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関連審決 無効2008-800015
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  技術常識 /  参酌 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  加工 /  交換 /  設定登録 /  取消判決 / 
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事件 平成 22年 (行ケ) 10167号 審決取消請求事件
原告X
同訴訟代理人弁理士 前直美
被告帝人化成株式会社
同訴訟代理人弁理士 大島正孝白石泰三
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2010/12/22
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
全容
第1請求特許庁が無効2008-800015号事件について平成22年4月16日にした審決を取り消す。
第2事案の概要本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,下記2の本件発明に係る被告の特許に対する原告の特許無効審判の請求について,特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)記載の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。
1特許庁における手続の経緯(1)被告は,発明の名称を「薄板収納搬送容器用ポリカーボネート樹脂」とする特許第3995346号(平成10年8月26日特許出願。平成19年8月10日設定登録。請求項の数は全2項。以下「本件特許」という。)の特許権者である(甲9)。
(2)原告は,平成20年1月29日,本件特許につき特許無効審判を請求し(甲15),無効2008-800015号事件として係属したところ,特許庁は,同年11月25日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をした。
原告は,これを不服として知的財産高等裁判所に上記審決の取消しを求める訴え(平成20年(行ケ)第10490号)を提起したところ,同裁判所は,平成21年9月17日,同審決を取り消す旨の判決をし(甲20),同判決は確定した。
なお,同判決は,後記3(2)エの相違点b及び同(3)エの相違点ロについて容易に想到することができないとした上記審決を取り消したものであった。
(3)特許庁は,上記取消判決確定後の無効審判請求事件において,平成22年4月16日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との本件審決をし,その謄本は,同月26日,原告に送達された。
2本件発明の要旨本件特許に係る発明の要旨は,次のとおりである。以下,請求項1及び2に係る発明を「本件発明1」及び「本件発明2」といい,本件特許に係る明細書(甲9)を「本件明細書」という。
【請求項1】粘度平均分子量が14000〜30000の芳香族ポリカーボネート樹脂であって,該ポリカーボネート樹脂中の塩素原子含有量が10ppm以下であり,炭素数が6〜18であるフェノール化合物の合計含有量が100ppm以下であり,ナトリウム,カリウム,亜鉛,アルミニウム,チタン,ニッケルおよび鉄原子の含有量の合計が0.7ppm以下であり,且つナトリウムの含有量が0.2ppm未満である芳香族ポリカーボネート樹脂から成形されたことを特徴とする薄板収納搬送容器【請求項2】薄板収納搬送容器が,半導体ウエーハ用収納搬送容器である請求項1記載の薄板収納搬送容器3本件審決の理由の要旨(1)本件審決の理由は,要するに,下記(2)オの相違点c及び下記(3)オの相違点ハについて判断し,本件発明は,主引例を下記アの引用例1又は下記イの引用例2のいずれとしても,下記アないしオに記載された各発明(以下,それぞれ「引用発明1」ないし「引用発明5」という。)に基づき当業者が容易に発明することができたとする原告主張の無効理由は認めることができない,というものである。
ア引用例1:特開平10-211686号公報(甲2)イ引用例2:特開平2-276037号公報(甲1)ウ引用例3:特開平5-148355号公報(甲3)エ引用例4:特開平6-100683号公報(甲4)オ引用例5:特開平3-100501号公報(甲5)(2)なお,本件審決が上記判断に際して認定した引用発明1並びに本件発明1と引用発明1との一致点及び相違点は,次のとおりである。
ア引用発明1:平均分子量(Mv)が10000ないし100000の芳香族ポリカーボネート樹脂であって,吸水率が0.05重量%以下になるまで乾燥した芳香族ポリカーボネート樹脂をガラス管に入れ,1mmHg以下の圧力で封入した後,これを280℃で30分間加熱し,次いで23℃まで冷却後,3日間常温(23℃)放置する間に封入したガラス管の気相部に揮発してくるClイオン量が30ppb以下である芳香族ポリカーボネート樹脂を基材とする精密部材用収納容器イ一致点:芳香族ポリカーボネート樹脂から成形された薄板収納搬送容器である点ウ相違点a:芳香族ポリカーボネート樹脂の分子量について,本件発明1では「粘度平均分子量が14000〜30000」と規定しているのに対して,引用発明1では「平均分子量(Mv)が10000〜100000」と規定している点エ相違点b:芳香族ポリカーボネート樹脂中の塩素に関した含有量について,本件発明1では「塩素原子含有量が10ppm以下」と特定しているのに対して,引用発明1では「吸水率が0.05重量%以下になるまで乾燥した芳香族ポリカーボネート樹脂をガラス管に入れ,1mmHg以下の圧力で封入した後,これを280℃で30分間加熱し,次いで23℃まで冷却後,3日間常温(23℃)放置する間に封入したガラス管の気相部に揮発してくるClイオン量が30ppb以下」と規定している点オ相違点c:芳香族ポリカーボネート樹脂中の塩素以外の不純物の含有量に関して,本件発明1では「炭素数が6〜18であるフェノール化合物の合計含有量が100ppm以下であり,ナトリウム,カリウム,亜鉛,アルミニウム,チタン,ニッケルおよび鉄原子の含有量の合計が0.7ppm以下であり,且つナトリウムの含有量が0.2ppm未満」と特定しているのに対して,引用発明1では,これらの含有量についての規定がない点(3)また,本件審決が上記判断に際して認定した引用発明2並びに本件発明1と引用発明2との一致点及び相違点は,次のとおりである。
ア引用発明2:粘度平均分子量が14200,14300又は14400である3種類の芳香族ポリカーボネート樹脂であって,塩素系溶媒としてのCH2Cl2含有量が,上記3種類の順に3ppm,2ppm又は10ppmであり,Na の含有量が,同じく順に0.3ppm,0.2ppm又は0.2ppmであり,Fe の含有量が,同じく順に0.2ppm,0.1ppm又は0.1ppmである,3種類の芳香族ポリカーボネート樹脂のいずれかを用いて作成された光学式ディスク基板イ一致点:芳香族ポリカーボネート樹脂から成形された成形品である点ウ相違点イ:芳香族ポリカーボネート樹脂の分子量について,本件発明1では「粘度平均分子量が14000〜30000」と規定しているのに対して,引用発明2では「粘度平均分子量が14200,14300又は14400」である点エ相違点ロ:芳香族ポリカーボネート樹脂中の塩素に関した含有量について,本件発明1では「塩素原子含有量が10ppm以下」と特定しているのに対して,引用発明2では「塩素系溶媒としてのCH2Cl2含有量が3ppm,2ppm又は10ppm」である点オ相違点ハ:芳香族ポリカーボネート樹脂中の塩素以外の不純物の含有量に関して,本件発明1では「炭素数が6〜18であるフェノール化合物の合計含有量が100ppm以下であり,ナトリウム,カリウム,亜鉛,アルミニウム,チタン,ニッケルおよび鉄原子の含有量の合計が0.7ppm以下であり,且つナトリウムの含有量が0.2ppm未満」と特定しているのに対して,引用発明2では,「ナトリウムの含有量が0.3ppm又は0.2ppm」であるが,「炭素数が6〜18であるフェノール化合物の含有量」及び「ナトリウム,カリウム,亜鉛,アルミニウム,チタン,ニッケル,鉄原子の含有量の合計」については規定がない点カ相違点ニ:芳香族ポリカーボネート樹脂を成形して得た成形品の用途について,本件発明1では「薄板収納搬送容器」と特定しているのに対して,引用発明2では「光学式ディスク基板」である点4取消事由(1)本件発明1が進歩性を有するとした判断の誤りア相違点cに係る容易想到性の判断の誤り(取消事由1)イ相違点ハに係る容易想到性の判断の誤り(取消事由2)(2)本件発明2が進歩性を有するとした判断の誤り(取消事由3)第3当事者の主張1取消事由1(相違点cに係る容易想到性の判断の誤り)について〔原告の主張〕(1)塩素以外の不純物ア相違点cに係るポリカーボネート樹脂中の成分は,いずれも,本件出願当時,ポリカーボネート樹脂の分解や着色の促進又はウエーハ等の薄板の表面汚染の直接的又は間接的増大とのポリカーボネート樹脂における望ましくない作用に関係するものとして公知又は周知の不純物であった。
したがって,ポリカーボネート樹脂がどのような用途に使用されるものであるかにかかわらず,また,特にポリカーボネート樹脂の強度や透明性が重視される用途又は薄板の表面汚染が問題となる用途については,当然,ポリカーボネート樹脂中のこれらの不純物の含有量は少ない方が好ましいことは技術常識であった。
イ引用例1には,炭素数が6ないし18であるフェノール化合物に相当する成分につき最小限にする旨の示唆がある(【0013】〜【0025】【0043】〜【0046】)。また,引用例1におけるポリカーボネート樹脂の「電解質が無くなるまで」洗浄する(【0034】)とは,本件明細書における「水相の導電率がイオン交換水と殆ど同じになったところで」(【0053】)と技術的に同義であり,このようなポリカーボネート樹脂の洗浄操作によって,塩素イオンだけでなく金属原子を含めた不純物が低減されることになるから,引用例1には,本件発明1と同様の処理を行うことにより,ナトリウム等の金属についても,本件発明1と同程度まで低減させることが記載又は示唆されている。
したがって,引用例1には,「ナトリウム,カリウム,亜鉛,アルミニウム,チタン,ニッケルおよび鉄原子の含有量の合計が0.7ppm以下」や「ナトリウムの含有量が0.2ppm以下」という明示的記載はないものの,実質的には同様の技術思想が記載又は示唆されているということができる。
ウさらに,引用例2ないし5にも,相違点cに係る各種成分が望ましくない不純物であることや,これの成分をある特定の濃度まで低減させることが記載されており,これらの成分が,含有量が少ない方がよい不純物として認識されている以上,具体的な数値範囲が記載されていないとしても,ゼロを含む限りなく低濃度が望ましいことが示唆されているといえる。
例えば,引用例2についてみると,被告も,審査過程において,ポリカーボネート樹脂の処理方法及び処理の程度において,本件発明1と引用発明2とで差異がないことを認めており,当業者であれば,引用例2におけるポリカーボネート樹脂と本件発明1におけるポリカーボネート樹脂とが,同等の原料から同様の処理を経て製造されたものである以上,それらの不純物含有量の範囲が重複することは明らかである。
エそして,ポリカーボネート樹脂において,これらの不純物が少ない方が好ましいこと及び低減させることによる効果が周知であったところ(甲26〜32),本件明細書の記載によると,本件発明1における相違点cに係る具体的に記載されたいずれの数値範囲にも臨界的意義はない。
(2)薄板収納搬送容器以外に係る引用発明との組合せア本件審決は,本件発明1の課題を被収納物である薄板の表面汚染を低減させることができる薄板収納搬送容器の提供と認定し,薄板収納搬送容器又は薄板の表面汚染についての直接的な言及がない引用例2ないし5に係る各発明については,引用発明1と組み合わせる動機付けが存在しないとした。
イしかしながら,?本件発明1の本質はポリカーボネート樹脂にあること,?相違点cに係る不純物の作用は,薄板の表面汚染に特有のものではなく,ポリカーボネート樹脂の基本的な特性に係るものであること,?本件発明は,薄板の表面汚染を低減することだけでなく,その収納搬送容器であるために必要な透明性,強度等の要件を満たす必要があること等からすると,本件発明1は,被収納物である薄板の表面汚染に関する技術分野,ポリカーボネート樹脂に関する技術分野及び薄板収納搬送容器に関する技術分野の全てに関連するのである。
したがって,本件発明1と同一のポリカーボネート樹脂製の薄板収納搬送容器に関するものである引用発明1はもちろん,ポリカーボネート樹脂製の光学式ディスク基板に関するものである引用発明2,4,5及びポリカーボネート樹脂の着色に関するものである引用発明3のいずれも,本件発明1の属する技術分野と同一又は関連の分野に属するものであり,課題も同一であって,これらを組み合わせる動機付けが存在する。
(3)小括以上によると,本件審決の相違点cに係る認定・判断には取り消されるべき違法がある。
〔被告の主張〕(1)塩素以外の不純物アポリカーボネート樹脂がどのような用途に使用されるものであるかにかかわらず,ポリカーボネート樹脂中のこれらの不純物の含有量は少ない方が好ましいことが技術常識であることを示す証拠は存在しない。
イ引用例1には,チタン酸カリウムウィスカー,酸化亜鉛ウィスカー,水酸化アルミニウム,水酸化マグネシウム,三酸化アンチモン,フェライト,チタンホワイト,チタンイエローを揮発性Clの量を増大させないものである限り適宜選択して用いてもよいことが記載されており(【0039】),ナトリウム,カリウム,亜鉛,アルミニウム,チタン,ニッケル及び鉄原子の含有量を低減することを示唆する記載はない。
ウ他方,本件発明1は,ポリカーボネート樹脂中の塩素原子含有量,炭素数が6ないし18であるフェノール化合物の合計含有量,ナトリウム,カリウム,亜鉛,アルミニウム,チタン,ニッケル及び鉄原子の含有量の合計及びナトリウムの含有量の組合せを見いだしたことを特徴とするものであって,成分ごとに数値の技術的意義の存否を検討するまでもなく,技術的意義を有するものである。
(2)薄板収納搬送容器以外に係る引用発明との組合せ光学式ディスク基板に関する引用発明2,4及び5や,窓ガラスの代わりのガラスシートに関する引用発明3の技術分野が,薄板収納搬送容器に関する本件発明1の技術分野と関連するものではない。
また,薄板の表面汚染を低減することを目的とする本件発明1と,ポリカーボネート樹脂の劣化を抑制し光学式ディスク基板の長期にわたる信頼性の向上,記録膜の腐食の抑制,白点の発生の抑制を目的とする引用発明2,4及び5や,着色を防止することを目的とする引用発明3との課題が同一であるということはできない。
そして,引用例2ないし5には,薄板の表面汚染を低減することについての記載や示唆は一切ない。
(3)小括以上によると,引用発明1に引用発明2ないし5を組み合わせて相違点cが容易想到であるとすることはできず,本件審決の判断に誤りはない。
2取消事由2(相違点ハに係る容易想到性の判断の誤り)について〔原告の主張〕(1)薄板収納搬送容器用材料との関係ア本件審決は,薄板収納搬送容器用材料との関連又は薄板収納搬送容器中に収納されたウエーハ等の被収納物の表面汚染との関連が直接的に示されていない引用例2ないし5について,本件発明1の技術分野に属するものではないとした。
イしかしながら,本件出願当時,高温,高湿下において加水分解しやすく,分子量の低下,衝撃強度の低下等を来たしやすいというポリカーボネート樹脂の欠点がポリカーボネート樹脂を容器として使用する場合の不都合となることや,ポリカーボネート樹脂中の残留金属不純物がポリカーボネート樹脂の加水分解の原因となること,さらに,分解生成物である低分子量の有機物がウエーハ等の被収納物の表面汚染の原因となることは周知であった。
そして,ディスク基板用のポリカーボネート樹脂と薄板収納搬送容器用のポリカーボネート樹脂とには,強度や汚染の低減等の点で共通する要件があり,また,同一のポリカーボネート樹脂を,これらのいずれの用途にも使用できることも公知であった。
したがって,上記のような技術常識を前提とすれば,引用例1のみならず,引用例2ないし5も,本件発明1の属する技術分野及び課題と共通性を有する。
(2)引用発明の組合せア引用例2には,未反応成分,金属成分について,ポリカーボネート樹脂中の未反応成分(有機物)等や金属が不純物であって除去することが望ましいと記載されているから,残存量の数値の明示がなくとも,これらの不純物について,ゼロを含む可能な限り低濃度が望ましいことが示唆されているといえる。
また,引用例2には,多岐にわたる金属について,ポリカーボネート樹脂の加水分解の原因となること及び少なければ少ない方がよいことが記載されているから,上限値は異なるものの,実質的に最小限にする意味で本件発明1における技術思想と同趣旨の記載又は示唆があるということができる。
さらに,前記1の〔原告の主張〕の(1)ウのとおり,被告の審査過程における主張に照らしても,当業者であれば,引用例2におけるポリカーボネート樹脂と本件発明1におけるポリカーボネート樹脂との不純物含有量の範囲が重複することは明らかであって,相違点ハは,少なくともナトリウムの含有量以外については引用例2に実質的に記載されているということができる。
イそして,上記(1)のとおり,引用例2,4及び5の属する光学式ディスク基板の材料としてのポリカーボネート樹脂と,本件発明の薄板収納搬送容器の材料としてのポリカーボネート樹脂とは,同様の要求を満たす必要があり,同じポリカーボネート樹脂を両者に用いることができることが公知である。
また,引用例4には,少なくとも本件発明の相違点ハに係る構成のうち「炭素数6〜18のフェノール化合物の含有量が100ppm以下」に相当する記載があり,引用例5には,上限値は具体的に示されていないものの,不純物についてゼロを含む可能な限り低濃度が望ましいことが示唆されている。
さらに,引用例3には,ポリカーボネート樹脂の着色を防止すること(高い透明性を有すること)が記載されているところ,これは,ポリカーボネート樹脂製容器の重要な要件であり,本件発明1の効果の1つとしても透明性が高いことが記載されているから,単に表面汚染との関連が明示的に記載されていないという理由で引用例3を排除することができるものではない。
ウ相違点ハに係る不純物は,いずれもポリカーボネート樹脂における作用が公知又は周知のものであり,少ない方が望ましいことは当然であって,いずれの数値範囲にも臨界的意義がない。
エ引用例1には,相違点ハに係る不純物の含有量につき,具体的な数値は示していないものの,ポリカーボネートを製造するに当たって,原材料の未反応フェノール類などの残留を最小限にする旨と実質的に同等の記載又は示唆があり,本件出願当時の技術常識に照らすと,引用発明1と2とを組み合わせる動機付けも存在する。
(3)小括したがって,引用例2に引用例1及び3ないし5を組み合わせて,本件発明1の相違点ハに係る構成を容易に想到することができ,本件審決の相違点ハに係る判断には取り消されるべき誤りがある。
〔被告の主張〕(1)薄板収納搬送容器用材料との関係引用発明2は,光学式ディスク基板の長期間に発生する加水分解による微細な光学的な欠点を問題にしているものである。これに対し,このような微細な欠点が薄板収納搬送容器に発生しても,同容器の衝撃強度や透明性などの物性を損なうことはない。
また,引用例2には,ポリカーボネートの加水分解と薄板の表面汚染との関係についての記載や示唆はない。
(2)引用発明の組合せ前記1の〔被告の主張〕の(2)のとおり,引用発明2ないし5は,本件発明1とは技術分野や課題が異なり,薄板の表面汚染を低減することについての記載や示唆が一切ないこれらの引用発明を参酌する理由はない。
(3)小括以上によると,引用例2に引用例1及び3ないし5を組み合わせて相違点ハが容易想到であるとすることはできず,本件審決の判断には誤りはない。
3取消事由3(本件発明2が進歩性を有するとした判断の誤り)について〔原告の主張〕本件審決は,本件発明2は本件発明1を引用して更に限定するものであるところ,本件発明1が引用発明1ないし5に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない以上,本件発明2も引用発明1ないし5に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないとした。
しかしながら,前記1及び2の各〔原告の主張〕のとおり,本件発明1に係る本件審決の判断には誤りがあるから,本件発明2に係る本件審決の上記判断にも誤りがあることになる。
〔被告の主張〕争う。
第4当裁判所の判断1取消事由1(相違点cに係る容易想到性の判断の誤り)について(1)本件発明1についてア本件発明1は,前記第2の2の本件発明の要旨の請求項1記載のとおりのものである。
そして,本件明細書によると,本件発明1は,被収容物である半導体ウエーハや磁気ディスク等の薄板に表面汚染としての支障が生じないようにするため,粘度平均分子量,特定成分の含有量を規制し,更に特定の加熱試験における特定成分の揮発量を規制することとして,金属原子及び揮発性ガスの発生を抑制したポリカーボネート樹脂から成形された薄板収納搬送容器を提供することを目的とするものであり(【0001】【0005】【0006】【0008】),特に,上記特定成分の含有量のうち,ポリカーボネート樹脂中の炭素数が6ないし18であるフェノール化合物の合計含有量を100ppm以下としたポリカーボネート樹脂から成形することによって,当該薄板収納搬送容器からのウエーハ等の薄板を汚染することになるフェノール化合物の揮発を抑え(【0025】),また,カリウム,ナトリウム,亜鉛,アルミニウム,チタン,ニッケル及び鉄原子の含有量の合計をポリカーボネート樹脂に対して0.7ppm以下としたポリカーボネート樹脂から成形することによって,これらの金属の存在による成形加工時における樹脂の分解を抑えて,薄板表面を汚染する揮発分の発生を抑制する(【0027】)とのポリカーボネート樹脂から成形された薄板収納搬送容器に係る発明である。
なお,上記特定成分の含有量についてみると,本件明細書には,炭素数が6ないし18であるフェノール化合物の合計含有量の上限値である100ppm並びにナトリウム,カリウム,亜鉛,アルミニウム,チタン,ニッケル及び鉄原子の合計含有量の上限値である0.7ppmが記載されてはいるものの,各下限値が記載されておらず,また,ナトリウムの含有量が0.2ppm未満であることの意義についての記載はなく,本件発明1の数値範囲の特定には,臨界的意義を認めることはできないものである。
イ以上によると,本件発明1においては,「炭素数が6ないし18であるフェノール化合物」及び「ナトリウム,カリウム,亜鉛,アルミニウム,チタン,ニッケルおよび鉄原子」の各合計含有量について,これらがポリカーボネート樹脂中に含有している量が少なければ少ないほど,揮発するフェノール化合物が少なくなること及び金属原子により成形加工時においてポリカーボネート樹脂の分解が促進されずに薄板表面を汚染する揮発分の発生も少なくなり,間接的に被収用物である半導体ウエーハ等が汚染されることを低減でき,本件発明1の課題を解決することができるものである。
したがって,本件発明1は,炭素数が6ないし18であるフェノール化合物並びにナトリウム,カリウム,亜鉛,アルミニウム,チタン,ニッケル及び鉄原子の各合計含有量をできる限り少なくしたポリカーボネート樹脂を用いて薄板収納搬送容器を成形することによって,薄板収納搬送容器からのフェノール化合物の揮発や成形加工時における樹脂の分解を抑制し,これによって,表面汚染に敏感な被収納物であるウエーハ等の薄板の表面汚染を低減することができる薄板収納搬送容器を提供するという発明であるということができる。
(2)引用発明についてア引用発明1引用例1によると,引用発明1は,平均分子量が10000から100000程度で(【0035】),吸水率が0.05重量%以下になるまで乾燥したポリカーボネート樹脂をガラス管に入れ,1mmHg以下の圧力で封入した後,これを280℃で30分間加熱し,次いで23℃まで冷却後,3日間23℃の常温で放置する間に封入したガラス管の気相部に揮発してくるClイオン量が30ppb以下であるポリカーボネート樹脂を基材とするものであって(【請求項1】【0010】【0035】〜【0037】),このポリカーボネート樹脂から揮発してくるClを抑制し,被収納物である電気部材,電子機器部材等の精密部材が,この揮発してくるClによって汚染されることを防ぎ,これらの精密部材を組み込み,又は加工したものに誤作動が生じないようにした(【0009】【0011】),精密部材用収納容器の発明である。
イ引用発明2引用例2によると,引用発明2は,ポリカーボネート樹脂そのものに着目し,ポリカーボネート樹脂の加水分解の原因が,樹脂中に含まれる IA族及び??族に属する金属及び塩素系溶媒との相互作用によるものであることを発見し,ポリカーボネート樹脂による光学式ディスク基板及び該基板を用いた光学式情報記録媒体において,IA族及び??族に属する金属のうち1種類の金属の含有量が1ppm以下,塩素系溶媒残留量が10ppm以下であるポリカーボネート樹脂を使用することにより,10年以上という長期間にわたって,高温・高湿下において加水分解し難く,分子量の低下,衝撃強度の低下等を来さず,高い信頼性を維持できるような光学式ディスク基板及び該基板を用いた光学式情報記録媒体の発明である。
ウ引用発明3引用例3によると,引用発明3は,特に射出成形用又は窓ガラスの代わりのガラスシートとしての用途を有する高分子量ポリカーボネートにおいて(【0002】),エステル交換法で得られる際に,鉄,クロム,ニッケル濃度が低いほど着色のないポリカーボネートが得られる事実を見いだし,鉄濃度を5ppm以下,クロム濃度及びニッケル濃度をいずれも1ppm以下とすることによって,ポリカーボネート樹脂の着色を防止する(【0006】〜【0008】)とのポリカーボネート樹脂の発明である。
エ引用発明4引用例4によると,引用発明4は,ポリカーボネートを光ディスクや磁気ディスク等のディスク基板として成形使用するに当たり,記録膜中に存在する鉄,ガリウム,テルビウム等の金属が徐々に腐食を受けること,基板と記録膜との密着性が不十分であること等の問題があったところ,ホスゲン法によって得られるポリカーボネートには用いた溶媒としての塩化メチレンが不純物として含有しており,この不純物が上記の問題の原因となっていることを発見し(【0002】),不純物としての塩化メチレンの含有量を20ppm以下とすることによって,記録膜の腐食を防ぐこととし,また,未反応ビスフェノール類の含有量を20ppm以下とすることによって,ディスク基板と記録膜との接着性が不十分となることを防ぐこととした(【請求項1】【請求項2】【0003】〜【0005】【0017】),ディスク基板用ポリカーボネートの発明である。
オ引用発明5引用例5によると,引用発明5は,ポリカーボネート樹脂製のレンズ,プリズム,光ファイバ等の光学部材として利用される光学用成形品や,光学式情報記録媒体の基板については,高温・高湿下において白点を発生するという欠点があり,これがビットエラー率の増加をもたらし,10年以上の長期間にわたって高い信頼性を維持するとの必要性を満たさず,寿命を縮める原因となっているとの問題があるところ,ポリカーボネート樹脂を用いた成形品に発生する白点の原因が,樹脂中に含まれる末端水酸基の量又は末端水酸基の量と残留微量金属,特にナトリウムとの相互作用によるものであることを見いだし,ポリカーボネート樹脂中における末端水酸基の量と残留微量ナトリウムの量を,それぞれある基準値以下にすると,成形品に発生する白点を最小限に抑制できることを知見した結果,末端水酸基の含有量が重合の繰り返し単位当たり0.3モル%以下であり,残留ナトリウム量が1ppm以下であることを特徴とする長期間にわたって高い信頼性を維持することができる光学用成形品及び同成形品のうち光学式ディスク基板を用いた光学式情報記録媒体の発明である。
(3)相違点cに係る判断についてア上記(1)によると,本件発明1は,薄板収納搬送容器からのフェノール化合物の揮発や成形加工時における樹脂の分解を抑制して収納される表面汚染に敏感な被収納物である薄板の表面汚染を低減する目的で,ポリカーボネート樹脂に含まれる成分に着目し,炭素数が6ないし18であるフェノール化合物並びにナトリウム,カリウム,亜鉛,アルミニウム,チタン,ニッケル及び鉄原子の各合計含有量をできる限り少なくしたポリカーボネート樹脂を用いて薄板収納搬送容器を成形するという課題を解決しようとするものであって,これが相違点cに係る本件発明の特徴点であるということができる。
これに対し,上記(2)アによると,引用発明1は,精密部材容器の材質であるポリカーボネート樹脂から揮発してくるClイオン量を一定量以下とすることにより,被収用物である精密部材が,この揮発してくるClによって汚染されることを防ごうとするものであって,炭素数が6ないし18であるフェノール化合物や,ポリカーボネート樹脂の分解を促進することによって間接的に汚染物質を発生させるナトリウム,カリウム,亜鉛,アルミニウム,チタン,ニッケル及び鉄原子を低減させるとの上記の課題について考慮するところはないものである。
また,上記(2)イないしオのとおり,引用発明2ないし5のいずれも,ポリカーボネート樹脂に含まれる不純物によって,当該ポリカーボネート樹脂自体の機能,性状等が低下することを防ごうとする発明であって,本件発明1がポリカーボネート樹脂による薄板収納搬送容器における被収納物の汚染を防止しようとすることとは課題や技術思想が異なるものであって,引用発明2ないし5が,相違点cに係る本件発明1の課題や技術思想について開示・示唆するものということはできない。
イしたがって,たとい引用発明1に引用発明2ないし5を組み合わせたとしても,上記のとおりの本件発明1の課題及び課題解決に至るものではないから,相違点cに係る構成について容易想到ということはできない。
ウなお,原告は,引用例1におけるポリカーボネート樹脂の「電解質が無くなるまで」洗浄するとの洗浄操作によって,塩素イオンだけでなく金属原子を含めた不純物が低減されることになるから,引用例1には,ナトリウム等の金属についても,本件発明1と同程度まで低減させることが記載又は示唆されていると主張する。
しかしながら,引用例1において,「電解質が無くなるまで,有機相を洗浄し,最終的には有機相から適宜不活性有機溶媒を除去,ポリカーボネート樹脂を分離する。」(【0034】)との「電解質」が金属イオンまでも含むものとの記載や示唆はなく,同記載について,金属イオンが低減されたということができるものではなく,原告の主張は採用することができない。
エまた,原告は,甲26ないし32を挙げ,ポリカーボネート樹脂において,フェノール化合物や金属原子の不純物が少ない方が好ましいこと及び低減させることによる効果が周知であったと主張する。
しかしながら,上記の各甲号証に係る発明は,本件審決において判断の対象とされたものではなく,本件訴訟において,特許法29条2項が準用する同条1項各号の発明としてみることができないものである。仮に,周知技術としてみるとしても,甲26ないし28及び32に開示の技術は,薄板収納搬送容器に関するものではなく,収納される表面汚染に敏感な薄板の表面汚染を低減する目的で,特定の成分の合計含有量をできる限り少なくしたポリカーボネート樹脂を用いて薄板収納搬送容器を成形するという本件発明1の課題ないし技術思想について開示・示唆するものではないし,甲29ないし31には,薄板収納搬送容器に当たるウエーハ収納容器,ウエーハ収納ケース又はプラスチック製ボックスについての技術が開示されているが,いずれも,ポリカーボネート樹脂の成分として,樹脂中に含まれる炭素数が6〜18であるフェノール化合物並びにナトリウム,カリウム,亜鉛,アルミニウム,チタン,ニッケル及び鉄原子に着目しつつ,本件発明1と同様の課題解決を図る旨の開示ないし示唆はないものである。
以上によると,引用発明1ないし5に甲26ないし32に開示の技術を併せみても,ポリカーボネート樹脂による薄板収納搬送容器における被収納物の汚染を防止しようとする相違点cに係る本件発明1の課題や技術思想について想到することが容易であるということはできない。
(4)小括したがって,取消事由1は理由がないことになる。
2取消事由2(相違点ハに係る容易想到性の判断の誤り)について(1)前記1(3)アのとおり,本件発明1は,薄板収納搬送容器からのフェノール化合物の揮発や成形加工時における樹脂の分解を抑制して収納される表面汚染に敏感な被収納物である薄板の表面汚染を低減する目的で,ポリカーボネート樹脂に含まれる成分に着目し,炭素数が6ないし18であるフェノール化合物並びにナトリウム,カリウム,亜鉛,アルミニウム,チタン,ニッケル及び鉄原子の各合計含有量をできる限り少なくしたポリカーボネート樹脂を用いて薄板収納搬送容器を成形するという課題を解決しようとするものであって,これが相違点ハに係る本件発明の特徴点であるということができる。
これに対し,前記1(2)のアないしオのとおり,引用発明1ないし5は,本件発明1のように,炭素数が6ないし18であるフェノール化合物並びにナトリウム,カリウム,亜鉛,アルミニウム,チタン,ニッケル及び鉄原子の各合計含有量をできる限り少なくしたポリカーボネート樹脂を用いて薄板収納搬送容器を成形するという課題に着目し,これを解決しようとしたものではなく,相違点ハに係る本件発明1の上記課題や技術思想について開示・示唆するものということができない。
(2)したがって,引用発明2に引用発明1及び3ないし5を組み合わせたとしても,相違点ハに係る構成について容易想到ということはできない。
3取消事由3(本件発明2が進歩性を有するとした判断の誤り)について原告は,本件発明1が進歩性を有しないことを前提として,本件発明2が進歩性を有しないと主張するところ,上記1及び2のとおり,本件発明1に進歩性がないとすることはできないから,本件発明2が進歩性を有しないとする原告の主張も理由がない。
4結論以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。
裁判長裁判官 滝澤孝臣
裁判官 本多知成
裁判官 荒井章光