171

号公報,特表平5−501520号公報および特表平6−506631

号公報に開示されている。」(段落【0003】)

・「その他,汚染地下水については,この汚染地下水を土壌外に抽出して

無害化処理する真空抽出法や揚水曝気法等があり,また,土壌について

は,土壌を掘削して加熱処理によって無害化する熱脱着法および熱分解

法が知られ,さらにまた,土壌または地下水中の汚染物質を分解して無

害化する方法として,微生物を利用したバイオレメディエーション法に

よる浄化法が知られている。……」(段落【0006】)

・【発明が解決しようとする課題】

「しかしながら,特公平2−49158号公報,特公平2−49798

号公報および特許第2636171号公報の発明方法は,いずれも用水

あるいは工場排水を処理対象としているもので,汚染地下水の処理には

面倒な汚染水の排水作業が前提となり,また,汚染水についてpH調整

および他の還元物質や水素ガスの供給等による溶存酸素の除去操作を

必要としているので,汚染された土壌または地下水の原位置処理には適

用し難く,さらに,鉄還元剤を活性炭等に担持させて用いる等コストの

点からも不利な面が多い。」(段落【0007】)

・「また特表平5−501520号と特表平6−506631号の発明方

法は,地下水を対象とした原位置処理法でもあるが,汚染地域を流れる

地下水流による下流域への汚染拡散防止を主な目的としており,汚染地

域自体の無害化を目的としたものではない。さらに,金属還元剤を活性

炭による吸着剤と併用する,また鉄の層が地下水中の炭酸塩イオンと反

応して生成した炭酸鉄(FeCO3)により閉塞し,そのため定期的に

交換を必要とする等コストの点から不利な面が多い。 即ち,有機塩素

系化合物で汚染された土壌および土壌中の汚染水の無害化処理に関し




て,従来の技術の場合,次のような問題があった。 (段落
」 【0008】)

・「(1)真空抽出・揚水ばっき等で汚染物質を含む土壌ガス・地下水を地

中より抽出,揚水する方法では,土壌ガス,抽出水について汚染物質除

去および分解のため活性炭や分解剤を使用するにあたり地上に設備を

設け,抽出,揚水して発生した汚染物質を無害化処理を行う等,高コス

トな別途処理を必要としている。また,土壌そのものを浄化するもので

ないので,前記したような土地開発上の障害を除く等の目的は達成でき

ず,十分な無害化処理方法とはいえない。」(段落【0009】)

・「(2)鉄等金属系還元剤による地下水浄化法は,飽くまでも地下水を対

象とするものであり,汚染地下水の拡散は防げても,土壌自体の汚染を

浄化するものではなく,したがって,地下水の水位以上の不飽和帯ある

いは掘削後の土壌の浄化に適用できないので,上記方法と同様に十分な

無害化処理方法とはいえない。

また,本法は地下水の通過性を良くし,かつ上述したような閉塞の問

題を避けるために,粒度の大きい鉄を使用する。そのため反応性が悪く

使用量も多くなるためコスト面でも不利がある。」(段落【0010】)

・「(3)掘削土壌を高温で熱分解する方法では,土壌を加熱処理する大が

かりな設備が必要であり,かつ土壌粒子自体が熱により変質し,例えば,

構造物を支持する,生物を生息させるといった土壌の機能が著しく損な

われるため,処理後の土壌の再利用が難しくなる。 (段落
」 【0011】)

・「(4)バイオレメディエーション法では,各々の土壌のもつ特性により

全ての土壌に適応可能なわけではなく,又,可能であったとしても微生

物作用によるため反応が遅く,長期の処理期間を必要としている。 (段


落【0012】)

・「従って,本発明は,地下水水位以下の飽和帯の土壌……などを処理対

象とすることができ,有機塩素系化合物で汚染された土壌について比較




的安価な鉄材のみの還元剤により,短期間で,且つ,常温で汚染物質を

分解できる土壌の無害化処理方法の提供を目的とする。」(段落【00

13】)

・【課題を解決するための手段】

「この目的を達成するため,本発明は,地下水水位より深部に位置する

土壌……であり且つ有機塩素系化合物で汚染された土壌に,鉄粉を添加

・混合することにより,前記有機塩素化合物を分解して土壌を浄化する

土壌の無害化処理方法を,また,前記鉄粉は,0.1重量%以上望まし

くは0.2重量%以上の炭素を含むところの土壌の無害化処理方法を,

もしくは,前記鉄粉は,0.1重量%以上望ましくは0.2重量%以上

の炭素を含み且つ500cm2/g以上望ましくは2,000cm2/g

以上の比表面積を有すると共に50重量%以上が150μmのふるい

を通過する粒度を有し,前記土壌に対して0.1〜10重量%の範囲内

で添加されるところの土壌の無害化処理方法……を提供する。」(段落

【0014】)

・【発明の効果】

「本発明によれば従来方法では処理対象外となっていた有機塩素系化

合物で汚染された土壌について,地下水水位以下の飽和帯の土壌……を

…対象とし,鉄粉の炭素成分,形状,寸法を規制し,また,土壌への添

加量を規制するのみで,比較的安価で,かつ従来と比較して少量の鉄粉

単味の添加混合という簡便な常温処理方法により,短期間で環境への影

響のない状況にまで汚染物質を分解し無害化できるという効果が得ら

れる。さらに,鉄粉として海綿状鉄粉を利用することで,前記効果を容

易に得ることができる。」(段落【0015】)

・【発明を実施するための最良の形態】

「本発明は,……,1,1,1-トリクロロエタン,1,1,2-トリクロロエ




タン,トリクロロエチレン,テトラクロロエチレン,……などの揮発性

有機塩素系化合物や,PCB,ダイオキシン類などの有機塩素系化合物

により汚染された土壌を浄化の対象とし,これらの有機塩素系化合物

を,脱塩素あるいは脱塩化水素作用により分解させ無害化することを特

徴としている。」(段落【0016】)

・「鉄粉を土壌に添加して混合するには,原位置処理の場合,空気または

水等による高圧媒体を利用して地中に散布する方法または地盤改良工

事で利用される土木機械を用いて機械的に掘削混合する方法がとられ

る。……。」(段落【0019】)

・「以上のような土壌処理を行うことにより,2〜3か月で土壌の汚染に

係る環境基準(……)以下まで土壌を無害化することができる。」(段

落【0021】)

・【実施例】

実施例1〜4のサンプルの調整は,内径100mm×高さ500mm

の塩化ビニル製の光を透さない容器に,トリクロロエチレンで汚染され

た土壌と所定割合の鉄粉とを混合して作成した試料を封入した。さらに

容器下部から150mmまでは蒸留水を添加して地下水水位以下の土

壌に相当する飽和帯を再現した。」(段落【0022】)

・「試料は,……,所定期間常温で放置した後,各容器ごとにサンプリン

グを行った。サンプルは筒型のサンプラーを用いて容器最上部から最下

部まで棒状に採取したので,サンプル中には,飽和帯土壌と不飽和帯土

壌の両方が含まれている。

鉄粉は同和鉄粉工業(株)製,海綿状鉱石還元鉄粉(E−200)を

原料として還元精製,焼結,粉砕,ふるい分けの操作により所定の物性

値に調整したものを用いた。」(段落【0023】)

・「尚,土壌環境基準は土壌重量の10倍量の水への溶出値(mg/l)




で示される。よって,土壌環境基準値(mg/l)の10倍値以下の含

有量値(mg/kg)であれば土壌環境基準を満たすと判断できる。」

(段落【0025】)

・「[実施例1]鉄粉の粒度を変えて土壌中のトリクロロエチレンの分解

状況を調べた。・・・結果を表1に示した。」(段落【0026】)

【表1】




・「この結果から,鉄粉の粒度は50重量%以上が150μmのふるいを

通過する微粒側の粒子であることが望ましいことがわかる。 (段落
」 【0

027】)

・「〔実施例2〕鉄粉の土壌への添加割合を変えてトリクロロエチレンの

分解状況を調べた。・・・結果を表2に示した。」(段落【0028】)

【表2】




・「この結果から,鉄粉の土壌への添加割合としては少なくとも0.1重

量%の場合が望ましいことがわかる。」(段落【0029】)

・「〔実施例3〕鉄粉の炭素含有量を変えてトリクロロエチレンの分解状

況を調べた。・・・結果を表3に示した。」(段落【0030】)




【表3】




・「この結果から,鉄粉としては炭素含有量が0.1重量%以上のものが

望ましいことがわかる。」(段落【0031】)

・「〔実施例4〕単位重量当たりの表面積即ち比表面積の異なる鉄粉につ

いてトリクロロエチレンの分解状況を調べた。・・・結果を表4に示し

た。」(段落【0032】)

【表4】




・「この結果から,鉄粉の比表面積は少なくとも2,000cm2/gの

ものにおいて顕著な効果が得られることがわかる。 (段落
」 【0033】)

・「以上のように,有機塩素化合物分解に必要な鉄粉とは,鉄粉中の炭素

含有量が0.1重量%以上で,150μmのふるいを50重量%以上が

通過する粒度分布を有し,比表面積としては500cm2/g以上特に

は2,000cm2/g以上で,且つ,土壌に対して土壌の0.1重量

%乃至10重量%の割合で添加することにより従来には見られない顕

著な効果を得ることができたものである。」(段落【0034】)

イ 以上の記載によれば,鉄系金属還元剤を使用して有機塩素系化合物を無




害化処理する方法は公知であったところ,本願発明は土壌の無害化処理方

法であって,0.1重量%以上の炭素を含みかつ500cm2/g以上の

比表面積を有するとともに50重量%以上が150μmのふるいを通過

する粒度を有する鉄粉を使用して,トリクロロエチレン,テトラクロロエ

チレンなどの有機塩素系化合物で汚染された土壌であって,地下水水位よ

り深部に位置する土壌を原位置で処理することを目的とするものである。

そして,実施例として,内径100mm×高さ500mmの塩化ビニル製

の光を通さない容器に,トリクロロエチレンで汚染された土壌と,所定の

物性値を有する鉄粉を所定割合混合して作成した試料を封入し,さらに,

容器下部から150mmまで蒸留水を添加して地下水水位以下の土壌に

相当する飽和帯を再現し,30日,60日又は90日間常温で放置する実

験の結果,試料中のトリクロロエチレンが分解されたことを示す例が記載

されている。

(2) 引用発明の意義

ア 引用例1(甲1)には以下の記載がある。

・「1 はじめに

近年,揮発性有機化合物(VOC),特にトリクロロエチレン(TCE)

やテトラクロロエチレン(PCE),1,1,1−トリクロロエタン(M

C)といった塩素系揮発性有機化合物(CVOC)による地下水,土壌汚

染が顕在化している。これらCVOCによる地下水,土壌汚染の浄化手

段としては,土壌吸引法(SVE),揚水処理法(PET),バイオレ

メディエーション,熱脱着,熱分解処理などが挙げられるが,どの手法

実施条件が限定されるとともに,その処理効果(コスト,処理期間も

考慮した)は,汚染サイトの状況によってバラツキがみられる。そのた

め,現実の地下水,土壌汚染の状況を考えると,原位置でCVOCを分

解可能とする新規浄化技術の開発が望まれている。




弊社では,鉄粉の製造メーカーとして,また長年培ってきた鉄粉法に

よる排水処理装置メーカーとして,重金属やCODの排水処理に関して

鋭意研究開発を行い,鉄粉による排水処理事業(鉄粉法の確立)を拡大

させてきた実績を持つ。また開発,事業化を通して,鉄粉法が重金属や

CODだけでなく,有機化合物の処理にも適用できることが明らかとな

ってきた。

こうした背景を受け,本研究では鉄粉による水溶液中でのCVOCの

分解処理が原位置分解処理に使用できる可能性を見いだし,その際,C

VOCは水中でエチレンガスなどの無害ガスにまで還元的に分解され

ることを,ラボ試験レベルながら確認することができた。……。

本論では,これまでの研究の経緯と,その地下水,土壌汚染の浄化へ

の応用の可能性について報告する。」(315頁3〜21行)

・「2 実験方法

反応系は,100mlバイアル瓶(容積120ml)内に脱イオン水

100mlをあらかじめ準備し,定量した鉄粉(同和鉄粉(株)製E−2

00,DE,DNC−240,和光純薬工業(株)製鋳鉄粉)を添加して

…密封し,その後…一定量のCVOCを…注入するといった方法で作成

した。各々の鉄粉の物性値を表−1に示す。……。




試験では,CVOC物質として,工業用洗浄剤として一般的に使用さ




れているTCE,PCE,MCの他に,1,1,2−トリクロロエタン

(1,1,2−TCA),1,1,2,2−テトラクロロエタン(1,1,

2,2−TeCA)を使用し,その分解反応を検討することにした。…

…。CVOC濃度は100mg/lと,地下水,土壌汚染のレベルでは

比較的高濃度域の範囲で設定し,作成したサンプルを25℃恒温槽中で

振とう器によって振とうしながら(振とう速度120min−1),水溶

液中のCVOC濃度を経時的に測定した。」(315頁22行〜316

頁6行)

・「3 結果と考察

3−1 鉄粉量とTCE,PCE分解速度の相関

鉄粉によるTCEやPCEの還元分解の試みは最近,米国を中心に関

心が高まり盛んに論議が行われており,その中で鉄粉の表面積が重要な

ファクターの一つであるとされている。

そこで,100mg/l TCE水溶液に,60,120,600,

1200mg/100ml(以下600,1200,6000,120

00mg/lと記す)の鉄粉を加えTCE濃度の経時変化を測定し,そ

の結果を Fig.1 に示した。





鉄粉は,その種類によって分解の効果が異なったが,Fig.1 において

はプレ試験において最も安価かつ一般的であると思われた同和鉄粉

(株)製E−200を使用した。

Fig.1 から,TCE濃度は時間に対し指数関数的に減少することが認

められた。……。

同様の試験をPCEについても実施したところ,鉄粉による分解反応

はTCEと同様に進行することが確認されたが,その分解速度定数の値

はTCEに較べ約1/8と,遅い反応であることがわかった。

ただし,その分解過程において複数の分解産物がクロマトグラム上で

確認され(約20種),TCE,PCE分解速度だけではなく,分解反

応過程の検討も不可欠であることが判断できた。」(316頁10行〜

317頁14行)

・「4 まとめと今後の方針

本研究の経緯をまとめると,以下のようになる。

(1) CVOC類の中で,エチレン骨格を持つTCE,PCEは,鉄粉

によって還元分解されるが,同時に約20種類の中間産物が生成する

ことが確認できた。」(319頁下から6〜3行)

・「5 おわりに

現在,CVOC類の分解浄化手法として,熱分解,光触媒分解,化学

酸化,生物分解などの方法が実用化及び研究段階にあるが,その中で本

手法は原位置での浄化処理法として適用されることが期待される。すな

わち,地中の地下水,土壌汚染サイトに鉄粉を注入することによって,

CVOCが原位置で分解処理できる可能性が考えられる。

ただし,今回報告したように,CVOC分解の際の中間産物の制御や

適用可能な汚染物の範囲,使用する鉄粉の選択,反応促進剤の選択など,

不明な点や改善すべき点も多く,これらの解明を行わなければ,具体的




な適用方法を決定することが困難となる。

弊社は,鉄粉の製造メーカーとして,また長年培ってきた鉄粉法によ

る水処理メーカーとして,上記の点について鋭意研究開発を進めてい

る。」(320頁5〜14行)

イ 以上の記載によれば,引用例1(甲1)には,バイアル瓶内の塩素系揮

発性有機化合物(CVOC)であるトリクロロエチレン(TCE)やテト

ラクロロエチレン(PCE)含有水溶液に,炭素原子の組成値が0.32

重量%で,比表面積が2.2m2/gである鉄粉(同和鉄粉(株)製E−

200)を,上記水溶液に600,1200,6000,12000mg

/l添加して振とう器によって振とうし,鉄粉による還元分解反応によっ

てトリクロロエチレン(TCE)やテトラクロロエチレン(PCE)を分

解する方法(甲1発明)が示されている。

また,引用例1の「はじめに」の項には,塩素系揮発性有機化合物によ

る地下水や土壌の汚染が,近年,顕在化しているところ,これらの浄化手

段として公知の方法は,いずれのものも実施条件が限定され,また,効果

にバラツキがみられることから,原位置で塩素系揮発性有機化合物(CV

OC)を分解可能とする新規浄化技術の開発が望まれていると,塩素系揮

発性有機化合物(CVOC)による土壌汚染に対する技術課題が述べられ

ており,この課題を受けて,「本研究では鉄粉による水溶液中でのCVO

Cの分解処理が原位置分解処理に使用できる可能性を見いだし,その際,

CVOCは水中でエチレンガスなどの無害ガスにまで還元的に分解され

ることを,ラボ試験レベルながら確認することができた。」と記載されて

いる。さらに,「おわりに」の項にも,「本手法は原位置での浄化処理法

として適用されることが期待される。すなわち,地中の地下水,土壌汚染

サイトに鉄粉を注入することによって,CVOCが原位置で分解処理でき

る可能性が考えられる。」と記載されている。




したがって,引用例1(甲1)には,甲1発明の実用化・具体化におい

て,地中の地下水,土壌汚染サイトに甲1発明で用いる鉄粉を注入すると

いう手法を採用することにより,塩素系揮発性有機化合物(CVOC)が

原位置で分解処理できることが示唆されているということができる。

(3) 取消事由の主張に対する判断

ア 取消事由1(相違点aについての判断の誤り)について

(ア) 相違点aについての当裁判所の判断

審決が認定した本願発明と引用発明との相違点aは,「本願発明の被

処理物は,『地下水水位より深部に位置する土壌』であるのに対して,

引用発明の被処理物は,バイアル瓶内の水溶液である点」である。

そして,前記(1)アのとおり,本願明細書(甲6)の段落【0015】

に「本発明によれば……,地下水水位以下の飽和帯の土壌……を…対象

とし,……」と記載され,【実施例】の項に「さらに容器下部から15

0mmまでは蒸留水を添加して地下水水位以下の土壌に相当する飽和

帯を再現した。」(段落【0022】)と記載されており,同実施例で

は,高さ500mmの容器の下部から150mmまで蒸留水を添加し,

この際に,水で浸された部分を地下水水位以下の土壌に相当する飽和

帯,すなわち,地下水水位より深部に位置する土壌のモデルとしている。

以上の記載からすれば,本願発明において被処理物である「地下水水

位より深部に位置する土壌」とは,汚染物である有機塩素系化合物と水

と土壌よりなる系を意味するものと認められる。

これに対し,甲1発明の被処理物には,土壌は含まれていない。しか

し,前記(2)イのとおり,甲1発明は,その実用化の際の被処理物は,

地下水のみならず,土壌も包含することを示唆しているので,引用例1

の記載に接した当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知

識を有する者)であれば,甲1発明の被処理物について,有機塩素系化




合物と水と土壌よりなる系,すなわち,地下水水位より深部に位置する

土壌を想到することは,格別の創意を要するものではないというべきで

ある。

(イ) 原告の主張についての説明

a 原告は,@審決に先だっての特許庁の審尋(甲7)では,本願発明

が,有機塩素系化合物で汚染された地下水水位より深部に位置する土

壌に付着した有機塩素系化合物が水に溶け出して,この有機塩素系化

合物で汚染された水が鉄粉で浄化されると考えているが,甲8(早川

祥美ほか,「土壌による低沸点有機塩素化合物の吸着特性」,札幌市

衛研年報,1993年,20号)及び甲9(環境庁水質保全局水質管

理課・土壌農薬課監修,「土壌・地下水汚染と対策」,社団法人日本

環境測定分析協会,平成8年1月25日(第1刷の発行日,ただし甲

9は第4刷(平成12年1月20日)))からすれば,有機塩素系化

合物で汚染された「地下水水位より深部に位置する土壌」中の有機塩

素系化合物は,年数をかけても溶け出さないので,この判断は誤りで

ある旨,A本願発明では,実施例に記載されたトリクロロエチレンの

汚染濃度の低下状況から判断して,有機塩素系化合物で汚染された

「地下水水位より深部に位置する土壌」に付着した有機塩素系化合物

が直接鉄粉で浄化されることにより,汚染濃度の低下が図られている

と考えられ,本願発明と甲1発明とでは,物理的なメカニズムの点で

大きく異なるものであるから,引用例1(甲1)におけるラボ試験レ

ベルの「バイアル瓶内の水溶液」での試験結果を,そのまま「地下水

水位より深部に位置する土壌」に適用はできないであろうと考えるの

が当業者の常識であり,審決の判断は誤りである旨,それぞれ主張す

る。

しかし,有機塩素系化合物の分解反応は,例えばトリクロロエチレ




ンの場合,鉄粉によるトリクロロエチレンの分解反応の化学反応式と

して,引用例3(甲3)の21頁右欄に(1)式(2CCl2:CHCl

+6Fe+6H2O=2CH2:CH2+6Fe2++6OH−+6Cl−)

で示されており,原告も,「化学式的なメカニズム」は,上記の化学

式により有機塩素系化合物が分解されるという点で「水溶液」の場合

も「土壌」の場合も同じであることを認めている。

また,引用例1(甲1)では,地下水と土壌を浄化の対象として並

列的に記載しており,両者を同等のものとして認識している。

そうすると,引用例1(甲1)に接した当業者は,引用例1記載の

実験から地下水中の有機塩素系化合物は鉄粉による還元分解反応に

よって浄化可能であり,また,土壌に付着した有機塩素系化合物も,

地下水中のものと同様に鉄粉で浄化できると理解するのが合理的と

いうべきであり,甲1発明の被処理物として地下水水位より深部に位

置する土壌が容易に想到し得るとした審決の判断に誤りはない。

b 次に原告は,@引用例1(甲1)の「おわりに」の項に,「ただし,

今回報告したように,CVOC分解の際の中間産物の制御や適用可能

な汚染物の範囲,使用する鉄粉の選択,反応促進剤の選択など,不明

な点や改善すべき点も多く,これらの解明を行わなければ,具体的な

適用方法を決定することが困難となる。弊社は,鉄粉の製造メーカー

として,また長年培ってきた鉄粉法による水処理メーカーとして,上

記の点について鋭意研究開発を進めている。」と記載されていること

から,引用例1(甲1)の発表時には,まだ,「使用する鉄粉の選択」

等において解明が行われておらず,どのような「汚染物」を分解でき

るのか,さらには,どのような「鉄粉」を使用すればよいのか等が不

明であり,これらの解明を行わなければ,具体的に適用できないこと

を明確に示している旨,A引用例1(甲1)における「本研究では鉄




粉による水溶液中でのCVOCの分解処理が原位置分解処理に使用

できる可能性を見いだし」や「地中の地下水,土壌汚染サイトに鉄粉

を注入することによって,CVOCが原位置で分解処理できる可能性

が考えられる」との記載は,「土壌への適用」に対する単なる「可能

性や期待」若しくは「願望」を述べたにすぎず,「土壌への適用」を

具体的にどのように行うのかは,引用例1(甲1)には一切記載され

ておらず,引用例1(甲1)の報告はあくまでもラボ試験レベルの「バ

イアル瓶内の水溶液」における反応の実験にすぎない旨,それぞれ主

張する。

しかし,本願発明では,有機塩素系化合物としてトリクロロエチレ

ンを汚染物とする発明を包含することから,本願発明と甲1発明で,

有機塩素系化合物がトリクロロエチレンの場合は,両発明が一致す

る。また,使用する鉄粉の物性値に関し,炭素原子の組成値及び比表

面積については,本願発明と甲1発明とで一致しており(本願発明の

特許請求の範囲及び引用例1の表−1のE−200の欄参照),粒度

については,審決で両発明の相違点c(本願発明の鉄粉は,「50重

量%以上が150μmのふるいを通過する粒度を有する」のに対し,

引用発明の鉄粉は,粒度が明らかでない点)として判断しているとこ

ろ,原告は相違点cの判断を取消事由としていない。さらに,本願発

明では,中間産物の制御や反応促進剤の有無につき,発明特定事項

されていない。

このように,引用例1(甲1)において,解明を行わなければなら

ないと記載されている点については,本願発明と甲1発明の対比にお

いて問題とされていないか,又は,原告が審決の取消事由としないも

のであることから,これらの解明を行わなければ具体的に適用できな

いとの原告の主張は失当である。そして,甲1発明について,地下水




水位より深部に位置する土壌を被処理物とする点を想到することは,

当業者であれば格別の創意を要する事項ということはできない点に

ついては,前記(ア)のとおりである。

また,前記(2)のとおり,引用例1(甲1)における原告指摘の各

記載は,原位置で塩素系揮発性有機化合物を分解可能とする新規浄化

技術の開発が望まれているという,有機塩素系化合物による土壌汚染

に対する技術課題を受けた記載であることから,上記記載は,甲1発

明の土壌への適用に対する可能性や期待若しくは願望を超えた「示

唆」に当たるというべきである。そして,甲1発明を土壌に適用する

に当たり,具体的にどのように行うのかについては,審決において,

本願発明と甲1発明の対比で相違点aないしdとして認定判断され

たものである。さらに,本願発明と甲1発明はともに,鉄粉による有

機塩素系化合物の無害化処理に関する発明であって,本願発明は甲1

発明の延長線上にあるということができるので,引用例1の報告が,

ラボ試験レベルの「バイアル瓶内の水溶液」における反応の実験にす

ぎないとしても,この点が,甲1発明から本願発明を想到することの

阻害要因となるものではなく,この点に関する原告の主張も採用する

ことができない。

c 原告は,引用例2上の記載が,甲1発明から本願発明を想到する上

で阻害要因となる旨主張するが,引用例2は主としてパラジウム化鉄

について記載するものであって,引用例2上の記載は,当業者が相違

点aを想到する上で何ら阻害要因となるものではないというべきで

ある。

イ 取消事由2(相違点bについての判断の誤り)について

(ア) 審決が認定した本願発明と引用発明との相違点bは,「本願発明は,

『土壌を原位置において,機械的に掘削し鉄粉を添加して該土壌と混合




する』のに対して,引用発明は,バイアル瓶内の水溶液に鉄粉を添加し

て振とう器によって振とうする点」である。

そして,前記(2)イのとおり,引用例1には有機塩素系化合物が地中

の原位置で分解処理できることが示唆されているので,引用例1に接し

た当業者は,土壌の処理を検討する場合に,土壌の原位置での処理を容

易に想到するものといえる。

また,乙1(特開昭60−129322号公報,発明の名称「有害物

質による汚染地盤の無害化処理工法」,公開日昭和60年7月10日)

には,以下の記載がある。

・「【特許請求の範囲】 有害物質により汚染された地盤の無害化処理

に際して,処理剤噴射孔を設けた土砂攪拌装置により地中所定の個所

に達する掘進を行い,次いでこれを引き抜く際に,噴射孔より処理剤

を射出しながら回転して土砂に混入攪拌することによって現場にお

いて不溶化する作業を汚染地盤全般に亘って順次施工することを特

徴とする有害物質による汚染地盤の無害化処理工法。」(1頁左欄4

〜12行)

・「・・・本発明工法によれば,汚染地盤の無害化処理に当り,土砂を

掘削移動させることなく現場において攪拌機によって所定の範囲の

地盤を攪拌しながら処理剤を注入して攪拌混合するだけで有害物質

を不溶化することができる・・・」(2頁左下欄9〜14行)

以上のとおり,土壌の原位置処理については,土砂攪拌装置により掘

進を行い,処理剤を射出しながら回転させてこれを引き抜くことによ

り,土砂と処理剤を混合する方法につき記載した文献が存在する上,甲

1発明を具体化し,土壌の原位置での処理を試みる場合に,機械的に掘

削し,鉄粉を添加して土壌と混合することは,ごく自然かつ単純な方法

でさほどの工夫を要するものでもなく,当業者であれば容易に想到し得




る事項というべきである。

このように,相違点bは,当業者にとって容易想到であったというべ

きである。

(イ) 原告は,本願発明においては「地下水水位より深部という水が飽和し

た土壌」を浄化対象にしているので,通常なら,鉄粉は地下水内におい

て沈降することが予想され,また,地下水に流れがある場合には,有機

塩素系化合物を浄化する前に地下水によって流されてしまうことも予

想され,このような状況下で,実質的に振とうが不可能な「地下水水位

より深部に位置する土壌」に対して引用例1の試験結果を当てはめるこ

とは当業者であっても容易ではないと主張する。

しかし,原告による「VOC地下浸透挙動の可視化実験」(技術説明

会資料(甲14)の10〜11頁参照)によれば,有機塩素系化合物で

あるトリクロロエチレンも地下水の飽和層内では拡散よりも沈降する

傾向が認められるので,地下水水位より深部に位置する土壌と鉄粉とを

原位置で混合した場合,鉄粉は,有機塩素系化合物であるトリクロロエ

チレンが存在する部位に沈降して作用効果を発揮するものと認められ

る上,地下水に流れがある場合でも,原告による「VOC土壌汚染の状

況説明」(甲14の9頁参照)によれば,汚染物は地下水流向に沿って

流れていくものと認められるので,流れのある地下水水位より深部に位

置する土壌と鉄粉とを原位置で混合した場合,鉄粉は,汚染物が存在す

る方向に流されて作用効果を奏するものと認められる。

このように,鉄粉が地下水内で沈降し,また,流れのある地下水では

流されてしまうとしても,いずれの場合も,鉄粉は汚染物の存在部位に

到達するものと認められるので,地下水の内部で鉄粉が原告の説明する

挙動を示すとしても,これにより,甲1発明を地下水水位より深部に位

置する土壌の原位置処理に応用できないものではなく,原告の上記主張




は採用することができない。

ウ 取消事由3(相違点dについての判断の誤り)について

審決が認定した本願発明と甲1発明との相違点dは,「本願発明は,

『鉄粉を前記土壌に対して0.1〜10重量%の範囲内で添加』するのに

対し,引用発明は,鉄粉を水溶液に600,1200,6000,120

00mg/l 添加する点」である。

原告は,甲1発明では,TCE水溶液に対して0.12〜1.2重量%

の鉄粉を添加する技術が開示されているところ,この技術を本願発明に適

用する場合に,鉄粉の添加量を「土壌」中の水分に対する量として算出す

ると,その値は0.5〜116重量%となり,これは,浄化の対象が「土

壌」の場合には,土壌に含まれる「水」に対して必要な添加量の「4〜1

00倍」以上の鉄粉を添加しなければ分解効果が得られないことになり,

また,甲1発明における鉄粉の添加量の中心値が0.63重量%であるの

に対して,本願発明の中心値は58.25重量%と,3桁程度の差となっ

ていることは,「水溶液」と「土壌」とが全く異なる性質を有することを

裏付けるものでもあり,このように,本願発明は「土壌」について鋭意研

究した結果初めて得られた解明事実に基づいてなされたものであり,この

ような認識は「バイアル瓶内の水溶液」の試験のみからは得られないと主

張する。

そこで検討するに,本願発明は,その特許請求の範囲において「・・・

鉄粉を前記土壌に対して0.1〜10重量%の範囲内で添加して該土壌と

混合することにより・・・」と記載するように,土壌に対する関係で鉄粉

の混合割合を定めているものである。

そうすると,鉄粉の「土壌中の水分」に対する添加割合に基づく原告の

主張は,必ずしも本願発明の特許請求の範囲に対応してはいないが,とり

あえず,原告の上記主張を前提とした場合,(原告が主張する)「0.5




〜116重量%」という範囲の値は,土壌の間隙率が20%ないし40%

と仮定した場合のそれぞれについて,土壌の比重を2.65t/m3とし

て計算した結果であるところ,甲1発明から算出される水溶液に対する鉄

粉の添加量である0.12〜1.2重量%と重複している。

このように,原告の主張を前提とした場合でも,本願発明における土壌

に対する鉄粉の添加量は,甲1発明から算出される値と一部重なることか

ら,少なくとも当該重複部分については当業者が容易に想到可能なもので

あることに加え,本願発明における「0.1〜10重量%」の数値限定

上限値の「10重量%」について臨界的意義があるとは認められず,この

上限値は設計的事項にすぎないというべきであるため,相違点dは全体と

して当業者が容易に想到し得たというべきであり,この点に関する審決の

判断は結論において誤りはない。

以上のとおり,相違点dは容易想到であるため,鉄粉の添加量の中心値

が本願発明と甲1発明において異なる旨の原告の主張については,検討す

るまでもない。

3 結論

以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,審決に誤りはな

い。

よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所 第1部



裁判長裁判官 中 野 哲 弘




裁判官 東 海 林 保





裁判官 矢 口 俊 哉