関連審決 | 無効2009-800104 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成22行ケ10247審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成22行ケ10249審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成21行ケ10096審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成21行ケ10304審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成22行ケ10350審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 技術的思想 / 製造方法 / 発明特定事項 / 実施可能要件 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 実質的に同一 / 参酌 / 数値限定 / 技術的意義 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 交換 / 構成要件 / 請求の範囲 / 変更 / |
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事件 |
平成
22年
(行ケ)
10153号
審決取消請求事件
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原告日立化成工業株式会社 同訴訟代理人弁護士 尾関孝彰 同 弁理士 長 谷川芳樹池田正人城戸博兒清水義憲 被告信越化学工業株式会社 同訴訟代理人弁理士 小島隆司重松沙織小林克成石川武史 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2011/02/10 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1特許庁が無効2009−800104号事件について平成22年4月6日にした審決中,特許第4165065号の請求項6ないし8及び10に係る部分を取り消す。 2原告のその余の請求を棄却する。 3訴訟費用は,これを5分し,その3を原告の,その余を被告の各負担とする。 |
事実及び理由 | |
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全容
第1請求特許庁が無効2009-800104号事件について平成22年4月6日にした審決を取り消す。 第2事案の概要本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,原告の有する下記2の本件発明に係る本件特許に対する被告の特許無効審判請求について,特許庁が,本件訂正を認めた上,本件特許を無効とした別紙審決書(写し)記載の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。 1特許庁における手続の経緯(1)本件特許(甲1,3)発明の名称:接着剤,接着剤の製造方法及びそれを用いた回路接続構造体の製造方法出願日:平成13年12月27日登録日:平成20年8月8日特許番号:第4165065号(2)審判手続及び本件審決審判請求日:平成21年5月20日(無効2009-800104号)訂正請求日:平成21年8月17日(甲3。以下「本件訂正」という。なお,本件訂正に係る明細書を「本件明細書」という。)審決日:平成22年4月6日審決の結論:訂正を認める。特許第4165065号の請求項1ないし10に係る発明についての特許を無効とする。 審決謄本送達日:平成22年4月14日(原告に対する送達日)2本件発明の要旨本件審決が対象とした発明は,本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1ないし10に記載された各発明(以下,順次,「本件発明1」ないし「本件発明10」といい,総称して,「本件発明」という。)であって,その要旨は,次のとおりである。 【請求項1】アルコキシシラン結合(Si-O-R)を有するシランカップリング剤(A)と,シランカップリング剤(A)が縮合したオリゴマーと,で構成されるシランカップリング剤(SCO)を含む接着剤であって(但し,Rは同一でも異なっていても良く,炭素数1〜18の直鎖,または分岐鎖を有するアルキル基,シクロアルキル基,フェニル基,ベンジル基である。),前記シランカップリング剤(SCO)が,シロキサン(Si-O-Si)結合を含み,かつ,前記シランカップリング剤(SCO)をGPC(ゲル透過クロマトグラフィー)測定した際に,シランカップリング剤(A)の単分子(A-1)と,シランカップリング剤(A)の2分子が縮合した分子(A-2)が,GPCの面積比で,(A-1):(A-2)=100:1〜100を満たすことを特徴とする接着剤【請求項2】前記シランカップリング剤(SCO)が,メタクリロイル基またはアクリロイル基とアルコキシシラン構造を有するシランカップリング剤(A)が縮合したオリゴマーを含んでいることを特徴とする請求項1に記載の接着剤【請求項3】さらに,フィルム形成材(C),シランカップリング剤(SCO)以外のラジカル重合性化合物(D),ラジカル発生剤(E)を含むことを特徴とする請求項1ないし請求項2のいずれか一項に記載の接着剤【請求項4】さらに,フィルム形成材(C),エポキシ樹脂(G),潜在性硬化剤(H)を含むことを特徴とする請求項1ないし請求項2のいずれか一項に記載の接着剤【請求項5】さらに,導電性粒子(F)を含むことを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか一項に記載の接着剤【請求項6】あらかじめ水(B)と溶媒(I)を混合して水溶液を調整し,これにアルコキシシラン結合(Si-O-R)を有するシランカップリング剤(A)を混合して(但し,Rは同一でも異なっていても良く,炭素数1〜18の直鎖,または分岐鎖を有するアルキル基,シクロアルキル基,フェニル基,ベンジル基である。),シランカップリング剤(A)とシランカップリング剤(A)が縮合したオリゴマーとで構成されシロキサン(Si-O-Si)結合を含むシランカップリング剤(SCO)を調整し,このシランカップリング剤(SCO)と,フィルム形成材(C),シランカップリング剤(SCO)以外のラジカル重合性化合物(D),ラジカル発生剤(E)を混合することを特徴とする接着剤の製造方法【請求項7】あらかじめ水(B)と溶媒(I)を混合して水溶液を調整し,これにアルコキシシラン結合(Si-O-R)を有するシランカップリング剤(A)を混合して(但し,Rは同一でも異なっていても良く,炭素数1〜18の直鎖,または分岐鎖を有するアルキル基,シクロアルキル基,フェニル基,ベンジル基である。),シランカップリング剤(A)とシランカップリング剤(A)が縮合したオリゴマーとで構成されシロキサン(Si-O-Si)結合を含むシランカップリング剤(SCO)を調整し,このシランカップリング剤(SCO)とフィルム形成材(C),エポキシ樹脂(G),潜在性硬化剤(H)を混合することを特徴とする接着剤の製造方法【請求項8】さらに,導電性粒子(F)を混合することを特徴とする請求項6または請求項7に記載の接着剤の製造方法【請求項9】接着剤を相対向する回路電極を有する基板間に介在させ,相対向する回路電極を有する基板を加圧して加圧方向の電極間を電気的に接続した接続構造体であって,接着剤が請求項1ないし請求項5のいずれか一項に記載の接着剤である回路接続構造体の製造方法【請求項10】請求項6ないし請求項8のいずれか一項に記載の方法で得られた接着剤を相対向する回路電極を有する基板間に介在させ,相対向する回路電極を有する基板を加圧して加圧方向の電極間を電気的に接続した回路接続構造体3本件審決の理由の要旨本件審決の理由は,要するに,?本件発明1ないし5及び9については,本件明細書の発明の詳細な説明の記載はいわゆる実施可能要件に違反し,また,?本件特許の特許請求の範囲の記載がいわゆるサポート要件に違反するものであるから,本件発明に係る本件特許は無効とすべきものである,というものである。 なお,本件審決は,上記?については,実験成績証明書(甲5)における実験結果を参酌すると,単一のシランカップリング剤のオリゴマー組成物につきGPC測定する場合であっても,展開溶媒の種別なる1つの測定条件の変化により有意にモノマー:ダイマーの面積比が変化するものと解するのが自然であるとし,カラム,展開溶媒等のGPCに係る測定条件が具体的に記載されていない以上,本件明細書の発明の詳細な説明の記載に基づき,本件発明1ないし5及び9を当業者が実施しようとする場合において,当該モノマー:ダイマーの面積比により「シランカップリング剤(SCO)を選択することが困難であるから,本件明細書の発明の詳細な説明の記載はいわゆる実施可能要件に違反するとしている。 また,上記?については,本件明細書の発明の詳細な説明には,「シランカップリング剤」と「オリゴマー」との割合につき,「(A-1):(A-2)=100:1〜100」の範囲とすることを発明特定事項とする訂正後の請求項に係る技術事項を具備するものが全て本件発明が解決しようとする課題を解決できると当業者が認識することができるように記載されているものとはいえず,出願時の当業界の技術常識に照らして当業者が検討しても,本件発明が上記解決すべき課題を解決することができると認識することができるものということができないとして,本件特許の特許請求の範囲の記載はいわゆるサポート要件に違反するとしている。 4取消事由(1)実施可能要件に係る判断の誤り(取消事由1)(2)サポート要件に係る判断の誤り(取消事由2)第3当事者の主張1取消事由1(実施可能要件に係る判断の誤り)について〔原告の主張〕(1)実験成績証明書(甲5)を前提とした判断の誤りについてア本件審決は,被告作成に係る実験成績証明書(甲5。以下「甲5証明書」という。)について,その実験手法及び結果を相当なものであるとして採用し,同証明書の記載に基づいて,本件発明1ないし5及び9に係る本件特許は,実施可能要件を欠き,無効とすべきであるとした。 しかしながら,本件明細書【0031】において,シランカップリング剤のGPC(Gel Permeation Chromatography。ゲル浸透クロマトグラフィー。甲18)測定(以下,単に「GPC」ということがある。)の際に用いられたGPCカラムとして,東ソー株式会社製の商品名「TSKgelG3000HXL及びTSKgelG4000HXL」のカラム(以下「本件カラム」という。)が明記されているものである。そして,当該カラムは,GPCにおいて周知のカラムであり,出荷当時の展開溶媒が,THF(テトラヒドロフラン)であることも,取扱説明書等(甲15,16)において明示されているとおり,当業者に周知の事項である。 また,本件カラムの取扱説明書(甲15)には,溶媒を交換すると,カラムの性能低下の原因となること等から,出荷時の溶媒(THF)を用いることが望ましいとの注意がされているところ,本件明細書には,本件カラムについて,その溶媒を,出荷時の状態であるTHFから,他の溶媒に交換した旨の記載はない。 しかも,THFが,シランカップリング剤を溶解し,そのGPCにおける溶媒として通常使用されることは,本件特許出願前から当業者に周知である(甲17)。 したがって,本件カラムを用いてシランカップリング剤の分析を行う場合,出荷時のTHFに代えて,他の溶媒に変更する必要はないものである。 イGPCにおいて,そのピーク面積は,通常,各成分のピークとベースラインとの間の面積に比例するから,当業者が通常行う条件で測定が行われる場合,サンプルの調整方法や濃度などの測定条件の全てについて常に逐一記載する必要はない。 また,対象物質の分子量や測定目的に応じて,GPCの溶媒を常に変更しなければならない必然性があるものでもない。GPCでは,試料を溶かす溶媒を選定することが重要であり,試料を溶かすことができるならば,試料の分子量や測定目的が変わる毎に,溶媒を変更する必要はない(甲20)。 したがって,GPCの測定条件に関する個別事項の詳細まで,常に逐一明細書に記載する必要はなく,実際,被告出願に係るものも含め,GPCについて,溶媒や測定条件の詳細が格別記載されていない明細書も多い(甲10〜13,19)。 通常の測定条件と異なる特殊な条件においてGPC測定がされた場合,測定結果が異なることはあり得るものの,一般的な通常の測定条件により測定が行われる限り,結果は異なるものではないから,当該技術分野における慣用のGPC面積比を構成要件とする本件発明において,殊更,特許請求の範囲ないし発明の詳細な説明に,GPCに関する個別事項の詳細について記載する必要はない。もちろん,本件明細書において,特殊な条件においてGPCを行ったことを示唆する記載もない。 ウ本件明細書には,合成実験例1(【0031】)について,フェノキシ樹脂を本件カラムによりGPC測定した旨が記載されているのみならず,そのほかにもGPC測定を行った旨が記載されているから,シランカップリング剤のGPCにおいても,本件カラム及びTHFが使用されたことは,当業者にとって明らかである。 GPCは,低分子から高分子に至る化合物を測定対象とし得る測定方法であること,本件カラムの標準的な出荷時溶媒がTHFであること,THFがシランカップリング剤及びその縮合物を溶解し,シランカップリング剤及びその縮合物のGPC溶媒として周知であること等に照らすと,フェノキシ樹脂とシランカップリング剤の分子量の差異に関わらず,本件発明に係るシランカップリング剤及びその縮合物のGPCについても,フェノキシ樹脂と同様に,本件カラムを用いたことは,本件明細書に接した当業者が容易かつ自然に理解できることである。 エ甲5証明書は,本件カラムの展開溶媒を,THFのみならずトルエン等を用いて実験しており,その実験手法は明らかに誤りであるし,その測定結果も,当業者が通常用いない溶媒であるトルエン及びDMFを用いた場合,THFを用いた場合の高効率かつ精緻な測定結果と比較して,低質な測定結果しか得られていない。 特に,本件審決が引用するトルエンは,疎水性溶媒であって,THFのような油水親和性ではないことから,たとえGPC測定前に一定の水除去処理をしたとしても,シランカップリング剤の加水分解反応の原料水及びシランカップリング剤の縮合反応時の副生水が共雑する危険性があるため,シランカップリング剤及びその縮合物のGPC溶媒として,トルエンは通常用いられないものである。 したがって,甲5証明書のように,THFに代えて,トルエンないしDMFを溶媒とすることは技術常識に反するものであり,当業者が行なう通常の測定手法に依拠したものということはできない。 以上からすると,甲5証明書を前提として,本件明細書について実施可能要件を欠くものとした本件審決の判断は誤りである。 (2)GPCカラムの溶媒が記載されていないとした判断の誤りについて本件審決は,本件明細書には,GPCの展開溶媒についての測定条件が具体的に記載されていない点を,記載不備であるとする。 しかしながら,当業者にとって,本件明細書に記載された本件カラムの溶媒がTHFであることは,先に指摘したとおり,自然かつ容易に理解できる自明の事項であり,同明細書に記載されているに等しい事項である。 また,GPCの溶媒として最もよく用いられる溶媒はTHFとされていること,文献(甲20)において,カラムの出荷時の封入溶媒と同じものを溶離液として用いる場合は問題ないとされていること,THFがシランカップリング剤を溶解させ,GPCの溶媒として用いられることが周知であることを考慮すると,本件発明において,本件カラム出荷時の溶媒であるTHFについて,本件明細書に記載しなかったことが,記載不備であるということはできない。 (3)小括以上からすると,本件明細書について実施可能要件を欠くものとして,本件発明1ないし5及び9に係る特許を無効とすべきであるとした本件審決の判断は誤りであって,取消しを免れない。 〔被告の主張〕(1)実験成績証明書(甲5)を前提とした判断の誤りについてア本件明細書【0031】には,フィルム形成材(フェノキシ樹脂)について,本件カラムによりGPCを行った旨を記載しているにすぎず,シランカップリング剤の面積比について,GPCを行った旨を記載しているものではない。 【0031】には,非常に高分子量(Mn=12,500,Mw=30,300)のフェノキシ樹脂の分子量を測定した旨の記載があるものの,「シランカップリング剤(A)の単分子(A-1。以下,単に「A-1」ということがある。)と,シランカップリング剤(A)の2分子が縮合した分子(A-2。以下,単に「A-2」ということがある。)のGPCの面積比の測定方法」は,分子量ではなく,その面積比を測定するものであるし,本件明細書の調製例1(【0028】)で開示されているシランカップリング剤(γ-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン)は,上記フェノキシ樹脂と比較すると,はるかに低分子量である。 また,フェノキシ樹脂とシランカップリング剤及びその2分子が縮合した縮合物の分子構造は,全く異なるものである。 以上からすると,上記各測定は,目的(面積比・分子量),測定対象(シランカップリング剤・フェノキシ樹脂),測定対象の分子量(低分子量・高分子量),分子構造等が大きく異なるものであるから,測定に用いるカラムが同じであるということはできず,本件明細書にフェノキシ樹脂の分子量測定におけるGPCについて開示されていることをもって,シランカップリング剤の単分子と2分子が縮合した分子との面積比測定におけるGPCについても,同様に行われたものとして開示されているということはできない。 イ本件明細書には,シランカップリング剤の面積比に関するGPCを,本件カラムを用いて行ったことは,一切記載されていない。 確かに,本件カラムはGPCに用いられるカラムではあるものの,GPCに用いられるカラムは多種多様であり,本件明細書に何ら記載されていない本件発明のシランカップリング剤のGPC面積比の測定を本件カラムで行ったとする原告の主張は,明らかにその根拠に欠けるものである。 また,原告は,取扱説明書等(甲15〜17)の記載を断片的に取り上げて,本件カラムによりGPC測定する際の溶媒がTHFであることは当業者の技術常識であるなどと主張するが,かかる主張は誤りである。 確かに,取扱説明書(甲15)には,出荷時の溶媒がTHFであることが記載されているが,同説明書には,溶媒交換可能な有機溶媒として,甲5証明書で使用されたトルエンのほか,ベンゼン,キシレン,CHCl3,ジクロロメタン,ジクロロエタンが記載されているから,本件カラムは,試料,分離目的により,有機溶媒を自由に選択できるものということができる。 また,GPCを含む高速液体クロマトグラフィーにおいては,目的対象に適する分離モードと分離カラムの選択が重要であるとされており(乙1),当業者は,分離カラム決定後も,目的対象に適する分離モード(溶媒,流速,試料の調製,検出器等)を適宜選択するものであるから,必ずしも出荷時の溶媒を使用するものではない。 実際,シリコーンのGPCにおいて,展開溶媒としてトルエン,クロロホルム,THFを用いることを明記する文献もある(乙2)。シランカップリング剤がトルエン等の有機溶剤に溶解し,かつシランカップリング剤との反応性がないのであるから,シランカップリング剤又はその加水分解縮合物のGPC面積比の測定に用いる展開溶媒として,トルエン等の有機溶媒を用いることに,何ら矛盾はない(乙4等)。だからこそ,本件カラムの取扱説明書(甲15)にも,展開溶媒としてトルエンが明記されているのである。 ウ甲5証明書において明らかなとおり,本件発明のGPC面積比は,トルエンで測定した場合と,THFで測定した場合とでは,全く異なるものである。 数値限定された特許請求の範囲について,複数の測定法が知られており,いずれの方法を用いるのかが当業者において明らかとはいえず,しかも測定方法によって数値に有意の差が生じる場合,数値限定の意味が失われるから,当該明細書の記載は不十分であるというべきである。 以上からすると,甲5証明書を前提として,本件明細書について実施可能要件を欠くものとした本件審決の判断に誤りはない。 (2)GPCカラムの溶媒が記載されていないとした判断の誤りについて先に指摘したとおり,本件明細書において,シランカップリング剤のGPC測定を,本件カラムを用いて行ったことは一切記載されていないのであるから,原告の主張は,その前提を欠くものである。 本件明細書が実施可能要件を充足しない以上,原告指摘の各種特許文献(甲10等)において,GPCの測定条件が明示されていないことは,上記結論を左右するものではない。 したがって,本件審決が,本件明細書には,シランカップリング剤のGPCに係る測定条件について具体的に記載されていないとした判断に誤りはない。 (3)小括以上からすると,本件明細書について実施可能要件を欠くものとして,本件発明1ないし5及び9に係る特許を無効とすべきであるとした本件審決の判断に誤りはない。 2取消事由2(サポート要件に係る判断の誤り)について〔原告の主張〕(1)本件発明の効果についての認定及び判断の誤りについてア本件審決は,本件発明が「(A-1):(A-2)=100:1〜100」とした点について,シランカップリング剤とオリゴマーとの割合が特定されていないとして,サポート要件に欠けるとするが,その前提として,本件明細書には,接着剤の保存安定性に係る技術的事項や,長期保存安定性を与える接着剤の提供という課題を当業者が解決できると認識する程度の記載が認められないとする。しかしながら,本件審決が,本件発明の解決課題ないし効果を接着剤の保存安定性等に限定して認定し,その認定に基づいて,サポート要件を判断したことは,誤りである。 イ本件明細書には,高接着力で信頼性が高い接着剤を提供する等の課題に対し,GPC面積比を「(A-1):(A-2)=100:1〜100」と特定することにより,オリゴマーの効果が発現するという技術的意義が記載されるとともに,実施例において,初期及び耐湿後の接続抵抗,初期及び耐湿後の接着強度並びに耐湿後外観検査の結果が開示されている。 このように,本件発明の解決すべき課題は,接着剤の保存安定性等のみに限定されるものではなく,本件審決は,本件発明のGPC面積比を特定したことに基づく上記各効果を看過したことにより,判断を誤ったものである。 ウシランカップリング剤は,使用時における加水分解性を有効に機能させるため,従前から,使用前は,極力水分との接触を避けて保存するのが通常であった。 本件発明は,かかる知見とは反対に,使用前の接着剤中のシランカップリング剤に水を混合し,一定量の2分子縮合分子(A-2)を存在させることにより,シランカップリング剤の接着力等(接着力,長期間の接着強度,保存安定性,ロット間のばらつき)を向上させることをその技術的思想とするものである。 そして,接着剤中に含まれるA-2の好適量について検討した結果,A-2を含有させたことによる接着力等の向上効果は,A-1とA-2との量比が,GPC面積比で100:1から顕著となること,100:100に至るまで有効であることを見いだし,本件明細書においては,その量比について,「(A-1):(A-2)=100:1〜100であることが好ましく,(A-1):(A-2)=100:1.1〜80であることがより好ましく,(A-1):(A-2)=100:1.2〜60であることがさらに好ましく,(A-1):(A-2)=100:1.3〜40であることが最も好ましい。」(【0005】)と明記して,A-2の量的範囲を段階的に説明し,さらに,本件発明では,GPC面積比で「(A-1):(A-2)=100:1〜100」と特定した。 すなわち,本件発明は,接着剤に含まれるシランカップリング剤中に,一定量のA-2を存在させることを課題解決手段の本質とした発明であり,GPC面積比の上限値及び下限値の数値そのもののみを課題解決手段とした発明ではない。 GPC面積比の具体的な数値は,接着剤中のA-2の好適量を,基本的なシランカップリング剤成分であるA-1の量との関係で,特許請求の範囲において,客観的に明確化して表現し,記載したものであって,本件明細書の実施例は,発明の詳細な説明に記載した上記範囲のうち,出願人が最良と判断したものを具体的に示したにすぎず,当該実施例のみにより本件発明の技術範囲が限定されるものではない。 エ本件発明のとおり,シランカップリング剤中のモノマーが縮合して2量体を形成し,接着剤中にシランカップリング剤のモノマーのみならず一定量の2量体が共存するに伴い,シランカップリング剤全体の活性基濃度が減少し,接着剤中のシランカップリング剤の加水分解等の反応性が抑制されることから,環境中の水による加水分解等に起因するシランカップリング剤の劣化が抑制されるとともに,接着剤の保存安定性が向上することは,当業者が容易に理解し得ることである。 また,本件明細書の記載(【0005】等,実施例1〜4)並びにシランカップリング剤及び接着剤の技術常識に鑑みれば,本件発明のGPC面積比の「100:1〜100」の範囲の全域で,本件発明の課題解決の効果が発揮されることは,当業者が容易に理解し得ることである。 他方,シランカップリング剤のオリゴマー化が進行するにつれて,シランカップリング剤のA-2の割合が増加し,A-1の割合が減少すると,シランカップリング剤のシラノール基等の官能基が縮合反応で消費されて減少し,接着に寄与する官能基が減少するから,上限範囲(100:100)を超えると,徐々に接着剤としての機能が低下することも,同様に,当業者が技術常識に基づいて容易に理解し得ることである。 さらに,上記GPC面積比(100:1〜100)の全域における「シランカップリング剤の劣化」の抑制及びシランカップリング剤を含有した「接着剤の保存安定性」向上の点についても,同様に,シランカップリング剤の加水分解反応性等から,本件明細書に接した当業者が容易に理解し得ることである。 したがって,本件特許の特許請求の範囲の記載がいわゆるサポート要件に違反するものではないことは明らかである。 (2)本件審決の判断手法及び条文適用の誤りについてア本件審決は,本件明細書の発明の詳細な説明には,シランカップリング剤とオリゴマーとの割合につき,「(A-1):(A-2)=100:1〜100」の範囲とすることについて,発明が解決しようとする課題を解決できると当業者が認識することができるように記載されているものとはいえず,出願時の当業界の技術常識に照らして当業者が検討しても,本件発明が上記解決すべき課題を解決することができると認識することができるものということができないとした。 イしかしながら,パラメータ等の特異な形式で記載された発明であれば,本件審決のように,サポート要件を厳格に判断すべきであるが,本件発明は,GPC面積比についての数値限定発明であり,特異な形式で記載された発明ではないから,本件審決のような,いわば実施可能要件をサポート要件の判断に取り込んだ,厳格な判断手法を用いるのは相当ではない。 パラメータ等の特異な形式で記載された発明ではない場合には,サポート要件に関する判断と実施可能要件に関する判断とは同一視できず,峻別すべきものであるから,本件審決は,本件特許についての判断手法及び適用条文を誤り,サポート要件違反であると判断した点で,重大な誤りがあり,取消しを免れない。 なお,本件明細書の記載について,実施可能要件を充足することは,取消事由1について先に指摘したとおりである。 (3)小括以上からすると,オリゴマーの効果が発現する点にも本件発明の技術的意義があるから,シランカップリング剤とオリゴマーとの割合に係る本件特許の特許請求の範囲の記載がサポート要件に違反するものではなく,本件審決は,その技術的意義を誤り,その結果として,本件発明に係る本件特許がサポート要件を欠き無効とすべきであるとしたものであって,取消しを免れない。 〔被告の主張〕(1)本件発明の効果についての認定及び判断の誤りについてア本件審決は,本件発明の効果として,高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤を提供するものであるとともに,長期の保存安定性を与える接着剤を提供することを解決課題とするものとしており,本件発明の解決課題ないし効果を,接着剤の保存安定性に限定して,認定,判断したものではない。 本件審決は,その上で,「(A-1):(A-2)=100:1〜100」の範囲まで,本件発明の課題を解決できると当業者が認識できるように記載されているか否かの判断において,本件発明の解決課題ないし効果の中から,本件明細書において,上記比率について唯一言及されている「接着剤の保存安定性」を選択したにすぎない。 イ本件発明は,「A-1とA-2が,GPCの面積比で(A-1):(A-2)=100:1〜100」との構成を開示するところ,本件明細書において実施例として記載されているのは,「(A-1):(A-2)のGPCの面積比が100:1.6〜29.4」の範囲にすぎず,両者の上限はかけ離れている。 本件発明の上記構成の実施例が存在しない範囲について,本件明細書に,これに代わる技術思想が記載されているものではなく,また,関連する技術常識が存在するわけでもないから,本件明細書の記載によっては,本件発明の上記範囲とすることにより,高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤を提供するとともに,長期の保存安定性を与える接着剤を提供できるか否か,不明である。 したがって,本件明細書の記載によっては,当業者は,GPCの面積比「(A-1):(A-2)=100:1〜100」の全ての範囲について,本件発明の課題を解決できるとは認識できないものである。 原告は,上限範囲(100:100)を超えると,徐々に接着剤としての機能が低下することは,当業者が技術常識に基づき容易に理解できることであるなどと主張するが,かかる主張は,単に,シランカップリング剤の単分子(A-1)に対する2分子縮合分子(A-2)の相対的な比率が増大するに伴って,接着剤としての機能が徐々に低下していくという一般的傾向を説明しているにすぎず,本件明細書には,上記範囲に限定される理由及び上限範囲を超えると接着剤の接着強度の低下や,接着剤の保存安定性が低下する理由,すなわち,上記比率とその効果との因果関係や技術的意義が全く記載されていないことを正当化し得るものではない。 したがって,本件明細書の記載によっては,GPCの面積比(A-1):(A-2)が100:29.4を超えて100に至るまでの範囲について,当業者は本件発明の課題を解決できるとは認識できない。 さらに,原告は,本件発明のとおり,シランカップリング剤中のモノマーが縮合して2量体を形成し,接着剤中にシランカップリング剤のモノマーのみならず一定量の2量体が共存すると,シランカップリング剤の劣化が抑制され,接着剤の保存安定性が向上することは,当業者が容易に理解できることであるとも主張する。 しかしながら,仮に原告主張のとおりであれば,接着剤として周知のシランカップリング剤に,シランカップリング剤の2量体を形成させることにより,環境中の水による加水分解等に起因するシランカップリング剤の劣化を抑制し,接着剤の保存安定性を向上させるという本件発明自体が,当業者が容易に想到し得たものということになる。原告の主張は,相当ではない。 (2)本件審決の判断手法及び条文適用の誤りについて特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであるところ,サポート要件の存在は,特許出願人が証明責任を負うものである。 したがって,本件発明が,パラメータ等の特異な形式で記載された発明ではなく,数値限定発明であるからといって,サポート要件の判断手法自体は変わらない。 原告は,本件発明が特異な形式で記載された発明に該当しない点を強調するが,数値限定発明であっても,特許請求の範囲が,発明の詳細な説明に示された発明の課題が解決できると当業者が認識できる範囲を超える場合には,サポート要件違反となることは明らかである。 特異な形式で記載された発明ではない場合,サポート要件に関する判断と実施可能要件に関する判断とは同一視できず,峻別すべきものであるとの原告主張も,同様に誤りであるというほかない。 (3)小括以上からすると,サポート要件に関する本件審決の判断には,何らの誤りはない。 第4当裁判所の判断1取消事由1(実施可能要件に係る判断の誤り)について(1)実験成績証明書(甲5)を前提とした判断の誤りについて原告は,本件明細書において,シランカップリング剤のGPC測定に用いられたGPCカラム及びその溶媒として,本件カラム及びTHFが使用されたことが開示されていると解されることを前提として,取消事由1を主張する。 そこで,まず,本件明細書におけるGPC測定に係る記載について検討する。 ア本件明細書の記載について本件明細書のGPC測定に関する記載を要約すると,以下のとおりである。 (ア)本件発明1は,シランカップリング剤をGPC測定した際,A-1とA-2とが,GPCの面積比で,(A-1):(A-2)=100:1〜100を満たすことをその構成に含む発明である。 本件発明のシランカップリング剤中の縮合物の量はGPC測定で確認できる。あらかじめ原液のシランカップリング剤(A)を測定し,続いてシランカップリング剤(SCO)を測定すると,シランカップリング剤(A)に帰属されるピークの短時間側にオリゴマーのピークが観察される。 (イ)本件発明の実施例として,以下の調製例を示す。 【調製例1】シランカップリング剤(A)と,シランカップリング剤(A)が縮合したオリゴマーとで構成されるシランカップリング剤(SCO-1)の作製蒸留水1gとメチルエチルケトン99gを計りとり,混合して均一溶液(B-1)を作製した。(B-1)25gとγ-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン75gを混合して,室温(25℃)で1日放置してシランカップリング剤(SCO-1)を作製した。カップリング剤100重量部に対して水は0.33重量部となる。シランカップリング剤(SCO-1)のGPC測定の結果,シランカップリング剤(A)の単分子(A-1)と,シランカップリング剤(A)の2分子が縮合した分子(A-2)は,GPCの面積比で(A-1):(A-2)=100:1.6であった。 【調製例2】シランカップリング剤(A)と,シランカップリング剤(A)が縮合したオリゴマーとで構成されるシランカップリング剤(SCO-2)の作製蒸留水5gとメチルエチルケトン95gを計りとり,混合して均一溶液(B-2)を作製した。(B-2)25gとγ-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン75gを混合して,室温(25℃)で1日放置してシランカップリング剤(SCO-2)を作製した。カップリング剤100重量部に対して水は1.66重量部となる。シランカップリング剤(SCO-2)のGPC測定の結果,シランカップリング剤(A)の単分子(A-1)と,シランカップリング剤(A)の2分子が縮合した分子(A-2)は,GPCの面積比で(A-1):(A-2)=100:29.4であった。 【比較調製例1】シランカップリング剤(A)のオリゴマー(1’)の作製蒸留水9gとアセトン16gを計りとり,混合して均一溶液(B-2’)を作製した。(B-2’)25gとγ-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン75gを混合して,50℃で1日加熱してシランカップリング剤(A)のオリゴマー(1’)を作製した。カップリング剤100重量部に対して水は12重量部となる。 シランカップリング剤(A)のオリゴマー(1’)のGPC測定の結果,シランカップリング剤(A)の単分子のピークは検出されず,シランカップリング剤(A)の2分子が縮合した分子や,それ以上縮合したオリゴマーのピークが検出された。 【合成実験例1】フィルム形成材(C)の合成フェノキシ樹脂(Ph-1)の合成4,4-(9-フルオレニリデン)-ジフェノール45g,3,3',5,5'-テトラメチルビフェノールジグリシジルエーテル50gを N-メチルピロリジオン1000mlに溶解し,これに炭酸カリウム21gを加え,110℃で攪拌した。3時間攪拌後,多量のメタノールに滴下し,生成した沈殿物をろ取してフェノキシ樹脂(Ph-1)を75g得た。分子量を東ソー株式会社製GPC8020,本件カラム,流速1.0ml/minで測定した結果,ポリスチレン換算で Mn=12,500,Mw=30,300,Mw/Mn=2.42であった。 イ本件明細書におけるGPC測定に関する開示事項(ア)本件明細書の発明の詳細な説明におけるGPC測定に関する記載は,前記アのとおりであるところ,GPC測定に用いられたカラムについては,合成実験例1において,フィルム形成材の合成について,フェノキシ樹脂の分子量をGPC測定した際,本件カラムが用いられたことが記載されている。 しかしながら,シランカップリング剤の作製については,調製例1及び2並びに比較調製例1において,シランカップリング剤の調製例が記載されているところ,かかる調製例では,いずれもシランカップリング剤をGPC測定したことが記載されているものの,その際に使用されたGPC及び当該GPC測定に用いられたカラムについては,いずれもその製造メーカーすら,特定されていない。 したがって,本件明細書には,シランカップリング剤のGPC測定が原告主張のように本件カラムにより行われたことを直接示す記載は存在しないといわなければならない。 (イ)原告は,合成実験例1で本件カラムが用いられていることから,調整例1及び2並びに比較調整例1においても,本件カラムが用いられていると解するのが当然であるかのように主張するが,本件明細書の調製例1のシランカップリング剤(γ-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン)に含まれる物質の分子量は,2分子が縮合した分子でも500以下であるところ,合成実験例1に記載されたフェノキシ樹脂の分子量は,ポリスチレン換算で Mn=12,500,Mw=30,300であり,両者はその分子量において大きく異なるものであるし,分子構造自体も異なるものであって,原告の主張を採用するのは困難である。 (ウ)しかも,本件明細書において,シランカップリング剤におけるGPC測定と,フェノキシ樹脂に関するGPC測定について,同一の条件で実施したことに関する明示の記載はない。 また,本件明細書の記載順についても,シランカップリング剤の調製例に関する記載(【0028】〜【0030】)においては,GPC測定におけるカラムに関する記載がされず,しかも,GPCに関する記載も,測定の結果としてのA-1とA-2との面積比が記載されている(シランカップリング剤のオリゴマーを作成した比較調製例1を除く)のみであるが,その後に記載されたフェノキシ樹脂の合成実験例(【0031】)においては,測定条件(使用機器,流速,本件カラム)についても記載されているものである。 (エ)したがって,測定内容(面積比・分子量),測定対象(シランカップリング剤・フェノキシ樹脂)の分子量及び分子構造の相違を捨象し,本件明細書において,シランカップリング剤のGPC測定が,フェノキシ樹脂におけるGPC測定と同一の条件で実施されたものと開示されているとまで,いうことはできない。 (オ)この点について,原告は,前記主張のほか,本件カラムは,GPCにおいて周知のカラムである,一般的な通常の測定条件により測定が行われる限り,測定結果は異なるものではないから,本件発明において,GPCに関する個別事項の詳細について記載する必要はない,本件明細書において,GPCの測定条件を調製例等ごとに変更した旨の記載はないなどと主張する。 しかしながら,GPCは,高分子物質の各種平均分子量及び分子量分布が同時に測定でき,しかも測定可能な分子量範囲が,数百ないし数千万と広いという特徴を有するところ(甲18),GPCを含む高速液体クロマトグラフィーにおいては,近年,高い機能と効率を有する充 剤の開発により,金属イオンから生体高分子まで分離対象が広がっており,目的対象に適する分離モードと分離カラムの選択が重要であるとされている(乙1)から,本件明細書において,当業者が,シランカップリング剤をGPC測定した際に使用したカラムが,フェノキシ樹脂をGPC測定した際のカラムと同じであると直ちに理解するものということはできない。 また,本件カラムが,GPC測定における周知のカラムであったとしても,シランカップリング剤におけるA-1とA-2との面積比をGPC測定する場合におけるカラムとして,当業者において周知であったことを裏付けるに足りる的確な証拠はない。本件明細書においては,原告が強調する「一般的な通常の測定条件」により測定が行われたか否か自体が不明であり,仮にフェノキシ樹脂の分子量の測定と同様の条件が,シランカップリング剤におけるA-1とA-2との面積比をGPC測定する場合における「一般的な通常の測定条件」であるならば,むしろ本件明細書において,同一の測定条件を用いたことを明記すべきものというべきである。 原告の主張は採用できない。 (2)GPCカラムの溶媒が記載されていないとした判断の誤りについて前記(1)のとおり,本件明細書において,シランカップリング剤のGPCにおける測定条件が開示されていない以上,本件明細書において,GPCカラムの溶媒についても開示されているものではないことは明らかである。 この点について,原告は,当業者にとって,カラムの出荷時の封入溶媒と同じものを溶離液として用いる場合は問題ないとされていること,本件明細書に記載された本件カラムの溶媒がTHFであることは周知であること,GPCの溶媒として最もよく用いられる溶媒はTHFとされていること,THFがシランカップリング剤を溶解させ,GPCの溶媒として用いられることが周知であることなどからすると,本件発明において,本件カラム出荷時の溶媒であるTHFについて,本件明細書に記載しなかったことが,記載不備であるということはできないなどと主張する。 しかしながら,仮にシランカップリング剤のGPC測定について,本件カラムを用いたとしても,同カラムの取扱説明書(甲15)には,交換可能な有機溶媒として,ベンゼン,トルエン,キシレン,CHCl3,ジクロロメタン,ジクロロエタンが記載されており,出荷時の溶媒であるTHF以外にも,一定範囲の溶媒について選択が可能である。また,各種文献(甲20,乙2)においても,THF以外の溶媒を用いることが可能であることが明記されている。 また,先に指摘したとおり,GPCを含む高速液体クロマトグラフィーでは,目的対象に適する分離モードと分離カラムの選択が重要であるとされている(乙1)ものであるから,当業者は,目的対象に適する測定条件(溶媒,流速,試料,測定機器等)を選択するものということができる。 したがって,原告が指摘する,THFがGPCにおける溶媒として用いられていること,カラム出荷時における溶媒を変更しないことが好ましいことをもってしても,なお,シランカップリング剤のGPC測定に係る測定条件が明示されていない本件明細書において,THFをカラムの溶媒として用いたものと開示されているとまではいうことができない。原告の主張は採用できない。 (3)小括以上からすると,本件明細書には,本件カラム及びTHFを使用したか否かを含め,シランカップリング剤のGPC測定に係る測定条件が開示されておらず,また,本件明細書の記載から,当業者が一般的な通常の測定条件によって測定されたものと理解することができるものということもできない。 そして,原告も,GPC測定において,一般的な通常の測定条件によって実験が行われない場合,測定結果が異なること,すなわち,GPC測定においては,測定条件が異なれば測定結果が異なること自体は争わないところ,シランカップリング剤のGPC測定において,溶媒を変更した場合(THF,トルエン,DMF),測定結果が有意に異なることは,甲5証明書から明らかである。 したがって,シランカップリング剤におけるA-1とA-2との面積比をGPC測定する場合の測定条件が明らかではない本件明細書の発明の詳細な説明は,本件発明1ないし5及び9について,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているということはできない。 よって,本件審決の実施可能要件に係る判断に誤りはない。 2取消事由2(サポート要件に係る判断の誤り)について(1)本件明細書の記載について本件明細書(甲3)の記載を要約すると,以下のとおりである。 ア本件発明は,接着剤,それを用いた回路接続構造体及びその製造方法に関する。 近年,半導体や液晶ディスプレイなどの分野で電子部品を固定したり,回路接続を行うために各種の接着材料が使用されているが,かかる用途では,接着剤にも高い接着力や信頼性が求められている。 しかしながら,従来の接着剤及び回路接続用接着剤である異方導電性接着剤は,各種基板に対する接着力が不十分で,十分な接続信頼性が得られない,各種基板に対する接着力のロットばらつきが発生し,高い歩留まりで良品を量産することが極めて困難な場合があるなどの課題を有していた。 本件発明は,高接着力で信頼性が高い接着剤を提供し,さらにロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能とする接着剤を提供し,さらには回路接続用接着剤及びそれを用いた回路接続構造体を提供するのみならず,接着剤の保管時,使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与えるとともに,接着後においては長期間の接着強度の保持が可能となる接着剤,接着剤の製造方法,接続構造体を提供する。 イ本件発明1は,アルコキシシラン結合(Si-O-R)を有するシランカップリング剤(A)と,シランカップリング剤(A)が縮合したオリゴマーとで構成されるシランカップリング剤(SCO)を含む接着剤であって(ただし,Rは同一でも異なっていても良く,炭素数1〜18の直鎖,または分岐鎖を有するアルキル基,シクロアルキル基,フェニル基,ベンジル基である。),前記シランカップリング剤(SCO)が,シロキサン(Si-O-Si)結合を含み,かつ,前記シランカップリング剤(SCO)をGPC測定した際に,シランカップリング剤(A)の単分子(A-1)と,シランカップリング剤(A)の2分子が縮合した分子(A-2)が,GPCの面積比で,(A-1):(A-2)=100:1〜100を満たすことを特徴とする接着剤に関し,高接着力でロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤を提供するものであるとともに,当該接着剤の保管時や使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤を提供するものである。 ウ前記シランカップリング剤(SCO)におけるA-1とA-2とが,GPCの面積比で,(A-1):(A-2)=100:1ないし100であることが好ましく,(A-1):(A-2)=100:1.1ないし80であることがより好ましく,(A-1):(A-2)=100:1.2ないし60であることがさらに好ましく,(A-1):(A-2)=100:1.3ないし40であることが最も好ましい。 (A-1):(A-2)=100:1未満である場合,実質的なオリゴマーの効果が発現しない傾向があり,(A-1):(A-2)=100:100を超える場合,接着剤の接着強度の低下や,接着剤の保存安定性が低下する傾向がある。 エ本件発明の接着剤において,実施例1ないし4では,全サンプルで良好な接続抵抗を示し,かつ接着強度も高く,さらに耐湿試験後でもその接着強度は低下せず,耐湿試験後の接着面の外観も良好であったが,比較例では,耐湿試験後の接続抵抗が悪化し,一部のサンプルで耐湿試験後の接着面の外観が悪化した。 このように,本件発明1は,高接着力でロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤を提供することができるとともに,当該接着剤の保管時や,使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤を提供することができる。 (2)本件発明の課題及び効果についてア本件明細書によれば,本件発明が前提とする従来技術の問題点は,電子部品を固定したり,回路接続を行うための各種接着剤においては,高い接着力や信頼性が求められるところ,従来の接着剤は,各種基板に対する接着力が不十分であり,十分な接続信頼性が得られず,また,各種基板に対する接着力のロットばらつきが発生し,高い歩留まりで良品を量産することが極めて困難な場合があったという点にある。 そして,本件発明は,かかる従来技術の問題点に対し,?高接着力で信頼性が高い接着剤を提供し,さらにロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能とする接着剤を提供すること及び?接着剤の保管時や使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与えるとともに,接着後においては長期間の接着強度の保持が可能となる接着剤を提供することを,その目的として指摘している。 また,本件発明1の効果は,A-1とA-2との面積比が,(A-1):(A-2)=100:1ないし100であれば,オリゴマーの効果,すなわち,高接着力でロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤,保管時や使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤の製造が可能となり,かつ,接着剤の接着強度低下,保存安定性の低下は生じないというものである,イ本件明細書において,本件発明の接着剤を用いた実施例1ないし4に対する初期及び耐湿後の接続抵抗,接着強度並びに耐湿後外観検査の結果が比較例と対照しつつ具体的に示されており,また,本件発明1の効果として,高接着力でロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤を提供することができるとともに,当該接着剤の保管時や,使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤の提供と記載されている。 ウ以上からすると,本件発明1の効果,すなわち,?高接着力でロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤が提供されること及び?保管時や使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤が提供されたことについては,いずれも比較例と実施例との対照において具体的に開示されているということができる。 エこの点について,被告は,本件発明における(A-1):(A-2)のGPCの面積比と実施例における面積比の上限はかけ離れていること,本件発明の構成が定める面積比とその効果との因果関係や技術的意義が全く記載されていないことなどから,本件明細書の記載によっては,当業者は,GPCの面積比「(A-1):(A-2)=100:1〜100」の全ての範囲について,本件発明の課題を解決できるとは認識できないなどと主張する。 しかしながら,本件明細書には,数値範囲の下限及び上限について,数値範囲の意義((A-1):(A-2)=100:1未満である場合,実質的なオリゴマーの効果が発現しない傾向があり,100:100を超える場合,接着剤の接着強度の低下や,接着剤の保存安定性が低下する傾向がある。)が記載されており,その範囲内の効果についても,「A-1とA-2とが,GPCの面積比で,(A-1):(A-2)=100:1ないし100であることが好ましく,(A-1):(A-2)=100:1.1ないし80であることがより好ましく,(A-1):(A-2)=100:1.2ないし60であることがさらに好ましく,(A-1):(A-2)=100:1.3ないし40であることが最も好ましい。」と指摘し,さらに,上記数値内における適宜の構成を選択した実施例において,接着強度等の効果についての試験結果が明示されているのであるから,被告が指摘する実施例による開示が少ない点は,上記結論を左右するものではない。 被告の主張は採用できない。 (3)本件審決のサポート要件に係る判断についてア本件審決は,本件発明1の課題について,?高接着力でロットばらつきが発生せず,高い歩留まりで良品を量産可能となる接着剤が提供されたこと及び?保管時や使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤が提供されたこと認定しており,本件発明1の課題に関する認定については,何らの誤りはない。 しかしながら,本件審決は,サポート要件の判断において,?接着剤の保管時や使用時のシランカップリング剤の劣化を最小限とし,長期の保存安定性を与える接着剤の提供という課題についてのみ,当業者が認識することができるか否かについて判断を行い,?の「高接着力で信頼性が高い接着剤」の提供なる解決課題が解決できるか否かについての判断を行っていない。 また,先に指摘したとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1に係る接着剤の接着力について,その効果が実施例として具体的に開示されているのであるから,本件審決のサポート要件の判断には,本件明細書の発明の詳細な説明の記載内容に関する認定自体に誤りがあるものというほかない。 イ本件審決は,本件発明1について説示した理由と実質的に同一の理由により,本件発明6ないし8及び10がサポート要件に違反すると判断しているところ,本件審決における本件発明1のサポート要件に係る判断が誤りである以上,本件発明6ないし8及び10についても,本件審決のサポート要件に係る判断が誤りであることは明らかである。 なお,原告の主張に鑑み付言すると,本件審決は,サポート要件の判断について,「シランカップリング剤とオリゴマーとの割合」の点について判断をするとした上で,本件発明は,サポート要件を欠くものと判断しているところ,本件発明6ないし8及び10は,いずれも「シランカップリング剤とオリゴマーとの割合」について何らかの特定を有する発明ではないから,「シランカップリング剤とオリゴマーとの割合」についてのみ検討した上で,本件発明1ないし5及び9と実質的に同一の理由により,本件発明6ないし8及び10についてもサポート要件を満たさないとした本件審決の判断は,それ自体誤りであるというべきである。 (4)小括以上からすると,その余の点について判断するまでもなく,本件発明に関するサポート要件に係る本件審決の判断は誤りであるところ,取消事由1において先に述べたとおり,本件発明1ないし5及び9にかかる特許は,実施可能要件を欠き無効にすべきであるとの本件審決の判断は,サポート要件に係る本件審決の判断の誤りとは関係がなく,相当であるから,サポート要件に違反するとした本件審決の判断は,本件発明6ないし8及び10に係る部分についてのみ,相当でなく,取消しを免れない。 3結論以上の次第であるから,原告の請求は,主文1項掲記の限度で,認容されるべきものである。 |
裁判長裁判官 | 滝澤孝臣 |
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裁判官 | 本多知成 |
裁判官 | 荒井章光 |