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関連審決 不服2008-9165
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成22行ケ10084審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 承継 /  発明者 /  創作性(創作) /  方法の発明 /  製造方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  引用発明の認定 /  発明特定事項 /  周知技術 /  技術分野の関連性 /  試行錯誤 /  技術常識 /  パリ条約 /  優先権 /  名義変更 /  参酌 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  構成要件 /  拒絶査定不服審判 /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 22年 (行ケ) 10146号 審決取消請求事件
原告インターブロス ゲゼルシャフ トミット ベシュレンクテル ハフツン グ
同訴訟代理人弁護士 野口明男三好豊
同 弁理士 深見久郎森田俊雄堀井豊酒井將行仲村義平荒川伸夫佐 々木眞人和田吉樹
被告 特許庁長官
同 指定代理人川本眞裕吉澤秀明亀丸広司黒瀬雅一豊田純一
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2011/03/03
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理の申立てのた- 2 -めの付加期間を30日と定める。
事実及び理由
全容
第1請求特許庁が不服2008-9165号事件について平成21年12月21日にした審決を取り消す。
第2事案の概要本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,特許請求の範囲の記載を下記2とする本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。
1特許庁における手続の経緯(1)出願手続(甲11)及び拒絶査定コロネット-ベルケゲゼルシャフト ミットベシュレンクテルハフツング(以下「コロネット社」という。)は,平成9年9月18日,発明の名称を「歯間クリーナの製造方法」とする特許を出願した(特願平10-517953号。パリ条約による優先権主張日:平成8年(1996年)10月15日(ドイツ連邦共和国))。
コロネット社は,平成19年12月27日付けで拒絶査定(以下「本件拒絶査定」という。)を受け(甲20),同20年4月11日,これに対する不服の審判を請求し,同21年10月16日付けで手続補正(以下「本件補正」という。)を行った(甲17,18)。
(2)審判手続及び本件審決特許庁は,これを不服2008-9165号事件として審理し,平成21年12月21日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との本件審決をし,その審決謄本は,同22年1月12日,コロネット社に送達された。
コロネット社は,平成22年4月14日付けで,特許庁長官に対し,原告を承継人とする旨の出願人名義変更を届け出た。
2本願発明の要旨本件審決が判断の対象とした本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は,以下のとおりである。以下,本件補正後の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明を「本願発明」といい,本願発明に係る明細書(甲17,18)を,添付の図面を併せて「本願明細書」という。
第1のプラスチック材料から作られ,表面の少なくとも部分領域が第2のプラスチック材料の少なくとも1つのインサートまたはコーティング(14,18)によって覆われる,細長い棒状の支持体(11)を有する歯間クリーナ(10)の製造方法であって,第1のプラスチック材料よりも軟らかい,インサートまたはコーティング(14,18)の第2のプラスチック材料である熱可塑性エラストマーを,支持体(11)の第1のプラスチック材料の上に射出成形する工程を含み,射出成形されたインサートまたはコーティング(14,18)の第2のプラスチック材料が支持体(11)の第1のプラスチック材料に融着されることを特徴とする,歯間クリーナの製造方法3本件審決の理由の要旨(1)本件審決の理由は,要するに,本願発明は,下記アの引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び下記イないしコの周知例1ないし8に記載された周知技術(以下「周知技術1」ないし「周知技術8」という。)等に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。
ア引用例:実願昭53-68439号(実開昭54-170098号)のマイクロフィルム(甲1)イ周知例1:特開昭61-37153号公報(甲2)ウ周知例2:特開平8-206138号公報(甲3)エ周知例3:特表平1-502088号公報(甲4)オ周知例4:特開昭54-38368号公報(甲6)カ周知例5:特開平3-11509号公報(甲7)キ周知例6:特開平6-219231号公報(甲8)ク周知例7:実願平3-26324号(実開平5-18514号)のCD-ROM(甲9)ケ周知例8:特表平6-500933号公報(甲10)(2)なお,本件審決が認定した引用発明並びに本願発明と引用発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。
ア引用発明:硬質の合成樹脂材料から作られ,表面の少なくとも部分領域が軟質の合成樹脂材料の皮膜で覆われる,細長い棒状のピック本体を有する歯の清掃用ピックの製造方法であって,硬質の合成樹脂材料よりも軟らかい,上記皮膜の軟質の合成樹脂材料を,上記ピック本体の硬質の合成樹脂材料の上に塗布する工程を含み,塗布された上記皮膜の軟質の合成樹脂材料が上記ピック本体の硬質の合成樹脂材料に被覆して設けられる,歯の清掃用ピックの製造方法イ一致点:第1のプラスチック材料から作られ,表面の少なくとも部分領域が第2のプラスチック材料の少なくとも1つのインサート又はコーティングによって覆われる,細長い棒状の支持体を有する歯間クリーナの製造方法であって,第1のプラスチック材料よりも軟らかい,インサート又はコーティングの第2のプラスチック材料を,支持体の第1のプラスチック材料の上に形成する工程を含み,形成されたインサート又はコーティングの第2のプラスチック材料が支持体の第1のプラスチック材料に一体化される,歯間クリーナの製造方法ウ相違点1:本願発明は,第2のプラスチック材料が「熱可塑性エラストマー」であるのに対して,引用発明は,軟質の合成樹脂材料(第2のプラスチック材料)が「熱可塑性エラストマー」であるかどうか明らかでない点エ相違点2:本願発明は,第2のプラスチック材料を第1のプラスチック材料の上に「射出成形」する工程を含み,第2のプラスチック材料が第1のプラスチック材料に「融着される」のに対して,引用発明は,軟質の合成樹脂材料(第2のプラスチック材料)を硬質の合成樹脂材料(第1のプラスチック材料)の上に「塗布」する工程を含み,軟質の合成樹脂材料(第2のプラスチック材料)が硬質の合成樹脂材料(第1のプラスチック材料)に「被覆して設けられる」点4取消事由(1)相違点2についての判断の誤り(取消事由1)(2)審判における手続違背(取消事由2)第3当事者の主張1取消事由1(相違点2についての判断の誤り)について〔原告の主張〕(1)阻害要因についてア本件審決は,硬・軟両樹脂からなる物品をインサートにより製造することは従来から普通に行われていることであり,射出成形技術における周知の手法にすぎないとし,その根拠として,周知技術4ないし6を挙げた。
イしかしながら,周知技術4ないし6は,いずれも,歯間クリーナのように細長くかつ小さな製品に関するものではなく,射出成形が容易な比較的大きな製品に関するものである。これに対し,例えば,本願発明が対象とする歯間クリーナは,軸太さがわずか1mm 程度,長さが数 cm 程度のものである。
したがって,これらの周知技術を,引用発明の歯間ブラシのように細長く小さな商品に適用することは,当業者にとって困難であり,また,産業上の利用分野も全く異なるものであるから,引用発明と周知技術4ないし6との組合せには阻害要因がある。
ウまた,一般的に,第1のプラスチック材料の上に,第2のプラスチック材料をインサート成形し,さらに,両材料を融着させるという技術を,細長くかつ小さな製品に適用することが困難であることは,下記(ア)及び(イ)のとおり,当業者の技術常識であった。
(ア)第1のプラスチック材料の上に第2のプラスチック材料を射出成形(インサート成形)して製品を製造する場合,まず,第1のプラスチック材料(インサート品)を金型の内部に配置する必要がある。そして,歯間をクリーニングするという歯間クリーナの性質上,第1のプラスチック材料(インサート品)の周りに360度にわたる全方向から第2のプラスチック材料を射出成形することになる。
ところが,歯間クリーナのような細長い製品の場合,軸(支持体)(の少なくとも部分領域)の周りに360度にわたる全方向から第2のプラスチック材料を射出成形して融着させる際,その射出圧によって,金型内部に配置されていた軸が押されて反ったり,ずれたりしてしまうため,細長い製品にインサート成形技術を適用することは困難であるということが本件出願当時の当業者の技術常識であった。
また,第1のプラスチック材料である軸芯(支持体)に第2のプラスチック材料(熱可塑性エラストマー)を融着させようとする場合,融着を実現するために,軸芯(支持体)の融点以上の温度で第2のプラスチック材料(熱可塑性エラストマー)を溶融することになるから,第2のプラスチック材料(熱可塑性エラストマー)の溶融熱により,軸芯(支持体)が軟らかくなってしまうことが想定され,射出圧による反りやずれ等の問題はより深刻なものとなる。
これに対し,本願発明は,歯間ブラシという細長い製品をインサート成形によって製造する方法であって,本願明細書の実施例には,軸芯(支持体)を保持要素で固定することが開示されている。
(イ)さらに,インサート成形によってごく小さな製品を製造する場合,射出成形に用いられる金型とインサート品との間隙は非常に狭いものになり,このような狭い空間に溶融樹脂を注入するためには高い射出圧を要するが,そのため,インサート品の反りやずれ等の問題が更に深刻なものとなる。
そのため,当業者は,インサート成形を避けて他の製造方法を採用するか,又は製品の小型化を断念せざるを得なくなるものであって,引用発明のピックのような細かい部材にインサート成形技術を組み合わせることには阻害要因がある。
本願発明及び引用発明がいずれも対象とする歯間クリーナは,歯間にスムーズに挿入するために,その軸の太さはせいぜい1mm 程度でなければならず,その長さも数 cm 程度の極めて細長くかつ小型の製品である。本願発明は,小さな製品である歯間ブラシをインサート成形によって製造する方法であって,本願明細書の実施例には,上記のとおり,軸芯(支持体)を保持部材で固定することが開示されており,このような手法によって,上記の問題はいずれも解決されている。
したがって,引用例よりはるかに大きな製品に関するインサート成形の例が記載された周知例4ないし6を当業者が参照しても,当業者が,歯間クリーナのような細長くて小型の製品にまでそのようなインサート成形をそのまま試みることは考えられない。
エなお,被告が挙げる歯科用根管治療器具のインサート成形型の技術についての特開平8-132473号公報(乙1)は,ステンレス鋼製の軸芯をインサート品として用いるものであって,本願発明や引用発明のように,合成樹脂製の軸芯をインサート品として用いる場合に比して,軸芯の強度も耐熱性も全く異なるもので,かつ,両部材間に融着が生ずるものでもないから,周知例として参考となるものではない。
周知技術1及び3は,軟質のプラスチック材料(合成繊維や剛毛)の周りに硬質のプラスチック材料(ブラシ本体や剛毛支持部)をインサート成形するものであって,支持体である硬質のプラスチック材料の周りに軟質のプラスチック材料をインサート成形する場合とは発明の構成及び技術思想が決定的に異なり,本願発明に想到する目的で引用発明に周知技術の適用を検討する際に参酌し得る技術ではない。
周知技術8は,複数の原料を混合することにより,化学反応により発泡を生じさせるとともに固化させてフォーム状の物質を形成するものであり,これらの原料は常温で液体状態であって,溶融状態にするために高温にする必要がないものであること,ステムとフォーム物質とを融着するものではないこと,ブラシには相当程度の厚みがあるため,フォーム物質の射出成形の際にステムに一定程度の反りやずれが生じても,ステムが外部に露出したり,ブラシの一部が非常に薄くなってしまうという深刻な問題になるものではないことからすると,本願発明に想到する目的で引用発明に周知技術の適用を検討する際に参酌し得る技術ではない。しかも,周知例8は,本件審決で初めて挙げられた文献であって,このような文献を審決取消訴訟における進歩性判断において考慮することはできない。
(2)引用発明の皮膜の形成方法と本願発明のインサート成形技術との相違についてア引用発明は,歯肉に傷が付くことを防止するために,棒状の本体の先端側又は全体を覆うように,柔軟な皮膜で被覆し,先端部を除いた他の部分の皮膜の表面に,柔軟な細片を有する歯間ピックに係る発明である。
そして,引用発明における皮膜の形成方法は,「塗布」及び「巻き付けて接着」のみであって,インサート成形技術とは全く異なる手法である。
また,引用例は,歯垢を付着させるためのクリーニング端である細片について,「ナイロンやポリエチレンなどの柔軟性を有する合成繊維または天然繊維を細かくしたもの」を「皮膜の表面に接着剤を塗布しそれに付着させる」,又は「柔軟なフィルムやシート,不織布,織布などの表面を起毛状にかき起こして形成し,本体の表面に巻いて固着する」としており,この点においても,引用発明は,インサート成形技術とは全く無関係な技術分野に属するものである。
さらに,引用発明は,先端部分の皮膜によって歯肉の損傷を防止するとともに食片の除去を可能にする一方で,先端以外の部分にある細片によって歯垢の確実な除去を可能にするという,皮膜と細片との役割分担を明確にした技術であるのに対し,引用発明に周知技術であるインサート成形を適用した場合,皮膜に相当する構成と細片に相当する構成とはいずれも第2のプラスチック材料により一体的に形成されることになるから,皮膜と細片との役割分担という引用発明の意図と合致せず,引用発明を実施する当業者が,引用発明に周知技術であるインサート成形技術を適用する場合,引用発明の技術思想を実現することができなくなるものであって,両技術の組合せが容易であるということはできない。
イ本願発明が,第1のプラスチック材料の上に第2のプラスチック材料を射出成形し,両材料を融着させるという構成を採用した理由は,従来,フロック加工を形成するポリマー繊維はこすっても剥がれないように支持体に固定されることができないので,それらは使用中に剥がれてしまうことがあることから,クリーニング端を形成する第2のプラスチック材料が「こすっても剥がれないように支持体に固定」するためである。
これに対し,引用発明は,従来技術の楊枝が,歯肉に傷を付けやすいという問題があったこと,全表面が平滑であるため歯垢などが付着し難く効果が低かったことに鑑み,本体ピックの表面に皮膜を塗布又は接着し,更に細片を付着させることによって,歯肉の損傷を防止しつつ,歯垢を確実に除去することを企図したものであって,両技術の課題は全く異なる。
また,引用発明では,皮膜と細片とで本体を被覆していることから,たとい細片が取れても,硬い本体が歯肉に直接当たってそれに傷を付けることがなく安心して使用し得るとされていることから,本願発明のように,クリーニング端が剥がれないという課題に対する対処は,十分に考慮されていない。
さらに,引用発明では,歯間ブラシのクリーニング端を形成するため,ピック本体の周りに皮膜を塗布又は接着した上で,更に細片を付着させるという2つの工程を経なければならず,また,そうでないとしても,皮膜を本体の表面に固着する前に,皮膜の表面を起毛状にかき起こして形成しなければならないのに対し,本願発明は,第2のプラスチック材料を射出成形して融着させるという1つのプロセスで,クリーニング端を形成することができるものであって,本願発明では,製造プロセスの省力化による製造コストの削減という点をも課題としており,この点でも両技術の課題は異なる。
ウそもそも合成樹脂同士であればどのような組合せでも合成樹脂相互間の融着が生じるものではなく,組み合わせる合成樹脂の種類によって,融着が生じる場合と生じない場合がある(甲45)。
しかるところ,本願発明の発明者は,試行錯誤の結果として,正しく融着可能で,なおかつ,歯間クリーナとして適切な材料の組合せ(第1のプラスチック材料がポリプロピレン,第2のプラスチック材料がSEBSに基づいた熱可塑性エラストマー)に想到したものであって,そのことは本願明細書にも明記されている。
ところが,本件審決は,周知例3,5及び6を示すだけで,射出成形により複数の樹脂を融着させることも格別なことではないとしたものであって,本件審決の判断には理由不備の違法がある。
エ周知例4は自動車に設置するアシストグリップ,周知例5はリモコン機器等の押しボタン,周知例6は自動車のハンドル等に設置されるエアバッグ装置に関する技術であって,いずれも,歯間クリーナに関する技術である引用発明とは,産業上の利用分野が全く異なり,技術分野の関連性がないものである。
オ以上によると,当業者が引用発明にインサート成形技術を組み合わせることの論理付けは全くできないものであって,引用発明とインサート成形技術との組合せが当業者にとって容易であるということはできない。
(3)本願発明の作用効果について本願発明によって,第1のプラスチック材料と第2のプラスチック材料とを接着剤を使わずに「融着」させることができ,これによって,?口腔内で使用される歯間クリーナにおいて接着剤を用いる必要がなくなり,接着剤の安全性に配慮する義務から解放され,?同じく接着剤の耐水性の問題から解放され,?接合強度の向上によって,接合面にせん断力が作用しても,ずれたり外れたりせずに使用に耐えることができ,?第1,第2のプラスチック材料の間に,接着剤等の第3の層による厚みを完全になくすることによって,歯間クリーナの外径を小さくすることができ,?製造プロセスの短縮及び製造コストの削減を実現することができ,?射出成形の金型の形状次第で,様々な形状のクリーニング端を形成することが可能となって,クリーニング端の形状の自由度の向上を図ることができるものである。
以上のとおり,本願発明は,これらの効果のいずれをも同時に高い水準で達成することができるものであって,従来技術に比して様々な面で有用な効果を有する。
そして,これらの作用効果は,本願明細書に明記されていないとしても,いずれも本願発明の構成から推論でき,本願発明の進歩性判断に当たって参酌することができるものである。
(4)小括以上によると,本件審決が,相違点2について,引用発明に周知技術を適用して当業者が容易に想到することができたとした判断には誤りがある。
〔被告の主張〕(1)阻害要因についてアインサート成形とは,射出成形加工において,最初にシャフトや軸受などのインサート部品を金型の中に挿入設置し,その後プラスチックを射出成形する方法のことをいい(甲22),インサート成形をすると,インサート部品が樹脂内に必ず包み込まれる形になるものではない。このことは,例えば,本願発明に含まれる本願明細書の図6にも,第1のプラスチック材料によるインサート品に,「点又はこぶ状の突起」を形成するように第2のプラスチック材料を射出成形したものが記載されていることからも明らかである。
したがって,本願発明が,第1のプラスチック材料によるインサート品を包み込むように,第2のプラスチック材料を射出成形するものだけを意味するかのように,射出成形の意味を限定的にいう原告の主張は,そもそも本願明細書の記載にも基づかない,失当なものである。
イ周知例5ないし7は,硬・軟両樹脂からなる物品をインサートにより製造することが,従来から普通に行われていることで,射出成形技術における周知の手法にすぎないことを示す文献である。また,これらの周知例5ないし7には,細長くて小型の製品に適用することを妨げるような事項も示されていない。
上記の周知技術は,いずれも硬質である第1のプラスチック材料の上に軟質である第2のプラスチック材料を一体に形成する技術であり,また,引用発明は,硬質の合成樹脂材料(本願発明の「第1のプラスチック材料」に相当する。)よりも軟らかい,皮膜の軟質の合成樹脂材料(本願発明の「第2のプラスチック材料」に相当する。)を,ピック本体(本願発明の「支持体」に相当する。)の硬質の合成樹脂材料の上に塗布する工程を含み,塗布された皮膜の軟質の合成樹脂材料がピック本体の硬質の合成樹脂材料に被覆して設けられる,つまり硬質の合成樹脂材料の上に軟質の合成樹脂材料を一体に形成する技術であるから,両者は共通する技術である。しかも,通常,当業者において,技術の改良に当たって当該技術分野における周知の事項の適用を試みることは,通常期待される創作活動の範囲内であり,かつ,歯間クリーナを射出成形によって製造することも本件出願当時において周知の事項であったのであるから,引用発明に上記の周知技術を適用しようと試みることは,当業者であれば普通に考えることである。
ウそして,細長くかつ小さな製品を射出成形によって形成することも,従来周知の技術である。これを示すものとして,例えば,歯科用根管治療器具のインサート成形型の技術についての特開平8-132473号公報(乙1),歯間クリーナを射出成形によって製造することに係る周知例1,3及び8等を挙げることができる。
エしたがって,引用発明のような細長くかつ小さい部材に,インサート成形技術を組み合わせることに阻害要因があったとすることはできない。
(2)引用発明の皮膜の形成方法と本願発明のインサート技術との相違についてア引用発明は,第1のプラスチック材料からなる支持体の上に溶融した第2のプラスチック材料を塗布し,その第2のプラスチック材料を硬化させて支持体の上に第2のプラスチック材料からなる皮膜を一体に形成したものである。これに対して,本願発明は,第1のプラスチック材料からなる支持体の上に溶融した第2のプラスチック材料を射出し,両材料を融着させて支持体の上に第2のプラスチック材料を一体形成したものである。
以上によると,本願発明と引用発明とは,第1のプラスチック材料の上に溶融状態の第2のプラスチック材料を配設して両材料を一体に形成する技術である点で,共通する技術に属する。
イ本願発明の課題は,歯間クリーナにおいて,迅速にかつ経済的に製造することにある。
また,仮に,本願発明の課題が第2のプラスチック材料がこすっても剥がれないように支持体に固定することであるとしても,引用例には,「皮膜(2)と細片(3)とで本体(1)を被覆しているから,たとえ,細片(3)が取れても,硬い本体(1)が歯肉に直接当たってそれに傷を付けることがなく安心して使用しうる。」と記載されており,たとい細片が取れるくらい擦っても皮膜は本体から剥がれないように本体に固定されているということができる。また,引用例には,別の実施例として,「皮膜(2)は柔軟な材料製のフィルム,シートなどを本体(1)に巻き付けて接着することもできる。」と記載されていることからすると,皮膜は,本体から剥がれないように本体に固定されることを考慮したものということができる。
したがって,引用発明においても,クリーニング端が剥がれないようにするという,本願発明と同様の課題を有しているということができる。
ウ確かに,周知例4ないし6は歯間クリーナに関するものではない。しかしながら,これらの周知例は,いずれも,硬・軟両樹脂からなる物品を射出成形で製造することが周知技術であることを示している。そして,引用発明においては,その一体に成形する手段が「塗布」であってインサート成形(射出成形)ではないものの,引用例には,「塗布」だけでなく,他の手段も採り得ることが示唆されており,また,通常,当業者において,技術の改良に当たり,当該技術分野における周知の事項の適用を試みることは,当業者が通常期待される創作活動の範囲内ということができる。しかも,歯間クリーナを射出成形によって製造することも従来周知の事項であったことを考慮すると,第1のプラスチック材料の上に第2のプラスチック材料を一体に形成する方法として,引用発明における「塗布する工程」に換えて周知技術である「射出成形する工程」を採用することは,当業者であれば容易に想到できたことということができる。
(3)本願発明の作用効果について原告主張の本願発明に係る第1のプラスチック材料と第2のプラスチック材料とを接着剤を使わずに「融着」させることができることによる作用効果は,いずれも,本願明細書に記載されていないものであり,原告の主張は,後付けのものであって理由がない。
また,仮に,本願発明が奏する作用効果として,原告が主張する作用効果が認められるとしても,引用発明及び周知技術から当業者が予測し得る範囲内のものであって,格別なものでもない。
(4)小括以上によると,本件審決が,相違点2について,引用発明に周知技術を適用して当業者が容易に想到することができたとした判断には誤りがない。
2取消事由2(審判における手続違背)について〔原告の主張〕(1)審判段階における拒絶理由通知書(甲21。以下「本件拒絶理由通知書」という。)は,何ら根拠文献を挙げることなく,「射出成形により,複数樹脂の間で融着がなされることは,格別のものとは認められない」とした。
これに対し,原告は,平成21年10月16日付け意見書(甲32。以下「原告意見書」という。)において,「審判官合議体は,射出成形による複数樹脂間での融着がなぜ格別のものではないのか根拠を全く示していません」と述べて,審判合議体に対し,審理手続中で上記認定の根拠を挙げ,これに対する反論の機会を原告に与えることを要請した。
しかしながら,審判合議体はこれを無視し,その後に出された本件審決において,初めて,この複数樹脂間での融着に関連する根拠資料として,新たな周知例5,6及び審査段階の拒絶理由通知(甲19)で引用文献として挙げられていた周知例3を挙げた。その上で,本件審決において,「射出成形により複数の樹脂を融着させることも格別なことではない」とし,相違点2に係る本願発明の発明特定事項は,引用発明に周知技術を適用して当業者が容易に想到できたものであるとした。
ところで,本願発明においては,第1のプラスチック材料の上に第2のプラスチック材料をインサート成形し,接着剤を使用することなく両材料を融着させるという構成を採用することにより,接着剤の安全性に配慮する義務からの解放,接着剤の耐水性の問題からの解放,接着面へのせん断力に対する接合強度の向上,製品の小径化への貢献,製品の製造プロセスの短縮及び製造コストの削減といった特有の作用効果を奏するものであって,両材料の融着という構成は,本願発明における不可欠の要素である。
それにもかかわらず,インサート成形による複数樹脂間での融着について,本件拒絶理由通知書においては,何らの根拠文献も示されず,かつ,単に「格別なものとは認められない」と極めて抽象的な判断が示されたものにすぎなかった。
これは,審判合議体が根拠文献を示さなかったことから,原告が反論の機会を失ったといえることになる。仮に,原告に意見書提出の機会が与えられていれば,原告は上記の本願発明が有する特別の作用効果等を主張して反論することができたものであった。
(2)また,審判合議体は,相違点1に関して,本件拒絶理由通知書で何ら触れていなかったにもかかわらず,本件審決では,突然,相違点1を認定した上で,同相違点は容易に想到することができたと結論付けたものであって,相違点1の容易想到性に関しても,原告には何ら反論の機会が与えられなかった。
(3)以上の点で,本件に係る審判の審理手続には重大な手続違背があり,これは,平成18年法律第55号による改正前の特許法159条2項が準用する平成14年法律第24号による改正前の特許法50条の規定に反するものである。
(4)また,仮に,インサート成形における「融着」が周知技術であると認定できるものであったとしても,拒絶理由に摘示されていない周知技術を用いることが許容されるのは,拒絶理由を構成する引用発明の認定上の微修整や容易性の判断の過程で補助的に用いる場合又は関係する技術分野で周知性が高く技術の理解の上で当然又は暗黙の前提となる知識として用いる場合に限られるべきである。しかるところ,本件審決が融着の根拠として挙げる周知例は,本件の容易想到性の認定判断の手続で重要な役割を果たすものであり,補助的なものでも,関係する技術分野で周知性が高いと評価することができるものでもない。そして,審判段階の拒絶理由通知においては,「融着」が周知技術であると認定されていたわけではなく,また,何らの根拠文献の摘示もなく,ただ単に「格別のものとは認められない」という程度の曖昧な表現が記載されていたのみであるから,原告に意見書提出の機会は全く与えられなかったということができる。
(5)したがって,本件に係る審判手続には,本件審決を取り消すべき重大な手続違背がある。
〔被告の主張〕(1)本件拒絶理由通知書では,「射出成形により,複数樹脂の間で融着がなされることは,格別のものとは認められない。」と記載されている。そして,射出成形技術においては,複数樹脂間で融着を行うことは文献を示すまでもなく周知の事項であることから,そのように簡潔な形で理由が述べられたものである。
これに対し,原告は,原告意見書を提出し,「審判官合議体は,歯間クリーナの分野において,このような2種類の材料の融着を行うことが本願の出願当時から公知であったことを引き続き主張するならば,根拠となる文献を提示すべきです。」と主張し,拒絶理由に対する意見を述べている。
そして,本件審決は,それに応える形で,周知技術を示す文献として,周知例3,5及び6を提示したものである。特に,周知例3は,審査段階における拒絶理由通知(甲19)に引用された文献で,歯間クリーナの分野におけるものであって,原告も承知しているものである。
このように,原告は,審判段階において,意見書を提出して意見を述べているものであるから,意見を述べる機会が与えられなかったということはできず,本願発明の特有の作用効果について主張することができたはずである。
(2)原告は,相違点1に関して,審判段階での拒絶理由通知で何ら触れられていなかったにもかかわらず,本件審決では,突然,相違点1を認定した上で,同相違点は容易に想到できたと結論付けたものであって,相違点1の容易想到性に関しても,原告には何ら反論の機会が与えられなかったと主張する。
しかしながら,本件拒絶理由通知書には,相違点として具体的に列挙こそしていないものの,熱可塑性樹脂の使用は周知(参考例として周知例1,2参照)である旨が記載され,プラスチック材料について相違点があることを前提として,その相違点についての審判合議体の見解・判断が示されている。
そして,この点については,本件拒絶査定においても,「熱可塑性プラスチック材料を用いて射出成形する技術は,本願出願時周知の事項である(実願平3-26324号(実開平5-18514号公報)のCD-ROM,特開昭55-86450号公報)」と記載されており,この相違点について,周知例の文献も含め,原告においては十分承知しているものと考えられ,審判段階における拒絶理由通知書では,上記のように簡潔に記載されたのである。
そして,これに対して,原告は,原告意見書において,「しかし,引用文献1(引用例)には,皮膜2の材料が熱可塑性エラストマーであるか否かは明記されていません。したがって,引用文献1には本願発明1の構成要件(B)が開示されているとはいえません。」「本願発明1の構成要件(B)では,第2のプラスチック材料である熱可塑性エラストマーを,支持体としての第1のプラスチック材料の上に射出成形することとなっています。支持体となる材料の上に他の材料を射出成形することは,引用文献2,3(周知例7,1)などにも記載されていません。引用文献4(周知例2)を参照しても記載されていません。」と主張し,相違点1について既に意見を述べている。
したがって,原告は,この点について意見を述べる機会や補正をする機会もあったものである。
(3)したがって,審判手続に関して,何ら問題となるような手続違背はなく,原告の主張は理由がない。
第4当裁判所の判断1取消事由1(相違点2についての判断の誤り)について原告は,相違点2については,引用発明に周知技術を適用すれば,当業者が容易に想到することができるとした本件審決の判断の誤りをいうので,まず,引用発明及び周知技術について検討した上で,本件審決に,原告の主張する阻害要因,引用発明の皮膜の形成方法と本願発明のインサート成形技術との相違及び本願発明の作用効果について,これを看過した誤りがあるか否かについて検討することとする。
(1)引用発明についてア引用例(甲1)には,次の記載がある。
(ア)本案は,歯垢や歯の間に詰まった食片などの除去に使用する歯清掃用のピックに関するものである。
(イ)従前の木製のつま楊枝は,その全表面が平滑であることから,歯垢等をつま楊枝に付着させて除くことに対しては効果が低いこと,また,先端が針状にとがっていることから,使用時に歯肉を傷付けやすいこととの問題を有していた。
(ウ)本案は,このような問題を解決するものであって,?先端が針状にとがっている硬質の合成樹脂等で形成した棒状のピック本体,?同ピック本体の先端側の歯垢などの除去に使用する部分のほぼ外周面全体又は同ピックの全体に,軟質の合成樹脂又はゴムなどの柔軟性を有する材料性の皮膜を被覆して設け,?同ピック本体の先端の一部を除いた同皮膜の外周面に,ナイロンやポリエチレンなどの合成繊維又は天然繊維を細かく切断したものなどによる柔軟性を有する細片を付着させる。
(エ)上記の細片の付着については,皮膜をゴムや合成樹脂を塗布して形成するときは,それが硬化する前に付着させ,又は硬化した皮膜の表面に接着剤を塗布して付着させるなどする。
細片は,柔軟なフィルムやシート,不織布,織布などの表面を起毛状にかき起こして形成し,ピック本体の表面に巻いて固着してもよい。
(オ)本案のピックの使用は,公知のつま楊枝と同様に,その先端を歯間に挿入するなどして,詰まった食片などや歯垢を除去するものであるが,本体は柔軟性を有する皮膜で被覆されていることから,ピック本体のとがった先端を歯間に挿入したときに,それが歯肉に当たり,先端で突いた状態になっても,傷を付けることを少なくできる。また,木製のつま楊枝では,使用している間に表面の一部が分離する状態となって,その断面形状の変化により歯肉を痛める一因にもなるが,本案のピックでは,皮膜で被覆されているため,表面が平滑で,本体の断面形状が変わることがないから,歯肉を痛めることを少なくできる。さらに,本案では,本体の表面を柔軟性を有する皮膜で被覆したことから,使用時に先端が折れても,折れた部分が分離したままで歯間に残るおそれもなく使用しやすい。
(カ)本案において,歯垢の除去は,本体を歯間に挿入するのみでなく,歯の表面側の歯垢を除くことも可能で,この場合は,細片を有する部分を歯の表面に当て,本体を上下などに動かせばよい。皮膜と細片とで本体を被覆しているから,たとい細片が取れても,硬い本体が歯肉に直接当たってそれに傷を付けることがなく安心して使用することができる。
イ以上によると,引用発明は,本件審決が認定した前記第2の3(2)アのとおりのものであるとともに,引用発明に係るピックは,歯間に挿入し得る細長くかつ小さな商品であって,本体の先端の一部を除いて皮膜の外周面に付着された柔軟性を有する細片については,接着剤を塗布して皮膜の表面に付着させるほかに,接着剤を使用せず,皮膜をゴムや合成樹脂を塗布して形成するときに,それが硬化する前に付着させ,又は,フィルムやシート,不織布,織布などの表面を起毛上にかき起こして細片を形成し,これを本体の表面に巻いて固着した製造方法を含むものである。
(2)周知技術についてア周知技術1(ア)周知例1(甲2)には,次の記載がある。
a本発明は,特に,1個の合成樹脂製本体に2種類の植毛部が形成された口腔清掃補助用具及びその製法に関連するものである。
b本発明のピックブラシを製造するとき,固定型の各通路に対応して設けられたリールからポリエステル又はナイロン等の合成繊維を引き出し,通路,円錐キャビティ,キャビティ及び出口を通過させて,この合成繊維を型内に配置する。その後,ランナ及びゲートを通じて円錐キャビティ及びキャビティ内に,例えば,ポリカーボネート又はABS等による融解樹脂を注入する。この注入樹脂の固化後,可動型を移動して繊維を引きながら成型物を取り出し,繊維をヒートカッタにより切断する。このようにして製造されたピックブラシでは,テーパー部に形成されるスパイラル状に本体から突出する第1植毛部と直角面に形成される第2植毛部とは連続する繊維であって,本体の中に埋設される。
(イ)以上によると,周知技術1として,歯間クリーナを射出成形によって製造する技術が示されている。
周知技術3(ア)周知例3(甲4)には,次の記載がある。
a本発明の目的は,そのブラシが2つの歯の間の空間を前後動されるとき,そのエッジ又は横面が歯の形に従うことができる可撓性のある効果的な歯ブラシを提供することにある。
b歯ブラシは,縦長で,断面が三角形かつ1点に向かってテーパーのついた若干可撓性で弾性のある熱可塑性体及び熱可塑性体の基部に取り付けられ,その横方向の両側から突出する剛毛を含む熱可塑性ブラシからなる。
c本発明の歯ブラシの製造方法は,歯ブラシの剛毛支持部を形成するため,熱可塑性体モールディング空胴の部分を覆うように,プラスチック繊維又はネットの一片を,熱可塑性体のインジェクション・モールディングに好適なモールドの割れ目間に挿入すること,そのモールドを閉じて熱可塑性体をモールドすることを含み,上記のプラスチック繊維又はネットの一片は,熱可塑性体に熱的に溶接される。
(イ)以上によると,周知技術3として,射出成形により複数の樹脂を融着させる方法によって歯間クリーナを製造する技術が示されている。
周知技術4(ア)周知例4(甲6)には,次の記載がある。
a自動車用のアシストグリップについて,従来,ばね鋼インサートを埋設して軟質合成樹脂材料で成形していたが,ばね鋼をインサートとして使用するため,コスト高及び重量の問題があったことから,本発明は,インサートとして硬質の合成樹脂材料を使用することを試みたものである。
b本発明は,硬質の合成樹脂製インサートとこのインサートを埋設する軟質合成樹脂部とからなる。このとき,硬質の合成樹脂製インサートの材料としては,ポリプロピレン,ポリエチレン等から,軟質合成樹脂部の材料としては,軟質塩化ビニル,発泡ウレタン等から適宜選択できる。
(イ)以上によると,周知技術4として,硬・軟両樹脂からなる物品をインサートにより製造する技術が示されている。
周知技術5(ア)周知例5(甲7)には,次の記載がある。
a本発明は,制御機器などへの入出力用の押しボタンの製造方法について,一面に指を接触させてスイッチング動作をするための指接触部を有し硬質の合成樹脂からなる指接触部と,この指接触部の合成樹脂より軟質の熱可塑性エラストマーからなり,前記指接触部に一体に熱融着し,前記指接触部を支持する押しボタンシート,前記指接触部を支持するために前記押しボタンシートに肉厚を薄く形成した薄肉部とを形成したことを特徴とする押しボタンである。
bその製造方法として,射出成形金型に入れた押しボタンシートに指接触部の加熱融着した合成樹脂材料を前記射出成形金型内のキャビティ部に圧入し,同指接触部と同押しボタンシートとを合成樹脂自身の溶融熱で一体に融着接合し,前記指接触部と押しボタンシートとを一体に成形して,同熱融着面を形成したことを特徴とする押しボタンの製造方法である。
(イ)以上によると,周知技術5として,硬・軟両樹脂からなる物品をインサートにより製造する技術及び射出成形により2つの樹脂を融着させる技術が示されている。
周知技術6(ア)周知例6(甲8)には,次の記載がある。
a本発明は,自動車等車両の乗員保護のためのエアバッグシステムにおいて,平常時には袋体を収納しているケースで,非常時には袋体の膨脹を妨げずに適切に破断,開裂するエアバッグ用収納パッド及びその製造方法に関するものであり,生産性及び収率が良好で,開裂が破断線部を越えて取付部にまで伝播することがなく,破断片の飛散,接着強度の不十分さに基づく開裂の長時間化及び成形の困難さや外観の問題を生じないエアバッグ用収納パッド及びその製造方法を提供することを目的とするものである(【0001】【0004】)。
b本発明は,熱可塑性エラストマーからなる一層構造の天面部及び天面部を支持するための取付部からなり,天面部の外周部分が取付部に固着されていることを特徴とする。また,本発明は,熱可塑性エラストマー又は熱可塑性樹脂を射出成形して取付部を製造し,この取付部を金型から取り出すことなく,引き続き,上記熱可塑性エラストマー又は熱可塑性樹脂よりも100%引張応力及び曲げ弾性率が低い熱可塑性エラストマーを射出成形して天面部を製造し,この取付部と天面部の外周部分を固着することを特徴とするエアバッグ用収納パッドの製造方法の発明である(【0005】)。固着は,例えば,熱融着や接着剤による接着が挙げられるが,固着状態の長期保持性及び製造工程簡略化の見地から,固着される取付部と天面部との面が溶融状態にある間に接着剤等を使用することなく接着するとの熱融着を行うのが好ましい(【0014】)。
c実施例2として,100%引張応力45?/□,曲げ弾性率1200?/□の水素添加されたスチレン系熱可塑性エラストマーであるラバロンSJ9400(三菱油化製)を射出成形機で金型内に充□し,取付部を射出形成し,次いで,取付部を金型から取り出すことなく脆化温度-60℃,ショア硬度75A,100%引張応力22?/□,曲げ弾性率300?/□のスチレン系熱可塑性エラストマーであるラバロンSJ7400(三菱油化製)を使用して引き続き天面部を熱融着して収納パッドを得る(【0017】)。
(イ)以上によると,周知技術6として,硬・軟両樹脂からなる物品をインサートにより製造する技術及び射出成形により2つの樹脂を融着させる技術が示されている。
周知技術7(ア)周知例7(甲9)には,次の記載がある。
a本考案は,飲食物を取った後に歯間に挟まった飲食物のかすを取り除くために使用される楊枝に関する(【0001】)。
b本考案の楊枝は,一字形に形成された摘み部と,この摘み部の一端に形成された凹凸部と,この凹凸部によって摘み部に対して調節可能の所定角度に折曲維持され得る第1傾斜部と第2傾斜部とを含む傾斜片とを備えており,摘み部と傾斜片とは,木材と同様の弾性と強度を有する合成樹脂材料を用いて一体に射出成形される(【0005】【0006】)。
(イ)以上によると,周知技術7として,歯間クリーナを射出成形によって製造する技術が示されている。
周知技術8(ア)周知例8(甲10)には,次の記載がある。
a本発明の目的は,歯間清掃に満足に使用することができるが,清掃用剛毛を使用しない歯間ブラシを提供することにある。
b本発明の実施例として,ステムが,優れた可撓性とともに剛性を有するデルリン等から形成され,通常の射出成形法によって成形されることが好ましい。ブラシは,フォームがステム表面の少なくとも一部に化学的又は物理的に接合される。
c長い下端を有するステム素材は,2つの型半部の間に設置され,それらは閉鎖される。この型半部は,ブラシの所望の形状に対応する形状を有する型容積を一緒に確定する2つの凹所を有する。フォーム物質は,型を閉鎖する前に分配ノズルを備えた注入機械を使用して型凹所に注入されるほか,型の閉鎖の後,通常の方法で射出成形され,その後,ステム素材の基端は,適当な長さに切断され,ステムを形成する。
(イ)以上によると,周知技術8として,歯間クリーナを射出成形によって製造する技術が示されている。
(3)阻害要因についてア以上のうち,周知技術1,3,7及び8によると,歯間クリーナを射出成形によって製造することが周知の事項であることが認められ,また,周知技術3,5及び6によると,射出成形により2つの樹脂を融着させることが周知の事項であること,周知技術4ないし6によると,硬・軟両樹脂からなる物品をインサートにより製造することが周知の事項であることもそれぞれ認められるから,引用発明において,その軟質の合成樹脂材料(第2のプラスチック材料)を硬質の合成樹脂材料(第1のプラスチック材料)の上に「塗布」して「被覆して設けられる」ことに換えて,「射出成形」によって「融着される」こととすることは,当業者において容易に想到し得るものということができる。
なお,上記のとおりの周知技術8の内容に鑑みると,周知例8が審査・審判段階において示されていないものであったとしても,周知技術を示すものとして,審決においてこれを斟酌することができるものである。
イ原告は,本件審決が,周知技術4ないし6を挙げて,硬・軟両樹脂からなる物品をインサートにより製造することは,従来から普通に行われていることであるとしたことについて,いずれも射出成形が容易な比較的大きな製品に関する周知技術4ないし6を,引用発明の歯間ブラシのように細長く小さな商品に適用することは,当業者にとって困難であり,また,産業上の利用分野も全く異なるから,引用発明と周知技術4ないし6との組合せには阻害要因があると主張する。
確かに,ある技術を適用しようとする場合,一般的に,製品が大きなものであるときよりも,小さなものであるときには,その適用において技術的に注意を要することになろうが,そうであるからといって,大きな製品に適用することが周知な事項であるものについて,単に小さな製品に適用することをもって,直ちに阻害要因があるといえるものではないところ,本件において,硬・軟両樹脂からなる物品をインサートにより製造する技術それ自体を周知技術が対象とする大きな製品から本願発明が対象とする小さな製品に適用することについて,当業者の技術的な注意を要することを超えた阻害要因があるとする事情は認められない。
確かに,周知技術4は自動車用のアシストグリップ,周知技術5は制御機器などへの入出力用の押しボタンの製造方法,周知技術6は自動車等のエアバッグ用収納パッドに関するものであって,歯間クリーナとは産業上の分野が異なるものであるが,本件においては,周知技術4ないし6の材料における硬・軟両樹脂からなる物品をインサート製造する技術それ自体が取り上げられるべきものであって,この点においては,その材料の製造技術の分野は同一といわなければならない。
したがって,原告の主張は採用することができない。
ウまた,原告は,一般的に,第1のプラスチック材料の上に,第2のプラスチック材料をインサート成形し,さらに,両材料を融着させるという技術を,細長くかつ小さな製品に適用することは,射出成形の際の射出圧,第2のプラスチック材料を溶融する際の熱で第1のプラスチック材料である支持体が軟らかくなってしまうことによって,支持体の反りやずれが生じてしまうために困難であることが当業者の技術常識であったのに対し,本願発明は,小さな製品である歯間ブラシをインサート成形によって製造する方法であって,本願明細書の実施例には,軸芯(支持体)を保持部材で固定することが開示されており,このような手法によって,上記の問題は解決されていると主張する。
しかしながら,原告が本願発明について主張する軸芯(支持体)を保持部材で固定することについては,本願発明に係る請求項に規定されているものではなく,仮に,原告が主張する支持体の反りやずれとの問題が引用発明にインサート成形の技術を組み合わせたものに生ずるものであるとすると,それらは,原告の主張する軸芯(支持体)を保持部材で固定することが請求項に記載されていない本願発明においても同じく発生するものといわなければならないのであって,上記の反りやずれが生ずる可能性があることをもって,原告が,引用発明の歯間ブラシにインサート成形の周知技術を適用しても本願発明を想到することができないなどと主張することは,本願発明に係る請求項の記載を無視した主張であって,失当といわざるを得ない。
(4)引用発明の皮膜の形成方法と本願発明のインサート技術との相違についてア原告は,引用発明における皮膜の形成方法は,「塗布」及び「巻き付けて接着」のみであって,インサート成形技術とは全く異なる手法であると主張する。
しかしながら,前記(1)イによると,歯間クリーナである引用発明は,軟質の合成樹脂材料が硬質の合成樹脂材料に一体化される技術を示すものであって,その「一体化」の方法として,「塗布」することによって「被覆して設けられる」ことが示されている。
そして,前記(3)アのとおり,歯間クリーナを射出成形によって製造すること,射出成形により2つの樹脂を融着させること及び硬・軟両樹脂からなる物品をインサートにより製造することは,いずれも周知の事項であるのであるから,上記の引用発明における「一体化」の技術に換えて,インサート技術を採用することは,当業者において容易に想到することができるものということができ,引用発明の皮膜の形成方法が本願発明のインサート成形技術と異なるものであることをもって,何らその容易想到性を否定する理由となるものではない。
イ原告は,本願発明が,第1のプラスチック材料の上に第2のプラスチック材料を射出成形し,両材料を融着させるという構成を採用した理由は,クリーニング端を形成する第2のプラスチック材料が「こすっても剥がれないように支持体に固定」するためであるのに対し,引用発明は,歯肉の損傷を防止しつつ,歯垢を確実に除去することを企図したものであって,両技術の課題は全く異なると主張する。
しかしながら,歯間クリーナ自体が,そもそも歯肉の損傷を防止しつつ,歯垢を確実に除去する目的を有するものであることに加え,本願明細書にも「クリーニングを確実にするためには,インサートまたはコーティングの第2のプラスチック材料はクリーニングされるべき歯間領域と係合し,これは代替的には支持体から突出して備えられてもよく,これがたとえば,インサートまたはコーティングが少なくとも1方側に膨らみを有することを引き起こす。これに代えてまたはこれに加えて,インサートまたはコーティングの表面には,クリーニング動作を促進しかつそれに加えてマッサージ効果を発揮する構造が形成され得る。鋭利な端部およびその結果生じ得る歯間クリーナを引っかけたりまたは突き刺したりする問題を回避するために,この発明のさらなる進展に従うと,インサートまたはコーティングの表面が支持体の近接する表面領域へとなめらかに移行する。」との記載があるように,本願発明は,「歯肉の損傷を防止しつつ,歯垢を確実に除去すること」を課題としているものということができる。
そして,前記(1)アのとおり,引用発明も,従来の木製のつま楊枝が,全表面が平滑であるため歯垢などが付着し難く効果が低かったこと,また,先端が針状にとがっていることから歯肉に傷を付けやすいという問題があったことに照らし,本体ピックの表面に皮膜を塗布又は接着し,更に細片を付着させることによって,「歯肉の損傷を防止しつつ,歯垢を確実に除去すること」を目的としたものであり,本願発明と引用発明とは課題を共通とするものであって,両者の課題が全く異なるとの原告の主張は理由がない。
また,原告は,引用発明では,皮膜と細片とで本体を被覆していることから,たとい細片が取れても,硬い本体が歯肉に直接当たって傷を付けることがなく安心して使用し得るとされていることから,本願発明のように,クリーニング端が剥がれないという課題に対する対処は,十分に考慮されていないと主張する。
しかしながら,引用例における「皮膜(2)と細片(3)とで本体(1)を被覆しているから,たとえ,細片(3)が取れても,硬い本体(1)が歯肉に直接当たってそれにきずを付けることがなく安心して使用しうる」との記載は,万が一細片が取れるくらい擦っても皮膜は本体から剥がれないように本体に固着されていることを意味するものであり,これに加え,通常の使用で細片が取れることを想定した記載でないことは明らかであって,その反面,本願発明のように,クリーニング端が剥がれないという課題に対する対処に相当するということができるものであって,その記載を正解しない原告の主張を採用することはできない。
さらに,原告は,引用発明では,歯間ブラシのクリーニング端を形成するため,ピック本体の周りに皮膜を塗布又は接着した上で,更に細片を付着させるという2つの工程を経るなどしなければならないのに対し,本願発明は,第2のプラスチック材料を射出成形して融着させるという1つのプロセスで,クリーニング端を形成することができるものであって,本願発明では,製造プロセスの省力化による製造コストの削減という点をも課題としており,この点でも両技術の課題は異なると主張する。
しかしながら,同一の課題を達成するために,周知技術を適用し,製造工程の省力化によるコストの削減を図ろうとすることは,当業者であれば当然に検討し得ることであって,歯の清掃用ピックに係る引用発明に接した当業者が,樹脂の接着において,周知技術であるインサート成形技術を適用することは容易に導き出せるものということができる。
ウなお,原告は,合成樹脂同士であればどのような組合せでも合成樹脂相互間の融着が生じるものではなく,組み合わせる合成樹脂の種類によって,融着が生じる場合と生じない場合があるところ,本願発明の発明者は,試行錯誤の結果として,正しく融着可能で,なおかつ,歯間クリーナとして適切な材料の組合せに想到したものであって,そのことは本願明細書にも明記されているにもかかわらず,本件審決が,射出成形により複数の樹脂を融着させることも格別なことではないとしたことには理由の不備があると主張する。
しかしながら,原告が主張する融着が生じる合成樹脂相互間の組合せについては,本願発明に係る請求項に何ら規定されているものではなく,原告の主張に照らすと,本願発明における「融着」には,射出成形によって融着が生じる場合のほか,射出成形によって融着が生じない場合をも含むものであって,原告の主張は,当該請求項の記載を前提に本願発明の進歩性を主張するものではなく,主張自体失当といわなければならない。
(5)本願発明の作用効果についてア原告は,本願発明によって,接着剤の安全性に配慮する義務からの解放,接着剤の耐水性の問題からの解放,接合強度の向上,外径を小さくできたこと,製造プロセスの短縮及び製造コストの削減及びクリーニング端の形状の自由度の向上を図ることができたものであると主張する。
イしかしながら,前記のとおり,引用発明における「一体化」の技術に換えて,インサート技術を採用し,合成樹脂相互の組合せについて特段配慮せずに,本願発明が規定すると同様の意味において,硬・軟両樹脂を「融着」させるという点においては,当業者において容易に想到することができるものであるところ,上記効果は,射出成形の技術の採用や硬・軟両樹脂の融着によって当然に生ずるものであるから,上記の各効果も,引用発明及び周知技術から当業者が予測し得る範囲内のものであるということができ,本願発明の格別な作用効果ということはできない。
加えて,前記(1)イのとおり,引用発明においては,皮膜の外周面に付着された柔軟性を有する細片については,接着剤を使用せずに付着させたり,フィルム等の表面を起毛状にかき起こして形成する技術が示されており,接着剤を使用しないことによる効果については,当業者において,引用発明からも予測し得る範囲内のものということができる。
(6)小括以上によると,相違点2に係る本願発明の構成については,引用発明に周知技術を適用して当業者が容易に想到することができたものということができる。
2取消事由2(審判における手続違背)について(1)原告は,インサート成形による複数樹脂間での融着について,審判段階における拒絶理由通知において何らの根拠文献も具体的な判断も示されなかったため,原告は反論の機会を失ったものであって,違法であると主張する。
しかしながら,本件拒絶理由通知書において,審判長は,「射出成形により,複数樹脂の間で融着がなされることは,格別のものとは認められない」と記載し,この点について拒絶理由を述べている。
そして,これに対し,原告は,原告意見書を提出し,その中で,「審判官合議体は,歯間クリーナの分野において,このような2種類の材料の融着を行うことが本願の出願当時から公知であったことを引き続き主張するならば,根拠となる文献を提示すべきです。」と主張している。
以上によると,本件拒絶理由通知書において,射出成形につき複数樹脂の間で融着が行われることが周知な事項であるとの審判合議体の判断が示され,原告にその反論の機会も与えられていたということができる。
また,前記1(2)によると,本願発明が規定すると同様の意味で,合成樹脂相互の組合せについて特段配慮しない場合として,射出成形により2つの樹脂を「融着」させることは周知であり,複数の周知例が挙げられていることが示すようにその周知性は高いもので,文献の提示がないことをもって,原告の防御に支障が生ずるものと解されるものではない。
したがって,原告の主張は採用することができない。
(2)原告は,審判合議体は,相違点1に関して,審判段階での拒絶理由通知では何ら触れていなかったにもかかわらず,本件審決では,突然,相違点1を認定した上で容易に想到することができたと結論付けたものであって,相違点1の容易想到性に関して,何ら反論の機会が与えられなかったと主張する。
しかしながら,本件拒絶理由通知書には,本件補正前の本件出願の請求項1に係る発明と引用例との対比においてではあるが,周知例1及び2を参考例として示して,熱可塑性樹脂の使用が周知であると記載されているものであって,これは,プラスチック材料において,熱可塑性エラストマーの使用という点が相違するものであることを前提として,その相違点についての審判長の見解が示されたものということができる。
また,それ以前の本件拒絶査定においても,周知例7を示すなどして,「熱可塑性プラスチック材料を用いて射出成形する技術は,本願出願時周知の事項である」と記載されている。
以上によると,相違点1について,審判において原告に意見を述べる機会があったということができるから,原告の主張は採用することができない。
(3)なお,本件に係る上記の周知技術については,それぞれについて複数の周知例が挙げられていることが示すように,関係する技術分野において周知性が高いものと解することができるものであって,前記1(2)の周知例に,審査・審判段階において,特定の周知技術を示すものとして挙げられていないものがあったとしても,これらを審決において用いることができないものということはできない。
(4)したがって,審判手続に関して手続違背があったとする原告の主張は理由がない。
3結論以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。
裁判長裁判官 滝澤孝臣
裁判官 本多知成
裁判官 荒井章光