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審判番号(事件番号) データベース 権利
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平成22行ケ10090審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  技術的思想 /  使用方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  29条の2(拡大された先願の地位) /  出願公開 /  同一の発明 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  実質的に同一 /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 22年 (行ケ) 10133号 審決取消請求事件
原告 株式会社大塚製薬工場
訴訟代理人弁理士 蔵田昌俊中村誠 河野直樹 堀内美保子 吉川沙央里
被告 味の素株式会社
訴訟代理人弁護士 熊倉禎男富岡英次 相良由里子 弁理士 箱田篤新谷雅史 渡辺浩司
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2011/02/01
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が無効2008−800110号事件及び無効2008−800256号事件について平成22年3月24日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
全容
第1原告の求めた判決主文同旨第2事案の概要原告は,被告の有する本件特許について無効審判請求をしたが,請求不成立の審決を受けた。本件はその取消訴訟であり,当裁判所が取り上げる争点は,容易推考性の存否である。
1特許庁における手続の経緯被告は,平成9年2月14日に,名称を「2室容器入り経静脈用総合栄養輸液製剤」とする発明について特許出願をし,平成20年5月9日に,特許第4120018号(本件特許)として特許登録を受けた(請求項の数1)。
原告は,平成20年6月16日と平成20年11月19日に,いずれも本件特許について無効審判請求をした。前者の請求(無効2008-800110号事件。
以下「第1審判事件」という。)と後者の請求(無効2008-800256号事件。
以下「第2審判事件」という。)は併合審理された。被告は,その手続中の平成20年9月9日付けで訂正請求(本件訂正)をしたところ,特許庁は,平成22年3月24日,「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は平成22年4月5日に原告に送達された。
2本件発明の要旨(平成20年9月9日付け訂正による本件特許の請求項1の記載)(A〜Fの分説は,審決による。)「【請求項1】A連通可能な隔離手段により2室に区画された可撓性容器の第1室にグルコース及びビタミンとしてビタミンB1のみを含有する輸液が収容され,第2室にアミノ酸を含有する輸液が収容され,その第1室及び第2室に収容されている輸液の一方又は両方に電解質が配合された輸液入り容器において,B第1室の輸液にビタミンB1として塩酸チアミン又は硝酸チアミン1.25〜15.0mg/Lを含有し,メンブランフィルターで濾過して充填し,C且つ第2室の輸液に安定剤として亜硫酸塩0.05〜0.2g/Lを含有し,メンブランフィルターで濾過して充填し,D更に2室を開通し混合したときの亜硫酸塩の濃度が0.0136〜0.07g/Lであり,E混合後,48時間後のビタミンB1の残存率が90%以上であることを特徴とする2室容器入り経静脈用総合栄養輸液製剤。」3審判における原告主張の無効理由(1)第1審判事件無効理由1本件発明は,本件特許の出願日前の特許出願であって,本件特許の出願後に出願公開された特許出願の内容を記した特開平10-203959号公報(甲1)に記載された発明と同一の発明であり,平成14年法律第24号による改正前の特許法29条の2の規定に違反する。
(2)第1審判事件無効理由2本件発明は,特開平8-709号公報(甲4)及び「病院薬学,Vol.21,No.1,15〜21頁(1995)」(甲5)に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明することができたものであり,特許法29条2項の規定に違反する。
(3)第1審判事件無効理由3本件特許の請求項1は,特許法36条6項1号の要件を満たしていない。
本件発明の構成Aでは,「第1室及び第2室に収容されている輸液の一方又は両方に電解質が配合された」と記載されていることから,本件発明は,電解質が第1室及び第2室の両方に配合される態様,及び,第1室及び第2室のいずれか一方に配合される態様を含むものであるにもかかわらず,本件明細書には,特許請求の範囲と同じ文言が繰り返されているほか,実施例に,電解質がすべて第2室に収容される輸液に配合される例の記載があるだけであり,その他の態様,すなわち,第1室と第2室の両方に配合される態様,及び,第1室のみに配合される態様については,発明の詳細な説明に記載がないから,特許法36条6項1号の規定に違反する。
(4)第1審判事件無効理由4本件特許の請求項1は,平成14年法律第24号による改正前の特許法36条4項の要件を満たしていない。
実験成績証明書(甲6)記載の実験結果からすると,電解質が配合されていない第1室組成物の塩酸チアミンは安定である一方,電解質が配合されている第1室組成物の塩酸チアミンは,不安定である。本件明細書の実施例では,電解質を含まない組成物について,混合48時間後の安定性が90.1%であるから,これに代えて,電解質を含む輸液を用いたならば,混合48時間後の塩酸チアミンの残存率は90%を下回ることとなり,「混合後,48時間後のビタミンB1の残存率が90%以上」を達成することができないことは明白である。
(5)第2審判事件無効理由(本審判事件の甲号証番号を本件訴訟の甲号証番号に引き直した。)本件発明は,「医薬ジャーナル,Vol.31,No.1,405〜409頁(1995)」(甲8),特開平8-709号公報(甲4)及び特開平8-143459号公報(甲7)に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明することができたものであり,特許法29条2項の規定に違反する。
4審決の理由の要点(1)第1審判事件無効理由1について特開平10-203959号公報(甲1)は,本件出願日前の特許出願(特願平9-10150号,出願日平成9年1月23日)の公開公報であり,当該特許出願の願書に最初に添付された明細書の内容が記載されているが,そこには,本件発明の構成Aが記載されているとは認められないので,他の構成について検討するまでもなく,本件発明は,甲1に記載された発明ではない。
(2)第1審判事件無効理由2について ア特開平8-709号公報(甲4)には,「第2室に収容される輸液には,抗酸化剤として,チオグリセロール,亜硫酸水素ナトリウム,亜硫酸ナトリウム等を添加してもよい。これらの添加量は,通常,0.001%〜0.1%程度である。」と記載されているが,これは,第2室に添加される抗酸化剤の添加量に関する一般的な記載にすぎない。したがって,甲4には,本件発明の構成Cは記載されていない。
甲4には,2室を開通し混合したときの亜硫酸塩の濃度に関する記載はない。したがって,甲4には,本件発明の構成Dは記載されていない。
甲4には,混合後の輸液の48時間後のビタミンB1の残存率が90%以上であることは記載されていない。したがって,甲4には,本件発明の構成Eは記載されていない。
そうすると,甲4における抗酸化剤の添加量についての記載から,第2室に収容される輸液に,抗酸化剤として亜硫酸ナトリウムを選択し,その添加量を本件発明で特定する添加量と同程度とすることが容易に想到できたとしても,それはあくまでも,第2室に収容される輸液の安定性を考慮したにすぎないというべきであり,混合後の輸液について,亜硫酸塩の含有量とビタミンB1の安定性との関係は,何ら示されていない。
したがって,甲4の記載からは,混合後の輸液におけるビタミンB1の安定性のために亜硫酸塩の濃度を調整することは導き出すことができない。
イ甲4に記載された発明においては任意成分にすぎない亜硫酸塩について,その添加を選択し,さらに,亜硫酸塩を添加した場合の課題を想到し,その解決手段として,「病院薬学,Vol.21,No.1,15〜21頁(1995)」(甲5)に記載された反応定数の式から亜硫酸塩濃度を算出した結果,混合前においてはアミノ酸の安定性が確保でき,混合後においてはビタミンB1の安定性を確保できる添加量が存在することを見出すことは,当業者といえども容易にはなし得ないものと認められる。むしろ,甲5の記載から,チアミン(ビタミンB1)の分解が亜硫酸塩の濃度に依存することを知った当業者は,甲4に記載された発明において,混合後のチアミンの残存率を高めようとするなら,亜硫酸塩の添加は避けようとするのが自然であり,敢えて亜硫酸塩を添加しようとすることの動機付けが存在しない。
したがって,甲4及び甲5の記載から,本件発明の構成C,D,Eを想到することは,当業者といえども容易にはなし得ない。
(3)第1審判事件無効理由3について本件出願時において,電解質は,アミノ酸輸液及び糖輸液のいずれか一方又は両方に配合し得るものと当業者に認識されていたものと認められるから,本件明細書の実施例に,電解質がすべて第2室に収容される輸液に配合される例の記載しかないとしても,発明の詳細な説明において「第1室及び第2室に収容されている輸液の一方又は両方に電解質が配合された」という構成を有する発明が開示されているものと認められる。
したがって,特許法36条6項1号違反の主張は失当である。
(4)第1審判事件無効理由4について実験成績証明書(甲6)の実験結果から,電解質を第1室に収容されている輸液に配合すると,「混合後,48時間後のビタミンB1の残存率が90%以上」であることを達成できないことが確認できるとはいえないから,上記実験成績証明書(甲6)の実験結果を根拠とする原告の主張は失当である。
(5)第2審判事件無効理由についてア原告が主張する無効理由を整理すると,以下のようなものとなる。
本件発明の構成A〜Eのうち,2室を開通する前の要件である構成A,B,Cは,特開平8-709号公報(甲4)及び特開平8-143459号公報(甲7)に開示され,かつ,2室を開通した後の要件である構成D,Eは,「医薬ジャーナル,Vol.31,No.1,405〜409頁(1995)」(甲8)に開示されている(さらに,甲8には,構成Cについても記載がある。)から,本件発明は,甲4若しくは甲7に記載された発明に,甲8に開示された構成を組み合わせることにより,又は,甲8に記載された発明(本件発明の混合後の輸液に相当する)の成分を,甲4及び甲7の記載に基づいて,本件発明の構成A,B,Cのように2室に振り分けることにより,当業者が容易に発明できたものである。
イ特開平8-709号公報(甲4)を主引用例とした場合の進歩性について上記(2)のとおり,甲4には,本件発明の構成C,D,Eは記載されておらず,また,甲4には,混合後の輸液について,ビタミンB1の安定性のために,亜硫酸塩の濃度を調節することは示唆されていない。
本件発明の構成C,D,Eを備えない発明から,本件発明に至るためには,第2室(アミノ酸輸液)の亜硫酸塩濃度が構成Cで特定するとおりの0.05〜0.2g/Lとなり,かつ,2室を混合したときの亜硫酸塩濃度が構成Dで特定するとおりの0.0136〜0.07g/Lとなるように,亜硫酸塩の配合量を調整して,混合後48時間後のビタミンB1の残存率が90%以上となるようにする必要があるが,甲4の請求項に記載された発明は,抗酸化剤を配合しなくても安定性が確保されているものであるから,そこにビタミンB1等の安定性に悪影響を及ぼすことが知られている亜硫酸塩を敢えて配合して,亜硫酸塩の濃度を調整して安定性が確保できる条件を見出そうとすることは極めて不自然な思考過程というべきであり,甲4の記載から,混合前後における輸液の安定性を考慮して,亜硫酸塩の配合量を定めることは,当業者が容易に想到できたものとは認められない。
したがって,甲4の記載から,本件発明の構成を容易に想到できたものとはいえない。
また,後記ウのとおり,甲7は,亜硫酸イオンを配合しないで,水溶性ビタミンB類の安定性を確保することを前提とした発明であるので,やはり,混合前後における輸液の安定性を考慮して亜硫酸塩の配合量を定めることについて,何ら示唆を与えるものではなく,さらに,後記エのとおり,甲8には,本件発明の構成D,Eの条件を満たす輸液の記載があるとしても,この文献には,本件発明の構成A,B,Cとして記載された混合前の輸液の組成やその安定性に関する記載はないのであるから,この文献の記載は,甲4に記載された発明に対して,混合前後における輸液の安定性の確保のために,亜硫酸塩を配合することの動機付けを与えるものではない。
したがって,甲4に記載された発明に,甲8及び甲7の記載を組み合わせたとしても,本件発明は当業者が容易に発明できたものではない。
ウ特開平8-143459号公報(甲7)を主引用例とした場合の進歩性について甲7に記載された発明は,あくまでも「亜硫酸イオンを含まないアミノ酸輸液と糖輸液の2液からなり,そのいずれか一方に水溶性ビタミンB類が配合されてなる用時混合型の輸液」であり,ビタミンB1の安定性を課題としている点では,本件発明と共通する。しかし,甲7に記載された発明は,ビタミンB1を分解する亜硫酸イオンを配合しないで安定性を確保することを前提とした発明であり,これに亜硫酸イオンを添加する発明を想到することは困難である。また,本件発明の構成に到達するためには,アミノ酸輸液に亜硫酸塩を単に配合するだけでは足りず,さらに,アミノ酸輸液における亜硫酸塩の濃度及び2室を混合したときの亜硫酸塩の濃度を調整して,混合後のビタミンB1の安定性を確保することまで想到する必要があることから,甲7に記載された発明から,本件発明の構成を想到することは,当業者といえども容易になし得るものではない。
したがって,甲7に記載された発明に,甲8及び甲4の記載を組み合わせたとしても,本件発明は当業者が容易に発明できたものではない。
エ「医薬ジャーナル,Vol.31,No.1,405〜409頁(1995)」(甲8)を主引用例とした場合の進歩性について甲8記載の輸液は,ブドウ糖を含む糖電解質輸液と,アミノ酸輸液と,ビタミン混合物と,微量元素製剤とを混合して得られるワンデイズタイプ高カロリー輸液であって,亜硫酸塩の濃度が0.0490〜0.06g/L程度であり,混合後,20℃48時間保存後のビタミンB1の残存率は95.7%であるということができる。
したがって,甲8記載の輸液は,本件発明の輸液製剤の第1室と第2室を混合した後の輸液の亜硫酸塩の濃度及び構成D,Eについては一致するものの,混合前の状態は,ブドウ糖を含む糖電解質輸液と,アミノ酸輸液と,ビタミン混合物と,微量元素製剤の4つの製剤であり,本件発明の第1室及び第2室のような組成とすることについては記載も示唆もない。
甲4及び甲7には,連通可能な隔離手段により2室に区画された可撓性容器のそれぞれに輸液を収容したものに関する発明が記載されており,輸液製剤の使用時における混合が,作業従事者にとって煩雑な操作であり,なによりも混合時に菌汚染の問題があるという課題も記載されている(例えば,甲4の段落【0002】)ことから,甲8に記載された輸液を,別々の製剤を用時に混合するのではなく,上記のような複数の区画を有する容器に収容して,使用時に連通させて混合するタイプのものとするという発想自体は,当業者が容易に想到し得るといえる。しかし,上述のとおり,甲4及び甲7にはいずれも,本件発明の混合前の輸液に関する構成A〜Cを備えたものは記載されておらず,また,上述のとおり,甲4と甲7の記載からは,混合前後における輸液の安定性を考慮して,亜硫酸塩の配合量を定めることは,当業者が容易に想到できたものとは認められないことから,甲8記載の輸液を2つの区画に区分けして,本件発明の構成A〜Cを備えたものとすることは,当業者といえども容易にはなし得ない。
したがって,甲8に記載された発明に,甲4及び甲7の記載を組み合わせたとしても,本件発明は当業者が容易に発明できたものではない。
第3原告主張の審決取消事由1取消事由1(特開平10-203959号公報(甲1)の認定の誤り及びこれに基づく判断の誤り(第1審判事件無効理由1に関して))審決は,甲1には,「第1室にビタミンとしてビタミンB1のみを含有する輸液」は記載されていないと認定しているが,誤りである。
(1)甲1記載の発明は,亜硫酸塩がビタミンB1を分解することから,これを防止するために,ビタミンB1は亜硫酸塩を実質的に配合しない溶液(A)に配合し,亜硫酸塩は溶液(B)に配合することをその要旨とするものである。そして,次に述べるように,輸液による栄養管理において第1に用いられるビタミンがビタミンB1であることが当時の技術常識であったことからしても,甲1記載の発明は,ビタミンB1を配合することを第1の前提として,さらに他のビタミンをも配合するものであることは明らかである。
そもそもビタミンは,糖代謝・脂質代謝・蛋白代謝を調整したり,酵素活性にも関与するなど栄養管理においては不可欠な栄養素であるところ,その中でもビタミンB1はヒトの腸内細菌で合成できない上に,体内貯蔵量が30mg程度と低く,各種ビタミンの中でも摂取しなければ最も早期に欠乏するため,毎日投与することの必要性が認識されている。また,ビタミン剤を併用しなかった場合のアシドーシス発症例が1980年代終わりから1990年代にかけて多数報告されたため,厚生省(当時)は,高カロリー輸液療法施行時にビタミンB1の投与を併せて行うよう発表しており,ビタミンB1の欠乏がもたらすアシドーシスは臨床上重篤であることが指摘されていた。かかる背景からも,輸液による栄養管理において用いられるビタミンとして特にビタミンB1の投与が第 1 に必要であることは,医薬品分野の当業者ならば当然に認識していた。
したがって,甲1記載の発明は,ビタミンB1の配合を第1の前提とするものであるから,ビタミンB1のみを第1室に配合する態様を包含するものであり,実施例がないからといって「第 1 室に収容される溶液に,ビタミンとしてビタミンB1のみを含有することは,甲1には記載されていない。」とする審決は,技術常識からみて,妥当な判断とはいえない。
(2)甲1には,脂溶性ビタミンを配合する場合は溶液(A)に配合するのが好ましいことが記載されているが(段落【0020】),この「脂溶性ビタミンを配合する場合は」との記載から,脂溶性ビタミンを配合せず,ビタミンB1のみを配合する場合もあることが読み取れる。
また,甲1の記載によれば,甲1に記載された発明は,IVH(高カロリー輸液)において,ビタミンB1の欠乏は大きな問題であるが,他のビタミンの欠乏も決して無視できるものではないことから,ビタミンB1を配合するだけでなく,他のビタミンをも配合するものである。ここで,ビタミンB1以外のビタミンを配合する場合には,ビタミンB1以外のビタミンは,溶液(A)又は溶液(B)のいずれか一方及び両方に配合することができることは自明のことである。そして,ビタミンB1以外のビタミンを,溶液(A)又は溶液(B)のいずれかに配合するか,すなわち,溶液(A)にビタミンB1のみを配合し,他のビタミンを溶液(B)に配合するか,溶液(A)にビタミンB1と他のビタミン溶液を配合するかは,配合するビタミンの種類に応じて,当業者が適宜処方を設計する設計事項にすぎない。審決が指摘するような他のビタミンは,不要であれば配合しなくてもよいのであるから,審決の「第1室に収容される溶液に,ビタミンとしてビタミンB1のみを含有することは,甲1には記載されていない。」という判断は,技術常識からみて,妥当な判断とはいえない。
(3)さらに,高カロリー輸液にその目的に応じて必要な各種ビタミンを配合することは周知技術である。その際,ビタミンは一般に不安定であるため,ビタミンの組合せには十分に注意を払うことは当業者の技術常識である。また,第1室にグルコースとビタミンB1のみを配合することも特開平8-143459号公報(甲7)に記載されているように周知技術である。そして,本件発明は,第1室に他のビタミンを配合せず,ビタミンB1のみを配合することにより,新たな効果を奏するものではない。
「複数のビタミン類を長期間安定に含有する中心静脈投与用輸液を提供する」という課題は,ビタミンB1を亜硫酸塩のない第1室に配合し,亜硫酸塩を第2室に配合することにより解決できるものであり,第1室にビタミンB1のみを配合することは,前記周知技術であって新たな効果を奏するものではないから,課題解決のための具体化手段における微差にすぎず,実質的に同一である。
2取消事由2(特開平8-709号公報(甲4)の認定の誤り及びこれに基づく判断の誤り(第1審判事件無効理由2に関して))(1)審決は,甲4には,「本件発明の構成Cは記載されていない」と認定しているが,この審決の認定は誤りである。
甲4には,「第2室に収容される輸液には,抗酸化剤として,チオグリセロール,亜硫酸水素ナトリウム,亜硫酸ナトリウム等を添加してもよい。これらの添加量は,通常,0.001%〜0.1%程度である。」(段落【0023】)と記載されている。ここで,亜硫酸ナトリウム等の抗酸化剤がアミノ酸の安定化剤として使用されていることは明らかであり,0.001%〜0.1%は,0.01〜1g/Lに相当するから,甲4には,本件発明の構成要件Cである「第2室の輸液に安定剤として亜硫酸塩0.05〜0.2g/Lを含有する」ことが記載されていることは明らかである。審決は,「これは,第2室に添加される抗酸化剤の添加量に関する一般的な記載にすぎない」と説示しているが,「一般的な記載にすぎない」とは何を意味しているのか不可解である。
(2)審決は,「甲4に記載された発明において,混合後のチアミンの残存率を高めようとするなら,亜硫酸塩の添加は避けようとするのが自然であり,敢えて亜硫酸塩を添加しようとすることの動機付けが存在しない。」との判断をしているが,誤りである。
従来から,アミノ酸のような酸素によって変質(酸化)しやすい成分を含む輸液製剤は,その酸化を防止するために製造工程において各種の酸化防止策が取られていた。例えば,?脱酸素雰囲気化での輸液成分のガス置換充填,高圧蒸気滅菌及び冷却を行うことや,?輸液容器と外袋との間の空間部に脱酸素剤を収容することが行われていた。しかしながら,これらの製造技術上の工夫による防止策だけでは酸化防止が不十分であり,これを補うために亜硫酸水素ナトリウムを医薬品添加物として輸液中に添加して使用している。また,亜硫酸水素ナトリウムの添加は,輸液製品を使用する過程で進行する酸化を食い止める観点からも求められる。このように,アミノ酸の酸化を防止するために,製造技術上の工夫に加えて,製剤中に亜硫酸塩を配合することは周知であった。甲4の実施例では,製造技術上の工夫によりアミノ酸の酸化を防止しているところ,これに加えて亜硫酸塩を配合することは,当業者も当然に試みるところであり,このため,甲4には,「第2室に収容される輸液には,抗酸化剤として,チオグリセロール,亜硫酸水素ナトリウム,亜硫酸ナトリウム等を添加してもよい。これらの添加量は,通常,0.001%〜0.1%程度である。」(段落【0023】)と記載されている。
また,アミノ酸を含む輸液には,システインやシスチンなどの硫黄原子をもつアミノ酸が配合されているところ,輸液に亜硫酸塩が配合されていない場合は,これらのアミノ酸が加熱滅菌工程において熱分解され,硫化水素が発生して異臭を生じるなど不都合が著しい。
以上のことから,アミノ酸が酸化されるのを防ぐためには亜硫酸塩を配合するほうが望ましいことは,当業者にとって周知のことであった。
(3)審決は,「甲4の記載からは,混合後の輸液における,ビタミンB1の安定性のために,亜硫酸塩の濃度を調整することは導き出すことができない。」とするが,誤りである。
特開平8-143459号公報(甲7)に記載されるように,ビタミンB1が亜硫酸塩により分解されることや,ビタミンB1の欠乏により乳酸アシドーシスを惹起することは周知のことであり(段落【0003】),また,この種の用時混合型の2液タイプの輸液において,2液混合時に良好な結果が得られるように混合前の溶液の性質を調整しようとすることは,pHのみならず,通常行われるところである。
したがって,当業者は,甲4記載の発明について,その第2室の輸液に安定剤として亜硫酸塩を配合する場合に,この周知の課題を解決するために,第2室の亜硫酸塩の濃度を,ビタミンB1と亜硫酸塩が混合された後,ビタミンB1の分解が許容範囲に収まる程度のものとするはずである。そして,この種の総合輸液において,糖液(第1室)とアミノ酸液(第2室)の体積比は一般的な範囲が知られているので,混合(希釈)後の亜硫酸塩濃度から混合(希釈)前の亜硫酸塩の濃度を決定することは,簡単な計算あるいは実験により当業者が適宜決定し得ることである。したがって,甲4記載の発明において,「第2室の輸液に安定剤として亜硫酸塩0.05〜0.2g/Lを含有する」ことは当業者が容易になし得るところである。
3取消事由3(特開平8-709号公報(甲4)の認定の誤り,これに伴う相違点認定の誤り,これに伴う判断の誤り(第2審判事件無効理由のうち,特開平8-709号公報(甲4)を主引用例とした場合の進歩性に関して))審決は,「甲4には,本件発明の構成C,D,Eは記載されておらず」(31頁6行)と判断するが,取消事由2で主張したとおり,誤りである。
4取消事由4(特開平8-709号公報(甲4)の認定誤り,これに伴う判断の誤り(第2審判事件無効理由のうち,特開平8-143459号公報(甲7)を主引用例とした場合の進歩性に関して))審決は,「甲4に,混合前後における輸液の安定性を考慮して,亜硫酸塩の配合量を定めることが何ら示唆されていない」(33頁6行〜7行)と判断しているが,取消事由2で主張したとおり,誤りである。
5取消事由5(特開平8-709号公報(甲4)の認定の誤り,これに伴う判断の誤り(第2審判事件無効理由のうち「医薬ジャーナル,Vol.31,No.1,405〜409頁(1995)」(甲8)を主引用例とした場合の進歩性に関して))審決は,「甲4及び甲7にはいずれも,本件発明の混合前の輸液に関する構成A〜Cを備えたものは記載されておらず,…甲4と甲7の記載からは,混合前後における輸液の安定性を考慮して,亜硫酸塩の配合量を定めることは,当業者が容易に想到できたものとは認められない」(35頁7〜11行)としているが,取消事由2で主張したとおり,誤りである。
第4被告の反論1取消事由1に対し(1)第1室にビタミンB1のみを含有することが特開平10-203959号公報(甲1)に記載されていないとした審決の認定に誤りはない。
甲1には,その「発明の実施の形態」にも,具体的な実施例にも,第1室にビタミンとしてビタミンB1のみを含有することに関する明示の記載は存在しない。
なお,甲1の請求項4は,「ビタミンB1を溶液(A)に配合し,かつ溶液(A)が亜硫酸塩及び亜硫酸水素塩を実質的に含有しない請求項1〜3のいずれか1項記載の中心静脈投与用液」であり,特にビタミンB1以外のビタミンを含有することは記載されていない。
しかしながら,甲1記載の発明については,?請求項4に「ビタミンB1のみを溶液に配合し」とは記載されておらず,他のビタミンの含有を排除していないこと,?発明の目的は「複数のビタミン類を長期間安定に含有する中心静脈投与用輸液を提供する」ことにあること(段落【0008】),?特許請求の範囲記載の全請求項のビタミンの配合の組み合わせは16通りにも及ぶが,そのうち実施例により安定性について問題がないことが実証されているのは2通りにすぎず,溶液(A)にビタミンB1のみを配合した実施例は存在しないこと,?【発明の詳細な説明】の項を見ても,発明の実施の形態として,第1室(溶液(A))にビタミンB1のみを配合する構成についての説明記載はないこと,を考慮すると,甲1の請求項4の記載については,ビタミンB1「のみ」を含有する溶液(A)を開示するものではなく,「溶液(A)が種々のビタミンを含有することを前提とし,そのうちのビタミンとして少なくともビタミンB1を配合する」構成を開示しているにすぎない。
以上のとおり,甲1には,第1室にビタミンB1のみを配合することは記載されていない。
なお,原告は,ビタミンB1以外のビタミンは,溶液(A)又は溶液(B)のいずれか一方及び両方に配合することができることは自明のことであるから,配合するビタミンの種類に応じて当業者が適宜処方を設計する設計事項にすぎないなどと主張する。しかし,輸液製剤中の各成分を安定に保つことができるか否かについての知見は,それぞれの成分を実際に種々組み合わせて配合した上で,各成分の安定性を確認して初めて得られるものであって,そのような作業を得ないでもどのような態様にも可能であるというものではない。また,甲1には,ビタミンB12や脂溶性ビタミンは,溶液(A)に配合されなければならないことが記載されており,ビタミンB1以外のビタミンについても,それらをどちらに配合するかが単なる設計事項であるということはできない。
(2)平成14年法律第24号による改正前の特許法29条の2に基づき無効とされるためには,当該発明が先願の「発明又は考案と同一」であること,すなわち,発明の構成要件のすべてが先願の明細書又は図面に開示され,その技術的思想が全体として開示されていることが必要であるところ,甲1には,本件発明の技術的思想が全体として開示も示唆もされていない。
本件発明は,経静脈用総合栄養輸液製剤において,長期保存におけるビタミンB1の安定性のみならず,混合後の一定時間経過後における安定性をも考慮し,これら双方の安定性を実現するビタミンB1と亜硫酸塩の至適量を見出した発明である。よって,本件発明の構成D及びEは,混合後の一定時間における安定性を実現するために不可欠な構成要件である。
これに対し,甲1記載の発明は,複数のビタミン類を長期間安定に含有する中心静脈投与用輸液を提供することを目的として,複数のビタミン類を2室にどのように配合するのが適切か,を見出した発明であって,その際,長期保存における各種ビタミンの安定性に着目したにすぎず,2室に収容された輸液と混合した後のビタミンの安定性は,一切考慮されていない。このため,当然ながら混合後のビタミンの安定性を実現する構成については一切記載がない。
よって,甲1には本件発明の技術的思想が全体として記載されておらず,いずれにしても本件発明が甲1に記載されているとは認定できないから,審決の結論に誤りはない。
2取消事由2に対し(1)原告は,特開平8-709号公報(甲4)の段落【0023】における「第2室に収容される輸液には,抗酸化剤として,チオグリセロール,亜硫酸水素ナトリウム,亜硫酸ナトリウム等を添加してもよい。これらの添加量は,通常,0.001%〜0.1%程度である。」の記載を根拠に,本件発明の構成Cが開示されていると主張する。
しかし,本件発明の構成Cは,構成BにおけるビタミンB1の特定の濃度を前提として,長期保存におけるアミノ酸の安定性と,混合後におけるビタミンB1の安定性の双方を考慮した上で添加する安定剤を亜硫酸塩に特定し,その濃度を具体的に規定するものであり,本件発明の目的を達成するための重要な構成である。
これに対し,甲4記載の発明は,第1室に脂肪乳剤,糖,ビタミンB1,ビタミンB2,ビタミンB12,ビタミンA,ビタミンD,ビタミンE及びビタミンKを含有する輸液,また第2室にはアミノ酸,電解質,ビタミンC及び葉酸を含有する輸液を収容することによって,最終的に,糖・アミノ酸・電解質・脂肪乳剤の安定性に影響を及ぼすことなく,かつビタミンの安定性を一層改善した輸液製剤を得られる,という発明であって,安定性を維持するために抗酸化剤を至適量添加することは,技術的思想としては想定されていない。甲4記載の実施例においても,抗酸化剤は添加されておらず,抗酸化剤を添加しなくても,各種ビタミンがバランスよく安定に保持され,極めて良好な保存性を有することが開示されている(表8及び段落【0046】参照)。加えて,上記段落【0023】の記載は,第2室に添加される抗酸化剤について何ら限定をせず,また,第1室に添加されるビタミンB1の濃度との関係で,混合後のビタミンB1の安定性(残存率)にまで配慮した記載ではない。抗酸化剤が亜硫酸塩であれ,チオグリセロールであれ,通常は「0.001%〜0.1%程度である。」という程度の記載にすぎない。
このように,単に,第2室に収容される輸液の安定性のみを考慮し,しかも,抗酸化剤が亜硫酸塩に限定されていないような甲4の記載は,本件発明の構成Cを記載したものとはいえず,審決の判断に誤りはない。
(2)原告は,亜硫酸塩の添加について動機付けがないとした審決の判断は誤りである旨主張する。
しかし,審決は,「ビタミンB1は亜硫酸塩によって分解される」という技術を認識した上で,「抗酸化剤として亜硫酸塩を採用する動機付けがない」と認定したものと考えられるのであって,当該認定に何ら誤りはない。
甲4記載の発明は,亜硫酸塩のような抗酸化剤を添加しなくても,最終的に,糖・アミノ酸・電解質及び脂肪乳剤の安定性に影響を及ぼすことなくかつビタミンの安定性をいっそう改善した輸液製剤を得られる,という作用効果を有する発明であって,現に亜硫酸塩を含有する具体的な輸液は,実施例にも全く開示されていない。
このように,亜硫酸塩を含有しない輸液製剤で既に各成分の保管安定性が十分に確保されているのであれば,甲4記載の発明を見た当業者は敢えて亜硫酸塩を加えようとは考えないはずであり,この点から考えても,動機付けは存在しない。
さらに,本件特許の出願当時,アミノ酸の抗酸化剤として亜硫酸塩を添加すること自体の問題が指摘されていた。すなわち,特開平7-61925号公報(乙7)に「近年,喘息患者やアトピー性非喘息患者等の一部の感受性の高い患者について,上記アミノ酸輸液中の亜硫酸塩及び重亜硫酸塩による気管支痙攣やアナフィラキシーショック等の副作用が報告されるに至り,かかる副作用を伴うおそれのある安定化剤の使用回避が叫ばれている現状にある。」と記載されるように,亜硫酸塩の問題点を指摘して,これを添加しないアミノ酸輸液製剤についての文献が多数存在していたのであるから(乙4〜9),アミノ酸輸液製剤に亜硫酸塩を添加すること自体に問題点があることは,当業者に広く知られていた。
(3)原告は,特開平8-143459号公報(甲7)の記載等に基づいて,甲4記載の発明において,混合後一定時間経過後の輸液におけるビタミンB1の安定性のために,亜硫酸塩の濃度を調整することは容易であると主張する。
しかし,甲7記載の発明は,「ビタミンB1は,アミノ酸輸液等に安定化剤として配合されている亜硫酸イオンにより急速に分解されるため,水溶性ビタミンB類を予め含む総合輸液は実用化されていない」(段落【0003】)という従来技術の課題解決のために,総合輸液を亜硫酸イオンを全く含まないアミノ酸輸液(本件発明における第2室に該当する。)と糖輸液の2液に分け,糖輸液に水溶性ビタミンB類を配合して酸性に調整し,アミノ酸輸液を中性付近に調整して,2液混合時に中性となるようにした発明を開示するものであって,第1室に配合される特定のビタミン及び第2室に添加される安定化剤(亜硫酸塩)の,混合前及び混合後の各濃度を調整する技術的思想を開示するものではない。
よって,甲7の記載に基づいて,甲4記載の発明において,混合後の輸液におけるビタミンB1の安定性のために亜硫酸塩の濃度を調整することを導き出すことはできない。
3取消事由3〜5に対し上記2で主張したのと同様に,取消事由3〜5も理由がない。
第5当裁判所の判断事案の内容に鑑み,取消事由2,3(甲4を主引用例とする進歩性の有無)について,まず判断する。
1本件発明について本件明細書(甲26,28)によれば,本件発明の技術的課題と構成については次のとおり認められる。
本件発明は,経静脈栄養療法に用いる総合栄養輸液製剤に関するものである(段落【0001】,【0002】)。経静脈栄養療法に用いる成分としては,糖,乳酸性アシドーシスを予防するためのビタミンB1,代謝を正常化するためのアミノ酸等,アミノ酸(例えばL-システイン)の分解や着色を防止するための安定化剤として亜硫酸塩等が考えられるところ,ビタミンB1は種類が多く,不安定であり,また,L-システインはビタミンB1に対して強い還元作用を持つため,L-システインを含有するアミノ酸輸液とビタミンB1を含有する輸液とを混合すると,ビタミンB1の安定性が充分に確保できない等の問題があった(段落【0002】〜【0006】)。そこで,本件発明は,?連通可能な隔離手段により2室に区画された可撓性容器を用い,?その第1室にグルコース(糖)及びビタミンとしてビタミンB1のみを含有する輸液を収容し,第2室にアミノ酸及びその安定剤として亜硫酸塩を含有する輸液を収容し,?ビタミンB1として塩酸チアミン又は硝酸チアミンを用い,?ビタミンB1の濃度を1.25〜15.0mg/Lとし,かつ亜硫酸塩の濃度を0.05〜0.2g/Lとすることなどにより,アミノ酸の安定性を維持しつつ,2室の開通後もビタミンB1を安定して投与することができるようにしたものである(段落【0008】,【0009】,【0040】,【0043】,【0044】,【0046】,【0049】)。
2特開平8-709号公報(甲4)記載の発明について(1)甲4には次の記載がある。
「【請求項1】 隔離手段により2つの個室が形成された容器であり,第1室には脂肪乳剤,糖,ビタミンB1,ビタミンB2,ビタミンB12,ビタミンA,ビタミンD,ビタミンE及びビタミンKを含有する輸液が収容されており,第2室にはアミノ酸,電解質,ビタミンC及び葉酸を含有する輸液が収容されていることを特徴とする輸液入り容器。」(特許請求の範囲【請求項1】)「【従来の技術】…栄養補給のために,経静脈的に輸液の投与が行われている…」(発明の詳細な説明段落【0002】)「【発明が解決しようとする課題】しかしながら,糖輸液,アミノ酸輸液,電解質輸液及び脂肪乳剤は安定に存在し得る条件がそれぞれ異なり,これらを混合すると種々の問題を生じ,輸液として使用できなくなる。…」(段落【0003】)「…本発明者らは上記事情に鑑み,糖,アミノ酸,電解質及び脂肪乳剤を含む安定な輸液製剤の調製法を鋭意検討した結果,これら成分を含む輸液の組合せを工夫することにより,保存性に優れると共に用時に糖,アミノ酸,電解質及び脂肪乳剤を含有する輸液が容易に得られ,しかも沈殿生成,変質,着色など種々の問題を解消できることを見出した。」(段落【0004】)「…高カロリー輸液療法においては,各種ビタミンを併用することが常識化しており,…予めビタミンが配合された高カロリー輸液製剤を開発する必要がある。しかし,ビタミンは一般に不安定であり,或る種のビタミンを組み合わせると分解や液の濁りを引き起こす。…本発明者らは,…第1室及び第2室に特定のビタミン類を添加することにより,糖・アミノ酸・電解質及び脂肪乳剤の安定性に影響を及ぼすことなく且つビタミンの安定性を一層改善した輸液製剤を調製することに成功し,本発明を完成した。」(段落【0005】)「【課題を解決するための手段】上記の課題を解決するためになされた本発明の輸液入り容器は,隔離手段により2つの個室が形成された容器であり,第1室には脂肪乳剤,糖,ビタミンB1,ビタミンB2,ビタミンB12,ビタミンA,ビタミンD,ビタミンE及びビタミンKを含有する輸液が収容されており,また第2室にはアミノ酸,電解質,ビタミンC及び葉酸を含有する輸液が収容されていることからなる。かかる構成を採用することにより,用時に隔離手段を取り除き,第1室と第2室を連通させ,第1室に収容されている輸液と第2室に収容されている輸液とを混合することにより,脂肪乳剤,糖,アミノ酸,電解質及びビタミンを含有する輸液を調製することができる。…また,本発明の輸液製剤は,上記の輸液入り容器の第1室及び第2室にそれぞれ収容される輸液製剤,及び上記の輸液入り容器の隔離手段を取り除くことにより得られる輸液製剤である。」(段落【0006】)「第1室に収容される輸液に含有される糖としては,各種糖類を配合することができるが,還元糖が好適に用いられる。還元糖としては,例えば,ブドウ糖,…などが挙げられ,…」(段落【0011】)「第1室には,ビタミンとして少なくともビタミン(B1,B2,B12,A,D,E,K)が含まれている。かかるビタミンは誘導体であってもよく,具体的には,ビタミンB1としては塩酸チアミン,プロスルチアミン,オクトチアミンなどが…挙げられる。」(段落【0012】)「…第1室における脂肪乳剤,糖及びビタミンの組成は,第2室に収容される輸液(即ち,アミノ酸,電解質及びビタミンを含有する輸液)の濃度,第1室と第2室に収容される輸液の容量比などにより適宜調整することができるが,例えば,…ビタミンB11〜30mg/L程度,好ましくは1.5〜23mg/L程度,より好ましくは2〜15mg/L程度,…及び適量の水とからなる輸液が例示される。」(段落【0013】)「第1室及び第2室に収容する輸液の量,並びに各輸液の脂肪乳剤,糖,アミノ酸,電解質及びビタミンの種類,配合割合及び濃度は,用途,投与する患者の疾患,症状などに応じて適宜調整することができるが,好ましくは,第1室及び第2室の各成分を請求項2および3に記載される濃度で含有させ,更に必要に応じて第1室及び/又は第2室にビタミンB6,パントテン酸類,ニコチン酸類及び/又はビオチンを添加し,第1室及び第2室の液量比が1:1〜5:1,好ましくは2.5:1〜3.5:1になるように容器に充填するのが各成分のヒトに対する必要量をバランスよく投与する観点や製剤の安定性の観点からよい。…」(段落【0021】)「…第2室に収容される輸液には,抗酸化剤として,チオグリセロール,亜硫酸水素ナトリウム,亜硫酸ナトリウム等を添加してもよい。これらの添加量は,通常,0.001%〜0.1%程度である。」(段落【0023】)「第1室及び第2室に収容される輸液は,加熱滅菌などにより予め滅菌されたものを各室に無菌的に充填・密封してもよい…」(段落【0024】)「…製造例1…硝酸チアミン(B1)15mg…」(段落【0033】)(2)上記(1)の記載によれば,甲4には,「連通可能な隔離手段により2室に区画された容器の第1室にブドウ糖及びビタミンとしてビタミンB1を含有する輸液が収容され,第2室にアミノ酸を含有する輸液が収容され,第2室に収容されている輸液に電解質が配合された輸液入り容器において,第1室の輸液にビタミンB1を1〜30mg/L程度含有し,第2室の輸液に抗酸化剤として,チオグリセロール,亜硫酸水素ナトリウム,亜硫酸ナトリウム等を0.001%〜0.1%程度含有する,2室容器入り経静脈用総合栄養輸液製剤。」の発明が記載されていると認められる。
3本件発明と特開平8-709号公報(甲4)記載の発明との対比上記1で認定した本件発明を上記2(2)で認定した甲4記載の発明と対比すると,いずれの発明も経静脈用総合栄養輸液製剤に関するものであり,輸液に含有されるべき成分(ビタミン,アミノ酸等)を混合すると安定性が失われる場合があることから,それらの成分の組合せを考慮し,これを連通可能な隔離手段により2室に区画された容器に分けて収容し,使用時に混合することで,各成分の安定的な投与を行うという点で共通する。そして,輸液の容器は通常可撓性であり,ブドウ糖はグルコースであるから,本件発明と甲4記載の発明とは,以下の点で一致する。
「連通可能な隔離手段により2室に区画された可撓性容器の第1室にグルコース及びビタミンとしてビタミンB1を含有する輸液が収容され,第2室にアミノ酸を含有する輸液が収容され,その第1室及び第2室に収容されている輸液の一方又は両方に電解質が配合された,2室容器入り経静脈用総合栄養輸液製剤。」また,本件発明と甲4記載の発明との相違点は,次のとおりである。
【相違点1】本件発明は,ビタミンとしてビタミンB1のみを含有することを特定しているのに対して,甲4記載の発明は,他のビタミンも含有する点【相違点2】本件発明はビタミンB1として塩酸チアミン又は硝酸チアミンを用いることを特定している点【相違点3】本件発明はビタミンB1の含有量を1.25〜15mg/Lと特定しているのに対して,甲4記載の発明は1〜30mg/L程度と特定している点【相違点4】本件発明は,第2室の輸液に安定剤として亜硫酸塩0.05〜0.2g/Lを含有させることを特定しているのに対し,甲4記載の発明は,第2室の輸液に抗酸化剤としてチオグリセロール,亜硫酸水素ナトリウム,亜硫酸ナトリウム等を0.001%〜0.1%程度含有することを特定している点【相違点5】本件発明は輸液をメンブランフィルターで濾過して容器に充填することを特定している点【相違点6】本件発明は,2室を開通し混合したときの亜硫酸塩の濃度が0.0136〜0.07g/Lであり,混合後,48時間後のビタミンB1の残存率が90%以上であることを特定している点4相違点に関する判断甲4記載の発明との対比において,審決は,本件発明の構成C,D,Eが容易に発明できたものとはいえないと判断し(15頁以下の(3)及び31頁以下の(3)),他の構成の容易想到性の判断はしていない。当裁判所は,上記相違点1〜6の容易想到性について以下のとおり判断を加えるが,甲4記載の発明との対比の範囲内でするものであり,被告が,本件発明の分野でビタミンB1のみとすることに着目したこと(構成Aに関する相違点1),ビタミンB1の添加量には至適量の範囲があることを見出したこと(構成Bに関する相違点3)について主張を展開していることも踏まえ,構成A,Bに関する相違点の容易想到性判断も含めて,甲4記載の発明との対比における本件発明の容易想到性の有無についての審決の判断に誤りがあるか否かを判断する。
(1)相違点1について甲4には,以下の記載がある。
「(2)結果表8の比較例1に示されるように,アスコルビン酸Na(C)及び葉酸は第1室(脂肪+糖)に添加すると残存率が低下するのに対し,第2室(アミノ酸+電解質)に添加すると高い残存率を示した。一方,硝酸チアミン(B1)及びリン酸リボフラビン(B2)は,第2室に添加するよりも,第1室に添加する方が残存率が高いことが判明した。また,塩酸ピリドキシン(B6)は,第1室及び第2室の何れに添加しても高い残存率を示し,両室の何れにも添加し得ることが明らかになった。なお,ビオチン及びパントテン酸類については,別途行った試験から,第1室及び第2室の何れに添加しても高い残存率が得られることを確認している。また,表8の比較例2に示されるように,シアノコバラミン(B12)は,第2室に添加すると殆ど残存しないのに対し,第1室に添加すると残存率が高まることが明らかとなった。ニコチン酸アミドは,第1室及び第2室の何れに添加しても高い残存率を示し,両室の何れにも添加し得ることが明らかになった。…」(段落【0046】)上記記載のとおり,甲4には,各種ビタミンの残存率についての検討内容が記載されており,ビタミンB1は第1室に添加すればよいとされている。また,各種ビタミンの安定性は,ビタミンの種類ごとに,第1室(脂肪+糖),第2室(アミノ酸+電解質)に添加した場合に,高い残存率が得られるかどうか,という観点から検討されているから,これに接した当業者は,個々のビタミンごとに添加の判断をすることを理解することができる。
一方,高カロリー輸液療法(TPN)において乳酸性アシドーシスの問題があったことは周知であり(医薬品副作用情報(甲13)),この問題を解決するために,ビタミンB1をブドウ糖輸液に混合することも知られていた(特開平8-143459号公報(甲7)の段落【0003】等)。
そうすると,甲4記載の発明のような糖輸液とアミノ酸輸液を組み合わせた2室容器入り経静脈用総合栄養輸液製剤において,経静脈栄養療法における周知の問題である乳酸性アシドーシスの問題のみを解決することを目的とするなら,第1室の輸液に,ビタミンとしてビタミンB1のみを添加すればよいことは,当業者が容易に理解することである。
しかも,本件発明において,ビタミンとしてビタミンB1のみを含有したことによって,当業者が予期できない何らかの効果が奏されたものでもない。
したがって,相違点1に係る本件発明の構成は,甲4の記載及び周知技術から,当業者が容易になし得たことといえる。
(2)相違点2についてビタミンB1としては,各種の化合物が知られているが,甲4記載の発明においても,製造例1として硝酸チアミンが使用されている(段落【0033】)。また,輸液製剤の従来技術として本件明細書も引用している特開平8-143459号公報(甲7)の実施例においては,ビタミンB1として塩酸チアミンが使用されている。
さらに,高カロリー輸液に関する本件出願当時の文献である「医薬ジャーナル,Vol.31,No.1,405〜409頁(1995)」(甲8)の75頁,「2)ビタミンB1の安定性について」の項で検討されているのも塩酸チアミンである。
これらの記載や技術常識に照らすと,当業者にとって,輸液製剤に配合されるビタミンB1としては,塩酸チアミン又は硝酸チアミンが最も一般的な選択肢であると認められる。
したがって,甲4記載の発明においても,当業者は,輸液製剤に配合されるビタミンB1として一般的な塩酸チアミン又は硝酸チアミンを使用すると考えられるから,相違点2は,実質的な相違点とはいえない。
(3)相違点3について本件発明の構成Bにおいて,ビタミンB1の含有量は1.25〜15.0mg/Lと特定されている。他方,上記2のとおり,甲4には,ビタミンB1の含有量として,「1〜30mg/L程度,好ましくは1.5〜23mg/L程度,より好ましくは2〜15mg/L程度」(段落【0013】)と記載されており,より好ましい数値として開示された内容を考慮すると,甲4記載の発明におけるビタミンB1の含有量は,本件発明のそれとほぼ同一であると認められるから,相違点3は,実質的な相違点とはいえない。
(4)相違点4について上記2のとおり,甲4には「第2室に収容される輸液には,抗酸化剤として,チオグリセロール,亜硫酸水素ナトリウム,亜硫酸ナトリウム等を添加してもよい。
これらの添加量は,通常,0.001%〜0.1%程度である。」(段落【0023】)との記載があり,第2室に抗酸化剤を添加できることが記載されているから,甲4に記載された輸液製剤において,アミノ酸輸液の安定性を高める目的で,チオグリセロール,亜硫酸水素ナトリウム,亜硫酸ナトリウムのいずれかを抗酸化剤として添加することは,当業者が容易になし得ることであり,抗酸化剤として3つの化合物の中から亜硫酸塩を単に特定することにも格別の困難性はない。
次に,含有割合についてみると,本件発明では,0.05〜0.2g/Lと特定されているのに対し,甲4記載の発明の抗酸化剤の割合は0.001%〜0.1%,すなわち0.01〜1g/L程度とされている。このように,甲4記載の発明で特定される範囲は,本件発明で特定される範囲に比べて広いが,それぞれの範囲の中心となる値はいずれも「0.1g/L」である。すなわち,本件発明で特定されている範囲は,この中心の値の2分の1の値と2倍の値の間であり,一方,甲4記載の発明で特定される範囲は,この中心の値の10分の1の値と10倍の値の間である。そして,添加剤を含有することを構成に含む発明の特許出願に係る明細書において,添加剤の含有割合が記載される場合,中心となる値が最も好ましい含有割合であり,含有割合はその値を中心に,ある程度の幅をもって記載されることが一般的である。
このことを考慮すると,甲4記載の発明において,抗酸化剤の含有割合を最も好ましいと考えられる中心の値「0.1g/L」及びその近傍とすることは,当業者が容易になし得ることであり,その場合の含有割合は,本件発明に特定される範囲と格別相違するものとはならない。
以上のとおり,相違点4に係る本件発明の構成とすることも,当業者が容易に想到し得ることといえる。
(5)相違点5について上記2のとおり,甲4には,容器に「無菌的に充填」することが記載されているところ(段落【0024】),製剤の分野において,輸液をメンブランフィルターで濾過して除菌することは周知であり(昭和51年発行の文献である別冊化学工業20-3増補膜分離技術の応用(甲2)149頁「5.製薬業界への応用」の項),また,輸液の製造に関する特開昭54-26324号公報(甲3,3頁右上欄10行〜11行)においても,輸液をメンブランフィルターで濾過して容器に充填しているから,甲4記載の発明において,輸液をメンブランフィルターで濾過して容器に充填することは,当業者が容易になし得ることといえる。
(6)相違点6について本件発明は,2室を開通し混合したときの亜硫酸塩の濃度が0.0136〜0.07g/Lであり,混合後,48時間後のビタミンB1の残存率が90%以上であることを特定している。
まず,混合後の亜硫酸塩の濃度について検討すると,上記2のとおり,甲4には,第1室及び第2室の液量比を1:1〜5:1とすることが記載されており(段落【0021】),上記(4)で説示したように,第2室の亜硫酸塩の含有量を,最も好ましい値である中心の値「0.1g/L」として計算すると,混合後の亜硫酸塩の濃度は,約0.017〜0.05g/Lとなり,本件発明に特定される範囲と重複するものとなる。
つまり,甲4記載の発明において,当業者が抗酸化剤として亜硫酸塩を用い,最も好ましいと考えられる配合割合を採用した場合,混合後の亜硫酸塩の濃度の特定は,実質的な相違点とはならない。そして,上記(4)で説示したとおり,抗酸化剤として亜硫酸塩を用い,含有量を中心の値「0.1g/L」及びその近傍とすることは,当業者が容易になし得ることである。
次に,本件発明では,2室を開通し,混合後,48時間後のビタミンB1の残存率が90%以上であることをさらに要件として特定している。しかし,高カロリー輸液中でのチアミン(ビタミンB1)の安定性に関する文献である「病院薬学,Vol.21,No.1,15〜21頁(1995)」(甲5)には,「亜硫酸ナトリウムの濃度が高くなればチアミンの分解速度はそれに比例して大きくなることがわかった。」(19頁左欄3行〜5行)と記載され,また,高カロリー輸液におけるビタミンB1等の安定性に関する文献である「医薬ジャーナル,Vol.31,No.1,405〜409頁(1995)」(甲8)にも「…VB1(ビタミンB1)力価低下は,輸液中に含まれる亜硫酸塩含量に依存し,MV(マルチビタミン)中のVB1含量にはほとんど影響しないと考えられる。…」(409頁「6.結論」の項)と記載されていることからすると,亜硫酸塩の濃度とビタミンB1の残存率の間には関係があることがわかるから,ビタミンB1の残存率の要件は,2室を開通し混合したときの亜硫酸塩の濃度が本件発明に特定されている0.0136〜0.07g/L程度,又はそれよりも低ければ,同時に満足される要件であると考えられる。
したがって,甲4記載の発明において,抗酸化剤として亜硫酸塩を用い,含有量として当業者が最も適切であると考えるであろう中心の値「0.1g/L」及びその近傍で添加すれば,混合後の亜硫酸塩の濃度の要件だけでなく,ビタミンB1の残存率の要件も満足されるといえる。
そして,医薬製剤においては,製剤中における有効成分の残存率が高いことが重要であることは周知であり,また,高カロリー輸液の製剤1バッグが24時間かけて投与されることも,平成6年に改定された輸液製剤の説明書である甲14,35に記載されるとおり周知である。さらに,上記のとおり,ビタミンB1が亜硫酸塩によって分解することも周知であるから(上記甲5,8の記載参照),第1室に添加されたビタミンB1について,亜硫酸塩を含む第2室と混合した後,投与中に有効に残存しているかどうかを,24時間以上の適当な時間経過後,例えば48時間後に確認すること,その際に,90%以上残存していることを有効の目安として設定することは,当業者が容易になし得ることである。
5小括以上のとおり,本件発明は,甲4記載の発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。
そして,本件発明において,第1室に添加するビタミンをビタミンB1のみとし,抗酸化剤として亜硫酸塩を用いたことによって,格別の効果が奏されたものともいえない。
したがって,甲4を引用例とする無効理由,すなわち第1審判事件無効理由2及び第2審判事件無効理由(甲4を主引用例とする場合)に関する審決の判断は誤りである。
6(1)なお,審決は,甲4記載の発明における抗酸化剤は,第2室に収容される輸液の安定性を考慮したにすぎないから,混合後の輸液におけるビタミンB1の安定性のために亜硫酸塩の濃度を調整することは導き出すことができないと判断し,被告もこれと同様の主張をしている。
しかし,上記4(6)で説示したとおり,混合後の亜硫酸塩の濃度に関する構成は,甲4の記載に基づいて,当業者が第2室のアミノ酸輸液を適切に安定化した結果,同時に満足されるものであるから,ビタミンB1の安定性を目的とする混合後の亜硫酸塩の濃度調整の示唆までは必要ない。
したがって,審決の上記判断は誤りであり,被告の上記主張も採用することができない。
(2)審決は,当業者が,ビタミンB1の分解が亜硫酸塩の濃度に依存することを知った場合には,亜硫酸塩の添加は避けようとするのが自然であり,これを添加しようとすることの動機付けが存在しないと判断し,被告もこれと類似する主張をしている。
しかし,アミノ酸輸液に安定性保持のために亜硫酸塩を抗酸化剤として添加することは,従来から広く行われていたことであり(「病院薬学,Vol.21,No.1,15〜21頁(1995)」(甲5)の16頁左欄6行〜14行,特開平8-143459号公報(甲7)の段落【0003】,「医薬ジャーナル,Vol.31,No.1,405〜409頁(1995)」(甲8)の406頁右欄6行〜10行等),抗酸化剤を添加しない場合,アミノ酸輸液の医薬製品としての安定性は十分でないと考える方が当業者にとって一般的であったと認められる。
したがって,審決の上記判断は誤りであり,被告の上記主張も採用することができない。
(3)さらに,被告は,亜硫酸塩の添加については,喘息等の問題点が指摘されていた旨主張する。
しかし,医薬品や食品添加剤等において使用されるような成分について,その成分の有効性と同時に何らかの副作用が指摘されるのは一般的なことである。そのような場合,当業者は,当該成分を使用するか否かについて,その有効性と副作用の両面から検討すると考えられる。すなわち,有効性が十分に高く,一方,指摘される副作用について,当該成分の使用割合や使用方法などの手段を検討することによってある程度低減できる場合や,副作用の発生頻度が非常に低い場合などは,有効性の方が重視されると考えられる。したがって,単に問題点が指摘されているからといって,当該成分が使用されないとはいえない。実際,亜硫酸塩の輸液への添加が本件出願当時から現在においても禁止されていないことからすれば,被告の指摘する副作用は,本件出願当時の当業者において,それほど重要視しなければならなかった問題点とは認められない。
そして,甲4には抗酸化剤として亜硫酸塩が添加できることが明記されているのであり,当業者が,この記載に基づいて,アミノ酸液の安定性の向上を目的として亜硫酸塩を添加することは容易であったというべきである。
したがって,被告の上記主張も採用することができない。
第6結論以上のとおりであって,その余の取消事由について判断するまでもなく,本件無効審判請求はいずれも理由がある。これらの請求を成り立たないとした審決は誤りであって,取り消されるべきものである。よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 塩月秀平
裁判官 清水節
裁判官 古谷健二郎