関連審決 | 不服2006-19633 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成21行ケ10096審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成21行ケ10042審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成21行ケ10370審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成21行ケ10222審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成21行ケ10170審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 物の発明 / 方法の発明 / 物を生産する方法 / 新規性 / 進歩性(29条2項) / 実施可能要件 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / パリ条約 / 実施 / 交換 / 拒絶査定不服審判 / 拒絶査定 / 拒絶理由通知 / 請求の範囲 / 変更 / 釈明 / |
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事件 |
平成
22年
(行ケ)
10090号
審決取消請求事件
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原告X 同訴訟代理人弁理士 福田信雄 被告 特許庁長官 同 指定代理人松本貢斉藤信人深草祐一北村明弘豊田純一 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2010/11/24 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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全容
第1請求特許庁が不服2006-19633号事件について平成22年1月26日にした審決を取り消す。 第2事案の概要本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,本件補正後の発明の要旨を下記2とする原告の本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。 1特許庁における手続の経緯2(1)出願手続(甲1)及び拒絶査定発明の名称:遠赤外線放射セラミックスとその容器出願番号:特願2001-188853号出願日:平成13年5月21日手続補正日:平成18年6月16日(甲2)拒絶査定:平成18年7月6日付け(2)審判手続及び本件審決審判請求日:平成18年8月9日(不服2006-19633号)拒絶理由通知:平成21年9月10日付け(甲4。以下,同日付け拒絶理由通知を「本件拒絶理由通知」という。)手続補正日:平成21年10月26日(甲3。以下,同日付け手続補正書による補正を「本件補正」という。)審決日:平成22年1月26日審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」審決謄本送達日:平成22年2月17日2本願発明の要旨本件審決が判断の対象とした本件補正後の明細書(甲3。以下「本願明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された発明(以下「本願発明」という。)の要旨は,以下のとおりである。 【請求項1】シリカ(SiO2)69.6wt%,アルミナ(Al2O3)17.8wt%チタニア(TiO2)1.2wt%,酸化第2鉄(Fe2O3)1.8wt%,酸化ナトリウム(Na2O)0.5wt%,酸化カリウム(K2O)2.5wt%,ジルコニア(ZrO2)0.15wt%,5酸化リン(P2O5)0.03wt%,水6.42wt%を混合したセラミックス原料を,時間当たり100℃の割合で400℃まで昇温する第1の行程と,400℃で30分間保持する第2の行程と,100℃〜200℃の範囲内に自然降下する第3の行程と,3時間で600℃まで3昇温する第4の工程と,600℃で0分間保持する第5の工程と,400〜450℃の範囲内に自然に降下する第6の工程と,3時間で800℃まで昇温する第7の工程と,800℃で30分間保持する第8の工程と,600℃まで自然降下する第9の工程と,3時間で1000℃まで昇温する第10の工程と,1000℃で30分間保持する第11の工程と,常温まで自然降下する第12の工程を経て焼成された遠赤外線放射セラミックスの製法【請求項2】シリカ(SiO2)68.0wt%,アルミナ(Al2O3)20.4wt%チタニア(TiO2)0.63wt%,酸化第2鉄(Fe2O3)0.07wt%,酸化ナトリウム(Na2O)0.57wt%,酸化カリウム(K2O)4.64,ジルコニア(ZrO2)0.2wt%,酸化カルシウム(CaO)0.35wt%,酸化マグネシウム(MgO)0.09wt%,水 5.05wt%を混合したセラミックス原料を,時間当たり100℃の割合で400℃まで昇温する第1の行程と,400℃で30分間保持する第2の行程と,100℃〜200℃の範囲内に自然降下する第3の行程と,3時間で600℃まで昇温する第4の工程と,600℃で30分間保持する第5の工程と,400〜450℃の範囲内に降下する第6の工程と,3時間で800℃まで昇温する第7の工程と,800℃で30分間保持する第8の工程と,600℃まで自然降下する第9の工程と,3時間で1000℃まで昇温する第10の工程と,1000℃で30分間保持する第11の工程と,常温まで自然降下する第12の工程を経て焼成された遠赤外線放射セラミックス原料の製法3本件審決の理由の要旨本件審決の理由は,要するに,本願発明は,本願明細書の特許請求の範囲の記載がいわゆる実施可能要件に違反するものであるから,特許を受けることができない,というものである。 4取消事由(1)実施可能要件に係る判断の誤り(取消事由1)4ア拒絶理由通知の対象となる請求項についての判断の誤りイ公的機関による実験成績証明書等を必要とした判断の誤りウ本願発明の作用効果に関する判断の誤り(2)審判における手続違背(取消事由2)第3当事者の主張1取消事由1(実施可能要件に係る判断の誤り)について〔原告の主張〕(1)拒絶理由通知の対象となる請求項についての判断の誤りア本件拒絶理由通知について(ア)原告は,本件拒絶理由通知により,要旨,本件補正前の明細書(甲1,2。 以下「当初明細書」という。)の【0017】には,請求項3に係る発明(以下「請求項3発明」という。)の実施の形態として,燃費試験の内容について技術常識からすると過大な効果が示されており,実施可能要件を満たさない旨の指摘を受けた。 当該段落の内容は,原告が個人的に行った燃費試験の結果(図7及び図8)に基づいて記載したものであり,決して虚偽の記載ではないものの,それを裏付ける試験条件などに関する記録を怠ったため,あいまいな部分も多かった。 そこで,原告は,請求項3を削除すれば拒絶理由は解消するものと考え,本件補正をもって,同項を削除するとともに,過大効果と指摘された箇所等を補正した。 (イ)被告は,本件拒絶理由通知の指摘は,請求項3に限られるものではないなどと主張するが,かかる主張は,出願人に対し,拒絶理由通知に記載された拒絶理由の対象となる事項及び拒絶理由の根拠以外についても,被告の意図を斟酌して対応することを要求することにもなりかねず,明らかに相当ではない。 イ図7に関する記載の削除について本件審決は,本願明細書の【0017】において,図7よりは控え目ではあるものの,図8において,燃費向上の効果が極めて顕著であるとされているから,試験5条件等を明確にしなければ,本件拒絶理由通知において指摘した記載の不備は解消されず,また,図7に関する記載内容を削除したとしても,図面及び図面の簡単な説明に図7が残っている以上,実施可能要件違反は解消されないなどとする。 しかしながら,当初明細書の【0017】には,図8に関する記載がされていたにもかかわらず,本件拒絶理由通知では,図7に関する記載不備を指摘するのみで,図8については何ら触れられていない。 そこで,原告は,拒絶理由の原因たる図7に関する記載内容を削除すべく,本件補正を行ったのであるから,図8に関する記載内容に対する新たな拒絶理由を指摘して拒絶査定をすることは,違法である。 しかも,被告は,本願発明の方法により製造されたセラミックスについて,燃焼効率改善効果について裏付けられなければ,実施可能要件を充足しないなどと主張するが,そうであるならば,本件拒絶理由通知において,請求項1及び2に係る発明の実施可能要件違反として,その旨を明確に指摘すべきところ,これらの発明については,下限温度と形状維持性についてしか指摘しなかったものである。 (2)公的機関による実験成績証明書等を必要とした判断の誤りア本件審決は,本件拒絶理由通知において,本願発明の作用効果の合理的裏付けとして,公的機関による実験成績証明書等の提示を求めたが,原告は何ら対応しなかったとする。 しかしながら,本件拒絶理由通知は,当初明細書の【0017】における図7に関する記載内容についての記載要件違反を解消するために,実験成績証明書等を要求したものであって,原告は,前記のとおり,本件補正により,請求項3を削除するなどして,適切な対応をしたものである。 イ本願発明の作用効果は,短期間で実験可能なものではないことから,原告は,本件補正を行ったものであり,原告が何ら対応しなかったとする本件審決の判断は,原告の意図を全く無視するものである。 しかも,本件審決が,公的機関による実験成績証明書等の提示を要求したこと自6体,すべての特許出願に対し,作用効果の裏付けとして公的な証明書等の提出が必要なのか,本願発明については特別に要求されたのかなど,提出を必要とする根拠自体,不明である。 (3)本願発明の作用効果に関する判断の誤り原告は,本件出願後,作用効果について客観的な実験を行い,その実験データ(甲6〜8。以下,「甲6データ」などといい,これらをまとめて,「本件実験データ」という。)を得ている。 原告は,本件拒絶理由通知により,当初明細書の図7の裏付け資料を求められた際,本件実験データは,当初明細書に記載した個人的実験結果と比較すると,低い効果しか得られていなかったことからあえて提出しなかったが,同データによれば,効果の大小はあるものの,本願発明の作用効果が優れていることは明らかである。 なお,さらに本願発明について行った客観的な実験データ(甲9。以下「甲9データ」という。)もある。 (4)小括以上からすると,本願発明について,実施可能要件を充足しないとした本件審決の判断は誤りである。 〔被告の主張〕(1)拒絶理由通知の対象となる請求項についての判断の誤りア本件拒絶理由通知について本件補正前の本願発明の請求項1及び2は,遠赤外線放射セラミックスの製法であり,請求項3発明は,請求項1又は2の製法により得られた遠赤外線放射セラミックスであるところ,本件拒絶理由通知は,請求項1ないし3に係る発明について,実施可能要件違反を指摘したものであって,請求項3発明に限定したものではない。 原告指摘の,【0017】の燃費に関する記載は,当業者が請求項3発明に係るセラミックスを燃焼効率(燃費)に優れたものとして使用することができる程度に,明確かつ十分に記載されているとはいえないとする本件審決の説示は,請求項1な7いし3に係る発明により特定されたセラミックスについての記載不備を,「請求項3の発明に係るセラミックス」という記載を用いて説示したものにすぎない。 したがって,本件審決は,何ら違法ではない。 イ図7に関する記載の削除について(ア)本願発明において,物である「遠赤外線放射セラミックス」を「燃焼の効率化」等のために使用することは,物を生産する方法の発明である本願発明の実施に該当するものであるし,本願発明が燃焼効率を向上させるセラミックスを製造する方法の発明である以上,本願発明で得られたセラミックスの燃焼効率向上効果が具体的に開示され,裏付けられていなければ,本願発明が実施可能要件を充足しないことは明らかである。 特に,燃費改善の技術開発において,数10%の燃費向上を達成することが相当困難であると認識されている状況において,本願発明で得られるセラミックスを使用すると,図7や図8のように,従来と比較して大幅な燃焼効率改善効果が得られるのであるならば,単に結果を示すだけでは足りず,その裏付けとなる客観的な試験条件等の開示が必要となるものである。 (イ)本件拒絶理由通知は,当初明細書の【0019】の「本発明のセラミックスは…燃焼効率を向上させる…等の新たな用途にも有効な作用を示す効果が得られた」とする燃焼効率の向上に関して,かかる効果を裏付けるデータが【0017】の実施例において具体的に記載されていないことを指摘したものである。 すなわち,同実施例の図7における「55%」という数値は,再現性に疑問があるのみならず,燃費測定における試料の作製条件,試験条件,再現性に係るデータが明確ではなく,したがって,請求項1及び2に記載の方法で製造される試料も,自動車の燃費試験を行うことが可能な程度に形状維持性を有するとは考えられない点を指摘したものである。 当初明細書の図7及び8の各データは,いずれもセラミックス試料を自動車の給油口に固定した燃費試験の結果を表しているが,図7が通年で測定し,図8がスポ8ットで燃料別に測定した点を除き,同様の試験方法により測定されたものである。 したがって,本件拒絶理由通知が指摘した試料作成条件,試験条件,再現性に係るデータが明確ではない点や,試料の形状維持性に関する不明点は,図7のみならず,図8の測定結果についても当てはまることは当然に理解できることである。 本件審決も,図8における最大21%という燃費向上データについて,図7における「55%」よりは控え目な値であるものの,燃費向上の効果としては極めて顕著なものであり,再現性に疑問がある旨,指摘したものである。 ウ小括以上からすると,本件補正により図7に関する記載を削除したとしても,本件拒絶理由通知が指摘した不備が解消されるものではなく,原告は,実施可能要件を充足する点について,何ら立証するものではなかったのであり,本件審決も,単に記載を削除し,参照するデータ番号を変更した程度の補正によっては,本件拒絶理由通知で指摘した不備は解消したものとすることはできないとしたものであって,その判断は相当である。 (2)公的機関による実験成績証明書等を必要とした判断の誤りア原告は,本件拒絶理由通知が,当初明細書の【0017】における図7に関する記載内容についての記載要件違反を解消するために,実験成績証明書等を要求したものとするが,同通知は,燃費試験に関する同段落の「実験例1(燃焼の効率化)」の記載について本願発明の効果を具体的に裏付けるデータが記載されていないことを指摘したものであって,図7に関する記載内容に限定されるものではないし,実験成績証明書等の提出に代えて図7の記載を削除するだけでは,どのように燃費試験を実施し,本件補正後の燃費を達成するかが依然として不明である。 イ原告は,本願発明の作用効果は短期間で実験可能なものではないなどと主張するが,かかる主張はデータが存在しないことを自認するものに等しいものである。 本件審決は,原告が,本件拒絶理由通知に対し,実験成績証明書等により反論できるにもかかわらず,そのような対応をとらなかったことを指摘したにすぎず,原9告の意図を誤解したものではない。 ウ以上からすると,本件審決の判断は相当である。 なお,本件審決が,「公的機関による実験成績証明書等の,さらなる裏付け資料の提示」が必要であるとしたのは,実施可能要件違反の指摘に対しては,出願人は,意見書,実験成績証明書等により反論,釈明をすることができることを原告に示唆したにすぎない。かかる示唆は,特定の技術分野に限らず,各事案の内容に応じて,発明の効果を客観的に確認することを要する場合に適宜行われるものである。 そして,実験成績証明書として,公的機関によるものを提出するか否かは,出願人が反論や釈明に必要な範囲で適宜選択し得ることであるから,本件拒絶理由通知は,例示として,「公的機関による実験成績証明書等」を指摘したにすぎず,「公的機関」による証明書の提出を必須のものとして要求したものではない。 (3)本願発明の作用効果に関する判断の誤り甲6データ及び甲7データは,本願明細書の実施例と同様に,具体的な試験方法や試験条件が記載されておらず,本願発明の製法により得られたパンドラ・ストーンなる商品名の遠赤外線放射セラミックスによる燃費向上効果を客観的に証明するものとはいえない。 原告は,バス会社に依頼して実験を行い,各データを得たと主張するが,これらは同等の条件に基づく走行結果を前提として作成されたものではなく,実際,甲7データによると,走行条件は,車号や時期により大きく異なるものであるから,これらの燃費データの比較から,客観的に有意な効果を導き出すことは相当ではない。 また,甲8データは,その試験結果として,燃料消費率がパンドラ・ストーン装着前が11.9,装着後が12.0と表示されているので,装着前後では0.1の増加になるが,その増加率は0.8%にすぎず,装着前と装着後と同等の試験条件で行われていないことからしても,その試験結果はパンドラ・ストーン装着によって得られた効果であることを証明するに足りるものではないと理解するのが自然であって,本願発明の作用効果を確認できるものとは到底いえない。 10いずれにせよ,原告自身が主張するとおり,本件実験データは,当初明細書に記載した個人的実験結果と比較して,「低い結果」を示す試験結果にすぎず,いずれも本願発明の作用効果を客観的に確認することはできないものである。 以上からすると,本願発明の作用効果が優れていることは本件実験データにより裏付けられるとする原告の主張は,相当ではない。 2取消事由2(審判における手続違背)について〔原告の主張〕本件審決は,公正取引委員会が,本願発明における燃費向上効果よりも低い効果を表示する商品であっても,当該効果を商品に表示するには合理的な裏付けが必要であるとして排除命令を出していることを根拠として,合理的裏付けのない本願発明は拒絶されるべきであるとする。 しかしながら,パリ条約4条の4は,特許の実施品の販売が国内法令上の制限を受けることを理由としては,特許を拒絶し又は無効とすることができないと定めており,特許とは無関係の,ほかの行政組織による商品販売に際しての不当表示を防止することを目的とした排除命令を拒絶理由の1つとした本件審決は,明らかに誤りである。 〔被告の主張〕本件審決は,本願発明について,その効果の裏付けとなる客観的データの提出を求める事情として,燃費向上に関する効果が社会的にも注目される状況であることを挙げ,その一例として当該排除命令を引用したにすぎない。 原告の主張は,本件審決の内容を誤解するものである。 第4当裁判所の判断1取消事由1(実施可能要件に係る判断の誤り)について(1)拒絶理由通知の対象となる請求項についての判断の誤り原告は,本件審決が拒絶理由通知の対象となる請求についての判断を誤ったと主張するが,その主張は,要するに,本件拒絶理由通知では,請求項3発明につき,11当初明細書の【0017】の記載,特に同記載で引用されている図7の燃費試験の結果に照らして,実施可能要件を満たさない旨の指摘があったため,本件補正によって,特許請求の範囲から請求項3発明を削除した上,図7も削除したので,本件拒絶理由通知の拒絶理由は解消したはずであるのに,本件審決が当初明細書(ただし,平成18年6月16日付け手続補正後の明細書)の特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された発明,すなわち,本願発明についても同旨の拒絶理由があるとして本件審判の請求が成り立たないとした判断は違法であるというのである。そこで,以下,本件拒絶理由通知は,原告の主張するように,請求項3発明についてのみ,燃費試験の結果に照らして実施可能要件を満たさないとしたものであったのか否か,換言すれば,本願発明については,燃費試験の結果とは関係がなく,本願発明について専ら通知された拒絶理由が解消されれば,実施可能要件を満たすとしたものであったのか否かについて検討することとする。 ア本願発明に係る明細書の記載について(ア)当初明細書(甲1,2)の特許請求の範囲の記載によると,本件出願当時の本願発明は,以下の請求項の記載からなる「物の発明」であった。 【請求項1】シリカ(SiO2)69.6wt%,アルミナ(Al2O3)17.8wt%,チタニア(TiO2)1.2wt%,酸化第2鉄(Fe2O3)1.8wt%,酸化ナトリウム(Na2O)0.5wt%,酸化カリウム(K2O)2.5wt%,ジルコニア(ZrO2)0.15wt%,5酸化リン(P2O5)0.03wt%,その他(水分等)6.42wt%を混合したセラミックスを,時間当り100℃の割合で400℃まで昇温する第1の行程と,400℃で30分間保持する第2の行程と,200℃以下に自然降下する第3の行程と,3時間で600℃まで昇温する第4の工程と,600℃で30分間保持する第5の工程と,450℃以下に自然降下する第6の工程と,3時間で800℃まで昇温する第7の工程と,800℃で30分間保持する第8の工程と,600℃まで自然降下する第9の工程と,3時間で1000℃まで昇温する第10の工程と,1000℃で30分間保持する12第11の工程と,常温まで自然降下する第12の工程を経て焼成された遠赤外線放射セラミックス【請求項2】シリカ(SiO2)68.0wt%,アルミナ(Al2O3)20.4wt%,チタニア(TiO2)0.63wt%,酸化第2鉄(Fe2O3)0.07wt%,酸化ナトリウム(Na2O)0.57wt%,酸化カリウム(K2O)4.64wt%,ジルコニア(ZrO2)0.2wt%,酸化カルシウム(CaO)0.35wt%,酸化マグネシウム(MgO)0.09wt%,その他(水分等)5.05wt%を混合したセラミックスを,時間当り100℃の割合で400℃まで昇温する第1の行程と,400℃で30分間保持する第2の行程と,200℃以下に自然降下する第3の行程と,3時間で600℃まで昇温する第4の工程と,600℃で30分間保持する第5の工程と,450℃以下に自然降下する第6の工程と,3時間で800℃まで昇温する第7の工程と,800℃で30分間保持する第8の工程と,600℃まで自然降下する第9の工程と,3時間で1000℃まで昇温する第10の工程と,1000℃で30分間保持する第11の工程と,常温まで自然降下する第12の工程を経て焼成された遠赤外線放射セラミックス(イ)しかし,平成18年6月16日付け手続補正書による補正によって,【請求項1】及び【請求項2】の各末尾に,「の製法」が加えられ,いずれも「方法の発明」とされたものである(そのほか,【請求項1】の「その他(水分等)」が,「水」と補正されている。)。 (ウ)以上のとおり,本願発明は,本件補正前の当初明細書の段階で,物の発明から方法の発明へと補正されていたところ,当初明細書の発明の詳細な説明についてみると,上記請求項についての補正に伴う補正等がされたものの,本願発明は,その前後を通じて,概要,以下のとおりのものであると記載されていた。 a本発明は,混合比及び焼成工程に特徴を有する遠赤外線放射セラミックスに関するものであり,燃料の効率燃焼,植物育成等の水の活性化に応用可能である。 b従来の遠赤外線放射セラミックスは,アルミナ,チタニア,ジルコニア,シ13リカ等を主成分とし,その熱輻射作用を利用しているものが多いところ,放射セラミックスの主成分に,プラチナ及びパラジウムのコロイド液を混合させることで,遠赤外線の放射特性を改良し,燃料の改質,植物の育成,水の活性化等にその特性を応用することが,従来,行われている。 cプラチナ及びパラジウム等の貴金属を用いることは,コスト高となり,一般への普及の妨げとなるため,かかる課題を解決するために,本発明は,請求項1及び2に記載の原料と工程で,遠赤外線放射セラミックスを製造するものであり,請求項3の遠赤外線放射セラミックスは,請求項1及び2記載の遠赤外線放射セラミックスを混合したものである。 d4種類のセラミックスを混合して請求項1及び2の方法により製造された遠赤外線放射セラミックスを使用して自動車の燃費試験をしたところ,図7に示すデータ1を得た。その差は歴然としており,年間の燃費差も通常のものよりも向上しており,特に冬場には効果を発揮していることがわかる。 図8のデータ2は,スポットで燃料別に行った燃費試験の結果であるが,これにより,すべての自動車用燃料において効果を発揮していることがわかる。 本発明のセラミックスは,安価な材料で従来品の放射線を改良し,燃焼効率を向上させるとともに,植物の育成等の新たな用途にも有効な作用を示す効果が見いだされた。 (エ)以上によれば,本願発明は,物の発明から方法の発明へと補正されているが,その前後を通じて,本願発明に係る製法で製造される遠赤外線セラミックスが発明の詳細な説明に記載がある作用効果を発揮するものであることが前提となっていた発明であって,本願明細書によると,本願発明がそのような作用効果を発揮し得ない,単なる遠赤外線セラミックスの製法の発明であったと認めることはできないし,そのような単なる遠赤外線セラミックスそれ自体の発明であったとすれば,その新規性ないし進歩性はともかく,原告において特許出願に至らなかったことは,本件出願から本件訴訟に至る経緯からしても明らかであって,本願発明はそのよう14な作用効果を発揮する遠赤外線セラミックスの製法の発明であったといわざるを得ない。 イ本件拒絶理由通知について(ア)これに対し,本件拒絶理由通知をみると,本願発明のほか,本件補正によって削除される前の請求項3発明を含め,実施可能要件(平成14年法律第24号による改正前の特許法36条4項)について,以下のとおり指摘していた。 a本願発明の詳細な説明に記載された原料粉末及び焼成条件によっても,焼成して得られたものがセラミックス原料粉末が相互に焼結し,形状維持性を有するセラミックになるとは考えられない。 したがって,当初明細書には,請求項1及び2記載の製法により得られるものがセラミックスであること,当該セラミックスを形成する具体的方法について明確な記載がされておらず,請求項3発明が請求項1及び2に係る発明を引用していることを考慮すると,請求項1ないし3に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。 b【0019】には,本発明のセラミックスは,燃焼効率を向上させる等の用途にも有効な作用を示す効果が見いだされたと記載され,【0017】には,燃費試験を行ったところ,図7のデータ1が得られたと記載されているが,請求項3発明の実施の形態において,55%もの燃費向上がもたらされるという技術常識に比して過大な効果が示されている。しかし,かかる数値は,再現性のある数値と考えるには余りに大きな値であるし,燃費の測定における試料の作製条件,試験条件,再現性に係るデータが明確ではなく,請求項1及び2に記載の条件で製造される試料も,自動車の燃費試験を行うことが可能な程度に形状維持性を有するとは考えられないものである。 してみると,【0017】の燃費に関する記載は,当業者が請求項3発明に係るセラミックスを燃焼効率(燃費)に優れたものとして使用することができる程度,すなわち,その発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されている15とすることはできない。 (イ)以上の本件拒絶理由通知の記載によれば,本件拒絶理由通知は,方法の発明である本願発明については,発明の詳細な説明の記載からは,セラミックス原料粉末が相互に焼結し,形状維持性を有するセラミックになるとは考えられないとして,その実施可能要件を否定した上,本願発明がセラミックスの製法として実施可能要件を満たさない以上,その製法によって請求項3発明に係るセラミックスが製造されることはなく,そのようなセラミックスが製造されたことを前提して,当該セラミックスが発明の詳細な説明に記載の作用効果を発揮するという原告の実験結果も信用することもできないとして,請求項3発明に係る物の発明としても,その実施可能要件を否定していることが明らかである。 (ウ)原告は,前記のとおり,本件拒絶理由通知において,本願発明の実施可能要件が問題となったのは,本願発明に係る製法で形状維持性を有するセラミックスを製造することができるか否かのみであると主張するのであるが,同通知は,本願発明につき,その製法によって形状維持性を有するセラミックスを製造することができれば,その製造されたセラミックス,すなわち,請求項3発明に係るセラミックスが当初明細書ないし本願明細書に記載された作用効果を発揮するか否かにかかわらず,方法の発明として,その実施可能要件を満たすとまでいう趣旨であったとは解されない。原告も,本件訴訟において,本願発明については,作用効果の発現についても実施可能要件が要求される点については特に争わず,本件拒絶理由通知が,請求項3発明に限定するかのように記載したこと及び当初明細書図8に関する記載についても具体的に指摘しなかった点を,取消事由として主張するものである。 もとより,拒絶理由は,請求項ごとに具体的に通知すべきものであって,その見地から,本件拒絶理由通知についてみると,形式的には,本願発明については,形状維持性の見地から実施可能要件を問題にし,作用効果の見地から実施可能要件を問題にしているのは,請求項3発明についてであったと解されなくもない。しかし,この点は拒絶理由通知として措辞適切を欠くとしても,そのような形式的な理解は,16本願発明によって製造される遠赤外線セラミックスが請求項3発明に係る遠赤外線セラミックスであることを看過し,原告が本件出願に至った意義も否定するものであって,本願発明は,仮に形状維持性の見地から実施可能要件が満たされるものとなったとしても,これによって請求項3発明に係る作用効果を発揮し得る遠赤外線セラミックスを製造し得るか否かといった見地からも,その実施可能要件が問題とならざるを得ないものであったといわなければならない。 したがって,請求項3発明に係る物の発明についてとは別に,方法の発明としての本願発明についても,本願発明によって製造される遠赤外線セラミックスが当初明細書ないし本願明細書に記載された作用効果を発揮し得る遠赤外線セラミックスを製造し得る方法としても,その実施可能要件を満たす必要がある。 ウ本件審決について(ア)原告は,前記のとおり,本件補正によって,特許請求の範囲から請求項3を削除した上,本願明細書の発明の詳細な説明の【0017】の記載から,図7に関する記載を削除するとともに,「その差は歴然としており,年間の燃費差も通常のものよりも向上しており,特に冬場には効果を発揮していることがわかる。」などの記載も削除したので,本件拒絶理由通知で指摘された本願発明の実施可能要件に係る問題は解消されたにもかかわらず,本願発明が実施可能要件を満たさないとした本件審決は誤りであると主張する。 (イ)しかしながら,本件拒絶理由通知は,前記のとおり,本願発明について,これによって形状維持性を有する遠赤外線セラミックスを製造し得るか否かといった見地のみから,その実施可能要件を問題にしたものではなく,これによって当初明細書ないし本願明細書に記載された作用効果を発揮し得る遠赤外線セラミックスを製造し得るか否かといった見地からも,その実施可能要件を問題にしたものであるから,本件補正によって,請求項3を削除するなどしたというだけで,本願発明の実施可能要件に係る問題が解消されるわけではなく,原告の主張は,この点において,失当といわざるを得ない。 17(ウ)しかも,本件補正によって本件拒絶理由通知で指摘された本願発明の前記認定に係る実施可能要件の問題が解消されたか否かといった見地からみても,以下のとおり,その問題は解消されていない。 a本件補正は,当初明細書において,作用効果について記載された【0017】について,図7に関する記載を削除したものであるが,図8についての記載は削除されておらず,図8にかかる燃費試験においては,ディーゼル車については約21.4%の燃費向上効果が指摘されているものである。 bそして,図8については,その前提となる燃費試験において使用された車種と年式,排気量については記載されているものの,それ以外の試験条件(計測方法,走行条件等),用いられた試料の作製条件等,再現性に係るデータが全く示されておらず,本件補正によっても,本願発明により生産されたセラミックスが燃費向上効果を有することについて,なお不明であるというほかない。 cしたがって,本件審決が本願発明について実施可能要件を充足しないとした判断は,相当である。 (2)公的機関による実験成績証明書等を必要とした判断の誤り原告は,本件審決が,本件拒絶理由通知において,本願発明の作用効果の合理的裏付けとして,公的機関による実験成績証明書等の提示を求められた原告が何ら対応しなかったとするのは,本件補正により対応した原告の意図を無視するものであるのみならず,公的機関による実験成績証明書等の提示を要求する根拠が不明であるなどと主張する。 しかしながら,本件拒絶理由通知は,実施可能要件の判断に当たり,本願発明の作用効果の合理的裏付けを求めたものであり,「公的機関による実験成績証明書」は,その「合理的裏付け」の一例として指摘されたことは明らかであって,本件審決も,原告がその「合理的裏付け」を提出しなかった点について,「何ら対応しなかった」と指摘しているにすぎない。 原告の主張は,本件審決の判断を左右するものではなく,採用できない。 18(3)本願発明の作用効果に関する判断の誤りア本件実験データ等について原告は,作用効果について客観的な実験を行ったとして,本件実験データ(甲6〜8)のほか,甲9データを提出するが,これらはいずれも本件出願後に実施された実験結果であり,本件において,これらを斟酌することができるか否かはさておくとしても,その燃費改善効果は,甲6データが「燃費アップ率」なる計算式によると11.3%,同様に,甲7データが6.1%,甲8データが0.1?の燃費改善(未使用時軽油1□ 当たり11.9?のところ,使用時12.0?),甲9データは,133?走行時における給油量の差200?(未使用時給油量21.84□ ,使用時給油量22.04□ )であり,当初明細書図7における最大55%,図8における最大約21%の改善効果と比較して,大幅に低下しているものである。 しかも,各実験において使用されたセラミックス(パンドラストーン)が本願発明の実施品であるか否かも不明である。 イ個別の実験結果について(ア)甲6データ及び甲7データは,原告が宇都宮市内の観光バス会社に依頼して,平成15年から18年までの各年(甲6データ),平成19年10月から12月までの各月(甲7データ),本願発明の実施品とされるセラミックスを使用した観光バスと,使用していない観光バスの平均走行距離及び平均給油量に基づいて燃費を算定したものである。 もっとも,観光バスの燃費については,走行距離が同一であっても,走行速度,走行経路,乗客数等により変動するものと解されるところ,甲6データ及び甲7データについては,セラミックスの交換状況,各車両における上記指摘の走行条件が示されていないから,両データにより,燃費向上効果を裏付けることはできない。 (イ)甲8データは,燃費改善効果が1□ 当たりわずか0.1?にすぎず,燃費改善効果自体を認めることが困難であるし,試験室の環境,使用車両の冷却水,潤滑油温の変化等を考慮すると,未使用時と使用時の実験条件も同等であると認める19ことはできない。 (ウ)甲9データは,同一の車両(12tの大型ダンプカー)を使用し,高速道路における特定の区間を時速70?で往復走行する場合の給油量について測定したものであるところ,給油所までの距離が明らかではないこと,交通状況の変化に伴い,時速70?で常に走行することは困難であると推測され,走行状態の同一性を確保することが困難であること,燃料タンクの状態による重量変化等の影響も存在するものと推測されることなどからすると,排気量が大きい大型ダンプカーにおいて,200?程度の差異は,燃費効率の向上効果と判断することはできない。 ウ以上の本件実験データ等からみても,本願発明が,当初明細書ないし本願明細書に記載された作用効果を発揮する遠赤外線セラミックスを製造する方法の発明として,その実施可能要件を満たしているということはできない。 (4)小括したがって,原告主張の取消事由1は理由がない。 2取消事由2(審判における手続違背)について本件拒絶理由通知は,原告の主張するとおり,公正取引委員会の排除命令について言及しているが,その趣旨は,当初明細書の請求項1及び2の方法により製造されたセラミックス等又は請求項3のセラミックスについて,燃焼効率(燃費)に優れるという作用効果を有することについても,実施可能要件を必要とするところ,同要件を充足するために要求される裏付けの程度について,燃費向上の数値は社会的にも注目されており,5ないし40%という本願発明より低い改善効果についても,公正取引委員会から,表示の合理的な裏付けがないとして排除命令が出されている状況にかんがみると,55%もの燃費向上を達成できるとの当初明細書の記載については,試料の作製条件,試験条件,再現性のデータのみならず,「公的機関による実験成績証明書等」による裏付けが必要である旨を指摘したものであることが明らかである。 公正取引委員会の排除命令は,「公的機関による実験成績証明書等」の信用性が20高い裏付けを要求する理由として言及されているにすぎず,本件審決が公正取引委員会の排除命令を理由として本願発明の特許性を否定したものではない。 したがって,パリ条約違反を指摘する原告主張は失当というほかない。 3本件審決の判断の当否以上によると,本件拒絶理由通知の記載は,形式的にみると,誤解を招くおそれが全くないわけではないが,本願発明を特許出願した趣旨・目的などに即して実質的にみれば,そのような誤解を生じ得るものではなく,本件拒絶理由通知に記載された実施可能要件違反が解消されていないとして原告の拒絶査定不服審判請求が成り立たないとした本件審決の判断は,相当である。 4結論以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。 |
裁判長裁判官 | 滝澤孝臣 |
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裁判官 | 本多知成 |
裁判官 | 荒井章光 |