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関連審決 不服2007-26326
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成21行ケ10062審決取消請求事件 判例 特許
平成21行ケ10353審決取消請求事件 判例 特許
平成22行ケ10045審決取消請求事件 判例 特許
平成21行ケ10323審決取消請求事件 判例 特許
平成21行ケ10329審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 発明者 /  製造方法 /  新規性 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  引用発明の認定 /  発明特定事項 /  技術常識 /  択一的 /  参酌 /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 21年 (行ケ) 10366号 審決取消請求事件
原告 住友金属工業株式会社
訴訟 代理 人弁 理士 渡邊極 平田武行
被告 特許庁長官
指定代理人 大橋賢一 長者義久 唐木以知良 田村正明
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2010/12/06
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が不服2007−26326号事件について平成21年9月28日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
全容
第1原告が求めた判決主文同旨第2事案の概要本件訴訟は,特許出願拒絶査定を不服とする審判請求を成り立たないとした審決の取消訴訟である。争点は,本願発明の進歩性(容易想到性)の有無である。
1特許庁における手続の経緯原告は,平成12年2月28日,名称を「耐疲労特性に優れた高強度無方向性電磁鋼板とその製造法」とする発明につき特許出願したが(特願2000-51861号),平成19年8月22日,拒絶査定を受けた。そこで,原告は,平成19年9月26日,拒絶査定につき不服審判請求をし,不服2007-26326号として特許庁に係属したが,特許庁は,平成21年9月28日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は平成21年10月21日に原告に送達された。
2本願発明の要旨本願発明は高速回転を必要とする回転機のロータに用いられる無方向性電磁鋼板に関する発明で,平成21年8月18日付け手続補正書(甲7)に記載の請求項の数は3であるが,審決が本願発明とした請求項1に係る発明の特許請求の範囲は以下のとおりである。
【請求項1】「質量%で,C:0.01%以下,Si:0.3%以上2.9%以下,Mn:2.0%以下,S:0.001%以上0.01%以下,酸可溶Al:0.7%以上3.0%以下,P:0.1%以下,N:0.0050%以下,残部Feおよび不可避不純物より成る鋼組成を有し,下記式(1) 〜 (3) を満たすことを特徴とする無方向性電磁鋼板。
Sieq*σw/τ≧4.0・・・・・(1)σw≧350・・・・・ (2)τ≦95 ・・・・・ (3)ただし,Sieq=Si+酸可溶Al+1/2Mn(すべてSi,Al,Mnはそれぞれの化学成分の質量%),σwは表面コーティングおよび打ち抜き加工後の疲労限(MPa),τはフェライト結晶粒径(μm)である。」3審決の理由の要点本願発明と下記引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)を対比すると,下記の点で一致する一方で相違点1ないし3があるが,相違点1を解消することは,当業者が容易になし得た等価成分間の含有量調整であり,相違点2,3は実質的な差異ではないから,本願発明は引用発明に基づいて当業者が容易に発明できたもので進歩性を欠く(特許法29条2項)。
【引用例】(甲1)特開平11-310857号公報なお,審決が認定した引用発明の要旨,本件発明と引用発明の一致点及び相違点はそれぞれ次のとおりであり,原告においても次の各点を争っていない。
【引用発明の要旨】「重量%で,C:0.002%,Si:3.1%,Mn:0.9%,P:0.07%,S:0.001%,sol.Al:0.80%,残部Feおよび不可避不純物より成る鋼組成を有する無方向性電磁鋼板。」【本願発明と引用発明の一致点】「質量%で,C:0.01%以下,Mn:2.0%以下,S:0.001%以上0.01%以下,酸可溶Al:0.7%以上3.0%以下,P:0.1%以下,残部Feおよび不可避不純物より成る鋼組成を有する無方向性電磁鋼板」である点。
【本願発明と引用発明の相違点】(1) 相違点1「本願発明が『Si:0.3%以上2.9%以下』を含むのに対し,引用発明のSi量は3.1%である点。」(2) 相違点2「本願発明が『N:0.0050%以下』に限定するのに対し,引用発明のN量が不明な点。」(3) 相違点3「本願発明が『下記式(1) 〜 (3) を満たすことを特徴とする無方向性電磁鋼板。
Sieq*σw/τ≧4.0・・・・・(1)σw≧350・・・・・ (2)τ≦95 ・・・・・ (3)ただし,Sieq=Si+酸可溶Al+1/2Mn(すべてSi,Al,Mnはそれぞれの化学成分の質量%),σwは表面コーティングおよび打ち抜き加工後の疲労限(MPa),τはフェライト結晶粒径(μm)である。』のに対し,引用発明が式(1) 〜 (3) を満たすか不明な点。」第3原告主張の審決取消事由1手続違背(取消事由1)(1) 平成21年6月18日付け拒絶理由通知(甲5)には,「引用例の実施例には,本願請求項1で特定したC,Si,Mn,S,酸可溶Al(=sol.Al),P含有量を有する鋼を,同請求項2で特定した製造方法により鋼板とした後,同請求項3で特定した表面コーティングを施し,さらに打ち抜き加工してなる無方向性電磁鋼板(↑引用発明)が記載されている。
引用例には,引用発明について,本願請求項1で特定したN含有量や,疲労限σw,結晶粒径τの記載はないが,電磁鋼板における不純物N含有量は,通常0.0050%以下と認められ,さらに,引用発明の組成から計算される元素当量Sieqと,製造条件から推定される結晶粒径τが,本発明の実施例と同程度のものと認められるから,疲労限σwも同程度になると認められる。
してみると,本願請求項1に係る発明は,引用発明と比較して,物としての実質的な差異がない。また,請求項2,3に係る発明も,前述したように引用発明の製造方法として,引用例に記載されたものである。」との記載がある。
上記記載に係る判断は,特許・実用新案審査基準第?部第2章1.5.5(3)及び同章2.6の各「機能・特性等による物の特定を含む請求項の取扱い」中の本願発明に係る物と引用発明に係る物との厳密な一致点及び相違点の対比を行わず,審査官において両者が同じ物であるかにつき一応の合理的な疑いを抱き,新規性欠如(進歩性欠如)の拒絶理由を通知すべき場合の1つである,「本願の明細書若しくは図面に実施の形態として記載されたものと同一又は類似の引用発明が発見された場合(例えば,実施の形態として記載された製造工程と同一の製造工程及び類似の出発物質を有する引用発明を発見したとき,又は実施の形態として記載された製造工程と類似の製造工程及び同一の出発物質を有する引用発明を発見したときなど)」に当たるものとしてされたもの,すなわち「通常の手法」(本願発明に係る物と引用発明に係る物との厳密な一致点及び相違点の対比を行って,新規性,進歩性の有無を判断する手法)でない「特例の手法」によるものである。
しかしながら,上記審査基準にいう「特例の手法」を適用する場合には,複数の引用例に記載された発明を組み合わせて論理付けをすることは許されず,「特例の手法」により導き出した推定事実に「通常の手法」による引用発明を組み合わせることはできない。
出発物質と製造工程が形式的に同一である場合に,製造される製品の機能,特性等が同一であるとの推定をすることができるとしても,出発物質,製造工程がいずれも形式的には同一でなく,類似するにすぎない場合にまで,製造される製品の機能,特性等が同一であるとの推定をすることはできない。審決のように,出発物質と製造工程が形式的に同一でない場合に,「特例の手法」によって事実を推定し,さらに「通常の手法」により鋼組成を変更することは許されない。
そうすると,上記「特例の手法」による拒絶理由通知を受けた原告が,さらに「通常の手法」を組み合わせて論理付けがされる可能性に思い至るはずはなかった。
原告は,審判手続において,上記論理付けにつき意見書の提出等をする機会を与えられていなかったところ,審決は上記の論理付けを行って,本願発明の進歩性を否定したものである。これは,前記拒絶理由通知に記載された理由と異なる理由で,本願発明の進歩性(容易想到性)を判断したものであって,特許法159条2項,50条本文に反する手続違背があったものというべきである。
2進歩性否定の論理付けの誤り(取消事由2)審決は,各々の相違点について別個独立した論理付けをするのみで,引用発明に基づいて当業者が本願発明に容易に想到できたこと(進歩性)の論理付けをしていないから,理由を欠く不適法なものである。
または,審決で進歩性判断の論理付けがされているとしても,それは,引用発明の鋼板と本願発明の鋼板とでそのフェライト結晶粒径や疲労限が前記「特例の手法」により同等であると推定した上で,「通常の方法」により鋼組成を変更したものであって,許されない方法によったものであり,論理付けが誤っている。
3本願発明の容易想到性判断の誤り(取消事由3)(1) 相違点1についてア引用例には,Si,Mn及び酸可溶Alが鉄損,磁束密度,打ち抜き加工性につき定量的に同様の作用を有することや,上記鉄損以外の特性,例えば鋼板を表面コーティングし,打ち抜き加工した後の疲労限やフェライト結晶粒径について,本願発明の鋼板と同様の作用を有することは記載されていない。
また,打ち抜き加工性についてみても,引用例においては,Siと0.5を乗じたAlの重量%(質量%)の合計が4.5%以下になるのが望ましいとされているが(段落【0028】),これは打ち抜き加工性に対してSiがAlの2倍の悪影響を及ぼすことを意味しているのであって,SiとAlとが定量的にもほぼ同様の作用を持つ等価成分と解することは到底できない。
引用例においては,鉄損及び磁束密度の観点からSi,Mn,酸可溶Alの含有率の上限が定められたわけではないから(段落【0026】ないし【0028】),引用例のSi,Mn,酸可溶Alの含有率の上限が同一であるからといって,鉄損及び磁束密度につき,Si,Mn,酸可溶Alが定量的にもほぼ同様の作用をもつ等価成分であるということはできない。
そして,Si及びAlはフェライト生成元素である一方,Mnはオーステナイト生成元素であって,冶金学的に相違する作用を有するものであるし,Si,Mn及びAlは原子半径が異なり,鋼材の機械特性や再結晶挙動において相違する作用を有するから,これらを含有する鋼板において,鉄損,磁束密度及び打ち抜き加工性以外の特性が,上記各含有率の別に応じて異なり得る。
そうすると,Si,Mn及び酸可溶Alが鋼板の鉄損等につき定量的にどのような作用を有するのか不明であり,またSi,Mn及び酸可溶Alが上記鉄損以外の特性,例えば鋼板を表面コーティングし,打ち抜き加工した後の疲労限やフェライト結晶粒径についてどのような作用を有するのか不明であるにもかかわらず,Si,Mn及び酸可溶Alの間の成分量の調整を「当業者が容易になし得た等価成分間の含有量調整である」とすることはできない。
イ電磁鋼板の結晶粒径や疲労限が,Si及びAlの個別の含有率ではなく,その合計に依存することが知られているということはない。
(ア ) 被告が引用する乙第2号証は,電磁鋼板の鉄損(第1図)や磁束密度(第2図)に関してSiとAlとを等価成分として扱い得ることを開示するのみであって,結晶粒径に関して両成分を等価成分として扱い得ることは開示していない。
したがって,乙第2号証を根拠にして,電磁鋼板の結晶粒径に関し,Siと酸可溶Alとを等価成分として扱うことはできない。
(イ ) 被告が引用する乙第3号証には,確かに電磁鋼板の疲労限に関してSiとAlとを等価成分として扱い得ることが開示されているが,乙第3号証では,鋼材から試験片を切り出し,切り出し加工による影響(バリや荒れ等)を完全に除去した上で試験を行っており,試験片に微小クラックのような欠陥は存しない。
しかし,本願発明では,試験片(試片)を鋼材から切り出すのではなく打ち抜いており,加工後の破面には微小なクラックが存在している。
したがって,乙第3号証の疲労限の試験と本願発明の疲労限の試験とでは,試料の性格が異なり,前者では製品となる部材を取り出す母材の疲労限が評価されるのに対し,後者では製品となる部材が実際に使用される場面を想定した疲労特性(疲労限)が評価されるものであって,評価の対象が異なるものである。加えて,製品となる部材を打ち抜き加工すれば,その形状の凹凸等に従って,疲労破壊の起点となる欠陥が存在することになり,かかる欠陥が存しない場合に比して疲労限が低下するから,乙第3号証の疲労限の数値と本願発明の疲労限の数値とを同列に論じることはできない。
また,乙第3号証中の疲労限の数値をもとに,350MPa以上の疲労限が,高効率回転機の鉄心に使用される電磁鋼板の通常の設定値であるということはできない。
ウ被告が引用する乙第1号証は,Si(けい素)の含有率が6.5%と高い特殊な電磁鋼板である「高けい素鋼板」に関するものであり,引用例で従来の無方向性けい素鋼板等として記載されている電磁鋼板はSiの含有率が3.5%未満であるから,両者は鋼板としての性格が大きく異なる。粗大な結晶粒を有し,打ち抜き加工時に粒界割れ等の亀裂が生じることが上記「高けい素鋼板」に特有の技術的課題であることは明らかであるし,乙第1号証中では打ち抜き加工によって生じる粒界割れ等の亀裂を防止することによって疲労強度が向上することは開示されていない(乙第1号証で開示されているのは,打ち抜き加工性が引っ張り破断伸びという機械特性に依存することや,鋼材の靱性及び切欠き感受性が打ち抜き加工後の鋼材の疲労特性に影響することであって,打ち抜き加工性が鋼材組織の如何に依存することや,打ち抜き加工性が打ち抜き加工後の疲労特性に影響することではない。)。
仮に高けい素鋼板に関して,乙第1号証に電磁鋼板の打ち抜き加工性が鋼材組織の如何に依存し,鋼材組織が打ち抜き加工後の疲労特性に影響することが開示されているとしても,引用例の電磁鋼板,ひいては電磁鋼板一般につき,打ち抜き加工性が鋼材組織の如何に依存し,鋼材組織が打ち抜き加工後の疲労特性に影響すると断定することはできない。
また,打ち抜き加工性に対する作用が等価であるからといって,結晶粒径に対する作用が等価であるとは必ずしもいえないし,疲労限に対する作用が等価であるとも必ずしもいえない。
(2) 相違点3についてア審決は,「引用発明は,そのSieq値や仕上げ焼鈍温度等からみて,フェライト結晶粒径や疲労限が,前記『本発明例1』と同等であって,上記式(1) 〜 (3) を満たすものと認められる。」とするが,これは「鋼組成と製造方法が同等であれば,通常得られる鋼組織や物性も同等のものとなること」を根拠とするものであるところ,引用発明の鋼と本願発明の鋼とでは,Si,Mn,P,酸可溶Alの含有率が異なり,鋼組成において顕著に相違しており,およそ同等とはいえないし,両者は製造方法も同等であるとはいえず,また評価の対象となる疲労限も同一でないから,上記認定は根拠に欠ける。
なお,本願明細書の記載から,Sieq値が同等であればフェライト結晶粒径や疲労限が同等になることは明らかでなく,むしろ,本願明細書には,「Sieq*σW/ τ が4.0 未満の材料は,合金成分不足で母材そのものの疲労特性不良の場合か,合金成分は十分だが粗大結晶粒であって切欠き疲労特性不良の場合で,いずれも本発明の高速回転用部材に適しないため,4.0 以上とした。」と記載されており(段落【0025】),Sieq値,フェライト結晶粒径,疲労限はそれぞれ独立のものである。
イ被告が引用する乙第2号証の結晶粒径のデータは,鋼の組成がほぼ同一の試料に係るものにすぎず,乙第2号証の試料と本願発明の電磁鋼板とはその組成が大きく異なる。乙第2号証の試験において,結晶粒径が鋼組成に依存せず,主として焼鈍温度に依存することが判明したとしても,本願発明の電磁鋼板において結晶粒径が焼鈍温度に依存することが明らかであるとはいえないし,本願発明の電磁鋼板の仕上げ焼鈍温度が乙第2号証の試料の焼鈍温度に等しい850℃であったからといって,本願発明の電磁鋼板の結晶粒径が乙第2号証の試料の結晶粒径τに等しい55μmになるとはいえない。
また,乙第2号証の実験No.3においては,同実験に対応する鋼組成について結晶粒径の焼鈍温度依存性が不明である上,実験No.2と実験No.3とは結晶粒径に差が生じないよう,粒成長がほとんど生じない700℃という低い焼鈍温度を設定したものであって,実験No.2と実験No.3との間で結晶粒径に差異が生じなかったからといって,上記と異なり粒成長が生じる高い焼鈍温度を設定した場合にまで,結晶粒径に差異が生じないということはできない。したがって,乙第2号証の実験No.2,3,12ないし16の実験結果に基づいて,結晶粒径が主として焼鈍温度に依存し,鋼組成に依存しないなどということはできない。
ウ引用例には「一部のものを除いて,850℃で2時間保持する箱焼鈍を施した。」と記載されているにすぎず(段落【0056】),全部の実施例に対して箱焼鈍を施したものでないことは明らかであるから,実施例4の試験番号35の試料につき上記箱焼鈍を施したかどうか不明である。
冷間圧延後の母材の結晶組織を好ましいものとする手段には,熱延板焼鈍を施すことのほかにも,熱間圧延時の圧下率,仕上げ温度,冷却温度,巻き取り温度等を調整するといった方法があるから,冷間圧延後の母材の結晶組織が好ましいものであったからといって,熱延板焼鈍である850℃の箱焼鈍が施されたとは即断できない。
ところが,審決は,相違点3に関し,引用発明の製造方法として箱焼鈍を850℃で行ったことが記載されていると認定しており,誤りである。
エ引用例には,実施例4(測定方法が同様であるとされる実施例1)につき,打ち抜き加工により試験片を作成し,各種の測定を行ったことが記載されておらず,引用発明について打ち抜き加工により試験片を作成したか否かは不明である。ところが,審決は,相違点3に関し,打ち抜き加工により試験片を作成した旨認定しており,誤りである。
オ引用発明の電磁鋼板を使用した鉄心の鉄損(2.41W/Kg)と本願発明の電磁鋼板を使用した鉄心の鉄損(本発明例1で3.6W/Kg)は顕著に相違する。
また,甲第24号証の図3.75にかんがみれば,引用発明の電磁鋼板の結晶粒径は百数十μm程度であって,本願発明の電磁鋼板の結晶粒径55μmと顕著に相違する。
そうすると,Si及びAlの含有率を調整し,相違点1を解消したとしても,結晶粒径は百数十μm程度のままで変わらず,疲労限も著しく低いままであるから,本願発明の関係式(1) ないし (3) を満足することはない。
(3) 本願発明の課題について審決は,「本願明細書の段落0009〜0010には,本願発明特定事項である疲労限の関係式について,過去に疲労破壊したロータを分析調査して判明したと記載されて」いると認定する。
しかし,本願発明の発明者が,過去に疲労破壊したロータを分析調査して判明したのは,「打ち抜き加工による微小な切り欠きをもった状態での疲労限とその鋼材の結晶粒径に相関があること」及び「疲労限が350MPa未満の材料では10000rpmを超えるような高速回転するモータでは切り欠き欠陥による破壊を起こしたり,繰り返し応力による疲労破壊を起こしたりすること」であって(段落【0009】),これらの知見を踏まえて「破壊を明確にする指標として鋼材の化学成分,疲労限,結晶粒径を詳細に調べた」のであり(段落【0010】),当然に既存の電磁鋼板以外にも数多くの電磁鋼板を試作して試験し,その結果,本願発明の発明特定事項である疲労限の関係式が判明した。
したがって,審決の上記認定は失当であり,審決がいう「本願発明は,既存の電磁鋼板の中から耐疲労特性の向上したものを特定することを課題にしたものではあるが,既存の電磁鋼板より耐疲労特性を向上させることを課題にしたものとは認められない。」との認定は誤りである。
(4) 小括以上のとおり,審決の容易想到性の判断は誤りである。
第4取消事由に関する被告の反論1取消事由1に対し(1) そもそも,特許・実用新案審査基準にいう「特例の手法」は,通常の手法による対比判断が困難な発明特定事項の場合の対比判断の手法にすぎず,特許法29条に反するような例外的な手法ではないし,「特例の手法」において当該明細書の記載が参酌されるのは発明特定事項の解釈のためにすぎず,通常の手法と「特例の手法」の組合せが一般に許されないものではない。
(2) 拒絶理由通知(甲5)中では,審決と同様に,本願発明が引用例に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである旨が記載されており,結晶粒径や疲労限などについて審決と同様の判断が示されている。
Si等の鋼組成に係る発明特定事項を通常の手法で,結晶粒径や疲労限に係る発明特定事項を特例の手法で対比判断するという判断手法を採用した点について,上記拒絶理由通知と審決とで異なるところはない。
(3) 他方,原告は,上記拒絶理由通知に対し,平成21年8月18日付け意見書(甲6)で,「また,上記(4)(A)で述べたように,理由2および理由3は,引用例の実施例を根拠として,『特例の手法』による推定を論理付けとするものである。
したがって,斯かる推定を事実として認定し,さらにそのうえで『通常の手法』により引用発明を組合せるといった論理付けは許されない。例えば,引用文献1の特許請求の範囲に記載された化学組成の数値範囲内で各元素を変動させて本願発明の製造方法に合致させるように論理付けすることは許されない。」と主張しており,原告が,すなわち特例の手法と通常の手法を組み合わせた論理付けを想定して意見を述べていたことが明白である。
なお,審決がその理由中で引用発明の認定につき「高効率回転機構の鉄心」と記載しているのは,明らかな誤記にすぎない。
(4) 以上のとおり,上記拒絶理由通知にいう理由と審決の理由は,実質的に異なるものではなく,原告に反論の機会を与えないまま審決がされたわけでもないから,本件の審判手続に手続違背の違法はない。
2取消事由2に対し審決は相違点1を解消した上で相違点3を解消することにつき判断したものではなく,相違点3が実質的な差異にならない範囲で相違点1を解消することにつき判断したものである。
そして,審決は相違点1に係る鋼組成の変更について,当業者において容易になし得た等価成分間の含有量調整,すなわち,当該組成物の組織や物性に対して等価な作用を及ぼす成分同士における含有量(含有率)の調整であるとしており,複数の成分間で含有量(含有率)を増減しても,当該組成物の組織や物性は同等であると判断した。
この論理は,結晶粒径と疲労限の推定(相違点3)と相容れないものではないから,相違点1に係る鋼組織変更後に上記推定を行うことが許されないものではない。
3取消事由3に対し(1) 相違点1について主として化学の分野では,異なった物質(化合物等)が同一の効果を奏するような場合に,択一的記載により一つの発明を記載することがあり(マーカッシュ形式等),この形式で記載される場合には,異なった物質が互いに置換可能であり,等価成分であることが示されているものである。
しかるに,引用例には,Si,Mn及び酸可溶Alの作用に関して,鉄損,磁束密度及び打ち抜き加工性についての定性的な記載がされているに止まらず,上記各成分の添加量の上限がいずれも4%であることが記載されている(段落【0026】〜【0028】)から,上記各成分は,鉄損,磁束密度及び打ち抜き加工性について定量的にもほぼ同様な作用をもつ等価成分と解することができる。
ところで,特開平7-278868号公報(乙1)中には,高速電動機用の高けい素鋼板(電磁鋼板)が粗大結晶粒組織を有し,打ち抜き加工で粒界割れ等の亀裂が生じることや,当該亀裂を防止すると疲労強度特性が向上することが記載されており(段落【0004】〜【0007】,【0025】,【0026】,図3〜6),電磁鋼板の打ち抜き加工性が,鋼材組織に依存し,打ち抜き後の鋼材疲労特性に影響することが開示されている(なお,打ち抜き加工によって試料に生じた亀裂が鉄メッキによって塞がれ,応力集中による亀裂の拡大を防止する措置が講じられている。)。
また,特公平8-14016号公報(乙2)中には,高周波用無方向性電磁鋼板における鉄損,磁束密度及び結晶粒径とSi,Al成分の関係(第1,2図。例えば,実験2,3のデータによれば,Si及びAlの含有率の合計が2倍になっても電磁鋼板の結晶粒径が変化しないことが明らかであり,また実験12ないし16のデータによれば,焼鈍温度によって結晶粒径が大きく変化することが明らかである。)が,特開平11-293425号公報(乙3)中には,疲労特性に優れた無方向性電磁鋼板における,Si,Al成分の含有率の合計と疲労限との関係(図3)が,それぞれ記載されており,電磁鋼板の結晶粒径や疲労限に対して,Si及びAlを等価成分として扱うことが開示されている。
したがって,本願発明の出願日当時,当業者において,電磁鋼板の打ち抜き加工性が,鋼材組織に依存し,打ち抜き後の鋼材疲労特性に影響することは自明の事柄であって,鋼材中の各成分の打ち抜き加工性に対する作用が等価であれば,結晶粒径や疲労限に対する作用も等価であると解することに格別の困難性はないし,またSi及びAlは電磁鋼板の結晶粒径や疲労限に対して等価成分として周知であった。
したがって,引用発明の電磁鋼板において,例えば,Siを3.1%から2.9%に減量する代わりにAlを0.80%から1.0%に増量し,相違点1を解消することは,当業者が容易になし得た等価成分間の含有量調整にすぎなかった。
なお,引用例の「Si(%)+0.5Al(%)≦4.5となる範囲にするのが好ましい。」との記載は,SiとAlとが置換可能な等価成分であることを前提にして,その含有率の合計の上限において定量的な作用が1:0.5になることを示したものと解することができ,上記結論に影響を及ぼすものではない。
また,原告が提出する甲第20号証は,鉄に炭素を添加した「炭素鋼」を前提とするものであって,炭素を不純物とする電磁鋼板に適用できるものではない。
(2) 相違点3についてア乙第2号証には,高周波用無方向性電磁鋼板について,Si及びAlの含有率の合計と板厚と焼鈍温度を変えて結晶粒径を測定した実施例が記載されており(第1表),結晶粒径が,主に焼鈍温度に依存することが開示されているし,引用発明と同一の仕上げ焼鈍温度850℃ で,引用例の電磁鋼板の結晶粒径 τ(55 μ m)と同程度の結晶粒径になることが開示されている。
また,電磁鋼板の結晶粒径や疲労限が,SiやAlの個別の含有率ではなく合計に依存することは周知である。
したがって,引用発明と本願発明とが,鋼組成(Sieq値)や製造方法(仕上げ焼鈍温度)が同等であるから,鋼組織(結晶粒径)や物性(疲労限)が同等であるとの審決の判断は,電磁鋼板の技術常識とも矛盾するものではない。
また,乙第2号証には,高周波用無方向性電磁鋼板について,Si及びAlの含有率の合計を2.0ないし4.0%,Mnの含有率を1%以下(Sieq値換算で2.0〜4.5)にすると共に結晶粒径を5ないし60μ mにすべきことが記載されている一方(請求項1),引用発明では,Siの含有率が3.1%,Alの含有率が0.80%(SiとAlの含有率の合計3.9%),Mnの含有率が0.9%であって(Sieq値換算で4.35),本願発明の式(3) で限定する結晶粒径(95 μm以下)は,引用発明において通常の設定値である。
また,乙第3号証には,高効率モータのコア材に使用される無方向性電磁鋼板について,疲労限が40kgf/mm2(約392MPa)以上のものが記載されており(段落【0002】,図3。なお400MPa程度が,実際の高効率モータの鉄心に使用される部材が繰り返し受ける応力を前提とする,当該発明の電磁鋼板に係る閾値と推定される。),本願発明の式 (2) で限定する疲労限の350MPa以上との値は,高効率回転機用の鉄心に使用される引用発明において通常の設定値である。
なお,Sieq値が1を若干超える場合には,本願発明の式(1) ,(3) で規定される範囲は,式(1) で規定される範囲にすべて含まれてしまい,式 (1) は事実上意味を有しなくなる。
したがって,引用発明は,Sieq値や仕上げ焼鈍温度等の観点に照らし,そのフェライト結晶粒径や疲労限が,本願発明におけるのと同等であって,本願発明の式(1) ないし (3) を満たすものである。
なお,審決は,引用発明の電磁鋼板による鉄心の鉄損値をもとに本願発明の電磁鋼板と物性が同等であると判断したものではないし,本願発明において鉄損値が特定されているものではない。また,両者の鉄損値の違いは鉄損改善成分であるPの含有率の違いによって説明できるものである。したがって,鉄損値の違いに基づいて物性が同等でないなどということはできない。
イ鉄損値が鋼板の結晶粒径に依存すること,疲労限と引っ張り強さとの間に強い相関関係があること,打ち抜き加工性が引っ張り強さに依存することはいずれも当業者に周知の事項であって(甲25の7,11,25頁,乙7),鉄損値と打ち抜き加工性が同等となるように等価成分間の含有量調整を行った後に鋼材の結晶粒径,疲労限が大きく変化するとは考え難い。
ウ鋼材物性が,鋼材化学成分と鋼材組織により決まることは,当業者に自明なことであるが,本願明細書の段落【0010】には,本願発明が指標とした鋼材物性「疲労限」では,鋼材化学成分としてSieq値,鋼材組織としてフェライト結晶粒径を指標とすればよいことが記載されており,前記アの判断は本願明細書の記載に沿うものである。
なお,本願明細書中の疲労破壊の起点になる微少クラックについての記載(段落【0018】,【0021】)や,結晶粒の微細化についての記載(段落【0023】)は,いずれも本願発明の鋼組成の範囲外の電磁鋼板に係るものであって,本願発明の鋼組成の範囲内で,特定の成分組成が,疲労限や結晶粒径に影響を与えることは記載されていない。また,本願明細書の段落【0024】,【0025】においては,本願発明の電磁鋼板の疲労特性(疲労限)が,鋼材自体の疲労特性と切り欠き疲労特性に依存すること,鋼材自体の疲労特性を示す指標が機械的強度を高める合金成分元素の当量であるSieq値であり,切り欠き疲労特性を示す指標が仕上げ焼鈍後の結晶粒径であることが説明されており,これらの指標の相互依存関係は,少なくとも段落【0017】ないし【0023】に記載された鋼組成の範囲内で成立するものと解することができる。
エ引用例には,冷間圧延前の焼鈍について「熱延板には,必須条件ではないが,冷間圧延前に焼鈍を施すとリジング(圧延後に生じる畳目状の凹凸欠陥)の発生を抑制できるので好ましい。また,冷間圧延母材の結晶組織を均一にする目的で焼鈍するのも効果的である。」(段落【0036】)との記載があるほか,実施例4につき,「表3にこれらの測定結果を示した。試験番号31〜36は,製品鋼板の(I411+I200)/(I211+I222)は0.75以上であり,その磁気特性は,鉄損,磁束密度ともに板面内平均値が良好であり,磁束密度の板面内異方性は絶対値が0.003以下で極めて良好であった。これに対して,試験番号37〜41では冷間圧延母材の結晶組織が好ましくないために製品鋼板の(I411+I200)/(I211+I222)が小さくなり,優れた磁気特性が得られなかった。」(段落【0057】)との記載があるから,実施例4において冷間圧延前に850℃の箱焼鈍を施さない「一部のもの」とは,冷間圧延母材の結晶組織が好ましくないものとなった試験番号37ないし41であって,引用発明に係る試験番号35については,850℃の箱焼鈍が施されたものと解するのが合理的である。
したがって,引用発明の電磁鋼板についても,本願発明の電磁鋼板と同様に,850℃で箱焼鈍された旨の審決の認定に誤りはない。
オ引用例には,実施例4について「実施例1に記載したのと同様の方法で圧延方向その他の3方向の磁気特性を測定」すること,実施例2について「打ち抜き加工により,圧延方向,45゜方向および90゜方向から単板磁気測定試験片を採取」することがそれぞれ記載されているところ(段落【0048】,【0056】),実施例ごとに磁気測定試験片の採取方法を変更することは考えられないから,実施例4,すなわち,引用発明に関しても,打ち抜き加工により磁気測定試験片を採取されたと解するのが合理的である。
したがって,引用発明の試験片についても,本願発明の電磁鋼板と同様に,打ち抜き加工を行って試験がされた旨の審決の認定に誤りはない。
カ甲第25号証33頁の図1は,Sの含有率が小さくなるほど鋼板の結晶粒径の値が広範囲に分布しており,上記の図から結晶粒径を適切に推定することはできない。また,甲第25号証13頁の図1のグラフ(Sの含有割合が32ppmのもの)にも照らすと,33頁の図1の鋼板の仕上げ焼鈍温度は1000℃を超えるものであると推定できるところ,引用発明や本願発明の電磁鋼板の仕上げ焼鈍温度850℃と大きく異なり,Sの含有率が結晶粒径に与える影響が異なることが明らかである。したがって,甲第25号証33頁の図1をもって,引用発明の電磁鋼板の結晶粒径を推定することはできない。
また,鉄損値には結晶粒径以外の要素が影響するから,鉄損値から結晶粒径を推定することも困難である。
(3) 本願発明の課題について本願明細書の段落【0006】ないし【0008】には,本願発明の課題が,耐疲労特性に優れた電磁鋼板を提供することにあるとされているが,これは既存の電磁鋼板を超える耐疲労特性があることを意味するものではなく,既存の電磁鋼板の中から耐疲労特性の優れたものを選別したにすぎない。
本願明細書には,既存のロータに使用された電磁鋼板を分析調査して,疲労破壊に対し十分となる関係式が判明した旨が記載されているし(段落【0009】,【0010】),乙第3号証中の記載にも照らせば,本願発明の関係式を満足する耐疲労特性,すなわち,表面コーティング及び打ち抜き加工後に350MPa以上の疲労限があることは,既存の電磁鋼板において当然に達成されていたものと考えられる。
第5当裁判所の判断1取消事由3(本願発明の容易想到性判断の誤り)について本件の事案にかんがみ,取消事由3についてまず判断する。
(1) 審決は,相違点1に係る構成の容易想到性に関し,「引用例には,引用発明において,Siが鉄損低減作用をもつ反面,磁束密度や打ち抜き加工性を損なうことに加え,Mnとsol.Alが同様の作用をもつこと(・・・)が記載されている。してみると,3.1%Siと共に,0.9%Mnと0.80%sol.Alを含有する引用発明において,Siを0.3%以上2.9%以下の範囲内に減量すると共に,Mnを2.0%以下,sol.Alを0.7%以上3.0%以下の範囲内で増量すること,すなわち,相違点1を解消することは,当業者が容易になし得た等価成分間の含有量調整である。」と説示する。
(2) アここで,審決が上記 (1) の説示の根拠とする引用例の段落【0026】ないし【0028】には,次のとおりの記載がある(甲1)。
「Siは鋼の電気抵抗を高めて渦電流損を抑制し鉄損を低減する作用があるが,Siの含有が増加するにつれて磁束密度が低くなる。従って鉄損低減を重視する場合には含有させるのがよいが,鉄損よりも磁束密度を重視する場合には含有させなくてもよい。Siを過剰に含有させると冷間圧延性や打ち抜き加工性が劣化するため,含有させる場合でもその上限は4%とする。」(段落【0026】)「Mnは,Sによる熱間脆性を防止するために0.05%以上含有させる。また,Mnには鋼の電気抵抗を高める作用があるので,渦電流損を抑制し鉄損を低減する目的で含有させることができる。しかし,Siと同様にMn含有量が増すにつれて磁束密度が低下するとともに,冷間圧延性や打ち抜き加工性が劣化するため,その上限を4%とする。好ましくは3%以下,さらに好ましくは2%以下である。」(段落【0027】)「sol.Alは,鋼の電気抵抗を高めて渦電流損を抑制し鉄損を低減する作用があるが,鋼の磁束密度を損なう作用もある。従って,鉄損低減を重視する場合にはsol.Alを含有させるのがよいが,鉄損よりも磁束密度を重視する場合には含有させなくてもよい。過剰にsol.Alを含有させると冷間圧延性や打ち抜き加工性が劣化するため,含有させる場合でも4%以下とする。なお,SiをママAlの和が高くなると鋼が過度に硬化して冷間圧延性や打ち抜き性がよくないので,SiおよびAl含有量は,Si(%)+0.5Al(%)≦ 4.5となる範囲にするのが好ましい。」(段落【0028】)イ前記アの記載においては,鋼に含まれるSi(けい素,シリコン)成分,Mn(マンガン)成分及び酸可溶Al(アルミニウム)成分は,いずれも,?鋼の電気抵抗を大きくし,渦電流損(渦電流による電気エネルギーの損失)を抑制するので,当該鋼を使用して製造した鉄心を使用したモータ等において,鉄損(鉄心自体による電気エネルギーの損失)を低減する効果があるが,鋼中の含有率(重量%,質量%)が増加すると,当該鋼を使用して製造した鉄心において,磁束密度が低くなるデメリットがある点,?鋼中の含有量(含有率)が大きくなりすぎると,当該鋼を冷間圧延する際の特性や,当該鋼を打ち抜き加工する際の特性が劣化するデメリットがあるので,含有率の上限を4%とすべきである点で共通するものである。
そして,引用例の段落【0028】においては,鋼の過度の硬化を防止し,冷間圧延性及び打ち抜き加工性を確保するために,鋼中のSiの含有率と酸可溶Alの含有率の2分の1(0.5)の合計を4.5%以下にすることが望ましいことが記載されており,鋼中のSi成分と酸可溶Al成分の各含有率を一括して取り扱い得る観点からする記載があるものである。
しかしながら,前記アの各記載は,鋼中に含まれるSi成分,Mn成分,酸可溶Al成分が,鋼の特性に対して発揮する定性的な性格,すなわち質的な性格が概ね一致し,各含有率の上限を4%とすべきであるとする趣旨に止まるものであって,とりわけ鋼中にSi,Mn,酸可溶Alの3成分を同時に含有させた場合の,各成分の増減によって当該鋼の特性にどのような影響が生じるかについては,法則ないし基準を何ら示すものではないというべきである。
また,前記のとおり,引用例の段落【0027】には,鋼中のS(硫黄)成分による熱間圧延時の脆性を防止するためにMnを含有させる旨や,Mnの含有率は4%よりも低い,3%以下や2%以下とするのがさらに好ましい旨の記載があることや,Si,Mn,酸可溶Alの3成分の含有率の和の範囲に関する記載がないことに照らせば,引用例の記載自体においても,含有率を各4%以下とする範囲につき,上記3成分が定量的にも等価のものとして扱われているかは疑問であるといわざるを得ない。
(3) アここで,被告は,特開平7-278868号公報(乙1),特公平8-14016号公報(乙2),特開平11-293425号公報(乙3)中の記載を根拠に,本願発明の出願日当時,当業者において,電磁鋼板の打ち抜き加工性が,鋼材組織に依存し,打ち抜き後の鋼材疲労特性に影響することは自明であって,鋼材中の各成分の打ち抜き加工性に対する作用が等価であれば,結晶粒径や疲労限に対する作用も等価であると解することに格別の困難性はないし,またSi及びAlは電磁鋼板の結晶粒径や疲労限に対して等価成分として周知であったから,引用発明の電磁鋼板において,各成分の含有量調整を行って相違点1を解消することは,当業者が容易になし得た等価成分間の含有量調整にすぎなかった等と主張する。
イ確かに,特開平7-278868号公報(乙1)の段落【0005】ないし【0007】には,?鋼中のSiの含有率が6.5%である高けい素鋼板につき,鋼板中の結晶の平均粒径が約0.7ないし1.1mmと粗大になるが(粗大結晶粒径組織),鋼板の引張り破断伸びが約3%に止まっているため,打ち抜き加工時に粒界割れ,粒内劈開割れによる微小な亀裂が生じやすくなる旨,?上記高けい素鋼板は加工性が悪く靱性も不良であり,切欠き感受性が大きい旨,?上記高けい素鋼板は,打ち抜き加工時に微小な亀裂が生じない場合でも,この鋼板を鉄心に用いた電動機を実際に使用したときに,鋼板の靱性の不良,大きな切欠き感受性のために,応力集中部で粒界割れ等による微小な亀裂が生じ,この亀裂の周囲への伝播,すなわち亀裂の拡大を招いて鋼板を折損することになりやすい旨が記載されているし,段落【0025】及び【0026】にも,?上記高けい素鋼板を打ち抜き加工した後に,鋼板より塑性変形しやすく靱性に富む鉄メッキを施すことによって,鋼板を使用した回転子が高速回転するときに,鋼板のくびれた部分に応力が集中することに起因する亀裂の発生を防止し,かつ仮に上記高けい素鋼板の切断面に粒内劈開割れや粒界割れが生じた場合でも,表面の鉄メッキ層が割れ(亀裂)の伝播を予防することができ,したがって鋼板の疲労強度特性が向上する旨が記載されている。
そうすると,鋼中のSiの含有率が6.5%である高けい素鋼板においては,鋼板の平均結晶粒径が約0.7ないし1.1mmと粗大になるときに,打ち抜き加工時の製品の良・不良を示す打ち抜き加工性が悪くなる傾向があるとともに,打ち抜き加工後は,靱性の不良,切欠き感受性の増大によって亀裂が発生,拡大しやすくなり,繰り返し外力による荷重がかかることによる鋼板の破壊に係る特性である疲労強度特性(疲労特性,耐疲労特性)が不良になる一方,表面の鉄メッキ等によって亀裂の発生,拡大を防止する措置を講じれば,鋼材の疲労強度特性が改善するということができる。
しかしながら,上記記載は鋼中のSiの含有率が6.5%である高けい素鋼板に関するものであり,乙第1号証の段落【0003】では,鋼中のSiの含有量(含有率)が3.5%以上になると鋼板の脆性のために従来冷間圧延ができなかった旨の記載があることにも照らすと,鋼中のSiの含有率が3.1%にすぎない引用発明の電磁鋼板や鋼中のSiの含有率が0.3%以上3.0%以下である本願発明の電磁鋼板において,鋼材組織,打ち抜き加工特性,打ち抜き加工後の疲労強度特性の関係を上記高けい素鋼板におけるのと同列に論じてよいかは疑問である。
したがって,仮に鋼材中のある成分が他の成分との関係で当該鋼板の打ち抜き加工特性に対する作用が概ね等しいからといって,(平均)結晶粒径に対する作用や打ち抜き加工後の鋼板の疲労強度特性に対する作用が定量的にも概ね等しくなるかは不明であるといわざるを得ない。
ウまた,特公平8-14016号公報(乙2)の第1図は,鋼中のSi及びAlの各含有率の合計を1.5%,3%,4.5%として試験したときの,当該電磁鋼板を鉄心に使用した場合の結晶粒径と鉄損の関係を示す図,第2図は,鋼中のSi及びAlの各含有率の合計を1.5%,3%,4.5%として試験したときの,当該電磁鋼板を鉄心に使用した場合の結晶粒径と鉄損の関係を示す図であり,Si及びAlの各含有率の合計量が大きくなるのに伴って,鉄心の鉄損及び磁束密度が小さくなることが示されているが,Si及びAl各含有率の合計と当該電磁鋼板の打ち抜き加工性,打ち抜き加工後の疲労強度特性との関係については何らの開示も示唆もされていないし,当該電磁鋼板にMnを含有させた場合の各特性に与える影響についても何ら開示ないし示唆されていない。そして,上記各図から,鋼の結晶粒径との関係について,鋼中のSi及びAlの各含有率をその合計で取り扱えば足りるかも必ずしも明らかでない。
エまた,特開昭11-293425号公報(乙3)の図3は,鋼中のSi及びAlの各含有量の合計量を2.7ないし3.90%として,各種電磁鋼板を作成し,さらに幅5mm,長さ150mmの長方形の試験体を切り出し,平行部を研磨した上で,片振り試験を行って疲労限,すなわち無限回折れ曲げ動作を行っても破壊しない数値を測定した結果を示す図であり(段落【0025】),鋼中のSi及びAlの各含有率の合計が概ね3.5%以下の場合に疲労限が41kgf/mm2(402MPa)程度になる様子が示されている。
しかし,上記図においては,鋼中のSi及びAlの各含有率にMnの含有率を加えた合計と電磁鋼板との疲労強度特性との間の関係は開示ないし示唆されていないし,上記公報の表1等の他の記載にかんがみても,鋼中のSi,Al,Mnの含有率の合計と鋼材の疲労強度特性との相関関係は必ずしも判然としない(なお,上記公報中の特許請求の範囲では,鋼中のSi,Al,Mnの含有率の上限が異なっている。)。また,上記図をもってしても,上記公報で設定された鋼中のS(硫黄)の含有率が0.0009%以下である場合における,鋼中のSi及びAlの各含有率の合計と鋼板の疲労限との関係が開示されているにとどまるのであって,鋼中のSの含有率が0.0009%を超えることがある引用発明(0.035重量%以下)においても,鋼中のSi及びAlの各含有率の合計と疲労強度特性との間の関係を考察すれば足り,各含有率自体の相違に留意しないでよいかは不明である。
なお,本願発明においては鋼中のSi,酸可溶Alの各含有率とMnの含有率の2分の1の合計をSieq(シリコン等量)として一まとめに取り扱う指標が用いられており,かつ本願明細書の表1からは鋼の仕上げ焼鈍温度が高くなるにつれて平均結晶粒径τが大きくなる傾向があることがうかがわれるが,本願発明の出願日当時に,本願発明の発明者以外の者において,相違点3に係る関係式や,相違点3に係る関係式を満たすように,鋼中のSi,酸可溶Al及びMnの各含有率や鋼板の製造方法を調整する方法が既知であったことを認めるに足りる証拠は存しない。
したがって,本願発明にいう疲労限の下限350MPaが格別のものでなかったとしても(本願明細書の段落【0009】からは,毎分1万回転超の高速回転で動作するモータに使用したときに破壊が生じない程度のものにすぎないことが明らかである。),鋼中のSi,Al,Mnの各含有率を,その合計や各別の定数(係数)をそれぞれ乗じた合計で扱えば,磁気特性と耐疲労特性に優れた電磁鋼板を実現する観点からは足りるとも,鋼中のSi,Al,Mnの各含有率を変更した場合において,磁気特性と耐疲労特性に優れた電磁鋼板を得るための製造方法の調整が容易であるともいうことはできない。
オそして,被告が提出するその余のすべての証拠に照らしても,引用発明の電磁鋼板において,鋼中のSi,Al,Mnの各含有成分の打ち抜き加工性に対する作用が等価であれば,結晶粒径や疲労限に対する作用も等価であるとか,Si及びAlのみならずMnについても,結晶粒径や疲労限に対して等価な作用を及ぼす含有成分であるということは困難であるといわざるを得ない。
したがって,本願発明の出願日当時,引用発明の構成から,相違点1に係る構成,すなわち「Siを0.3%以上2.9%以下の範囲内に減量すると共に,Mnを2.0%以下,sol.Alを0.7%以上3.0%以下の範囲内で増量すること」とした場合に,当該電磁鋼板が好ましい磁気特性(鉄損,磁束密度等)及び疲労強度特性(疲労限等)の双方を獲得し得るか否かは,当業者においても容易に予測し難い事柄であったものといわざるを得ない。
(4) 結局,審決の前記 (1) の判断は,その前提を欠くものであって,本願発明の出願日当時,引用発明の構成から,相違点1に係る構成に想到することは,当業者が容易になし得たものではないというべきである。
(5) 審決は,相違点3につき,「鋼組成と製造方法が同等であれば,通常得られる鋼組織や物性も同等のものとなることから,引用発明は,そのSieq値や仕上げ焼鈍温度等からみて,フェライト結晶粒径や疲労限が,引用発明と同等であって,上記式(1) 〜 (3) を満たすものと認められる。」と説示する。
確かに,引用例には,実施例4の電磁鋼板の製造方法につき,?鋳造されたスラブを1150℃に加熱した後,熱間圧延し,さらに酸洗したこと,?一部の試料を除いては,その後,850℃で2時間保持する箱焼鈍を施したこと,?次いで,1回冷間圧延するか,900℃,1分間の中間焼鈍を挟んで再度冷間圧延したこと,?次いで,850℃,1分間の連続焼鈍を施したこと,?最後に,鋼板の表面に絶縁コーティングを施したことが記載されており(段落【0054】,【0056】),本願明細書にも,請求項2の発明にも関連して,?鋳造されたスラブを1300℃以下で加熱した後,熱間圧延したこと,?試料により,その後,600ないし1000℃で熱延板焼鈍を施したこと,?次いで,1回冷間圧延するか,中間焼鈍を挟んで再度冷間圧延したこと,?さらに,700ないし1000℃で仕上げ焼鈍を行ったこと,?請求項3の発明に関連しては,最後に,表面コーティングを施したことが記載されているから(段落【0013】,【0014】),引用発明の電磁鋼板と本願発明の電磁鋼板との間では,その製造方法が異ならないとみる余地もある。
しかし,前記のとおり,本願発明の出願日当時,引用発明の電磁鋼板中のSi,Al,Mnの各含有成分の含有率を調整して相違点1を解消することは当業者において容易な事項ではなかったから,鋼組成を同等のものとすること自体も容易ではなかったし,例えば熱間圧延時の圧延率を数%変更するだけでも電磁鋼板の平均結晶粒径が増減すること(引用例の段落【0063】,表4)にも照らせば,製造方法の調整の余地が小さくなく,得られる鋼組織や鋼の物性が同等になるか否かは必ずしも明らかでない。
したがって,審決の相違点3に係る容易想到性の判断は誤りであるというべきである。
2小括以上のとおり,相違点1及び3に関してした審決の判断は誤りであるから,この判断を前提にして,本願発明は引用発明に基づいて容易想到であるとした審決の判断は,その余の点について判断するまでもなく誤りであって,取消しを免れない。
第6結論以上によれば,原告が主張する取消事由は理由があるから,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 塩月秀平
裁判官 真辺朋子
裁判官 田邉実