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関連審決 不服2007-29356
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審判番号(事件番号) データベース 権利
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関連ワード 容易に発明 /  翻訳文 /  パリ条約 /  優先権 /  着想 /  優先日 /  参酌 /  数値限定 /  文言解釈 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  交換 /  拒絶査定不服審判 /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  新規事項追加(新規事項の追加) /  請求の範囲 /  減縮 /  変更 /  釈明 /  独立特許要件 /  国際出願 / 
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事件 平成 22年 (行ケ) 10110号 審決取消請求事件
原告 コネコーポレイション
訴訟代理人弁理士 香取孝雄
同 北島弘崇
被 告特許庁長官
指定代理 人柳田利夫
同 伊藤元人
同 八板直人
同 紀本孝
同 小林和男
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2010/12/28
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1特許庁が不服2007−29356号事件について平成21年11月25日にした審決を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
全容
第1請求主文同旨第2当事者間に争いのない事実21特許庁における手続の経緯原告は,発明の名称を「エレベータおよびエレベータのトラクションシーブ」とする発明について,平成14年2月25日を国際出願日として特許出願(特願2002-573347号。パリ条約による優先権主張の優先日平成13年3月19日,優先権主張国フィンランド共和国。以下「本願」といい,国際出願日における明細書,特許請求の範囲及び図面を「原文明細書等」と,平成15年9月18日付けの明細書,特許請求の範囲及び図面の翻訳文(甲3)を「当初明細書等」という。なお,当初明細書等の図1ないし3は,別紙図面1ないし3のとおりである。)をし,平成18年10月18日付けで拒絶理由通知を受けたので,平成19年4月24日付けで手続補正書を提出したが,同年7月23日付けで拒絶査定を受けた。これに対し,原告は,平成19年10月29日,拒絶査定に対する審判の請求(不服2007-29356号)をし,同年11月26日付けで明細書を補正する手続補正書を提出した(以下「本件補正」という。)。
特許庁は,平成21年11月25日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし(附加期間90日。以下,単に「審決」という。),その謄本は,同年12月8日,原告に送達された。
2特許請求の範囲の記載(1)平成19年4月24日付けの手続補正書(甲6)による補正後の本願の特許請求の範囲(請求項の数11)の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,請求項1に係る発明を「本願発明」という。)。
【請求項1】実質的に円形の断面を有する複数の巻上ロープから成る一連の巻上ロープがカウンタウェイトおよびエレベータカーを懸垂し,綱溝を備えた1つ以上の綱車を有し,該綱車の1つは,摩擦係数を増大させる材料で被覆されたトラクションシーブであり,該トラクションシーブは駆動装置によって駆動さ3れて前記一連の巻上ロープを動かすエレベータにおいて,少なくとも前記トラクションシーブは前記一連の巻上ロープと共同して材料のペアを形成し,該材料のペアによって,前記トラクションシーブの表面の被覆材が失われた後に,前記巻上ロープは前記トラクションシーブに食い込むことを特徴とするエレベータ。
(2)本件補正による特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,本件補正後の請求項1に係る発明を「本願補正発明」という。なお,下線部分が本件補正部分である。)。
【請求項1】実質的に円形の断面を有する複数の巻上ロープから成る一連の巻上ロープがカウンタウェイトおよびエレベータカーを懸垂し,綱溝を備えた1つ以上の綱車を有し,該綱車の1つは,摩擦係数を増大させる材料で被覆されたトラクションシーブであり,該トラクションシーブは駆動装置によって駆動されて前記一連の巻上ロープを動かすエレベータにおいて,少なくとも前記トラクションシーブは前記一連の巻上ロープと共同して材料のペアを形成し,該材料のペアは,前記トラクションシーブの表面の被覆材が失われた場合 ,該トラクションシーブが前記巻上ロープによって少なくとも部分的に破損して該巻上ロープを把持する材料の組み合わせである ことを特徴とするエレベータ。
3審決の理由 審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,審決は,?本件補正は,新規事項の追加及び独立特許要件違反に当たり許されない,?本願発明は,実願昭55-24277号(実開昭56-128387号)のマイクロフィルム(以下「引用文献1」という。なお,引用文献1の第2図,第3図は,それぞれ別紙図面4,5のとおりである。)記載の発明及び特開昭54-104145号公報(以下「引用文献2」という。なお,引用文献2の第2図,第34図は,それぞれ別紙図面6,7のとおりである。)記載の技術に基づいて,容易に発明をすることができたものであるから,特許を受けることはできないとするものである。
(1)審決は,上記結論?を導くに当たり,引用文献1記載の発明,同発明と本願補正発明との一致点及び相違点を次のとおり認定した。
ア引用文献1記載の発明実質的に円形の断面を有する複数のワイヤロープ6から成る一連のワイヤロープ6がつり合いおもり8および乗りかご7を懸垂し,溝11を備えた1つ以上の綱車を有し,該綱車の1つは,高摩擦材13で被覆されたトラクションシーブ本体3であり,該トラクションシーブ本体3はトラクションマシン1によって駆動されて前記一連のワイヤロープ6を動かすエレベータにおいて,前記トラクションシーブ本体3は前記一連のワイヤロープ6と共同して溝11がV形溝を形成し更に下部にU溝12を設けた安全確保手段を形成し,該安全確保手段は,前記トラクションシーブ本体3の表面の高摩擦材13が失われた場合,該トラクションシーブ本体3が前記ワイヤロープ6によって溝11の接触部14で接触されこの部分で摩擦力を得ることにより該ワイヤロープ6を把持する安全確保手段であるエレベータ(以下「引用文献1記載の発明1」という。)。
イ本願補正発明と引用文献1記載の発明1の一致点 実質的に円形の断面を有する複数の巻上ロープから成る一連の巻上ロープがカウンタウェイトおよびエレベータカーを懸垂し,綱溝を備えた1つ以上の綱車を有し,該綱車の1つは,摩擦係数を増大させる材料で被覆されたトラクションシーブであり,該トラクションシーブは駆動装置によって駆動されて前記一連の巻上ロープを動かすエレベータにおいて,前記トラクションシーブは前記一連の巻上ロープと共同して安全確保手段を形成し,該安全確保手段は,前記トラクションシーブの表面の被覆材が失われ5た場合,該トラクションシーブが該巻上ロープを把持する安全確保手段であるエレベータ。
ウ本願補正発明と引用文献1記載の発明1の相違点トラクションシーブの表面の被覆材が失われた場合の安全確保手段に関し,本願補正発明では,「少なくとも前記トラクションシーブは前記一連の巻上ロープと共同して材料のペアを形成し,該材料のペアは」,「該トラクションシーブが前記巻上ロープによって少なくとも部分的に破損して該巻上ロープを把持する材料の組み合わせである」のに対し,引用文献1記載の発明では,「前記トラクションシーブ本体3(トラクションシーブ)は前記一連のワイヤロープ6(巻上ロープ)と共同して溝11がV形溝を形成し更に下部にU溝12を設けた安全確保手段を形成し,該安全確保手段は」,「該トラクションシーブ本体3(トラクションシーブ)が前記ワイヤロープ6(巻上ロープ)によって溝11の接触部14で接触されこの部分で摩擦力を得ることにより該ワイヤロープ6(巻上ロープ)を把持する安全確保手段である点。
(2)また,審決は,上記結論?を導くに当たり,引用文献1記載の発明,同発明と本願発明との一致点及び相違点を次のとおり認定した。
ア引用文献1記載の発明実質的に円形の断面を有する複数のワイヤロープ6から成る一連のワイヤロープ6がつり合いおもり8および乗りかご7を懸垂し,溝11を備えた1つ以上の綱車を有し,該綱車の1つは,高摩擦材13で被覆されたトラクションシーブ本体3であり,該トラクションシーブ本体3はトラクションマシン1によって駆動されて前記一連のワイヤロープ6を動かすエレベータにおいて,少なくとも前記トラクションシーブ本体3は前記一連のワイヤロープ6と共同して溝11がV形溝を形成し更に下部にU溝12を設けた安全確保手段を形成し,該安全確保手段によって,前記トラクショ6ンシーブ本体3の表面の高摩擦材13が失われた後に,前記ワイヤロープ6は前記トラクションシーブ本体3に溝11の接触部14で接触されて溝11に直接入り込むエレベータ(以下「引用文献1記載の発明2」という。)。
イ本願発明と引用文献1記載の発明2の一致点 実質的に円形の断面を有する複数の巻上ロープから成る一連の巻上ロープがカウンタウェイトおよびエレベータカーを懸垂し,綱溝を備えた1つ以上の綱車を有し,該綱車の1つは,摩擦係数を増大させる材料で被覆されたトラクションシーブであり,該トラクションシーブは駆動装置によって駆動されて前記一連の巻上ロープを動かすエレベータにおいて,少なくとも前記トラクションシーブは前記一連の巻上ロープと共同して安全確保手段を形成し,該安全確保手段によって,前記トラクションシーブの表面の被覆材が失われた後に,前記巻上ロープは前記トラクションシーブに入り込むエレベータ。
ウ本願発明と引用文献1記載の発明2の相違点 トラクションシーブの表面の被覆材が失われた後の安全確保手段に関し,本願発明では,少なくとも前記トラクションシーブは前記一連の巻上ロープと共同して材料のペアを形成し,該材料のペアによって,前記巻上ロープは前記トラクションシーブに食い込むのに対し,引用文献1記載の発明では,少なくとも前記トラクションシーブ本体3(トラクションシーブ)は前記一連のワイヤロープ6(巻上ロープ)と共同して溝11がV形溝を形成し更に下部にU溝12を設けた安全確保手段を形成し,該安全確保手段によって,前記ワイヤロープ6(巻上ロープ)は前記トラクションシーブ本体3(トラクションシーブ)に溝11の接触部14で接触されて溝11に直接入り込む点。
第3取消事由に関する原告の主張審決には,本件補正の適否に係る判断の誤り(取消事由1),本願発明につい7ての容易想到性判断の誤り(取消事由2)があるから,違法として取り消されるべきである。
1取消事由1(本件補正の適否に係る判断の誤り)審決は,本件補正が新規事項の追加に当たる,また,本件補正の目的を特許請求の範囲減縮とした上で,本願補正発明について独立特許要件を充足しないと判断し,本件補正を却下したが,次のとおり誤りがある。
(1)新規事項の追加について当初明細書等においては,「巻上ロープはトラクションシーブに食い込む」と記載されていたところ,「食い込む」とは,部分的に破損させることを意味する。また,上記「食い込む」は,原文明細書等の「bite(s) into 」を翻訳したものであるところ,「bite(s) into 」とは,表面を食い破って中へ入るという意味である。そうすると,本件補正は,明りょうでない記載の釈明を目的として,巻上ロープがトラクションシーブを傷つけて,すなわち部分的に破損して,トラクションシーブの内部に入り込むことを,「食い込む」から「部分的に破損して・・・把持する」と言い換えたものであって,新規事項の追加には当たらない。
なお,審査官は,「食い込む」を,ロープがトラクションシーブを損傷させるという意味で用いていたにもかかわらず,審判官は,補正の不可能な段階になって,「食い込む」を,ロープがトラクションシーブの溝にはまり込むことを意味すると解釈し,本件補正が新規事項の追加に当たると判断したのであって,妥当を欠く。また,本件補正が認められなければ,原告は,「bite(s) into」を的確な表現に補正する機会が与えられず,原文明細書等で明確に記載された発明について審査を受けることができないこととなり,不測の不利益を受けることになる。
(2)独立特許要件について ア本件補正は,前記(1)のとおり,特許請求の範囲に記載された発明の8内容を変更することなく,本願発明と引用文献2記載の技術との相違点を明らかにするためのものであり,明りょうでない記載の釈明を目的とするものであるから,独立特許要件を要しない。また,本件補正は,審判官をして「食い込む」の意味を正確に特定させるために行ったものであり,拒絶理由通知に係る拒絶の理由に示す事項についてするもの(平成18年法律第55号による改正前の特許法(以下「旧特許法」という。)17条の2第4項4号)に当たる。
イ仮に,本件補正の目的が,特許請求の範囲減縮を目的とするものであったとしても,本願補正発明は引用文献1記載の発明1及び引用文献2記載の技術から容易に想到することができるものではないから,独立特許要件を充足する。すなわち,本願補正発明は,エレベータのトラクションシーブについて,トラクションシーブの被覆材は,カウンタウェイトと最大積載量による巻上ロープの応力(以下「最大応力」という。)に耐えられるが,トラクションシーブ本体(トラクションシーブの被覆材以外の部分のこと。以下同じ。)は,カウンタウェイと乗客1人による巻上ロープの応力(以下「最小応力」という。)にも耐えられないように設計することにより,被覆材が失われるか,損傷を受けた場合に,巻上ロープがトラクションシーブ本体を部分的に破損させることで,巻上ロープを保護しつつ,巻上ロープに対する適切な把持力を一時的に確保し,乗客を安全に避難させることができるものである。
これに対し,引用文献2は,トラクションシーブに被覆材の無いエレベータに関する文献であり,トラクションシーブと巻上ロープの耐寿命性を向上させるため,溝部の硬度がHB280?/□のトラクションシーブと外層線の硬度がHv400?/□の巻上ロープを用いることが開示されているが,エレベータのトラクションシーブが巻上ロープによって破損するか否かは,トラクションシーブと巻上ロープの硬度の組み合わせのみによ9って決まるものではなく,トラクションシーブが巻上ロープによって加えられる応力に耐えられるか否かにより決まる。この点,引用文献2においては,トラクションシーブの硬度が最大応力に耐えられるように数値限定されていることは明らかであり,トラクションシーブが巻上ロープによって破損するようには設計されていない。
また,当業者は,トラクションシーブとロープの耐久性の向上に努めるべく研究開発を行うのが通常であるところ,トラクションシーブの本体の一部を敢えて脆く設計し,非常事態において,トラクションシーブを犠牲にすることによって乗客の安全を確保するという本願補正発明の構成は,容易に着想することができない。
したがって,本願補正発明は,引用文献1記載の発明1及び引用文献2記載の技術から容易に想到することができないものであり,独立特許要件を充足する。
2取消事由2(本願発明についての容易想到性判断の誤り)(1) 審決は,引用文献2記載の技術の認定において,「ロープ4が硬ければ変形するのは当然柔らかいシーブ3の方である」と認定し,審査における理解と異なり,「食い込む」を損傷させるという意味ではなく,凹ませるという意味で用いており,原告に対する不意打ちに当たる。
また,審決は,引用文献2記載の技術の認定において,一方で,ロープがシーブに確実に食い込むため,シーブの硬度をロープの硬度より低いものとした技術が記載されていると認定しながら,他方で,くさび効果を利用して,ロープがシーブに確実に摩擦力を得ていると認定している。しかし,くさび効果は,ロープとシーブの接触面圧を高め,押付力を大きくすることで,摩擦力を大きくするために利用されるものであり,ロープがシーブを凹ませると,ロープとシーブの接触面積が増すため,接触面圧が減少して押付力が小さくなり,それと共に摩擦力も小さくなる。そうすると,くさび効果を利用10して確実に摩擦力を得るように構成することと,ロープがシーブを凹ませるように構成することとは,技術的に相容れないものであり,審決は,技術的に矛盾した事項を認定している。
(2) 仮に,審決が,「食い込む」の意味を,摩耗させる又は損傷させるとの意味で用いているとしても,引用文献2記載の技術は,ロープとシーブの材料の組み合わせにより摩耗の起こりにくいロープとシーブを実現することを目的としているのであって,ロープとシーブが摩耗することを前提とした材料の組み合わせを開示しているのではない。また,引用文献2記載の技術において,ロープとシーブの耐寿命性を向上させるためには,ロープがシーブを破損させる材料の組み合わせであってはならないことは明らかである。
(3)なお,被覆材とトラクションシーブの接触面積は,ロープとトラクションシーブの接触面積に比べて非常に大きいので,被覆材があればロープの応力は,被覆材によって分散され,トラクションシーブが被覆材から受ける圧力は,ロープから直接的に受ける圧力より著しく低くなる。したがって,被覆材があれば破損せず,被覆材が無くなれば破損するトラクションシーブを実現することができる。また,トラクションシーブ本体の綱溝形状等は,ロープがトラクションシーブに食い込みやすくするための実施例にすぎない。
(4)以上のとおり,審決の引用文献2記載の技術の認定には誤りがあり,本願発明は,引用文献1記載の発明2及び引用文献2記載の技術に基づいて容易に想到することができるとはいえない。
第4被告の反論1取消事由1(本件補正の適否に係る判断の誤り)に対し(1)新規事項の追加について原告は,「食う」の意味を殊更取り上げて,「食い込む」が部分的に破損させることを意味すると主張する。しかし,「食い込む」とは,?深く内部に入り込む,?他の領域へ入り込んで侵す,侵入するとの意味であり,本願発明11における「巻上ロープがトラクションシーブに食い込む」とは,巻上ロープがトラクションシーブの内部に入り込むことを意味する。他方,「破損」とは,こわれるとの意味であり,本願補正発明の「トラクションシーブが巻上ロープによって少なくとも部分的に破損して」とは,巻上ロープがトラクションシーブを欠損させる,亀裂を与える,傷つける又は変形させることを意味する。そうすると,本件補正は,当初明細書等に記載された事項から導くことのできない新たな技術的事項を導入したものであり,新規事項の追加に当たる。
なお,審査において,「食い込む」が損傷させるとの意味で用いられていたこともなく,また,「食い込む」の新たな意味が持ち出されたものではない。
また,審決において,補正が適法か否かを判断するに当たり,審査官の解釈や原文明細書等の記載を参酌すべき理由はない。さらに,原文明細書等における「bite(s) into 」は,表面を食い破って中へ入り込むという意味ではないし,仮にそのような意味であるとすれば,「食い込む」とは異なる意味であるから,誤訳として訂正することができたのであって,原告が本件補正を却下されたことにより原文明細書等を的確な表現に補正する機会を奪われたということはできない。
(2)独立特許要件について ア明りょうでない記載の釈明を目的とする補正は,旧特許法17条の2第4項4号により,審査官が拒絶理由中で特許請求の範囲が明りょうでない旨を指摘した事項について,その記載を明りょうにする補正を行う場合に限られている。この点,本件補正において,審査官が「食い込む」の意味が明りょうでないとの指摘をしたことはなく,本件補正の目的は,明りょうでない記載の釈明に当たらない。
イ原告は,本願補正発明について,トラクションシーブの被覆材は,ロープの最大応力に耐えられるものの,トラクションシーブ本体は,ロープの12最小応力に耐えられないように敢えて設計されていると主張するが,このような技術事項は当初明細書等に記載されていない上,その具体的構成を想定することも困難であり,当初明細書等の記載から自明な事項であるともいえない。
また,当初明細書等には,綱溝形状によってロープが効果的に溝に食い込むことや,被覆材の下に設けた平行溝によってロープが確実に食い込むことが記載されているものの,トラクションシーブが最小応力に耐えられずに破損するのであれば,このような綱溝形状や平行溝を設ける意味はなく,このことからも,トラクションシーブ本体はロープの最小応力に耐えられないように敢えて設計されていることが自明とはいえない。
さらに,引用文献2記載の技術は,シーブの硬度がロープの硬度以下である材料の組み合わせによって,シーブの摩耗寿命が向上しているものの,なお摩耗寿命はあり,シーブは多少なりとも摩耗により変形するのであって,少なくとも部分的に破損するものといえる。そうすると,引用文献2記載の技術は,本願補正発明における,トラクションシーブが巻上ロープによって少なくとも部分的に破損して巻上ロープを把持する材料の組み合わせを備えるものといえる。
以上によれば,本願補正発明は,引用文献1記載の発明1及び引用文献2記載の技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,独立特許要件を充足しない。
2取消事由2(本願発明についての容易想到性判断の誤り)に対し(1) 審決は,引用文献2記載の技術の認定において,「食い込む」を凹ませるという意味では用いていない。また,審査官は,拒絶理由通知及び拒絶査定において,「食い込む」を「損傷させる」という意味では用いておらず,審査官と審決の「食い込む」の解釈が異なるということもない。
(2)原告は,引用文献2記載の技術について,ロープがシーブを凹ませれ13ば,ロープとシーブの接触面積が増すため接触面圧が減少して押付力が低くなり,それと共に摩擦力が低くなることは明らかであると主張するが,引用文献2には,ロープがシーブを凹ませるとの記載はない。仮に,引用文献2記載の技術において,ロープがシーブを凹ませたとしても,凹ませ具合により,必ずしもロープとシーブの接触面積が増すとはいえない。また,仮に,ロープとシーブの接触面積が増したとしても,シーブに対するロープ全体の押付力が低くなるとはいえず,それと共に摩擦力が低くなるともいえない。
したがって,くさび効果を利用して確実に摩擦力を得るように構成することと,ロープがシーブを凹ませるよう構成することとは,技術的に矛盾するとの原告の主張は,前提に誤りがあり,失当である。
(3)一般に,引用文献から技術又は発明を認定する際,必ずしも引用文献に直接記載されている目的が本願発明のものと同じでなければならないという訳ではない。この点に関し,審決は,引用文献2について,ロープとシーブの材料の組み合わせにより摩耗の起こりにくいロープとシーブを実現するとの目的が記載されていることを認識した上で,引用文献2記載の事項から導き出される技術思想として,「少なくとも前記シーブ3は前記ロープ4と共同して材料のペアを形成し,該材料のペアによって,前記ロープ4は前記シーブ3に確実に食い込むことを前提として,該シーブ3の硬度が該ロープ4の硬度より低いものとした技術」と認定したのであって,その認定に誤りはない。
(4)引用文献2には,「シーブ3の摩耗寿命は1.8〜2.0倍に向上し」との記載があり,シーブの摩耗寿命が向上しているものの,なお摩耗寿命はあり,シーブが多少なりとも摩耗するものであることは明らかである。また,引用文献2記載の技術では,ロープが釣合いおもり及び乗りかごを懸垂し,シーブは電動機及び減速機によって駆動されてロープを動かすので,シーブにはロープから応力がかかり,硬度の高いロープが硬度の低いシーブの溝を14摩耗させることにより,ロープがシーブの内部に入り込むこと,すなわち,食い込むことになる。
(5)以上によれば,審決における引用文献2記載の技術の認定判断に誤りはなく,本願発明は,引用文献1記載の発明2及び引用文献2記載の技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,審決に誤りはない。
第5当裁判所の判断 当裁判所は,本件補正の適否については,本件補正は明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものであり,審決がこれを却下したことに誤りはないが,本願発明の容易想到性判断については,本願発明は引用文献1記載の発明2及び引用文献2記載の技術から容易に想到できたとはいえず,審決には,その結論に影響を及ぼす誤りがあるものと判断する。その理由は,以下のとおりである。
1取消事由1(本件補正の適否に係る判断の誤り)について 本件補正は,本願発明の特許請求の範囲(請求項1)について,「該材料のペアによって,前記トラクションシーブの表面の被覆材が失われた後に,前記巻上ロープは前記トラクションシーブに食い込むことを特徴とするエレベータ」を「該材料のペアは,前記トラクションシーブの表面の被覆材が失われた場合 ,該トラクションシーブが前記巻上ロープによって少なくとも部分的に破損して該巻上ロープを把持する材料の組み合わせである ことを特徴とするエレベータ。」とするものである。そこで,本件補正における付加変更された部分が,旧特許法17条の2第3項所定の「明細書又は図面・・・に記載した事項の範囲内」であるか否かについて判断する。
(1)当初明細書等には,以下の記載がある。
「本発明のエレベータでは,被覆材を設けたトラクションシーブまたは少15なくともその外側リムは,トラクションシーブ表面の被覆材が失われた後にトラクションシーブに巻上ロープを食い込ませる材料で作られている。トラクションシーブは,トラクションシーブ材料にロープを効果的に食い込ませる材料で作られる。このように,巻上ロープがトラクションシーブ材料に食い込むため,トラクションシーブの被覆材が失われたり損傷を受けたりといった異常事態となっても,エレベータは必要な把持力を保持することができる。トラクションシーブおよび巻上ロープは,このように,トラクションシーブ表面の被覆材が失われたという事態となってもトラクションシーブとロープとの間に十分な把持力が得られるように選択された材料のペアを形成する。かかる材料のペアによれば,巻上ロープはトラクションシーブに食い込むため,巻上ロープとトラクションシーブとの間にはエレベータの運転に必要な把持力が生成される。巻上ロープの材料より柔軟で,巻上ロープをトラクションシーブに食い込ませる材料より柔軟な材料をトラクションシーブに使用すると,巻上ロープを保護する効果が得られる。巻上ロープ自体が損傷を受けることはまずないため,巻上ロープはその特性を維持しながらトラクションシーブ材料に食い込む。本発明による方式では,巻上ロープは,トラクションシーブの材料に食い込む硬質な細いワイヤで作られていて,これにより巻上ロープとトラクションシーブとの間には十分な把持力が保持される。
巻上ロープのワイヤは非常に硬質な材料,特に細いスーパーストロングロープで作られているため,例えば軟鋼,アルミニウム,鋳鉄,真鍮または他の材料など,トラクションシーブ材料として妥当なものを用いることによって,トラクションシーブ表面の被覆材が失われた後でも,巻上ロープとトラクションシーブとの間に十分な把持力を生成することが可能である。上述のように巻上ロープをトラクションシーブ自体に食い込み可能とさせるのと同様の方式で巻上ロープを食い込み可能とさせる挿入体を,トラクションシーブの被覆材の下に加えることによっても,トラクションシーブと巻上ロープとの16間に十分な把持力を確保することが可能である。この場合は,トラクションシーブと巻上ロープとで,巻上ロープをトラクションシーブ材料に食い込ませる材料のペアを形成する必要はない。その代わりに,加えられた挿入体が,巻上ロープと共同して懸案の材料のペアを形成する。トラクションシーブ表面の摩擦係数を増大させる被覆材を喪失した場合における,トラクションシーブと巻上ロープとの間の十分な把持力は,トラクションシーブ材料中,綱溝の被覆材の下にざらざらした粗い領域を設けることによっても確保可能であり,この領域は巻上ロープと接触すると十分な把持力を生成する。本発明の目的は,トラクションシーブ表面の被覆材が失われ,あるいは損傷を受けるという問題の異常事態となっても本発明によるエレベータを最適な形で長時間運転させるということではなく,本発明による方式によって必要な期間だけエレベータを安全に動作させることである。これはエレベータの安全装置であり,上述の異常事態においてエレベータが確実に一時的に安全な動作を行うよう,設計されている。トラクションシーブの被覆材が失われ,あるいは損傷を受けた場合におけるトラクションシーブと巻上ロープとの間の把持力は,一時的に得られる特性である。つまり,被覆材が損傷を受けた後は,可能な限り早期にエレベータを保守点検する必要がある。本発明によるエレベータまたはトラクションシーブには,トラクションシーブの被覆材が失われ,あるいは損傷を受けたことを示す信号を生成する検出装置を設けてもよい。この検出装置によって,トラクションシーブの被覆材の損傷についての情報が得られる。」(甲3・【0006】)(2)「食い込む」及び「破損」の一般的な意味は,次のとおりである。すなわち,「食い込む」とは,「?深く内部に入り込む。?他の領域へ入りこんで侵す。侵入する。」ことを意味し(甲16。広辞苑第三版),他方,「破損」とは,「やぶれ損ずること。こわれること。」を意味する(乙1。広辞苑第四版)。
17そして,上記(1)の「トラクションシーブは,トラクションシーブ材料にロープを効果的に食い込ませる材料で作られる。」,「巻上ロープの材料より柔軟で,巻上ロープをトラクションシーブに食い込ませる材料より柔軟な材料をトラクションシーブに使用すると,巻上ロープを保護する効果が得られる。巻上ロープ自体が損傷を受けることはまずないため,巻上ロープはその特性を維持しながらトラクションシーブ材料に食い込む。」などの詳細な説明部分を前提とするならば,当初明細書等に記載された「前記巻上ロープは前記トラクションシーブに食い込む」とは,せいぜい,巻上げロープがトラクションシーブの内部に,入り込むことを意味するものであって,トラクションシーブを欠損させたり,亀裂を入れたり,傷つけたりするなどの態様で変化させることを含む意味として,説明されていると理解することはできない。
そうすると,本願補正において「該トラクションシーブが前記巻上ロープによって少なくとも部分的に破損して」と付加変更された部分は,巻上ロープがトラクションシーブを部分的にこわすことを意味し,トラクションシーブが欠損したり,亀裂が入ったり,こわれたりする状態に至ることを含むものと理解すべきであるから,本件補正は,本件補正前の明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入したものというべきである。
(3) これに対し,原告は,審査官は,「食い込む」を,ロープがトラクションシーブを損傷させるという意味で用いていたにもかかわらず,これを無視した審判手続きないし審決は妥当を欠くと主張する。しかし,審査官が,「食い込む」を,ロープがトラクションシーブを損傷させるという意味で用いていたとは認め難い(甲4,7参照)。また,拒絶査定不服審判において,補正の適否について判断する場合に,審判官が審査官の文言解釈に拘束されるべき理由もない。したがって,原告の上記主張は採用することができない。
また,原告は,本件補正が認められなければ,原文明細書等の「bite(s) into 」18を的確な表現に補正する機会が得られないことになり,国際出願日において原文明細書等に外国語で明確に記載された発明について審査を受けることができなくなると主張する。しかし,原告は,原文明細書等の「bite(s) into 」について,旧特許法17条の2第2項に基づき,誤訳訂正を目的とする補正を行う機会がありながら,これを行わなかった以上,翻訳文が出願当初の明細書とみなされ(特許法184条の6第2項),補正は当該翻訳文の範囲内で行う必要があるから,原告の上記主張も採用することができない。
したがって,その余の点について判断するまでもなく,審決が,本件補正を却下したことに誤りはない。
2取消事由2(本願発明についての容易想到性判断の誤り)について 原告は,審決の引用文献2記載の技術の認定には誤りがあり,本願発明は,引用文献1記載の発明及び引用文献2記載の技術に基づいて容易に想到することができるものとはいえないと主張する。当裁判所は,原告の上記主張には理由があり,審決には,その結論に影響を及ぼす誤りがあるものと判断する。その理由は,以下のとおりである。
(1)当初明細書等の記載当初明細書等(甲3)には,本願発明に関し,以下の事項が記載されている。すなわち,従来のトラクションシーブエレベータの運転は,巻上ロープであると同時に懸垂ロープでもあるスチールロープが金属製のトラクションシーブによって動かされる方式に基づいており,トラクションシーブから巻上ロープへ与えられる駆動力と,制動時におけるトラクションシーブを用いた制動力とは,トラクションシーブと巻上ロープとの摩擦によって伝達される(段落【0001】)。巻上ロープによって伝達される摩擦係数及び把持力は,トラクションシーブの綱溝の形状を加工するか,綱溝に被覆材を設けることにより増加させることができるが,火事などの異常事態において,トラクションシーブ表面の被覆材が燃えたり溶けたりして破壊されると,トラ19クションシーブと巻上ロープとの摩擦係数及び把持力は不十分なものとなり,エレベータ動作が制御不能となり,危険な事態が生ずる(段落【0002】)。
このような問題に対応するため,トラクションシーブの被覆材の下に歯形を設けて,トラクションシーブと巻上ロープとの間に,被覆材が破壊された後も良好な把持力を確保する方式が公知であるが,かかる方式では,被覆材が消失すると巻上ロープが直接トラクションシーブに接触するため,負荷が大きいと,巻上ロープが損傷を受け,切断の危険がある上,切断を免れたとしても,トラクションシーブと巻上ロープの両方を交換する必要が生じ,相当なコストがかかる(段落【0003】)。本願発明は,上記問題を解決するため,トラクションシーブの被覆材が消失したり,損傷を受けたりするという異常事態となった場合,エレベータを最適な形で長時間運転させるということではなく,必要な期間だけ安全に動作させることを目的として,トラクションシーブと巻上ロープとの間に十分な把持力が得られるように選択された材料のペアを形成する(段落【0004】【0006】)。かかる材料のペアによれば,トラクションシーブの被覆材が消失したり,損傷を受けたりするという異常事態においても,巻上ロープは,トラクションシーブに食い込むため,トラクションシーブと巻上ロープとの間に十分な把持力が得られ,エレベータの機能及び信頼性が保証される上,トラクションシーブに使用する材料を巻上ロープの材料より柔軟にすると,巻上ロープ自体が損傷を受ける可能性が相当小さいため,多くの場合,トラクションシーブを交換すればよく,巻上ロープを交換する必要がないため,相当にコストが削減できるという効果を奏する(段落【0006】【0007】)。
(2)引用文献1の記載これに対し,引用文献1(甲1)には,引用文献1記載の発明2に関し,以下の事項が記載されている。すなわち,トラクションシーブ本体の溝にゴムなどによる柔軟性のある高摩擦材を取り付けたシーブでは,アンダーカッ20ト形トラクションシーブに比べてシーブやロープの摩耗が少なく,振動,騒音の減少を図れるものの,高摩擦材が疲労寿命,高負荷による破壊などのため欠落した場合,速度制御が不能となり,安全装置を作動させてしまうなどの危険があった(1頁13行〜3頁9行)。引用文献1記載の発明2は,シーブ本体からゴム材等の高摩擦材が欠落してもエレベータ積載荷重を確保できるトラクションシーブを提供することを目的とする(3頁10〜17行)。
引用文献1記載の発明2は,何らかの原因によって高摩擦材が欠落した場合であっても,ワイヤロープがU字形ないしV字形のトラクションシーブ溝の接触部で接触し,この部分で摩擦力を得ることにより,エレベータ積載荷重を確保できるトラクションシーブである(5頁2行〜6頁2行)。
(3)引用文献2の記載引用文献2(甲2)には,以下の事項が記載されている。すなわち,エレベータのシーブには,ロープがはまり込む溝をV溝あるいはアンダーカット溝にして,ロープが溝底と接触せず,溝の側面と接触させることにより,くさび効果を利用してロープとシーブとの接触面圧を高める方法がある。かかる方法では,くさび効果によりシーブとロープの摩擦力が大きくなるが,逆に摩耗を促進し,寿命が短くなるという欠点があった(1頁右下欄18行〜2頁左上欄13行)。このシーブの溝部の硬度は,摩耗に対して極めて影響することが知られており,硬度が低いとシーブの摩耗が促進され,硬度が高いとロープの摩耗が促進され,やがてロープを構成している細い素線の断線事故に発展する(3頁左下欄6〜15行)。実験により素線断線したロープを分析したところ,ロープを構成している外層線が,シーブとの繰返し接触により徐々に塑性変形し,その表面層が加工硬化してもろくなり,やがて断線に至る,いわゆる塑性変形による粘性摩耗であることが判明した(4頁左上欄8〜17行)。また,実験結果から,ロープの所定硬度に対し,シーブの硬度が一定以上になると,ロープの硬度がシーブの硬度に打ち負けて塑性21変形し,やがて素線断線に至ることから,シーブの耐摩耗性を向上させるためシーブの硬度を高くするためには,同時にロープの素線硬度も高くする必要性があることが判明した(4頁左上欄18行〜4頁右上欄20行)。そこで,引用文献2記載の技術においては,シーブの溝部の硬度をHB280?/□以上,ロープの外層線の硬度をHv400?/□以上とし,かつシーブの硬度をロープの外層線の硬度以下とすることにより,シーブとロープの摩耗寿命を大幅に向上させるとの効果を奏する(特許請求の範囲の請求項1,4頁右下欄9行〜5頁左上欄3行)。
(4)判断ア前記(1)によれば,本願発明は,トラクションシーブの表面の被覆材が破壊されたり,消失したりするような異常事態となっても,エレベータの運転に必要な把持力を一時的に確保するように,材料のペアを形成するものであり,被覆材が破壊ないし消失してトラクションシーブとロープが接触すると,巻上ロープに加わるエレベータとカウンタウェイトの応力により,即時にトラクションシーブが変形し,巻上ロープがその中に食い込むことにより,エレベータの落下事故などを防止することを解決課題とするものであって,その解決のために,第2の2(1)記載の構成を採用した。
他方,前記(2)によれば,引用文献1記載の発明2は,トラクションシーブの表面の被覆材が失われた場合に,巻上ロープがトラクションシーブに入り込んで把持力を確保し,トラクションシーブと巻上ロープが共同して安全確保手段を形成する点では,本願発明と一致しているものの,その構成は,U字形ないしV字形のトラクションシーブ溝の接触部で,くさび効果により,ロープとの強い摩擦力を得ることにより,エレベータの落下事故などを防止するものであって,「材料のペア」及び「即時のトラクションシーブの変形」に関する技術思想の記載又は開示はない。また,前記22(3)によれば,引用文献2記載の技術においては,トラクションシーブの表面に被覆材がなく,トラクションシーブの溝の側面のみが,常にロープと接触する溝形状としたエレベータにおいて,巻上ロープ外層線がシーブとの繰り返し接触により徐々に塑性変形し,表面層が加工硬化してもろくなり,やがて断線に至ることを防止し,より耐摩耗性を高めることを解決課題として,シーブ及びロープの硬度を所定以上のものとする等の構成を採用したものである。
以上のとおり,本願発明は,異常事態が発生した場合に,巻上ロープをトラクションシーブに食い込ませ,シーブとロープとの間に十分な把持力が得られるようにして,エレベータの機能及び信頼性を保証させるものであり,異常事態が発生したときにおける,一時的な把持力の確保を図ることを解決課題とするものである。また,引用文献1記載の発明2も,本願発明と同様に,何らかの原因よって高摩擦材が欠落するような異常事態が生じた場合を想定し,その際,ワイヤロープがU字形またはV字形のトラクションシーブ溝の接触部で接触し,この部分で摩擦力を得ることによって,エレベータ積載荷重を確保させることを解決課題とする発明である。
これに対して,引用文献2記載の技術は,上記のような異常事態が発生した場合における把持力の確保という解決課題を全く想定していない。そうすると,本願発明における引用文献1記載の発明2との相違点に関する構成に至るために,引用文献2記載の技術を適用することは,困難であると解すべきである。
イこれに対し,被告は,引用文献2には,「シーブ3の摩耗寿命は1.8〜2.0倍に向上し」との記載があり,シーブの摩耗寿命が向上しているものの,なお摩耗寿命はあり,シーブが多少なりとも摩耗するものであること,また,引用文献2記載の技術においても,シーブにはロープから応力がかかることになり,硬度の高いロープが硬度の低いシーブの溝を摩耗さ23せることにより,ロープがシーブの内部に入り込むことに照らすならば,食い込む状態になると主張する。
しかし,被告の主張は,以下のとおり採用の限りでない。すなわち,本願発明は,「食い込み」が生じる場合について,「摩擦係数を増大させる材料で被覆されたトラクションシーブ」を駆動装置に対して用いたエレベータにおいて,「被覆材が失われた後に」と特定しており,緊急事態に対応する場合であることが特定されているものと理解するのが合理的である。そうすると,長時間エレベータを使用した結果,経年変化によって摩耗が生じることと,トラクションシーブの表面の被覆材が失われた場合に巻上ロープがトラクションシーブに食い込むこととは,その前提において相違し,材料のペアを選択することによって確保しようとする目的においても相違するというべきであり,したがって,技術的な意義を異にすると解するのが合理的である。
なお,被告は,本願補正発明についてではあるが,トラクションシーブの被覆材は,ロープの最大応力に耐えられるものの,トラクションシーブ本体は,ロープの最小応力にすら耐えられないような構成を想定することは困難である,当初明細書等には,綱溝形状によってロープが効果的に溝に食い込むことや,被覆材の下に設けた平行溝によってロープが確実に食い込むことが記載されているものの,トラクションシーブが最小応力にすら耐えられずに破損するのであれば,このような綱溝形状や平行溝を設ける意味はないなどとも主張する。しかし,トラクションシーブは,表面に被覆材を備える場合,ロープの応力を面として受け,その力がトラクションシーブにも面として伝えられるのに対し,被覆材が消失した場合,ロープの応力を線として受けることになるから,トラクションシーブの被覆材は,ロープの最大応力に耐えられるものの,トラクションシーブ本体は,ロープの最小応力に耐えられないような場合を想定することは困難とはい24えない。また,本願発明において,ロープを効果的に溝に食い込ませる形状の綱溝や被覆材の下に平行溝が設けられているとしても,なおトラクションシーブに巻上ロープが食い込むことにより把持力が高まるとの構成が排除されるわけではない。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
ウ以上のとおり,本願発明は,引用文献1記載の発明及び引用文献2記載の技術に基づき,容易に着想することができたとはいえない。
3結論 以上によれば,原告の主張する取消事由1には理由がないが,取消事由2には理由があり,審決には,その結論に影響を及ぼす誤りがあることになる。
よって,原告の請求は理由があるから,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 中平健