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関連審決 不服2007-12350
関連ワード 一定の効果 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  相違点の判断 /  出願公開 /  パリ条約 /  優先権 /  実施 /  拒絶査定 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 22年 (行ケ ) 10116号 審決取消請求事件
原告 3ティ ーサップライ ズエージー
訴訟代理人弁理士 吉川俊雄
被告 特許庁長官
指定代理人 一宮誠赤木啓二 伊藤裕美 黒瀬雅一 田村正明
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2010/11/29
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
全容
第1原告の求めた判決特許庁が不服2007-12350号事件について平成21年12月7日にした審決を取り消す。
第2事案の概要本件は,特許出願に対する拒絶査定に係る不服の審判請求について,特許庁がした請求不成立の審決の取消訴訟である。争点は,本願発明の進歩性の有無である。
1特許庁における手続の経緯原告は,平成16年11月18日,名称を「インクカートリッジ,インクカートリッジユニットおよびインクジェットプリントヘッド」とする発明について,特許出願(パリ条約による優先権主張平成15年11月19日,欧州特許庁,特願2004-334271号,平成17年6月9日出願公開,特開2005-145074号)をしたが,平成19年1月23日付けで拒絶査定を受けたので,同年4月27日,これに対する不服の審判を請求した。
特許庁は,上記請求を不服2007-12350号事件として審理した上,平成21年12月7日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同年12月18日原告に送達された(出訴のための附加期間90日 )。
2本願発明の要旨平成18年11月2日付けで補正された特許請求の範囲の請求項1に係る発明(補正事項は下線部のとおり。以下「本願発明」という。 )は,以下のとおりである。
「【請求項1】 インクジェットプリンタのインクカートリッジであって,少なくとも1つのチャンバを有するハウジングを含み,前記チャンバは底部にはオリフィスを有するインク流出口と,頂部には通気オリフィスと,を含み,前記少なくとも1つのチャンバは,インクを吸収するための多孔質貯蔵体で満たされ,インク流出口は軟質の弾力性のある材料のリング状のシール部を有し,前記シール部は,前記ハウジングの底部に対向して頂部が配置される接触プレートと,前記ハウジングと対向する接触プレートと隣接し,前記オリフィスに挿入されるリング部とを含み,前記接触プレートの底部にはハウジングの外側に配置されるシール表面が形成され,前記シール表面の中央に流出口オリフィスが設けられ,前記リング部は,前記流出口オリフィスと連結する流路を周設し,さらに,前記接触プレートと隣接していない方の端部において外方に突出する突出部を有し,前記突出部が円形のつば部の態様で,ハウジング内部で前記インク流出口のオリフィスを越えて突出することでシール部がオリフィス内で留められる ことを特徴とするインクジェットプリンタのインクカートリッジ。」3審決の理由の要点(1) 本願発明は,刊行物1(特開平3-87266号公報,甲1)及び刊行物2(特開平8-192518号公報,甲2)に記載された発明(以下「刊行物発明1」及び「刊行物発明2」という。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
(2)刊行物発明1と本願発明との一致点及び相違点並びに刊行物2に記載された技術事項は,次のとおりである。
相違点において,刊行物2記載事項のような「インク供給部材」を採用することに,格別の技術的困難性は見出せず,刊行物2記載事項のような「インク供給部材」を採用する場合には,「補助スペース46」を設ける必要がないことは,自明の事項であって,刊行物発明1における相違点の構成を本願発明の構成とすることは当業者が容易にすることができたことである。
【一致点】「インクジェットプリンタのインクカートリッジであって,少なくとも1つのチャンバを有するハウジングを含み,前記チャンバは底部には孔と,頂部には通気オリフィスと,を含み,前記少なくとも1つのチャンバは,インクを吸収するための多孔質貯蔵体で満たされ,チャンバ底部の孔は軟質の弾力性のある材料のシール部を有し,前記シール部は,前記チャンバ底部の孔に挿入される部材を含み,前記部材は,ハウジング内部の端部において外方に突出する突出部を有し,前記突出部が円形のつば部の態様で,ハウジング内部で前記チャンバ底部の孔の縁部を越えて突出することでシール部がオリフィス内で留められる,インクジェットプリンタのインクカートリッジ。」【相違点】「「チャンバ底部の孔」及び「シール部」に関して,本願発明は,「チャンバ底部の孔」は,「オリフィスを有するインク流出口」であって,「シール部」は,「リング状」であり,「前記ハウジングの底部に対向して頂部が配置される接触プレートと,前記ハウジングと対向する接触プレートと隣接し,前記オリフィスに挿入されるリング部とを含み,前記接触プレートの底部にはハウジングの外側に配置されるシール表面が形成され, 前記シール表面の中央に流出口オリフィスが設けられ,前記リング部は,前記流出口オリフィスと連結する流路を周設し,さらに,前記接触プレートと隣接していない方の端部において外方に突出する突出部を有し,前記突出部が円形のつば部の態様で,ハウジング内部で前記インク流出口のオリフィスを越えて突出することでシール部がオリフィス内で留められる」ものであるのに対し,刊行物発明1は,「チャンバ底部の孔」は,「補助スペース46」の底部の「孔」が「閉塞要素50」によって閉塞されるものであり,「インキカートリッジ32とは別体に設けられた管状要素36が,前記閉塞要素50に孔を開け,前記補助スペース46内に侵入することによって,インキが流出可能となる」ものであって,「オリフィスを有するインク流出口」,「流出口オリフィス」,「接触プレート」,「ハウジングの外側に配置されるシール表面」等を有するものではない点。」【刊行物2に記載された技術事項】「多孔質材等からなるインク吸収体3が収容されたインクタンク1であって,大気運通口4と,インク供給口とが設けられ,該インク供給口には,樹脂で形成され,断面リング状のインク供給部材10が取付けられており,該インク供給部材10は,インク供給路11を有する,インクタンク1」。
第3原告主張の審決取消事由1取消事由1(相違点についての判断の誤り)(1) 審決は,上記相違点についての判断において,「刊行物2記載事項の「インク供給部材10」と,本願発明の「シール部」とは,格別異ならない。」(13頁23行〜24行)とするが,以下に示すとおり,刊行物2記載の「インク供給部材10」と,本願発明の「シール部」とは異なるものである。
すなわち,刊行物2に記載されている「インク供給部材10」は,刊行物2の特許請求の範囲請求項1に「前記インク吸収体よりも大きな毛細管力を有しかつインクを前記ヘッド本体の前記液路に供給するインク供給部材を,前記インク吸収体に押圧するように前記インクタンクに設けたことを特徴とする」と記載されているように,インク吸収体を押圧するようにインクタンクに設けられている。このように「インク供給部材10」がインク吸収体を押圧することで,「インク供給部材10の周辺部に圧縮されたインク吸収体7が形成される。圧縮されたインク吸収体7では,圧縮されない部分よりもセル8が小さくなり,かつインク供給部材10のインク供給路11によりインクの漏出がない程度にインクが吸引されているので,インク吸収体3に含浸されたインクが効率良く消費される。」(甲2,【段落0025】)という効果を奏するものであり,これが刊行物発明2の大きな特徴である。
これに対し,本願発明は,シール部8が貯蔵体3を押圧するようにハウジング2に設けられたものではなく,単に,円形のつば部を用いてハウジングに固定されているだけである。本願発明のように「シール部」を「多孔質貯蔵体」に対して押圧することが記載されていなければ,「シール部」が「多孔質貯蔵体」を押圧するものではないと当業者が判断することが一般的である。
したがって,本願発明の「シール部」は,「多孔質貯蔵体」を押圧するものでない点において,刊行物発明2の「インク供給部材10」とは異なるものである。
(2)審決は,「刊行物2記載事項においても,「ハウジングと対向する接触プレート」に相当する構成を有することは,図面の記載などから明らかである。」(13頁21行〜22行)と判断するが,誤りである。
すなわち,本願発明における接触プレート9は,その名称のとおりプレート状の部材(本願発明の実施形態では矩形のプレート状の部材)を用いているが,刊行物2には,プレート状の部材を「インク供給部材10」に用いることは記載されていない。刊行物2において,その他の部材については具体的に説明しているのに対し,接触プレートについてはどの部分がそれに該当するかを説明していないことから考えても,刊行物2には接触プレートに該当するものが存在しないといえる。
また,本願発明の接触プレート9は,インクカートリッジ1をアダプタ22に取り付けた際に,インク流路を確実に封止するために用いられているのに対し,刊行物2には,インク流路を封止するためには接触プレートの代わりに様々な方法を用いることが記載されており(甲2,【段落0028】【段落0030】【段落0031】【段落0033】【段落0036】),刊行物2には,本願発明における接触プレートのようなプレート状の部材は用いられていない。
さらに,刊行物2におけるインク供給部材10は,大きさの異なる円筒形状を上下に重ねて接続した形状であり,このことは刊行物2の図1〜3を見れば当業者にも明らかであるが,円筒形状とは,円形断面を有する筒状で,所定の高さを有する形状であり,厚みが薄く平坦な面で構成されるプレート形状とは相反する形状であり,一般的に円筒形状とプレート形状とは両立するものではない。
(3)以上のとおり,刊行物2に記載の「インク供給部材10」は,インク吸収体を押圧する点及び接触プレートが存在しない点で,本願発明の「シール部」とは異なるものである。
2取消事由2(効果についての判断の誤り)審決は,「上記相違点によって本願発明が奏する効果も,刊行物1〜2に記載された事項から予測し得る程度のものであって,格別のものとはいえない」(14頁17行〜18行)と判断するが,本願発明の有する効果は,容易に予測し得るものではない。
すなわち,本願発明では,「本発明の目的は,シンプルに設計されたアダプタと協働することができるため,インク流路が確実に封止されて,面倒な汚れを生じることなく挿入および取り外しが容易にできる,一般的なタイプのインクカートリッジを提供することである。」(甲3,【段落0005】)と記載されるように,インク流路を確実に封止することが本願発明の目的を達成するために重要な事項であり,そのために,シール部8を用いており,シール部8の構成要素の中でも,接触プレート9のシール表面10及びつば部13を用いることが,インク流路を確実に封止する働きをなしている。
そして,接触プレート9のシール表面10は,その名称のとおりシールを目的としたものであり,また,「閉部プレート18の上部はシール表面に押圧されて,流出口オリフィス12は確実に封止される。」(甲3,【段落0012】)と記載されていることからも明らかである。また,つば部13については,「同時に,つば部13はオリフィス7の端部とリング部11との間のシール部を向上させる。」(甲3,【段落0010】)と記載されているように,シール部8をハウジング2に固定するために用いるだけでなく,オリフィス7の端部とリング部11との間のシール性を向上させる効果を奏する。
これに対し,刊行物1では,シール性については,環状要素36を用いて閉塞体50に穴を開け,閉塞体50の弾性によって確保されている。また,刊行物2では,シール性を向上させるために,前記1(2)のように様々な方法が用いられているが,いずれも本願発明の接触プレート9,接触プレート9のシール表面10及びつば部13を用いる方法とは異なっている。以上のことから,刊行物1及び2は,シール性を確保するために本願発明とは異なる方法を用いているといえる。
そして,本願発明では,インクカートリッジ1を搬送及び保存する間,インクカートリッジ1にインクカートリッジユニット用の閉部17を用いるが,このときに,接触プレート9のシール表面10は,インクカートリッジ1を搬送及び保存する間もシール性を確保する効果を奏するものである(甲3,【段落0012】)。このようなインクカートリッジの搬送及び保存中のシール性の効果については,刊行物1及び2には一切記載されていない。
第4 被告の反論1取消事由1に対し(1) 原告は,刊行物2記載の「インク供給部材10」はインク吸収体を押圧するようにインクタンクに設けられているが,本願発明の「シール部」は単に円形のつば部を用いてハウジングに固定されているだけであり,両者は異なるものである旨主張するが,本願発明において,「シール部」が「多孔質貯蔵体」に対してどのような状態(押圧しているか否か)で設けられているかは,何ら特定されていないから,原告の主張は,本願発明に基づかない主張であって理由がない。
(2) また,原告は,刊行物2には接触プレートに該当するものが存在しない旨主張するが,以下のとおり,誤りである。
すなわち,刊行物2(甲2)の記載(段落【0025】,【0028】ないし【0030】,図2及び3)によれば,刊行物発明2では,ヘッド本体2をインク供給部材10に押圧することによって,インク供給部材10の直径の大きなプレート状の円筒部の底部の表面をヘッド本体2に接続して,ヘッド本体2とインク供給部材10との接続部における気液界面からの大気の侵入やインクの流出を防いでおり,シールしていることが示されているから,直径の大きなプレート状の円筒部の底部の表面は,シール表面といえる。
そして,インクタンク1と接続している部材との接続部からの大気の侵入やインクの流出は,当然防がなければならないから,ヘッド本体2とインク供給部材10の接続部のみならず,インク供給部材10の直径の大きなプレート状の円筒部の頂部とインクタンク1との壁面との間についても,大気の侵入やインクの流出を防ぐようにしていることは明らかである。
してみると,インク供給部材10の直径の大きなプレート状の円筒部は,プレート形状であって,インクタンク1に対向して頂部が配置され,直径の小さな円筒部と隣接し,頂部の反対側に底部が形成され,底部にはインクタンク1の外側に配置されるシール表面が形成されてヘッド本体2と接合され,表面の中央にインク供給路11が形成されて,ヘッド本体2とインク供給部材10の接続部及びインク供給部材10の直径の大きなプレート状の円筒部の頂部とインクタンク1との壁面との間からのインクの流出を防ぐようにしているものである。
したがって,刊行物2記載の「インク供給部材10の直径の大きなプレート状の円筒部」は,その構造,機能,作用等からみて,本願発明の「シール部の接触プレート」に相当する。
(3)さらに,原告は,刊行物2には,インク流路を封止するために接触プレートの代わりに様々な方法を用いることが記載されており,いずれの手法も本願発明における接触プレートのようなプレート状の部材を用いるものではなく,刊行物2の「インク供給部材10」は,接触プレートが存在しない点で本願発明の「シール部」とは異なるものである旨主張するが,前記のとおり,刊行物2の「インク供給部材10の直径の大きなプレート状の円筒部」は,本願発明の「シール部の接触プレート」に相当するから,刊行物2の「インク供給部材10」と本願発明の「シール部」とは異なるものでない。
2取消事由2に対し(1) 本願発明において,シール表面10とアダプタ22とが連結され封止されているとは特定されていないから,本願発明の「インク流路を確実に封止する」との効果は,本願発明に基づかない効果である。また,仮に,「インク流路を確実に封止する」との効果を奏するとしても,刊行物発明1に刊行物2記載事項を適用して本願発明のように構成することに格別の困難性はないから,本願発明の「インク流路を確実に封止する」及び「オリフィス7の端部とリング部11との間のシール性を向上させる」との効果も,当然,刊行物発明1及び刊行物2記載事項から,当業者が予測し得る範囲のものとなる。
(2)また,原告は,インクカートリッジ1を搬送及び保存する間,インクカートリッジ1にインクカートリッジユニット用の閉部17を用いることにより,閉部プレート18の上部はシール表面に押圧されて,流出口オリフィス12は確実に封止される旨主張するが,本願発明において,インクカートリッジ1にインクカートリッジユニット用の閉部17を用いて,閉部プレート18の上部がシール表面を押圧するとは特定されていないから,本願発明において,閉部17を用いて「流出口オリフィス12は確実に封止される」との効果は,本願発明に基づかない効果である。
また,仮に,閉部17を用いて「流出口オリフィス12は確実に封止される」との効果を奏するとしても,刊行物発明1に刊行物2記載事項を適用して本願発明のように構成することに格別の困難性はないのであるから,本願発明の「流出口オリフィス12は確実に封止される」との効果も,当然,刊行物発明1及び刊行物2記載事項から,当業者が予測し得る範囲のものとなる。
第5当裁判所の判断1取消事由1(相違点についての判断の誤り)について原告は,審決が,本願発明と刊行物発明1との相違点の判断において,「刊行物2記載事項の「インク供給部材10」と,本願発明の「シール部」とは,格別異ならない。」(13頁23行〜24行 )として,刊行物発明1に刊行物2記載事項を適用して本願発明の進歩性を否定したことが誤りであると主張するので,以下検討する。
(1) 原告は,刊行物発明2の「インク供給部材10」が,インク吸収体を押圧するようにインクタンクに設けられているのに対し,本願発明は,シール部8が貯蔵体3を押圧するようにハウジング2に設けられたものではなく,単に,円形のつば部を用いてハウジングに固定されているだけであり,この点において,本願発明の「シール部」は,刊行物発明2の「インク供給部材10」とは異なるものであると主張する。
確かに,刊行物2(甲2)の特許請求の範囲請求項1に「前記インク吸収体よりも大きな毛細管力を有しかつインクを前記ヘッド本体の前記液路に供給するインク供給部材を,前記インク吸収体に押圧するように前記インクタンクに設けたことを特徴とする」と記載されるように,刊行物発明2の「インク供給部材10」は,「インク吸収体」を押圧するようにインクタンクに設けられているものと認められる。そこで,本願発明において,刊行物発明2の「インク供給部材10」に対応する「シール部」と,刊行物発明2の「インク吸収体」に対応する「多孔質貯蔵体」との関係を検討するに,本願発明の特許請求の範囲は,シール部と多孔質貯蔵体との配置関係,特にシール部が多孔質貯蔵体を押圧するか否かについて何ら特定するものではない。
したがって,本願発明は,シール部が多孔質貯蔵体を押圧されるように設けてなる構成を排除するものではないと認められ,また,本願明細書(甲3)にもこのような構成を排除する記載は見当たらず,かえって,願書に添付の図6によれば,シール部と多孔質貯蔵体とが直接接触する記載が認められるから,シール部が多孔質貯蔵体に一定の圧力を及ぼしていると解する余地もある。
原告は,本願発明のように「シール部」を「多孔質貯蔵体」に対して押圧することが記載されていなければ,「シール部」が「多孔質貯蔵体」を押圧するものではないと当業者が判断することが一般的であると主張するが,シール部と多孔質貯蔵体との配置関係,特にシール部が多孔質貯蔵体を押圧するか否かについて何ら特定するものではない以上,当業者が上記のように判断すべき合理的根拠はない。
そうすると,本願発明は,シール部が多孔質貯蔵体を押圧する構成を排除するものではなく,本願発明のシール部が多孔質貯蔵体を押圧するように設けられていないことを前提として,刊行物発明2との相違を指摘する原告主張は,その前提において誤りがあり,これを採用することはできない。
(2) また,原告は,審決が,「刊行物2記載事項においても,「ハウジングと対向する接触プレート」に相当する構成を有することは,図面の記載などから明らかである。」と判断したことが誤りであると主張し,その理由として,本願発明における接触プレートは,その名称のとおりプレート状の部材(本願発明の実施形態では矩形のプレート状の部材)を用いているが,刊行物2には,プレート状の部材を「インク供給部材10」に用いることは記載されていないこと,刊行物2において,接触プレートについてどの部分がそれに該当するかを説明していないことなどから,刊行物発明2には接触プレートに該当するものが存在しないと述べる。
そこで検討するに,原告が主張する「プレート状」とは具体的にどのような形状を意味するものか明確ではないところ,本願発明は,前記第2の2本願発明の要旨に記載のとおりの構成を有するものであるから,本願発明において,リング状のシール部は,接触プレートとこれに隣接するリング部とから構成され,接触プレートは,ハウジングの底部に対向してプレートの頂部が配置され,プレートの底部にはハウジングの外側に配置されるシール表面が形成されており,その表面の中央にリング部と連結する流出口オリフィスが設けられているものと認められる。なお,本願図面の図1(甲3 )によれば,本願発明の実施形態として,接触プレートの外周が略四角形状のものが示されているが,接触プレートの形状は,これに限定されるものではない。そして,本願発明の接触プレート及びその底部に配置されるシール表面については,その特段の構成,材質,アダプタなどの外部の部材との係合関係,押圧の程度等が,特許請求の範囲(及び明細書 )において特定されるものではないから,アダプタなどの外部部材との係合関係において,特定の技術課題を解決したものとは認められない。ただし,「シール表面」という名称からみて,接触プレート底部のシール表面は,オリフィス内のインクが漏出しないよう封止(シール )するという一定の効果を果たすために設けられたものと解する余地もある。
他方,刊行物2の段落「【0022】,【0025】,【0026】及び【0028】の記載並びに図1〜3の記載によれば(なお,図2は以下のとおりである。),刊行物2の「インク供給部材10」は,直径の小さな円筒部と直径の大きな円筒部とからなり,該直径の大きな円筒部は,インクタンク1(の縦壁部)に対向して頂部が配置され,該直径の大きな円筒部の底部にはインクタンク1の外側に配置される表面が形成されており,その表面の中央に直径の小さな円筒部と連結するインク供給口11が設けられているものと認められる。そして,刊行物2の段落【0028】の「インクタンク1のインク供給部材10の端面をヘッド本体2のフィルター6に接続し,フィルター6とインク供給部材10の接続部における気液界面から大気が侵入するのを防ぐ程度に,ヘッド本体2でインク供給部材10を押圧する。」との記載からみて,該直径の大きな円筒部の底部に配置される表面は,ヘッド本体2のフィルター6と接続している場合に,大気が侵入したりインク供給口内のインクが漏出したりすることのないよう封止するという作用効果を果たすものと解することができる。
そうすると,刊行物2のインク供給部材10のうち「直径の大きな円筒部」に相当する部位は,その構成のみならず作用効果の面からみても,本願発明のシール部の「接触プレート」に相当するものといえる。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
(3) 原告は,本願発明の「接触プレート」が,インクカートリッジをアダプタに取り付けた際にインク流路を封止するために用いられているのに対し,刊行物2には,インク流路を封止するために接触プレートの代わりに様々な方法を用いることが記載されており,刊行物2には,本願発明における接触プレートのようなプレート状の部材は用いられていないと主張する。
しかし,上記(2) で判示したとおり,本願発明の接触プレート及びその底部に配置されるシール表面については,その特段の構成,材質,アダプタなどの外部の部材との係合関係,押圧の程度等が,特許請求の範囲(及び明細書 )で特定されるものではないから,本願発明がアダプタに取り付けられた際にインク流路を封止するという特定の技術課題を解決したものと認めることはできない。したがって,原告の上記主張は,本願発明の特定事項に基づかない主張であって,採用することができない。
(4) 原告は,刊行物2におけるインク供給部材10は,大きさの異なる円筒形状を上下に重ねて接続した形状であり,円筒形状とは,円形断面を有する筒状で,所定の高さを有する形状であり,厚みが薄く平坦な面で構成されるプレート形状とは相反する形状であり,一般的に円筒形状とプレート形状とは両立するものではないと主張する。
確かに,刊行物2のインク供給部材10は,直径の異なる円筒部を上下に重ねて接続した形状であるが,直径の大きな円筒部の高さ,すなわち,その頂部から底部までの厚さは特定されるものではない。他方,本願発明の接触プレートにおいても,その厚さは,特許請求の範囲又は明細書において特定されるものではない。原告は,接触プレートが厚みが薄く平坦な面で構成されると主張するが,一実施形態を示した図1を除いて,本願発明の特許請求の範囲又は明細書において接触プレートの厚さを特定した記載はなく,接触プレートの厚さが図1の記載に限定されるものでないことは当然である。したがって,本願発明の接触プレートが薄く平坦な面で構成されることを前提として,刊行物2のインク供給部材と相違するとする原告の上記主張は,その前提に誤りがあり,採用することができない。
2取消事由2(効果についての判断の誤り)について原告は,審決が「本願発明が奏する効果も,刊行物1〜2に記載された事項から予測し得る程度のものであって,格別のものとはいえない」(14頁17行〜18行)と判断したことが誤りであると主張するので,以下検討する。
(1) 原告は,本願発明では,インク流路を確実に封止することが本願発明の目的を達成するために重要な事項であり,そのために,シール部8を用いており,シール部8の構成要素の中でも,接触プレート9のシール表面10及びつば部13を用いることが,インク流路を確実に封止する働きをなしていると主張する。
確かに,前記特許請求の範囲の記載及び本願明細書(甲3 )によれば,本願発明は,ハウジングのインク流出口が,オリフィスに挿入されるリング部を含むリング状のシール部を有しており,当該リング部が,端部において外方に突出し円形のつば部の態様でハウジング内部で前記インク流出口のオリフィスを越えて突出する突出部を形成するという構成を有することにより,オリフィスの端部とリング部との間のシール性を向上させるという作用効果を奏するものと認められる。
他方,刊行物発明1が,「シール部は,前記チャンバ底部の孔に挿入される部材を含み,前記部材は,ハウジング内部の端部において外方に突出する突出部を有し,前記突出部が円形のつば部の態様で,ハウジング内部で前記チャンバ底部の孔の縁部を越えて突出することでシール部がオリフィス内で留められる」との点で本願発明と一致することは,原告も争わず,刊行物発明1の閉塞要素50が,その図面の記載からみて,本願発明の「突出部」と同様の構成を有していることは明らかであるから,刊行物発明1は,本願発明の上記作用効果と同様の作用効果を奏するといえる。
しかし,本願発明が,「接触プレート9のシール表面10を用いることで,インク流路を確実に封止する」との点については,前記1 (2) で判示したとおり,本願発明では,接触プレート及びその底部に配置されるシール表面について,その特段の構成,材質,アダプタなどの外部の部材との係合関係,押圧の程度等が,特許請求の範囲(及び明細書 )において特定されるものではないから,本願発明がその構成に基づいて上記の作用効果を奏するものと認めることはできない(なお,刊行物発明2においても,その「インク供給部材10」の直径の大きな円筒部の底部に配置される表面は,ヘッド本体2のフィルター6と接続している場合に,大気が侵入したりインク供給口内のインクが漏出したりすることのないよう封止するという作用効果を果たすものであることは,前記1(2) で判示したとおりである。)。したがって,この点に関する原告の上記主張は,本願発明の特定事項に基づかない主張であり,採用することができない。
(2) また,原告は,本願発明が,「閉部プレート18の上部はシール表面に押圧されて,流出口オリフィス12は確実に封止される。」との効果を有すると主張するが,本願発明は,インクカートリッジユニットにおける「閉部プレート」について何ら記載するものではないから,この点に関する原告の主張も,本願発明の特定事項に基づかない主張であって,採用することができない。
さらに,原告は,本願発明では,インクカートリッジ1を搬送及び保存する間,インクカートリッジ1にインクカートリッジユニット用の閉部17を用いるが,このときに,接触プレート9のシール表面10は,インクカートリッジ1を搬送及び保存する間もシール性を確保する効果を奏すると主張するが,本願発明は,インクカートリッジユニット用の閉部17についても何ら記載するものではないから,上記同様,この点に関する原告の主張も,本願発明の特定事項に基づかない主張であって,採用することができない。
(3)そうすると,本願発明が奏する効果は,刊行物発明1に刊行物2に記載された技術事項を適用することにより,当業者が,予測し得る程度のものといわなければならない。
第6結論以上によれば,原告の主張する取消事由は,いずれも理由がなく,審決の判断に誤りはない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 塩月秀平
裁判官 清水節
裁判官 古谷健二郎