関連審決 | 無効2009-800029 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成22行ケ10153審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成22行ケ10177審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成21行ケ10033審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成8ワ7430 | 判例 | 特許 |
平成22行ケ10277審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 発明者 / 製造方法 / 新規性 / 容易に発明 / 相違点の認定 / 課題の共通性 / 技術的範囲 / 技術常識 / 先行技術 / 発明の詳細な説明 / 優先権 / 数値限定 / 技術的意義 / 容易に想到(容易想到性) / 不存在 / 実施 / 構成要件 / 設定登録 / 請求の範囲 / 補助参加 / 国際出願 / |
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事件 |
平成
22年
(行ケ)
10122号
審決取消請求事件
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原告X 被告 デビオファーム・エス・アー 被告補助参加人株式会社ヤクルト本社 上記2名訴訟代理人弁理士 津国肇 同 小澤圭子 同 小國泰弘 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2011/01/31 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1原告の請求を棄却する。 2訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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全容
第1請求特許庁が無効2009-800029号事件について平成22年3月26日にした審決を取り消す。 第2当事者間に争いのない事実1特許庁における手続の経緯等被告は,発明の名称を「オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤」とする特許第3547755号(平成7年8月7日国際出願,平成6年8月8日優先権主張(スイス),平成16年4月23日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。 原告は,平成21年2月18日,本件特許の無効審判請求(無効2009-800029号事件)をし,特許庁は,平成22年3月26日,「本件審判の請求は成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をして,その謄本は,同年4月1日,原告に送達された。 2特許請求の範囲本件特許の明細書(甲12。以下「本件明細書」という。)における特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(以下,請求項1ないし9の各発明をそれぞれ「本件発明1」ないし「本件発明9」といい,これらを総称して「本件各発明」という場合がある。)。 【請求項1】濃度が1ないし5mg/mlでpHが4.5ないし6のオキサリプラティヌムの水溶液からなり,医薬的に許容される期間の貯蔵後,製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり,該水溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである,腸管外経路投与用のオキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤。 【請求項2】オキサリプラティヌムの濃度が約2mg/ml水であり,水溶液のpHが平均値約5.3である,請求項1記載の製剤。 【請求項3】オキサリプラティヌム水溶液が+74.5°ないし+78.0°の範囲の比旋光度を持つ,請求項1または請求項2記載の製剤。 【請求項4】すぐ使用でき,密封容器に入れられたオキサリプラティヌム水溶液の形である,請求項1ないし3の何れか1項記載の製剤。 【請求項5】容器がオキサリプラティヌム50ないし100mgの単位有効用量を含み,それが注入で投与できることを特徴とする,請求項4記載の製剤。 【請求項6】容器が医薬用ガラスバイアルであり,少なくともバイアルの内側に広がる表面が上記溶液に不活性な栓で閉じられていることを特徴とする,請求項4または請求項5記載の製剤。 【請求項7】上記溶液と上記栓の間の空間に不活性ガスが充填されていることを特徴とする,請求項6記載の製剤。 【請求項8】上記容器が輸液用可撓性袋またはアンプルであることを特徴とする,請求項4または請求項5記載の製剤。 【請求項9】容器が注射用マイクロポンプを持つ輸液装置の構造部分であることを特徴とする,請求項4または請求項5記載の製剤。 3審決の理由(1) 別紙審決書写しのとおりである。要するに,本件発明1は,薬学雑誌105(10)909-925(甲1)に記載された発明(以下「甲1発明」という。)であるとすることはできず,本件発明1をさらに限定するものである本件発明2ないし9も同様の理由により,甲1発明であるとすることはできない,本件発明1は甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえず,本件発明1をさらに限定するものである本件発明2ないし9も同様の理由により,甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないなどとして,本件特許を無効とすることができないとした。 (2) 上記判断に際し,審決が認定した甲1発明の内容及び本件発明1と甲1発明との一致点及び相違点は以下のとおりである。 ア甲1発明の内容つぎにPt(oxalato)(trans-l-dach)(l-OHP) の開発を行った(Fig.10)。この錯体は溶解度,7.9mg/mlでシスプラチンの約8倍水に溶け,たいへん安定であり,腎毒性,嘔き気,嘔吐もほとんどみられず,マウスのM5076卵巣腫瘍に著効を示す。LD50 はラット(i.p.)15.6mg/kg(♂),14.3mg/kg(♀),マウス(i.p.) 19.8mg/kg(♂)で制癌性は高い(Fig.11)。シスプラチン耐性のL1210白血病にはたいへん有効である。ルイス肺癌,B16黒色腫,結腸癌26及び38,移植乳癌にも有効である。 BUN,クレアチニン値は対照と変わらず,血中インシュリン分泌も対照と変わらず,毒性は低い。 HPLCによる安定性の測定では,水溶液中1週間以上放置しても安定であり,また生理食塩水中では,半減期は約11時間である。 アドリヤマイシン,シクロホスファミドとの併用効果も高い。 フランスのMathe 博士はこのl-OHPにたいへん興味を持ち,試料の提供を求め,現在第?相臨床試験を行っており,腎毒性は全くみられず,嘔吐もなく転移の乳癌,黒色腫,小腸癌,特に肝臓癌に著効を示すことが認められている。ハイドレーションなどの前処置の必要もなく,シスプラチンを凌駕する第二世代の白金錯体であると考えている。フランスのロジエ・ペロン社がOxaplatin として開発しており,アメリカにおいても開発する予定である。 イ一致点(l-OHP)は,オキサリプラテンのことで,オキサリプラティヌムと同一物質である。したがって「オキサリプラティヌムの水溶液からなる製剤」からなること。 ウ相違点(ア) 相違点1本件発明1は,「pHが4.5ないし6のオキサリプラティヌムの水溶液」であるが,甲1にはpHについては記載されていない。 (イ) 相違点2本件発明1は,「医薬的に許容される期間の貯蔵後,製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり,該水溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである」ものであるが,甲1にはこの点については記載されていない。 第3取消事由に関する原告の主張審決には,本件発明1の認定の誤り(取消事由1,3,10,13,判決注取消事由に付した番号は,原告の主張に即したものである。),甲1発明の認定の誤り(取消事由2),新規性に関する判断の誤り(取消事由4),相違点の認定の誤り(取消事由5),相違点1における技術常識の認定の誤り(取消事由6),相違点1についての容易想到性判断の誤り(取消事由7),相違点2における技術常識の認定の誤り(取消事由8),相違点2についての容易想到性判断の誤り(取消事由9),数値限定における臨界的意義の認定の誤り(取消事由11),本件発明1に他の条件を記載しない点の判断の誤り(取消事由12)があり,これらは,結論に影響を及ぼすから,審決は取り消されるべきである。また,審決には,本件発明2ないし9に係る判断にも,同様の瑕疵がある。 1本件発明1の認定の誤り(取消事由1,10,13)について審決は,本件発明1について,「医薬的に許容される期間の貯蔵後,製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり,該水溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである」こと(以下,このことを「貯蔵安定性」という場合がある。)を独立の構成として認定する。 しかし,審決の認定には誤りがある。 「医薬的に許容される期間の貯蔵後,製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり,該水溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである」ことは,「濃度が1ないし5mg/ml及びpHが4.5ないし6であるオキサリプラティヌム水溶液であること」によって,必然的に発揮される発明の効果であるから,独立の構成とはいえない。本件発明1を,このような複数の構成によって特定されるとした審決の認定は誤りである。 なお,甲1には,オキサリプラティヌムの溶解度が7.9mg/mlであると記載され,0ないし7.9mg/mlのいずれかの濃度のオキサリプラティヌム水溶液についての記載があると理解される。他方,本件発明1が,オキサリプラティヌム水溶液のpHと濃度の2つの別個独立した構成からなるとの理解を前提とするならば,審決は,甲1発明と本件発明1の対比において,pHと貯蔵安定性のみを対比し,水溶液の濃度1ないし5mg/mlについては対比を一切していないことから,濃度については,本件発明1と甲1発明との間に相違点はない旨を認定したものと解釈できる。 2甲1発明の認定の誤り(取消事由2)について審決は,甲1には,オキサリプラティヌムの水溶液のpHについての記載はなく,甲1に記載のオキサリプラティヌムの水溶液のpHが4.5ないし6であるとはいえないと認定した。 しかし,審決の認定には誤りがある。 甲1発明のオキサリプラティヌムの水溶液のpHが4.5ないし6であるか否かは特許庁又は被告側が立証すべきである。甲1記載のオキサリプラティヌムの水溶液のpHが4.5ないし6でないとの記載がないからといって,pHが4.5ないし6であるオキサリプラティヌムの水溶液が含まれる場合を否定することはできない。 甲1記載のオキサリプラティヌム水溶液の純度等の調整条件が甲2記載のオキサリプラティヌム水溶液のものと同じであるとはいえず,両者は,純度の違いによりpHが異なることも想定されるから,甲1記載のオキサリプラティヌム水溶液のpHが,甲2記載のそれと同じであるとは理解できない。一方,本件発明1のオキサリプラティヌム水溶液が,甲2記載のオキサリプラティヌム水溶液のように,薬学的に良質であり光学的に純粋な(>99.9%)発熱物質を含まない製品であるなら請求項にそのように記載すべきであるが,請求項には記載されていない。そうすると,本件発明1のオキサリプラティヌム水溶液は,甲1記載のオキサリプラティヌム水溶液を排除するものではない。 したがって,甲1記載のオキサリプラティヌムの水溶液について,pHが4.5ないし6であるとはいえないとした審決の認定は,誤りである。 3本件発明1の認定の誤り(取消事由3)について審決は,「本件発明1は,本件特許請求の範囲の請求項1に記載された事項である・・・医薬的に許容される期間の貯蔵後,製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり,該水溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである」と認定する。 しかし,審決の上記認定には誤りがある。 審決で,本件発明1の構成であると認定された貯蔵安定性は,甲13のガイドラインの基準を言い換えただけであって,貯蔵安定性は医薬品として承認に必要な品質を示したものにすぎない。 したがって,貯蔵安定性は発明の効果を示すものにとどまり,その効果も顕著とはいえないから,これを本件発明1の構成とした審決は,本件発明1の認定を誤ったものである。 4新規性に関する判断の誤り(取消事由4)について審決は,「甲1に記載されたオキサリプラティヌムの水溶液において使用したオキサリプラティヌムの純度等の調整条件が,甲2に記載されたオキサリプラティヌムの水溶液と同じであるとはいえない。」と認定して,「請求人の主張する理由及び証拠では,甲1に記載のオキサリプラティヌムの水溶液のpHが4.5ないし6であるとはいえない。」と判断する。 しかし,審決の判断には誤りがある。 甲1に記載されたオキサリプラティヌムの水溶液において使用したオキサリプラティヌムの純度等の調製条件が,甲2(Hafez Abdel-Kader の宣誓書)記載の薬学的に良質であり光学的に純粋な(>99.9%)発熱物質を含まないオキサリプラティヌムと相違し,本件発明1で使用したオキサリプラティヌムと相違するのであれば,請求項にその旨が記載されるべきであるが,そのような記載はないから,本件発明1は,甲1のオキサリプラティヌム水溶液を排除するものではない。 また,甲1のオキサリプラティヌムの水溶液は,pHが4.5ないし6でないとの記載がないから,pHが4.5ないし6である場合も含む。したがって,本件発明1は,新規性を欠く。 5相違点の認定の誤り(取消事由5)について審決は,本件発明1と甲1発明の相違点1として,「本件発明1は,『pHが4.5ないし6のオキサリプラティヌム』の水溶液であるが,甲1にはpHについては記載されていない」こと,相違点2として,「本件発明1は,『医薬的に許容される期間の貯蔵後,製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり,該水溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである』ものであるが,甲1にはこの点については記載されていない」ことを認定する。 しかし,審決の上記認定には誤りがある。 甲1記載のオキサリプラティヌムの水溶液のpHが4.5ないし6であるか否かは,特許庁又は被告側が立証すべきものであり,甲1にはオキサリプラティヌムの水溶液のpHが4.5ないし6でないとの記載はないから,pHが4.5ないし6であるオキサリプラティヌムの水溶液が含まれる場合を否定できない。甲2記載のオキサリプラティヌム水溶液は甲1記載のオキサリプラティヌム水溶液より高品質であり,このような品質(純度)の違いによりpHが変化し,甲1記載のオキサリプラティヌム水溶液のpHが甲2記載のものと異なるのであれば,本件発明1の請求項にそのように記載すべきであるが,そのような記載はないから,本件発明1は,甲1のオキサリプラティヌムを排除するものではない。 また,オキサリプラティヌムの貯蔵安定性は構成とはいえないから,このような構成要件でないものを相違点とするのは誤りである。 6相違点1における技術常識の認定の誤り(取消事由6)について審決は,相違点1について,「オキサリプラティヌムは抗がん剤であり,通常,静脈内に注入されるものであるが,一般に静脈に注入する薬剤のpHは,血清と同じく微アルカリ性であるpH7.2〜8であることが好適であることが技術常識である」と認定する。 しかし,審決の上記認定には誤りがある。 一般に静脈に注入する薬剤のpHは,血清と同じく微アルカリ性であるpH7.2〜8が好適であることが技術常識であるとはいえない。甲14ないし16によれば,薬物によってはアルカリ性において沈殿を生ずるから,薬品の安定のためpHを下げて微酸性に保つこと,注射薬では,血清と同一pH(7.2〜7.4)付近にできない場合が相当多いこと,注射剤のpHはどちらかといえば酸性側のものの方がアルカリ性側のものより多いことが示されており,アルカリ性の注射剤はむしろ例外的であるから,審決の認定は誤りである。 7相違点1における容易想到性判断の誤り(取消事由7)について審決は,「一般に静脈に注入する薬剤のpHは,・・・好ましいとされる微アルカリ性領域から外れる4.5ないし6という微酸性領域の値を採用することは,当業者が容易に想到し得ることであるとはいえない」と判断する。 しかし,審決の判断には誤りがある。 注射剤の安定性等を特に重視し,血清と同様のpH7.2〜8を離れてpHが設定されることが多いのが注射剤分野の実情・技術常識であるから,微アルカリ性領域から外れる4.5ないし6という微酸性領域の値を採用することは,当該分野において格別困難とはいえない。甲1には,「オキサリプラティヌムの水溶液からなる製剤」が記載されており,医薬品の分野において,製剤の安定性を確保することは一般的な課題であるから,本件発明1の課題は公知のものであったといえる。 したがって,オキサリプラティヌム水溶液からなる注射剤において,微アルカリ性領域から外れる4.5ないし6という微酸性領域の値を採用することは,当業者が容易に想到し得ることであるとはいえないとの審決の判断は誤りである。 8相違点2における技術常識の認定の誤り(取消事由8)について審決は,抗がん剤であるオキサリプラティヌムの水溶液について,貯蔵安定性が,望まれる物性であるとしつつ,「甲1には,『水溶液中1週間以上放置しても安定であり』と記載されているだけであり,甲1に記載されたオキサリプラティヌムの水溶液が上記の貯蔵後の水溶液の物性を満たすものであるとはいえない・・・。そして,このような物性を有するオキサリプラティヌムの水溶液を調製する方法については甲1及び請求人の提出したいずれの証拠にも記載されていないし,技術常識であるともいえない。」と認定する。 しかし,審決の認定は誤りである。すなわち,甲1及び原告(請求人)の提出したいずれの証拠にも,貯蔵安定性を有するオキサリプラティヌムの水溶液を調製する方法についての記載がなく,技術常識でもないとの審決の認定は誤りである。 また,本件発明1の特許請求の範囲には,貯蔵安定性を有する水溶液を調製するための方法について記載するところがなく,単に貯蔵安定性を有する組成物を記載するだけであるから,甲1発明と同一である。このように構成に当たらない点を捉えて,技術常識ではないとした審決の認定は,誤りである。 9相違点2についての容易想到性判断の誤り(取消事由9)について審決は,一般に静脈に注入する薬剤のpHは,血清と同じく微アルカリ性であるpH7.2ないし8が好適であることは技術常識であり,この領域から外れる4.5ないし6という微酸性領域の値を採用することは,容易想到でないことに基づいて,貯蔵安定性を有するオキサリプラティヌムの水溶液を調整することは容易想到でなく,本件発明1は,甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできないと判断する。また,本件発明1をさらに限定するものである本件発明2ないし9も同様の理由により,甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできないと判断する。 しかし,審決の判断には誤りがある。 前記のとおり,一般に静脈に注入する薬剤のpHは,血清と同じく微アルカリ性であるpH7.2ないし8が好適であることは技術常識ではなく,むしろ注射剤の安定性等を特に重視し,血清と同様のpH7.2ないし8を離れてpHが設定されることが多いのが注射剤分野の実情・技術常識である。つまり,微アルカリ性領域から外れる4.5ないし6という微酸性領域の値を採用することは,当該分野において格別困難な事項ではない。 10数値限定における臨界的意義の認定の誤り(取消事由11)について審決は,本件発明1は,貯蔵安定性により特定される発明であることを理由として,数値限定したすべての範囲で「医薬的に許容される期間の貯蔵後,製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり,該水溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである」ことが本件明細書において確認することができるか否かは,発明の容易想到性の有無に影響を与えるものではない趣旨を判断する。 しかし,審決の判断には誤りがある。 本件発明1は,公知のオキサリプラティヌム水溶液の濃度やpHを限定したいわゆる数値限定発明である。ところで,数値限定発明において容易想到ではないとされるためには,数値範囲の全般において効果が顕著に優れ,数値範囲の内外において効果が顕著に異なるという臨界的意義が示されなければならない。本件発明1の実施例における製剤の濃度は2mg/mlの点だけであるから,数値範囲の全般において効果が示されているとはいえない場合には,容易想到であると判断されるべきである。したがって,審決が,数値限定したすべての範囲で貯蔵安定性を本件明細書において確認することができるか否かは,容易想到性に関する判断に影響するものではないとしたことは誤りである。 11本件発明1に他の条件を記載しない点(取消事由12)について審決は,1ないし5mg/mlの濃度で溶解させること以外にさらに諸条件が必要か否かは,容易想到性の判断に影響を与えるものではない旨を判断する。 しかし,審決の上記判断は,誤りである。 すなわち,本件発明1において,オキサリプラティヌムを水に1ないし5mg/mlの濃度で溶解させることで,必ずしも,pHが自動的に4.5ないし6になり,安定な水溶液になるわけではなく,各種の諸条件が必要であるにもかかわらず,そのような条件を記載していない本件発明1は,容易想到であると解すべきである。 第4被告らの反論1本件発明1の認定の誤り(取消事由1,10,13)に対して特許法36条5項2号には,特許請求の範囲には,特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならない旨が規定されている。 請求項1において,「医薬的に許容される期間の貯蔵後,製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり,該水溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである」(貯蔵安定性)が記載されているのであるから,同記載事項は,本件発明1の構成と解すべきである。 他方,甲1には,オキサリプラティヌムの水溶液の濃度は記載されていないから,オキサリプラティヌムの水溶液の濃度は,本件発明1と甲1発明との相違点というべきである。審決は,相違点1及び2を挙げているが,「少なくとも以下の点で相違する」(審決8頁下から9行)と記載していること,オキサリプラティヌムの水溶液の濃度を一致点とした旨の記載がないことに照らすならば,相違点は,審決の挙げた相違点1及び2のみに限られるものではない。オキサリプラティヌムの水溶液の濃度についての対比判断がされていないからといって,そのことをもって,審決が,水溶液の濃度について,当然に一致点として認めたとはいえない。 したがって,審決の認定に誤りはない。 2甲1発明の認定の誤り(取消事由2)に対して甲1記載のオキサリプラティヌムの水溶液のpHが4.5ないし6であることは,それを主張する原告(請求人)が立証すべきである。甲1には,オキサリプラティヌムの水溶液のpHが4.5ないし6であるとの記載がないばかりでなく,オキサリプラティヌムの水溶液のpHについては一切触れられていない。なお,甲10及び甲11において,2mg/mlのオキサリプラティヌムの水溶液のpHは,それぞれ6.7(甲10,8欄,TABLE 1)及び6.6(甲11,3頁右欄,TABLE 1)で,4.5ないし6の範囲外である。 また,審決は,特にオキサリプラティヌムの品質の違いを,本件発明と甲1発明との相違点として認定しているわけでもない。 したがって,甲1記載のオキサリプラティヌムの水溶液のpHが4.5ないし6であるとはいえないとした審決の認定に誤りはない。 3本件発明1の認定の誤り(取消事由3)に対して上記1のとおり,貯蔵安定性は本件発明1の構成である。また,仮に貯蔵安定性が医薬品としての承認に必要なものとして,当然に求められる品質であるとしても,そのことによって,貯蔵安定性が,本件発明1における構成であることを否定されることにはならない。 したがって,貯蔵安定性を本件発明1の構成であるとした審決の判断に誤りはない。 4新規性に関する判断の誤り(取消事由4)に対して上記2のとおり,審決では,特にオキサリプラティヌムの品質の違いを,本件発明1と甲1発明との相違点として認定しているわけではないから,原告の主張は前提において誤っている。 また,上記2のとおり,甲1記載のオキサリプラティヌムの水溶液のpHが4.5ないし6であるとはいえないことも明らかである。 したがって,本件発明1が新規性のない発明とはいえない。 5相違点の認定の誤り(取消事由5)に対して上記2のとおり,甲1記載のオキサリプラティヌムの水溶液のpHが4.5ないし6であるとはいえないことは明らかである。また,上記1のとおり,オキサリプラティヌムの貯蔵安定性は,本件発明1の構成である。 したがって,審決の認定に誤りはない。 6相違点1における技術常識の認定の誤り(取消事由6)に対して甲14(「薬剤学」改訂第9版,南山堂昭和33年発行)には,注射剤の条件として,「pHを血清となるべく等しくする。血清は微にアルカリ性pH7.4でpH7.2〜8を好適とする」と記載され(343頁2〜3行),甲15(「注射薬の配合変化」,南山堂1970年発行)には,注射薬の条件として「なるべく血清と同一pHであること」と記載され(4頁下から9行目),血清と同一のpHとして「7.2〜7.4」が記載されている(5頁7行)。また,甲16(「注射薬便覧」,南山堂1976年発行)にも,注射剤の条件として「水素イオン濃度(pH)は,なるべく血清のpHに近いこと」と記載されている(1頁下から5行目)。 そうすると,注射剤のpHは血清と同じくするのが通常の技術常識といえ,甲14〜16における原告の摘示する記載は,単に例外を示しているにすぎないといえる。 したがって,一般に静脈に注入する薬剤のpHは,血清と同じく微アルカリ性であるpH7.2〜8が好適であることが技術常識とする審決の判断に誤りはない。 7相違点1における容易想到性判断の誤り(取消事由7)に対して上記6のとおり,一般に静脈に注入する薬剤のpHは,血清と同じく微アルカリ性であるpH7.2〜8が好適であることが技術常識である。仮に,注射剤の安定性等を特に重視し,血清と同様のpH7.2〜8を離れてpHが設定されることが多いのが注射剤分野の実情・技術常識であるとしても,一般論にすぎない。甲1にはオキサリプラティヌム水溶液の安定性に問題があるとの記載はないし,オキサリプラティヌム水溶液の安定性にpHが関与することを示唆するような記載もない。 原告の提出するいずれの証拠にも,オキサリプラティヌム水溶液からなる注射剤において,微アルカリ性領域から外れる4.5ないし6という微酸性領域の値を採用することの動機付けは認められない。 本件発明1における解決課題は,「製品の誤用のあらゆる危険性を避け,上記の操作を必要とせずに使用できるオキサリプラティヌム製剤を医療従事者または看護婦が入手できるようにするため,直ぐ使用でき,さらに,使用前には,承認された基準に従って許容可能な期間医薬的に安定なままであり,凍結乾燥より容易且つ安価に製造でき,再構成した凍結乾燥物と同等な化学的純度(異性化の不存在)および治療活性を示す,オキサリプラティヌム注射液を得る」ことである(本件明細書(甲12)・2頁37〜41行)。そして,その課題は「腸管外経路投与用の用量形態として,有効成分の濃度とpHがそれぞれ充分限定された範囲内にあり,有効成分が酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まないオキサリプラティヌム水溶液を用いることにより」解決され得るものである(2頁43〜46行)。すなわち,本件発明1でオキサリプラティヌムの水溶液のpHを4.5ないし6などとしたのは,本件発明1の課題を解決するためといえる。 他方,甲1には,そのような課題は記載されておらず,当該課題を解決するためにオキサリプラティヌム水溶液の濃度やpHを調整することなども記載されてはいない上,オキサリプラティヌム水溶液の濃度やpHについては触れていないから,オキサリプラティヌム水溶液の濃度やpHの範囲を限定しようとする動機付けは得られない。原告の提出するいずれの証拠にも,当業者が本件各発明の課題を解決するために,本件発明1の特徴点,つまり先行技術と相違する構成である,オキサリプラティヌムの水溶液のpH4.5ないし6などに到達するための示唆等は認められない。 したがって,オキサリプラティヌム水溶液からなる注射剤において,微アルカリ性領域から外れる4.5ないし6という微酸性領域の値を採用することは,当業者が容易に想到し得ることであるとはいえないとの審決の判断に誤りはない。 8相違点2における技術常識の認定の誤り(取消事由8)に対して貯蔵安定性を有するオキサリプラティヌムの水溶液を調製する方法が,原告(請求人)の提出したいずれの証拠にも認められないのは事実であるし,技術常識といえる根拠も示されていない。 また,上記1のとおり,オキサリプラティヌムの貯蔵安定性は本件発明1の構成要件となるものであるから,かかる貯蔵安定性を有する組成物を得るための調製方法が明らかにされていないのであれば,本件発明1を容易に発明することができたといえないのは当然である。 したがって,審決の認定に誤りはない。 9相違点2についての容易想到性判断の誤り(取消事由9)に対して上記6,7のとおり,本件発明1の4.5ないし6のpH範囲に想到するのは容易とはいえない。 したがって,審決の判断に誤りはない。 10数値限定における臨界的意義の認定の誤り(取消事由11)に対して上記1のとおり,貯蔵安定性は本件発明1の構成要件となるものであるから,審決が,数値限定したすべての範囲で貯蔵安定性を本件明細書において確認することができるか否かは,容易想到性に関する判断に影響するものではないとしたことに誤りはない。 原告の主張は,本件発明1が数値限定発明であることを前提とするものであるが,本件発明1は公知のオキサリプラティヌム水溶液の濃度やpHを限定した発明ではない。すなわち,甲1にはオキサリプラティヌム水溶液について濃度,pHの範囲の記載がないのみならず,濃度,pHに関する記載もない。そうすると,本件発明1は,甲1のオキサリプラティヌム水溶液の公知のpHや濃度の範囲を限定したものとはいえない。 また,濃度やpHを除いた本件発明1の構成は,オキサリプラティヌムの水溶液からなり,貯蔵安定性を有する,腸管外経路投与用のオキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤となるが,同技術事項は,甲1に記載も示唆もない。すなわち,甲1には,貯蔵安定性についての記載がないのみならず,オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤についての記載もない。 したがって,本件発明1は数値限定発明とはいえず,原告の主張は前提を誤ったものであり,この点の原告の主張は,失当である。 11本件発明1に他の条件を記載しない点(取消事由12)に対して審決の判断は,1ないし5mg/mlの濃度で溶解させる以外の各種の諸条件が,pHが自動的に4.5ないし6になり,安定な水溶液になるための条件であることをいうものと明確に理解でき,不明なところはない。 また,上記1のとおり,貯蔵安定性は本件発明1の構成である。 したがって,審決の判断に誤りはない。 第5当裁判所の判断1本件発明1及び相違点の認定等の誤り(取消事由1,3ないし5,10,12,13)について原告は,?本件発明1における「医薬的に許容される期間の貯蔵後,製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり,該水溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである(こと)」(貯蔵安定性)は,医薬品の承認に必要な当然の品質であるから,審決が,これを本件発明1の独立の構成であるとした上で,甲1発明との相違点とした認定には誤りがある,及び?甲1には,オキサリプラティヌムの溶解度が7.9mg/mlであると記載されていることに照らすならば,0から7.9mg/mlの範囲のいずれかの濃度のオキサリプラティヌムが記載されていると考えられること,また,審決においても,「水溶液の濃度1ないし5mg/ml」である点を,本件発明1と甲1発明との相違点として挙げていないことから,濃度の点は,審決において本件発明1と甲1発明の相違点としなかったものと解すべきであるなどと主張する。 しかし,以下のとおり,原告の上記主張は,いずれも採用できない。 (1) 本件発明1及び甲1発明についてア本件発明1本件発明1(請求項1)は,「濃度が1ないし5mg/mlでpHが4.5ないし6のオキサリプラティヌムの水溶液からなり,医薬的に許容される期間の貯蔵後,製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり,該水溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである,腸管外経路投与用のオキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤。」とするものである。 また,本件明細書には,以下の記載がある。すなわち,「この発明は,腸管外経路用の,オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤に関するものである。・・・この発明者は,この目的が,全く驚くべきことに,また予想されないことに,腸管外経路投与用の用量形態として,有効成分の濃度とpHがそれぞれ充分限定された範囲内にあり,有効成分が酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まないオキサリプラティヌム水溶液を用いることにより,達成できることを示すことができた。特に,約1mg/mlより低い濃度のオキサリプラティヌム水溶液は,充分安定でないことが見出された。従って,この発明の目的は,オキサリプラティヌムが1ないし5mg/mlの範囲の濃度と4.5ないし6の範囲のpHで水に溶解し,医薬的に許容される期間の貯蔵後製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%を示し,溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである,腸管外経路投与用のオキサリプラティヌムの安定な医薬製剤である。この製剤は他の成分を含まず,原則として,約2%を超える不純物を含んではならない。 好ましくは,オキサリプラティヌムの水中濃度は約2mg/mlであり,溶液のpHは平均値約5.3である。オキサリプラティヌムの水溶液の安定性は,+74.5゜ないし+78.0゜の範囲にある比旋光度の測定によっても確認された。従って,『医薬的に安定な』の語は,オキサリプラティヌムの比旋光度の安定性,すなわち溶液の光学純度(異性化がないこと)を意味するものとも理解される。さらに,この発明の製剤が安定であるべき『医薬的に許容される期間』は,ここでは当業界で一般的に要求される期間,すなわち,例えば室温または冷蔵庫の温度で3ないし5年に対応すると理解される。」との記載がある。 イ甲1発明他方,前記第2,3,(2) ,アのとおり,甲1には,以下の記載がある。すなわち,「・・・Pt(oxalato)(trans-l-dach)(l-OHP)の開発を行った(Fig.10)。この錯体は溶解度,7.9mg/mlでシスプラチンの約8倍水に溶け,たいへん安定であり,腎毒性,嘔き気,嘔吐もほとんどみられず,マウスのM5076卵巣腫瘍に著効を示す。LD50はラット(i.p.)15.6mg/kg(♂),14.3mg/kg(♀),マウス(i.p.)19.8mg/kg(♂)で制癌性は高い(Fig.11)。シスプラチン耐性のL1210白血病にはたいへん有効である。ルイス肺癌,B16黒色腫,結腸癌26及び38,移植乳癌にも有効である。・・・HPLCによる安定性の測定では,水溶液中1週間以上放置しても安定であり,また生理食塩水中では,半減期は約11時間である・・・」。 (2) 判断本件発明1の特許請求の範囲における「医薬的に許容される期間の貯蔵後,製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり,該水溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである,腸管外経路投与用のオキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤。」との記載は,確かに,貯蔵安定性という効果に着目した構成であるということができる。しかし,「濃度が1ないし5mg/mlでpHが4.5ないし6のオキサリプラティヌムの水溶液」の条件を満たしさえすれば,他のいかなる条件が加わっても,常に,上記の貯蔵安定性に係る構成を充足するという関係が成立するものではない。仮に,「濃度が1ないし5mg/mlでpHが4.5ないし6のオキサリプラティヌムの水溶液」であっても,上記の貯蔵安定性に係る構成を充足しない製剤であれば,本件発明1の技術的範囲から除外されることになるのは当然である。以上のとおりであり,本件発明1の貯蔵安定性に係る構成は,独立の構成であると理解すべきであり,これに反する原告の主張は,採用できない。 また,甲1には,オキサリプラティヌムの溶解度が7.9mg/mlであると記載されている。しかし,溶解度について示した記載があったとしても,他に格別の説明がない甲1によって,0ないし7.9mg/mlの中の特定の範囲の濃度である「濃度が1ないし5mg/ml」のオキサリプラティヌムの水溶液が使用されるべきであることが示されていると理解することはできない。本件発明1と甲1発明とが,濃度において共通する記載があると解すべきではない。 2甲1発明の認定の誤り(取消事由2)について原告は,甲1には,オキサリプラティヌム水溶液のpHが4.5ないし6でないとの記載がなく,被告も甲1記載のオキサリプラティヌム水溶液のpHが4.5ないし6でないことを立証しない以上,甲1発明にはpHが4.5ないし6であるオキサリプラティヌム水溶液が含まれるというべきであるから,結局,オキサリプラティヌム水溶液のpHが甲1に記載されていないことを本件発明1と甲1発明との相違点1として認定した審決には誤りがあることになる,と主張する。 しかし,原告の上記主張は,以下のとおり採用できない。 すなわち,特許法123条は,「特許が次の各号のいずれかに該当するときは,その特許を無効にすることについて特許無効審判を請求することができる。・・・」旨を規定する。同規定に照らすならば,無効審判の請求人において,特許の無効理由の存在を主張,立証する責任を負うというべきである。本件において,これをみると,甲1には,オキサリプラティヌムの水溶液のpHが4.5ないし6であるとの記載がないばかりでなく,オキサリプラティヌムの水溶液のpHについては一切言及がない。また,他の文献等を総合しても,オキサリプラティヌムの水溶液のpHが4.5ないし6であるとの技術常識があると認めることはできない。以上によれば,原告の請求は,理由がないというべきである。 3容易想到性判断の誤り(取消事由6ないし9,11)について原告は,?一般に静脈に注射する薬剤のpHが,血清と同じく微アルカリ性であるpH7.2ないし8が好適であることは技術常識とはいえないから,本件発明1において,微アルカリ性領域を離れるpH4.5ないし6という微酸性領域の値を採用することが容易想到でないとはいえない,?本件発明1の特許請求の範囲には,貯蔵安定性を有するオキサリプラティヌム水溶液を調整する方法が記載されておらず,単に貯蔵安定性を有する組成物が記載されているだけであり,本件発明1と甲1発明は同一であるから,貯蔵安定性を有するオキサリプラティヌム水溶液を調製する方法が技術常識でないとして,本件発明1の容易想到性を判断することは誤りである,?甲1には,オキサリプラティヌムの溶解度が7.9mg/mlであると記載され,0ないし7.9mg/mlのいずれかの濃度のオキサリプラティヌムが記載されていると考えられるところ,本件発明1において水溶液の濃度1〜5mg/mlとされている点は,甲1発明との対比において相違点とされていないから,本件発明1と甲1発明において濃度の点は相違しないものと解される,?本件発明1のような数値限定発明が容易想到でないとされるためには,数値範囲の全般において効果が顕著に優れ,数値範囲の内外において効果が顕著に異なるという臨界的意義が示されていなければならないが,本件発明1の実施例における製剤の濃度は2mg/mlの点だけであり,数値範囲の全般において効果が示されているとはいえない,と主張する。 しかし,以下のとおり,原告の主張は,採用の限りでない。 (1) pHについてア甲14ないし16の記載(ア) 甲14の記載「・注射剤の条件・・・pHを血清となるべく等しくする。血清は微にアルカリ性pH7.4でpH7.2〜8を好適とする。少量の注射にはpH4〜9に堪えるという。(342頁下から3行〜343頁3行)・水素イオン濃度pH血清のpHは7.4で,注射液のpHは7.2〜8を好適とするも,薬物によってはアルカリ性において沈澱を生ずるから,薬品の安定のためpHを下げて微に酸性に保つ。又緩衝剤を加えてそのpHを一定にする。・・・血液は相当の緩衝力を有するから,注射を徐々に行えば,必ずしも緩衝の必要がない。少量の注射にはpH4〜9に堪える。」(347頁1〜7行)(イ) 甲15の記載「血清と同一pH(すなわち7.2〜7.4)付近にできない場合というのは注射薬では相当に多い。そのわけは,たとえば血清と同一pHにすると,注射薬製造段階の滅菌のときに主薬が分解しやすいとか,血清と同一pHの溶液では経日的に変化がおきやすく,薬効の保障できる期間が著しく短かくなって商品価値が保てないなどである。また,そのpHでは水に溶けず,酸性とかアルカリ性にしなければ注射液に作ることができないなどの理由もある。 それならばどのへんのpH値が,最大の安定性を保つのに適しているかということは,個々の医薬品についてそれぞれ異なる。」(5頁6〜14行)(ウ) 甲16の記載「・・・しかし,pHと浸透圧については注射剤の溶解性,濃度,安定性の上からみて,この生理学的条件から離れた値を示さざるを得ないものがある。本書収載の水性注射剤のpHはつぎに示すごとくで,pH6〜7のものが一番多く(640品目),ついで5〜6(524品目),4〜5(290品目),7〜8(249品目),3〜4(232品目),8〜9(123品目),9〜10(87品目),2〜3(68品目)の順で,pH1〜2,11〜12のものがそれぞれ2品目ずつである,・・・。注射剤のpHはどちらかといえば酸性側のものの方がアルカリ性側のものよりも多い。pH6〜7が一番多いのは生理的条件にかなっているが,pHの中性より離れたものがかなりあることを忘れてはならない。」(1頁左欄下から1行〜右欄末行)イ判断甲14ないし16の記載によれば,注射剤のpHに関する本件特許出願時の技術常識は,注射剤のpHは血清となるべく等しいことが好ましいものの,薬物によってはアルカリ性において沈殿を生ずるから,薬品の安定のためpHを下げて微酸性に保つ場合があること,注射薬では,血清と同一pH(7.2〜7.4)付近にできない場合が相当多いこと,注射薬のpHはどちらかといえば酸性側のものの方がアルカリ性側のものより多いことが認められる。他方,甲10には,オキサリプラティヌムの2.0mg/mlの水溶液のpHは6.7であり(甲10の抄訳・表1の調合物1),加速安定性試験(40℃及び75%相対湿度で1ヶ月及び3ヶ月保存)において,調合物1の安定性は良好でないとの結果が記載されていること(表2),甲11には,オキサリプラティヌムの2.0mg/mlの水溶液のpHは6.6であり,これを20ないし25℃間の温度,遮光下で貯蔵した場合に,18時間後に,毒性に特に関連しているジアクオDACHプラチナ二量体(?)の実質的な形成が注目されたとの結果が記載されていること(甲11の抄訳・段落【0033】,【0034】)から,甲10,11には,本件発明1で特定されたpHの範囲である4.5ないし6よりも,やや高いpHの領域におけるオキサリプラティヌム水溶液の安定性が良好でないことが記載されている。 以上認定した事実を総合すると,本件特許出願時の技術水準に照らして,本件発明1で特定したpH4.5ないし6という微酸性領域の値を採用することが容易であったということはできない。 なお,審決は,本件発明1のpHの範囲として4.5ないし6を選択したことが容易想到ではなかったと判断するに当たり,「一般に静脈に注入する薬剤のpHは,血清と同じく微アルカリ性であるpH7.2〜8が好適であることが技術常識である」との認定を根拠としているが,同認定には誤りがある。しかし,審決の上記認定の誤りは,pH「4.5ないし6という微酸性領域の値を採用することは,当業者が容易に想到し得ることであるとはいえない。」とした結論を左右するものではない。 (2) 本件発明1の特許請求の範囲に水溶液を調整する方法が記載されていない点について原告は,本件発明1の特許請求の範囲には,単に貯蔵安定性を有する組成物が記載され,貯蔵安定性を有するオキサリプラティヌム水溶液を調整する方法が記載されていないことから,本件発明1と甲1発明は同一であるとの前提に立って,これを前提として,審決が,本件発明1は容易想到でないと判断したことに誤りがあると主張する。 しかし,原告の主張は,以下のとおり,採用できない。すなわち,原告の主張は,本件発明1における「医薬的に許容される期間の貯蔵後,製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり,該水溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである(こと)」(貯蔵安定性)との構成は,独立の構成ではないとの前提に立った主張であるが,同前提に誤りがある点については,前記1,(2)に記載したとおりである。したがって,本件発明1の特許請求の範囲に,貯蔵安定性を有するオキサリプラティヌム水溶液の調整する方法が記載されていないからといって,本件発明1と甲1発明とが同一であるとすることはできず,原告のこの点の主張は,主張自体失当である。 (3) 甲1発明における濃度の記載について原告は,甲1には,オキサリプラティヌムの溶解度が7.9mg/mlであるとの記載から,0ないし7.9mg/mlのいずれかの濃度のオキサリプラティヌムも記載されていることを前提として,本件発明1は,容易想到である旨主張する。しかし,原告の主張が誤りであることは,前記1,(2)に記載したとおりである。原告の主張は,主張自体失当である。 (4) 数値範囲における意義について原告は,数値限定発明において容易想到性でないとされるためには,数値範囲の全般において効果が顕著に優れているとの臨界的意義が示されることを要すると解されるが,本件発明1は,そのような効果が示されていないので,本件発明1が容易想到でなかったとした審決の判断には誤りがあると主張する。 しかし,原告の上記主張は,以下のとおり採用できない。すなわち,一般に,当該発明の容易想到性の有無を判断するに当たっては,当該発明と特定の先行発明とを対比し,当該発明の先行発明と相違する構成を明らかにして,出願時の技術水準を前提として,当業者であれば,相違点に係る当該発明の構成に到達することが容易であったか否かを検討することによって,結論を導くのが合理的である。そして,当該発明の相違点に係る構成に到達することが容易であったか否かの検討は,当該発明と先行発明との間における技術分野における関連性の程度,解決課題の共通性の程度,作用効果の共通性の程度等を総合して考慮すべきである。この点は,当該発明の相違点に係る構成が,数値範囲で限定した構成を含む発明である場合においても,その判断手法において,何ら異なることはなく,当該発明の技術的意義,課題解決の内容,作用効果等について,他の相違点に係る構成等も含めて総合的に考慮すべきであることはいうまでもない。 本件において,本件明細書の【発明の詳細な説明】には,「現在,オキサリプラティヌムは,・・・凍結乾燥物として,注射用水または等張性5%ぶどう糖溶液と共にバイアルに入れて,前臨床および臨床試験用に入手でき,投与は注入により静脈内に行われる」が,比較的複雑で高価な製造方法(凍結乾燥)であり,再構成手段には熟練と注意を要すること,溶液を突発的に再構成する際などに誤って0.9%NaCl溶液を使用し,製品の急速な分解を引き起こす危険性があることが記載された上,「製品の誤用のあらゆる危険性を避け,・・・直ぐ使用でき,さらに,使用前には,承認された基準に従って許容可能な期間医薬的に安定なままであり,凍結乾燥より容易且つ安価に製造でき,再構成した凍結乾燥物と同等な化学的純度(異性化の不存在)および治療活性を示す,オキサリプラティヌム注射液を得るための研究が行われた。これが,この発明の目的である。」との解決課題が示され,「腸管外経路投与用の用量形態として,有効成分のpHがそれぞれ充分限定された範囲内にあり,有効成分が酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まないオキサリプラティヌム水溶液を用いることにより,達成できることを示すことができた。特に,約1mg/mlより低い濃度のオキサリプラティヌム水溶液は,充分安定でないことが見出された。」,「好ましくは,オキサリプラティヌムの水中濃度は約2mg/mlであり,溶液のpHは平均約5.3である。」と記載され,実施例3に,2mg/mlの濃度のオキサリプラティヌム水溶液に関する安定性試験において,50℃で3か月以上貯蔵した後においても,回収したオキサリプラティヌムの百分率と要求される値より少ない不純物のそれから考えて,医薬的に許容される安定性が示されたとの結果が記載されていること,また,上記(1) のとおり,甲10,11には,本件発明1で特定されたpH範囲を外れたpHを有するオキサリプラティヌム水溶液の安定性が優れていないことが示されていること等を総合考慮すると,当業者にとって,本件発明1の限定された数値範囲において,上記の課題を解決する顕著な作用効果が示されていると解することができる。したがって,本件発明1における「pHが4.5ないし6」との数値範囲で示された構成について,当業者が,容易に想到することができないとした審決に誤りはない。 (5) 以上のとおり,本件発明1は甲1発明に基づいて当業者が容易に発明できたことを前提とする原告の主張は理由がない。 4小括本件発明1は,甲1発明と同一であるとはいえず,また,甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものともいえないから,審決の判断に取り消すべき瑕疵はない。また,原告は,本件発明2ないし9に関しても同様の主張をするが,本件発明2ないし9は,本件発明1をさらに限定する発明であるから,原告の主張は,いずれも採用することができない。原告の主張する取消事由はいずれも理由がない。原告は,その他縷々主張するが,いずれも理由がない。 第6結論よって,原告の請求は,理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 飯村敏明 |
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裁判官 | 齊木教朗 |
裁判官 | 武宮英子 |