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事件 平成 15年 (行ケ) 106号 審決取消請求事件
原告 旭ダイヤモンド工業株式会社
訴訟代理人弁理士 内山充
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 加藤友也,西川惠雄,井出英一郎,高木進,涌井幸一
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/10/13
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が訂正2002−39200号事件について,平成15年2月12日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
主文と同旨の判決
事案の概要
本件は,特許権者である原告が,訂正審判の請求をしたところ,請求は成り立たないとの審決がされたため,同審決の取消しを求めた事案である。
1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告は,発明の名称を「コンディショナの製造方法」とする特許(特許番号第3187013号。平成10年9月22日出願,平成13年5月11日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
(2) 本件特許について特許異議の申立てがされ(異議2000-70076号事件として係属),原告は,平成14年7月9日,上記手続において,明細書の訂正を請求したところ,特許庁は,同年8月8日,「訂正を認める。特許第3187013号の請求項1,2に係る特許を取り消す。」との決定をした。
(3) 原告は,平成14年9月24日,上記決定に対する取消訴訟(平成14年(行ケ)第487号)の係属中に,明細書の特許請求の範囲を後記2の(2)記載のとおり訂正する旨の訂正審判の請求をした(訂正2002-39200号事件として係属)ところ,特許庁は,平成15年2月12日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同月22日,その謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲 (1) 本件特許出願の願書に添付した明細書のもの 【請求項1】砥粒を台金の作用面に金属結合材を用いて固着したのち,電着塗装法により作用面の金属部分を樹脂層で被覆することを特徴とするコンディショナの製造方法
【請求項2】樹脂層の厚さが10〜100μmである請求項1記載のコンディショナの製造方法
(2) 訂正審判請求書添付の訂正明細書のもの(下線部分が訂正によって付加された。以下,請求項記載の番号に従い「訂正発明1」,「訂正発明2」という。) 【請求項1】砥粒を台金の作用面に金属結合材を用いて固着したのち,電着塗装法により作用面の金属部分を樹脂層で被覆し,該樹脂層 が樹脂被覆後 に架橋硬化 させてなり ,かつ 樹脂層 の作用面 の石出 し加工 をしないで 形成 されてなり ,CMP 用ポリッシングパッド のコンディショニング に用いるものである ことを特徴とするコンディショナの製造方法
【請求項2】樹脂層が,アクリル 系樹脂塗料又 はフッ 素系樹脂塗料 の被覆 であって,厚さが10〜100μmである請求項1記載のコンディショナの製造方法
3 審決の理由の概要 審決の理由は,以下のとおりであるが,要するに,訂正発明1及び2が,特開平9-239663号公報(甲5,以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,したがって,特許法29条2項の規定により,特許出願の際に独立して特許を受けることができるものではないから,本件訂正審判の請求は,特許法(平成15年法律第47号による改正前のもの,以下同じ。)126条1項ないし3項の規定に適合するものの,同条4項の規定に適合しない,というものである。
(1) 訂正発明1と引用発明との対比 (1-1) 訂正発明1と引用発明との一致点,相違点 「訂正発明1と引用発明を対比するに,引用発明における「砥粒12」,「鋼や鉄,アルミ合金からなる母材11」,「母材11の表面」,「ニッケル被膜13,金属クロム薄膜14」,「フッ素樹脂からなる保護被膜16」は,それぞれ,訂正発明1における「砥粒」,「台金」,「台金の作用面」,「金属結合材」,「樹脂層」に相当する。また,引用発明における「ドレッサー」は,研磨パッドや研磨砥石等を修正するものであることから,訂正発明1と同様の「コンディショナ」であることは,当業者に明らかである。
したがって,両者は以下の点で一致する。
砥粒を台金の作用面に金属結合材を用いて固着したのち,作用面の金属部分を樹脂層で被覆したコンディショナの製造方法
そして,以下の点で相違する。
相違点1:訂正発明1では,樹脂層の被覆方法が電着塗装法であるのに対し,引用発明では,公知の塗装方法とされているだけで,特定されていない点。
相違点2:訂正発明1では,樹脂層が樹脂被覆後に架橋硬化させてなるものであるのに対し,引用発明では,樹脂層が樹脂被覆後に架橋硬化させてなるものであるのか明らかでない点。
相違点3:訂正発明1では,樹脂層の作用面には石出し加工をしないのに対し,引用発明では,そうでない点。
相違点4:訂正発明1では,コンディショナの用途が,CMP用ポリッシングパッドのコンディショニングと特定されているのに対し,引用発明では,そうでない点。」 (1-2) 相違点1ないし4についての判断 (1-2-1) 相違点1及び2について 「電着塗装法はごく一般的な塗装方法であり,電着塗装法をダイヤモンド砥粒を固着させて構成した砥石のような微小の凹凸のある面に適用すること,及び電着塗装法を適用すれば金属部分にのみ被覆が施されることは周知の技術的事項であるから(必要であれば,特開平7-294402号公報(本訴甲16)参照。),塗装方法に多くのものがあるとしても,電着塗装法を採用すること自体は,当業者に困難であったとはいえない。
また,架橋硬化型の樹脂塗料は,電着塗装法に使用される樹脂塗料として周知のものであり(必要であれば,特開昭61-284600号公報(本訴甲11),特開昭62-127362号公報(本訴甲9)参照。),又ドレッサのダイヤモンド砥粒が固着し,ポリッシングマットに接触する側の面に架橋硬化型樹脂の使用が可能であることも周知である(必要であれば,特開平9-225827号公報(本訴甲17)参照。)。
さらに,架橋硬化型の樹脂を使用した電着塗装法が,コンデショナの樹脂被覆に使用できない,又は,適さないとする理由,事情も特にない。
したがって,引用発明において,塗装方法として架橋硬化型の樹脂塗料を使用した電着塗装法を採用し,被覆後に該樹脂を架橋硬化することは,当業者であれば容易に想到したことである。」 (1-2-2) 相違点3について 「引用発明において,塗装方法として架橋硬化型の樹脂塗料を使用した電着塗装法を採用した場合に,被覆層を厚くしてその後被覆層を必要な厚さまで除去するか,塗装の際に,被覆層の厚さを必要な厚さに調整するかは,当業者が適宜行う設計的事項にすぎない。そして,後者を採用した場合に,砥粒に樹脂が被覆されないことは電着塗装法に固有の現象であり,この場合に,「石出し加工をしない」という加工工程にすることは必然的なことにすぎない。」 (1-2-3) 相違点4について 「研磨パッド等を修正するコンディショナ,ドレッサーの用途としてCMP用ポリッシングパッドのコンディショニングは一般的なものであり(必要であれば,特開平10-86056号公報,特開平10-15819号公報,特開平7-256554号公報参照。),しかも,引用発明は,砥粒を固着する金属薄膜が研磨剤との接触によりイオン化して溶出するのを防ぐために,金属薄膜に耐食性,耐薬品性,耐摩耗性を示す被膜を設けたものであるから,引用発明を,化学的研磨剤による金属層のイオン化,溶出という同様の状況が発生するCMP用ポリッシングパッドのコンデショニングに使用することは,当業者であれば容易に想到したことである。
(なお,引用発明は,砥粒を固着する金属薄膜が研磨材との接触によりイオン化して溶出するのを防ぐためのものであるが,金属薄膜のイオン化は研磨剤の化学的作用によることは明らかであるから,引用発明は,実質的にCMP用ポリッシングパッドのコンディショナであるということもでき,相違点4は実質的な相違点ではないともいえる。) そして,訂正発明1の効果は,引用発明への電着塗装法の採用,架橋硬化型の樹脂塗料の使用の結果,及びCMP用ポリッシングパッドのコンディショニング用としての使用の結果,必然的に生じるものにすぎず,格別なものとはいえない。」 (2) 訂正発明2と引用発明との対比 (2-1) 訂正発明2と引用発明との相違点 「訂正発明2と引用例記載の発明を対比するに,両者は,上記相違点1〜4に加え,以下の点で相違する。
相違点5:訂正発明2では,樹脂層が,アクリル系樹脂塗料又はフッ素系樹脂塗料の被覆であって,架橋硬化するものであるのに対し,引用発明では,樹脂層はフッ素系樹脂塗料であるが,架橋硬化するものであるかどうか不明な点。
相違点6:訂正発明2では,樹脂層の厚さが,10〜100μmであるのに対し,引用発明では,樹脂層の厚さが特定されていない点。」 (2-2) 相違点5,6についての判断 (2-2-1) 相違点5について 「電着塗装法に使用される樹脂塗料として,架橋硬化型のアクリル系樹脂塗料又はフッ素系樹脂塗料は,周知のものであるから(必要であれば,相違点1,2についての検討の箇所で挙げた文献を参照。),引用発明において,架橋硬化型のアクリル系樹脂塗料又はフッ素系樹脂塗料を使用することは,当業者であれば容易に想到したことである。」 (2-2-2) 相違点6について 「引用発明における樹脂層は,金属結合材の溶出を防ぐためのものであるから,ある程度の厚さが必要であることは当業者に明らかであり,コンディショナーの性能面からいえば,砥粒の樹脂層からの突出量が大きい,すなわち,樹脂層は薄い方がよいことも当業者に明らかである。
引用発明において,樹脂層の厚みは,上記事項及び使用する樹脂の種類,砥粒の大きさを考慮して,当業者が適宜設計すべきものであり,10〜100μmの間の厚みとすることに格別技術的困難性はない。
なお,審判請求人は,金属溶出防止効果の有効性の限界として「10μm」という下限値を示すことが設計的事項でない旨主張しているが,「10〜100μm」の間のいずれかの値の厚みとすることが当業者に適宜なしうるのであれば訂正発明2の進歩性は否定できるので,この主張は意味がない。
そして,訂正発明2の効果も,引用発明及び周知技術から,当業者が予測することができる程度のものであって,格別なものとはいえない。」
当事者の主張の要点
1 原告主張の取消事由 審決は,引用発明を誤認して,訂正発明1と引用発明との一致点及び相違点を誤認看過し(取消事由1),訂正発明1と引用発明との相違点1ないし3の判断を誤る(取消事由2,3)とともに,訂正発明1の顕著な効果を看過し(取消事由4),また,訂正発明2と引用発明との相違点5及び6の判断を誤り(取消事由5,6),その結果,訂正発明1及び2について,特許出願の際に独立して特許を受けることができるものではないとして,訂正を認めなかったのであり,これらの誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,審決は違法なものとして取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(引用発明認定の誤り,訂正発明1と引用発明との一致点認定の誤り,相違点の看過) 審決は,引用発明における「ニッケル被膜13,金属クロム薄膜14」が,訂正発明1における「金属結合材」に相当すると認定し,これを前提に訂正発明1と引用発明とを対比しているが,誤りである。
訂正発明1における金属結合材は,あくまでも砥粒を固着するものであるが,引用例には,「砥粒をニッケル被膜に保持させて固着すると共に,該ニッケル被膜の上に,金属クロム薄膜を被設し」(特許請求の範囲)と記載されており,この記載によれば,引用発明において,金属結合材に相当するのはニッケル被膜13のみであり,金属クロム薄膜14は金属結合材ではない(引用例には,「ニッケル被膜13の厚さを粒径の50〜70%とし,その上に2〜3μmの厚さで金属クロム薄膜を被設し」(段落【0011】)と記載されているところ,通常の砥粒の粒径は150μm程度であるから,金属クロム薄膜14の厚さは砥粒の粒径の2%以下になってしまうが,この厚さでは,砥粒を安定に固着することはできない。)。そして,甲5には,「金属クロム層14の表面の酸化クロム層14aが形成されている場合には,この酸化クロム層14aが酸やアルカリに対して不溶性を示すため,・・・クロムやニッケルの溶出は生じない」(段落【0014】)と記載されているから,金属クロム薄膜14は,金属結合材ではなく,金属溶出防止膜に属するものである。
(2) 取消事由2(訂正発明1と引用発明との相違点1及び2の判断の誤り) 審決は,相違点1について,「電着塗装法はごく一般的な塗装方法であり,電着塗装法をダイヤモンド砥粒を固着させて構成した砥石のような微小の凹凸のある面に適用すること,及び電着塗装法を適用すれば金属部分にのみ被覆が施されることは周知の技術的事項であるから(必要であれば,特開平7-294402号公報(甲16,以下「甲16公報」という。)参照。),塗装方法に多くのものがあるとしても,電着塗装法を採用すること自体は,当業者に困難であったとはいえない。」と判断し,また,相違点2について,「架橋硬化型の樹脂塗料は,電着塗装法に使用される樹脂塗料として周知のものであり(・・・),又ドレッサのダイヤモンド砥粒が固着し,ポリッシングマットに接触する側の面に架橋硬化型樹脂の使用が可能であることも周知である(必要であれば,特開平9-225827号(甲17,以下「甲17公報」という。)公報参照。)」と認定しているが,誤りである。
ア 相違点1の判断の誤り (ア) 甲16公報に記載された発明は,ボンド部分にのみ選択的にダイヤモンド砥粒と識別可能な「明快で均一な色調のマスキング層」を施すことよって形態を観察する分析方法であるが,甲16公報には,電着塗装のマスキングについての実施例の記載がされてないから,電着塗装法が記載されているとはいえないし,また,電着塗装により,「明快で均一な色調のマスキング層」が得られるかどうかも明らかでない。そして,甲16公報のほかに,電着塗装法をダイヤモンド砥粒を固着させて構成した砥石のような微小の凹凸のある面に適用することを示す証拠はない。したがって,「電着塗装法をダイヤモンド砥粒を固着させて構成した砥石のような微小の凹凸のある面に適用すること」は周知でない。
(イ) 訂正発明1は,CMPコンディショナの技術分野において,電着塗装による樹脂被膜を形成するものであるが,甲16公報に記載された発明は,機械加工分野における研削研磨砥石において,電着塗装を適用したものである。機械加工分野においては,研磨研削工具の砥粒面は金属等の堅い物体に激突するため,樹脂被膜はたちまち破損するのに対し,CMPコンディショナでは,樹脂被膜は作業中に破損しないのであって,求められる被膜樹脂の性能が顕著に相違しており,両者の技術分野は相違しているから,引用発明において,甲16公報に記載された技術を適用することは容易ではない。
イ 相違点2の判断の誤り (ア) 電着塗装に熱硬化性樹脂を用いることが周知であるとしても,CMPコンディショナに熱硬化性樹脂被膜を採用して架橋硬化樹脂被膜にすることは公知でも周知でもない。
(イ) しかも,甲17公報に記載された発明に使用した熱硬化性樹脂は砥粒を固着するレジンボンドとしての役割を有するものであり,マットとの接触が技術的課題とされているわけではないから,訂正発明1のような,メタルボンド型のCMPコンディショナにおいて,熱硬化性樹脂を被覆することが容易に想到できるとする根拠にはならない。また,CMPコンディショナにおいて,電着塗装によって石出しを不要とすることは周知ではないから,電着塗装樹脂として熱硬化性樹脂を選択採用して,塗装後に架橋する工程の組合せに進歩性があることは明白である。
CMPコンディショナは,金属等の堅い物品を研削するものではなく,スラリー液の存在下で軟質のパッドの毛羽立てをするものであるから,研削砥石の研削熱による温度上昇はない。そのため,研削熱の温度上昇に耐える熱硬化性樹脂の耐熱性は不要であるが,長時間のパッド面との摩擦による樹脂表面擦傷に起因する樹脂膜の変形剥離の点からは堅い熱硬化性樹脂膜の方が適する。他方,金属溶出防止のためには,柔軟性が大きく,その柔軟性に基づく砥粒との境界面の密着性も大きい熱可塑性樹脂被覆を使用するという選択肢もある。このような状況において,訂正発明1は,耐擦傷性,耐薬品性の点から熱硬化性樹脂を選択したのであって,単に公知ないし周知技術を適用したというのではない。
さらに,訂正発明1は,熱硬化性樹脂を選択することによって,引用発明において,金属クロムとその上に形成された酸化クロム膜及びその上のフッ素樹脂保護膜の3層構造で達成していた金属溶出防止効果を,1層の熱硬化性樹脂の層で達成することができたものである。
(3) 取消事由3(訂正発明1と引用発明との相違点3の判断の誤り) 審決は,相違点3について,「引用発明において,塗装方法として架橋硬化型の樹脂塗料を使用した電着塗装法を採用した場合に,被覆層を厚くしてその後被覆層を必要な厚さまで除去するか,塗装の際に,被覆層の厚さを必要な厚さに調整するかは,当業者が適宜行う設計的事項にすぎない。そして,後者を採用した場合に,砥粒に樹脂が被覆されないことは電着塗装法に固有の現象であり,この場合に,「石出し加工をしない」という加工工程にすることは必然的なことにすぎない。」と判断したが,誤りである。
ア 引用発明において,「公知コーティング方法」とは,「石出し工程を必須とするコーティング技術」であると解すべきであり,「公知コーティング技術」には,「石出し工程をしない電着塗装」は入らない。したがって,引用発明においては,被覆層を厚くしてその後被覆層を必要な厚さまで除去するか,塗装の際に,被覆層の厚さを必要な厚さに調整するかなどの選択肢はなく,電着塗装を引用発明に結びつけても,「塗装方法として架橋硬化型の樹脂塗料を使用した電着塗装法を採用した場合に」という前提をおくこと自体が,失当である。
イ また,電着塗装でも,樹脂膜を砥粒の高さ以上に厚くすると砥粒に被覆されるため,電着塗装でも砥粒を全部埋め込むことができるから,電着塗装であれば石出ししないことが必然的であるとはいえない。
(4) 取消事由4(訂正発明1の顕著な効果の看過) 審決は,「訂正発明1の効果は,引用発明への電着塗装法の採用,架橋硬化型の樹脂塗料の使用の結果,及びCMP用ポリッシングパッドのコンディショニング用としての使用の結果,必然的に生じるものにすぎず,格別なものとはいえない。」と判断したが,誤りである。
そもそも,CMPコンディショナと電着塗装の組合せ構成,CMPコンディショナと石出ししない樹脂膜の組合せ構成及びCMPコンディショナと架橋工程の組合せ構成という訂正発明1の基本的骨格的構成の組合せ構成は,いずれも,CMPコンディショナ技術分野において,公知でなく,また,当然に周知でもないから,その効果が必然的に生じるということはあり得ない。
(5) 取消事由5(訂正発明2と引用発明との相違点5の判断の誤り) 審決は,相違点5について,「電着塗装法に使用される樹脂塗料として,架橋硬化型のアクリル系樹脂塗料又はフッ素系樹脂塗料は,周知のものであるから(必要であれば,相違点1,2についての検討の箇所で挙げた文献を参照。),引用発明において,架橋硬化型のアクリル系樹脂塗料又はフッ素系樹脂塗料を使用することは,当業者であれば容易に想到したことである。」と判断したが,誤りである。
甲17公報は,レジンボンド砥石の技術分野において,砥粒を固定するための樹脂として架橋硬化型樹脂を使用することを開示し,また,特開昭61-284600号公報(本訴甲11)及び特開昭62-127362号公報(本訴甲9)は,電着塗装に熱硬化性樹脂を使用することを開示するにとどまり,いずれもCMPコンディショナの砥粒面の金属面への選択的被覆を示唆するものではないから,これらに基づき,CMPコンディショナ用に,石出し不要の電着塗装の樹脂として架橋硬化型のアクリル系樹脂塗料又はフッ素系樹脂塗料を使用することが,当業者であれば容易に想到し得たということはできない。
(6) 取消事由6(訂正発明2と引用発明との相違点6の判断の誤り) 審決は,相違点6について,「引用発明において,樹脂層の厚みは,上記事項及び使用する樹脂の種類,砥粒の大きさを考慮して,当業者が適宜設計すべきものであり,10〜100μmの間の厚みとすることに格別技術的困難性はない。」と判断したが,誤りである。
訂正発明2において,樹脂と砥粒面の境界面を伝って流出することを防止するためには,架橋型硬化性樹脂の厚さが10〜100μmであることが好適であることを実験で確認したものである。したがって,この厚さの決定があってはじめて,電着塗装の条件が決まり,砥粒の電着メッキによる固着条件での砥粒の突出量も決まることになるのであって,樹脂膜の厚さは訂正発明2に係るCMPコンディショナの設計の基本事項であり,砥粒が固着されているCMPコンディショナにおいて,金属溶出量と突出量とを考慮して,最後にその厚みが決定されるというような単なる設計事項ではない。
2 被告の反論 (1) 取消事由1(引用発明認定の誤り,訂正発明1と引用発明との一致点認定の誤り,相違点の看過)に対して 甲5には,「砥粒12がニッケル被膜13で保持されるだけでなく,金属クロム薄膜14及び保護被膜16によっても保持されるため,脱落しにくくなっており,」(段落【0015】)と記載されており,金属クロム薄膜14が,ニッケル被膜13と同様に砥粒を保持していることは明らかであるから,引用発明における「ニッケル被膜13,金属クロム薄膜14」は訂正発明1における「金属結合材」に相当するということができる。
(2) 取消事由2(訂正発明1と引用発明との相違点1及び2の判断の誤り)に対して ア 相違点1の判断の誤り (ア) 明細書は当業者が請求項に係る発明を実施することができる程度に記載されていれば十分であり,実施例を用いなくても,当業者が明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づいて発明を実施できるように発明を説明できるときは,実施例の記載は必要でない。本件において,「電着塗装」は周知の塗装方法であり,それに使用することができる樹脂も周知であるから,「電着塗装」についての詳細な説明,実施例が明細書に記載されていないとしても,当業者であれば,発明を実施することが十分に可能であるから,甲16公報に電着塗装を用いた発明が開示されていないとはいえない。
(イ) 甲16公報に記載された発明が,機械加工分野における研削研磨砥石において,電着塗装を適用したものであるとしても,機械加工分野の研削研磨砥石とCMP用ポリッシングパッドのコンディショナが,一つの発明として把握することができる程度に非常に近接した技術分野のものである上,電着塗装が施される面は,訂正発明1と甲16公報に記載された発明とで変わることはないから,引用発明において,甲16公報に記載された技術を適用することに困難はない。
イ 相違点2の判断の誤り (ア) CMP用ポリッシングパッドのコンディショナのポリッシングパッドと接触する面を架橋硬化させた熱硬化性樹脂とすることは,甲17公報に記載されているように周知である。CMP用ポリッシングパッドのコンディショナにとって重要なことは,ポリッシングパッドと接触する面の性質であり,甲17公報記載のものがレジンボンド型のものであるとしても,ポリッシングパッドと接触する面の性質は訂正発明1と変わることはない。したがって,甲17公報記載の周知の技術的事項に基づき,電着塗装に使用する樹脂を熱硬化性樹脂とし,架橋硬化させることは,当業者であれば容易に想到したことである。
(イ) 熱硬化性樹脂を使用する選択肢と,熱可塑性樹脂を使用する選択肢の2つがあるとしても,コンディショナの表面を熱硬化性樹脂で構成することが周知である以上,熱硬化性樹脂を使用することを選択することに何の困難性もない。
また,引用発明における金属クロム薄膜がニッケル被膜の金属溶出防止効果を有するとしても,樹脂被膜も金属溶出防止効果を有するものであるから,構成,効果の点で,訂正発明1と変わりがない。
(3) 取消事由3(訂正発明1と引用発明との相違点3の判断の誤り)に対して ア CMP用ポリッシングパッドのコンディショナがダイヤモンド砥粒を使用した砥石である以上,ダイヤモンド砥粒を露出させる必要があることは当業者に自明のことであるから,電着塗装により被覆を施す際に,「被覆層を厚くしてその後被覆層を必要な厚さまで除去するか」,「塗装の際に,被覆層の厚さを必要な厚さに調整するか」は設計的事項にすぎない。
イ また,「石出しをしない」という工程が,電着塗装を採用し,その際に被覆層の厚さを必要な厚さに調整することを想到したことによる必然的な帰結にすぎないことは,甲2(本件特許公報)に「樹脂は金属部分にのみ付着し,導電性を有しない砥粒が樹脂層で被覆されることがないので,石出しを行う必要がない。」(項目【0007】)と記載されていることからみても明らかである。
(4) 取消事由4(訂正発明1の顕著な効果の看過)について 訂正発明1の効果は,引用発明及び周知技術である甲16,17公報記載の技術的事項がもともと有する効果であり,格別なものではない。
(5) 取消事由5(訂正発明2と引用発明との相違点5の判断の誤り)に対して 甲17公報記載のものがレジンボンド型のCMPポリッシングパッド用コンディショナの技術であるとしても,CMPポリッシングパッド用コンディショナのパッドと接触する面を架橋硬化型樹脂とすることが開示されている以上,引用発明において,表面を被覆する樹脂を架橋硬化型樹脂とすることに困難はなく,また,仮にCMPポリッシングパッド用コンディショナの砥粒面の金属面への選択的被覆に使用することが知られていないとしても,架橋硬化型のアクリル樹脂塗料又はフッ素系樹脂塗料が,電着塗装法に使用される樹脂として周知である以上,その選択に困難があったともいえない。
(6) 取消事由6(訂正発明2と引用発明との相違点6の判断の誤り)に対して 引用発明における樹脂層は,金属結合材の溶出を防ぐためのものであるから,ある程度の厚さが必要であることは当業者に明らかであり,コンディショナの性能面からいえば,砥粒の樹脂層からの突出量が大きい,すなわち,樹脂層は薄い方がよいことも当業者に明らかである。また,仮に樹脂膜の厚さが最初に決めるものであるとしても,結局は,金属面を被覆するとともに砥粒を突出させるものであるから,その厚さを金属溶出量と突出量との兼ね合いで決めることに変わりはない。したがって,仮に公知文献に10〜100μmの範囲内の厚さのものがないとしても,当該範囲は通常試行錯誤で確認する範囲内の数値を含むものであり,樹脂層の厚みは,上記事項及び使用する樹脂の種類,砥粒の大きさを考慮して,当業者が適宜設計すべきものであるから,10〜100μmの間の厚みとすることに格別の技術的困難性はない。
当裁判所の判断
1 取消事由2及び3(訂正発明1と引用発明との相違点1ないし3の判断の誤り)について判断する。
(1) 引用発明に「電着塗装」ないし「電着塗装に熱硬化性樹脂を用いること」を適用することの容易性について ア 引用例によって認定される引用発明の内容は,「砥粒12を鋼や鉄,アルミ合金からなる母材11の表面にニッケル被膜13,金属クロム薄膜14を用いて固着したのち,公知の塗装方法によりフッ素樹脂からなる保護被膜16を被設して研磨パッドや研磨砥石等を修正するドレッサーを製造する方法であって,砥粒12上の保護被膜16を除去するようにし,ニッケル被膜13,金属クロム薄膜14上に保護被膜16を設けるようにしたドレッサーを製造する方法。」である(当事者間に争いがない。)。
そして,引用例には,「【0014】特に,金属クロム薄膜14がニッケル被膜13と非常に強固に結合してこのニッケル被膜13を外側から保護するうえに,その外側のフッ素樹脂製の保護被膜16が勝れた耐食性,耐薬品性,耐摩耗性を示してこれらの金属クロム薄膜14及びニッケル被膜13を保護するため,保護効果が非常に高く,この結果,金属クロム薄膜14及びニッケル被膜13の分離又は溶出は確実に防止される。」,「【0016】【発明の効果】このように本発明の研磨用工具によれば,ニッケル被膜の上に被設した金属クロム薄膜とフッ素樹脂からなる保護被膜との被覆作用により,ニッケル被膜からニッケルが微細破片や溶出物となって分離又は溶出するのを確実に防止することができる。また,砥粒がニッケル被膜と金属クロム薄膜及び保護被膜によって保持されるため,脱落しにくく,研磨用工具としての寿命が長い。」と記載されているから,引用発明において,フッ素樹脂を被設することの目的は,ニッケル被膜13の保護と砥粒の保持にあると認められる。
以上の事実によると,引用発明は,公知の塗装方法によりフッ素樹脂を被設するものであるところ,フッ素樹脂は,ニッケル被膜13の保護及び砥粒の保持の役割を有するのであるから,引用発明において採用される公知の塗装方法は,これにより被設されるフッ素樹脂が,ニッケル被膜の保護及び砥粒の保持の役割を果たすことができるように選択される必要があるといわなければならない。
ところで,電着塗装法が一般的に周知のものであり,かつ,電着塗装に熱硬化性樹脂を用いることも周知のものであるとしても,このような電着塗装法が,ドレッサー(コンディショナ)の製造分野において,ニッケル被膜(金属結合材)の保護及び砥粒の保持という目的で適用されることまで周知であると認められるか否かは,別問題である。そこで,以下において,この点について,検討することとする。
イ 「電着塗装」の適用の容易性について この点について,審決は,特開平7-294402号公報(甲16公報)を例示して,「電着塗装法をダイヤモンド砥粒を固着させて構成した砥石のような微小の凹凸のある面に適用すること,及び電着塗装法を適用すれば金属部分にのみ被覆が施されることは周知の技術的事項である」と判断する。
(ア) 特開平7-294402号公報(甲16公報)には,次のように記載されている。
「【請求項1】ダイヤモンド砥粒とボンドとで形成されたダイヤモンド工具の刃先表面形態を観察して分析する方法において,ダイヤモンド砥粒を保持するボンドに選択的にマスキング処理を施すことにより,ダイヤモンド砥粒とボンドの刃先表面形態を明確に識別することを特徴とするダイヤモンド工具の刃先表面形態分析方法。
【請求項2】マスキング処理が,電気メッキ,無電解メッキ,静電塗装または電着塗装によって施される請求項1記載のダイヤモンド工具の刃先表面形態分析方法。」(特許請求の範囲) 「【産業上の利用分野】本発明は,ダイヤモンド砥粒と各種のボンド(結合剤)とによって形成されるダイヤモンド工具の刃先表面形態を観察し,ダイヤモンド砥粒やボンドの刃先表面形態を視認,識別するダイヤンモンド工具の刃先表面形態分析方法に係り,詳しくは,ダイヤモンド砥粒と,マトリックスであるボンドとによって形成されたダイヤモンド工具の刃先部の表面を観察するに当たり,ボンドにのみ選択的に識別可能な色調のマスキング処理を施し,ダイヤモンド砥粒,ダイヤモンド砥粒がボンドから脱落した穴(ホール),ボンド等の表面形態を容易に識別できるようにしたダイヤモンド工具の刃先表面形態の分析方法に関する。」(段落【0001】) 「【従来の技術】従来,ダイヤモンド工具は非金属材料を中心に,各種硬脆材料の研削,研磨,切断,穴あけ等の機械加工分野で巾広く使用されている。」(段落【0002】) 「ダイヤモンド砥粒を保持するボンドとしては,青銅,コバルト,鉄,タングステン,銅,スズ等の金属粉を主成分とするメタルボンド,フェノール,ポリイミド等の合成樹脂を主成分とするレジンボンド,ガラス質材料を主成分とするビトリファイドボンド等が用いられ,ダイヤモンド砥粒とこれら各種ボンドとは,混合,成形,圧粉,焼結,焼成など,ボンドの種類に応じて異なる工程を経てチップまたはホイール形態に刃先部が形成される。」(段落【0006】) 「【発明が解決しようとする課題】前述したとおり,ダイヤモンド工具の刃先表面形態の分析技術は,より適正なダイヤモンド工具の仕様を設計する上で重要な役割を果たすものであるが,上記の理由から刃先表面形態の正確な観察作業は容易ではなく,熟練した専門技術者の技能と忍耐に負うところが大きかった。その最も大きな原因は,ダイヤモンド砥粒が本来的に無色または淡黄色で透明物性を有すると共に,屈折率が高い関係で,バックグランドとなるボンドの色調にとり込まれたり,見る角度や光線の当たる具合によって目的とする砥粒の形状や砥粒の脱落した穴の形態などが素早く識別できない点にあった。したがって,経験の浅い技術者は勿論,熟練した技術者であっても,目視観察による分類作業は容易ではなく,得られるデータの信頼性や再現性にも不安が残る問題があった。」(段落【0008】) 「本発明者らは,かかる従来技術に残された課題を解決すべく種々検討を重ねた結果,ダイヤモンド砥粒とボンドとの電気比抵抗の相違を利用してダイヤモンド砥粒を保持するボンドにのみを対象として,選択的に明快で均一な色調のマスキング処理を施すと,バックグランドとなるボンドとダイヤモンド砥粒とが容易かつ明確に識別し得る事実を確認した。」(段落【0009】) 「本発明におけるボンドへの選択的マスキング処理は,ボンドの表面部分にダイヤモンド砥粒との識別が可能な明快で均一な色調のマスキング層が施される方法であれば特に制約はないが,好ましい方法としては電気メッキ法,無電解メッキ法,静電塗装法または電着塗装法を挙げることができ,とりわけボンドとダイヤモンドとの電気比抵抗の差を利用した電気化学的方法,具体的には電気メッキ法がより好ましく適用される。」(段落【0012】) 「なお,本発明方法が実施し得るダイヤモンド工具の種類は特に限定はなく,如何なる形状のものでも分析可能であるが,ボンドとダイヤモンドとの電気比抵抗の差を利用した電気化学的手段を用いてマスキング処理を施す場合には,ボンドの種類が青銅,コバルト,鉄,タングステン,銅,スズなどの金属粉を主成分とするメタルボンドであることが好適である。」(段落【0016】) 「【作用】本発明によれば,ダイヤモンド砥粒を保持するボンドにのみ,明快で均一な色調のマスキングが施されるので,刃先表面を観察した場合,ダイヤモンド砥粒とボンドとが容易かつ正確に識別することができる。したがって,ダイヤモンド工具刃先部表面におけるダイヤモンド砥粒の形状,集中度,砥粒が欠落した穴(ホール)の深さ,ボンドの磨耗状況などの形態を速やかに分析することが可能となり,工具設計に必要な精密デーダを得ることができる。」(段落【0017】) 「【発明の結果】実施例からも明らかな如く,本発明方法におけるダイヤモンド工具の刃先表面のボンドに対する選択的マスキングにより,ダイヤモンド砥粒とボンドとの識別が明確となる。したがって,目視観察による刃先表面形態の分析が極めて容易となり,砥粒の形状やホールの形態等を分類する作業を,熟練した専門の技術者に依存することも不要となり,経験の浅い作業者でも,再現性のある信頼性の高いデータを効率良く収集することができ,ダイヤモンド砥粒やボンドの改善のための資料,あるいは砥粒とボンドの仕様の組合わせの設計等々ダイヤモンド工具全般にわたる性能テストや品質の改良に要する解析データを迅速に提供し得る。」(段落【0023】) (イ) 以上の記載によると,甲16公報には,「ダイヤモンド砥粒とメタルボンドとで形成されたダイヤモンド工具において,ダイヤモンド砥粒とメタルボンドの刃先表面形態を明確に識別するために,刃先表面のメタルボンドに電着塗装法により選択的にマスキング処理を施すこと」が記載されていると認められる(なお,原告は,同公報には,電着塗装法についての実施例の記載がないから,電着塗装法が記載されているとはいえないと主張するが,電着塗装法は周知のものであって,同公報に実施例の記載がないとしても,当業者ならば,同公報に記載された発明を容易に実施することができるというべきであるから,原告の上記主張は失当である。)。
そうすると,確かに,上記技術は,微小の凹凸のある面を有するダイヤモンド工具の刃先表面において,金属部分であるメタルボンド部分にのみ電着塗装によるマスキング処理を施すものであるということができる。
(ウ) しかし,同公報に記載された技術は,「ダイヤモンド砥粒やボンドの改善のための資料,あるいは砥粒とボンドの仕様の組合わせの設計等々ダイヤモンド工具全般にわたる性能テストや品質の改良に要する解析データを迅速に提供し得る」よう,「ダイヤモンド砥粒とボンドの刃先表面形態を明確に識別する」ために,「ダイヤモンド工具の刃先表面のボンドに対する選択的マスキング」を行うというものであるから,同公報に記載された発明におけるマスキング処理の目的は,ダイヤモンド砥粒がボンド層により保持されているダイヤモンド工具において,刃先表面形態を明確に識別することにあり,識別以外の目的でマスキング処理を施すものではない。したがって,同公報に記載された技術は,ダイヤモンド工具の製造工程に直接関連するものではなく,ダイヤモンド工具の製造工程に付随する,いわば,完成したダイヤモンド工具の検査手法に関するものということができる。
そうであれば,同公報に記載された発明は,ダイヤモンド工具の検査を目的として,「電着塗装法をダイヤモンド砥粒を固着させて構成した砥石のような微小の凹凸のある面に適用すること,及び電着塗装法を適用すれば金属部分にのみ被覆が施されること」を採用するものであり,仮に,同公報により,「電着塗装法をダイヤモンド砥粒を固着させて構成した砥石のような微小の凹凸のある面に適用すること」が周知であると認められるとしても,審決が,同公報のほかに,周知例を示さず,また,被告も,同公報のほかに,上記のことが周知であることを認めるに足りる証拠を提出していないことを併せ考えると,上記の周知技術は,ダイヤモンド工具の検査を目的とするものとして周知であると認められるにとどまるというべきである。したがって,上記周知技術は,ニッケル被膜の保護及び砥粒の保持を目的として電着塗装法を適用することを教示するものではないというべきである。
そうすると,甲16公報があるとしても,引用発明に「電着塗装」を適用することが当業者に容易に想到することができたということはできない。
(エ) 被告は,機械加工分野の研削研磨砥石とCMP用ポリッシングパッドのコンディショナが,一つの発明として把握することができる程度に非常に近接した技術分野のものである上,電着塗装が施される面は,訂正発明1と甲16公報に記載された発明とで変わることはないから,引用発明において,同公報に記載された技術を適用することに困難はない旨主張する。
しかし,甲16公報に記載された技術は,形成されたボンド層にマスキングを行い,表面形態を分析するためのものであって,引用発明のように,砥粒上の保護被膜(ボンド層の一部に相当する。)を形成するために用いられるものではないから,引用発明とは,その技術的課題を異にするものである。しかも,(ウ)に判示したように,同公報に記載された技術は,完成したダイヤモンド工具の検査手法に関するものであって,同公報によれば,「ダイヤモンド砥粒は本質的に透明で無色もしくは淡黄色を呈しているので,ダイヤモンド砥粒を保持して一体化するボンド成分と色調が同調するため,砥粒とボンド,砥粒と砥粒の脱落した穴,該脱落穴の深浅などを識別することが困難となる現象が生じ易い。そのうえ,ダイヤモンドの有する高い屈折率が影響して,見る角度によって実在するダイヤモンド砥粒を砥粒の脱落穴と見誤るなど目視観察の妨げとなっていた。」(段落【0007】)ことを問題点として発明されたものであることが認められるから,引用発明に,同公報に記載された発明の技術思想を適用しようとすると,フッ素樹脂層の上にマスキング層を形成しないと意味がないことになるが,このときには電着塗装法を使用することができない。
そうであれば,機械加工分野の研削研磨砥石とCMP用ポリッシングパッドのコンディショナが,一つの発明として把握することができる程度に非常に近接した技術分野のものであり,かつ,電着塗装が施される面が,訂正発明1と甲16公報に記載された発明とで変わることはないとしても,引用発明において,甲16公報に記載された技術を適用することは容易でないといわなければならないから,被告の上記主張は,失当である。
ウ 「電着塗装に熱硬化樹脂を用いること」の適用の容易性について 次に,審決は,特開平9-225827号公報(甲17公報)を例示して,「ドレッサのダイヤモンド砥粒が固着し,ポリッシングマットに接触する側の面に架橋硬化型樹脂の使用が可能であることも周知である」と判断する。
(ア) 特開平9-225827号公報(甲17公報)には,次のように記載されている。
「反転型をメッキ浴に浸漬し,マスキングで囲まれたダイヤモンド砥粒固定面に,ダイヤモンド砥粒を充填し,反転型に陰極を接続し,メッキ液に陽極を接続して,電気メッキを行う。」(段落【0007】) 「ダイヤモンド砥粒固定面に仮固定されたダイヤモンド砥粒は,次いで,金属又は樹脂で埋め込むことにより固着する。」(段落【0008】) 「樹脂成形法により埋め込んで固着する場合は,仮固定された一層分のダイヤモンド砥粒を残して余剰のダイヤモンド砥粒を除去した反転型を洗浄し,乾燥したのち,マスキングにより囲まれたダイヤモンド砥粒固定面上に,三次元架橋型の樹脂を流し込み,ダイヤモンド砥粒を埋め込み,樹脂を硬化して固着層3を形成する。」(段落【0008】) 「三次元架橋型の樹脂は,十分な強度をもってダイヤモンド砥粒を固着することができる樹脂であれば特に制限はなく,例えば,エポキシ樹脂,ポリイミド樹脂,フェノール樹脂などを好適に使用することができる。」(段落【0008】) 「反転型上のダイヤモンド砥粒層1若しくは台金5のダイヤモンド砥粒層接合面又はその双方に接着剤を塗付し,ダイヤモンド砥粒層とダイヤモンド砥粒層接合面を合わせて固定し,接合層4を形成することにより,ダイヤモンド砥粒層を台金に接合する。」(段落【0009】) 「ダイヤモンド砥粒層1を台金5に接合したのち,反転型8を除去する。」(段落【0009】) 「台金に接合したダイヤモンド砥粒層面は,必要に応じて石出し加工及びラップ加工を行うことができる。石出し加工により,ダイヤモンド砥粒の最突出部を露出させ,」(段落【0010】) 「ダイヤモンド砥粒の仮固定の際に,ダイヤモンド砥粒が反転型のダイヤモンド砥粒固定面に接して固定され,ダイヤモンド砥粒層を台金に接合したとき,ダイヤモンド砥粒の最突出部は反転型のダイヤモンド砥粒固定面に接した部分である」(段落【0010】) 「【発明の効果】本発明のドレッサは,各ダイヤモンド砥粒の最突出部が同一平面上に存在するので,粒径の大きいダイヤモンド砥粒を用いてドレッシングの速度を上げても,平坦性に優れたポリッシングマットのドレッシングを行うことができる。さらに,ダイヤモンド砥粒は固着層に確実に埋め込まれ,固着されているので,ダイヤモンド砥粒の脱落を生じ,ウェーハ表面を傷つけるおそれがない。」(段落【0013】) (イ) 以上の記載によると,甲17公報には,「反転型にダイヤモンド砥粒を仮固定した後,反転型に三次元架橋型の樹脂を流し込んでダイヤモンド砥粒を埋め込み,その後樹脂を硬化することにより,ダイヤモンド砥粒の固着層を形成し,樹脂の硬化後,台金に固着層側を接合するとともに反転型を除去してドレッサを製造する」ことが記載されているものと認められる。
(ウ) ところで,反転型を除去する際,又は,石出し加工の際に,仮固定のためのメッキ層を除去すれば,ポリッシングマットに接触する側の面に,固着層である架橋硬化型樹脂が現れると認められるが,この固着層が,ダイヤモンド砥粒を埋め込んでダイヤモンド砥粒の脱落を防止することを目的として用いられていることは明らかであり,ダイヤモンド砥粒の固着以外の目的で架橋硬化型樹脂を用いているものではない。
そうであれば,甲17公報に記載された技術は,ダイヤモンド砥粒の固着を目的とするものであり,仮に,同公報により,「ドレッサのダイヤモンド砥粒が固着し,ポリッシングマットに接触する側の面に架橋硬化型樹脂の使用が可能である」ことが周知であると認められるとしても,審決が,同公報のほかに,周知例を示さず,また,被告も,同公報のほかに,上記のことが周知であることを認めるに足りる証拠を提出していないことを併せ考えると,上記の周知技術は,ダイヤモンド砥粒の固着を目的とするものとして周知であると認められるにとどまるというべきである。したがって,上記周知技術は,ニッケル被膜13の保護被膜として適用することを教示するものではないというべきである。
そうすると,甲17公報があるとしても,引用発明に「電着塗装に熱硬化性樹脂を用いること」を適用することが当業者に容易に想到することができたということはできない。
(エ) 被告は,CMP用ポリッシングパッドのコンディショナのポリッシングパッドと接触する面を架橋硬化させた熱硬化性樹脂とすることは,甲17公報に記載されているように周知であって,同公報記載のものがレジンボンド型のものであるとしても,ポリッシングパッドと接触する面の性質は訂正発明1と変わることはないから,同公報記載の周知の技術的事項に基づき,電着塗装に使用する樹脂を熱硬化性樹脂とし,架橋硬化させることは,当業者であれば容易に想到し得たことである旨主張する。
しかし,CMP用ポリッシングパッドのコンディショナのポリッシングパッドと接触する面を架橋硬化させた熱硬化性樹脂とすることが,周知であるとしても,この周知技術は,(ウ)に判示したように,ダイヤモンド砥粒の固着を目的とするものとして周知であると認められるにとどまる上,甲17公報から認定される周知技術は,架橋硬化型樹脂の層を,樹脂の流し込みによって形成するものであり,電着塗装法によって形成することを示唆するものではない。
したがって,甲17公報記載の周知の技術的事項に基づき,引用発明に「電着塗装に熱硬化性樹脂を用いること」を適用することが当業者に容易に想到することができたということはできない。被告の上記主張は,採用することができない。
エ 以上によれば,引用発明に「電着塗装」ないし「電着塗装に熱硬化性樹脂を用いること」を適用することが当業者に容易に想到することができたということはできず,訂正発明1と引用発明との相違点1及び2に係る審決の判断は誤りである。
(2) 石出し工程を不要とすることの容易性について 訂正発明1においては,作用面の金属部分の被覆に電着塗装法を採用するとともに,「樹脂層の作用面の石出し加工をしない」という構成を採用するものである。
しかし,電着塗装法が一般的に周知のものであるとしても,一般的な電着塗装法が,ドレッサー(コンディショナ)の製造分野において,石出し工程を不要とすることまでも含めて周知であると認めるに足りる証拠はない。しかも,引用例には,「更に,金属クロム薄膜14上への保護被膜16の被設は公知のコーティング技術により行われる。」(段落【0010】),「上記各膜の好ましい厚さは,砥粒12の粒径によっても異なるが,一般に,ニッケル被膜13の厚さを粒径の50〜70%とし,その上に2〜3μmの厚さで金属クロム薄膜14を被設し,更にその上に,砥粒12が必要量突出する程度の厚さで保護被膜16を被設するのが良い。しかし,加工対象物によっては各膜の厚さをこれ以外の関係に設定する場合もある。」(段落【0011】),「図3のように砥粒12上に被着した保護被膜16は適宜方法により除去することが必要である。」(段落【0012】)と記載されていて,被覆層を厚くしてその後被覆層を必要な厚さまで除去することのみが開示されているにとどまり,「石出し加工をしない」ものが,本件出願前に公知であることを認めるに足りる証拠はないから,この点からみても,引用発明において,「塗装の際に,被覆層の厚さを必要な厚さに調整する」ことが,当業者であれば容易に想到することができたとはいえない。
以上によれば,引用発明において,石出し工程を不要とすることが当業者に容易に想到することができたということはできず,訂正発明1と引用発明との相違点3についての審決の判断は誤りである。
2 結論 以上のとおり,原告主張の取消事由2及び3は理由があり,これが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,その余の取消事由について判断するまでもなく,審決は取り消されるべきである。
よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 塩月秀平
裁判官 野輝久